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2020年6月15日号(e船団書評委員会)

太田靖子の推す1冊


芳賀 徹著
『ひびきあう詩心』
俳句とフランスの詩人たち

本の画象

 フランスの近現代詩人の俳句的作品についてのエッセイ。海外の人々が日本の俳句を読み、日本人のわれわれが見出し得なかった俳句の価値を見出す。フランスに見るその例。ボヌフォワの俳句論の「長たらしい弁舌の陰で見失われていた魂の故郷―なまの現実との一瞬のうちの合一の感情に連れもどしてくれる」に、我々俳句創作者はハッとする。ボール・クローデルの『百扇帖』の長谷寺での一首「白牡丹の 芯にあるのは/色ならぬ 色の思ひ出/香りならぬ 香りの思ひ出」。フランス詩人の短詩に触れると、「詩心は詩心を呼ぶ」のか、心に表れ来るものを感じる。芳賀氏一流の流れるような日本語がすっと心のなかに入ってくる。何度も読み返したい名著。

TBSブリタニカ(1000円+税)
2002年3月刊


武馬久仁裕の推す2冊

池田澄子句集
『此処』

 集中随一の句「夕花野牛車に乗った覚えなく」。「夕花野牛車に乗った」という言葉によって、暮れかかる色とりどりの秋の花咲く広野にふいに現れた雅な牛車の乗り心地。ところが、「乗った覚えなく」とやんわり否定されることによって、雅な牛車の乗り心地は、あるかなきかの世界をさ迷うことになります。読者は、あるかなきかの牛車の甘美な乗り心地を味わうのです。言葉捌きの見事さにうっとりしている内に読み終ってしまう句集です。

本の画象

朔出版(2600円+税)
2020年6月刊
川田章人歌集
『現代宇宙論』
現代を生きる為の日本人の心

 元始の神スサノオが母を恋うたようにこの歌集には「母」がいます。「妹の夢に出るらし亡母(なきはは)は我がまくらべに来ることもなし」切に母を愛する自分の夢に母が来ない理不尽。「おもひでは日々の情報(しらせ)に埋もれゆき思い出づるは若き日の母」母の記憶があふれる情報の中に埋もれていく理不尽。しかし、若き母の慈愛に包まれた瞬間への回帰「街角の満面笑みのよちよちは今のこの瞬間(とき)楽しみ踊る」の幸福をもって終るこの歌集を私は寿ぎたい。

本の画象

飯塚書店(1500円+税)
2020年6月刊



2020年6月8日号(e船団書評委員会)

松永みよこの推す2冊

川口松太郎著
『鶴八鶴次郎』

 「天才」といわれた一組の芸人、太夫の鶴次郎(29歳)と三味線弾きの鶴八(美しく勝気な24歳)は、ひかれあいながらも行き違いから結ばれない。「忍んで思ひ死にすることこそ恋の本意なれ」(『葉隠』山本常朝)…十代で読んだ時、痩せ我慢の鶴次郎に共感したが再読して、真っすぐな思いをぶつける鶴八を愛しく思った。

本の画象

光文社時代小説文庫(680円+税)
2017年初版
織田正吉著
『絢爛たる暗号』
 百人一首の謎を解く

 百人一首にはアクロバティックな仕掛けがあった。「百人一首にはなぜ似ている歌があるのか」「これが定家の秀歌なのか(他に良い歌がたくさんあるのではないか)」などの疑問を解いてくれた織田説を、日本の定説にしたい。織田氏が考える定家は、技巧の天才で、一見クールながら、終生、熱い心を持ち続けた歌人だ。

本の画象

集英社(1200円+税)
1978年


静 誠司の推す1冊


諸田龍美著
『中国詩人列伝』
人生のヒントをくれる型破りな10賢人

本の画象

 全くもってコロナ禍である。在宅勤務と4歳児の保育の両立を強いられた5月末までの一か月、心身ともに消耗し切った。そんな時期に手にしたこの一冊。読書する時間も気力もない中、隙間時間を縫うようにして読んだ。要するに漢詩の入門書なのだが、過去と交信ができるスマホを持つ「サヨばあちゃん」が、自分のお客の相談相手として、李白、杜甫、韓愈、…など中国の大詩人との会話を仲介するという、よく考えたものだという設定。彼らとの会話を通して現代人が、自分の抱える悩みがスーッと軽くなるのを感じるという展開が続く。そこにコロナ禍の自分もピタリとハマった。出世を捨て故郷に帰ろうという陶淵明に、「あー、それでいいのよね」みたいに単純なことだが。(これまでお読みくださりありがとうございました。)

淡交社(1700円+税)
2020年3月刊



2020年6月1日号(e船団書評委員会)

赤石 忍の推す1冊


「猫街」の会編
「NECOMACHI-猫街」

本の画象

 このブックレビューも何年やっているでしょうか。バックナンバーに残る2006年後半部にはすでに名前がありますので、15年ほどは書評をしていたことになります。しかし毎回、〆切が近づきますと書店に駆け込み、めぼしいものはないかと、いつも探し回っていたような気がいたします。それも今回で無事、私の担当は終了。ほっとしたような、寂しいような、何か妙な気持ちになるのも事実です。
 最終ということで少々わがままを。今回は書評というより同人誌の紹介になります。
 「船団の会」散在を受け、東京船団の有志が中心となって、小さな同人誌を刊行することになりました。誌名は『猫街』。萩原朔太郎の影響は少しもないとも言い切れませんが、当初、集まった喫茶店が「KOUJIMACHI」。それが一番かもしれません。「これほど統一感のない同人誌も珍しい」という方もいますが、できるだけ長く続くことができればと願っています。本誌につきまして何かございましたら、三宅やよいさんまで。それでは最後に、私から皆様への惜別の句を。芳野ヒロユキさんの模倣ではありますが、「夏の朝 ピッパパッセス オレもパッセス」。

猫町の会(非売品)
2020年5月刊


田中俊弥の推す2冊

角川文化振興財団編
「俳句」2020年6月号(Kindle版)

 本書には、特集として「教養としての〈文人俳句〉」が組まれ、その総論に高橋睦郎の「文人俳句再見」、各論には尾崎紅葉、芥川龍之介、永井荷風、横光利一、三好達治の句が論評されている。文人といえば、石川淳が想起されるが、ユマニスト・渡辺一夫の存在を忘れるわけにはいかない。文人の総合性や美意識におもいを致したい。

本の画象

角川文化振興財団(748円・税込)
2020年5月刊
黒沼真由美著/館博監修
マンガで読む
『発酵の世界』

 新型コロナウイルス感染拡大にともなう今般の世情に鑑み、ひしとおもうのは、「科学的リテラシー」の生活化ということ。詳細は、文部科学省のサイトにもあるが、「自然界及び人間の活動によって起こる自然界の変化について理解し、意思決定するために」に必要な能力を訓練する手始めとして、まずは楽しく発酵の世界を学びたい。

本の画象

緑書房(1800円+税)
2020年2月刊



2020年5月25日号(e船団書評委員会)

香川昭子の推す1冊


鶴見俊輔著
『思い出袋』

本の画象

 今みたいな大きな出来事があると、ふと読みたくなるお守りのような一冊。著者が80歳を過ぎてからの文章なので、老いについてもいろいろ書いている。また例えば軍隊の体験(麻酔もせずカリエスの手術を受けた)とか、いつ読んでも愉しい小学校時代のこと、有名無名の多くの人たちとの思い出とか、どれも平易な文章ながら、独特のとらえ方が魅力。何年も読み続けるうちに、歴史の見方や柔軟な生き方みたいなものが少しずつだけど私に入ってきたような気がする。こんな箇所をみつけた。青年時代に著者の日米戦争の予測があたったことに関して、「現役の政治家の子どもだったからだ。ゼロ歳の時から、父と同じ食卓で食事をし、父の会話をきき、父が他の政治家と意見をかわすのを(食堂の隣に電話機があった)聞いていた私にとって、政治家が知恵のある人には思えなかった。」

岩波新書(760円+税)
2010年3月刊


舩井春奈の推す2冊

おおさわほてる著
俳句とエッセー 『気配』

 エッセーは、一話ずつが短くて軽快。とても簡潔にまとめられた中に、引き込まれる話術がキラリ。あっという間に終わる。余韻が残る。読後感も楽しめる。
  欲はない応分の恥はある蛸の足

本の画象

創風社出版(1400円+税)
2020年4月刊
山本直一句集
『ちんたらぽん』

 船団の会散在を前にたびたび届く句集たち。私といえば、四国の片隅でいるせいもあってか、なんだか散在が幻のようでもあり。それを船団チックな足音が近づいてきたかのように感じたのがこの図書。
  晩年晩年桜トンネルちんたらぽん

本の画象

編集工房ノア(2000円+税)
2020年5月刊



2020年5月18日号(e船団書評委員会)

若林武史の推す2冊

最果タヒ著
『コンプレックス・
 プリズム』


 詩人・最果タヒのエッセイ。「はじめに」に「コンプレックス・プリズム、わざわざ傷をつけて、不透明にした自分のあちこちを、持ち上げて光に当ててみる。そこに見える光について、今、ここに、書いていきたい。」とある。そこかしこに彼女の嗜好が垣間見られ、詩の根元にある思想を発見するような思いで読んだ。詩は技術ではないのだろうと思う。

本の画象

大和書房(1200円+税)
2020年3月刊
戸田山和久著
『教養の書』

 教養とは何かを筆者が一から熱く語る一冊。入門書一般は、何も知らない初心者に学問の魅力が伝わるよう、一から教えてくれる、だいたいが親切設計。誠実かつ懇切丁寧に伝えようとするので、ごまかしや嘘が少ない(ような気がする)。入門書を書く人はその道のプロ。だから、きっと入門書は入り口であり出口であり、そしてまた入り口なのだ。

本の画象

筑摩書房(1800円+税)
2020年2月刊


原 ゆきの推す2冊


エリナー・ファージョン著
本の小べや1 ムギと王さま』・『本の小べや2 天国を出ていく』

本の画象

 作者まえがきにある、子どもの頃住んでいた家の「本の小部屋」の様子が素敵。花や雑草がはびこる手入れをしない庭にも似て無秩序に本が山と積まれ(がらくたも宝も!)金色のほこりがおどる、べつの世界や時代をのぞける魔法のまどをあけてくれる場所。ノドをいためたりしながら彼女は部屋に入り浸り自由気ままに読みふけった。この27篇の物語は寓話や昔話風あり、現代もの(当時の)あり、それこそ魔法のまどがあちこちに向いている。そのどれもがやけに面白いホラ話だ(ほめ言葉です)。ページを繰ると本の小部屋から出てきたファージョンさんが好き勝手に物語ってくれ、私は、またもや口を開けすっかり魅了されるのみ。子供の頃も、50代の今も。

岩波少年文庫(各720円+税)
2001年5月、6月刊



2020年5月11日号(e船団書評委員会)

宇都宮さとるの推す1冊


井上ひさし著
『完本―小林一茶』

本の画象

 一茶の半生を描いた傑作戯曲と著者選の「一茶百句」、一茶をめぐる対談やエッセイなどを増補した一冊。戯曲はいつ読んでもなかなか厄介で難しい。演出家や俳優等によって調理されることを前提に読んだり、場面転換の余白を自分の頭の中で埋めたり繋いだりしなければならない。読者の想像力が試されているようだ。内容的には実在の人物が登場するなど江戸末期の俳諧の世界がリアルに描き出されて面白いのだが。また、興味深いのが金子兜太との対談。一茶は俗語や方言をはじめ言葉への関心が強く、その旺盛な勉強家ぶりが詳しく紹介されている。以前、古典と無縁な一茶は“野蛮人”だと評した俳人がいたが、さてどうだろうか。現代の“文化人”張りにその言葉研究を生かしてこれまでにない独自の一茶調を意識的に創り出していったと思うのだが。なかなかの自己プロデュース能力ではないか、芭蕉をはじめ名を遺した俳人達に共通する一つの才能といえよう。

中公文庫(900円+税)
2020年3月刊


鈴木ひさしの推す1冊


川平敏文著
『徒然草―無常観を超えた魅力』

本の画象

 『徒然草』が書かれたのは、鎌倉時代末期、ヨーロッパでペストが大流行したのはその約20年後であった。「世に語り伝ふること、まことはあいなきにや、多くはみなそらごとなり。……筆にて書きとどめぬれば、やがてまた定まりぬ。」風が吹けば、風のことばかり、雨が降れば雨のことばかり、……で、あの話はどうなった? うそだろ?! そんな今の時代を考えさせるような話が『徒然草』にはあふれている。しかし、「つれづれ」とは、そもそもどういう意味なのか。「退屈」?それとも「寂寥」? 解釈の変遷は時代の移り変わりでもある。多様な解釈を生むのは、多義的なことばであり、漢語ではなく、いわゆる和語の持つ力ではないだろうか。教科書に載せられるのはごくごく一部。古典の魅力を支えているのは、教科書に載らない章段である。小川剛生『兼好法師』(中公新書)とあわせて読めば、さらに『徒然草』が楽しめる。

中公新書(900円+税)
2020年3月刊



2020年5月4日号(e船団書評委員会)

武馬久仁裕の推す2冊

伊藤政美句集
『青時雨』

 自分の誕生した地とは、こういうものかと思わせられる句集です。誕生した地は生きています。そして、様々な姿を借りてその人の前に現われます。「村を出ず青大将の全長見え」「蚯蚓鳴くつひにこの地を捨て切れず」。しかしながら、「結界の縄ゆるやかや春の風」の地にあって、その人は、遥か彼方の白日傘を心ゆるがし遠望します。「白日傘見えてゐるうち揺れてをり」。

本の画象

菜の花会(頒価:2500円)
2019年12月刊
カルロ・ロヴェッリ著
竹内薫監訳/栗原俊秀訳

『すごい物理学講義』

 一般相対性理論と量子力学を統合する量子重力理論のひとつ「ループ理論」の入門書です。この本で一番面白かったのは、自然界に無限はないということです。この世界を形作るこれ以上小さいものはない、というものがあるのです。その大きさまで示されていました。長さが10のマイナス33乗センチです。この小さなものが振舞う奇奇怪怪の世界に私は惹かれます。

本の画象

河出文庫(980円+税)
2019年12月刊

塩谷則子の推す2冊

坪内稔典歌集
『雲の寄る日』

 「たとえばだ十分ばかり歩いたら好きな墓石のいくつかはある」。えっ、好きな墓石?好きなものは他に、菜の花のしゃきしゃき・高見盛・葉ごぼうの匂い・雲を見上げて座っている六十歳の君(作者自身か)・碧南のあいつら、地豆(落花生)・饅頭をご飯にのせてお茶かけて食べた鴎外・恋愛を秘鑰と呼んだ透谷・夕暮れ・発情期のカバの福子・枇杷の花・捩花など。「好きという感情が好き」という。「そら豆の緑みたい」に瑞々しく、暗い時世の今、読むと明るい気分になる。上の歌が「たとえばだ」で始まるように、文体も新鮮、軽妙。

本の画象

ながらみ書房(1300円+税)
2019年12月刊
井上弘美著
『読む力』

 平成20年代以降の名句の鑑賞。的確でわかりやすい。実作の参考になることが多く書かれている。書く力が読む力を生み、読む力がつくと書く力も増す。例えば、正木ゆう子の「尋常の死も命がけ春疾風」の鑑賞や「たらちねのははそはのはは母は羽羽」に至る句集『羽羽』の構成の見事さの指摘は、「母の死のととのってゆく夜の雪」と慟哭を客観的に書いた筆者の読む力の深さを表す。 さて、後半に東日本大震災を詠んだ西山睦の「生きていゐる指を伸べあふ春火桶」がある。あの日から10年も経っていない。互いの命を守るため、距離を取って他者と接する時代が来るとは。

本の画象

株式会社KADOKAWA(1800円+税)
2020年4月刊



2020年4月27日号(e船団書評委員会)

静 誠司の推す1冊


加賀乙彦著
『わたしの芭蕉』

本の画象

 作家として芭蕉を深く読み込んできた筆者が、その愛してやまない芭蕉について語り尽くすエッセイ。全編を貫いているのが、筆者の芭蕉愛、芭蕉への崇拝、敬愛である。筆者の言葉を借りれば、「芭蕉の世界の深く美しいさま」を「跡追い」した文章ということになるらしい。句の推敲過程を辿り、自然の森羅万象を読み込んだ芭蕉の秀句を鑑賞し、終盤は代表的な紀行文の紹介、芭蕉が「荘子」の哲学から受けた影響について語っている。私は特に、推敲過程を追いながらどのように句が進化していくかを語るところに、作家としての言語感覚の鋭敏さを感じた。題名を改めて見直すと「わたしの」芭蕉というだけに、卒寿を超える筆者が、芭蕉への想いを全て吐き出している、そういう一冊であった。

講談社(1600円+税)
2020年1月刊


紀本直美の推す1冊


中本 忠子(食べて語ろう会 )著
『ちゃんと食べとる?』

本の画象

 広島で約40年間、子どもたちに無償で食事を提供し続けている中本忠子さん。ばっちゃんと呼ばれ「ごはんをお腹いっぱい食べときさえすれば悪いことはしない」とおいしい食事を作ります。
コロナウイルスのため、家でごはんを作る機会が増えています。このレシピで少しでも楽しいときを過ごしてみてください。 被爆した広島という地だからこそ、彼女のような方が出てきたのかもしれないと感じました。

小鳥書房(880円+税)
2017年10月刊



2020年4月20日号(e船団書評委員会)

田中俊弥の推す1冊


中西正人著
『大阪の教育行政』
―橋下知事との相克と協調―

本の画象

 1951年生まれの中西正人先生は、大阪府教育長(2009.4-2013.3)、大阪教育大学理事を経て、現在は桃山学院教育大学副学長。わたくしは、先生が大阪教育大学理事時代より懇意にしていただいている。先生は、2008年総務部長時代にかの橋下徹氏が大阪府知事に就任、ドラスティックな行財政改革が断行されていくなかにあって、2009年知事から教育長に任命され、2011年11月橋下氏が退任されるまでの間、橋下知事との相克と協調の日々は続き、松井知事時代には「物言う教育長」として教育基本条例問題をめぐって府知事勢力と厳しく対立し、大阪府教育振興基本計画の制定をもって退任。本書は、教育の人・中西正人先生の血の通ったドキュメントである。

株式会社ERP(1800円+税)
2020年2月刊


太田靖子の推す1冊


高野ムツオ著
鑑賞 『季語の時空』

本の画象

 季語に託された時空や詩性について、我々がDNA的におぼろげに感じている季語のイメージの源泉を明らかにしてくれる。例えば「蝶の飛び舞うさまは、死者の魂の行き交うさまと信じられてきた。『万葉集』には登場しない」などと、時には意外なことも知らされる。既知の俳句も、その季語の時空を知ることで俳句鑑賞の世界が広がる。俳句以前の時空を背負いながら、時代とともに新しさが加味される季語。夏草は、和歌では恋と関連付けられていたことを知った後、芭蕉の「夏草や」を読む新鮮さ。我々は季語という財産を後世に伝えていかねばという感を強くした。自分の気になる季語を拾い読みするのも楽しい。季語の深い世界に没入しませんか。

角川書店(880円+税)
2020年1月刊



2020年4月13日号(e船団書評委員会)

舩井春奈の推す1冊


梨地ことこ著
『鏡ハシル』

本の画象

 京都が好きすぎて、気づけば十年住んでいた私。田舎に帰ればゆっくりできると思うも、事実は小説よりも奇なり。そんなある日、届けられたのがこの本。俳句のほかエッセーも多数。京都での暮らしが楽しそうに綴られている。賀茂川べりの家に、鞍馬口街道に、大田神社、祇園…。京都の住む人の数だけ、町の暮らしの話があるのだ。観光都市京都とは違って、素顔の京都が書かれている。いつでも京都の暮らしに戻れるし、私も京都エッセーを書きたいなと刺激をもらえる本。

青磁社(2100円+税)
2020年1月刊


松永みよこの推す2冊

雲英末雄・佐藤勝明著
『花見車・元禄百人一句』

 実は、最初一語の解釈にこだわっていてなかなか進まず、骨が折れた。ところが、解説の佐藤勝明先生による、この二書は「元禄の発句カタログといった趣」という記述をヒントに、「読む」のではなく「見る」感覚で味わうようにしたら、並んでいた句がぐっと身近に感じられてきた。声に出して読み上げるのにも適している。

本の画象

岩波文庫(840円+税)
2020年2月刊
石坂洋次郎著/三浦雅士編
『乳母車・最後の女』
石坂洋次郎傑作短編選

 その「明朗健全」な雰囲気から「ほとんど脳天気とみられ」「軽視」(三浦雅士)されていた戦後の流行作家石坂洋次郎の短編小説集。自分の信念にまっすぐで―たとえ社会的に批判されようとも―前に突き進む女の強さと健やかさ。魅力的な女が勢ぞろい。ささいなことで傷つく、ひ弱な現代女性の私の心に一撃を喰らわせた。

本の画象

講談社文芸文庫(1900円+税)
2020年1月刊



2020年4月6日号(e船団書評委員会)

原 ゆきの推す1冊


小西昭夫著
朗読句集『チンピラ』

本の画象

 俳句は黙読するもの、とどこかで思っていた。句を作る時や読む時に、黙読という「声」を自分の内側で多用することに慣れていた。しかし句が音読される時(例えば句会などで)黙読では気づけなかった様々な点に明確に気づけるとも感じていた。そんな折、この本と出会った。指まで染まりそうに真っ赤な表紙は、やけに艶っぽい。写真の小西昭夫氏は腰に手をやり楽しげ。「初夢の変なところで目覚めけり」「青田又青田雨雨雨青田」聴衆のざわめきと笑い。前書きも述べさらにウケようとする小西氏。ああ、ウケるのもアリなのだと、しかつめらしいハラユキは目を見張る。「この朗読は作者に声をかえしてやる試み」との言葉が、あとがきに。また目を見張る。

マルコボ.コム(1000円+税)
2020年1月刊


赤石 忍の推す2冊

三木 卓著
『若き詩人たちの青春』

 昔、一度だけ著者を見た事がある。某地方都市のブックフェアの展示会場。講演で紹介する自書が展示されていないと、版元の担当者を怒鳴っていた。静謐な詩から温厚な人物をイメージしていたが、激情家なのだと思った。本書を読んで、成る程と改めて納得した。1960年から70年前後。あの頃には確かに「詩人」達がいた。向き合えるだけの時代性があったとも言える。懐かしい詩人達の名が連なり、各々の置かれた状況との格闘が、著者の独自の視線から生々しく記されている。

本の画象

河出文庫(1350円+税)
2020年3月刊
うさ著
『災害で消えた小さな命』

 2011年3月11日、津波にのまれたのは人間だけではない。家族の一員でもあった、多くの身近な動物たちも海に消えていった。中には、愛するペットと離れることができず、避難所前に止めた車と一緒に流された人もいたと言う。一緒に避難所に入れず、泣く泣く自宅や屋外に繋いで波に消えた愛犬、愛猫への罪悪感から、空白となった心の隙間を埋めることを目的として、著者は個々の話を受け止め、その姿を絵に描いて共に生きる証にしてもらう活動を、現在までこつこつと続けている。

本の画象

毎日新聞出版(1600円+税)
2020年2月刊



2020年3月30日号(e船団書評委員会)

若林武史の推す2冊

宮本佳世乃著
『三〇一号室』

 本屋で立ち読みをしていて「あっ、これは買っとこ」と思った句集。読者の感覚に左右されると言ってもいいのかもしれないが、個人的は好ましい言葉の飛ばし方の句が多い。「からすうり里の朝から母を逃がす」「水澄んであとはバドミントンでいい」。いいなと思う句が、適当に頁を繰ってもバンバン出てくる。意味があるような、ないような世界。

本の画象

港の人(1800円+税)
2019年12月刊
小池昌代著
『黒雲の下で
 卵をあたためる』


 詩人、小池昌代の散文集。抑制の効いた平易な文体の中に、詩人の見た、感じた世界が見事に構築されている。こういう感じで文章を書きたいな、やっぱり詩人の言葉は違うな、と素直に思える。体験と思索と言ってしまえばそれまでだが、読後にいろいろ考えさせられる。流石だな。落ち着いた気持ちで、こういうものを読んでいたいな。

本の画象

岩波現代文庫(920円+税)
2019年12月刊

香川昭子の推す2冊

文藝別冊
『川上未映子』

 蜂飼耳などのエッセイ、穂村弘のインタビューなど、川上未映子づくしの一冊。私の子ども世代の1979年生。新鮮だったのは、髪の毛とか服とか化粧とかのエッセイの面白さと、対談などでの言葉とか哲学とかへの彼女の熱量だ。さすが、『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』の著者である。ともかくすごい。圧倒された。他の小説や詩集、もっと読みたい

本の画象

河出書房新社(1300円+税)
2019年11月刊
加藤典洋著
『僕が批評家になったわけ』

 若い頃は難しい評論集を手に入れ、最後まで読めなかった。今はエッセイみたいな批評を面白く読んでいる。でも、面白さに飽きるときもあり、たまに歯が立たないような難しいのを制覇したいと思ったりする。こんな文をみつけた。「ふつうの人間のふつうの感じ方、これを否定してしまうと、私たちはリラックスすることのうちに判断の基準があるという体感を無くすのではないだろうか。」これをどこかにとどめて、いろんなものを読んでいきたい。

本の画象

岩波現代文庫(1120円+税)
2020年1月刊



2020年3月23日号(e船団書評委員会)

宇都宮さとるの推す1冊


三浦崇宏著
『言語化力』

本の画象

 今、最も注目されているクリエイターによる言語技術の指南書。「すべては言葉で変えられる」「モノの価値は言葉で作られる」「言語化には『段取り』がある」「どんどん言葉にすればいい」「変化が起こるのが『いい言葉』」「人生の目的を言葉にせよ」などなど、各章の見出しコピーが言葉のプロらしく読む人の心をつかむ。様々なビジネスプロジェクトにおいてPR戦略の世界で活躍してきた自負が窺える。本文中にも印象的なフレーズが次々と。「言葉の使い方一つで、人生なんて、いくらでも変えられる」「言葉は変化しづける時代のたった一つの、その価値が変化しない、最強の武器だ」、いずれも力強いメッセージで言葉をポジティブに捉える姿勢が気持ちいい。ただ、現実には言葉は“ネガティブな力”が働くときがある。その視点を忘れると言葉は“あやうい”ものになるのだが……。さて、次著を待ちたい。

SBクリエイティブ(1500円+税)
2020年1月刊


鈴木ひさしの推す1冊


小川洋子編
小川洋子と読む 『内田百閒アンソロジー』

本の画象

 内田百閒の作品は、夏目漱石『夢十夜』にどこか似ている。しかし、百閒は百閒だ。「目がさめた。十一時二十分、或は、四時五分前。午まえか夕方なのか判然としない。」(「残夢三昧」)。そんな表現にすぐにはついていけない自分が、意外とデジタル思考になってしまっていることに気づく。目覚まし時計の文字盤を見ている視点人物になってみると、読者は作品の世界にするりと入り込める。百閒の作品の現実と非現実の境目はどうも曖昧である。いつの間にか読者は非現実に連れて行かれ、また現実に戻されるのだが、二回目の現実はどこか非現実めいている。非現実めいた現実から、現実めいた非現実へ、……と幾度か往還をくり返し、何が現実なのか、現実でないのか……。どこか、俳句に似ているが、文章でしか書けない世界である。 この本のタイトルは『小川洋子と読む内田百閒アンソロジー』。それぞれの作品の後に、編者の約250字の文章が続く。通り過ぎてしまいそうな百閒の魅力の広がりを、編者小川洋子はその読みによって引き出してくれる。

ちくま文庫(880円+税)
2020年2月刊



2020年3月16日号(e船団書評委員会)

武馬久仁裕の推す2冊

田中拓也歌集
『東京(とうけい)』

 この歌集を読み、歌の中には光り輝く言葉があって、それが、歌の世界を神々しくするのではないかと思いました。「教卓の上にぽつんと置いてある銀の手裏剣金の手裏剣」子どもが置いた小さな金銀の手裏剣が教室に光もたらします。「遠くから近づくあなたの声がする辛夷の白き花のあたりに」「あなたの声」が辛夷の白い花をさらに輝かせ、世界は光に包まれます。歌集は、美しい言葉に満ちています。

本の画象

本阿弥書店(2700円+税)
2019年9月刊
鳥居哲男著
『わが花田清輝』上巻(戦前篇)

 この本を読んで思うのは、花田清輝は、分かったような分からないような、センテンスの長いよじれた不思議な文章を書いたが、それを読んだ花田ファンの頭には、「前近代を媒介にして近代を超える」とか、彼が引いたリラダンの「生きることか。それは家来どもにまかせておけ」とかいったテーゼめいた言葉が残っただけではないかということです。下巻(戦後篇)が待たれます。

本の画象

開山堂出版(1500円+税)
2020年1月刊

塩谷則子の推す2冊

朝日泥湖句集
『エンドロール』

 「いそぎんちゃくも好きですねてる訳じゃない」「春の月ちょっといびつなとこが好き」と斜に構えた姿勢を詠んだ句が多い。一方で「青葉若葉全裸で走ってみたい道」「おけら鳴く今日も全裸で寝ています」という句もある。「話したいんだ、六月の大きな木」が本音ではなかろうか。「船団」京都句会創設メンバー。30年以上、句を作り続け、2冊目の句集。40年生まれ。「さえずりや非生産的午後経過」など味わい深い。何度も読みたくなる。

本の画象

青磁社(2300円+税)
2020年2月刊
藤野雅彦著
俳句とエッセー『エピローグ』

 木の実植う今老人のど真ん中  雅彦  1936年生まれ。70歳のとき、俳句を作り始めた。7年後、喜寿記念に句集を自費出版。それから7年、2冊目がこの本。8枚の診察券を持っている、満身創痍という。しかし、木の実を拾うでなく、植える。「囀りや森の匂いのする老人」を目指している。だから「君がもし菜の花ならば蝶になろ」なのだ。呼応するかに夫人の山本みち子の句に「初蝶とわたしエリアをひょいと出る」。若い。

本の画象

創風社出版(1400円+税)
2020年3月刊



2020年3月9日号(e船団書評委員会)

静 誠司の推す1冊


吉竹 純著
『日曜俳句入門』

本の画象

 著者は、元大手広告代理店を退職しフリーとなったところで作句を始め、どこの結社にも属さず、各全国紙の俳句投稿欄や各種コンクールなどに積極的に投句をしてきた。「日曜俳句」と自ら命名したそんな活動について、その魅力と意義、選者にとられるための心構えなどを語る一冊。船団がまもなく「散在」となると、自分の句が活字になる機会、身内以外の人の目に留まる機会がなくなってしまう。それに代わる手段の一つとして「日曜俳句」はありか? と読んで見た。選者の傾向を学び、それに合わせた句を作る姿勢にまず抵抗を感じてしまう。でも俳句を一から学ぼうとする人なら、そういう取り組みも大事なのかもしれない。しかしそれでは、主宰者に取ってもらうのが唯一の目的になっている句会と結局同じではないか?

