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俳句クリニック 2007年5月後半分(ドクター:塩見恵介) 「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。
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ドクター塩見の診断
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2007年5月31日 夏陽射す桶になまこの恥じらひて きなこ(50代,男) いつもご丁寧な診断ありがとうございます。海釣りに行ったら海鼠が釣れました。そこで「一句」なんですが、海鼠は冬の季語。困りました・・・。 ドクター塩見の診断と処方箋 困りましたね。「夏なまこ」とか詠みますか。しかし、季語はその季語の一番それらしいときのものですからね。季語が違うものに出逢って詠みたいと思う感覚は、冬に炬燵でアイスクリームを食べるのに幸せを感じる現代人の感覚かも。僕ならばどうするか、ととわれますと、やっぱり読者があっての俳句なので、季語云々で読者を混乱させるのは損な策。したがって、この夏の海鼠に出逢ったときにはその海鼠をよく見ておいて、「夏の海鼠」を詠むのではなく「海鼠の海鼠たるもの」を観察して、冬に作る句の参考にしておきます。もっとも記録や日記として、あるいはその場の人と即興で作られる場合は「夏なまこ」は意外ですからね、頂いた句のような形ではっきり夏とわかる違う季語を置いて楽しいものを作るのは、いいですね! (1)草そよぎ八千穂の里の代田かな 小口泰與(60代,男) (2)桐咲くや奇岩の山の彫り深し よろしくご指導願います。 ドクター塩見の診断と処方箋 二句ともその雰囲気に好感を感じますが、 (1)は「草そよぎ」はややインパクトに欠ける。「八千穂の里の代田かな」というフレーズがどうどうと格調を持つので、草そよぎ、ぐらいの平凡な描写では、下を支えきれない。 (2)は「桐咲く」場所の奇岩の山。「彫り深し」はすでに「奇岩」で言い当ててますから不要。これを言わない方向で行きたいところです。 二句とも、部分推敲によってずっと佳くなる句と思いますよ。 (1)心太胃の腑の底にとぐろ巻き うさぎ (2)名物と薦められども泥鰌鍋 (3)団扇借りざる蕎麦を待つ座敷席 (4)自動ドア開いてたたむ日傘かな 夏季語の勉強中ですが、歳時記の季語を見てると、生まれ育った下町のノスタルジーに陥ります。心太と泥鰌鍋は今でも苦手な食べ物です。 ドクター塩見の診断と処方箋 う〜ん、苦手な食べ物で俳句を作られたのですね。こういう時、俳人的発想としては、「苦手なものほど美味しそうに作る」としたい。なぜなら、苦手なもので良い句ができたとき、その食べ物が好きになるかも、そうすると、また違った自分が自分の中からあらわれるから。俳句を作っている中で楽しいことは「自分の知らなかった自分の発見」、あるいは「自分の可能性の創造」ですからね。 というわけで(1)(2)はともに「自分の知っている自分」の心で詠んでいる句。意識的です。 (3)これは団扇を「借りる」ほうがちょっと気分良さそう。そういう蕎麦屋の方が美味しそう。 (4)自動ドアが「開き」そこから「たたむ」と逆サイドへ言葉を運ぶ点がちょっと知に傾いています。今回は意識が先立って、若干それを五七五にはめてしまった嫌いがある句でした。 野の花を観音さんへ琵琶湖日永 穂波 今日(5/23)付けのコメント、ありがとうございました。いちょうの芽、小指の爪の先ぐらいの大きさでも、扇形で切れ込みも入っています。緑の鈴のようですよ。上の句は、岡野先生に見ていただいた「国宝の観音さんに花なずな」を改作しました。題材は、数年前に滋賀県高月の渡岸寺で見た、国宝の十一面観音です。岡野先生からは「国宝云々より、滋賀であるとか、何々観音であるとか言った方が、花なずなとの対比があざとくなくていいです」とのコメントを頂いております。推敲に時間がかかってすっかり時期遅れになってしまい、申し訳ありません。ご指導よろしくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 銀杏の芽のお話、ありがとうございます。僕も丁寧に見てみようと思いました!こういうお便りはこのコーナーをやらせて頂いていてほんとうに嬉しいお便りです。 さて頂いた今回の句ですが「野の花を観音さんへ」というフレーズ自体が、あまりにもあまりかもしれません。素朴な信仰心としてほほえましいと取ればいいのですが、やはりその「素朴な信仰心」というふうに取る以外ないところが辛いところです。全体的に「野の花」「観音さん」「日永」とあまりにも穏やかな言葉が連続して「平板」です。作品云々と言うよりも、野の花を観音様にささげた作者の満足感に終わってしまう形かも。 若葉風青葉城址に眠る猫 れい(70才以上) ずっと出来ずにおりました。またすこしづつでも頑張ってみたいと思います。 ドクター塩見の診断と処方箋 若葉風から青葉城址に流れる展開が自然。(青葉城というと僕が子どもの頃「青葉城恋歌」なんていう流行歌があって、一度は行きたいなあ、と思ったことがあるので、やや甘い採点かもしれませんが・・・)さて、そこに「眠る猫」を置いたところが抜群。とても澄んだ空気の中で、平穏な表情の猫を思わせます。こういう歴史的な建造物(址)に小動物を置く景はまず絵になるのですが、そういうことを差し置いても、この句は素敵。今の流行の言葉で言えば癒し系の俳句、といえるかもしれません。 消息の途絶えて今は青楓 郁子(60代) センセイのご講評楽しみです.よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 何の消息が途絶えたのか、気になりました。「音信の」とか「連絡の」とかでなく「消息」ですからね。最近DVDで『硫黄島からの手紙』を見た僕だからでしょうか、ちょっと、戦争俳句的なニュアンスでこの句を受け取りました。かなりの過去に消息を途絶えた人と、現在嘱目の青楓。「今は」という言葉をあえて置いているところからいっそう過去の重大事を思わせます。そういえば芭蕉が平泉で口ずさんだ「城春にして草青みたり」という杜甫の春望をアレンジしたフレーズ(原作は城春にして草木深し)も「青」が生命力あふれる色だけに、現代の一瞬性を効果的に見せ、いっそう往時の哀しみを見せたものでした。 烏にも老若男女夏の朝 由利子(70才以上) ご無沙汰しました、またよろしくご診断下さい。 ドクター塩見の診断と処方箋 「烏にも」の「・・・にも」が言外に「人間」を匂わせているので、これは「烏」を詠んでいる事以外のことへ読者を連れて行きます。こういうのを業界用語では「うるさい」というのですが、これはちょっとそのパターンにはまった感じです。烏に老若男女があるというのもそんなに新鮮な発想ではない。むしろ年寄り烏ならそれだけ、若い烏ならそれだけを詠むことの方が、烏の世界の世代問題から広がる余韻が楽しめるかもしれません。 (1)卓の薔薇急ぎ挿しけり庭に剪る 小口泰與(60代,男) (2)虹の輪の消え行く先や子持山 (3)天心にむらがり光る松の花 よろしくご指導願います。 ドクター塩見の診断と処方箋 (2)が面白いですね。「子持山」という固有名詞が素敵。僕はこの山を知らないのですが、虹の希望的ないろあい。やわらかなカーブからくる妊婦の丸いおなかなど、悠々とくつろぐ感じで素敵です。 (1)は時間推移を逆に詠まれており工夫が見えますが、やはり庭に剪り、急いで挿す、卓上の薔薇と「場所+動作」の連続で説明的です。時間推移を逆にした分、ごたごたしているだけにおわっているのが難点。 (3)「光る」という修辞が平凡。モチーフとして「天上にむらがる松の花」のほうが、まだしも見せ場は明快だとおもいます。 2007年5月30日 (1)何呑んだ腹ぽつこりとくちなわよ せいち(60代,男) (2)その法被毛虫お前もタイガース 2句とも川柳かも知れませんが、宜しくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 比較論で言えば(1)に魅力を感じます。たしかに食後の蛇のおなかはすごい。かつて家の厨で青大将に卵を食べられた時の記憶が甦りました。ただし、まだこれは素材で表現方法が直截すぎる気がします。 (2)は毛虫のけばけばしい色に阪神の黄色い法被を重ね見ている、ということでしょうか。「その法被」がわかりにくくしています。 五月闇ブーメランを投げてみる 豊田ささお(70才以上,男) 行き詰まっていまして少し怠けてみました。こんなのはどうでしょう? ドクター塩見の診断と処方箋 このブーメラン、何に投げているのでしょう?漆黒の闇からもうかえってこないブーメランを連想。あるいは不気味なものに当たって、阿鼻叫喚の声が聞こえそう。ふと、源頼政が鵺(ぬえ=怪鳥)を退治した五月闇の雨夜を思い出しました。「投げてみる」という、軽い気持ちよりも「投げている」ぐらいのほうが五月闇の実感にふさわしいと思います。 同じ癖娘にもあり心太 慈英(50代,男) ご指導宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 心太、実に人生の悲喜こもごもを描くにはもってこいの季題。というわけでちょっとした観想を述べられた句。親子の業とまではいかずとも、ちょっとした癖の相似の発見。「癖」というからには似て欲しくないマイナスのことなのでしょう。さてここからが僕の意見ですが、こういうタッチで親子を語るのは実はよくある発想。したがって、一見うまく表現されているようですが、読者は「同じ癖」とはそれではどのようなものなのか、そこが知りたい。しかし見えない。娘のしぐさを描写することで、それは父にもありそうだ、と言外に匂わせる手が高等手段だと思います。「癖」ということばを使わずにできたら素敵。 2007年5月29日 パリよりも浅草が好き粒の汗 多弁(60代,男) 浅草三社祭は大変な賑わいでした。 ドクター塩見の診断と処方箋 三社祭、盛大なんでしょうね。頂いた句のいくつかで僕も見に行きたくなりました。この句は、間接的な表現(三社祭りといわず、浅草で述べている)なので、ちょっと三社祭りは景色として見えなくなっています。結果、粒の汗はどういう状況でかいているものか、おそらくは東京の都市熱を思わせる句柄です。それと、ここからが僕の言いたい核心なのですが「AよりもBが好き」というフレーズは、AとBの落差がないと理屈っぽくなります。頂いた句は「パリ」と「浅草」なので地名という同じカテゴリーの語彙選択ですから、やはり理屈っぽく取られそうです。浅草をとんでもない物と比較したら面白いかもしれませんよ。 ピストンで球児を運ぶ製茶の香 智弘(30代,男) 宜しくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)野球少年を駅から球場まで車でピストン輸送している。(2)その際に通りかかった町並で、製茶の香りが漂っているよ、という句ですね。(1)(2)としたように、言いたいことが二つあるのでどちらが主眼なのかが見えにくい。こういう場合は途中を飛ばす。たとえそれが言いたくても飛ばす。ここで飛ばすべきなのは「球児」。ピストン輸送の際に製茶の香りがした、と句を運びたいところです。 (1)しんがりはへのへのもへじ夜の秋 汽白(40代,男) (2)椰子の葉とゆれてるそらまめのひとみ こんばんは。よろしくおねがいいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)おもしろいですね。「夜の秋」という季語から、なんとなくしんがりのへのへのもへじは案山子を想像。ハウルの動く城にでてくるキャラクターのような漫画的な俳句ですね。 (2)はなにか、いろんなもので作った顔のような感じ。従来の俳句的な感慨・余韻を持つ句とは違って、汽白さんの句は不条理な世界への指向を感じます。 (1)神苑の菖蒲田いよよさ咲き揃ふ しんい(女) (2)通り雨ソイヤソイヤと三社祭 「ソイヤソイヤ・・・」御神輿のかけ声なんです。宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)「菖蒲田」と言われると我々読者は、その菖蒲田のもっとも美しい状態をイメージします。だれも咲いていない菖蒲をイメージしません。こういうことは伝統的手法でたとえば和歌の世界でも「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」(藤原定家)などという歌は、言葉で「花も紅葉も」と提示して、そのあとに「なかりけり」と消去しますが、その桜や紅葉のあでやかさが読者の残像にのこるため、一層浦の苫屋のわびしさが落差として存在するのです。つまり、言いたいことは「いよよ咲き揃ふ」は言わずもがなの表現でもったいないかとおもわれます。 (2)このままでは「通り雨の中、ソイヤソイヤのかけ声御輿の三社祭だった」ということですね。この句の言葉の提示順では、説明ですので逆にしてみたらちょっとふくらみそう。すなわち「三社祭ソイヤソイヤと通り雨」。まるで通り雨も一緒になって御輿を盛り上げているようでしょ。 (1)女子大の一夜の講義春行けり 文の子(60代,男) (2)花筵配る当てなき名刺持ち (3)一撃を魔女より受けし薔薇の花 5/22のご診断有難うございました。「推敲の技術が高い」と過分なお褒めを頂きましたが、これも偏に塩見ドクターのご懇切なご指導のお蔭でして重ねて御礼申しあげます。昨日より掲句になりました。暫くは季節が戻ることもあると思いますが、宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 頂いた中では(3)が一番パワーがある感じです。ただし魔女と薔薇はやや連想が近い感じですが。宗教画的な色合いを感じます。 (1)はちょっと女子大がくどい感じ。なぜ女子大なのかが読者にはよくわからず、その一夜の講義に春を惜しむような心、どんな感慨を持っているのかが不明。 (2)はせっかくの花筵に名刺を持っている自体が無粋。その無粋さを諧謔とするのは川柳的な発想かもしれません。 旅行着に甦りたる白飛白 尼の久女(60代,女) リフォームの言葉を使おうかとも考えました。また「服に化す姑の形見の白飛白」を推敲しました。 ドクター塩見の診断と処方箋 白飛白(しろかすり)という言葉はとても面白いですね。頂いた句で初めて知りまし た。「白」に最近注目している僕にとっては使いたく言葉です。頂いた句はちょっと報告句のようなので「白飛白いま旅行着に」ぐらいでよろしいかと思われます。「甦る」が言い過ぎでしょう。 (1)凍蝶の己が光を抱きしめり 未知(50代,男) (2)穹と行き来する凍蝶の瞳孔 (3)鉄鈴の澄みたる空やみちのくは (4)赤い華赤い光の削り花 (5)薄日とは懐かしきもの草の花 (6)着ぶくれてわがゐる前を走りけり ご教示を。 ドクター塩見の診断と処方箋 たくさん頂いたので寸評で。 (1)「己が光」がナルシズムの世界。ちょっと凍蝶とは合いすぎる。 (2)言いたいことがありそうなのだが、読者としてはつかみきれない。独善的。 (3)鉄鈴がかっこいいのだが「澄みたる空」が平凡な表現で相殺。 (4)赤いのリフレーンが生きていない。「華」「光」がもうひとつ句を立ち上げるパワーに不足している。 (5)「懐かしきもの」がすべてを語りすぎてしまった。 (6)「着ぶくれている」ものの正体が何者か分からないので作者ほど読者が楽しめない。 今回はやや残念句が並びました。激辛なコメントですみません。次回に期待しています。 応援のハンカチの白芝生席 慈英(50代,男) ご指導宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 野球ですかね。芝生席。所沢球場の外野席を思い出します。白いハンカチで応援だったら、ロッテかな。爽やかな初夏の風を感じる一句です。さて、白、という色。俳句など文芸ではあっさり言えるのですけど、絵画の世界では難しいようで。たとえば若き日の佐伯祐三は留学先でブラマンクという画家に塩と砂糖と布と卵をわたされ、その白を描き分けろと言われて、衝撃を受けたとか。色彩鮮明な白の句を作るのも、こだわれば結構おもしろいかもしれません。特に白はおもしろい色ですね。 2007年5月28日 赤裸コーヒー缶のコロリ中 裸時(30代,男) 「夏の墓コロコロ転がるコーヒー缶」を推敲してみました→ ドクター塩見の診断と処方箋 やや、軽くなりましたね。赤裸、コロリ中、意味が希薄になった分だけ、リズムがよければいいのですが・・・。せっかく推敲いただいたのですが、断然、原句「夏の墓コロコロ転がるコーヒー缶」が意味、リズム、ともにいいです。この句はこれで決まり、ですね! (1)げんげん田鼻突き出してペダル漕ぐ うさぎ (2)首筋のくすぐったさや薄暑かな (3)ぺデキュアを塗りなおして夏の雲 今、白つめ、蓮華(だと思います)が満開です。夕方、バイクで走ると、甘いにおいがしました。これから、たくさんのワイルドフラワーが咲き乱れます。宜しくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 うさぎさんのおたよりは、いつも異国情緒があってうれしいです。「ワイルドフラワー」なんていう言い方、素敵ですね! 頂いた句(1)が素敵。でも僕なら「鼻」でなく、少し下品になるかもしれませんが「尻」にかえたい。その方がすごく力を込めてこいでいるように見える。げんげん田の中ををひたすらこぐ自転車で風を切る爽快感。 (2)なぜくすぐったいのか、ちょっと見えないのが難。構造的には「や」「かな」二段切れに難がつきそうです。 (3)「ペディキュアを塗り直す」は男の僕では思いつかないフレーズ。これは素敵なのですが、夏の雲、と取り合わすのは少し損です。「ペディキュア」は足下への視線、「夏の雲」は頭上への視線、眼差しがばらばらになると、俳句としてはちぐはぐになるかんじですからね。 打つ水やうしろのしょうめんだーれ 遅足(60代,男) 適切な診断、ありがとうございます。季語を少し探してみました。打つ水や、のように現実のなかの物語の一齣に向かって推敲したほうが良いのでしょうか?あるいは、「薪能うしろのしょうめんだーれ」のように異界との接点を求めるのか?「去年今年うしろのしょうめんだーれ」と、不可解な世界に答えを求めるのか?方向がさまざまにあるようで、迷っています。どちらに宝物は埋まっているのでしょうか? ドクター塩見の診断と処方箋 断然「打つ水」を支持します!「薪能」ではちょっと表現したい世界が読者に伝わらず独善に陥りそう。「去年今年」では不可解ではなく、むしろ意味を持たせすぎな感じがします。うしろのしょうめんだーれ、と打ち水の関係は読者にさまざまなドラマをイメージさせます。ふりむいて手桶から柄杓で水を掬う女性の一瞬の姿の投影。あるいは路地裏で打ち水と、子どもの遊びが同居している世界。あるいは水を撒く前と捲いた後の世界の転換。どのようにとってもこの句は素敵に成立している。打ち水という共通認識された気配から多様な読みが放射線状に広がりそうです。 (1)流れ鳶霧降滝は滔々と 小口泰與(60代,男) (2)山藤や棚田に水の満々と (3)いろは坂白くさわだつ若葉かな (4)苧環や一羽離れし鳩のをり (5)岩魚釣り日差しさしいる獣道 (6)岩つばめ一瞬滝を隠しけり よろしくご指導願います。 ドクター塩見の診断と処方箋 (4)が面白いですね。その鳩に読者が自分を投影して読みそうです。「苧環」がどれぐらい効いているか・・・。鳩が具象なので、特に具象の季語でない方がいいかもしれません。 (6)もオーバーで面白い。岩つばめが滝を隠すぐらい一瞬眼前に飛行してきたんですね!クローズアップしてきた岩つばめを想像。 以下、寸評でお許し下さい。 (1)滔々と、が平凡。 (2)田に水が満々とは、平凡 (3)白くさわだつがうまくいったようでもうひとつか。若葉があるので「白く」と色を限定しない方がよさそう。 (5)釣り=川、から獣道への視点の展開が突飛。突飛の割りに常套の匂いもあり、双方から難。 穂麦風学童の列行儀よく しんい(女) 宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 収まってます。「行儀よく」は言い過ぎましたね。風にそよぐ穂麦の波、行儀の良い学童の列。ちょっとこれは予定調和ですよ。日常の僕自身が見ればほほえましい光景ですが、俳句ではちょっと一波乱欲しいところです。 わが生は時の記念日鳥たてり さくら(女) 老いても誕生日はやってきます。若い頃を懐かしんでばかりいないで年相応にはばたこうかな-----なんて。前回の句、さ行とか行のリズムの響き、私としては、思ってもみなかったことで、感激です。ありがとうございました。 ドクター塩見の診断と処方箋 すっきりして気持ちの良い句ですね。「わが生は時の記念日」だけならとても報告的なんですが、その下の「鳥たてり」が抜群に俳句に飛躍をもたらしています。普通、「鳥たてり」なんていう言い回しは抽象的で平凡ともとられやすいのですが、この句では時の記念日と抜群に相性がいい。派手な言葉をもってきたくなるところを、優れた取り合わせのバランス感覚でまとまられましたね! (1)頭脳線汗ばむ朝の初出かな 藤井茂子(60代,女) (2)頭脳線曲げて手かざす薄暑かな ドクター塩見の診断と処方箋 「頭脳線」とは手相のことですね。2つ頂きましたが、それぞれに見どころがあって取捨になやみます。 (1)は頭脳線が汗ばむ、というところが魅力。やや脳味噌が汗をかくほど何か没頭していることを暗示していて意味が直球で迫ってくるスピードは川柳的な要素もあるフレーズ。しかしその後の「朝の初出」がもうひとつわかりにくくしているのが難。 (2)頭脳線と薄暑はおもしろい。しかし「曲げて手かざす」は何かを言いたげなフレーズなのですがもう一つ読者に迫ってこない。頭脳線を曲げる、のこころは、なにかまっすぐに思考が働かない自分の諧謔ととられますが、そこで意味が止まってしまうのが難点。 2007年5月27日 (1)ジグザグと軒借りながら駿雨かな うさぎ (2)一筆の少し乱れし日雷 ご指導有難うございます。でも、推敲にてこずってます。ただいま、夏の季語の勉強中です。宜しくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)ジグザグ、いいですね。いかにも夕立に降られた時の走り方、という感じ。ギザギザと、ジグザグに注目していた僕にとって、この句はサンプルになります。鳥瞰的視点からの句ですね。 (2)はやや、字が乱れている因果関係として日雷を読まれそう。そこが難点。 (1)梅雨空にコンドル一羽檻の中 遊雲(70才以上,男) (2)夏風邪の治りて空の青きこと (3)追いついて父に空似の麦藁帽 19日の土曜日の句会は「空」の句でした。で、「空」の出句は1句でしたから。「泉こぽ」が出来るのを待ってます。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)コンドルはどうも孤高なイメージ。梅雨空がよく効いていて、鬱陶しいうえにさらに「檻」「一羽」とされると、もうコンドルの最もコンドル的な感じの句ですね。人間探求派・加藤楸邨の〈雉子の眸のかうかうとして売られけり〉という有名な句がありますが同じ鳥類の俳句としてその匂いを感じます。詩の中に既視感があるものがありそうですが佳句。 (2)もうまいですねえ。長引く夏風邪の抜けたあとの爽快感!「空の青きこと」という飛躍が抜群、一か月咳が止まらない状態の僕にとって気分爽快な句です! (3)これも良い。遊雲さんの句は全体的に力の抜けた飛躍があって素敵。言葉自体は派手でないのにスカーンと抜けた詩的昇華がある。この句も「空似の麦藁帽」が抜群。追いついては見たが、それは父に空似の人だった。父の顔も、その人の顔も唾の大きな麦藁帽の影の中にあってダンディ。ひょっとしたら、「追いつく」のことばに 追憶、追慕の気持ちがある感じもしますね。 (1)蔓薔薇の咲き満つ垣や風集ふ しんい(女) (2)「痴漢注意」掛けある垣に薔薇盛る 宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)は表現された対象は美しいのですが、表現に工夫したい。「薔薇」「風」と言ったお洒落な物を「咲き満つ」や「集ふ」という並の表現で言い尽くしてしまっては損です。 (2)「痴漢注意」の看板は・・・。看板の句と言えば、真っ先に思い出すのが「『赤ちゃんのおひるねちゅうです』百日紅」(小寺勇)。こういう看板の句は意外性があって、あっと思うのですが、「痴漢注意」はちょっと身構えてしまいますよね。これは意外性の方向としては少し違うように思います。薔薇も美しく見ている余裕がない。用心用心。 旅立ちの雨に匂いし栗の花 豊田ささお(70才以上,男) お早うございます。「畦塗り」「ターザン」への処方箋有難うございました。一般的でないな経験を表すときつい説明したくなりました。さて、また栗の花です、よろしく・・・ ドクター塩見の診断と処方箋 旅立ちの雨、と栗の花は自然な流れの取り合わせ。しかも抒情にあふれています。どこかで書いたのですが、栗の花は梅雨時の花ので別名「墜栗花」(ついりばな)として「梅雨入り」(ついり)と掛詞的に使われるのが俳諧以来の伝統です。従って「雨」と「栗の花」は安定した世界を築くのです。この句はその雨が「旅立ちの日」に振っているから良いのですね。読者はその旅がどのような旅なのかに想像をかき立てられます。したがって雨に匂いし、という「匂いし」はあまりもう必要のない「説明」です。むしろ「栗の花」を頭に置き、「雨の日の旅立ち」をできるだけ下五におくような仕掛けのほうが読者にとっては余韻を感じる作りとなるのではないでしょうか。 Gジャンを二着洗って鯉のぼり 穂波 今日(5/20)付けのコメント、ありがとうございました。自分でも良く分からなかった「掃除機」の句、先生のコメントを読んで「そういうわけか」と腑に落ちたしだいです。新しい句をお送りします。時期遅れになりかかっていて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 う〜ん、うまいですねえ。いや、本気で感服しています。「鯉のぼり」は作りにくい季題だと思うのですが、こんどはGジャンですか。しかもこのGジャン、洗って干しているんですね。その背景に鯉のぼりもそよぐ。鯉のぼりの健康なそよぎがGジャンにも乗り移って。普通、二着というと、恋句のような匂いになりがちなのですが、親子、夫婦、あっさりとした健康的な家族の匂いにGジャンが染まっています。鯉のぼりの力ですね。恐れ入りました。句会で見たら必ず取りそうな句です。 (1)空気入れこの頃待ってるつつじさん 裸時(30代,男) ちょっと固いかもしれません→ (2)れれれれれ子供のロールかたつむり (3)氷揺らす幼女の声のキーンとき 冬になってしまいました→風邪ひいて寒かったからかもしれません→宇治金時のキーンときです→掛詞とだじゃれどっちになるんだろう(^^; ドクター塩見の診断と処方箋 (1)気配は良いですよ。「空気入れ」自転車の空気入れを想像しましたが、たしかにつつじ咲く時期の倦怠感とよく合いそうな具象です。この頃待ってる、つつじさん、が固いと言うよりも幼い表現になっているので、ここはきっぱりと大人の表現の方が得策と思います。 (2)もれれれれれとかたつむりはおもしろい。子どものロールが見えにくくしています。 (3)これはだじゃれです。はっきり、駄洒落と断言します。 2007年5月26日 婚の荷に箪笥はあらず桐の花 尼の久女(60代,女) 塩見先生お久しぶりです。初めて投句したのは先生のときでした。 