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 6月 9日  星野早苗        6月19日
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2019年4月17日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ここ四国・松山では市内を少し離れると、歩き遍路を見かけるようになりました。「遍路」は春の季語。お遍路さんと呼んで、子どもの頃から親しんできました。そういえば、大人からは「悪い事したらお遍路さんに連れていかれるよ」などと脅されたことを思い出します。独特の装束で、何処から来て何処へ消えていくのか、子どもには怖かった。
 今年、車窓から桜を眺めていると、お遍路さんが花からこぼれるように現れてくるように感じました。独りで歩く人、若者、夫婦らしき連れ。桜はもう散りましたが、四国を巡る気の遠くなるような道程を、これからは芽吹きの木々や若葉が元気づけてくれるのでしょう。

【十句選】

花吹雪ともイチローの素振りとも   まさゆき
 花吹雪を音でいうとしたら、たとえばイチローの素振りのような轟音?素振りの近くにいると怖いだろうなあと思った。怖いほどの花吹雪に遭遇してみたい。「素振り」が良かった。

裏声で夫を起こそう春日向   青海也緒
 春の陽に、気持ち良くうたた寝している夫は起こしがたい。可哀そうだけど、もうそろそろ。せめて「裏声」でという発想がいじらしくて可笑しい。

花散ればみんなふつうの男です   短夜の月
 桜が咲き始めると、同じモノでもそれまでとは違って見えてくる。心が浮足立ってくるから。普段何ともなかった人やモノがいとおしいものにも思えてくる。「男」もそうだのだ。でも花が散ってしまうと元の「男」に。目が覚めた、あるいは、地に足が付いたということで。

極弱火とどまる桜前線よ   酒井とも
 「桜のソメイヨシノの開花日予想日が等しい地点を結んだ線。三月末九州から北上、五月初め北海道に至る」のが桜前線。ガスの火(IHかも)を細心に調整する手元と、どこかにとどまる桜前線の大きな景色の対比が面白いと思った。

談笑を四角に畳み花の旅   茂
 たとえば電車の中での「談笑」を想像した。何人か連れ立っての旅とか、偶然乗り合わせた人同しか。畳んだのはハンカチだろうが「談笑四角に畳み」がいいと思った。どこか上品な花の旅の雰囲気を醸し出している。

朽ちてゆく腸のやう春の潮   はまのはの
 ここ数年、干潟に春潮を見に行くのを楽しみにしている。遠くまで潮の引いた浜には、蟹や貝の穴がひしめいている。波打ち際まで、足が泥に埋まりながら進んで行く。その春の海はとても穏やかで、春先の心を広々とさせてくれる。「朽ちてゆく腸」のようになんて思わない。海と向かい合うこの人物の深い春愁のせいだろうか。

甘茶仏拝してよりの虚子忌かな   今村征一
 甘茶仏を拝するのは四月八日の花祭。そして、俳人高浜虚子の忌日なのだ。俳人と言えども、まずはお寺の花御堂で釈迦の降誕を祝福しなくては。それからだ、虚子の俳句に思いを馳せるのは。

青き踏む小石を栞がわりとし   マチ ワラタ
 一読した時には、小石を挟むかなあ?とピンとこなかった。小石といえども紙を破りそうだし。でも、次第に好ましい光景のように思えてきた。本を読んでいて少し歩きたくなったのだろうか。やおら立ち上がって、歩き出すこの人が持つ手の本が気になる。

春の水すでに起こつている未来   幸久
 「春の水」と最後の「未来」がいいなあと思った。春のきらめく水辺で、ふとこんな感慨が起こったのだ。未来はもう来ている。気分が高揚してきたと同時に、私はなんか焦ってきました。

囀りや主は姿をいつ見せる   雀吉
 座敷かどこかで待たされている光景を想像した。広い庭のある家だ。「姿をいつ見せる」という尋常でない話の気配も感じる。囀りがちょっと苛立たしい?。なんとなく可笑しい。

