「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断します。
一層のステップアップにお役立てください。


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投句受付は終了しました。

2020年6月24日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 このコーナー最後の「10句選」となりました。
 私は、2014年から約6年間担当させて頂きました。一句一句に向き合い、様々な思いが込められていることを実感しながらの選でした。振り返れば、共に学び、共に歩んだ尊い時間だったと思います。たくさんのご投句をいただきました。特に、最終回に当たっては、心温まるコメントをお寄せ頂きました。ありがとうございます。
 またどこかでお名前を拝見できますように。それではお元気で。

【十句選】

ありがとうございましたと枇杷の種   遊飛
 甘みが滴る美味しい枇杷を食べた後に残るつややかな種。枇杷は実に対して種がとびきり大きい。感謝の気持ちを託するのが、「種」であることが面白い。

マリア像泉は鳥の歌を聴く   藤井美琴
 絶え間なく湧き出る豊かな泉は、傍らに立つマリア像を映しているのだろう。鳥の歌を聴いているのは、泉であり、マリア像でもある。重層的な表現で奥行きのある句となっている。

印象と違うあの人仏桑花   百合乃
 仏桑花は、ハイビスカスのこと。呼び方でずいぶん感じが変わる花だと思う。花の明るさの中にある昏さを思う人もいれば、底抜けの明るさのみを思う人もいる。それが「印象の違うあの人」を連想させている。

カオナシの隣に座る五月闇   宮武桜子
 「千と千尋の神隠し」に登場するカオナシは不思議なキャラクター。地味で不気味だが、妙に引っ掛かる存在。五月闇とカオナシの取り合わせは漆黒の闇をますます深くする。

夏至乗せてローカル線の一両車   京子
  田植えの終わった田が一面に続く中を縫うように、一両列車が走っている。どこか懐かしさを覚える風景だ。眼目は、「夏至乗せて」。シンプルでさりげない詠みがいいと思った。

亀の子を売る琺瑯の洗面器   ヤチ代
 夜店などでよく見かけるいわゆる銭亀。琺瑯の洗面器(たぶん、どこか欠けている)で売られているのが哀れである。

夏至の夕英字新聞持つ人と   茂
 日の出から日没までが一番長い夏至。夕方はまだ明るく、まだ一仕事できそうな時間帯だ。英字新聞を持っている人は、恋人か、家族か、友人か。いずれにせよ、その人と過ごす豊かなひとときがそこにある。

神さまの小さなあくび蝸牛   たっか
 蝸牛は確かに神様の小さなあくびから、ぽっと出てきたような気がする。自在な発想が楽しい一句。

あじさいも思想も雲もぽっかり浮く   紅緒
 あじさい、思想、雲を同列に配したのが面白いと思った。どれが一番でもなく、どれも同じように愛おしい。どれもぽっかり浮いている。この光景、この軽み、いいなと思う。

梅雨じめりクリームパンは二個食べる   意思
 梅雨じめりの頃は、じくじくとして嫌なものだが、そんなことには関係なく、クリームパンは、二個食べるときっぱり決めている。この断定、妙に納得させられた。


2020年6月17日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 紫陽花が美しい季節になりました。私の十句選もこれが最後になります。あっという間の6年でした。ドクターとは名ばかりで、私の方がみなさまからたくさんのことを教えていただき、心から感謝しております。本当にありがとうございました。そして今回、多くの方が投句にあたたかいメッセージを添えて下さっていました。重ねてお礼申し上げます。
 私自身今後どのように活動していくか全く白紙の状態ですが、「ことばを大切にする」ことは忘れずに居たいと思っています。そしてどこかでまたお会いできることを願っています。

【十句選】

新緑の限りを風の吹く小道   まゆみ
 爽やかな初夏の風景が目に浮かんできます。誰もいない緑の小道を風に吹かれながら歩きたい。

万緑の街は獣を飼ふ檻に   短夜の月
 猛々しいほどの緑に覆われた街から檻を連想したのでしょうか。新緑の瑞々しい緑とは違って、「万緑」からはむせかえるような生命のエネルギーが感じられます。

山法師だったとわかるあそこの木   マチ ワラタ
 ずっと気になる木があって、それがずいぶん後に山法師だったとわかったのでしょう。「だった」と  いう過去形が懐かしさを感じさせます。山法師は花水木と似ているので、遠くから見てどちらなのかわからなかったのかもしれませんね。

ひとつ家にあの世この世の人驟雨   藤井美琴
 とても不思議な世界を詠んだ句です。夕立に振り込められる家でこの世とあの世のあわいにあってふと感じるもの。このような感覚は私も感じたことがあります。光景も思い浮かぶようです。

