俳句クリニック 2007年5月前半分(ドクター:塩見恵介)

「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。

5月と6月の担当ドクターは塩見恵介です。
<プロフィル>
1971年、大阪生。俳人、中学・高校国語教師。
句集に『虹の種』(2000年5月 蝸牛新社)。今夏、第2句集『泉こぽ』(仮) 発刊予定。
澄明な泉がときおりたてる「こぽ」という音のような、発想の切れのある句、リズム や表現に試みを持つ句、など冒険心あふれる俳句に出会えることを楽しみにしていま す。よろしくお願いします。

ドクター塩見の診断
2007年5月15日

松蝉や止まりしままの草刈り機  豊田ささお(70才以上,男)
 塩見ドクター今晩は、風車と茶摘の句へのご診断有難く、特に「お茶をいれたよ」より「お茶が入りました」のほうがいいというお話、日本語の奥の深さを痛感しました。他動詞 自動詞は私には外国語並にむつかしいですが・・目から鱗の思いです。
ドクター塩見の診断と処方箋
 喜んでいただいてこちらが恐縮しています。
 「松蝉」「草刈り」ここでは前者の方が強いのですが、やはり季語の重なりがちょっと気になります。それと、松蝉や、と句の主眼は切れ字を使って「松蝉」にありそうなのですが、どうしても「止まったままの草刈り機」というほうに詩的抒情を追いたくなり、ちょっと読者が混乱しそうです。「松蝉」とそれとの関わりの物語も作りにくいですし。季語(松蝉や)を変えられたら、この句はすっきりしそうですね。

葉桜や膝のおぼへし微体温  毬藻子(女)
 前回の診断、ありがとうございました。再び「葉桜」でチャレンジです。
ドクター塩見の診断と処方箋
 「膝が覚えた微体温」とは?膝枕、という恋句だろうか?それとも?葉桜なのであまりそんなロマンチックな世界ではないかな。ともかくやや舌足らずに過ぎていて、作者の意図する世界を読者は読み取ることができなさそう。これは表現の上で「独善」となってしまいました。葉桜、もう一勝負、してください。

グリーグの朝は六拍夏来たる  多弁(60代,男)
 今年はグリーグ没百年、ミーハーになって聞いています。
ドクター塩見の診断と処方箋
 申し訳ありません。グリーグのピアノ曲について、あまり知識がないために、この句の良さを語れないです。調べればいいことですが、あえて調べません。たとえば句会などで選句するときに、制限時間がある中で作者に寄り添って親切に読む読者は多くて半数です。美術・音楽、他領域を俳句に持ち込み作品世界に反映させる、いわゆる「借景」は読者のレベルによってその句の善し悪しが大きく変わります。季語でも「忌日」の俳句などはまさにその世界。言葉一つによって余韻を味わわせる術と、こうした特定知識から俳句を読ませる方法はまた違うベクトルを向いているのではないか、と最近僕は考えています。

(1)麦秋や黄色の切れしプリンター  文の子(60代,男)
(2)短夜や友故郷に帰るてふ
(3)吾が影の歩幅に揃ふ薄暑かな

 宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)スマート、そしてスキッとしあがってます。ただしちょっと作為的ともとれそうな気が。インクの「黄色の切れた」という黄色が、どうしても麦秋の色と理知的に組みあわされた感じがするからでしょうか。
(2)は感慨が短歌の序奏の感じ。この下に七七をつけたくなりそう。このままでは消化不良です。
(3)「吾が影の歩幅に揃ふ」、さて何が揃うのでしょうか。「薄暑」が揃う、ということではやや気分に流されますし、自分の歩幅が影に揃うという読みではもうひとつ感慨が伝わりにくい感じ。何かを言いたげな雰囲気があるだけに、ちょっと読者はもやもやします。

(1)駄菓子屋のふ菓子を買ひし春帽子  小口泰與(60代,男)
(2)川筋に乗りて毛鉤や辛夷咲く
(3)いにしえの足尾の歴史今は春

 よろしくご指導願います。
ドクター塩見の診断と処方箋
(2)が雰囲気がいい感じ。「川筋にのる毛鉤」のフレーズを生かしたい。ただし、季語が「辛夷咲く」は視点が上方へ。川面(下)と齟齬を来すので、ここが一工夫必要。
(1)は「春帽子」と「麩菓子」いずれも柔らかく軽やかなタッチだが、ぎりぎりセーフです。「駄菓子屋の」が不要。「麩菓子を買う春帽子」だけの世界に工夫してください。
(3)「いにしえの(歴史)」「今」が対比を見せすぎてしまっています。「今は春の足尾(銅山)」だけで作ってみてください。

十薬の根強き庭や空の紺  さくら(女)
 またまた庭に十薬がはびこり取るのに苦労しました。一休みして空をみると---報告句のみでしょうか。前回の句、いろいろご指導有難く、深謝です。
ドクター塩見の診断と処方箋
 十薬の葉のあの匂い・・・、子どもの頃、毒下しといっては噛まされた覚えがあります・・・。本当に効いていたのかな、と今では疑問すら覚えるのですが。さて頂いた句、「十薬」と「庭の空の紺」はとてもうまい配合、構図と思います。ただ十薬は繁殖力が強いので「根強き」がかなり説明的。不要の言葉です。モチーフはこのままに「根強き」を外して推敲してください!

さみだるる一本太き柱かな  遅足(60代,男)
 〈一樹にて千年の杜百千鳥〉の診断ありがとうございます。〈千年の一樹の影の毛虫かな〉としてみました。〈さみだるる天地に太き柱かな〉では、説明になってしまいそうですが、一本太き、では、意味が通らないのでは?と。診断をよろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 う〜ん、頂いた句「天地の」はおっしゃるとおり説明。しかし頂いた句ももうひとつ「さみだるる」が混乱をきたす季語の句ですね・・・。太き柱、僕はエンタシス様式の柱をイメージするのでもうすこし、場所が見えるような、そんな言葉がほしい感じです。頂いた句では、やや抽象的に過ぎるようです。ところで「千年の一樹」の句、「毛虫」で推敲、ぐっと雰囲気が出ていますね!これはよい方向へ向かったようです。

(1)万緑の中に一筋杣の道  遊雲(70才以上,男)
(2)新緑やごろんと一つ握り飯
(3)一片散り忽ち崩る牡丹かな
(4)二着馬を首差かわして夏になる

 昨日は、俳句教室「寺子屋」の日。投句は、兼題「道」を含む4句ですがいつも終わってから、残したほうがよかったのではないかと・・・。
ドクター塩見の診断と処方箋
 たくさん頂きました。寸評でお許し下さい。
 頂いた中で抜群なのは(4)まちがいなくエース級の句です。「競馬」が素材でしょうが、だいたいに置いて俗に流れるパターンになりやすい材料を競馬用語を使いながら、実に格調高いものになっています。競走馬の首の陰翳、汗まで見えてきそう。「夏になる」という言葉の働きによって背景のターフの青さとのコントラストも感じ、素敵な絵になっています。
(2)もシンプルながらいい感じ。なんだか、勝新太郎が食う握り飯みたいですが、「新緑や」という季語がやっぱり良く効いていて、無骨さだけではない雰囲気で句の奥行きを作っています。
(1)はよく見る手。(3)も伝統的手法。

(1)霞かな六甲山の姿なく  菊美(60代,女)
 ありがとうございます。年代を拝見お若い美男子先生、塩見先生。わが娘夫婦と同じ嬉しいです。甘くしてもらおうなんて?いや厳しくご指導お願いします。 みたままかな?
(2)髪飾り卯の花ゆれる神楽舞
 今日は卯の花神事(住吉大社)で行われました。毎年見に行きますが、卯の花苑も、雅楽と舞もみごとです。
ドクター塩見の診断と処方箋
 若さだけが取り柄ですが、よろしくお願いします(笑)。
(1)「山霞」という季語があるので、ちょっとこの句は「季語の本意」(季語のもつ意味・ムード)のまま、といったところです。「姿なく」のあたりに工夫が必要だと思います。「○○○○○六甲山は霞かな」として上五文字、なにか対比できるものを置くことをおすすめします。
(2)豪華。「髪飾り」「卯の花」「神楽舞」材料が一杯ですから2〜3句に分けて作られたらいかがしょう?ちょっと厳しめでしたか?懲りずにご投稿お待ちしております。

ターザンになりて日永の大きな木  慈英(50代,男)
 ご指導宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
 そうそう、「ターザン」。僕も句にしたい素材だな、と去年から狙っていくつか作っているのですが。ターザンのバタ臭さから言って春の長閑さはちょっとしんどいかな、と思います。夏の句でものされてはいかがでしょうか?「ターザンになりて」というのがもうすでにかなりナンセンスな笑いに句を運んでいるので「日永の大きな木」というフレーズでおさめにかかるのは無理筋の気がします。


2007年5月14日

(1)新緑の雨に打たれて発光す  学(50代,男)
(2)月山や苔さす水のとまり鮎
(3)うしろ姿の夕焼けてゐる図かな
(4)一面に水ゆきはたる暮春かな
(5)耕運機田んぼの中のあめんぼう
(6)水抜けて苗は烏に食はれけり

 ご教示を。
ドクター塩見の診断と処方箋
 たくさんいただきました。寸評でお許し下さい。
(1)説明的です。「新緑が雨に打たれて発光している」という因果関係の文脈を出ていません。
(2)きれいな日本画的俳句。
(3)後ろ姿はどうしてもわびしい。「うしろすがたのしぐれていくか」の夕焼け版。やや予定調和か。
(4)くつろぐが、類想句の心配がある。
(5)「耕運機」と「あめんぼう」で充分いけそう。「田圃の中の」が説明的。
(6)農家の苦労ですね。田から水が抜けると、そんあことになるのですか!報告句としては意外!

青葉闇抜けてこの世の闇を見る  豊田ささお(70才以上,男)
 塩見ドクター今晩は、これは、類句があるかもしれませんが一応お送りします。(まったくの独りよがりの句で何の心配もいらなかったりして・・)
ドクター塩見の診断と処方箋
 青葉闇、濃い闇ですね。ここを抜けて、といわれると「現世的でない幻想的な世界」へ読者は期待します。頂いた句はその逆「この世の闇」を見るわけで、読者を見事に裏切っていますが、この裏切り方は俳句のわくを両足とも越えている感じ。「この世の闇」といわれると社会的事件、おぞましい人間関係など、創造される範囲は狭く、限りなく川柳的指摘、という感じです。

(1)鳥曇業平橋にミュージシャン  文の子(60代,男)
 業平橋その3です。
(2)勘助は甲斐のブランド蕨餅
(3)移されて諏訪の浮き城花の上
(4)麦秋や愛宕山なほ薄緑

 今回は総て地名の句にしました。光秀ゆかりの愛宕山です。宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)うわあ、抜群の句になりましたね。特に「鳥曇」を句に置かれたのは見事!現代の視点に立ちつつ、背後に古典の業平が潜む形になって「業平橋」が全然句の中で浮かない形。しっくりとしています。今までの業平橋の中で最高の形になりました。句会で見たら間違いなく選びます。それと、自分でも「鳥曇」「鳥雲に」と業平橋で作りたくなるような句です。
(2)は「ブランド」という言葉が句の主眼でしょうが「甲斐の山本勘助」は説明っぽく。「蕨餅」の季語の効きも作者以上に読者が読めなさそうです。
(3)美しい景ですが、それ以上の感慨が読者におこるかどうか。「移されて」がすこしわかりにくいです。「映されて」ならわかりますが、それでは説明になりますしね。
(4)「ときは今天が下しる五月かな」でしたっけ?愛宕百韻。ただし、この句からは光秀の匂いはまったくしません。旅中の挨拶句、という感じです。

青み空白菫咲き鳥うたい  RAN(70才以上,女)
 白菫の群生、久し振りの晴天、自然への讃歌です。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 「白菫」!そのような花があるのですか!花に全く疎いので、こういうこと教えてもらうのは嬉しい限りです。菫は紫、というイメージばかりでしたkら。それはもう自然の賛歌をしたくなりますね!というわけで今回は感動している気持ちをそのまま受け取らせてもらいました。空は青く、菫は白く、そして鳥まで歌っている!豪華、豪華、我が世の春という句ですね。17文字では豪華すぎてどこから手をつけて良いか、読者はうろうろしてしまいました。

(1)オカリナを奏づる少女麦畑  しんい(女)
(2)千畳の藤棚風のむらさきに
 宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)オカリナと少女は合うんですよね!まして「麦畑」!文学少女的孤独まっただ中の青春俳句、という感じです。これは好き好きの句といえそう。僕はちょっと甘すぎて苦手かな・・・。
(2)こちらの方が僕の好み!「風のむらさきに」という把握が随分句を良くしましたね!千畳の藤棚、というのも優雅の極み!これは是非あれば行きたい、と読者の多くが思いそうな句です!