【気になる句】

肉球に軽く踏まれて長閑なり   まつだまゆ
 「軽く」にもう一工夫欲しいと思いました。肉球は柔らかいので軽い感じがしますから。踏まれるのはいいと思いました。

乳母車さくら吹雪のなかをゆく   まこと

春愁や潔癖症をうつされて   さくらいともや
 潔癖症って、確かにやっかいなところありますね。

春塵に鉄が匂ってくる羅漢   福村まこと
 春塵鉄の匂いが混じっているのはいいと思いました。

どの木にも水の匂いと芽生えあり   日根美恵


2019年4月10日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 マスコミは連日、新元号「令和」発表でニュースが大盛り上がりですね。
 出典は、万葉集におさめられた梅見の宴で作られた歌三十二首の序文とのこと。私などは西暦のほうが使いやすいと思いますが、初春の気持ちの良い雰囲気をもつ新年号は、清新さもあり、なかなかうまいネーミングだなと思いました。
 一方、各地で桜も見頃を迎え、季節は春爛漫。今回は173句の応募がありました。

【十句選】

福耳がふふっと笑うさくら来て   瀬紀
 「さくら来て」、花弁が舞い降りたのでしょうか。福耳(の人)が、という省略が効果的で、やわらかい、幸せそうな笑顔が思い浮かびます。

しゃぼん玉本音を入れて吹き飛ばす   じゃすみん
 誰にも言えないことばを、丁寧に吹き込んだのでしょう。春の季語と思うと、新生活や環境の変化など想像がふくらみます。

この世界だけぶらんこに連れてゆく   干寝区礼男
 ぶらんこの世界は、実はこの世界よりも大きく、楽しい世界なのでしょうか。言葉の展開が不思議ですが、それでもファンタジックな映画のようで、なにか納得させられました。

あるきます先にあるけば春の闇   さわいかの
 上五の宣言が気持ちよく、先頭に立つ人の気負いを感じます。しかし一寸先が見えないのは誰でも同じ、後悔もあるのかも。でも春の闇ならすこし柔らかさもあるか。

春の川前進鈍い人の群れ   意思
 こちらも、春の穏やかさと、すこしの憂愁をただよわせた句。花見をしている観光客なのかもしれないし、先行き不安でのろのろとしているのかも知れない。

片恋の謀殺としてシャボン玉   雪子
 片思いの相手、または邪魔者を謀殺するのか、片恋じたいをやめる謀事なのか、文意がとりにくいのですが、その手段がシャボン玉という意外さ。無邪気なシャボン玉を「謀殺」としてとらえた視点が絶妙で、わかりにくさをこえた言葉の力を感じます。

春暁や腸閉塞のやうな夢   比々き
 うーん、気持ちの良い春眠に、訳が分からないなりに出口がなさそうな、いやな夢のとりあわせ。

はならびの悪い女と夕桜   マチ ワラタ
 作者はどこまで意識しているのか、この句の女性には不気味さ、不穏さがただよっている気がします。八重歯くらいならかわいいのでしょうが、悪の字の強さが、夕暮れの桜との対比で際立ちます。

肛門も脳ももろとも蜆汁   ふわり子
 美味しくなさそうな観点ですが、生命をまるごといただいているという野太い実感が絶妙。

大人気ない大人八十八夜かな   幸久
 自画像なのか、それとも愛情なのか。困った奴だな、という苦笑をふくんだ視点がやわらかい。

【選外佳作】

春愁や靴ひも切れただけのこと   素秋
 大げさに言うなよ、と言いながら、じつはちょっと不吉さを気にしている風もあり。おもしろい。

南天の新芽広がる手のように   赤橋渡
 今回もほかの作品にありましたが、「〜のように」「〜のごとく」のような見立ては、作者の思い込みが強く出るので実は難しい。掲句は比較的単純な見立てでありつつ、「広がる」が新芽の広がりと手の広がりの双方にかかっていて、意外と技巧的。

啓蟄や本から覘く壱万円   風子
 虫たちが出てくるように、本を読んでいたら「一万円札」を発見してしまった、ということですね。おもしろい取り合わせですが、自分や家族へそくりなのか、それとも古書から思わぬ発見があったのか、本のどこから見つけたのか、など、表現がやや舌足らずで、ぼんやりしている気がします。なかなか一句のなかでおさめるには難しいですが、どうぞ再考を。

もう少し美人な感じで見よさくら   短夜の月
 「見よ」の命令形が、やや押しつけがましいように思います。「もう少し美人な感じで夕桜」ではいかがでしょうか。「で」の中八がやや気になるところですが、あえて口語、散文調という選択もありかも。

自転車の速さで君ら卒業す   青海也緒
 青春の疾走感があります。

サクラサクサクラサクサクサクラサク   宮武桜子
 山頭火にも「さくらさくらさくさくらちるさくら」という句があり、こういう遊び心はいいな、と思います。

ゴシップ好きのわたくし春爛漫   茂
 ちょっと引け目を感じそうなことを堂々と言ってしまう俗っぽさ、とても俳句的だと思いました。形を整えるなら「春爛漫わたしゴシップ大好きで」などとなるでしょうか。

