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「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。
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2008年10月29日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句 (到着順) 皆さん。こんにちは。 いよいよ秋本番。俳句心をくすぐられる季節到来ですね。そのせいか、今回の10句は、しぼるのに大変悩みました。句会に出されたら、人気句や話題句になるのでは、もったいない、と思った句がたくさんありました。 まず、今週の十句。 がちゃがちゃや皿から啜る立ち飲み屋 学 皿からすすっているのは、こぼれた日本酒か、おでんのだしか、いずれにせよとても庶民的なもの。立ち飲み屋も、地下鉄の通路などではなく、郊外の駅を出た通りにあるのだろう。まわりから、がちゃがちゃの声が聞こえる。「皿から啜る」が臨場感を出し、うまい。 秋冷や発光ロゴのスニーカー 茂 発光ロゴとは、蛍光製のものか、簡易製LEDか。それが、秋の日の冷たさによくマッチしている。それをつけたスニーカーをはいて街を闊歩しているのは、若い女性のように思える。まわりの景色も躍動している。なにより、「発光ロゴのスニーカー」の発想、発見が手柄。 湯治場のだらだら坂を芒まで 長十郎 湯治場の玉突き屋や輪投げ屋が続く坂。冷やかしながら、そぞろ歩くと、いつしか薄原に出た。ありそうな景色だが、どこか非現実感、シュールな雰囲気も漂う。まわりの風景を見ながらだらだら坂を自分で歩いているかのように感じられる。 じいちゃんとピタゴラスイッチ見てる秋 ポリ スーツ姿の痩せ型の若い男性三人が、しゃがんだりくるりと振り向いたりのピタゴラスイッチ。それを見ている小学2年生の男の子。ただそれだけの秋。でもそこにいるじいちゃんが、この句をとてもいい秋にしている。 秋深し隣家隔つる垣すけて 文の子 秋深しと隣家は、芭蕉の世界。反則すれすれだが、境目の垣が透けているという一見なんでもない発見が、この伝統的世界の再構築、再吟味を可能にした。昔風のそんな家に無性に住みたくなった。 野良猫の呼べば寄り来る秋の昼 えんや 野良猫は通常警戒心が強い。しかし、空気の澄んだ静かな秋の昼、ふっと呼んでみたら、なぜかつつーと来てくれた野良猫。なんでもない日常をさらっと詠みながら、秋の日のよろしさを満喫させてくれる句。 熟れ柿を帽子にもらふ尼僧かな きなこ 尼僧は、瀬戸内寂聴さのような尼さんか、カトリックのシスターか。いずれにせよ、秋の陽を受け、坂を静かに歩み上がる。そこに、庭に柿が鈴生りに生っている知り合いの家から、柿のおすそ分けがあった。これも何気ないスケッチ。俳句は何気ないほうが、味わいが深い。 十月のついついシッポ出てしまう 遅足 十月や、と切りたい。狸がなにくわぬ顔で人ごみを歩いていたのか。または、あまりにも秋のいい気候なので、ついつい人間なのにいい気分で尻尾が出てしまったのか。とにかく、その気分が楽しい。「十月」でいいのか、ややむずかしい問題もあるが。 (60代、男) 秋日和外輪船と駆け較べ 岡野直樹 外輪船は、近くを走っていてもゆっくりとしている。遠くの外洋を運行していたら、余計にゆったりした光景。駆け較べをしているのは、子供ではなく、初老の男性の感じがする。年甲斐もなく、船とかけっこをする気持ちに静かに共感する。 秋うらら円空仏のさがり眉 悠 円空仏の眉が下がり眉かどうかは知らないし、どうでもよい。俳句の楽しみは、秋の佳き日、訪れた寺にたまたまあった円空仏。眉が下がり気味で、穏やか時間が流れている。その光景を思い浮かべるのが、俳句の醍醐味。 次に、問題句。 大胆な発想の句が多く、ある意味、うまい「10句」よりはおもしろく、句会では議論が盛り上がる句といえる。おもしろすぎると、句会では点が入らないことがある。 ★一本の葦のつったってゐる冬 学 葦は秋の季語。が、まわりの葦がみな立ち枯れている風景は冬に似つかわしい。ありそうな風景だが、このようにずばっと切り取ることは以外に難しい。また、「つったってゐる」という措辞、5・8・4という破調が、冬の頼りない感じ、寂寞感、をうまく出している。 ★栗ひとつあれば十分栗の虫 草子 あの小さな虫なら、なるほど栗ひとつもあれば十分おなかいっぱいになるだろうなと納得。どうでもいいようなことに気づかせて楽しませてくれるのは、俳句らしいところ。口調も良く、ユーモラスなところが、私の好きな句。 ★晩秋のたましい時間外出口 きなこ 夜、お見舞いなどで病院に行くと、青い電光で時間外出口か夜間出入り口の表示のあるドアがある。そこを晩秋のたましいがすーすーと出入りしている様が想像される。「晩秋」「たましい」「時間外出口」と同じような色の言葉が並んでしまったが、最後の下五に意外性があり、読ませる力がある。 ★叱られて石にもどれる無縁仏 遅足 石にもどれる無縁仏にはっとさせられた。無縁仏は普段から風雨に曝されてすこしずつ石にもどるようだが、ここでは意志的に自分から石にもどろうとする無縁仏を見る。そこに発想の転換、無縁物の内包する悲しさがあるように思う。ただ、「叱られて」が因果になってつまらなくしている。 ★雀にも諸般の事情蛤に イマゴン 晩秋に、海辺に群れている雀は、その斑模様が似ているところから、蛤の化身、または蛤に変身する、との中国の迷信。そこから、物事の変化を表すこともある。掲句は、蛤になるのも雀なりにいろんな事情があるのだろうと、川柳っぽく、いいのめした。言葉遊びの句。 次点句もいい句が多かったです。 ☆晴れきって空に流るる秋の川 学(50代、男) ☆帰燕いま大空にある大通り せいち(60代、男) ☆朝露や捨てかねてゐる古時計 小口泰與(60代、男) ☆新蕎麦の幟の誘う地下一階 茂(女) ☆大落日海焼き払い月放つ 崎浦利之(60代、男) ☆猫の尾のやおら起き出す野分晴 崎浦利之(60代、男) ☆アフリカは林檎の芯の捨てどころ 山内睦雄(50代、男) ☆柿ひとつ盗るをお猿に見られたり 長十郎(60代、男) ☆犬の墓山盛りに置く秋桜 山法師 ☆大根ほす細くなりにし己が脛 文の子(60代、男) ☆あの世へも土産どっさり木の実かな 勇平(70才以上、男) ☆欝の字の画数いくつ胡桃割る 勇平(70才以上、男) ☆秋蝶の縺れる中を通院す えんや(70才以上、男) ☆ボロ猫の足もそろふや十三夜 きなこ(50代、男) 以上、大変悩んだり、楽しませていただきました。 バーチャルのメール句会もいいですが、ぜひふつうの句会に出席されるのをお勧めします。そこで叩かれたりほめられたり、議論の的になったりと、私自身もとても勉強になり、何より楽しい! 船団のどの句会もためになりますが、わたしがお世話をさせていただいている、宝塚句会にぜひ覗きに来てください。楽しいですよ! それでは、御健吟を。 2008年10月22日