桐の花を見て、昔は女の子が生まれると箪笥用に桐を植えたことを思い出しました。 ドクター塩見の診断と処方箋 この句も素敵ですね。たしかに今の家はどこでも収納にこだわって、クローゼット、収納倉庫は完備。蔕に嫁入り道具に箪笥を二棹でも買おうものなら、逆に手狭な新婚家庭では、邪魔者にされてしまう。嫁入り道具を運ぶトラックの荷台で、一番威張っていた箪笥。いまはその往時を偲ぶのみで。しかし、この句もそうした感傷的気分を「桐の花」が良く救っています。佳句ですね! 枕カバー真っ白に替え夏初め タロー(30代,男) 宜しくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 ああ、気持ちいいですね!おろしたての枕カバーと初夏。これは取り合わせとして、抜群ですね。どうして今まで誰も言わなかったんだろう、と思うぐらい。僕も枕カバーで句を作りたくなりました。作者は僕と同世代の男性ですか。すごい感覚。女性的な発想だと思いましたが。鋭敏な感覚ですね! 初夏やさぬきうどんを一里塚 多弁(60代,男) 言葉の余韻を楽しむことは大変難しいです。それなりの知識が必要ですね。 ドクター塩見の診断と処方箋 頂いた句、面白い。なんといっても、「を」の使い方が、ちょっと散文的な物からはずれているから。さぬきうどん、本場では、ほんとうに素朴。店の作りから素朴ですからね。店の隣の畑から葱を取ってくるところもあれば、セルフサービスなんて当たり。500円もあれば二杯ぐらいは食べられる。そういう素朴な感じが「一里塚」という言葉からにじみ出ています。たぶんお遍路さんの匂いがするからなんですね。初夏も、よく効いた季語で抜群ですね! (1)青空をゆうゆう泳ぐ鯉幟 豊純(70才以上) (2)母の日に贈られしかな歳時記を (3)なんとなく想いめぐらすフリージア (4)空き地より子の声聞こゆ凧の空 (5)軒下に猫ねこぜして行き来する (6)チユーリップ赤黄きわめ風揺らぐ (7)そよ風に乗りチユーリップ色極め 先生お久しぶりです叉お世話になります。こんな句を作ってみました。宜しくご診断下さい。楽しみに待って居ります。 ドクター塩見の診断と処方箋 お久しぶりです!まだ6月も続投ですのであと一か月よろしくおねがいします。 頂いた句で、(3)がなんとなくフリージアのアンニュイな気分をうまく表現されていますね。(2)も身辺のこと、おもしろい近況ですね!そうですか、歳時記をもらわれたのは、普段からよっぽどの俳句好きなんですね。 (1)(6)(7)はやや、そのまま、といったところ。ここからどうひねるか、ですね。 (4)もくつろいで良いのですが、やや季節がずれてますので。 (5)無季ですが、ちょっと不思議。でも、猫だから猫背は当然かもしれないですね。 (1)花という花に歩をとめ若葉風 雅馬(60代,男) (2)足もとに小花のぞかせ夏野かな ご指導よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)どうしても俳句の中で「花」といわれるとまず「桜」を連想。そこから春の気配を連想してしまうのですが、この句はいろんな花に足を止めて見ている初夏。そこへ一陣の若葉風、という気分の良さが全面に出ている句。気分は良いのですが、若葉風がちょっと上中と齟齬をきたしているよう。やっぱりこれは春の句にした方が良さそうですね。 (2)足下の小花、広がる夏野、これもどちらかに絞りたい。もしくは小花から夏野に開放する手なら、「のぞかせ」という言い方で夏野を擬人化しないで、素朴に小花から広がる夏野をとらえたいです。 (1)回送の長き電車や蛙の夜 彩貴(女) (2)段丘の底へ麦の穂渡る風 (3)牛載せし幌に小雨の降る薄暑 回送列車の句とドナドナの句を推敲してみました。宜しくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 やっぱり(1)が雰囲気ありますね。「長き」はしかし賛否両論ありそう。僕はどちらかというと外したい側です。 (3)はちょっと焦点がぼけてきました。何をいちばん焦点を当てて読みたいのか、おそらく牛を運ぶ車の「幌」ではないですか。そうなると下五の最後に「幌」が来る形がいいようです。 (2)段丘の底、という場所の設定はおもしろいのですが、麦の穂に風が渡るだけでは、もうひとつ場所の面白さがいかせていません。もう一工夫、お願いします! (1)山も川も動きゐたるや朝曇 未知(50代,男) (2)凍蝶の光纏ひて立ち上がる (3)木の実を取り入れて森は夜匂ふ (4)曲がり家にコオロギ啼きて候文 (5)虫を見てゐる己が背に月渡る (6)梟や闇夜の森の深呼吸 ご教示を。 ドクター塩見の診断と処方箋 (4)がいいですね!曲屋は、伝統的な農家の様式。そこに鳴くコオロギ、家の中での候文、農家の手紙としてはかなりかしこまっていて意外ですがちょっと面白い。「曲屋」ではないし、「候文」でもないのですが、古い家屋で「コオロギ」の鳴く秋の夜にしんしんと書く文章は、なんとなく芥川龍之介の「戯作三昧」の馬琴を思わせます。「根かぎり書きつづけろ。今ーー己が書いてゐる事は、今でなければ書けない事かも知れないぞ」と自分を叱咤激励しながら静かに執筆に没頭していくさまです。 (5)もおもしろい。見ているのではなく聴いているほうが良さそう。 (1)「山も川も」がうるさいですね。ぼくなら一つ「も」を取って「山動く川も動いて朝曇」とすっきりとリフレーンにします。 (2)観念的。 (3)面白くなりそうだがこのままでは「取り入れて」がやや抽象的で見えない。 (6)深呼吸に工夫は有りますが、フクロウ、闇夜、森と繋がりが平板。 (1)ぶな林の鳥にせつかれ清水飲む 藤井茂子(60代,女) (2)宍道湖の暑さ背中に蕎麦屋入る (3)閉館の中庭に池梅雨の月 ドクター塩見の診断と処方箋 頂いた中で(3)が抜群。美術館か何かですね。閉館のあとの中庭に池、それだけの世界ですが実にいろいろと読者に想像をかき立てさせます。梅雨の月というのも派手さのない季語だけに、実に静かな余韻を醸します。 (1)は「鳥にせつかれ」が方向を持たせすぎ・ (2)宍道湖の蕎麦屋に入る、はちょっと良い気配ですが「暑さ背中に」が直截的。ここをもうひとひねり、してほしいところです。 2007年5月25日 (1)車窓から寒色光と暖色光 汽白(40代,男) (2)ビール二つと紅しょうがもんじゃ こんばんは。(何杯目だったか、、、) ドクター塩見の診断と処方箋 (2)美味しそうですねえ。ところでしょうがは秋の季語らしいですよ。でも紅生姜だからいつでもあるといえばそうですが。それよりもこういうの、美味しそうなんですが、飲み屋の注文という感じで、俳句として読んでいない僕がいます。取り合わせ、というより居酒屋で「とりあえず」ですね。でも、ひょっとしたら、こういう感じでわあっと作ったら、確率は低いでしょうがユニークなのができるかも?2、3回ぐらいなら宴席で挑戦されてみる価値はありそうですね。(一生やったらだめと思いますが。) (1)ちょっと抽象的ですね。季感もないので、もう一つ読者の脳内に滞在しない句です。 (1)蛍と生れてはじめのひと点し 一(40代,男) こういう「生(あ)る」の使い方は間違ってるでしょうか? (2)人魂のごとき尾をひき揚花火 (3)一軒の家を貫く秋出水 (4)棟上の餅降る空の鯉幟 率直なご意見お願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)「生る」の使い方、全く問題なし、と思います。神聖なものの誕生に使われる言葉、という説明が広辞苑にありますが、まさに蛍なんて神聖です!虚子の句に「蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな」というのがありますが、これでさえこの表記なら「あれ」と読んで、俗なるものを聖なる世界へ引き揚げたいところ。(実際は「うまれ」と読むのが一般的なようですが。)聖俗の狭間で価値観を大きく転換するのが俳句の魅力。頂いた句、「はじめのひと点し」の「ひと」は一?それとも人?僕は後者にとって恋句と読みたいです。蛍と生まれて初めて出逢う素敵な人を点す。前者ではよっこらしょの初仕事、という感じで蛍が俗すぎるから。 (2)ごとき、という比喩は難しいですね。これはちょっと平凡。 (3)物騒ですが、秋出水を何かの比喩と読むと心理的な家族ドラマをみるようでちょっとユニーク。 (4)めでたすぎ。餅か鯉のぼりか、空をどちらかに支配させたい。 アイロンのパリッとききしハンケチよ 浜っ子(60代,男) よろしく。 ドクター塩見の診断と処方箋 思わず吹き出しました。お便りの「よろしく。」まで含めて、これは作品ですね。まるでアイロンの当たったピシッとしたハンカチに声を掛けられた気分になりました。 さて「ハンカチ」という夏の季題、難しいですね。頂いた句、「よろしく。」を除いて読みますと(まあ、それが普通なのですが)ちょっと報告の域を出ていない。気分は良いのですが、それだけで終わってしまう物足りなさがあります。「アイロンのききしハンカチ」(アイロンでなく糊かもしれませんが、家事をしない僕なのでちょっとこのへんは適当です・・・)、あるいは「ハンカチにパリッとアイロン」として、あと下五にもう一展開欲しいところです。たとえばそのハンカチのある場所、出掛ける先、空模様など。アイロンのきいているハンカチから、読者は午前を想定します。期待にふくらむ一日のような、そんな気配を利用しつつ。 (1)灯篭や紫蘭の中に浮びおり 紫雲(70才以上,男) (2)主役をばもう譲りおり躑躅かな おり、おり等の文法も一処にお教え下さい。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)は完全なる叙景。文法的なことをお尋ねいただいたので、ちょっとマニアックな話になってしまいますが「燈籠の紫蘭の中に浮かびをり」と「や」で切らない形に変えて、意味上に変化があるかどうか。「燈籠や」と言われると、どうしても燈籠に詠嘆があるのでどんあ燈籠だろうと思いますが、この句では紫蘭の中に浮かんだ燈籠、というのに着目なされているわけで、そうなると、改案とそんなに差を感じない。むしろ「をり」で軽い切れを意識させて余韻を含ませるほうが読者は安定する。 (2)「をば」「おり」と音を揃える言葉でゆったりとした句です。「もう譲る」の「もう」に作者の「まだ早すぎる」という惜意を感じますのでこれは抒情句。ただ、主役を譲る躑躅、という発想はやや平凡かもしれません。いずれの「おり」もここでは「〜している」という意味ですね。結構こういう「おり」、高校生大学生の若い世代の句に昨今は散見しています(特に座五)。便利といえば便利なんですが、これを多用すると癖になるかもしれませんね。「おり」の話はまた折を見て。 (1)翠蔭や紀伊の山々峪深し 古河春雪(70才以上,男) (2)雪渓を残して白馬暮れにけり (3)夏風邪やいやに気になる古時計 塩見ドクターさん、こんにちは、ご指導をお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 こんにちは。指導と言うほどのことはできませんが、読者サイドで読ませていただいてます。 (1)「翠蔭」と硬質な季語。この季語と紀伊の谷は合いそう!紀伊の谷が深い、というこれだけでよさそうなので中下にやや意味の膠着が見られます。 (2)これは白馬の白馬らしい初夏。やや平板な世界かもしれません。 (3)夏風邪で時計が気になる、は面白い感性と思います。「いやに」という言い方がやや説明的。「古」も不要かもしれませんね。 (1)微動せず若葉の中の針葉樹 文の子(60代,男) (2)若葉揺る新入社員強張りし (3)街路樹の若葉煌き紫外線 (4)原宿の若葉巡りか人力車 これまで若葉の句は全滅ですので、今日は総て若葉にしました。原宿も遂に、京都や鎌倉並に人力車が走るようになりました。宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 頂いた中では(4)が良い空気。「原宿を若葉めぐりの人力車」と、原宿という地名を示し、軽く「を」で切って一気に読ませたいですね。若葉めぐりか、と軽い疑問を示すよりはすっきりしそうです。 (1)は微動せず、が説明をしすぎ。針葉樹もやや抽象的。 (2)「強張(こわば)る」も方向をしめしすぎ。すなわち説明的です。 (3)も若葉を表現するのに煌(きらめ)きは陳腐かもしれません。 そら豆をつるりとむきてゆで卵 雀子(60代,男) よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 言いたい気分はよく分かるのです。そら豆も甘皮がつるり、ゆで卵も殻がつるり。でもこういう風にしてしまうと、読者はどっちに注目するか、困ってしまいます。具象的な物が二つあるのは困るんですね。つるりで連想を繋げた、というだけで読みとられては、作者も不満でしょう。 初夏の生ハムレタス明日も晴れ? 玉白石(50代,男) よろしくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 明日も晴れ?という問いかけが楽しいですね。明日も、といっているから今日も晴れた中、良いことがいっぱいあった日だったんでしょう。 さて、初夏の生ハム、このさっぱり感がこの句の気分の良さです。生ハムは魅力的な素材で僕も句にするのですが、春、初夏(たとえば羅と生ハム)、秋(たとえば名月と生ハム)、いずれにおいても、その繊細な感じが生きるなあ、と思っています。是非、生ハムでどんどん名句を出してください!最後に、「レタス」は春の季語。この句ではレタスはない方が良さそうです。 銀蘭が配る二大包装紙 裸時(30代,男) よろしくお願いしますm(_ _)m ドクター塩見の診断と処方箋 この句の銀蘭、というのは果たして植物ととっていいのかどうか。