「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2010年2月24日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 こんにちは、皆さま。寒さの中にも明るさがあって、毎日の夜明けが楽しみな私です。
 今回も、たくさんの投句をありがとうございました。早春を感じさせてくれる、雰囲気のある句が多かったです。気持ちの良い投句ばかりでした。
 一点、残念でしたのは、少し助詞「の」の多用が目立ったことです。「の」は大変便利ですし、「が」や「や」に比べて、やわらかい語感であることも魅力ですが、安易な感じを与えてしまうこともあります。私自身も肝に銘じていることですが、なかなか難しいものですね。お互いに精進いたしましょう。

わが村は小道の長しバレンタイン   たか子
 古風な情景と表現である「わが村は小道の長し」が、「バレンタイン」とミスマッチという面白さがでています。バレンタインデイも、もはや新しい季語とは感じなくなりましたが、掲句のような表現を見ると、まだまだ若い季語としての魅力があることを実感いたしました。いやみなく、そのミスマッチが情緒を感じさせていることでしょう。 厳密に言えば、バレンタインではなく、「バレンタインデイ」とすべきですが。

工房の捨皿うすく雪の色   涼
 工房という情景が、雪の色を饒舌に語ることに成功しているのではないでしょうか。もちろん、捨皿という価値のない(薄い)ものに、薄く雪の色があるというニュアンスも魅力的でしょう。また、中七の「うすく」が、捨皿と雪の色の両方にかかっていくことは、無理なく受け取れると判断しました。

さくさくと林檎は切られ雪の夜   涼
 林檎は秋の季語ではありますが、林檎が受身(受動態)であることに一票を投じました。また、月並みではありますが、あまりにも、その冬林檎の清浄さが、雪の夜を表現しきっているようで、選いたしました。〈冬林檎さくさく切られ雪の夜〉を参考までに。

オムレツのかたち整へ春を待つ   せいち
 迷わず、選させていたしました。オムレツと春の絶妙な取り合わせ。そして、その形を整えるという行為。料理の中でも、形作るものは、多種多様にありますが、何ともいえない形状と質感、量感を持ち、そこに幸福感さえある物といえば、オムレツ(もしくはオムライス)をおいてないでしょう。お見事でございます。

啓蟄の採血室に人溢れ   洋平
 上五は「や」切れではいかがでしょうか。
 採血室という場所の選択眼に感服です。なせなら、手術室では重過ぎますし、不謹慎感もあります。保健室では、あまりに常套的。啓蟄という、微妙な時期の節気と取り合わせられたことが、大成功です。虫も人間も、何かしら動き始める気配なのですから。

春時雨カップに残る角砂糖   輝実江
 春時雨のなかの日常が、少し素敵な雰囲気で表現されています。春の物憂い感じもあり、また、春を惜しむ、むしろ楽しむ心の余裕のようなものも感じられ、特に女性に人気である句ではないでしょうか。句の調子もスタンダードですが、まとまっていてきれいです。その整いがまた、句の雰囲気をより、上質なものにしているのです。

春雨や三つ折り傘を開けぬまま   茂
 「三つ折り傘」が秀逸です。春雨に傘をささないことは、俳句にかぎらず、詩の世界では常套中の常套。そこに、三つ折り傘をいう、少しだけ今風な傘をもってきたことに軍配です。流行最先端ではありませんが、重宝される小ぶりな傘として、ここ何年かに普及したタイプの傘ですから。

フリージアの葉の伸びやかに挿されおり   ポリ
 悩みました。「フリージア」で五音ですから、上七に「の」は不要です。あえて、「の」を使用したい場合は別ですが。
 しかしながら、フリージアをいう植物の生態、形状が大変生きている句です。また、その花と葉の色までも、まさに「伸びやか」なのですから。そして、「挿されおり(をり)」という、主語がフリージアであるということ。つまり、活けた人間が主語、主役ではないのです。そこに、フリージアが、一句の中で最大限に生かされているのです。

母という歌の聞こえる春深夜   けんじ
 少し、常套さを感じましたが、「母という歌」という婉曲な表現が、春深夜を必要以上に叙情的にしないと判断しました。余談ですが、「春は夜汽車の窓から」という三浦哲郎さんの随筆があります。私はそれを小学生の時に読み、その作品世界で、「春の夜」というもののニュアンスを知ったように思えます。
 掲句もまた、春の夜のなんともいえない特別な優しさを感じます。

春隣ヒヨコに与える炒り卵   千坂希妙
 春隣、ヒヨコ、炒り卵、どれも、暖かい色を連想し、ポカポカと心が温まってくる良句です。「与える」という表現も、何気ないようで、実は効果的です。
「やる」でもなく、「あげる」でもない。ヒヨコに対する距離感が程よく、そこに正しい、まっとうな愛情を感じます。また、炒り卵という、少し「なぜ?」と思わせる句材も楽しさがあり、ました。

【次点句】

立春の妹が明るき戸口かな   たか子

再会の肩に春雨跳ねにけり   茂

舶来の船の棚にも春日差す   ポリ

春浅し丸めたラップの光る夜   ポリ

春寒や童唱える南無の声   けんじ

春愁の閉めては開く桐箪笥   千坂希妙


【予選句】

春近しまだ物言わぬ柿の木々   太郎

五割ほどもう春の水五年生   村上滝男

狂いなき光金剛力士像   遅足

古書店の棚に四葉のクローバー   遅足

曾祖母の初顔合わせ雛祭   文の子

冴返るイヤホンヘッドホンに替へ   文の子

保護林の梢の巣箱夕間暮れ   大川一馬

助手席の夫だけ見入る木瓜の花   くまさん

座禅草十年の愛今開く   山頭身

恋の芽を三月六日夜盗虫   山頭身

紅梅や点滴うくる腕見つむ   けんじ

夜の路地を路地にしたるは沈丁花   千坂希妙

節分祭枡の焼印匂ひたつ   山法師

曲り角いくつ曲りて春来る   山法師

早春は愛の食感ウエハース   紅緒

けんけんぱけんけんけんパッ春着地   紅緒

待受の画面に余白梅二月    勇平

黒タイツの新妻来るバレンタインデー     ロミ



2010年2月17日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 今年の冬も我が家の暖房はホーム炬燵だけだった。狭いながらもいくつかの部屋があるが、炬燵はリビングの一か所だけ。マンションから現在の隙間だらけの木造一軒家に引っ越してきたとき、その冬のあまりの寒さに暖房器のフル稼働を考えたけれど、いや、まて、この寒さをどこまで我慢できるかと重ね着だけで過ごすことにした。以来、やせ我慢ではなく、なんとか寒さを凌ぎ、この原稿も風通しの良い二階の小部屋で書いている。部屋着用のダウンジャケットに包まれながら、、、、、さて、十句選であります。

