「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2008年12月31日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

 みなさん、明けましておめでとうございます。と言っても実は今、暮れのあわただしい時期。みなさんの熱意に敬意を表します。「誰もがうすうす感じているが、誰も言い当てられなかった感情やできごとを詠む」。矢島渚男さんの言葉です。新しい年、この言葉を目標のひとつとして俳句を作っていきたいと思っています。風邪などひかないように注意深くお過ごしください。

笹啼きや応挙のトラがぬっと出る   豊田ささお
 上野の国立博物館で話題になった「対決」にも、応挙の「水飲みの虎」がありました。シンプルな背景に浮かび出る虎を思い出しました。美術館に行くと、一句作りたいと思う事がありますが、美術品に季節がなかったり美術品なしでは分からない句になったりと、なかなか難しいもんです。挑戦に敬意を表します。「笹啼き」の「き」は普通送らない。季語とその後がぶ つかっているような気がします。いっそ、「笹啼に」とされたらどうでしょう。

上っても下っても冬駱駝坂   長十郎
 固有名詞が効いています。シンプルな構成も良いと思います。この駱駝坂ですが、検索してみたら千葉県流山にあるそうです。ただ、斉藤百鬼さんという方のHPに同じ句があり、そのページの作者だと推測しました。出来ましたら未発表の句をお願いします。

セーターのなかゆるやかに幼年期   遅足
 子供のセーターを見て、のぼのぼと過ごした(あるいは過ごすであろう)幼年期に思いを馳せている句でしょう。抽象度の高い文脈で、詩的です。「ゆるやか」の選び方も素敵です。

暮れの荷の等高線をまたぎけり  村上滝男
 文脈をそのまま辿れば、山間をゆく宅急便や郵便配達をイメージします。「等高線をまたぐ」という表現に動きがあり、効果的です。○前の「セーターに」の句もそうですが、何か見たりしたりする時に、わたしたち(正しくは、わたし)は常識的かつ実用的な感覚でしか捉えられない。脳の奥の方で、もっと別の見方をしてるはずなんだけどな〜というような事を思わせてくれた句です。

寒卵二度たたき割る椀の縁   えんや
 寒卵の生命力が伝わる句。「たたき割る」わけですから、一度で割れてしまうはずですが、さらに二度目もたたき割る。説明としてはちょっと変ですが、それほど堅かったという気持ちが伝わってきて、面白い表現です。余談ですが、「薪を割る」は変な日本語。木を割ったら薪になったというのが正しい。「提灯に火をつけた」ら、燃えてしまう。「ごはんを炊く」も同じ。日本語は面白い。

年越しの金は持たへん屠蘇祝ふ   勇平
 宵越の銭は持たない、と江戸では言いますが、同じことを関西でも言うのでしょうか。宵越は季語ではないので「年越(しは、いらない)」になっています。わたしは東京とその周辺にしか住んだことがなく、方言の持つニュアンスの深さに憧れます。この大阪弁(京都弁か、河内弁か)正しいのかどうか分かりませんが、方言使える方は、ぜひ方言の句を作られたらいいと思います。

キャバレーを出ておでん屋の転向論   きなこ
 元共産主義者のおでん屋が一席ぶったのでしょう。「転向」とは、共産主義・社会主義者が主義をすてることで面白い題材です。「キャバレーを出る」が賑やかすぎて、その後と混線しているように感じます。最近「〜を出て」俳句に面白い句を発見することが多い。余談ですが。

バーボンとブルーノートとイブの雪   遊雲
 70年代、まだアメリカが憧れだった頃のライフスタイルを思い出しました。本とJAZZを愛した植草甚一さんというおじさんがいましたっけ。句としては、べたべたですが、これはこう言う句なので、良いのでしょう。仮に団塊句と名付けますが、掘ればまだまだありそう。

馬鹿!馬鹿!とノートの書いてクリスマス   遊雲
 「ノートに」の誤記だと思った上で取りました。クリスマスの句には、ワンタンをすする句とか、ブロッコリー食べる句とかいろいろありますが、これは新鮮です。若い夫婦とか恋人か。あるいは子か。なにか行き違いがあって感情をノートにぶつけた聖夜。ドラマですね〜。「!」 を二つ付ける事でライブ感が出ていると思います。

風邪薬飲まずに治す母の愚痴   仁
 つまり「母の愚痴」なのですが、「風邪薬飲まずに治す」ような方なので、生活の全てに昔ながらの智恵があり、現代っ子から見ればそれがうとましくもあるという事でしょう。「風邪薬飲まずに治す母であり」のように、それだけで一句にするという手もあるかな〜と思いましたが、母の描写として風邪薬が素材になると、やや川柳っぽくなるように感じました。

【次点】

冬ざれやロボットのレオになりきって   茂
  ロボットのレオを知ってる人には面白い句。句会のメンバー次第では。
ボ一ルペン二色自在に去年今年    真亜子
  2色ボールペンの着眼は良いが、「二色自在に」の意味があいまい。
ぺたぺたとポケットのある冬ズボン  えんや
  実感ありますね〜。こんな事詠んだ人も珍しいのでは。
大根の葉のあをあをと運ばれる   ポリ
  素直な写生句。色がよぎっていく爽やかな風景です。
アトリエの肘掛け椅子の冬日かな  学
  いい風景ですが、報告句の域を出てないように感じられました。
のほほんと白鳥の売れ残る棚   きなこ
  面白い句材。「のほほん」は良い。「棚」が報告にしてるかも。あと一歩。
拭きあげし窓いっぱいに冬陽射し   悠
  「射し」が説明的、「冬陽かな」としたらどうか。

【ひとこと言いたい句】

悪霊のつぶやいている海鼠かな
昼星の耳に海鼠のひとりごと
  海鼠や湯たんぽがつぶやくのは、類想句がたくさんある。
何もないとこでつまづく雪女
  この「つまづく」句も、類句がたくさんあります。
マンションの一側面の冬日差
 「一側面」が日本語としてこなれが悪い。でも、実感ある。
留守電の暢気な応答冬銀河
  句材は面白い。暢気、応答の言葉選びがどうか。季語がどうか。
ポインセチア真っ赤な嘘をつくことも
  「ポインセチア=真っ赤な嘘」を前提として、もう一工夫できるのでは。



2008年12月24日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに・・・】
 こんにちは、クリニックご愛顧の皆様。冬らしくない毎日で、キーンと冷えた早朝が好きな私はもの足りない気分です。
 沢山の投句をありがとうございました。
 今回の選では、句姿が整っているものを意識いたしました。俳句はもちろん、発想、取り合わせの妙が大きな魅力ではありますが、すでに皆様は自由な発想を自在にされているようですので、俳句の姿に意識していただきたい気持ちがあるのです。句姿が美しいと、その句の世界が三割も五割も印象深く読者に伝わるものです。俳句としての完成度です。句姿とは文法や語調、リズム、調べ、字面など、言葉と言葉の繋がり、バランスです。
 また、選から外させていただきました句には、句材の多いもの、句意の焦点、情景の焦点が絞りきれていないように読めたものが多いです。興味引かれる表現や言葉はあり、残念でしたが。 来年、また楽しみにしております。これを伝えるのだ!という思いや情景を絞り込んで詠まれたものをお待ち申し上げております。良いお年をお迎え下さいませ。

