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2017年4月26日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先日の風雨ですっかり散ってしまいましたが、今年の桜は長持ちでしたね。桜の中を入学してきた子どもたちも、少し学校に慣れてきた頃でしょうか。
 週末、俳人の高野ムツオさんの講演を聴く機会がありました。昨年回ってこられた福島の浪江町や飯館村の写真を見せて貰いながら、あらためて津波の威力と原子力発電所の事故による被害の深刻さを感じました。  避難区域の時間は、六年後の今も当時人びとが避難したその時のまま止まっています。牛の殺処分を拒んで世話を続けておられる方や、神社の手入れに通う神主さんも居られますが、汚染土を詰めた袋が延々と積まれ続ける土地で普通に暮らすことはできないでしょう。
 この地方は、狼でさえ神として敬う土地柄だったそうです。昔の人に習って自然に敬意を払い、謙虚に生きることを知らなければならないと思いました。
 さて、今回は184句の中から。

【十句選】

遊ぶ子に道を譲られ夕遍路   谷 百合
 夕暮れの路地で遊んでいる子どもが、通り過ぎるお遍路さんに自然に道を譲ります。一日の行程の終わりにさしかかったお遍路さんへのいたわりが、子どもたちにまで身についた土地柄なのですね。

苗代の濃緑みずのあさみどり   伊奈川富真乃
 苗代の苗が育って濃緑(こみどり)になりました。まわりの水は浅緑。対比の美しい風景です。「みずのあさみどり」というひらがな表記にも工夫が見られ、苗代風景を色の対比だけで端的に表現しています。

春の風邪腰ぬくるほど臥しもして   ゆきを
 春の風邪で寝込んで、思いがけず長引いてしまいました。「腰がぬけるほど寝た」ことも後になってみれば、ちょっとした贅沢だったな、と思いなされるのかもしれません。

春愁や窓一つ無き貨物船   洋平
 船といえば窓。でも、それは乗っている人のためのもので、貨物船には窓一つありません。そんな貨物船の姿が少しブルーに感じられるのも、春だからなのでしょう。現代絵画の味わいのある作品だと思いました。

花筏大空飛んだ記憶あり   せいち
 今は花筏となった花びらの一片一片が、かつて大空高く舞い上がった記憶を持っているよ、ということでしょう。花筏の花びらに飛翔の残像を見てとった作者の把握に共感しました。

花あればエプロンのまま花人に   草子
 家事のついでに外に出て、花に見とれてしまったのでしょう。わざわざお花見に行かなくても近所にもきれいな桜はいっぱいあります。学校や公園の桜には、花衣ではなくエプロンのままの気取らない花人が似合いますね。花があれば花人になるという素直な生き方がいいなと思いました。

あべこべにゆれて仲良しのぶらんこ   中 十七波
 仲良しが乗った二台のブランコがあべこべに揺れていたというのは、面白い発見ですね。離れると寂しいけれど、すれ違うときは思い切り嬉しい。ぴったりと揺れを合わせるだけが仲良しではありません。

鬣を結わるる馬や春日濃し   紫
 馬の毛並みの艶やにおいまで感じられる句です。鬣を結われる馬はとても近くにいます。大きな馬体が近くにあって大人しく鬣を結われている情景と「春日濃し」がよく合っていると思いました。

恋敵の日々もありしか花筵   鷲津誠次
 学校や職場の同期で集うとかつての恋敵と会うこともあるかもしれませんね。同じ花筵の上にいる人びとにも様々な時代があったはず。悩んだり苦しんだりした時代をそれぞれに乗り越えて、今年の花を愛でる。味わい深い花筵だと思いました。

足元のおしゃれ大切花ふゞき   紅緒
 人には、どこへ行くのか分からない複雑な飛び方をするものを目で追う性質があるように思います。花吹雪を追ってまず大空へ、最終的には地面に、視線が誘われるように思いました。そして、そこには花衣の麗人。その方の足元のおしゃれまで決まっていたら素敵です。

