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投句締切担当ドクター十句発表
   終了 須山つとむ  6月 1日
 5月29日えなみしんさ  6月 8日
 6月 5日山本たくや  6月15日
 6月12日内野聖子  6月22日
 6月19日中居由美  6月29日
 6月26日久留島元  7月 6日
 7月 3日谷さやん  7月13日
 7月10日星野早苗  7月20日
 7月17日須山つとむ  7月27日
 7月24日えなみしんさ  8月 3日
 7月31日山本たくや  8月10日

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2016年5月25日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 五月晴れの休日です。皆さんいかがお過ごしですか?
 丁度今頃は梅を漬けたり辣韮を漬けたりの季節ですが、私は大昔に一度、母の梅干し作りを手伝ったのみです。やってみて分かったことは、紫蘇の鮮やかさと上がってきた梅酢に漬けた土生姜のおいしさ。肝心の梅干しはふっくらとはいかずなかなか難しいものだと思ったのですが、あの生姜はもう一度食べたいもののひとつです。
 さて今回は、134句の中から。

【十句選】

車椅子押す涼しげなペアルック   まゆみ
 ご夫婦でしょうか親子でしょうか。あるいは友だち同士でも、楽しい句だと思います。ペアとは二人で対となる一組のこと。車椅子を押す人と押される人は確かに二人で一組ですが、対というより非対称性の際立つ関係のように思っていました。それを、このペアルックは目にも鮮やかに対の関係を主張しています。涼しげなところがまたいいですね。

竹の秋田川の水の豊かなる   太郎
 田んぼの間を流れる畦川に水が豊かに流れています。竹の秋は陰暦三月の呼称ですが、実際にも近くの竹林が黄葉し、明るい日差しが降り注いでいるのでしょう。春なのに秋と称する不思議さも、竹の黄葉を目の前にすると納得できます。作者は、「豊の秋」を連想させる「田川の水の豊かなる」で竹の秋を言祝がれたのだと思いました。

花は葉につかみどころのない話   幸久
 桜は花が散ってから葉が出るので、「花は葉に」は、春から夏へ移り変わる季節の代名詞のように使われます。けれども、既成概念を持たずに読むと、花が葉に変身する不思議な感覚の季語でもありますね。つかみどころの無い話も、そうかそうかと聞いていて、結局納得のいかない話だったのでしょう。季語との取り合わせが面白い句だと思いました。

若葉風日の斑楽しむ昼餉かな   洋平
 戸外での食事が気持ちのいい季節です。藤棚の下でお弁当、ガーデンテラスでのランチ……、緑の中で味わう食事は最高の贅沢ではないでしょうか。風が吹くと若葉が揺れ、腰掛けた膝の上やテーブルクロスの上に落ちた日の斑も踊ります。掲句、そよぐ青葉や風だけでなく、日の斑の踊りまで丁寧に詠まれたところがいいと思いました。

亀の子の忘れず息を継ぎにけり   二百年
 亀は両生類ではなく爬虫類なので、肺呼吸をしています。安全のため餌をとるため、生まれるとすぐ水に帰る亀の子が、息継ぎをした……。それは当たり前のことかもしれませんが、小さいながらも子亀に備わった本能の強さを感じさせる行動ですね。「忘れずに」の措辞が健気で、ユーモアも効いていると思いました。

残り香を掬ふ菖蒲の仕舞ひ風呂   みさ
 家族全員の入ったあとの仕舞風呂。香りは薄れていたのかもしれませんが、湯桶に汲んだ拍子にふわっと菖蒲の香が立ったのでしょう。それとも、掬った湯を鼻先に持って行かれたのでしょうか。香りと湯とが渾然となった菖蒲湯の仕舞風呂らしさが伝わりました。

一人でもゆっくり歩く春の月   岡野直樹
 春の月夜は、恋人同士で歩きたいですね。小さな子供のいる人なら、夕食後、家族で散歩するのもいいかもしれません。春の月は、恋人や家族をふんわり包んで幸せな気分にしてくれます。けれども、一人のときもゆっくり歩きたくなるのが春の月です。自分自身との、あるいは月との対話を楽しむ人もいるのです。

海草のやうに新緑靡きけり   紅緒
 幹があり枝もある木々の緑ですが、海草のように靡くという表現が面白く、新緑の柔らかさが感受されました。また、新緑を「海草のやう」と把握した瞬間、あたりは海底にもなります。日の差す明るい海の中に、緑の風が吹き渡るようです。

花みづき四肢天を押すヨガポーズ   草子
 「四肢天を押すヨガポーズ」は、床に背中を付けて寝転び、手足を伸ばすポーズだと思いました。ヨガは自分の体との対話ですから、本人は天を押すつもりで、思い切り手足を伸ばしていますが、外から眺めると面白く見えるポーズも多いかもしれません。ここでは、四弁のハナミズキとの取り合わせで、視覚的にもよく分かる楽しい作品になったと思います。

