「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2010年8月25日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 残暑の本当に厳しい今日このごろ、皆様お元気でお過ごしですか。8月19日は「俳句の日」でしたね。名句は生まれましたでしょうか。
 今回もよろしくお願いします。

【十句選】

秋立てり文机端の拡大鏡   天野幸光
 「秋立てり」のきっぱりした感じが、拡大鏡によってさらにじわじわ広がっていく、そんな感覚があります。「文机端の」という控えめさも秋らしい。よい取り合わせですね。

あまた穴ありてパチンコ台涼し   ぎん
 おもしろい視点!パチンコ台を真面目に句にするというところにユーモアがあります。「涼し」とさらりと締めたところがいいですね。

皿小鉢絵柄揃へて今朝の秋   たか子
 おいしい秋の味覚が並ぶのだろうなと想像がふくらみます。料理のことを直接言わず、お皿でそれを表現するのがうまいところです。

深鉢の底の白玉世をすねる   茂
 みつ豆か何か、液体の中に沈んでいる白玉を想像して読みました。底でいくつか集まってうじうじ揺れる感じ。何をすねてるのかと言えば、なんと「世」。あの無垢でかわいい白玉にそんな一面?!と思う意外さが魅力です。

秋めくや花いちもんめ始めましょ   茂
 秋めいて、心新たにさあ何をしよう。ここでなんと花いちもんめ登場!「秋めく」というのは大人の発想、ここに遊びをもってくる落差がいい。なにやら恋の予感かもと読みました。「始めましょ」の軽快さが効いています。

逆さまに日本地図見る敗戦忌   せいち
 今回は時期的なこともあり、戦争に関する句が多くありました。戦争を詠むのはどうしてもストレートになり過ぎたりして難しいと思ういます。この句は上と季語とがつき過ぎず、「逆さま」と言うことが比喩的でもあり、言い過ぎずに思いをうまく表していると感じました。

ごきげんななめすいかはくるっ水のなか   汽白
 「水」だけ漢字、あとはひらがなという表記が、句の内容や字余りのリズムとよく合っていておもしろいと思います。こういう技も使えると句の世界が広がりますね。「くるっ」という語感もかわいらしく、「ごきげんななめ」が深刻なものではなくすねている程度かもと思わせてくれます。

九頭竜の大橋渡る盆の道   えんや
 俳句に入れる地名って、なかなか難しいですね。有名だと月並のおそれあり、マイナーだとインパクトに欠ける・・・。また、地名が入って単なる旅先の紹介になってしまうなんてこともあります。  今回のこの句の場合は、「九頭竜の大橋」と言うことでスケールの大きな自然の中というイメージが持てるのがいい。語感の力もありますね。そして最後を「盆の道」とあっさり締めたところがいいなと思いました。この「道」、具体的な道ではなくイメージ的なものや精神的なものと考えてもいいなと考えました。

こまっしゃくれの少女です青唐辛子   紅緒
 青唐辛子と取り合わせられると、本当におませで生意気な子なんだろうなあという気がしてきます。その一方で、青唐辛子という語から「まだまだ青いわね」なんて余裕で見守る様子も想像できたりして面白い。全体的な破調、「少女です」という言い切りも効いていますね。

終戦日釣りをしているボクがいた   豊田ささお
 これも戦争を詠んだ句。終戦日と釣りの取り合わせに加えて、ボクの姿を客観視するという視線に、この句のよさがあると思いました。鋭さがありますね。単に釣りを楽しんでいるのではないという含みを持たせていて、句の重みと、「釣りをしているボク」という軽快さの対比がうまく活かされていると思いました。

【次点句】

懐石の献立替はる今朝の秋   葦人
 着眼点がいいと思います。切り口を変えて季語として具体的な食材や料理名を出すと魅力的かなと思いました。

位里俊の反戦の図や原爆忌   太郎
 思いが伝わります。が、丸木夫妻の名、反戦の図、原爆忌、ストレートでどれも近くて強い言葉なので、季語を離すなど句の構成に強弱が必要かと思いました。

眠そうな海につかまる海月かな   遅足
 見方がおもしろく、くらげが漂う様が目に浮かびました。表記も、水母でなく海月が、海に映る月のイメージを持たせることが出来ていいですね。

青りんご目立たぬ疵を持ってます   せいち
 かわいい句ですね。青春だなあーと感じます。「持ってます」という結びが真面目に軽くていいですね。

小さいのは持ってけ西瓜の名産地   岡野直樹
 威勢のいいあんちゃんの姿が目に浮かびますね。「西瓜の名産地」がややもたつく気がします。「西瓜は○○○」みたいに地名を入れてもいいのでは。