【十句選】

ボ一ルペン二色自在に去年今年   真亜子
 二色ボールペン、三色ボールペン、はたまたシャーペン付き(シャーボ?)。私も三色の愛用者です。現役もリタイヤ組も、二色を自由自在に使っている気分が伝わってきて、どの読者にも共感を呼びます。楽しい気分、溌剌とした気分、忙しさが得意な気分、新年への明るい気分がこの句の大きな魅力となっています。

糸でんわ冬の維納へ繋がりて   涼
 維納、ウイーン、いかがでしょうか。のっけからすみません。決して読みやすい漢字でないだけに、私は残念な気持ちがいたします。もちろん漢字表記の魅力はあるのですが。ただし、冬のウイーンに糸電話がつながる気分は素敵なものですね。しばしの夢の時間です。

口笛の下手は治らず初氷   廣島屋
 なんの変哲もない日常ですが、初氷の張るという、少しだけ特別な日にも自分の日常は変わらない滑稽さ、可笑し味が、絶妙ではないでしょうか。句調、下五のバランスも良いです。まとまった佳句でしょう。

義士の日の焼肉弁当売れ残る   遅足
 焼肉弁当の賛否はあると思います。別のものでも良いのではないか、つまり「動く」のではないか、という弱点です。しかしながら、義士の日という古風な表現の季語がその心配を払拭していて、なおかつ整った句ではないでしょうか。私は上五は「や切れ」よりも掲句の「日の」が効果的と思えます。

寒鯉や久しぶりなる男の香    あざみ
 句意の好みが分かれるとは思いますが、大変印象的な内容と句姿の美しさが、掲句を佳句としているでしょう。寒鯉という季語が、男と女の色気を抑えもし醸し出しもしているでしょう。「や切れ」も正解です。

プルプルルこんにゃくちぎる月冴ゆる   ポリ
 こんにゃくを調理することを実にうまく捉えられているのではないでしょうか。こんにゃくとは食べることも詩(俳句)になりますが、むしろこんにゃくの真骨頂は、その手触り、触感(食感ではない)にある気がいたします。ちぎる時のその独特なこんにゃくの逃げ具合、まさにそれはこんにゃくだけですよね。また、冬の月夜、空気も冴えわたる夜に、その存在感が活きています。「る」の音の連続もいやみなく魅力的な一句に仕上がっています。

水筒がちょっと暖か山粧ふ   岡野直樹
 口語俳句の魅力が十二分に感じられます。また、句意にある気持ちの余裕、豊かさが大変活きています。秋最中を「山粧う」という季語にしたことも最良ではないでしょうか。いかにも口語の中七ですが、中七で軽く切れてあることも、句の調べ、リズムを整えているでしょう。ただし、「水筒が」は「水筒の」が可能です。

小煮立ちの鍋つぷつぷり花八手   穂波
 花八手、台所の窓から、勝手口から見えるのだと解釈し、無理のない景と判断いたしました。 「つぷつぷり」に作為は感じられますが、花八手ならではの取り合わせが厭味ないでしょう。「小煮立ち」が、日常の素朴な台所作業を思わせ、優れています。

巡礼者また巡礼者冬の月   穂波
 特に何があるのか、という句なのですが、句姿を評価したいと思います。重みある言葉の連続を過不足なく用い、下五はシンプルな季語、名詞だけで成りたっている句です。むしろ単純な情景に、作者の気持ちを感じさせます。感情を表現する言葉がなくとも、感情を伝えることができるという、実践例ですね。

木の葉散るモデルハウスの厨かな   仁
 モデルハウス花盛りの昨今ですが、厨という古風な表現と、「散る」という季語の選択。高揚した気分だけではない見学の人物を想像します。その、シニカルなところが魅力と感じました。

【次点】

★表札はそのままにして喪明け春   茂
 下五のご再考を。
★侘介や落花の影に深き華   崎浦利之
★マンモスの解凍進む地球かな   学
★寒雀新宿発の夜行バス   学
 早朝に着いた夜行バスでしょうか。雀と夜の景とは厳しいです。
★古時計刻みの遅き十二月   真亜子
★枯蓮の屹立に首落しけり   きなこ
★逢ふひとに冬の隙間のありにけり   涼
 少し難解です。
★寒鴉よりモノクロームのはじまりぬ   廣島屋
★鋸の百の刃先や冬の百舌   あざみ
★一陽来復長編小説読み終はる   こけし
★利根の瀬をのぞく二人や冬日そむ   小口泰與
★源氏本風に捲らせ日向ぼこ   戯心
★パソコンを禰宜点検す神の留守   大川一馬
★「考へる人」の背ナ打つ霰かな   文の子
★薪ストーブ折り紙の牛じわり寄る   豊田ささお
★柿吊るす五人家族の10個かな   えんや
★ イチキュッパ銀杏落ち葉に書き付けて   草子
 銀杏落ち葉に書き付けるという発想が良いです。上五に推敲の余地がありますでしょう。
★好き嫌い嫌いで終わる冬の薔薇   遊雲

2008年12月17日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

 駅前の街路樹にイルミネーションが光り、商店街はクリスマスの飾りつけが賑やかです。休日にはグランドや公民館などで餅つき大会もあることでしょう。餅をつく人やきびきび働く周りの人たちの様子は見ているだけでもいいものですね。

 さて、今回も119句もの投句をいただき、ありがとうございました。 苦労して選びましたが、十句並べてみると、冬のアンソロジーのようになりました。読み切れなかった句も多くあるかもしれませんが、また次の機会をお待ちしています。
皆さんよいお年をお迎え下さい。

冬の雲また栞する昼休み   真亜子
 職場の昼休みに毎日少しずつ読み進めておられる本があるのでしょう。「また栞する」が的確な表現だと思いました。「冬の雲」は窓から見えているのでしょうか。

軒下に縄を抜けたる掛大根   えんや
 掛大根には大きな冬の恵みを感じます。けれども、干し上がるにつれて細くなり、中には縄抜けをするものもあるのでしょうね。上に掛けたはずのものを「下に」発見したときの驚き。ユーモラスな句だと思いました。

子規住みし町もすぐそこ日短   文の子
 子規の住んでいた町、根岸の辺りは下町で、短日が似合いそうです。「すぐそこ」という気安そうな表現もいいと思いました。

冬の川だんだん遠くなる昭和   せいち
 ありふれた感慨を言っているだけの句なのかもしれません。けれども、「冬の川」でいただきました。昭和が遠くなったと身にしみて思う事柄は一人一人違い、とても個人的なもの。思い出すよすがさえだんだん少なくなり、寂しいような頼りない気持ちになることは誰にもあるでしょう。そんな気持ちと、水嵩も減って貧弱な冬の川を見ているときの気持ちとは、通じるものがありますね。

