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<これからの予定>
投句締切担当ドクター十句発表
   終了 須山つとむ  7月27日
 7月24日えなみしんさ  8月 3日
 7月31日山本たくや  8月10日
 8月 7日内野聖子  8月17日
 8月14日中居由美  8月24日
 8月21日久留島元  8月31日
 8月28日谷さやん  9月 7日
 9月 4日星野早苗  9月14日
 9月11日須山つとむ  9月21日
 9月18日えなみしんさ  9月28日
 9月25日山本たくや  10月 5日

<ドクターのプロフィール>


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2016年7月20日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 宵々山に行ってきました。烏丸通はテント屋台が並び、大変な人出でした。戻り梅雨の曇り空でどこまでも歩けそうな気分になります。路地に入ると、子どもたちが声をそろえて「ろうそく一本献じましょう」と歌っています。どの子も浴衣の膝をきちんとそろえて。大人に混じって物を売る鉾町の子どもの真剣さに一服の涼しさを感じました。
 さて今回は、172句の中から。

【十句選】

夕蝉や木綿豆腐の仄白き   伊藤五六歩
 下町の豆腐屋の店先でしょうか。水槽の中には売れ残った何丁かの豆腐が沈んでいます。深く日除けの下ろされた豆腐屋に焦点を絞って、夏の夕暮れが過不足なく描かれていると思いました。水の中の豆腐の仄白さと夕蝉の鳴き声との親和性に発見があると思います。

紬織りハイビスカスを咲かせ住む   今村征一
 ハイビスカスが咲いているのですから、場所は南の島でしょう。祖先から伝わった紬織りの生業、ハイビスカスを咲かせる暮らし、それを守りながら住み続けている人々に、作者は共感の視線を投げかけているようです。ハイビスカスと紬との取り合わせも鮮やかですね。

水(み)の笑窪あめんばうにもある重さ   素秋
 水面に立つアメンボウの細い脚の下には、確かに小さな窪みができています。それを見て、作者はアメンボウにも重さのあることに気づきました。けれどもそれは、ほんのわずかなもの。脚を突っ張っているアメンボウの重さを水も微笑ましく思っているのでしょう。

籐椅子に並び均しく老いにけり   たいぞう
 老夫婦、兄弟姉妹、或いは友人同士かも。夏の夕暮れ、お風呂上がりなどのくつろいだ気分で、縁に置かれた籐椅子に座ってみると、並んだ二人は同じように老いています。お互いに若い時分を知っているからこその感慨でしょう。籐椅子の艶と軽さがいいなぁと思いました。

老鶯や新入り巫女のさらふ舞   悉太郎
 新入りの巫女が奉納舞のおさらいをしている、という珍しい場面です。おさらいなので、先輩から習った後、一人残ってもう一度練習しているのでしょう。その新入りの初々しさと老鶯との取り合わせが面白い句です。

マンションを駆けのぼりくる祭笛   草子
 夏祭りが近づき、お囃子の鉦や笛の音が聞こえる季節になってきました。掲句は、マンションの上階にも祭笛が聞こえてきます、というほどの句意なのですが、駆けのぼりくる、に勢いがあります。はっぴ姿の若者が駆け上ってくる連想を誘うところがいいですね。

噴水を見てゐる母の知らぬ顔   をがはまなぶ
 噴水を見ている母を偶然目にする機会があったのでしょう。母はいつも子どもである自分を見てくれていて、母にとって自分が目に入らないような事態は今まで無かったのかも知れません。母が自分に気づかないことへのささやかな不安が、噴水の景のうちに的確に把握されていると思いました。

滴りのぽつり神代のままの音   戯心
 なるほど、滴りの落ちる音は、太古の昔から変わらないはずですね。「神代」の措辞から、古い神社の裏山の森を連想しました。うっそうとした樹木、苔むした大岩からしみ出した水がせせらぎに落ちる音に、太古からの自然の営みを感受されたのだと思います。

まだ残る駆ける力や夕立くる   利恵
 急な夕立に遭って思わず駆けだした作者。駆け込んだ雨宿り先で、まだこんなに走れる力が残っていたなんて、と自分に驚きました。もう何年も走ったことなど無かったのでしょう。自然の力は偉大ですね。アーケードや地下道のある都会では、夕立に追われて走ることも無くなりましたが、それも寂しいことのような気がします。

鈴虫をくばる生きがい事業団   青萄
 「生きがい事業団」のネーミングが面白いと思いました。シルバー人材センターのようなものでしょうか。その団体が鈴虫を配っているのか、あるいは、鈴虫の幼虫を配ることを生きがいにしておられる方がおられるのかもしれません。いずれにしても鈴虫の子虫を育てることは、生きがいにつながりそうです。

