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12月 1日  須山つとむ       12月11日
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12月22日  内野聖子        1月 1日

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2019年10月23日

秋月祐一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 台風19号により被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。そして、台風への対処で大変なさなかに、本欄へご投句くださった方々に、感謝いたします。今回は155句の中から。

【十句選】

幼児の手のひら柔し新松子   まゆみ
 幼児が拾った新松子(しんちぢり)を見せにきた場面でしょうか。幼児の柔らかい手と、まだ青くて固い松ぼっくり。両者の対比が実感として伝わってきます。どちらも小さくてかわいいもの、という共通点もありますね。

曼殊沙華触れたら火花散る身体   短夜の月
 「火花散る身体」は曼珠沙華のこととも取れますが、曼珠沙華に触れたら火花散るわたしの身体、と読んでみたいと思います。火花のような形態の曼珠沙華にするどく感応して、こちらも火花を散らす。そんな自画像として。

新しいヌーが横切る秋日和   マチ ワラタ
 ヌーはウシ科の動物。ウシとカモシカをまぜあわせたような体型で、アフリカ南部に生息しているそうです。でも、なぜヌーが作者の前を横切ってゆくのか。心象風景と言ってしまわずに、謎めいた風景を楽しみたい。

実生から育ちし柚子の孤独なる   日根美恵
 桃栗三年柿八年、柚子の大馬鹿十八年などと言われるように、柚子は成長の遅い木として知られています。実生となればなおのこと。長い年月をかけてようやくなった実には、柚子の木の孤独が詰まっているのかもしれません。

お姫さま抱っこのままに捨案山子   素秋
 「お姫さま抱っこ」からロマンティックな展開を期待させて、じつは稲の収穫が終わり、用済みになった案山子を捨てる場面だったという句。「お姫さま抱っこ」には、案山子への労いの気持ちが込められているのかも。

にんなじと読む仁和寺や竹の春   柏井青史
 仁和寺を「にんなじ」と読むことは多くの人が知っていますが、「にんなじ」というひらがな表記は、あまり目にすることがありません。その微妙なポイントを突いたおもしろい句だと思います。「竹の春」は秋の季語。

淋しさに釜いつぱいの茸飯   たいぞう
 淋しくて釜いっぱいの茸飯(きのこめし)を炊いたのか、それとも、釜いっぱいの茸飯が目前にあっても淋しいのか。いずれにしても、この茸飯はおいしそう。「茸飯」という渋めな食べもののセレクトが味を出していますね。

黒葡萄ともカフカの肺胞とも   まさゆき
 「黒葡萄」のことを「カフカの肺胞」と表現した暗喩が印象的。それを「〜とも〜とも」という並列の手法でまとめたのも技ありかと。それにしても、カフカの肺胞というイメージが強烈で、一読忘れがたいものがあります。

櫟の実落ちて鍵盤鳴る微か   じゃすみん
 櫟(くぬぎ)の実は、球形のどんぐり。その実が落ちて微かに鳴った鍵盤は、子ども用のトイピアノではないでしょうか。つまり、この句は屋外での情景。木から落ちた実が、おもちゃのピアノを鳴らす映画的な場面を想像。

ブルックナー時雨て晴れて雲流る   大塚好雄
 「ブルックナー」という上五が大胆かつ印象的ですね。それに対して「時雨れて晴れて雲流る」は、ごく自然な天気の推移で、これで一句のバランスが取れているのかも。ブルックナーと時雨(しぐれ)の取り合わせの妙。


2019年10月16日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 敦賀市の南に位置する 岩籠山(いわごもりやま) に登ってきました。山頂の東「インディアン平原」のなだらかな起伏に、ススキ(季語)・クマザサ、花崗岩の巨石が点在、初秋の景色を満喫してきました。
 さあ、新しい俳句、あたらしい季語との出会いが楽しみです。

【十句選】

比良山の芒の尾根に赤帽子   雀吉
 山頂の「武奈ヶ岳」が視界に入ると、長い尾根筋が北方へ続く。ススキを分けて進むうち、前を歩く赤の登山帽に追いつく。弾けるような山ガール。ナンバンギセルにも出逢える予感。

