「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2009年12月30日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 先日、75才で、2度目のエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんの講演を聞きました。この人、実は不整脈の手術が2度。皮下脂肪40のダメオヤジでもあります。それでも目標を持つことで「いつからでも何歳でも、進歩することができる」と言う。励まされる言葉でした。わたしも、そうでありたい。ことし、6回目のドクターにして、年の瀬です。沢山の投句に感謝、どうぞ、良いお年を!

【十句選】

下野の佐野の饂飩や耳凍る   大川一馬
 この季語以外では取れなかったと思うほど「耳凍る」がいいですね。佐野厄よけ大師で有名なシモツケの佐野は、うどんが名物。寒空の下、うどん屋に行列。うどんをこねてると耳たぶみたいになる、その連想で「耳凍る」なのでしょう。

網の目をくぐる青空うさぎの目   きしの
 ウサギがいてオリの網の目から、青空が見えるという風景でしょう。「網の目をくぐる青空」の言い方が上手。うさぎの目にもその青空が写っているように読めます。

せんせ好きですみんな好きです除夜の鐘   遊雲
 言い回しのやさしさ、暖かさに惹かれます。775の口語の句。子供の気持ちで作ったとも考えられますが、わたしはアジアの留学生が、日本語の先生に感謝を言っている年の暮と、読みました。「せんせ好き」と言われた先生は、さぞかしうれしいでしょう。

肩こりの私そうでもない海鼠   紅緒
 一句だけ採るなら、この句。海鼠はさまざまに詠まれていますが、肩こりかどうかの句は初めてみました。確かに海鼠は力を抜いて生きているように思えます。「そうでもない」の言い回しが効いていて、ごくごく自然にそう考えている感じが、とてもいい。

寒雀大人はムダな物を買ふ   なづな
 「大人はムダな物を買ふ」というのが不思議なフレーズです。特に不思議なのが「大人」。子供との対比から、ブランド品などを自慢したり、物であふれる部屋などを連想します。ぶつける寒雀のストイックなたたずまいも良いと思います。

数え日や買い物メモの遺書めきて   無三
 時間は途切れることなく続いているのに、「今年もあと何日」と切る事の不思議さ。そんな年の瀬の買い物メモが「遺書めきて」しまうというのになるほどな〜と。

鎌鼬先に寝るけどいいかしら   あざみ
 若い人だったら「もう寝るね」と言って、さっさと寝てしまうのでは。「先に寝るけどいいかしら」に、中年以上のご夫婦のある種のリアリティが。季語の「鎌鼬」が夫婦の間の、永遠に解決しないすれ違いを示唆されたような思いです。

ネックレス揺れし聖樹の夜になる   浮游子
 わたしは、聖樹の横に着飾った女性がいて、その女性のネックレスが揺れている、と読みました。ゴージャスなクリスマス風景です。「し」は、過去の助動詞の連体形ですから、「夜になる」という現在形の文章には合わないと思いました。だから「揺れて」の方がいいのでは。

画家死して天山南路冬銀河    文句
 先日亡くなった平山郁夫さんの追悼句でしょう。上5が「画家死して」とストレートに言っているのが珍しいと思いました。

練炭や中ほど赤き穴十三   文句
 最近の練炭は、ぶっそうな使われ方ばかりです。それはさて置き、穴だけで作った俳句はユニーク。「赤き穴」とした事で、火が起きていることが表現されているのがスゴイ。「練炭」「赤き穴十三」を「中ほど赤き」とつないだことで、写生しているようなリアリティが生まれています。言い回しの工夫が上手く行っています。

【次点句】

歯ぎしりの鮭が頑張る風の家   伊達男
 すっかりひからびた鮭の頭が干してある民家をイメージしました。それば家を支配しているようだというのが面白いと思ったのですが「風の家」が分からず、でした。

炊き出しの二膳目並ぶ寒さかな   黒猫
 わたしは上野公園で目にすることがあります。幸い、並んだことはありません。でも、実感できる句で、今の句です。

赤いボタン押す/霙は雪になる   遊雲
 ふたつのフレーズを並べる作り方です。「蚊を殺す/大阪湾に日が沈む(小枝恵美子)」のように。この句は、「霙は雪になる」のぶつかり方が弱いように思いました。

枇杷の花/口ばかりなる男たち   あざみ
 作者は、冬の季語で選んだのだと思いますが、冬に拘らず、もっと「口先」がイメージできる花や蕾の方がいいのではと、迷ってしまいました。

紅残す口に凩ありにけり   浮游子
 「もの言えば、唇寒し」のような下地がある句。日本映画で言うと、木暮三千代のような女性をイメージしました(誰もわかりませんよね〜)。

【ちょっと一言の句】

笹山の雪をまろげば母語ぬくし
 「母語ぬくし」という感覚は、海外が長かったりするとあると思う。「笹山」というのが何を意味してるのか不明でした。

寒月に肉球マーク付いている
 肉球と言うのは、猫とか熊の足についているアレ。感覚が新鮮でした。ただ、寒月に肉球ついているというイメージがわいてこなかった。

浮寝鳥朝には伸びる顎の鬚
 落語の「明烏」みたいな句。オツではあるが、ありがちな感覚かと。

ポケットに吾の手誘ひし雪の橋
 現代的な句なのに「吾の手」という言い方がおおげさで気になった。「彼の手」とか「我の手」とかはいかが。

冬雲や朝の情事を見てをりぬ
 「朝の情事」などと、非常にスキャンダラスな句になったが、「見てをりぬ」の主語が良く分からず。スキャンダルなイメージだけが残った。

冬の窓タバコ吸ふ間の明かな
 「明」は、アカリよ読むのでしょう。寺山修司の「マッチする〜」の短歌をイメージしたが、「タバコ吸ふ間の明」とは何か。そこんとこの深みというかリアリティが足りないのでは。

 まず、無記名の句一覧を読み、選句。次に、記名した一覧を読み名前を確認しています。句に文章を添えてくださった方、ありがとうございました。お返事は書けませんが、読ませてもらっています。みなさんの、新しい年が良い年でありますように!/えなみ(^_^;)ゞ 

 
2009年12月23日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 こんにちは、皆さま。今年もあと一週間。そんな気ぜわしいなか、クリニックでお会いできうれしく思います。
 さて、今回は、句材と心情が句に表れすぎている句が多かったように思えました。晩秋から冬といった季節、12月といった時候がそうさせるのでしょうか。もちろん、その中で、一瞬の風景にハッと気付かされる句もあり、句座というものの有意義さを感じています。

【十句選】

せっかちものんびりもいて紅葉散る   山法師
 紅葉は、どんな人にも平等に散るのだ、というこの世の普遍性さえ感じさせる句ではないでしょうか。無理な深読みではなく、平易な表現「せっかちものんびりもいて」が、俳句の魅力となり、多くの共感を呼ぶと感じました。

欄干に布団ふくらむ日曜日   大川一馬
 「ふくらむ」と「日曜日」で分かり過ぎるかとも思いましたが、布団のふくらみにある喜びや幸せといったものが、短い俳句の中でよく伝わってきます。「欄干の」でも良いでしょう。もちろん「欄干」という句材も愉快です。

定まらぬ二の糸しごく寒稽古   茂
 「二の糸」、お三味線と思われます。そういたしますと、少し時代がかった句とも受け取れますが、お三味線などの和楽器に限らず、何であってもお稽古の調子が出ないことはよくあります。そのような句の広がりも可能と思いました。同時に、句としての表現も言葉も整っていて優れています。

着ぶくれていよよふてぶてしくなるか   せいち
 何ということのない句意ですが、ユーモア大賞です。思い切り、皮肉ってみせる、もしくは自虐的になってみせるということ。表現力も好いです。読者はむしろ、いっそそうなってみたい!とも思っているのではないでしょうか。

極月の愚直な足へサロンパス   遅足
 いつぞやの流行語『自分を褒めたい』ではないですが、自分に優しくしている情景が暖かさとともに伝わってきます。好感を与えるのは、「極月の愚直な」という優れた語句の選択、表現力です。ガ行音の連続も年末の風情を醸し出していそうです。お見事です。