老鶯は歌う激しく風吹く日   藤井美琴
  「老鶯」とは夏の鶯のこと。夏になり巣作りのため山の中に入ってしまった鶯が激しい風に負けないように高らかに鳴いているのでしょう。強風に張り合って鳴く鶯が何とも印象的です。

苺だけつままれてゆく反抗期   古都ぎんう
 一読して、お子さんが反抗期真っただ中で親とは口もきかない、ご飯も食べない、なのに好物の苺だけは摘まんでいく、というようなことかなと思いました。そうだとしたら、親の立場に立つと腹立たしいけれど、少し微笑ましい光景でもあります。

はつなつのアイロンまつすぐの野望   いづみのあ
 爽やかな初夏の日にアイロンをかける。それはありふれた日常の風景なんだけれど、野望を抱いてアイロンがけをするとはただごとではありませんね。「アイロンをピシッとまっすぐにかける」という野望なのか、何か胸の中に抱いているのか。どちらにもとれます。「まつすぐの野望」がいいですね。

ヒーローの夏の休暇は別の星   吉野利美子
 みんなの味方のヒーローもバカンスは別の星で過ごすんですね。発想が面白かったです。

青い羽テープで紙に留める夏   たっか
 赤い羽根や緑の羽根に比べると青い羽根はまだ知名度が低いかも。「青い羽根募金」は海で遭難し た人々の救助活動にあたる全国のボランティア救助員の方々を支援するための募金です。この句の「青い羽」はそれとは全く関係ないものかもしれませんが、どちらにしてもテープ(多分マスキングテープ)で紙に留めるという若々しさと「青」と「夏」がとてもよく合っていると思いました。

紫陽花のしずく払えばおはじきに   紅緒
 色彩イメージの美しい句です。紫陽花は七変化とも言われているように色の移り変わりが魅力でもあります。そのキラキラしたしずくがカラフルなおはじきになるという発想が素敵です。

【ひとこと】

透き通るような匂いの氷水   日根美恵
 「透き通るような匂い」はどんな匂いなんだろうと気になりますが、氷水は透き通っているものなので、他の表現の方がいいかなと思いました。

なかなかに終わらぬ祝辞花氷   素秋
 延々と続く祝辞に少し辟易しながら視線は花氷に向かっているのでしょう。氷が溶けるんじゃないかと思いながら見ているのかもしれませんね。

予定には何もないから蝸牛   干寝区礼男
 ここ数か月、私も予定がほとんどなくなりました。そんな時だからこそゆっくりできるとよかったんですが現実はなかなかそうもいかなくて。また忙しくなってきたのであの時間がもったいなく思えたりしています。蝸牛のようにゆっくりと進むのもいいですよね。

梅雨曇り手ぶらの彼は河童かも   えふ
 梅雨の頃のどんよりした空気の中に現れた怪しげな人物。着眼点は面白いのですが「かも」はなくてもいいかなと思いました。例えば「梅雨曇り手ぶらで河童現れる」などはいかがでしょう。彼を河童にしてしまいませんか?

百合匂ふ埃のやうな雨降って   ちづ
 インパクトはあるんですが、「埃のやうな雨」が少しわかりにくかったです。ふわふわした雨なのかそれとも埃っぽい雨なのか。百合の匂いの強さとお互いに相容れないかも。

虫干の少年少女文学全集   中 十七波
 少年少女文学全集、懐かしいです。私も子供の頃読み耽りました。実家に帰ったらまた読もうかな。


2020年6月10日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】にかえて

 ババンバ バン バン バン
 ババンバ バン バン バン
 ババンバ バン バン バン
 ババンバ バン バン バン
 いいとこだ いいとこだ
 さよならするのは辛いけど
 時間だよ 仕方がない
 次の回までごきげんよう

【十句選】

蚊帳の内寝相の悪い宇宙人   板垣直美
 この「宇宙人」は比喩でしょうが、「蚊帳」で寝ているということで、親近感がわきます。また、「寝相が悪い」というところに子供らしい可愛らしさがあります。

子蟷螂いっぱしにカマ擡げをり   板垣直美
 「いっぱし」の言葉選びが絶妙。大人のカマキリではなく、「子」のカマキリであるからこそ、「いっぱし」がよく効いています。

銀河ステーションすき屋の看板まで100歩   いづみのあ
 取り合わせの面白さがあります。宇宙旅行が遠くない未来に実現した時、「銀河ステーション」には当たり前に牛丼屋の「すき屋」がある風景は、ある意味でロマンがあります。