中谷仁美ドクター : 今週の十句 (到着順) お久しぶりです。皆様はどんな秋をお過ごしでしょうか。私はなんと言っても食欲の秋満開です。何を食べてもおいしい!!たくさん食べて素敵な俳句をたくさん作りたいこの頃です。今回もよろしくお願いいたします。 によつきりと出て胃袋の重さかな きなこ この「出て」は、もしやおなかが出ているということかとも思いましたが、私としては、どこかのお店ののれんをくぐってにょっきり顔を出しているところを想像したほうがおもしろいと思いました。お店を出てみて胃の重さにやっと気づく。そんなほろ酔いの雰囲気が「によつきり」という楽しいオノマトペで表現されています。 六地蔵目線そろへて秋の暮れ 大川一馬 子どもの頃、お墓参りにいくといつも六地蔵さんを眺めたものです。お地蔵様と秋というのはつきすぎになりがちですが、きちんと六地蔵さんと限定したところ、そして、その目線に着目したところが新鮮です。びしっと整列した切れ者の六地蔵さんのイメージです。 抜けきれぬ小さな棘や虫時雨 茂 実際の棘なのか、はたまた心の棘なのか。「抜けきれぬ」と含みを持たせたところに句の深みが出た気がします。虫時雨というやや寂しい季語と取り合わせたことで、心情が強調されますね。 夜更けての雨漏り騒ぎちちろ鳴く せいち 雨漏りがするとけっこうな大騒ぎになりますね。それも夜が更けるほどに騒ぎは増します。そんな人間と対照的に涼しげに鳴くちちろ。場面の作り方が具体的でおもしろいと思います。 勤め人の貌して死んでいる蟋蟀 満山 蟋蟀の顔なんて日頃意識して見たりしないのですが、ちょっとはっとする発見の句です。現代的発想だと思いました。 運がいい母の言葉に秋澄めり ポリ この句、「運がいい」とかぎカッコをつけた方が読者に伝わりやすくなると思います。身近な人に「運河いい」とかプラスになるような言葉をかけてもらうと心がすっきりしますね。この感覚に共感です。「秋澄めり」いいと思います。 赤とんぼ赤玉白玉避けて飛ぶ 岡野直樹 「運動会」という言葉を使わずに運動会を詠むことを目指されているとのこと。この句は直接的に運動会そのものを詠んでいるわけではないのですが、発想がおもしろいと思いました。「運動会」と入れずに詠むとなると、誰もが運動会だとわかる語を入れつつ具体的な場面を詠むということが大事かと思います。「マスゲーム今年はぽにょぽにょ入場だ」という句もありましたが、マスゲームと言わずに、「赤いポンポン」など具体的な道具名を入れてもいいかと思います。ハチマキ、バトンなど細かい道具を使っていくといいかなと思いました。 十三夜ダイヤのキング左向き 遊雲 気になって調べてみたら、ダイヤのキングって本当に左向きなのですね。しかもトランプの絵柄って微妙に向きや角度が色々違う!面白いところに着目されましたね。十三夜というちょっとミステリアスな雰囲気を持つ季語との取り合わせも絶妙です。 おのまとぺ蓑虫鳴けばなたでここ イマゴン なぜにナタデココ、しかも平仮名でなたでここなのかと疑問に思いつつ一度読むと気になって仕方がなかった一句です。蓑虫の鳴き声がもしかしたら、「なたでここ」と聞こえるのかもしれない。謎に満ちた一句です。「おのまとぺ」「なたでここ」平仮名表記がたどたどしさを出していておもしろいですね。蓑虫鳴くという、実に俳句的な言葉も効いています。 昨日より明日が好きさねこじゃらし えいこ ねこじゃらしって、その名前の由来からしても主役になれない存在である気がします。しかしそのねこじゃらしがこんなに前向きだと、読んでいる私まで元気になりそうです。「好きさ」というぶっきらぼうな言い方もよくあっています。「ねこじゃらし」という、濁音の入った響きもいい。 【次点】 夜へ漕ぐ片割月が沈んだら 穂波 夜へという漠然とした言い方がちょっと艶っぽいと感じます。でもやはりもう少し具体性がほしいところです。 天高しひねもすフリーマーケット 吉井流水 「ひねもすフリーマーケット」という語感にひかれました。これ、そのままフリーマーケットの名前になってもいいぐらいです。楽しくお買い物ができそうですね。 市長杯ユーモア賞の案山子かな 黒猫 市長杯の案山子コンテストというのがあるのでしょうか?いったいどんな案山子だったのか気になります。案山子の具体的な様子が少しでも描写されるとより面白いと思います。 芭蕉忌や句は声出して読むがよし 羊丘 「よし」と軽快に言い切るところが心地よいと思います。芭蕉も喜んでいる気がします。元気の出る取り合わせです。 偕老にふはりふはりと黄落す えんや 素敵なおふたりですね。「黄落やもそろもそろと二人連れ」と共に、オノマトペが面白い。おっしゃりたいことはわかるのですが、場面にやや具体性がほしいところです。 いわし雲ゆっくり上がる観覧車 悠 私の好きな取り合わせですが。いわし雲と観覧車の取り合わせというのはやや月並みかと思い次点にしました。 【ひとこと言いたい句】 ★虫時雨泣くころ泣き出す腹の虫 よしき 虫時雨と言ってしまえば「泣く」というのはなくてもわかるので別の語を入れて虫時雨の時や場もしくは人物のをより詳しく描写してみてはいかがでしょうか。 ★夜間飛行しばし眺むる夜長かな いつを ロマンチックな雰囲気がいいなと思います。「夜間飛行」を残すのであれば、夜や空とまったく関係ない季語を用いてみてはいかがでしょうか。 ★鰯雲横切る黒い金魚雲 岡野直樹 金魚雲とまで言ってしまわなくても、比喩的に表現してみてはいかがでしょうか。2度目の雲はなくてもいいかなと思いました。 ★百舌来るや打ち身きりきり痛み来る 豊田ささお 「来る」は動詞なので、一句の中に動詞が複数あるとやや焦点がぼんやりします。