【その他の佳句】

電柱や春の終りも立ったまま   伊藤五六歩

空耳に井月のこゑ鶴帰る   ゆきを

春の闇予定調和を許さない   幸久

背もたれにゆるりと老いる花の昼   ジョルジュ



2017年4月19日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今回、桜の句もちらほら拝見出来ました。私も、山桜、海に向かう桜、里山の桜など、いつもよりいろんな風景の中の桜の姿を楽しめた気がします。流れ着いたような、川辺の一本の桜も印象的でした。
 ただ、ここ数年花吹雪だけには遭遇していません。そういえば「咲くからに見るからに花の散るからに」という鬼貫の句がありました。「散るからに」を味わいたかったです。

【十句選】

恐竜が舐めた蕨を摘んでゐる   ときこ
 恐竜の気配を感じる山野を想像して、楽しくなる。広々と遠くまで蕨野が続いていそうで、探しに出かけてみたくなった。「舐めた」の断定が効いている。立派な蕨を想像した。

譲られし席にぼんやり春の昼   茂
 電車かバスか、あるいは公園のベンチだろうか。譲られるままに席に座り、景色をぼんやり眺めている。もう、譲られた席であることも忘れていそうな春の昼のである。

しゃぼん玉吹く子も飛んでゆきそうな   せいち
 自分が吹いたシャボン玉につられて、ふわりと飛んでいきそうな子ども。「ゆきそうな」で、もう足が浮いている姿が目に浮かぶ。アニメーションのような俳句。
 「吹く子も」か「吹く子の」か、どちらが効果的か考えどころ。「も」だと、先のようにシャボン玉につられていく感じか。「の」とすると、子どもがしゃぼん玉にみたいにクルクル回って飛んでいく気がする。私は後者の方が好きだが、いかがだろうか。

みづの星さくら列島つぼみ村   当卯
 「みづの星」とは、地球のことだろう。茨木のり子の詩を思い出す。「さくら列島」は日本で「つぼみ村」は、句の主人公が住んでいる場所。きれいな言葉が並ぶが、最後の「つぼみ村」で慎ましい感じを受けた。きれな空気といおうか。

干店に蕗味噌買うてしんがりに   瑠璃
 「干店」は、露店、大道店のこと。ツアーかあるいは吟行かも知れない。春の到来を告げる蕗味噌を、思わず買い求めて仲間に遅れた。「蕗味噌」のせいで、しんがりになったのがいいと思った。

青き踏む調べ琉球五音階   幸久
 「調べ」は、「青き踏む」と「琉球五音階」のどちらにもかかっている。青々とした草を踏む調子が、琉球の五音階だと読めるのが楽しい。俳句そのものの調べも、良かった。

未来とはブランコに蹴る空の色   瀬紀
 「蹴る」がいいと思った。どうにかなるさ、といったような気分。蹴った先の「空の色」は、希望そのもの。

手品師の粗相を笑ふ花の雨   鷲津誠次
 「手品師の粗相」と「花の雨」の取り合わせがいいと思った。「粗相」という言葉が、手品師の手の細やかな動にも、雨の花びらの感じにも合っている。こっけいでもあるし、ちょっと悲し気な手品師の余韻が残る。「笑ふ」が、言い過ぎたかも知れない。

菜種河豚真新しきは犬の墓   遠音
 「菜種河豚」は、菜種の花が咲く頃にとれる河豚のこと。産卵期に入るため毒が多いという。「菜種河豚」と「犬の墓」の取り合わせには、少し違和感があった。「菜種梅雨」にしては、どうだろう。「菜種梅雨」は、菜の花が咲く頃に降る長雨のことで、温かくなった雨の中、ピカピカの石の犬の墓が現れてくると思う。

花影に祭壇のごとチェロケース   比々き
 桜咲く木陰に置かれたチェロケースが祭壇みたい、という発見に共感した。ケースには、時々花びらも散りかかっているだろう。「ごと」に驚きが現れているのだろう。が、そこが惜しい気がする。祭壇だ、と言い切ったらさらに力のこもった作品になると思う。


2017年4月12日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 あっという間に桜が咲いたと思ったら、花の雨で散り始めてしまいました。四月からは、いろいろと新生活という方も多いと思います、よろしくお願いいたします。
 今回の投句は185句、いつもより少し多めでしょうか。
 毎度くり返していることですが、五七五の定型にあてはめるとき、散文で説明しただけのような句は嫌われます。というか、説明だけなら俳句(韻文)になりません。それを、五七五にあてはめるために無理矢理使いづらい文語表現を使ったり、「鈴→お鈴」としたりすることには、私は反対派。語順を入れ替えたり、省略して新しい取り合わせを加えたり、表現をひろげるほうが、句がゆたかになるように思います。