悲しいこと明るく書けば窓に虹   短夜の月
 拙句に「かけっこで転けて見上げた空に虹」があり、掲句も同じ構造の一句だと思います。自粛生活が続き、悲しいニュースもたくさんある最近です。でも、心持ちだけでも「明るく」いれば、悲しい物事にも綺麗な「虹」を見出だせるかもしれません。

非正規の蟻が途方に暮れてゐる   たいぞう
  「非正規」の言葉選びが抜群に良いです。「蟻」の世界に、人間社会のシステムがある発想が愉快ですね。コロナの影響を詠んだ一句ではあるでしょうが、時事的な様子に影響されない、自立した一句だと思います。

宇宙から一億二千のカーネーション   干寝区礼男
 「宇宙」と「カーネーション」の取り合わせの良さ。また、具体的に「一億二千」と書いたところも良いでしょう。「たくさん」や「いっぱい」とするよりも、想像力が働き、イメージの広がりができます。

夕焼に焼豚吊るす中華店   ふわり子
 夕方の風景に吊るされた「焼豚」があるのは、『always 三丁目の夕日』のような、心象風景を思い出させます。また、具体的に「中華店」と書いたところも、この句の良さを引き立てています。

君んちのスラダン・キャベツ・プロテイン   たっか
 名詞の羅列だけですが、「君」の性格や生活感をよく想像できます。また、不思議と「君」に対する恋慕のような感情が読み取れ、中高生独特の初々しさや瑞々しさがあります。

さくらんぼないしよ話のくすぐつたい   中 十七波
 季語の「さくらんぼ」もそうですが、表記を「ないしょ」や「くすぐつたい」と平仮名にすることで、子供同士の内緒話の様子を描くことができています。子供の可愛らしい様子が想像できます。

遮断機がもうすぐ下りる梅雨に入る   遊飛
 取り合わせを上手く使っています。「遮断機」が下りる様子と「梅雨」に入る様子は、不思議な繋がりを感じます。また、「下りる」と「入る」の韻を踏んでいるのも、掲句の良さでしょう。

【選外佳作】

So long, banana’s rain is you for me.   干寝区礼男
 果たしてこれは俳句なのか。自由詩との境界線は何か。むしろ、俳句は日本語だけのものなのか。これから俳句の可能性を模索するうえで、どれもが大切な問い。作品の出来不出来は別としても、私の最後のドクター回で、掲句のように挑戦した作品をぶつけてもらえたのは、同じ俳人として嬉しいかぎりです。

レッドオニオン愛されて透く肌のよう   瀬紀
 「レッドオニオン」と透明感のある「肌」の取り合わせが良いです。しかし、惜しいのが最後の「よう」です。同じ意味の「ごと」とした方が、軽みがなくなり、句の意味合いにあった作品になったと思います。

空瓶を道にならべて夏休み   たっか
 嬉しい「夏休み」も、次第に暇になる。やることがないから「空瓶」を並べるところに、空虚感と子供らしさがあり、良い描写だと思います。

高速のママチャリ通り過ぎて夏   たっか
 「夏」と「ママチャリ」の取り合わせから、夏休み中の中高生を思い浮かべました。「高速」の描写もユニークで良いですね。

生乾きパンツと夏のマスクかな   菊池洋勝
 本来なら「マスク」は冬の季語ですが、今のご時世、夏に入ってもマスクは必要。そんな必要な「マスク」と「生乾きパンツ」の取り合わせはユニーク且つ風刺が効いてます。

【おわりに】

 今日で私のドクター回は終了です。短い間でしたが、ありがとうございました。
 何よりもこんな若輩者に、大切な作品の診断を仰いで下さり、また、温かいコメントまで寄せていただいた皆様に感謝申し上げます。
 船団が終わるに伴い、もうじきこのコーナーも終わります。
 だからこそ次は、これまで投句していただいた皆さんと同じ立場で、句会したり俳句を語り合ったりしたいと思います。
 そんな日が来るまで、ごきげんよう!

 山本たくや 拝


2020年6月3日

秋月祐一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 私の十句選は、今回が最後になります。
 選句し評を書くことによって、その句の良さにあらためて気づくということが多々あり、ドクターである私が、いちばん勉強させていただいたような気がします。このような貴重な場を与えてくださったご投稿者の皆様に、心より感謝いたします。
 また今回、ご投句とともに、私やこのコーナー宛のメッセージを添えてくださった方が多数いらっしゃいました。厚く御礼申し上げます。
 さて今回は、170句の中から。

【十句選】

蛸の飛ぶくるるふーいと水の中   二百年
 蛸(たこ)が自在に泳ぐさまを「くるるふーい」という独創的なオノマトペで表現。「蛸の飛ぶ」と切り出し、宙を飛んでいるのかと思わせて、「水の中」で収めたところにも表現の工夫が。