片枝折れし桜 一番に咲く   まるめ
 俳句というより一行詩といった感じ。「一番に咲く片枝折れし花」など、すこし形を整えるといいかも。

猫の恋第二楽章始まりぬ   百合乃
龍天に登る金平糖零る   彩楓

 表現や内容は、やや類想があるものと思いますが、うまくまとまって一句の情景が見えます。


2019年4月3日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 新年度になり新しい生活が始まった人、変わらない人、様々だと思います。この時期になると周りも何となく落ち着かないし、私自身の気持ちもなんだかざわざわして落ち着きません。また始まるみなさんの新しい年度が充実したものでありますように。

【十句選】

春の日へフランスパンを買いに行く   銀雨
 のどかな春の一日にのんびりフランスパンでも買いに行こうと思ったんでしょうね。「春の日に」でなく「春の日へ」にはずむ気持ちがよく表れています。

春苺ニンゲンの脳重すぎる   青海也緒
 情報の溢れる今の世の中、現代人は考えすぎるのかもしれませんね。春の苺のかわいらしさ、甘さが重い人間の脳に効いてくれるといいですね。

後ろ手にさくらの開花待っている   短夜の月
 時代は移り変わっても桜の開花を待つ日本人の心は変わらないですね。毎日のようにテレビニュースで開花予想をしているのを見るとつくづくそう思います。「後ろ手に」から心待ちにしている様子が窺えます。

春塵のきりんは首をなほ高く   たいぞう
 キリンの首は長いけれど、それでも春風に舞い上がる砂塵を避けるためにかさらに首を上に伸ばすという発想が面白いです。

ぬうと来てぬうと去り行く春の波   けむり
 春の波のゆったりとした感じを「ぬう」ということばで表現したのが面白い。波打ち際をゆっくりさらっていく様子はまさに「ぬう」といった感じですね。

散り頃といふ見頃あり夕桜   今村征一
 桜の咲き始めを喜んだり満開の桜を楽しんだりはよくある光景ですが、散り際の桜も風情があって素敵です。忘れがちな気持ちを思い出しました。

遠足や海抜低き帰り道   酒井とも
 海抜の高低は日頃ほとんど意識しないと思いますが、遠足の帰りの心地よい疲労感と海抜の低さが妙にマッチしています。

顔中で自転車こぐ子春一番   石井カズオ
 立春後の強い南風をものともせず、顔で風を受けながら自転車を漕ぐ子供の姿が目に浮かびます。微笑ましい光景です。

桜さくらブルーシートの三畳間   紫
 花見のためのシートはとても大きなものからつつましいものまで色々目にします。何人で座っているのかわかりませんが、大人数で狭さを感じながら座っていてもそこは楽しい空間になっていることでしょう。

春分の日の空回り観覧車   鷲津誠次
 賑わっているはずの祝日の観覧車。空回りしているのは、観覧車そのものか、何らかの想いを抱えて乗っている誰かなのか。想像がふくらみます。


2019年3月27日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 桜便りが届くようになりました。普段見慣れた、どうって事のない景色が、桜色に膨らんで、膨らんで・・・。俳句を詠む人も詠まない人も、わくわくする時節ですね。
 ある雑誌のブックレビューで、安房直子の「花豆の煮えるまで」が紹介されていました。触発されて、久しぶりに、手に取ってみました。児童向けの物語ですが、洗練された文章と、瑞々しい感覚の的確な表現に、すっかり魅了されました。言葉以前の大切な「なにか」を教えられた気がしました。

【十句選】

一着の騎手全身に春の泥   ポンタロウ
 春のぬかるみの中を疾走し勝利を手にした馬。騎手の全身についた泥は、一着の勲章。暖かな春の風が吹いている。歓声を受ける騎手の誇らしげな表情が浮かぶ。動から静への視線の転換が見事。

こう見えて悩んでいますチューリップ   宮武桜子
 「チューリップ喜びだけを持つてゐる」細見綾子の代表句のひとつだ。明るさを前面に押し出して、チュ−リップの有り様を言い得ている。原色の鮮やかな色は、人に明るさをもたらす花だ。しかし、この花に喜びのみを見いだせない人もいる。また、そんな時もある。キャッチコピーのような口語表現が成功している。