銀蘭が包装紙を配る、というのは、安西冬衛の「軍艦茉莉」の一行詩、たとえば秋刀魚が地下鉄を通ってやってくる、のような感じで、何か詩的なフレーズ。ただし、読者はたぶんここまでで充分。「包装紙」に「二大」とまでさらに謎をかけられると、難解句を通り越した別世界のような気がします。しかしあいかわらず独自の詠みっぷり。潔くて良いですね! 見つめられ見上げてみればえごの花 豊田ささお(70才以上,男) 栗の花で作るのはやはり難しいです。ご診断有難うございました。少し置いて又栗にチャレンジしてみます。今回は「エゴの花」でお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 「栗の花」ほんとうに難しいです。俳句にすると収まり過ぎぐらいに収まるので、冒険句はなかなか生まれない季語。逆にそれが面白いのですが。 さていただいた「えごの花」の句。「見つめられ見上げてみれば」というフレーズから、少し恋句の匂いがします。ですが「誰が」「誰に」見つめられている状況なのか、見つめられて「なぜ」見上げるのか、その辺り二点がちょっと見えにくいのです。余韻とか仄めかしとかでなく、純粋に言葉が足りない感じがします。「見つめられ見上げてみれば」というフレーズは鷹揚なリフレーンで句を大ぶりに見せますが、初っぱなにいきなり動詞から入ってくるパターンは短歌的。中下で言葉(意味上の)のスピードをあげないと、完結しない世界になります。この句では「えごの花」でスピードが替わればよいのですが、「えごの花」ではそのままの鷹揚な流れに与しています。下七七が欲しい展開です。 2007年5月24日 (1)竹の子のくるりくるりと剥かれけり えんや(70才以上,男) (2)水草に止まりて蛭の身は縮む 水田に泳ぐ、どの蛭も水草に当たるときは身が縮むのですね。宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 (2)そうなんですか!報告句っぽいのですが、ちょっと蛭のお茶目な部分も感じますね。子どもの頃、夏の川に遊びに行けば、かならず「蛭に気をつけろ」とおとなに注意されました。最近は見ない生き物の一つ。何せ町に住んでますから「蛭に気をつけろ」とか「蛇に気をつけろ」などよりも「車に気をつけろ」「知らない人に気をつけろ」と損なことばかり子どもたちに言ってます。蛭も郷愁をさそう言葉に変容しそうです。 (1)これはちょっと平凡かもしれません。言葉のリズムはよいのですが、やはりタケノコを剥くだけの世界に止まっています。くるりくるりもそんなにハッとするフレーズでないですから・・・。 (1)明日は明日葉桜揺れてイノヴェーション 北野元玄(60代,男) (2)葉桜を糸で操るイノヴェーション (1)は小生の作です。投げやりな気分の俳句です。(2)は若い友人が添削してくれたものを、少しだけ私が手をいれたものです。(2)では投げやりの気分はまったく感じられず、いろんな意味でずいぶん素敵な俳句になりました。とお思いになりませんか? ドクター塩見の診断と処方箋 (1)(2)では、断然に(1)が良いと思いますよ。ただし「イノヴェーション」をいずれも外した場合ですが。 「明日は明日葉桜揺れて」なんて、絶対素敵なフレーズです。「明日は明日」は投げやりと言うより、前向きなフレーズに感じます。それは「葉桜」という美しい季語のおかげ。前回もどこかで書きましたが、季語は現状世界の楽観的肯定ですからね。四季折々、生きていく中で素敵な物(油虫とか、颱風とかこまったものも含めて、)と自分との関わりを表してくれるから。そしてそれは、それらと付き合って生きている自分の確認でもあるかも。「葉桜を糸で操る」は従って「?」が多いフレーズです。それをしたところで何か楽しそうな感じはしない。葉桜一枚一枚の「明日は明日」、そしてそれを見る自分の「明日は明日」のほうが、ずっと俳句的な魅力を感じます。 というわけで、この句「イノベーション」がちょっとずれた方向だと感じます。ここ、お洒落に決めたいですね。あまり、飛ばなくても良いです。「明日は明日」のフレーズが既にかなり勢いがありますから! 川風や粽解く手のしなやかに しんい(女) 「笹粽」の推敲の句です、宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 川のそばでの笹粽ですね。せせらぎを聞きながら、ほのかに水の匂いのする風も来て。ああ、美味しそうな粽! さて、そこでなのですが「手のしなやかに」があまりにも安定している世界のだめを押しているようなフレーズなので、これを言わずに、この気分を出したいな、と思います。そこで、「川風=しなやか」のイメージを持って一気に飛躍してはどうでしょうか。たとえば、〈粽解く(解くということばから粽にかかる手や指を読者は想像します)手に川風を受けながら〉とか〈粽解く指に川風まといつつ〉とか〈指すこし川風となり粽解く〉とか。 いろいろできそうですね。推敲している間に気付いたのですが、これ「手」より「指」まで持っていった方が繊細になりそうですよ。 (1)栗の花社に赤シャツの一人ゐし 文の子(60代,男) (2)白シャツのオフィス赤シャツ一人ゐて 「白シャツや社に赤シャツの一人ゐし」を推敲しました。「白シャツ・・・」は会社を詠みました。ドクターに神社と読んで頂き成る程と思いました。 (3)都会っ子ジーパン穿いて神輿舁 「神田祭江戸っ子の子は都会の子」を推敲しました。宜しくお願い致します。 (4)麦の秋右手に金の腕時計 (5)つばくろや車窓(まど)を水田の流れゆき 宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)(2)では断然(1)が面白いです。(2)は白シャツ=職場、白シャツから逆への赤シャツ=坊ちゃんの赤シャツ的な男、と言葉の意味が限定されながら読み進めることになり、作者の敷いたレールに読者がのってしまう感じです。(1)はこの「赤シャツ」になにかセンチメンタルな同情心も発生しそう。甘臭い栗の花もよく効いているので、赤シャツに読者が同化していけそうです。 (3)ジーパン穿いてが、大手柄。ここまでくると都会っ子がうるさい。もう都会っ子とか現代っ子とか言わなくても充分ジーパンがその人全てを見せてくれそうです。 (4)これは難解句ですね。つまり、この句、どこに注目すべきか、仕掛けが多すぎるのです。たとえば麦秋の小麦色と、金色の対比を読むべきか、麦秋という一面の世界の中に一点の腕時計を対比して読むのか、あるいは、右手に腕時計を捲いているその非日常を読むのか。多様に読むと言うよりは、鑑賞の焦点を絞りにくい作りになっています。 (5)車窓から眺める外の景。雰囲気、よく分かって良いのですが「車窓」を「まど」と読ますのはやはり無理がありますね。 (1)帆船や母港に帰る五月晴れ 浅葉洋(70才以上,男) (2)風薫りわが子迎えし浦賀港 (3)日本丸夏潮ともにロマンのせ 市の記念行事の帆船パレードに参加のため、建造した浦賀港に錨を下ろした世界に誇る日本丸、海王丸の雄姿を見て詠みました。 宜しくご指導の程を。 ドクター塩見の診断と処方箋 おお!さぞ壮観でしょうね! 頂いた句では(2)が面白いです。関西に住んでいる僕にとっては「浦賀港」といえば、「ペリー来航」ぐらいのイメージ。薫風の中、だれかを迎えに行く、というところに浦賀港はちょっと新鮮。関西では誰かを迎える港は「舞鶴」という感じですから。(ちょっと古いかな?)。たとえば神戸港ならこれは誰かを送る旅のイメージになりそう。 (1)も気分は良いのですが、余りにもめでたすぎる感じです。「帰る」は言わずもがななので「帆船は母港に」でも充分言われることは伝わりますし。 (3)「ロマン」が言いたいことでしょうが、これはぐっとこらえて!「夏潮の日本丸」で充分ロマンチックです! (1)ゆりかごのやうに湧き出ず泉かな 小口泰與(60代,男) (2)雲の峰木々の隧道いろは坂 (3)弾けたる若葉青葉のいろは坂 (4)陶芸の菊練りまざと雲の峰 (5)光陰の華厳の滝の日の出かな (6街は初夏隠沼いよよ目覚めけり 「そぼ降りて庭に謳歌の牡丹かな」を「そぼ降りて庭を囃せる牡丹かな」と推敲してみました。よろしくご指導願います。 ドクター塩見の診断と処方箋 小口さんは、相変わらずの多作の方。すごいですね。見習いたいと思います。 さて、頂いた句ですが、寸評でお許し下さい。 (1)泉がゆりかごだ、という見方、面白いですね。「湧き出ず」では「湧き出ない」の意味となりますので「湧き出づ」(湧き出る、の意味)としたほうが良さそうですね。 (2)(3)、いろは坂は魅力的な地名。多作の小口さんなら「いろは坂48句」として、いっぱい作ってみても面白いかもしれません。(2)は「木々の隧道」、(3)は「弾けたる」がやや言葉の効きが甘く、観念的です。 (4)「まざと」が表現としては並。「陶芸の菊練り」と「雲の峰」は面白い取り合わせになりそうです。 (5)光陰と日の出がやや意味として重複しそうです。 (6)「目覚めたる隠沼」として「いよよ」は抑制して言わない方が良さそうです。 推敲された「庭を囃せる」はいい感じになってきました。こうなるとこんどは「そぼ降りて」の効きが甘くなっている気がしますが。 2007年5月23日 葵祭 比叡の借景 行列がゆく 拓人(50代,女) ドクター塩見の診断と処方箋 すごいまっすぐな句ですね。見せ場は「比叡が借景である」という見方。ただ、これはまだ葵祭を遠くから眺めているのでもう少し、近づいて面白いものを見つけてください。葵祭から比叡。あるいは葵祭から行列、はたぶん表現せずとも背景に読者が想像します。したがって、葵祭の中ではっとした意外な物、意外な光景で読者の心をくすぐりたいですね。たとえば行列の中でどんなものが心くすぐられたり意外でしたか。そうすると「行列の○○○○葵祭かな」「○○○○○葵祭りの行列に」などいろんなバリエーションが楽しめると思いますよ。あくまでこれは一例ですが。 鈴とひも定期につけていちょうの芽 穂波 今日(5/16)付けのコメント、ありがとうございました。5/10投稿分の句の題材のパン屋さんは、すぐ近所です。俳句を始めるまで、お店の前のベンチを大して気に掛けてはいませんでした。さて、「いちょうの芽」でまた作りました。歳時記で確認した「いちょうの芽」は載っていません。この言葉を季語として使っていいのでしょうか。もしいけないなら、「銀杏若葉パスケースには紐と鈴」にしようと思います。 ドクター塩見の診断と処方箋 個人的な好みでは、「銀杏若葉パスケースには紐と鈴」のほうを取りたいです。「定期」と固く言われるよりも「パスケース」という言い方に若々しさを感じます。持ち主は学生さんか新社員のようなフレッシュ感があります。銀杏の芽、季語にないんですか。確かに街路樹でありながらあまり丁寧に見ない物ですね。「いちょう若葉」は字余りですが、こちらのほうが読者が瞬時にイメージをおこしそう。いずれにしても「定期」(パスケース)に付いた「鈴」の音が軽やかに鳴っているようで気分の良い句。パン屋のベンチの句といい、ものの見方が素敵。穂波さん、好調ですね! 見本の田植えて散らばる棚田かな 智弘(30代,男) 宜しくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 面白い句ですね。まず、、見本の田を植える。そしてめいめいが棚田に散らばっていく、過疎の村なんでしょうか。棚田を貸し渡して、週末の農業体験に使っているのかしら。なんだか現代的です。かつて農家だった父の実家では棚田は畦の草取りに相当労力がかかる、と嘆いていたものでしたが、いまでは美観として愛されていますね。もっとも愛しているのは非農家。棚田を受け継いでおられる農家のご苦労に思いをはせる一句です。 ちびちゃんと呼ばれて夏に入りにけり 藤田 亜未(女) もう働き始めてから一ヶ月と2週間になりました。もうすぐ、暑い夏がやってきます。 ドクター塩見の診断と処方箋 頑張っているんですね!初給料はちゃんともらいましたか(笑)。僕は初月給何に使ったかな・・・。震災後の塩見家復興基金になったような・・・。実はあまり給料にそのころは執着がなくて、働いて世の中に参加していること自体が嬉しかった様な気が。いまではだんだん逆になってきている自分が悲しいのですが。 さて、頂いた句、職場のニックネーム「ちびちゃん」なんですね。下の説明があるので「ニックネーム」と分かりましたが、句だけでは、誰がどういう状況で呼ばれているのか、ちょっと見えない。(人間かペットか、その辺りからも見えない)なので「ちびちゃんはわたしのあだ名夏に入る」とか「ちびちゃんのあだ名のままに夏に入る」とか、ちょっと手がかりを入れておくことが得策です。 ゆうらりと風と遊ぶよ藤の花 三郎(70才以上,男) よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 今回、いくつか「藤」の句を頂いてますが、おおむね、風と藤の花の取り合わせ。つまり、藤の長い花房を見ると、どうしても風と取り合わせたくなる、それは自然なことなのでしょうね。いただいた句もそういう流れに乗っています。そうして見ると読者としては「ゆうらりと」というその風体の表現方法に新味を求めたくなるのですが、若干このオノマトペでは読者を揺さぶらない感じ。(風と「遊ぶ」という表現も工夫がありますが、これもちょっと手垢にまみれた詩的表現法と思います)厳しいですが、短い形式の俳句では、こういった世界はゴマンとあるので、そこをっどう突き破るか、表現者の腕の見せ所です。推敲の方法としては、まず「風」から離れる、あるいは「風」を使って堂々と勝負するならば「ゆうらり」「遊ぶ」という表現をどうするか、その二点のどちらかに絞られそうです。 ポンと打ち木の芽澄ましに浮かべけり 栗太郎(60代,男) 塩見先生はじめまして。ご指導宜しくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 はじめまして。