きりなしの発電音の登山小屋   山渓
 俳号からして、山がお好きなのでしょうね。「の」が続いて句にメリハリがないので、「発電の音」としたらいかがでしょう。

髪かき上げ晩夏の浜の少年よ   きしの
 真っ黒に日焼けしてランニングシャツに短パンの痩せた少年を想像しました。やや懐かしい雰囲気でいいですね。

車間距離ちゃんととれてるあめんぼう   紅緒
 見立てがおもしろい句ですね。そう言われてあめんぼうを見てみるとそんな気がしてきます。


2010年8月18日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 日陰にはようやく涼しい風が感じられるようになりましたね。十六日、大文字の送り火で関西の夏は終わりますが、まだまだ残暑きびしい折り、ご自愛下さい。
 誘って下さる方があり、今夏は青森のねぶた祭を見に行きました。桟敷で落ち合い、夕日を浴びながらねぶたを待つ時間は、とても贅沢な時間でした。
 何度も回ってくる高校生、大学生の跳人(はねと)に鈴を買わされ、屋台の煙に燻され、ビールを飲み・・・。ビルに囲まれた大通りを、桟敷と椅子席と地面に敷いたビニールシートが取り囲み、その全部が満員になるのも壮観でした。
 下北半島を半周して帰って来ましたが、東北地方も暑かったです。
 さて、今回は138句の中から。

【十句選】

恐竜の骨並びゐる涼しさよ   たか子
 夏休み、恐竜展に行かれたのでしょうか。
 恐竜の巨大な骨格標本に取り囲まれると、確かに彼等は存在していたのだと実感でき、不思議な気分になりますね。確かにいたはずの恐竜も今は絶滅し、その骨だけがここにある…。けれども、そこに作者は、侘びしさではなく涼しさを感じられました。繁栄を極めたにも関わらず、肉を捨て、煩悩を捨て、骨だけになった恐竜たちの潔さに、作者は共感しておられるのではないでしょうか。
 冷房の効いた館内で、風通しのいい骨格標本を見て歩く涼しさと相まって、心理的な涼しさにも納得のいく句だと思いました。

おもかげの 吾子の茄子馬 ちいさくて   菊坂
 盆用意のために作った茄子の馬が、いくつかあったのだと思いました。それを、父の馬、母の馬、と数えていると、一番小さな茄子の馬が、吾子の馬だと思えてきます。
 幼くして亡くなり、今は面影だけになった吾子の乗って帰って来る馬が、いかにも小さいことが、また吾子の面影と重なります。茄子馬さえ小さい、と思えることに、大きくなるまで育てられなかった母の悲しみが伝わりました。

日程に図書館とあり今朝の秋   えんや
 日程に図書館・・・いいですね。自主的に読書の時間を設けられているのか、借りた本の返却日なのか分かりませんが、図書館に身を置く時間は、短くても静かで気持ちの落ち着く時間です。
 朝起きて、カレンダーか手帳の予定に、「図書館」と書いてあるのを目にしたとき、作者は秋を感じられました。読書の秋、などと言うまでもなく、図書館の雰囲気に浸れることに秋の喜びを感じられたのでしょう。

ががんぼに手足の他も有りにけり   せいち
 ががんぼと言えば、その細くて長い脚が思い浮かびますが、頭や体、触角や羽などもあることは当たり前ですね。けれども、それを、今発見したかのように「よく見ればその他の物もちゃんとあるじゃないか」と言って見せたところに技があり、俳味があります。それほど、ががんぼの長い脚は印象的なのです。

はにかみの色となりける酔芙蓉   美佐枝
 酔芙蓉は一日花で、朝、白く咲き出しますが、午後になるとだんだん紅が注し、夕方萎んで落ちる頃には、濃い紅色になります。
 そこまでは誰もが知っていることですが、酔芙蓉の花色の変化の中に、作者は「はにかみの色」を発見されました。白い顔にさっと紅が注すような・・・、淡い美しい桃色なのでしょう。
 お酒に酔った美女を連想させる酔芙蓉の艶めかしいイメージが、清純な少女に変わったような面白さを感じました。はにかみの色となりけり、とされても。

登り来て寝姿山の蝉しぐれ   美佐枝
 寝姿山は伊豆半島にある実在の山の名前なのですね。紹介に「女性の仰向けの寝姿に似ているところから 寝姿山(ねすがたやま)の愛称で呼ばれています。山頂からは下田市街に下田港、伊豆七島そして美しく雄大な天城連山 を一望できる「伊豆三景」の一つ と言われております」とありました。ロープウェイもあるようです。
 作者は、寝姿山の頂上で伊豆三景の美しさを堪能しておられるのでしょう。おまけに、寝姿山という名前の面白さで、蝉しぐれまで特別な物のように思われたのですね。下界の蝉時雨とは違って、涼しい鳴き声だったのかもしれません。

衣被切れぬ包丁好む妻  戯心
 蒸し上がった里芋を剥き、妻は衣かつぎを作っています。その様子が危なっかしいので、包丁を替えるように作者は助言されたのでしょう。けれども、それは要らぬお節介。妻には慣れた包丁だったのだと思います。
 衣かつぎという素朴な料理と、古い包丁を大切に使い続けようとする妻に、作者は内心共感しておられるのだと思いました。