雪催三つ並んだ盆の窪   ポリ
 盆の窪が三つ並んでいる状況を想像してみました。子どもたちが三人で一冊の絵本を覗き込んでいるのでしょうか、或いは三人家族が窓の外を見ているのでしょうか。寒い季節なので戸外ではないと思います。室内での盆の窪、戸外は雪催い。盆の窪と雪催いはどこかで響き合い、よい取り合わせだと思います。

寒林やみえざる渕の光りかな   小口泰與
 寒林の明るさに渕の光を見た、というのです。低い冬日は目に眩しく、渕の反射を思わせます。何もない寒林の中に「見えざる渕」の発見がすばらしいと思いました。ただ、二つの切れ字「や」「かな」は、通常、同時には用いません。また、「光り」の「り」は不要だと思います。

捨てきれぬ本積みなおし年用意   悠
 「捨てきれぬ」は説明ですし一考の余地がありますが、「本積みなおし年用意」でいただきました。ただそこにある本を積み直しただけで、年用意ができた、と宣言するのはとても痛快。実際には大掃除もなさるでしょうが、このような句を作って年を越すことにも俳句生活の妙味があると思います。

陽の当たる煙突一本冬の海   めぐみ
 何だか懐かしい風景です。高い煙突に親近感を感じて大きくなった世代の方の句でしょうね。裏の空き地とお風呂屋さんの煙突など。ここでは、背景が冬の海ですが、陽の当たる煙突一本は、冬の海と充分に拮抗しています。

正座して飯食うているレノンの忌   遊雲
 「正座して飯食うている」作者は、ただいつものように正座して食事をしていただけであり、レノン忌など意識してはいなかったでしょう。レノン忌から二十八年、その日常性がいいと思いました。しかし、一句を目で追ってみると、静謐な悲しみも感じられます。レノン忌は12月8日。開戦日でもあります。

オリオンを覚えし頃の珠算塾    岡野直樹
 オリオン座を初めて知った喜び。オリオンに限らず、純粋に知ることが喜びであった時代が誰にもあったと思います。そんな時代と珠算塾に通わせられていた時代とが重なるなぁと作者は気づかれたのでしょう。小学校時代に通ったそろばん塾、帰り道の情景、その頃の少年らしい自分、が懐かしく、共感できる句だと思いました。

【佳作】
★文旦のあかり鞄を持ちかえて   穂波
★何気なく庭石踏むや冬の蝶   山法師
★集まりて茶の花色の人の声   遅足

2008年12月10日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

 6月生まれの私にとって、苦手の冬になりました。でも冬は、俳人にとって意外といい俳句を作れる季節かもしれません。
 今回も145句というすごい数の俳句が投句されました。この中から10句選に入るなんて、私なら絶対できないなと思いながら、選句させて頂きました。それでは、どうぞご覧ください。

【十句選】

冬至の日煎餅の耳透かしゐる   学
 煎餅の耳とは普段あまり聞かないが、パンの耳よろしく縁のあたりか。または、焼き加減でぷくっとふくらんだ2か所があったのかもしれない。冬至という寒さが厳しく迫ってくる年末の静かな日、弱々しい冬の陽をカチカチの煎餅に透かしている男の、心の余韻のようなものが伝わってくる。

遊技場の昼の灯や小六月   えんや
 湯治場かどこかの、冬場の人気のない遊技場に、消し忘れられたか故障で消えなくなっている電灯がともっている。これも、少し暖かい小六月にこそふさわしい。冬ざれている季語をつけると、思わず湯冷めしそうである。このような、寂れた湯治場で一冬過ごしてみたいものだ。

凍星やクロコダイルの革ベルト   ポリ
 このように、「モノ」だけをぽんと置いて、それと季語だけの俳句が好きだ。それも、その「モノ」はほとんどの人がよく知っているけれど、普段意識しない、言われてみると、あ、そんな素敵なまたは変なものがあったな、と思わせるモノがいい。また、季語は、そのモノの性格を微妙に物語っているような季語がいい。

木枯らしに舌を与えて葦の原   あきこ
 この句のように、よくわからないが、描かれている世界か言葉使いが少し変な、でもそれまで言われていない言い方で、木枯らしのような言い尽くされた季語なり事象を表現した俳句も好きだ。葦の原で時々鳴っている木枯らしに、舌を与えたらどんなことをしゃべるだろうか、想像するだけでおもしろい。その言葉が、読者の心の奥深いところの思いになっているのだろう。

おかえりなさいませ小春日和の秋葉原   万丈目
 場所が「アキバ」なので、この言葉は、メイド喫茶で働いている女の子の言葉だろう。「小春日和」は、それを聞いている作者、店の中の客、そして働いている女の子の、連帯感のような、みんなの気持ちなのだろう。時事的な要素を取り込んだ、くすっと笑えもする俳句では。

訪ね来て庭師となりぬ小六月   吉井流水
 元々他の用事で、またはぶらっと来ただけの客が、少し庭仕事の知識か経験があったのだろう、ここはこうした方がいいとか言っているうちに、いつの間にか腕をまくり上げて石を運んだり、枝を払ったりしている。とても景が眼前に浮かんでくる、リアルないい小六月。

聞きなれし子の足音やクリスマス   草子
 「クリスマス」の題で最近何句か作ったが、まま、意外な場面やおもしろい取り合わせを考えてしまう。この句に出てくる、2階の廊下をいつものようにバタバタ走っている小学生くらいの息子の足音が妙におかしく、また愛おしい。ただごとを絶妙に織り込んだ、うまい句では。

蜘蛛の巣を曳きづる蜘蛛や冬旱   きなこ
 蜘蛛も蜘蛛の巣も夏の季語。が、この句の場合は気にならない。蜘蛛の巣が蜘蛛にくっつくことはあるのだろうか。昨日(5日)のような激しい風雨の後の晴れた冬の日には、吹き飛んだ枝から、蜘蛛の巣がからみついた蜘蛛がよたよた歩いている光景はありそう。その蜘蛛は、おかしいのか、哀れなのか、その微妙さがこの俳句のミソか。

軒下に体操服と吊し柿   穂波
 これも「モノ」を提示しただけの俳句。「体操服」と言われただけで、読者は、様々なサイズ、色、形の体操服を自分の生活に即して思い浮かべるだろう。「吊し柿」だから、山辺か、農村だろうか、そこの、軒下、という場所がいい。季語が効いている。

太陽系落ち葉の雨の中に居る   ロミ
 落ち葉の雨というのは、落ち葉が雨と一緒に降っているのか、落ち葉が雨のように降ってくるのか、下に落ちている落ち葉にたまっている雨水なのか。少し曖昧だが、読者が好きな光景を思い浮かべたらいい。そのような場所にいるときに、でも、ここは同時に太陽系の中なんだ、とふと思った発想が素敵。