誰もいぬ派出所に舞う赤蜻蛉   茂
 着眼が俳句的。でも、上五『誰もいぬ』ではすこし説明的。『留守、留守番』などと、同じ景を言い換えてみる工夫も楽しい挑戦となるはず。 < 留守にきて乗っ取る派出所赤とんぼ >

胡桃割るカミュ・サルトル・開高健   幸久
 堅い殻を割り、苦労して深いシワの実を引く抜く。でも、十分満たされる見事な味覚。楽しくは無いが、一度嵌るもう抜け出せない作家三名の顔がオーバーラップする、機知の句。

小鳥来る兄が駆ければ弟も   たいぞう
 メジロ、キビタキなど、庭に来くる一羽の小鳥をよく見ると、近くにはその仲間とリーダーがいる。午後の公園で遊びまわる幼らの動きを見ていても、この自然の摂理が支配している。

芋の露十滴分の飛行船   うさの
 大きなサトイモの葉に散っていた朝露が、気配でさっと集合した。10個分ほどの大集結。微風に揺れる葉の上は、自由気ままの無重力。飛行船のパワーをもらい、大海原を離陸する。

薔薇の実や着地に向かうジャンボ二機   まるめ
 晩秋から初冬。街路に並べた大きな鉢の枝に、小粒の林檎に似た薔薇の実(季語では無い)を見つけることがある。着陸体勢のジャンボの機首が間近に迫る街中の,新しい季語の発見。

手を上げて信号渡る秋遍路   マチ ワラタ
 四国のどの国道を走っていても、実直そうな姿のお遍路さんとよく出くわす。人通りのない信号の前でも、杖を持ち替えた手をさっと挙げる。結願が近いその顔に、秋の日差し。

手鏡を伏せて断ち切る秋思かな   中 十七波
 閉じ篭っていた『虚の空間』に、衝撃が走った。と、カーテンの外には秋の高い空が・・。このようなシーンでの所作を、ビビッドに活写。『断ち切る』を再考し、さらなる秀句の高みへ。

太陽とコスモス私お弁当   干寝 区礼男
 太陽は温もりを振りまく。コスモスは風に戯れる。私は・・、弁当の出汁巻の黄色をつつく。一見、『とぼけた』この味が、宇宙の根元にも触れるほど,とてつもない『快』を見せる。

喉過ぐる水の爽やか山は晴れ   彩楓
 『爽やか』は秋の時候の季語。その本意は『秋のはっきりした快い感じ』と歳時記にある。難しいこの季語を、具体物の動きと地理、取り合わせの技法を使い、明快な句に仕上げた。

【注目した5句】

チョコレートコスモスという小宇宙   藤井美琴
 大正期に渡来の園芸花。でも、ゲル状態のチョコレートは、宇宙創生期の謎にも迫る。

月なんて一緒に泣いてくれもしない   古都ぎんう
 全くです。十六夜の月も立待月も、身も蓋もない宇宙の土塊。でもなぜ? 男心を掴むのは。

沽券ほのか風に揺れいる男郎花   瀬紀
 人の値打ち、対面の意味で用いた『沽券』。体毛深く、たくましい男のなりを、季語が語る。

律の風ヒゴタイ瑠璃にきらめける   紅さやか
 律の風の意味は不詳(陳謝)。でも、幻の山野草「ヒゴタイ」に、この句でお会いできた。

テンガロンハットぐるりと木の実かな   あさふろ
 『テンガロンハット』の意味とそのリズム感が、コミックの様な躍動と楽しさを演じる。


2019年10月9日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 秋暑しの日が続きますが、皆様いかがお過ごしですか。この蒸し暑さにはそろそろ退散してほしいものですね。10月、11月は吟行シーズンです。先日、私も飛鳥の高松塚古墳に行って来ました。よく手入れされた芝生広場は美しく、古墳はきれいな円墳でした。こぢんまりした壁画館では飛鳥人たちが色鮮やかに再現されています。近鉄飛鳥駅から歩いて行くことができました。
 さて、今回は171句の中から。

【十句選】

さわやかに母銀髪のひととなる   短夜の月
 白髪染めをしない自然のままの髪色をグレイヘアというそうです。ナチュラルな生き方のスタイルとして、お母様も銀髪を選ばれたのですね。白髪ではなく銀髪という措辞が「さわやか」によく響いていると思いました。