弟の水鉄砲に兄倒る   山渓
 夏になれば、水鉄砲。この兄弟は、水鉄砲でごっこ遊びを始めました。
 最初は、兄が弟を撃ったのだと思います。そこで、弟が撃ち返すと、水鉄砲の命中した印に、兄はばったりと倒れました。弟に撃たれてあげる優しいお兄ちゃん!とは思いません。兄が唐突に倒れたことに、幼い弟はむしろびっくりし、戸惑ってしまったのではないでしょうか。
 弟を驚かせようとする兄のいたずらっぽさと、童心そのものの弟の、何とも言えない表情がこの句の魅力ですね。

大勢の集まって切る西瓜かな   コッポラ
 包丁を持って切るのは一人なのですが、何故か西瓜を切るときには家族全員が集まります。大玉西瓜にざっくりと包丁を入れると、よく熟れた西瓜なら自ら割れるような感触があり、二つに割れた瞬間、真っ赤な実が突然に現れます。辺りがぱっと華やぎ、西瓜の香りも…。どんな風に切り分けるかの相談も賑やかに始まることでしょう。
 キャンプや海の家での光景なのかも知れませんが、西瓜ならではの楽しさを味わわせていただきました。原句…大勢が集まって切る西瓜かな

日盛りの竹林を川つらぬけり   春生
 川つらぬけり、の強い調子に惹かれました。竹林の中の川は多分見えないのですが、竹林の途切れた地点で、水量豊富な勢いある奔流が現れたのでしょう。山が平地にぶつかる辺りの麓の様子だと思います。竹林を貫く鮮烈な川の流れは、真夏の日盛りに負けない勢いがあり、印象鮮明な句だと思いました。

【佳 作】

子ども等の静かな寝息遠花火   草子
 一見平凡な光景に見えますが、子ども達が皆幼く、大人達に見守られて、花火の頃には寝息を立てていることに、やすらぎを感じます。


2010年8月11日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 この7月からe船団を開けると不肖ながらボクの写真が掲載されるようになった。オロオロとそしてイソイソとしていると、8月からは渡部ひとみさんが加わった。ひとみさんは愛媛松山に住む俳人だが写真家でもあり2008年には「再会」というハンディな写真集を出している。自作の俳句を添えた写真はなにげない場面を的確に捉えコラボの効果をあげている。カメラのフレーミング、とくにトリミングと俳句には共通する何かがあるようだ。で、誰かが「自分より腕前は上だなと思った相手は数段格上だと思え」と言っていた。イソイソが消えてオロオロが続く日々だ。

【十句選】

大群の赤蜻蛉いってきますママ   ロミ
 考えようによっては不気味な句。大群の赤蜻蛉の中へ分け入るというか入り込むというか、とにかくすぐに赤蜻蛉に囲まれてしまうだろう。赤蜻蛉が無邪気とか、懐かしいとか、故郷とか、そんな捉え方では収まらないような感じ。「いってきますママ」、、、、、もう帰ってこないのかもしれない。

病院の人の群がり大暑の日   大川一馬
 不穏というか、大変やなあというか、いったいどないしたんというか、取り返しがつかへんのと違うんとか、他人ごとではないようで、ミーハーのようなそんな気分が入り混じって、ああ、今日は大暑か、、、、、、、つまり、なんとなく複雑なようで、でもしっくりと気持ちのなかにおさまってしまった句。

いもうとのしっぽが逃げる蚊帳の外   俊
 「いもうとのしっぽ」に兄の偏った愛を窺ってしまうのは、「逃げる」の言葉か「蚊帳」か。ともかく、危うい。

白日傘ふわりと人の声の上   遅足
 立ち話なのか、或いはシュールな絵なのか。白い日傘が印象的。
雨傘は、よしっ、開いたというか開き切ったぞ、という使い方だが、日傘はなるほど「ふわり」と言う感じだ。

昼顔やたまにガラス戸開ける音   山内睦雄
 日常のなかにチョットした異変が起こる。おや、また開いた。でもそれっきり。音のする方をみると昼顔がしぜんに眼にはいる、、、、おや、また開いた、、、、、昼顔の淡いピンクの花がその光景や状況をうまく演出している。

あじさいはあしためそめそあさっても   汽白
 「あ」の繰り返し、そのリズムのよさが「めそめそ」を感傷的に終わらせず、童謡というか、囃子言葉というか、そんな感じに仕上げている。

風がきて風が止まって天の川   れい
 この句も「て」の繰り返しがリズミカル。夕涼みの風景だろうが涼しさが倍増し、いままさに天の川が中天をキラキラと流れているような光景が浮かぶ。

赤瓦灼けて島人よく眠る   紅緒
 島の暮らしには憧れがある。赤瓦のように特徴のある島だとなおさらのことだ。そして島の人達がよく眠る、となれば憧れは頂点に達する。ごろごろとその仲間に入ってみたい。

