「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2009年8月26日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】
 「日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。ふたつの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴がひとつ開いているだけである。ただし、始終ふたつの世界に出入りしていると、この穴は段々大きくなる。また、暫く出入りしないでいると、自然に段々狭くなってくる。」(寺田寅彦「22のアフォリズム」中略あり、表記は読みやすくした部分あり)。

 この夏は、いかがお過ごしでしたか。わたしは、パソコンが壊れてしまい、新しいパソコンに振り回されました。結果、こっちの世界に居残りで、向こうの世界に行く事がほとんどなかったな〜。つまり、詩歌の世界に行く穴が狭い状態だったんだな〜と、この文章を読んで悟りました。その証拠と言ってはなんですが、頭がほとんど俳句モードになりません。

 今週の句ですが、この暑さのせいでしょう。こっちの世界の報告的な句が多く、10句選に苦心しました。従って、鑑賞もいつもに増して歯切れが悪いものとなっています。が、こういう事もあるでしょう。秋風と共に、詩歌の世界に行く機会をふやしたいものだと思っております。

【十句選】

落蝉のねずみ花火のごと回り   洋平
 落蝉をねずみ花火にたとえ、命の厳しさを感じた句。声にしたときの調べがあまり良くない。言い回しに工夫ができるのでは。また、「回り」まで言わないで伝える方法があるのかも。

ウチの子になるかといはれ赤のまま   廣島屋
 「赤のまま」の季語が、こまったまま、などの気分を伝えていて適切。せっぱつまった感覚を受けます。ただ、大人が作句したと思うと、どういう状況なのか。子供の時の思い出という想定なのか。この作り方、「死のうかとささやかれしが蛍の夜/真砂女」があります。誰かに言われたことを句にするのも、作り方のひとつですね。

野球部のあとサッカー部日の盛り   廣島屋
 炎天の校庭を代わりばんこに使っているサマを句にしました。わたしの頃もそうだったし、きっと今でもそうです。あの頃の校庭がよみがえってくるようです。

測量のひとり無言の残暑かな   廣島屋
 測量の人は、独自の価値観で任務を果たしている。あの人から見ると、渋谷の雑踏も、田舎の風景も、同じように見えるのだろうか〜などと、常日頃思っていました。だから、わたしのアンテナにはひっかかりますが、「ひとり無言」「残暑」が同じような感覚、俳句用語で「近い」。従って、広がりのない句になっているように思います。

茄子の馬不出来を笑へ父よ乗れ   せいち
 意味はとても良く分かります。命令形が2度出てるのですが、それがちょっと大げさかな〜と感じました。「亡骸の髭剃る部屋に雪よ降れ/沢木耕太郎」は、感極まった状態なので、命令形が効いているのですが。

図書館へちよつと避暑にとペダル踏む   せいち
 今月は、「わたしはこうしました+季語」という報告句が多かった。この句が、報告句に終わっていないのは、「ちょっと避暑に」というのがあるから。ほほえましく受け止めました。

検索の症例ピタリ秋暑し   草子
 体調が変なので、ネット検索をしてみたら、ぴったりの症状があった、という句。ずいぶん珍しい句材を詠んだものだと感心しました。季語が難しいですね〜、この季語は説明的だと感じましたが。

口中に血の味もしてサトウキビ   無三
 サトウキビを食べると口の中が切れて、血が出るということだと思います、たぶん。「も」だと、サトウキビの味と、血の味がして、混じる。ということになりますので、ここは「口中に血の味のしてサトウキビ」「口中に血の味がしてサトウキビ」などでしょう。

戦ひののちつやつやと兜虫   宗次
 戦いに勝った兜虫に、高揚したものを感じているのでしょう。そうかな〜とも思いますが、実は実感がありません。やや観念的かも。「ひっぱれる糸まっすぐや甲虫/高野素十」。これなら見たことなくても素直にうなずけるのですが。

紙てふのいのちふはりと生まれけり   亭
 折り紙の蝶に命が吹き込まれた瞬間を詠みました。「ふわり」のオノマトペが効いています。「紙てふ」の表記は、意味つかみにくかった。「紙蝶」でいいのでは。「紙蝶の命ふわりと生まれけり」が普通の表記。「紙蝶」がいやだったら、「蝶折って命ふわりと生まれけり」などもあるでしょうか。(後から、記名の文書を読みました。無季とありますが「蝶=春」なのでは。それとも、「〜という」意味だったのかも知れませんね。それなら、「紙という」の言い方になるのでは)

【選以外の雑感】

九階に花ありはるか和泉山脈  三木 祥子
海見ゆる宿の七階夏つばめ   えんや
星月夜十三階の家に住む     遊雲
 たまたま、9階、7階、13階の句が揃いました。作ったご本人は、その階にいたのでしょうが、読む方に取っては、ほとんど意味がないように思います。どうせなら、2階の方がまだレトロな風情があるのでは。「海見ゆる二階の宿や夏つばめ」とか。13階はやや高層を感じますが、最近のマンションではたいして高くはないのでは。いっそ60階にでもしたらどうでしょうか。

花魁草ガラスの筥に夢を入れ  小口泰與
謐なる沖の釣舟今朝の秋     えんや
流燈の魂魄結晶して紅し      頓坊
 難しい字のある句を並べました。漢字が読める読めないは漢字力の差ですから、ある程度はしかたがない事でしょう。ただ、思い入れを伝えるために、なんでも難しい字を使うのはやめた方がいいように思います。「筥」は、箱、函などでいい。「謐」は、しずか、静か、でいいのでは。「魂魄」(こんぱく)は、漢文っぽい言い回しを狙っていると思えるので不適切とは思いません。が、難しかった。

【おわりに】
 まず、無記名の句一覧を読み、選句。次に、記名した一覧を読み名前を確認しています。句に文章を添えてくださった方、ありがとうございました。お返事は書けませんが、読ませてもらっています/えなみ(^_^;)ゞ


2009年8月19日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 残暑お見舞い申しあげます

 ボクハイマフルサト二イマス、、、、といってもいつも故郷にいるわけで、つまり、お盆だからといって一家をあげて新幹線に乗ったり、高速道路をのろのろと走ることもなく、生まれた土地の生まれた家のアナログテレビでお盆ラッシュのニュースを見ながら、素麺を食べ、ほうじ茶を飲み、家内と二人、たいして喋ることもなく、時にチャンネルを変え、ふ〜ん、やっぱりな、とか言いながら、書き止まっていた10句選の続きを書くため二階の小部屋に戻ってきたところです。
 明日は先祖の墓参り。これも歩いて五分ほど。今年は芙蓉の花を供えよう。

【十句選】

口下手の浪子さんより水羊羹   茂
 徳富蘆花の「不如帰」の浪子さんか。いや、まさか。いやいや、そうでもよいか。彼女は口下手なのか。まあ、とにかく、「浪子さん」も大事だけれど、「口下手」と「水羊羹」の取り合わせが秀逸。水羊羹は羊羹ほど甘くはなく、あっさりして、かと言って上品なのか、庶民の食べ物なのかはっきりせず、いいかえればワタクシを主張せず、でもそれが存在感であって、つまり、口下手ながら自分の意思をそれとなく伝えるため、浪子さんが贈り物として選んだアイテム(小道具)として「水羊羹」は秀逸なのだ。

