「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2010年4月28日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 こんにちは、みなさま。
 投句、ありがとうございます。初回から続けて出して下さる方もいらして、うれしく思います。
 さて、春爛漫、そんな気分の句がいっぱいで、選も楽しい時間でした。春は、スタンダードな季語が多くあり、またそれらを使いたくなる季節であると思います。(やはり日本人であるせいでしょうか。)そのような中でも、新鮮な表現の句がたくさんありました。今年の春を、生き生きと感じさせるものを中心に選んだ気がしています。

【十句選】

序破急に辛夷散りけり川速し   太郎
 上五の「序破急」が大変生きています。辛夷の花というものの特徴をとても表現されていると感じます。一本の木の花々たちは、一斉咲きそろい、やがて花弁に力がなくなったかと思うと、散ってゆくのですが、その景が、「序破急」によって、ありありと眼前にせまってまいります。辛夷のシーズンが過ぎた今、もう一度、辛夷の花に会えた気持ちです。
 そして、下五「川速し」によって、一気に場面と気分が転換する妙。「けり」の言い切りともあいまって、勢いさえ感じさせます。(川へ辛夷の花が落ちていく景もありえましょう。) 情景と巧みな言葉が、一句として美しく仕上がっています。言葉が整っていますと、このように、景までも美しく生きてくるのだと、実感いたしました。

四男の嫁は生真面目花菜風   茂
 なんでもない日常なのですが、ちょっとしたユーモアが俳句を生き生きとさせているのではないでしょうか。同時に、「生真面目花菜風」という表現が効果的です。漢字の羅列が、コミカルに感じさせていて、句意とよく合っているでしょう。
 また、四男!おいくつのご夫婦かは不明ですが、そんなにご年配ではないと推察できますから、今時、四男とは、と軽い驚きもあり、楽しい句です。
 「嫁」とありますから、作者はきっと年上。その作者からの温かい眼差しが、「花菜風」から伺え、ユーモアとともに暖かい句でもあります。

花冷えや後転うまくなりにけり   茂
 「うまくなりにけり」は、もう少し推敲できるかもしれないと思えましたが、「後転」に一票を投じました。花冷えという時期、時間に、後転を練習している子。これが、若葉風などであると、あまりに素直な句になってしまい、つまらないのです。「花冷え」だからこそ、魅力を感じました。「花冷え」に私たちは何を感じるでしょう。大人は、いろいろな思いがあるはず。そんな、大人の視線で、子どもの後転をみている。後転の上達にさまざまことを、かぶせているのではないでしょうか。
 深読みしすぎることは良くないですが、掲句にはただの喜びだけではない、大人のビターな味があり、それが魅力と感じました。

まず窓を開けて入寮風薫る   えんや
 当たり前の情景ではありますが、「まず」という勢い、「入寮」という言葉に、新年度の心意気を感じ頂戴いたしました。近年は、「寮」というもの自体が不人気で、閉鎖されたりしておりましたが、ここ数年、復活しつつあるようです。不況という世情も一因ですが、若者たちは、意外にも繋がりを求めているらしいです。
 私の自宅近くにも、企業の独身寮があるのですが、去年今年と、若い男性社員を何人も見ました。もう私も、若手を応援する年代なのですね。そんな私にも、爽やかで力強い一句です。

靴紐を結ぶ中年いぬふぐり   遅足
 中年といぬふぐり、好みが分かれそうとは思いましたが、私は、中年さんが少し可愛く思えまして頂きました。中年だって(そういう私もその年代にさしかかっていますが)靴紐もほどけるし、いぬふぐりの咲いているところで、中腰になって結ぶんだよ、という景を、優しく見たいと思うのです。傲慢かもしれませんが、そんな優しい視線で読める句ではないでしょうか。
 「いぬふぐり」が絶妙なのでしょう。幼少のころの気持ちを思い出すからです。

春潮や瀬戸に源平盛衰記   くまさん
 「や」切れが効果的です。全体に、過不足なくまとまっており、句の姿として、美しささえ感じさせます。「瀬戸」と「源平」は付き過ぎかな、とも思いましたが、「盛衰記」とあえて書名を出したことが成功しました。無駄なく、それでいて印象強く、魅力的な句として仕上がっています。
 そして、春という季節が良いですね。瀬戸内海を春潮と言い換えて、海の景がより膨らんでいます。
 瀬戸内出身の私、すこーし御点が甘くなっておりましたら失礼いたしました。

境内の闇野いちごの花ひとつ   戯心
 色のコントラストが素晴らしく、一票を。また、境内という異空間。つまり、俗ではない聖域です。そこの闇にある野いちごの花。余計な意味をつけて読むことは、好きではありませんが、よくある情景を、表現力によって情緒を持たせた秀句ではないでしょうか。

巻き貝のひと巻きぐあい桜餅   紅緒
 なんといっても「ひと巻きぐあい」が良いです。貝は、春を感じさせますので、桜餅との相性はどうかな、と思いましたが、「ひと巻きぐあい」の楽しさが勝ちました。
 桜餅のある食卓や座卓で、巻き貝を話題にしている一座の情景でも楽しく、ひとりきりの静かな一服の時間でも情感豊かです。

毛を刈られ直ぐに羊の輝けり   たか子
 羊の毛刈りのなんともユーモラスな情景が思い出されます。しかし、その後、羊を輝やかせているのですから、作者の愛情をも感じます。どんどん刈られていく羊、どんどん増えていく輝く羊、もしかすると羊は一頭かもしれませんが、想像の楽しさがある良句です。

若葉風シェイバーの音軽くのせ   大川一馬
 「軽く」が少し余計かな、とも思いましたが、シェイバーという勢いのある語に助けられました。若葉風を生かすことができています。老若限らず、若葉風のころにはそんな気分になりましょう。

【次 点】

ふっくらと紅の満ちたる桜かな  太郎

語り合ふ父母の来し方木の芽雨   たか子

ここにきて後悔もなし葱坊主   せいち

地面まで長い旅路の桜かな   衣谷

涅槃図の弟子のひとりに亜細亜像   遅足

葉桜や鳥語解する人になり   石川順一

鎌倉の外れに一人静かな   文の子

【予 選】

あんず咲く田水あふるる棚田かな   太郎

ブランコに即席麺を啜りけり   コッポラ

桜なき公園なれど花筏   衣谷

せせらぎやついうとうととざぜんそう   衣谷

箱庭の波打ち際に春の海   遅足

思い出は語り尽くせず新茶淹れ   まゆみ

恋なんて四年が限度春の泥   あざみ

いまごろは帯を解くころ春障子   楢山不慈

白熊は寝そべつてるだけ暮の春   無三

    いったんは閉じた口ですからと蛤が   紅緒

桜咲く河畔のケーキ日和かな   草子

シュシュからの髪はねているママの春   ポリ

若葉風昼寝覚めけむ亀の首   豊田ささお

逃げ水やネイルアートの女学生   浮遊子


2010年4月21日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 家内が「チョンマゲ時代の人が山が燃えている、と言った葛城山に行ってみたい」と言います。ボクは、へっ、何のこと、チョンマゲ、山が燃える、、、、、。なになになになに、それはなに、、、、よく聞けばツツジ、全山ツツジに燃えるということらしいのです。ロープウェイもあるし簡単に行けるとも言うので、まあ、ちょっと詳しくネットで調べてみようということになって、でも、返事は曖昧にしておいて、なんせ、チョンマゲ話ですし、ウチの家内はチョイこの間まで月は年に2回、春と秋にしか丸くならない、つまり、満月にならないと思っていた人ですから、、、、、、では、10句選であります。

【十句選】

春時雨イチゴパラソルくるくると   衣谷
 散歩の途中、降るともなく降る春の時雨に出遭った。傍らを傘をさした子どもが素早く通り抜けた。そんな光景だろう。春時雨の伝統的な季語、別の言い方をすれば大人の情感に溢れた季語に突然かわいい子どもの世界としての「イチゴパラソル」が「くるくると」飛び込んで来ることの面白さ。重箱の隅を突けば、パラソルは夏の季語であるし雨傘ではないがこの場合はイチゴ模様の雨傘としておこう。