【その他の佳句】

草いきれ水車ひかりをこぼしけり   幸夫
味見して買うはめになるさくらんぼ   眞人
堂々と比叡参道大蚯蚓   茂
梅雨晴間さかなの骨のやうな雲   二百年
揚花火熊が出たつて本当け   中 十七波
三光鳥息継ぎのないコンチェルト   紅緒
星一つ増えた銀河や通夜帰り    磯村



2016年7月13日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先日俳句仲間四、五人で集まる喫茶店の前まで行き、ドアの前の張り紙を見てしばらく立ちすくみました。「本日クーラーが故障しております」。?喫茶店に入ったら涼しい!?という思いだけで歩いて来たので、ぎょっとしました。が、約束の誰も外で待っている友は見当たらないので、入って行くしかありません。予約席には、業務用と思われる大きな扇風機1台と家庭用扇風機の2台が回っていました。他の人たちも、汗を噴いた真っ赤な顔で座っていました。それでも場所を変えようとか、今日は解散という意見が出なかったのは、私は張り紙を最後まで読んでいなかったのですが、その夜の店は予約を入れていた私たちのためにだけ開けておいてくれたのでした。扇風機の涼しさに慣れて、三時間も居座りました。店員さんたちの暑さを考えないで。

【十句選】

蜘蛛の子や開きし本の溝深き   高木じゅん
 本の見開きの真ん中の窪みをノドと言うらしい。ともあれ、この溝を蜘蛛の子が這い上がろうとしている様子。蜘蛛の子のために、しばらくはページを開いたままにしておくだろう。最後の五文字「深き溝」とするのとどちらが良いだろう。

また同じ夢を見てゐるくらげかな   幸久
 水槽で飼っているくらげを思った。同じ夢をまた見ている、と思わせる動きがあるのだろう。寝ているときに見る夢なら、ぷかぷかと浮くだけのゆるやかな動きを想像する。もしかくらげの願望を意味する夢であれば、どうにも激しい運動を思ってしまう。外に飛び出したいとか。

夏の朝景徳鎮の皿の音   大川一馬
 「景徳鎮」といえば、あの青い柄が印象的な食器。「ケイトクチン」という言葉の響きも涼やか。夏の朝にふさわしい食器だな、とこの句で思った。値段は高そう。贅沢な朝の音だなと思う。同じ作者の<夏の月介助のあとの大欠伸>も好きだった。しんどい介助のあと、ひとつ大欠伸をしてみたら少し気分が楽になるかも知れない。

虫退治トマトの葉裏越しに空   あい子
 「虫退治」という率直な言葉と、後半のしんみりした空とのギャップがいい。
 夢中で退治していて、ふと葉裏から見える空に気付いたのだ。私は、最後の「葉裏越しに空」とするより「葉裏越しの空」の方がいいのでは、と思った。「の」の方が、すんなり空へ届く気がする。空の奥行と広がりを、より感じられるのではないだろうか。

父の日や何を待つにはあらねども   眞人
 改めて辞典を引くと、父の日は「父親の日頃の労苦・慈愛をたたえ感謝をささげる日」とある。労苦や・慈愛という重々しい言葉とは遠くかけ離れた、何を待つというのでもないけれどもやっぱり待っているような父の姿が可笑しくも哀れ。何かが届きますように、と願うばかり。

人好きな犬に育てて祭笛   酒井とも
 犬は家畜となった最初の動物だそうだ。もともと人懐っこいイメージなので、「人好きな犬に人に育てて」には、少し抵抗がある。でも最後の「祭笛」がいいなと思った。祭笛に呼応するように犬も啼く。あるいは祭笛に惹かれて、犬を抱いて出かけていく人を想像しても良い。

金色のヒトデの記憶水ようかん   鸚儘
 水羊羹の水っぽい表面に、いつか見たヒトデの記憶が蘇った句。水つながりではあるが、私には、取り合わせが衝撃的だった。記憶の後、美味しく食べられたのかどうか、考え込んだ。

俺のってわけじゃないんで夏の雲   さわいかの
 面白い句。「いやあ、俺のってわけじゃないんでいいっすよ、あの夏の雲どうぞ」みたな会話を想像して、楽しい。団の仲間、渡部ひとみさんの句「飼ってゐる訳ではないが春の雲」を思い出した。こちらは春の雲がぴったりだが、「俺」には、夏の雲がよく似合う。

大瑠璃や谷戸田の水の広がるよ   豊田ささお
 山間の田んぼに、今年も水が入った。絵具を潜り抜けてきたような美しい大瑠璃の鳴き声も聞こえる。棚田を見ると、日本人の知恵と苦労に、心から尊敬の気持ちが湧いてくる。「水の広がるよ」という呼びかけとも安堵のつぶやきとも思える表現に共感した。