よく食べる子にはさまれて夏休み   茂
 見過ごしかけて、オヤッと立ち止まった句。なんでもない光景だが「はさまれて」がその場の様子をリアルに表現している。ふつう、挟まれるとは身動き出来ない状況を指す。この句にそこまでのことがなくても、食事のとき、よく食べる子どもらの元気さに挟まれているのだ。で、よく食べる子はよく食べ散らかす。そこには、行儀作法を云々する以前の家族そろって食事をする楽しさと健全さがある。 注:この句の「夏休み」はお父さんの夏休み。そして、食事は朝ご飯。登場人物は、寝ぼけ顔の父。嬉々とした双子の子ども。泰然とした母親。

文月やわが三才の肖像画   頓坊
 たとえば、中七以下を、私が三才の頃に書いた私自身の肖像画と読んだ。もちろん殴り描きであろう。でも、今、歳月が過ぎて、その絵にまじまじと見入り、当時のことが蘇ったのである。文月なればこそ、、、、短冊に歌や字を書き、あるいは夜風に書を曝すという、七夕の行事に由来のある文月なればこその感慨なのである。「わが三才」は詩歌の代わりに幼い絵を奉じたのだろう。

短夜を更に短くメール打つ   悠
 たたみかけるような「短」の繰り返しが効果的。明け易の気配をうまく演出している。と、そんなわけで、コメントも短くした。

原爆忌ボタンの色はどんないろ   朱雨
 この「ボタン」は原子爆弾を投下した時、或いは、核戦争に突入する際の最初の一発を放つ時、指先に触れる「押しボタン」のこと。そのボタンの色は「どんな色」と軽く言い放って、そこが逆に重い。で、その想像の発射ボタンの色は、たとえば何の変哲もなく、他のボタンと変わらない普通の色。丸くって小さな、そして無機質な「そのボタン」。そこに焦点をあててあるので、永遠に忘れることのできない「悲しみ」への思いがことさら強く募ってくる。

白南風をぶるんと切って三振す   えんや
 「ぶるん」と三振するのか。ちょっと平凡な言い方かもなぁ。でも、対戦相手が「白南風」そのもの、あるいは「白南風」というニックネームの剛腕ピッチャーだったらどうだろう。「を」があるのでそんなように読めるではないかで。で、ぶるんと三振。爽快だろうなぁ。思い切りバットを振って。そうそう、何事にもこうでなくちゃ。ぶるん、ぶるん。無茶でもなんでも、ぶるん、ぶるんの気構えで行こうぜ、という気になった。

保険証コピーしに行く夏の夕   黒猫
 何の用があってコピーするのか。いずれ、自分自身の存在を保障することの証としてコピーするのだが、夏の夕暮れ、季語の本意は、「いくらか凌ぎやすくなり、涼しさへの期待感が持たれる刻」とある。でも、昨今はそんな悠長な刻ではない。じとじと、べたべた、いつまでもてらてらと暑い。そのさなか、自身の存在の証である保険証をコピーするために出かけるやるせなさ。しかも、相手方にコピーで了解されてしまうことへの反発と理不尽。諸々が入り混じって、じとじと、べたべた、暑さの極みが心理的に押し寄せてくる。

残暑濃し舳先に似たる三角家   しんい
 カメラを持ってぶらぶらと歩いていると、ときにY字路に遭遇することがある。そのY字路の分岐線に沿うように家が建っていて、つまり、この句のように先端が船の舳先のように三角形になった家があって、ボクは広角レンズで写真を写す。広角だからかなりデフォルメされ、より舳先の先を強く突き出した家がファィンダーに現れる。そんな特異な形状の家に人が住んでいることにちょっと愉快になって、シャッターを切る。現実を浮遊した感覚ではあるが、この句にもそれと似た感覚を持った。「残暑濃し」の言いようにはかなりの違和感があるが、強い西日の状態、と解釈。Y字路に建ち、西日に晒された家はことのほか浮遊感が強い。

茄子漬の切られしのちも夜である   宗次
 茄子漬けの色を愛でて「色はなすびの一夜漬け」「色で迷わす浅漬茄子」などと言うらしい。鮮やかな紫紺の浅漬け茄子が食卓に置かれてあると、つい冷した日本酒が欲しくなる。ということは別にして、この句「切られしのちも夜」と言う。「夜」は何かの比喩なのか。しかし相手が「茄子漬」なら比喩といわれてもイメージがさほど膨らまない。「夜」は夜そのもの。夏の夜の色は茄子漬けの紫紺の色そのもの。中空に浮かぶ赤々とした夏の月を眺めながら、う〜ん、やっぱり日本酒がいい。最近は丹波篠山の地酒「鳳鳴」の吟醸酒が好み。

横顔を見たいけどわたしかなかな聞く   紅緒
 先に挙げた句もそうだけれど、この句も文脈が捻じれているというか、言葉の流れが「けど」のところでずれている。そのずれが不思議の空間を作り出し、たとえば、愛しい人の横顔を見たいというささやかな、そして切なくも危うい想いを「かなかな」の鳴き声を聞くことへ転化させ(ずれさせ)、結果その想いを濃密な時間として提示することができた。

【次 点】

★蜻蛉来る海はるかより魂乗せて   せいち

★水澄むや聖母マリアの碧き衣   遅足

★生前の顔を見にゆく昼寝かな   遅足

★軍艦の海月をかき分け帰港せり   えんや

★身を置きし藁の褥や真桑瓜   吉井流水

★寄りかかり文庫本読む晩夏光   ポリ

★フェンス這う昼顔西を向きて咲く   無三

★裏木戸の軋む音かな吾亦紅   茂

★トランプで組むピラミッド夏の果て   穂波

★私を裏返しのままもう晩夏   紅緒


2009年8月12日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 皆さまこんにちは。
 8月6日はヒロシマ忌。今回の投句にも8月6日を詠んだ句がありました。私は広島出身ではないのですが、年々、ヒロシマ、ナガサキへの思い、が強くなるように感じています。それは、阪神大震災が身近であったことなども遠因かもしれません。
 いくつか句を紹介いたします。

 全能母に縋(すが)れど天燃え原爆忌   中村草田男
 原爆日ごぼりごぼりと泉の穂   加藤楸邨
 原爆の日の洗面に顔浸けて   平畑静塔
 ヒロシマ忌泳ぎし素足地を濡らす   鈴木六林男

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 今回も多くの投句、ありがとうございました。盛夏を楽しむ様子が感じられ、勢いのある句がたくさんであったように思えます。その中で、少し作為的なところ(わざとらしさ)がしんどいなあ、と感じました句は選から外し、読者の(全読者でなくとも)共感を得るものを中心に選らばせていただきました。全員に受け入れられなくとも俳句は良いのですが、特別な読者にしか理解してもらえないというのも、少し困りものでしょう。例えば、中年女性陣には支持される!という基準も目安ではないでしょうか。歌人の俵万智さんはシングルマザーですが、歌集『プーさんの鼻』では、恋愛、別れ、弟の結婚、両親との交流、妊娠、出産、子育てなどを詠んで人気です。それは、それぞれの歌に、それぞれの読者がいるからではないでしょうか。さまざまな境遇、立場の読者が、それぞれの歌に、共感を覚えるからでしょう。

【十句選】

麦茶出す客ばかりなる蟄居かな   頓坊
 蟄居している人物像が魅力的です。具体的な行為=麦茶ばかりを出す、によって、客ではなく、主人の様子が可笑し味をもって描かれているでしょう。また、蟄居しているのだから邪魔をしてほしくない反面、居留守を使わない律儀さという心境の機微。そこの主人を訪ねてくる人物さえも、また、魅力的になってまいりました。