詰襟のぎこちなき子や麦の秋   スカーレット
 詰め襟の学生服は、五月ともなればなんとも暑苦しく見えますね。中でも一年生は、大きめの制服に首元までホックを留め、まだ緊張もとれない気の毒な季節です。六月の衣更えで彼らにも一気に夏が来るのですが、その直前の麦秋の頃の雰囲気が、一人の男子生徒を通してうまく描けていると思いました。

【その他の佳作】

産土の浅間山(あさま)雪解や農具市   太郎
サグラダの聖堂ぐんぐん花擬宝珠   素秋
鬼女の面闇を焦がせる薪能   みさ
うとうととあるところにはある蕨   中 十七波
薇の綿を集めし女の子   瑠璃
若葉燃ゆ底の抜けたるわが田にも   豊田ささお



2016年5月18日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ゴールデンウイークの後半は、句集を読んで過ごしました。「船団の会」の仲間や他のグループで活躍している人。大先輩の句、若い方の作品群の好きな句に印を入れて楽しみました。ただ、作ることもそうですが読むのも独りで読んで終わると、狭い自分の感覚や知識に照らし合わすことになり損をしそう。何人かで読む機会を作って、見逃している素敵な句に気付きたいと思いました。

【十句選】

木のもとへ画布をたてけりしゃぼん玉   太郎
 画布をたてたところに、しゃぼん玉が吹かれてきたのだろう。しゃぼん玉は春の季語で、木の芽吹きを映しながら画布の辺りを漂っている素敵な光景。「たてけり」としゃんとした動作のあとのしゃぼん玉が効いている。

青嵐チンギス・ハンに蹴とばされ   高木じゅん
 青嵐といえば、子規の「城山の浮み上るや青嵐」を思い出す。もうすぐそんな松山城を仰ぐことが出来る。この句、最後の「蹴とばされ」がいい。一代でモンゴル帝国を築き上げチンギス・ハンの勢いが出ている。青嵐の中で、八百年を越えて今も走り抜けている彼に蹴とばされて呆然とした感じ。

花は葉にレディースデーのクーポン券   幸久
 「花は葉に」は、桜が散って若葉になることを言う。桜はもちろんだけれど、葉桜の生き生きとした姿がまぶしく、力が湧いてくる。「花は葉に」は「葉桜」より少し寂し気な気分が残る気がする。「レディースデーのクーポン券」を使おうかどうしようか、ちょっと迷いが残っているような。
 同じ作者の「雪蹊やハワイと言えばパンケーキ」も好きな句だった。

鯉幟泳がせどこまでも走る   芳海拓未
 ちょっと不思議で立ち止まった句。どこまでも走っているのは子どもか、それとも大人になっている自分か。自分の存在を寿いで立ててくれた鯉のぼりを、今も心の何処かに泳がせて、走り続けることが出来ているのかも知れない。
 先日喜多郡内子町の新緑の小田深山を友人とドライブした。遠く広がる田園に跡継ぎの男の子を誇るように、立派な幟とともに鯉のぼりが悠々と泳いでいた。

遠き山よりも大きなしやぼん玉   せいち
 遠き山をまず思い起こさせておいて、そこへしゃぼん玉を運んで来て意外性がある。ちょうど、視力検査用の眼鏡をかけていて「これはどうですか?」と、もう一枚レンズがかぶせられるときのような感じ。遠き山をすっぽり包む、大きなしゃぼん玉に見入ってしまう。

柏餅への字の口は父ゆずり   たいぞう
 私の口もへの字なので共感した。柏餅の大きさとひんやりした白さに「への字の口」が似合っている。

祖父の吹くやや強情なしやぼん玉   鷲津誠次
 この句のしゃぼん玉も面白い。一口に祖父と言っても年齢幅がある。五十代も居るし,八十、九十代の祖父も居る。だから改めて言うまでもないが「父」「母」などにしても、読者の年齢に寄って想定されることを覚悟して作ることになる。
 さて、この「やや強情なしゃぼん玉」を吹くおじいさんはどうだろう。性格もやや強情そう。なかなか破れそうにない分厚いしゃぼん玉を想像して楽しい。

振り向けばどん兵衛がいて春うらら   岡野直樹
 どん兵衛は、カップ麺の商品名。振り向いたらカップ麺が置いてあるという侘しさを裏切って「春うらら」と言い放ったところがいいと思う。「うらら」だけで春の季語なので、明るい気分の季語にもう一工夫あったら更に良かったかなと思った。
 ちなみに「どん兵衛」は、うどんの「どん」と「どん臭い」の「どん」から付けられたものだそう。どん臭いどん兵衛に親近感を感じる。