【十句選】

節分や非常階段上がりきり   茂
 豆を打ち投げながらなおも追いかけてくるのは、誰か。安全への逃げ口であるはずの非常階段だが、「上がりきり」になんとも切羽詰まった感じがする。もう、これ以上行き場がない、と言う感じ。年中行事とはいえ、本気で鬼払い(妻が旦那払い)をやっているようで、傍目からは愉快。俳諧味というより、通俗に過ぎるかもしれないがこの事件、言うても他人事でありますように。

パンのくずよくこぼれをり春立つ日   洋平
 石田波郷に「立春の米こぼれをり葛西橋」という句があって、ボクには難解な句だが、この句はみすぼらしいというか、だらしないというか、しかたがないというか、ともかくぼろぼろとパンくずがこぼれることに、パンを食うある年齢に至った人物のどうしようもない事態が容易に窺がえて、切ない。「こぼれをり」は、知らぬ間に、気付かずに、というニュアンスがある。

豆撒きや彼女が籍を入れたがる   朱雨
 「籍を入れたがる」理由はいろいろあるのだろう。でも、それが節分の日と結びついていることが、可笑しい、けれどその理由は釈然としない。だから、なお、可笑しい。理由の詮索より、可笑しさを楽しむ、句。

二等辺三角形や春寒し   朱雨
 季語が動くという声がどこからともなく聞こえてきそうだが、季語が動くのは二句一章の一面。「春寒し」とあるので、うん、そうや、「二等辺三角形」は「正三角形」より春寒しの感じがするよなあ、、、なんせ尖がってるもん、というぐらいの響き加減。もちろん、図形としての三角形でなくても、家の屋根、鳥の嘴、鉛筆のキャップなどなど、そんな「二等辺三角形」に例えば「春寒し」を感じることが、俳句。もちろん、「二等辺三角形」と他の季語でも然り。

春立つ日万葉の仮名生まれけり   合
 「けり」という断定の嘘がオモシロイ。では、この日に生まれた万葉仮名の言葉はなになのか、と勝手に想像すれば、「波留久佐、、、」。

蜆汁正しき人に異をとなえ   遅足
 なににつけても自分は正しいと思っている人ほど厄介な人はいない。ましてや、互いに正しいと思っている人どうしの衝突はもっと厄介。で、この「蜆汁」は味噌仕立てなのか、澄まし汁なのか。いずれにしても「正しき人」の正しさを保障するほどの澄み具合ではない。つまり、「蜆汁」ほどの濁りを持った正しさなのだ。一方が濁りを持った人なら、勝負として見応えがある。

日向ぼこ飴舐めきってしまいけり   コッポラ
 でも、まだ日向ぼこは続いている。一人なのか、数人なのか。飴は貰ったものなのか、どうでもいいようなことが話題になり、また別の飴を舐めはじめるのかもしれない。取り留めのない日常の、取り留めのないことが句になっていて、秀逸。

春隣貰ふ釣銭二十円   せいち
 つまり、二十円分ほどの距離で春と隣り合っている、近づいているという句。もう少し言うと、訪れる春はこの釣銭のように二十円ぐらいのもの。たいした希望も未来もないけれど、とにかく、春がやってくるという、気弱な人の「春隣」。しみったれていて、ボクの好み。

ひと煮立ちしたら火を止め春を待つ   せいち
 テレビの料理番組が好きでよく見る。「、、、、、、ハイ、これでひと煮立ちしたら火を止め、5分ほど熟ましてくださいね、そうですよ、春を待つ気分でね」という料理人がいたら、素敵。きっとフアンになる。

掌に擽りかへす牡丹の芽   えんや
 あの、しょわしょわとした感じ。ちょっと触ると擽り返すような反応だという。小さな芽吹きとの交感が「擽りかへす」に上手く表現されていて、好ましい。

【予選句】

☆お別れのハグしてをりぬミトンかな   たか子

☆粗目立つカステラの底春の雪   茂

☆立春につい口ずさむ歌がある   いちし

☆茫洋へ船滑りゆく雪間かな   ジョルジュ

☆ダンボール箱の余寒の蔵書かな   遅足

☆金箔のさざなみの立つ浮寝鳥   遅足

☆冬の蝶ひらひらぺたり貼り薬   紅緒

☆尊徳の髷に草鞋に春の雪   えんや

☆春寒や凡夫の形(なり)の菩薩像   大川一馬

☆四重奏黒一色の調べ聞く   勇平

☆如月や水の声聞く大欅   まゆみ

☆沈丁の匂ふ先より紅佩きて   俊

☆蘗の閉じたるものを破る音   戯心

☆爪先はいつも桃色厄落とし   あざみ

☆猫柳ぺこりと中学受験生   無三

☆底冷えや煙草を止めた日を思ふ   石川順一

☆冬の滝歩くおかしみ付いて来る   石川順一

☆写真機の真正面や春の空   浮游子


2010年2月10日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 寒い日が続きます。先日は大阪にも雪がふりました。
とはいえ、関西の冬はお天気に恵まれることが多く、日差しは部屋の奥まで差し込みます。春の明るさとはまた違った冬の明るさ。休日の朝、勿体ないような日差しの中で、かといって出かける勇気はなく、相変わらず着膨れてうろうろしていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
 私事になりますが、娘の出産が近づき、一年の内で一番寒いこの月に生まれてくる子が、明るい日差しの中に無事に生まれてくれることを祈っています。
 さて、今週は156句の中から。
 春と冬の狭間に感じられる二月ならではの情感を、素直に詠んだ佳句が多く、楽しませていただきました。

【十句選】

風花や明日は婚姻届出す   ロミ
 これ以上何も言うことのできない句だと思います。風花を見上げるときに目に入るのは冬の青空。甘さを排した「婚姻届出す」も清々しく、好感の持てる句だと思いました。

東京に人の匂ひのして寒し   悪水
 「人」や「人の匂ひ」には温さがあるのだと思いたい。けれども、東京は「人の匂ひ」も寒いのですね。不況の中、人を集めて膨れあがる大都会の、殺伐とした冬の寒さを感じました。

果樹園に人影動く春近し   洋平
 芽吹きの前の果樹園は、木陰もなく冬陽が満ちていることでしょう。そんな果樹園の中に、今日は働いている人がいます。やがて迎える季節のために、やっておかなければならない支度があるのでしょう。自然に先駆けて動く人。「春近し」はこんな人事からも感じることができるのですね。

人形に生まれた瞳冬灯   遅足
 精巧に作られたビスクドールでしょうか。填め込まれたガラスの眼は、部屋の灯りが点くと生き生きと耀きます。それを作者は、人形に瞳が生まれた、と感じました。人形が命を得た瞬間のようにも思われたのでしょう。