初句は「○○の百舌」ときっぱり切った方が句にリズムが出ます。打ち身、お大事にしてくださいね。 ★月のぶどうねこなで声をねこにして 汽白 ややメルヘンチックな句ですね。ねこなで声、ねこ以外のものにしたほうが効果的かなと思います。現実的なもの、具体的なものとの接点を持たせると読者が句の世界に入りやすくなります。 上記5句に関して言えることですが、一句の中に同じ語や同じ字が入る場合、気をつけないと間延びした印象を与えてしまいます。確信犯でない限り反復は避けた方が無難かと思います。ここぞというときに使ってください。 ★紫の濃いも薄いも風の色 草子 もう一句、「紫の色が仕上げる花野かな」と共に、やや具体性に欠けるところが惜しいと思いました。句の中に何かインパクトのある語を入れると締りが出ます。 ★伊豆箱根富士を見晴らし大根引く 戯心 スケールの大きな風景と大根引くという結句の対比がおもしろいと思います。ただ、伊豆箱根富士は豪華なので「見晴らし」と言ってしまうとややわざとらしくなってしまう気がします。私なら「ぐるっと」ぐらいにとどめるかなと思いました。 ★一睡もかなはぬオフィス明けの月 文の子 一睡もかなわない、と言っているので「明け」はないほうがいいと思います。夜明けと月は月並みなので別のもので夜明けを表現してみてはいかがでしょうか。 ★長き夜の独り将棋を崩しけり ミノル 「虫時雨独り居なれば殊更に」と共に、正直すぎる印象です。「長き夜」としてしまうと、意味がストレートに出すぎてしまうので、もう少し広がりのある取り合わせを考えてみてはいかがでしょう。例えば、私の好きな季語「星月夜」など。ちょっとロマンチックになるのではないかと思います。 2008年10月15日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句 (到着順) こんにちは、秋本番、気持ちいい日が続いています。昨夜のサッカー日本対UAE戦、終ってみれば相も変らぬ決定力不足。決定力、サイドからの崩し、とサッカーを語る言葉もマンネリ気味。マンネリでいえば俳句は500年のマンネリ、俳句形式そのものがマンネリの陥穽です。だからこそ、そこに落ちないように綱渡りするのが面白いのですが。言うは易しですね。今回も皆様の句、楽しませていただきました。 天高し内野フライを指す投手 大川一馬さん 秋空と野球といえばそれこそ類句はいっぱいありそうですが、この句は場景鮮明。秋空に高々とあがった白球、それを見あげているナイン、いや観客も含めその場にいる全員か。「指す」が具体的でいいなと思いましたが、あれ?投手が指すのは特定の内野手のはずですよね、この句はボールを指していることなります。そういう場合もありかな? いぼむしり吾はミイデラゴミムシオサムシ科 長十郎 知りませんでした、三井寺ごみ虫というたいそうな名前があるんですね。放屁虫、三井寺斑猫とも。体格に勝るカマキリに虚勢をはっている、悪臭という武器があるから虚勢でもないか。名前、出自を一息に言い切ったところに歌舞伎の連ね(名乗り)のような生きのよさがあります。それこそ一寸の虫にも五分の魂、花道で大見得を切っていますね。いょ!山崎屋!(河原崎長十郎) 天高し今日は古文書解けそうな 吉井流水 わかる気がします。秋の好天、空気も乾燥していて、事物がクリアに見通せる。古文書の森に分け入っても、あれほど難渋した言葉の藪もすっきり見通せる、秋の透明度の高い光が可能にしてくれる解読。「天高し」が私には少し機嫌が良過ぎる気がしますがどうでしょうか。「解けそうな」という気分でなく、解けた!または解いていると実際の行動にする手もありではないでしょうか。 オランダ語混じりの芝居小鳥来る せいち オランダ語混じりの芝居が謎で俄然面白くなっています。これ、英語はもとより、フランス語やドイツ語だったらだめですね。スワヒリ語だったら、やりすぎで、スペイン語は微妙、オランダ語が実に絶妙。実際にオランダ語混じりの芝居をご覧になったのかもしれませんが、すかさずこれが俳句になると直感されて、記憶の引き出しに入れられたその運動神経ならぬ俳句神経に拍手。この芝居は読者が勝手に想像すればいいのであって、その想像上の芝居に小鳥が取り合わされています。でもこのオランダ語って、ビールとか、コップとかカバンとか、そういうこと? 仏壇の吾を手招く猫じゃらし きなこ 読み間違いでないとすれば、ホラー俳句、奇想俳句。仏壇の吾とは位牌?つまり死後の私です。死後の私が仏壇の中から外界を眺めている、秋の野に猫じゃらしが静かに揺れている。普通仏壇からの視界は畳の部屋と庭ですが、これは庭じゃない、猫じゃらしですから。すこし荒涼としているかもしれない、上田秋成の世界も彷彿とします。句の世界は静謐、死者の目にうつる此の世の優しい光ともみえます、妙に明るいのです。「猫じゃらし」の斡旋がちょうどいいのかもしれませんね。 コスモスの中の心音まあだだよ きなこ 一転してかわいい世界、かくれんぼですか?コスモスの群落の中で息をひそめている子供、これは回想でしょうか?「心音」が的確な言葉なので甘い郷愁に陥らずに済んでいます。 桐一葉左の耳のややかゆし ポリ 桐一葉、特殊な季語ですね。原典の芝居がかった大げさな物言いへの上手な諧謔になっています。一枚の落葉に亡びのきざしを読んでしまう、そのような喩の安っぽさへの批評です。言われてみると、それはたしかにかゆい。左の耳と特定したのが技ありです。 くちびるの中の暗闇秋簾 ポリ 目の前の人が喋っている。その上と下の二枚の唇の奥にひろがる空間、そこを暗闇と言った。日常ではめったに意識しないこと、俳句という形式で切りとると、時に目の前のものがとんでもないことになります。口中でも口腔でもなくくちびるの中と言ったことで肉感が出ました、というのは男読みでしょうか?暗闇の読みは読者のコンディション次第、過剰な読み込みはやめておきたい。秋簾が私には頼りなさ過ぎるか、ここまでくると何でもありのようですが、秋簾にはちょっと不満。 大風車一基が秋を回しをり 映子 私は実物を見たことはありませんが、発電用のあの白い大風車でしょうか。ここでは複数見えていて、その中の一基が回っている景と読みました。(そういうことがあるのか?)いかにも大きな景で秋晴れの空に真っ白な羽根が雄大です。句全体が大づくりで、鷹揚な物いい、細かいことをごちゃごちゃ言わないよさです。これがオランダ風のあの風車ならそれはそれでまた別の味わいが。 秋彼岸明治武士カレー好き 草子 カレーライス、この近代日本食は当然明治が似合います。困ったのは武士(もののふ)で表記、読みともこの句を不安定にしています。俳句は今、ここ、というイデオロギーに従えば、明治生まれの死んだおじいちゃんと解釈するのでしょうか、それだとひろがらない。例えば明治の文豪、漱石とか、鴎外とか想像したほうが楽しいですね。 【次点】 藁塚の倒るる音の微かなり 小口泰與 更待ちや高層ビルの灯のおちて 文の子 赤持て余し持て余し曼珠沙華 山法師 茗荷咲く民俗学の文庫本 穂波 絵燈籠灯の入り人の流れけり 藤原 有 2008年10月8日