寄る鯉の小さきは見えず春の雨   藤井美琴
 鯉にも大きいのやら小さいのやらがいる。ぐいぐい寄ってくるのもいれば、用心深いのもいる。「見えず」の発見がいいと思う。春の雨がもつ細やかな情感が生きている。

大好きを閉じ込めるかに石鹸玉   青海也緒
 なるほど!石鹸玉には大好きが詰まっているのか。大事に大事にそっと吹くから、ふわりふわりと漂いながら、七彩に輝くのかもしれない。やがて消えることの意味を知らないで吹く幼子のシャボン玉は、ことのほか愛おしい。

春暁やイルカのごとく目覚めたり   じゃすみん
 イルカの目覚めは、どんなものか知らないが、なんとなく納得させられてしまう。不思議な一句。イルカがとても身近な存在に思えてくる。春暁とイルカの、近からず遠からずの言葉の斡旋がよいと思った。

春キャベツちぎって嘘なんか言うて   せいち
 春キャベツの瑞々しさには、「ちぎって」という表現があうと思う。どんな料理でもおいしい春キャベツと、嘘の取り合わせ。まるでドラマのワンシーンを見ているようだ。話言葉(方言)を使うことによって臨場感が生まれている。

知らぬ子が一人どこの児雛祭   今村征一
 いつの間に混ざったのか、知らない子がいる。子供たちの群れについてきたのだろう。雛祭という「ハレ」の日だから、「まあ、いいか。さあさあ、お食べ」ということになる。日本人が、まだ他者に対して大らかだった頃の、雛祭の光景だろうか。

春愁の猫駅長を拝命す   酒井とも
 ユーモラスな句。ナンセンスが冴えている。そもそも猫に春愁はあるのか、猫が駅長になれるのか。大まじめに詠んでいる遊び心がいいな、と思う。

一人づつ雨に打たれて卒業す   みなと
 雨の卒業式は、当事者としては歓迎できないが、長い年月を経て振り返る時、独特の情緒をともなって思い出されるような気がする。体育館の天井を打つ雨は、名前を呼ばれ立ち上がった、一人ひとりを打っているようでもある。卒業の日の特別な感慨がそこに感じられる。

春浅し浜に拾ひし鳥の羽   彩楓
 まだ寒さの残る早春、浜辺を歩いているとき見つけた羽。まだ、ととのっていない春は、一本の鳥の羽から始まっている。「春浅し」の「し」、「拾ひし」の「し」の繰り返しのリズムが心地よい。


2019年3月20日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 近くの里山に小さな ビオトープ があり、その近くの谷筋は今、三椏の花が満開。アシナガバチの巣の形をした蕾が銀色にかたまり、その先で黄褐色の花がほのかに香っています。
 春です。新しい季語、俳句との再会を楽しみます。

【十句選】

飛花落花子を産みしこと忘れけり   直木葉子
 『花の滝』のようにダイナミックに、桜の花は散る。いさぎよく、うつくしく、男のドラマを見るかのように。でも、自分だって、出産という大舞台のヒロインを演じてきたのだ。

蛤よ殻に刻める波の音   伊奈川富真乃
 ジャン・コクトーの詩の一節を思い起こし、寡黙な貝の春の呟きが聞こえてくる。上五の助詞『よ』は、この句の調べに照らして、さらに詩に近づく音葉の選択があるのかも。

ぶらんこを誰かが押してくれてゐる   銀雨
 妙齢が一人、ぶらんこ(春の季語)に遊ぶ。スカートが風と戯れる。ふわりと背を押してくれるのも、風を吹き送るのも、きっとそれは春を司る女神。

交番の巡査は不在ヒヤシンス   たいぞう
 その名前の響き、花の姿ともに優艶さが漂うヒヤシンス。近頃の交番には、そんな鉢の花が似合う若い警察官が増えてきている。季語の別名『風信子』を使っての挑戦も。

声かけて点く電球やクロッカス   菊池洋勝
 世のなかの明かりが、すっかりLED 化されてしまった今。この句の中七を『灯(とも)す照明』などと工夫し、イノベーションにスポットライトに当るのも、俳句を作る楽しみでしょう。

「来とうわ」と春光のバス芦屋行き   茂
 灘、神戸、播磨の人がよく口にする訛り「来とうわ」に着目。ユーモラスに仕立て上げた機智の句。芦屋の地名から、春場所・貴景勝関への賛歌とも。

春の鴨テトラポットに待ち合はす   みなと
 『春の鴨』で、上五が明瞭に切れると、北国へ帰り損ねた鴨の悲しみが読者にも伝わる。『テトラポットで彼女待つ』などと、新しい取り合わせを工夫して、さらなる秀句へ。