【十句選】

胡桃割り人形と裸婦並ぶ春   家路紋黄
 自宅の棚に人形が並んでいる、それだけなら「説明」そのものですが、「並ぶ」の自動詞と「春」の取り合わせで、ややエロチックな雰囲気がただよいます。

のあそびの野のあちこちのおちこぼれ   ∞
 野遊びの風景ですが、ひらがな表記の楽しさ、無邪気さ、そのくせ「野」のあちこちに「おちこぼれ」たひとたちはどうなってしまうのだろう?という仄かなぶきみさも、魅力的。

ペン胼胝よマージャンだこよ昭和の日   素秋
 たこの表記を変えた効果があまりわかりませんが、たしかにスマホ派の現代ッ子には無縁ですね。

木蓮の一億年を手折られず   ときこ
 木蓮が一億年前から変わっていないとのこと、知りませんでした。丈高い花を手折れない、という物理的高さを気高さ、壮大さにずらした点がお見事。

結界の柵おどろかす春の地震   比々き
 結界は、原発避難区域のことかとも思いましたが、あえてそのまま、霊地、神域にあるものととらえました。神域をもゆるがす地震の力です。

青信号待つ沈黙やおぼろ月   風子
 夜の交差点、二人連れでしょうか。言葉は省略されていますが、二人の関係など想像がふくらみます。

春嵐沖へ曳かるる佐渡島   草子
 嵐で島が遠ざかるように思えた、とても巧みな表現ですが、もしかすると類想もあるかも。島を引くというのは風土記の神話などに話がありますね。

つくしんぼポンとつついてポンとなる   ロミ
 ポンとなる、え、鳴る?成る? どちらかよくわからなかったのですが、なんとなくおもしろいのでとってしまいました。

遠からず姉となる子の風車   紫
 「姉となる子の風車」、巧みですね。いまは無邪気に遊んでいるけれど、来年はすこしお姉さんらしくなるのかも。「遠からず」はやや説明的で、もう一工夫ほしいところ。

採血の静脈浮いて花曇り   谷 百合
 花曇り、華やぐような鬱陶しいような天気のもと注射を待つ不安。静脈の青筋がよく効いています。

【選外佳作】

 もう一工夫の一句。

見送りはかならず笑顔春の風   蓼科川奈
 「春の風」があまりにストレートに過ぎますが、この姿勢は見習いたい。

寒明けの光に磨きハイヒール   ジョルジュ
 「磨き」(連用形)だとなにを磨いているのかあいまい、「磨く」としっかり連体形に。

シッポ振ることさえできず卒業す   岡野直樹
 うーん、ちなみに「では私のシッポを振ってごらんにいれる 中村富二」という川柳作があります。

姉の愚痴聞き流す道春夕焼   鷲津誠次
 姉妹(姉弟?)の年齢によってもずいぶん読み方がかわりますね。広がりがあるともいえるし、分散しているともいえる、難しいところ。

ふらここを降りたら明日です振り向ぬ  瀬紀
 ブランコをおりたら明日、タイムスリップしたようで不思議。「振り向ぬ」は打消でしょうか、完了でしょうか? とにかく文語調なので、「ふらここ」の古語、「明日です」口語と、表現がばらばらなのが若干気になります。

春愁をよけてゐるなり象の鼻   紅緒
 「ゐるなり」のあたり、やや説明的な印象ですが、鼻が愁いをよけている、というのはいい表現。

囀りや精米小屋のコミュニティ   茂
 小鳥の囀りを、人間のおしゃべりの比喩につかうのは月並なのでやめたほうがいいのですが、「精米小屋のコミュニティ」というまるで社会学的な観察がめずらしい。

啓蟄の電車飲み込む人の群   中 十七波
 倒置法がわかりにくい、語順をかえて「人の群飲みこむ電車花の春」などはどうでしょうか、主語と目的語の関係が明確になります。