亀鳴くやローマ帝国衰亡史   朱雨
 「ローマ帝国衰亡史」。もちろんそんな大作は読んだことはない。でも、「亀鳴く」の虚実不明な一瞬の気配と、一方の歴史的な時間の長さとが同等であるという発想(取り合わせ)がいい、と思う、とあいまいなのは、衰亡史を読んだことがないから。

六体の七体地蔵つくしんぼ   せいち
 最近知った言葉に「墓マイラー」と言うのがある。歴史上の人物や高名な人物のお墓に参ることを指し、そのための案内地図も出回っているとのこと。ボクは「墓マイラー」ではないが、適度なお墓ファンなので気に入ったお墓を見つけると入り込んだりすることはよくある。(その様子を最近ブログに書きました)で、この句ですが、六体なのに七体の地蔵がおられる。では、七体目の地蔵はどの世界から我々見守り、手を差し伸べて下さるのか、或いは七体目の地蔵は六対の傍らに芽を出した「つくしんぼ」だというのか。「つくしんぼ」に限らず小さな物の存在にふと気付いたときは心が洗われる感がある。ちなみにブログは「阪神沖釣クラブ」で検索してください。

蝶はA蜂はB型蜂に針   遅足
 「蝶はA」「蜂はB」という独断的断定がオモシロイし「蜂に針」でB型への敵意というか怖れというか嫌悪というか、そんな無謀なことを言ってしまっている勇気に驚いた句。

人間も貝のかたちや潮干狩   輝実江
 「貝のかたち」をどう読むのか。単に潮干狩りをしている人たちの様子なのか、その人たちの内面へ入り込もうとした言葉なのか、、、、。自作ながら「緑の夜鳥のかたちの男の子」という句を以前に作ったが、これは「男の子」の内面を「鳥のかたち」としたつもり。そう、人はいつも例えば貝のように黙り込んだ闇を抱えているのだ。

点滴に血が逆流す桜の夜   洋平
 逆流した血は点滴液の管の中を走り、見事に透明な一筋の赤色となる。その光景は狂気と言えなくもないが、「桜の夜」にはいかなる狂気や奇異なことが起こっても不思議ではない。だから、これくらいでは狂気が物足りない。次回に期待という選。

こりこりと鰭噛む音や桜の夜   茂
 で、この句の方が狂気が強い。音、「鰭噛む音」に焦点をあて、その主を読者に委ねていることも想像の幅が広がる。ただ、ボクはその主が誰、何物なのかを上手く説明できない。あえて言うなら、人類以前の人類に近い何物かが自身の鰭を噛んでいる、、、、、と、まあ、桜の夜に相応な狂気の読みでした。

四男の嫁と呼ばれて花菜風   茂
 ボクはまさに、四男。つまりボクの家内がこの句の主人公。家内はいつも花菜風に吹かれているような人です。

好きじゃない人とほめあうライラック   紅緒
 こういう屈折した気分は好みの世界。お互いの気持ちが微妙で危険な距離にありながら、それを保てるのは、たぶん高見に花を咲かせるライラックのせい。高い木を見上げるときは双方の立ち位置には適度な距離が生まれるから。この場合、なんとなくだけれど、花の色は青がいい。

桜散る雑木山から猪の骨   豊田ささお
 例えば、先の「ライラック」の句には、こんなふうに作りました、という作為が感じられるが、この句は詠まれていることが実景かどうかは別にして、俳句の中に淡々とした現実がある。それが魅力。ちなみにボクは作為を否定する者ではありません。

【予選句】

花種や仮名文字多き亡母の文   たか子
蔵の酒漏れくるにほひ蕗の薹   たか子

奥利根の雪解しずくや利根騒ぐ   太郎
杏咲く水溢れたる利根川原   太郎
はくれんの一弁まろび風のまま   太郎

昔むかし誰に送りし桜貝   せいち

吹流し家紋大きく膨らます   山渓

一人降りひとり乗るバス花の雨   えんや

陽炎や石室の錠朽ち果てて   美佐枝
満開の花陰に置く予約席   美佐枝
花の雨剥落著き仁王像   美佐枝

「てきてっちょ」とまだ不器っちょな初音かな   大川一馬
水面の花屑を縫ふ鳥の影   大川一馬

チューリップ手に手を取って謀反する   岡野直樹
ヒヤシンス全方位的キスしたい   岡野直樹
魂を吸った分だけ桜咲く   岡野直樹

綻びに夕日の浮かぶ花筏   戯心

三行の詩かな西洋翁草   文の子

繰り返す積木遊びや春の夢   浮游子
海市よりメール届きて日の暮るる   浮游子


2010年4月14日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 桜の季節も終わろうとしています。
 この四月から新しい生活の始まった方たちには、まだまだ目の回るような毎日かもしれませんね。けれども、迎える方にも華やぎがあって、四月は本当に明るい季節だと思います。雪柳、連翹、山吹と花もまだまだ続きます。いいスタートを切ってほしいと思います。 さて、今週は130句の中から。

【十句選】

つちふれり昼の舳艫の固つなぎ   たか子
 舳艫はじくろと読み、舳先(へさき)と艫(とも)のこと。川船を想像したのですが、固いロープで舳先も艫もしっかりと杭につないであるのでしょう。辺りは黄砂でぼんやりと霞み、船も美しいとは思えません。烏賊吊りや鵜飼い船なら夜働いて、昼はこんな状態なのでしょうか。「固つなぎ」は作者の造語なのかも知れませんが、しっかりと短めに結わえてあり、結び目も固いことを上手く表現しています。
 繋がれた船の小刻みな揺れが眼前し、つちふるの頃の季感が感じられました。

ぼたん雪憂きは哀しきことならず   たか子
 春は近づきつつもぼたん雪の降り続く日々、作者は憂鬱な気持ちでおられるのでしょう。けれども、それを哀しいとは感じていません。むしろこの物憂さは作者が平穏な日常を送っていることをあらわしているのではないでしょうか。 ぼたん雪を眺めながら物憂い気分で一日過ごすこともまたよろしからずや、のお気持ちなのでしょう。
 〜ならず、の表現にも面白さを感じました。
 原句「ぼたん雪憂しは哀しきことならず」

髪切って細き首なり卒園す   菊坂
 卒園式の前に、散髪して貰った女の子。ショートカットもすっきりとして可愛いのですが、肩まであった髪に今まで隠れていた首に作者は注目しています。小さい子どもの首は確かに細くて華奢ですね。散髪したてのうなじがいつまでもすうすうしたことを思い出しました。
 入学の喜びはありながらも、卒園に淋しさや心細さを感じている子どもの様子、それを少しはらはらした気持ちで見守る家族の心情が伝わります。

堅焼きの煎餅咥え種選び   衣谷
 野趣があり面白い句だと思います。堅焼きの煎餅を食べながら、これから蒔く種を選んでいるのですが、種選びの方に両手が塞がってしまい、煎餅の方は咥えっぱなしになっているのでしょう。或いは、堅焼き煎餅を咥えて、さぁ、ちょっと種選びでも、という作者の余裕を感じればいいのでしょうか。
 いずれにしても、堅焼き煎餅という大きくて固くて厄介なものを繊細な種選びのお供にしているところに面白さを感じました。実景だと思いますが、とてもよいシャッターチャンスに恵まれましたね。

花の雲あふみ離れぬ一生涯   きしの
 「あふみ」は近江。近江地方のなだらかな山を満開の桜の花の雲が彩っています。作者はこの近江で生まれ、ずっと近江で生活してこられたのですね。
 あふみの平仮名表記が桜の花弁のように柔らかく、「花の雲が山肌を離れないように、私もまた、」と感じることができました。「一生涯」は固く厳しい語感をもちますが、花の雲との取り合わせによって、華やかさや喜びも感じられます。