(1)手のひらの初摘み苺鳥の声  田舎のねずみ(50代,女)
(2)そよ風やはな大根のあわあわと
 前回良いですねと言って頂いた初摘み苺を使って 推敲してみました。診断お願い します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(2)いいですねえ。「はな大根のあわあわと」はとてもリズミカルで独創的なオノマトペ。「そよ風や」というのが少し気になりますが全体的に柔らかい空気が立ちこめていて秀句と思います。句会で見たら選の候補です!
(1)ずいぶん、いい感じに推敲されました。「鳥の声」が若干、取って付けたようなのであと一息「○○○○○初摘みいちご手のひらに」として上五に柔らかく句を立ち上げるフレーズを考えてください!

(1)蟹喰ふに哀れと思ふ身となれり  千坂希妙(50代,男)
(2)うぐひすののど見まほしき病み上がり
(3)花散りて梵音のみや西行庵

 よろしくご教示を。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)たしかに蟹はゆでられ足をもがれつつ・・・というところですが。どこか食材としての蟹は残酷性を秘めていますね。現代短歌に、〈君を殺して詩を作ろうかぐらぐらと蟹は朱色に茹であげて待つ(中山郁子)〉というのがあるのをふと思い出しました。
(2)鶯の鳴く里への訪れを夢見る、病み上がりの気分ですが「のど見まほしき」がやや独善。といって「声聞きまほし」では平凡。中7は気分を直接述べるには苦しいところです。
(3)とても景色としてはお洒落ですが「花」と「西行」はやはり理に落ちる感じです。

(1)窓開けばたちまち初夏の音入りぬ  藤井茂子(60代,女)
(2)ついばみを急くな雀よ若葉風
(3)出雲弁母音上げ良し鯉幟

 安来節に挑戦中ですが母音を出してはあげる事ばかり注意されてます。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)戦前の俳人で長谷川素逝という作家がいるのですが、(この人、僕の勤め先の先輩教師でもあるので、ちょっと注目しているのです)学校詠として「生徒らと五月の朝の窓開けて」という句があります。(『ふるさと』所収)。戦中なのにこのリベラルさ。「生徒らと」の「と」がとても効いています。それと五月、初夏の空気が良いんですね。頂いた句も窓がとても清々しい!「初夏の音」がちょっと抒情に流された感じ。具体的にしたいですよね。
(2)雀への話しかけ、他にもいろいろ試してください。「若葉風+雀への話しかけ」はいけてそうなのですが、「ついばみを急くな」はもう一つです。
(3)これ「鯉のぼり」と「出雲弁」の置く位置を変えてみては?あるいは「出雲弁母音上ぐれば鯉幟」と取り合わせにするよりは「出雲弁の母音は鯉幟だ」と言った方が俳句的省略が効いて飛躍が産まれそうです。


2007年5月13日

(1)牛せりに出さるる幌に若葉雨  彩貴(女)
(2)回送の灯さぬ電車蛙の夜
 はじめまして。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 はじめまして!よろしくです。
 (1)は「牛せり」「若葉雨」、とややマイナー調な寂しさの言葉が集められすぎた感じ。「ドナドナ」の俳句版といったところでしょうか。むしろ新味ある俳句としては(2)のモチーフを支持したいです。「灯さぬ電車」というところがややごたごたしているのですが「蛙の夜」に「回送列車」が行く、というだけの句で仕立てれば、これはとんでもない名句になる予感がします。無数の蛙の鳴く夜に、誰も乗っていない電車(無人の車窓から灯りが漏れているのならば更に良い景)が畦越しに流れて消える景は、俳句としてとても魅力的です。是非推敲して、芭蕉の蛙に比肩する名句に仕立ててください。

(1)ぐあふぐあふ雨喜びの伸びのびの  裸時(30代,男)
 この季語は楽しい気持ちになりました→
(2)万年杉脳の器揺れる心慮所
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)蛙の気持ちのような句ですね。草野心平とは違って、どちらかというと古典的な「鳥獣戯画」を思わせる感じ。しかしこの句は良いですねえ!インパクトがあって、残像が頭に残ります。
(2)脳の器揺れる診療所、というのがちょっと不気味で「万年杉」のおおらかさと齟齬を来している感じがします。これは独善。突飛すぎます。

とおりゃんせ歌いつつ行く青葉闇  豊田ささお(70才以上,男)
 青葉闇で何か作りたくなったのには浮世のどろどろに抜き差しならぬことが今日起きましてと・・言うわけです。季節は爽やか初夏ですが、葉っぱの茂りは日増しにうっとうしくなってきました。
ドクター塩見の診断と処方箋
 青葉闇、というと、関西に住む僕にとってはどうしても「須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇」という、『笈の小文』の芭蕉の句を思わずにはいられません。一ノ谷の戦いに敗れた平家の若き公達・平敦盛への哀悼、時代を超えた雅的世界への追慕の幻想を青葉闇はもっています。したがって、頂いた句も「青葉闇」と組みあわされると「とおりゃんせ」がどこかノスタルジーな幻想に繋がっていく感じがしました。浮き世のどろどろから、うまく回避する世界をお持ちとお見受けいたします。

(1)痩せ蛙合羽着てするゴルフかな  未知(50代,男)
(2)春の空植木師に手を入れられる
(3)菜の花の風に欠伸の赤ん坊
(4)いちめんに水張られゆく暮春かな
(5)五月雨るる太鼓叩ひて笛吹ひて
(6)鳥交る咽喉の見えるあたりまで

 ご教示を。
ドクター塩見の診断と処方箋
 たくさん句を頂きましたので簡単に寸評を。
(1)「痩せ蛙」読み手が、ここでは「痩せ我慢」につなげて読むほかなく、やや川柳。
(2)ちょっと、おもしろいが、「植木師の手を入れにゆく春の空」と逆から迫り、春の空に視点を遠ざける形にした方が開放的で読者をくつろがせる。
(3)菜の花の風、欠伸、赤んぼう、どれも穏やかな語の集合で起伏がなく平凡。
(4)抽象的。
(5)材料が多すぎ。太鼓、笛どちらかだけでよさそう。
(6)飛躍が少なすぎて平凡。

(1)先頭はたんぽぽ横丁曲がります  玉白石(50代,男)
(2)夏が来た白山羊さんからメール来た
 よろしくお願いいたします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 (1)「曲がります」がやや気になりますが、ナンセンスな面白さを感じます。やりたい方向が見える句なので、表現上の賛否はありそうですが、いずれにしても必ず脈のある方向に進む句だと思います!僕は買いです!むしろ、かなり冒険ですが(2)はユニーク。なかなか、こうは馬鹿げて作れない句(皮肉ではありません。本当にすごいと思っています)。俳句を作る上で、ちょっと文学的であろうとか、詩人っぽくとか思う人(単純に関西弁で言うと「ええかっこしい」)が多い中で、これだけ開けっぴろげに作れるのはセンスだと思います。夏が来た、というからっとした世界に「白ヤギからのメール」というナンセンスは思わず吹き出します。

(1)永き日や業平橋を鳥去りし  文の子(60代,男)
 5/6のご診断を拝見し、業平橋の本家は関西と思いました。掲句は都鳥を歌った隅田川で、現在は支流になっている古隅田にかかっています。
(2)露天湯に来て若葉風紫外線
 5/7に診ていただいた「露天湯の迷ひ若葉と紫外線」を推敲しました。
(3)諏訪霞む逆さになりし空と湖
(4)露座佛の御目に雫若葉雨

 宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
 おお!関東にも「業平橋」があるのですか!私の住む阪神間は業平の親である阿保親王ゆかりの地であることから、業平も関係深い土地となっているわけですが・・・。そうか、伊勢物語にありましたね。東下りの段。隅田川で「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふひとはありやなしやと」という歌。とすれば(1)は「鳥去りし」は理屈。「永き日の業平橋に」以下、鳥から離れて現代的に詠んだ方が得策。上中で充分古典的世界を作れていますから。「鳥去りし」では「この人は伊勢物語を知っていてかしこいなあ」とは思って貰えても、俳句としての評価はしてもらえません。
(4)も同様。「若葉して御目の雫ぬぐはばや」という芭蕉の句を思い出す以上の感興を得られません。
(2)なんだか三段切れになりました。この中の語を削らずにいきたいとすれば「○○に若葉/露天湯に紫外線」と対句構成で迫った方がシンプルかと・・・。
(3)ちょっとおしゃれですが「空と湖」が欲張りすぎ。どちらか一つで充分と思います。すなわち諏訪霞む逆さになった空が湖と一字変えてみるだけで随分、句に屈折と逆転が産まれそう。

(1)子のて引き蓮華の花の続く道  三郎(70才以上,男)
(2)丘ひとつ染め尽くし天芝桜
(3)遠霞山は程なく目を覚ます
(4)朝かすみ山はきり絵のごとくあり

 よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 頂いた中では(1)が一番、景が明瞭!くつろいだ空気が流れています。
(2)は天芝桜という桜の限定が面白いのですが、いかんせん、全体の雰囲気が平凡です。蕪村の句に「富士一つ埋づみ残して若葉かな」という句があります。逆の世界でさえ、すでに200年以上前にあるので「染め尽くす」はやっぱり損な描写です。
(3)冬の季語に「山眠る」というのがあります。春になったら山が目を覚ます、というのは並の発想です。
(4)「切り絵のような」という山のたとえが、もう一つ読者に共感を呼ばないようで、こういう見立は独善に陥りやすい。「ごとく」俳句の難しいところです。

(1)からからと風にこぼれしチューリップ  うさぎ
(2)マグの中緑染み出す八十八夜
(3)蜜蜂の羽音近くに春更ける

 インデアナの春は駆け足で通り過ぎる感じです。宜しくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 インデアナのうさぎさん、こりずに送ってきてくれてありがとうございます!こういう出会いは楽しいです。ああー今僕のPCはアメリカに繋がっているんだ、と思うと、とんでもない時代を生きていることにしばし感動。
(2)が面白いですね!ただ「緑染み出す」がちょっとわかりにくいか。マグカップの中の飲み物の色なのか、それともマグカップの彩色なのか。それでも「マグカップ」そのものを詠むという視点と「八十八夜」の取り合わせが不思議な空間を作っています。
(1)は「からから」の音が独善。ちょっとチューリップという豊満な花を詠むにしては、読者の共感を得にくい感じ。ありきたりでない、独自のオノマトペを発見してみてください。
(3)は平凡。