岩波新書(820円+税)
2019年10月刊


紀本直美の推す2冊

大西暢夫/文・写真
『お蚕さんから糸と綿と』

 子どもの頃、学校の周りには桑畑が広がっていたことをこの絵本を読んで思い出しました。なくなってしまった(しまう)仕事や風景・生活・手仕事…さりげなくいろいろと考えさせられる一冊。

本の画象

アリス館(1500円+税)
2020年1月刊
アニカ・アルダムイ・デニス文
ルーシー・ルース・カミンズ絵/石井睦美訳

『ラブレターをもらったら』

 コロナウイルス関連で社会が疑心暗鬼・自粛ムードになり、自分の心もクサクサしているときに、目にとまった絵本です。身のまわりの人を幸せにすること、忘れてはいけない、大切な気持ちが伝わってきます。

本の画象

BL出版(1500円+税)
2020年2月刊



2020年3月2日号(e船団書評委員会)

田中俊弥の推す2冊

夏井いつき著
 夏井いつきの
『365日季語手帖』2020年版

 「プレバト俳句」でおなじみの夏井いつき先生の季語手帖。夏井さんの、俳句という小さな文芸振興のための貢献たるや実に大なるものがある。俳句という文芸が予想外に楽しくて面白いものであること、それは自作における努力や勉強なくしては上達しないということを笑顔と叱咤で届けてくれている。本書で日々の研鑽に励みたい。

本の画象

セゾンクリエイト(1500円+税)
2019年12月刊
今野真二著
『日本語の連続/非連続』
 百年前の「かきことば」を読む

 百年前の1920年は大正9年。そのころは、どのような時代だったのか。そして、そのころのことばや人々の言語生活は、どのような様相を呈していたのか。キーワードは「多様性(diversity)」。今野さんは、明治35年(1902)頃から昭和5年(1930)頃までを射程に、現代につながる・つながらないことばの実相を鋭角に現在化している。

本の画象

平凡社新書(920円+税)
2020年2月刊

太田靖子の推す2冊

浅田 徹著
 恋も仕事も日常も
『和歌と暮らした日本人』

 私達が持っている和歌のイメージを実像へと導いてくれる。平安時代の貴族の贈答としての和歌から題詠への変遷。室町時代の世情を風刺した落首、戦国時代の戦いの教えを歌った軍歌。御伽草子に登場する和歌。『利休百首』など、芸事に関する和歌集も。当時の著名な歌人ではなく、広い階層の人々が詠んだ和歌に関する書物。

本の画象

淡交社(1600円+税)
2019年8月刊
晋遊舎ムック  歴史旅人 Vol.6
『江戸の暮らし 完全ガイド』

 江戸の庶民の暮らし、武士の様子、名所案内に分かれ、全頁カラーのCG・浮世絵・古写真で当時を再現。町人の仕事には、損料屋というレンタル業もあり褌まで借りられたという。猫のノミ取り屋が実は男娼の隠れ蓑でもあったなど。妖怪と幽霊に魅せられた北斎など3人の絵師たちの作品も鑑賞できる。どの頁を開いても楽しい。

本の画象

晋遊舎(1000円+税)
2019年9月刊



2020年2月24日号(e船団書評委員会)

舩井春奈の推す1冊


山本みち子句集
『涙 壺』

本の画象

 〈少年の耳のピクピク春立つ日〉から始まるこの句集、〈花の種蒔こうか空が青いから〉〈めがねからめがねへ移る花の雲〉と今から桜の季節が楽しみになる。〈花冷えを吸ってひろがる空の青〉なんて、花冷えまで楽しみになるではないか。
 私ごとであるが、今、この原稿を書いている途中で祖母を救急車に乗せた。〈たんぽぽのぽっぽっぽっと生きている〉に重ねられる祖母に、今年の秋には〈秋晴だ絶好調だ老人だ〉と願わずにいられない。

ふらんす堂(2600円+税)
2019年12月刊


松永みよこの推す2冊

大島雄作句集
『一 滴』

 タイトルの「一滴」。そして、「自在に、平易に、好き勝手に詠む」と語る大島雄作氏だが、私の捉えた作者の個性はご本人の自覚とは少し異なる。句の世界の豊かな広がりや機智に魅了されつつも、それを支える技巧の緻密さを感じ取った。それゆえか、少し整いすぎたさみしさを感じたりもした。〈花守のかつて能吏でありにけり〉

本の画象

青磁社(2300円+税)
2019年12月刊
秋山千佳著
『実 像』
広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実

 NHK特集で観た、居場所のない少年少女(多くは非行経験を持つ)に手作り料理をふるまい続ける中本忠子さんのことが頭に残り、読んでみた。結果、マスコミがこうあってほしいと願うばっちゃん像、筆者がこうあってほしいと期待するばっちゃん像、そんなものをするりとかわして、何食わぬ顔のばっちゃんが浮かんできた。

本の画象

角川書店(1700円+税)
2019年10月刊



2020年2月17日号(e船団書評委員会)

原 ゆきの推す2冊

武田百合子著
『武田百合子対談集』

 吉行淳之介氏との対談がとりわけ印象的。昔馴染みの二人の、きわどい?思い出話、ざっくばらんな「好色五人女」の話、どれも対談ゆえのサービスではなく、酔って目の縁がふと赤くなるような色っぽさ。だから面白い。お二人の雰囲気に「ネオンテトラ」といううつくしく光る熱帯魚を何故か思い出していた。

本の画象

中央公論新社(1700円+税)
2019年11月刊
大岡信・谷川俊太郎編
 声でたのしむ
『美しい日本の詩』

 声(黙読する“内心の声”も含む)で読むよろこびに満ちた詩のアンソロジー。「峯の雪が裂け/雪がなだれる/そのなだれに/熊が乗つてゐる/あぐらをかき/安閑と/莨をすふやうな恰好で/そこに一ぴき熊がゐる」井伏鱒二「なだれ」という漫画のような詩と出会った。今読んだのは、何だったんだ?と目を疑い、それから随分笑ってしまった。

本の画象

岩波書店 岩波文庫別冊(1100円+税)
2020年1月刊

赤石 忍の推す2冊

安岡章太郎著
『利根川・隅田川』

 1966年4月に親本の刊行だから、安岡は半世紀以上前の利根川を水源から河口まで歩いたことになる。今の利根川は江戸初期の改修で流れを大きく変えられた。本流は千葉県銚子に河口を構え、分流の江戸川は東京湾に注ぐ。だが荒川、隅田川等も含め放水路も多く、正直、切り取った風景の中でしか、私には各々の川のイメージが湧かない。その姿を時代によって大きく変えながらも、川はたえず古い道筋を流れようとしていると著者。同時期に発売された安岡氏の『私の墨東綺譚』もぜひ。

本の画象

中公文庫(900円・税込)
2020年1月刊
ブライアン・サイクス著/大野晶子訳
 遺伝子が語る人類の絆
『イヴの七人の娘たち』

 親本刊行は20年前だから、遺伝子研究も本書の先を行っている事は間違いない。ネアンデルタール人が現生人類と交わることなく絶滅したとあるが、最近では交配の痕跡が認められ、祖先の出アフリカ説にも疑問符が付き始めている。だとしても本書は面白い。母系のみに受け継がれるミトコンドリアDNAを解読すると、現代ヨーロッパ人の95%が七人の母親に行き着くなんて。訳文も読みやすくスリリングで推理小説のよう。Y染色体を扱った『アダムの運命の息子たち』も併せてどうぞ。

本の画象

河出文庫(1200円+税)
2020年2月刊



2020年 2月10日号(e船団書評委員会)

鈴木ひさしの推す1冊


マルセー・ルドゥレダ作/田澤耕訳
『ダイヤモンド広場』

本の画象

 「ダイヤモンド広場」は、スペイン北東部、カタルーニャ自治州の州都バルセロナ市グラシア街にある広場の名前である。この本は、原文カタルーニャ語からの直接翻訳、ということにも意味がある。小説を読む前に、スペイン内戦とカタルーニャ語について書かれた訳者による「解説」から読んだ方がよいかもしれない。日常にありふれたものとできごとの細部の描写は、冒頭から最後まで変わらないが、何気ない日常に戦争が入り込み、人の命を奪い、人の心をむしばんでいく。この小説には、実にたくさんの比喩が使われている。「アスパラガスみたいな人」「スズメバチみたいに怒る」「蠅の羽みたいな褪せた黒」「カナリアみたいな黄色」「自分は取るに足りない土だんごみたいに」「吹き消されたマッチみたいな顔」「サソリの巣を封じ込めてあったドアが開いたみたい」「牝牛みたいに大きな目」「アンコウみたいな口」「アイスクリームのコーンみたいな鼻」「小鳥みたいに満足して」……、比喩は文化である、と思う。これもまた、外国の作品を読む楽しみではないか。バルセロナに行ってみたくなった。

岩波文庫(780円+税)
2019年8月刊


香川昭子の推す2冊

千坂希妙句集
『天真』

 楽しい句、堅実な句などいろいろな句がつまった句集。
 九条葱よ下仁田葱につんとすな
 夏痩せて女ちりめんじやこめつてい
 夏やせの句、男では面白くないよね、悔しいけど。
 鰭だけを獲られて鱶の沈みゆく
 タグ付きの蟹の仰向け風花す
 こんな句を知っても美味しいって言うだろうな。私は。

本の画象

星湖舎(2000円+税)
2019年11月刊
高橋源一郎著
「一億三千万人のための
『論語』教室」


 『論語』の現代語訳。解釈は現代の日本と読める箇所も多い。『論語』は孔子がいろんなところで話したことばを採録したもの。そこにはいろいろな孔子がいる。学ぶことがなにより好きで仁が大事、音楽が好き。でもたまには腹も立てることもある。そんなこともちょっと書いてある。「ことばを理解しなければ、人間を理解することはできない」これが『論語』最後の499番目のメッセージで孔子がたどりついた結論。

本の画象

河出新書(1200円+税)
2019年11月刊




2020年2月3日号(e船団書評委員会)

塩谷則子の推す2冊

井本元義著
『太陽を灼いた青年』
 アルチュール・ランボーと旅して

 20歳で詩を捨て、アフリカで商人になり、37歳で夭折したフランスの詩人ランボー(1854年生まれ)の跡を辿る。文学散歩。筆者は、実業界を引退後、3年間毎年3ケ月パリに滞在。写真が多く、読みやすい。ヴェルレーヌがランボーを撃ったピストルが数年前、約5000万円で落札されたという話には驚いた。世界中にファンがいる。

本の画象

書肆侃々房(1600円+税)
2019年10月刊
加藤典洋著
『大きな字で書くこと』

 大きな字で書くとは簡単に一つのことだけを書くこと。岩波書店の『図書』に連載された短文が本になった。父との確執が連載されていたころ、私は山形県の基督教独立学園について、卒業生の文集まで古本を買い集め読んだ。これだけは書いておきたいという迫力に押されたのだ。忘れがたい人や思い出を書く。まなざしが温かい。名随筆。

本の画象

岩波書店(1800円+税)
2019年11月刊


若林武史の推す1冊


長山靖生著
『恥ずかしながら、詩歌が好きです』

本の画象

 明治以降の詩作する作家や詩人の詩がエピソードを交えて紹介してある。酒や食べ物、戦争…。そうした事と縁遠いような印象を受ける浪漫詩人達の、生活者としての一面が伺えて嬉しい。有名な詩人の詩でも、それって感想やん!というものも多く、何だか安心した。それと同時に、詩人が硬直化したらおしまいだなとつくづく思った。

光文社新書940円+税)幻冬舎(940円+税)
2019年11月刊



2020年1月27日号(e船団書評委員会)

紀本直美の推す2冊

いわしみずさやか/作・絵
『こんにちは!
 マトリョーシカ』


 太い線が特徴のイラストレーター・いわしみずさやかさんの初のあかちゃん向け絵本です。「こんにちは!」と、かわいいマトリョーシカちゃんから出てきたものは……?!

本の画象

偕成社(800円+税)
2019年12月刊
サンディ・ファッセル文
タル・スワナキット絵/青山南訳

『いぬのサビシー』

 いぬのサビシーは、飼い主に名前をつけてもらえず、自分で自分に名前をつけます。自己肯定感が低いいぬのサビシーに、今を生きる子どもたちが重なって胸がぎゅっと締めつけられました。

本の画象

光村教育図書(1400円+税)
2019年11月刊

宇都宮さとるの推す2冊

小野正弘著
『オノマトペ
 ―擬音語・擬態語の世界』


 最も肉体に近い言語であり、音の響きと意味が結びついて日本語の感情表現を豊かにしてくれるオノマトペ。その古事記から劇画までの歴史とさらに奥深さを様々な角度から分り易く解説。俳句でもよく使われているのは周知のとおり。「うそうそと雨降るなかを春の蝶」(一茶)「しんしんと肺碧きまで海のたび」(篠原鳳作)「三月の甘納豆のうふふふふ」(坪内稔典)など名句も多いが、自分で創って遊べるのも魅力の一つ。日常的にも“ちちんぷいぷい”とひねり出して楽しんでみるのも面白そう……。

本の画象

KADOKAWA(880円+税)
2019年12月刊
中井正一著
『日本の美』

 独自の美学理論で知られる著者の講演録、論考、エッセイを集めた一冊。「さやけさ」「もののあはれ」「わび」「幽玄美」さらに「いき」へと連なる日本人の美意識を繙いていく。その理論展開は「西洋との比較研究」「文学」「美術」「音楽」「舞台」など極めて広範で多様。興味深いのは日本の音の美における「間」の考察。能の太鼓の一打ち『ポーン』が切り込む時、一瞬の切断から生まれる快さ・余韻・深さに美を見出す。まさに、その間の感覚なのだが、俳句の切れにも通じるものがあり、日本文化の底に潜んでいる美的感性と云えようか。

本の画象

中公文庫(820円+税)
2019年11月刊



2020年1月20日号(e船団書評委員会)

太田靖子の推す1冊


川本晧嗣著
『俳諧の詩学』

本の画象

 季語や切字などを当然のこととせず、その根底から短詩型を問い直す。とにかく比較文学者としての視点が面白い。そこを知りたかったのだという領域に読者は導かれる。「俳句の『意味』とは」の「表現と解釈のあいだを行ったり来たりする行為そのものが〈詩〉だ」には膝を打つ。日本の詩歌のなかで「秋」は最初から悲しく淋しかったわけではなかったのだと解き明かす「日本の『秋』」。「新切字論」では膨大な数の俳句から切字の種類をあぶり出す。第二芸術論の疵瑕と意義の指摘もする。ボードレールを引用して芭蕉を照らし出そうとする「『不易流行』とは何か」は、特に興味深い。和歌や俳句とは何かということを突き詰めたい人にお薦めの一冊。

岩波書店(3300円+税)
2019年9月刊


武馬久仁裕の推す2冊

諏佐英莉句集
『やさしきひと』

 そんなに寂しいのか、秋の暮には、菓子箱は狂ったようにギラギラ媚を売る。「秋の暮狂つた色の菓子の箱」。流星も捨てられて、畳まれ傘もどきになってゴミになる。「流星や捨てられて傘ならぬ物」。そして、愚かな消費行動の記録はまとめてポイ。「レシートをまとめて捨てる万愚節」。批評性のある俳句が好ましい。俳人は今年33歳。

本の画象

文學の森(1700円+税)
2019年12月刊
京極夏彦著
『書楼弔堂 炎昼』

 頁を繰り書楼弔堂(とむらいどう)に入った時、ボルヘスの空想したあらゆる本を所蔵する「バベルの図書館」を思った。しかし、弔堂は本屋だ。人々は自分の生涯の1冊を購うため弔堂を訪れる。だが、あらゆる本があるかに見える弔堂でも、全ての本はない。若き日の柳田國男の求める1冊はなかった。その1冊は彼が書くべき本だったのだ。『遠野物語』を暗示して本書は終わる。白昼夢のような1冊。

本の画象

集英社文庫(980円+税)
2019年11月刊




2020年1月13日号(e船団書評委員会)

松永みよこの推す2冊

神野紗希著
『女の俳句』

 テーマは、少女、髪などのスタンダードなものから、キャラクター、名前など著者の個性が光るものも。それらを見渡すと、古典文学から現代のアニメまで共通したモチーフが繰り返し用いられていることがわかる。例句が新鮮。欲を言えば「乳房」の項「チョコパイとおっぱい持って野に遊ぶ 波戸辺のばら」を載せて欲しかった。

本の画象

ふらんす堂(2000円+税)
2019年10月刊
藤原月彦著
『藤原月彦全句集』

 これは美しい。あれは醜い。読者の胸に焼き火箸を押し付けるように鋭く残酷な作者の審美眼に酔いしれるひとときがあったことを黙っていた方がよいのか。「蔦薔薇の鞭もて男娼の擲つ春夜」「弾痕疼く夜々抱きあう亡兄と亡兄」今から四十年以上前にこんな句を詠む作者の先取の精神に感心した。真人間でいたい人には薦めない。

本の画象

六花書林(3200円+税)
2019年7月刊

静 誠司の推す2冊

三宅香帆・著、相澤いくえ・イラスト
『妄想とツッコミでよむ
 万葉集』


 新元号の由来となったことで、「万葉集」に関連した本がたくさん出版されているが、その中で本書は、まだ二十代の筆者が、自分が学んだ万葉集の魅力を、年下の若い子たちにどうしても伝えたいという熱意が満ちた一冊となっている。「妄想とツッコミ」とは、万葉集の世界をできるだけ現代に結び付けようという試みであろう。筆者のひたむきさがとてもよく伝わってくる。

本の画象

大和書房(770円・税込)
2019年12月刊
ヘザー・モリス著、金原瑞人・笹山裕子訳
『アウシュビッツ
 のタトゥー係』


 ユダヤ人の主人公が、収容所内で出会った女性に恋をし、離ればなれになりながら、外の世界で劇的な再会を果たす、という実話(!)に基づいたストーリー。収容所の狂気の実態には改めて震えあがる。その中を生き残り、最終的に結ばれるという主人公たち。それは決して偶然ではないのではないか、と思わせる彼らのその後の人生がこれまた劇的。

本の画象

双葉社(1870円・税込)
2019年9月刊



2020年1月6日号(e船団書評委員会)

赤石 忍の推す2冊

森まゆみ著
コレクション日本歌人選
『子規の音』

 著者は季刊地域誌「谷中・根津・千駄木」の主宰者。東京・上野近辺の地域に家を構えた明治期の文人、そして彼等を取巻く街の様相を描いた書籍を多く刊行してきた。今回は根津に居を据えた子規の生涯を。本書が研究者が記す専門書と異なるのは、本筋から離れた脇道の豊富さ。子規にかかわる人々の人生や土地の歴史等を、著者の好奇心に任せて文章にしていく。さしずめマラソン解説の増田明美さんのような、その「細かすぎる」豊富な知識に思わずうんうんと頷いてしまう。

本の画象

新潮文庫(850円+税)
2019年11月刊
嵐山光三郎著
『芭蕉という修羅』

 『芭蕉紀行』『悪党芭蕉』に続く著者三冊目の芭蕉本。俳聖として奉られている芭蕉の本当の正体に迫ろうと、薄皮をはがすように近づいていく。水道工事請負人としての芭蕉、幕府隠密としての芭蕉、男色家としての芭蕉、コキュとしての芭蕉等、俗世間に修羅のように漂う芭蕉も一面としてあるのだと強調する。だが、そのエビデンスを問われれば難しく、それゆえに研究に根差した専門書としては如何、ではあるが、読者を飽きさせない、このようなアプローチも必要なように思う。

本の画象

新潮文庫(590円+税)
2019年11月刊


田中俊弥の推す1冊


原 ゆき句集
『ひざしのことり』

本の画象

 原ゆきさんは、エッジのきいた上質の叙情詩人。古典文学はもとより、三好達治、 梶井基次郎、谷川俊太郎など歴々たる詩人たちのことばが句に裏打ちされていて、 奥行きがある。坪内稔典一押しの「胡瓜持つ胡瓜の中に水の声」は、本書の代表 句。原ゆきさんは水の詩人でもある。「春の手を水道水は縦に打つ」「ごにょご にょの模様の水が春の水」「水鳥の壊した水のもとどおり」「ゆびさきやすこし の水に浮く金魚」「白米は水に眠らせ冬の月」など秀逸。水つながりの「青空に 青空棲みぬ十一月」「深夜バス鯨の胴の胴まわり」「ほたるいか君と契約した夜 の」「見ておりぬ降雪という宗教」「ホタルかつて草間彌生という名前」「湯た んぽと言えばくちびるやわらかし」なども、また良き哉。

ふらんす堂(1700円+税)
2020年1月刊



2019年12月30日号(e船団書評委員会)

香川昭子の推す1冊


荒川洋治著
『霧中の読書』

本の画象

 読書についてのエッセイ集。『西東三鬼全句集』について、ひとつひとつの句をみていくほかに、その句の周りの句をみつめる楽しさもあるという。「名句の内側をたどる。あるいは周りの句の表情を見つめる。どちらも楽しい。さらに、それらがとけあって別の景色に変ることもある。」句集にこんな読み方もあるのだ。詩について、たとえば吉本隆明の(ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる)の一節について、その頃は「意味もわからないまま、この詩句に酔いしれた。」「未知の言語を知ることは、自分の世界をひろげることでもあるのだ。」と書く。取り上げているのは詩、小説、評論、辞典等々。こんなとらえ方もあるのかと思うことばかり。わからない現代詩も含めいろんな本を読もうと思った。

みすず書房(2700円+税)
2019年10月刊


舩井春奈の推す2冊

復本一郎編
『子規紀行文集』

 子規と言えば病床に臥すイメージが色濃い。その俳号が持病に由来し、子規自身も病気をさらけ出していたから。だが、この本からは子規が思いのほか旅に行っていたことが分かる。いつかこの本を片手に子規の旅のあとを辿ってみるのも楽しそう♪

本の画象

岩波文庫(740円+税)
2019年12月刊
重里徹也・助川幸逸郎著
『平成の文学とはなんだったのか
 激流と無常を超えて

 今年2019年は平成から令和へと駆け抜けた年。令和になり既にたくさんの出来事に翻弄される今、確実に平成から距離を持つ。では、この題名のもといったいどの作品が取り上げられているのか見所。たちまち平成のあの頃へ、あの作品へ。

本の画象

はるかぜ書房(1600円+税)
2019年9月刊



2019年12月23日号(e船団書評委員会)

若林武史の推す1冊


長嶋 有著
『俳句は入門できる』

本の画象

 作家であり、俳句でも活躍?中の長嶋有の俳句の本である。入門というよりは、俳句の裏側の愉しみを著者の体験を交えて紹介した一冊。結局のところ、俳句は人との繋がりの中で生きるというのが読んでいて伝わってきたこと。詩や短歌と比べると、その辺りに俳句独特の世界観があることを著者は伝えてくれている。楽しく、かつ考えながら読めます。

朝日新書(790円+税)
2019年12月刊


原 ゆきの推す2冊

川野里子著
コレクション日本歌人選070
『葛原妙子』
 見るために閉ざす目

 葛原妙子の短歌と、その鑑賞。「疾風はうたごゑを攫ふきれぎれに さんた、ま、りぁ、りぁ、りぁ」著者は「(讃美歌の)千切れかた、歪みかたは無惨」「天上世界があると信じることのできない者の聞く讃美歌」としているが、私には風がきれぎれにした音の不思議さ、妖しさ、「りぁ」というR音を繰り返す鈴めく綺麗さなどが感じられるのみだった。

本の画象

笠間書院(1300円+税)
2019年7月刊
河合隼雄・阪田寛夫・谷川俊太郎・池田直樹著
『声の力』
 歌・語り・子ども
br>  童謡、わらべうた、語り。声や歌にまつわる記憶、好きだった歌などについて 四人が講演し討議した自由で楽しい記録。読むうちに校庭で「花いちもんめ」をして男女二十人位で遊んだ、あの何とも言えぬ面白さをありありと思い出した。横一列に手をつなぎ「負けーてくっやっしっいっ花いちもんめっ」と砂を蹴立てる高揚感。活字にならないものの魅力。

本の画象

岩波書店(岩波現代文庫)(800円+税)
2019年10月刊



2019年12月16日号(e船団書評委員会)

宇都宮さとるの推す1冊


田村隆一著

『詩人の旅』

本の画象

 昭和、平成を代表する詩人による紀行とエッセイ集。『隠岐』の冒頭の一節、“メイ・ストーム、五月初旬に日本列島を襲う、あの爽やかな低気圧が東方洋上に去るのを待ちかねて、ぼくは特急「出雲」にとび乗った”、一緒に旅したくなるようなツカミの文章が秀逸。どの紀行の一行一行もまた、肩の力が抜けた自在な筆運びで読者を素敵な旅へとひっぱり込んでいく。そこには詩人としての軽やかな精神と対象を見つめる眼の確かさがあるのだろう。詩人曰く、“詩は精神と肉体の複合物だ・・・、遊べ、遊べ、言葉と遊べ、遊び方だって上手になるはずだ。遊んでいるうちに、言葉に光をあたえ、また普段使っている言葉から光をひき出すコツがわかってくる・・・。”と。なるほどこの紀行文、酒とうまいもんそして友を道連れにして遊び心が満載、まあ、旅は遊学ともいうから・・・? でも、こんな楽しい紀行文、書いてみたいな!!!