料峭や古道に長き潦   大川一馬
 料峭は、「春風が肌にうすら寒く感じられるさま」。潦(にわたずみ)は水溜まり。
 古道は往時のまま残された道で、幅も狭く未舗装でしょう。雨が降れば水溜まりもできやすい道なのですが、その水溜まりが長く続いていることに作者は注目しています。何百年も昔の人馬の往来や荷車の轍(わだち)の跡…。考えるとロマンが広がりますね。
 「長き」にリアリティがあり、料峭というやや厳めしい感じのする季語も、古道の風格を現していると思いました。

右翼手の足小刻みに冴え返る   戯心
 右翼手は野球でライトを守る選手です。ライトは守備範囲が広いので、フットワークを心がけているのでしょう。野球では、打者がバッターボックスに立つと、打者と投手にばかり注目が集まりますが、右翼手を始め、外野の選手の動きにも独特の緊張感があるのですね。

手に残る背なの丸みや牡丹雪   草子
 ご母堂のことを詠まれたのでしょうか。年を重ね背中が丸くなり背も低く小さくなった母。久しぶりに会った母を駅まで送った帰り道と読みました。あいにくの雪の中、傘を差し掛けて抱きかかえるように歩いたことが「手に残る背なの丸み」で伝わります。見送った後も手に残る背なの丸みと降り続く牡丹雪、余情溢れる句だと思いました。

夕映えのさめて浅間の霞みけり   太郎
 夕日に照り映える浅間の威容も、時間と共に序々に輪郭を失っていくのですが、今日は春霞までかかっているのです。
 色も光も失いぼんやりと霞んでしまった浅間山の姿を描きながら、その夕映えの雄姿をも対比的に思い浮かべさせるところが、この句の魅力だと思います。色、熱、両方を感じさせる「さめて」の惜辞もいいですね。

田植機が碑の下より始めたり   滝男
 田植機が始めたのは田植えですし、その田植機にはもちろん人が乗って運転しているのですが、このように詠まれると田植機が意志を持ってしているようで、面白いですね。田植機が田んぼの裏山にある何かの石碑の下から、おもむろに植え始めたというのです。
 作者は遠景としてこの景を眺めているので、擬人化というよりも写生句として詠まれたのでしょう。碑の下から始めたことも、田植えを始めた人は知らず、作者だけが気づいた全くの偶然のような気がしますが、それをこのように断定する作者の視線を面白いと思いました。
 尚、「碑」は「いし」と読むようです。


2010年4月7日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 皆さん。お元気ですか。
 先日、一人で神戸の北野町をぶらぶらしていましたら、西の外れに「移民ミュージアム」という建物がありました。神戸はかつて日本最大の出移民港のひとつで、九州・広島からの移民もこの港から、有名な笠戸丸などでブラジル等へ出港していったそうです。「日本人は三人いたら新聞を作る」といわれ、移民達は長い船上生活で新聞を作り、俳句や短歌をのせたそうです。どんな俳句だったのでしょうね。  それでは、十句です。

【十句選】

残雪を掘り返しては墓参り  朱雨
 お彼岸に掘り返すほどの春の雪があるという。信州か、東北あたりだろうか。北海道だと掘り返しもできないだろう。実家に帰ると、あまりやることがない。だから、墓参りというのは、退屈なように見えて意外と時間つぶし(ごめんなさい)の貴重なイベントだと思う。そのとき、雪掘りという体験が加わると、小さい子供などは大喜び。「は」がいい余韻を残している。

春愁や求人欄に「僧募集」   朱雨
 求人欄に「僧募集」、は文句なくいいフレーズの発見。過疎化の進んだ地方にはどんどん空き寺院が生まれているのか。あるいは、最近は寺院のウェブがあって、パソコン上で擬似参拝ができるらしい。だから、ITの知識を持った若い人が必要なのかもしれない。いろいろと想像すると楽しい。「春愁」の季語がいいのだろうか。もっと何でもない季語の方が、よりおかしみが増すのでは。

人体に空部屋のあり春灯   遅足
 春灯の浮かぶ人懐かしい夕暮れ道を一人歩いていると、骨粗鬆症ではないけれど、体のどこかに空き部屋があって、風がスースーと通り抜けていくような感覚。何となくわかるなあ。「人体」を詠んだ句は多くあるが、この句はありそうでない部分の発見では。

鳥帰る醤油団子の幟旗   恥芽
 鳥がシベリヤの方に帰っていくくらい暖かい日々がやってきた。郷愁をそそる季語。そこに、時代劇めいた醤油団子の幟旗が風にはためいている。合いすぎといえばその通りだが、俳句の骨法、勘所を押さえたこのような句も、安心して読みたいときもある。

駄菓子屋のおもちやきらきら春の虹   山内睦雄
 ずいぶん前から駄菓子屋が人気で、おしゃれなモールの中にもあったりする。が、それはテーマパークのようで嘘っぽい。やはり、地元の商店街の忘れ去られたような駄菓子屋がいい。春の雨が上がって虹も出ている。少し雨に当たったブリキのおもちゃが光っているのだろうか。「春の虹」の下5が明るい印象で、気持ちのいい1句。

売家を覗いて帰る彼岸かな   岡野直樹
 墓参りも済んで、特にやることのない彼岸の休み。家を買う予定などないものの、「売り家」の貼り紙を辿ってぶらりと覗いてみる。そんな何の変わったことのない日常を入れる器としては、俳句は最上のものだろう。もしこんな家に住んでいたら今頃はどんな生活なんだろう、という想像も楽しいし、すこしもの悲しい。

サーカスの去れど広場の暖かし   無三
 サーカスの去りし広場は暖かし、ではいかがでしょう。サーカスはよく言われるように、ピエロに代表される寂しい負の性格も持っている。でも、もちろんにぎやかな楽しい雰囲気もある。そんなやや複雑な性格のサーカスが去った広場には、何もなかったかのように鳩がいて、遊ぶ子供がいる。それはやはり、暖かいのだろう。

春昼や乳やる犬の大欠伸   美佐枝
 春昼と欠伸はつきすぎ。でも、乳をやる雌犬のおおらかな気分、描かれていない子犬の存在、見ているこちらも欠伸をして昼寝しそうになる情景。一茶の世界を彷彿とさせるような、江戸俳諧の雰囲気のある、懐かしいような1句。

護送車の一旦停車桃の花   浮游子
 護送車は機動隊員を運ぶときもあるが、多くは容疑者や収監された人々を別の場所に移すときに使用されるのだろう。ときどき信号待ちで近くに止まったりしていると、ついついその方を見て、いろいろ想像してしまう。人間誰でも一つ間違ったら、犯罪を犯さないとは絶対に限らない。私も故意の交通違反は何回もやってしまった。中に乗っている人たちの、これからの人生を思うときの心情。桃の花が救いなのか、悲しいのか。

寄居虫やいつの間にやら還暦です   あざみ
 寄居虫やいつの間にやら還暦で。寄居虫やいつの間にやら還暦よ。などはいかがでしょう。寄居虫を見ていて、そうか俺も近々還暦か、と思っている様子がおかしい。私は、還暦にはまだ少し間がありますが、今からどんな還暦になってやろうか、ワクワクして考えています。カッコいい還暦になりたい。