昨今、ちょっと頂く句が多くなっていまして(ありがたいことです。感謝)お返事が遅くてスミマセン。 頂いた句、木の芽の香りをたたせるために手のひらにおいて「ポン」と打つんですね。そのあとに澄まし汁の最後のひと風味に浮かせる。そういう句ですね。おいしそう!「ポンと打つ」という出だしがちょっと謎かけの句みたいでユニークです。「ポン」はひらがなでもいっそう柔らかい感じでいいかもしれません。 競艇の銭もて払ふ生ビール 慈英(50代,男) ご指導宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 かつて、震災後、競艇場のそばに仮寓をしていたことがありまして、この景色は痛いほど分かる。むしろ僕なら「生ビール」でなく「缶ビール」としそうなぐらいです。ただ、俳句となると、「だからどうなんだろう」と、思います。「あぶく銭」と「ビールの泡」はちょっと掛詞的ですがそれ以上の感慨はない。「競艇場の生ビール」までは面白いと思いますが「銭もて払ふ」が言い過ぎたかと思われます。 (1)大輪のくくつと崩る牡丹かな 小口泰與(60代,男) (2)鈴蘭や轆轤まはりて風さやか (3)青芝を踏みし蹠や空青し 昨日ご指導頂きました「川筋に乗りて毛鉤や辛夷咲く」を「川筋に乗りて毛鉤や草若葉」と推敲してみましたが、ご指導いただければ幸甚に存じます。よろしくご指導願います。 ドクター塩見の診断と処方箋 (2)が雰囲気ありますね。鈴蘭と回る轆轤(ろくろ)の取り合わせはちょっと意外で魅力。「風さやか」はそのいい雰囲気の俳句にはもう不要。上中だけの世界に入ろうとする読者の障壁になりそうなので、これを省く方向に推敲すると、もっとシンプルで良い句になりそうです。シンプルイズベストです! (1)「くくつ」というのはオノマトペ(擬音語)ですよね。そうなると「くくつと崩る」の「K」音の響きがやや硬質なので大輪の牡丹の鷹揚さとはちょっと齟齬を来している感じです。「くくつと崩れ」という表現は魅力的ですが。 (3)「青芝」の青と「空の青」の青。同じ青という色でもそれは違う、ということの発見はやや理知に働いたか。「踏みし蹠や」というところに焦点を当てた後の空青し、というのもちょっとごたごた感を感じさせます。この句は「空青し」を変えたいところ。 さて頂いた毛鉤の句、毛鉤をウイニングショットに持っていきたいですね。たとえば「草若葉いま川筋に乗る毛鉤」とか。そうすると毛鉤がずっとクローズアップされる表現になりそうです。 (1)苗木植う二部授業せし校舎跡 文の子(60代,男) (2)田が旧の字になる田植都会の子 (3)人(しと)と言ふ人(ひと)ゐて神田祭かな 宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)が気配良好。現在に苗木を植える景、それはそのかみの二部授業の校舎跡。今では死語となった苦学生の匂いも少しします。この校舎も木造で、そこで習った昔の腕白ぼうずが、今、その地区の顔ききさんとなって苗木を植えている。そんな様子が目に浮かんできて、叙情的です。 (2)はやや説明的かもしれません。「田という字も古い時代の言葉になってしまう、そんな時代の都会の子の田植え体験」の一こま、ですね。「田が旧の字になる」という把握がやや理屈っぽいのです。 (3)も言いたいことがよくわかります。江戸っ子は「ヒゲ」も「しげ」になる。そんな言葉の一つを神田祭りで見つけているのですね。前回よりちょっと迫った感じですが「しとと言ふ人ゐて」はまだその発話者のイメージが古き頑固な江戸っ子爺さん、というステレオタイプから抜け切れていないようです。 (1)あぢさゐの奪ひ合ひたり空の色 しんい(女) (2)短夜や漁火ほのと旅枕 宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 どちらの句も派手さはないですが、とてもいい味を出していますね! (2)は素敵ですね。僕は氷見あるいは津軽海峡などでこの景を体験したので実感。「ほの」というオノマトペがほんとうにしっとりとしています。短夜であるのもまたひとしおの旅情。 (1)紫陽花のそれぞれの色は空の色を奪い合っているのだ、という見立。素敵ですね。今年の夏、紫陽花を見てほんとうにそうなのか、ちょっと紫陽花に話しかけたくなる句です。紫陽花というとしとりとした句が多い中で、この句はやや紫陽花の自己主張を聞くようで意外です。 (1)手直しのセルのスーツに風やさし 藤井茂子(60代,女) (2)広島市中区光南凪時雨 (3)遠雷や朝刊めくる音止まり ドクター塩見の診断と処方箋 (1)「風やさし」のおさめ方がちょっと甘い抒情に流れがちですが、手直しのスーツの愛着感が感じられる佳句。 (2)が素敵ですねえ。漢字ばかり並べて、しかも地名で。広島という場所もどうしても真夏の印象が強い街ですが、「凪時雨」という雰囲気で「中区光南」という地名がぐっと具体的に見えそうな感じ。 (3)日常のふとした心の揺らぎ。「遠雷」という季語はそのきっかけを作ってくれやすい季語ですね。朝刊をめくる手を止める、以外にももっといろいろと応用が利きそうです。もちろん、この句もその発見は魅力です。 心ある火を描き込む風車 裸時(30代,男) 「火の景色描き込んでる風車」を推敲してみました。(^^ ドクター塩見の診断と処方箋 以前頂いたものより随分と、柔らかい感じになりましたが「心ある火」というのがもうひとつ見えてこない。「心ある」という形容をもうすこし見えやすい方向に持っていってみてはいかがでしょうか。普遍性を勝ち取る方向に持っていければ、この句は買いですよ! 2007年5月22日 (1)ワンダフルと横文字はずみ賀茂祭 遊雲(70才以上,男) (2)加茂街道日の斑のゆらぐ葵かな 今日15日は葵祭りでした。華やかさは祇園祭ですが、新緑の葵もいいもんです。本当は「wonderful」としたい気持ちです。 ドクター塩見の診断と処方箋 葵祭。いいですね。古典的な世界でいえば「祭」といえば「葵祭」。僕も一度見てみたいです。 頂いた句、(2)がしっとりとしていて、「祭」とは言わない距離感で祭の匂いを少し出しているところが素敵です。 (1)昨今は外国からの観光客も多いのですね。「ワンダフルと横文字はずむ」はやや、言いたいことがストレートすぎるので、もう少し抑制したいところです。「ワンダフル」は言いたいことの最も中心な言葉でしょうが、実はこの言葉を一番言わない方が俳句としてはぐっと引き立ってきそうです。 (1)もの捨てて窓開け放つ若葉風 彩貴(女) (2)跳び箱は大の苦手や心太 ふと昔を思い出しました。よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 どちらも素敵な句ですね!句会で見たら両方とも頂きそうです! (1)は、えいやっと今まで捨てることに逡巡していたものを一層、身軽になった体。この季節は気分一新、新しい生き方に飛び込んでいく季節。そうそう、「草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」と言って、芭蕉さんが「住めるかた」まで、捨てるように人に譲っておくのほそ道の旅に出たのは旧暦3月27日。今の暦で言うと5月16日。 (2)この句も面白い。苦手の跳び箱の授業があった日、家に帰ってちょっとシュンとなりながらも、負けず嫌いのへらず口で、「跳び箱なんかできなくても・・・」といいながらのおやつの心太。跳び箱は鈍くさくても、心太はつるんと、口に飛び込んできています! (1)介護とて故郷(くに)へ退く友短夜や 文の子(60代,男) 5/14、15のご診断有難うございました。業平橋の句をお褒め頂き自信になりました。その他の句を推敲しましたので宜しくお願い致します。元句「短夜や友故郷に帰るてふ」は「この下に七七をつけたくなりそう」とご指摘頂き成る程と思いました。 (2)吾が影の歩幅になりし街薄暑 元句「吾が影の歩幅に揃ふ薄暑かな」を掲句にしました。 (3)麦秋やあめを求めて愛宕山 元句「麦秋や愛宕山なほ薄緑」は「光秀の匂いはまったくしない」と承り掲句にしました。 (4)湖とほく諏訪の浮き城花の上 浮き城と言われた高島城は移築されたので、「移されて諏訪の浮き城花の上」と詠みましたが、説明っぽいので掲句にしました。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)句がでもだんだんすっきりしてきていますが「とて」がまだ説明的かもしれません。ここまできたら俳句という短い形式を利用してもっと大胆な省略が成立しそうです。 短夜や友は介護に故郷(くに)に退く などあっさりと詠まれるのもいいでしょう。しかし「介護」という言葉、現代社会ではとても重いキーワードですね。「介護」をテーマに、する側される側、多くの句が詠まれる時代かもしれません。 (2)吾が影の歩幅になっている物が、一体なんなのか、ちょっとこれでは見えにくい作りです。吾が影の歩幅の○○○街薄暑、とすればすっきりしそうです。 (3)「ときは今あめがしたしる五月かな」の光秀を下敷きにしたとすると「あめ」は漢字の方が良さそうですね。おみやげの「飴」があるのかな、と思いますから。でもそう詠ますのも、逆に俗な俳諧味がでそうかも・・・。 (4)これはすっきりいたしました!リズムも良く、景もはっきり。文の子さんは推敲の技術が高く、原句を直す方向がほとんどぶれない。これはとても見習いたいです。 子よ育て葉のみになりしチューリップ 岡野 直樹(40代,男) 花が終わって、球根を育てるために、花壇のチューリップを残しています。(夏の花の種を播くために、早く片づけたいと思いつつ。)何か俳句に出来ないかと思ったのですが。よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 気分がよくわかる句。「子よ育て」という祈願文に似た形がはっきりと作者の思いを述べているから。でもこの「子」、実は、チューリップの球根のことなんですね。それを見る人間と、相似的な思いを示しているところが愉快です。さて「花は葉に」という季語があるのですが、それは一般的に葉桜を連想させる初夏の季語。葉だけになったチューリップ、はいったいいつの季節だろう、と考えます。たとえば「チューリップ」という季語はチューリップがチューリップとして一番美しい時、即ち花開く時をイメージさせる季語ですよね。つまり、季語って、「現実の全面肯定」で成り立っている言葉なのです。従って有季定型の俳句というのは基本は楽観的です。「葉のみになりしチューリップ」は、ちょっと季語というには難しいかもしれません。 (1)パンドラの箱を開けたね聖五月 豊田ささお(70才以上,男) おっしゃるとおり、私は俳句より川柳向きかなと自分をほめたり?けなしたりしながらの今日この頃であります。名句に出会うとそのとおりと感嘆したきりで終わってしまうのですね。 (2)ジュンサイを啜れば池にひとだかり 松蝉と草刈機への処方箋有難うございました。草刈機も季語だったんですね。ジュンサイが池にはびこる季節です。これが増えすぎて困るという贅沢な公園の話ですが、ジュンサイ間引きの一こま・・これだけ説明する気になるというのは、駄句の証明? ドクター塩見の診断と処方箋 実は、僕こそ、結構川柳むきかと最近思い始めています。 (1)面白いですね。「パンドラの箱を開けたね」と悪魔的な何者かが背後でささやく感じ。これは「聖五月」でもひとつの世界ですが、もっと意外な季語で、あっと笑えるような句になりそう。ご推敲を期待しています。 (2)ご説明を頂いてなるほど、と理解いたしました。「ジュンサイを啜る」ことと「池に人だかり」することを「〜すれば」という因果関係で結びつけておられるので句だけではやはり読者が理解するのは難しそうですね。 夏の墓コロコロ転がるコーヒー缶 裸時(30代,男) ドクター塩見の診断と処方箋 !今回の句はとてもよく分かる!そして気配も良い!まずなんと言っても「コ」の字のリズム!「夏の墓」なので、きっと若くして亡くなった友人の仲間がお供えに置いたコーヒー缶かな。それでも充分、感傷的な良い世界です。季語をもう少しシンプルにすれば(「墓」という語が意味を持ちすぎている)裸時さんごのみの不条理なユーモアにも持っていけそうですよ。これは、句会で見たら買い、です! 2007年5月21日 (1)蝦夷へ発つ女白皙麻衣 えんや(70才以上,男) (2)母の日の父母睦ましき遺影かな (3)母の日や小さき手足は母譲り 11日ご診断頂きました、ありんこの・・潜く、は、かずくと詠んだのですが?如何でしょうか。三句宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 かずく、と読むんですか。なるほど、勉強になりました。しかし、並の漢和辞典では出てこないですね。えんやさんの句は大漢和辞典が必要です(汗)。 (1)「白皙(はくせき)」、と読むんですね。女性の肌の白さ、麻衣の白さ、どちらにもかかっているの感じですが、そのどちらも白さで表現するのはやや平凡かと思います。「蝦夷」と「いうのも古めかしいので、気品のある色白の女性のすっきりした旅をイメージさせてもらった方が、読者としては心地よさそうです。こういう句は頑張った割には報われない句かもしれません。 (2)「睦ましき」(「睦まじき」の方が一般的な送りがな)は少し言い過ぎています。これをもう少しさりげない言葉にしませんか。どういう状況が睦まじい状況として写真に収められているのか、その徹底的な動作、ポーズの描写が欲しいです。「母の日」という人事的な季語に「両親の遺影」とこれまた人事的な物を配していますので、並の言い方では読者は通り過ぎてしまう句になります。作者の思いが報われないです。 (3)おもしろいですね。これは「母の日」という季語でお作りの句ですが、違う季語でもっと素敵な句になりそう。現状は「母の日」と「母譲り」でやや意味の膠着が見られます。 (1)鯉のぼり委ねる風を綾なして しんい(女) (2)どんたくの耳朶に残れる杓文字の音 宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)風に身を任せる鯉幟が、いつの間にか風に綾なし、融合しているのですね。僕なら「綾なして風に溶けだす鯉のぼり」という感じまで言いそうです。「綾なす」というフレーズがお洒落でいい感じ。ただ、やはり鯉のぼりと風の取り合わせは、良くあるパターンなので、どれだけその他のところで新しい見方を出せるか。難しいですね。 (2)「どんたく」に行かれたのですかね。旅吟、その興奮を感じます。ぼくは行ったことないのですがさぞかしにぎやかな「しゃもじ」なのでしょうね。「耳朶に残れる」は少し、明快に説明しているので、この感動興奮を、少しずつ推敲して作品に仕上げてください。 (1)ぼうたんの蘂輝かし狐雨 小口泰與(60代,男) (2)黄牡丹を褒めて過ぐ人仏蘭西人 (3)新緑やもち月浮かす信濃川 (4)はんなりと白薔薇咲きし朝ぼらけ (5)懈怠たる午後の事務所や雉の声 (6)たまゆらの香り流れし牡丹かな よろしくご指導願います。 ドクター塩見の診断と処方箋 たくさん頂いてます。寸評でお許し下さい。 (1)(2)がおもしろくなりそうです。 (1)は提示の順をかえて、最後にぼうたんの「蘂」に焦点が集約するようにしたいところです。 (2)は「過ぐ人仏蘭西人」がややだぶっている感じ。「褒めて」というのも少し言いすぎです。しかし「黄牡丹」と「仏蘭西の人」の取り合わせは魅力です。 (3)新緑・望月・信濃川、三題噺になっています。 (4)平凡。白薔薇がちょっと魅力ですが、あまりにも収まりすぎています。 (5)「懈怠たる」が言い切ってしまった。「事務所に雉の声」は魅力ですが。 (6)全体的に雅語に凭れたつくりで、新味にとぼしい。現代に生きる実感がもう一つ伝わってこない。 (1)剃り跡の青き五月の修行僧 せいち(60代,男) (2)小刀で削る鉛筆麦の秋 よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 頂いた2句とも、見どころ充分と思います。 (1)いかにも清々しい気分を見せる、修行僧の頭。きっと目元も涼しい青年僧、ですね。初夏の風に法衣を翻しつつ、境内を闊歩する。その足取りまで見えてきそうな佳句。 (2)剃刀の次は小刀。これも取り合わせとして「麦秋」がよく効いている。「小刀で」削った鉛筆の先のちょっとしたでこぼこ感の、その陰翳と質感が麦秋の空気とほんとうによく合いますね。 雨上がり下萌え背伸び大あくび 田舎のねずみ(50代,女) 散歩しててそんな光景に見えました。 ドクター塩見の診断と処方箋 気分のくつろぎがとてもよく分かります。さて、そのくつろぎをどう表現するか、そこが問題。まず、季語では「下萌え」と「あくび」どちらも春の季語です。どうしますかね。別段季語がふたつあろうと、成立すればそれで良いと思うのですが、現実はなかなかうまくいかないようです。頂いた句も、「雨上がり」「下萌え」「背伸び」「おおあくび」どれもくつろぐ穏やかな言葉なので、全体的に単調になっています。「雨上がりの大あくび」ぐらいにとどめる。「下も絵の中で自分も背伸び」という句に仕立てる。そして、それぞれ、少し屈折する質の違う言葉を見つけてみてください。2句作れそうです。 水の星うしろのしょうめんだあーれ 遅足(60代,男) ヘンな句が出来てしまいました。直ちにゴミ箱に捨てる句なのか?あるいは、どこか見どころがあるのか?無責任な診断のお願いで、申し訳ありません。 ドクター塩見の診断と処方箋 このままでは、正直、厳しいとは思いますが、「うしろのしょうめんだあれ」は面白く作れば面白くなりそうです。「水の星」がやや観念的世界なので、もう少し、この気配をはっきりと見せる具象の季語を置きたいところです。(たとえば「短夜の」などの抽象的な季語でもうまくいきそうですが、それはよくある手、なのであえて具象でイメージしたいですね。たぶん苦しみそうですが、苦しんで良い句をひねり出すのも俳句の楽しみです) (1)筍のあくを抜かずにやもめ汁 希妙(50代,男) (2)風神のため息に揺れ黒揚羽 (3)初なるに馬舎吹く春風懐かしき (4)足一本穴を探れる春の蛸 (5)もとアナゴ今アスパラガスと生りにけり 最後の句は輪廻をイメージして作りましたが・・・よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 たくさん頂いたので寸評でお許し下さい。 (4)が景が見えて面白いです。ただし、春の蛸、はけっこう冒険。蛸と言えば夏の季語!でも春ののどやかな空気のユーモラスな蛸が見えそう。 (1)寂しすぎる。 (2)ちょっと詩的。 (3)懐かしき、が言い覆せた感じ。もう少し抑制したい。 (5)このパターンは難しいですね。読者が他の語を代入してもいけそう、あるいは違和感がある、と思ってしまうとそこでチョン、と読みを打ち切られてしまう句。この句は残念ながらその二つのうちの後者。「長い物繋がり」の連想かな、とは思いましたが・・・。 (1)不意討ちの吉報胸に草を引く 藤井茂子(60代,女) (2)更衣観光バスに手を振りぬ ドクター塩見の診断と処方箋 (2)がとてもいい感じ!更衣の季節、ちょうど修学旅行なども多いんですね。観光バスに乗っている学生さんに手を振る宿の女将、と想像しても良いし、たまたま通りかかった観光バスに知り合いがいた場面、と読んでも良い。不思議と、車内から車窓の景として、手を振る人を眺めるような読み方になる。「手を振りぬ」というフレーズから、実際は観光バスを外から眺める世界なのに。だまし絵のような面白い俳句です。 (1)吉報にも不意打ちがある、という言い方が面白い。声を上げて万歳したいぐらいをぐっと抑えて草を抜く。なんだか古き良き家庭の母親像を見ます。もっとも母でなくてもよいのでしょうが、こういう時でも日常のことをコツコツするのはやっぱり母なんですよね。 (1)井戸の底まじの風吹く色抜ける 裸時(30代,男) 今日はゲームが壊れてショボンです(;; (2)筐体の胸に触るは独活の山 ゲームの箱です。 ドクター塩見の診断と処方箋 これ、すごいですよね。下の説明?を読ませていただいても、分からない。(1)の方が分かりそうと思って、何度読んでも分かりません。独自の世界、というもののすごさを感じます。 2007年5月20日 自転車の妻に追い漕ぐ春の宵 きなこ(50代,男) よろしくご診断下さい。 ドクター塩見の診断と処方箋 「妻に追い漕ぐ」が難解な文脈。妻を追って自転車を漕ぐということであれば、「に」は「を」に変えないとちょっと意味が通らない感じです。もっともこの通らない感じも悪くはないのですが、この句では「自転車の妻を、自転車の自分が追って漕いでいる」のか「先に歩いていった妻を自転車の自分が追っている」のか、はたまた「自転車の妻の後ろから春の闇が迫っている」のか、多様な読みというよりは表現上の問題で見えない部分が多いのが気になるのです。 新入りの子の名は心ソ−ダ水 さくら(女) 心さんは習字教室の仲間になりました。さわやかな子です。宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 心さん、ですか。今は「〜郎」とか「〜子」という名前の方が見つけにくい世の中ですね。僕にも知り合いで、男にも女にも「心」さんがいます。この句は女性の名前かな、と思いましたが。(ソーダ水がそう読ませるのかもしれません)サ行(新入りの「し」、ソーダ水の「そ、す」)の上下の中に、カ行(子、心)の音が響いて、乾いた軽やかなリズムの句になっているので、声に出して読んでみるととても気持ちの良い句ですね。ご説明を読まずとも、好感の持てる心さんをイメージできました! 晩年に入る玉葱の根の浅し 毬藻子(女) 12センチの靴の句の評、ありがとうございます。高田敏子さんの詩もご紹介いただいて大変嬉しいでした(*^^)v ドクター塩見の診断と処方箋 こんどは「晩年」!毬藻子さんの芸風の広さに思わず吃驚。この句も良いですね!晩年とたまねぎの取り合わせが意外性あっていい。玉葱の描写もその根にまで視点が及んでいるところが面白い!晩年に入ったことを自覚する人物が玉葱の豊満な球根の下に続くちょろっとした根先に観想(人生の諦観)を見ている、哲学的な句として読んでも深い味わいがあります。 先生に叱られちゃっただんご虫 玉白石(50代,男) 毎日、小学生と暮らしているとこんな句ばかりになってしまいます。無季ですが、よろしくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 団子虫、たしかに季語ではないのですが、僕には春のイメージが。たしかにあの丸まり方は幼子の叱られたときのしぐさの雰囲気。それを「近い」とするか、どうか、が読み手の判断ですが。頂いた句は「叱られちゃった」という言い回しが、「叱られた後」の子が、うつむいて団子虫をいじりながらしゃがみ込む姿勢をきっちりと言い表しているので余韻は感じられます。僕は買い、です。 掃除機のコードもぞもぞ昭和の日 穂波 あまり時間をかけずに出来た句です。自分でもよく分かりませんが、妙に気になるので、投句させていただきます。ご指導お願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 時間をかけずにでき、なおかつ気になる句は「会心作」かもしれませんよ。頂いた句僕にとっては抜群です。今年から「昭和の日」が発足して論議を呼んでいますが。このナンセンスと日常の境界線のような句、印象的です。今の掃除機はどうなんだろう?コードレスとかもあるようですが、昔、家にあった掃除機は古くなって、コードの巻き取り、最初は「シュルシュルッ!」といくのですが、最後の後少しが「もぞもぞ」として、手で押し込まなくてはいけないものでした。文明の利器にもそれぞれに「癖」のあった昭和、でしたね。 (1)畦塗りや転んだ子どもまず笑い 豊田ささお(70才以上,男) いつも暖かきご指導を頂き深謝します。栗の花からちょっと離れてみました。国 営公園(国土交通省がらみ)で里山教室というのをやっていまして、そのひとこまです。でもボランティアもむつかしいですなぁ・・ (2)緑陰や山人(ど)らロープでターザンに ぽかぽか陽気で、仕事がいやになります。雑木林クラブでは、ロープを握ったら皆ターザンのようにぶら下がって遊んでいました。 ドクター塩見の診断と処方箋 健康的な句が並んでいます。都会暮らしの僕にとっては羨ましい。さて頂いた句ですが、 (1)畦塗りを楽しむ子どもにほほえましい思いがしました。里山教室ですか。いいですねえ。「まず笑い」が分かりやすくしすぎているのでここを工夫したいところです。かつて中学生に俳句を教えていたとき、スキー教室から帰ってきた子がスキーとは何度やってもおもしろいという句を作りました。これでは「おもしろい」が説明だよ、と言うと次の日にスキーとは何度やってももう一度と改案してきました。この句も、 畦塗りや子は転んでも転んでも としても楽しそうな子どもが伝わってきそうです。 (2)これも「山人は」「ロープで」「ターザンに」という一連の提示が説明的です。従って緑陰からいっぺんにターザンに飛躍して良いと思いますよ。 2007年5月19日 (1)若葉かな鍛えてここに投句して 菊美(60代,女) 朝はどこから ラジオからの歌声に目覚め、さー今日も、フアンはつい言葉が出てしまいますが?10代のゆうすけくん(ゆうちゃんね)さすが教え子さん、負けます。 頑張ろう!若葉かな、、、、でてきたままです。 (2)母の日や探した幸せ今日もあり いつもお世話になります。塩見先生と、次女が同年でした。昨夜来た娘二人と、お若い先生よ!と話しが弾みました。父の日といつしょにと、ジョギングシューズ、プレゼントです。亡き母に感謝しながら、幸せ感じてます。 (3)季語探し芭蕉巻葉すこやかに 昨日植物園の芭蕉見てたら、季語の芭蕉巻葉はどれでしょう?とお尋ねの方あり、警備の方もこれかな?と見てたんですが、句会?と耳に聞こえ、ついお声がけ、始めての方(神戸〜、)芭蕉巻葉 初夏の季語だそうで、宿題でどんな葉か、見に来たとでした。ご夫婦で仲良くカメラに収めておられました。私も季語始めて知りました。鮮やかな緑、嬰児のような巻葉、これからと感じました。 ドクター塩見の診断と処方箋 弾むような、草原の子馬のような文体のお便り!楽しいです。こちらこそありがとうございます。 (1)どんどん鍛えてください。「若葉」の季語がよく効いていてフレッシュなお心持ちとご推察いたします。 (2)お手紙が楽しい!お手紙を含めての作品ですね!歌物語ならぬ「俳句物語」でした! (3)「玉巻く芭蕉」なんていう言い方がありますね!菊美さまの俳句を見ると、作品を追究するのとはまた違った、生活の一部としての俳句の楽しさを感じます。 試着室出て新緑の石畳 慈英(50代,男) ご指導宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 これ、気持ちの良い句ですね。僕も「試着室」という言葉は以前から気になっていて、何とか句にしたいなあ、と思っていたのです。「新緑」はばっちりの季語だと思います!さて試着室で試した服を買ったのかどうなのか、おそらく「新緑の石畳」、店内から戸外へ出たのでしょう。爽やかな季語のもと、お気に入りの服を紙袋に詰めてさっそうと歩く作中人物を想像。石畳に響く跫音も軽い音を響かせています! (1)草の名を聞いて忘れて立夏かな きなこ(50代,男) (2)限りなく峪渡る風夏立ちぬ 塩見先生、はじめまして。よろしくご診断下さい。 ドクター塩見の診断と処方箋 はじめまして。よろしくお願いします! お気に入りは断然(1)。実に俳句のリズムを生かして、テンポあるリズムで仕上がっています。僕も草の何は疎いのですが「草」としか認識できない物の名をせっかく「聞いて」いたのに「忘れて」しまう。