(1)初孫の女の子に小さき鯉幟  えんや(70才以上,男)
(2)近寄れば猫腹見せる街薄暑
(3)白鷺の川面に工の字曳き翔てり

 宜しくお願いいたします。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)うーん、理屈ですねえ・・・。初孫にメロメロな感じなのは共感を呼びそうですが「女の子であっても鯉のぼりを」という感覚が「普通は男の子のための鯉のぼりなのに」というところから見た理屈なのです。しかも「小さい」ですから、その初孫の女の子に対しての思いにノーブレーキになってます。
(2)犬が飼い主に無防備の姿勢をとるのはありますが、猫もですか。やや説明的ながら、この句は「街薄暑」が救っています。
(3)「工の字」がわかりにくい表現。水面を今まさに白鷺が羽ばたいているのを象形化したものだとすれば、漢字を使うのは損です。漢字はどうしても意味を引きずりますから。アルファベット、たとえば「Y」とか「T」とかで記せば、象形化はよりスムーズになると思われます。


2007年5月12日

(1)たまはりし雨に春土のほわほわと  小口泰與(60代,男)
(2)白き富士たまはる湖や桃の花
(3)遠山の雲の帳やかすみ草

 塩見先生、添削並びに適切なご指導心より感謝申し上げます。よろしくご指導願います。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)(2)ともに「たまはる」という言葉に着目して作られていますが、もうひとつ、その「たまわった」という感動が読者に伝わりません。やや情に凭れすぎている嫌いがあります。ただし「雨に春土がほわほわと」という視点は軽みがあって好きです。
(3)「雲の帳」という言い方が月並です。伝統的に安定感のある雅語を使用するのは良いと思いますが、一句の中でハッとする狙いのフレーズ、ものの見方を入れたいところです。

(1)左手で右の耳かく立夏かな  ポリ(50代,女)
(2)つつじ散る蕊のつけ根の白きこと
 アドバイスありがとうございます。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)表現としてとても面白い。実際、しかしこれできるのかな・・・試してみました。・・・できました!意外に自然にできるものですね!ここまで試してこの句は更によく見えるようになりました!
(2)丁寧な観察ですが、これは若干、等類を気にしないといけないフレ−ズですね。実際、なんだか見たことのあるような句の世界です。もちろん、躑躅の蘂を詠まれているのははじめてみましたが。花をクローズアップして写生するパターンとしては、という意味です。

和菓子屋のとなり新茶の量り売り  藤井茂子(60代,女)
ドクター塩見の診断と処方箋
 直感でおもしろい句の構成!と思いました。「○○のとなり新茶の量り売り」はとても良い世界で、香りまで感じそう。ところでその隣が「和菓子屋」というのが残念。これは理に落ちる感じです。理に落ちず、離れすぎず、不即不離のお店があるはず。「時計屋」「眼鏡屋」・・・、いろいろと試してみてください。

新緑やシャワーのごとく鳥を聴く  豊田ささお(男)
 今日は雨でしたが、昨日キビタキを撮影しようと、森をうろうろしていてふっと感じたままの句です。また何かだいじなことを忘れていそうですが・・・
ドクター塩見の診断と処方箋
 ああ、気分爽快!これぞ「森林浴」という感じで読ませてもらいました。「森林浴」と「浴」を使う一般的な語にすでに「シャワー」のニュアンスは込められているので、たとえ「鳥の鳴き声を聞く」としても新味には薄い感じもします。「シャワーの如く」という比喩がどこまで共感を呼ぶかは好き好き、好みに任せるところかもしれません。ただ、ふっと感じたままの即興句としてはとても気分の良い句です!

刑法のバットボール春休み  裸時(30代,男)
ドクター塩見の診断と処方箋
 春休みの「バットとボール」、というのはとてもイメージとして新鮮。夏休みとは違った気配を感じさせる取り合わせで素敵です。ただ、上五「刑法の」がちょっとわかりにくいかな。これは素直な感じで読ませるほうがずっと良い句になりそうな気がします。

(1)春キャベツザクッと切ってシャキと食う  遊雲(70才以上,男)
(2)塩昆布と味噌汁がよい豆の飯
(3)味噌あんよいや漉しあんよ柏餅

 これから二ヶ月よろしくお願いします。俳句は、仕事から解放されて、さてと、今年の1月から始めたばかりで、ここへの投句も1月25日から。で、目下「季語」の勉強中。俳句もふり幅が大きくご迷惑をかけますがよろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 季語を勉強中とのことですが、僕も勉強中です。頂いた句は全て食べ物。しかも(2)の句は悠々自適、という感じですね。いずれも食べ物の句が「食べる」ことから離れないのでやや飛躍が少ない感じです。もっとも人間にとって、食べること、というのはある意味哲学的ですし、エロチックでもあります。そういった意味で食べることに対して徹して作られるとすごい句ができるかもしれません。

十二センチの靴玄関に端午かな  毬藻子(女)
ドクター塩見の診断と処方箋
 12センチの靴!そうとう小さいなあ。よちよち歩きもままならない赤んぼうの靴で すね!端午の節句、その小さな赤んぼうの成長を見守る一族の暖かい眼差しを感じま す。以下の詩をふと思い出しました。引用します。

   小さな靴       高田敏子
  小さな靴が玄関においてある
  満二歳になる英子の靴だ
  忘れて行ったまま二ヶ月ほどが過ぎていて
  英子の足にはもう合わない
  子供はそうして次々に
  新しい靴にはきかえてゆく

  おとなの 疲れた靴ばかりのならぶ玄関に
  小さな靴は おいてある
  花を飾るより ずっと明るい


2007年5月11日

古墳から森のにおいがしておりぬ  ゆうすけ(10代,男)
 句集いただけたらうれしいです。楽しみに待っています。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 10代の作者!なかなか落ち着いた句ですね。越智くんは前回の鬼貫青春俳句大賞を射止めた若手のホープ。僕の勤め先の生徒です。というわけで、こういう公の場に句をもってこられてはこちらがあせります(笑)。
 さて、あえて厳しく頂いた句を述べますとね、うまいのだけれどなにかが足りない感じなんですよね。古墳から森の匂いがした、古墳という墳墓のイメージから森という自然への発想の飛躍を見せようとしている作意がはっきりしている。その一方で、古墳が森に見える、というのはそれほど飛躍を感じない景。「古墳から森のにおいが」というのはむしろ序奏的なフレーズなので下五でポーンと発想を跳ねさせたいところなのですが「しておりぬ」という収め方が常套的言い回しでおさまりすぎ。この句の急所は座五の発想のはね方だと思うのです。「古墳から森の匂いが【五音の名詞】」ぐらいで意味から離れた文脈でとてつもないものがあれば、ぐっとこの句のパワーが出てきそうなのですが。推敲を期待!

(1)我思う思う故あり韮の花  北野元玄(60代,男)
(2)ブランコの揺れに任せてデジャブして
 5月4日のコメントありがとうございました。船団の会に参加させていただいて所謂船団俳句の斬新さに驚いていますが、その一方で船団俳句はサーカス俳句だとかホラー俳句だとか悪口に取られても仕方がないような説明を人様にしています。私も今しばらくは、あまりまともでない!?俳句を作って冒険してみたい気持ちです。さて、上記2句は理屈っぽい俳句のようですが、実は内容はまったくありません。(1)を私が尊敬する友人に見てもらったら、即座に「韮の花我思う故に現れる」と直されました。私の原句も悪くないと思うのですが、添削句の方が数段上等になった感があります。ドクターのご意見をお聞かせください。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)最近仁平勝さんだったかな?の句で「我思う」というフレーズの句を見ました。デカルトの言葉のもじりですが「私が思考し認識するが故に韮の花は存在するのだ」という句の内容ですね。添削されている「韮の花我思う故に現れる」のほうが随分と言いたいことはまっすぐ伝わりますが、俳句的なリズム、仕掛けとしては、韮の花を後に置き、「現れる」と直接言わない原作の方に魅力を感じます(僕はこちらを支持します)。ただしいずれの句もちょっと理屈っぽいと取られる嫌いはあります。それと、こういう句はどうしても謎解きのような作りなので最後の答えのような「韮の花」に読者が「アッ!」と吃驚しなければ「動く」(他の語に置き換え可能)と思われちゃいますよね。実際、「韮の花」でないほかのもっと一般的な物の方で面白いのがありそうです。たとえば「油虫」なんて、俳味のあるものは定石的にうまくいきそうです。
(2)「ブランコ」は揺れるものなので、句の腰で「揺れに任せて」と音を使うのはもったいない。「ブランコのデジャブに揺れて」としてまだ違う世界を持ち込めば、より不可思議な詩的空間を作れそうですよ。
 さて丁寧なお便りもありがとうございます。船団、サーカス俳句・ホラー俳句ですか・・・。う〜ん。ぼくは「鰻だけで食べていける鰻屋」の時代は終わったように思ってます。つまり「写生」とか「取り合わせ」とかの「作句姿勢」(あるいは「旧仮名・新かな」「文語・口語」もふくめて)が俳人の個性・作風を決定する時代は終わって、自分の中にどれだけの俳句の幅を持つか(ものの見方も含めて)、という時代に入っていくと思っています。俳句を作る上では、さまざまな技法、手段の長所短所を把握して適切に使い、いろんな人に喜ばれる良い俳句を作っていく力が必要ではないかと思うわけです。月に一度食べに来る鰻好きの風流人には悪いのですが、週一度あきずに家族できてくれる客のいる「多角経営」な料理屋を目指すことも必要だと思っています。そういう意味で冒険作というのは、きわめて経営的に危機感を持った店主の大まじめな「新メニューの創造」です。

(1)憲法は世界遺産ぞ鯉幟  せいち(60代,男)
(2)行く春や変へてはならぬものもあり
(1)(2)共に俳句には向いていなでしょうか?塩見ドクター、今回もよろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)「憲法」、おそらくは「平和憲法」への愛着がこの句の主眼ですが、その価値を述べるのに「世界遺産」ではちょっと肩すかしです。あまりにも世俗的で一般的な価値基準の枠で述べられているから。金銭的価値で言うのと同じぐらい俗だと思います。こういうときは、「憲法の九条はほら鯉のぼり」とか、憲法を鯉のぼりという価値で述べてみる。充分読者はそこから平和さ、日々の 家族の安寧などを読みとって逆に憲法を見直すことになりそうです。
(2)こちらはそういう意味で肩の力が抜けていい感じ。ただし「変へてはならぬもの『の』あり」ぐらいに留めておきたいところです。言いたいことにブレーキを掛ければ逆に切れがましますよ。

(1)春の月櫂から滴垂く水の音  未知(50代,男)
(2)魚の目を診る医者がをり花曇
(3)骸骨を膝元に置く春灯
(4)石の上一つの蝶のとまりけり
(5)甍一枚外れをり春夕べ
(6)たひらかな空ひろごりて土筆かな

 ご教示を。
ドクター塩見の診断と処方箋
(6)が抜群ですね。こういう単純でおおらかな世界、できそうでできない。秀句と思います。以下、
(1)うまいですね。ただなんとなく既視感のある感じもする・・・。それはなにか『土佐日記』の帰京へいたる桂川の和歌が僕の頭にあるからかもしれません。
(4)も同様、既視感が漂います。中原中也の「一つのメルヘン」的な詩的世界ですが。
(3)は面白いのですがちょっと狙いすぎでしょうか。
(2)(5)はやや面白さが独善的。