冬木立湖に映して定かなり   太郎
 美しく、なんともいえない風景に、確かな心情を入れ込んだ、優れた一句と見受けました。「定かなり」によって、静かさを強調し、その風景をみている人物の決意にも似た心の強さを感じずにはいられません。このように、一語によって、一句に内在させるものが大きく変わることが、俳句の力だと再認識いたしました。

寒釣りや川面に居りし道祖神   すずすみ
 実景でしょうか。「川面に居りし道祖神」が魅力的でした。

初霜や最新大脳生理学   ポリ
 抜群の取り合わせの妙です。決して奇をてらうことなく、難解でなく、それでいて現代という時代と変わらぬ悠久の自然と取り合わせています。

赤蕪のまだ濡れている朝の市   山渓
 ありふれている朝市の景色ではありますが、「まだ濡れている」が句の良さです。「まだ」にある余韻が、朝市らしさをよく伝えているからです。

銀杏散る三角錐の大使館   浮游子
 「三角錐の大使館」が秀逸です。なじみのない方もおられるかもしれませんが、日本にも印象的な大使館、領事館があります。上句のシンプルさも成功しているでしょう。

【次 点】

渚まで投げくる影や冬の山   太郎

葬送の車列過ぎ行く冬の虹   ポリ

公園の紅葉の一間貸切りに   岡野直樹

ぼろ市や抜けず抜かずの国訛り   勇平

一面に冬を満たして川曲がる   戯心

雪吊の職人帽子後ろ前   えんや

真言はどれもカナ書き冬至梅   無三

美しき友認知症らし賀状書く   さくら

白鳥の羽を隠してソプラノ歌手   紅緒

山仕舞落ち葉さわさわ踏み行けり   豊田ささお

【ワンポイントアドバイス・・・僭越ながら】

雷門くぐりて銀杏落ち葉ふむ
 「ふむ」が惜しいです。

無精ひげ剃って出る血やレノンの忌
 独創的で何か新しい感覚を覚えますが、「血や」の表現が少々安易でしょう。

ためらひて五年連用日記買ふ
 上五がもったいないです。句材が愉快ですから。

枯れ木道児の尿を待つ好好爺
 好好爺が言い過ぎていますね。

赤い実のすっかり枯れて楽になり
 下五が句を平凡にしてしまい、残念です。

斜に流がるぎつちよの文字の古日記
 「斜に流がる」か「ぎつちよ」か、どちらかに重点をおかれると、古日記がより印象的に活きてくると思います。

庭先の象のじょうろに冬日射す
 「の」「の」「に」と助詞も多く、散文調が残念です。

人と街古りてつくづく紅葉せり
 「古りて」と「つくづく」で、説明がくどく感じそうです。

裸木の瘤が悲しき目に見ゆる
 「悲しき」を、暗に感情を表す表現で。

さりながら一人になりたい冬すみれ
 「一人になりたい」、説明が強いです。

自販機の音秘密めく冬の夜
 「秘密めく」ではなく、「秘密」を思わせる別の表現で。

マンションのどれも食パン寒の晴れ
 分かるような気もいたしますが、「どれも食パン」が苦しいです。

大あくびひいばあちゃんのちゃんちゃんこ
 「おおあくび」「ひいばあちゃん」「ちゃんちゃんこ」、三つの要素がとても似ているので、どれかを違うものにされると句が活きるでしょう。


2009年12月16日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 あるとき、釣った鯛のハリを外していて鯛の口のなかに見慣れないものを発見した。それは白くて丸い形。指を入れて取り出そうとしたが、鯛に咬まれるおそれがある。鯛の歯は鋭く、顎の力も強い。3〜4日治らなかったことがあった。船頭が「おうっ、フクダマ言うんよ、縁起物よぉ」と声をかけてきた。そういえば聞いたことがある。タイムシ、タイノエなどと呼ばれ鯛の口中に寄生する生き物がいることを。しかし、寄生虫なのに縁起物ってか、、、、で、持ち帰り調べてみると結構オモシロイ生き物であることが分かったので、その内容を写真とともにブログに載せた。検索は「阪神沖釣クラブ公式ブログ」。釣りや旬の魚のことも、それら以外のことも、たまに俳句のことも書いています。と、まあ、個人的な事はそれくらいにして、では、10句選であります。

【十句選】

新雪のふわりと人のよく転ぶ   朱雨
 凍てた雪ならまだしも、新雪だからといって人はあまり転ばない、はず。でも、「ふわりと転ぶ」に、よ〜し転んでみるかという意気込みがうかがえて、新雪ならばこその転んで雪まみれになる楽しさが伝わってくる。

靴・鞄・手帳黒色底冷えぬ   コッポラ
 この句、黒のダンディーが底冷えに似合うというか、心身の均衡を支えている。摂津幸彦の「黒船の黒の淋しさ靴にあり」を思った。

手袋に温もり残し夕支度   えいこ
 手袋が暖かなのは当たり前だけれど、「温もりは」心の温もり。ひょっとしたら愛しい人、あるいは子ども達からのプレゼントかも。夕支度、使う水の冷たさも心地よい。

凩や少年として猫を抱く   頓坊
 今は老境。少年時代と同じように「抱く」のだけれど、そして事情は違えどやはり猫は飼えない。ともに暮らす時間がこの先短すぎるから。

霜月や親も子もない妻といる   頓坊
 「いる」のは夫としての私だけ。労わり、慈しみ、いろいろな思いはあろうが、妻と夫の間にあるのは「情」そのもの。季語「霜月」に一年のそして来し方の夫婦の暮らしぶりが見え隠れする。

隣の子共に踏みゆく霜の朝   くまさん
 霜柱を踏むのは、楽しい。バリバリと音を立てて、踏み歩くのだ。いずれ、行く先は違うのだけれど、だからこそ踏み競うのだ。

水洟や禅智内供の打つ木魚   伊達男
 長あ〜い、水洟だろうな。ひりりと引き締まっているはずの読経もがどこか間延びして、緊張感に隙間が生まれて、愉快。

餡パンの臍に残りし小春かな   浮游子
 あるべきところにあるような気もするが、そうでもないような、微妙な「有り加減」が魅力。小春なればこそ。

吾子ひとり挙手せぬ授業枇杷の花   文の子
 「枇杷の花」とあるから、内気で目立たない子なのだろう。俳句の中の人物を励ましてもしかたのないことだけれど、白く香りのよい枇杷の花は冬の寒さを耐えて咲く花だよ、オッカサン。

京劇の化粧のような師走くる   紅緒
 けばけばしく、賑やかな12月。ピタリの喩ではないが、狙いは成功している。

【予選句】

☆警備員後ろ手に組む浮寝鳥   コッポラ

☆炉明りや我と酒飲む影のあり   太郎

☆人魂をひっぱらないで冬満月   茂

☆三日月やピエロに心のぞかるる   芳江

☆ゆりかもめ受胎告知の光くる   遅足

☆岩間より滲む一滴黄落す   遅足

☆白日夢搾るレモンの一雫   遅足

☆短日の小さな嘘を聞いている   遅足

☆冬満月はるかな竜は眠りしか   虎子

☆声出して杜甫読んでいる霜の夜   無三

☆冬空の奥の奥より鳶の声   戯心

☆仁丹の将軍さんや冬ぬくし   浮游子

☆己が影の伸びゆく先の冬紅葉   文の子

☆皇帝ダリア私にだって意地がある   あざみ



2009年12月9日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 新型インフルエンザの流行が収まらず、学校では、学級閉鎖・学年閉鎖が続いています。大人は子どもほどはかからないようですが、忙しい年末、充分注意してください。
 十二月に入って初めての休日、やっとキウイを収穫しました。寒さに向かう団地の庭にも、水仙は葉を伸ばし、豌豆豆も芽を出しています。温かい冬晴れが続いて、時々夜に雨が降ってくれれば、と虫の良いことを考えています。 今回は143句の中から。良い句が多かったと感じました。

【十句選】

湯豆腐をとりそこなふや大相撲   文句
 とりそこなった湯豆腐がゆらりと沈んだり大きく崩れたり。テレビの相撲中継に気をとられてのことでしょう。「とりそこなふ」がどこかで相撲にも重なり、湯気をあげる大きく柔らかい湯豆腐の様子が自分の相撲をとりそこなった力士の様子に見えてきます。