【予選句】

呼びに出て鬼役になる日永かな   吉井流水
 いいですねえ、この世界。10句に入れようと随分思いました。

山風に逆らいつつも揚雲雀   太郎
 吹き下ろしてくる山風に、上がっていく雲雀が逞しく、よく見える。

峡の日を遮る辛夷咲きにけり   太郎
 遮る、がうまい。

カステラの中にも降れり春時雨   洋平
 カステラのしっとりした感じをうまくいいとめている。

咲く桜ひとりで食べるクラッカー   ポリ
 寂しいのか、さばさばしているのか。

囀やとんとんとんと肉叩き   せいち
 よく叩いた後の豚肉でつくった豚カツはおいしい。

奥能登のさらに奥へと山桜   えんや
 奥、のリフレインが荘重さを出している。

啓蟄や渋谷駅前交差点   すずすみ
 人を食ったところがいい。

雪掻いて雪掻いて一つフキノトウ  すずすみ
 蕗の薹は、そんな雪の中でも見つかりますか。

あのラッパ水仙の角曲がってね   澄
 誰かにそんな指示を出している状況が面白い。

淡雪やブロンズ像はみな裸   くまさん
 当たり前だけど、像の冷え冷えした感じが出ている。

山広く点々々と山桜   くまさん
 よく目に見える。

おむすびを頬張る子らや春の海   悠歩
 穏やかな様子がよく出ているが、もう一歩がほしい。

土筆摘む土手を越えればまた土筆   山内睦雄
 土筆摘むで切って、土手を越えればまた土手に、としてはいかがでしょう。

久しぶりに妻と歩いた卒業式   岡野直樹
 子の卒業式ぐらいしか一緒に歩かなくなった、結婚15年後の夫婦の感じが良く出ている。

つちぐもり琵琶湖汽船の汽笛鳴る   岡野直樹
 リアルだが、もう一つもの足らない。

春日傘大人は大人の遊びせむ   無三
 面白いので、10句に入れようかと思いましたが、どんな遊びかもう少し見せて欲しかった。

グランドに雑巾掛けて花の雨   無三
 わかるが、グランドに雑巾を掛けるのはやはりおかしい言い方。

木の芽風湾曲したがるミシンの目   草子
 湾曲、が大げさ。曲がるつもりのミシンの目、くらいはいかがでしょう。

何処より舞ひ来し種子の芽生えかな   戯心
 気持ちもとてもよくわかりますが、もう一歩踏み込んで欲しい。

朧夜に口笛後期高齢者   戯心
 朧に口笛を吹く老人は面白い。後期高齢者、が時事的、川柳的になる。

涅槃図を綱もて吊す古刹かな   美佐枝
 興味深い情景だが、具体的にややわからなかった。

果物の皮ふっと途切れ春の虹   紅緒
 果物の皮ふと途切れ春の虹。果物の皮ふっと切れ春の虹。のどちらかはいかがでしょう。気持ちを描いていないが、かすかな悲しみが伝わってきて、いいと思います。

【一言】

☆雨上がるばらの新芽はみずみずし
・・みずみずし、は全部いってしまった。

☆見はるかす谷川岳や花辛夷
・・報告。

☆どどどどと地表を打つや春の雪
・・降る雪か雪崩かわかりにくい。

☆春なれや子の古着着て徘徊す
・・少し認知症のようで、こわい。

☆紅白の横縞クレーン山笑う
・・三つのものがあり、焦点がぼける。

☆菜種梅雨引き戸の前の眠り猫
・・眠り猫、少し強引な言い方。

☆七色の紗を斜めかけ春ドレス
・・像が鮮明に浮かばない。

☆渋滞もなく鷹揚に折れ春灯
・・鷹揚に、が言い過ぎ。

☆大試験娘は黙々とシニョン結ふ
・・シニョン、がわからない。

☆春夕焼手窪に受けて持ち帰る
・・手窪、があまり使われない言葉。

☆尿放つ児を浮き立たす磯あそび
・・浮き立たす、がわかりにくい。

☆からっぽの押し入れに春の日差しかな
・・中八がもったいない。

☆ふらここのエイッ!とヘリコプターを蹴る
・・ブランコに座ってヘリコプターを蹴ったのかな。文法的に無理。

☆囀りや日本アルプス一望に
・・一望に、が説明。

☆水筒の凹みあちこち卒業す
・・下五を変えた方が。

☆春愁の魚の重みを手のひらに
・・魚に移入しすぎ。

☆ぶらんこは大空の手 手を高く
・・中六。意味も伝わりにくい。

☆春の草みな学名を持ちにけり
・・詩がない。

☆鳥交る障子の穴を覗く猫
・・動物は一つの方が。

☆日本の少子化鳥の交りけり
・・時事のみで、詩がない。

☆吾の影を貫く鳥の交る影
・・構図がややこしい。

☆笹鳴きに口笛かえす野辺地蔵
・・地蔵は擬人化しない方が。

☆春泥は白ソックスが大好きで
・・理屈かな。

☆花冷えやスカート丈の悩ましさ
・・悩ましいのは、見る方か着る方か?

☆三度目の桜蕊ふみ再検査
・・三年目ということか、ややわかりにくい。

☆夫一人転移検査やさくら咲く
・・あまり深刻なことは詠まない方が。

☆卒業や格物到知にほど遠く
・・理屈っぽく、読者を拒絶している。

☆山吹や校舎に潜む静と動
・・動と静が説明。

☆つかの間に自転車こぐ子や初桜
・・つかの間にこぐ、がわかりにくい。

☆残雪の八ヶ岳(やつ)を背に木遣歌
・・中六。

☆十トンの巨木の渡る雪解川
・・祭りを知らないと、実感がわかない。

☆千人の氏子曳きゐる御柱
・・力が入りすぎ。

☆野遊びのパン屑攫ふ鳶の技
・・技、は言い過ぎ。

☆黒船や武州本牧亀鳴けり
・・武州本牧になじみがないので。

☆花菜晴れ黒船下りし鷲つ鼻
・・鷲つ鼻が下りたのはおもしろい。

☆うぐいすや前々うしろみぎひだり
・・大げさだけど、面白い。

☆青踏めば記憶の結晶融けにけり
・・抽象的すぎ。

☆筆の花香る野原の箸枕
・・箸枕、がわからない。

☆残り鴨逢瀬はたっぷり橋の下
・・たっぷり、が言い過ぎ。

☆たんぽぽや餡饅二つ別の腹
・・別の腹が既成の言葉。

☆琴に三味笛も加わり花疲れ
・・にぎやかすぎ。

☆眼内のレンズぴったり遠桜
・・理屈。

☆スターリン忌カスピから来る潮の風
・・すこし遠すぎでは。

☆口に出て言葉戻らず春愁
・・唇寒し、の意味?

☆机一つ隔て春闘決着す
・・時事のみ。

☆心経や弱視のすすむ余寒かな
・・般若心経?わかりにくい。

☆朝寝坊しのびよりたる沈丁花
・・香りがしてきた?もってまわった感。

☆黄沙拭く山西省に生まれしが
・・何が生まれたのか、わからない。

☆倒木の裂けたる幹に小灰蝶
・・小灰蝶をよく知らないもので。

☆日の入るや干潟に紅の幕敷きて
・・それから、何を?

☆遠山の褥となりて雪柳
・・やや回りくどい。

☆縄巻けるしばられ地蔵藤の花
・・巻けるしばられ、がごちゃごちゃした感じ。

☆たゆたうて江ノ電去りぬ花曇
・・たゆたうて、が像が浮かんでこない。

☆蒲公英ノ一斉蜂起逃ゲ場ナシ
・・蒲公英ノ一斉蜂までは面白い。

☆籾浸し心は縄文人のまま
・・全部言ってしまった。

☆シベリヤは遠すぎますか鶫さん
・・もう一ひねり。

☆ぽっぽっとたましひ灯す桜かな
・・そんな感じしますね。

☆公園に一人の時間山桜
・・山桜のある公園、いいですね。

☆結論を先に言うわね初桜
・・どきっとします。

☆ふらんす語おじょうずでしょう蝶の舌
・・蝶の舌、がわからない。

☆春風の二胡の奏者よ感嘆符
・・感嘆符がどうか。

☆まっしろなうそ土に降り積む雪柳
・・まっしろなうそとは?

☆鯥五郎どこらへんから話逸れ
・・おかしい。

☆二度塗りはご法度ですよ花ミモザ
・・串の二度漬けではなく、二度塗りとは?