(1)うたたねに子つばめ餌を競う声  悠(70才以上,女)
(2)一里塚新しくなり風薫る
 お世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)子つばめというとどうしてもあの餌を求める大きな口が印象的ですから、「子つばめ餌を競う声」はそのイメージの援用という域です。ただし作者の「うたたね」の夢うつつ状態のくつろぎ感に悠さんの人柄が垣間見られるほのぼのした空気はあります。新味ばかりでなく、こうした句を作る楽しみもありでしょうね。句会用の句ではない処での楽しみです。
(2)こちらは取り合わせ。一里塚、という旧態の物も新しく付け替えるのですね。そこに今年の風薫る。これは良い対比ができていて、これぞ取り合わせの効果!といえそうな佳句です。

端っこを歩いて見つけたすみれかな  うさぎ
 意外なところで、自生する菫発見!普通の言葉で俳句にしました。よろしくご指導ください。
ドクター塩見の診断と処方箋
 ルイジアナのうさぎさんですね。〈よく見れば薺(なずな)花咲く垣根かな 芭蕉〉みたいな句ですね。素朴ですが構造は同じ。実は俳句の原点の様な句ですよ。それと、海外を全く感じさせない作りの俳句、すごいですね。古典回帰をしようと思えば海外に行った方がいいのかな?たしかに僕もいちどオーストラリアに行ったとき、俳句を作ろうと思ったのですが、マングローブの木とかコアラとか、素材は得ても俳句としてはこてこての「日本」になってしまった記憶が。なぜでしょう。付けている日記もその時だけ急に擬古文になっています。なんだか江戸の俳人・神沢杜口の「翁草」の文体そっくりになりました。

朝ドラのヒロイン気取る若葉風  藤田 亜未(20代,女)
 お久しぶりです。働き始めて一ヶ月が経ちました。ヒヤリハッとの連続です。
ドクター塩見の診断と処方箋
 お久しぶりです。元気で頑張ってる様子ですね!清々しい青春俳句。亜未さん調ですね。朝ドラのヒロインのような「うれしいときは良い笑顔。失敗してもくじけない」前向きに生きる、亜未さんらしさは存分に出ています。
 ここからは36歳の僕の感覚。上中のイメージと下の季語はかなり近い感じかも。しかし一方で「朝ドラのヒロイン」というフレーズが救っているか。非常に評価に悩ましい句とも言えそうです。「朝ドラのヒロイン」が俳句に入っていることばとして新鮮なのでその近さが決定的に気にはならないのは事実。むしろ「気取る」という辺りが少し気になります。ここまで堂々と「若葉風」の清々しさで気分を表現するならば、「朝ドラのヒロイン気取り」と名詞で収め、若葉風との断点を示しておく方がより得策かも。

(1)並木道丸く装う若葉かな  藤井茂子(60代,女)
(2)新緑の県境越えて湖広し
(3)長靴も並ぶ玄関五月晴れ

 よろしくご指導お願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
 今回頂いた句は残念ながら、少し平凡。
(1)「丸く装う」という形容がこの句の主眼ですがもうひとつ見せないので、結局並木道の若葉だけをたよりに読んでしまいます。そうすると「丸く装う」は若葉の清々しさだけのイメージで読まれてしまうので平凡に感じられてしまいます。
(2)新緑の県境越えて、まではとても清々しく、この後の展開に読者が大いに期待します。そこで「湖広し」とした高台的な景を持ってこられるだけでは少し残念な思い。「湖」は良いと思いますので「広し」という形容をなんとか外したいところです。
(3)も気分はよくわかりますが、「五月晴れ」自体がもともと梅雨の束の間の晴れ間のこと。これは季語の説明の句になっています。

ジャズセッションフラットシャープ五月雨  胡麻序(60代,男)
 ジャズヴォーカルを始めました。音楽学を勉強中です。
ドクター塩見の診断と処方箋
 またまた、ジャズの俳句、ありがとうございます。少人数編成の「ジャズセッション」、「フラットシャープ」という半音の上げ下げ。そんなライブハウスの外では五月雨が降り続いている、ととりました。でもこの句はやっぱり「フラットシャープ」が取って付けたようになってしまいましたね。「○○○○○○○五月雨のジャズセッション」と対句的につくるのは面白いフレーズと思います。ちょっとこれの前に七字つけていただけませんか。
PS:ヴォーカルですか。かっこいいですね。僕はサラ・ボーンぐらいしかまじめに聞いたことがありません・・・。

(1)縄電の先生は外つくしんぼ  えんや(70才以上,男)
(2)しゃぼん玉機関銃のごと撃ち出せり
(3)しゃぼん玉僕の顔乗せ飛んでゆく
(4)ありんこの何処まで潜く花筵

 塩見ドクターお元気でしたか、また2ヶ月どうぞ宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(2)に勢いを感じますね。シャボン玉のはかない感じから少し抜け出した新境地かと思います。この勢いは買いです。
以下、
(1)は「つくしんぼ」が幼い光景のために使われている感じ。「縄電」とは縄でつくった輪に入っって走る電車ごっこですかね。そうなると、ちょっと「縄電」を横から眺める景とつくしんぼをかがんで下に見る景と混乱。「つくしんぼ」が具象過ぎるのでここは時候、天文系の季語で収めたいところかも。
(3)は三十路の僕から見てもやや幼い感じ。
(4)「潜く」が読めないのですが「もぐる」「くぐる」の意味ですね。執拗にありを見つめるおもしろい視点ですが「あり」(夏)と「花筵」(春)との季語が重なっているのが難点。


2007年5月10日

(1)明日また葉桜が消え沈む街  裸時(30代,男)
(2)葉桜は光になって消え沈み
 (1)を推敲してみました→
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)(2)の比較論で言えば、(2)の方が読者を獲得できそうです。(1)はやっぱり寂しすぎますから。「葉桜」で虚脱感はだせそうですが虚無感を出すのは難しそうですね。ただし(2)も葉桜のなるものが「光」では飛躍に乏しいかもしれません。これこそ、裸時さん得意の飛躍ですごいフレーズを期待したいところです。

(1)海底を一枚剥がし寒鰈  未知(50代,男)
(2)芋嵐反りて帰りし身重の子
(3)曲り家に吊るされてゐる唐辛子
(4)板の間に畳を敷きて盆の入り
(5)星合の揺らぎの中に居りにけり
(6)湯豆腐の浮きたるまでの空気かな

 ご教示を。
ドクター塩見の診断と処方箋
 すごいですね。これから夏というのに・・・。秋冬いっぱい(笑)。句としてはどれも見どころがあり、ひねりがきいています。塩見としてはこのなかでは(2)に魅力を感じます。芋嵐の時期、身重なひとにはおなかにどうしても目がいくのですが、そうそう、身重の人の背中はしゃんとしてますね。「反りて帰る身重の」『子』というので娘さんでしょうか?芋嵐に逆らっているわけでもないのでしょうが、なんだ誇らしげな未来のお母さんに好感。芋嵐の「芋」の字も身重の母性的な雰囲気とどこか響き合いますね。
(4)も現代住宅事情としては、よくわかる霊迎えのスナップ。
以下
(1)はうまいのだがやや、着想の作意が見えすぎて損。「一枚」という言葉がこの句を締め付けすぎている感じです。これを外して「海底がうまく剥がれて寒鰈」ぐらいでやわらかく運んだ方が読者にピンときそうです。
(3)「唐辛子」俳句としては旧家屋に吊すのは常套手段。うまいが、それまで。
(5)抽象的
(6)も何かの発見をいわんとしていることを感じ取るのだが、もどかしい感じ。「空気かな」の「かな」が随分とそのもどかしさを助長して損。

釣竿で確かめながら春の川  うさぎ
 はじめまして! 俳句歴4ヶ月、インデアナ州に住んでます。やっと春らしくなり、つりをする人がちらほら。
ドクター塩見の診断と処方箋
 うわあ、海外からですか。船団もグローバルになってきましたね(笑)。よろしくお願いいたします。
 頂いた句、いい感じですね。「確かめながら」というところが俳句的。「水温む」春の川の風情にぴったりの表現。好き好きですが、ぼくなら「釣り竿で」を「釣り糸で」あるいは「釣り針で」としてより水面に視点を近づけたい気もします。ともあれ、この川、日本の川と違ってどんな川なんだろう、とちょっぴりお便りの方に気が行きました!(俳句だけならとても日本的な風情ですよ)

(1)夏めきて故郷の海幸多し  浅葉洋(70才以上,男)
(2)プチプチの地蛸を噛めば初夏の味
 孫(小6)が近所の海で、蛸を3杯釣ってきました。早速冷えたビールで、蛸料理に舌鼓を打ちました。宜しくご高評お願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
 いいですね。お孫さんとのレジャーもですが、地蛸で一杯、に強烈な魅力を覚えます。
(2)がおもしろくなりそうです。「プチプチと地蛸を噛めば」という句の運びは実感を覚えて読者の口にまで再現されそう。「初夏の味」が説明してしまったので、ここにスパッと飛躍がほしい感じです。座五、蛸から離れて、意外な物で蛸の味わいが出せたら面白いですね。蛸が夏の季語ですが、思い切って時候・天文の季語を入れるのもおもしろそう。
(1)は「幸多し」が説明しすぎです。「夏めきて故郷の海」というフレーズが、全体的に遠景ですので、具象がほしいところでもあります。

(1)絨緞とお前は別もの蓮華一輪  岡野直樹(40代,男)
(2)蓮華草小さき者のお椅子なり
 はじめまして。この三月から俳句を作り始めました。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 初めまして。五七五の中で大胆な言葉遣い!初めて二ヶ月ですか?素晴らしいですね。
(1)「絨緞とお前は別もの」という謎めいた比較に思わず「お前」とは何者だろう?と考えさせられます。こういう突拍子もない言葉の接続の仕方が「大胆」で面白いのです。頂いた句、お前とは蓮華一輪のことだったのですね。これは理に落ちた感じでもったいない感じ。花絨毯、蓮華絨毯というのは一般的な表現ですからね。とんでもない季語をもってもう一回読者を裏切った方が良さそうです。
(2)蓮華草が小さい物用の椅子、という発想・見立に魅力があります。こちらは「お椅子なり」という下五が字数あわせのような感じでもたついているのが残念。「蓮華草○○○小さき者の椅子」というフレーズで最後に椅子で種明かししたいですね。何はともあれ、読者が付いていきたいと思える飛躍の力を持っておられますよ。

(1)五月風鳩がピースと鳴いている  豊田ささお(70才以上,男)
 池田澄子さんが五月三日「ロールキャベツに隠しおけ憲法第九条」を詠まれましたね。私はやはり鳩に託したいです。なにせ九の鳥と書くのですから・・この世は九で充分でしょう。でも俳句にはロールキャベツが面白いですね。
(2)誰彼の話終わりぬ柏餅
 猫と新茶の句への処方箋有難く・・取り合わせを考えろですなぁ・・。今日は端午の節句、夜は雨になりました。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)池田澄子さんの句、面白いですね。頂いた句は「ピース」と鳴くのでは、ちょっとそのままですね。なにせ鳩は「平和」のシンボル。むしろ、頂いたご説明のなかに面白い眼付けがありますね。なるほど、九の鳥で鳩ですか。「鳩の字は九から憲法記念の日」ぐらいでも充分メッセージ性は強くなりそう。
(2)柏餅を食べながら「どこそこの誰チャンはどうした、こうした、」という話ですね。しかし、近所に子どもが少なくなったご時世、柏餅を食べる間をもたす話題としては、柏餅の方が多かったのでしょうか。話の方が先に終わったよ、という句。ちょっとしんみりした柏餅ですね。日常詠ですが、ちょっとした心の動きが句の中で見えていい感じだな、とは僕自身の感想。ただし、句会などで出して点数が入るか、という点では保証なしですが・・・。

パーカーを吹き抜ける風麦青し  穂波
 塩見先生、はじめまして。穂波と申します。初心者で、見たまま感じたまま句にすると、報告になってしまったり、ありきたりになったりしてしまいます。つたない句をご指導いただくことになりますが、二ヶ月間よろしくお願いいたします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 ああ、この句抜群ですねえ。「パーカー」を詠んだ句、はじめて見ましたが、こんなに良い句が作れるのなら、僕も使ってみたくなりました。「麦青し」の季語の斡旋も見事。「パーカー」を着るのは何も若者とは限りませんが、この句の「パーカー」は間違いなく若者気分です。筒状の袖に心地よくはいる風、青麦の清々しさ、すべてがこの句の中で生き生きしています!お見事です。こういった「なぜ今までこういう感興を誰も言わなかったんだろう?」と考えさせてくれるのが名句、と思います!