白菜をリヤカーに積み湖隠す   太郎
 どれほどの白菜を積み上げたのでしょう。けれども、「湖隠す」に説得力があり感動しました。湖のほとりの畑の様子も目にうかび、積み上げた大きな白菜の白が耀いています。

喪中葉書数多いただく神の留守   大川一馬
 「いただく」に俳味を感じました。神の留守をねらって、皆さん、喪中葉書を出しておられるのですね、と。

だんだんに話題明るくラ・フランス   せいち
 だんだんに話題を明るくするのは、実は難しいことですね。一人が無理矢理明るくするのではなく、お互いがだんだんに明るい話題を提供する。ラ・フランスが効いています。

新刊の香り抱きて枯木道   れい
 新刊の香り抱きて、いいですね。蕪村の「葱買うて枯木の中を帰りけり」の現代版だと思いました。

草の実をつけて水鳥観察会   きしの
 衣服に付くと厄介で、草の実は迷惑なものが多いですが、水鳥観察ではそんなことに構ってはいられません。観察会の水辺の様子が彷彿としました。

泣き虫の泣き出すまでの冬の空   遅足
 この子は、空を見上げてから、泣き出したのでしょう。勢いよく駆けてきて、転んで、あ、泣くぞ、と思ったら、泣かないで空を見て、こちらと目があった瞬間泣き出した、そんな様子を想像しました。

冬の蝶死して月光返しけり   スヴァーハー
 冬の蝶が死んでしまって月光に照らされている。幻想的な作品です。

前奏のどこから入る冬茜   紅緒
 美しい冬茜。辺りの景色も茜色に染まっていく中、美しい景色の中にどうやって入って良いのか…。迷っているうちに冬茜はあっという間にクライマックスを迎えます。

冬ざれや浜に駝鳥の放し飼ひ   山渓
 浜に駝鳥の放し飼ひ、という突き放した言い方に説得力があります。いかにも冬ざれの景といただきました。

【佳 作】

☆冬帽を目深に少女絵筆執る   美佐枝

☆初時雨フランスパンの穴のぞく   あざみ

☆閉校のとけし賑わい冬紅葉   吉井流水

☆こまぎれがひとつながりの長き夜   れい

☆ポケットの両手さびしき氷柱なす   遅足

☆漉きあげて表裏ある白さかな   遅足

☆九州のかかとの馬の小春かな   岡野直樹

☆荒ぶれてやがて嫋やぐ懸け大根   草子


2009年12月2日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 みなさん、こんにちは。もう一年が経ち、年末ですね。また何もせぬうちに...いやいや、後ろ向きになるのはよしましょう。
 最近、「ライク・ア・ローリングストーン―俳句少年漂流記」(今井聖著、岩波書店)を読みました。まさに抱腹絶倒。七〇年前後の無頼な青春・学生運動の熱気がハチャメチャに伝わってきます。また、戦後の俳壇の動き、楸邨氏周辺のリアルな人間関係なども興味深い。現在、総合誌「俳句」紙上の合評座談会で、しばしば相手の評に噛みついて手こずらせるやんちゃな氏のルーツがとてもよくわかりました。そして、ますます今井聖ファンになりました。
 それでは、「十句」です。よろしくお願いいたします。

【十句選】

落葉踏み行き少年に戻りゆく   せいち
 落ち葉を踏んでいくと何か年を取っていきそうな気がするが、少年に戻りゆく、にはっとさせられた。その下は発酵してたぶん温かくなっている、落ち葉を踏むふわふわとした感じはとてもほっとさせてくれる。その感じが、懐かしい少年時代の記憶とオーバーラップしていくイメージに共感した。

冬の空ひとにはひとつ喉仏   遅足
 冬の空の下、雑踏を歩いている老若男女。着飾った若い女性、人生これからの張り切った男性、やや疲れた中年男女、所詮それぞれの一つずつの喉仏が雑踏を歩いている光景が目に浮かぶ。または、冬空の下の火葬場で骨になった喉仏が一つ転がっているイメージ。少しぎょっとさせられる表現だが、それでも何か温かい、からっとした読後感。

秋の雨ご注意下さいバックします   岡野直樹
 秋の雨がしとしと降る午後、近くの路上で2トントラックが作業をしている。引っ越しをする人がいるのだろうか、工事でもしているのだろうか。そこに、「ご注意下さいバックします」「ご注意下さいバックします」と録音された声が拡声器から何度も聞こえてくる。ただそれだけの景なのだが、少し寂しい秋の午後の手持ちぶさた感をうまく描き出している。

コンセントの縦長の穴初時雨   ポリ
 一読してやられた、と思いました。これも何のことはないものに着目した。コンセントの穴は縦長に決まっている。しかしそれをわざわざいうところに、またそんなものに着目するところに、俳句の情趣が生じる。少し汚れたコンセントの薄黄色の色が、時雨の頃の季節感ととてもマッチしている。それにしても、俳人とは変なものに注目するものだ。

象の眼のゆっくり閉じる小春かな   ポリ
 少し暖かい動物園のなかで、それを楽しむかのようにスローモーションの動きで眼を閉じる象。何かの本で、動物ごとに時間の流れるスピードは異なっているという説明を読んだ記憶がある。象の時間は我々の時間の3分の1くらいのスピードで流れるのだろう。象やキリンの句は多く、類想になりがちだが、この句はその弊を免れているのでは。

赤茶黄橙重なりあひて冬そなえ   すずすみ
 寒さに備えて子どもや大人のセーター、厚手のズボン、股引、ちゃんちゃんこ、手袋、マフラーなどが引っ張り出されて、うずたかく積まれているのだろう。それを「赤茶黄橙」としたところが俳句の芸。うまい。日常の1コマを掬い上げたよろしさ。

網棚の主(ぬし)なき外套一人旅   山法師
 人気のない在来線の電車の向かいを見ると、網棚に外套が忘れられている。その外套が、あてどもなく一人旅を楽しんでいる。季節は冬。読者の旅心、ロマンをくすぐってくれるような俳句。でも、忘れ物はすぐに車掌さんが保管してしまうので、この外套の旅は忘れ物置き場で終わってしまうのか。少し残念。

落葉掃き残らず掃いてふと寂し   山法師
 この感じ、わかるなあ。綺麗にするために掃除するのだから、何も残さないように当然掃く。でも、落ち葉が一枚もなくなったとたん、落ち葉に全部逃げられたような空虚感、哀しさ。言い得て妙。掃き、掃いての重なり、ふと、などが気にはなるが、感じていても言えなかった心の動きをうまく表現して見せた。

目の下につけ黒子して毛皮着て   遊雲
 若い女性が毛皮を着て、華やかな集まりに行くのだろうか。メークの仕上げでつけ黒子をするおしゃれ心、茶目っ気が楽しい。それも、目の下というのが微妙。やや悲しげに見えるのを逆手に利用してより魅力的に見えるような気がする。自分もつけ黒子をしてみたくなった。中年男性は気持ち悪いか。

先生のギターの中が芋畑   なづな
 何かというとギターを引っ張り出してきて、生徒にも無理矢理歌わせる田舎の中年の先生の姿が浮かんできた。でも生徒たちは少し閉口しながらも、この先生と歌うことが好きなような気がする。みんなで歌っていると、ギターの中が芋畑になったり、赤とんぼが出てきたり、夜行列車になったりしたら、素敵。

【予 選】

霧速し戦場ヶ原の草の色   太郎
 景はよく見えるが、戦場ヶ原がよく知らないので、ややもどかしい感じ。

友去りて部屋の広さや後の月   太郎
 感じはよく伝わってくるが、全部言ってしまったか。

小春日や深き音色のサヌカイト   太郎
サヌカイトは叩くとまさに深い音がするもの。これも言ってしまった。

ブレーカー落ちてしみじみ冬である   朱雨
 ブレーカーが落ちるとエアコンも切れ、寒さがじわじわ襲ってくる。しみじみ、がどうか。

山茶花や陶の狸は夜も寝ねず   せいち
 確かに焼き物の狸は一晩中起きている。そのおかしさ、寂しさはよく出ている。

電灯の紐継ぎ足して冬に入る   せいち
 炬燵から出るのがおっくうで、紐を長くして座ったままでも電灯をつけられるようにした。答えが出てしまったが、冬に入る、の感じがよく出ている。