【予選句】

★小鳥来るナンテンアオキツゲアケビ   学
★市庁舎にテントを組みぬ冬の雨   黒猫
★冬薔薇鉛筆の芯とんがらす   茂
★腹の傷見せあふ友や秋暑し   えんや
★童らに壺湯あふるる小六月   えんや
★まっ、いいか。こゆきちらちらさようなら   ポリ
★返り花あっ、戸締りを忘れてた   ポリ
★木枯しやいよいよ尖る妙義山   小口泰與
★子鴉のかあかあかあさん寒あかね   せいち
★愛してと言うはたやすき鮟鱇鍋   あざみ
★風呂吹きと決めて家路を急ぎけり   由利子
★綿虫の舞ひて湖北の古戦場   文の子
★戸を開けて冬将軍が回覧板   仁
★ジーンズの似合う先生冬うらら   仁
★曲がる毎干し大根の区バスかな   草子
★胃の抜けし隙間木枯らし鳴る如く   戯心
★昆布炊く夫の肩先気負いをり   千鶴
★カーテンの引かれ駄菓子屋一葉忌   くまさん
★虎落笛グリム童話の森に鳴る   山内睦雄
★墓石にくつつゐてガム冬ざるる   きなこ
★木枯しやどうするつもりこの後は   らふ
★雨音に時折り冬の雀かな   穂波
★冬の夜河馬棲む街を通りけり   遅足

【ひとこと】

・俳句によく詠まれる光景・・・
 「無人駅舎の時刻表」
 「宝くじ売り場と十二月」
 「男は電話手短に」
 「雨の背後に冬がしのぶ」など

・いいすぎ、全部言った・・・
 「九九の暗唱シゴニジュウ」
 「もうこれまでとはらと散る」
 「かぐはしき赤ちゃん」
 「階段に靴音尖る」
 「お疲れ様言ってやりたき散紅葉」
 「七重八重かさなり合ふて山紅葉」
 「祈りの色は木守柿」など

・説明・・・
 「黄に染めて空を区切りし銀杏かな」など

・季語は?・・・
 「三寒四温」は今の雑詠としてはどうか?

・川柳として・・・
 「株暴落思案投げ首懐手」

・リズム悪し・・・
 「木の葉かつ散る新築展示場」

・同じテーマの言葉が二度出てくる・・・
 「絵馬と神の留守」「千歳飴と三歳児」など

・日記として・・・
 「愛犬の墓すくと立つ」「「子に踏まれ腰痛治す」

・あたりまえ・・・
 「落ち葉焚く煙の匂い」など

以上

2008年12月3日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

 あっという間に12月がやってきました。寒い日が続きますがみなさまお元気でしょうか。たくさんの冬の句をありがとうございました。私はこの季節って、なんとなく詠みにくいような意識があるのですが、みなさんの句から「あ、こんな題材が!」「こんな切り口で詠めるなんてすごい」と色々学ばせていただきました。

木枯しのこつんと骨があたりけり   遅足(60代)
 「木枯らし」の寒さ、そこに骨なんてますます寒そうですが、この「骨があたる」という感覚、なんだか共感が持てます。具体的にどういうことかというと説明は難しいのですが・・・。「こつん」というオノマトペは一見よくあるものなのですが、この句では「木枯らし」「骨」の間にあることで句にかわいらしさを加える役割を果たしていると思います。

一汁に一菜ひとり冬来る   遅足(60代)
 一汁一菜、ひとり、冬。寂しさを感じる要素満載の句なのですが、直接言わないからこそその寂しさが強く伝わるのだと思います。また、寂しいだけではなくて、強さも感じます。「一汁に一菜」ときっぱり最初に持ってきたことがいいと思います。背筋が伸びる一句です。

弟の口一文字七五三   せいち(60代、男)
 先月は七五三のお参りらしい、かわいい着物を着た子どもを電車や道でよく見かけました。記念写真の顔でしょうか。小さい弟は不機嫌な様子。一文字、七五三とゴロがよくリズムがとてもいいと思います。あたたかいまなざしを感じる句です。

  神の旅人さまざまに鳩サブレ   真亜子(男)
 鳩サブレ、昨年末に私も鎌倉で購入いたしました。「人さまざまに」とはいうものの、みんな鳩サブレは買ってしまう。そんなおかしさがあります。「神の旅」が鳩サブレに落ち着く、ちょっと脱力したような結末がおもしろくていいと思います。

連日のリーマンショック鳥渡る   真亜子(男)
 リーマンショック。国を越え海を越えて騒ぐ人々と対照的に悠々と空を羽ばたき毎年と同じように渡ってくる鳥達。取り合わせの妙ですね。さらっと無理なく時事を句に詠み込まれたところが上手い!と思います。

蓮の実の飛んで繰言消えており   真弓(60代、女)
 蓮を見ながらぶつぶつ繰言を言っていた。その時蓮の実が落ちて、あっと気をとられて繰言は中断。きっとそこからは蓮の実談義がはじまったのではないかと思います。「消えた」というのがいいですね。季語の力をうまく使った句だと思います。これは確かに繰言が消えそう。

木枯らしも立ち寄れ母の胡桃餅   崎浦 利之(60代、男)
 とってもおいしい胡桃餅なのだなあと、想像がふくらみます。ついつい手が伸びて夢中で食べてしまう胡桃餅。「木枯らしも立ち寄れ」という発想がユニーク。ただ、「胡桃」は秋の季語、胡桃餅はどうなのだろうかというところがやや気になりました。

スケジュール素振り千回冬に入る   仁
 なんとストイックな。しかし確かに球児の、あるいは野球選手のスケジュールはそんなものなのでしょう。野球といえば夏の高校野球、もしくはビール片手にプロ野球観戦というイメージがありますが、華やかな試合の裏にある努力、やや地味な場面をうまく掬い上げた一句だと思います。「冬に入る」という季語がきっぱりしていていいですね。練習の緊張感のようなものが伝わります。

坂下り又坂上り寒に入る   勇平(70才以上、男)
 同じ道を往復しているのか、はたまたでこぼこ道をせっせと歩いているのか。どちらかは分かりませんが、そんな寒の入りを想像すると、寒さよりもおもしろさが際立っていいなあと思います。「坂下り又坂上り」というなんともない言い方も、取り合わせの力で魅力を引き出されています。ぽかぽかしてきそうですね。

琴光喜どすこいと負け初時雨   豊田ささお(70才以上、男)
 「思わぬときに負けるという彼の本領発揮です」というコメントがありましたが、その通り。私はなかなか琴光喜が負ける句はつくれないのですが、たまには負けるという事実を私も直視する必要があると痛感です。「どすこい」の気合があっても負けるのが勝負の世界。この場合、「初時雨」という季語をあわせたことで負けても爽やかな印象が残ります。