はるのよひ喪服の帯を解きやらず   伊奈川富真乃
 つまりこの気配は「春愁」であって、「春愁の喪服」で、もうひと工夫が必要です。

乗せてくれ! 叫びたくなる春の雲   すぃち
 内容は月並ですが、ちゃんと五七五になっていて、素直な「!」が好ましく、これはこれでありか。

恋人にAlgebraic?(代数的か?)きくカエル   つちくれ
 内容を考えてしまうと、「恋人は交換可能?」とカエルが訊ねているということかと思います。理屈っぽい寓意で、おもしろいとはいえませんが、表現上の冒険心は買います。

引越を宿あとおもふ荷風の忌   伍七堂
 引っ越しは面倒だと思いますが、なかには引っ越し魔もいるようで。

散る花の踏まるるもまた縁かな   戯心
 やや説教じみていますが、これもまた春の風情でしょうか。


2017年4月5日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 松山市を流れる石手川。両岸の河川敷は公園で、絶好の散歩コースとなっています。吟行の材料にも事欠きません。この季節、桜ばかりに目を奪われがちですが、木々の芽吹もなかなかいいものです。道ばたの草花には小さな虫のお客さまが・・・。視線の先を少し変えるだけで新しい景色が見える気がします。お勧めの方法です。

【十句選】

草の芽や色鮮やかなランドセル   太郎
 瑞々しい若草色とランドセルの対比がいいと思った。以前は、男子は黒、女子は赤が定番だったが、今の子供たちは、思い思いに好きな色のランドセルをしょっている。カタカタという筆箱の音まで聞こえてきそうだ。

虎杖のポンといふ音聞きたくて   泰作
 虎杖の茎の赤い斑点がまず目に浮かぶ。子供の頃の遊びを思い出しての作か。「ポンという音」をさりげなく一句に滑り込ませて春の気分を出している。

犬小屋にスニーカー干す日永かな   茂
 「うん、こういうことするよ」と納得した。のどかな気分が伝わってくる句だ。犬小屋の主(犬)は、気のいいヤツなんだろう、きっと。日永という季語か効いている。

指笛が集合合図野に遊ぶ   今村征一
 野に遊ぶ時の開放感は格別だ。家族連れや友人同士でのんびりした時間を過ごす。指笛の集合合図が、心安い関係を示している。

前山の退りゆくかに落花飛花   今村征一
 桜山だろうか。いっせいに散って行くさまを「山が退く」と表現している。満開の花時の花の体積を想起させる。

春愁の手がひとりでに顔を描く   汝火原
 ユーモラスだが陰影もあるのは春愁という季語の効果だろう。さてどんな顔を描いたのだろうか。想像の余地を残しているところがいいと思う。

弟の鉛筆立てが雛段に   さふらん
 赤い毛氈に並んだお雛様、三人官女や五人囃子、さまざまなお道具。色とりどりのお菓子や果物も雛壇に供えてある。その華やぎの中に、ふいに日常が顔を出す違和感。弟の鉛筆立てが唐突でユーモラスだ。

エンディングいつもあやふや春の雪   瀬紀
 小説やドラマのエンディング、最近、あやふやに終わることが多いような気がする。冬から春へ移行する時期も確かにあやふやだ。春の雪がそれを言い止めている。

しやぼん玉絵本作家になりたい子   鷲津誠次
 しゃぼん玉は美しいが、はかなくもある。美しさへのあこがれや消えゆくものの哀しみを無意識に感じ取る感受性の強い子供であろう。絵本作家との取り合わせがいいと思う。

口あけば顔の失せたる燕の子   比々き
 燕の子の有り様をさりげなく詠んでいる。燕の生命力がよく伝わってくる句だ。餌をねだる子と餌を運ぶ親の姿、鳴き交わす声、背景の空などの情景が目に浮かぶようだ。


2017年3月29日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年度もあと数日ですね。毎年この時期は様々な変化があってなかなか気持ちが落ち着きません。新年度当初は毎年新鮮な気持ちになりますが、あと何年これを繰りかえすのかと思うと少し複雑です。四月からもまた新たな気持ちで頑張りたいと思います。
 今回は春を感じられる明るい句が多くて楽しく読ませて頂きました。