大根を抜いて氷河を引き寄せる   遅足
 氷河という壮大なものが、大根一本抜いただけで引き寄せられるのは面白い。

蝶結び解けば母は散りぢりに   遅足
 何か不思議な光景。いろんな場面が想像できる。季語がないのでは。

冬鳥の翔ち裸木になりにけり   くまさん
 季重なり。さらっと写生して嫌みがないが、もう一つ踏み込みが欲しい。

しじみ汁湯気立つ駅伝中継所   きしの
 駅伝中継所にはいろんなものがありそうだが、しじみ汁の具体性が効いている。

小六月もうその手にはのらないわ   ポリ
 何回痛い目にあっても、また同じことにだまされてしまうことは多い。私も。季語の効きが弱いのでは。

白障子ついつい本音漏らしけり   山内睦雄
 障子は筒抜けだが、つい漏らした本音とは、何だろう。気になる。

一文字の宛名のにじむ時雨かな   えんや
 これも謎めいた作り。人文字の宛名とは相手のものだろう。誰だろう。気になる。

三角の鉛筆合戦虎落笛   頓坊
 三角の鉛筆を転がし合って、何かの勝負をしているのだろう。きつい北風の聞こえる中でも、ほのぼのとする。

縋り付く草の実ひとつひとつずつ   山法師
 さりげない小品で好感。が、ひとつひとつずつ、が字数を使いすぎて、もったいないように思う。

狸でるこんなところに臭木の実   麻
 狸は山里に行くと意外に頻繁に遭遇する。こんなところに臭木の実、が少しとぼけた感じでよい。

羽休め西に往くのか赤とんぼ   麻
 西は浄土の方角。赤とんぼの不思議な感じは出た。往くのかという感慨より、行く、とした方がいいのでは。

湯豆腐の日高昆布に乗りにけり   山渓
 日高昆布という具体性が、句をリアルにした。湯豆腐もおいしそう。

説教じわりホットケーキに少しコゲ   なづな
やんちゃな息子にも説教が少し効いたかなというところにホットケーキが焦げているのは面白い。ホットケーキは季語になりますか?

山間の鉄筋解体冬紅葉   浮游子
 紅葉の風景の中に解体中の鉄筋という無機質でいて詩的なものをうまく配置した。好きな句。

【一 言】

駆け上がり機上のオバマ冬隣
・・時事ネタだけに終わった。
落ち葉にはフェンスの枯葉ならぬまま
・・意味がすっと取りにくい。
むら雀冬将軍を楽しめり
・・楽しめり、の擬人が成功していない。
名勝の木の葉木の葉に冬の雨
・・名勝といっただけではお仕着せ。
木枯しや皇帝ダリア中天に
・・ダリアは夏の季語。木枯し、とでは季節感が混乱するのでは。
中華街湯気暴々と冬に入る
・・暴々、が乱暴すぎるような。
大嚏由緒正しき個性也
・・と、決めつけられても読者は・・・。
鳶の笛晩秋の日暮れにけり
・・中6で字足らず。景もありきたりでもう一歩。
死ねば是非ボジョレヌーボと好きな牡蠣
・・死ねば是非、は死ぬ前は、では?
黒潮をじっと見詰める雪の富士
・・富士を擬人化したがあまり成功していない。
炬燵とは節度を持って付き合おう
・・標語、教訓に終わっている。
薄氷のごとくに妻は眠りけり
・・妻の体温が気になる。
冬鳥の集会場といふ立ち木
・・見立てだが、平凡。
冬鳥の声だけ見せる峪にをり
・・この峪に立ったら、誰もが思いそう。
よその子も 我が子と同じ 愛の声
・・分かち書きはしない方が。ストレートな博愛は俳句に向かない。
四脚門額縁となし冬もみじ
・・背景を額縁と見るのは常套。
満堂の湖国法城しんらん忌
・・満堂の湖国法城、がよくわからない。
生ゴミを選る烏や冬曇り
・・これもよくある光景。報告。
小春日やうつつをぬかす里の猿
・・うつつをぬかす、は何かに、という言葉が必要なのでは。
開拓碑減反の田に鴨来る
・・開拓碑は、北海道の屯田を思わせる。北の地の寂しさは出ている。
明暗の胃カメラを呑む漱石忌
・・胃病もちの漱石と胃カメラは合いすぎ。明暗がわからない。
秋の雨娘は囚われ人となる
・・娘は囚われ人となる、が謎めきすぎてわからない。
子規の庭蚊遣りの香も冬に入る
・・想像の域を出ていない。
まだ青き子規の糸瓜に日脚伸ぶ
・・同上。
レプリカの子規の膳にも梨のあり
・・レプリカの子規の膳、はおもしろい。梨の季節感が効いている。
ダンディズムチェックのマフラーシガレット
・・横文字が並びすぎて、羅列のような感じ。
向こうまで続くけやきの落葉かな
・・報告。
寡黙なる人ペン持てば湯気噴けり
・・湯気噴けり、が直裁的で大げさ。
湯豆腐や悔恨の情溢れだす
・・湯豆腐と悔恨はつきすぎ。
小切子や三拍子で打つ小春空
・・小切子と三拍子で打つがうまく結びつかない。
夜食にはのびしラーメン残業す
・・景がありきたり。
偵察機のやう鳶切る開戦日
・・開戦日が答えになってしまった。
沈黙の臓器に異変秋灯し
・・怖いですね。お気をつけください。
立ち尽くす引っかけ橋や冬の虹
・・引っかけ橋という既成の俗語は使わない方が。
山茶花や闇にこぼるる音のあり
・・森閑としているが、既にある世界。
自販機も冷から温へかまど猫
・・季が重なっているので、下5を変えられては。
迷ふこと多き七十路冬薔薇
・・感慨のみに終わっている。
銀杏の葉くるくるりんと追ふ子たち
・・微笑ましいが、切れが欲しい。
湯につかる子らのちんぽこ唐辛子
・・唐辛子はそのまま。
枯蓮や象もきりんも元気です
・・元気です、だけではもの足らない。
枯蓮や動物園の夜間ツアー
・・夜間ツアーもありそうで、もう一つ意外性が欲しい。
風荒ぶ無人灯台冬の海
・・3つとも寒々しいものがそろいすぎ。
落人の里に干しある柿の皮
・・いかにもありそう。
丁字路の道標朽つる落葉道
・・同上。
据破風や朱のあざやげる御堂冴ゆ
・・あざやげる、という言葉はありますか?あったらごめんなさい。
また赤となる信号や夕しぐれ
・・これもよく言われることで、意外性がない。
通院の行きもかへりも時雨けり
・・通院と、時雨。マイナスどうしが並んだ。
晴れ男けふは時雨の旅の宿
・・晴れ男、雨女などは手垢の付いた言葉。
逆縁の墓をも抱き山眠る
・・山眠る、は季語で切れているので、抱きの主語がわからない。
まなこ八畳飲み込んで風邪に臥す
・・まなこ八畳飲み込んで、がよくわからない。
夕まぐれ遙かへ叫ぶ椋の列
・・報告。
鉦叩来て去る闇の奥をのぞくな
・・鉦叩に奥をのぞくなと言ってみても・・・。
君問えばわが名昭和の根無し草
・・歌謡曲的すぎ。季語なし。
晩秋の土手午後二時の光満つ
・・よくある光景。
石たたき飛ぶより速く走りけり
・・状況がよくわからない。季語なし。
今更に詮なきものを返り花
・・独り言、愚痴に終わっている。内容と季語がつきすぎ。
残照の真横に走る冬木立
・・車の中からの光景。冬の寒さ、晴れ晴れとした感じは出ている。
リハビリの嗚咽の軋む古日記
・・苦しさをストレートに出されない方が。
石段の苔に浮寝の散紅葉
・・浮寝がややピンとこなかった。
小春日や小さな嘘をひとつだけ
・・季語と、ふとした思いを合わせるのはよくある作り方。
熱燗や終電車まであと五分
・・よくわかり共感できるが、それ以上出てこない。
朝顔の実のこんがらがつて弾く
・・言葉の流れがこんがらがっている。
でんと置く昔旅籠の長火鉢
・・でんと置く、が平凡。昔旅籠の長火鉢はおもしろい。
神の留守手持ち無沙汰の巫女だまり
・・神の留守に巫女を合わせるのは変化が出てこない。
かたくなも自在もこの世一葉忌
・・俳句に教訓めいた内容は合わないのでは。
義理不義理重ねて今日は一葉忌
・・今日は、はいらない。義理不義理重ねて、も皆そうなのでは。
クリオネはあなたまで手がとどかない
・・クリオネがなぜあなたに手を伸ばすのか??
ご機嫌はなおりましたか冬の海
・・言葉の流れがこんがらがっている。
痒いところないですか冬菜洗う
・・6−5−6はリズムが悪すぎ。冬菜洗う痒いところはないですか、では。痒いところはないですか、と言いながら美容師が洗っているものが冬菜としたら面白い。
鮫がまた遠回りするオムライス
・・意味が分からない。
電卓のまた桁外れ冬近し
・・電卓の桁が外れるというのがわからない。
束ねたる不幸の手紙冬の月
・・怖すぎるような。
たましいの逆さに写る秋の水
・・わかる気がするが、抽象的。
冬雲や表舞台の定休日
・・表舞台がよくわからなかった。
小雪や梢さうさう風さうさう
・・上4で字足らず?風や梢の様子はよく浮かんでくる。
星揺るる子猫のじゃれる毛糸球
・・とてもよくある情景。
冬銀河ワインの中の普遍かな
・・普遍という哲学的命題は俳句にはなじみにくい。
舞い上がる落ち葉の下ぞ地獄なれ
・・下5は意外でインパクトはあるが、意味がつながらない。
舞い上がる黄葉紅葉の浄土かな
・・浄土は逆にそのままでは。
携帯をかけそこねたる紅葉晴れ
・・報告。
女だから謝ろうかな柿熟す
・・よくわからない。
機関車に抱かれる夢や日向ぼこ
・・機関車に抱かれる、に無理があるのでは。
白バイの皮手眩しき薄紅葉
・・皮手、は無理な言葉では。