☆〆切は紫色で花冷えで
・・〆切は紫色で、がわからない。

☆だからって嫌いじゃないわ紅い木瓜
・・会話またはつぶやき+季語、はたくさん作られた。

☆油菜のおひたし残す夕べかな
・・静かな感じがしていい。

☆沿線や土筆の淡い色に惚れ
・・惚れ、が言い過ぎ。

☆式典や鰆弁当二箱食べ
・・何の式典か、印象がぼけた。

☆蜆汁貝殻ばかりが大きくて
・・が、をとっては。

☆水温み鯉の動きは相変わらず
・・相変わらず、はなげやり。


2010年3月31日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 こんにちは。最近お天気が荒れ模様ですが、それでも桜が咲き始め、なんとか春らしくなってきましたね。春にはたくさんの素敵な季語があります。皆様ぜひ名句を!
 では、今週もよろしくお願いします。

【十句選】

証書を丸め直して卒業す   茂
 青春ドラマのワンシーンのようですね。お祝いムード一色の中の、祝われる側のちょっとした戸惑い、未来への不安、別れのつらさ・・・。「証書を丸め直す」という行為によって、そんな気持ちと、それを振り切る新たな気持ちというのが上手く表現されています。卒業って、こういうものですよね。

春うらら天敵の顔浮かびおり   月穂
 春の心地よさの中、突然天敵の顔が。でもこんなときって、ふっと笑ってまあ許してやらぁというような気持ちになりますね、きっと。

いかなごや見知らぬ街を好きになる   俊
 淡路島出身の私にとっては、ものすごく共感の持てる句です。見知らぬ街を歩いていて、自分の故郷とつながりのあるものを見つけたとき、もしくは、新しい街に引っ越して、そこに故郷の味を見つけたとき、嬉しくなってそれだけでいい街だと思ってしまいますね。この句の場合は、「好きになる」とストレートに言ったことで読後の爽快感があります。「いかなご」という素材の選び方もいいですね。

他人ごとのやうに椿の落ちにけり   せいち
 椿という花の特徴のひとつは落花の様にありますが、「他人ごとのように」という形容がぴったりですね。椿というとやや艶っぽいようなイメージがありますが、この椿は至ってドライな感じがします。

目をやればぬくき雨なり詰将棋   恥芽
 将棋の対局の緊張感というのは、スポーツのそれとは一味違うものですね。そんな緊張感の中、ふっと窓の外、つまり将棋とは違う世界を眺める、すると春の雨であった。この瞬間の心地よい脱力が「ぬくき雨」という語でよく伝わります。

浮かんでは雲に乗る夢蛙の子   くまさん
 蛙の子が浮かぶのは水の中。それが突然空の世界と結びつく、この広がりがいいですね。おたまじゃくしがそんな夢を見てるというのは童話的ですが、のどかな水の中の世界が想像できていいと思います。

磯伊達の孕みし海女や春の潮   戯心
 「孕みし海女」という直接的な表現がいかにも写実的で潔く、好感が持てます。ただ、「磯伊達の」不必要なのでは。春の潮、とあればそれでも海に潜っているのだなということが分かります。

椿咲いてがんじがらめを振り解く   紅緒
 やや演歌的な世界ですが、これが桜や梅では弱いでしょう。椿という花の持つイメージを上手く生かしてつなげていると思います。

つくしんぼ天に謀反と書くつもり   岡野直樹
 つくしんぼのイメージを覆す、意表を突いた句です。「謀反」だなんて、大胆不敵、こんなつくしんぼは面白いですね。もちろん、つくしんぼと下の句とは離して考えてもいいのですが、この句の場合、つくしんぼに象徴される存在が、と捉えることができるので、句の世界がひとそれぞれに広がりをもつことができそうです。

大木の中は空洞春眠し   あざみ
 空洞であるというやや間の抜けた感じと「春眠し」という感覚的な季語との合わせはなかなかいいですね。なんとものんびりした句で心地よく、とらせていただきました。

【次点】

切り株に春の床屋の安堵感   希妙
 切り株と床屋の取り合わせが斬新です。「安堵感」とストレートに言わない方が魅力的な気がします。

使われぬ漁網の嵩や鳥ぐもり   たか子
 情感のある句です。ただ、「鳥ぐもり」と取り合わせてしまうと、漁網が使われない理由が天候に関係付けられてしまいます。関連性のない季語の方が鑑賞に広がりが出ます。

道のべにつんつん土筆雨上がる   太郎
 つんつん土筆というところが童謡的でリズムが良くていいですね。「道のべに」というのがややありきたりでおしいところ。

春の三日月切れ味が物足らぬ   朱雨
 霞がかってぼうっとしているということかと思います。なるほどと納得です。破調の効果を狙われたのかと思いますが、思い切って下をもっとくだけた口語にしたほうがぶっきらぼうさが出ていいかもしれません。

鞦韆のひとつひとつに潦   えんや
 言葉の選び方ひとつで同じ光景もこんな美しいものになるのだなと思った一句でした。「潦」という語が効いています。

切り抜き線鋏はそれて弥生尽   遅足
 面白いところで弥生尽ですね。ただ、切り抜き線よりは切り取り線の方が一般的かなと思います。

春風にむにゃむにゃ父は煙草やめ   和花芽
 むにゃむにゃの内容がいろいろ想像できておもしろいですね。ただ、句全体がやや間延びした印象です。句のどこかできちんとした切れを作るといいかと思います。

空き部屋の貼紙空へ春二番   衣谷
 春二番というのがいいですね。ただ、ややつくりものの情景のような気がしてしまいます。(実景だったらごめんなさい。)春に空き部屋の貼り紙というのがつきすぎなのかもしれません。違うものを飛ばしてみてください。

禁煙の頂いずこ山笑う   山頭身
 面白い句なのですが、「山笑う」としてしまうと、面白味が強すぎてやや川柳的になってしまいます。

声揃へ「三月九日」卒業生   大川一馬
 レミオロメンの歌ですね。個人的には好きなのですが、俳句に歌の題名を使う場合、知名度がどの程度あるかというのが一つのポイントです。たとえば「贈る言葉」であれば万人がわかると思うのですが、新しい歌だと読み手の理解の差が鑑賞にそのままつながります。この場合はやや難しいかもしれません。

五時限の小さなあくびムスカリ咲く   紅緒
 小さなあくびとムスカリというのはよく合う取り合わせですね。結句の字余りはどうしても座りが悪くアンバランスな印象がします。語順の入れ替え等一度ご検討ください。


2010年3月24日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 30年前、私たち夫婦は静岡市に住んでいました。マンションのトイレの窓からは富士山が見えました。トイレの窓は、畳1畳分などというのはめったになく、ほとんどが小窓です。そこから見える小景は、1日に何度も見るせいか心に留まります。こんな句がありました。「便所より青空見えて啄木忌」寺山修司10代の作です。こう言われると「便所」が思春期の青年の拠り所に見えるから不思議です。今回も激戦でした。たくさんの句をお寄せいただきありがとうございました。

【十句選】

恋猫の番屋の網を臥所とし   たか子
 「番屋」はニシン漁などの漁夫の泊まる小屋。そこに置かれた魚のにおいのする網が恋猫の寝床。わかりすぎる句かもしれません。「いいにおいー」と言いながら恋に疲れた体を休めている猫が目に浮かびます。

啓蟄やこんな処に人の家   ジョルジュ
 「啓蟄」で虫を想像させ、後半で人に転換。意表をついた配置で、とても楽しませていただきました。すっとぼけ方が俳句的。

立読みは待ち人来るまで春の宵   紅緒
 「立ち読みはもうやめますから」という言い訳の句ですね。「立ち」と「待ち」の「ち」がひびき合っていました。「春の宵」で異性を待つ気分がよくわかります。

啓蟄やアスリートらの足馴らし   恥芽
 春が来て、虫もアスリートもぞろぞろ。あたたかくなってウエアの素材や丈も変わり、とても生き生きした風景をとらえていると思います。季語もぴったりです。

蔵王山花びらほどの君を抱く   ワカメちゃん
 大きな景色と小さな花びら。とてもスケールの大きい俳句で好感が持てます。「ほどの」で「花びら(桜の花びら)」の季節感がほんの少し薄くなってしまいましたがロマンチックです。こんなこと言ってもらいたい!