八月や女の咽の濡れてをり   豊秋
 ちょっと思わせぶりな句だが、これくらいやらないと目立たない。その思わせぶりが「女の咽の濡れて」いる状況をそれぞれに描かせるのだから。エロス、、、だ。

あんみつにクリームがのる土用入   あざみ
 土用、、、、夏の暑さの極み。あんみつにクリームが乗って、とろとろ溶けだして、いろいろ入り混じって、でも少しは冷たくて、ああ、土用の入りか、などと思いながらまたもやスプーンで掬って口に流し込む。方法のない暑さ凌ぎがユーモラス。

【次点句】

朝顔やけんけんぱっと踏み急ぎ   たか子

向日葵に沿ひと手書きの地図にあり   句童めぐみ

行く夏に永久保存君の背な   句童めぐみ

豆腐屋の坂を下れば合歓の花   俊

落書きのように熊蝉油蝉   遅足

夏草の匂い漢より勝る   せいち

炎天に真つ赤な電車来て止まる   えんや

おはぐろや過去世に向かい前進す   きしの

地団駄を踏む子白玉冷ゆるまで   きしの

白がゆのここちよきまで秋澄める   俊

勾玉のへのへの文字や天の川   豊秋

遠花火好きな男を選びなさい   あざみ


2010年8月4日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 連日の猛暑が恨まれていますが、今年ほど梅雨がきれいに明けて、ピーカン(古い)の日が続く夏は、ここ10年ほどでも記憶にありません。夏は暑くていいじゃありませんか。
 先月末、亀岡吟行に行って来ました。盆地特有の蒸し暑さの中、亀岡城址の植物園の池でみんなで蚊に喰われたり、造り酒屋の丹山酒造で、自分で好き放題の手酌の利き酒など、楽しく1日を過ごしました。
 それでは、今週の十句。読んでいただければ、うれしいです。

【十句選】

パンドラの匣めく蜘蛛の子の霧散   葦人
 パンドラの匣とは開けてはいけない秘密。夏の夕、ある野原の地点に足を踏み入れたら、一斉に蜘蛛の子が散り逃げた。その地点の野には何か秘密が隠されているかのよう。夏の夕刻の不思議な一刻を言いとめた感じ。

南国の花も浴衣に馴染みをり   葦人
 宮古島あたりの盆踊りに浴衣を着て参加しているのだろうか。ブーゲンビリアのような大輪の花が、娘達の華やかな浴衣に良く合っている。もっといえば、その南国の花が浴衣の中に入り込んで、そのまま柄になったかのよう。

山崩れ住処捨てたる星迎へ   葦人
 山崩れ、は名詞ではなく、用言的用法と取りたい。今年の夏の豪雨かもしれないし、毎夏何処かで起こる山崩れかもしれない。自然の大きな力の犠牲になった住居は、うち捨てざるを得ない。その冷厳な事実。星迎えの、あくまで澄み切った星の光が、それを強調している。

クマゼミを天にカレーの季節かな   千坂希妙
 一見、稚拙感のある1句。かな、も余った2文字を埋めた感じもする。でも、「カレーは夏に合う」という誰もが共感できることを、夏の屋外の昼、しゃっしゃっしゃっと降り続けるクマゼミの音の洪水のもと、カレーの季節、と言いきった爽快感。かな、はやっぱり効いている。

星空へ太鼓の連打夜の秋   茂
 夜の秋は、秋の気配がかすかにする、夏の終わりの季語。まだ先の秋祭りの太鼓の練習を、自治会の子供会が練習しているのだろうか。筆者の家の近くの、神戸市灘区五毛天神からも、そんな音が聞こえてくる。星空へ太鼓の連打、という表現に、すっきりとした秋の空気の気持ち良さを感じる。

対岸のチェンソーの音雲の峰   茂
 対岸にチェーンソーの音、ということは住宅地ではなく山間の保養地だろうか。雲の峰の暑い盛り、暑さを増幅するかのように、ウィーンウィーンというやや小さい音が響いてくるそれは、過去の暑かった夏の遠い記憶を引っ張り出してくるような気がする。動詞のない、モノ、音だけの俳句の強さ。

川床や女と男哲学科   涼
 風流な河床に、この夜対座しているのは、普段は理屈っぽい哲学科の男女の学生。最初はぎこちなく、認識論の話をしているのかもしれない。でも、そこは河床の効果。闇が深まり酒の酔いも回って、艶っぽくなるような気配。女と男、がそれを暗示している。

蚊を屠る二礼二拍手一礼し   草子
 屠る、に蚊への恨み、殺した快感が出ている。その殺した瞬間が、こともあろうに、神社に正式にお参りをした後とは。屠る、という大げさな措辞、二礼二拍手一礼、という宗教用語をわざわざ使うところ。茶目っ気たっぷりの、俳諧み溢れる1句。