中央公論新社(900円+税)
2019年10月刊


鈴木ひさしの推す1冊


長山靖生編

『文豪と食』
食べ物にまつわる珠玉の作品集

本の画象

 森鷗外、国木田独歩、夏目漱石、林芙美子、正岡子規、幸田露伴、永井荷風、谷崎潤一郎、芥川龍之介、泉鏡花、岡本かの子、夢野久作、斎藤茂吉、山本周五郎、太宰治、食べ物を「小道具」にした十五人の作家の作品集である。あまり読んだことのない作家の、思わず引き込まれてしまう作品に出会うと、自分の世界が広がったような気がする。林芙美子「うどん」は、少女の目から見た、島での三週間のできごとの物語。一つ一つの風景と、少女の動作が、そのまま心情となり、どこか、宮崎駿の映画のような世界である。岡本かの子「鮨」は、鮨屋の「看板娘」と謎めいた「先生」と呼ばれる男の話、男はなぜ鮨屋に現れるのか、しなやかな文章で、季節が流れ、謎が解かれる。子規は御所柿、漱石は蕎麦、・・・。やっぱり山本周五郎はうまい。時々、アンソロジーを読んで、すきまを埋めたくなる。

中公文庫(820円+税)
2019年10月刊



2019年12月9日号(e船団書評委員会)

武馬久仁裕の推す2冊

広野草雄句集
『雪柳』

 句集の終わり近くに「秋陽背に妻あるような野良帰り」がある。この句を読み、改めて句集を読み直す。「縫いたての産着 妻よままごとではないんだね」、そして「秋 すりへった手が妻にふれるときだってある」。「さわる」でなく「ふれる」であることを味わいたい。やがて老い、「妻の歩に合わせ 二尊院へ道なだらか」。妻と共に歩んだ人生であった。俳人は、今90歳。

本の画象

文學の森(2667円+税)
2019年10月刊
有坂花野句集
『青き小さき魚』

 「花の雨貨物列車の通る町」、一句において、花の雨は単に桜花に降る雨ではない。文字通り桜花の降る花の雨でもあるのだ。だから、花の雨の降るこの町は、それは美しくそれは淋しい町なのである。そんな町に、人の乗らない無機的な貨物列車が、どこからともなくやって来て、どこへともなく去って行くのである。さらなる淋しさを残し。集中随一の句である。

本の画象

現代俳句協会(頒価・2000円)
2019年8月刊

塩谷則子の推す2冊

石川九楊著
 表現の永続革命
『河東碧梧桐』

 読書中ずっと「俳句って何?五七五の定型・季題、季語って何?」と考えさせられた。そのことを筆者が考えながら書いているからだろう。碧梧桐も考え続けた。無中心から従来の切字を捨て、ルビ付き俳句に至るまで。碧梧桐の独特の書と俳句との不可分な関係が述べられる。書は常に進化してきた、俳句もというのが筆者の意見。文体や音数律について考えさせられる刺激的な本。

本の画象

文藝春秋(2500円+税)
2019年9月刊
正津 勉著
『京都詩人傳』
 一九六〇年代詩漂流記

 19歳だった65年4月から69年末まで、京都で出会った天野忠・大野新・角田清文・清水哲夫・清水昶の詩についての論。彼ら5人に共通するのは、戦後20年を貧困や病苦の中で過ごし、時代の奥にある暗さや闇を表現しようとしたことだ。まず、引用されている詩に魅了される。論は「どういったらいい」と口ごもりながら進むが、鋭い。

本の画象

アーツアンドクラフツ(2000円+税)
2019年8月刊



2019年12月2日号(e船団書評委員会)

静 誠司の推す2冊

神野紗希著
『もうなかない
 電気毛布は
 裏切らない』


 新聞等で連載されたものを集めたエッセー集。80年代生まれ俳人の旗手の一人である著者の、作句の原点をうかがうことができる。それは良くも悪くも彼女のイメージ通りの世界ではあるのだが、誰の身の回りにもあるような日常風景。特に育児にまつわる喜び、発見、大変さに関するくだりは、同じような育児真っ最中の方々には共感されまくりでしょう。

本の画象

日本経済新聞出版社(1870円・税込)
2019年10月刊
川﨑大助著
教養としての
『ロック名盤ベスト100』

 ロックはオヤジの音楽だということで若い人には「ダサい」イメージなのだそうだ。「教養としての」というタイトルがまさにオヤジ臭いが、ここに並ぶ100枚(「枚」もオヤジ的か?)をとにかく聞いてください。英米の平均値を算出したベスト。100に漏れた作品も多々あるが、これはこれで間違いない。今ならサブスクで聴き放題。とてつもなく恵まれた環境だ。

本の画象

光文社新書(946円・税込)
2019年17月刊

紀本直美の推す2冊

エド・ヴィアー作/きたむら さとし訳
『ライオンになるには』

 「ライオンになるには」というタイトルで勇ましい話なのかなと思いきや…、勇ましいと思ってしまった私も、先入観があるということで…とにかく読んで感じてみてください!

本の画象

BL出版(1650円・税込)
2019年9月刊
塩野米松文/松岡達英絵
『おじいちゃんの小さかったとき』

 おじいちゃんの小さかったとき、遊びはチャンバラ、すもう、なわとび……。ほんの数十年の昔のことが、遠い遠い昔のよう。今の子どもがおじいちゃんになったときは、どんな世界になるのでしょうか??

本の画象

福音館書店(1760円・税込)
2019年9月刊



2019年11月25日号(e船団書評委員会)

田中俊弥の推す1冊


瀧浪貞子著

『持統天皇』
―壬申の乱の「真の勝者」―

本の画象

 2019令和元年は、天皇家のことにおもいをいたしてしまう。わたしの勝手な思い込みは、明仁上皇と美智子上皇后が聖武天皇と光明皇后に比定されてしまうということである。大仏開眼法要をおこなった聖武天皇は、天武と持統(天智天皇の娘)の長男・草壁皇子の長男・文武天皇(珂瑠皇子)の子であり、光明皇后は大化の改新の功臣であった藤原鎌足の子・不比等の娘である。東アジア情勢の緊張関係の中、663年百済救済に向かった天智は敗北し、大津に遷都。皇位継承をめぐって672年壬申の乱。645年生まれとされる天武の后・持統はこの激動の時代を勝ち抜き、ついには原「万葉集」の編纂に着手する。日本という国のかたちを考えるための恰好の人物こそ持統天皇ではなかろうか。

中公新書(900円+税)
2019年10月刊


太田靖子の推す1冊


永島靖子著

『冬の落暉を』
俳句と日本語

本の画象

 結社誌『鷹』の編集長を務めた作者の時評、編集後記(1975-80)、随想などが所収されている。書かれた時代を意識して読むと見えてくるものがある。今更のごとく俳句の深遠さを知る。おぼろげにわかっていたことがずばり表現されており、なるほどと頷くことも。近年の俳句作品の浅さを嘆き「俳句表現は物の描写に始まり、それで大方完結するが、その背後に作者が見えて欲しい」という意見に共感を覚える。ときには、作者の句作過程が覗けて楽しい。「何事も茫洋と希薄な社会では、存在感をもって一人立つことが肝要で、確たる個があってこそ、句会での他者との充実した交流ができる。句の深さもその結果としてもたらされる」。これはなかなかの難題である。

邑書林(2300円+税)
2019年7月刊



2019年11月18日号(e船団書評委員会)

舩井春奈の推す2冊

藤井なお子句集
『ブロンズ兎』

 「ホームから十頭身の秋がくる」のように我が家に届いた。「囀りやときに曲線ときに点」のような軽やかな句集。時に「あはあはと泉の端をワンピース」にしてみたかと思えば、「多佳子忌のふくらはぎまで日本海」と開放的な句が多い。これからは「制服に日向の匂ひ冬木立」の季節。

本の画象

ふらんす堂(1700円+税)
2019年10月刊
川島由紀子著
『阿波野青畝への旅』

 「小学生向けの受験国語に、正岡子規や高浜虚子の俳句に混じって阿波野青畝の俳句が出てきた。一行だけの俳句と名前。ほかに情報はない。いや待てよ……この本があるじゃないか! 一行から始まった好奇心は、この本を通して旅が始まった。途中ブランコに乗る青畝とすれ違う。

本の画象

創風社出版(2000円+税)
2019年10月刊

松永みよこの推す2冊

若山牧水著
『エッセンシャル牧水』
 妻が選んだベスト・オブ・牧水

 牧水夫人で自らも歌人の喜志子は、牧水の死後、主宰を継承し彼の歌を守り伝え続けた。彼女の存在なくして、牧水の歌がここまで広く知られることはなかっただろう。その一方で、私たちが今見ているのは、喜志子が「こうであってほしい」と望む編集された牧水である可能性も否定できない。…歌よみ夫婦って難しいんだろうな。

本の画象

田畑書店(1320円・税込)
2019年9月刊
泉 鏡花著/秋山 稔監修/白水銀雪訳
 本当にさらさら読める! 現代語訳版
『泉鏡花』

 「本当にさらさら読める」って、あの鏡花様をさらさらと読んだら面白くないのでは…と思っていたが、訳者である白水銀雪氏の言葉が洗練されていて、鏡花世界を身近なものにしてくれた。『高野聖』とか教科書に載せられない妖しく美しい名作って結構あるんだよね。人に薦めたい気持ちとこっそり読みたい気持ちが半々の良書。

本の画象

角川書店(怪異・幻想 傑作選)(1300円+税)
2019年8月刊



2019年11月11日号(e船団書評委員会)

原 ゆきの推す1冊


北村 薫著
『北村薫のうた合わせ百人一首』

本の画象

 題名が面白くない……期待せず立ち読み。で、二、三行で心を掴まれ、そのままレジへ行ってしまった。北村氏の感性で二首ひと組にして紹介される短歌、短い詩のみずみずしさよ。巻末に収録された鼎談で穂村弘氏がこの本を評し『ずっと短歌を書いてると、短歌って面白いのかな?―みたいな感じになって、わからなくなってくる。最初の何か月かはすごく面白いって確信していたのに。だから、改めて「あ、短歌ってやっぱり面白いんだ」って、思いました(略)非常に貴重なカンフル剤』と語っているのが印象的。「ひとひらの雲が塔からはなれゆき世界がばらば らになり始む 香川ヒサ」この一首も崩壊の感覚が一字空けと響き合い、衝撃が訪れる。立ち読みだろうと盗み読みだろうと、お構いなしに。

新潮文庫(550円+税)
2019年10月刊


赤石 忍の推す2冊

いとうみく・文/中田いくみ・絵
『きみひろくん』

 本書は「うそ」をデーマとした小学低学年向きの児童文学作品。坪内氏はよく講演で柳田国男を例にとり、幼児・児童の嘘を創造に繋がる知の冒険へのとば口と語っていたのを思い出す。著者は今、最も期待されている児童文学作家の一人。ネグレクトなど時代性を意識した高学年向きをフィールドとしてきたが、今回は説明・意味をできるだけ省いて世界を構築し、読者に多くを委ねる、俳句的とも言える作品に仕上げている。

本の画象

くもん出版(1100円+税)
2019年11月刊
石川えりこ・絵/文
『かんけり』

 かくれんぼと言えば、すぐに寺山修司の「かくれんぼ三つかぞえて冬となる」が浮かぶ。缶蹴りも鬼から隠れることは一緒だが、ほとんどが捕まっても、最後に一人が鬼が缶を踏む前に蹴り飛ばせば、ゲームは振り出しに戻る。まさに幼い鬼には残酷な遊びだったかもしれない。それも遠い彼方だが、この世界を描かせると著者に勝るものはいない。両者とも四季を通して遊んだが、不在そして喪失、もはや冬の季語として良いようにも思う。

本の画象

アリス館(1500円+税)
2018年9月刊



2019年11月4日号(e船団書評委員会)

鈴木ひさしの推す1冊


永井荷風著
『問はず語り・吾妻橋』他十六篇

本の画象

 ここに収められた作品は、主に戦後の占領期のものである。作品の一部は、GHQの検閲によって削除、書き換えが行われた。本来、作者の意図と表現されたものを読者がどう読むかということは別だが、第三者による部分的な削除、または、書き換えがあったのであれば、復元されて初めて作品は完成する。
 荷風は、谷崎潤一郎『細雪』について、「神戸市水害の状況と、嵐山看花の一日を述べた一節とは、言文一致を以てした描写の文の模範として、永遠に尊ばれるべきものであろう」と評価し、「小説の巧拙は、その観察と思想との如何を見て、これを論ぜよ」(「細雪妄評」)と書いている。荷風にとって、検閲は耐えがたいものであったに違いない。活字から、作品と作家が論じられ、評価となり一部は定着していく。はたして、評価は確かなものなのだろうか。
 この本の巻末の岸川俊太郎「解説-戦後荷風文学の世界」は、かつて石川淳が1959年に描いた荷風文学のイメージとは異なる世界を見せてくれる。

岩波文庫(810円+税)
2019年8月刊


香川昭子の推す2冊

ショーン・タン著/岸本佐知子訳
『セミ』

 大人向けの短い絵本。筋は簡単。蝉が背広を着て17年間ビルで働いて・・・・・・。説明はないシンプルな言葉と静かな絵がすべてを表現。そのブルー系の絵に朱が入り始めて一気に世界が拡がる。わかるような、わからないような不思議な終わり方。奥付に芭蕉の「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」とその英訳があり、句との関連みたいなことも思ったりした。

本の画象

河出書房新社(1800円+税)
2019年5月刊
島田雅彦著
『君が異端だった頃』

 自伝的青春私小説。帯文は「恥多き君の人生に花束を。」小中学校時代、頭がよく、生意気で落ち着きがなく、理科とか社会とかのへんな知識にやたら詳しい男子のことなど思い出した。男子ってこんなこと思っていたのか、今さら悔しい。半端じゃない様々な知識欲、努力、ここまで書くかという滅茶苦茶な体験。反発しながら、くまなく読んだ。

本の画象

集英社(1850円+税)
2019年8月刊



2019年10月28日号(e船団書評委員会)

塩谷則子の推す2冊

尾崎まゆみ著
『レダの靴を履いて』
 塚本邦雄の歌と歩く

 言葉派、言葉にこだわる塚本短歌の難解さを和らげてくれる本。例えば「幻視街まひる昏れつつ賣る薔薇の卵、雉の芽、暗殺者の繭」(1972年作)。薔薇の芽、雉の卵なら当たり前、その当たり前を少しずらせて「読者を楽しませることを目標」として作られたエンターテイメント短歌だという。慧眼。72年は浅間山荘事件があった年。

本の画象

書肆侃侃房(1800円+税)
2019年8月刊
梯久美子著
『狂うひと』
「死の棘」の妻・島尾ミホ

 特攻隊長と島の賢者の娘として出会い結婚した島尾敏雄とミホ。『死の棘』は自らの浮気により妻が発狂、二人で精神病院に入院する過程を描いた私小説。筆者は、記録魔だった敏雄が残した資料などを読み解き、多くの発見をした。ミホが独占し続けた敏雄の遺体を、元教え子と娘のマヤに託してしまったひとときがあったなど、どこか滑稽なミホ。マヤは10歳から口をきけなくなった。

本の画象

新潮文庫(1100円+税)
2019年9月刊

若林武史の推す2冊

BRUTUS編集部編
「BRUTUS」2019年11月1日号

 特集は「本屋好き」。電子書籍もそこそこ普及している昨今だが、本屋さんはセレクトショップ化的戦略で生き残ろうとしているのだろう。「作家の本屋パトロール」というページで歌人、作家、漫画家たちの行きつけ?の本屋さんが取り上げられている。俳人ゆえの行きつけの本屋ってあるのかな。

本の画象

マガジンハウス(700円・税込)
2019年10月刊
最果タヒ著
『きみの言い訳は
 最高の芸術』


 詩人最果タヒの初エッセイの文庫本化されたもの。詩とは異なるテンションの文章に少し戸惑いを感じた。比較的読点の少ない、なだらかな文体で、若い感性の日常が語られる。詩人の結晶した詩の言葉とまた違って、日常の関心の在りどころがよく伺えた。緩い生の言葉。わざと出しているとしたら、なかなかのものだと思う。

本の画象

河出文庫(500円+税)
2019年9月刊



2019年10月21日号(e船団書評委員会)

紀本直美の推す2冊

武田 美穂作
『きょうふのしりとり』

 2人の男の子がしりとりをはじめました。しかも、こわいものだけで! 「ようかい」からはじまり、だんだん苦し紛れのものが増えてきて……テンポよく迫力あるイラストが魅力的。

本の画象

ほるぷ出版(1400円+税)
2019年6月刊
ジョン・ヘア作/椎名かおる文
『みらいのえんそく』

 月に遠足にきた子どもたち。先生につきそわれてクレーターを歩き、地球を眺めます。そのうち、ひとりが迷子になって……。近い未来に実現しそうな月遠足。ラストの主人公の顏がすてき!

本の画象

あすなろ書房(1400円+税)
2019年6月刊

宇都宮さとるの推す2冊

中西 進編著
『万葉集の詩性』
令和時代の心を読む

 令和改元の「万葉集」ブームのなか、万葉研究の第一人者が編纂した日本の知的リーダー8人による書下ろしエッセイ集。中でも、中国文学者の川合康三氏の「山上憶良と中国の詩」に注目したい。古代中国の大詩人・陶淵明と杜甫、万葉歌人・憶良の三者の詩・歌について2つの共通項を指摘している。それは己の貧窮を背景とした『自嘲、自己戯画化による諧謔性』、そして表現としての『叙述の屈折』。これが時代や地域を超えて響き合っているという。この2つ、俳句に流れているものとも呼応してはいないだろうか。

本の画象

KADOKAWA(840円+税)
2019年7月刊
網谷厚子著
『日本詩の古代から現代へ』

 詩人で古典文学の研究者による詩歌の日本語表現についてのエッセイ集。興味深いのは詩歌における助詞の〈は〉についての言及。「詩歌の助詞には心情が込められている。特に〈は〉は作者の息づかいが感じられる」と。和歌では小野小町の“花の色は移りにけりな……”、近代詩では犀星の“ふるさとは遠きにありて思ふもの……”、白秋の「からまつはさびしかりけり……」など。確かにいずれの〈は〉も需要な役割を持ち作品全体を支配しているといっていい。では、俳句にとっての〈は〉は如何に。はたまた和歌や詩との違いは……。

本の画象

国文社(2000円+税)
2019年6月刊



2019年10月14日号(e船団書評委員会)

太田靖子の推す1冊


片山由美子著
『季語を知る』

本の画象

 季語の源泉をたどり、季語本来の意味を掘り下げ浮き彫りにする。参考文献に、季吟の『山の井』や貞徳の『俳諧御傘』など江戸時代のものも多数見られる。和歌の時代、俳諧の時代、俳句の時代を比較。例えば、万葉集では「滝」は「たぎ」と読み、早瀬のこと。現在の滝に相当するものは「垂水」。平安時代に「たき」となった。俳諧でも季語となっていたのは「滝」ではなく「滝殿」。現代では「滝」が主流の季語で、登山やハイキングが一般化したためという。季語は生き物で社会と共に生きていると感じる。季語を知ることは日本の文化や歴史を知ることに繋がる。「作者の事情」などのコラムも興味深く読める。季語とじっくり向き合いたい方はどうぞ。

KADOKAWA(1600円+税)
2019年6月刊


武馬久仁裕の推す2冊

高岡修句集
『剝製師』

 「万有引力林檎に熟れてかくも映え」ここには、落下する林檎を見るニュートン=人類のはいない。万有引力など知らない一個の林檎が、落下せんばかりに真っ赤に熟れているだけだ。「都市の白い晩禱量る計量師」ここには、都市の虚無の度合いを量っている正体不明の計量師がいるだけだ。「それぞれの眼差し持ちて流される」そして今、世界は虚無の眼差しの中にある。渾身の書き下ろし239句。

本の画象

深夜叢書社(2500円+税)
2019年9月刊
西垣 通・河島茂生著
『AI倫理』
―人工知能は「責任」をとれるのか―

 AIは、人間のように意味を理解し、思考しているわけではないことが分かった。AIは、ビッグデータを統計的処理して、確率的に「間違いはあってもだいたい合っている」という線で結論を出す機械にすぎないのだ。だから、人々が、AIを、あたかも人格を持っているかのように錯覚することを強く警告する。AIは、あくまでも、「人知増幅機械」なのである。

本の画象

中公新書ラクレ(860円+税)
2019年9月刊



2019年10月7日号(e船団書評委員会)

松永みよこの推す2冊

島内裕子著
コレクション日本歌人選
『樋口一葉』

 「両片思い」という言葉を高校の学生が使っていて初めて知った。 お互いに自分が片思いをしていると思い、本当は両思いなのにもかかわらず、相手の気持ちを確認していない状態なんだとか。日本文学史に残る?両片思いの半井桃水先生と一葉さん。結ばれない恋こそが、彼女の筆に力を与えたのだ。秋の夜長には樋口一葉が良き。

本の画象

笠間書院(1300円+税)
2019年3月刊
諸田玲子著
『今ひとたびの、和泉式部』

 この作品内では、和泉式部は情熱的な恋愛の歌人というより、時の権力者である藤原道長、彰子親娘の恩恵を受ける世渡り上手な女性という印象だ。最後まで今一つ彼女に共感できないままだった。私が平安的美意識についていけない石頭なのかもしれない。でも、自分の恋愛遍歴をまとめて上司に提出する人なんて、ちょっとねえ。

本の画象

集英社文庫(790円+税)
2019年8月刊


静 誠司の推す1冊


小林 一著
『愛される芭蕉』「奥の細道」

本の画象

 タイトルにある通り、芭蕉と「奥の細道」が、いかに多くの人に愛されてきたかをまとめた1冊。その手法はいたってシンプル。「奥の細道」の各段について、様々なジャンルの諸家が述べた言葉をひたすら並べて紹介する、というもの。これでもか、というぐらいにひたすら。俳人、歌人、小説家、文芸評論家、画家、漫画家、タレント……。まさに古今東西。その情報収集力と収集量に圧倒される。実際は「奥の細道」各段の原文と、筆者が実際にその行程を巡った紀行部分も並記されているのだが、原文はともかく、筆者自身が前面に出るはずの紀行部分はたいへん地味な扱いになっている。筆者自身あえて黒子に徹しているかのように。しかし、忘れたころに筆者の「お茶目な」地の部分がのぞかれる箇所がありニヤッとさせられる面白さもある。

幻冬舎(1600円+税)
2019年7月刊



2019年9月30日号(e船団書評委員会)

赤石 忍の推す2冊

ねじめ正一・文/五味太郎・絵
『みどりとなずな』

 「みどり」は認知症の末、亡くなられたお母さんの名前。「なずな」は、その死後すぐに誕生したお孫さんの名前。ねじめさんは、本書を母親から孫へと繋ぐ「いのちのリレー」の象徴と表現している。27個の鎮魂句の後に未来を託す三句を置き、それらを画家の五味さんが書体、級数を変えて縦横に配置し、色とりどりにデザイン化した背景を添える。手に取って気分がいいほど、とても美しい絵本に仕上がっている。

本の画象

クレヨンハウス(1500円+税)
2019年9月刊
大岡昇平著
『成城だより』
 付・作家の日記

 『成城だより』は文芸誌「文学界」に、1980年一年間にわたって連載されたもの。著者は当時70歳。亡くなる9年ほど前。一方、『作家の日記』は1957年から58年にかけての半年間の事々が列記されている。前者は40年前の筆者を取巻く日常瑣事や当時の世相、そして、その頃の刊行物とその評価、また、同業者との交流のほか、音楽、映画等の文化状況が著者の独特の視点から描かれ、懐かしくもとても興味深い。

本の画象

中公文庫(1100円+税)
2019年8月刊


田中俊弥の推す1冊


佛教大学編著
『第12回佛教大学小学生俳句大賞入賞作品集』

本の画象

 本年度のこの俳句大賞の選考委員は、青砥弘幸、尾池和夫、田中典彦(佛教大学長)、坪内稔典、原田敬一、山本純子の6氏。今回の最優秀賞句は「とり合いだバケツにはった丸ごおり」(小3)と「じてんしゃでいなごをふまずこいでゆく」(小5)の2句。この作品集には、このほか、優秀賞句8句、選考委員特別賞12句、入選句20句、佳作句234句が収録されている。「おしゃかさまむかしは何であそんだの」「ろてんぶろ空見上げたらオリオンざ」「のびるもちテストのてんものびるはず」「『もういいかい?』ふくらむおもち『もういいよ』」など多彩。
わたしには、佳作句の「雪の中白も一つの色なんだ」(小4)「先生とストーブ囲む十三人」(小6)が秀逸であった。

佛教大学(非売品)
2019年8月刊



2019年9月23日号(e船団書評委員会)

香川昭子の推す2冊


橋本 治著

『失われた近代を求めて』(上)(下)

本の画象  本の画象

 はじめに「日本の近代文学史のように見えたとしても違う、別のなにか」と書かれている。
 一気に読めるというわけではないけど、たとえば、『平凡』。すぐに橋本治のペースに乗って、二葉亭四迷の気持って、そうなのかな、ちょっと違うのかな、といっしょにぐるぐるしている。他にもイメージだけだった『蒲団』、『破戒』『五重塔』等々の文体、構成など当時の若い作家たちがすぐそばにいるみたいな解読。おかしかったのは、〈こんなにもなんにも知らないままで「当時」をみていた〉正岡子規。最終章は「絶望に陥らないように、楽ではないが、〈拵えもの〉の小説を書く」夏目漱石。なぜならば、「我と共に生きるはずの他人はどう生きるか?」を考えることは、希望に向かって進むことだからと橋本治は書いている。

朝日選書(各 1700円+税)
2019年6月刊


舩井春奈の推す1冊


柳本々々・著、 安福望・イラスト

『バームクーヘンでわたしは眠った』

本の画象

 書店の書棚に和書のごとく並んでいて目に留まった。いわゆる背表紙がないのだ。題名は、熨斗のようにかけられた表紙に書かれている。思わず手に取れば、装丁に引き込まれる。パラパラ頁をめくれば、たちまち引き込まれる。もともとの川柳日記という副題のもと、頁ごとにエッセイのような日記。寝ても覚めても仕事に忙殺されている毎日、こういう本からも癒されるんだなと思った本。
  あなた、この星にはじめておりたひとみたいね