【十句選】

桜餅生きてほどほど塩加減   伊藤五六歩
 経験を重ねていくと甘さの中にも少し辛さも混ざってきますよね。桜餅がうまく使われていると思います。

溜息のたびに濃くなってゆく春   加納りょうこ
 とても感覚的なんだけれど、実感としてわかります。春の愁いに色がついている感じでしょうか。

春ショールより見え隠れする鎖骨   家路紋黄
 ふわっと巻いたショールので間から鎖骨がちらちら見えて、春の暖かさが感じられます。着眼点が新鮮ですね。

春の土温もり来たる指の先   谷 百合
 この時期、地上はまだ少し寒くても海の中はもう春なのよ、と聞いたことがあります。土の中もきっとそうなんでしょうね。指の先に触れる土がほんのり温かくて、春の訪れを感じることができるんだと思います。

三月や鏡台の向き変へてみる   たいぞう
 何ということのない日常を詠んだ句ですが、春に向かって弾む気持ちがうかがえます。「三月や」を「三月に」と替えてみるとまた少し違った味わいになるのではないでしょうか。

期せずして独りの生活花菜飯   みなと
 独りの生活の侘しさを花菜飯が救ってくれるような、そんな気がします。

蛤の言ひ訳を聞く桶の中   ときこ
 砂出しの際、あさりに比べて蛤は物静かな印象がありますが、ぼそぼそと言い訳していると思うと面白いですね。

君の貌へのへのもへじ春が来た   瀬紀
 春が来て浮き立つ気持ちとユーモアが感じられます。顔がへのへのもへじに見えるってどんな状況なんでしょうか。

そよ風に羽休ませてスイトピー   紅緒
 スイトピーの花を羽と表現したところが素敵です。確かに羽みたいで可愛らしい花ですよね。

夕闇のとろりと満ちて花いまだ   遠音
 早春の暮のあの気怠い感じが「とろりと」という表現でうまく表されていると思います。


2017年3月22日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 いつもありがとうございます!
 あっ! 突然ですが、皆さんはコーヒーと紅茶、どちらがお好きですか。
 ちなみに僕は、コーヒー!コーヒーが好きです!あの香ばしい薫りがするだけでも、心が踊ってしまいます! もはや中毒になるくらい、好きってことです(笑)
 でもここだけの話、コーヒーにはポリフェノールが含まれているので、美容にすごく良いんですよ!だから、コーヒーを飲まないのって、すごく健康にももったいない。1日に2杯は飲みたいところですね!

 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 ……と、普段にはないテンションで、始めてみました。
 ちなみに、上のコーヒーの話の件は、商品のキャッチコピーでよく使われる手法をふんだんに使ったものです。
 コーヒーが飲みたくなったでしょ?(笑)
 俳句にもこういった手法を取り入れるのって大切だと思うんです、僕は。たとえ、伝統的な俳句結社から揶揄されようとも。キャッチコピーの手法を取り入れら上で、俳句の表現ができたら、きっと最強だと思うんです。
 僕のこの考えに、共感または批判がある人は、ぜひご意見をください。無料で投句や意見が言えるのに、活用しないのはもったいないですよ。
 では、今週の十句です。

【十句選】

ぶらんこに揺れを残して振り向かず   まゆみ
 大人な情緒がありますね。振り向かない潔さが、子供から大人になっていくような想像をさせてくれました。

五十キロスピードオーバー山笑ふ   今村征一
 相当なスピードオーバーですが、その極端さが季語と合っています。

青春のベッドの上の桃たわわ   家路紋黄
 官能的にも捉えられますが、「桃たわわ」の表現が面白かったです。

黒蝶や工作員から乱数表   素秋
 「黒蝶」と「乱数表」の取り合わせが絶妙ですね。怪しげな雰囲気が、相乗的に増しています。

抱きしめた三月の夢の孵る時   えいこ
 もうすぐ4月ですので、その夢が叶うと良いなーと思います。

山笑うこの嘘何グラムですか   紅緒
 「何グラム」としたところに、ドキッとしました。小さな嘘という認識でも、数字化されることで、重大さを持った嘘に感じられます。