【次点】
★アンダンテ人肌となる燗の酒   勇平(70才以上、男)
 アンダンテ、音楽の用語ですね。「歩くくらいの速さで」「ゆるやかに」。燗との組み合わせがとても新鮮で魅力的でした。ただ、読み手がこの言葉を知っているかどうかによって評価が分かれるかもしれませんね。

★校庭でイモ焼いてます男山   穂波(女)
 おいしそう!と素直に読める一句。男山という地名が、なんとなく大胆な焼きイモを連想させます。

★君が好きポケットの団栗握り締め   岡野 直樹(40代、男)
 かわいい子どもの恋心でしょうか。どんぐりを握り締めるなんて。リズムの悪さが、この句ではかえって、ぎこちなさや好きと言えないもどかしさを感じさせます。

★塀上の猫と目の合う小春かな   くまさん(60代、男)
 目が合ってもきっと動じないのでしょう、この猫は。小春の心地よさというかまったり感を伝えています。なんともない一瞬ですが共感できますね。

★ポリープと言えどわが身ぞ木守柿   遊雲(70才以上、男)
 そう、病も結局自分の体の一部だなあと納得です。「病気とうまく付き合う」なんていう言い方もありますね。

★辞世句をなぞれば滲む知覧かな   崎浦 利之(60代、男)
 素直な句ですが、心に残る一句です。

★点線の時雨伝える耳飾り   ゆき(女)
 「耳飾り」という表現から、おじいさんもしくはおばあさんが孫の言葉を聞いているという一場面を想像しました。

★窓口で名前出て来ず小春かな   山法師
 物忘れ、こんな場面はやや落ち込むところですが、「小春」に救われます。

【ひとこと言いたい句】

白菜に巻かるる快楽みどり虫   きなこ(50代、男)
 私も先日白菜から虫がでてきてびっくりでした。「快楽」とまで言ってしまわないほうがいいかなと思います。

木枯しや赤城をおそう黒き雲   小口泰與(60代、男)
 「赤」と「黒」の対比、ねらいが読者にわかりすぎるかと思います。

冬の雲喪中葉書の墨淡し   大川一馬(70才以上、男)
 「冬の雲」「喪中葉書」「墨淡し」。どこかに意外性がほしいところです。

自問すれど自答得られず冬日向   羊 丘(男)
 「自答得られず」としてしまうと理屈っぽくなってしまうのでそこは言わなくても「すれど」があれば十分かなと思います。

 次回は2009年になります。新米ドクターの私にたくさんの句を送ってくださってありがとうございました。少し早いですが、来年もよろしくお願いいたします。


2008年11月26日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

 ごぶさたしています。前回がサッカー、UAE戦の後、今回は対カタール戦の後。やっと安心して観ていられる試合になりました。そんなこんなで、今日(22日)は二十四節気では小雪、北の方ではもう雪なのですね。皆様の句もいつの間にかすっかり冬の句に、早いなあ。ではでは、投句順に。

芒原身の内にあるされこうべ  濡衣(女)
 ぱっと見、怖いです。「身の内にあるされこうべ」をどう読んでも自由なのでしょうが、風雨に晒された白い頭骸骨から、現世の欲から半ば解放された割とあっさりした気分と読んでみました。芒原にさやさやとやさしい風が吹いています。同時にどうしても落語の『野晒し』(上方では『骨釣り』ですか)を思い浮かべてしまいました。「野を肥やせ骨の形見のすすきかな」、元武士の清十郎がされこうべに酒をかけながら手向ける一句です。されこうべなんて題材によく挑戦されましたね。

破れ家に猿現れて冬に入る  えんや(70才以上、男)
 実景として、多分ご覧になったのだろうと思います。猿の印象がとても鮮明です。多分、廃屋を破れ家としたことが表現の上で成功しています。「破れ」が猿の荒涼とした様子さえ連想させる働きをしているようです。同時に山村と山林の荒廃までも思いは動いていきます。力のある句ではないでしょうか。

下町にカレーの匂ひ一葉忌   柳 蛙(70才以上、男)
 歩いていると、ふとカレーの匂いが漂ってくることがある、すると、ああここに家族の健気な生活があるなあ、と思う。カレーって何かそういう匂いです。カレーの匂ひがとても効いていて、薄幸な一葉との距離がいいのですね。問題は下町です。一葉と下町は、よくわかるけどいわゆるつき過ぎ。ここをいじるとこの句全体がこわれそうですが、そこを挑戦してみてください。

「おくりびと」観ての帰りの石蕗の花  大川一馬(70才以上、男)
 私はまだ観ていませんが、大ヒットしているようですね。この映画にはいろいろ感じること多いはずですが、そこは何も言わずに帰り道の石蕗の花だけを言い止めた。本当に石蕗の花の佇まいは、このようなシチュエーションにぴったりですね、ぴったり過ぎるきらいさえあります。敢て言えば、「観ての帰りの」が説明的ですかね。「観る」と「帰り」はどちらか省けるでしょう。

12月薄荷の息をしてわれら   ゆき(女)
 12月はなにかと集まりも多く、いろいろ理由をつけてお酒を飲むことになります。ミント味の錠剤、芳香と清涼感が結構クセになって、私も時々ポケットに入れています。年の暮とか極月ではなく12月とドライな表記にしたのが成功ではないでしょうか。余計な思い入れがない分、すっきりした薄荷味です。胸を張った立ち姿が見え、それが「われら」といわれちょっと味わいが複雑に。ここは自信がないのですが、「私」より「われら」の同じ12月を生きる共生感が好ましい感じがしてきました。ということで最初は男性の句と思っていました。

川の名をぶつぶつ言ふて鰻丼   学(50代、男)
 不思議なユーモアが漂う句です。一人でぶつぶつ呟いている、何で川の名なのか?それも鰻丼を食べながら。ここに状景ははっきりと示されながら、それ以上の意味の表出はすべて抑えられている。ぶつぶついう男(多分)と鰻丼の匂いで読者が物語りをつくるしかない、とぶつぶつ言っていたら、このぶつぶつ言うのは鰻丼でもいいと思いはじめました。鰻丼が呟く。川の名を!いいなあ。藤枝静男のような空気感があります。

だきたいとおもえばそばにいるいちご   汽白(40代、男)
 意味は紛れようもなく、平易極まりない一物仕立て、と、見える。だが本当にそうなのか?なにしろ、そばにいるのは「いちご」なのだ。「いちご」とは誰だ? いちごちゃんか?果物愛か?そもそも抱きたいのは誰?いちご?それとも?それならそばにいるのはなぜ?と謎は深まるばかり。こんなふうに下五に何気なくいちごを置いてみせた作者の術中に私は完全にはまっているわけです。こんなに短い詩の形式がその短さゆえに、まだまだ可能性があるんだなあと、改めて思わされました。