人見れば人のうれしさ合歓の花   藤井美琴
 「人見れば人のうれしさ」は、人の世に生きるよろこびを感じさせてくれるフレーズ。と同時に、合歓(ねむ)の木が、人を見かけたときによろこんでいるようにも感じられ、あじわい深い。

罌粟の実のこぼれて人の多き星   古都ぎんう
 小さな種をこぼす「罌粟(けし)の実」と、多くの人々の暮らす地球を重ね合わせた連想。それは大小の対比のダイナミックさを感じさせ、かぎりなくやさしく、美しい。

病む人にさりげない嘘さくらんぼ   たいぞう
 病む人と共にさくらんぼを食べているのだろう。そんなときに、種をそっと吐きだすみたいに、さりげない嘘をついた。精一杯、さりげなさを装っているのかもしれない。

病床へ目力のある金魚かな   菊池洋勝
  病床へあらわれた金魚は、目力のある金魚であった。その目力に圧されたときに、病床にいる作者は、自分の中に、圧しかえす力のようなものが生じていることに気づいたのだろう。

火酒注ぐ薩摩切子や麦の秋   まこと
 火酒とは、アルコール分のつよい蒸留酒のこと。この句の場合「麦の秋」とあるので、麦焼酎だろう。薩摩切子の美しいグラスに酒を満たし、麦秋の情景を思い浮かべながらの、至福の一杯。

青大将進むソーシャルディスタンス   中 十七波
 人々がソーシャルディスタンスをとる間を、青大将がのっそりと進んでいく。そんな景が浮かんだ。あるいは蛇を見て、わっと飛び退いた人々の距離、それがソーシャルディスタンスか。

寄せ書きをバッグにしまい姫女苑   たっか
 なにかしらの別れや旅立ちの場面に作者はいるのだろう。姫女苑(ひめじょおん)の花のような、つつましやかな女性が、今日は寄せ書きをもらうような座の主役になったのである。

こんもりと身籠もる人と葉桜と   ヤチ代
 「こんもり」という副詞は、丸く盛り上がったさまと、木が生い茂ったさま双方にかかる、という発見にもとづく句。葉桜と重ね合わされたことで、「身籠もる人」がより美しく見えてくる。

金魚たちたしなみとしてフラダンス   紅緒
 金魚たちが「たしなみとして」フラダンスをするという。金魚とたしなみという言葉の組み合わせに、なんとも言えないおかしみがある。大きな尾びれが、ゆらりゆらめく。


2020年5月27日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ついにこの時がやって来ました。糶(せり)台で跳ね回っているような、新鮮な句々や季語との出会いを、毎回楽しませていただきました。思い返せば、わたくし自身の俳句を振り返る機会でもありました。
 いくつもの大切な思い出を ありがとうございました。

【十句選】

声のしてきそうな空き家若楓   日根美惠
 土地の暮らしを知り尽くした古民家が、また空き家に。幼や、お婆ちゃんの声が聞こえて来そうな佇まいを守るように、楓の新樹が取り囲んでいるのに。時の流れが美味しそうな景。

地図を見て初夏と二人で話したい   干寝区礼男
 擬人化した季語との会話は大胆、詩になった。スーパー歌舞伎のシーンを見ているような、トキメキが伝わる。下五『話したい』はダメ。言い切って、俳句らしい啖呵を切ってみては。

ヤマボウシ法螺貝の音谿渡る   板垣直美
 純白の4枚の苞(蕾を包む葉)が人目を惹き、新樹の山法師はイケメン。『法螺貝、谿』など伝統の用語は確かに俳句になる。コロナ、初音ミクなど『新造語』との取り合わせにも挑戦を。

ハンドルを肩の高さに黄砂降る   善吉
 コロナ禍。煩わしくも、愚直に黄砂はやってくる。その一番の解決策はこれ。イージー・ライダーの高ハンドルで街中を疾駆するのだ。理屈より、体と五感がサッと了解させる。

鰊群来父の遺影を窓に置く   みなと
  鰊群来を「ニシンクキ」と読む。産卵で大群のニシンが北の日本海岸に押し寄せるさま。春の季語。モノクロの記録映画でしか知らない往時の事実を、この句は思い出させてくれる。

さあおいで包んであげる枇杷のごと   瀬紀
 近くの小公園で遊ぶ幼なの姿を、今年はよく見かける。あどけない所作を眺めていると、皮を剥く前、茂木ビワを手のひらに包んで、軟毛に包まれた果実を愛でたことを思いだす。