でれでこでんでれでこでんと春の雪   せいち
 「と」がもったいない。訳のわからなさが良いのに、「と」を入れることで理屈っぽくなります。

水仙はいつもなにかがまつすぐで   二百年
 「なにか」と曖昧に表現したことが、逆に成功しています。曖昧にしたことで、水仙の凛とした様子が際立ちます。

卒業に雲はやさしいよそよそしい   ときこ
 「よそよそしい」が秀逸。成長していくことへの期待と不安がよく表現できています。

風船の銀河ステーションまでの旅   草子
 うららであり、またロマンチックな一句でした。


2017年3月15日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 近頃、落語にはまっております。東京には、新宿、上野、池袋、浅草に常設の小屋、それに国立演芸場が永田町にあって、足しげく通っております。きのうは俳句仲間と行った上野鈴本で三遊亭ぴっかりちゃんという女性落語家を聞きまして。そのキップの良さに「追っかけになってもいい」とさえ思いました。
 さて、長いこと担当させていただきました当ドクターですが、次回5月を持って卒業させていただくことにしました。あと1回もよろしくお願いします。今月は158句から。

【十句選】

春寒や便所でなみだ描く道化   伍七堂
 ピエロには表の顔と裏の顔があるという事でしょう。便所はナマなので、せめて厠くらいでどうでしょうか。ちょっと変化球ですが、「なみだでなみだ描く」という表現もありかと思います。

みづうみは黄にさざ波の花菜風   谷 百合
 花菜風は菜の花に咲く風のことです。 「黄にさざ波の花菜風」の中7の調べのきれいな句です。

春めくや一万円の旅ごころ   たいぞう
 財布の1万円札をみて、「旅にでも行くか〜」と思っているという事でしょうか。あるいは1万円のパック旅行なのか。「一万円の旅ごころ」というのが想像をかき立てます。

タンポポが土管に語る不戦論   けむり
 土管はもう「どらえもん」でしか見なくなりましたが、昭和の前半では、空き地や広場に良くみた風景です。その土管にたんぽぼが不戦論を語っているのがユーモラスでいいと思います。そういえばたんぽぽもあまり見なくなりましたが。

父の忌のすみて母の忌桃の花   眞人
 想像かも知れませんが、実際にこういう方もいらっしゃると思います。「母の忌」に「桃の花」が響きあって柔らかい印象を受けました。

七曜を知らぬ財布や亀の鳴く   をがはまなぶ
 つまりリタイヤされて、お金の使い方がしまりがなくなったという事ですね。「七曜を知らぬ財布」の表現が面白いと思いました。

流し雛濡れて坊主が火を放つ   比々き
 これは景が目に浮かぶ句ですね。ただ、濡れる雛と火を放つ僧との関係があいまい。お不動さんの庭に池があって、そこの流し雛を背景に火を焚いているのかと想像しました。

如月やかたづけたくて捨てたくて   風子
 中7〜下5の語調の良い句。如月はきれいな言葉なので、何につけてもサマになるのですが、モノを整理するには中途半端な時期かと感じました。

悪いこと何かしたかしらぶらんこ   まどん
 子供の頃に親に叱られた時の気持を思い出して、悲しくも懐かしい光景をみたような気持になりました。下5が「ぶらんこ」と4文字なのも、余韻があって逆に効果的です。

梅まつり空いつぱいに泣いてる子   スカーレット
 「空いつぱいに泣いてる」という表現が面白い。おそらく梅の咲いている空をみあげて泣いているのかと想像しました。この「空いつぱい」は梅が空一杯に咲いているとも読め、それが良いと思います。

【次点句】

残雪といふも丈余の杣四五戸   山畑洋二
 丈余とは、「1丈(約3メートル)を越えている」という意味、勉強になりました。広重の浮世絵のようだと感じました。

福は内虎のパンツを置き忘れ   素秋
 豆撒きの明るい風景でいいと思いました。

異界へと船出すところ桜東風   けむり
 ちょっと景が見えませんでした。西方に浄土があるので桜東風もわかりにくいかも。

蚤市に鬼の雪隠山笑ふ   けむり
 京都東寺の市などを想像するに、「鬼の雪隠」なども売っているのかと想像しました。

春夕べいつまでもある草の靴   ∞
 中7がいい感じ。「草の靴」が分かりませんでした。


2017年3月8日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 2月の初め、京都にある愛宕山に登ってきました。頂上付近は例年になく春雪が深く、低木の馬酔木がすっぽりと覆われ、その上にできた踏み跡を辿りました。4月の中頃には、うまくすると カタクリの花とも出会える場所です。