うら山のあきつ見てきて入院す   きなこ(50代、男)
 このさりげなさが魅力です。入院する前にいろいろやることがあるでしょうに蜻蛉を見てきたと報告しています。入院する前に何々をしておくという語りのかたちは、そこにもってくるものによっては、結構深刻に聞こえます。それが蜻蛉ですから、そのさりげなさによって、かえって入院の切実さが誇張なく静かに伝わってきます。視覚的にも平仮名表記が少ない漢字部分を静かに強調しています。「うら山の」は「うら山に」でもいいかもしれません。

新走り待ち受け画面孫ばかり    文の子(60代、男)
 ケータイの待ち受け画面が何かということで、その持ち主の年代、キャラクターなどが分りますね。酒席でみんなケータイを開いている、考えようによっては不思議な光景。どいつもこいつも「孫ばかり」と慨嘆してみせていますが、どうしてどうして作者も同類でうれしいのです。同年代の例えば同窓会のようなシーンが想像できます。「新走り」という季語もそんな照れながらもうれしい気分によく合っています。

寒月に傀儡のピエロ笑う声   長十郎(男)
 かなり作為的な詩の世界、すべての言葉がある種の詩のムードを指向しています。(悪くはないですが新しくはない)注文をつけるとすれば寒月で切ったほうがいいのでは?立体感が増すと思いますが。笑う声は「笑う」だけでも聴こえてくるので、声まで言わないで、笑うだけで終わりたいところです。

【次点】

★若狭路の百三十寺紅葉せり   えんや(70代、男)
★店頭に練馬守口聖護院     勇平(70才以上、男)
★海見ゆる坂の両側石蕗咲けり  匡(女)
★行楽の人と同席冬喪服     茂(女)
 冬喪服がたしかに苦しい。行楽が例えば紅葉狩りとかだったらどうですか?
★鉛筆の音さりさりと霜夜かな  ポリ(50代、女)
★白鳥の込み合ふ中の離着水   吉井流水(60代、男)
 この光景見たことあります、「込み合ふ中」を工夫し、着水だけにするとか。

【気になった句】

☆マンボウの水平飛行星月夜
 幻想的、マンボウが掴まえ切れませんでした。
☆落鮎の後ろの渦の白さかな
 渦は白濁していると読めますが?
☆冬の星まりもっこりはもっこりと
 冬の星がどうか?
☆神渡し吹けり黄泉より犀の船
 すごいことになっています
☆DO YOU KYOTO? YES I DO HIGH FALL
 ブロークンが味か?
☆寄木細工の開かぬ箱買ふ冬紅葉
 要素多すぎ窮屈です。

2008年11月19日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

 句が秋から冬の句に移りつつあり、俳句は季節の歌なんだな〜と、当たり前のことに妙に感心しています。寄せられた121句、ありがとうございました。 ここは船団だから少し変わった句を出してみようという方と、そんな事カンケーないという方といて、それもまた船団なのかな〜と思いました。いつもより、しみじみ系の句が多いと感じたのは、季節の変わり目だからかも。みなさん、元気にお過ごしください。

深々と山十月の胡麻豆腐   真亜子(男)
 漢文の朗読をたまに聴くことがありますが、意味が分からなくても引き込まれることがある。この句はそんな感じ。取り合わせの妙。人それぞれに意味は後からついてくるのでは。わたしは、ごま豆腐を食べながら、10月の山を思っていると読んだ。

「R」ボタン押し居て釣瓶落としかな   茂(女)
 「R」ボタンが新鮮。リターンボタンとも、ライトとも。現代を詠んだ句なので「押し居て」の固い言い回しはどうか。せめて「押しつつ」くらいでどうか。

明るさに翳も抱へて鶏頭花   古川てつろう(70才以上、男)
 自然を詠んだ句。こういう感じは濃い色の薔薇の花びらなどにもありそう。「翳も抱へて」が上手。俳句では嫌われる「も」が有効的に使われている。類想もあるかも。

ワイシャツに靴下の陰冬はじめ   ポリ(50代、女)
 「ワイシャツに靴下の陰」というのがオヤッと思う。考えてみると、洗濯物のワイシャツに靴下が影を落としているのだろう。写り込んでいるので「影」が適切ではないだろうか。

うその顔ふたつ並んで文化の日   きなこ(50代、男)
 「うその顔がふたつ並ぶ」という面白い言い方に「文化の日」の季語が良く効いている。読ん人は、それぞれにいろんなシーンを思うだろう。また、「文化の日」というもの自体がまやかしなのだよ〜というニュアンスも感じる。

うそつきは女のせりふ日記買ふ   きなこ(50代、男)
 前の句と同じく取り合わせの句。「うそつきは女のせりふ」という断定に「日記買ふ」が通奏低音のように響いている。おんなは怖いね〜。日記にもホントの事は書かないのか。それとも日記にはホントの事を書くのかな〜。作者は女性のつもりで読みました(実際はどうであれ)。

おばちゃんと久しく呼ばれ文化の日   あさ(60代、女)
 この句はおそらく前の句と同じ方でしょう。作り方も同じ。文化の日の句は、ふたつ前にもありました。この句も文化の日の批判が込められているが、もっと理窟抜き。痛快、豪傑のおばちゃんの姿を思います。(前の方ではありませんでした、失礼)

木枯らし1号ひざっこぞうにバンソウコウ   穂波(女)
 かわいい句です。また口からボロッと出たような調子のいい句です。ただ表記がだらしない気がします。逆に読みにくい。「木枯し1号 膝っこぞうにバンソウコウ」。う〜ん、あんまり変わらないかも知れませんが。

青年の耳のピアスや櫨日和   学(50代、男)
 和風だがおしゃれな青年。例えばオダギリジョーを連想した。「男のピアス」というとやや批判的な匂いがするが、「青年の耳のピアス」に清潔感がある。愛媛県の内子あたりにピアスの青年がいるというようなイメージ。「櫨日和」の季語の組みあわせが新鮮。

この辺り住めば何駅大根畑   大川一馬(70才以上、男)
 これで10句目なので迷ったが、変わった句材のこの句を選びました。この句「この辺り住めば何駅」が難しいと思う。「ナンエキ」か「ナニエキ」と両方読めるし。わたしは、ドライブとか自転車の散歩で休憩してる景を思った。「大根畑ばかりだが、ここに住むことになったら電車の駅は、どこなんだろうな〜」というもの。全く違う読み方もあるかも知れません。でも、出来上がった句は読む人のものだから、これでもいいのです。