憲法記念日佐世保バーガー食んでをり   伊奈川富真乃
 テレビ番組で見たきりだが、朝鮮戦争の特需でこの街に誕生した。作り置きしない手作りのバーガー。美味しくて、質実剛健。日本国憲法の性格に、どこかが似てる。守らなければ。

青葉風ジャングルジムのはらわたへ   あさふろ
 自宅前の公園にはジャングルジムが。少女たちが傘で屋根を噴いて「ホームドラマ」を演じていると、青葉風が様子を覗きに顔を出した。その胴体に膓(はらわた)を発見した俳人がいた。

筍のちよんちよりんこの見え隠れ   中 十七波
 中七は『ちょんちょこりん』をパロディー化して楽しんでいると解した(あるいは 誤字?)。春筍のあの食感が待ちきれずに、店先をはしごし、竹林の柵の辺りに出没する作者の姿が。

校章のくっきり光る花水木   紅緒
 伝統と革新で名を馳せる学舎の新学期。真っ直ぐの広い通学路に、白色で統一された花水木が一斉に咲きだすと、時計塔のモダンな学章はシンボルカラーの金と青色が冴えを放つ。

【注目した5句】

夏来る持ち重りする歳時記「夏」   樋口滑瓢
 確かに厚い、殊に植物の章が。この発見を「持ち重り」と、斜に構えて表記した俳味。

小動脈瘤脳内発覚青嵐   まるめ
 字画の横列が脳内の毛細血管に見え、着眼の妙。青嵐がくも膜下出血を抑えこんでくる。

ポストまで今日の外出風五月   まこと
 句のテンポが心地よくて、このコロナ鬱を「コロナ晴」へと変えてくれそうだ。

北北西指せり青葉の風向計   比々き
 サトーハチローの歌曲を思い出させる。もう少し時を待てば、薫風が吹いてくれそう。

芍薬を香るキャベツと言ふ娘   奈未
  初夏の空に向かって花を開く芍薬にキャベツの香りを見た。もう、進路は料理研究家。


2020年5月20日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 皆さま、お元気でお過ごしですか。
 「今週の十句」担当も、今回が最後になりました。前身の「俳句クリニック」から14年間、本当に長い間ご投句ありがとうございました。今回の投句と一緒にコメントを寄せて下さった方もあり、ありがたく読ませていただきました。全国からお寄せ下さる皆さんの句には、風土や季節感、めずらしい行事や風習なども詠まれ、たくさんのことを学ばせていただきました。これからもどうぞお健やかに、俳句生活をお続けください。ご清吟をお祈りしています。
 最終回は、173句の中から。

【十句選】

バイク便浜焼きの鯖届きけり   日根美惠
 今が旬の「浜焼きの鯖」がいかにもおいしそうです。「バイク便」にも勢いがあります。浜できびきび働く人の姿も見え、コロナ下での苦肉の策の宅配だったとしても、初夏の魅力の溢れた作品だと思いました。

幟立つ父の名入りの道具箱   たいぞう
 「父の名入り」に時代と風格が感じられます。父は昔、手仕事をする職人だったのかもしれません。名入りの道具箱には父の人生が凝縮されています。鯉幟を立てるという作業をきっかけに、さまざまな思いが広がっていったのでしょう。

ポン菓子のこぼれたままの街薄暑   せいち
 公園や空き地にやって来たポン菓子屋。大きな爆発音がして金属の籠にポン菓子があふれました。掲句は、大勢の見物人を集めていたポン菓子屋が去った後の風景でしょう。その一抹の寂しさを、街薄暑という季語がうまく受け止めていると思いました。

ここだけの話と言いて日永かな   冨士原博美
 気の置けない友人とのおしゃべりは「ここだけの話」になってからが本番かも知れませんね。話は弾んで、話題も尽きず「ここだけの話」で過ごす日永なのです。

麦の秋湯宿ぽつりと現るる   ちづ
 一面の麦畑の中にぽつりと現われた湯の宿は、鄙びた温泉旅館なのだと思います。出で湯の熱さは、麦の熟れる頃の熱っぽさ、麦秋の季感によく合うと思いました。

母の日の母通せんぼ小さな手   酒井とも
 母の日はお母さんに感謝をする日なのに、通せんぼする小さな手。いつも忙しくしているお母さんに、母の日のプレゼントを渡したくてのことだったのかもしれません。思いがけない子どもの行動に胸をつかれる、可愛らしさの詰まった一句だと思いました。