一列車乗り遅れての日向ぼこ   くまさん
 次の列車を待つ間のひとときを、日向ぼこ、と言い切られたところに俳味を感じました。冬陽をいっぱいに浴びた駅のベンチが目に浮かびます。乗り遅れても、それはそれで結構。冬陽のベンチのおかげです。

雪催いゆるみしままの琴の糸   れい
 久しく弾いていないので、琴の糸をゆるませたままにしていることが作者には気になるのです。たまには弾いてやりたい…と。弾かれなくなった琴には、作者や作者の家族の変遷も感じられます。琴の「糸」に焦点を絞られたところが秀逸だと思いました。

寒波来る五指を閉じたり開いたり   吉井流水
 天気予報で寒波の襲来が告知されても、さて、どうしたらいいものか…。「五指を閉じたり開いたり」は一見無意味な行動ですが、寒波に備えての武者震いなのでしょう。

冬うららハングライダー遠近に   美佐枝
 ハングライダーは夏のスキー場でするものと思っていましたが、冬のスポーツでもあるのですね。カラフルなハングライダーが遠近に飛ぶ風景は、現代版の凧揚げのようです。背景に冬青空のあることが、この句の大きな魅力です。

  背の児の二粒三粒豆を撒く   山渓
 負ぶわれている幼子は、まだまだ上手に豆を撒くことができません。それでも鬼は外のかけ声に、数粒の豆を床に撒いてくれたのでしょう。「二粒三粒」にたどたどしい豆撒きの様子、幼子の愛らしさが描かれていると思いました。

うすらいの下のメダカの素早さよ   豊田ささお
 薄氷の下に、もうメダカが動き始めているのですね。その姿が透けて見えるほどの、薄い氷。メダカの素早さに早春の息吹を感じました。

【その他の佳句】

背伸びして届く棚かな日脚伸ぶ   茂

探梅や雨だれすいと砂利の中   茂

さへずりや右と左に別の耳   悪水

初空のうしろに朝日前に月   麻

節分の豆を握りて背に眠る   山渓


2010年2月3日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 皆さん、お元気ですか。本当に「1月は行く」の言葉通り、あっという間に2月ですね。
 いま、岸本尚樹氏の「俳句の力学」を読んでいます。著者は以前から虚子の理解の度合いの深さでは群を抜いている人で、自らも虚子の句のような境地を目指しておられるように見えます。虚子の句は、もちろん人口に膾炙している名句も多いですが、氏によるとむしろ何でもない些事を読んだ平句が多いそうです。それが、捕まえられそうでするりと逃げていく虚子の本質なのかもしれません。私も、遅ればせながらもっと虚子を勉強しなくては、とこの本を読んでいると思います。
 それでは、拙い講評、よろしくお願いします。

【十句選】今週の十句

寒紅やぽかんと空いたスケジュール   茂
 あれだけ忙しかったのに、今日一日だけ何も予定がなく、ぽかんとしている。目の前には、食品の着色や染料に使う紅がなぜか転がっている。忙中閑というか、脇目もふらずに生きてきた日常の中でふとできた間隙の頼りなさを、深刻ではなくあっけらかんと描いたところに、俳味が感じられる。

われに似ぬ自画像外す雪催   藤原 有
 自画像だから自分で描いたものだろう。稚拙であまり似ていない自画像だが、だから作者は却って気に入っているのだろう。それは外すまでに長い時間がたぶんたっていたから。でもそれをおもむろに外す気になったのはどういう心境だろうか。煮え切らない自分から一歩踏み出そうとするのだろうか。雪催が何か暗示しているようだ。

凸凹の地球まあるく草萌ゆる   遠藤遍人
 言うまでもなく、山も谷もビルも木々もある地球はでこぼこ。でも、地球一個としてみれば草の萌えているまあるい生命体ではないか。その視点の大きなとらえ方、意外なものの見方に惹かれる。だから植物も動物も人間も争わず仲良く、というあまり道徳的にとらずに、ただ草の萌える心地よさ、わくわくする感じだけを楽しみたい。

ひさかたの光のなかの風邪薬   遅足
 「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」の本歌取り、パロディー。由緒ある枕詞での始まり方で最後に何でもない日常的なものを持ってきたところがいい。風邪をひいて家で寝ていると、家族は誰もいない。物音もしない。少し楽になったからといって、日頃閑があればあれほどやろうと思っていたことも、なぜかできない。その頼りない感じが、少しユーモラスに表現できた。

初雪や両手のひらに感情線   ポリ
 手のひらに感情線があるのは当たり前。が、改めて自分の両手のひらの感情線をまじまじと見るという行為が、いろんなことを物語っているよう。怒りすぎた後に後悔して自分はいつからこんなに怒りっぽくなったのだろう、とか、悲しすぎて自分の感情線が大きくなっているのでは、とか。句末を「感情線」と言い放したことが効果を生んだ。

日向ぼこどこの日向に座っても   くまさん
 確かにどこの日向に座っても日は当たってくれる。でも、人によって好みの一角があるかもしれないし、同じ人でもいろいろ場所を変えて楽しんだりするかもしれない。そんなどうでもいいことを楽しむ、または言う俳人の面目躍如。

行くでなく来るでもなくて冬の蝿   れい
 冬の蝿は元気がないのは当然なのに、このように言われると「なるほど」と膝を打ちたくなる。うるさい蝿もこないとなると寂しいし、近づいても逃げないとなるととても殺す気にはなれない。そのような小さなものに注目して楽しみを見いだすのも俳句の特徴。

ハートつけ返信2文字寒ゆるむ   草子
 ハートつけ、まではよくあるメールだが、返信2文字、がおもしろい。「うん」といった平凡な想像から、「いつ」「ばか」「もう」「いや」「うわ」「すき」など、いろんな想像が飛ぶ。寒ゆるむ、の季語で二人の関係が改善の方向に向かっていることが暗示されるので、ハートつけ、はない方がいいのでは。

如月の片足立ちのドールかな   浮游子
 ドールがもうひとつ具体的な像に結びつかない。リカちゃん人形・バービーのようなドールか、マネキンのようなものか。いずれにしても、二月の寒さの中、片足の膝をピンと曲げてはずんだ様子の人形が立っている情景は異様。意表をつかれるというか、おもしろい。

はや今年逝きし人あり鰤颪   無三
 鰤起しは一二月頃の鰤の漁期の雷鳴だが、鰤颪はそのころの山から吹き下りてくる突風だろうか。年が改まって日も経たないのに死んだ人があるという。無論、人はいつ死んでも不思議はないのだが。鰤颪というややすさまじい季語より、もっと静かな何気ない冬の季語を合わせてはどうだろうか。