2009年11月25日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】
 こんにちは。寒い日が続きますがお元気ですか。今年の脅威はなんといっても新型インフルエンザ。そろそろ季節性インフルエンザも流行の兆しです。ああ恐ろしい。うがい・手洗い・換気・休息が大事だと日々小学1年生に話しています。皆様も本当にお気をつけください。
 では、今回もよろしくお願いいたします。

【十句選】

晩秋の駅前ひろば広くなり   茂
 晩秋の、どことなくもの寂しい雰囲気が伝わります。人気が少なくて広い、落葉して木から空が見えて広さを感じる、確かに晩秋の駅前ひろばは広いですね。「ひろば」とひらがな表記にされたのもやわらかさが出て効果的です。

消しゴムの白き航跡冬に入る   遅足
 航跡が残るほどなので、字ではなくて絵を消しているのかなと想像しました。消し跡を航路というのがいいですね。また、これが夏であったらありきたりなのですが、「冬に入る」という取り合わせがいいと思います。

子をうちて母の手にある鰯雲   遅足
 子をうったら手は赤くなるのではないかと思い10句に入れるかどうか迷ったのですが、何度も机を叩いて実験した結果、まだらになるかなという結論に至り選びました。(俳句には現実との整合性も大事です)。実際叩いてどうだったかは別として、子を打つというインパクトの強いフレーズが最初にきて、最後に鰯雲を持ってきてふっと力が抜けるような締め方はいいですね。また、雲は広い空を連想させます。それが母の思いなのだろうと想像しました。

ふかし藷よりもろもろと話の穂   きしの
 ふかし藷のもろもろとした感じを、話の穂と結びつけるところが面白いですね。藷は口に入るものですが話は口から出るもの。そういった面白さも感じます。話が弾むというのは元気で楽しそうです。きっと黄色くて甘い藷なのだろうと想像します。ただ、ひとつ気になるのは「話の穂」。藷と穂は一句の中で対立してしまう存在ですので表現を変えたほうがいいと思います。

もそもそと金魚の口や散紅葉   山法師
 「金魚」が夏の季語であるということが問題になるかとは思いますが、この場合「散紅葉」が強いのでいいかなと思い選びました。金魚に餌をやった時の様子と散紅葉とを重ね合わせているのだと読みました。散紅葉と言えば美しいものなのですが、そこに金魚が餌を食べるという何とも俗な情景を持ってきたところがいいと思います。「もそもそ」が効いていますね。

月光や二重跳びして影になる   岡野直樹
 二重跳びは、縄跳びの二重跳びですね。どうしてそんな夜に二重跳びをしているのかということは気になりますが、子どもと一緒に練習、または運動のため夜に縄跳びをしているという理解をしました。月光という雅なものに対して二重跳びという取り合わせが面白い。そして、「影になる」と自分自身で言い切るところに、二重跳びに対するやる気が感じられます。

音のみのZIPPO ライター神無月   浮游子
 ライターを点けようとしたらオイルが切れていて火がつかない。何度も試すが音のみである。なんとも寺山修司的、もしくは松田優作的な世界です。ZIPPO ライターと固有名詞を出したところがいいですね。神無月と取り合わせることで、オイルがないのは必然であって仕方がないというような感覚が生まれます。

小春日や路面電車の曲がる音   戯心
 小春日のほっとするようなのどかさの中に、路面電車というレトロなもの、その曲がる音。のんびりとしたやや田舎のまちの風景が思い浮かびます。小春日と路面電車まででしたら既視感のある取り合わせですが「曲がる音」ということで聴覚的なイメージまで広がりが出ますね。

桶底の貝蠢きて近松忌   無三
 桶底の貝の蠢き。やや不気味な感じがします。実際はそんなに深くない桶なのでしょうけれど、どこまでも深く貝が無数に蠢く桶を思わず想像してしまいました。それもこれも、「近松忌」効果でしょう。この取り合わせにより貝の蠢きが、人と人との情のもつれ合いを連想させます。うまい一句です。

小春日の蓋を開ければ金平糖   あざみ
 小春日ののどかさには、こんな素直な句が似合う気がします。小春日というだけでもいい気分なのに、さらにそこにかわいい金平糖が登場。しかも、「蓋を開ければ金平糖」。予想外の嬉しさがありますね。そのまま読めば、「小春日の/蓋を開ければ金平糖」ですが、「小春日の蓋」という捉え方も可能で、想像が広がります。楽しい気持ちにさせてくれる句です。

【次 点】

小春です今日はお休みいたします   遊雲
 こういうひとり言のような俳句を個人的に「つぶやき俳句」と呼んでいます。小春にお休みは説得力大です。

ブログといふ日々の証や冬に入る   洋平
 「ブログ」を句に使うところが意欲的で惹かれました。確かに「日々の証」ですね。

暮の秋猫と遊ばねばならず   頓坊
 「遊ばねばならず」がポイント。「しかたないなあ」なんて言いつつ実は自分が遊びたいのだろうなと思います。楽しい句ですね。

人生はラララと書きて秋の空   浮游子
 「ラララ」と「秋の雲」の取り合わせは楽天的。いいですね、こんな句好きです。

初霜や赤いバッグで疾走す ポリ
 「赤い」と具体的にいうことで疾走する方(きっと女性)の元気な様子が鮮明になりますね。

そう言えば思い出す人酉の市   無三
 そういえば、という唐突な始まりによって読者はぐっと句に近づけると思いました。読者それぞれに誰かを思い出しそうです。

日だまりの猫に勤労感謝の日   無三
 猫には休日も勤労感謝の日も関係ないわけですがそこをあえて詠むのも面白いですね。

足うらに恋愛ゾーン泥鰌掘る   あざみ
 足つぼマッサージの、足裏反射区の応用かと思います。ここを押したら胃に効く、ここは目に効くというように恋愛に効く箇所もあったらいいですね。発想が面白い。