花ミモザ外泊先は言えません   あざみ
 ミモザのあの輝くような黄はすべてを隠してくれそうです。春のからっとした、そして少し意味深な思いが伝わります。「えんどうの花に泊まって来たという」(坪内稔典)

草餅のひとつ残っている時間   戯心
 微妙な時間です。誰が手を出すのか、自分が出そうか。省略され、凝縮された上手い俳句だと思いました。ただ、端正で一直線の句ですので、すでに誰かが句にしている可能性はあります。

菜の花や泣かせた方が大泣きし   無三
 何の理由かはわかりませんし、子どもどうしか、男女か、親子かもわかりません。しかしこの切なさとやさしさは菜の花にぴったりです。

マネキンを抱へて帰る春の昼   浮游子
 春昼にはこんなシュールな感じがよく似合うと思います。まさか実話ではないと思いますが。少し色っぽさの混じったドラマのようです。同じくドラマチックな歌に「売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき」(寺山修司)

早春やデジタルカメラ少し濡れ   石川順一
 カメラが濡れたのはきっと雨のせいではないでしょう。きらめく水滴を被写体にしたからだと思います。メモリーカードにはきっと綺麗なしずくが保存されていることでしょう。

【次点】

春風や地物ばかりの磯料理   太郎
 これはもう日本酒ですね。美味しそうな磯料理。ただ「春風」ではよくある風景になってしまったかなあと思いました。10句に入れようか迷いました。このままでも充分佳句です。

ゆっくりと山をおりるや臥竜梅   秀鳳
 美しい光景です。どこが悪いというのではなく、これも10句に入れようか迷いましたが少しパンチが足りませんでした。

三月や痴漢にょきにょき生えてくる   朱雨
 何て変な(?)句なのでしょう。怒りをこんなふうに変換するなんて、びっくりです。ただ「痴漢」という言葉自体に嫌悪感を感じる人もいるので採れませんでした。不気味なへんてこりんな俳句、好きです。

消しゴムの角みな丸く鳥雲に   せいち
 「消しゴム」はリセットという機能のためか俳句や短歌によく使われます。すっきりしていい句なのですが、角が丸いのと「鳥雲」の関係がわかりにくいのではないでしょうか。

花びらに花びら重ね入学式   ワカメちゃん
 このような「入学式」の句ははじめて見ました。思えば、小学校であれ中学校であれ、入学生は花びらのようにデリケートです。この場合の「花びら」は抽象的な感じだと思いましたが、桜だとすると季語がだぶってしまいます。

誓子忌や淀屋橋辺昼休み   大川一馬
 「辺」は「あたり」でしょうか。漢字が連なって読み方がちょっとわかりにくくなりました。山口誓子は勤務の関係で淀屋橋あたりはうろうろしていたでしょうし句碑もあります。今も昔もOLやビジネスマンが行き交う「昼休み」と「誓子忌」は良い取り合わせだと思いました。

春の夜はニョキニョキと声がする   寅
 一目見ていいなあと思いました。残念ながら中7が字足らずでした。「ニョキニョキと声がする」というのは面白い発想です。もうひとつ「ニョキ」を追加してもらえませんか。

あたたかやお国訛りを乗せる舟   くまさん
 つくづくいいなあと思える情景です。「お国訛りを乗せる」がとても素敵です。ただそれで充分あたたかいので「あたたかや」は他の季語のほうが良いと思いました。

鳥帰るもうくっつかないマジックテープ   岡野直樹
 これは駄洒落句?「鳥帰る」は「取り替える」?楽しい句です。それはさて置き、最後が7文字というのはどうでしょう。「凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり」(虚子)という破格の字あまり句はありますが、最後は5文字で収まっています。やはりそのほうがリズムは良いようです。

エプロンの縦結びして草の餅   茂
 「縦結び」というのはどのようなことでしょう。男結びでしょうか。私は、蝶々結びが縦方向になってしまうような(エプロンを結び慣れていない)若い女性が額に汗して「草餅」作りに取り組んでいるという健気な光景だと読みました。すっきりしていい句なのですが。

白犬とドスト氏ありて母の夜   楽田
 これも整った句だと思います。白い犬とドストエフスキーをよりどころにしている「母」はモダンです。季語があればなお共感できます。

春愁や一滴零す吟醸酒   えんや
 「零す」に意味があるのかないのか。「一滴の吟醸酒」と「春愁」はとても合っています。零さなくてもきっといい句になるでしょう。ぜひ推敲をお勧めします。

原色にラとシをとかし春の色   草子
 春の愁いがよく表現されています。ただ、「色」が二つ出てくるのはもったいないです。「春の色」は、たとえば「春の虹」や「春の星」、「ヒヤシンス」などではどうかお試しください。

【気になる句】

初蝶や自転車こぐ子のたどたどし   けんじ
 「たどたどし」と直接言わないで、子どもの様子を何かひとつつけ加えられるととても生き生きした俳句になると思います。初蝶と自転車はステキな取り合わせです。

パンジーに光れるよべの雨雫   みさえ
 とても美しい景色を切り取られたと思いました。残念ながらこの「パンジー」は「アイリス」や「コスモス」にも当てはまります。なにか独自の視点がほしいところです。

危うさと強さ スプリング エフェメラル   文香
 「スプリング・エフェメラル」という綺麗な言葉を教えていただきました。春先に花をつけ、夏まで葉をつけると、あとは地下で過ごす一連の草花の総称。言葉の意味としては、「春の儚いもの」「春の短い命」程度の感じである、とか。この言葉自体にこうした意味があるので意味をもたないものとくっつけるほうが良いかと。尚、5・7・5間の1文字の空白は不要です。

博打うち曽祖父にもち卒業す   遅足
 昭和の映画に登場しそうな場面ですね。きっと卒業後は気風の良い人になられたのでしょう。「もち」は説明的になるので不要と思われます。

裏山は ほんのり頬染め 春になり   幸子
 あたたかそうな良い俳句ですね。「頬を染めた」のが何か、もう少し詳しく観察されたらもっと良い句になるのにと思いました。「春になり」ですので他の季語は入れられませんが。尚、5・7・5の間の1字の空白は不要です。

振り向けばをみなばかりの春の坂   洋平
 カラフルな春服の女性たちが楽しげに坂道を上って来る。中には男性もいるが目に入らない。とてもよくわかる句です。よくわかり過ぎたかもしれません。

菜の花や蛇行の土手no村境   山渓
 no?この遊び感覚ステキ!と思いましたが。変換ミスでしょうか。「の」ではあまりに端正すぎて読み過ごすところでした。「菜の花」「土手」「村境」、なにか個性がほしいところです。

般若経のちの談笑初桜   コッポラ
 変わった空間で面白い俳句だと思いました。ちょっとぷつぷつ切れている感じがして残念です。少し工夫すれば「般若経」と「初桜」でいい句ができそうです。

里焚き火柔らかき雲空にあり   豊田ささお
 「柔らかき雲」という表現はとても詩的です。雲は柔らかいものですが、もっと柔らかいという作者独自の視線がありました。ただ「雲」があれば「空」は不要かと。


2010年3月17日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

   雨や雪が降り、天候不順ですね。日本列島の春が待ち遠しいです。
 今回は季語とほどよく調和している句が多くて、意外性に欠けていました。「発想をリフレッシュする工夫があったら教えて下さい」というお便りもありました。
 三句から五句ほど投句される方は、一、二句は、今までに俳句で使ったことのない言葉を入れて作ってみてはどうでしょうか。新語や流行語でなくても、普段の日常語の中にきっとあるはずです。未完成でもかまいませんので、色々と実験をして下さい。