釣荵十津川警部の再放送   あざみ
 あまり見たことはなかったけど、十津川警部シリーズはなぜか懐かしい。地デジの大画面のフラットテレビに、そんな番組が映っているとしたら、楽しい。釣荵、とも微妙にあっているような。

群衆の花芯となりし白日傘   浮游子
 最初像が浮かばなかったが、広場の群衆の中心部分に、白い清楚な日傘を持ったご婦人がいたのだろう。それが、群衆の中の、あたかも花の中心の花心になっている。群衆は騒がしいはずだが、その瞬間、しんと静まりかえったかのよう。赤尾兜子の「広場に裂けた木 塩のまわりに塩軋み」を思い出した。

【予選句】

手洗ひの水荒使ふ大暑かな   たか子
 大暑の気分がよく出ている。荒使ひ、とされたら。

蛍飛び射手座の中へ消え去りぬ   葦人
 小さな生き物の光が壮大な光の中に入る不思議感。

喧噪の背後は広しビアガーデン   絵依子
 俗っぽいビアガーデンに背後には広々とひんやりとした闇が。

せせらぎを枕に置くや夏の宿   山渓
 せせらぎを枕に置く、がうまい。

炎天や正午に村のチャイム鳴る   あざみ
 誰もが心の中に持っている村の風景。

リーグ戦3位は遠く8月来   勇平
 息子の草野球につき合うお父さんの感じがよく出ている。

 一言、はすみませんが、今回はお休みさせて頂きます。


2010年7月28日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 私の住んでいる地域は京都の市街地から離れ、ちょっと田舎。ねずみやいたちのいる家です。しかし、綺麗なものがひとつ。軒下や庭にある見事なクモの巣です。虫も人間も引っかかります。私はクモです。巣に引っかかってくれる人を待っています。おいないおいない(おいでおいで)、と呼んだら来てくれる人。その人たちと袋回し、1題10句などの句会をします。即興の醍醐味。しかし、翌日には誰とどんな句会をしたかは忘れています。そこには印象に残った1句があるのみ。みなさんの句に出会ったあともこのような1句が確かにあります。今回もたくさんの句をお寄せいただきありがとうございました。

【十句選】

ポンポンダリア友に抱かれてなほ赤し   たか子
 「友に抱かれてなほ赤し」えっ、なんて大胆な。異性の友に抱かれて頬を赤く染めている光景だとばかり思っていました。ポンポンダリアのお話でしたか。しかしそうではなく、私のようにも読めるという点がこの句をより熱くしています。

前向いて僕と毛虫は道渡る   希妙
 大きいものと小さいもの。速いものと遅いもの。みんな「前を向いて」いるという着眼点に惹かれました。僕と毛虫が並んで歩いている様子は童話のようです。
 毛虫の句に「まるまるとゆさゆさとゐて毛虫かな(ふけとしこ)」

ハングルの漂着物や浜万年青   葦人
 流れ着いたのは椰子の実ではなくハングルが書かれた物体でした。ニュースでよく見る光景です。意志を盛り込んでいないのでいっそう浜万年青の白さが際立ちます。

だんまりを決め込んでゐる冷奴   せいち
 くずれそうな冷奴と腕を組んで黙っている硬派な人間。その対比がなんだか可笑しいです。冷奴は「冷たい奴」とも読めますし。すうっと冷たい空気が感じられます。

青年の不意に飛び込む夜のプール   恥芽
 雰囲気のあるドラマのような句です。外国映画のようにホテルのプールへ飛び込む若者を思い浮かべました。何も言っていないのですがたくさんのことを言っているようでもあります。「蛙飛び込む水の音」のように水の音に想像が膨らみます。

大方は妻に首振る扇風機   えんや
 これぞ俳句的な思考。実際は平等に首を振っているはずの扇風機が妻にばかり風を送っているように見える夫のヒガミ。もしくは、扇風機よ、お前もやはり妻にペコペコするのかという夫のアキラメ。楽しい俳句です。

北斎の波をくぐりて裸の子   遅足
 お馴染、葛飾北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」。多くの人がイメージできるあの波をくぐっている裸の子どもたち。とても元気がよく、まさに時空を超えた俳句です。

水辺にて少女ら遊ぶ雲の峰   ロミ
 「モネ」の絵のようです。素敵な光の感覚だと思います。「雲の峰」が西洋風になりました。地味な言葉のつらなりですがとても不思議な気分になりました。

黙すれば海月のようなキスをされ   あざみ
 なんて変な句なのでしょう。楽しいです。ただ「海月のようなキス」で季節感があるかどうか。「キスを」の「を」が間延びしている、という細かなことはあります。しかし、そんなことより、この「海月のようなキス」はどんなものか、ぜひお聞きしたいです。黙っている人にキスですから「ポワンと」「つるっと」いや、刺されたのでしょうか。