緑蔭を出て緑蔭に入る雀   スカーレット
 緑陰から日向に出て来た雀がまた緑陰に入りました。辺りには緑陰しかないのでしょう。雀と緑陰しか詠まれていませんが、その背後には眩しい日差しと輝く緑が控えています。シンプルな作りながら、自然の旺盛な生命力の感じられる句だと思いました。

桜蕊降る肘ついてばかりの子   あさふろ
 コロナで休校の長引く中、こういう子は多いのではないでしょうか。「肘ついてばかりの子」を叱ったりたしなめたりも、今年ばかりはできません。「外で遊んで来なさい」とも言えず、子どもの様子を見守るしかないのでしょう。「桜蕊降る」が時間の経過をうまく表現しています。

素足には透明すぎる渚かな   紅緒
 渚の波に足を浸すと、透明な水を通して自分の素足がはっきりと見えました。透明な海を素直に喜べばいいのに「透明すぎる」の措辞に屈折のある句です。きっと足で触れるにはもったいないほどの美しい渚だったのでしょう。けれども、素足だったからこそ触れられた海でもあるのだと思います。

目の端の片陰を山羊くるような   抹茶金魚
 目の端にある片影に注目した句です。賢い山羊ならきっと片影を来るはず、と作者は経験的に知っているのかも知れません。けれども、実際には、炎天下の片影の中は真っ暗で、そこに何が居ようが遠くからは見えません。真っ黒な片影の存在感を山羊に託して詠まれたのではないでしょうか。

【その他の佳句】

ががんぼの己の一肢見失ふ   みさ

青無花果恋しき人は親友で   古都ぎんう

ママチャリを飛ばす少年風青し   短夜の月

靴裏を消毒液に昭和の日   藤井美琴

正午なりA定食で燕来る   いづみのあ

風入れやお隣仔犬を飼う様子   まるめ

靴洗う在宅勤務夏隣   酒井とも



2020年5月13日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今回で、私の「十句選」は最後となりました。ご投句の際に多くの励ましの言葉を頂いたり、また淡々といつものようにご投句下さった方々にも、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。「余り拾ってもらえなかったけど」「いつも恐る恐る投句していました」「船団の俳句は難しい」など、心に染みました。「ひらめきのない時はどうされていますか」という質問も。「ひらめく」とは、いい言葉だなあと感じながら、そういう直球の質問にいつもあたふたしてしまいます。
 俳句とは関係のない本ですが『負けない力』(橋本治)の中に「重要なのは『問題』を発見することで『答』を発見することではありません。」という言葉がありました。コンピュータは答は出してくれますが問題は発見できない。今はやりのAiだってそうです。まずは問題を発見して自分にとって必要なものを探し当てる能力が「負けない力」であるようです。この場に投句していただいた方にとって必要なものを、私が少しでも発信出来ていたならば良いのですが。
 今回は175句から選句させていただきました。お互いにしつこく俳句を続けて、どこかで名前を見つけ合いたいです。

【十句選】

柏餅の餅を自由にしてあげる   短夜の月
 この句からは、池田澄子さんの「ピーマン切って中を明るくしてあげた」を思い出した。短夜の月さんのは、厚い緑の柏の葉から全容を見せたピカピカの白い餅が、大きく深呼吸してそう。投稿の際書かれていた句が出来たいきさつは深刻であったようですが、むしろ心まで開放される明るい風景。想いとはかけ離れた思いがけない着地が、俳句を創る魅力の一つであるように思います。

しゃぼん玉は不要不急になりますか   うさの
 不要不急なる用を、自分の生活から取り除いてみたら、なんだかほそぼそとした自分が残っている気がしました。私の生活にとっては、不要不急のものこそがとても大切なようです。俳句もその一つです。
 日が暮れかけて散歩に出ると、まだ帰りたがらない子どもがシャボン玉を大きく吹かしています。吹いた方とは逆に流れていくシャボン玉。うさのさんの問いに、しゃぼん玉は不要不急なんかじゃないぞ!って思わず叫びたくなりました。

鳥雲に入る人類は雨の中   藤井美琴
 「人類は雨の中」は、今世界中がそんな天候の中で暮している気がします。帰るべき時季に鳥は帰り、でも人の世界はずっと雨が降り続いているような心細い日々。空の世界と地上の対比が浮かび上がります。

絮の丘うつつをぬかす神父かな   干寝区礼男
 絮は蒲公英の絮のこと。白い冠毛となった蒲公英が、あちこちに立っている丘。神父さんがその丘で、絮を飛ばすのにうつつを抜かしている。絮に囲まれて、絮の気分になっているのかも知れない。きっといい神父さんです。