【予選句】

賽の目の豆腐汁かな冬の雨   茂
 賽の目の豆腐汁に冬の季感がにじんでいる。

初刷の吊るされてありドアノブに   藤原 有
 吊されている初刷りへの着眼がいい。

ホットケーキ父は母が好きらしい   遠藤遍人
 ほのぼのとした日常への信頼。

凍窓や子はほほづゑのまま眠る   たか子
 子への感情が伝わってくる。

インク付け一呼吸して初日記   天野幸光
 臨場感があって、作者の気持ちも伝わる。

セーターを脱ぎふくろうとなっていく   遅足
 セーターを脱いでいる途中の感じがする。少し可笑しい。

七人の小人気分で雪かきホイ   万季
 楽しげだが、気分が出過ぎたか。

もう三日口は聞かぬぞ冬薔薇   くまさん
 でも、すぐ聞いてしまう作者が見えるよう。

お降りや救急病棟午前五時   山内睦雄
 元旦の雨の中の救急病棟。それぞれの病との戦いが伺える。

つぶやきにちょっとだまされ寒卵   合
 だまされても少し嬉しいような作者。

冬うらら犬と留守居の爪を切る   岡野直樹
 私の横でも猫が寝ていますが、冬はペットと家にいるのが一番ですね。

引き落とし迫るレシート厚氷   コッポラ
 現代の一番の恐怖ですね。厚氷がそれを増すよう。

大根の土そのままに朝の市   山渓
 季節感があふれるが、やや類型的。

冬晴やテナント募集継続中   浮游子
 テナントがなかなか入らないさびれた商店街が目に見えるよう。

汽車と化す狸の咄始まりぬ   無三
 冬の夜の楽しげな情景がよく浮かぶ。

黙々とメール読む人枯野へと   無三
 そのまま枯れ野の中で消え入ってしまいそうな不思議な感じがする。

床の間に水仙わたくしに色男   あざみ
 願望なんでしょうね。少し笑える。

【一 言】

☆ピザに乗る生ハム薄く春兆す
 ・・ピザにハムは当たり前。

☆トースター飛び出すパンや冬薔薇
 ・・過去にありそう。

☆自閉の子 氷雨の中を 駆け抜ける
 ・・この題材は俳句では難しい。

☆巣立ち前 鬼の仮面で 送り出す
 ・・分かち書きはしない方が。鬼の仮面で季語となるか?

☆誤射よりも誤飲あやうし春隣
 ・・意味が伝わらない。

☆からだから立ちのぼる湯気の形もみにくいぞ
 ・・長すぎるし、みにくいぞ、がだめ。

☆餅焦がし二時間後には蒸発す
 ・・何が蒸発かわからない。

☆日矢の射す又三郎のマントかな
☆日矢射は又三郎のマントかも

 ・・推敲して1句を送ってください。

☆着ぶくれて静かな水となっている
 ・・何が静かな水かわからない。
☆寒晴の扉開ければ祠かな
 ・・扉を開けたら祠、がわからない。開ける時点でも祠では。

☆花びらと紛いし蝶の凍ててをり
 ・・類想。

☆縦縞の狭き模様だ寒波来る
 ・・天気図の縦縞?伝わらない。

☆キラキラとボタンも光り春コート
 ・・春コートとはそんなもの。

☆接写して梅一輪を解剖し
 ・・説明。

☆石蕗の花不器用だけど真直ぐに
 ・・道徳。

☆歌うように青空を指す冬木立
 ・・説得力が今ひとつ。

☆凍星や巣穴のうさぎ眠りおり
 ・・意外性がない。

☆蝋梅や 紅白まだか 缶ビール
☆還暦の 初寅詣り ケーブルカー
☆梅干しも 初天神は 蕾かな
☆初弘法 雨に打たれて 植木市
☆初詣で 赤いハンテン 猿廻し

 ・・この5句、日記の域を出ていない。分かち書きはしない方が。

☆冬麗や老いの闘魂とびたたす
 ・・気負いすぎ。

☆梅一輪つつましく医師告知する
 ・・やや思わせぶり。

☆迷い込む言葉の樹海冬銀河
 ・・抽象的。

☆早々と独り暮らしの松納
 ・・帰省の子が帰った後?伝わらない。

☆湯たんぽの形に添ひて猫眠る
 ・・そのまま。

☆猫の句に講師の笑まふ初句会
 ・・報告。

☆靴紐を結び冬帽被りけり
 ・・報告。

☆丸くなり歩みて今日は大寒越え
 ・・寒いので丸くなるのは当たり前。

☆道端の鼬の骸春近し
 ・・鼬の死骸が本当に?と思ってしまいました。

☆マスクして異人と見まちがはれけり
 ・・報告。

☆あんこうもたいやひらめと舞うという
 ・・水族館?よくわからない。

☆幾何形の空は時雨れて副都心
 ・・気持ちは分かるが、幾何形が無理。

☆寝床まで茶を炒る香り寒土用
 ・・いい香りが伝わってくる。

☆ひばり鳴く3分経過即席麺
 ・・即席麺はそんなもの。

☆鶯に騙されてなほ「ほ」の字かな
 ・・「ほ」の字は俗っぽい。

☆一楽章春に目覚めしビバルデイ
 ・・ビバルディだけの句になった。

☆小春など俺は知らぬと雪日がな
 ・・俺は知らぬ、は誰が言っているか、少し無理。

☆玻璃破る邪気踏みしめて凍る道
 ・・邪気踏みしめてが抽象でわかりにくい。

☆我は我人は人なり初化粧
 ・・公式的。

☆明眸の気象士の指す「寒」の文字
 ・・意外性がない。

☆寒肥を埋めたその手で幹撫でる
 ・・説明。

☆地上デジ一瞬遅れの初ニュース
 ・・一瞬遅れるデジタル放送の感じは伝わる。

☆数の子と家族の数を数えおり
 ・・家族の数がわからない。

☆大寒の梢一鳥動かざる
 ・・いかにも、すぎる。

☆妻として生きし証の寒厨
 ・・厨とはそんなもの。

☆寒晴や間は妥協なき打設音
 ・・打設音がかたい。説明し切れていない。

☆鴉乗せたる裸木の影揺るる
 ・・もう一歩出て欲しい。

☆節分や一日のみのシャトルバス
 ・・状況がよくつかめない。

☆一列の他は大根の屋敷畑
 ・・意味がすっととれない。

☆大寒にあな恐ろしき虫歯菌
 ・・言い過ぎ。

☆薄氷に鯉のためいき保管する
 ・・言い過ぎ。

☆寄せ鍋や明日は息子の入社試験
 ・・日記。

☆うさぎ当番好き私あかんべーの目
 ・・好き、まで言わない方が。

☆道化師の論語読みゐる寒の星
 ・・説得性が今ひとつ。

☆権力を秘めて押し出る寒の月
 ・・月に権力とは?