えなみしんさドクター : 今週の十句 (到着順) |
みなさんこんにちは。ことしの7月に始まった「今週の十句」。3周目に入っています。ドク
ターという肩書きですが、一緒に勉強の気持ちです。あれこれ書きますが、そのまま信じないで
違うなら「違う!」と思ってください。えらそうに言うことではないのですが、あくまでも、わ
たしの感じ方ですから。 2008年10月1日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句 (到着順) 皆様の秋の句、とても気持ち良く拝見させていただきました。ちょうど、涼しくなって参り、秋の本番が見えてきた頃ですから、句も秋を待っていた、秋を楽しみたい、そんな気持ちが感じられるものが多くありました。日本の秋の魅力を改めて味わう気分でした。 総評になりますが、秋に対する感性が、皆様とても敏感でいらして、こちらもドキッと気づかせられたりしました。その、感性を句に生かすには、やはり表現の工夫、完成度が必要です。随分、意識的に、表現を試みておられるものも増えたように感じましたが、表現上、惜しいと感じる作品も。是非、お互い頑張りましょう! 歯科眼科待合室の秋入り日 けんじ 秋のとある一日、それは歯科眼科のはしご、あまり重大ではなさそうな病院巡り。秋のふとある愁思を思わせます。少々、下五に工夫、機知が欲しい気がいたしますが。秋の爽やかさと、独特のもの哀しさ、例えるならば、秋祭りの終焉に感じるような、、、。秋という季節のニュアンスを感じさせる力のある句です。 遠耳や言葉がいわし雲になり 草子 とても魅力を感じました。「遠耳」という少々古風な表現。言葉がいわし雲になるという発想の飛躍の大きさ。そして、秋天の高みを大いに伝えているでしょう。秋という季節の持つ優しさと冷ややかさが、句意を深め、句の読みを豊かにしているのではないでしょうか。 地球外生命体ぞ里芋は 岡野直樹 里芋はそうだったんですね!と思わせせるインパクトと発想の楽しさがあります。わたくし個人としましては、表現上「ぞ」の選択に迷いがあります。もちろん強調、読者への問い掛け、と効果は歴然としていますが、少しだけ、安易に強すぎる気がいたしました。強さを魅力にする句も大いに歓迎なのですが、掲句、「地球外生命体」で十分に強さがあると感じてしまうからです。里芋で数句送ってくださり、楽しい一時でした。季節ものもで何句も挑戦することの意義を、改めて感じました。 次々と満月を訪ふ観覧車 せいち とても魅力を感じました。一読者として楽しめる句でした。そして、秋の宵の気分を満喫させていただきました。表現も単純なようでそうでなく、練られてまとまっているでしょう。秋の夜空の宇宙が、おおきく広がっていきそうです。 シンバルの弾く波音は盆の波 勇平 シンバルという句材が魅力的です。シンバルの音を波音として表現されていると受取りましたが、盆の波は本当の情景として取り合わせてみるのも良いのではないでしょうか。 秋風やづかづかと入る語り口 吉井流水 「づかづか」の勝利ですね。秋風という爽やかで厭味のないものに対しての、「づかづか」とした割り込み。季節の中で暮らしているはずの人間の、ある一面を見る思いでした。 秋涼や手触りの良き皮手帳 涼 触感と季節を素晴らしく取り合わせた秀句だと思います。秋独特の涼しさと、革の質感。お見事です。「良き」はなくとも句は完成する可能性もありそうですが。また、「Tシャツに残る暑さの絡みけり」の句は、残暑も終るころである、ホッとしつつも夏を惜しむような心情が、共感を呼びます。一方で「に」「の」「けり」と、調子がよろしくない気がいたします。どちらも、季節の変わり目の微妙な心持ち、日本人なら誰もが持っている季節の一瞬を、心地よく読みました。 梨をむく心に余ることあるも れい 何かを剥くときに、何かを思う。特に新しい発想ではないのですが、「心に余る」という表現が、句に膨らみ、読者の思いの自由さを出しています。一方で「ことあるも」には推敲の余地がありそうです。「あるも」の「も」が作者の心情を言い過ぎてはいないでしょうか。「秋扇小さくちさく動かしぬ」もまた、心の微妙な機微を感じさせる良句ではないでしょうか。表現にもう一歩工夫が欲しいという意見もありそうではありますが。 一村が秋色にあり坂下る 冬鳥 「一村」「秋色にある」、この表現が、句の魅力です。村と秋はなんにも新しくない、常識的な風景なのですが、村全体が秋色に染まっている情景を、表現力でもって大いに伝えることに成功しています。また、坂下ることによって、高見からの眺望であり、広がりも効果を出しています。 風に乗る校内放送天高し 冬鳥 「風に乗る」という表現が、秋の爽やかさをより爽やかに伝えています。風にはいろいろなものを乗せたりできますし、天高い秋空には子供をよく取り合わせます。そんな中で、掲句は、「校内放送」という言葉を選択されています。この言葉は、子供を直接登場させずに、若者たちの溌剌とした雰囲気を出しています。そこが、逆に、句の世界を読者に任せる、読者の読みが広がる句となっているでしょう。「風に乗る子供の歓声天高し」では、句世界が限定され、魅力に乏しくなるのです。校内放送、小学校でも高校でも良いのです。。また、子供の声でも、教員の声でも。学園という世間とは違う特別域であることのニュアンスも、空高い秋に似合います。 【次点】 ★声高の隣家の電話愁思かな 茂 「の」「の」「かな」が、少々気にかかりますが、隣家との関係が見えるようで、ユーモアを感じました。 ★秋りんやなすことあれどただ座して 由利子 秋霖の日の心境が伝わります。中七下五の表現に工夫ができるのではないでしょうか。 ★大浴場窓に竜胆桶の音 郁子 竜胆と大浴場窓、コントラストが美しく感じます。 ★秋の風入れて新客迎えたり 藤原 有 情景は平凡であると思うのですが、あまりに、客人のある秋の気持ちよさに共感を覚えずにはいられませんでした。 ★先頭の秋の風から塵箱へ 遅足 先頭が秋風の擬人化であるならば、すんなりと読者に入ってこないと不利だと思うのです。「秋の風」の擬人化を明確にしてみてはいかがでしょうか。 ★比較級空欄三つで(longer)( than )( ! ) そら 下五を秋の季語にされてはいかがでしょうか。勉学の秋、そしてユーモア、楽しい句になりそうです。 ★黒猫の足を引きずる残暑かな 涼 取り合わせの妙を感じました。表現が推敲できるでしょう。 ★水引の茂りて庭に野の来たり れい 水引という植物が活き活きと感じられました。「野の来たり」の読みがしんどい気がいたします。助詞の多さも気になります。 ★毬栗に刺されて還る少年期 ミノル ウイットがあって楽しく読みました。説明っぽさが少々難でしょうか。 ★大腸の四つのポリープ秋ともし 遊雲 句材がとても楽しめる句になっていると感じました。それだけに、下五「秋ともし」が残念です。もしかすると、秋でない季節でも良いかもしれません。 ★牛乳びんすすぐ時くる小鳥おり 穂波 牛乳瓶をすすぐ時に、来る小鳥、色鳥。日常の情景に心が洗われます。表現の推敲ですが、「くる」「おる」が動詞の連続、主体もふたつとも小鳥です。まどろっこしい、洗練されていない印象になりますので、一案としましては「牛乳びんすすぐ時には小鳥来る」「牛乳びんすすげば小鳥やってくる」を考えました。 【佳作】 ☆頬杖のデモクラシーや堰外す 豊田ささお ☆年寄りはどっこい死なず栗の飯 学 ☆秋暑し男女同権民主主義 学 ☆牧の山羊目の爽やかに際やかに 小口泰與 ☆ぷっくりとかばんで揺れる子ブタ秋 ポリ ☆長崎や秋天指せる祈念像 大川一馬 ☆十五夜と知らずに月は上りをり 山法師 2008年9月24日
星野早苗ドクター : 今週の十句 (到着順) こんにちは。 ようやく涼しい日が増えてきましたね。吟行に出かけられる方も多いのではないでしょうか。一人でも、近所でも、運動会や作品展なども、吟行と思えば楽しいです。出かけるのが億劫なときも、吟行と思えば、心に弾みがつきますね。 さて、今回は108句もの投句をいただきました。10句選はなかなか狭き門ですが、まだまだ俳句になりきれない句も多かったように思います。それぞれに目の付け所は良いのですから、同じテーマやモチーフで、あと5句、あと10句作ってみられたら、と、思いました。 何が俳句なのか、は、私にも全くわからない問題なのですが、「俳句」にするべく努力してみる値打ちはあると思います。 新涼や手習いの子の大欠伸 さくら お習字を習う子どもたちは、正座して、それなりに緊張して書いているのでしょう。新涼の季語が効いていて、お行儀の悪い大欠伸に、かえって子どもの素直さ、のびやかさが感じられるのがいいですね。墨の香りも爽やかです。 暮れるまで方形描く稲刈り機 吉井流水 直進して、方向転換して、また直進。稲刈り機は、確かに、実り田に絵を描いているようです。普通に、つづらに折り返しながら刈り取っているとしても、その刈り跡は方形です。「暮れるまで」と、1日の労働を詠みながら、楽しい句だと思いました。 秋の蝶縺れし糸を辿りけり 戯心 秋の蝶の飛び方、確かにその通りだと思いました。縺れた糸は、記憶の糸でしょうか。秋という季節の感覚も、よくとらえられている句だと思います。 秋の蚊や仕事をひとつ思い出し 冬鳥 俳味あり。「秋の蚊」は「や」で切れていますが、どこかで作者とつながっているような気もします。 盛りをすぎた秋の蚊ですから、仕事など思い出したくなかったのでは。 梨をむく心にあまることあるも れい 心にあまることがあっても淡々と梨をむく作者。指先に伝わる梨の冷たさや感触が、鬱屈した心理とよくマッチしていると思います。周囲に秋の深まる気配もして。 吾が影を踏みて綱引く運動会 えんや 少し理屈っぽいのですが、そんなことを考えながら綱引きをする人もいるのだなぁ、と。運動会の綱引きに「吾が影を踏みて」が、いかにも大げさで面白いのです。 ぽつぽつとあめのきたりてあめんぼう 文の子 藤田湘子に「あめんぼとあめとあめんぼとあめと」がありますが、その少し前の水面の状況でしょうか。「ぽつぽつと」に臨場感があります。 病む犬の尻尾をそっと秋日差 山法師 作者は、病む犬の尻尾をそっと、どうしたのでしょう。「尻尾に」なら当たり前ですが、「を」は不思議な感触です。多分、動かすか、なでるかしたのでしょうね。繊細な優しさの感じられる句です。 新聞をめくる音良き今朝の秋 茂 気持ちの良い句。「めくる音良き」に、新聞を大きく広げて読んでいる、作者の姿がよく見えます。時間にも心にも余裕のある休日の朝で、いいお天気なのでしょう。 指笛に犬戻り来る秋あかね 悠 指笛で戻ってくる犬はかわいいですね。秋あかねが飛んでいる広い野原。さっきまで思い切り駆け回って遊んでいた犬と作者の時間も見える句だと思いました。 【佳作】 白木槿川面に闇の遅れけり 戯心 秋の風長き石段一歩ずつ 悠 いきいきと飯食っており台風圏 満山 鎌倉や路地風涼しジャカランダ 丹沢借景 橋渡る人にしたしき秋の月 落雁 草虱ちょっと好かれて嬉しい日 せいち 金も名もいらぬ男と登高す 念金 秋高し卓上日記は右痩せる 大川一馬 2008年9月17日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句 (到着順) 秋の昼開拓村の馬車に乗る 秋の澄んだ空気の北海道を思わせる。開拓村、という言葉によって空の雲、ポプラの木々のそよぎ、馬車を引っ張る馬のにおい、などいろいろな情景が一気に立ち上る。下5の「乗る」はやや散文的な終わり方だが、それが動的な空気感を生み出して心地いい。 作者は茂(女)さん。 秋の野へ声下ろしたる渡し舟 秋の野原かと思っていると、すぐ近くに渡し舟が入るくらいの川がある展開に小さなうれしい驚きがある。その野原に船頭が「声を下ろす」という措辞がよく効いている。