春陽堂書店(1800円+税)
2019年8月刊



2019年9月16日号(e船団書評委員会)

若林武史の推す2冊

BRUTUS編集部編
「BRUTUS」2019年8月15日号

 特集は「ことば、の答え。」である。芸術・音楽などを中心に、様々なジャンルの「ことば」が取り上げられている。詩人のことばとして最果タヒ、俳句の言葉として北大路翼などなど。全体としてリリカルなことばとヒップホップ系のリズミカルなことばの世界が広がっている。こうした雑誌を読むと、ことばのどこに価値を置いているのか、現代の姿が見えてくる。

本の画象

マガジンハウス(680円・税込)
2019年8月刊
菅付雅信著
新装版『はじめての編集』

 帯に「超ロングセラー新装版!」とある。松岡正剛『知の編集術』を読んだ時「編集という観点」に感心を抱いたことを思い出した。本書は編集術の啓発書であるが、言葉の力に対する言及が多くあり、刺激を受ける。「補講 ところで『美しい』とは何?」の「美しさとはきまりがあること」という小見出しに惹かれた。新しい「きまり」が美を新しく定義するのだろうか。

本の画象

アルテスパブリッシング(1800円+税)
2019年7月刊


原 ゆきの推す1冊


高山れおな著
『切字と切れ』

本の画象

 高山氏は自身の俳句が投稿欄ではじめて活字になった際、十句のうち七句に切字を使う、なかなかの切字小僧ぶりであったそう。(この一文で勝手に著者に親しみを感じた)昭和の末から平成に入っての俳句界の閉塞感を「平成無風」と呼ぶそうだが、そんななか新しい修辞法として「切れ」に対する期待がひろまり(長谷川櫂や復本一郎が先導するようなかたちで)そうした流行に違和感を覚えた高山氏が、そもそも切字、切れとはどんなものだったのか、俳人や研究者にどう考えられてきたのかを多くの論考をあげ、生じる矛盾や混乱までもつぶさに検証した一冊。一方、現在、高山氏が、実作者としては「切れ」をどうとらえているのかが、知りたくなる。

邑書林(1819円+税)
2019年8月刊



2019年9月9日号(e船団書評委員会)

宇都宮さとるの推す2冊

谷川俊太郎詩集
『普通の人々』

 新作書下ろし詩集。殆どの詩編に約60人の人名が次々に登場し、その日常の出来事や思いらしきことがランダムに書きとめらていく。谷川は「私の知らない人たちだが、その一人一人に同じ人間、もしくは生きものとしての親近感を感じて、私は勝手に名前をつけ、その人たちの生活の断片を想像して・・」と。さて、その60名は知らない人たちなのだろうか。私には谷川本人の持つ60の顔に思えてならない。この本は強烈な『自分詩』なのではないか。“どんな詩にも一人称がひそんでいる”「空耳」という一篇の最後の一行が印象的だ。

本の画象

スイッチ・パブリッシング(1500円+税)
2019年4月刊
若松英輔著
『詩を書くって
 どんなこと?』

 こころの声を言葉にする

 「詩と出会う」「詩情とは何か」「詩を書く」「詩を書くII」「詩を読む」「詩学とは何か」「詩を贈る」の6章に分けて、“詩とは何か?”という素朴だが大きな問いかけに答える一冊。詩や言葉の持つ多様性や逆に奥深さを質問形式でわかり易くて解説して説得力がある。中でも、詩情とは「言葉で語り得ない何ものかを受け取ろうとするこころのありよう、と同時に物事から放たれる、あるはたらきだ……」は、詩歌を考えるにおいて興味深い一言。ただ、中学生向けの本のためか、あまりに情熱的な語り口が少々面倒くさいかも……。

本の画象

平凡社(1400円+税)
2019年3月刊


鈴木ひさしの推す1冊


宮下志朗著
『モンテーニュ』
人生を旅するための7章

本の画象

 桑原武夫の文章には、アランが度々登場する。アラン著『諸芸術の体系』では、しばしばモンテーニュへの言及が見られる。モンテーニュの言葉でよく知られているのは、現在も日本語の翻訳が続く「クセジュ文庫」の由来となった「ク・セ・ジュ(私は何を知っているか)」である。
 1533年生まれのモンテーニュは、1534年生まれの織田信長より一歳年長である。モンテーニュ村の城館に生まれ、生後まもなく、近くの村に里子に出される。2歳時から当時の国際語、知識人語であるラテン語の教育を受け、ラテン語が「母語」となった。38歳の誕生日に公務から退き、村の城館に隠遁、領地の管理と読書三昧の日々に入る。『エセ-―』を読むことは「同時にギリシャ・ローマの古典を読むことにほかならない」と著者は言う。モンテーニュにとって、書物の中は「母語」の世界だったのかしれない。『エセー』の中の引用から、モンテーニュが、ソクラテス、プラトン、セネカ、プルタルコスに学んだことがわかる。また、パスカル、ルソー、アラン、レヴィ・ストロースはモンテーニュに学んだ。このように、生者は書物を通じて死者とつながっていく。モンテーニュの言うとおり、「ことばは、半分は話し手のもの、半分は聞き手のものだ」。モンテーニュのテクストを、現代の読者として、「いま」を考えるために読めばよいのだ、と思う。

岩波新書(840円+税)
2019年7月刊



2019年9月2日号(e船団書評委員会)

武馬久仁裕の推す2冊

安井高志詩集
『ガブリエルの百合』

 「わたしかたたよう そ うよたたかしたわ」は面白い詩だ。回文の題に倣って、頭の行から最後の行まで読み、読み終わったら、最後の行から頭の行まで遡って読むことを期待された詩なのだ。心中らしき男女の対話からなっている。<彼女>の「私が漂う。そうよ。ただ、火事だわ」から始まり、「ガソリンの匂い、覚えてる?」を経て、「あなたが殺したくせに」で終る。宙ぶらりんの生が切ない。遺詩225篇中の傑作である。

本の画象

コールサック社(1500円+税)
2019年8月刊
高橋修宏編集
俳誌「575」第4号
鈴木六林男生誕百年記念

 全編、高橋修宏執筆の「六林男をめぐる十二の章」である。最も興味深いのは、7章「見られることの異和」である。六林男の「寒鯉や見られてしまい発狂す」が容易に読み解けない理由を解明している。「見てしまい」ではなく、「見られてしまい」と表現されることで、「謎と呼ぶしかない何か」が読者の前に現れているからだと高橋は言う。私は、ここに俳句におけるレトリックの力を見た。

本の画象

草子舎(非売品)
2019年9月刊

塩谷則子の推す2冊

ふけとしこ句集
『眠たい羊』

 「虻の目のきれいな緑休暇果つ」「切り口が乳を噴く秋の野芥子かな」など、鋭い観察に基づく秀句が多い。閑話休題、「雪の夜を眠たい羊眠い山羊」。この羊は眠れない夜に数える羊だと思う。根拠は「枕からことばぞろぞろ春の夜」。三句前には「この奥に蛇の眠るか羊歯青々」。シダの表記にさりげなく羊。読んでいて眠くなることはない。

本の画象

ふらんす堂(2700円+税)
2019年7月刊
小倉ヒラク著
『日本醗酵紀行』

 「やったる(樽)で! オッケー(桶)」。木桶づくり後の掛け声。老舗の醤油蔵や味噌蔵の見上げるほど大きな仕込み木桶。これは江戸時代の技術だが、作れる桶屋は今や1軒。そこで小豆島の醤油醸造元が技術を習得し、全国の醸造家に伝授している。このような話や北前船による発酵品の流通史、さらには文化史、地方史。気宇壮大な本。

本の画象

D&DEPARTMENT PROJECT(1800円+税)
2019年6月刊



2019年8月26日号(e船団書評委員会)

静 誠司の推す2冊

堀本裕樹著
 NHK俳句
『ひぐらし先生、
 俳句教えてください』


 「NHK俳句」に連載された小説仕立ての俳句入門書。架空の俳人「ひぐらし先生」が弟子入りを志願する「もずく君」に俳句の心得を初歩から語る。俳句指南のお礼に、もずく君が毎月先生宅で作る旬の素材を使った料理がとてもおいしそう。結局旬のものを食べることが俳句上達に重要だということでしょう。しかし、たった2回の句会で恋を成就するというラストはないな。

本の画象

NHK出版(1300円+税)
2019年7月刊
ヤマザキマリ著
『パスタぎらい』

 筆者は「テルマエ・ロマエ」で知られる漫画家。世界各地での生活経験が豊富な中、特にイタリアは10代より縁が深い国。そのイタリアの食文化を中心に、自身の舌でこれまで味わってきた世界の食べ物を紹介しながら、結果日本の食べ物がいかに素晴らしいか、日本人の舌の寛容性と順応性がいかに並外れているかを強調する。読みながらヨダレ垂れまくり。

本の画象

新潮新書(740円+税)
2019年4月刊

紀本直美の推す2冊

浜田 桂子/文・絵
『ちいさな島のおおきな祭り』

 沖縄県のちいさな島・竹富島で行われる種子取祭(たねどりさい)を小学一年生の女の子の視点で描いています。住民参加の豊かな祭りや毎日の営み。竹富島への愛があふれている絵本!

本の画象

新日本出版社(1500円+税)
2019年5月刊
ミシェル・ハウツ/文
バグラム・イバトゥーリンイラスト/絵
島 式子、島 玲子/訳

『海ガラスの夏』

 「海の宝石」といわれる海ガラスを初めて手に取った男の子。海ガラスひとつひとつにどんな物語が詰まっているのか……。世代をこえて人を魅了する海の宝石。海に探しにいきたくなりました!

本の画象

BL出版(1600円+税)
2019年6月刊



2019年8月19日号(e船団書評委員会)

田中俊弥の推す1冊


山本純子詩集
『給食当番』

本の画象

 しなやかさは知性の力であると、山本純子さんの詩を読んで、そう思う。本詩集は、前作『きつねうどんを食べるとき』(2018、ふらんす堂)につづく。読者をクスリとさせるユーモアは、本作においては、ちょっと控えめ。むしろ、季語の日常とは、こういうものでないかしらと伝えたいのでは。詩「てんとう虫」は、「地図記号が好きだ//畑 果樹園 針葉樹林/一つ一つは小さな記号が/一面に広がる世界を表している//今年 初めて見つけた/てんとう虫/ヨモギの葉っぱにとまっている//てんとう虫も かわいい記号だ/伝えているよ/このあたり一面 夏が広がっています と」とある。「声にすると、詩はいっそうげんきがよくなります。」それは、実は俳句の本質そのものではないかしら。

四季の森社(800円+税)
2019年8月刊


太田靖子の推す2冊

川副秀樹著
『笑う 神さま図鑑』

 神さまと共に笑うことを勧める本。71のほとんど知らない神さまばかりが紹介されている。箒神はお産に関係が深い。嫌なものを掃き出す力もあるという。映画などで戸口に立てかけられた箒の場面を思い出した。「江戸のヌードフィギュア江の島弁財天」「閻魔の脇侍・倶生神は地獄のスパイ」など各項のタイトルはかなり刺激的だ。

本の画象

言視舎(1200円+税)
2019年5月刊
橋本 昇著
『内戦の地に生きる』
フォトグラファーが見た「いのち」

 ソマリア、ルワンダ、カンボジアなど内戦や紛争に苦しむ9ヵ国を取り上げ、写真と文章で綴る。最終章は飯館村。白黒の写真が想像力を掻き立てる。作者の信条は、自身はプラカードを掲げないこと。本書によって複雑な世界の内面も理解できる。自爆要員のひとりは、飼っていた鳩の死を一日中泣き悲しむような子供だったとは。

本の画象

岩波ジュニア新書(900円+税)
2019年3月刊



2019年8月12日号(e船団書評委員会)

舩井春奈の推す2冊

斎藤 孝著
『一分音読「万葉集」』

 周知の通り、令和は万葉集に因む。それをきっかけに万葉集から名付けられた人たちが結構いることを知る。私もその一人。この書なら、時間に追われてでも少しずつ読み進められる。わずかな時間にでも文学できるのだ。

本の画象

ダイヤモンド社(1300円+税)
2019年6月刊
印度カリー子著
『スパイスのまほう』

 家には寝に帰るだけの日々、一日二食は幕の内弁当。六日も続けば食欲喪失。そこでこの本の通り、ほんの少々スパイスをつまむだけで、いつもの弁当が一変! 夏の味方、働き盛りの味方にもなる一冊。さあ今日からまた一週間がんばるしかない。

本の画象

秀和システム(1500円+税)
2019年7月刊

松永みよこの推す2冊

角川春樹著
『角川源義の百句』

 〈窓外に黒ずむ山や扇置く〉源義、十六歳の作品だ。(まるで辞世の句ではないか!)戦慄を覚えた。処女作にして既に人生を経験してきたかのような早熟さを持つ一方、終生童謡「赤とんぼ」を愛唱していたという源義。彼の情のこもった投げやり加減はもはや、ハードボイルドである。そしてそれは俳句の真髄といってもいい。

本の画象

ふらんす堂(1700円+税)
2019年5月刊
谷川俊太郎著
『私の胸は小さすぎる』
 恋愛詩ベスト96

 授業での暗唱が楽しかった谷川さんの詩。大人になると、詩の構成や結末が鮮やかすぎるように思えてきた。そんな私が久々に手にした本書には、愛や性に裸でぶつかる詩人の姿があった。〈意味なんか探さないで〉と願い〈自分勝手なやさしさの幻影に酔いしれ〉、我がままでそれでいて、心を奪われずにはいられない詩人の姿が。

本の画象

集英社文庫(540円+税)
2019年6月刊



2019年8月5日号(e船団書評委員会)

原 ゆきの推す2冊

岸本尚毅著
『山口青邨の百句』

 「春立つと拭ふ地球儀みづいろに」「秋草を活けかへてまた秋草を」静かな作風。人格の破綻は感じられず。「おとなしそうな顔をして、こんなこと思ってるのね」とは絶対に言われないタイプの句。そして「まあ、こんなこと思ってるのね」と思われたい、という屈折した願望に淫することもない。時に、この静けさもいい。

本の画象

ふらんす堂(1500円+税)
2019年2月刊
武田百合子著
新版『富士日記』(上)

 武田百合子さんの文章は、茗荷みたい。小学生には、きっと、わからない。美味しい、と言ったところで、わかってなどいない。富士日記は日常の描写だが、日常の描写ではない。考えて、捻ってある。でも捻ったあとはどこにも見えない。酒とともに口に運びたい味わい。武田泰淳の短文が収録された新版。こうして古びずに脈々と百合子ファンは増える。

本の画象

中公文庫(940円+税)
2019年5月刊

赤石 忍の推す2冊

西東三鬼著
『神戸・続神戸』

 名著のほまれ高かったが、講談社学術文庫版は高額なので見合わせてきた。今回、新潮文庫から安く出たので買ってみたが、これがへたな小説より数段面白い。どこまでが真実なのかと疑いたくもなるが、やはり、事実は小説よりも奇なりなのだろう。戦時下、軍国主義一色の中、退廃的な生活を通して三鬼たちが求めたのは「自由」。こんな無国籍的な暮らしを一度経験すると、俳句も当然面白くなる訳だ。

本の画象

新潮文庫(430円+税)
2019年7月刊
田中康弘著
『山怪』
山人が語る不思議な話

 科学的に解明しようとすればするほど、説明のつかない山での不可思議。わざと怖がらせる意図がないだけに、背筋がぞおーとする話が並ぶ。秋田のマタギ衆の体験談を中心に纏められた怪奇譚。自身、このような話には懐疑的な方だが、やはりいくつか、こんな所でこんな事が、という体験は長い人生、やはり幾つかはある。山では決して振り向くな、数えると一人必ず多いから。先輩たちから繰り返し教えられた事。

本の画象

ヤマケイ文庫(800円+税)
2019年7月刊



2019年7月29日号(e船団書評委員会)

鈴木ひさしの推す1冊


加藤重広著
『言語学講義』
―その起源と未来

本の画象

 ことばは、すべての人の生活、あらゆる学問や表現にかかわっている。実は言語学に関心を持つ人は多いはずである。しかし、言語学は、どこから入ったらよいのか、手に取った本がどこに連れていくのかわからないことが多い。この本の著者の意図は、いまの言語学の全体像を俯瞰しつつ、「言語学の今」を浮かび上がらせることにあるようだ。 近代言語学は、ウイリアム・ジョーンズ卿(1746~94)のインドのカルカッタ(現コルカタ)での講演に始まるとされる。「サンスクリット語は古典ギリシャ語やラテン語とよく似ている。これは、共通の祖先となる言語から発達した結果なのではないか」という内容である。「アーリア人」の意味がどのように変容し、あのナチスの「アーリア人」につながっていくのか、についてはていねいに読みたい箇所である。ソシュールが今も注目されるのはその細部ではなくその発想にちがいない。本書ではまだまだ触れられていない分野がありそうだが、著者は言語学の枠組みの全体を再構成すべき時期だと考えているようである。「今」を考えることは、ことばを考えることでもあると改めて感じた。

ちくま新書(900円+税)
2019年3月刊


香川昭子の推す2冊

訳・編著/宮嵜亀、スティーヴン・ヘンリー・ギル、坪内稔典
『イヌピアット語
 のレッスン』

日本発国際英語俳文コンテスト
2015~2017年


 英語で書かれた俳文コンテストの入賞作品集。英米だけではなく、ブータン、インドなど多様な国の人の作品がある。俳文とはなにかよくわからないけど、俳句がひとつのことを表現するように、世界に認知されている俳文って、読んだ後、ひとつの鮮明なイメージを残すとても短いエッセイなのかも。小説以外の翻訳ものをはじめて読んだ。宮嵜亀氏の訳文をじっくり読んだ。

本の画象

象の森書房(1500円+税)
2019年4月刊
吉本隆明著
『追悼私記』(完全版)

 美空ひばりからサルトルまで様々な人への追悼の文章。小林秀雄、中上健次などの章を読むと、彼らの作品をちゃんと読みたくなる。名前も知らなかった同時代の評論家、詩人などの章も読み応え十分。すべて理解できたわけではないけれど、故人へのきびしい批評もある。吉本隆明は思っていることしか書かない人だったのか、追悼といっても甘くない、どこを読んでも、張り詰めている。

本の画象

講談社文芸文庫(1800円+税)
2019年4月刊



2019年7月22日号(e船団書評委員会)

塩谷則子の推す2冊

深沢眞二・深沢了子著
『宗因先生こんにちは』
 ―夫婦で『宗因千句』注釈(上)

 西山宗因の独吟百韻五つの注釈。句数は500。
「宗因流俳諧の入門書としても好適」という帯の言葉を信じて読んでみた。正解だった。俳諧連歌(連句)の約束事(=式目)を説明、次に前の句に対してどう付けたか解説。どの言葉が俗語か、典拠は何かなど詳しい。会話体で読み易い。独吟は、どう付けるかを楽しめるかららしい。

本の画象

和泉書院(4500円+税)
2019年5月刊
中村 稔著
『回想の伊達得夫』

 伊達得夫は詩書出版社、書肆ユリイカを創立、61年1月に40歳で亡くなった。採算を度外視して詩書を発行、大岡信・吉岡実・那珂太郎らを世に出した。寡黙で他者を思いやる伊達への筆者の愛情が滲み出ている。そして、伊達が敬愛し、面倒をみたのが貧乏な稲垣足穂。妻となる人を紹介する。筆者は92歳。現代詩史ともなっている。

本の画象

青土社(1800円+税)
2019年7月刊

若林武史の推す2冊

瀬戸内 寂聴ほか著
『掌篇歳時記 春夏』

 二十四節気七十二候のいくつかをタイトルに書かれた掌篇を集めた一冊。もとは『群像』に連載されていたものの単行本化。瀬戸内寂聴、橋本治をはじめ、錚々たる小説家達が書いている。あまりに短く、小説というよりも仮想された随筆といった趣。ちなみに本書では扱われていないが、七十二候では、今は「鷹乃学習」に近いあたり。

本の画象

講談社(2000円+税)
2019年4月刊
ポパイ編集部編
『POPEYE』2019年8月号
 メキシコが呼んでいる!

 かつて『POPEYE』よりも文化的な感じがした『BRUTUS』という雑誌。『BRUTUS』の今日の路線はよくわからないが、最近の『POPEYE』は、編集がオジさんにはどことなく懐かしく、ポップでいい感じ。この号の特集は「メキシコが呼んでいる!」。なぜメキシコなのか。ページをめくると、次々と僕をわけのわからない方向に刺激してくれる雑多な記事。これからもどうかこんな感じで。

本の画象

マガジンハウス(840円・税込)
2019年7月刊



2019年7月15日号(e船団書評委員会)

紀本直美の推す2冊

デイヴ・エガーズ文/レイン・スミス絵/青山南訳
『あしたは きっと』

 曇りがちな表情の男の子が、じょじょに、そして、さいごはどんどん表情豊かになっていきます。「あしたはきっと」大人になって全く使わなくなった言葉だなあ、と。「あしたはきっと」をもっと使いたくなる世界に!

本の画象

BL出版(1600円+税)
2019年6月刊
塩谷歩波著
『銭湯図解』

 銭湯だいすきなので、すぐに手に取りました! 設計事務所にいた著者が建築の図法で銭湯を描いています。イラストをすみずみまでみると、お客さんの会話が聞こえてきそう。銭湯に行きたくなります!

本の画象

中央公論新社(1500円+税)
2019年2月刊


宇都宮さとるの推す1冊


古田徹也著
シリーズ世界の思想
ウィトゲンシュタイン

『論理哲学論考』

本の画象

 「語りえないものについては沈黙しなければならない」と哲学の終焉を告げた20世紀初めの天才言語哲学者の難解な『論考』を初心者向けに解説した一冊。それでもこの哲学書をすべて読み解くことは難しいのだが、我々素人はその論理展開の過程の中から哲学者のユニークな発想を誤読を恐れずに読み取っていくことが大切ではないか。そこで注目したのが「語る」と「示す」というアイデア。「語る」とは、世界のコト・モノを言葉で論理的に説明することだが、ただ「語りえないものがある」という、それは、“神、死、人生”など形而上のコトやモノやセカイ。冒頭の名言はまさにここから生まれた。だが、「語りえないもの」も「示す」ことによって表現できるとも。「示す」とはモノ・コト・セカイを“像やイメージ”で提示することだと。飛躍するがこのアイデアを文芸・詩歌に当てはめると、さしずめ短歌は「語る」、俳句は「示す」ではないか。さらには、実は俳句は「示す」ことによって人生や哲学を表現できる深い文芸ナンダなんて、妄想?がどんどん広がっていく。ウィトゲンシュタイン哲学は言語について様々なヒントが隠されていてまことに面白い。

KADOKAWA(1800円+税)
2019年4月刊



2019年7月8日号(e船団書評委員会)

太田靖子の推す1冊


井尻香代子著
『アルゼンチンに渡った俳句』

本の画象

 アルゼンチンには俳句が英語やフランス語による俳句紹介書からだけでなく、日本人移民から直接もたらされたという特有の歴史があることがわかる。移民の俳句普及活動に始まり、アルゼンチン文学における俳句受容、2014年のアルゼンチンの大学での連句セミナーに至るまで、多面的に語られている。1948年創刊の邦字紙に加藤楸邨選による俳壇がすでにあったことに驚く。ハイクと季語を考えるためになされた、代表作家のハイク集を対象とした季語や季語以外のトピックの分析は、アルゼンチン・ハイクを特徴づけている。1960年代以降の国際的なハイク普及と環境思想の展開は、相互に関連するのではないかという作者の論に、様々なことを考えさせられる。

丸善プラネット(3400円+税)
2019年3月刊


武馬久仁裕の推す2冊

岡田美幸歌集
『現代鳥獣戯画』

 生き物を愛すと言いながら、それとは裏腹に生き物を平気で虚仮にする人間。「差し出した指に蝶々が乗ったのに後でその手を消毒した」「ついさっき鳥になりたいと言ったが口に焼き鳥唐揚げと酒」でも本当は「晴れたから火の輪くぐりのライオンの少し焦げてるたてがみを切る」ような優しい生き物なのだ。シニカルなそして楽しい歌集である。歌人は28歳。

本の画象

コールサック社(1500円+税)
2019年5月刊
車谷長吉著
『錢金について』

 読んでいて驚いた。私が、先回歌集を紹介した栗原澪子さんの散文詩「葉桜」が、エッセイ「錢金について」に引かれていたのだ。身体検査のある日、パンツを穿かずに小学校に登校した妹が、姉にパンツを借りる話だ。車谷長吉氏は言う、「人の生にはそのはじまりにおいて、次のような静謐な、光り輝く時間も流れているのだった」と。「葉桜」には、錢金から遠く離れた美しい世界があった。

本の画象

朝日新聞出版(980円+税)
2019年1月刊



2019年7月1日号(e船団書評委員会)

松永みよこの推す2冊

重松 清著
『ニワトリは一度だけ飛べる』

 世の中がどんなに複雑になろうと変わらない思いがあってほしい。―そんな若干青くさい魂を共有したくて重松清作品を読む。彼の描く少年が好きだが、中年男性はもっと泥臭くて切実で、それでいて少年に通じる純粋さを保持している。「鶏口となるも牛後となるなかれ」。とり年の亡父がうし年の私によく言った言葉を思い出した。

本の画象

朝日新聞出版 朝日文庫(680円+税)
2019年3月刊
飛田良文著
『明治生まれの日本語』

 私も「明治に生まれ」たかったと感じた一冊。用例が豊富で、図版を眺めているだけでタイムトリップの気分に。もとは男性、女性、物をも指す「彼」という言葉から「彼女」という語が生み出され、自立するまでの紆余曲折は、新しい思想をどのように取り入れていくかといった明治人の戸惑いが如実に表されていて非常に刺激的。

本の画象

角川ソフィア文庫(880円+税)
2019年6月刊

静 誠司の推す2冊

永田 淳著
コレクション日本歌人選
『河野裕子』
息子が読み解く「河野裕子」50首

 母である歌人河野裕子の代表歌50首を、息子である筆者が解説する一冊。50首という最小限の短歌でもって、歌人の一生をたどるのもよし、息子という立場だからこそ語れる鑑賞文を味わうのもよし。家族や病に向かう短歌は、やはりグッと来るものがあるが、息子としては目を背けたくなるようなものも中にはあるのだろうと思うと、チクチクともしてくる。

本の画象

笠間書院(1300円+税)
2019年5月刊
落合淳思著
『漢字の字形』
甲骨文字から篆書、楷書へ

 小学校で習う教育漢字について、甲骨文字から楷書に至るまでの字形の変遷を、1文字につき見開き2ページで解説。よくある字源の解説本ではなく、字形の変遷についてが、この本の主題。各文字の解説に付けられた「一目でわかる字形表」に、その漢字が4000年の時をどうたどってきたのかがうかがえて、見ているだけでワクワクしてくる。

本の画象

中公新書(800円+税)
2019年3月刊



2019年6月24日号(e船団書評委員会)

赤石 忍の推す2冊

 
ねじめ正一作・村上康成絵
『ぞうさんうんちしょうてんがい』

 ねじめさんの最新作絵本である。力作である。象さんとうんちと商店街という豪華三大ラインナップである。粗筋は書かない。読まないと面白さが分らないから。作者は象は自分でもあると言う。象さんにがんばれがんばれと言いながら自分を励ましていると言う。つらいんだね。でも付録の「ぞうさんうんち音頭」を炭坑節のメロディに乗せて唄うと余りの馬鹿馬鹿しさに、何もかも忘れて愉快になってしまう事だけは確かです。