☆かたくなに皺苦茶であり唐辛子
 ・・かたくな、が言い過ぎ。

☆少女らの話途切れず春隣
 ・・よくありそうだが、感じはよくわかる。

☆薬湯やふくら雀を窓越しに
 ・・ほんわかした感じは伝わってくる。

☆とぶつぐみとばないつぐみとべないの
 ・・下5がもったいない。

☆紅梅や白雲一刷毛描くべし
 ・・命令形は押しつけがましいのでは。

☆アカガエル胡麻粒ぜりー産む冬田
 ・・比喩が当たり前。

☆紅梅や風呂の嫌いな猫といる
 ・・猫はたいてい風呂が嫌いでは。

☆父の猫横目使いし日向ぼこ
 ・・報告。

☆留守番は飽きた冬の蛇踏む
 ・・何かの比喩でしょうか。わからない。

☆侘助やカストラートの厚き胸
 ・・カストラートがわからない。


2010年1月27日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 つきぬけるほど好きなものは、少々の苦痛をもって長続きするのかもしれません。底冷えの京都。時々テニスコートに行きます。雪の日のテニスは一見ロマンチック。しかし際限なく降る雪の中で小さなボールを見つめ続けていると、まるで催眠術にかかったように苦しくなります。木枯らしの日のテニスは髪も手も顔も、目までカサカサになります。「私、アホやなあ」と思いながら息を切らして帰ってくると、みなさんの素敵な俳句がたくさん届いていました。本年もよろしくお願いいたします。

【十句選】

甲論も乙論も消え浪の花   草子
 会議の論争と厳寒の海、これを「消え」という言葉ひとつでつないだすばらしい句だと思いました。「甲論」「乙論」という乾いた言葉が波の花の存在をいっそう明確にしています。

渋滞の先頭に出る去年今年   遅足
 「先頭に出る」がとても良いと思いました。何の渋滞かという説明はありませんが多くの人は想像できると思います。晴れ晴れとした様子が手に取るようです。「出る」と「去年今年」の間に微妙な隙間があって好感がもてました。「去年今年貫く棒の如きもの」(虚子)

凍て星の伝えたい事ありそうな   茂
 抽象的ではありますが、「の」という軽い切れがそれをカバーしています。冬の星は凛としていて、確かに頑なで一途な感じがします。「伝えたいことがあったら言ってごらん」という作者の優しさがあふれていると思いました。

千代大海土俵におらず小正月   朱雨
 思い切った挑戦に拍手。千代大海が土俵にいないのと小正月は何の関係もありません。しかし、こういう小正月もあったのかとイメージできる句でした。

雪まろげあの時君はよいとまけ   きしの
 不思議な雰囲気の句です。回想の句ですが、なぜか「よいとまけ」の掛け声や歌が聞こえてきそうな臨場感があります。何も作者の思いが入っていないことが逆に心に響きました。

実南天雨が降るから来ないって   あざみ
 「来ないって」は最初どのように読むのか迷いました。何度も何度も読むうちに、なんていじらしい、そして拗ねた言い方なのだろうと引き込まれていきました。「実南天」とぴったりです。

寒桜空は青いぜ歩こうぜ   ロミ
 濁音だらけでも、ぷつぷつ切れていても、俳句ってこんなにステキ。そう思える句です。この豪快さに細かな点を差し挟む余地はありません。メロディーをつけたくなる俳句です。

掘り割りの白鳥に会う同窓会   岡野直樹
 白鳥の見える場所で同窓会。何かいいことありそう。ありましたか?白鳥が同窓生(女性)にも見えます。場所がきりっとしていて同窓会という甘くなりがちな状況を救いました。

納屋奥の農機具棚に鏡餅   山渓
 ていねいな写生の上に立った句。「納屋奥」が利いていて、この言葉から始めたことで読み手がずんずん暗い納屋の奥へ導かれるドキドキ感があります。掃き清められた納屋の、拭き清められた農機具棚にていねいに供えられた鏡餅が光っています。

元日や時計は少し遅れおり   兵太浩
 元日というのは元来若水を汲み、雑煮を食べ、初詣に行くというように粛々と行事をこなすものでしたが、現代は少し違います。貴重な休日、ゆっくりしよう、そんな現代感覚の元日。その様子がシンプルに、控えめに描かれています。

【次 点】

賞品は落花生なり歌留多取り   恥
 ラ行の連なりがリズミカルで歌留多取りの様子がうまく表現されています。ただ、「落花生」は秋の季語ですのでこの場合少し歌留多取りのじゃまをするのではないでしょうか。

初戎くるくる寿司の家族連れ   くまさん
 現代の生活がいきいき描かれています。「回転寿司」のほうが一般的なので「くるくる寿司」ということばが適当かどうかということはありますが、幸せな気分にしてくれる楽しい句です。

襟巻のみんな白色集ひ来る   せいち
 面白い句で最初は「十句選」に入れていました。しかし「みんな」と「集い来る」が重なっていてもったいないと思いました。「襟巻のみんな白色」のあとに何か別の言葉があればなあと。

極月や今灯りたる夫の星   まゆみ
 寒の星はとても美しくきらめいています。「夫の逝きて」という副題がついていました。きっと素敵なご主人だったのでしょう。情が入らずすっきりとしているいい句です。思い出の句として大切に。

雪原に飛び跳ね詩ふものの影   ジョルジュ
 モダンな句です。なんの影なのか、人か動物か、愛とか夢とか・・・・。この思わせぶりはあまりプラスになりませんでした。イメージするのに何か言葉をあとひとつ。

人日の快食快便わっはっは   遠藤遍人
 直球勝負という感じで魅力的です。ただ「快」と「わっはっは」、七草粥と「快食快便」が近すぎて全体的に少し間延びしてしまいました。

犬二匹リードの先や冬の草   ポリ
 犬の散歩の光景。冬の青い草原へと先に先に広がっていく開放感のある句です。ただ「二匹」としたためにプツプツ切れてしまいました。

チョコのレシピ娘のための雪景色   コッポラ
 手作りチョコのレシピがあり、雪景色があり、とても良い俳句が生まれそうな状況ではあります。ここでの「娘のための」という実感、実景は盛りだくさん過ぎて句に入りきりません。

木枯のように泣いたら気がすむかな   紅緒
 「木枯のように」が季語として捉えられるかどうかという問題がひとつ。「気がすむかな」という結びに少し転換がほしかったという点がひとつ。でも私は好きな句です。このままでも良いとは思いますが「そこまで言わなくても」と言う人もいると思います。「気がすむかな」を「ハイヒール」とか「鳩時計」とか別の言葉に置き換えると、読者が、「気がすんだらしいね」と共感しやすいかもしれません。

冬帝を四つに組みとめ国技館   の子
 整ったいい句だと思いました。残念なのは「冬帝」が最初から登場したことです。最後に出てきたらきっともっと面白い句になります。