梅雨あがるそしていつもの怪電話   無三
 「そしていつもの」は具体性に欠けます。しかし、「怪電話」が梅雨の記憶を含有していて、いろんなことを想像させます。怪電話によって梅雨明けの晴れ晴れした気持ちが微かに曇ると見る人。梅雨明けなので怪電話でもなんでもやってこいと読む人。ちょっと変わった「梅雨あがる」になりました。

【次点】

あぜ道の草刈り後や牛の声   太郎
 草を刈ったあとのあぜ道を気持ちよさそうに歩いている牛の様子が目に浮かびます。透き通った牛の声も響き渡っています。10句に入れようか迷いました。

使命感みなぎっており蟻走る   滝男
 整った良い句だと思いました。蟻は元来働き者ですので「使命感」ではそれ以上にイメージが広がりにくかったかもしれません。

独立祭大統領の皓歯かな   大川一馬
 「独立祭」をアメリカだとすると光景が鮮明でとてもよくわかる句です。しかし「独立祭」だけでは国名が不明で季節も曖昧になってしまいます。この白い歯には断然「夏」が似合います。

ビール売る一万尺の峰の小屋   山渓
 何て冷たくて美味しそうなビールなのでしょう。ただちょっと材料が多すぎました。「ビール売る」の「売る」が必要か、「峰の小屋」は「山小屋」ではどうか、「一万尺」は適切か、など、きっとお考えになったことでしょう。

庭で土掘ればはたたの神に会ふ   石川順一
 庭の土を掘っていたら「はたた神」に会った。都会の人には奇妙なことかもしれませんが、農事にはよくある話です。おそらく土に慣れている方の句なので土の香りがします。「庭で」は「庭の」ではいかがですか。

雨宿りキュウリ片手に酒交わす   花火
 「雨宿り」はたいていの場合偶然の場所。そこに酒があり、キュウリがあり、複数の人(交わすですから)がいて、というのがちょっと奇妙。妖怪の世界のようです。キュウリは確かに捥ぎたてで美味しそうですが。

言いたいこと膨らんでいる青梅に   岡野直樹
 「膨らんでいる」と「実」はくっつきすぎてしまいました。しかし、言いたいことを我慢している様子が「青梅」の清らかさや硬さにとても合っていると思います。「膨らんでいる」の再考を。

直角のビルを斜めに夏の雨   戯心
 端正な句です。しかしなぜか既視感があります。「直角」というところが作者の発見かもしれませんがよくある光景かもしれません。

スカイツリー重機ひしめく日の盛   吉沢美佐枝
 建設中の東京スカイツリー。東京タワーより高いところに重機があるのですから不思議です。まだあまり人が作っていない材料ですのでチャンスです。しかし、スカイツリーが最初に出てきたのであとの面白みが半減してしまいました。上5と下5の入れ替えをおすすめします。

飛行機雲つきさす空に水鉄砲   竹
 飛行機雲を空につきさしたのは誰でしょう。主語が曖昧なのは残念ですが、大胆な見方はステキ。飛行機雲のつきささった空に水鉄砲を放つ。はてしなく遠くに飛んでゆく水鉄砲の水によってその空の壮大な深さが感じられます。10句に採ろうかと思いました。

さくらんぼどこへもやらぬ愛娘   紅緒
 わかります。よくわかります。私事で恐縮ですが、娘はさくらんぼの名産地山形市に嫁いでゆきました。さて掲句。さくらんぼが娘だというのであればちょっと平凡かも。とはいえこの句は私の愛唱句になりそうです。

アサギマダラそこから津和野のお城跡   豊田ささお
 アサギマダラというのは蝶のこと。美麗種。知りませんでした。「そこから」がとても良いと思います。「津和野」という地名もぴったりで、最初は10句に採っていました。「城跡」という場所が大きすぎてイメージがわきにくく、もう少し狭い点なら「そこから」が生かせたのにと感じました。

【気になる句】

蜂が舞う青えんどうのイヤリング
 青えんどうのイヤリングなんて楽しいですね。野菜畑から歌が聞こえてきそうです。ただ「蜂」も「えんどう」も季節のもので主役が二つになってしまいました。「蜂が舞う」を「えんどう」から少し離れたものに変えてみたらいかがでしょう。

玉城氏の帽子漂う夏夕べ
 先日亡くなられた歌人「玉城徹氏」の追悼句だと思います。ご自身の思い出の句として大切にしてください。
 夕ぐれといふはあたかもおびただしき帽子空中を漂ふごとし (玉城徹)

追憶やくるりと廻る古日傘
 よくわかりますが、「追憶」と「古」、「くるり」と「廻る」、ことばの重複がもったいないと思います。このことを整理すると、日傘の色や柄、その日傘の位置などを入れることができます。

いらいらの隠し切れない団扇かな
 これもよくわかります。ぱたぱたぱたと強く扇いでいるのは「いらいら」、ふわりふわりと扇いでいるのは「のんびり」。「いらいら」と「団扇」だけで良い句が生まれるかもしれません。