八月の朝広島はヒロシマに   涼
 個人的な思いから選をいたしたわけではごさいませんが、さらりと、そして強くヒロシマを詠まれたことに共感しました。もちろん、「広島はヒロシマへ」という表現の機知が句の上手さを出しているのですが、感情を表す語を用いずに、ヒロシマへの思いを伝える力をもった句を判断いたしました。

八月や紙に切らるる指の先    遅足
 紙に切られるという極日常の、それも老若男女を問わず必ず経験してあるであろう事象が秀逸です。「八月や」の「や」切れが少し不要に強すぎる気がいたしますが、八月の暑さと指を切ったときの不快さが相まっているのでよしをいたしました。

夏祭りしばし蛇口を全開に   真亜子
 夏祭りの勢い、暑さ、そして熱気が、まさに、全開の蛇口です。夏祭りならではの様子や心境を、身近な道具で見事に例えています。「しばし」が多少、勢いをそいでしまいそうな懸念はあるのですが、句の形も整っています。

不揃ひのトマトを乗せて回覧板   えんや
 優しい日常の心情が余すところなく伝わってきて、俳句の良さを再認識いたしました。不揃いというからには、きっと自家菜園か、本人もまた知人の自家菜園からのトマトか、、、 そのおすそ分けとして、回覧板とともにであるから、気の置けないご近所さんを思わせます。おすそ分けの精神や、ご近所付き合い、減ってきているのが昨今なのでしょう。そんな現代、ほっとする、読者をやさしい気持ちにさせ、癒す一句です。
掲句が、懐古趣味の句でない理由は、まだまだ若い人たちのなかでも、ご近所付き合いは生きているからです。回覧板などない自治体もあるようですが、特に子育て中、学童期の子供のいる家庭では、相互扶助の精神は生きていると感じています。

まだ見てるページを煽る扇風機   小金魚
 上句「見てる」(「見ている」でない)に賛否はあるでしょうが、扇風機との遣り取りの機知に一票です。誰しも経験した面白さ、愉快さですね。

八月の縄文杉と夢を見る   ポリ
 縄文杉・・・日本の南端、屋久島に雄雄しくも神々しく、そして瑞々しく生きている大木。実景を見たこと無い読者にも、十二分に伝わるかどうかという点。そして、縄文杉の形容に「の」を用いた上句「八月の」。気にはなりますが、発想の豊かさ、夢を見るという明るい展望。それらが相まって、魅力ある句になっているのではないでしょうか。

かなかなやかなしみひとつずつ食べる   ポリ
 意図された平仮名の羅列と拝見いたしました。「か」と「な」の羅列も愉快ではあります。 もし、音の面白さを今以上に追求するならば、「か」「な」「や」「た」が「あa」音ですので、「あa」音をそろえても面白い句になる可能性があります。
 そして、秋を感じさせる蝉、かなかながかなしみをひとつずつ食べるという発想には魅力を感じます。秋は愁いが本意ですから、かなかなが悲しみを連れてくるほうが本意に近いかとも思いましたが、かなかなという繰り返しの言葉が、「ひとつずつ」という言葉と絶妙でしょうし、夏には夏の愁い、特に夏が終っていくころの心情には、無理なく合うと思いました。

秋暑し急所はここよ課題曲   勇平
 課題曲の難所は、本当にうっとうしいもので、とばすことなどできるわけもなく、ひたすらそこがこなせるように努力あるのみなんですが、、、、弾きこなせる(吹きこなせる)ようになっても、鬼門のように自分のなかには苦手意識があったように思えます。(まあ、私の場合、そのプレッシャーを乗り越えられない時点で才能がないのですが)。
その、心境と状況は「秋暑し」がまさにぴったりです。残暑ならではのうっとおしさ、そして焦り。きっと、夏の間に仕上げるつもりが、、、なんて想像もわきます。

マネキュアを塗り替える日なり蝉時雨   あざみ
 「日なり」の断定が効果的です。そうたいしたことではない、マニキュアを塗るという行為。それを、あえて、はっきりと意思表示したい裏に隠されてある気持ち。例えば、それは、ちょっとした決心だったり、雑念の払拭だったり、軽い怒りであったりと、、、。蝉時雨という、聴覚にうったえる真夏の季語も十二分に生きています。

【次 点】

短夜や朝日新聞まだ来ない   朱雨

帰省子の頼もしきこと酒強し   せいち

蝉時雨庚申塚に降りかかる   大川一馬

ぬぎっぱなしの空蝉暴走族   紅緒

昨晩も同じ守宮に出会いけり   ポリ

祭笛のリズムに乗りて胎児動く   戯心

白秋や弦と木管縺れ合う   勇平

【予選句】

俗物の顔忘れたり西瓜食う   頓坊
井戸ありし頃の友垣真桑瓜   せいち
体当たりしているかなぶん応援する   紅緒
夏草や俺たちは何でもできる   遊雲
海の日やいつも昨日の今日であり   無三
飛行機雲夏の宇宙に裁ち目入れ   閑しおり
絵日記の材も尽きたる夏の果   文の子
桜桃忌隣の家の猫嫌い   あざみ


2009年8月5日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 関西地方もようやく梅雨明けを迎えました。
 さっそく真夏の日差しが照りつけていますが、16年前ほんとうに雨ばかりの夏がありましたね。日照時間が短くてお米が採れなくて大変でした。あの夏に生まれてくるはずだった蝉や、泳げなかった子ども達はどうなるのかと心配したことを思い出しました。でも、蝉は今年も大合唱、子どもも金づちのまま大人になったということもなさそうで、長い目で見れば、自然は回復力も高いのでしょう。晴天が続き、実りの秋が迎えられるといいですね。

 さて、今週は114句の作品が届きました。まだ梅雨も明けきらない中でしたので、盛夏を感じさせる句は少なかったのですが、実感を素直に表現されている句が多かったように思います。

【十句選】

素麺に生姜の人と結婚す   岡野直樹
 結婚相手を一言で紹介すると、「素麺に生姜の人」なのですね。素麺つゆには刻み葱を入れるのが一般的ですが、おろし生姜もさわやかです。相手の好みを前向きに受けとめ、楽しんでいけるカップルだと思いました。

身を隠すでもなき朝の蛍かな    戯心
 夜、華やかに光りながら舞い飛んでいた蛍なので、同じ蛍を翌朝見つけてしまうのは興醒めでしょう。蛍は別段醜い昆虫ではありませんが、蛍火の幻想的な美しさを思えば、朝の蛍には出会いたくありませんね。「身を隠すでもなき」が、そんな人の思惑を離れた蛍の生態をよくとらえていると思いました。

図書館にこどもの司書や夏休み    洋平
 軽いスケッチ風の句ですが、夏休みの一場面ををうまく切り取っています。小学生の子どもたちで賑わい、いつもの図書館とは雰囲気の変わる夏休み。その夏休みの体験学習として、子どもたちが図書の貸し出しをさせて貰っているのでしょう。こども司書の真剣な面持ちが目に見えるようですね。

雷連れて句会へ急ぐバイクかな   豊田ささお
 雷がごろごろと鳴る中、バイクで句会へ駆けつけられたのですね。「雷つれて」の表現が楽しく、バイクの爆音もばりばりと勇ましく響いたことと思います。

八月の空にポケット手を入れる   遅足
 八月の空はどこまでも大きく広がり、作者は手を入れてみたくなったのでしょう。ポケットがあれば…、という思いが、この句をつくらせたのではないでしょうか。空のポケットというアイデアが楽しいです。