【十句選】

検温のお時間ですよ磯巾着   高木じゅん
 浅い海での、クマノミと磯巾着のメルヘンか。妖艶な患者と看護師との出会いとも。句の不思議さがいろいろな景を連想させて、楽しい句。

留守番の子の一心に雲雀笛   ときこ
 水の中で吹くとヒバリの声がする、捕獲用の竹細工が玩具になったものらしい。きっと牧歌的な音が流れて、春の野の広さと空の高さが見えてくるはず。

一点の曇りなき日よホーホケキョ   つちくれ
 視界から春の雲が去り、ぽっかりと青空が広がった。と、唐突に「ホーホケキョ」。至近距離の庭木か、電線から、けたたましく轟いた求愛のうた。

多喜二忌の薄皮剥けぬゆで卵   たいぞう
 計算通りに茹で上げたはずの半熟玉子。が、執拗に拒み続ける薄皮。今朝は多喜二の忌日、過酷を極めた拷問のことを思った。

天空に雲の落書きいぬふぐり   善吉
 早春の道端。屈めた膝で、ついと触れた空色のいぬふぐり。戯れのような春の雲が、空に出ている。心地よいリズムはメルヘンの調べ。

鳥雲に海の底なるニケの首   中 十七波
 勝利の女神の首は今も、海の底に眠ったまま。ルーブル美術館の見事な有翼像を見知ってしまった鳥たちの、目指す故郷はもちろん、エーゲの海。

ナナハンのヘッドライトや冴返る   比々き
 真正面の闇から、単眼の光線だけが迫り来る。下腹部に伝わる鳴動は、将にナナハン。危機を察知し、身を沈めて構えた。季語の斡旋がよく、あふれるライブ感。

子の入院キングサイズの風船と   草子
 着想がユニーク。上五の『子の』は省略できそう。< 入院は白い大きな風船と > などと、端的、明快な表現に挑戦してほしい。

黄色のドミノ倒し春野を走る   紅緒
 発想のパワーを感じ、前衛的な景を思い描いた。しかも、自由律を思わせる奔放な句柄。欲張るなら、キラリと輝く<焦点>が見たい。

走り根の歩道持ち上げ冴え返る   スカーレット
 街路樹の根が勢い余って地面に飛び出し、あろうことか、歩道まで持ち上げた。春の息吹が足元まで及ぶ、寒の戻り。つまずかぬよう、足元注意!

【注目した五句】

賞品の亀の子たわし春兆す   幸久
 上五を『賞品は』と、軽い驚きの気分にすると、取り合わせの楽しさが強調される。

仁和寺はとてもダンスで桃の花   ∞
 中七『とてもダンスで』にヤラレた。やがて塀を越す、桃の実のたわわを思った。

前掛けに幽かな漁臭沖がすみ   みなと
 漁師、板前さん? そのリアルさ。でも、下五は付きすぎ。『春の雷』などと、跳んで。

雪解川スネアドラムのボレロかな   をがはまなぶ
 底部に細い鎖を渡したスネアドラムが低く響く。岩を砕く雪解けの奔流が、見える。

囀や浜の復興写真展   紫
 繁殖、求愛の囀りの中、復興の写真展が開催中。中七を『浜に』として、句に動きを。


2017年3月1日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 こんにちは。暖かくなったり冴え返ったりですが、今日からはもう三月ですね。みなさん、お元気でお過ごしでしょうか。
 先週、湖西線で近江今津に行きました。堅田を過ぎた辺りから家々の屋根が白くなり、プラットホームには雪が積まれています。近江今津で降りるとかなりの積雪で、歩道は歩く幅だけの雪かきがしてありました。空き地には雪かきの雪を積んだ雪の崖、車道には消雪噴水が並び、すっかり雪の旅になりました。一時間ほどの移動でこんな雪景色が見られるなんて、日本の地形は面白いですね。
 さて、今回は、154句の中から。