ドラムスティック腋に挟みてソーダ水   ふわり子
 ドラムスティックとソーダ水の取り合わせの句。ソーダ水は、夏の人気の季語です。どんな場面に置いたら、今までにないような更に素敵な言葉になるか工夫のしどころです。私も、この夏挑戦したいです。ドラムを叩く合間に、手を伸ばしてい場面。汗の顔が、ぐいぐいソーダ水の泡を飲んでいく様子が見えます。「腋に挟みて」が、いいです。またすぐドラム演奏に入るために。

もうちょっと長生きしたろ葱の花   せいち
 「長生きしたろ」が、好きです。何か生きていくたくらみを見つけたような気配で。葱の花は、葱坊主という言い方で親しまれていますが、そうするとかえって「したろ」が生きてこなかったかもしれません。「葱の花」を選んだのが良かったのだと思います。

ちょっといいプリンを買って春惜む   マチ ワラタ
 「ちょっといいプリン」がいいなあ、と思いました。いつもだったら手を出さないちょっとだけ高いプリンで、行く春を惜しむ。そういう季節の見送り方もあるなあと、とても共感しました。

風薫るゼッケンすこし大きくて   たっか
 素直に気持ちいい句でした。体に少し大きいゼッケンが風に膨らんで、走るのにはちょっと具合が悪い。その気分を補うに余りある青葉の季節の風が、背中を押してくれている。同じ作者の<ネアンデルタールのことば夜の薔薇>にも惹かれました。夜の薔薇は化石人類に通じるのか、と。<マンションに風とおりぬけ冷奴>など、創り急いでなくて、言葉と言葉の風通しがいい。ゆったりと読めるのは、表記への工夫もあるかと思いました。

鉄棒やざらつく味のチューリップ   あさふろ
 鉄棒の手の感触が後を引いて「ざらつく味のチューリップ」へと繋がっていったのでしょう。鉄棒がざらつくだと珍しくないですが、チューリップのしかも味が、読者に戸惑いを残しました。

天の川モルタルを山羊舐めて去る   抹茶金魚
 抹茶金魚さんの作品は、私にはなかなか難しく複雑でした。この句にも大変惹かれましたが「去る」が必要なのかなと思いました。天の川のもとで山羊がモルタルを舐めている風景は、それでけっこう不思議で魅力的ではないでしょうか。「去る」ことで、天の川の効果が薄くなった気がしました。

【気になる句】

春熟るる二倍に膨らむ非常食   ちづ
 「二倍に膨らむ非常食」は、面白いです。「春熟るる」は意味は勿論わかりますが、あまり馴染みのない言葉に感じます。「春深む」、「春の暮」などの方が、面白いレーズが際立つと思いました。

ヨガポーズ決めて糠床ととのえて   まるめ
 ヨガの句は沢山見かけますので、新鮮な句を作るのが難しくなってきましたが、糠床への展開は良かったと思います。

切り抜きの新聞の穴梅雨に入る   じゃすみん
 切り抜きの新聞の句も、よくあります。この句は、穴から梅雨の雨が見えるようで面白かったです。

春逝くやテイクアウトの夜も五日   鷲津誠次
 季語が惜しいかと。「夜も五日」という言葉に引っ張られているようで。

独活の香に飲むしかないな独りでも   瀬紀
 「飲むしかないな独りでも」に、わかるわかる!と頷きました。

バラの門潜り漁師の厨口   善吉
 バラの門と漁師の厨口には大いに惹かれました。「潜り」にもう一工夫欲しいです。

すれ違ふ日傘ソウシャルディスタンス   中 十七波
石鹸玉飛ばすソーシャルディスタンス   菊池洋勝

 今の言葉に挑戦した果敢な二句。それぞれ日傘は「すれ違ふ」ものですし、石鹸玉は「飛ばす」ものなので、そこが惜しいと思いました。私も、「距離」に挑戦します。


2020年5月6日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今回が私の担当回は最後です。
 最初の掲載は2012年9月12日。8年近く担当させていただいたことになります。ありがとうございました。
 第一回めからずっと目にしている投稿者のお名前もあり、何人かの方からは最後のメッセージもいただきました。お目に掛かったこと、直接のやりとりはほぼなかったにもかかわらず、長い間お世話になりました。ありがたいです。現在は思いがけず日本中が外出自粛、自宅巣ごもりの日々となり、俳句の世界でもインターネットの利用が一気に普及しました。
 「e船団」クリニックは解散となりますが、ネットを先駆けて活用しつつ、俳句の可能性を広げるお手伝いができたとすれば幸いです。