ハンカチにくるんだままの一学期   錫樹智
 何がハンカチにくるまれたままなのでしょうか。子どもたちがふと拾って、ハンカチでくるんでポケットにしまい、家に持ち帰ってそのまま忘れてしまうもの。木の実、四つ葉のクローバー、花、卵、石、泥団子、羽根、抜け殻などなど。夏休みに入り、それらと再び対面したとき、どんな気持ちがよみがえるのか、気になりました。

ねむの花猫の媼の戻りくる   穂波
 「猫の媼」に風格と威厳を感じました。ふわふわした合歓の花の下をゆっくりした足取りで毎日堂々と猫は帰って来るのでしょう。「猫の媼」の失った若さ(あるいは衰え)も合歓の花は優しく受けとめているようです。

毛虫から七十九年逃げて来し   大川一馬
 作者は毛虫が苦手なのですね。それは、七十九歳になっても変わりません。イラガに刺された経験があるのかも知れませんが、見た途端、逃げ出したくなる類の得体の知れない気味悪さを感じられるのでしょう。そんな方は多いのかも知れませんが、「七十九年」は作者にしか言えないこと。七十九年間、ずっと逃げ続けてきたようで、面白いです。百才になっても逃げ続けてほしいと思います。

火の山のアスパラ太し日雷   小口泰與
 火の山は火山。作者の場合は浅間山でしょうか。時々、噴煙を上げ、ニュースにもなりますが、火山灰地にはアスパラガスがよく育つのでしょう。火山の麓の青々としたアスパラガスの畑に日雷。いかにも盛夏を感じました。

枇杷の実の塗り盆によく座りけり   無三
 洗った枇杷を塗り盆に盛って出されたのでしょう。「よく座りけり」でいただきました。よく熟れた枇杷のほどよい重みと肉感的なやわらかさが感じられます。枇杷の色も塗り盆の漆黒によく映えていると思いました。

【佳 作】

★牛蛙何か呼ばれているやうな    吉井流水

★若き父帰路にビールとおむつ提げ   文の子

★父母に並びし吾子の墓洗ふ   えんや

★煩悩の曲がった胡瓜あおあおと   遅足

★炎天を一匹通りそれっきり   遅足

★女弟子ばかり集まる生御魂    錫樹智
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2009年7月29日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 みなさん、こんにちは。はっきりしない天気が続きますね。マイブームというのがありましたが、今わが家ブームはドイツ語です。エリザベートというオペラに感激した妻と娘がやおらドイツ語の学習を始めたのです。わたしも大学時代にかじった杵柄で、少し偉そうに教えたりしています。
 さて、最近読んで面白かったのは、雑誌「文芸」2009夏号・特集「穂村弘」。内容は読んでのお楽しみ。その中で、氏が唐突に「短歌穴埋め問題」を出していて、楽しめます。
1.呼吸する色の不思議を見ていたら「( )よ」と貴方は教えてくれる
2.サバンナの象の( )よ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい
 これに対抗して私の俳句も載せます。
1.キョウチクトウ漂流中の( )
2.ペン立てにペンでないものばかり( )
 よろしかったら、いろいろ入れてみてください。それでは、今週の十句。

【十句選】

向日葵や右へ習えの署名かな   茂
 向日葵の咲く炎天下、汗のじっとりと脇の下から流れ落ちるような午後に何かに署名している。それは、市長のリコールかもしれないし(宝塚市の方にはリアル(笑))、神戸空港建設のストップ(少し昔)、同僚の全く知らない親の葬儀かもしれない。しかし、署名するとなると誰しも妙に字の上手い下手を気にするもの。また書き方も同じようになりがち。そのかすかな滑稽感と向日葵の取り合わせが、真夏の暑さをよく出している。

七月の私を誰か買はないか   宗次
 一読どきっとしました。派遣切りの世の中、夏に失職した私を誰か雇わないのか、または、母子家庭になった若い母親の私の身を買ってくれないか、と言う意味か。いや、七月という炎天下、営業や出張中にあるく路上で、誰しもが呟き得る独白かもしれない。怖い句だ。

人形の頭(かしら)ころがる晩夏かな   遅足
 いわゆるホラー俳句。そういう世界としては、ある俳句かもしれない。が、差込式の人形の頭が畳に転がっている夏座敷というのは、くつろいでみたい世界。かしら、と読ませた方がいいのだろうか。かしらはやや昔の響き。あたま、と即物的に言った方が、強い効果が立ち現れるのでは。

おぶわれてゆれる子の足夏祭   ポリ
 濃い句のなかでは、写生のしっかりした句も、清涼剤として頂きたくなる。(濃い句を勝手に取っておいて)。ゆれる(漢字の方がいい)によって、祭りに興奮した後熟睡している小さな子の様子が生き生きと伝わってくる。足、に焦点を当てたことで俳句が強くなった。俳句のセオリーをしっかり踏まえた。

黒潮の帯もさだかに青岬   文の子
 これも写生のしっかりとした句。潮岬か、足摺岬か、太平洋に突きだした岬からはるか沖を見ていると、黒潮があたかもくっきりとした帯のように色を分かちて流れている。あるいは、鳥瞰図からの大きな景と取ってもいいだろう。青岬の青が効いている。

烏瓜咲いて兄弟ばらばらに   無三
 烏瓜が咲いている今日この頃、気が付いてみたらあるいはよく考えてみると、もう兄弟がばらばらに住み活動してから何年も経ったなあ、という感慨。意味通りに読めて楽しめる句だが、下五にちょっとした意外感があり、烏瓜という季語も思わせぶりな気がして、いろいろと仕掛けのある玄人感がある俳句。

熱帯夜えんぴつ削つても削つても   無三
 熱帯夜、わたしも選句をしたり、「今週の季語」を書いたり、「船団」の原稿を書いたり、「十句」の選評を書いたりしています。みなさんも、ちょっとした書き物は結構していらっしゃるのでは?そんなとき柔らかめの鉛筆が私はお気に入り。削っても削っても芯が割れてしまう焦りに汗がしたたり落ちる様子に、思わず吹き出しました。

縦向きと横向きの人夏の海   錫樹智
 夏の浜の種々雑多の景色をばっさり切り捨てて、縦向きと横向きの人々に景を単純化したことが成功した。とても俳句的。うるさい油絵ではなく、端正な水彩画を思わせる。最後の着地も、下手に凝らないでそっけなく夏の海、としたところも憎い。

炎昼に出て炎天をただ歩く   くまさん
 境涯句のにおいが漂う。DVDを返しに行く、単4の電池、香典袋を買いに行く、など炎天を行くのはやむを得ない理由があるから。でもこの句には、あえて炎天を歩くために炎昼に出た気配がある。物好きな俳人の面目躍如。俳人のみなさん、炎天を無性に歩きたくなりませんか。私はなります。

海紅豆サド侯爵の喉ちんこ   あざみ
 海紅豆も喉ちんこも赤いのでその意味ではつきすぎ。でも、あの熱帯的なややだらしない紅い花から、ヨーロッパのおたく的な侯爵に飛んだ感覚はそう侮れるものではない。そこに潜んでいるのが不条理な熱情という意味で通底しているとしたら、文学的に好意的に読み過ぎか。