【十句選】

眼差しは変わらぬままに古雛   山畑洋二
 年を経て色あせた古雛も、眼差しだけは生き生きしています。本来の美しさを失っても、尚、変わらないものがある。その発見に勇気づけられました。

寝ころべばあの頃となる春の土手   柏井青史
 春の土手に寝ころぶと全身で感じることのできる自然の息吹は、あの頃と同じ。けれども、作者にとっての「あの頃」とは? 少年時代、学生時代、新婚時代……、と、いろいろに考えられるところが、句に奥行きを与えていると思いました。

ものの芽や娘着こなす母の服   酒井とも
 娘が母の服を着こなして颯爽と出かけて行きました。娘が今風にアレンジしたのかも知れませんが、母の若い頃の服は、案外おしゃれなものだったのかもしれません。若かりし頃の母と成長した娘の姿がオーバーラップして、ものの芽のふくらむ明るい季節にぴったりの句だと思いました。

ひなまつり転校生に婆やゐて   紅緒
 転校してきたばかりの女の子と仲良くなり、雛祭りに招かれたのでしょう。友だちの家に遊びに行くと、思いがけないことにはっとすることが多いものですが、その女の子の家には、祖母ではなく婆やがいたのです。意外にお嬢様なのかも知れないその子と雛祭りの取り合わせが楽しい一句です。

渡り漁夫の裔(すえ)なり朝の沖見癖   みなと
 渡り漁夫とは、春さきの鰊の漁期に網元に雇われて北海道へ渡る漁夫のこと。朝起きると真っ先に沖を見て、出漁場所を決めたのでしょう。作者は、自分の「朝の沖見癖」を渡り漁夫の末裔だからか、と感じるのです。鰊漁の活気を思いながら視線を沖へ解放する、春の季感たっぷりの句だと思いました。

目刺食ひチェーホフ読んでゐる漢   みなと
 めざしは、安価で滋養に富む素朴な食べ物です。調理法も焼くだけ、というシンプルさ。短編の名手といわれるチェーホフの作品のほろ苦い味わいと通じるところがありますね。めざしを焼いて質素な食事をすませ、チェーホフを読む。漢という文字からもどんな男かと想像がふくらみます。

爺の吹く息艶やかやしゃぼん玉   戯心
 孫とのしゃぼん玉遊びの中での発見でしょう。自分の息でしゃぼん玉が艶やかにふくらむと、息そのものが艶めいたように感じられたのです。祖父である自分の吹いたしゃぼん玉も、孫のしゃぼん玉に何らの遜色なく、輝きながら飛んでいきます。孫とふれあう時間が、若返らせてくれたのかも知れません。

割勘の間柄です春の雪   中 十七波
 食事にしろお酒にしろ、友人同志なら割り勘は当たり前ですが、「割り勘の間柄です」とわざわざことわるのは、きっと男女のカップルなのでしょう。夫婦でも恋人同士でもないけれど、ときどき二人で出かけたりする間柄。きちんと割り勘の関係でも、春の雪がロマンチックです。

かつこよく破るジーンズ青き踏む   瑠璃
 ジーンズはもともとブルーカラーのコスチュームだったので、まっさらよりは、身体になじんでいる方がかっこいい。こすったり汚したり、わざとダメージを与えたジーンズも流行しています。膝が破れ腿に穴があいていたりするのも、一種のおしゃれなのでしょう。掲句、野遊びでジーンズが破れたのを、がっかりするのではなく、逆にかっこよくなった、と思いなしているのだ、と読みました。

蝌蚪生れて水際の畔の凍てにけり   豊田ささお
 せっかくオタマジャクシが生まれたのに、今朝はまた冴え返り、畔は凍てて水際に氷が張っています。三寒四温の厳しい自然の中に生まれた小さな命。しっかりと生きぬいてほしいという願いが込められた句だと思いました。

【その他の佳句】

春愁はいちご大福食べてから   けむり

温む水黙して岩を越え行けり   まゆみ

春泥の草鞋のごとく靴に付く   眞人

骰子をふる間も草の駒返る   比々き

ずんずんと家路を逸れる春ショール   汝火原