この道を広く長くも子供の日  藤井茂子(60代,女)
ドクター塩見の診断と処方箋
 やや道歌(ある教訓を和歌にしたもの)的な句ですね。「この道」はやはり人生に通じてしまいそう。なぜなら「広く長くも」という形容がやや抽象的であるから。「こどもの日」という季語も、幼子のすこやかな成長を祝い見守る日、という本来的な解釈についてしまうので。ただし何かの教訓としては漠然としているので挨拶句というかんじです。もっともそれが悪いわけではありません、いわゆる言祝ぎの歌としてはいいと思いますよ。

春昼や猫の頭(かしら)は軽いなあ  胡麻序(60代,男)
 初めての参加です。よろしくお願いします。ソファでうとうとしている二度寝の昼間、猫が足の上に頭を預けてきた。重いかと思ったが、意外な軽さに驚いた。逆に獣のしなやかさに感じ入った次第。
ドクター塩見の診断と処方箋
 春昼と猫は思い切りくつろぐので、発想としては避けようとするところ。しかし頂いた句はその猫の頭の軽さにおもわずひとりごちする飼い主のやや間の抜けた感慨に思わず笑わされてしまいます。「軽いなあ」の「なあ」がとても生きていますね。「なあ」を使って印象的な句は金子兜太の「木曽のなあ木曽の炭馬並び糞る」というものがありましたが、頂いた句はまた違った「なあ」を見せていてとても新鮮です!


2007年5月9日

恋に陥るか葉桜の乱反射  毬藻子(女)
 冒険作でチャレンジです。どうぞよろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 面白いですね。出だしの「恋に陥るか」というフレーズは情念が直接的に出ていておよそ俳句らしくなく、むしろ短歌的。でもここまで思い切ったフレーズになおも「葉桜の乱反射」という派手なフレーズ。メロメロになりそうなフレーズの連発です!
 「感情+叙景」の力の拮抗がこの句を支えています。対句的に並べるこうした構図の俳句は、そういう力の拮抗が大事ですね!素敵な句をありがとうございました。

みどりの日街いつぱいにジャズの音  雀子(60代,男)
 始めまして。素人でへたくそですがよろしくお願いします。今日、高槻のジャズストリートへ行ってまいりました。
ドクター塩見の診断と処方箋
 わあ、いいですねえ。中学・高校時代、ビッグバンドでサックスやクラリネットを吹いていた僕にとっては懐かしさも感じる世界です。ちなみのこの高槻ジャズストリートには僕の勤め先の教え子も参加させていただいたとのこと。ことしから新しく5月4日になった「みどりの日」という祝日。さっそく「ジャズ」の匂いがぴったりの祝日になりました。こうして新しい季語を使っていろんな句を作っていくことで季語が育てられていきますね!

畝合いに風車を回す茶摘前  豊田ささお(70才以上,男)
 塩見ドクターこんにちは「茶摘前風車休まず朝となる」への処方箋ありがとうございました。いっそのこと掲句のようにしてみましたが・・・この風車というのは茶畑の霜よけのために夜だけまわすものです。
ドクター塩見の診断と処方箋
 なるほど。風車と茶摘みの関係がよくわかりました。こういった句は徹底的に「写生句」として叙景で語るのも手ですね。
 「風車を回す」という言い方にまだ人為を感じますので「畝合いに風車は回る茶摘前」ぐらいでどうでしょうかね。かなり、景に徹する形。他動詞(回す)を自動詞(回る)に置き換えてみることは俳句作りのみならず、日常の会話の中で非常に重要、かつ日本語の神秘。「お茶を入れたよ(他動詞)」と言うと恩着せがましいですが「お茶が入りました(自動詞)」というと、とても奥ゆかしい。この手はずいぶんと応用がききます。

(1)昇進も給与は微増花の雨  菜月子
 川柳っぽくなってしまいましたが、実感です(多少は期待していただけに)。
(2)花菜飛ぶただいま「のぞみ」は300キロ
 中と下が字余りで苦しいところですが、よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)お互い、厳しい渡世です。もっともわたしは「昇進」すらないのですが。俳句的には「微増」が言い過ぎかな。ここが「川柳っぽく」とおっしゃられるキーなのかもしれません。「昇進といえど給与に花の雨」と言いたいところをぐっと抑えると若干、俳句らしくはなります。
(2)「花菜飛ぶ」がとても生きてますね。車窓の景ですね。リニアが実験中。将来は500キロ。300キロは驚きの少ないスピードになるかもしれません。この句、字余りは気になりません!

ことごとく雲飲み尽し鯉のぼり  多弁(60代,男)
 塩見ドクター、始めまして。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 はじめまして。大胆な景の把握。おおらか、雄大な鯉のぼりですね。あの、ガボッといった口が単純明快に詠まれていて気分が良いです。「ことごとく」「尽し」の意味としての重複が少し気になります。「尽くし」をはずしたほうがよりおおらかな気分の句になりそうです。

(1)メーデーや新渡のチョコを商ひし  小口泰與(60代,男)
(2)雲起ちて屏風のごとき春の朝
(3)朝もやの赤城南面きじの声

 よろしくご指導願います。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)「メーデー」という季語での句、久しぶりに拝見。「新渡(中国?)のチョコ」なんていう意外な飛躍があって、面白いですね。「商ひし」がやや労働的季語の「メーデー」と近いので、「販売店」とか、あるいは「買う」側からの発想でしめるともっと良い句になりそうでもあります。
(2)は「起つ雲」を「屏風のごとき」という表現にしたのは残念ながら失敗。「〜のごとき(ような)」という見立は手垢にまみれていない、どきっとしたイメージで迫りたいところです。
(3)これも平穏。「赤城」大好きの小口さんですが、これは読者が観念的にしか景色をとらえません。朝靄、陽あたる赤城山、きじ、材料が豊富すぎて焦点がぼけてしまいます。このなかでもっとも刺激的なのはきじの声。これだけでものしたいところですね。

(1)お河童にそばかすありて花りんご  未知(50代,男)
(2)林檎の木の雪払ひけり五能線
(3)林檎の芯に突き当たる犯人か
(4)ふるさとは遠くなり花いちもんめ
(5)日高見の闇深まれり稲光

 ご教示を。
ドクター塩見の診断と処方箋
 大胆なのは(3)。この句はかなり独善な世界ですが、こういうモチーフは大事にしたい。こういうのは、一気に読ませた方が読者は不条理をスキッと受け止めやすい、というのが僕の経験則。つまり「犯人が林檎の芯に突き当たる」と一物仕立てできっぱり言い切りたいところ。「犯人か」と疑問を呈するような形では読者はふと立ち止まってしまうから。
(1)愉快。ただ、花りんごと、おかっぱ・そばかすはやや少女漫画的か。
(4)観念的。「望郷」+「なつかし系のもの」はいまや公式。定石化されているので新味に乏しい。
(2)(5)は「五能線」「日高」など東北、北海道の地名をうまく入れられているが、肝心の景の把握が観光パンフレット的。見どころのある世界だけに、読者に欲が出て食指が動きません。

獣王の意気は上がらず春落ち葉  菊美(60代,女)
 塩見先生、始めましてよろしくお願いします。クスの新芽大好きです。トラも早く脱ぎ捨て這い上がらないと!
ドクター塩見の診断と処方箋
 はじめまして。しかし阪神はもう・・・。ほんとに、もう・・・。阪神ファンとしては喪に服すような毎日です。頂いた句、実感。「春落ち葉」どころではなく、甲子園のライトスタンドでは秋の句が作れそうな風が吹いています。

肘伸ばし小太鼓打ちおる初夏の昼  藤井茂子(60代,女)
ドクター塩見の診断と処方箋
 小太鼓を叩く勢いの一瞬を捉えた句。いくつか見せていただきましたが、茂子さんの句はほんとうに「眼付け」(着眼点)が良いなあ、とほれぼれ。参考になります。表現的にもっと工夫すればその眼付けの切れ味が一層増しそうです。たとえば季語。「初夏の昼」の「昼」はもう不要かも。「はつなつ」と読ませ「小太鼓を打つ初夏の肘伸ばし」とかはっきり「小太鼓」と「肘」それだけを読者にイメージさせてしまえば、昼の明るさは句の勢いで充分伝わりそう。

仲春に無ログインして庭を飼う  裸時(30代,男)
 塩見先生お久しぶりです→写真元気そうですね(^^
ドクター塩見の診断と処方箋
 「無ログイン」がやや無理のある表現。語呂も悪いですしね。でも「ログイン」ということば、俳句で始めてみました。面白いですね。手柄です。せっかくですから、このことばを大事にしたい。「庭を飼う」とかもう難しくしないで、このことばを中心とした感覚で迫りたい感じです。「ログインはしないで庭に春なかば」ぐらいでも充分、いい感じだと思いますよ。


2007年5月8日

(1)電車の扉開ひて入り来る春の潮  未知(50代,男)
(2)白魚の目玉になるや踊り食ひ
(3)菜種梅雨幾たびも読む文持ちて
(4)なまはげの声張り上げて抱く子かな
(5)人類の立ちて歩くや春の月
(6)八月の立ち上がりけり黒い雨

 ご教示を。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)気分の良い句。関西に住む僕にとっては、須磨・垂水(明石大橋付近)の駅をイメージ。「開ひて」は「開きて」でいいでしょう。(旧仮名のさいは送りがな、難しいですね)
(4)も赤いなまはげが迫ってくる臨場感あり。これはやや類想を気にする必要がありそうな句ですが。
(2)は表現的にやや独善。(3)は思いが余って言葉が足らない。「文持ちて」の「持ちて」が余分。むしろ、文そのものを見せることばが欲しい。
(5)はパターン。直立歩行、二足歩行の句は、読者が既に見慣れている。
(6)原爆のイメージが漂う、反戦俳句的ですが、「立ち上がりけり」が弱い。表現として並の域を出ていません。

闇深く匂い押し来る栗の花  豊田ささお(70才以上,男)
 塩見ドクター今晩は、よろしくお願いします。栗の花は闇夜にも青臭くそれとわかる独特な匂いがありまして、むわっときます。(昨年の記憶ですが・・)
ドクター塩見の診断と処方箋
 闇の嗅覚はたしかにすごいですよね。視界があてにならないぶんだけ、広がりを感じます。この句は、栗の花のその匂いだけを堂々と詠んでいる句。意外にありそうでないんですよね。やはり栗の花の匂いは少し嫌われているのかも。間接的に詠んでいるのはいっぱいあるのですが。というわけで頂いた句は地味な冒険作ですが、句会などではやっぱり地味なままにおわる可能性大です。

(1)新憲法と言われて今年六十年  遊雲(70才以上,男)
(2)新憲法日本は平和か六十年
(3)憲法の日人らそろいて野に山に

 今日(5月3日)の「日刊この一句」を読んで。小学校6年生から60年、今、 「新憲法」には思いも交々で、それが句にならないかと思ったんですがどうでしょう か。
ドクター塩見の診断と処方箋
 こういった「まっとうな理性」が一番、俳句にしづらいところでもあるわけで、おっしゃられる内容には賛成ですが、俳句としては直截すぎた感じ。(1)(2)は、主張が前面に出過ぎています。読者が作者に寄り添って読むと言うよりは読者が作者の説に頭を垂れる読み方になりそうです。
(3)が俳句として一番、読者に迫りそう。(1、2の句でのメッセージがシニカルにこの句に出ています)。「人ら」という曖昧な形にせず「憲法の日や野に山に核家族」とすると、より戦後現代の家族、国家のあり方に対して一石を投ずる句になりそうです。

(1)芽柳や流れ荒ぶる清津峡  小口泰與(60代,男)
(2)魔の山の襞荒ぶれて斑雪かな
(3)苧環や羽音確かな鳩の群

 よろしくご指導願います。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)は「流れ荒ぶる」という渓谷の表現の仕方が月並みです。清津峡らしい「何か」が足りません。
(2)も同様です。
(3)が「苧環」(おだまき)と「鳩」の取り合わせで読者に迫りますが、「鳩」の描写として「羽音確かな」という表現では物足りなさを感じます。(3)が面白い着想なので何とかしたいですね!