【予選句】

草取りや腰掛台をずらしつつ   吉井流水
 草取りは腰が疲れるもの。そこを腰掛台をずらす、と的確に描いた。

おはぎ提げ烏丸通暑おすな   大川一馬
 いかにも、祇園の空気感が伝わってくる。

赤銅の漁夫の二の腕青岬   大川一馬
 はっきり目に浮かぶが、意外感がない。

噴水の真上に雲の居座れり   茂
 夏の静かさは伝わってくる。

乗り換えのローカル線は夏の海   茂
 もう一つ、場面の転換が欲しかった。

だまし絵の野暮には見えぬ炎暑かな   廣島屋
 確かに下手な騙し絵は野暮に見えるかも。

腸のながきをとこよ鮎をくふ   宗次
 農耕民族の日本人は腸が長いと聞いたことがある。どんな男ですか。

手花火の落ちたところが世田谷区   遅足
 区の境にお住まいの方かな。とらえどころがやや面白い。

雲の峯父系をたどる古写真   真亜子
 夏はふと父系を辿りたくなる。

盆の月動物菓子を選り分かつ   真亜子
 盆にはたしかにあまりおいしくない菓子がわんさか集まってくる。

ハエ叩き一刀流の技を見せ   蘆笛
 自分だけ面白がっている感はある。

父の日やザ・プレミアムと言うビール   えんや
 父の日は、プレミアムビールが最高である。

はたた神ことに恐れし姉偲ぶ   えんや
 妹にとっても弟にとっても姉は怖いものである。

炎天に女将客待つ背を正し   えんや
 炎天に客を待つ女将はどこにいるのだろう。怖い。

空へ梅雨押し戻したるサンバかな   文の子
 遅ればせながら、神戸祭りも実施されました。ややわかりすぎる。

時代ごと汗ぬぎすてて工作者   頓坊
 時代ごとぬぎすてる、がおもしろい表現。工作者がぼんやりしている。

蝙蝠も飛ばない辻の赤き月   無三
 飛ばない、という否定によってかえって蝙蝠の潜んでいる感じが出た。蝙蝠と赤き月は近い。

泉わくあの日口説いたかもしれず  無三
 あの時口説いていたら今頃は..と男性なら共通に思う。

芝の根に一里も続く蟻の道   麻
 本当に続いているかも、と思わせる。

地下鉄のレールやかまし夏の晝   山内睦雄
 狭いところに反響するので確かにやかましそう。夏の晝はたしかにそんなことを考えそう。

素麺を茹でて冷やしてくれた人   岡野直樹
 その人は、ものすごくいい人のように思えてくる。

パルテノンフリーマーケットのバナナ売り   勇平
 パルテノンに、バナナの叩き売りのオヤジがいたら、おかしいでしょうね。

モスクワに江戸前寿司の夏暖簾   勇平
 これもとても遠い取り合わせの妙。でも以外とあるかもしれない。

干からびし蚯蚓を運ぶ通り雨   戯心
 誰でも一度は見たことがあるはずの光景。でも陳腐な感じがしない。

日日草月月火水木金金   錫樹智
 上手く引っかけた。言葉遊びのようで、戦争の時代もかすかに匂ってきそう。

日と星をゼリーに閉ぢて密売す   錫樹智
 密売す、は言い過ぎ。前半の発想は面白い。

塗り替えたばかりの校舎雲の峰   穂波
 平易でいて感じのいい句。ややおとなしすぎるか。

七十の男の背中山開き   遊雲
 山では、七十位の人がもっとも勢力も強くお元気ですね。かっこよく見える。

宵山や帰ってひと風呂浴びようか   遊雲
 衒いがなく、くつろいだ感じがいい。ナターシャセブンの宵々山コンサートが今年で幕を閉じたのが寂しい。

月涼し草刈民代のイヤリング   遊雲
 彼女も惜しまれながら引退しましたね。いつまでも傲慢なまでにお美しい。

夏雉の田を這い上がる眼の光   豊田ささお
 凄まじいまでの生命力を感じる。写生の句の強さ。

【一言】

★健やかに老いるこころのせみ時雨
 健やかに、が道徳的。

★ボーナスや人事異動や五月雨る
 世俗っぽくなり過ぎ。や、の切れは1つまで。

★モンゴルのドルジぶつかる名古屋場所
 すでに作られた感じ。

★大仰にしぶきをあげる通し鴨
 大仰に感じるように、描写してください。

★水槽の水は金魚のためにあり
 当たり前のおもしろさを狙ったのはわかるが..もう一歩。

★落つること決められてゐて実梅かな
 決められている、が理屈っぽい。

★梅雨茸しつとり系をお好みに
 漠然としすぎ。

★蝶か蛾か迷ひし時の半夏生
 半夏生が時候か植物かわかりずらい。

★自民党大敗の朝カンナ咲く
 都議選ですか。季語が効いていない。

★蛇逃げて道の逃げたるごとく見ゆ
 ごとく見ゆが、字数がもったいない。

★モナリザのゲルニカとなる炎天下
 意味不明。

★行く蟻と帰る蟻とは知らぬ顔
 少し想像しすぎ。

★しゃくとりの時間を計ると思ひけり
 思いけり、が俳句では不要。
★雲の峰マーシャルアンプ並びゐて
 マーシャルアンプが調べないとわからない。

★登別「豊水まつり」いつも雨
 これも一般の読者は状況がつかめない。

★グールドは夏につくづく似合はない
 グールド、がよくわからない。つくづくは言い過ぎ。

★ゆでたまごもうすぐ妻の足のうら
 もうすぐ、どうなるのだろうか。

★気ぃつけやとゆふて渡す大西瓜
 リズムを整理したら、いい句になりそう。

★七夕や年に一度でいいと思う
 何が一度でいいかわからない。切れているので七夕ではない。

★下駄箱に下駄なく靴のぼやく夏
 下駄箱に下駄なく、は使えそうなフレーズ。靴にぼやかしていけない。

★欲深くうごめく霧や大井川
 霧が欲深く、はどうか。

★焼酎や利回り低く驚きぬ
 俗っぽさが焼酎で増幅されたようだ。

★夕焼けて風の形に湖染まる
 あいまい。イメージが浮かんでこない。

★雨音に呪文聞こゆる木下闇
 マイナーな言葉が並びすぎ。

★向日葵に軽く手をあげ野に放つ
 何を放ったかわからない。

★気がつけばニイニイゼミが焦げている
 気がつけば、は不要。この発想もありそう。


2009年7月22日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 いよいよ夏本番、暑い日が続いています。みなさんお元気ですか。私は夏生まれなので、気持ちの上では夏がいちばん好きな季節なのですが、それでもこの暑さには参ってしまいます。この原稿を書きながら、暑さに負けてはいけないと一旦冷房を切ったものの、やはり誘惑に勝てず、こっそりスイッチを入れてしましました・・・。とにかく、俳句をするにも何をするにも健康第一。無理をせず、おいしいものを食べて暑さに勝ってくださいませ。では、今回もよろしくお願いします。

【十句選】

夏ひばり今朝の赤城は風を生み   小口泰與
 「今朝の」と言ったところでやや特別な感じがしていいですね。心地の良いさわやかな朝です。「夏ひばり」というのもいい。「赤城」を選んだのも正解。字面も響きもいい。

ひまわりやもういいだろう北見ても   くまさん
 ややうんざりした感じ。「もういいだろう」とぶっきらぼうで反抗的な感じがいい。ひまわりが太陽を追って動くのはだが、そこに文句をつけてしまう、この非日常的な感覚はたいへんおもしろいと思います。「ひまわり」といえば健全な夏の象徴ですが、こんな見方もたまには必要じゃないかと思わせる力があります。