草の花器量そこそこ三姉妹   百合乃
 「器量そこそこ」は言い得て妙。肉親としての深い愛情が感じられます。本当は世界一美しい花のような三姉妹なのです。素朴で愛らしい草の花がよくあっています。

天高し味噌汁温き定食屋   ちづ
 天下は秋。空は高く、気宇壮大な気持ちにもなりますが、作者の寄って立つところは「みそ汁温き定食屋」です。温かい味噌汁にいつもの定食がしみじみとおいしい。食欲の秋はこんなところにこそ、と思いました。

草の露零れ万象揺らぎだす   今村征一
 静かに万象を映していた草の露が零れ落ちました。それを合図に、現実の万象が揺れ始めます。野分がいよいよ近づいてきたのでしょう。不安感を強めながら、静から動への場面転換が鮮やかです。

書斎には菓子パンの皿星月夜   茂
 「菓子パン好き」といえば、正岡子規が真っ先に思い浮かびます。夜食ではなく菓子パンの軽さが良いと思いました。書斎で過ごす時間を楽しんでいるのです。星月夜にはザラメの光るメロンパンもいいですね。

触るなの字の大きさや桃の笊   宮武桜子
 無人販売の売り台でしょうか。笊に盛られた桃はきっと甘く香っているのでしょう。柔らかそうな桃を見ればどうしても触りたくなるのが人情ですが、大書された「触るな」が、売り手の本気を表しています。笊の桃の大きさ柔らかさ、色や香りまで想像されました。

故郷は永久の路地奥金木犀   瀬紀
 故郷といえば大きな自然を想像しますが、子どもの頃に親しんだ本当の故郷はもっとささやかなものだったのかもしれませんね。子どもの頃の生活圏は金木犀の香る路地の奥。そこに全てがありました。共感性の高い句だと思いました。

萩に触れ芒に触れつペダル漕ぐ   スカーレット
 萩も芒も丈高くなり風が吹けば道にしなだれかかります。自転車のペダルを踏む足にも自然に触れるのではないかと思いました。秋草の盛りに自転車で行く爽快感が伝わります。

着信音菊人形の瞬かず   紅緒
 「菊人形の瞬かず」は、まばたきをしない菊人形の目を詠んでいるのですね。目の前で何が起こっても瞬きもしない菊人形。着信音で瞬く携帯電話との対比がユニークだと思いました。

施餓鬼会の僧の明るきお説教   ヤチ代
 地獄で飢えと渇きに苦しんでいる餓鬼のため、食物や飲み物を供えて法要するのが施餓鬼会です。施餓鬼会のお説教と言えば、餓鬼道に落ちた者の怖いお話が多いと思うのですが、明るいお説教を聞かれたのですね。「明るき」は、施餓鬼会の全体の雰囲気も伝えていると思いました。

【その他の佳句】

鶏の吊らるる路地や青棗   古都ぎんう

小鳥来る窓辺に寄れば妻も来て   たいぞう

談判の相手も使ふ秋扇   柏井青史

星ひとつ増えた銀河を仰ぐ通夜   福村まこと

蚯蚓鳴くバランスのよいL−R   マチ ワラタ

 (L−Rエルアールはバンド名)

休暇明大阪弁の転校生   彩楓


2019年10月2日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ラグビーワールドカップ(W杯)で、9月28日、日本がアイルランドに逆転勝利して日本中を湧かせてくれました。飛び交う「大金星」「番狂わせ」などの言葉に感染して、「ラグビーは歳時記の冬の季語」であることくらいしか興味のなかった私も、対戦を録画で観てみました。
 チームは素晴らしくかっこ良くて、感動しました。ただ、解説を聞いてもラグビーの何処にルールが存在するのかほとんど理解できませんでした。みんなで反則ばかりしているように見えました。今は、実は阪神タイガースが30日の中日戦に勝って、逆転のクライマックス・シーズンに進出してくれる奇跡を祈っているばかりなのです。