月冴えて指枯るるまでカンパニュラ   スヴァーハー
 「指枯れる」という表現が独特で魅力的です。「カンパニュラ」というのもかっこいいですね。

【気になった句】

エコエコと叫ぶ街中エゴの雪
論告が諭吉に見えて冬の雨
 風刺が効きすぎているのがやや問題かと思いました。

横浜や小春日和の「象の鼻」
鎌倉や阿仏尼の塔石蕗咲ける
 旅先での句かなと思いますが、地名を入れると説明的で日記のようになってしまう恐れがあります。思い切って「象の鼻」「阿仏尼の塔」だけを活用してみてはいかがでしょう。

虫時雨星を小出しに出しにけり
紅葉し飛び出す立体映像に
 「小出し」と「出しにけり」、「飛び出す」と「立体映像」はそれぞれ意味が重複するので言い過ぎになります。

さりげなく鬱気を散らす姫椿
屈託のない散財家山茶花
 「さりげなく」「屈託のない」という語が説明的なのでここにひと工夫ほしいところです。

御正忌の僧と唱和の正信謁
 ひとつの世界で完結してしまうと句としての魅力に欠けるのでどこかに異質なものを取り入れることが必要かと思います。

ミレーの晩鐘の如き秋夕焼
古民家の絵になってをり塀と柿
 ありきたりになってしまうので、これも異質なものとの取り合わせが必要です。


2009年11月18日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 伊藤若冲作、西福寺の襖絵「蓮池図」には、穴だらけの蓮の葉と、ひっそりと立つ蜂の巣状の花托が墨で描かれています。思えば我が家の蓮は、四月の蓮根状態から、六月丸い葉が大きくなり、七月あっという間に花が咲き、つかの間の気品を残して散り、やがて頭でっかちの花托ができ、そのうちひょいと実を飛ばします。晩秋、その花托は修行僧のような出で立ちとなり、傾き始め、消えていきました。初冬の今、へし曲がった茎がポツポツあるのみの蓮鉢。それを見ながら俳人のような顔で選をしています。たくさんの投句ありがとうございました。

【十句選】

だまし絵にまわす頭の秋の暮れ   菊美
 「手水を廻す」を「長頭を廻す」と間違えて頭をくるくる廻す落語「手水廻し」を思い出しました。「まわす頭」は頭の中を回すより外を回すほうが面白いです。愉快な句。

行く秋の胡坐のなかに子を隠す   遅足
 後ろから見るとほんとうにわからないのです。胡坐の上に子どもを抱えていることが。秋を惜しみながらかけがえのない子をしっかり抱え、ほんわかとした体温を感じている、佳句。

団欒の網目麒麟に射す冬日   大川一馬
 麒麟の団欒とはなんとユニークな。貴重な冬の日に寄り合いながら「日本は寒いねえお母さん」「ほんとねえお父さん」なんて言っているのでしょうか。

重心を芒が原へバイク行く   紅緒
 バイクがカーブで傾く様子、芒が原が風でなびく様子、この二つを「重心」という言葉で結んでいて簡単明瞭。読者の気持ちも傾いていきます。絵がとても綺麗で好きな句です。

熊穴に入る三日目はひそひそと   貝人
 熊は(種類によっては)冬眠中子どもを産むのだとか。そしてその年に産んだ小熊は母熊と一緒の穴で冬眠するのだとか。冬眠も三日目になると熊も黙っていられないのでしょう。楽しい句。

無精ひげ今日で七日目冬になる   遊雲
 前の句とセットにしたい句。失礼ながら冬眠中の熊を想像してしまいました。「七日目」から「冬になる」への展開が見事です。

さあいよいよ地球を発つぞ毒茸   岡野直樹
 「地球を発つ」のが人か茸か。ロケットの形に似た毒茸がサーッと菌をまき散らしながら宇宙へ飛び立つ「茸主人公説」は面白いかも。地球を発つぞと意気込んだら毒茸を見つけ、怖気づいてしまったという「人主人公説」もユニークです。爛々と昼の星見え菌生え(高浜虚子)

鉢植えの白菊真直ぐ無人駅   戯心
 無人駅にもかかわらず誰かが乗降客のために菊を置いているという光景。誰かが水をやりにきているのでしょう。丹精込めた白菊は真直ぐに仕立てられており、しかもそれを見て俳句にする作者がいます。人間が登場しないのに人間の温かさが伝わる作品。

反物を売つてまた売る暮の秋   玄海
 晩秋の商人。「また売る」に力があって好きな句です。「反物」の「反」の字に「反骨」の文字も思い浮かびます。暮の秋という静かな季語はシンプルさをより際立たせました。

落ち葉掃く大激安の立て看板   草子
 「大激安」の看板はときどき見かけます。ガサッと集める落ち葉がバーゲンの商品にも思えて取り合わせが成功しました。「落ち葉掃く」と切れているのであとのイメージにつながります。

【次点】

初時雨テトラポットへ滑り込み   茂
 「初時雨」と「テトラポット」の組み合わせはめずらしくて新鮮です。しかし、「時雨」はふったり止んだりする弱い雨ですので、「滑り込む」というのは強すぎると思いました。

ポンのつくタイの名前や冬ぬくし   朱雨
 「タイの名前」とは地名でしょうか、それとも「プーミポン」などの人名でしょうか。それとも「タイ」は「鯛」?などなど考えていると確かに冬は温いです。

ダンスの輪フルーツピザのように秋   きしの
 社交ダンスかフォークダンスか、色とりどりの輪がフルーツピザなんてステキ。ビジュアルな効果があります。「のように秋」が説明的なので、例えば「フルーツピザにマスカット」など直接的にしてはどうでしょう。10句に採ろうか迷った句です。

カンナ咲く闇深ければより朱く   真亜子
 闇の中のカンナは神秘的です。ただ「より朱く」が常套的なので惜しいと思いました。真亜子さんならもっと新鮮な5文字が浮かぶはずです。「〜ば」という言い方は条件が狭められて難しいです。

初霜や競馬新聞たたみおり   ポリ
 「競馬新聞をたたむ」だけなら何の変哲もないのですが、「初霜」と組み合わされるとなぜか競馬新聞がきりっとして、意味があるようにも思え、不思議です。もう一工夫ほしいところです。

小春日や根津に明治を拾ひつつ   文の子
 樋口一葉など文豪の足跡を歩かれたのでしょうか。端正すぎるくらい端正な句で、特に「明治を拾ふ」というフレーズは素敵です。これは充分秀句だと思います。今回はパンチのある句が多く10句に入れられませんでした。

立ち上がる絵本 無月の屋根たち   頓坊
 自由律。「無月の屋根たち」に惹かれました。童話に出てくるさまざまな夜を思い出します。ただ、「絵本」と「無月」の間の空白の部分は不要だと思います。くっついていても「空白」です。

松手入新作タトゥーは梵字にて   無三
 松の手入れをしている人に梵字のタトゥーがあるのか、手入れをしている松の枝振りが梵字のタトゥーを連想させるのか、どちらにしても意欲的な句。材料が多く、「新作」は不要かと。

天高し自由市場の品定め   吉井流水
 「市場」に対して「品定め」が月並みで惜しいです。前半の伸び伸びした感じを生かして個性的に展開したいところです。

青かりん千年池の鎮まりて   豊田ささお
 なんて美しい風景なのでしょう。「青かりん」に存在感があります。ただ「千年池」で重厚な静寂が思い浮かびますので「鎮まる」は不要だと思うのですが。

冬の蝶ふわりと風を乗り越えて   リーフ
 「風を乗り越えて」は新鮮な視線です。「ふわり」で流されている様子が少し理解できますが、冬の蝶は本来弱々しく、風を乗り越える力はないはずです。「冬の蝶」以外の季語がいいかもしれません。七五三、冬の鳥、白鳥の・・・いろいろお試しください。