荷や乗客と一緒に声も下ろす、という言い方が、俳句的でよろしい。 作者は小口泰與(60代、男)さん。 秋灯や馬車道を行くハイヒール 秋灯(ともし)に照らされたいなかの馬車道を、帰郷した都会の女が行く情景。ハイヒール、が省略の効いた表現。この女性の背後からの背中や肩の動き、足の運び、重そうな荷物など、目に浮かんできそう。 作者は大川一馬(70才以上、男)さん。 足踏みをして歩き出す花野かな すぐに通り過ぎたらもったいないような花野を歩くときの作者の気持ちが、とてもよく伝わってくる。いかにも、ああ自分もそうだ、と思わせてくれる、俳句の楽しみ。決して言いすぎでない、すこしの気持ちの動きのあらわれた上品な俳句ではないだろうか。 作者はポリ(50代、女)さん。 青蜜柑臨時有料駐車場 青蜜柑の季節になると行楽シーズンで、夏の間はおとなしくしていた空き地が、にわかに有料駐車場に早変わりして、客を引いているおばさんの姿が目に浮かぶ。その営みの滑稽さ、ちゃっかりさ、すこしの哀しさ。漢字ばかりで硬すぎるので、みかん、としたほうが。 作者はポリ(50代、女)さん。 秋の草一輪さして陶器市 売り物の陶器に、名もない秋の草を一輪挿して売っている、いかにもひまそうな陶器屋さんに好感が持てる。私は男性なので、この売り子さんが、地味だけれども瞳のさわやかなうら若い女性だったりすると、この陶器市にとても行きたくなったりする(笑)。 作者は悠(70才以上、女)さん。 秋すだれ病む犬独り寝てをりぬ 秋の陽は鋭く暑い。しかしすだれの下の影は、涼しく親しい。そこに横たわる病んだ犬への作者の視線が優しい。秋すだれ、病む犬、と静かな措辞がかもし出す、余韻のある、本格的俳句のたたずまい。 作者は山法師さん。 玄関で待つ秋風と歩き出す 読んでとても気持ちよくなった俳句。都会でもこの季節は、玄関に心地よい風が舞っている。ドアを開けると、その風が体をそっと乗せて運んでいってくれそうに思える。そんなときは、誰かと一緒ではなくて、一人で歩くほうが、楽しい気分になれそう。今回、今週の10句の中で、もっとも好きな句。選んだ時点で作者はわからないが、作者に共感、好意を覚えます。 作者は冬鳥(60代、男)さん。 秋暑しまだまだビールは大瓶だ まだまだビールは大瓶だ、におおいに共感!やや乱暴な言い方で、伝統的手法の方には不評かもしれないが、しれっと言うこのような措辞も、俳句の楽しさの大きな要素。「秋暑し」は、暑いから大瓶、と因果でつながるので、もっと意外な言葉を持ってきたほうがよさそう。 作者は岡野直樹(40代、男)さん。 秋季二試合午前も午後も延長戦 暑い秋の陽の下で応援しているお母さんのうれしさ、疲れ、埃まみれの顔、が浮かんで、微苦笑、同情が沸いてくる。午前も午後もで2試合はわかるので、上5は、秋季予選、くらいでもいいのでは。長すぎるし、リズムが悪い。読んでいて、無性にビールが飲みたくなってきた。 作者は黒猫(30代、男)さん。 以下、予選句です。 秋水に赤のパプリカ踊りおり(茂さん(女)) 噴水の立つが合図となりにけり(吉井流水さん(60代、男)) また同じ医者の忠言秋の蝿 (ミノルさん(70才以上、男)) 子規忌近し高校生の俳句会 (大川一馬さん(70才以上、男)) 目の回り黒い犬連れ秋の山 (ポリさん(50代、女)) 秋の荷を運ぶ鯖沢運送店 (ポリさん(50代、女)) 蜩や今日は一人の夕仕度 (悠(70才以上、女)) 灯を消せば膝に乗り来る秋の月 (悠(70才以上、女)) 落蝉の生きているよと動く足 (山法師さん) 秋めくや用が無くてもしゃべってよ (岡野直樹さん(40代、男)) 洗いたて上靴持たす九月かな (岡野直樹さん(40代、男)) 霧動き対岸に人現はれる (えんやさん(70才以上、男)) 遅れ翔つひとつの疾き稲雀 (えんやさん(70才以上、男) 新しき補聴器さやか秋の空 (えんやさん(70才以上、男)) それ以外に、 * 言い過ぎ・・「黒揚羽、偲びあう」、「決然と別れし」、「全き虫の声」、「秋の風優し」 * 常套的・・「落雷が鞭振る」、「二日後の筋肉痛」、「我以外皆我師」、「赤とんぼ飛行レース」 * 焦点が2つ・・「色鳥、牧の馬」 * 言いたいことが多すぎ・・地面に逆さ金閣寺 * 抽象的・・「光年の旅の賑わい」、「地球がくれるメッセージ」、「あれもこれも72歳に思う」、「記憶とはこぼれゆく砂」、「変幻の秋雲」 * 報告・・「野道に白の曼珠沙華」、「もみじマークに妻乗せる」、「風に髪なびかせ」、「ひそやかに咲き満ちている」、「闇に三艘屋形船」、「犬吠える声聞こえをり」 * 画家や作品名に寄りかかり・・「フェルメールの女たち」、「カラヤンの復刻版」、「イエスタデイかき鳴らす」 * 意味不明・・「先頭の秋の風から玉砕」、「電波ジャックに歪める石榴」、「蟋蟀が電子レンジの中」、「おしあな」、 * 合いすぎ・・「割り箸を真二つ」、「走り蕎麦」 秋の夜長、かなり冒険をしている句もあり、楽しく読ませていただきました。この原稿を仕上げたあと、e船団で作者名を見させていただきます。さて今回の私の気に入った句の作者はどなたでしょう。 またこの欄でお会いできますことを楽しみにしております。わたしも句作にがんばらねば。 2008年9月10日
中谷仁美ドクター : 今週の十句 (到着順) こんにちは。つい先日まで暑い暑いと言っておりましたのに、いつの間にか空も雲も風もすっかり秋らしくなってまいりました。 蜩や休止符の無き譜面読む この句「蜩や」で切れているのですが、その後に続く「休止符の無き譜面」という表現が蜩の絶え間ない鳴き声をうまく連想させます。そして、もちろん何かの楽器の練習に打ち込む人物の姿も思い浮かんできます。場面の音(蜩の声)と情景がすっと浮かび上がってくる句でうまいなあと思いました。ただ、「無き」だけがやや異質な気がしました。「無い」としてしまってもいいのではないかと思います。 作者は勇平さん(70才以上、男)です。 秋暑し手持ち無沙汰なクレーンかな クレーンを思い切って擬人化したところがおもしろいですね。それも、「手持ち無沙汰」というのは、仕事をせず置かれたままになっているクレーンの様子をぴったり表現できていると思います。「秋暑し」とすることで、暑さにややだらんとしているクレーン君を想像することができました。 