夏の雲わが骨の画像潔し   利恵
 X線に写る自分の骨の画像にくもった個所が無かった結果。隆々とした夏の雲に思わず独白した「潔し」。明快な骨の有り様が目に浮かぶ。

能書はいらぬ百年藤の花   まどん
 今年は車窓から山藤を堪能出来たが、藤棚の藤の花を見ることが出来なかった。近所にある田樗堂(1749年〜1814年)の「庚申庵」の古い藤の花も見逃して、惜しいことをした。能書きなど必要のない見事な百年の藤の花を眺めたかった。


2016年5月11日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ゴールデンウィーク、今年は長い人は10日ほどもあったようですね。関西は天候も比較的良かったのですが、私はずっと家にひきこもりで実に不健康な日々でした。本当なら俳人たるもの、自分の殻に閉じこもるのではなくどんどん外へ出て行きたいものですね。
 ところが難しいのは、外へ出てわざわざ出会ったものは、感動のあまり「感動!」「すごい!」ということが先走って、ありきたりな表現になってしまいがち。その場を共有していない読者にも伝わる表現を生むには、出会った「感動!」を、熟した表現になるまでそっと置いておいておく、取り置き期間のようなものも大切なようです。
 と、いうところで今週の十句。

【十句選】

もんしろちょう沖は鯨が潮を吹く   ∞
 鯨は厳密には冬の季語に登録されていますが、ここは「もんしろちょう」で春とみます。小さな蝶とおおきな鯨、雄大な景色とちいさなものの対比は俳句の常套ですが、実に見事にきまっています。技あり、日本画のような佳品。

番台にあみ上げのくま啄木忌   さわいかの
 「に」がいいですね。本来店番の人がいるはずの席に視線を向けると、そこに「あみあげのくま」のぬいぐるみ(人形?)。店番は、啄木らしくどこかで寝転がって雲でも見ているのでしょうか。

甘藍の大なり小なり宇宙なり   糸代みつ
 甘藍はキャベツ。万物は宇宙の一部、または宇宙そのもの、という禅的な内容にも見えますし、単純に大小のキャベツを宇宙の星々に見立てているともとれる。ゆかいな句。

初夏や青いインクを買いに行く   洋平
 さわやかな句。私の愛唱句に、川柳なのですが「青だったころを覚えているインク 久保田紺」があります。

花吹雪人力車夫の黒づくし   紅緒
 黒装束と花吹雪のコントラストが素敵。

卯月波青物横丁地面濡る   伊藤五六歩
 卯月波、卯波と同じで陰暦四月のころの波のことですね。海辺の青物横丁ということでしょうか。

接吻を我慢できない花水木   をがはまなぶ
 大胆な句ですが、ハナミズキだと下品ではなくおおらか、さわやかな愛情を感じます。

天地春動いかに坐します考と妣   素秋
 ふりがながあって「てんちしゅんどういかにましますちちとはは」と。ふりがな俳句は読みを無理強いされる気がするので敬遠してきましたが、蠢動にかけた「春動」から、故郷を思い起こす疑似漢詩ぶりのかっこつけ、楽しく拝読。

戯れに似てかなしかり藤に蜂   瀬紀
 藤に蜂がいること、それが戯れのように悲しい。そのこころは、と解いて寓意を見ようとすると理屈がうるさくなりますので、小さな世界をうまく切りとった技を楽しみたいと思います。

鈴蘭やちりんちりんと鳴るかしら   スカーレット
 「小学2年の孫(俳号は翼)が作句しました」とのこと、では作者は翼さんでスカーレットさんじゃないですね!片言の楽しさが身についていて、いい句です。是非、これから翼さんとして投稿を続けてください。

【選外佳作】

NIPPONになみなみ田水張つとくれ   二百年
 「田水張る」が季語なので、季語そのままで何も言っていない句なのですが「NIPPON」表記に一本。

春の昼女庭師の枝さばき   みさ
カラヴァジオ展出で桜蕊しきり   まゆみ

 作者の日常をきりとって、好感のもてる句。五七五におさめる言葉の練り具合がうまい。

舷を叩く春潮狼煙跡   玉置泰作
 海上にある船と、岸にあるであろう狼煙跡との距離がやや離れていて視点がぶれました。二句に分けた方がいいかも。

牢名主然と竃ホーホケキョ   素秋
 牢名主、へっつい。時代劇のような道具立て。ちょっと凝り過ぎとも思いましたが、これはこれで楽しい。

もんしろちょうわてほんまによういわんわ   ∞
 NHKで黒柳徹子のドラマをやっていて、買い物ブギを楽しく拝聴。明るい昭和の思い出という感じですね。

浴びる人駆けだす人や森若葉   山畑洋二
 「〜〜の人〜〜の人」という対比がおもしろいのですが、若葉を浴びるという比喩的表現と、若葉のなか駆け出すという表現は対比としてうまくいっていない気がします。