本の画象

くもん出版(1300円+税)
2019年6月刊
小林 豊著
『東京』

 作者の小林さんはとにかく歩く。踏むしめる地面には歴史が何層にも重なっていて、各々の時代の息吹が歩行する素足を通して伝わってくるから。アフガニスタンを初め、世界中を歩いた作者が今回は生誕の地東京を歩いた。江戸から東京そしてTOKIOに、何も考えずに変わろうとしている街。人間の歴史が何層にも積み重なったこの土地を、薄皮饅頭の皮をはがすように覗くと、一体何が浮き出てくるか。偏屈な作者のユニークな東京ガイドである。

本の画象

ポプラ社(1500円+税)
2019年3月刊

田中俊弥の推す2冊

角川書店編
ビギナーズ・クラシックス日本の古典
『万葉集』

 短歌と和歌の違いは、一方で万葉集と古今和歌集の違いにも通底している。五七の調べは五七五と七七へと変化する。「振り放(さ)けて三日月見れば/一目見し人の眉(まよ)引き思ほゆるかも」から「うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば」。短歌への道は、やはり万葉の調べに淵源していることを再発見したい。

本の画象

角川ソフィア文庫(680円+税)
2019年5月(改元記念重版)
ヨシタケシンスケ著
『思わず考えちゃう』

 『リンゴかもしれない』『もうぬげない』など、当代屈指の絵本作家のヨシタケ シンスケ氏は、絵とことばで日常を哲学する人である。表紙に、「あわよくば、 生きるヒントに。」/大人も子どももそれ以外も「考えすぎちゃう」すべての人 へ――とあり、スマホに依存しすぎてしまった時代への警鐘は、軽妙洒脱にユーモ ラスでありたい。

本の画象

新潮社(1000円+税)
2019年3月刊



2019年6月17日号(e船団書評委員会)

香川昭子の推す2冊

小池昌代著
『影を歩く』

 詩と短編とエッセイ。どこを開いても興味深い。こんな詩。「夢が果たされることは/夢が破れることよりも/つまらないこと/〈中略〉/お祝いしよう/夢が破れることは/果たされることより/はるかにすばらしい/誰も気がつかないが/夢という夢には/小さな空気穴があいていて/最後/持ち主を/海に沈ませる/」『二重婚』より抜。

本の画象

方丈社(1600円+税)
2018年12月刊
長嶋 有著
『私に付け足されるもの』

 12の短編集。コインランドリーや模型店、弁当箱、ランニングシューズ等々、今どきの場所とかアイテムの描写が些細。とりたてて事件も起こらない暮らしの中でちょっとした瞬間にいろいろ考えたり感じたり、過去を思い出したりして自分なりの価値観みたいなものを作っていく人々が気取りのない文章でゆるく描かれている。

本の画象

徳間書店(1500円+税)
2018年12月刊

舩井春奈の推す2冊

塩見恵介著/佐々木恵子編
 みんなで楽しく5・7・5
小学生のための俳句帖 』
 読んでみよう編

 子供に向けた俳句について執筆する機会がある。いつも大人向けの本を参照するも、偶然手にしたのが船団の塩見さんの本。参考にと読むも、すっかり夢中な大人な私。「八月の裏向いている卸金」―素敵な俳人も知った。

本の画象

朝日学生新聞社(1500円+税)
2019年3月刊
羽根則子著
増補改定『イギリス菓子図鑑』
お菓子の由来と作り方

 小説に登場するお菓子の実際を知りたくて手にした一冊。よく知るお菓子もはじめましてなお菓子も、イギリス風土に根付く話へ瞬く間に引き込まれる。レシピも掲載されているので、当初のお目当てであるレモン・ポセットを作ってみた。日本産材料ゆえイギリスの味そのものではないけれど、これはこれで爽やかなお菓子。

本の画象

誠文堂新光社(2700円+税)
2019年5月刊



2019年6月10日号(e船団書評委員会)

鈴木ひさしの推す1冊


酒井邦嘉著

『チョムスキーと言語脳科学』

本の画象

 戦乱を避けてウクライナからアメリカに渡った父と、(現在の)ベラルーシ生まれアメリカ育ちの母の間に生まれたノーム・チョムスキーは、1928年アメリカのフィラデルフィアで生まれた。90才の現在も、言語学のみならず、政治批評でも発信を続けている。
 著者は、チョムスキーの理論のポイントを「言語機能は人間の脳の生得的な性質に由来する」とまとめ、チョムスキーを「言語の本質を科学的に明らかにした最初の人物」と位置づける。著者は、「人という生物もまた自然の産物であり、人間自体が自然現象なのだから、その脳から自然と生まれる言語もまた自然現象にほかならない」と考え、一人の科学者として、「チョムスキーという巨人の肩に乗りながら、「普遍文法」が確かに存在することを突き止めよう」としている。 人間の思考を機械の限界にあわせる操作が、いつの間にか進行しているような気がするのは筆者だけだろうか。ことばは、すべての人の思考にかかわる。「ことばとはなにか」は場面によっては「いかに生きるか」でもある。様々な分野、角度から考えてみることは大切なことにちがいない。

集英社インターナショナル新書(860円+税)
2019年4月刊


原 ゆきの推す1冊


大橋政人著

『まど・みちおという詩人の正体』

本の画象

 リンゴを ひとつ/ここに おくと リンゴの/この 大きさは/この リンゴだけで/いっぱいだ リンゴが ひとつ/ここに ある/ほかには/なんにもない ああ ここで/あることと/ないことが/まぶしいように/ぴったりだ まど・みちおさんの「リンゴ」という詩。今回再読し、すっかり打ちのめされた。想像の埒外である言葉の組み合わせ。著者はまどさんを神秘主義(人間の意識を超越したものを直感でとらえる)詩人と、位置づける。平易な言葉による眩暈の感覚。まどさんは自らを「不思議がり」と言っていた由。それはどこか、古典派へ向かわなかった現代俳句の一グループ「船団の会」の俳句にも通じる点がないか。短い五七五で(独善的にならずに)眩暈を起こせないか。

未來社(1800円+税)
2019年4月刊



2019年6月3日号(e船団書評委員会)

塩谷則子の推す2冊

平野多恵著
(コレクション日本歌人選076)
『おみくじの歌』

 ご朱印ブームとか。おみくじコレクターもいるだろう。明治末から昭和初期までのおみくじ収集帖が残っている。あちこち、吉凶取り混ぜた和歌で歴史を説明。宣託歌、謡曲『歌占』、江戸時代の各種歌占本など。一首につき見開き2ページ、全50首に情報が詰まっている。伏見稲荷大社や城南宮2014年新作の「大大吉」を引いてみたい。

本の画象

笠間書院(1300円+税)
2019年4月刊
文・阿部直哉/写真・叶内拓哉
は、いくつ?』

 復習。÷=1000÷1000=1= つまり=1。ではは? =100 と=1000の間にあると想像。200ではどうか考えてみる=大切な飛躍。200=2×100=× 2は10の何乗か。=1024から、として、logを使って2≒を導く。(大飛躍なので本を見てね)。≒200。 ルールと想像と飛躍。実に俳句的。全34ページ。

本の画象

東京図書出版発行・リフレ出版発売(1500円+税)
2019年5月刊


若林武史の推す1冊


宮坂静生編著
俳句必携
『1000句を楽しむ』

本の画象

 宮坂静生が『日本農業新聞』の朝刊コラムで扱われた古今の名句の中から1068句をまとめた俳句鑑賞アンソロジーの一冊。寄り道ばかりしていると迷子になってしまうが、そういう時に立ち戻るのに適した一冊である。掲載日が添えられており、日々の鑑賞にも役立つ。ああ、俳句ってこうだったな、などと思いながらまた、寄り道をしてしまうのだろう。

平凡社(2800円+税)
2019年5月刊



2019年5月27日号(e船団書評委員会)

武馬久仁裕の推す2冊

岡谷公二著
 郵便配達夫
『シュヴァルの理想宮』

 南はイメージの源泉か? ゴーギャンはタヒチへ行き、クレーはチュニジアへ行った。ルソーはメキシコへ行ったつもりになった。シュヴァルはアルジェリアへ行ったつもりになった。行ったつもりのルソーやシュヴァルがすごい。フランスの片田舎の郵便配達夫シュヴァルは、その辺の石ころを拾い続けること33年、アンコールワットやバリ島の寺院かと見まごう美の世界「理想宮」を造ったのだった。

本の画象

河出書房新社(2400円+税)
2019年3月刊
栗原澪子歌集
『独居小吟』

 「びっしりと蟻たからせる黒い飴いや飴など落ちてゐるはずなかった」不思議な歌だ。しかし、ページを繰ると、「あるかなきか緑金のこす肢のふし飴より垂れてかなぶん無慙」とある。だが、ああ、かなぶんかでは終れない。落ちているはずのない飴が、「飴より垂れて」と次の歌にはあるのだ。両歌とも、よい歌であるが、そのことが気になって、なかなか先に行けなかった歌集である。

本の画象

コールサック社(1700円+税)
2019年3月刊

宇都宮さとるの推す2冊

京都国立近代美術館編
京都国立近代美術館所蔵作品集
 川勝コレクション

『河井寛次郎』

 今、開催中の展覧会に合わせた陶工・河井寛次郎の作品集。厚い友情で結ばれていた川勝堅一から美術館に寄贈された陶芸作品425点を網羅。初期の陶磁研究の時代から、柳宗悦らと展開した「民藝」の時代、独自の造形の世界を切り開いた時代と、寛次郎の仕事の全貌を知ることができる。この一冊からは、その変遷のなかにも生涯貫かれていた圧倒的な美への想いが伝わってきて、土と炎の詩人の“美の正体”が垣間見えてくる。

本の画象

光村推古書院(1400円+税)
2019年3月刊
岩男忠幸著
『日本のことわざを心に刻む』
―処世術が身につく言い伝え―

 日本のことわざを辞書的ではなく由来や用例など内容・意味の括りで読み物風に解説した一冊。短い言葉に秘められた生活のための様々な知恵や教訓など示唆に富むが、言葉表現としてのその構成や形式も興味深い。『佛の顔も三度』『花より団子』『桃栗三年柿八年』などなど、その多くは言葉で“語らず”に二つ、三つの像を“示して”、その組合せだけで、形而上的な「深い教え」を表現している。リズムも絶妙でまさに「言の技」。

本の画象

東邦出版(1400円+税)
2018年12月刊



2019年5月20日号(e船団書評委員会)

静 誠司の推す2冊

嵐山光三郎著
『ゆうゆうヨシ子さん』
 ローボ百歳の日々

 父母の老いを身近にしながらの日々を綴るエッセイ。母ヨシ子さんは102歳となる今なおご健在とのこと。三人の共通フィールドが俳句。句を通し、老父母の目や心でとらえられたものを感じる息子も現在75歳。老いや介護という切ないテーマを抱えながら、ヨシ子さんの俳句愛と実直な句に魅了される。
 春の夢あの世この世の人のかげ(ヨシ子)

本の画象

中央公論社(1600円+税)
2019年5月刊
松浦寿輝・辻原登・長谷川櫂・小澤實・池澤夏樹著
『作家と楽しむ古典』
松尾芭蕉おくのほそ道 与謝蕪村 小林一茶 近現代俳句 近現代詩

 「池澤夏樹=個人編集日本文学全集」に関わった担当者達の講演録。本来は本編を読んだ上で手にするべき書籍だが、本作を読むだけでも十分意義深い。古典から現代に至るまでの詩歌の歴史を俯瞰することができるから。もともとが講演なので平易な言葉で語られていることも含め、詩歌の読み方の指南書としてオススメな一冊となっている。

本の画象

河出書房新社(1700円+税)
2019年4月刊

紀本直美の推す2冊

飯間浩明著
『ことばハンター』

 タイトルに惹かれて手に取ったところ、子ども向けでした! 著者は「三省堂国語辞典」編集委員。辞書の作り方はもちろん、読書好きだった子ども時代のエピソードも興味深かったです。

本の画象

ポプラ社(1200円+税)
2019年1月刊
オガワカオリ著
『全国もなかぼん』

 和菓子好きなので、みてるだけで幸せな気分に! 全国にこんなにバラエティー豊かな最中があるなんて初めて知りました。「あんトーストもなか」や「TABERU COFFEE珈琲最中」テンション上がります!

本の画象

書肆侃侃房(1600円+税)
2018年10月刊



2019年5月13日号(e船団書評委員会)

田中俊弥の推す2冊

岡田崇花書/犬飼悦子監修
ブティック・ムック通巻1471号
元号「令和」の由来をたどる
『万葉集を』書いて学ぶペン字練習帖

 中西進『万葉集』(講談社文庫P560)によると、「令和」は「天平二年正月十三日、萃于帥老之宅、申宴會也。」の記事により、これに続く「于時、初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。」が典拠で、こたび淑和でなく、令和が言挙げされた。リョウワは呉音系、レイクヮは漢音系。古典は時間をかけて丁寧に学びたい。

本の画象

ブティック社(900円+税)
2019年5月刊
小川亜矢子編
『韓国時代劇歴史大全2019年度版』

 はや立夏も過ぎ、退位礼、即位礼を祝して、今年は異例の大型連休となったが、小生は、連休中、韓国歴史ドラマ「동이 (トンイ、同伊)」60話を視聴しながら、ドラマの時間を生きていた。韓国歴史ドラマは、最初からゴールが明らかで、そのゴールにいかにして至り着くのかが醍醐味。ビジュアルな本書は、実に有益至便なる水先案内人。

本の画象

扶桑社(1500円+税)
2019年5月刊

太田靖子の推す2冊

種田山頭火著/山頭火ふるさと館編
『生きる力。』

 平成29年、山頭火の生誕地山口県防府市に山頭火ふるさと館が開館、本書はその記念に出版。「一人自分を見つめる」「水の如く生きる」など5章に分かれ、山頭火の句から読者に「生きる力」となり得る句を選んで紹介。「ゆふ空から柚子の一つをもらふ」「雨ふるふるさとははだしであるく」など温かい空気がどの頁からも流れてくる。

本の画象

春陽堂書店(1400円+税)
2018年11月刊
遠藤若狭男監修
俳句でつかう
『季語の植物図鑑』

 見たことがありながら、名前を知らない花の名前をカラー写真で探せる。一度見てみたいもののひとつに烏瓜の花。「夜に開くので、昼間に蕾をみつけておくこと」など丁寧な注意書き。日本原産の、みせばやは絶滅危惧種らしい。季語に親しめ、俳句も楽しめずっと眺めていても飽きない。「母の亡き夜がきて烏瓜の花」大木あまり

本の画象

山川出版社(1800円+税)
2019年1月刊



2019年5月6日号(e船団書評委員会)

舩井春奈の推す2冊

岸本尚毅著
『山口青邨の百句』

 GWに休息した今思うのは、韻文関係の本は多忙な現代人向けでもあるということ。いわば短編集ゆえ、ちょい読みが重ねられる。この本なら青邨代表句を絞ってあるから青邨世界へもひとっ飛び。

本の画象

ふらんす堂(1500円+税)
2019年2月刊
穂村弘対談集
『あの人に会いに』

 「よくわからないけど、あきらかにすごい人」に会いに行ったコンセプトの本。谷川俊太郎は小学生に言った。「詩も草花と同じように読んでほしい」と。この哲学的な表現は、その児童には印象的に残ったそう。非日常は日常の延長によく分からないまま、あきらかにすごく内在するのかもしれない。

本の画象

毎日新聞出版(1600円+税)
2019年1月刊

松永みよこの推す2冊

永田愛歌集
『アイのオト』

 笑顔を浮かべて心の中で泣いている若い女性。同情されようとは思っていないから余計にその痛みが身にしみる。もっと叫べばいいのに、人は皆わがままなのだから…と感じた。愛さん、一度は、歌の世界からでいいから、悪女となるくらい振り切れてみてください。〈わたくしに足りないものが濃さを増す笑顔絶やさぬ妹といて〉

本の画象

青磁社(2500円+税)
2018年12月刊
水原秋櫻子著
『高濱虚子』
並に周囲の作者達

 〈冬菊のまとふはおのがひかりのみ〉。秋櫻子のこの句が好きだ。家業の医学を学びながらも心は詩を求めていた若き日の秋櫻子が、はじめは窪田空穂の元で短歌を作っていたことを知り納得した。四Sと呼ばれる俳人がひしめいていた東大俳句会のスポーツマンシップ的(秋櫻子は野球好き)緊張感を伴った友情がなんとも羨ましい。

本の画象

講談社文芸文庫(1800円+税)
2019年2月刊



2018年4月30日号(e船団書評委員会)

原 ゆきの推す1冊


現代俳句協会青年部編
『新興俳句アンソロジー』
何が新しかったのか

本の画象

 分厚い本だ。新興俳句と呼ばれた流れとその周辺を取り上げ44人の俳人とそれぞれの百句を紹介している。知らない句や名前が多く「学ぼう」と思ったら辛くなったので、気を取り直して、毒づくことにした。「やだねえ。青くさいねえ。あーまたこんな唐突な不協和音を一句に入れてくる。他の人も、やってたよ、これ」言いたい放題言う。もちろん有名な句も、好きな句もあるのだが、言いたい放題の方が彼らを身近に感じる。皆、既存の俳句に飽き、違うものを模索していた。自分なりの実験を繰り返したことだろう。その失敗すらも身近に感じる。この本を読んだら、あとは、まあ、自分も実験するだけだ。きっと失敗するだろう。だから、どうした。

ふらんす堂(2400円+税)
2018年12月刊


赤石 忍の推す2冊

小池昌代編
『吉野弘詩集』

 この長い連休中、何も予定がなければ本書を読んではいかが。では学生時代に出会った詩「漢字喜遊曲」の部分を。「母は/舟の一族だろうか。/こころもち傾いているのは/どんな荷物を積みすぎているせいか。/幸いの中の人知れぬ辛さ。/そして時に/辛さを忘れてもいる幸い。/何が満たされて幸いになり/何が足らなくて辛いのか。(後略)」。いい気分。それにしても名詩「夕焼け」の心優しい少女は、今も下唇を噛んで歩んでいるのだろうか。

本の画象

岩波文庫(740円+税)
2019年2月刊
長沢利明著
『江戸東京の庶民信仰』

 勤め先が東京都内にあり、四十数年通っている訳だが、神社仏閣等、きちんと見た事がない。何度のもその前を取っているJR御茶ノ水駅前の聖ハリストス正教会の大聖堂でさえ訪れた記憶がなく、先日入ったが、短時間しか開放されておらず無念だった。退職を機に都内の神社仏閣を巡ろうと思うのだが、恰好の手引書を見つけた。江戸期からの庶民が信仰の対象とし、足しげく通っていた処。それほど有名とは言えないがゆえに、心躍るものがある。

本の画象

講談社学術文庫(1280円+税)
2019年4月刊



2019年4月22日号(e船団書評委員会)

鈴木ひさしの推す1冊


アリストテレス著/三浦洋訳
『詩学』

本の画象

 1997年の松本仁助・岡道男訳の岩波文庫版では「再現」と翻訳されていたものが、本書では「模倣」とされ、「詩作そのもの、および詩作の種類」は、「[ストーリー創作を中心とする]詩作術それ自体と、その諸ジャンル」となる。古代ギリシャの悲劇や喜劇は、韻律を持つ詩の形で書かれていた。だから、「詩学」なのである。「ストーリーと詩作の間に本質的な結びつきを見出し、その観点から詩作について論じることが『詩学』の主題」である、とする訳者の明確な観点が、訳文全体をわかりやすくしている。プラトン『国家』の詩人追放論とアリストテレスの見解の相違は、まさに今日的である。「万学の祖」と呼ばれるアリストテレス、あらゆるものはつながっている、と思い描きながらアリストテレスを読むと、奥深く高い山の登り口に立ったような気がする。岩波文庫版と同時に読むと「読み」が少し深まるかもしれない。

光文社古典新訳文庫(1140円+税)
2019年3月刊


若林武史の推す2冊

角川文化振興財団編
角川 「短歌」2019年4月号

 特集は、第23回若山牧水賞受賞の穂村弘。歌集解題のページもさることながら、本人のインタビューが一番タメになった。短歌の今後が語られており、俳句にもかかわるのかも。短歌は「私」を越えて次の段階に行くようである。

本の画象

角川文化振興財団(880円+税)
2019年3月刊
島田智史著
『バレエ整体ハンドブック』

 健康本が数ある中、これはちょっと面白く、いろいろと発見があった。もしかすると、こういう本が元ネタでは?と思えるほど、充実した内容。バレエをしている人はもちろん、私のような全くの未経験者でも役に立つ一冊。淡いバレエの憧れの思いも癒してくれる(?)。

本の画象

東洋出版(1400円+税)
2019年2月刊



2019年4月15日号(e船団書評委員会)

塩谷則子の推す2冊

倉嶋厚監修/宇田川眞人編著
『花のことば辞典』
 四季を愉しむ

 例えば烏瓜の花。「晩夏の夜、藪の中に白いレースを広げたような美しい花を開くが、朝にはしぼむ。」のあとに河井寛次郎の「烏にしか認められなかったその実と共に、この花も亦ちやほやされるのがいやなのかもしれない。」を紹介。更に、
花見せてゆめのけしきや烏瓜  阿波野青畝
「どんな花にも物語がある」。その物語を語る本。

本の画象

講談社学術文庫(1110円+税)
2019年3月刊
文・阿部直哉/写真・叶内拓哉
『野鳥の名前』
 名前の由来と語源

 雀・烏・鳩・鷹・鳶・雉・鴎・鶯・燕・鴨・時鳥、10までは挙げられるが20になると難しい鳥の名前。20番目くらいに名前が出て来るカワセミ(翡翠)、季語は夏だが、留鳥なので一年中いる。鳴き声が「そび」「しょうび」「せび」から「せみ」になり水辺にいるので「かわせみ」となったとという。名前の由来の一例。鳥の写真が美しい。

本の画象

ヤマケイ文庫(山と渓谷社)(1200円+税)
2019年3月刊


宇都宮さとるの推す1冊


木村伊兵衛著
『僕とライカ』
木村伊兵衛 傑作選+エッセイ

本の画象

 近代から現代へ日本の写真表現を牽引した著者が名器・ライカで撮った傑作選とわかりやすい写真論を綴ったエッセイを集めた一冊。今も新鮮なリアリティを湛えた写真群と語り口のよい文章から浮かび上がる写真観が印象的で示唆に富む。自分自身の問題意識や思想を写しだそうとはしないで、被写体の限りない現実性を“感情の赴くまま”に写し撮る。そして後は鑑賞者に委ねる、そこにひとつの詩が生まれるのだと。まさにリアリズムを超えた詩人のこころである。被写体との豊かなふれあいの中に流れる深くて確かな把握と素材の対象化がある。

朝日新聞出版(1000円+税)
2019年3月刊



2019年4月8日号(e船団書評委員会)

武馬久仁裕の推す2冊

なつはづき句集
『朱夏』

 「リストカットにて朧夜のあらわれる」のような甘美な世界に惹かれた。「雪女ホテルの壁の薄い夜」も官能的だ。美と死の化身、雪女の気配が、ホテルの部屋の四方の薄い壁からひやひやと感じられる夜は、夜そのものが薄い希薄な存在となるのだ。では、なぜ夜が薄い希薄な存在となるのか。もちろん、夜が、震い付きたいほどの雪女に恐怖したのだ。

本の画象

(私家版)
2019年3月刊
古澤 明著
『光の量子コンピューター』

 極小の世界の量子というものは、不思議なふるまいをする。例えば、重ね合わせと量子もつれである。重ね合わせとは、一個の量子が違う状態を同時に持っていることである。量子もつれとは、もつれ合った二つの量子の一方を観測すると、その影響が瞬時にもう一方の量子に影響することである。離れていてもである。そんな訳で、極小の詩を書く者としては、量子の世界が知りたくなってこの本を読んだ次第である。

本の画象

集英社インターナショナル(780円+税)
2019年2月刊

紀本直美の推す2冊

アナ・カンぶん/クリストファー・ウェイアントえ/木坂涼やく
『おしえて おしえて
 ねむりかた』


 大好きなヨットレースを明日に迎え、眠れなくなってしまったケロケロ。読者に向けて話をしてくる絵本、あまりないので、不思議な感覚でした。子どもが眠れないときによむと、おもしろいかな?

本の画象

ほるぷ出版(1500円+税)
2019年1月刊
アンソニー・ホロヴィッツ著/山田蘭訳
『カササギ殺人事件』(上・下)

 ミステリランキングを4冠達成した話題作。一気に読んでしまいました。ミステリファンならさらに楽しめるんだろうなという、オマージュや風刺がちりばめられています。アナグラムの翻訳も工夫されている労作。

本の画象

東京創元社(創元推理文庫)(各1000円+税)
2018年9月刊



2019年4月1日号(e船団書評委員会)

静 誠司の推す2冊

チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳
『82年生まれ、
 キム・ジヨン』


 韓国の現代小説としては異例の注目を集めている本作。小説のほとんどを占める主人公のカルテに記録されているのは、平凡な名前の平凡な女性の平凡な人生に過ぎない。しかしその平凡な「女性の人生」がこれほどまでに絶望的だとは。「お隣の国がそういう社会だから」ではなく、日本の女性にもほぼそのまま当てはまる問題を突きつける。

本の画象

筑摩書房(1500円+税)
2018年12月刊
北大路翼著
生き抜くための
『俳句塾』

 新宿歌舞伎町一家「屍派」家元の筆者が、俳句と人生を語る。「俺」「お前ら」という語り口、前面に出すアウトロー的な生き方やイメージは読者を選ぶことだろう。しかし「俳句は大人の遊び」「技術だけ勉強しても無駄」「自分を磨くことが上達の近道」など、彼の言葉には深く首肯するしかない説得力と俳句への誠意が感じられる。

本の画象

左右社(1600円+税)
2019年3月刊

太田靖子の推す2冊

高野ムツオ著
『語り継ぐいのちの俳句』
 3・11以後のまなざし

 俳句で人は共感し合える、悲しみも分かち合える。俳句の力を感じる。著者が震災以前に詠んでいた「万の翅見えて来るなり虫の闇」が、震災後句集『萬の翅』として出版された時、被災地で生きる人々の姿とこれらの虫たちとが重なるという評を受けたという。芭蕉の言う不易流行はこのことなのだと教えられる思いだったとも。

本の画象

ちくま文庫(1800円+税)
2018年11月刊
正木ゆう子著
『猫のためいき鵜の寝言
 十七音の内と外』


 心がじわっと温かくなり癒される。思わず笑う。そんなエッセイと俳句が一冊に。作者の毎日は俳句で成り立つ。鷹の渡りを今年も見に行くという作者に夫君が「去年も見たのに」と言った時「ではあなたはビールを昨日飲んだから今日は飲まなくていいのか」と返す。小学生のための俳句教室の描写が好きだ。なんていい先生なの!