(1)九条にカテーテル入れ五月晴れ  藤井茂子(60代,女)
(2)カーソルを「次へ」に合わせ五月入る
ドクター塩見の診断と処方箋
(2)はPC時代の面白い俳句ですね。新しいソフトをダウンロードしていく新鮮な気分。「五月入る」は見慣れない言葉で「五月に入った」という意味でしょうが、成立していると思います。
(1)カテーテルは人体に入れる人工管のことですね。「憲法九条」にそういったものを入れる、という社会詠、ととりましたが、こうなると「五月晴れ」の爽快さとどこまで響き合うか、という問題になりますね。この句はやや独善的な取り合わせになっているかと思います。単純に「術後のカテーテル」そのものと「五月晴れ」は良い取り合わせと思いますが。

ペチュニアを一鉢置きし仮住まい  うさぎ
 5月3日、「ペチュニアを一鉢望みし仮住まい」の、混乱を招いた「望みし」を「置きし」にかえました。すっきりしたように思いますが、いかがでしょうか?
ドクター塩見の診断と処方箋
 う〜ん、正直・・・。座五に「仮住まい」という言葉を置きますとね、だいたいなんでもワビサビな「俳句らしく」なってしまうのです。これが一番の問題かもしれません。だってこの句、「ベチュニア」でなくても「あじさい」でも「ガーベラ」でも、なんでもいけてしまうのです。こういうと、大きな問題が出てきます。それは「作者はそのときあじさいでもガーベラでもなく、ベチュニアを本当に買ったのだ」(作者の生活上の真実)ということです。しかし、申し訳ないのですが、読者にはそれはあまり関係のない問題なのです。こういったことが「作品」としての俳句(他人に読ませる俳句)と「日記」としての俳句(自分以外は読まない俳句)の決定的な違いかもしれません。この場はHPなので、多くの人が見たがる俳句を求めています。

栗の花紙ヒコーキをからめ取る  豊田ささお(70才以上,男)
 6月句会は吟行ですが、兼題があります。それが栗の花です。今の季節には早すぎて実感がどうも・・でも、あの形と匂いは、インパクトがありそうです。
ドクター塩見の診断と処方箋
 昨年のこのHPの「今週の季語」で僕もこの季語を紹介させてもらいました。不思議とあの「匂い」を句に仕立てているのは歳時記の例句では少数派。しかし、女性俳人のほうが大胆にそれをしているようすです。頂いた句も、結局、取り合わせにされているのですね。栗の花は「墜栗花」(ついりはな)と言われて「梅雨入り」と掛けられるのが常套ですから、この句では紙ヒコーキがなんだか湿っていそうで、あまりきれいな感じがしません。つまり、これでは季が動きます。せっかくの兼題、ああ、それでこそ「栗の花」でなくては、という俳句を作りたいですね!


2007年5月7日

ミニチュアの包丁並んで穀雨の日  裸時(30代,男)
 よろしくお願いいたしますm(_ _)m
ドクター塩見の診断と処方箋
 おもしろいですね。「ミニチュアの包丁」という言い方、これ「ままごとの包丁」なら全然だめですが、ここが良いところですね。百穀をうるおす春雨がふる頃、四月下旬を「穀雨」というそうですが、うまく響きあっている感じ。「穀雨の日」の「〜の日」がちょっとくどいので「穀雨の夜」ぐらいに時間を限定しても良さそう。しかし佳句です!句会で見たら選の候補です。

(1)谷深ければ谷に舞ふ花吹雪  未知(50代,男)
(2)こんな処あんな処にも山桜
(3)木蓮や父いっときの炎立つ
(4)消し跡をなほも消しをり花辛夷
(5)大空に白き鯨の浮上せり

 ご教示を。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)高屋窓秋に「ちるさくら海あおをければ海へちる」という有名な句あり。この句もその構造に似ています。「谷深ければ谷に」というあたりがうまく言ったようで、そうでもなかった、という結果になっています。
(2)これも「こんな処あんな処」はよく見る形。これはいわゆる「システム」で作った俳句となります。(既に成功した形のパターンに陥っていると言うことです)
(3)面白い。お父さんから「ボウッ!」と音が立ちそうな感じ。ただし冒険作として面白いので普遍的に評価される、ということは期待できないですが、僕は買います。
(4)これもリフレーンをうまく生かしていい感じ。ただ「花辛夷」よりもあいそうな季語がありそう。「季が動く」という可能性はあります。
(5)平凡。雲の見立ととられてそれまで。

(1)ビル間を沈む夕日や涅槃西風  文の子(60代,男)
(2)若葉道青く烟れる遠き峰
(3)露天湯の迷ひ若葉と紫外線
(4)由布姫の出番に合ひし遅桜

 宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)「涅槃西風」とあるのですがどうも「夕日」の勢いが強すぎて、秋の気配。ビルの間に沈むという構図も、平凡です。
(2)抽象的。特に「青く烟れる」という把握が平凡です。
(3)「紫外線」は面白いですが、「迷ひ若葉」がもうひとつ。そもそも「露天湯」はくつろいでしまうので、句にするには難しい場所です。
(4)知識に偏ってしまっています。これは月並。今回は厳しいコメントばかりになってしまいました。次作に期待しています!

(1)街角に歌手とホームレス春の月  菜月子
(2)嘴の返り一瞬蚯蚓消ゆ
 (1)は「街角に歌手とホームレスいる春夜」と「街角の歌手とホームレス春の月」 も考えましたが、どうでしょうか。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)難しいですね。歌手とホームレスと並べられても、おそらくこの歌手も将来のメジャーを目指す「路上シンガー」なのでしょうから、そんなに差異が見えない。春の月、で全体的に社会の底辺にたたずむ人々への暖かい視線を詠っているようで、もうひとつ迫ってこない感じです。歌手バージョン、ホームレスバージョン、2句作ることをおすすめします。はっきり言いまして、この句は狙いの示し方が中途半端に終わっています。
(2)蚯蚓が鳥に食べられた!この句はその一瞬ですね。「一瞬」という言葉をつかわずに言えたら、もっと素敵かな、と思います。

(1)藤づるのしっかりからんだ藤の棚  ポリ(50代,女)
(2)砂糖と苺グツグツグツグツ子らの声
 はじめまして。どうぞよろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)は残念ながら、説明文の枠内。絡み方を「しっかり」という言葉で擬人的に表現されようという意図は見えますが、そこが逆に主張しすぎているので説明になるのです。「しっかりからんだ」を捨てて飛躍してみたいところです。
(2)グツグツはどうしても愚痴に近い言葉のイメージ、もしくは魔女の焚く鍋の音。いずれかに繋がるので砂糖と苺のジャムのおいしさも子ども愛らしさもどちらにも繋がらず、これはオノマトペを変えてみる必要があります。

(1)菜の花やおぼろ月夜の千曲川  小口泰與(60代,男)
(2)春昼や大河になりて信濃川
(3)達之のおぼろ月夜の古里にをり

 よろしくご指導願います。高野達之の故郷にて。
ドクター塩見の診断と処方箋
 いいですねえ。高野辰之、岡野貞一は文部省唱歌の名コンビ。いただいた三句はやや、辰之愛の興奮の中で作られたのか、情余って言葉足らず、というところですね。
(1)は菜の花、おぼろ月、辰之のモチーフを入れすぎた感じ。
(2)は小口さんの当地への旅が「春昼」だったのでしょうが、この季語がもう一つ。
(3)は説明しすぎ。「古里にをり」が余分です。
 ただし、この三句をモチーフに二句、よくなりそう。それぞれの言葉をいかしてこんな風に改案してみました。どうでしょう。
  辰之のおぼろ月夜の千曲川
  菜の花や大河になりて信濃川

(1)ふじの園風少しうけすみれ色  さくら(女)
(2)風薫る先人の句碑をちこちに
 宜しくご指導お願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)はおしゃれなのですが、読者が「白藤や揺りやみしかばうすみどり」(芝不器男)の句を既に知っているので、色こそ違え、構図では近い感じがします。もっとも不器男は風が止んだ後、頂いた句は風を受けてピントが甘くなっている状態ですが。
(2)これは挨拶句でしょうかね。「先人の句碑をちこちに風薫る」としたほうが少し飛躍が入っていいかもしれません。できたら「先人」でなく具体的なひとりの俳人の名前が入ったほうが面白いでしょうね。

(1)金線のテキーラグラス夏に入る  藤井茂子(60代,女)
(2)貯木場跡に五月雨あふれおり
(3)自転車の新妻転ぶ麦の秋

ドクター塩見の診断と処方箋
(2)が素敵。貯木場跡地の雑然とした空気があふれる五月雨によって一層引き立っています。句会で見たら選をする候補の句にしますね。
(3)も「麦の秋」が救っている句。うまいですね!
 そうしてみると(1)は清潔感はありますが、やや平凡かな。グラスと初夏はどうしてもうまくいっちゃうんですよね。そこが問題。

(1)昼寝中実母がいつも子供産む  裸時(30代,男)
(2)水輪散消防車の夕烏の巣
ドクター塩見の診断と処方箋
(2)の雰囲気がよい感じですね。「水輪散」がややわかりにくいですが。読者がついていこうと思うポエジーがあります。
(1)は「実母」という言葉が、逆に「義母」を思わせてしまうつくり。「昼寝中」は実母が、なのか、作者(自分)がなのかもちょっと気になります。思い切って「子ども」でなく「卵」までしてしまったらどうでしょう。実母がといつも卵を産むような昼寝をしている、という裸時さんごのみのナンセンスな句になりますが。


2007年5月6日

三毛猫の前に新茶を置きにけり  豊田ささお(70才以上,男)
 今日1日が句会(20人ほどの公民館句会ですが地方紙の選者が見てくれます)で、兼題が茶摘または新茶でした。「昼下がり猫に新茶を奨めけり」を出しましたら「よほど退屈なんじゃなあ」といわれ掲句のように直されました。「少しはよくなる」といわれましたが果たしてどうでしょう?
ドクター塩見の診断と処方箋
 なかなか厳しい句会に行かれているようですね。厳しい評をもらえるのは素敵な信頼関係があるのだなあ、と羨ましくも。
 頂いた句、三毛猫と新茶は、セットプレイでうまくいきそうな魅力がありますよ。ただ「三毛猫の前に新茶を・・・」とするので猫に茶を勧めている、という世界にだけに句が取られてしまって損したかんじです。なぜなら猫に茶を勧めるなんて、よほどの風変わり。作りすぎた世界と取られてしまうから。たとえば、いま思いつくだけで2パターン。
1、「猫のこと話して次の新茶かな」など、「三毛猫」と「新茶」を取り合わす方法。
2、「戸の開いて客間に新茶と三毛猫と」など同レベルで語る方法。
 まだ手はいろいろありそうですよ。