それは夏の清々しく青々と世界が目の前にどんどん広がっていくから。「聞いて忘れて」というフレーズがスピード感あって抜群です! (2)はやや平凡。「限りなく」というフレーズが曖昧「峪渡る風」も漢字を多少工夫しても、あまり新鮮味が少ない言い回しです。 (1)畦の底まず撫できって田植かな 学(50代,男) (2)さみどりの底に泉のありにけり (3)這い松の海に向ひて春野かな (4)残雪や山は大きく崩れをり (5)残雪を踏み分け行けば糞の痕 (6)去りたくないのだ一月の鷹の目 ご教示を。 ドクター塩見の診断と処方箋 (2)がきれいな世界。泉を詠んでくれる句はここでは断然ひいきします(笑)。冗談はさておき、泉の清澄な雰囲気と「さみどり」は合いすぎるぐらい合いますね! (1)は全体的に意味が停滞している感じ「撫できって」というところが工夫の処でしょうがもう一つ読者に響かない。 (3)這い松が海を恋うているのでしょうか?しかし松と言われるとどうしても「白砂青松」のイメージがあるので海辺の句だ、とばかり思っていると、この句、場所は春野なんですね。ちょっと混乱しそうです。 (4)「や」と「をり」で二段切れの匂いが。ぶつぶつ切れている感じで違和感があります。 (5)この糞にもう少し「人格」があればいいのですが・・・。これでは単に「糞」なので、親近感が持てません。 (6)大胆なフレーズで目を引きますが、ちょっと情が先行してるため、読者が意味を掴み切れません。「一月の鷹の目」は他の月とどう違うのか。鷹は去りたくないのだ、と言っているのは、何から?誰に?いろいろ謎があります。もう少し手がかりを作りたい。ちなみに鷹は冬の季語ですので、あえてそれに「一月の」と限定することは、かなり意味を持たせることになります。 (1)栗の花百鬼夜行は親父譲り 北野元玄(60代,男) (2)怪脳波眠りの底に栗の花 ちょうど一年前「若き日の悩みもありし栗花の香」とか「近寄れば栗花や若き日の悔恨」などを作って早瀬ドクターに診て貰っておりました(18/6/15本欄)。一年間で進歩したのか毒されたのか(!?)。今では小生もずいぶん船団的になったものだと一種の感慨があります。ブランコ+デジャブについては、もうしばらく推敲の時間を下さい。 ドクター塩見の診断と処方箋 「若き日の悩みもありし栗花の香」、「近寄れば栗花や若き日の悔恨」、いずれも文学的雰囲気を漂わせていますね。一方で今回頂いた句は、ちょっと一つ一つの言葉が暴れすぎている気がします。たとえば「百鬼夜行」たとえば「怪脳波」。おどろおどろしい言葉ですが、それがもう一つ、読者に新しいイメージとして伝わってこない。独善の領域にはまったようです。意外性と独善は紙一重ですが、意外性とは案外身近な生活の紙一重の処にころがっているもの。難解な言葉で暴れ回るよりも見方一つで随分世界が変わる、と思いますよ。船団的な俳句は、この見方の意外性に真価を発揮しているのであって、取り合わせが開く意外性というのもその一つだと思います。だから、新奇な言葉とかそういうので俳句を作る、ということはあくまで二次的なものだと思いますよ。たとえば、過去の「若き日の悩みもありし栗花の香」の句。「若い日に悩む」のは普通。そこで「若き日の悩み○○○○栗花の香」の○の部分に若き日の悩みがどんな変化をして現在に至っているか、などをしめして意外性を作り出す。そのさい、栗の花がうまく生きるような展開にしてはどうでしょうか。 (1)一点がツバメと分る空青し 釜井 公子(70才以上,女) (2)とろり鳴く蛙に夜が止まりけり ご指導、よろしくお願い申し上げます。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)が毅然としていてきれいですね。ただし、この句の提示の仕方だと、空の青さ、に句の主眼があります。しかし表現としては「一点がツバメと分かる」というツバメの把握が素敵でもあるのでこれは提示順序を工夫したいですね。 (2)蛙の声を「とろり鳴く」ととらえるのは幻想的で面白いですね。僕自身としてはちょっと無理があるかな、とも思うのですが、好きだ、という人は必ずいそうです。「夜が止まりけり」がちょっと取って付けたようでもったいない。「夜」という時間帯は魅力ですから「止まりけり」をもう一工夫したいところです! (1)河馬と驢馬となり同士のおり五月 ポリ(50代,女) (2)日傘開くうっすらかびのにおいけり 句を「試して」くださったそうで、ありがとうございました。今回もよろしくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 左手で右の耳をかく、の句、愉快でした。さて、 (1)一文字違いで大違い!という感じですね。しかしカバとロバはお互いの名前を知らなくても隣同士で仲良し。5月の爽快な気分がそう読ませてくれます。 (2)うーん、これは久々に出した日傘、ということですね。やや報告句、という感じです。俳句で読まれている以上の何かが伝わってくると良いのですが。 (1)西側のブラインドより降ろす夏 藤井茂子(60代,女) (2)老鴬やくねくね登る墓目指す (3)蚕豆やすり足続く茶懐石 何時もご指導感謝致しております。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)がなんだか雅です。夏の句ですがなんとなく、源氏物語の若紫(小柴垣のもと)を思わせました(これは晩春でした・・・)。西側のブラインド、西日を避けてのものでしょうが、「なやましげなる尼」が持仏を据えて読経する部屋(仏間は西面にありますね!)を光源氏が見ていた場面。御簾を下ろさなかったことを恥じる尼の奥ゆかしさをふと、想起。 (2)くねくね登る、というフレーズが山中の墓地をイメージさせます。落ち着いた心持ちの墓参。 (3)「茶懐石」の摺り足に注目されているのは面白いですが、それに目がいくぶんだけ、「蚕豆や」という感動がもう一つ伝わってこないのが難。 2007年5月18日 (1)明朗な五月の森の鳥の声 未知(50代,男) (2)七月の川の流れの血気かな (3)言の葉の隅にマッチを擦れば野火 (4)目を閉じれば空しならせて鳥帰る (5)五月雨や蕎麦打ってゐる測量士 (6)葱坊主叩けば締まる竹の箍 ご教示を。 ドクター塩見の診断と処方箋 たくさん頂きました。いつもの如く寸評でお許しを。 (1)明朗、五月の森、鳥の声、すべてが清々しい言葉で、こうなると平凡。どこかに屈折(対義語、ということではない)がほしいところです。 (2)「血気」が難解。七月の川の勢いを言うのであれば、ちょっと無理がありそう。 (3)面白い!「野火」が大げさ。実際の景なら山火事で危ない危ない!というところですが、言葉のやりとりの中でうまく立ち回りできない不器用な男の黙り煙草の一瞬の心情という風に読めば滑稽! (6)これも中下はユニークですが「葱坊主」がちょっと突飛か。 (4)(5)は既に頂いている句ですね。別項をご覧下さい。 (1)三州のいぶし瓦や若葉光 玉白石(50代,男) (2)御持たせのぬれ甘なっと若葉雨 「ぬれ甘なっと」は商品名です。よろしくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)また勉強になりました。僕が普通「瓦」と思っているものも正式には「燻(いぶ)し瓦」と言うのですね!あの瓦の渋い黒が反射する光、そしてそれが瓦の上にある枝の若葉光なのだとしたら・・・。きれいな世界ですね。三州というのも無理なく決まっている!これは間違いなく、挨拶句としては素敵です! (2)雨の季節も「若葉雨」と言われるとちょっと風情。そしてそんな雨の中で「ぬれ甘なっと」がおみやげだとしたら、という句ですね。これもちょっと笑える軽い句。しかし、ぬれ甘なっと、どんな味がするんでしょうね。ちょっとそっちに興味が移りそうです(笑)。 (1)梔子や少し手前で足を止め うさぎ (2) 蜜蜂のふわふわ潜りし藤の棚 フロリダの家には梔子の生垣、藤棚などがありました。今頃は咲いてる頃だと、懐かしく、俳句にしました(1年前にインデアナに越してきました)。 ドクター塩見の診断と処方箋 へえ、そうなんですか。アメリカにも梔子や藤棚、あるんですね!日本から出ない僕にとってはうさぎさんの話は思わず興味津々。さて、 (1)頂いたご報告から見ると、「家の少し手前で足を止めた」という意味でしょうか。句からは梔子の木の少し手前で歩を止めた、というふうに読まれそうです。(「や」で切って読むのが普通ですが、そうなると何の手前で足を止めているのか、手がかりがありません・・・。)どう推敲しましょうかね。たとえば、僕なら、こうするかな。(ここからはあくまで一例。僕の推敲がいいとは限りません・・・。)「梔子の植えてある家」を「梔子の家」などの省略した言い方を使うのも手。「手前」ということばが面白いので、これも生かしたい。推敲すると、 梔子の家の手前に足を止め まあ、なんとなく言いたいことの形になった。しかし、これでは説明っぽい。とくに「足を止め」、ここを何とかしたい。オーバーに言ってみよう。 梔子の家の手前は行き止まり なんだか「行き止まり」ではさえないな。同じ足を止めるにしても、もう少し、くつろぎたい。家が自分の家でなく訪ねる家にしよう。 目印は家の手前の梔子で と結局「足を止め」を消していく方向に推敲していきます。本来言いたいことからちょっとずつずれていく、これが推敲の面白さの一つかもしれません。そうなることで自分から出てくる物の不思議さ、を感じていきます。 (2)も気分はわかります。ただし、蜜蜂、藤棚、いずれも立派な春の季語。どちらかを主役にして2句作ってください。それにしても藤って最盛期にはほんとうに蜂が一杯。これは日本もアメリカも一緒ですね! (1)ペーパーのかぶとで伏し目がちでいい 汽白(40代,男) (2)夏みかんさびしい和式大便器 塩見ドクター、こんにちは。よろしくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 汽白さんも、このコーナーでは常連。楽しい俳句に期待してます! (1)不思議な句。かなり強い語調なので、おもわず、「そうか、伏し目がちで良いのか」と変に納得させられる句。しかし、「ペーパーのかぶと」という俗な軽さと「伏し目がちでいい」という詩情とちょっとバランスが悪い感じです。 (2)うーん、この句はやっぱり「夏みかん」がかなりしんどいですね。あまりこの夏みかんに手を伸ばしたくない(笑)。食べ物系の俳句はやはりそれなりのところにないときついです。これは冒険と言うより、暴発した感じですよ。 若葉風馬術のポール蹴落せり 浜っ子(60代,男) ここ数ヶ月休んでいました。ドクターの俳句船団誌で鑑賞させていただいています。よろしく。 ドクター塩見の診断と処方箋 こちらこそよろしくお願いします。僕の句を読んで頂いていることも恐縮。さて、あれやこれや関係なく、この句は素敵ですね!馬術の馬がポーンと後足を飛越障害に引っかけた瞬間ですね!その「ころん」という乾いた音の響きの緊張、しかしそのあとの一陣の若葉風がうまく救っています。提示としては逆がいいかもしれませんね。蹴落とせる馬術のポール若葉風としたほうが、なんだかさわやかな若葉風が落としていった、というふうにも読めそう。そうなると馬と若葉風が同質になっていく感じもします。 (1)甲斐に夏来(く)るや遠嶺の雲となり 文の子(60代,男) (2)休日をひがな寝にし娘(こ)麦の秋 (3)母の目の雫ぬぐはむ若葉風 宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 (2)ふふ、と笑いました。これ、良い句ですね。「麦は踏まれて・・・」という古来の俚諺が底辺にあり、そのハングリーさと逆の娘さんなんですが、健康的にも見えます。麦秋の季節、新年度の疲れが出やすい時ですが、娘さん、おそらくは新しい環境の疲れが出て、何もしないと決め込んだ休日なんですね。ちょっと現代的。 (1)ちょっとごたごた。「甲斐に」と言われていますが甲斐らしさを見せ切れているかも疑問。 (3)これも前述したとおり「若葉して御目の雫ぬぐはばや」の芭蕉の句がどうしても下敷きとして感じてしまう材料。世界は全然違うのですがね。 明易や新聞受けの音微か 雀子(60代,男) よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 明易と朝刊、これって意外にある手なんですよね。だからどう工夫して意外な方向に持ち込むか・・、これが一番の問題です。「音微か」では、少しインパクトに欠ける気がします。それと「微か」という表現がズバリ、余韻を含ませようと言う意識がはっきりしている語なんですよね。というわけで、こういう作者が方向性を示しすぎている、作者の意向を見せすぎているのを我々は「言い過ぎている」と言います。 (1)そぼ降りて庭に謳歌の牡丹かな 小口泰與(60代,男) (2)起きて見し若葉青葉や季語豊か (3)鐘の音に風の収まる卯月かな (4)釣り針を若葉にとられ流れ鳶 よろしくご指導願います。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)は牡丹、豪華な花ですから「謳歌」は直截過ぎた感じです。そぼ降る中の牡丹はちょっとお洒落ですね。「謳歌」を推敲のポイントにして再チャレンジしてください! (2)は気分はとても爽快、よくわかりますが、やはり「季語豊か」が言い過ぎています。 (3)これは雰囲気良いですね!鐘の音(ね)と読むところから、寺社ではなく、教会、チャペルといったような西洋的な建築物の物の感じがします。佳句! (4)もお洒落ですが「流れ鳶」が取って付けたようで残念。