作者は羊丘さん(70才以上、男)です。 ポキポキと愛されているまんじゅしゃげ 子どもの頃、曼珠沙華は毒があるから触っちゃいけませんとよくいわれました。この花、折ると茎がくっと折れて、「ポキポキ」というオノマトペがしっくりきます。この「愛されている」は、もしかしたら、子どもにちょっかいをかけられてかななんて思いました。愛されるがゆえにちょっかいを出されてしまう、そんなことをこの花に託されたのかもしれませんね。 作者は小野善江さん(女)です。 帰燕低く坊ちゃん電車を追越せり 「坊ちゃん電車」と固有名詞を出しているところ、しかもそれがほかでもない「坊ちゃん電車」であることが魅力です。ただ、「低く」という情報はこの場合必要なかったかなと思います。読者の視線を低く固定してしまうおそれがあるからです。松山の空を自由に想像できる句であってほしいと思います。追越すという行為はなんとも気持ちのよい感じです。 作者は長十郎さん(60代、男)です。 偏屈なひとよ糸瓜の太曲がり 偏屈な人の偏屈さが、糸瓜の姿を出すことでユーモラスに表現されていてとてもおもしろいと思いました。「太曲がり」というのがなんとも頼もしい感じです。偏屈は偏屈なりに一本筋が通っているのだとでも言いたいような感じです。わかりやすすぎる気もちらっとしましたが、しかしこの力強さに一票。 作者は文の子さん(60代、男)です。 愛はいまタブーいましおからとんぼ 「愛はいま」なんて気負った感じで大げさに始まるのですが、結句で「しおからとんぼ」とかわいく結ばれています。このギャップが読者にとっては楽しい。「愛はいまタブー」で苦悩している、そんな様子の中でしおからとんぼの登場。一瞬愛よりもしおからとんぼに意識が行く。そのふっと気が抜けた瞬間を対句的に捉えた句です。 作者は汽白さん(40代、男)です。 ビリビリと冷蔵庫鳴く夜の秋 秋にはいろんな虫が鳴きますが、冷蔵庫も鳴いているという発想が面白いと思います。しかもその鳴き声は「ビリビリ」。斬新な鳴き声です。冷蔵庫の音って、普段は気になりませんが、ものすごく静かな時間、他のことに気をとられることのない時に急に気になったりしますね。それがこの句の場合「夜の秋」。なるほどと共感できる一句でした。 作者は岡野直樹さん(40代、男)です。 糸とんぼ鉛筆書きのお礼状 鉛筆書きのお礼状をどう解釈するかですが、私の場合、うんとご高齢のおじいさんかおばあさんが書いてくださったお礼状を想像しました。もちろん子どもからのお礼状だと解釈してもいいと思います。「糸とんぼ」と最初に来ますと、この糸とんぼの姿がそのはがきの字を象徴しているのではないかと感じます。心を込めて鉛筆で書いた素朴な素朴なお礼状はもらうととてもうれしいものだろうと思います。 作者は遊雲さん(70才以上、男)です。 秋天にからっぽのバス過ぎ去りぬ 回送、教習中など色々な場合にからっぽのバスというのはもちろん存在しますが、私はこの句では、路線バスが本当にからっぽであるというのがいちばんおもしろいのではないかと思いました。秋天にバスがからっぽなんて、なんとも呑気でなんともユーモラス。しかも「過ぎ去りぬ」とそのバスを見送っているのはもっと呑気で、秋空の気持ちよさとぴったりである気がします。 作者はえんやさん(70才以上、男)です。 夏空に慰められていても母 つらいことがあったのでしょうか。夏空を見上げているお母さん。夏空に慰められるという見方がとてもおおらかでロマンチックだなと思いました。そして、夏空に慰められていても、母は母。どんな姿であろうともやはりお母さんと言う存在は自分にとっては変わらないものなのだろうと思います。そんな姿のお母さんに自分は慰められているということなのかもしれませんね。優しい視線の句です。 作者は伊勢さん(女)です。 【選後に】 本格的に秋の到来。たくさんの秋の句を楽しませていただきました。 次点句は次の通りです。 ・大夕立歪んだビルの窓を打つ 茂さん(女) 歪んだビルというところに味がありひかれました。窓を打つとまで言ってしまうとやや平凡になってしまうので結句に工夫が必要かと思いました。 ・コオロギや堆肥のてっぺんから空 豊田ささおさん(70才以上、男) 「てっぺんから空」とやや物足りない響きで終わるところが新鮮で面白い句です。コオロギの視線ってこんなかんじかもしれませんね。 ・ヘップバーンと妻見しことも芋焼酎 羊丘さん(70才以上、男) 奥さんをそんな風に見るなんてとても素敵。しかし、「見しことも芋焼酎」と余韻を持たせて終わってしまうところが心憎い感じです。 ・秋暑し肉体そぎしアスリート 学さん(50代、男) オリンピックを思い出しました。この場合、「秋暑し」だとスポーツと容易に結びついてしまうのでまったく違う季語を持ってこられた方がよいと思いました。 ・旧邸に一畳の部屋いわし雲 吉井流水さん(60代、男) 吟行句とのこと、私自身は吟行があまり得意ではありません。この句の場合、いわし雲と狭い部屋を取り合わせたことで対比がよく出ていますが、やや説明的なことが問題かと思います。 ・握られて回転台行くこはだかな 大川一馬さん(70才以上、男) 回転寿司が俳句になるとは!と感じた一句でした。やや説明的なのでもっと場面を絞って詠んでもいいかもしれませんね。 全体を見ていますと、使う季語がやや限られている気がします。私自身も反省している点ではありますが、なるべく自分が今まで使ったことの無い季語にチャレンジしてみるというのも大事なことかなと思います。そうすることで、新しい発見があり、自分の句の世界も広がるような気がします。秋の夜長、歳時記をぱらぱらめくって新しい季語との出会いを楽しんでみてはいかがでしょうか。また次回、楽しみにしております。 2008年9月3日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句 (到着順) このところ、すっかり涼しくなったと思ったら雨ばかり。贅沢なもので、あの暑さがなつかしいです。原稿が掲載される9月3日頃は残暑でしょうか? 今回、興味深い句が多く十句に絞る苦労を楽しみました。この十句選というのは読みの力を試されているようなところもあり、力不足で読み切れない句もありますが、さてさて、 疼く日の指に蜻蛉の止まりけり 大甘の感傷、疼くのは心、啄木を思わせます。