【十句選】

叱られて伸びるタイプの辛夷かな   朱雨
 このままだと、叱られて伸びるタイプは辛夷になってしまい、俳句としては広がりに欠けるので、「叱られて伸びるタイプや花辛夷」とすると切れが入り、人間の事として考えられ、良くなります。

春のバス赤信号を集めゆく   衣谷
 バスと信号の俳句はよくあるかも、と思いますが、「赤信号を集めゆく」という表現に機知があり、春のバスが明るく輝いて行くようで、面白かったです。

啓蟄や先反り曲がる庭箒   せいち
 啓蟄の句が今回は多かったですが、やはり取り合わせるものによって成功するかどうかだと思います。先が反り曲がった庭箒と啓蟄が取り合わされると、箒に意志があるようで、いきいきとした風景が見えてきました。

トラックの山の白菜一個買ふ   えんや
 トラックに積まれた白菜は、きっと百個以上あるでしょうね。一個減ったところで変化はなさそうですが、一個分の抜け穴がおかしみを誘うと思いました。

啓蟄やブティックの前行き来して   恭子
 啓蟄のころは、そろそろ春の洋服を買いたい時期ですね。「行き来して」の浮き浮きした気分が、啓蟄の本意である天地の春の躍動感や開放感と巧く響きあっています。

啓蟄や十枚つづりの切手買う   れい
 切手と啓蟄の取り合わせが新鮮でした。友人に便りを出そうと思っているのか、美しい記念切手をつい買ったのか等、多様な読みができて、やはり春の喜びが伝わってきます。

栄螺焼く浜の漢のピアスかな   足立山渓
 男性の耳にピアスがある句はもう新鮮ではないですが、「浜の漢」がユニーク。年中日焼け顔のたくましい男性の耳にピアスも結構似合っていたりして、栄螺のかたちもピアスとうまくマッチしています。

思ひ出し笑ひのように春潮満つ   紅緒
 岸辺に寄せる春潮がやわらかくて、満ちた時に「うふっ」と思い出し笑いをしたようだ、という比喩はいいですね。その笑いも明るい色彩として広がってきます。

春一番鯨ベーコンの切り落とし   あざみ
 「鯨ベーコンの切り落とし」を、スーパーで見てきました。今まで買ったことがなかったので、売っているのか半信半疑でした。端のほうが赤くて、春らしい感じでした。「春一番」の、風の色合いと、微妙に響きあっているようです。

春寒しパソコンにどかと乗る猫   豊田ささお
 猫にはノートパソコンも、座布団と同じなのでしょうか。俳諧味のある句です。「パソコンにどかと乗る猫春寒し」のほうが、リズムが良くなると思いますが、どうでしょうか。

【予選句】

ふつくらとポスト佇む春の昼   せいち
 「ふっくらと」の表現が、ポストの中が春の便りで満たされているようです。ポストの俳句で新鮮な句を作るのは、今はかなり難しいです。

綿雲と歩けば土手は春の展開図   文香
 春の土手を歩く楽しさや開放感がよく出ています。もう少し五七五にリズム良くまとめて下さい。

白子ぽんずカーリングでもしていろよ   汽白
 「白子ぽんず」が商品名のようです。「白子にぽんず」だと分かります。カーリングとの取り合わせが実験的で面白いです。

一番に飛び出す元気クロッカス   岡野直樹
 「一番に飛び出す」で、元気なのが分かりますので、「元気」を他の言葉にすれば、と思いました。意外な言葉を考えて下さい。

並びゐるスロットマシン春の月   浮游子
 「並びゐる」は、見たままなので、すこしスロットマシンの特徴などを言葉にすれば、面白くなると思います。

ホールよりシンバル一打春の川   茂
 シンバルの一打がさざ波のように響くのでしょう。明るく活気に満ちあふれているのですが、季語とやや近い取り合わせかもしれません。

あやとりのランドセル三つ春隣り   菊坂
 子供たちが、ランドセルを背負ったまま、あやとりに夢中になっている姿が微笑ましく、少し暖かくなってきた季節の気分も出ています。どんどん作って新しい発見をして下さい。


2010年3月10日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 昨夜(3月3日)のサッカー、バーレーン戦は久しぶりにイライラから解放された試合だった。これで岡田監督解任の声は少し鎮まるか?今月をいれても本戦まで3ヵ月ちょっと、選手起用と戦術にまだまだ不満は残るが、そんな気持は脇に置いといて、さっそく十句選始めます。

【十句選】

狐火を見たる男の鉄臭し   たか子
 雨夜などに空中を浮遊する怪火というが、この句を読むと狐火そのものが鉄臭を発するのではないかと思ってしまう。「鉄臭し」といっただけでこの男に妙な存在感が出ました。「見たる」が説明なので、狐火で切って、あとは鉄臭い男の存在だけという手もある。でもそうすると、狐火の臭いを纏ってしまった男というニュアンスは薄れるが・・・難しいところです。

宙に浮く電話ボックス春灯   茂
 「宙に浮く」という措辞がうまくいっていると思います。無人の公園、無人の電話ボックス、そこだけ灯って、と書いていて、あれっ?と思いました。無人の電話ボックスは灯るか?わかりません。無人だと勝手に想像したのは、宙に浮くという形容ですこし幻想味を感じたからでした。無人の電話ボックスの電話が急に鳴り出す、怖い。勝手な読みです。

縄文の人もまじえて蕨狩   遅足
 平安、奈良を越えて一気に縄文まで飛んだのがよかった。たしかに縄文人も蕨狩をしていたような。万葉の蕨よりもっとなまなましい「食」つまり「生」そのものすら感じてしまいます。蕨に限らず春の草を摘む行為には、熱中すると、ふっと現実の時空から離れてしまうような瞬間があります。そこに縄文人がいても不思議ではありません。

地下街をぬけて鶯餅の前   遅足
 何でもないんですが、うまいなあと思う。今、目の前の、お目当ての和菓子屋の前に立ったときの、ちょっと弾む気持。「地下街をぬけて」で大げさにいえば、たどり着いた感とか、わざわざ好き好んで感とかが醸し出されています。  中七と下五の句跨りのリズムも、たどり着く時間とか心の弾みを表現して効果的。

糊代の角の丸さよ蝶生る   ポリ
 糊代の角って丸かったっけ?と思いましたが、少なくとも直角ではないな。 糊代の角と蝶はいわゆる取り合わせなんですが、糊代の角から蝶が生まれてくるようにも読めるところが味噌。そのことで句全体がふくらみをもったように感じました。先月の船団東京句会の兼題が「糊」でした。ほんとうに難しかった。

初蝶の昇り切ったる武者返し   戯心
 大景に可憐な小さなものを配す。ルーチンではありますが花道での見得のように決まりました。「武者返し」とはいくつかあるようですが、ここでは上に行くほど急勾配になる石垣(熊本城)ですね。一読、「方丈の大庇より春の蝶」高野素十 を思いました。もちろんいいんです、これで。

春の昼試着室より首を出す   濡衣
 景はよく見えます。試着室のあのカーテンから顔だけ出して誰かを呼んでいる。連れか、店員か?とぼけたユーモラスな光景。顔ではなく首としたのもいいと思います。一人称とすれば「首を出す」のは私、これを客観的に誰かの「首が出て」としたらどうなるか?変かな?(汗)

雪解光国旗のごとくシーツ干す   草子
 「国旗のごとく」という直喩が気になって、実はよくわからないのですが。雪国の清々しい光に晒された大きくはためくものぐらいの意味でしょうか。シーツを国旗に譬えてしまうのは結構大胆です。

涅槃図の猫照らしたる灯りかな   無三
 知りませんでしたが、普通、涅槃図に猫は描かないらしいですね。釈迦の使いである鼠を食べてしまうからだとか。調べてみれば、猫が描かれている涅槃図は、東福寺とか本法寺とか。大きな涅槃絵の一隅の猫に灯りがあたっている、きっと観光用にあてているのか?僧侶が説明しながら。実際がそうだとしてもあらゆる生類のなかで猫にスポットライトがあたっている、それだけで俳句になる。いいですね。寡黙なつくりですが、灯りとか、猫とか、さらには入滅の図そのもの、つまり事物に語らせています。