雪女この世は生きにくいですか   万季
 自由律で楽しい句です。「雪女」がこの世のものではないという認識のもとに作られているためかやや川柳的になってしまいました。

注文は三年先の冬日かな   浮游子
 「三年先の冬日」を注文、びっくりしました。とても想像力にあふれていて「十句選」に入れようか迷った句です。「〜は」から始まっていて散文のようになったのが残念でした。

靴音にヤブコウジの実の赤き   豊田ささお
 「靴音に」の「に」が惜しいです。「や」と切れていたら、ヤブコウジの実のような女性がやってきたのか、あるいは可愛い女の子がやってきたのかいろいろ想像できます。「靴音や」とすればきっとそのあとの「ヤブコウジ」の「ヤ」と重なると思われたのでしょう。ちょっと字足らずですが好感がもてます。

日だまりのローズマリーや火事見舞   無三
 「日だまりのローズマリー」はステキなフレーズです。ただ火事見舞いはもらったのか持っていったのか、ローズマリーは咲いていたのか(火事は一応冬の季語ですので)、などなど迷ってしまいました。「日だまりのローズマリー」で良い俳句ができそうな気がします。

【気になった句】

登校児雪鳴らしつつ唇にうた   たか子
 「唇に」は「くちに」と読むのでしょうか。「うた」に「唇」は不要だと思います。子どもの元気さがよく伝わる句です。「雪鳴らしつつうたいつつ」ではどうでしょう。

初市や達磨商ふ声太き   太郎
 整った句だと思いました。しかし、新年の季語に「達磨市」があり「初市や達磨商ふ」までが「達磨市」で表現できますのでその字数分作者独自の視点を入れることができます。

荼毘の火の音轟然と寒の空   大川一馬
 火葬の音の凄まじさとそれを吸い込んでくれる大きな冬の空。昇華していく命がしみじみと感じられる句です。「轟音」に作者の思いが入りすぎて大げさすぎました。

シンメトリ人影まばら冬の雨   す
 三句切れになってしまい位置関係がわかりずらくなってしまいました。しかし、この句にはなぜか詩があるように思えてとても気になっています。

揺れ動く 思いを託す 17文字   幸子
 俳句に思いを託すとするなら揺れ動く気持ちではなく明るい気持ちを、と思います。揺れ動いているときこそ「笑う門には福来る」。季節を感じながら(季語を見つけて)楽しい俳句をお待ちしています。

ウインクを朝して夕べ牡丹鍋   勇平
 面白い句です。しかし短詩形では、〜を〜して、のあたりがちょっと不自然です。朝と夕の対比ですが前半がすっきりしませんでした。リズミカルな「夕べ牡丹鍋」を使ってもう一工夫。

鴨池の白鳥を向く双眼鏡   えんや
 「鴨」と「白鳥」、このふたつのズレは作者の意図ほどインパクトはないように思えます。「白鳥を向く双眼鏡」がとても良いので「鴨池」を工夫されたらいかがでしょう。

座布団の位置確かめる初座敷   戯心
 「座布団の位置確かめる」はとても俳句的だと思いますが、このままでは状況がわかりません。初座敷と座布団は「座」が重なっていてあまりに狭い感じがしますので別の季語のほうがよかったかもしれません。

お守りの種類の多さ初詣   山法師
 お守りの種類が多いというのは面白い目のつけどころだと思います。ただそのままなのでそれ以上に広がらないのが残念です。「多さ」を数に変えて「五種類のお守り」とかにする方法もあります。または、「お守り」と「初詣」が接近しすぎていますので、「初詣」を「初御空」「初茜」などにするとイメージが広がると思います。

白菜抱く標準体重オーバーよ   紅緒
 例えば「白菜買う」なら「十句選」に採っていました。読者は「抱く」という言葉で「重さ」をすでに感じてしまい、そのあとの「体重」に面白みがなくなってしまいました。でも楽しい句です。

今年地球ぐるぐる回るだけ    岡野直樹
 「ぐるぐる回る」という言い方が月並みでした。そして、自転は日数を数える、という理屈が見えすぎて少し平凡になりました。

光る春介護の窓辺嬉しくて   菊美
 「光る春」「光の春」は介護する人にもされる人にも希望の季語です。ただ「嬉しくて」は「光る春」の季語の中にじゅうぶん含まれている気持ちですので、窓辺の様子を何かひとつ加えられたらよいと思いました。


2010年1月20日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 本年もよろしくお願いいたします。今回は投句期間がお正月の間だったこともあり、新年にまつわる句がたいへんたくさんありました。お正月が過ぎ、まだ気持ちのどこかでお正月を引きずっている私にとってはどの句もとても心地よく、楽しませていただきました。では、今回もおつきあいください。

【十句選】

出勤のまだぬくもりのある雑煮   コッポラ
 お正月気分がまだ抜けないままに新年の仕事は始まりました。共感の持てる一句です。「の」を繰り返すことでだらだらとしたお正月の気分がうまく出ています。

  それぞれの数の申告雑煮餅   恥芽
 雑煮餅というあたたかみのあるものに対して、申告という事務的で硬質な言葉を取り合わせたところがおもしろいと思います。ただ、「それぞれの数の申告」のところでは、「の」がもたつく感があります。言い回しを変えた方が魅力が増すかと思います。

人日やMRIの磁気の中   洋平
 「磁気の中」という直接的な言い方、MRIと「人日」との取り合わせに魅力を感じます。古代中国では正月1日から6日にそれぞれ鶏、狗、羊、猪、牛、馬の順に家畜を当てはめて占いをして、それぞれの日にその日の動物を大切に扱うこととし、7日目が人なので「人日」として、この日は処罰などもやめていたとか。そんな日なのに、検査のために入るとはいえ、MRIの中っていやだなあと思います(一昨年入った時の気持ちがよみがえります)。そういう意味で考えると、素っ気ない表現なのにますます面白い句です。

本当ですか烏の笑った初夢は   茂
 笑う門には福来ると言いますが、まさか鳥が笑うとは。だしぬけに「本当ですか」という初句がいい。この出だし、何にでも使えそうで案外次に来るトピックが難しいものです。ここでは「鳥の笑った初夢」という意外だけれどありそうなものが来ています。バランス感覚がいいですね。

居心地の悪いセーターかくれんぼ   万季
 着心地ではなく居心地というのがミソでしょう。日頃あまり着ないで邪険に扱っているセーター、いざ着ようとしたらかくれてしまって見つからないというふうに解釈しました。欲を言えば、もう少し読者が読み解く手掛かりがあるとわかりやすいといいなと思います。