一山の風のみ尽くす鯉幟   茂
 「風飲み尽くす鯉幟」、これはきまっていますね。一山という把握はやや借り物という気がします、鯉幟の風景は山より里、村では。

美濃も奥そのまた奥の飛燕かな   今村征一
 美濃「も」奥、美濃がどこから見て奥というのか、なんとなくわかる気もしますが「美濃の奥そのまた奥の飛燕かな」とすると奥行きが出る気がします。

ストローで飲み干す黙の初夏の歌詞   酒井とも
 「黙」がわかりにくい。ストローで飲み干す初夏の歌詞、は、ちょっと歌謡曲のような世界。

千仏の目つむるほどの薫風   戯心
 「くんぷう」だとすると字足らずですが「目つむるほどに薫る風」だとおさまります。

しがらみの無き身軽さや雪やなぎ   みなと
 「しがらみのない」と「雪やなぎ」のとりわせは、なるほど。「身軽さ」はしがらみのないことと同じだったので、やや冗長でした。


2016年5月4日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年度、愛媛新聞のカルチャー講座で『墨汁一滴』を題材に「育つ子規―ねんてんさんと読む子規」という特別講座が開講されています。『墨汁一滴』は子規の晩年の随筆で、名の通り墨汁一滴分の文章(1行以上20行以下)が基本だということです。
 講座の受講をきっかけに、『墨汁一滴』(岩波文庫)を身近に置いています。
 明治34年の新緑の頃、子規はどのような文章を書いたのか、わくわくしながらその日の文章を読んでいます。たとえば、5月4日は、「しひて筆を取りて」と前書きして、短歌を10首書いています。
  いちはつの花咲きいでゝ我目には今年ばかりの春行かんとす(同年5月4日)
  菅の根の永き一日を飯もくはず知る人も来ずくらしかねつも(同年5月9日)
 寝たきりの子規ですが、その文章や表現には、人を引き付ける不思議な力があるようです。短くて易しい文章が素敵です。

【十句選】

小包の隙間に詰める柿若葉   伊藤五六歩
 柿若葉が実にいきいきとしている。それを詰める人、それを開く人の表情も目に見えるようだ。柿若葉を視点を変えて捉えている。

関係は点と線との海市かな   茂
 海市は蜃気楼のこと。光の屈折により、ふつう見えない景色が海上に見える現象。「関係は点と線」とは光の屈折のことだろうか。意味のみを考えると難解な句だ。リズムがよく、声に出して読んだ時の心地よさに惹かれた。

野遊びの時間もありぬカリキュラム   洋平
 野遊びという古風な言葉とカリキュラムという新しい言葉の出会い。今では、ピクニック、ハイキングに言い換えられたが、「野遊び」のほうが、豊かな時間が流れている感じがする。こんなカリキュラムがあれば参加したくなる。

飯粒の糊のねばりや昭和の日   たいぞう
 昭和は、確かにご飯の時代だった。そして、粘りの時代だった。やや既視感があるのは否めないが、それも含めたうえで、昭和の日のありようを言いとめている。

東山春満月の出来たとこ   せいち
 春満月をまるで誰かが作った作品のように、今出来たところだと断定しているのが、面白い。東山という地名と東の山とをかけており、句に奥行きをもたらしている。

啓蟄や一列に行く黄の帽子   素秋
 啓蟄の頃の遠足の光景、または集団登校などの様子だろうか。黄色の帽子を被った子どもたちの生命力が際立つ季節。土の中にいた蟻や地虫、蛇、蜥蜴、蛙などと人間の子どもが同格となっていて楽しい一句。

筍の穂先見つけし足の裏   瑠璃
 この身体感覚に共感。経験者でなければ、きっと「足の裏」は出てこなかったと思う。見つけた時の素直な喜びがさりげなく詠まれている。

シーソーに男と男さくら散る   さわいかの
 男と女だったら平凡になるし、女と女だったら花と近くなる。男と男にしたことで桜の怪しい美が出たのではないかと思う。「さくら散る」のクールな押さえもいい。

寝そべりて牛陽炎を噛んでをり   眞人
 黒い大きな塊となり、陽炎を噛みながら寝そべっている牛。春ののどかさの中に、かすかな危うさも漂う。牛と陽炎の取り合わせの妙。

れんげ摘みメソポタミアの風が吹く   紅緒
 れんげを摘むこととメソポタミアの風の関係性はわからないが、突如現れたメソポタミアが意表をつく。読者は一瞬、れんげ畑から飛び立ち、はるかな時空の旅人となる。