ここをもう少し渓流の感じを生かして推敲すれば上中のおかしさが生きそう! (1)雨の音ぽたんぽたんと柏餅 藤井茂子(60代,女) (2)ローマからハワイへリンク夏講義 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)う〜ん、日記(記録)としてはたとえば「5月5日に雨が降りました」という意味では、この句は価値がありますが、作品となると、「なぜ柏餅なのか」が見えにくいですね。「ぽたんぽたん」が手がかりになってくれればいいのですが、ちょっと雨の音としては平凡なので、これ以上読みとることができません。 同様に(2)も読者からなぜ「ローマ」から「ハワイ」へリンクするのか、たとえば「北京」から「カイロ」ではだめなのか、どうちがうのか?読みとることができないのです。そうなると、こういった句は作者以上に読者が読むことができない記録的暗号、となってしまうのです。読者と作者の温度差が激しい俳句、といってもいいかもしれません。 2007年5月17日 (1)栗咲くやどっぷり暮れし畑道 豊田ささお(70才以上,男) 「新緑やシャワーのごとく鳥を聴く」へのご診断有難うございました。たしかに「シャワーのごとく」は好きずきがあるとおもいました。今度はまた栗の花ですが、よろしくお願いします。 (2)宵闇に危うき匂い栗の花 「鳩の字は九から憲法記念の日」いいですね、有難く 頂いても良いでしょうか?句会には出せそうもありませんが・・(主宰がいやな顔します)また栗の花でお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 今回は(1)(2)ともにちょっと残念賞、ですね。(1)はやはり農村に栗咲くのは既視感あり。どっぷり暮れて、という中七のフレーズに新味を求めたいところですが「暮れる」のに「どっぷり」という表現もさほど読者の心に響かない。(2)も危うき匂い、が抽象的です。どう危ういのか、危うき匂いとはどういう匂いなのか、攻めるなら攻めるべきでしょう。ただし、栗の花はやはり青臭さ、生臭さに帰着するので表現しにくい方向ではありそうです。 (PS:九の字、の句、気に入っていただいて光栄です。この場はあくまで改案ですので、気に入って頂いたら自句としてお持ち下さい。そもそも原作者のものです。ただし、主宰が嫌な顔されるんですね・・・。あくまで豊田さんの責任でよろしくお願いします〈笑〉。) (1)絨緞と呼ぶな一輪蓮華草 岡野直樹(40代,男) (2)蓮華草集ふ小さき者の椅子 前回はお褒めいただき、たいへんうれしかったです。「皆まで言うな」を心がけています。(1)は「絨緞とお前は別もの蓮華一輪」、(2)は「蓮華草小さき者のお椅子なり」を推敲してみました。「お前」が消えてしまって、かえって良くないでしょうか。お願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 そうですね。(1)はちょっと改作の方向が見立をベースにした世界だけになりました。しかしこの見立(蓮華草が花絨毯)はステレオタイプ。「お前」という言葉があったが故に前作はやや恋句の匂いもしていい感じだったのですが。前作の言葉を生かす方向でもう一度お願いします。(着想はそうだったかもしれませんが「蓮華草」をどうするかを改案のポイントにしてください) (2)この見立(蓮華草は椅子だ、という味方)は良いと思うのです。これは生かしたい。しかし「小さき者の」が説明的。しかも月並な少女趣味に陥る方向です。(おセンチな方向に行くことは必ずしも悪いことではないですが)。これをダイレクトに言わない方向に変えると句がかっこよくあるいは可憐になります。 (1)目をつむれば空しならせて鳥帰る 未知(50代,男) (2)五月雨や蕎麦打ってゐる測量士 (3)葉の戦ぎたる竹ありて土竜かな (4)出れば入り入れば出たる裸かな (5)春の宵鏡の中の大首絵 (6)春雷や落款対に虎と龍 ご教示を。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)「空しならせて鳥帰る」は素敵です!大ホームランの表現だと思います。「目つむれば」と心象的な世界に持っていっては逆に損です。上五をもっとシンプルに (「鳥帰る」と対比的な自分の身辺でも可)作られたら名句の予感がします。 (2)も面白いですね。「測量士」がとても生きそうな展開。「五月雨」といろいろな含みを多くもつ季語でなく、からっと明るい初夏の季語のほうが良さそう。 (3)は土竜が唐突、すこし読者がついていくには混乱。 (4)もフレーズとしては面白いがもう少し「出入り」の場が見えた方がよい。 (5)難解。ホラー、妖気的な匂いがあるが、夜の鏡にそれがあるのはやや月並。 (6)春雷と落款は面白い。ただし虎と龍まで出してくると材料が多すぎ。 時計草10時と3時くっきりと 浅葉洋(男) 適切なるご指導感謝しております。気のせいか時計草の指す針が、何時もおやつ時を指して居る様に思えてなりません。 ドクター塩見の診断と処方箋 見立の句ですね。時計草の形をこういうふうにとらえてみました、という句ですが、そうなると名前に凭れている感じです。見立の句にしても「くっきりと」と言ってしまっては損。単純な作りの句は悪くはないのですが、時計草という名前から、類推の経路が読者に単純に見抜かれる句は、損です。読者にあっと思わせるような読者を越える単純さは、なかなか言葉尻だけでは捕まえられない。この発想の飛躍は一句を作るのにしんどいのですが、逆に俳句を作る上での楽しみでもあります。 (1)坊守の墨磨る匂ひ開け易し しんい(女) (2)短夜や決まりのつかぬ話し合ひ 宜しくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)「明け易し」ですね。早朝からの「坊守」のお勤め。たとえば写経などでしょうか。仄かに墨の香りが漂う、山寺の坊などをイメージ。品格を感じます。 (2)はやや「短夜」と「長評定」という、言葉の類推が理知的に働いているのが見えるぶんだけ、少し短絡的な感じがします。 枝枝にふくらむ蕾みみかん花 三郎(70才以上,男) よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 くつろがせてくれる俳句ですねえ。素朴でいい感じ。「みかんのはな」は唱歌にもあるので、少しノスタルジックな空気を作ります。 さて、こういった句は一句では損です。なぜならみかん花でなくても成立しそうだから。みかんの花で10句ぐらい並んでいる中に、ひっそりと地味に存在する句としていちだんと魅力を発揮します。是非みかんの花で連作してみてください。 (1)宇宙酒をふくむ逆転ホームラン 満山(60代,男) (2)ぜんまいを干し婆は陣地を拡げいる 塩見ドクターお久し振りです。よろしくお願いします。 ドクター塩見の診断と処方箋 お久しぶりです!「アロエ」の満山さんですね。前回は感動的な句ありがとうございました。 (1)う〜ん、無季句はいいのですが、ちょっとこれは突飛に過ぎるようです。しかし、僕自身もいま「宇宙食」で俳句ができないかなあ、と考えている一ヶ月です。 (2)は「婆」がちょっと生乾き(関西弁で「どぎつい」という意味)な言葉ですが、干し物でちょっとずつ自分のエリアを広げていく雰囲気、面白い眼付け。もう少し、好意的な言い方でできたら共感を呼びそうですね。 (1)神田祭江戸っ子の子は都会の子 文の子(60代,男) (2)この時は江戸っ子神田祭なる (3)白シャツや社に赤シャツの一人ゐし (4)ネクタイを締めて白シャツ丸の内 宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)「江戸っ子も世代がわりして、その子はいわゆる都会っ子だよ」という、面白いところに目がいっていると思うのですが、こういう穿ちは川柳に近い。神田祭という地名があるので「江戸っ子」は言わずに抑えて、「都会っ子の都会っ子らしい」仕草、風体を取り合わされるとよろしいかと。そういう意味では(2)のほうが余韻はあります。 (3)季語を入れないと、という意味で「白シャツ」なのでしょうが、そこから類推として導かれたような形で「赤シャツ」が詠まれるのは残念。「赤シャツ」はもうそれだけで「坊っちゃん」の世界に誘ってくれそうな言葉なので、季語を是非とも変えたい。赤シャツがひとり神社でたたずんでいるのはなんだか可笑しい。おもしろいです。 (4)丸の内の丸の内らしい風情ですね。「ネクタイを締めて」というと「白いシャツで夏を涼しげにしているのに」という思いを強くするちょっとした人事の穿ちに近づくので、これももう少し、和らげたい。「締めて」に工夫の余地があると思います。 2007年5月16日 (1)里山の巌滴りてアカヤシオ 小口泰與(60代,男) (2)とふとしや若葉角ぐむ古戦場 (3)尾をたれて待ち続けしや鯉のぼり よろしくご指導願います。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)アカヤシオ、淡い紅さす花!これ良いですねえ。初夏の花のようなので、これを季語として詠んでもよさそう。しかし「滴る」の語は緑をイメージさせるので、色の対比も素敵ですね。 (3)も面白い。尾を垂れる鯉のぼりは俳句になってある種、新鮮です。「待ち続けしや」というような情の説明は省いて尾を垂れる鯉のぼり、それだけを詠めばさらにグッと見所が増えそう。 (2)「とふとし」が?でした。「問ふ年」?いえいえ、きっと「尊し」ですね。ならば「たふとし」。しかし、この「若葉」という自然の息吹と、「古戦場」という歴史的なものの取り合わせは少し常套のような気がします。「夏草やつはものどもが・・・」などは若葉ではありませんが、構図として似ていますよね。 (1)落人の嘆きや竹の葉降りしきる 千坂希妙(50代,男) (2)ホテル出て黒蝶遊ぶ緋のつつじ (3)「月光」と鳴くや守宮は闇の中 (4)ひよどりの胸毛残りし手水かな (5)蘭蘭乱けふは朝から咲け咲け酒 俳句に本気で取り組むようになってちょうど一年になります。今後ともよろしくご教示ください。 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)は全体的に「落人」「嘆き」「降り」とムードの似た言葉が集まりすぎた嫌いがあります。 (2)色彩鮮明ですが、三段切れのような流れになっています。「ホテル出て」が説明的なので「ホテルに緋のつつじ」とし(現実はそうでなくても!)黒蝶と取り合わせてみてはいかがでしょうか。 (3)守宮は「月光」と鳴くのですか!すごい世界ですが、やや突飛すぎるかと思われます。 (4)やや説明的。俳句の流れ、文脈が散文的です。「胸毛のこりし」がちょっと生乾きな感じです。ここをもう少しうまく言いたい。 (5)のような言葉遊びは僕自身はあまり脈を感じません。地口落ちのような感じです。 (1)縄電車いちょうの新芽風に鳴る 穂波 (2)葉桜やパン屋の前に木のベンチ 先日のコメント、うれしく読ませていただきました。ありがとうございました。2句お送りいたします。近所の光景です。ご指導よろしくお願いいたします。 ドクター塩見の診断と処方箋 (2)がいいですねえ。どんなパン屋か、すぐに頭の中に近くのいくつかのパン屋をイメージしました。(神戸はパン屋だらけです・・・)。焼きたてのパンの匂い、ベンチの木のぬくもりの匂い、葉桜からこぼれてくる初夏の午前の陽光、ああ、とても気分がよくなる句です!この句のベンチに座りたくなりました。 (1)こんどは銀杏の新芽をもってこられましたか!つくしんぼ、よりは前進したと思います。ただ、「風に鳴る」は少し説明しようとしています。(2)の秀句と比べてください。(1)は「風に鳴る」ということによって物語・意味をほしがっている感じがしませんか? 一筋のオカリナの音夏木立 慈英(50代,男) ご指導宜しくお願い致します。 ドクター塩見の診断と処方箋 夏のオカリナはいいですね。特に夏木立とおかれると涼やかな緑のなかでオカリナが実に叙情的に響きそうです。そういうわけでこの世界はうまくいくでしょうから、あとは「一筋の」という形容がどこまでオカリナの音を読者に再現できるかにかかっています。僕は少し観念的すぎる野ではないかと思います。ここをもう一工夫すれば更にすごい句になりそうですね。 (1)きるてぃきるちままマムシ取り 裸時(30代,男) 元ネタはカッターです→ (2)火の景色描き込んでる風車 ドクター塩見の診断と処方箋 (1)「きるてぃきるちまま」が???です。元ネタカッターといわれても???なのです。という訳で解読不能。何かの方言としたらちょっとマムシ退治の気分が出そうですが・・・。 (2)これはちょっとした発見ですね。かなり勢いのある風車です。「火を描(えが)き込む風車」として「景色」は外してもよさそうですね。 (1)新緑の山に還りしバイク音 未知(50代,男) (2)鉛筆の芯の強さや十五の春 (3)駅裏に訛り飛び交ふ啄木忌 (4)芝桜神社の裏の登山口 (5)八十八夜竹のたがねの締まりけり ご教示を。 ドクター塩見の診断と処方箋 いただいた5句では(5)がエース!この句は文句なし!バッチリ決まっています!たくさん頂いてますので以下、寸評。 (1)も気配は良いですが、「バイク音」は一般的にやや騒音として思われることが多く、このバイク音の主にもう少し手がかりがほしいです。山の上のペンションの主?それとも? (2)これは字余りが気になります。「強さや」が説明的なので外す方向で、音を揃えていきたいところです。 (3)は啄木の有名な歌の本歌取りといったところでしょうが、「訛」とはいったいどこのもので未知さんとの関わりが希薄なのが気になります。啄木の歌は「ふるさとの訛」でしたが・・・。「駅」「訛」と本歌と重なるところが余りにも多いので、やや忌日俳句としてはステレオタイプです。 (4)端山(山と人里の境界)は神の降臨する地域。たとえば大和三山でも低い香具山は「天の」とついて、神の降臨する地域として神聖視されました。したがって、「神社の裏の登山口」は発見のように見えて、意外にそうでもない、ただごとだと思います。 |