春晴れや規則ただしく釘の音   酒井とも
 ごく自然に、春の満ち足りた気分が伝わる好きな句。難といえば、『春晴れ』を季語と認定するのは無理。季語『春の雲』でも、晴れた空が十分イメージできる。季語の力を信じよう。

春雷やあまた傷ある将棋盤   紅さやか
 道具についた古傷を、春雷で見事に言い当てた。『あまた』よりも、さらにピンポイントな描写を。『 将棋盤に深い傷あと春の雷 』などと、語順を動かし、句柄の変化にも挑戦を。

五階へと行列伸びて暖し   彩楓
 何の行列? 並ぶのは誰?・・ 暖かさに紛れたアンニュイや、都市空間のシュールさなどが拡散し、新しいイメージの世界が。マグリットの絵画、ミャエル・エンデの童話などが想起。

【注目した五句 】

地虫出づ古事記の系図誰が誰   短夜の月
 確かに、大和政権にみる皇室系図の複雑・怪奇さ。季語『地虫出づ』との取合わせの妙。

花粉症頭のゼンマイ錆びてきた  ポンタロウ
 ブリキ製の玩具が最高級であった、そんな昔。『ゼンマイ、切れた』が、流行っていた。

東屋に陽ざし至れる鳥帰る   藤井美琴
 情景には納得するが、動詞の重なりが気がかり。『届いた陽射』などと、切れの活用を。

ぶらんこを跳び下りている無色かな   青海也緒
 句の理解は途轍も無く難解。でも、詩のi P S 細胞みたいに、可能性の凄さに惹かれた。

棟梁の耳に鉛筆つばくらめ   素秋
 棟梁、つばくらめと、時代コトバ(?)の選択で、鯔背(いなせ)な男衆の姿を再現した。


2019年3月13日

秋月祐一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 このたび50歳になりました。妻と猫との暮らしを大切にしながら、俳句と短歌に励み、写真をたくさん撮る年にしたいと思います。ひきつづきご投稿のほど、よろしくお願いいたします。今週は190句の中から。

【十句選】

日うらうら耳鼻臍にピアスして   赤橋渡
 「日うらうら」という季語に、浮き立つようなリズム感がある。その勢いに乗って「耳鼻臍にピアスして」と続けた。ピアスは冬場はなんだか冷たそう。そのへんが春の句である所以か。

クリームパン彼女が春やなあと言う   せいち
 「クリームパン」は一年中あるものだが、彼女が「春やなあ」と言ったことで、春のものとなった。クリームパンと春はまことに似つかわしい。関西風の口調も、春の情趣をきわだたせている。

壷焼や鬼は耳から食べるとか   青海也緒
 鬼が人を喰らうときには「耳から食べる」と想像した。その綺想がまず面白い。言われてみれば、栄螺の中身も人の耳も、どちらも不思議なかたちをしていて、自然に連想がつながってゆく。

秘佛より群蝶生るる蝶の昼   酒井とも
 めったに開帳されない「秘佛」から、蝶の群れが生まれ出づる。それだけも豊かなイメージを喚起するのだが、重ねて「蝶の昼」としたところが非凡である。次から次へと蝶があふれてやまぬ。

春撒きの種がみしみし入荷する   マチ ワラタ
 種苗店に入荷される「春撒きの種」は、見た目は堅くとも、内部には「みしみし」と発芽の力が育っているのだろう。みしみしは「入荷する」にも係っていて、そこに面白みを感じた。

春愁やスープの縁で待つ女   さわいかの
 「スープの縁で待つ」という表現には、稲垣足穂の『一千一秒物語』的な、物と人のスケール自在に伸び縮みする感覚がある。そして「スープの縁で待つ女」が「春愁」を巧みに言い表している。

春風!つぅーか、君脚長いよね   ∞
 「春風!/つぅーか、君脚/長いよね」という句またがりだと思って読んだ。俗語っぽい表記・表現を用いて、「春風」の雰囲気を、うまく書きとめることに成功しているのではないだろうか。

猫の恋ドラムカウントカッカッカッカッ   紫
 「猫の恋」とドラムカウントの取合わせが面白い。バンド演奏がはじまる前のカウントか、録音の際のドンカマか。いずれにしても、「カッカッカッ」の三拍で止める可能性があるのでは?