【次点句 と 一言いいたい句】

★ 農道の二本百円大根買ふ
  「二本百円大根買ふ」の言い回しが巧み。えんやさん。
★ わが影に殿様バッタ着地せり
  いい句すぎて、類想句があるかも。えんやさん。
★とうちゃんがいなきゃぁふゆじゃぁない
  素朴さをキープしつつ口調に工夫を。仁さん。
★葉は色を替へず銀杏たわわなる
  確かにそうですね〜。発見の句。文の子さん。
★煎餅のきつちり割れて冬来る
  「きっちり」がいいですね。類句ありそう。きなこさん。
★隣家の郁子の実ぶらり睥睨す
  「隣家」が句をややこしくしてるかも。草子さん。
★ひつじ田のあほあほとして筑波山
  「あをあを」でしょう。学さん。
★着痩せしているしていない冬の橋
  「冬の橋」が効いているが、ゴロ悪い。汽白さん。
★運動会終はるや子らの走り出す
  オヤッと思うが、その心は? イマゴンさん。
★木枯しや夕日たまはる老農夫
  ミレー落ち穂拾いのよう。季語がどうか。小口泰與さん。
★縁(へり)ばかりなりし石磴散紅葉
  景は分かるが、いい方がややこしい。文の子さん。
★その奥もふくみし柿のたわわかな
  柿の木の内部を詠んだ。ロミさん。
★外輪船湖から月へ連れてって
  外輪船、関東では馴染み薄いが面白い句。岡野直樹さん。
★死に際にまだ尖がっている蟷螂
  興味深いが理解できませんでした。満山さん。

  以上、次回はもう年末になっているでしょう(^_^;)ゞ

2008年11月12日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

 秋も深まって参りました。毎朝、桜紅葉を踏みしめながら、犬と散歩しています。
 皆様からは、さまざまな秋の体験の句をいただきました。
 今回は、新鮮さを感じる秋の情景や気分を念頭に置いて選をいたしました。もちろん、スタンダートな秋の情景であっても、膝をうつような絶妙な表現、胸が痛くなるような深い表現には注目したつもりです。残念ながら、取り上げることのできなかった句の多くは、表現の工夫に物足りなさを感じたからだと思うのです。もしくは、情景がうまく伝わらなかった、ということかと。僭越ながら、そんなことを感じながら、秋の夜長を楽しませていただきました。
 次回は冬ですね。またもや新しい冬に出会えますことを今から楽しみにしております。是非、わたくしめをハッとさせてやって下さいませ。

エスカレーター母と子をのせ天高し   草子
 屋外のエスカレーターを想像いたしました。最近では、そう珍しくないと思い、無理がないと判断しました。都市のターミナルでも見られますし、都会らしい秋の一景ではないでしょうか。「母子」が少しありふれているかなとは、思いますが、天の高さにそんな気がかりも、ささいなことと思えてしまいました。何でもない日常の、ほんの一瞬に感じる季節ごとの情感を人に伝えることができたなら、それこそ俳句という素晴らしい文芸だと感じています。

舗装割る泡立草に汽車止まる   羊丘
 〈夏草に汽罐車の車輪来て止る 山口誓子〉を思い出させてしまう弱点があるのではないでしょうか。ただ、情景の掴みどころが大変優れており、選ばせていただきました。「舗装割る」という表現も優れており、完成された一句でしょう。

短冊を並べて秋を惜しみけり   吉井流水
 秋の惜しむ様子が、如実に、そして過不足なく表現されています。スタンダードな表現ですが、「けり」の使用も的確ですし、まとまりのある句です。

これからも呆けでいきます秋桜  ロミ
 実は、とても悩んで選ばせていただきました。この表現、この句意が、読者に受け入れられるものであるか、と。私が選いたしましたのは、「呆け」(もしくは「惚け」)のもつ、マイナスのイメージを払拭する、覆す俳句と思えたからなのです。世間的にネガテイブなものを、そんなことないのだ、とポジテイブなプラスなものに変換する力を、俳句が持つことができたら、それはとても大きな文芸の役目を果たしているのではないでしょうか。また、季語に対する新しい感覚も生まれる可能性も。
 掲句は、作者の宣言でしょうから、どんな「呆け」なのかは判断しかねるのですが、明るい「呆け」であることはかわりはないでしょう。秋桜が少し寂しい雰囲気もありますが、可愛らしく群生する花であることで良いでしょう。

秋澄むや視線離さぬ瞳あり   茂
 どんな瞳なのでしょうか。少々、ドキッとするような雰囲気もあり、魅力を感じました。表現上、二点か申しますと、「や」切れの必然性、視線と瞳が類似の言葉であること。もちろん、どちらも強調させる手段であるとは思いますが、推敲の可能性も。秋最中の、澄んだ空気が似合う句意でしょう。

豊の秋八桁以上のパスワード   茂
 取り合わせの妙を評価いたしました。が、しかし、そのおもしろさが万人受けするか、少し微妙ですが。豊かさを湛えた季語に、パスワードの羅刹。秋の豊かさがより強調され、その豊さ満載が魅力なのです。

するするとさる木登りす神の留守   ポリ
 さりげない「す」の羅列が、猿の動作も伸びやかにしているようです。語感もよく、「神の留守」という季語も無理なく句に入っているのではないでしょうか。自然の時の流れのようなものも感じさせるでしょう。

「秋惜しむ」小さき画廊の四十号   えんや
 小さい画廊に、大きな絵画、そのミスマッチが、秋を惜しむ気分に効果的でしょう。ただ、「秋惜しむ」の「 」(鍵かっこ)は必要でしょうか。絵画の題名として限定しないことの効果を考えています。句の持つ情感は変わりませんから、句の世界が大きく膨らむ表現を私は好みます。それが、短詩型といわれる俳句の、短い文芸の特権ではないでしょうか。

先導のバトンガールに冬来たる  勇平
 先頭の何かに冬が来る、という発想、表現はけっして先例がないのではないですが、「バトンガール」という大変動きのある、そして溌剌とした若さのある人物が、掲句の勝因です。また、「先導」という言葉の選択も優れています。句を平凡にさせない表現力です。

五線譜に愛のことのは後の月   仁
 クラシックな雰囲気の良さが魅力ではないでしょうか。季語の選択も、「五線紙」「ことのは」という言葉とよく似合っています。甘い句意ですが、動詞をつかわず(例えば、愛している、など)、秋の月を「後」にしたことが、嫌味のない句に仕上げました。逆にいいますと、動詞(行動の表現)や形容詞(状態の様子)がなくとも十二分に、感情を表すことができるのです。