去年今年開く扉に御注意ください   岡野直樹
 いつでも開く扉には注意しないといけんませんが、「去年今年」との取り合わせが大げさで、大真面目におかしなことを言っているような気がして面白いです。結句の字余りはあまりお勧めしませんが、この場合はさらっと流れるのでいいかと思います。

おでん鍋四角三角丸ひとつ   勇平
 おでんだったら、丸がひとつってことはないでしょう、とツッコミを入れたくなりますが、そこに意外性があります。四角三角まる、というリズムが良くて楽しい句です。

なまはげや手元に大声が無い   なづな
 大声というのは本来無形のものですから、手元にあるなしを言うものではありません。でも、この句のようにわざと異質な表現をすることで、新しい世界が見える気がします。伝統行事というのは一定の型があり決まった流れがあるもの。それが「手元に無い」ということで、準備をしていなかった、不意打ちを食らってしまったというような雰囲気が漂います。そこがこの句の魅力です。

伊勢海老や同い年か一つ下   あざみ
 同い年か一つ下の人と、作中の主体はどのようなものなのか、この句の中には手掛かりがありません。一体互いにどのような人物なのか、性別も年齢もわかりません。伊勢海老が飾られるような正月の祝宴に、年齢のよくわからないような相手がいるというのもなんだか不思議なことですが、やや縁の遠い親戚だろうか、友達の友達だろうか、仕事の関係者か、はたまた年明け早々婚活か、色々想像が膨らみます。「伊勢海老」という語で大胆に場の設定をしたことがおもしろさの源にあります。

愛って何餅にあんこを詰めながら   あざみ
 一緒に餅にあんこを詰める相手というのは、素直に考えると家族かはたまた和菓子屋さんの同僚ということになりますが、いずれにしてもたいへん近しい間柄のはず。ここでは家族ととるほうが句の魅力が増すと思います。「愛って何」なんて普段聞きませんよね。年末ゆっくりおうちで餅の用意をしている時だからこそ、こんなことまで話してしまうのでしょう。それも、年頃の子は家族とこんな話なんてしませんから、結婚適齢期の姉妹や母子の会話に違いありません。それも「あんこを詰めながら」という動作と組み合わされることで、なんだかやけになっているような気も。コミカルな場面が想像できる句です。

【次点句・気になった句】

京菓子のこれと決めをり年初め   せいち
 この気持ちよくわかります。そしてお正月らしい、共感の持てる一句。正月と和菓子の取り合わせは月並みなので「京菓子」を全然違うものにしてみてもいいかもしれません。

水鳥に水の扉をあけておく   遅足
 水の扉というのが、具体物であっても観念的なものであっても美しい句だと思いました。ただ、水鳥か水の扉、どちらかに具体性を持たせた方が印象深い句になると思います。

病める夜の皿に2粒冬いちご   ペンギン
 場面を鮮明に思い浮かべることができますね。いちごの存在感大です。ただ、病と夜というのは作りすぎかもしれません。マイナスイメージの語はひとつに絞ってもいいのではないかと思います。

ため息をひとつ小さく冬うらら   ポリ
 ため息と冬うららはいいのですが、ひとつ小さくというのが説明的です。オノマトペを使う、比喩を使うなど、発想を転換してみてください。

元日の空落ちてくる負うてやろ   虎子
 結句の展開が意外です。「負うてやろ」という口語的な部分が力強くて魅力的です。

しわくちゃの目覚めです初花咲いた   紅緒
 初花というのは一般的には桜の開花を指すようです。この句の場合、新年の季語としてお考えかもしれませんね。「目覚め」と「花が咲く」というのはイメージが近いので、もう少し離した季語の方が合うと思います。「しわくちゃの目覚め」という表現がおもしろいです。

端正な姿の浮かぶ賀状かな   吉井流水
 モチーフはいいと思います。ただ、やや抽象的ですので、賀状のどこから端正な姿が思い浮かぶかというのを詠み込んでみてはいかがでしょう。それも、たとえば字がきれい、整っているというだけでは月並みな印象となりますので、とめはらいやはねに着目するとか、筆圧だとか(これらも月並みの域は出ないのですが)細部にこだわってみたらいいのではないかと思います。

大寒や空一巡り観覧車   くまさん
 大寒という、広がりのある季語と観覧車も取り合わせ、成功していると思います。

見なかった事にしておく獏枕   きしの
 つぶやき+季語という作り方は簡単なようで案外季語の選び方が難しいものですね。この場合は明らかに初夢だとわかるのですが、「獏枕」としたところがいいかと思います。

寒鰤の無駄な笑顔に騙される   あざみ
 鰤の笑顔、ではなくて鰤を一緒に食べている相手のことでしょうか。無駄な笑顔だとわかっていて、そこまで言うのに騙されてしまう。相手に飽きれていながらも許してしまうという感じが出ています。硬い言葉が多く、やや理屈っぽい印象が気になりました。


2010年1月13日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 2010年となりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。今年は、正岡子規の句めくりの暦を松山の方からいただきました。毎日めくるのが楽しみな暦です。ちなみに1月11日は「何も彼も水仙の水も新しき」です。とても新鮮な気分で一日が始まります。新しい一年、どんな俳句に出会えるかと、皆様の俳句も楽しみにしています。

【十句選】

寄鍋や親子四人と犬一匹   岡野直樹
 「親子四人と犬一匹」というフレーズは平凡な日常なのですが、季語の「寄鍋」と取り合わされると、一層ほのぼのとした家族愛が感じられ、また犬も一緒に寄鍋を囲んでいるようで、ちょっとしたおかしみのある句になりました。

けふもまだ懐かぬ猫とお正月   えんや
 年末にもらって来た猫なのか、まだ懐かないまま、お正月を迎えたのですね。猫とのぎくしゃくした関係が、お正月という改まった気分を少しずらせたところが面白いです。

干し柿を齧りて独り星の夜   いちし
 星のきれいな夜に、独りで干し柿を齧るのは侘しい気がしますが、干し柿の甘さがその気分を和らげているようです。センチメンタルな気分に浸りたい夜もあるかなあと思いました。

埴輪にも声かけてみる霜夜かな   千坂希妙
 埴輪にも、とあるから他の人にも「寒いね」とか、声をかけたのだと想像しました。霜夜の硬質感が緩む句となりました。埴輪に声をかける、がユニークで面白かったです。

草野球寒晴れの汗拭わずに   太郎
 野球には汗がつきものですが、「寒晴れの汗」を詠んだ句は珍しいですね。夏の汗のようなべたつきが感じられず、草野球の熱い息づかいが「拭わずに」でよく伝わってきました。

白鳥のそっぽ向きたる眼かな   伊達男
 美しい白鳥の姿を真正面から詠むのではなく、そっぽを向いた白鳥を捉えているのが新鮮でした。その白鳥の眼に焦点が合わされていて、いたずらっぽい眼が浮かんできました。白鳥の動きが生き生きと伝わってくる句になりました。