【気になった句】

陽明門鬱然として秋深し
 門の前に立った思いが伝わります。「鬱然」という作者の印象を、手間隙かけて別のもので表現すればもっとイメージが広がる句になると思います。

生きて世に証し残さず野菊かな
 思い切り意志を出して、これ以外の解釈を拒んでいますが、なぜか「野菊」に心動かされました。前の部分が「意志満載」ですので「野菊かな」の「かな」は詠嘆でないほうが良いと思います。

山小屋を辿ればマッチ売りの少女
 マッチ売りの少女を山小屋に登場させて楽しい句です。ただ、「マッチ売りの少女」で季節感が共有できるかは微妙です。(この句には説明文が添えられていましたが俳句に説明は不要です。読者の読み方に任せるしかありません。えい、と放り投げてくださいませ。)

小春日や駆け足に見る石舞台
 「小春日」「駆け足」「石舞台」、うららかな日を目一杯過ごしたいという感じです。材料がそろいすぎたかもしれません。「駆け足に」は「駆け足で」の方が良いかと。

漆黒の鯉の背に散る紅葉かな
 はらはらと散る紅葉は、鯉という印象的なものから一瞬目をそらす間を作ります。美しい光景。ただ「黒」と「紅」という文字の対比があまりに露骨ですので、「紅葉」は「もみじ」のほうが効果的かもしれません。

紅葉してますます人を悩ませる
 どこかで「切れ」を作るととても良い句になりそうです。「紅葉して」を「薄紅葉」とか「夕紅葉」とかにすると悩む原因が別にあるようにも思えます。歳時記は楽しいです。

秋深しなぜ結婚をしたのだろう
 笑ってしまいました。真剣でしたらごめんなさい。「結婚」への疑問か「結婚相手」への疑問か、そこが少し曖昧。「結婚を」の「を」の収まりが悪いので再考を。

重文の古文書曝す秋日和
 正倉院展は今年も賑わいました。古文書を秋の晴天に干すという光景は綺麗です。しかし、残念なことに「曝書」という夏の季語があり秋日和と重なってしまいます。

隙間張る昔庄屋の奥座敷
 よくわかる句。「さぶっ。こんな家いやだ」と言いながら隙間をガムテープで塞ぐ現代人。終始一貫しているところが難点です。

冬菊や初任教師の目に涙
 「冬菊」と「初任教師」は良い取り合わせです。ただ「涙」となるとずいぶん暗くなり、原因を知りたくなり、めんどうになり、やがて読者が引いてしまいます。最後の5文字にその教師の特徴や仕草など、からっとしたものを持ってこられてはいかがですか。「小さき字」「頬赤く」「奔走す」「紺スーツ」「残業中」などなど。


2009年11月11日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

[初めに]

 紅葉が見頃となりました。吟行に行かれた方も多かったようです。紅葉の句はなかなか難しくて、私はとても苦手です。歳時記の例句は写生句が多く、新鮮な俳句を作るためには取り合わせに意外な言葉を持ってくることが大事かなと思います。発想を変えて「紅葉」で、10句、20句と作ると面白い句が1句、2句出来るかもしれません。吟行のあと、家に帰ってから机に向かうのも楽しい作業ではないでしょうか。

[十句選]

月光の奥へ奥へと人帰る   遅足
 かなり抽象的な俳句ですが、月光の射す夜は感覚が鋭敏になり「奥へ奥へと人帰る」に月光の深さを思い、共感しました。高柳重信に“「月光」旅館/開けても開けてもドアがある”がありますが、ドアを開けて開けて人帰る、ような感覚ですね。

走り根の窪み団栗集会所   大川一馬
 「団栗集会所」がとても楽しい比喩で、団栗の生き生きとした顔が見えてきます。「走り根」が団栗も「走る」にかかっているようで、全体的に躍動感があって面白かったです。

図書館のいつもこの席葉鶏頭   きしの
 窓際の席で、たまに気分転換で外を見ると葉鶏頭が赤々と揺らいでいる、「いつもこの席」に作者のこだわりがあり、コスモスや鶏頭ではなくて、「葉鶏頭」にもそのこだわりを感じているのでしょう。

松茸やまことしやかに話し込む   茂
 松茸を食べるのは日常的とは言えず、非日常的かも。嘘だと解っていても弾む話があります。松茸自体も嘘っぽいような、そんな楽しい想いをこの句から受け取りました。私が小学生の頃は、山で松茸をたくさん採りました。でも湿地茸のほうがおいしかったです。

鱗雲今日はとっても几帳面   岡野直樹
 「鰯雲」と「几帳面」の言葉の取り合わせが新鮮でした。きちんと仕事をこなし、すっきりとした気分でどこまでも広がる鰯雲を眺める、そんな日もあるでしょう。「今日は」の「は」がよく効いています。

秋深む手紙に切手まだ貼らず   紅緒
 手紙を書き終えたのに、まだ切手を貼らずに机の上に置いたままになっている。そこに少し作者のためらいが見え、「秋の深む」に心情を託しているところがいいです。

エプロンのままで迎えに十三夜   草子
 料理を作り終えたか、その途中で迎えに行く、エプロンがいきいきとしていいですね。新婚さんですか?「十三夜」は抒情的な感情におちいり易いですが、「エプロン」という俗語が効いています。

手つなぎの手はほろほろと蓼の花   草子
 「手をつなぎ手のほろほろと」のほうが、「ほろほろ」が活きてくるように思ったのですが、いかがでしょうか?「ほろほろ」の擬音が、手と蓼の花の両方に掛かっていて、ほのかな心情が巧く表現されています。

蔓梅擬き素顔見られてしまいけり   あざみ
 季語の選択が良かったと思います。蔓梅疑きは、実が熟し種をのぞかす頃がもっとも美しいとのことです。素顔を見られて、ぎょっとされたのではなくて、恋が始まったのだろうと想像しました。

秋の蝶白き螺旋を昇り行く   スヴァーハー
 白い螺旋階段を秋蝶が昇ったという解釈とは違った、空中に見えないけれども、存在するかのような螺旋を昇って行く秋蝶の情景が見えて、感覚的な美しさのある句です。春、夏、冬よりも秋の蝶が「白き螺旋」に合うと思いました。

【予選句】

壊すことほ楽しくて楽しくて豆名月   ロミ
 中七の「楽しくて」を一つ取り除き、何を壊すことが楽しいのか、具体的なことを入れると、面白くなります。

父と子のすわっておりぬ雲の椅子   遅足
 「雲の椅子」が詩的です。どの季節の雲が最適なのかなあと考えました。

分譲の立て札古び草紅葉   悠
 最近の売れない分譲の土地の立て札が目に見えてきます。「古び」はあまりにも見たままなので、その文字がどんな感じなのかなど、ちょっと嘘を加えて作り直しても面白いかもしれません。

団栗の細いの丸いのでっぷりの   岡野直樹
 団栗のかたちを説明しているだけなのですが、リズム感がよく、最後の「でっぷりの」が良かったです。ラップ調ですね。ここから歌を作ると面白そうです。

小鳥来る河馬の欠伸のトロンボーン   学
 小鳥をこの景色に入れないほうが、最後の「トロンボーン」がズームアップされると思います。季語はさりげない、時候などにするといいですね。

団栗に足をとられて苦笑い   すずすみ
 この句の「苦笑い」が事実そのままなので、ここで大きく転換する言葉をいれると面白くなります。

単線の青き一両夕紅葉   山渓
 とてもシンプルに「青」と「紅」でまとめていて美しいですが、絵葉書的になりました。たくさん作ってみて下さい。きっと個性的な句が出来ると思います。

露草の闇を潜りて天守閣   錫樹智
 取り合わせがいいのですが、露草の青が光のように見えるので、「闇」という言葉がふさわしいのかが気になりました。

かりがねや電子レンジの空廻り   浮游子
 かりがねと電子レンジの取り合わせは面白いので、下五をもう少し工夫して下さい。

藁休めハンドクリーム塗りなおす   豊田ささお
 「藁休め」が気になりました。秋は「新藁」か「藁塚」が季語です。冬の季語は「藁仕事」です。この季語と「ハンドクリーム」の取り合わせは、あまり見たことがないのでいいですね。