【十句選】

「十人死亡」残りの蟻は元気です   茜
 今回の新型コロナウィルス流行にかけての連作でしたが、この句は、その文脈を外して人の死と関係なく元気な蟻の動きが見えて、無情ですがユーモアもある句です。蟻にとっての死はもっと身近なものかもしれず、十人死亡、で騒ぐ人の情と、蟻の対比がいい。

大変なことになってる傘の骨   遊飛
 こちらも、あるいはコロナ騒ぎをきっかけに作られた句かもしれませんが、単純にこわれた傘(ビニール傘を想起しました)を大げさにとぼけて詠んだ句でもあります。無季。

分岐点にきっと佇む花菖蒲   紅緒
 分岐点、実際の道なのか、それとも人生に迷っているのか。花菖蒲のおちついた存在感。紅緒さんはコーナーでも古参。お世話になりました。

訥々と驢馬登りゆく蜃気楼   抹茶金魚
 日本の蜃気楼ではない、どこか異国のイメージでしょうか。坂道を登っていく驢馬の「訥々」とした感じがいいですね。

ぐりとぐら道草摘草春の虹   中 十七波
 口ずさみたくなるリズムのよさ。ぐりぐら、ぐりぐら。この場合、功績の半ばは絵本に帰すかも知れませんが、こういう口誦性の良さは大切です。

はるはるはるこんなに長い春もなき   吉野利美子
 今年の実感。長き春は「永き日」もあり常套句なので類想がありえますが、上六破調の勢いがいいです。

ガリレオはふらここ漕いで地動説   瀬紀
 ぶらんこで遊ぶガリレオを想像すると楽しいですし、未来のガリレオ出現を夢想するのも楽しい。語順は入れ替え可能かも知れません。「ふらここを漕いでガリレオ地動説」のほうが、より展開が鮮やかになります。

根暗っぽい壺に夕焼けみせてやる  うさの
 ネアカな壺はあまりイメージできませんが、これは親切、なのだろうか。「夕焼け」は夏の季語として認める人と認めない人がいます。この季語は動くかも。

おたまじゃくしに眉間があった   あさふろ
 自由律。目が、わかるほど成長したのか、というあざやかな驚き。

ゴールデンウィークあまびえを呼びに   まどん
 アマビエ、すっかりこの数ヶ月で有名になってしまいました。もともとは疫病を予言する存在だったようですが、あの、人魚か鳥かわからない見た目がうけ、今はすっかり疫病除けのお守りと信じられています。この句は、妖怪アマビエを、海底に呼びに行っているような楽しさがあって、時事とは関係なく面白さが伝わります。

【選外佳作】

 飛躍しそこねて失敗してしまった挑戦者に触れていきます。

読点がはぢけてをりぬ揚雲雀   二百年
 わかるようで、わかりにくい句。ほかの記号でも代替可能だったか、垂直に飛ぶ姿となにか関係があるのか。

フルートの音と佐保姫の羞恥心   干寝区礼男
 単純な対比、取り合わせですが、実態としてはわかるようでわかりにくい句。佐保姫のイメージに共感できれば、人気句になる可能性も。

三色菫ケロヨンの首は動かず   ふわり子
 「ケロヨンの首は動かず」は、わかる人にはよくわかる。「三色菫」も、すこし懐かしい薬局の風景には似合うか。語呂の悪さが難しいところ、一度くちずさんでみてください。

天使のころ美形でしたよ春きのこ   いづみのあ
 かつて天使だったころは美形だった、今はどうなのだろう、と会話を想像して笑ってしまいましたが、これがお子さんに向けた言葉だと考えるととたんに理屈で説明がつくので面白くない。ファンタジックな景のほうが面白いですね。

囀りに返事をしてもいいのかな   スカーレット
 いいんです。むしろ、返事をしてしまうのが俳人、囀りを邪魔するほどに話しかける、そんなくらいのほうがいい。まだまだ常識が邪魔してます。

裏窓から逃げる隣人飛花落花   古都ぎんう
 上五の字余りからの、ドタバタ喜劇のようなリズムの悪さが、下五と噛み合っていません。すっきりおさめたいなら「裏庭へ逃げる隣人飛花落花」これなら、まあ間男でしょうか、笑ってはいられない状況ですがリズム感で笑えるのでは。

くっくっとコロナの主犯春の闇   冨士原博美
 コロナ騒ぎの主犯(実行犯)ならわかりますが、ウィルスの主犯という言葉遣いは読み取れません。ただ、春の闇の中、くっくっと笑う謎の黒幕の存在感、は面白い。

川岸の風のかたちの柳かな   太郎
 「風のかたちの柳」はなかなか面白い見立てですが、柳が川岸にあるのは当たり前。やわらかな風なのか突風なのか、もう一歩の描写がほしい。