ポケツトの足らぬ夏のズボンかな   えんや
 ハンカチ、ティッシュ、おやつ、おもちゃ、わけのわからない小物・・・夏の子どもは持ちたいものがいっぱい。ポケットが幾つあってもたりませんね。元気いっぱいに外で遊ぶ子どもの姿が思い浮かびます。そして、このポケット、実際のポケットに加えて、心のポケット、思い出のポケットという読み方もできます。ポケットという小道具を上手く生かした句です。ただ、字足らずであることが難点。やはりリズムは整えるべきかと思います。ご一考を。

金婚の昔ひまわり娘かな   戯心
 昔ひまわり娘。遠い昔の夏に感じたことを今でも思い出す。きっと今もひまわり娘なのだろうなと思います。「金婚」「ひまわり娘」と強い語が並んでいますが、この句ではそれがよい効果となっています。

白鷺の脚一、二本 あッ飛んじゃった  ロミ
 白鷺を見る人の臨場感がよく出ている句です。一、二本と静かな前半部分に対して、「あッ、飛んじゃった」という驚きの結末。こういう型破りなつくりかたは、内容に動きがあるからこそ活きてくるのだなと感じました。

五月雨の包む校舎はテスト中  岡野直樹
 思い出します、期末テスト。テスト時は学校全体がどこか特別な雰囲気でした。それを、「五月雨の包む」と見たところがいい。雨の中にぼんやりと浮かび上がってくるような感じがします。

症状のひとつ進んで冷奴  無三
 「冷奴」と最後に持ってきたことで、症状がすすんだという事実を、冷静に受け止められるような、強く静かな感じがします。やわらかく壊れやすい、それでいて強い。「冷奴」でなければならないなと思います。

二番目に好きな井守にうろたえる  あざみ
 全体的によくわからないのですが、気になってしまう句です。2番目に好きってどういうことやねん、なんでうろたえるねんと思わずつっこんでしまいます。好きなんだけど、突然出てくるとうろたえてしまうということなのかなと想像しました。「2番目」と生真面目に順位付けているのがおもしろいですね。

小さき蟻払えど首をジガジガと  豊田ささお
 「ジガジガ」という硬い響きのオノマトペがよく効いていておもしろい句だと思います。小さい蟻なのに、案外強く噛むのねとうっとおしがっている感じがよく出ています。

冷房のしたに冷えたる手紙かな  宗次
 冷えて置き去りになっている手紙。冷えているのは当然冷房のせいだけではないのでしょう。内容が「冷えている」のか、読まないで置き去りにしているのか、はたまた出さずにほったらかしなのか。想像が膨らみますね。

【次点】

  赤福の賞味期限や梅雨の旅   大川一馬
 赤福の賞味期限は確かに短くて気になります。これが梅雨だとなおさら。賞味期限に着目したところがおもしろい。ただ、旅と組み合わせるとやや「いかにも」という気がしますので、全く関係ないものと取り合わせた方がいいかなと思いました。

エコカーをジャブジャブ洗う星まつり   草子
 最近話題のエコカーですね。さっそく句に取り入れたところがいいと思うのですが、やっぱり、やや川柳に近いかなという感じがします。エコカーと星まつりというのはいい取り合わせだと感じます。

雲の峰背負いジャイアンリサイタル   朱雨
 「ドラえもん」に出てくるジャイアンですね。雲の峰まで背負ってくるともう聴かざるを得ないという気がします。楽しい句ですね。

夏の星ただいまダウンロード中   KQ
 何をダウンロードしているのでしょう。星の瞬きのイメージと、ダウンロード中のランプのイメージが重なります。ダウンロードという無機質なものがいっきに楽しくなります。

おとこの子になれますように星祭   錫樹智
 いつも、男らしくないと叱られるちびっこかな。それともおなかの中の赤ちゃんも実は願いごとをしているのかも。かわいい一句です。

七月の水曲る時折れやすし  遅足
 上の五七がいい感じ。「曲がる」に対して「折れる」ではわかりやすすぎる。比喩をつかうといかと思います。

講釈は一先ずおいて鱧料理  遊雲
 「一先ずおいて」と言うと真面目すぎる気がします。「講釈」と「鱧料理」はいいので、ここにひと工夫あると魅力的な句になりそう。

モナリザのゲルニカになる炎天下  よし造
 心安らかにいられない炎天下の感じが伝わります。ただ、モナリザ、ゲルニカと二つ並べてしまうと、有名な作品とはいえ、作品の力に頼りすぎてしまう気がします。どちらか一つはどけてしまう方がいいと思います。


2009年7月15日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 私は夏が大好きです。映画のタイトルは何だったか。着物姿の夏目雅子が白い日傘を手に橋を渡ってゆくラストシーン。素敵でした。白い日傘は、白いワンピースでも、夏の着物でも、そして傘を閉じる仕草も、開ける仕草も、そのまま立っていても、歩き出しても、すべて絵になります。一番似合うと思うのは、青田の畦を歩く白日傘です。
 さて、お届けいただいた俳句は、何度も何度も何度も拝見しましたが、今回は激戦で頭の中が蒸し風呂状態。白日傘とは遠いこのごろです。

【十句選】

顔半分力の入る夏の朝   廣島屋
 半分眠って半分起きて。気分のよくわかる俳句です。「力の入る」は夏のエネルギーにぴったり。「顔半分」が上下だと現実的、左右だと心象でしょうか。

大甕に目高放てば街の黙   頓坊
 大きなものから小さなものへ、そしてより大きなものへ。視線がなめらかです。「そして誰もいなくなった」という感じでしょうか。大甕が大げさかもしれませんが、私は純粋に作為を感じずに読みました。

蒸し暑し数学のテスト文字化けす   岡野直樹
 「文字化け」という現代語。数学のテストが文字化けしていたらとても楽しいです。2+3が2=3に?蒸し暑いです。

7の段舌がもつれてレモン齧る   遊雲
 7×4、7×7、なるほどなるほど。ただ、最後が6文字になっているので舌がもつれました。「切るレモン」ではだめでしょうね。「齧る」にこだわりがありそうですから。

交差する君との視線遠青嶺   草子
 きらきらした空間がありました。ふたりの間にも、作者と山の間にも。「青嶺」がとても純粋でそしてまた、息が詰まるような青春のひとこま。「青嶺」だけで見はるかす感じがしますので「遠青嶺」という言葉が適切かどうか。

稲妻やペットボトルに残る水   無三
 飲みかけのペットボトルの水は、気だるい感じ、味気ない感じがします。「稲妻」によってその水は甦りました。実際は野外の稲光だと思いますが、その水めがけて稲妻が一直線にペットボトルまでやってきて感電しそうです。

キャッチャーの国訛り飛ぶ夏の空   勇平
 まもなく夏の甲子園。甲子園のバックネット裏に掲げたいような句です。野球一筋、堂々と、ひたむきに、そんな作者の思いが届きました。

銀河へと啜り上げたる冷し饂飩    錫樹智
 氷がごろんごろんした冷し饂飩。炎暑の昼間、小さな食堂に入り、冷し饂飩を注文する。まさにその一口目の気分。銀河へと続く道です。啜り上げれば輝く銀河にたどり着きそうな。季語は「冷し饂飩」。

二つにし四つに分くる冷奴   宗次
 一見何の変哲もない句。再読してはっとしました。冷奴の危うさはもちろん、くずしたくないという冷奴に対する畏敬の念が感じられて選びました。4等分とするより÷2、÷2のほうが時間の流れが鮮明。

七夕や下駄はいて行く郵便局   あざみ
 七夕、下駄、郵便局、この3つの取り合わせ。七夕の次にくる下駄は素朴な感じですし、そうすると「郵便局」にラブレターの欠片がひそんでいるし、で上手い句だなあと思いました。