たんぽぽや神には神の裏事情   比々き
 人びとの縁結びやら商売繁盛の夢をかなえている神様にも、神様なりの裏事情がある、という発想の句。「たんぽぽ」というひらがな表記の季語が、絶妙な味わいを生んでいる。たんぽぽと神。

椿の木陰に小動物の墓   ヤチ代
 「椿」の季節になると、根元に埋めた小動物のことを思い出すのだろう。椿の赤が効いているが、「椿の」の字足らずに、つまずくような感覚がある。植物名を工夫して、上五を五音にしてみては?


2019年3月6日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 「平成最後の〇〇」が氾濫している今、あと二ヶ月もすれば「新元号最初の〇〇」が巷に氾濫することでしょう。あれだけ惜しまれた平成も、きっとすぐに忘れられてしまいます。平成は遠くなりにけり。明治はもっと遠くになりにけり。
 私は昭和生まれですが、生まれて間もなく平成に変わったので、平成と共に年齢を重ねてきました。アイデンティティ的には「平成生まれ」です。そういう身からすれば、少しセンチメンタルな気分になります。
 今回がわたくし、平成最後のドクターです。みなさん、また、新元号のときにお会いしましょう。

【十句選】

月へ行こう帽子かぶってマスクして   銀雨
 今の時期あたりから、花粉症の人にとっては辛い時期になってきます。周囲を見回しても、マスクをしている人が多いですね。人類と宇宙との距離が縮まりつつある現在、いつか掲句のように花粉症を気にするあまり、月行ってまでも「マスク」をする人が表れそうですね。

チューリップ児の描く太陽でかいなー   ポンタロウ
 俳句の新しい表現の可能性を求めると、どうしても、俳句らしい「俳句」という型を崩すことから始まるのかなと考えます。伝統チックな雰囲気を出すのではなく、もっと軽く、もっと発想を豊かにして、といった感じでしょうか。
 掲句に関しては、中七までは月並みの表現と取り合わせであり、はっきり言って面白味が何もありません。しかし、最後の下五で「でかいなー」と、バカバカしくも大胆に言葉を選んで使っています。この最後の崩し方は、俳句の新たな表現を考える上でのヒントになるのではないでしょうか。

ぜんまいで走るパトカー春の昼   たいぞう
 上五中七で、この「パトカー」は本物ではなく、子供のおもちゃということを想起させてくれます。季語の「春の昼」との取り合わせも、おもちゃで遊ぶ子供のイメージをさらに掻き立ててくれています。

クリームパン誰かが春やなあと言う   せいち
 掲句も上述の「チューリップ」の句と同様に、「春やなあ」がのんびりした雰囲気を出しつつも、どこかバカっぽい。そこがとても評価できます。句の構成としては、子規の「柿喰えば」と同じと言えるでしょう。

朧月便所に行つて参ります   幸久
 この句もバカバカしさが良いですね。トイレに行くことをわざわざ報告しなくてもいいのに、これまたわざわざ「行つて参ります」と謙譲語で言っている。この過剰さは、まさに俳句的であると思います。

迎撃のミサイル足りず冴え返る   酒井とも
 国際情勢が目まぐるしく変化するなか、「迎撃のミサイル」と聞くと時事を読んだ俳句かなと思いました。しかし、日常生活の中にも相手の攻撃を「迎撃」していることは多々あって、例えば夫婦や恋人のケンカも、「ミサイル」の応酬がありますよね。そう考えると、幅広く想像できる俳句かもしれません。

春光をむさぼつてゐる早瀬かな   比々き
 「むさぼつてゐる」が良いですね。どことなく下品で荒っぽい言葉が、「春光」と取り合わせている面白さ。

天窓に春光満ちて歯科検診   鷲津誠次
 「春光」の柔らかいイメージと「歯科検診」の白のイメージが相まって、景としてはとてもキレイだと思います。

釘のよに貴方の舌にチョコを置く   干寝 区礼男
 「釘のよに」とは、「釘のように」ということでしょうか。きちんと意味を理解し切れていない部分はあるのですが、これが「釘のように」という意味だと、どんな感じで「チョコを置く」のか気になります。そっと置くのか、荒々しく刺すように置くのか。チョコレートなので痛くはないでしょうが、どんな風に置くかによって、二人の関係性が色々見えてきそうです。

残る雪めがけじいじの立小便   中 十七波
 掲句もバカっぽくて良いですね。雪と小便の汚いコントラスト。それをしているのが、「じいじ」という大人。男は一生涯、バカなのでしょう。