【十句選】

キスしたくなるよさよなら星月夜   短夜の月
 「キスしたくなるよ」で切れるか、あるいは「さよなら」で切れているとも読める。私は前者がいいかなと思った。このまま星月夜の下にはいられない。私は、渡辺白泉の<われは恋ひきみは晩霞を告げわたる>の切ない句を思い出した。同じ作者の「川べりをキャットウォークして無月」は楽しい無月だ。

とことこときのこ摘みけりいとこの子   赤橋渡
 茸って摘むかなあと一瞬思ったが、最後に出てきた「子ども」で納得。子どもなら摘むだだろう。「とことこときのこ」「いとこの子」のリズムが子どもの動きそのもので、声に出してみてとても楽しい。

房持つて葡萄を皿に横たへる   二百年
 房持って横たえるのだから粒の大きい葡萄を想像できる。そしてなるほど葡萄は「横たへる」果物だ。私などは、洗うときに枝から一粒一粒外しているので、この句から手にのせたときの重みを改めて思い起こされた。

ひそやかにパスワード入れ開く秋   まるめ
 「ひそやかに」は「パスワード」「開く」「秋」のそれぞれの言葉にかかっているよう。パスワードを入れたら秋が開いた、という展開に惹かれた。

僕の手の水を舐め果て逝く仔猫   うさの
 水が湛えられている僕の手をまずクローズアップさせて、自分が舐めているのかなと思うと、逝ってしまった仔猫なのだとわかる。舐め「果てる」に悲しみが深くなる。「仔猫逝く」としてもいいかもしれない。逝ったあとの「僕の手」も印象に残るように思う。
 同じ作者の<麦茶つととと喉一つでは足りぬ>では、自分の喉が足りないのが面白いと思った。

灯火親しむブッチャーの手にフォーク   幸久
 ブッチャーといえば、私にはプロレスのアブドーラ・ザ・ブッチャー。およそ「灯火親しむ」から想像出来なかった展開である。DVDでも観ているのだろうか。画面では血も飛び散っていそう。独り楽しむプロレス観戦も、秋灯の下であることには違いない。

列車ごと沈むたそがれ大秋野   今村征一
 秋の野原の雄大なシーン。黄昏の中を、秋野とともに沈んでいく列車を眺めている。その人物の影も見えてくる。
 「大秋野」の「大」が無くてもいいのではないかと思った。列車ごと沈むだけで充分景色は大きいので。

見上げをり蜻蛉の空と雲の空   大塚好雄
 空を、雲と蜻蛉が分け合っている。寝転がっているのかなあ。あ、それでは「見上げをり」とは違うか。原っぱかあるいは畦道に立って見上げた空か。一緒に見上げている気分にさせてくれた。

海音の三保車中泊鳳仙花   酒井とも
 三保の松原に車中泊している。キャンピングカーの中まで波が寄せてくるような「海音」を聞きながら。名勝に対して、親しい鳳仙花がいいと思った。

百日紅から五番目が姉の墓   スカーレット
 公営の墓地だと広いので、何度か訪ねても迷ってしまう。目印は華やかに咲く百日紅。そこから五基目を探せば良い。すぐそばに百日紅があるお墓なんて、いいなあと思う。「姉の墓」には、優しい白である気もするし、明るいピンクも想像する。

【気になる5句】

転職の初出勤や鳥渡る   伊藤順女

秋の夜風に手足を出している   藤井美琴

ステッキとシルクハットと秋の薔薇   古都ぎんう

 「薔薇」だと三拍子そろってしまうところですが「秋の薔薇」として、この人物の立ち姿に少しの影を落としたのは面白いと思いました。

秋薔薇を干すアパートを出ていくわ   じゃすみん
 こちらの「秋薔薇」は、夏真っ盛りの「薔薇」の方がいいかもしれません。せっかく「出ていくわ」と、胸のすくセリフを放ったのですから。

わかり合へなくて当然竹の春   比々き
 「当然」と言い切ってはみたものの・・・。「竹の春」のすかし方が上手いと思いました。


2019年9月25日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 秋風が涼しくなってきました。今回の投句は180句。
 ドクターをつとめるのもあと半年程度になりましたが、最後までおつきあいお願いします。