2009年11月4日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】
 今回もたくさんの投句ありがとうございました。この俳句クリニックのドクターなどという身の程を越えたことを始めてから、毎回、勉強させていただいています。他人の句を読んで(選んで)、何か書くということは、句会での選句、コメントより(時間の制約を抜きにしても、)結果的により深く俳句のことを考えることになってしまう、いや別にそれがいやじゃないんです、むしろ楽しくて・・・ このところ句会が続いて、毎回飲むことになる、それでなくても人に会えば飲む、観れば飲む、棒振れば飲む、ということになっていますから、そろそろ自分にクリニックが必要になるかもしれない。今週末は吟行があります、多分、いや絶対、飲むなあ。

【十句選】

飛行機発つ草の穂のいっせいにムンク   紅緒
 「いっせいにムンク」がよくていただきました。しかもそれが草の穂だということが。草の穂が軒並みムンクのあの「叫び」状態になっている、このような換喩表現は結構日常会話で使うのではないか、「あのときのお前、ほとんどムンクだったね」というような具合に。この方向でまだまだ俳句の開発ができそうな気がする。「飛行機発つ」がなんとかならないだろうか、語呂が悪い。「離陸」とかは?ムンク状態の説明を止めて、全く別のことを取り合わせてしまってもまた不気味で面白いと思う。作者の意図とは違ってしまうが。それにしても「叫び」以外のムンク作品を知らないのですが。

かまきりのやうな貌して募金せり   濡衣
 かまきりのような貌ってどんな貌だろう?色々考えられて楽しい。身体のわりに小さく、無表情なのか?そういえば募金している人の顔をよく見ていないことに気づく。募金をしても、しなくても、その前を通るときいつも、なぜか非はこちらにあるような気がしてしまう。駅頭で募金や署名を求める人たちに対する無根拠な忌避感が自分にあるらしい。かまきりのような貌という卓抜な比喩がその感覚を思い出させてくれました。

いつまでもペコちゃん頷く神の留守   濡衣
 出雲に出張した神さまが留守のこの時季の神社は寂しいというが、氏子の住む街も寂しいのではないか。そんな街角に立つペコちゃんの変わらぬ笑顔がかえって寂しい、いつまでも頷き続けているとすれば、それも寂しい。ペコちゃんに留守番をさせたのが成功です。神の留守のような古典的な季語とペコちゃんの取り合わせが楽しい。とろで私はペコちゃんを集めていました、あの店頭の大きなものはないのですが。

綿虫や喪中欠礼出しをへて   文の子
 ああ、もうそういう季節になるなあ、と実感させます。この場合は取り合わせの距離で読ませるのではなく、ぴったり調和のとれた小世界です。綿虫の飛ぶ晩秋〜初冬のグレーイッシュな空気感に喪中欠礼がぴったりです。たくさんの宛名書きをした後の疲れと(昨今はPCか?)綿虫の浮遊感もぴったり。季重なりなんでしょうけど、気になりません。

左折する後部座席に花芒   ポリ
 句は見たまんまの素直な順接構造で、特に尖った言葉、凝った言葉は見当たらない。あたまからすらすら読めて、一回目は選句の網からこぼれて、通り過ぎてしまう。二回目、句の誘導にまかせて読んでみる。前方ないし左側を走る車がある、それが左折する、と、今まで意識にのぼらなかった後部座席が視界に入る、そこで初めて花芒が意識され、一気に季の感情が立ち上ってくる。ああ今日は十五夜、今晩、家で早速生けるわけか、と。車の中という匿名性の高い空間で、一瞬共有される季の感情、「左折する」が特によく働いていると思いました。昔はどこにでもあった芒が少し遠くまで行かないと手に入らなくなりました。

黒猫の足揃えおり衣被   ポリ
 これも何ということのない世界ですが、対象の配合の妙で、理屈を超えた良さがあります。自足した黒猫の艶々した足。衣被は取り合わせる相手次第で、微妙に表情を変える俳味あふれる季語、美味でもあり、いいやつです。ここでは気取らないとか、のんびりしたとか、鋭角より鈍角とか、冷たいより温かいとか、まあそういう方向の気分立ち上げに大いに貢献しています。

秋晴れの駅前何でも相談所   遊雲
 本当にこんな名前の施設があるんでしょうか?(交番のこと?そんなことないな)創作でもいいと思いました。こんな秋晴れの街なら住んでみたい、善人の善人による街。そんな手放しの楽観でできた街。この「駅前何でも相談所」という名称が非現実な方向に想像を誘います。この句、この名詞だけでできています、秋晴れという至極単純な形容詞を纏いながら。

すぐそばに耳朶のあり秋の暮れ   あざみ
 「秋の暮」とは和歌の「秋の夕暮」出自の古典季語。それはもう昔から大勢が「寂しい」「哀れだ」と詠んできた。手垢まみれでも立派な季語だけにいじり甲斐もあるというわけ。ここでは「秋の暮」の本意は横に置いておいて、どういじってやろうかというところに作者は注力している。そして、その注力はほぼ成功している。耳朶は顔のなかでも唇に次いで肉感的な部位、それが自分のすぐそばにあるという。「秋の暮」の多くの変奏にここで「耳朶」がひとつ加わった。
 女ゐてオカズのごとき秋の暮  加藤郁乎

体温の熱き男や月夜茸   あざみ
 体温の熱い男って気持ち悪いんじゃないだろうか?男ながらそう思う。それともなにか熱血漢みたいなことを言おうとしているのか?そうじゃないな、体温という具体的な指摘がある。前の句の「耳朶」もそうだが、あざみさんの句はリアルな体感から出発して季語=季題にゆさぶりをかけている。その蛮力に拍手。月夜茸は毒茸、夜間発光するという、ベクトルは大きくは同じだが、ここでは月夜茸を男の隠喩ととらえるとつまらない、それ自体発光するこの場の謂いか。

眉月や追い炊きの湯に身を委ね   草子
 これはまた美しい・・・眉月、きれいな言葉。新月でも、弦月でも、三日月でもこの場合だめな気がしてしまうから不思議。「追い炊き」が遅い時間を想像させ、眉月の高さまで見える気がします。ひとつひとつの言葉がぴったりおさまっている気持ちよさです。ここは絶対檜のお風呂であってほしいな。

【次点句】

時雨るや島の尼僧の燭灯す  茂
 道具立てが揃いすぎている気もしますが、きれい。

秋の波地球ごしごし洗顔中  紅緒
 秋の波よりもっと適当なものありそう、おもしろい。

小鳥来るじかんわりたしかめながら  紅緒
 中七以降が表記も含めてメルヘンチック、そして新鮮。

月光に濡れて兎に戻ります  遅足
 兎だとそのまんまの感もあり、他の動物ではどうか?魔法が解けたのか。

ねんねこや樹下に木花開耶姫  真亜子
 不思議な世界。ねんねこは子守唄を唄っているのか?

鰯雲宗派の違う両隣  頓坊
 格好良く決まっている。

図鑑より少年出てくる良夜かな  浮遊子
 この世界はある、昭和の感じ。

離れざる洗車の水を秋の蝶  えんや
 ピカピカの車と、水の質感がいいです。

長き夜やネジが一本足らなくて  岡野直樹
 何のネジかわからないが、途方にくれているところが、頭のネジにも思えてきて。

まばたかぬ市松人形夜の長し  せいち
 市松人形の眼はほんとうにそうだ。人形は眠らないことに改めて気づく。

シナプスの外れる音や秋の空  錫樹智
 そんなあ!音まで聞いてしまったのがよかった。乾いた音なのだろうか。

コロッケにしみ込んでいる秋夕焼  錫樹智
 郷愁を感じる。ウスターソースの匂いと味も。

靴箱に月の影差す男子寮  錫樹智
 男子寮としたところがよい、これも郷愁の匂い、靴の臭いじゃないです。

一日を水槽洗ひ冬隣  無三
 冬隣とはこういう仕事の後にふと気づくのですね。

缶コーヒー腰に手をやり秋夕焼け  豊田ささお
 これは定番。秋夕焼も定番すぎるかも、といっても定番に徹したからいいのか?

柿を剥く誰にも傷をつけぬよう  あざみ
 繊細な心くばりと、果物を鋭利な刃物で傷つけているという事実。柿が適当か?