【次点】

★神の手の触るるがごとく初紅葉   山法師
 「妻の手」や「彼の手」ではイメージが違いますでしょうか。
★さはあれど秋のこの日のこの夕焼け   草子
 言葉の選択に感性を感じます。
★珈琲のドリップの音秋澄めり   大川一馬
 少し決まりすぎている(整いすぎている)情景かもしれません。
★短脚犬曳く長ズボンそぞろ寒   大川一馬
 昨今の散歩風景に思わず笑って納得です!
★さりげない言葉をもらい暮れの秋   茂
 上五中七が良いです。下五が少々平凡。
★肩広き菊人形のエコバック   黒猫
 句材に興味を惹かれましたが、句意が不明で残念でした。
★月今宵黒衣の男ボレロ弾く   涼
 句調も整い、おしゃれに決まりすぎた情景。しかしながら、魅力があり一票を。
★十三夜つるりと剥けるゆで卵   涼
 類想を感じます。
★山茶花やもう後進に託すべき   文の子
 鮮やかに意志を表現され、好感を感じさせるでしょう。季語は大胆なくらいのものの方が、より句も句意も映えるはずです。
★はがき絵におさまりきらぬ大南瓜   丹沢借景
 気分はとても伝わります。表現にもうひと工夫を頂きたいものです。
★木の実落つ麒麟は首をもて余し   学
 少々類想の気配があるのですが、その情景の魅力的なことに一票です。
★乳母車乗り付け拾う木の実かな   岡野直樹
 「乳母車乗り付け」という表現に一票。
★秋を切り発電風車大回り   戯心
 秋の空の雄大さが感じられる中七下五はお見事ですが、上五が句を難解にしていないでしょうか。
★タンスにゴン茶箱にアロハ天高し   穂波
 おもしろさにという点では秀逸。ただし、「タンスにゴン」の受け入れがどうでしょうか。流行語としては少し古いかもしれません。「茶箱にアロハ」も愉快で痛快なだけに残念。季語も的確で、秋の衣更えが良い気分として表現されています。

【予選】
☆靴先に枯葉纏ひて古暖簾   小口泰與
☆深酒の君誇らしく文化の日   廣島屋
☆紅葉して修羅いまさらの修羅の貌   長十郎
☆臨月は秋雨というリズムかな   仁
☆十月の寺町通り人語満ち   藤原有
☆寂然と無花果の売れ残りけり   きなこ
☆秋空にをんなの声も飛ぶ漁港   崎浦 利之


2008年11月5日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

 こんにちは。
 紅葉の美しい季節になりました。
 急に冷え込む日もありますが、晴れた日の気持ちの良さは格別ですね。

 今回も103句もの投句をいただき、ありがとうございました。
素直な詠みぶりで、やはり長く続けていらっしゃる方に一日の長があると思いました。初心の頃は一句にあれもこれもと詰め込みすぎ、句が難しくなるようです。長く続けるためにも、力の抜き方を学んでいただきたいと思いました。

足裏に小石のあたる秋思かな   茂
 靴の中に小さな砂粒が入っていて、それが気になって仕方がない。けれども立ち止まって靴を脱いで出す、というのは億劫なのです。一緒に歩いている方が居て、そんなことで相手も立ち止まらせることになるのが嫌なのかもしれません。
 そのような状況と秋思との取り合わせの句としていただきました。
 何か心にひっかかるものがありながら、そんな大げさなことでもなし、と毎日を暮らしている、それが作者の秋思のありようなのでしょう。

ぬくめ酒ひとりの短波ラジオかな   廣島屋
 「短波ラジオ」とは珍しい。作者は少年の日に無線通信や短波放送を楽しんでおられたのかもしれません。一人の部屋で耳を澄まして、遠い外国からの放送に聞き入っている静かな時間。ぬくめ酒で、肌寒い夜長の季節感がよく伝わります

稜線のゆるむことなき秋の暮   吉井流水
 空気が澄みきって、くっきりと見える秋の山。夕暮れが迫っても、山の稜線はくっきりそのままに暮れていったのでしょう。写生のまま、と作者のコメントにありますが、「ゆるむことなき」から、朝から夕暮れまでずっとよいお天気で、山の姿の鮮やかだったことが伝わり、気持ちの良さを共有できる句だと思いました。

曲がり角何かが変わる秋日和   えいこ
 板塀の曲がり角でしょうか。板塀に半分目隠しされながら歩いていて、角を直角に曲がった途端、全く違う風景が見えた、そんな経験は誰にもあるでしょう。例えば、海や、お花畑など。
 そんな経験を何度か重ねて、曲がり角に「何かが変わる」ことを期待してしまうようになった作者。その何か、は、自分の中の何か、或いは、運命にまで、いつの間にか敷延化されてきています。そこが面白いと思いました。
 曲がり角ごとに、何かが変わる……、ファンタスティックな秋日和の一面がうまく表現されていて、今回一番好きな句でした。

まっすぐに進む癖あり菊日和    仁
 右に曲がる癖、左に逸れる癖、などはよく聞きますが、「まっすぐに進む」のも「癖」なのですね。その発見が新鮮です。
 菊花展、大勢の人たちがぞろぞろと列をなしている中で、目に入った一鉢に大股でずいずいと近づいて行く人を想像してみました。大振りな菊の姿や香りも、一句の内容によく合っていると思います。

黄落や小さき画廊の大きな絵    えんや
 銀杏並木の中の画廊でしょうか。街の画廊はビルの地階などにさりげなくありますし、小さなスペースのものが多いですね。そこに飾られた大きな絵。多分、油絵のどっしりした絵なのだと思います。ちょっと絵が大きすぎるな……。ただそれだけのことなのですが、画廊の外に明るい黄落が広がるとなると、その窮屈そうな大きな絵を表に出してやりたくなりますね。

花野へは各駅停車に乗り換えて   遊雲
 本当の花野に出会うためには、各駅停車に乗り換えてゆっくり行かなければ。そして、花野に出会う心の準備をしなくては。そんな作者のメッセージが伝わってくる一句です。

父からの荷は渋柿と麻の紐   穂波
 渋柿と、麻の紐……こんな荷が届いたら、誰もが困惑するのではないでしょうか。でも、だんだんと謎は解けます。ああ、そういうことなの、と。
 お父様は、作者に干し柿を作って食べなさい、とこの荷を届けられたのでしょう。渋柿に麻紐まで添えられたところに、親心を感じました。(或いは、父の立場からの一句なのでしょうか。それもまた魅力的だと思います)

木犀や隣家ほどよく離れをり   ミノル
 隣の家に限らず、大きな金木犀のあるお家が目につく町なのでしょう。住宅の密集した街中ではなく、郊外の古い町並みを想像しましたが、或いは農家の集落でしょうか。
 二階の窓を開けると、隣家の金木犀の香りが「ほどよく」感じられる。隣家とのおつきあいも、付かず離れず「ほどよく」するのが、この町の気風になっているのかもしれません。

改版の辞書の分厚き星月夜    黒猫
 広辞苑の第六版でしょうか。薄いページを3074ページも重ねてその分厚い辞書はあります。あらゆる単語がこの一冊に収まっているかと思うと、まるで小宇宙のようにも見えますね。
 電子辞書にはない存在感のある分厚い辞書と星月夜との取り合わせが、新鮮で美しいと思いました。

【佳 作】
★ねこじゃらし母の手はらい子と子の手   草子
★大枯野ひとりで入る蕎麦屋かな   茂
 (原句 大枯野一人ではいる蕎麦やかな)
★花野ふむみんなおんなじされこうべ    きなこ
★回覧板間引菜添えて回しけり   えんや
★乳癌と言ふ母米寿吾亦紅   戯心
★山脈に沿ひ雲に乗り秋の鳶   戯心
★秋風や行きかふ人を見てひとり   羊丘