【十句選】

とうめいな血をふりまいて守宮の尾   抹茶金魚
 幻想的な句。ひらがな、漢字をまぜた表記もマジカルな雰囲気を増しています。

がちゃがちゃや母に触角ありし頃   短夜の月
 母に触角があった、だからあんなに子どもの夜泣きや不安な声に敏感だったのか、そして触角がなくなって、たぶん反応が衰えた母とともに虫の声を聴いている。奇想めいて、実はとてもリアル。

小鳥来て誰か私を知らないか   幸久
 小鳥の発言にもみえるし、小鳥来る季節に、アイデンティティを問い直す作者像でもある。

穴惑い石垣どれも番号無し   紅緒
 番号のある石垣は組まれた時期の名残といいますが、無個性な石垣を前に、入るべき穴を見失う蛇、おかしいような、悲しいような。

心太だった男だ最初から   茜
 心太、と評される男、柔軟なのか優柔不断なのか。そればかりでなく「最初から」。それに改めて気づく自分自身、もうあきらめの心境、それとも堪忍袋の緒が切れる寸前?楽しい句です。

休暇明ステゴザウルス連れ帰る   じゃすみん
 ステゴザウルスは、、、大きいでしょう。これ、なにかの比喩とか、ぬいぐるみだ、とか、答えを探してしまうと面白くない。恐竜を連れ帰る、豪快な家族を想像し、楽しみました。

骨太の手首の数珠や秋遍路   酒井とも
 一転、微細な観察眼で詠まれた句。いかにも遍路。

バザールの裏のにぎはひ轡虫   彩楓
 異国の喧噪と、かすかに聞こえる虫の声。類想も多いと思いますが、できあがった一句です。

ランドリーにだあれもいない良夜かな   マチ ワラタ
 上五のリズムを崩す「に」が必要だったか。郷愁や幻想につながる下句だけに、やや説明的な感じがします。

名月や寂しい大きなボタンなり   瀬紀
 「や」切れで大きく切れながら「なり」の断定は、やや重たいか。ボタンの色や用途で体言止めにしたい。

【選外佳作】

小鳥来る矢沢永吉聴きたくて   まつだまゆ
 意外な小鳥像です。いや、「小鳥来る」と矢沢を聴きたい作者とは関係ないのかもしれませんが、まるで小鳥が、矢沢のライブに殺到しているような。矢沢という固有名詞の強さですね。

龍淵に潜みて揚がるドーナッツ   古都ぎんう
 季語「龍淵に潜む」とドーナッツは無関係なのに、こう書かれるとまるで因果があるように思えます。ドーナッツが美味しそう。同じ作者「傷つけて傷つきました秋の薔薇」は、トゲで傷つくイメージで季語との取り合わせが近くなってしまいました。

こおろぎや作品集は非売品   宮武桜子
 絵や写真の個展でしょうか、それとも俳句集でしょうか。もう少し情景が具体的だともっといいのですが、こおろぎのはかなさ、無心さとの取り合わせがうまく利いている。

引き抜きを抜けば狂女に夏歌舞伎   日根美恵
 先日南座で『四谷怪談』を見ました。同じ演目でしょうか。やや説明的ですが、一瞬の変化、役者の芸をとらえた句ですね。

終点のプラットフォーム無月かな   百合乃
坂道はきついから好き草の花   紅緒

 季語も形もぴったりはまった句。ただし、文体としても先行する類似句がありそうで、もしかするとほとんど同じ句を作ってしまう人が多いかも。

空タカシ葡萄ヒトツブゴトニキス   ロミ
柿の実はグラデーションに染まりをり   谷あやの
擦られるのこわい中指と生姜   うさの
洋梨を薄刃でスススッスススススッ  あさふろ

 情景が分かるような分からないような、想像すれば当たり前の情景でもあるのですが、表現がちょっと楽しい句たち。


2019年9月18日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 9月は月がとても美しい季節です。先日の仲秋の名月は、朝方、西の空に見ることができした。たまたま起き出し空を見上げて、名月に気づいた次第です。例年は、ススキを活けたり、お団子を供えたりするのですが、今年は忙しさにかまけ、うっかり名月を忘れるところでした。俳人としては、心許ないですね。反省しきりです。

【十句選】

まっさらな心を掴む今朝の秋   茂
 残暑はまだ厳しいが、暦の上ではもう秋。早朝などふっと秋の訪れを実感する。自分のなかに眠っている「まっさらな心」を見いだし、「掴む」と表現した。