【次点】

ストラップ尻に揺れてる海通り   冬鳥
 お尻のポケットに入っているケータイの大き目のストラップ。いかにも「海」です。ただ「海通り」という言葉が適切かどうか。季語を入れて「海開き」、「夏の海」など再考を。

子離れやころんと落ちし枇杷の種   小金魚
 この場合「離れる」と「落ちる」が同じ意味なので「落ちる」は不要かと。「枇杷の種」と「子離れ」だけで充分良い俳句になりそうです。

しづもれるノルマンデイの青岬   大川一馬
 D・DAYを知っていても知らなくてもステキな俳句です。第二次世界大戦のノルマンディ(フランスの半島)上陸作戦。私は「しづもれる」でないほうが逆に意味を生かせるのではないかと思いました。

ほととぎす棚田に声の横たはる   小口泰與
 青田の何枚もある棚田にほととぎすの声。新鮮です。ただ、「横たはる」だと声の範囲があいまいになって惜しいと思いました。

四代がそっと分け入る夏の海   蘆笛
 まあおめでたいこと。「そっと」という感覚的な言葉か、「並んで」のような見たままの言葉か意見が分かれそうです。しかし、このままでも充分に「記念日の俳句」として保存できます。

淀みには恋の落ち合う夏の川   吉井流水
 6月13日桜桃忌、太宰治の玉川を思い出しました。作者の想像だとしたらとてもロマンティック。少し破綻がほしかったという印象です。

黙々と長蛇の列や梅雨の怪   洋平
 17文字中15文字までは確かにベスト10句に入っていました。問題は「怪」でした。梅雨の黙々とした長蛇はもうそれだけで「怪」です。たとえば「町」とか「駅」とか「山」だったらなあと思いました。

生前の手をあらいゐる半夏生   遅足
 今来たばかりの新人がハンドウォッシュで手を洗っている。場所は天国。生前の汚れをゴシゴシ。だとしたらとてもユーモラス。半夏生はよく利いています。「生前の手」がわかりにくいかもしれません。

帖紙をひろげたままの夏座敷   茂
 絽や紗の着物や夏帯、それらの柄がぱあっと広がって見え、夏座敷の気分がよく出ています。地味ですが好きな句です。今回は激戦で、10句に入れられませんでした。

髭さすりダリの企む熱帯夜   真亜子
 「企む」に評価が分かれそうです。「企む」と「熱帯夜」と「髭」そして「さする」ときたらちょっとダリが変なオジサンに見えてきます。私は面白いと思います。

油虫三十九年見たことなし   朱雨
 三十九年。これぞ俳句。楽しいです。11句なら入れていました。

ラムネ玉少年の謎始まりぬ   よし造
 「謎」が抽象的でした。どんな謎なのか。「ラムネ玉」と「少年」で何かを始めてください。

胸うすき女講師や夏衣   えんや
 スレンダーな女性、薄幸な女性、いろいろ想像できます。ただ「夏衣」となるともう少し明るいイメージがほしいような気がしました。

ピーマンの幽体離脱緑い雲   豊田ささお
 この冒険には頭が下がります。作者の勇気に敬服してただただ楽しみたい気分です。

黒蟻を踏み靴底の発熱す   戯心
 俳句においては、原因と結果、理由と結論、これらは少しずれていた方が魅力的です。この句はまさに魅力的。作者の意図が少ないところも成功しています。11句目に。

父の日や一人酒酌む幸もあり   くまさん
 「あるある」大勢の父が納得しそうです。私は「母の日や」以下同文です。ただ「幸」ではこの句の意味以外に広がらないのが残念

八月の空の裏側方舟は   KQ
 はじめは10句に入れていました。「は」が説明的で惜しいです。「八月の空の裏側」はとても好きなフレーズです。

浅漬けの茄子と胡瓜の茶漬けかな   黒猫
 なんて美味しそうなのでしょう。しかし、主役が、「茄子」か「胡瓜」か「茶漬け」かということになり、ひとつ外せば別の言葉が入るのにと思いました。

夏帯に逢へる帝国ホテルかな   文の子
 夏帯と帝国ホテルはとても上品で涼しそうです。ただ「逢へる」が中途半端でした。いっそ「逢ひに」ではどうでしょう。帝国ホテルでは創業以来、幾たびの逢瀬があったことでしょう。「逢ふ」という言葉以外にも楽しい言葉が見つかりそうです。


2009年7月8日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

[初めに]

 ようやく梅雨らしく、ぐずぐずとした天気になりました。最近、蜥蜴や蛞蝓、金を見かけましたが、百足はまだ見ていません。気持ち悪いと思いながらもあの足は面白いですね。
 今回は、梅雨から真夏までの、さまざまな俳句を楽しませていただきました。

[十句選]

白鷺の空色の田に降り立てり   錫樹智
 中七の「空色の田」が、魅力的で詩情があります。雲ひとつない晴天で、まだ稲の植えられていない水田に青い空が映っており、そこへ、白鷺がすっと降り立った情景は絵画的ですね。白と青のコントラスが美しい。

蛇衣を脱ぐ五合目のやつとこさ   せいち
 「蛇衣を脱ぐ」で切れて、作者も山の五合目にいると解釈しました。下五の「やっとこさ」という軽い口語調がよく効いていて、ようやく辿り着いた五合目で坐り込み、景色を眺めているときの情景が浮かびます。全体にユーモアの感じられる句です。

冷房はよくきき嘘はつけませぬ   遅足
 冷房と嘘の因果関係はないのですが、妙に納得させられます。「は」と強調しているからかもしれません。そこにいる二人(おそらく男女)の微妙な様子が見えて来て、このあと、どうなるのか気になります。

六月の穴が欠伸を噛み殺す   遅足
 欠伸を噛み殺すとは、出かかった欠伸を抑えることだと思いますが、それを抑えるのが、「六月の穴」であるという、ちょっと謎解きのようで、すっと理解しにくいですが、六月の湿気を帯びた穴ならそれもありかも、と思いました。

向日葵や絵の具メロメロ押し出して   れい
 「メロメロ」のオノマトペがユニーク。チューブから出てくる絵の具の様子が、まるで生き物のように感じ取れて面白いです。下五の「押し出して」が、向日葵の質感や生命力とよく響きあっています。

老犬を捜すポスター梅雨曇   穂波
 手作りのポスターを電信柱などに貼ってあるのをよく見かけますが、この句の場合、老犬だから余計に飼い主の愛情が感じ取れます。ただ「梅雨曇」だと、つき過ぎになるのと、ポスターの犬の顔がはっきり浮かばなくなりますので、「梅雨晴間」のほうがいいと思います。

午後からはからりと晴れて大茅の輪   遊雲
 一読して、とても気持ちのいい俳句です。「からりと晴れて」に、茅の輪くぐりをする作者の 清々しい気持が伝わってきます。「からはからり」の語感もいいですね。

殺し文句やめてわたくし泳ぐわよ   紅緒
 海辺のカップルか、それとも見知らぬ人に声をかけられたのか、「殺し文句やめて」が、勢いが あっていいですね。このまま海に飛び込む姿がまた素敵。どんどん恋の句を作って下さい。

合歓咲くや解かれぬままのパズル本   無三
 近頃、脳のトレーニングとかで「○○パズル」の本が流行っていますが、途中で飽きてしまったのか、開けたままになった本と、ぽあんとした合歓の花の取り合わせが楽しい。日常のヒトコマを巧く描き出している句です。