目を癒し緑滴るはなかえで  浅葉洋(70才以上,男)
 始めまして。宜しくご高評をお願い致します。緑が映える若葉の中、可憐な小さな花楓が咲いていました。
ドクター塩見の診断と処方箋
 ああ、気分がすごくわかります。ぼくも2年ほど前、琵琶湖畔で初めて花かえでというのはこれだよ、と先輩俳人におしえてもらい、感激したことを思い出します。(なにせ、草花に疎いのです。)
 頂いた句、「滴る」も実は夏の季語なのでこれは外したいですね。「はなかえで」により焦点を当てたい。それから「目を癒し」というところ、これがこの俳句の「種」の部分なので読み手が「ああ、それは目がイヤされるなあ」「可憐だなあ」と感動できるように、言わないでおいておきたいフレーズです。・・・となると、「はなかえで」しか残らなくなっちゃいましたが、「花かえで」でいっぱい作ってみてください。愛するもので作れば、きっといい句ができきると確信してます。

(1)花海棠坂ゆるゆると乳母車  しんい(女)
(2)少年のちょっと気取って笹ちまき
 宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)気配よく分かります。花海棠、坂ゆるゆる、乳母車、どれもくつろぎの気配なので、なにかちょっと刺激も欲しいところですが。坂の乳母車というのは類想があるかもしれない危うさも持っています。僕なら、乳母車でないとんでもないものを入れて、句を一変させてみたい。
(2)これは平板かも。少年が気取るのは当たり前。少年と笹ちまきも、意外性に乏しく、やや句の運びによどみがあります。「少年」か「笹粽」どちらかを捨てる発想で推敲をしたいところです。

(1)子の摘みし花菜厨を明るくす  笹泉(女)
(2)百千鳥子供みこしに従へり
 塩見ドクターはじめまして。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 素材として、とても素敵です。とても共感し、安らぐ俳句です。あとは、
(1)は「明るくす」ができれば言わない方がいい感じです。「子の摘みし花菜厨のまんなかに」などとしたほうが得策。読者が「明るくなった厨」を読むことができ、読者をより気持ちよくさせます。
(2)これは季語の斡旋見事。たくさんのこどもが担ぐみこし、子どもの多いその地の豊かさ、百千鳥が全て見せてくれますね。

(1)パソコンへ一気に起動八重桜  菜月子
(2)万緑やスーラの筆の跡なるか
 塩見先生はじめまして。(1)は「パソコンへデジカメの桜立ち上がり」の推敲です。パソコンとデジカメを同時に使うのは美しくないと岡野先生にご指導いただいておりました。(2)はフランスの印象派画家ジョルジュ・スーラの「日曜日の公園」の絵の筆遣いのイメージですが、一人よがりになっているかも。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。
(1)の句はパソコンを立ち上げたとき八重桜の画面が「一気に起動」した、という趣向ですね。一般にパソコンが起動したと言うところを、八重桜が起動した、という風に表現したところの成否がポイントですが、僕自身は「八重桜」の花の風体と「一気に起動」という言葉の勢いがどうもうまくあっていないと思います。簡単に推敲するなら座五の季語です。
(2)は借景ですね。この手はどれだけの共感を呼ぶか、あるいは、どれだけはっとさせる表現方法を採っているか、どちらかで勝負という感じですが、前者はともかく、後者としては「筆の跡なるか」は「万緑」の見立を趣向とするには直截すぎたかんじです。
(1)(2)いずれもあと一歩、というところですね。ご推敲期待しています。

(1)日脚伸ぶ業平橋にビル建ちて  文の子(60代,男)
(2)行く春や業平橋の駅に佇つ
(3)永き日のミスの連鎖を断ち切れず
(4)山裾を入り日転(まろ)びし花菜畑
(5)ビル間(あい)を狭めし入り日鼓草
(6)柏餅婿加はりて四世代

 塩見ドクターお久しぶりです。昨年ドクターに診て頂いたことが切っ掛けとなり、句会、結社、雑誌投句の何れもかなりの好成績を挙げる事ができました。今年も好調だったのですが、3,4月は作句数が減り、納得できる投句は通常(20句)の半分に終わりました。塩見ドクターの下でもう一度やり直したいと思っております。どうぞ宜しくお願い申しあげます。
ドクター塩見の診断と処方箋
 お久しぶりです。こちらこそよろしくお願いいたします!
 今回頂いた中で、脈あり!というのは(1)。「業平橋」は私の通勤道路でもある、兵庫・芦屋の国道にかかる風情ある石橋。
(2)は少し抒情に凭れている分、(1)のきっぱりした感じが現代と古典の融合でいい感じですね。ただし、業平橋ならもっと良い句になっていけそうです。しばらく、業平橋ばかりで作ってみてください。
(3)(6)はやや川柳。
(4)(5)はごたごたしています。

(1)竹の秋はやき流れの月日かな  小口泰與(60代,男)
(2)雨後の葉に珠となりけり霞草
(3)老いてなほ健啖たるや春祭

 よろしくご指導願います。
ドクター塩見の診断と処方箋
 いずれも高い格調を感じる語の並びですが、感慨としては平凡かもしれません。具体的には、
(1)は月日が速い流れ、というのは「光陰矢のごとし」の俚諺を待つまでもなく、既に人口に膾炙しています。
(2)「珠」という見立があまり発見とはいえず、理知的に処理されています。
(3)「なほ」が言い過ぎています。俳句的発想なら「老いてますます健啖に」と諧謔的な肯定を示すべきでしょうが、それでもやはりしんどいですね。

(1)風薫る秘峰に学ぶ少年僧  藤井茂子(60代,女)
(2)両頬にマシュマロ含み楠若葉
(3)白鷺や越後水田に人ひとり
(4)思い切り雨を降らして春暮るる
(5)麦の秋五番ホームに恋走る

ドクター塩見の診断と処方箋
 頂いた中で(1)が断然風格を感じます。ただし「学ぶ」は言い過ぎている感じなので「秘峰に少年僧」で充分です。
(2)はやや作った感。「両頬にマシュマロ」という食べ方は余りしないから。「マシュマロのような頬」という比喩からの連想、と取られがちでしょう。
(3)は良い線とおもいますが、やや平凡な感が拭えず。越後水田に白鷺がひとりならおもしろそう。
(4)短歌的、「春暮るる」という季語がもう一つ。ここを変えれば大ホームランになる可能性。
(5)「五番ホーム」が安易。

糸師佐野冷房たたんで胸たたむ  裸時(30代,男)
 塩見ドクターよろしくお願いします→今日は暑かったです→
ドクター塩見の診断と処方箋
 ほんと、夏ですね。もう。
 俳句の中で固有名詞を入れるのは面白い手として成立すると思います。我が愛する西東三鬼も「露人ワシコフ」とか「陳氏」とか俳句にありますからね。従って「糸師佐野」も「糸師」とはなにか、と考えさせられながらも、興味を持って読ませる出だし、と思います。ただし、その後の「冷房たたんで」はまず難解、それから「胸たたむ」も解らない世界です。句の中のどこかに読者との共有スペースを作ってください。

(1)三門をくぐりて光る若楓  遊雲(70才以上,男)
(2)三門は五右衛門の門風薫る
(3)三門や望む洛中夏隣
(4)方丈の大三角形夏燕

 4月30日、南禅寺界隈で吟行がありました。26度を超ええる夏日で季語では春ですが実感は初夏でした。15句ほど出来たのですが投句は3句でしたので。
ドクター塩見の診断と処方箋
 いいですねえ。「絶景かな、絶景かな・・・」と叫びたくなりそうなお天気でしたね!
 頂いた句では、(2)がおもしろいですね。ちょっと理屈に働いてますが三と五の数字が軽やかなリズムを作っています。
(1)は平凡、(3)は説明。まだしも「洛中に臨む三門夏隣」とすべきでしょうか。
(4)は少しごたごたとしていて「夏燕」のスカッとした季語と齟齬している感じです。

一樹にて千年の杜百千鳥  遅足(60代,男)
 塩見ドクター、診断をよろしくお願いします。下五がなかなか出来ません。百千鳥が付きすぎでしょうか?
ドクター塩見の診断と処方箋
 千年杉とか、そういう「一樹」ですね。大きな木なんでしょうね。「百千鳥」の斡旋よりも、「一樹にて千年の杜」という把握が、ややしんどいかもしれません。結構あちこちに転がっているような言い回しですからね。一、千、百の数字の並びも知に傾き過ぎている気がします。ある「一樹」の「千年後」をイメージするほうが広がりそうですね。たとえば「千年ののちのこの樹は百千鳥」とか。まだこれはモチーフ段階で、助詞の置き換えなどに工夫する余地がありますが。


2007年5月5日

通学の道近くなり花は葉に  なごみ(女)
 入学して一月ほど過ぎると道も学校も近く感じるかなと思いました。俳句の道は遠く感じるばかりですが…。数句でしたがご指導有難う御座いました。
ドクター塩見の診断と処方箋
 「花は葉に」の季語がとても生きていると思います。新年度も桜が散り、日常が落ち着いたなかで、「通学の道近くなり」は精神的なものであることは、ご説明なくとも、俳句から読みとれますね。季語の力、という感じです!
 「通学の道になれきて花は葉に」と、こうすると説明句になりますが、頂いた句は大胆な把握でいい感じです!

(1)選曲もタンゴに変わる五月晴れ  林 忠男(60代,男)
(2)夢乗せて五月の空え機首上がる
 よろしくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)何から「タンゴ」に変わったのでしょうね。それが気になる俳句です。「五月晴れ」すっきりとした晴れ間にイスパニアの音楽はよく合いそう。ズバリ、「選曲も」が何かを言おうとして、逆に読者を混乱させる「独善」に鳴ってしまっているのが残念です。ここをかえれば、きっと良い句になりそうです。
(2)も同様で、「五月の空へ機首上がる」はとても良いフレーズです。「機首上がる」が特に意外な展開で良いフレーズと思います。が「夢乗せて」が全てを説明しようとした結果、後のフレーズの良さを殺してしまっています。ここを変えたいのですが、地名とかはだめ田と思いますので、「○○や」などと中下とはちょっと屈折を持たした言葉を選んでみてください。季語でない物が面白そうな感じです。

(1)花冷えやめがねの曇るホットティー  田舎のねずみ(50代,女)
(2)赤くなり初摘みいちご食われをり
 俳句歴2ヶ月くらいです。俳句になってるのかも分からないのでご教授下さい。食うは口偏のを使いたかったのですがPCに入ってなくて残念です。
ドクター塩見の診断と処方箋
 こんにちは。ようこそです。俳句をはじめられたのですね。楽しんで作ってみてください。
(1)「花冷え」ってお洒落な春の季語!「ホットドリンク」は冬の季語。ここでは「花冷え」が季題としてしっかりしているからこちらを取りますが、できれば季語が重ならないように、まず気をつけてください。「花冷え」と「眼鏡」だけで作ってみてください。
(2)「初摘みいちご」いいですねえ、赤々とおいしそうで思わず食べたくなりますね!ということで「赤くなり」「喰われけり」いずれも説明しなくても、すでに「初摘みいちご」という言葉で充分、口に運びたい空気が伝わります。よりいっそう、美味しそうに見えるような表現を考えてみてください。