おはじきに宿る新涼児童館   藤井美琴
 おはじき独特の感触や、おはじきが触れ合う時のカチカチという音は、涼しさを呼ぶ。子供たちがおはじき遊びに興じている傍らで、はっきりと涼しさを意識している。とても小さいもの、小さい事への視点がいいと思った。

クロールで四十六億年をゆく   加納りょうこ
 地球が誕生して46億年たつと言われている。46億歳の地球だ。気が遠くなるような時間を悠々とクロールですすむ。地球と水と人間の歴史を思う。

初秋や水に戻れる水の音   たいぞう
 水に戻る水を連想するとおもしろい。さまざまなシチュエーションが想像できる。多くを語らず、余白をもたせることで、広がりのある句になっていると思う。

大根畑土に座るをためらわず   百合乃
 大根は、冬の季語。今季の投句としては、やや気になったが、あえて頂いた。スーパーで綺麗にして売られている大根も、もともとは土の中で育ったもの。大根のふるさとである大根畑には、どしんと座りたい。

大店舗去る街角の色なき風   谷あやの
 かつては賑わっていた大きな店舗が姿を消すのを、時々目にする。あの店でわくわくした日々があったと感傷的になるのは、秋のせいだろうか。時事句は、難しいといわれるが、さらりと昨今の世情を詠んでいる。

灯火親しコンビニで読む週刊誌   伊藤順女
 「灯火親し」という季語の本意を裏切る意外性があった。コンビニで週刊誌を読むことも、活字を欲しているには違いないのだが・・・。

さはやかや動物園に朝の来て   二百年
 動物園の朝がいいと思った。眠りから覚めた動物たちが、活動を始める朝。原初の爽やかさがそこにはあるのだろう。動物の生き生きとした動きや表情が浮かんでくる。

小鳥来る積み木に四角丸三角   彩楓
 小鳥がやってくるとうれしい。ちょっと幸せな気分になる。いろいろな形の積み木も、やわらかな木の香りがする。

紙と鉛筆あればしあはせ秋の空   比々き
 「紙と鉛筆があればできますよ」。俳句を始めた時に言われた言葉。俳句に限らず、文章でも絵でも、紙と鉛筆があればいろいろな事ができる。下五の「秋の空」でうまく押さえた。


2019年9月11日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 9月になって朝夕はしのぎやすくなりましたが、日中はまだまだ暑い日が続いていますね。最近は「秋バテ」という言葉があるくらい、この時期に体調を崩す人が増えているようです。それでも雲の形は着実に秋の雲の形になっています。夏の終わりはいつもさびしいですが、秋の実りを楽しみに過ごしていきたいと思います。

【十句選】

もてあます葡萄一粒ほどの憂鬱   まゆみ
 ほんの少しだけなんだけれど何か引っかかっていてモヤモヤすることってありますよね。「葡萄一粒」が効いています。

秋暑しフリーダ・カーロとなる眉間   短夜の月
 フリーダ・カーロはメキシコの現代絵画を代表する画家。作品の大半が自画像ですが、眉がとても特徴的です。印象的なフリーダ・カーロの眉間と立秋を過ぎても続く厳しい暑さがどことなくリンクしているようです。

大夕立今朝の記憶を丸洗い   茂
 バケツの水をひっくり返したような夕立は迷惑なようで、一種の爽快感があったりします。嫌な記憶は夕立のせいで忘れてしまったことにしましょう。うっかり忘れてしまったことも同様に。

ドーナツの穴の向こうは秋の色   せいち
 ドーナツから見る秋色はどんな色だったんでしょうか。一読して秋晴れの爽やかな青色を想像しましたが、もしかしたら夕焼け空の赤色かもしれません。

籐椅子に並び均しく老いにけり   たいぞう
 昔青年だった方々が籐椅子に並んで座っていらっしゃる微笑ましい光景が目に浮かびました。「均しく老い」がいいですね。

空っぽの虫かご一つ池の端   谷あやの
 子供が虫かごを放置したのかずっと前から放置されているのか。何気ない光景を詠んだものですが、無邪気さと一種の寂しさがどちらも感じられる句です。