本の画象

春秋社(1700円+税)
2018年10月刊



2019年3月25日号(e船団書評委員会)

田中俊弥の推す2冊

村尾誠一編著
コレクション日本歌人選068
『会津八一』
大和奈良を愛し、古寺巡礼の歌を詠う

 子規に連なり、良寛を慕い、万葉集を愛した会津八一は、著者指摘の通り、「われ奈良の風光と美術とを酷愛」した詩人、美術史家、書家である。彼の歌は、「すゐえん の あま つ をとめ が こころもで の ひま にも すめる あき のそら かな」のごとく仮名書き分かち書き。いまこそ、その幽(かそ)けき息づかいに邁到すべし。

本の画象

笠間書院(1300円+税)
2019年1月刊
後藤隆之編「歴史人」2019年4月号
『江戸の名所100』

 スマホも自動車も電化製品もない時代、世界最高のリテラシーを誇った江戸の御代は、いかなるものであったのか。江戸の町は幕府の本丸として開鑿、開発され、交通の要路・基点として環太平洋にひらかれた未来都市・東京となった。この日本歴史の歩みは偶然なのか、それとも必然なのか。すこぶる興味深い問題が、ここにある。

本の画象

KKベストセラーズ(800円・税込)
2019年3月刊

松永みよこの推す2冊

笹井宏之歌集
『えーえんとくちから』

 笹井はペンネームで「些細」なことを歌いたかったからだそう。歌と作者の人格は必ずしも一致しないものだが、「こんなにも優しい人がいていいの」というのが第一印象。そしてその中に、あきらめにも似た哀しみが含まれているから、心がざわついてしまった。
(ゆびさきのきれいなひとにふれられて名前をなくす花びらがある)

本の画象

ちくま文庫(680円+税)
2019年1月刊
狭倉瑠璃著
『140字で読む みだれ髪』
~おごりの春のうつくしきかな~

 春になると、私の体内で発症する『みだれ髪』症候群。俵万智さんの訳もよかったが、新人作家によるこのショートストーリー集は、時に、言葉足らずになってしまう与謝野晶子の短歌を咀嚼し、わかりやすく伝えてくれている。短歌って退屈で眠くなる?と思っている人に是非読んでもらいたい。きっと眠れなくなってしまうから

本の画象

幻冬舎メディアコンサルティング(1200円+税)
2018年12月刊



2019年3月18日号(e船団書評委員会)

舩井春奈の推す2冊

谷川俊太郎著著
『幸せについて』

 いつもなら手にせぬ題名。それでも手にしたのは、その日とびきり幸せだったから。職場への一本の電話が、大きな花丸だったのだ。涙が溢れ出た。他人の幸せってこんなにも嬉しいものなのか。この本を見ても幸せの形って様々だなって思う。

本の画象

ナナロク社(1000円+税)
2018年11月刊
蛭田亜紗子著
『フィッターXの異常な愛情』

 気づけば顔色を伺ってばかりの毎日。人と人との調整に疲れたある日、久しぶりに近所のデパートに行ったところ見つけたのがこの本。私もこういう店員に出会いたいな。

本の画象

小学館(580円+税)
2018年9月刊


赤石 忍の推す1冊


ウェップ編集室編
「WEP 俳句通信」108号

本の画象

 特集「虚子の現在・現在の虚子」は読み応えがあり面白かった。面白いという意味は決して理解し得たという事ではなく、俳壇もしくは俳句研究者の主だった方々の視点で、虚子を見つめた事がなかったに過ぎない。子規や漱石を取巻く一人として興味はあったが、俳句作者として、俳壇指導者として捉え直すと、異なる虚子像が現れるのは当然の事。客観写生で大衆化を展開し、花鳥諷詠で思想性を明確にして他派を凌駕する俳壇政治家としての虚子。「選は創作なり」という強烈な意志で他との峻別化を図る。こう列記してみると、俳句を家業として独占するに行着くのも頷ける。しかし、これも多分に表層的な把握に過ぎないのだろうが、虚子を再度、捉え直す必要性があると各人が述べている事だけは理解できた。ただ現在の俳壇ガラクタ化に歯止めをかけるためにという名目で、虚子に見る俳壇強者の再度の出現を希求するのはいかがなものか。俳壇ヒエラルキーの新たな構築に繋がる、とはならないだろうか。

ウェップ編集室(926円+税)
2019年2月刊



2019年3月11日号(e船団書評委員会)

原 ゆきの推す2冊

赤石 忍著
『私にとっての石川くん』

 冒頭に登場する不思議な存在感の「石川くん」にまず驚いた。変人オーラ満載で何とも愉快な彼に好感を持ち、あっという間に赤石ワールドへと引き込まれてしまった。きめ細かな文章はユーモアを隠し味に、予定されたような話運びには決して陥らない煌めきに満ちている。大胆な俳句とともに味わおう。「落下物係となって秋の蝶」

本の画象

創風社出版(1400円+税)
2019年1月刊
中原幸子句集
『柚子とペダル』

 納められた298句の中から1句。「カバン赤い重い会いたい雲の峰」。持ったカバンの重さに表情が曇る。曇った事で突然引き出される「会いたい」という感情。急な飛躍だが、無理なく劇的。頭上には雲の峰。恋の句と思うと、せつない。もて余す感情を象徴するようにカバンは、赤。けだるい身体感覚がどこか官能的。オトナだ♪

本の画象

角川書店(2700円+税)
2019年2月刊


香川昭子の推す1冊


ジョン・チーヴァー著/村上春樹訳
『巨大なラジオ/泳ぐ人』

本の画象

 名前も知らなかったけど訳者にひかれ、読んでみた。18の短篇とエッセイ2つ。各編の前に村上春樹の解説。読む前にざっと読み、読後も読むと、こんな風に読めるのかとか、私はそうは思わないとか、いろいろある。日本語で書いてあるのに読み切れないなんてくやしくて、読み続けた。1940年代から1970年代に発表され、おもにアメリカ郊外高級住宅地に住む人々が描かれる。使用人のいる家庭やら習慣、暮らし方も興味深い。わかりやすい文章。けれど徐々に時空が狂ったような、これはなんなのよという世界入ることもある。そこが面白い。ハッピイな世界ではない。真実に近い世界かも。こんな世界を毎日2編ずつ読んだ。388ページ。読んだなあと思える一冊。

新潮社(2300円+税)
2018年11月刊



2019年3月4日号(e船団書評委員会)

若林武史の推す1冊


一度は読んでほしい
『小さな出版社のおもしろい本 2019』

本の画象

 地方出版社とそこで発行される様々な書籍を紹介した一冊。こうした出版社には「地元からでしか発信できないものを」というタイプと、「ここからでしか出版できないものを」というタイプに大別されるようだ。どちらも本の形にして伝え、残すことへの情熱を感じた。句集や歌集で見たことのある出版社が紹介してあり、近しい感じがした。

三栄書房(926円+税)
2018年12月刊


鈴木ひさしの推す1冊


黒川 創著

『鶴見俊輔伝』

本の画象

 1923年(大正11)3月、初代満鉄総裁、東京市長である後藤新平邸に新聞を配達する18才の秋山清。邸内で眠る生後9ヶ月の赤ん坊鶴見俊輔。この二人の対比からこの『鶴見俊輔伝』は始まる。鶴見は後藤新平の孫、鶴見祐輔の長男、そうでなければ、この時代にハーバード大学に進むこともその後の人生もなかったかもしれない。しかし、この著者のいうように、「裕福な両親の家を出て、自分がそれよりも価値のあるものを見出せることに彼という人間の豊かさがあった。」 1946年5月、「思想の科学」創刊号にも、占領軍当局による検閲が及んだ。意外な人物を含む様々な交流も、鶴見らしい流儀で貫かれている。「小事はこれを他に諮り、大事はこれを自ら決す」を自他への信条とする桑原武夫の人間的魅力もこの本に厚みを加えている。

新潮社(2900円+税)
2018年8月刊



2019年2月25日号(e船団書評委員会)

宇都宮さとるの推す2冊

辻原登・永田和弘・長谷川櫂著
『歌仙はすごい』
―言葉がひらく「座」の世界

 作家、歌人、俳人の友3人が、歌仙いわゆる連句の面白さを実作を通して伝えてくれる。連句の醍醐味は、自己と他者が長句と短句を交互に「付け合う」ことによって句の世界が大きく転換し、詩的空間がどんどん広がっていくことだが、と同時に、言葉を超えて一座に遊ぶ気心の知れた楽しい「やりとり」もそのひとつ。ただ、いずれも参加者たちが似通った生活形式や価値観を持っていることが前提になるように思うのだが。そこがなんとも悩ましくもある。

本の画象

中公新書(880円+税)
2019年1月刊
隅垣健 文と絵
『電車のカタコト』

 40年前に廃止された京都市電をモチーフにしたファンタジー作品。京都生まれの作者が、広島市街地で現役として今も活躍している市電と出会ってどうしようもなく切ない気持ちに。市電の懐かしい原風景がよみがえるなか、夢のような世界へと・・・。往時の京都の街並みや電車の細部の構造などがあたたかな筆致と絵で描かれており、ノスタルジックな世界へと誘ってくれる。「カタコトカタコト」と聞こえてくるようで、大人も子供も楽しめて癒される。

本の画象

京都新聞出版センター(1200円+税)
2018年12月刊

塩谷則子の推す2冊

鈴木宏子著
『「古今和歌集」の創造力』

 「雪のうちに春は来にけり鶯の凍れる涙今や溶くらむ 二条后高子」。鶯の涙はお洒落。だが確かに理屈っぽい。また雪と鶯の組み合わせは早春を表す「型」。理屈と「型」が近代人に嫌われた。 しかし、時の流れ順に和歌を並べる編集方法は歳時記にまで受け継がれた。恋の歌も時の流れ順に配列。「型」を作り、集にすることで四季と恋の顛末を創造する。楽しい企てだったろう。

本の画象

NHK出版(NHKブックス)(1500円+税)
2018年12月刊
小倉紀蔵著
『京都思想逍遥』

 筆者が「京の創造性臨界ライン」と名付ける京都の東半分の北、吉田・田中と東半分の南、深草を南北に結ぶ線は花折断層という活断層上にあるという。えっ? 北は西田幾多郎。南は道元。線上に後白河法皇、豊臣秀吉、世阿弥、鈴木大拙。筆者が愛する伊東静雄(私も好きだ)などが関係。キーワードは悲哀。感覚に訴える論理的な本。

本の画象

ちくま新書(900円+税)
2019年2月刊



2019年2月18日号(e船団書評委員会)

紀本直美の推す2冊

サム・アッシャー作絵/吉上恭太訳
『かぜのひ』

 びゅーびゅー吹きつけるかぜのひ。大人には、寒くて髪がぐちゃぐちゃになる憂鬱な日ですが、元気な男の子にとっては、ワクワクする大冒険の日。おじいちゃんと孫がかぜのひにとっておきの遊びをします!

本の画象

徳間書店(1600円+税)
2018年9月刊
難波里奈作/坂木 司著
『クリームソーダ
 純喫茶めぐり』


 喫茶店すきなのですが、純喫茶には入っていないなあと思って手に取った一冊です。クリームソーダの魅力的な写真の数々。コーヒーばかり頼んでいる人も、次はクリームソーダを頼んでみようと思うかも!

本の画象

グラフィック社(1680円+税)
2018年8月刊

武馬久仁裕の推す2冊

塚本洋子句集
『櫂の音』

 「建国記念日切り落されしパンの耳」。建国記念日が上五に置かれる時、切り落されたパンの耳は、王様の耳=真実に転化します。「どこからも見える所に桃を置く」。どこからも見える特別な所に置かれた桃は、不思議な輝きを持ち始めます。「どの窓も大きく見えて夏来たる」。開放的な夏が来る時、外界へ開く窓も大きく見えるのです。言葉は、五七五の中で変身することを教えてくれる句集です。

本の画象

ジャプラン(2000円+税)
2018年12月刊
美川 圭著
『公卿(くぎょう)会議―』
――論戦する宮廷貴族たち

 王朝文学に登場する貴族の仕事(政治)ぶりを見たくてこの本を読みました。清少納言のよき相手、頭弁(とうのべん)こと藤原行成(三蹟の一人)が出てきます。外敵侵攻がテーマの会議では、一見杓子定規に見える主張をしておりました。しかし、これも行成の筋を通す姿勢から来たようで、別の会議では不審な点はきちんと突いています。そう言えば、枕草子でも彼はお追従を言う人ではありませんでした。

本の画象

中公新書(840円+税)
2018年10月刊



2019年2月11日号(e船団書評委員会)

太田靖子の推す1冊


暮しの手帖編集部編
『戦中・戦後の暮しの記録』
君と、これから生まれてくる君へ

本の画象

 本書は2017年から募集された戦争体験への応募作品2390編の中から選ばれた百十数編。戦争を伝えたいという編集部の決意に涙が止めどなく流れる。脚色のない戦争の事実描写は壮絶としか言いようがない。「引き上げ船で亡くなった死体を海に投げ落とすと、魚が鱗をキラキラさせながらたくさん寄ってきた」「息を引き取った母の体中にはたくさんの蛆が湧いていた」など。読むほどに気分が落ち込むが、被爆国でありながら戦争を知らない我々は、体験者の語り継ごうとの意志をしかと受け止めよう。「君という美しい命は、未曽有の戦災をかろうじてくぐり抜けた人、その人を守り支えた誰かの先に、偶然のように灯された一閃の光だ。それを忘れてはならない」

暮しの手帖社(2500円+税)
2018年7月刊


静 誠司の推す2冊

東直子・穂村弘著
『しびれる短歌』

 恋、食べ物、家族など8つのテーマごとに、歌人二人が短歌を持ち寄り、語り合う。古い短歌も挙がってはいるが、結果的にバブル期以降の短歌のアンソロジーにもなっている。時代感覚の影響が強い短歌。二人の掛け合いを読み、短歌を鑑賞しながら、同時に時代感覚をひもといているような気分になる。良くも悪くも俳句とは違うところだろう。

本の画象

ちくまプリマー新書(840円+税)
2019年1月刊
イ・ギジュ著/米津篤八訳
『言葉の品格』

 大統領府のスピーチライターも務めた著者が、韓国の古の賢者の名言、世界のリーダーから街で耳にした普通の人々の発言まで、様々な実例を踏まえて言葉に必要な「品格」を説く。元々韓国でベストセラーだったのを、東方神起のチャンミンがSNSで紹介したことから、日本での翻訳に至ったそうだ。さすがの影響力である。

本の画象

光文社(1600円+税)
2018年12月刊



2019年2月4日号(e船団書評委員会)

松永みよこの推す2冊

武馬久仁裕著
『俳句の不思議、
 楽しさ、面白さ』

 ―そのレトリック

 おしらせの紙の言葉はシーンと静まり返っているのに、物語の中の言葉はワチャワチャと踊りだし、私を追いかけて来るのはなぜ? そんな幼い頃の疑問を再燃させてくれる。筆者の言葉に対する「どうして」をたどりつつ、個性あふれる例句を味わえた。特に「不思議の六月」の項が面白く、早く六月の句が作りたくなってしまった。

本の画象

黎明書房(1700円+税)
2018年9月刊
錦見映理子著
『リトルガールズ』

 おもちゃ箱をひっくり返したような思いの交錯ぶりにハラハラ。登場人物を絞ればシリアスでロマンチックになりそうなエピソードもまるで、表紙の女の裸みたいに剥き出しでゴロリと投げ出されていて滑稽なのだ。滑稽で、みっともなくて、でも愛しいのは、読者である私の中にも、(リトルガール)が息づいているからだろうか。

本の画象

筑摩書房(1500円+税)
2018年11月刊


田中俊弥の推す1冊


柏倉千加志詩集
『空中ぶらんこ』

本の画象

 「美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない。」(小林秀雄)に倣うなら、「美しい詩のことばがある、詩のことばの美しさという様なものはない。」というフレーズがよく似合う詩集である。「雨上がりの/お茶の水駅前の夕刻は/足早の人混みで溢れている」(「紫陽花に囲まれて」)、「正直な背中は/人には見せられない」(「背中」)、「熟れた栗の実が/気づかれずに落下する/やわらかな秋を/そのままに/住まわせている廃校」(「廃校」)、「太陽は/白い日常の中では/ひとつのシンボルでしか/ありえないのだから/しばしば/明るさの中で忘れられる」(「太陽」)。美しい詩のことばを求めつづける鍛錬のなかに詩のことばは立ち上っている。

土曜美術社出版(2000円+税)
2018年11月刊



2019年1月28日号(e船団書評委員会)

舩井春奈の推す2冊

播田松煌著
『正岡子規絶句集』

 本屋の平積みの上に、新聞の大きな切抜きが掲示されていた。大々的に取り上げられている記事の真下に、その裏にある平積みに、いったいどんな本がないがしろにされているの? 覗き込んで出あったのがこの本だ。正岡子規は漢詩も作っていたのか。そして読みやすい編集。なんだか掘り出し物に出あった感じ。

本の画象

幻冬舎(2000円+税)
2018年10月刊
坂木 司著
『アンと青春』

 デパ地下の和菓子屋さんでバイトするアンが、文庫本になって帰ってきた。素直で素朴なアンが和菓子屋さんを通して謎解きをしつつ成長するシリーズ第二弾。こちらはバイトにも慣れて成長したアンのお話。昔、ハードカバーで愛読していた物語に再会できる喜びが、文庫化にはあることを思う。

本の画象

光文社(820円+税)
2018年10月刊

赤石 忍の推す2冊

深沢七郎著
『書かなければ
 よかったのに日記』


 書かなければよかったのにと言うのなら、本当に書かなければよかったのにとも思う。面白いのか面白くないのか、一言で言いきれないのが深沢の世界とも言えるが。短編小説が引き金となって右翼が版元社長宅を襲った殺傷事件後の精神的な放浪を描いているのだが、果たして何を感じたのかが書かれていない。もっともナイーブなテーマに自論を加えるのは難しいことだ。だから書かなければよかったのに、

本の画象

中公文庫(900円+税)
2018年12月刊
塩野七生著
『十字軍物語』
(全4巻、1-3巻既刊)

 塩野の面白さは何だろう。フィクションとノンフィクションを行き来するスピード感にあるのか。4巻物になるという文庫版だが、間違いなく売れるはず。しかし「神の望み」という一言でイスラム人を虐殺する十字軍とは。自分たちのみが正しいとする、アメリカを中心とする西欧人の感性はここに起因し、今も変わってはいまい。神に仕える修道士達から成る騎士団の「殺せ、殺せ」というテーゼには戦慄するものがある。

本の画象

新潮文庫(710円+税)
2019年1月刊(第3巻)



2019年1月21日号(e船団書評委員会)

香川昭子の推す2冊

谷川俊太郎著
『バウムクーヘン』

 かなだけで書かれた詩集。ぱっと開いたところを音読。むずかしい言葉はないけど。「なに?」読み返す。なーんだ、そういうことか。こんな風に展開するのか。時間も場所もなんのことわりもなく移動する言葉たちのひらひらを楽しむ。たとえばこんな言葉のつらなり。(れきしのほんがとりおとすせつなを/わたしはとりあえずいきています)「せつな」より。

本の画象

ナナロク社(1300円+税)
2018年9月刊
和田博文編
『星の文学館』
 銀河も彗星も

 35篇の星の文学アンソロジー。初めて稲垣足穂を読んだ。「星を造る人」。少年っぽい発想に驚いた。川端康成「雪国」からの「天の河」。昔読んだ時は、ほとんどわからなかった島村と駒子の交情みたいなものが感じられた。また、埴谷雄高、倉橋由美子など、なんとなく敬遠していた作家たちを、ひょいと読んだ。味見だけはできた。

本の画象

ちくま文庫(820円+税)
2018年7月刊

原 ゆきの推す2冊

工藤一紘著
小説『露月と子規』

 文士を夢見て上京した青年露月。子規と出会い評価を得た喜びが初々しい。子規庵での句会、皆「お頼みィ」と言って入ってくる。これは伊予の俳句仲間の挨拶言葉。秋田出身の露月も、つられて「お頼みィ」と言う。「いま、たれが来ておいでるのぞい」と子規の声もする。(どんな声だろう?)「秋風の猪病んで死なんとす」露月

本の画象

秋田魁新報社 さきがけ文庫(800円+税)
2018年7月刊
佐倉海桜著
五・七・五で伝わる母の味
『一食一句』

 いわゆる料理本。違うところは子規の句がちりばめられている点。「夕立や豆腐片手に走る人」の句に続いてお酒に合う麻婆豆腐、が紹介されたりしている。子規の句を好んだ著者の母は料理好きでもあり、ここには母のレシピも反映されているらしい。それにしても、夕立や、の句は面白い。滑稽味。走る振動が豆腐の面に及ぼす光。

本の画象

幻冬舎(1200円+税)
2018年12月刊



2019年1月14日号(e船団書評委員会)

鈴木ひさしの推す1冊


池澤 夏樹、吉岡 忍ほか著
『堀田善衛を読む』
世界を知り抜くための羅針盤

本の画象

 『若き日の詩人たちの肖像』の登場人物30数名のモデルとなった実在の人物について、池澤夏樹の推理は読者としてありがたい。池澤の言うように、日常生活の中に「おもちゃ」が増え、「それと遊んでいるうちに、世間では時が過ぎ」「世の中が悪くなっても気がつかない」。言葉を回復する模範としての堀田善衛を紹介する。鹿島茂による堀田善衛の紹介は、むしろ、筆者にとって新しい鹿島茂の発見であった。
 この本の第2章に、ノンフィクション作家吉岡忍によるベトナム詩人誕生の話がある。北ベトナムの田舎に生まれ、密林の中で7年間アメリカ軍と戦った一人の男が、しだいに言葉を忘れていくことに気づき、最初は地面に単語、次に紙に言葉、そして文章を書く。それが詩となり、詩人が誕生し、文学が生まれた。この詩人も堀田と同様、時代のできごとを全身で受け止め、文学や歴史認識につなげた。これは、異なる条件と環境にあるベトナム詩人と堀田を結びつける吉岡忍の紹介の方法である。 40年ぶりに堀田善衛『インドで考えたこと』(岩波新書)を再読し、「インドで、私はしばしば漱石のことばを思い浮かべた。」という一文を発見した。また、内容以前に言語の名称の正確さに改めて好感を持った。

集英社新書(820円+税)
2018年10月刊


若林武史の推す2冊

倉阪鬼一郎著
『怖い短歌』

 同じ著者の『怖い俳句』の短歌版。当たり前のことだが、俳句より字数が多い分、描かれる世界の怖さがはっきりしている感じがする。ただし、それは怖いモチーフが描かれているということではない。よーく読んで裏に隠された世界が案外怖いという形で表現されている気がする。そういう点では、俳句よりよい文芸だろう。

本の画象

幻冬舎新書526(780円+税)
2018年11月刊
「BRUTUS」2019 1/1・15合併号
『危険な読書』

 確か去年も同じ特集があったと思う。個人的には「ポップソングと江戸文芸。」と題された児玉雨子という人のインタビュー記事がよかった。全体に知らない古い本を知って、世界を広げたいという感じがあって、やや懐古趣味的なあるいは現在の出版業界の状況を反映しているのかもしれないという感じがした。

本の画象

マガジンハウス(680円・税込み)
2018年12月刊



2019年1月7日号(e船団書評委員会)

塩谷則子の推す2冊

高橋順子著
『星のなまえ』

 「あかいめだまの さそり/ひろげた鷲の つばさ(略)オリオンは高く うたい(略)」宮沢賢治の「星めぐりの歌」を歌いながら坂道を下った50数年前。今も冬になるとオリオン座を探す。各人に星の思い出があるだろう。星と、星にまつわる詩歌の本。砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているから、と言う星の王子様。井戸はある。

本の画象

白水社(2300円+税)
2018年9月刊
井上ひさし・小野友道・坪内稔典など著
『漱石の記憶』
夏目漱石生誕150年 没後100年
2016・2017夏目漱石記念年

 「熊本における漱石の記憶を新たにし、次世代への継承を確かにするため」の記念年記録が付録となるほど本文の論がどれも素晴らしい。フルコース。途中には冷菓も出る。黒川漱石についてや、孫娘半藤真利子の随筆。29歳から33歳、熊本の漱石は若い。「客観視し相対化する」(p182)漱石の思考法は俳句と関わる。震災後を勇気づける本。

本の画象

熊日出版(1852円+税)
2018年12月刊

宇都宮さとるの推す2冊

横光利一著・長山靖生編
横光利一 モダニズム幻想集
『セレナード』

 数十年ぶりの再読で当時の不思議感が蘇ってくるが、今も新しさを感じさせる傑作短編集。特に、『機械』の独特の言語感覚と“機械的”な文章構成で綴られる“無気味な不穏さ”の提示は、実験的かつ刺激的だ。また、幾つかの短い作品に何故か散文詩的空間が広がっているのも興味深い。今日のステロタイプ的な横光評では収まらない彼の理想主義的な文学への思いや哲学や言語学に影響を受けた文学理論はもっと研究されていいと思うのだが。

本の画象

彩流社(2400円+税)
2018年11月刊
西川孟写真・杉本秀太郎文・中村利則解説
『京の町家 杉本家』

 150年続く京町家「杉本家」の佇まいとその日々の暮らしぶりを、明晰で静謐な写真と九代当主の秀太郎氏のエッセイで紹介した一冊。エッセイは以前の著作からの再掲載だが、その真髄である新たな発見と驚きがあって楽しめる。中でも、『冬至前後』で引用されているヴァレリーの詩句の一節と町家との取り合わせが何とも絶妙で秀逸。数多い京都本の中でも、町衆の息遣いが聞こえてくる“ほんまもん”である。

本の画象

淡交社(1800円+税)
2018年12月刊



2018年12月31日号(e船団書評委員会)

紀本直美の推す2冊

川端 誠作
野菜忍者列伝
『伊賀のキャベ丸』

 伊賀の忍者キャベ丸は、通りすがりの洋食屋の娘・おかるを助けるため、歌を詠み、悪者を倒すため、思いもかけない忍法を次々繰り出します! とてもリズミカルな文章で、子どもも大人も楽しめる活劇絵本。

本の画象

BL出版(1300円+税)
2018年8月刊
ジュリー・モースタッド作/石津ちひろ訳
『きょうがはじまる』

 子どもは(もちろん大人も)今日一日何をするか、実際はひとつひとつ何かを選んでいるはずですが、それほど意識していないのではないでしょうか? 毎日が特別な一日。忘れがちな感覚を思い出させてくれる一冊です。

本の画象

BL出版(1600円+税)
2018年8月刊

武馬久仁裕の推す2冊

片山蓉句集
『羊水の。』

 片山蓉の句は、透明な世界に異質な物が侵入して、読者を脅かす。例えば「蝶の昼曲馬(サーカス)団横断す」。ひらひらと蝶だけが舞っている穏やかな光りあふれる空間を、真横に断って曲・馬・団という異質な物が、通り過ぎて行く。「囀りや見るとはなしに非常口」「大枯野どこかで釘を抜く音が」。囀りの世界、大枯野の世界もなぜか不穏である。

本の画象

ふらんす堂(1700円+税)
2018年12月刊
鈴木義昭著
乙女たちが愛した抒情画家
『蕗谷虹児』

 蕗谷虹児の絵は、大正末から昭和初年までのパリへの留学によって、伏し目がちの少女から、顔を上げ、しっかりと自分を見つめている近代的女性へと変わったとあったことに注目した。なぜなら、私はかつて「新興俳句と抒情画」で、新興俳句と当時一世を風靡した虹児の絵との比較を、病む女性を指標にして書いたからである。虹児の健康的な面への目配りが欠けていたことを反省した本であった。

本の画象

新評論(2200円+税)
2018年9月刊



2018年12月24日号(e船団書評委員会)

太田靖子の推す2冊

筑紫盤井著
『虚子は
 戦後俳句をどう読んだか』

 埋もれていた「玉藻」研究座談会

 戦後の作家を論じた「研究座談会」(『玉藻』)から虚子の言説を抜粋。一部は当時座談会に参加した深見けん二達と作者が「研究座談会」の発端等を座談。二部は「主観を暴露しなければ合点しないのは情けない。わかったところで面白くない」など虚子の選句基準が読める。新興俳句・人間探求派・社会性俳句は否定されるのか。