真ん中はいつも淋しいパイナップル   あざみ
 「真ん中はいつも淋しい」というフレーズは、三人姉妹の真ん中のことなのだろうかと想像したりしました。下五に「パイナップル」とくるとあの芯を想い浮べて、そこに具体性が出ました。両端よりも真ん中が淋しいと捉えた感覚がいいと思いました。

[予選句]

橡咲くや川は岩魚を育ており   小口泰與
 岩魚の様子をもっと具体的に見た時の様子などを、ご自身の言葉で表現すると良くなります。

地下街のシャッター音や街薄暑    茂
 地下街とあるので、街薄暑の街は必要ないのでは。シャッター音をもう少し活かす工夫をして下さい。また他の季語を考えてもいいかもしれません。

旅の靴休む間もなく蛍狩   合
 中七に詩情がありませんね。事実をもう少し楽しいほうに変換させたら、蛍狩が生き生きします。

宇宙人の足が咲きます菩提樹の花   岡野直樹
 菩提樹の小花を宇宙人の足と見立てたのはユニークです。「花」とあるので、「咲きます」が余分です。佐川美術館の絵本原画展で、但馬征三の「ゴ−ヤのブレイクダンス」という絵を見ました。そんな楽しさがこの句にも感じられます。

信号をそろり妊婦のサングラス    戯心
 妊婦のサングラスは、あまり俳句に出てこないので、面白いです。「信号をそろり」があまりにもそのままです。ユーモラスな姿から、もっと楽しい表現を創造できないでしょうか。

高原のパン焼く匂ひ夏の朝   しんい
 高原、パンの匂い、朝、すべて気持ち良い言葉が並びすぎました。パンがとてもおいしそうなのはいいですが、どこかに作者の一工夫がほしいですね。


2009年7月1日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 いま梅雨の真っ只中にいます、朝から豪雨、と・・陽が差してきた。昨夜BSで「世界ふれあい街歩き」(好きな番組)の再放送をやっていました。アイルランド、ダブリン、5分おきに降ったり晴れたり、一日の中に四季があるという。そんなわけでダブリン子はわりと濡れても平気みたい。子供の頃、それも気分が高揚しているときは降られて濡れるのがむしろ嬉しかったりした。まだしばらく続く梅雨を、できたら楽しみたいものですね。

【十句選】

なすの花何かを待ちしが実を付けぬ   村上滝男

 何かを待っていた茄子の花というのがおもしろい。大事な何かを待っていたのに、うっかり実を付けてしまった、そのうっかり加減に上品なユーモアを感じます。完了の助動詞「ぬ」が舌打ちのように聞こえます。待っていた何かは永遠に来ない。「待ちしが」の「が」は中八ですし、本来忌避すべきところ、ここでは魅力的な文体になっている。茄子の花には無駄花がなく必ず結実するという、その事実が効果的。

無口なり虹は浮力を失えり   遅足
 そうか、虹には浮力が備わっていたのか、と気が付かせてくれました。そのことで今後、虹の見方がちょっと豊かになるかもしれない。虹がその浮力を失うという、どういうことか?単に虹が消えるというより、橋がスローモーションで墜ちるような、ちょっと不思議なことがこの大空間に起こっているような気がします。無口なりで切れて、その無口であることが中七以降に作用しているようにも読めてしまいます。上五と中七以降の距離感が程よく、中七以降でも不思議な運動が起きている、静かだけど結構ゆたかな俳句空間ですね。

少年が少年を刺し石炭置き場の夏   頓坊
 かなりの破調のようでいて、ある定型感があります。5・7・10、漸増していく音、言葉。最後に状況を一息で言い切ってしまうところは金子兜太を思わせます。(きょお!と喚いてこの汽車はゆく新緑の夜中)無視できない事件が俳句内で起きていますが、何かの引用なのか、それとも?分からないながら物語を感じます。

夏蝶に付き纏われてゐる男   せいち
 夏蝶を何かの隠喩として読まないほうがいいと思います。文字どおり蝶に付き纏われている男、それだけです。彼のゆくところ常に蝶が(できたら複数)付いてくる、その風景は面白い。

夏の朝卓袱台のない居間にいる   岡野直樹
 実に言葉の凹凸の少ないシンプルなつくり、でも「卓袱台のない居間」とわざわざことわっている。俳句としての取っ掛りは「卓袱台」だけなんです。この言葉にどれだけ感応できるかで読者が分かれると思います。L・DKという概念が一般化してずい分経った。LとかDとか分化していなくて、「卓袱台」はDであり、Lであり、そしてその他もろもろの機能を提供していた。作者はある朝、何かの拍子に卓袱台のあったあの空間を思い出した、そして今、じぶんの立っているモダンなリビングルームを見渡しているところ。感情表出を一切廃したよさです。季節も夏がいいですね。

アイロンに憂さの重さや梅雨の蝶   草子
 梅雨時の鬱陶しい気分がよくでています。「憂さの重さ」が説明的なんですが この句の肝でもあります。アイロンは元々ある重さが必要ですから、そこに物憂さが加わって別種の重さをもつに至ったということなんでしょう。「アイロンの重さ」だけではなかなか伝わりませんしね。「梅雨の蝶」がいいと思います。春先と違ってやはり羽が重そう。

柿の花核実験はやめなさい   遊雲
 静かに目立たず、しかしちゃんと生命循環のある役割を担っている柿の花という存在。もともと何を取り合わせてもそれなりに、という季語ですからこのくらい言ってもいいでしょう。対比があざといという人がいるかもしれませんが、中七以降のこの敢てベタな言い方で成功しています。逆にここが、同じ意味を妙に思わせぶりに曖昧化したりすると、格好悪い。

新聞の端濡れてゐるかたつむり   濡衣
 濡れているのは新聞、しかし濡れているは近縁のかたつむりにも掛かっているようにも見えてしまう。「濡れている」を挟んで「新聞の端」と「かたつむり」の映像が不安定に動く。こういうのは一般によしとしない、と、聞いたような気がしますが、実はそこが面白いのではないかと思っています。この不安定な意味の揺れを俳句が利用しない手はありません、作者は意図していないでしょうが。普通は「かたつむり」の前で切れて、雨の日の新聞受け(ポスト)を想像すればいいんだと思います。

朝焼けの老人ホームから単車   穂波
 すらすらと散文のような一行ですが、印象鮮明です。何事も起きていませんが、これから起きるかもしれず、起こった後かもしれない、と思わせます。それは「単車」の働きなのかな、実際はよくある風景でしょうが、文字でこう書き止められると上記のような印象をもってしまいます。動詞がなく、最後体言止めにしたことで、かえって動きが出たいい例だと思います。「朝焼け」の色と光線もいい効果をあげています。

白玉や男らしさがわからない   あざみ
 なめらかで、淡く、たよりない味わい、白玉。意外と男らしさを云々するときに相性がよかったりして・・白玉と男性性は本来距離がある、離れた二つのものを結びつけたときに詩が生まれる。作者はこの理論の忠実な実行者にみせて、「白玉」と「男らしさ」に通底するもろもろを、しっかり見ている。それで「わからない」と韜晦しているのか?

【予選句】
★香水や気圧の重くなる夕べ    まゆみ
★あじさいのぶっしんあわきうすみどり   真亜子
★炎天に海鼠ほうればわたをだす   頓坊
★電柱の濡れて突つ立つ太宰の忌   せいち
★はらからの五人散りじり蛇苺   えんや
★若楓膝抱えつつ謀反人      岡野直樹
★蛾の震え自販機光る国道の    豊田ささお
★うつかりと父の日のこと父のこと   無三