ふところに手長猿いる秋の月   酒井とも
 月の影はウサギをはじめいろんなものに例えられます。この時の月にはきっと手長猿がいたんでしょうね。「さる引きの猿と世を経る秋の月  芭蕉」を思い出しました。

蝉時雨退行願望圧縮比  干寝 区礼男
 すべて漢字で構成されている句。蝉時雨に取り囲まれるような息苦しさを感じます。「圧縮比」がよくわかりませんでしたがあまり堅苦しく考えなくてもいいのかも。漢字のみで構成されている句には賛否両論あるようですが「祖父母父母叔父叔母従姉妹花筵  芳野ヒロユキ」これは私の好きな句です。

引っ張って丸めて刻んだ秋の雲   瀬紀
 勢いのある夏の入道雲などに対して秋の雲は確かにちぎれたような形をしたものをよく目にします。秋の雲の作り方を詠んでいるようで面白いです。

老いたればこの世が不思議いわし雲   大塚好雄
 年をとるとずっと当たり前に思っていたことの謎や今まで気づかなかったことに気づいたりするんでしょうか。心からのため息が聞こえてきそうです。


2019年9月4日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 2019年も9月に突入しました。「スポーツの秋」とはよく言ったもので、今年は9月以降たくさんのスポーツイベントがあります。ラグビー・柔道・バレーボール・陸上・野球など、日本を代表した戦いが繰り広げられます。これから始まる秋のイベントを楽しみましょう。

【十句選】

帰省子や一頭分の牛を食う   うさの
 この「帰省子」の若さや元気良さが、よく表現されています。普通で考えたら、牛一頭を食べるなんて無理なことですが、この過剰な表現が掲句をさらに良くしています。

敬老の日や傘がない傘がない   うさの
 リフレインの面白さ。季語が「敬老の日」ということもあり、ボケてしまっている老人が想像できますが、リフレインのおかげで微笑ましい光景になっています。

奥利根の冷気の中の桃の香よ   太郎
 大自然の中での深呼吸は、とても尊いものです。肺の中に新鮮で冷気のある空気を取り込むと、日常生活では感じられない自然の良い香りも感じます。掲句の「桃の香」も、そうした大自然の中で感じることのできた香りなのでしょう。

二百十日胡椒の効いたソーセージ   せいち
 基本的な取り合わせで作られている一句。特に、「二百十日」と「胡椒」の組み合わせが成功していると言えるでしょう。全く関係無い言葉同士なのに、胡椒がよく効いた「ソーセージ」のピリッとした感じを良く表現できています。

キッチンの何だか広い今朝の秋   せいち
 少しずつ秋らしい空気を感じられるようになってきました。秋の、あの凛とした空気はとても気持ちいいものです。「天高し」という季語があるように、秋の空気は、私たちの日常の空間を広くしてくれるのかもしれません。掲句のように、キッチンが広く感じるのにも共感できます。

長崎やラムネ綺麗にひかる朝   加納りょうこ
 上手いと感じました。「長崎」と夏の季語「ラムネ」を取り合わせるけとで、言葉には出していなくても、長崎の原爆を想像できます。この想像の幅を持たせるのは、俳句にとってとても大切です。あえて「綺麗にひかる」と言い切っている点も良かったです。

生まれた日むすめが吸った風涼し   干寝区礼男
 「むすめ」もそうでしょうが、何よりも「涼し」さを感じているのは親の方でしょう。親になる責任感やこれからの未来への展望がよく表れています。

孫去りて夏の尻尾を手繰り寄す   瀬紀
 帰省していた家族一家が帰っていった光景なのでしょう。「孫」との夏の思い出を「夏の尻尾」と例えたのも良いですね。

マンモスの鼻の先から秋に入る   中 十七波
 拙句に「やや伸びて秋に触れてみたい鼻毛」があります。人間も「マンモス」も、秋を感じるのは「鼻」からなのかもしれません。まだ蒸し暑い日が続いている今現在ですが、あと少しすれば鼻先から秋に入ったと実感できるでしょう。

一行でハマる小説原爆忌   中 十七波
 「原爆忌」は、やはり重たい季語。そこに「ハマる」という言葉を使うことで、軽みが生まれています。この言葉のバランスを考えて取り合わせることは、非常に重要です。