結界を信じて雀蛤に
 「雀蛤に」というめずらしい季語を使っていただいてありがとうございました。季節が今と少し違うので採れませんでしたが今後もいろいろな季語に挑戦してください。
 「雀蛤に」を知らない方は「こちら」へ。

2010年7月21日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 関西ではようやく梅雨が明けました。新聞の一面は水害の記事が多く、雨の怖さを思いました。
 蕪村の「さみだれや大河を前に家二軒」はとても有名な句ですが、その他に「さみだれや名もなき川のおそろしき」「さみだれや鵜さへ見えなき淀桂」「さみだれに見えずなりぬる径(こみち)哉」「床低き旅のやどりや五月雨」など、この時期の不安感を詠んだ句があります。もう大雨は降らないでほしいですね。

【十句選】

大葦切鳴きてラジコン宙返り   すずすみ
 葦の穂先に止まって葦切が囀っているのですね。湖沼か河畔のそばで、ラジコンの飛行機が宙返りしている風景。飛行機と書いていなくても分かるかと思いました。葦切の鳴き声が宙返りにぴったりの音楽だと思いました。

ケ−ナ音途切れて青嶺近くなる   たか子
 アンデス山地のインディオの縦笛は澄んでいて、遠くまで届きそうです。そのケーナが聞こえて来て、ふっと途切れたとき、青嶺が近くまで迫ってきたのでしょう。風景が大きくて気持ちの良い句です。

会いたいな胡瓜につけるマヨネーズ   山本たくや
 「会いたいな」といえば、あとには「さくらんぼ」とか「ソーダ水」とか、甘い季語を選ぶのかと思ったら、「胡瓜につけるマヨネーズ」とは意外でした。新しい感覚ですね。胡瓜のシャキシャキした感触とみんなの好きなマヨネーズ。面白かったです。

合鴨の匍匐前進する青田   葦人
 合鴨農法をする米作りは、環境にやさしくていいですね。中七の「匍匐前進する」が端的な表現でした。きちんと植えられた青田をはらばって進んで行くようで、そのリズム感が巧く出ていました。

女の子水着のままに家を出づ   えんや
 海まで近いと水着のままで家から走って行けそう。「家を出づ」とありのままに表現したのがおかしみを誘いました。確かに家から水着で出てくるとおやっ?と思います。「ままに」が効いているのでしょう。

濁り鮒雲の階段どこまでも   ロミ
 小さい川をのぼって水田で産卵することが多いそうですが、私はまだ見たことがありません。銀白色の鱗がきれいとか。川の上には白い雲が浮いていて、その階段をどこまでも登って行きそうな、そんな感覚に共感しました。

時計屋の時計の秘密枇杷熟るる   遅足
 時計屋にあるたくさんの時計。その中には何か時計の秘密がある。そう考えるとわくわくとした気分になります。外にはおいしそうに枇杷の実が輝き、熟れている。時間は未来へと進むのだけれど、枇杷の実と取り合わされると、異次元の世界へ行きそうな気配も感じられます。

蝦夷風露まるい地球が大好きだ   くまさん
 風露草は小さくて、ピンク色のかわいい草花。北海道の広大な地で見ると、きっとまるい地球が大好きだ、と叫びたくなるでしょうね。その場所での実感のこもった句でした。

決心が消えないようにラムネ飲む   紅緒
 ラムネはゆっくりと味わって飲むより、ググッと飲んだほうがおいしいし、決心も消えないと思われます。どんな決心なのかな。ラムネがとてもおしそうなので、きっといいことなのでしょう!

夏の海ぬつと飛び出す絵本かな   浮游子
 「夏の海」と「飛びだす絵本」とを取り合わせたところが、とても新鮮で良かったです。眼前には爽快な海が広がっていて、窓辺ではぬっと飛びだす絵本を広げている。夏の海辺の楽しさが伝わる句でした。