ぎりぎりのところで通俗を逃れているのはぐだぐだ言えない俳句の功徳、切れ字の功徳でしょう。確かにこの「けり」の後に空白というか、ある沈黙を読むことができます。この句はこれで出来上がってしまっていますが、上五にできるだけ感傷から離れた、乾いた言葉をもってきても全く別の句ができそうです。 作者は茂さん(女) 半分は泣きながら立ってゐる秋 俳句という器は丈夫なもので、どんなものでも、いくらでも、盛ることができますが、この句のように、ほとんど何も盛っていないようにみえながら、奥行きのある世界をちゃんと提示することもできます、最小の言葉で。 まず「秋」の前の切れを意識して読む、次に「秋」が泣きながら立っているという読みも捨てがたい。それぞれに読者が参加できる空間がたっぷりあります。 うまいのは半分という措辞、この曖昧戦略がこの句の何ともいえない味を醸し出しています。 作者は学さん(50代、男) 若鮎の瀬に来て水のふくれけり こちらは真っ当な方向、若鮎を見ていて、焦点を水に移動させたのが手柄、子供の頃、長時間川遊びをしていたときのことを思い出しました。この水のふくれる感じよくわかります。 これも作者は学さん。 土砂降りの映画の人や夏の月 土砂降りの映画とは「七人の侍」とか「雨に唄えば」ではなくて、古い映画でフィルムの傷がスクリーン上を雨のように走る、あのことだと思います。 古い映画、それも特に理由なく邦画のような気がします。映画に描かれたひと昔もふた昔も前の日本人の佇まい、それが明易のはかなげな夏の月とよく響いていると読むのは読みすぎでしょうか? ただし先行句があります。「土砂降りの映画にあまた岐阜提灯」攝津幸彦。本歌取りというわけでもありませんので、うるさく言う人はいると思いますが良いので、敢て選びました。これまた作者は学さんでした。 坂道の町静かなり秋の雲 採るかどうか迷いました、エイヤ!で採りました。ノーガードで坂の上に佇んでいるような句です。この平らで、どこにも取っ掛かりがないのんびり加減。 いろいろと言葉に凝った一連の投句群の中で、つまり凸型の句の中で、凹型は言いすぎとしても、この平滑面型俳句は目立ちました。読んでみると気持ちいいんです、坂道が効いている。問題を挙げればいろいろとあるでしょうが、それを一つづつクリアしていくとこの句のよさは雲散する、デリケートなものです。 作者は冬鳥さん(60代、男) くらげ来てつめたい夢を食べ尽くす くらげが大挙してやってきて、夢を食べる、しかも食べ尽くす、反ユートピアSFのような魅力的な世界です。「つめたい」がかえって句の意味を韜晦してしまって損をしているような気がします。ここは色々とあるところでしょう、もっと飛躍できるかも知れません。どんな夢を食べますか?SFついでにこんな夢もあります、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』フィリップ・K・ディック。 作者は江口ちかるさん(30代、女) 生見魂ギネスブックを脇におき お盆にまつわるいろいろな季語のうち、生身魂はなかなか難しいというのが私の実感です。この句はとてもうまく現代の風景にしているのではないでしょうか。ギネスブックが絶妙な働きをしています。言葉同士の距離はかなりあるのに、ここにあっておかしくない、妙に納まっています。謹厳実直かつ偏屈な老父を想像しました。ギネスブックを座右においているというところで、老父のリアルなキャラクターがでてきた、と読みました。なお、生身魂、生御魂、生見玉と表記はいろいろあるようですね。 作者は文の子さん(60代、男) 地上への出口は暗し蝉の穴 蝉は幼虫として地下で何年も過ごし成虫としての地上生活は一週間にも満たない、このことを初めて知ったのはいつだったろう。何事も人間に引き寄せて考えてしまうクセから抜け切れない私たちは、蝉の生態として理解しつつも、人間とはかなり違う蝉の生涯に想像がいってしまう。「暗し」と言ったところに、屈折があり、そこで読む人を立ち止まらせることになります。暑く輝く夏の森の地上世界、それを暗いと言った、そのことで私たちの想像力は揺すぶられ、もう一度、甘い樹液に満ちた地下まで戻ってもみます。俳句を読む楽しさを味わいました。 作者はミノルさん(70才以上、男) 彗星の再来を待ち黒葡萄 私は彗星を見たことはありません、再来ですから周期的にやってくる彗星でしょう。前に大騒ぎしたハレー(ハリー)彗星か?次にやってくるのは20061年らしいですから、私は生きていないな。「再来」が少し読みを躓かせます。ただ待っているのではいけませんか?いずれにしても秋の夜空を固唾を呑んで見つめている、頭から尾まで輝く彗星を作者は既に幻視しています。取り合わせるに「黒葡萄」、黒葡萄の色と量感が秋の星空の前景としてせり出してきます。彗星も黒葡萄も詩的純度の高い言葉なので少し決まりすぎかもしれませんが。 作者は穂波さん(女) 島のカフェ猫と相席する小暑 この句、島だからいいんですね、島でなかったら平凡な句です。(すいません) 割と小さな島を想像したのですが、「島」と書かれたことによって、カフェの佇まいだとか、猫の様子とかがいきいきと動き出してきます。相席する馴れ馴れしい猫もいいですね。発見ではなく、体験なのでしょうが、ある夏の空気感をすかさず捉えたよさです。 作者は草子さん(60代、女) 【うまい話にご用心】 新手の振り込め詐欺ではありません。私もよく陥るのですが、言葉と言葉の因果がピタッと合ったときはご用心。「落日燃ゆ」と敗戦忌、ツヅレサセと綻びぬ など、理知とか機知が浮いて、損。 【佳句】(想定の範囲内の句もありますが) ・秋蝶の垣穂に沿いて暮れにけり(小口さん) →垣穂がおしゃれ ・もう開かざる聖書かも曝しけり(せいちさん)→開かざるは 開かないでも。前半をぜんぶ口語にすると、下五の文語表現が効いてくるのでは? ・子規の忌や白線引いて草野球(大川一馬さん)→気持ちいいですが。 ・客去ぬる蚊遣火真直ぐにのぼりけり(遊雲さん)→なるほど。 ・地下道の外は晩夏のハイヒール(遊雲さん) →「晩夏の」が乱暴ですが。 【最後に、魅力あるも、読み切れなかった句】 ・浮いてこい惑星たちはひざににる(江口ちかるさん)→ひざににるが?見立て? ・筒鳥や偽骨の馴染むレントゲン(黒猫さん)→レントゲンは不要では?偽骨は金属?それとも? |