本の画象

深夜叢書社(2700円+税)
2018年8月刊
宮田章司文/瀬知エリカ絵
江戸売り声でタイムトリップ!
『江戸の長屋の朝昼晩』

 夜長に江戸時代の長屋にワープするのはいかが。世界最大の都市だった江戸の町。物を売りたい人が客を探して売る当時。長屋の朝はアサリ売りの声で明ける。「とんぴょん」って何の売り声でしょう。「はーんごんたん」「うーぉうーぉうー」は。炬燵で頁をめくると、江戸の町の売り声が聞こえてきそうで、その生活に憧れすら抱く。

本の画象

絵本塾出版(1800円+税)
2018年6月刊


静 誠司の推す1冊


彭丹著
『いにしえの恋歌』
和歌と漢詩の世界

本の画象

 筆者は中国出身で、現在、日中比較文化研究者として日本に在住している。あとがきには「古典文学の専門家ではない」とあるが、いやいや、漢詩はおろか和歌にもかなり精通しており、両者への愛情がビンビンに伝わってくる良作であった。日本の文化の多くは大陸からの影響を受けて醸成されてきたにもかかわらず、なぜかくも異なるものとなったのか。その違いが顕著なのが「恋歌」だということで、両者の「恋」の歌われ方を比較していくことになる。そこには国の規模とは関係がない、両国が背負う状況の違いが関わるのであるが、違いだけではないある共通点も浮かび上がってくる。豊富な作品紹介もあって古文漢文を教える教員には特にオススメ。勉強になりました。

筑摩選書(1600円+税)
2018年10月刊



2018年12月17日号(e船団書評委員会)

松永みよこの推す2冊

坂本宮尾著
『竹下しづの女』
 理性と感性の俳人(1887-1951)

 (もつと言葉を穏ヤカニシテハイカガデス)と虚子に添削された竹下しづの女の句は、気風がよく、瑞々しく、辛辣な諧謔性を持ち今読んでも新しい。客観写生では飽き足らず、主観をあらわにした情熱的な句は、彼女が、生きる中で味わった苦労から生み出されたものと知り、「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と活を入れられた。

本の画象

藤原書店(3600円+税)
2018年7月刊
与謝野晶子著
『私の生い立ち』

 最も心に残ったのは、父がこしらえてくれた「西瓜燈籠」の章。「青白く光って透き通る美しさの限りもなく思われる燈籠」が三日目に「彫跡は錆色を帯び、青い地は黒い色になっ」ているのを見て、「初めて老いと云うことと死と云うこと」を考えた少女晶子の隣でその燈籠を見ているような、しんと静まり返った気持ちになった。

本の画象

岩波文庫(640円+税)
2018年8月刊

田中俊弥の推す2冊

最果タヒ詩集
『天国と、とてつもない暇』

 消費されないコトバ、反芻されるコトバ、それが詩だとおもっていた。純度の高いコトバこそ詩だとおもっていたが、この詩集を読むと、どうもちがう。詩のことばの力は、自分の世界そのものを逆倒、屹立させてこそ価値があるのだと。「宇宙の果ては宇宙の果てだけを見ている。」(「夏の深呼吸」)。詩集は、もっと読まれるべきなのだ。

本の画象

小学館(1200円+税)
2018年10月刊
白川 静著
『白川静 漢字暦 2019』

 師走を迎え、世の中すべてが暮れては新たに生まれんとして動き出している。1日1日とて、暮れては、また生まれ出づる。その当たり前がひしと感じられるこの12月。本屋には、カレンダーがあふれている。1月は「寶」、12月は「聆」、月ごとの漢字は、古代の漢字の姿のままの呪力で迫ってくる。時は神にして聖なるものなのだ。

本の画象

平凡社(1300円+税)
2018年10月刊



2018年12月10日号(e船団書評委員会)

赤石 忍の推す2冊

井伏鱒二著
『七つの街道』

 井伏氏のまったりとした文に嵌ると病み付きになる。本書は七つの街道を歩む、まったりとした旅紀行を纏めたもの。特に「天城山麓を巡る道」や「奥の細道の杖の跡」は私も辿った経験があり、なおさらに親近感を覚えた。尤も井伏氏が巡ったのは60年も前であり、風景も人々も今とはさぞかし違った様相だったことは類推できる。青森・岩手の久慈街道案内人を若き三浦哲郎が買って出ているのも面白い。

本の画象

中公文庫(900円+税)
2018年10月刊
松浦武四郎原著/更科源蔵・吉川豊訳
『アイヌ人物誌』(新版)

 生誕200年を迎え、来春にはアイドルが演じてNHKでドラマ化もされ、武四郎のブームが来そうだ。彼は篆刻を旅の生業とし、私の故郷の寺には一晩のうちに頼三樹三郎が百詩を詠み、それを武四郎が彫り上げたという百印百詩が残っている。本書は『近世蝦夷人物誌』の現代語訳版。初めて彼に触れたのは花崎皋平の『静かな大地』でだが、読み返すたびに、和人たちのアイヌ民族に加えた愚かな行為には憤りを覚える。

本の画象

青土社(1800円+税)
2018年9月刊

舩井春奈の推す2冊

横山明日希著
『愛×数学×短歌』

 私は数学から距離を取りたい高校生だった。スタイリッシュすぎてどうにも好きになれない。皆は苦手でも文学的に解ける問題なら得意だった。この書は、そんなかつての私のような生徒に見せたい書。確率やら何やら、短歌や漫画でおもしろおかしく見せてくれる。少し数学に近づけるかも。

本の画象

河出書房新社(1300円+税)
2018年8月刊
川島蓉子著
『すいません、
 ほぼ日の経営。』


 徳島の女性社長から教えてもらった本。私自身は経営に興味があるわけではなく、むしろひいてしまう側。それでも買ってみたのは、愛用するほぼ日手帳の経営についてだから。経営というより一つの仕事場の方法という中身で、敬遠していた分野に少し足を踏み入れてみることができた。

本の画象

日経BP社(1400円+税)
2018年10月刊



2018年12月3日号(e船団書評委員会)

香川昭子の推す1冊


高橋源一郎著

『今夜はひとりぼっちかい?』
 日本文学盛衰史 戦後文学篇

本の画象

 「真面目な人間(読者)を困らせるもの、そんなものと付き合っていることが知られると恥ずかしいもの、消費も消化も理解もできないもの、見て見ぬふりをしておきたいもの。いままでも、いまも、これからも。」 内田裕也の東京都知事選の政見放送から考えた文学というものの一番わかりやすいあり方をこんな風に書く。ラップ、政治家の文章、ツイッター、石坂洋次郎などからの、文学の見方もおもしろい。最終章、「小説にはメッセージなんかない。モデルもいない。現実とは何の関係もない。〈略〉なにをやっているのかやっている当人もわかりません。楽しいからなんとなくやっているという点では、強いていうなら子どもの泥遊び? あれがいちばん近いかも」。この一冊、評論集じゃなく小説なのです。

講談社(2000円+税)
2018年8月刊


原 ゆきの推す1冊


橋本多佳子著

『橋本多佳子全句集』

本の画象

 「第3句集「紅絲」に「冬の旅 九州路」とタイトルの付いた12句がある。「真青な河渡り終へ又枯野」は色彩感覚鮮やか。12句の最後に「星空へ店より林檎あふれをり」の1句。大好きな句だが旅の吟行句とは意外であった。日常を離れた身体へ光景が詩を含んで立ち上がってきたものか。吟行句へのこの集中ぶりは多佳子ならではのものという気も。作句において多佳子は口癖のように「煮つめる」という表現を用いたらしいが、他がいたずらに真似ても、それこそ煮つめの足らぬ退屈な吟行句の量産を繰り返してしまうだろう。自らの吟行句を振り返り、詩を生むことへの意識、着想を煮つめているか…と考えてみる。そのうち、ヒヤリとしてしまった。

角川ソフィア文庫(1440円+税)
2018年8月刊



2018年11月26日号(e船団書評委員会)

若林武史の推す2冊

最果タヒ詩集
『天国と、とてつもない暇』

 最果タヒの新しい詩集。どうしたら、こういう言葉でこういう世界が描けるのか、本当に感心してしまう。少なくとも、おじさんにはできないな、いや、ひょっとすると、田村隆一っぽくならできるかな、等と思う。詩は大事だなっていつも思う。

本の画象

小学館(1200円+税)
2018年10月刊
椹木野衣著
『感性は感動しない』
 美術の見方、批評の作法

 タイトルがカッコイイから買いました。美術批評のエッセイなどをまとめた一冊。冒頭のエッセイの一節に「感性など、みがこうとしないことだ。…感性とは『あなたがあなたであること』以外に根拠を置きようのないなにものかだ。」とあった。そうだよなぁと思いつつ、僕が僕であることに畏れるより他になかったのも事実だった。

本の画象

世界思想社(1700円+税)
2018年7月刊

今泉凡蔵の推す2冊

鴨長明著/蜂飼耳訳
『方丈記』

 新訳は、古典に新しい命の火を灯す。なんと読み易いことか。また、エッセイが秀逸。鴨長明のことを、「はまりきらない人、はみだす人」と断じている。師から伝授を受けていない秘曲「啄木」を弾く、という禁じられた行為に及ぶ鴨長明は、瞬間をその場へ留めようとするエネルギーの発露に従った、つまり「創造の瞬間と向き合う人」であった、と。蜂飼耳の訳に出会えてよかった。

本の画象

光文社古典新訳文庫(640円+税)
2018年9月刊
かこさとし作/鈴木まもる絵
『みずとはなんじゃ?』

 残念なことに、この科学絵本がかこさとしさんの最後の絵本となってしまった。絵は鈴木まもるさんが描いている。闘病しつつ、子どもたちへのメッセージを二人の共同作業で成し遂げたのだ。永年、子どもと向き合った多くの楽しい物語絵本や、科学者の目線で捉えた自然科学絵本を書き続けた作家が、若き日、中村草田男と出会っていたことには、不思議な感慨を禁じ得ない。合掌。

本の画象

小峰書店(1500円+税)
2018年11月刊



2018年11月19日号(e船団書評委員会)

宇都宮さとるの推す1冊


中村 昇著

『落語―哲学』

本の画象

 古典落語の名作「芝浜」や「粗忽長屋」など、熊さん、八っさんが繰り広げるバカ話を哲学的に分析・解読とするというまさにバカげた?落語的一冊。哲学と落語がいっぺんに楽しめて、笑いや滑稽の根源には、何故かしら哲学的背景があるのがよくわかる。“哲学の動機は「悲哀」だといったのは、西田幾多郎だ”が、落語も「悲哀」そのものといっていい。落語はそれをおかしみに変換してしまう。ところで、本書でとりわけ登場するのが20世紀の天才哲学者・ウィトゲンシュタイン。彼の哲学理論〈言語ゲーム〉なんぞで、落語ならぬ俳句を分析してみるのも面白そう。意外と俳句の構造が浮かび上がってくるかも。

亜紀書房(1800円+税)
2018年4月刊


鈴木ひさしの推す1冊


福岡伸一著

『新版 動的平衡2』
生命は自由になれるのか

本の画象

 生物学をバックボーンにした芸術論、哲学の本として読める。動的平衡、つまり、絶え間なく動きバランスを保つ、これは人間が生きていくことそのものである。この本の中の様々な絵、オブジェについての文章を読んでいると、著者の言うように「私たちは見たいものを見ている」、それぞれ違う世界を見ているのだ、と思う。
 フェルメールの作品「二人の紳士と女」についての見方は面白い。生物学者アントニ・ファン・レーウェンフックとフェルメールとの時間の共有から来る可能性は、きっとそうに違いないと思わせる。「一貫して時代の批判者であった」と著者の言うアンリ・ファーブルは魅力的な存在である。『ファーブル昆虫記』を日本で初めて翻訳したのは、1923年、憲兵隊に惨殺された無政府主義者大杉栄だった、ということを本書で知った。
「遺伝子は音楽における楽譜と同じで、ある情報で私たちを規定するのと同時に、「自由であれ」とも言っている。そう考えた方が豊かに生きられる」。そんな著者の言葉に、読者は少しやわらかく、軽やかになれる。

小学館新書(820円+税)
2018年10月刊



2018年11月12日号(e船団書評委員会)

武馬久仁裕の推す2冊

伊藤政美句集
『四郷村抄』

 伊藤政美は、自己の原光景を重ね描くことによって、四郷村(よごうむら)という一つの世界を作り上げた。四郷村は暮色に染まる鐘の音によって美しく飾られる。「まつさきに寺の鐘暮れ冬の村」村はまた、いつまでも昨日のままの世界であった。「燕去りし空いつまでも青かりし」そして、昨日のままの世界は、なんとも不思議な幸福感が漂う世界であった。
 冬日和不思議な距離に妻がをり

本の画象

菜の花会(頒価2000円)
2018年8月刊
新藤綾子歌集
『葛布の襖』

 表具師・新藤綾子の遺歌集である。鎌倉の海と竜宮の使いそのものを額装しているかのような楽しい歌「鎌倉の海に打ち上げられし竜宮の使ひの古き書を額に仕立てる」。そして、贅沢極まりない部屋を歌った「留守の間の部屋には金箔散らしつつ和紙の裁ち落としの溜まりて居りぬ」。留守の間、その部屋は、金箔と和紙の裁ち落としによって荘厳されていたのだ。美の中に生きた表具師・新藤綾子、以って瞑すべし。

本の画象

コールサック社(1500円+税)
2018年8月刊

塩谷則子の推す2冊

吉行和子・冨士眞奈美著
 おんなふたり
『奥の細道迷い道』

 二人とも自由奔放だ。「語られぬ湯殿にぬらす袂かな 芭蕉」について、「語られぬ」って謎だ、現代的だという。Oh!数年前、出羽三山に旅行、湯殿山神社の御神体(湯に濡れた岩)について語るな、聞くなと言われてきたと知った。解釈本など無視するんだ!愉快。女がいて、語れないんですよと読む。句を介し、淡々と深く付き合う二人。

本の画象

集英社インターナショナル(1400円+税)
2018年8月刊
北村純一著
『芭蕉と其角』
 四人の革命児たち

 小説。17歳年上の芭蕉を其角は「兄ィ」と呼び芭蕉は三重弁で話す。生類憐みの令の時代背景や、西鶴、英一蝶などとの交流も描かれていて読み易い。さて、今秋、伊丹柿衞文庫「芭蕉の手紙」展の図録に圧倒された。すべて翻刻、活字で読める 上に解説が文学的。手紙は250通近く残っているという。芭蕉は丁寧に人と付き合ったひとだった。

本の画象

風媒社(1700円+税)
2018年10月刊



2018年11月5日号(e船団書評委員会)

静 誠司の推す1冊


俵 万智著
『牧水の恋』

本の画象

 若山牧水が園田小枝子なる女性に、惹かれ振り回され結ばれ裏切られ別れ、死ぬまで引きずることとなる事情を、それぞれの時期に詠われた短歌と、周辺の証言をたどりながら語る。帯に「スリリングな評伝文学」と謳われているとおり、小枝子の真実が次第に暴かれていく展開にドキドキ。ファムファタール小枝子に牧水ならずとも読者も翻弄され、エピローグを読み終わった後の余韻に脱力してしまう。時折、筆者自身が牧水に自分と自分の作品を重ね合わせる内容もあり、俵万智ファンとしても見逃せない。そう、この作品で私が一番感じ入ったのはもしかしたら筆者の文体の妙かもしれない。恐らく牧水への思い入れが理想的な形で昇華した作品なのであろう。

文藝春秋(1700円+税)
2018年8月刊


紀本直美の推す2冊

五味太郎作
『行ったり来たり大通り』

 タイトルのとおり、ページをあっちこっちめくって楽しむ絵本です。とくにストーリーがない、どころか、読み方によっては無限にストーリーがわいてくるしかけが、あちこちに。親子でストーリーを作って楽しみたい一冊。

本の画象

絵本館(1400円+税)
2018年7月刊
マーラ・フレイジー作/もとしたいずみ訳
『あかちゃん新社長がやってきた』

 「あかちゃん新しゃちょう」というネーミングにひかれて思わず手に取りました! 新しゃちょうと元しゃちょうの争いがユーモラスに描かれています。争いの解決法もとてもかわいい! けど、解決したかは謎?!

本の画象

講談社(1300円+税)
2018年3月刊




2018年10月29日号(e船団書評委員会)

田中俊弥の推す1冊


山本純子詩集

『きつねうどんをたべるとき』

本の画象

 山本純子さんの詩のことばは、産毛のようにやわらかく、ひざ掛けのようにあたたかい。そして洗いたてのの洗濯もののようである。それでいてユーモラスで、読者をドキリと立ち止まらせる。詩「電池」は、「電池には/プラス極とマイナス極があって/たのしい気分とこわい気分が/発生している//それで 夜/かいちゅう電灯をにぎると/たのしいような/こわいような気分が/手のひらから/からだ中にひろがっていく」とあって、この詩の読者には、もはやどんな懐中電灯もこの詩の「かいちゅう電灯」となってしまう。そんな克明なイメージを付与したまま山本純子さんの詩のことばは、いつもどこかへ軽やかに逃げ去っていく、風のように。

ふらんす堂(1500円+税)
2018年10月刊


太田靖子の推す1冊


宮坂静生著

『沈黙から立ち上がったことば』
―句集歴程

本の画象

 「戦後俳句は何であったか」をはじめとする「戦後の俳句宇宙」、昭和20年代からの年代別の「句集歴程」の2部に分かれる。中学から句集や俳句書の旅を続けてきた著者、念願の楸邨の『雪後の天』をアルバイトの収入で手に入れた結果、学費を滞納。卒論は「蕉風俳諧発想法序説―荘子との関わり」。『奥のほそみち』は全文暗記など、自叙伝としての要素もたっぷり。高名な俳人や学者との交流の臨場感なども味わいながらの俳句史である。平井照敏の『猫町』に関して照敏と論争、その後生まれた友情、著者の本業である死生学のプロジェクトでは子規を研究対象としたことなど興味は尽きない。きっと本書に紹介された句集を読みたくなる。

毎日新聞出版(2000円+税)
2018年5月刊



2018年10月22日号(e船団書評委員会)

舩井春奈の推す2冊

紀本直美著
『八月の終電』

 私と年齢が近いこともあり、軽快な句調に親しみを覚える直美さんの俳句とエッセー集。だが作者とは殆ど会話を交わしたことがない。私が勝手に想像する俳句からの彼女と、お話してみたいのだけれど……。この本はそんな作者の素顔までそっと覗かせてもらった感じ。そして思う。作者と読者との関係性、作品と読者との関係性とは。

本の画象

創風社出版(1400円+税)
2018年8月刊
北野勇作著
その先には何が!?
『じわじわ気になる
(ほぼ)100字の小説』


 本屋さんで待ち合わせをしていたところ、これなら少ない時間でも満足に読めると手にしたのが、私とこの本との出合い。何せ1頁にほぼ百文字だけで構成されているのだから。頁ごとに異なる世界。短編小説集を読み進めて行くうちに思ったのは、俳句も一種の短編小説であり、句集は短編小説集ということだった。文学だものね。

本の画象

キノブックス(1000円+税)
2018年9月刊

松永みよこの推す2冊

安西水丸著
『水丸さんのゴーシチゴ』

 最近「俳句をつくるのって大変」と詩人、歌人から言われた。似ているからこそ難しいのかしら。安西水丸さんは絵を描いた人だから、俳句は「お隣のお隣」くらいの感覚か。実に自然に言葉(と彼の世界)が湧き出てくる人で、室内楽の演奏を聴いた気分になった。
 待つよりも待たせる辛さ春の月
 流れ星人のうわさも闇のなか

本の画象

ぴあ(1389円+税)
2018年5月刊
杉原志啓著
『波瀾万丈の明治小説』

 硯友社の尾崎紅葉(「金色夜叉」)と泉鏡花(「高野聖」)が師弟関係を結んだのは24歳と19歳の頃。(紅葉は37歳で没)そんなに若かったのか!ならば、そこに常人の想像を越えた感情のやりとりがあっても不思議ではないと思ったら松本清張が二人を素材に小説(「文豪」)を書いていて彼の臭覚にまたも驚嘆させられた。

本の画象

論創社(2000円+税)
2018年6月刊



2018年10月15日号(e船団書評委員会)

原 ゆきの推す2冊

短歌ムック
「ねむらない樹」vol.1

 短歌を読む…誰かがこっそり書いた日記を盗み読みする感覚がある。湿り気があって恥ずかしい感覚。この本も、こっそり買ってきた。注目作が多数。読んでいるところを、人に見られたくなかった。読み終えると自分も作りたくなり、何首か作って、その後ギャッと言って放り出した。やはり、恥ずかしい。どうしてだろう。

本の画象

株式会社書肆侃侃房(1300円+税)
2018年8月刊
立花 隆著
『死はこわくない』

 自殺を禁忌と捉えない立花さんに唖然。人間の健全な精神的成長の一階梯であり、子どもに自殺機械を工作させても(!)と。「(自殺が)ダメだと言う必要はない。だけど、やり直せないよといえば十分」と。禁忌とすることで却って生じていたらしい磁力が突然無くなって、ぽかん。頭の中の何かが、確かに変質して、ぽかん。

本の画象

文春文庫(600円+税)
2018年7月刊

赤石 忍の推す2冊

高浜虚子著
『俳句の五十年』

 1942年12月に刊行の口述集の文庫化。虚子68歳の時。子規との邂逅が1891年夏だから、まさに「俳句の50年」である。世俗的には大成功を収めた人だが、本書を読む限り、他人を押し退けても成り上がろうとした感じは余り受けない。流れの中で不本意ながら前面に押し出されたようにも。根源的な部分では目立たず、大学教授のままの漱石等と面白可笑しく、市井の中で人生を全うしたかったのかも知れない。

本の画象

中公文庫(860円+税)
2018年8月刊
芳賀博子川柳句集
『髷を切る』

 素敵な川柳句集である。使用する言葉には意外性があり、取り合わせも斬新である。となると、俳句と川柳との相違は何か。今さら切れ字の有無、自然と事象、詠む対称の違いという説明では満足しない。では季語。坪内氏が言うように、作者の存在を薄める、読み手に解釈を託するために俳句は季語を使い、川柳は例え季語であっても、自分を主張するために、言葉として使用するという考えが一番しっくりと、私にはする。

本の画象

青磁社(1600円+税)
2018年9月刊



2018年10月8日号(e船団書評委員会)

今泉凡蔵の推す2冊

出光美術館編
『仙厓礼賛』

 画面に一筆の円の図、「これくふて茶のめ」と賛。蛙の画には、「坐禅して人が佛になるならハ」と賛。禅僧仙厓の人間味溢れる諧謔精神には畏れいる。昔から好きだったが、今回の出光の展示をみて、もっと好きになった。63歳で隠居し、88歳で亡くなるまで、描いた書画が二千とも三千とも。自ら削り「捨小舟」と名付けた茶杓は、繊細極まる。老年を楽しみ、生きることをとことん喜んでいるからこその表現三昧であったのだろう。

本の画象

出光美術館(2000円+税)
2018年9月刊
高橋弘希著
『送り火』

 なんという小説に出会ってしまったのか。主人公は中学3年の転校生。ご多聞にもれず、既にクラスにはいじめがあった。クラスの人と適度な距離をとって、自分なりに上手く過ごす。が、その転校生の姿勢そのものが結末の自らへの暴力を生み出すことへとつながる。隔絶された地域の持つ原初的な暴力のうねりは、流れ者の主人公の運命を黒い淵へ引き摺り込む。この小説の目指すところは判然としない。真暗な恐怖が僕を押し包む。

本の画象

文藝春秋社(1400円+税)
2018年7月刊

香川昭子の推す2冊

岸本佐知子編
『変愛小説集 日本作家編

 12編の変愛小説集。初めて読む作家の作品も多い。多和田葉子のこんな書き出し。〈生け花をしていて、花が妙なモノに化けることもあるが、たとえばそれは草の冠が見えなくなってしまった時である。「化け花」はこわい〉。どの作品も変わっていて、こんなの初めてと思う。でも、戸惑うもの、どこが面白いのかわからないのもある。刺激になる。

本の画象

講談社文庫(720円+税)
2018年5月刊
フォークナー著
『八月の光』

 1920年代から30年代の米国南部が舞台の長編。登場人物が多く、筋を追うのが精一杯。それでもボチボチ読んでいくと、夢中になる。肌は白いが黒人の血を引いているという男、父なし子を産む女、その女に恋する男等々、濃い生、すごい熱気。事件もいろいろ起こる。読み終えてみれば、大変な経験をしたような気持ちになる。

本の画象

光文社古典新訳文庫(1560円+税)
2018年5月刊



2018年10月1日号(e船団書評委員会)

鈴木ひさしの推す1冊


長谷川宏著
『幸福とは何か』
ソクラテスからアラン、ラッセルまで

本の画象

 タイトルと副題から、西洋哲学史の本のように見えるが、表紙を開くと、与謝蕪村晩年の「夜色楼台図」。この絵に、著者は「しあわせな暮らしの土台」を見る。次は三好達治の詩「雪」(太郎を眠らせ、・・・次郎を眠らせ、・・・)。蕪村も三好達治も「人々の暮らしがしあわせであることを願わないではいられなかった」、と。その次は長田弘の詩「友人」、さりげないひろがりのさりげないしあわせ。「序章」の最後は佐野洋子・絵の絵本『100万回生きたねこ』、「静かで、平穏で、さりげないしあわせな日々」、終止符。これらの幸福の「ゆるやかさ」の対極にあるアリストテレスの「謹厳な幸福」。ソクラテス、アリストテレス、エピクロス、セネカ、ヒューム、アダム・スミス、カント、ベンサム、メーテルリンク、アラン、ラッセル、それぞれの幸福論。そういえば「青い鳥」はそんな話だった、と思いだした。「終章」は日本の室生犀星。時代と生活と個のしあわせ。常にわかりやすいことばで哲学を語る長谷川宏の、哲学書の読み方。

中公新書(880円+税)
2018年6月刊


若林武史の推す2冊

山田耕司句集
『不純』

 全体的に身体感覚から発想された句が多い。それを書名が示す通り「不純」と思うか否かは読者に委ねられている。「挿す肉をゆびと思はば夏蜜柑」「どの鳩にありやくちびる初詣」など具体的な肉体からの連想のアプローチに、面白みと想像の限界の両義があることを思う。

本の画象

左右社(1500円+税)
2018年7月刊
紅野謙介著
『国語教育の危機』
大学入学共通テストと新学習指導要領

 今回の新学習指導要領で国語は比較的大きな変更が行われる。本書はそれに加えて新しい大学入学共通テストの特徴と課題について論じている。内容の是非はさておき、いかに課題意識を共有できるか、また、指導者のみならず学習者自身もPDCAサイクルを意識せて新しいシステムに取り組むことが肝要なのだろう。

本の画象

ちくま新書(880円+税)
2018年9月刊



2018年9月24日号(e船団書評委員会)

塩谷則子の推す2冊

正津 勉著
『ザ・ワンダラー』
 濡草鞋者 牧水

 28年9月17日、若山牧水永眠。43歳。没後90年。山師など流れ者が生家に寄宿、土地の言葉で「濡草鞋を脱」いだ。世話をした父は財産を失い、子の牧水は同様の濡草鞋者、彷徨者に。「君がいのちの飢かつゑ飽き足らうまでいませ旅路に」妻・貴志子。牧水のはてしない飢え(さびしさとかなしさ)が秀歌を生んだとわかる。

本の画象

アーツアンドクラフツ(1800円+税)
2018年9月刊
山崎佳代子著
『パンと野いちご』
 戦火のセルビア、食物の記憶

 筆者(56年生まれ)は詩人・翻訳家。38年間、多民族国家・旧ユーゴスラビアに住む。第二次大戦中や92年から約10年間続いた内戦時、何を食べどう生き延びたかを主にセルビア人に聞き書きした本。「食べ物とはね、思い出のこと。」「食べ物とはね、心配、恐怖、愛、秘密のお話などをみんなで分け合う場所なのよ。」平穏の有難さを思う。

本の画象

勁草書房(3200円+税)
2018年5月刊

宇都宮さとるの推す2冊

吉田友和著
『京阪神発 半日旅』

 著者自身が歩いて取材したキメの細かい旅の最旬情報が満載で、吟行参考書にも最適の一冊。しかも、京阪神の住人なら1日足らずで巡れるスポットばかり。そのカテゴリも自然・景観、文化・祭り、グルメ、寺社仏閣・ミュージアム・史跡などとバラエティに富んでいる。意外と行っていないところが多いのだが、評者ススメは、奈良の『大神神社』、京都の『和束の茶畑』、滋賀の『左義長祭り』など。ぜひ一度お出かけを!!