菜の花や風呂敷展を見にゆかむ   豊田ささお
 力が抜けていていいですね。これも実際に風呂敷展に行くのでしょうけど、菜の花と風呂敷の(それも展覧会だという)取り合わせがとても効果をあげています。菜の花をもってきたところが、一句の麗かな気分を増幅しています。 「ゆかむ」と強くでたところも諧謔味がある。

【予選句】

蒼天を持ち上げてゐる卒業子   たか子

春の雷立松和平逝きしとよ   藤原 有
 あれは「遠雷」でしたね。「逝きしとよ」が伝聞のように遠くから響いてくる効果。

隣の釘は引き抜きにくい日永かな   へんと
 「隣の客は」〜と「縁の下の〜」の合成ですか?欲張り過ぎかな?日永はとても合っていると思います。

春雨や濡れはじめたる耳の庭   遅足
 「耳の庭」が難解だが魅力。かそけき雨音に耳を澄ませているととりました。

陽春に物干しせまし妻がいる   山頭身
 小錦のような奥さんか?失礼、「妻がいる」がなんかおかしい。

雪落ちて沈黙もどる控え室   海老池雅司
 何の控え室か分かりませんが、緊張感は伝わる。

木の芽吹く検査会場までの五分   岡野直樹
 これも何の検査会場か分かれば、もっといいのになあと思いました。

春浅し手のひらひらひら話す人   ポリ
 こういう人たしかに見たことあります。

昼からは憲法過去問春曇り   石川順一
 「昼」と「春曇り」、世界がダブッている印象、別なものを持ち込んでみては?

大道芸に少し離れて寒鴉   濡衣

耳朶の固さになるまで春の月   あざみ
 面白いけど、耳朶シリーズですね。「固さ」のところ「硬さ」ではないかと。

【ちょっと一言】

含有量思いはカカオに勝りけり
 これって、バレンタインデイだと思うけど、そう書かないと分からない。思いの含有量は面白いです。

築五分駅から五年春の家
 はじめ単純ミスと思ったが、もしかして意図的?「春の家」がぬるいと思いましたが、意図的ならいいかも、脱力。

糸切れて真珠散らばる春の闇
 キャー!狼藉!「糸切れて」が不要かと。

生きている指を数えた朝霞
 「生きている」で切るのか?「生きている指」だとヤクザですが?

たんぽぽのぽぽの下より犬ふぐり
 稔典さんの「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」の本歌取り。本歌の「たんぽぽ」から「火事」へのジャンプに比べ、致命的飛距離不足。


2010年3月3日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】

 1月から2月にかけて旅行ばかりしていました。そのせいでほぼ4つの句会を欠席してしまいました。特に口惜しかったのは、稔典先生が参加の船団東京句会でした。 旅行してると、何を食べようかとかどこ行こうかとか、旅程に追われ俳句ができません(笑)。そのくせ、帰ってきて句会が迫ると、提出句数にあわせるように、いくつか俳句らしきものが出来るのです。もしも、句会がなかったら私は永遠に俳句を作ることがないのか〜。旅も俳句の糧になっているとは思っているのですが。

【十句選】

鳥帰るルネ・マグリットの鳥さえも   朱雨
言われてみれば、マグリットは鳥をテーマにしてたくさん絵を描いていますね。わたしは、エッシャーの魚が鳥になる絵がパッと頭に浮かびましたけど。いずれにしても、この季語からマグリットを連想して組みあせたのがすごいと思います。

アステカの脳の手術や花粉症   朱雨
 これも前の句と同じ方。アステカの脳手術と、花粉症は、この句が生まれるまでは、全く別のものであったと思います。美術館や博物館で知った興味や知識が、こんな俳句になったのが素晴らしい。

仮名振って新入生を待つ教師   くまさん
 仮名って、普通は子供が振るもの。それを先生が振って子供の入学にそなえるというのが、初々しく、いかにも入学式という風です。発見とか驚きの句。

なんだらう愛ってバレンタインデー   くまさん
 声高に、愛が全て〜みたいな事を言われると「愛って何」と思う事があり、共感しました。ジョンレノンが言うloveと、日本語の愛には、かなりズレがあると思うのですが。季語と一緒になって、広告に踊らさられているバレンタインデーに対する、やれやれという気持ちが伝わってきます。旧かなも効果的。

日の色の噛めば冷たき春苺   せいち
 苺の色は暖色で暖かそう、それを「日の色」と表現し、対比した冷たい歯触りと対比させた。「春苺」を良く表現していると思います。これも、発見とか驚きの句。

通り抜け禁止の先も梅の花   遅足
 こういう風景は、良く見かけると思います。「ここ」を詠むのではなく「その先」を詠むことで、ずーっと梅林が続いていることを感じます。分類していみると「先」とか、「隣」とか、「向こう」とか、そんな言葉がキーワードになっている句でしょう。

春暁や月の子遊ぶ門あたり   俊
 意味よりも、調べや情感に心が動きました。春暁ですから春の明け方、門に月の子が遊んでいる。「月の子」というのは、たぶん明け方に残っている白い月なのかと思います。センチメンタリズムは日本人が持っている一番危険な罠だという人もいますが、俳句ならいいのでは。

西成のおでんにトマトぷーかぷか   希妙
 西成というのは「あいりん地区」と呼ばれている地区の事らしいです(東京でいうと山谷かな)。そういうエリアにある厳しい生活とは裏腹の上下関係のない自由な空気が、楽しげに描かれています。独創性のある世界です。

山眠る足を琵琶湖につっこんで   岡野直樹
 琵琶湖と言えば、比叡山という事でしょう。「足をつっこんで」という擬人化が大胆で面白いと感じました。

なりたての父の顔ですふきのとう   紅緒
 「なりたての父の顔」と言う表現がういういしくて好感。さらに「ふきのとう」の取り合わせが絶妙だと感じました。取り合わせ句の季語をドミソの和音で考えて見ると、ドに対して、ミやソで合わせるか、あるいはオクターブ下のドで合わせるか、不協和音で合わせるか。つまり、合わせるか、ずらすか、などの感覚と似ているな、ふと思いました。

【今週の発見言葉】

ジグザグにランドルト環つなぎをり   衣谷
 「ランドルト環」とは、視力を計るときの一端が欠けた輪なんだそうです。例えばCみたいなヤツです。音はランドセルに似てます。「ランドルト環科学の世界のぞきこむ」。季語は意識してはずしたのでしょうか。句としては、この単語が分からないので意味が不明。

海東風や嘗て男児に「五省」あり   大川一馬
 「嘗て」はカツテ。「五省」とは、海軍で唱えていた5つの自分への問いかけだそうです。「 至誠にもとるなかりしか(誠実さに欠ける事はないか)」で始まる。「気力に欠くるなかりしか」「努力にうらみなかりしか」などは、うなだれるのみです。たとえば海軍の同期会のような場で成り立つ句だと思います。

【次点句】

前の名は木枯らし一号春一番   希妙
 風は同じように吹いているにの、名前が違う。春になった喜びが伝わってきました。

雪がふる音符が踊るようにふる   れい
 例えはいい感じです。ただそれだけでは面白くない。言い方に工夫があれば。

空き瓶の張りつめている針供養   吉井流水
 「張りつめている」に惹かれたのですが、意味がつかめませんでした。

はにかむこと少なくなりしほうれん草   紅緒
  取り合わせの句。こちらは、季語がまだふらふらするように感じました。

梅一輪こるくぼおどにメモを挿す   紅緒
  ひらがなの「こるくぼおど」がいい感じ。その他の言葉との響きがいまいちでした。

銀幕の文字を吸い込む春の闇   草子
 銀幕、久しぶりに聞いた言葉です。「銀幕の文字を吸い込む」がややあいまいでした。