(1)乳足りて眠るえのころ長閑なる  しんい(女)
(2)豆ご飯お手のものなる匙加減
 塩見ドクター初めまして、宜しくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
(1)「乳足りて眠るえのころ」はとても良い発見だと思います。しかし「長閑なる」は「乳足りて眠る」ことの説明だけに終わっています。之がもったいない。もう少し季語で飛躍をしてみてもよさそう。ただしその際には「○○○○○えのころ乳足りて眠る」と、この句の主眼は最後まで証さないで作られると、俳句らしい感じになりますね。
(2)も同様。「豆ご飯お手のものなる」はとても軽みがあっていいかんじ。それを「匙加減」という言い方で収めては、すべてが説明に終わります。俳句は短いので、最後で読者を軽く「裏切る」ことで余韻、広がりを感じさせると思います。この句も「○○○○○お手の物なる豆ご飯」とし、この際は季語が「豆ご飯」ですから、上には人物(ただし「母上の」とかはだめですよ。料理上手なお母さんが豆ご飯がお手のものでは、だれも驚きません)や、ちょっとした口癖、明日の予定など楽しい物を入れてみては如何でしょうか。

(1)東雲の榛名は春を奏でをり  小口泰與(60代,男)
(2)春雷の打ち鳴るなかの小犬かな
 よろしくご指導願います。
ドクター塩見の診断と処方箋
 お久しぶりです。今回も、たくさんの冒険作を期待しています!
 さて(1)は「春を奏でる」という言い方が、抽象的。どういったことが「春を奏でる」と感じたのか、そこを「春を奏でる」と言わないで、具体的なもので読者に感じさせたいところです。榛名が「春を奏でている」というのは、この句の着想、種の部分。それは絶対そのままに表現しては損です。
(2)「春雷を打ち鳴るなか」におかれた「小犬」。しかしこれでは小犬のおびえや、小犬の愛らしさが、もう一つ伝わってきません。「小犬かな」では解らないのです。「打ち鳴るなか」が言葉を費やした割には、春雷の説明だけになっているからです。「春雷や」で「打ち鳴る」状況までも読者はイメージできるので中7座5は小犬のちょっとした描写に流れたいところです。

点滴の仕切りカーテン夏に入る  藤井茂子(60代,女)
ドクター塩見の診断と処方箋
 「夏来たる」でなく「夏に入る」というところ、いかにも長い療養の感慨という感じで余韻があります。いろいろな場面で人は夏を迎えるのですね。点滴を打つためにさっと仕切りカーテンが引かれる病室、点滴の向こうに窓からの明るい日差しを感じるやるせなさ。その「やるせなさ」を全く語らずに感じさせる力をこの句は持っています!

氏神氏ニワンゴの庭黒布岩  裸時(30代,男)
 よろしくお願いいたしますm(_ _)m
ドクター塩見の診断と処方箋
 裸時さんの句は難しいですね。ニワンゴはPC業界の言葉のようですが、そのほかも、どれもが連関なく、手がかりなし、お手上げ。評価不能です!
 さて、最近僕もPCを活用していろんなページを見ているのですが、その中で青磁社のホームページの短歌の週刊時評はかかさず見るようにしています。5月1日に吉川宏志さんが書かれている話題も示唆に富むものでした。特に冒頭部のあるシンポでの穂村弘氏の発言の要約。その穂村氏の意見とは、「歌壇が新人に何を求めるか」という内容。 「どれだけ他人の短歌を読んでいる?」「短歌の歴史につながる意識があるか?」「短歌にかかわる文章を書けるか?」「啓蒙活動(選歌や結社活動)をやる気があるか?」という4点。歌壇に認知されようとするなら、こういったものを備えなければ、という意見に対しての考察でした。これは俳壇にも充分置き換えられるものかもしれません。結社活動云々はともかくとして、まず「良い書き手」は「良い読み手」である、という視点は、舌足らずに成らざるを得ない韻文では共通かもしれません。


2007年5月4日

早朝の桜の参道鳩あるく  郁子(60代)
 岡野先生ご指導有難うございました。塩野先生またお世話になります、よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 全体的に平和な感じで、起伏がないのが難点です。文脈的にも散文的なのでちょっとひねりが欲しいところ。具体的に言いますと「鳩歩く桜の参道」として、座五にはとする意外な展開に持ち込んでみてください。

さすらいて我が掌にのるや桜花  由利子(70才以上)
 岡野先生有難うございました。またお目にかかるまでお元気で。塩野先生またよろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 よろしくお願いします。3回目の登板ですがこりもせずおつきあい下さい。
 頂いた句の趣向は「さすらいて」の上五です。「ここで我が手にのる」までの桜の花びらの紆余曲折を見せていこうという展開。やや、桜の花びらに人生を仮託した感じで境涯俳句的な感じもしますが、余韻がうまく伝わる句です!
 「さすらいて我が掌にのれば桜花」と、若干の飛躍を入れてもおもしろそうですね。

髭のない校長写真昭和の日  玉白石(50代,男)
 塩見ドクター、お久しぶりです。今回もよろしくお願いいたします。今日は、「昭和の日」。季語にしていいのでしょうか。
ドクター塩見の診断と処方箋
 本当にご無沙汰しています。毎年、冬にこのコーナーを持たせて貰っていたのですが、今年は初夏。気分一新、がんばります!
 さて「昭和の日」。これは断然、新季語としたいですね。すでに平成19年、昭和は遠くなりにけり、です。ちなみに俳誌のほうの「船団」の次号は昭和の句特集。100を越える昭和の句が並びます。乞うご期待。頂いた句も、「髭」が実に昭和(戦前)を思わせる句柄。威厳云々といわず、髭の有無ひとことで校長の変遷を語るのは俳句らしい運びで、思わず膝を叩く句です。

庭球の音柔らかに若葉風  雅(50代,男)
 「庭球の音柔らかき若葉かな」を推敲してみたのですが、如何でしょうか。よろしくお願いします。
ドクター塩見の診断と処方箋
 「若葉風」のほうが「若葉かな」より、いいですね。「若葉」とするとちょっと全体の景色がよく分からない構図になります。「若葉風」なら、庭球の音を運び出すものとして捉えられますから。ただし、この二つはそれほど大差がないですね。率直に言って「庭球の音」がテニスの「パコーンパコーン」という音を言うのには少し苦しいか。それとその音を「柔らかに」とする把握に安定感がありすぎます。この安定感は俳句としては危険です。もうすこし、俳句らしい見方で迫りたい。たとえば「庭球の音に遅れて若葉風」「若葉風テニスボールの音越えて」とか、ともかく、この音を意外な言葉で捉えたい気がします。俳句の骨法として、言葉の平易さと平凡さは似て非なるものですね。

子つばめの数確かめて灯り消す  悠(70才以上,女)
ドクター塩見の診断と処方箋
 我が家の軒先の燕の巣の中の子つばめ、今日も無事で一日終えたか、下に落ちていないか。確認し、ほっとして一日の無事を喜び、灯りを消す夜の玄関での光景、という句ですね。おだやかな気分。素朴ですが雰囲気ある句。俳句の形式にこなれてくると「灯り消す子つばめの数確かめて」とやりたいところ。しかし、これはやっぱり「灯り消す」を最後にしてほうが余韻ありますね。素敵な句ではないでしょうか。
 さて、なぜ燕が古歌に少ないのかな、と考えたことがあります。「燕」がメジャーな存在として語られるのは近代の斎藤茂吉の母の臨終の歌ぐらいじゃないかな。古典ではたしか「俊頼髄脳」での説話があるぐらい。これからもっともっと燕が詠まれても良いかんじです。飛ぶこと、子を育てること以外にも、燕の新しい姿を開拓したいもの。僕はあのゼンマイ仕掛けのオモチャの音のような鳴き声も充分取り合わせで新しいつばめの句ができそうな気がして、「つばめ鳴く」で句を作ろうかと考えています。

(1)春は有限 ドラキュラが産室を覗く  北野元玄(60代,男)
(2)障子を開けると そこは非常口だった
 塩見啓介様 昨年の初夏の集いでお目にかかってはいたのですが、ご挨拶はこれが初めてです。船団2年生です。よろしくお願いいたします。一度だけ投稿させていただきます。上2句よろしくご診断ください。
ドクター塩見の診断と処方箋
 「蛇の元玄」さんですね!こんにちは。
 頂いた句、いずれも派手な句でおもしろいです。
(1)は「春は有限」というフレーズは詩的ではありますが、俳句の中では「強い言葉」(なにか方向を持たそうとする作者中心主義のことば)です。後半がちょっとドラマチックで読者にイメージを持たせる世界なので、「強+強」のフレーズは難解になる可能性あり。はっきり上五をおだやかにした方が得策です。
(2)は「トンネルを抜けるとそこは雪国・・・」のもじりと、読者は解釈するので、「非常口」ではずっこけそうですね。もっと意外でおしゃれなものを持ってきて「雪国」冒頭文をこえる詩的世界を築いて欲しいかも。

茶摘前風車休まず朝となる  豊田ささお(70才以上,男)
 たぶん今日から塩見ドクターのお世話になると思います。よろしくお願いします。「茶摘前風車休まず夜を明かす」の変更ですが「茶摘前・・」という使い方が吾ならこなれとらんなぁと思いつつ、代案もなくそのままです。
ドクター塩見の診断と処方箋
 こちらこそよろしくお願いします。
 頂戴しました句、「茶摘前」は面白い季感で、なんとかなるのではないかな、と思います。ただ「茶摘」という労働を、風車(ふうしゃ)に仮託して詠む方法がちょっと川柳的に傾くかな、と思います。もっとも、「社会性俳句」として社会主義的イデオロギーを中心にして詠む(たとえば厳しい労働に耐える民衆の視点で詠む俳句)沢木欣一氏のような(句集『塩田』など)例もありますが、そうなると、より即物的に句を仕立てた方が得策ではないかと考えます。うだうだいってますが、つまり、「休まず朝となる」「休まず夜を明かす」このあたりがいずれも言いたいことを言い過ぎている感じなのです。上五中七に「風車の風車たる様子のみ(「休まず」といった擬人的把握はしない)」を描写し、座五「茶摘前」で仕上げられては如何でしょうか。

駆け上がる音デッキへと風光る  藤井茂子(女)
ドクター塩見の診断と処方箋
 春の船旅でしょうか。実にくつろいだ気分にさせてくれる句です。「駆け上がる音」が気分に流れている感もあります。特に「音」が抽象的にしてしまう嫌いがありますね。作り手がどこにいるのか、見えないのです。デッキへ駆け上がる人物の手がかりがもう少しほしい感じです。

月朧一升桝にポプリ盛る  藤井茂子(女)
 初めまして。どうぞよろしくお願い致します。
ドクター塩見の診断と処方箋
 初めまして。これから2ヶ月ほどおつきあい願います。
 頂戴いたしました句の気配、良いですね。とくに、「一升枡」に盛ったあたり。趣向のポプリですね。巧まざる句の、素朴な気配も良いのですが、もしもう少し読者に構図をイメージさせようとするならば、ということで少し書きます。
 この句の語の提示のしかたは「日記・記録的」、つまり説明的です。「月(が)朧(の晩)、一升枡にポプリ(を)盛る」俳句の流れの中でカッコの語を補ってみました。こうしてみると「ポプリ」に焦点が集まる感じ。初めに申しましたように「一升枡」に趣向を感じるので、
  ポプリ盛る一升枡に月朧
と大胆に逆から提示したいですね。「月朧」を座五に置くことでポプリの香りと朧の仄かさの響き合い、四角い一升枡と朧月の柔らかな丸みの構図の対比など、一層「月朧」の季語が効きそうです。