本の画象

ワニブックス(1000円+税)
2018年9月刊
佐々木閑著
『ネットカルマ』
 邪悪なバーチャル世界からの脱出

 「ネットは私たちの社会に大きな苦しみをもたらす怖い存在」であって、現代のカルマ(業)であると。実際、その利便性に隠れたバーチャルな世界や監視システムなど得体のしれない恐ろしさを感じる時がある。仏教学者がそんな怖いネット社会との向き合い方をブッダの思想や教えを繙きながら教えてくれる。この話いささか飛躍が過ぎるとお思いの方はご一読を。気づかない内に「現代の苦しみ」が忍び寄っていますよ・・・。

本の画象

角川書店(800円+税)
2018年8月刊



2018年9月17日号(e船団書評委員会)

紀本直美の推す2冊

ザ・キャビンカンパニー作
『あかんぼっかん』

 「あかんぼっかん」というタイトルとインパクトのある表紙の絵で思わず手に取りました! 迫力のあるイラストが、これでもかこれでもかとでてきます。大人も楽しめますが、子どもがどんな意味を感じとるのか、とても興味がある一冊です。

本の画象

偕成社(1500円+税)
2018年5月刊
長嶋祐成作
『きりみ』

 石垣島で活動をされている漁夫画家・長嶋祐成さんの絵本。さけのきりみ、うなぎのかばやき、ひらめのさしみ、まぐろのにぎり、さばのみそに…。のイラストの次に、さばかれた状態の魚のイラストが! 図鑑の入り口になるのかな?

本の画象

河出書房新社(1350円+税)
2018年7月刊

武馬久仁裕の推す2冊

足立悦郎著
『みなんごあんの春』

 小説の主人公、尾崎放哉は自由律俳句を極めようとして、ひたすら自分を死へと導く。だから、彼の見る月は、俳人の読者にとっては、配所の月(歌人が憧れた、流刑地で見る月)である。須磨寺の堂守りの時には「こんなよい月を一人で見て寝る」。終の住処、小豆島の南郷庵(みなんごあん)の庵主の時には「なんと丸い月が出たよ窓」。くれぐれも放哉に魅入られないように。

本の画象

新日本海新聞社(1000円+税)
2018年7月刊
赤野四羽句集著
『夜蟻』

 赤野四羽の句には批評性がある。銀色に光る美しい秋刀魚は、炙られてその記憶は破壊される。「炙られて記憶の爆ぜる秋刀魚かな」可憐な菜の花は、理不尽にも街頭で辱められる。「菜の花ややめてください街頭で」そして、人間は、寒々と逆さにつるされた葱を同志として、静かに、しかし深く怒るのである。「葱つるししろき怒りを分かちあう」。

本の画象

邑書林(2000円+税)
2018年7月刊



2018年9月10日号(e船団書評委員会)

太田靖子の推す1冊


小野幸恵著
現代を生きる芸能・工芸・建築・祈り
『和と出会う本』

本の画象

 古典芸能を中心に舞台芸術に関する書籍の編集経歴を持つ作者が芸能から食べ物に至るまで様々な分野を通して「和」とは何かということを考える。机上の知識だけではなく、体験した知識がそこにはある。野村萬斎による独舞「MANSAIボレロ」の描写では、舞台を見ているかのような錯覚に陥る。東日本大震災の犠牲者に捧げられた声明のコンサート、洋服に椅子で演じる落語、日本のアンチョビ、新たに開発された和菓子なども紹介され、和の進化が見える。桐竹勘十郎の言う「伝えられた古典を現代に生きる文楽として演じ、そして、現代に生きる私たちが新たな古典をつくっていく」を様々な和に当てはめ具体的に示してくれる。日本人でよかったと思える書。

アルテスパブリッシング(2000円+税)
2018年2月刊


静 誠司の推す2冊

坂口昌弘著
『毎日が辞世の句』

 古今の著名な俳人(一部歌人も)の辞世の句や死、生、霊などに触れた作品を通し、彼らの死生観を読み取る。30人近い俳人達の多くに道教思想、老荘思想につながる要素を見出す筆者。そこにこそ死と向き合う際の理想、また俳人としての理想があるという思いが繰り返し述べられている。しかし、自分の句には死生観など無いよな。

本の画象

東京四季出版(2000円+税)
2018年6月刊
荻野慎諧著
『古生物学者、
 妖怪を掘る』

 鵺の正体、鬼の真実

 古い文献に登場する鬼、ヤマタノオロチ、鵺(ぬえ)などの妖怪が生み出された背景や根拠を、科学的に明らかにしようとする。妖怪好きの自分としては、象の頭蓋骨の形状が一つ目妖怪に結びつくのだという下りには、特に胸がときめくものがあった。あの形を見たら誰も鼻の長い動物など連想できないでしょう。写真見てみて。

本の画象

NHK出版新書(1440円・税込み)
2018年7月刊



2018年9月3日号(e船団書評委員会)

松永みよこの推す1冊


小佐野彈歌集
『メタリック』

本の画象

 タイトルから受ける硬質で尖った印象ではなく、より、スケールの大きな慈愛のようなものを感じ取った。「オープンリーゲイとして生きる自分」を受け入れて欲しいという思いよりも、相手を細やかにまるごと深く愛する姿勢こそが作者の歌の生命力となっているようだ。全身が恋の感熱体めいた作者が、刺激的、刹那的な恋にとどまらず(それもあるけれど)、明日を見据えた恋をしているのが伝わる。それは、歌の中にも登場する(完全には理解できなくても)作者の思いを「わかりたい」と願う母や友人の存在があるからだろう。

 むらさきの性もてあます僕だから次は蝸牛(くわぎう)として生まれたい
 体温が色を帯びゆく丑三つのあひみてなればわれらむらさき

短歌研究社(2000円+税)
2018年5月刊


田中俊弥の推す2冊

本間 明選・解説/外山康雄水彩画
『良寛』
 ―野の花の歌

 八月下旬、信州下伊那の平谷(ひらや)村に研修で出かけた。標高930メートルほどに位置する平谷村の夏の夜は20℃を下回った。山の神、水の神々の声が聞こえる縄文の息吹をひしと感じる村だった。良寛の野の花の歌もまた、古代の相聞が優しく奔放に息づいている。
 秋の野のすすき刈萱藤ばかま
     君には見せつ散らば散るとも

本の画象

考古堂書店(1200円+税)
2018年6月刊
安田 登著
 身体感覚で
「『論語』を読みなおす」
 ―古代中国の文字から

 わが座右の書『論語』には、「知者楽水、仁者楽山」「有朋自遠方来、不亦楽乎」「学而不思則罔、思而不学則殆」などの文言がある。それは、汲めど尽きぬ泉水のごとく、豊穣である。孔子の時代の文字から読むこと、能楽者としての身体感覚から読むことから解読された『論語』は、まさにリアルな福音の世界として開示されている。

本の画象

新潮文庫(550円+税)
2018年7月刊



2018年8月27日号(e船団書評委員会)

赤石 忍の推す2冊

梯久美子著
『原民喜』
―死と愛と孤独の肖像―

 二枚重ねの表カバーに刷られた、研ぎ澄まされた若き原の肖像が迫ってくる。これだけでも本書は勝利だが、さらに内容はそれを凌駕する。衆知の被爆体験の『夏の花』。だが原の本質はそこだけに在るのではなく、ぎりぎりまでに凝縮された表現者として再度その存在を捉えるべきと、著者は主張しているかのよう。透明な文体を駆使する筆力に魅了されると共に、このような作家もいたのだと改めて感じ入る。

本の画象

岩波新書(860円+税)
2018年7月刊
アーサー・ビナード文/田島征三絵
『わたしの森に』

 アーサーは今、日本人が見失っている日本文化を異邦人の視点から読み解いてくれる貴重な絵本作家。その彼が新潟県十日町にある廃校を空間絵本、「絵本と木の実の美術館」として甦らせた田島征三とコラボして制作したのが本書。深い森に暮らす一匹の蝮を主人公とし、私達が失いつつある自然との関りを豊かに表現している。田島の独特の画法とアーサーの言葉が相まって、読者を静謐だがたくましい自然へと導いていく。

本の画象

くもん出版(1400円+税)
2018年8月刊

舩井春奈の推す2冊

村上栄子著
俳句とエッセー
『マーマレード』

 「幸せをかたちにすると、あの「マーマレード」のような色つや」と名づけられたこの本は、色の四原色始め様々な色に溢れている。そして著者の原点と思しき家族新聞「ひよこ」の存在。今年は格別暑い日が続く。青空が目に飛び込んでくるたびに思い出すのは著者の詩「真夏日」。「やるなら 今、/今、この一瞬/飛び込もう!!」

本の画象

創風社出版(1400円+税)
2018年7月刊
ぬまがさワタリ著
ぬまがさワタリの
『ゆかいないきもの図鑑』

 いつか紹介した次なる本。あまりに私が楽しんでいたからと、また友人が貸してくれた。スタイルは前書と同じ。加えて、今回は紹介する生態の表と裏の顔が紹介されている。例えば船団でおなじみカバさんは、アフリカで最も危険な動物の一種で、走る早さはウサインボルトより早い足とか。相変わらずおかしくも分かりやすい。

本の画象

西東社(920円+税)
2018年5月刊



2018年8月20日号(e船団書評委員会)

今泉凡蔵の推す2冊

木下龍也・岡野大嗣著
『玄関の覗き穴から差してくる
 光のように生まれたはずだ』


 タイトルが長い、が短歌。二人の歌人が高校男子の7日間を短歌で綴る。読み終えると不可思議な現実感が漂う。二人が友達とは思えない。二人の短歌はもつれ合うことなく、刺激もされず自我を主張する。これって物語なのかな、と思う頃7日間は終わってしまう。最後に、「倒れないようにケーキを持ち運ぶとき人間はわずかに天使」、で、あまーくFIN。短歌の世界は十分に魅力的だ!

本の画象

ナナクロ社(1400円+税)
2018年1月刊
中野 明著
『流出した日本美術の至宝』

 岡倉天心、富田幸次郎らの役割。原三渓、益田孝らの成した事。フェノロサ、ビゲロー、モースらの関り。日本の美術作品は明治維新後、膨大な数が海外に流出した。異国には日本の美術作品の価値を見極めた人達が、日本人以上にいたという事だ。文化を支えるには生々しい経済の問題が必然。だがボストン美術館、フリーア美術館等に多くの名品がある事の口惜しさは如何ともしがたい。

本の画象

筑摩選書(1700円+税)
2018年4月刊

原 ゆきの推す2冊

大森静佳著
現代歌人シリーズ22
『カミーユ』

 時空を超えたり、時に悲劇的だったり。言葉の連なりはしっとりと重さを含んでいる。「顔を洗えば水はわたしを彫りおこすそのことだけがするどかった秋の」ふしぎな言葉。リズムの乱れもピアノ曲の即興演奏のよう。「自分語り」になりがちな短歌とは一線を画する。こんな短歌なら作ってみたいな。おいそれとは作れないだろうな。

本の画象

書肆侃侃房(2000円+税)
2018年5月刊
安岡章太郎著
『とちりの虫』

 随筆集。「秋」が短篇小説の味わい。締め切りに苦しみ金も無く、友人のつてで季節外れの避暑地の別荘へ妻と夜逃げ。最後のシーン、歩き疲れた二人の前を生き物がよぎる。当初、遠足にでも行くようにはしゃいでいた妻も身をすくめる。この終わり方が秀逸。秋の気配が次第に濃くなり、読者も季節外れの避暑地に立っている気分。

本の画象

中央公論新社(920円+税)
2018年7月刊



2018年8月13日号(e船団書評委員会)

鈴木ひさしの推す1冊


大岡信・谷川俊太郎著
『詩の誕生』

本の画象

 対談自体は1975年。同年生まれの二人は、おたがいを、谷川、大岡と呼び合う20年以上の旧知の仲。気力も体力もある二人の対談は、緊張感を保ちつつ、しばしば共に思考の底へ深く降りていく。大岡「詩はいつまでも存在しているものではなく、どこかに向かって消滅していくものなのだ」。詩は不定形の生きものなのかもしれない。生き物には死があるが、一度死んでしまった詩を生き返らせることができるのは読者だ。大岡「伝統は毎日毎日変わっているのだ」。谷川「言葉が機能するためにはやっぱりうたげの場が必要じゃないか。」詩が生き返るのはうたげの場、新しいことばのうたげはどこかではじまっているのだろうか。

岩波文庫(600円+税)
2018年6月刊


若林武史の推す2冊

佐藤 優著
『国語ゼミ』
 AI時代を生き抜く集中講義

 この本を読まなければ宇野弘蔵『経済原論』やアーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』すら知らなかっただろう。佐藤氏が目指すところは総合知をつくることにある。目的的な読書がその念頭にある。確かな文章を確かな読解力をもって読む「知識人」を増やすこと。佐藤氏の強い思いはそこにあるようだ。

本の画象

NHK出版新書(780円+税)
2018年6月刊
全国不登校新聞社編
『学校に行きたくない君へ』
 大先輩たちが語る生き方のヒント

 「全国不登校新聞」に掲載された、各界の著名人20人が不登校生徒に向けて語ったメッセージがまとめられた一冊。不登校でなくても人生のいろいろに思い悩む人にとって有益な言葉が多く、ためになる。こんな有名な人がこんなことを考えていたのだと知るだけでもいいと思う。気持ちが楽になります。

本の画象

ポプラ社(1400円+税)
2018年8月刊



2018年8月6日号(e船団書評委員会)

塩谷則子の推す2冊

南方熊楠・杉山和也・志村真幸・岸本昌也・
伊藤慎吾著

『熊楠と猫』

 才勝ちて猫にやられた夕べかな  熊楠

 才勝ち=サイカチは、甲虫の東京弁。才ある甲虫(私)が猫(私の短冊を欲しがる者)に負けた夏の夕べよ、という自嘲の句。当の短冊は行方不明。残された日記による。熊楠の膨大な蔵書・日記・書簡・標本などを長女(1911~2000)が保存。これは猫に関連するものを集めた本。絵が楽しい。

本の画象

株式会社 共和国(2300円+税)
2018年4月刊
フェデリーコ・マリア・サルデッリ著作
関口英子・栗原俊英訳
『失われた手稿譜』
ヴィヴァルディをめぐる物語

 本や楽譜はある人には貴重だが、ある人にはゴミ。作曲家ヴィヴァルディ(1678~1741)の膨大な手稿譜もまた然り。愛書家の元では分類され図書室に。修道院では木箱に詰められ屋根裏部屋に。お金儲けに使われ、遺産相続では適当に分割される。価値があるとわかると発見・研究を横取り。事実に基づく小説。ムッソリーニまで登場。

本の画象

東京創元社(2100円+税)
2018年3月刊

宇都宮さとるの推す2冊

牧野成一著
『日本語を翻訳する
     ということ』

失われるもの、残るもの

 「翻訳とは、そもそもなんだろう?」を、小説、現代詩、俳句など文芸作品の実例を挙げ、言葉のリズムや文法はじめ様々な視点から解き明かす。中でも、言葉の持つ音の象徴性について、冷たい響きの「カ行、ガ行」の口蓋音と柔らかい響きの「ナ行、マ行」の鼻音音の使い分けの指摘が興味深い。“母からもらう”と“母にもらう”の微妙な距離感は英語では訳せない。
 俳句についての言及も多く、新たな発見がある一冊。

本の画象

中央公論新社(780円+税)
2018年6月刊
ビートたけし著
『やっぱ志ん生だな!』

 いま、ちょっとした落語ブーム。私の好みでは関東は談春、関西は福笑がおすすめだが、この本を読んで志ん生を聴き直してみた。これはもう天衣無縫、融通無碍というか、話芸を超えた存在感が並ではない。たけしでなくても「志ん生の凄さ」がわかる。全編、たけしの「志ん生・愛」が満載だが、志ん生を通して自身の芸論を語っているのだろう。“やっぱ芸は人間性だな!”。お後がよろしいようで。

本の画象

フィルムアート社(1400円+税)
2018年6月刊



2018年7月30日号(e船団書評委員会)

紀本本直美の推す2冊

マージョリー・ワインマン・シャーマット文
バーバラ・クーニー絵/福本友美子訳
『ホイホイとフムフム』
 たいへんなさんぽ

 ホイホイとフムフムののんびりとした会話にひたってしまいました。友だちとあてのない散歩をするって、最高の贅沢だなあと。新刊ですが、読み終わってから1975年に刊行されたものと知りました。「あわてず さわがず」の看板がかわいい!

本の画象

ほるぷ出版(1400円+税)
2018年5月刊
ふくざわゆみこ作
ぎょうれつのできる
 チョコレートやさん


 チョコレートが大好きなため、この絵本の表紙を見てハートをわしづかみにされました!
 この本を手に取って!というメッセージを感じてページを開くと……すてきなチョコレートの数々。自分でもチョコレートを作って食べたくなりました。

本の画象

教育画劇(1300円+税)
2018年3月刊

武馬久仁裕の推す2冊

安井高志歌集
『サトゥルヌス菓子店』

 開巻劈頭「終電はいってしまったかみそりはお風呂場の水のなかでねむる」に出会う。全篇死のイメージに彩られた歌集であるが、これは今日世界を見通す方法としての死であろう。アリゾナ(アメリカ)の砂漠そのものであるこの世界を見た「薄暗い部屋に寝転ぶ俺の目が刹那に映すアリゾナ砂漠」には、末期の目という方法が見て取れるからである。昨年31歳で事故死した歌人の遺歌集である。

本の画象

コールサック社(1500円+税)
2018年6月刊
小峯和明著
『遣唐使と外交神話』
―『吉備大臣入唐絵巻』を読む―

 遣唐使が伝えた「耶馬台詩」なる物がある。そこには「百王、流れ畢(ことごと)く竭(つ)き猿と犬、英雄と称す」とある。天皇百代で日本が終わる。その時、猿や犬が英雄と称してのさばるということらしい。そこで後白河法皇は、吉備真備が中国で「耶馬台詩」を読み解く『吉備大臣入唐絵巻』を作らせたと著者はいう。だが、今、日本の未来を解読する場面は欠落。著者の無念さに同感である。

本の画象

集英社新書(740円+税)
2018年5月刊



2018年7月23日号(e船団書評委員会)

太田靖子の推す2冊

神奈川大学広報委員会編
『17音の青春 2018
 五七五で綴る高校生のメッセージ

 神奈川大学主催の全国高校生俳句大賞の応募総数は11984通。復本一郎をはじめとする選考委員による喧々諤々とした審査の様子を読むのも楽しい。過去の受賞者からプロの俳人も生まれ、教え子と共々授賞式に参列した人も。本書を読み高校時代の自分に還るのも。
 あくびするように風船空高く
 夏の果てよりココア一匙分のテロ

本の画象

KADOKAWA(700円+税)
2018年3月刊
唐沢孝一著
『目からウロコの自然観察』

 目を見張る植物・昆虫・鳥などのカラー画像。高倍率のものや見事な瞬間をとらえたもの。写真を見るだけでわくわくする。アカメガシワの新芽が赤いのは、紫外線から新芽を守るため。露草に半透明の花弁があったなんて。モズはミシシッピアカミミガメまで早贄にする。シモバシラという名の植物など、驚きが満載。

本の画象

中央公論新社(1000円+税)
2018年4月刊

静 誠司の推す2冊

大高郁子絵・編
『久保田万太郎の履歴書』

 小説家・劇作家・俳人である万太郎の自伝的文章にイラストレータである編者が全ページ挿絵を配しまとめた作品。前回の担当で万太郎俳句についての本を紹介したが、彼の生涯を知りたい欲求にタイムリーに応えてくれた一冊。下町に生き、いろいろとダメ人間だった彼の一生が、挿絵のおかげでちょっとファンタジックに描かれる。
 水で白くそだてたあひるの子 卍(北斎の俳号)

本の画象

河出書房新社(1400円+税)
2018年2月刊
花田菜々子著
『出会い系サイトで70人と実際に会って
その人に合いそうな本をすすめまくった
1年間のこと』


 著者が持ち前の本についての知識を活かして題名のようなことしたその実践録。著者自身が私生活や仕事上の悩みを抱えていて、自分を変えようとそういうことをするわけだが、自分から行動するその勇気に脱帽。何と言っても、著者の本についての情報量がすごい。どこかでエセブックレビューをしている自分が恥ずかしくなる。

本の画象

河出書房新社(1300円+税)
2018年4月刊



2018年7月16日号(e船団書評委員会)

松永みよこの推す2冊

俵 万智訳
『みだれ髪』(新装版)

 発見。俵万智は歌人であると同時にカウンセラーそしてイタコなのです。本作には、「晶子短歌をそのまま受けとめたい」という包容力と細やかな心遣いが溢れていて、アンチ「サラダ記念日」だった私はこっちの万智さんが大好きになりました。……にしても晶子の歌はまだわからないことだらけ、熱を帯びた感触が残るばかりです。

本の画象

河出書房新社(1600円+税)
2018年5月刊
田中 聡著
『北斎川柳』
五七五で描いた北斎漫画の世界』

 もう!どうしてそんなに下ネタのオンパレードなの~と叫びたくなる画狂北斎の川柳。 でも、下品なものの中に本質が宿るのはなぜなのだろう。(きれいはきたない きたないはきれい)「マクベス」の魔女のセリフを思い起こし、不思議な温かさに包まれた。私が好きな句、「泥水で白くそだてたあひるの子 卍(北斎の俳号)

本の画象

河出書房新社(1800円+税)
2018年3月刊


田中俊弥の推す1冊


坪内稔典監修・佛教大学編
小学生のための 俳句入門』
君もあなたもハイキング(俳句の王さま)

本の画象

 本書は、佛教大学小学生俳句大賞10周年を記念して編纂された俳句入門書。第 一章には、喜びや発見に満ちた子どもの俳句がずらり並んでいるし、選者・山本 純子さんの詩人ならではの、みずみずしい選評も楽しい。また、第二章・坪内稔 典先生の俳句教室「俳句づくりって楽しいよ」には、俳句は、「ことばを絵の具 のように使って風景を描いたものです。そしてそのできあがったかたち(風景) が作者の感動です。感動はつくった結果として現れるのです。」「五七五の表現 は、心をゆさぶるとてもかんたんなことばの装置、あるいはしかけです」、「季 語を手がかりにしてつくると、俳句づくりがとてもやさしくなります。」との指 摘は、特筆に値すべき指南である。

くもん出版(1500円+税)
2018年4月刊



2017年7月9日号(e船団書評委員会)

赤石 忍の推す2冊

太宰 治著/小山 清編
『太宰治の手紙』
―返事は必ず必ず要りません―

 6月23日は桜桃忌。太宰が亡くなって70年が経つ。この日に合わせて手紙と追悼文を纏めたものが河出書房から。思わず2冊買ってしまう、私のような読者を狙ったものだろうな。手紙の文面は、お世辞と懺悔、借金の言い訳等が主で。受け取った方が赤面、ウンザリしてしまう内容。しかも末尾に「返事は必ず必ず入りません」等とあると、返事を出さざる得ないだろうし、それも太宰の計算付くなんだろうね。

本の画象

河出文庫(760円+税)
2018年6月刊
河出書房新社編集部編
『太宰よ! 45人の追悼文集
―さよならの言葉にかえて―

 知人に青森・北津軽の人がいる。人好きで特に女性には目がなく、うるさいほど賑やかで座持ちもうまく、酒量が上がり振る舞いが度を越しても不思議に許されてしまう。そのくせ何か寂しげで、本書が語るまるで太宰のよう。風土が人格を形成するとまでは言わないが、多少の影響は受けているようにも思う。周囲にうんざりされながらも愛される太宰。その死も「思わず死んでしまった」という表現こそが適切かもしれない。
本の画象

河出文庫(830円+税)
2018年6月刊


舩井春奈の推す1冊


高橋久美子著

『いっぴき』

本の画象

 四国の中にさらに小さな島がある。そこで大学時代を送っていたくみこん。彼女のバンドは、小さな島をどんどん飛び出し、やがて日本中を賑わした。くみこんが作詞した曲、私もよく口ずさんでいたな。そのチャットモンチーも、この夏解散。先に脱退したくみこんが言うには、その解散を前に一緒に活動をしていた二人へ向けたものが、この一冊。前作に加え、脱退後の話が収録されている。バンド脱退後、一人いや「いっぴき」作詞家の作詞を主軸とする生き方が見える。この本のもう一つの見ものは、えっちゃんからの跋文とあっこちゃんの帯文。
 私個人の見ものとしてはサパの町での話。私の車の助手席から降り、阿波踊りの雑踏に消えて行った翌日からの話だ。

ちくま文庫(740円+税)
2018年6月刊



2018年7月2日号(e船団書評委員会)

香川昭子の推す2冊

川上弘美著
『猫を拾いに』

 読み終えるのが惜しい短編集。文章がいい。ちょっと苦い思いなんかも、例えば、「いっしんになる」「一生せおってゆかなければならない」などひらがなのせいか、おかしく、どこかふんわり。そこに、親と子、男と女、老い地球外生物、怨霊など身近なものも、そうでないものも普通に存在している、どこかなつかしい世界がある。

本の画象

新潮文庫(550円+税)
2018年5月刊
網野善彦・鶴見俊輔著
『歴史の話』
 日本史を問いなおす

 2004年刊行の対談集。書き留めたい言葉が多い。たとえば、「烏合の衆を思想上の強さのバネにしたい。」「すべてがわかっているところからは何も生まれない。」「間違いの記憶から真理への方向性が出てくる。」「これまでの歴史学がこれまでの学術用語で定義してきた世界は実態の五〇パーセントまでいっているかどうか。」等々。

本の画象

朝日文庫(620円+税)
2018年1月刊

原 ゆきの推す2冊

谷さやん著
『空にねる』

 谷さんと言えば何故か「紺絣」のイメージ。清らか。あたたかな明朗。気持ち良いエッセーが並ぶ。文章の終わり方の余韻がいい。(「離俗ノ法」では句友ひとみさんの魅力がここで倍増する)。句は鮮やか。「毛布のなか滝の名前を言い合って」 言い合っているのが男女でも子供でもいい。高まりの特別感、秘めごとの感じが素敵。

本の画象

創風社出版(1400円+税)
2018年3月刊
阪田寛夫著
『庄野潤三ノート』

 庄野氏が書くのは大した話ではない。子供の運動会で観客のおばさんたちがさもうまそうにお弁当を食べると言うような話だ。大したことなさが炸裂している。これがたまらない。本書により、庄野氏がそもそも小説よりも短文を好み試行錯誤してこの文体を得たことを知った。長年の友人阪田氏の深い読みと思いが伝わってくる。

本の画象

講談社文芸文庫(1700円+税)
2018年5月刊



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