ひまわりやスキップしてるつもりの児   瑠璃
 中七下五の持って回った言い方が、この句の子どもの姿に合っている。右手と右足が同時に出たり、子どもは出来ているつもりでもなんか変である。子どもなので「ひまわり」と平仮名にしたのはわかる。「児」は「子」でいいかなと思った。


2016年7月6日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今回は投句が少なめで143句でした。
 最近、大学生と一緒に俳句を作る機会が多いのですが、私は初学者に「有季定型」「季語」は基本のルールで、使ったほうがいい俳句ができやすいからオススメだ、と話します。五七五のリズムや、季語をうまく使っていない作品は、口ずさんでもなじまなかったり、一見すると面白いようでたいしたことがない句が多かったりします。
 しかし実際には、自分自身が意識して挑戦するなら、多少のルール破りはありだと私は思います。学生はどんどん自由奔放な句を作るので、ルールに縛られない自由な感性を褒めるべきか、それとも単純に人の話を聞いていない、反省しないだけだろうか、と判断に迷います。迷いながらですが、それでも基準として「見たことない句」「楽しい句」には注目していきたいと思っています。

【十句選】

異次元へゆく正装のサングラス   紫
 サングラスをつけると確かにちょっと芸能人気分になれたりしますが、それを「異次元へゆく正装」というのは斬新。

夕立に洗わせているわだかまり   戯心
 雨降って地固まるといいますが、夕立に洗わせている、というのは気分がいいですね。

あやとりの角で待ってる夏座敷   さわいかの
 解釈を2通り考えました、あやとりをしている子どもが夏座敷の角で待っているのか、あやとりの角っこで待っている子がいるのか。後者だと夏座敷の意味がすこしとりにくいですが、なんとなく座敷童のような感じもあります。

若い蜥蜴だろう顔色を読んでいる   ∞
 蜥蜴に顔色を読まれているんですね。とても面白い句ですが、語呂が悪いのが玉に瑕でした。

不真面目な恋で良かった紫陽花の   瀬紀
 語末の「の」が付け足しに見えます。紫陽花は4文字ですが「七変化」「額の花」などの別名があります。

ちりれんげ夏をプニュッと小籠包   素秋
 当たり前のような表現ですが、プニュッと出てくるのが「夏」だという見立てはいいですね。台湾の夜店?

熱傷の中指先の夏の夕   意思
 すこしわかりにくいのですが、火傷を負った指先に夏の夕を感じるのか。やや反戦句のようでもあります。

夜の電車夏の果て行き点滅す   紅緒
 情景を考えると当たり前の日常、表現もやや荒い気がしますが、なんとなく晩夏らしいノスタルジックなあたたかさ、不思議さを感じます。

おじぎ草カラス天狗に貰ったの   糸代みつ
 なぜ烏天狗なのか分かりませんが、交友関係の広さがうらやましい。

ミモザ咲く医師と指切りげんまんす   酒井とも
 あまり楽しくなさそうな約束ですが、ミモザに免じておしゃれに見えます。

【選外佳作】

またマツコまたまたマツコところてん   秋山三人水
 テレビであの巨体を見ない日はないという単純な時事句ですが、案外ところてんを突き出すように「マツコ」という無限の人格が次々と襲ってくるような不思議な光景なのかもしれません。

どす利かせヘビージャンプや牛蛙   スカーレット
 楽しい句ですが、牛蛙だけに「ドス利かせ」も理解しやすいし、ヘビージャンプがダジャレのように見えて、かえって理屈めいてしまったように思います。

放射線技師の言葉や梅雨の音   二百年
 同時に「放射線技師の言葉も雨の中」も投句いただきました。これは雨の中に言葉が消えていくという小説的雰囲気、掲句は「や」で切れ、背景として雨の音が聞こえる。俳句としては言い過ぎない「雨の音」をとりました。

空に色雨に色あり四葩冴ゆ   草子
 「空に色」があるのは当たり前ですが、「空の色雨の色あり」とすると、当たり前のことを改めて発見した、という感じが出るかも知れません。

五尺玉孕んで帰る花火かな   まどん
 五尺玉を孕むというのは花火を用意するとか、花火を見て何か感じたということかと想像しましたが、そこから帰る、という意味がよくわかりませんでした。

ご馳走はブルーベリーと夏の星   中 十七波
 キャンプの夜などでしょうか、気分のいい句ですがシチュエーションによっては月並みかも。

あいまいで私がらっぱ更衣   さわいかの
 「私が、らっぱ」だとにぎやかですが、「私がらっぱ」だと私が河童になってしまったということでしょうか? いずれにしても「あいまい」「更衣」とのつながりがわかりにくい。