初日さす青黄ピンクの歯ブラシに   草子
 歯ブラシの色の配色が良かったです。初日の気持ち良さが「青黄ピンク」という語感にも出ていて、元朝の始まりにぴったりですね。

黒光りする階段の寒さかな   戯心
 旧家の黒光りする階段はいかにも寒そうですが、階段だけで寒さを表現したのが良かったと思います。お正月で帰省されたときの風景でしょうか。シンプルにまとめられています。

故郷の山そこにある大旦   小津無三
 帰省して迎えた元旦の朝、昔と変わらず眼前にある故郷の山。その喜びが十分に伝わってきます。季語の「大旦」の選択もいいですね。どっしりとした風景が目に浮かびます。

冬晴や背中合わせの電話帳   浮游子
 電話帳が背中合わせになっている状態は、背表紙が合わさっているのでしょう。電話帳を擬人化したと読めば、背中合わせの暖かさが冬晴と繋がります。冬晴との意外な取り合わせでした。

【予選句】

隼の鋭き構え荒れ田かな   太郎
 隼の嘴が荒れ田に向かっている様子がいきいきと表現されています。荒れ田にはぴったりすぎるかもしれません。

静かなる手荷物に鍵花八手   遅足
 手荷物の鍵と花八手の取り合わせがいいと思いました。「静かなる」は、表現として適切かどうか、もう少し具体的な手荷物の表現を考えたほうがいいかもしれません。

去年今年幾何学模様の上着着て   ポリ
 幾何学模様の上着がユニークですね。ポップアート的な印象を受けました。

ラジオよりブラボーの声寒玉子   茂
 少しつき過ぎの感もありますが、楽しい俳句です。

冬満月うしろめたいよ何となく   紅緒
 下五の「なんとなく」がもったいないと思いました。ここで意外な言葉が出ると面白くなります。

本性を見透かされをり枯木立   山法師
 本性を見透かされるのはぞっとしますが、「枯木立」の季語にはぴったりですね。


2010年1月6日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 あけましておめでとうございます。今年も新年担当の巡り合せになりました、よろしくお願いいたします。といってもこの稿、大晦日に書いてます。二日前まで忘年会の連荘でした、今年観た映画という話になって、DVDや録画が多く、思ったより映画館に行っていないことに気づきました。本は?というと新書サイズのものが多く、大部の本は途中で挫折しています。頭の中が新書サイズになってしまったのかもしれない。このことと俳句は関係ないですが、そんなことで十句選はじめます。

【十句選】

掌に折り鶴佇たすしまき晴れ   たか子
 「しまき晴れ」という言葉に初めて会いました。激しく吹く風が、雲をみな吹き飛ばしてしまって、痛いような寒気の中の青空ということでしょうか? そんな張りつめた空気の中に作者の掌と折り鶴しかないのがいいです。「佇たす」としたことで屈託が生まれていますが、その屈託の詮索は読者にまかされています。

霜柱昨夜の夢の音がする   麻
 夢で音はするのだろうか?でも霜柱を踏むかそけき音がその感触をふくめ昨日の夢の音だといわれれば、頷いてしまう。夢とか音とかカタチのないものを俳句は苦手としていますが、霜柱という脆いけど確かなモノがあり、その上昨夜という限定がこの句に感覚だけに流されない力をもたせました。

次の世はカモメがいいと言う鯨   せいち
 おおどかで、楽しい世界ですね。こんなことを言う鯨の気持はわかる、わかるような気がする。しかしあまりにもわかるということが、(共感度が高いということが)この句の限界でもあります。共感度と詩的飛躍の相剋は俳句の永遠の課題のような気がします。

初春のバンドエイドに空気穴   ポリ
 新年詠として「淑気」などの対極にある見事な力の抜けぶりです。新春早々バンドエイドの空気穴に思いをいたすところがいいですね。「初春」と季語を気張らずに流しているところも好感。

数え日や駅に葬儀の案内人   戯心
 あるんですね、こういう風景。喪中葉書が届いたりして、年末は人の生き死にに対してひとしお感慨深くなる時季です。駅という場所、数え日という時間、生者があわただしく死の横を通り過ぎてゆきます。見たまんまを詠んでいるようにみえて、やはり数え日という季語の斡旋が効いているんですね。

冬蝶を神学校に見失ひ   藤原 有
 神学校という舞台装置が働いてニュアンスに富んだ世界になりました。弱々しい冬の蝶なので見失うほどのこともないと思いますが、神学校とのからみで蝶そのものを、いろいろなものの隠喩のように読みたい誘惑にもかられます。

鴨の陣それでは出席を取ります   岡野直樹
 中七以降のもの言いが、ルーチンワークに飽きている先生のようで笑えます。冬の湖沼を教室に見立てて、漸く鴨が着席したということでしょうか。

暗闇をもがきつセーター脱ぎにけり   濡衣
 ただセーターを脱ぐのに手間取ったということにすぎないのでしょう。セーターがうまく脱げなかったときの上半身の珍妙な動きは皆おぼえがありますから、もがくという措辞は順当なんですが、そこに暗闇という語が配されて、にわかに妙なドラマの匂いがしてきます。

滑らかなヨゼフの頬や聖夜劇   無三
 子供が演じているんだと思いました。私は聖書にも疎い人間ですが、ヨセフはこのキリスト生誕劇のなかで、いかにも脇役です。そのヨセフに焦点をあてたところが味わい深いです。渋いヨセフのキャラクター、扮装のなかに、子供のすべすべした頬を見ているのがちょっと泣かせます。

ポインセチア秀吉も好き金の粉   紅緒
 クリスマスシ−ズンに派手に並ぶポインセチアの鉢、赤い葉に金の粉の装飾があるんですね。ここに唐突に秀吉が登場するところが面白い。たしかに派手つながり、クリスマスのイルミネーション、色彩に、聚楽第の金箔がダブリます。

【次点及び気になった句】

初春の鳶実朝の海の上   遅足
 実朝本人を登場させたくなる。

新年会町内会長留任す   えんや
 どさくさで決まってしまって、やれやれなのか、喜んでいるのか?

「改造」の最終号や冬晴るる   遠藤遍人
 古書店で見つけたのでしょうか、何となく気分はわかります。

窓ガラス舌と化したり敗戦忌   頓坊
 これはわかりません、ただ舌と化すという言い方が気になって。

ハーモニカだけどコロッケ恋しいよ   汽白
 「だけど」と最後の「よ」のたどたどしさがかわいい。

空っぽの飾り窓在り聖誕祭   浮遊子
 飾り窓が空っぽなのが気になる。これは、あれか?アムステルダムのあの、、
空っぽということは、中に女性がいないということか?違ってたらごめんなさい。