【予選句】

家計簿に季寄せ重ねて夕端居   たか子
 作者の几帳面な性格がほほえましい句でした。見習いたい風景です。

梅雨深し真砂女の赤き栞紐   えんや
 梅雨の最中、真砂女の赤き栞紐を想うと、その赤さが真砂女らしいなと思います。

飛び石を飛んで蛍になってゆく   遅足
 庭園の飛び石の先には小さな水の流れがあるのでしょうか。飛んで蛍になっていく、という感覚は、なるほどと理解出来ました。

Oh! Life is Beautiful 蟾蜍   せいち
 英語でチャレンジした、その試みは面白いです。蟾蜍も喜んでいるかも。

ポンペイのパン屋の夫婦酷暑かな   涼
 ポンペイのパン屋をもう少し具体的に表現して、季語もパンがおいしそうに思えるものを選ぶと良くなります。

窓に散る手のひらほどの揚花火   吉澤美佐江
 窓に見える揚花火は、ほんとに手のひらほどですね。またいろんなシチュエーションの花火を詠んでみて下さい。

投了を告ぐる男や雲の峰   浮游子
 将棋の場面ですか。勝負がついて、空を見上げると大きな入道雲が見えた、終わったなあという実感が出ています。

夕立きて電信柱消え去りぬ   衣谷
 「夕立や」と一度切ったほうが、原因結果報告にならなくて、電柱が消え去った不思議感が出ると思います。


2010年7月14日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今日、梅雨晴間。このところワールドカップのため、サッカー脳が優勢で俳句脳が働きません。で、現在のところの成り行きは満足。決勝のスペインVSオランダ、いいんじゃないでしょうか、この稿がアップされるころは決まっていますが。何せ74ドイツ大会以来のオランダファン(ヨハン・クライフ!)でして、当日はオランダのユニフォーム着て応援します。
 4-2-3-1or4-1-4-1か?そうじゃない、5-7-5でした。スピード感で勝負するか、じっくり沈潜するか、平明に流すか、17文字にもいろいろなフォームとプレースタイルがありますね。で、十句選。さっそく読ませていただきます。

【十句選】

整列の小鯵のマリネ風よぎる   茂
 小鯵のマリネって、小鯵を整列させるでしょうか?あまり整列って感じじゃないよなあ・・・と思っているうち、妙に整列が気になって、マリネ液に漬け込んだ小鯵を几帳面に整列させている料理人の指先まで見えてくるようで。
 一句のなかにちょっとした違和感をもち込むのもありです、その違和感で読者が拒否反応を起こさない程度の、微細な違和。今が旬の鯵、清涼な夏のテーブルが想像されます、風がよぎることで。爽やかな佳句ですが、「整列」をとってしまうと普通。

パパイヤの青き実ウルトラマンの母   紅緒
 9音―9音、真ん中でぶった切られている、破調です。その破調に見合ってあっけらかんとした取り合わせ、A=B、パパイヤの実はウルトラマンの母であるということか。これはどうみてもオッパイつながりですね。たわわなパパイヤの実と、ウルトラ一族のなかで唯一人(人?)オッパイの持ち主にしてウルトラマンタローの母(ウルトラ族も授乳するのか?)。あの着ぐるみの胸のふくらみにどうしても目がいってしまう。ここに詩があるかと問われれば、ある。
 遠い二つのものがばかばかしくも結びつく、それも鮮やかな映像をともなって。あと個人的にはヴェトナムを舞台にした美しい映画『青いパパイヤの香り』がどうしてもだぶってきます。

指先を魂ぬけるかに蛍飛び   まゆみ
 典型的な蛍の句ですね、つまり新しくはない。本歌取りとも思える。『もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出ずる魂かとぞ見る』和泉式部。本歌は濃厚な恋の情緒が横溢していますが、この句では「指先」と具体の特定が俳句らしいと思います。本当に身体の芯から指先を透って蛍が漂い出したようにも、きれいです。

夏山の胎内にあり登り窯   涼
 陶芸に詳しくありませんが、登り窯は傾斜地に造られるのですか?山懐に抱かれて登り窯があるということだけで、句としては平易、はあ、そうですかと言うしかないような内容。でも「胎内」という言葉がとても効いているように思いました。その山の量感とか、緑の濃さとか、窯のある少し谷になったような地形とか、諸々の状景をこの一語で想像したくなります。更に言えば窯自体が作品を胚胎する胎内ではありませんか?山懐の胎内にあるもうひとつの胎内、そんなふうに読みたくなります。

白南風を鋭く切つて三振す   えんや
 とても鋭い振りなんでしょう。三球三振、それも三球ともフルスウィングしたとみました。白南風という季語をお上手に草野球の世界にもってこられました。こういうとき改めて感じるのは季語システムの効率のよさです。ここでは「白南風」という季語がしっかり稼動して、梅雨明けを待ちに待って、やっと開催できた草野球の浮き浮きした気分が十分に伝わってきます。句末の切れも思い切りのいい空振りに似合っています。

三塁のスタンドに来る糸蜻蛉   大川一馬
 野球が続きます。これも草野球がいいな、スタンドに居るのは、家族とか、要するに縁者だけ。できたら木製のスタンド(今どきそんなところはないか?)
 こんなことを思わせるのも「糸蜻蛉」のせいです。もちろんプロ野球でも高校野球でもいいんですが、スタンドは満員ではないような気がする。漠然とスタンドとするより「三塁」と限定したことで、映像喚起力が強くなりました。
 でも三塁のスタンドでいいのか?三塁側では?まあこれで分かりますが。

雲の峰消防自動車洗はるる   ポリ
 大と大、プラスとプラスの取り合わせで、よりプラス方向へ句の丈がズンと伸びたように思います。普通に車が洗われてピカピカになるのは気持のいいものですが、それがスケールアップされて消防車、まして様々な突起物というか付属している器具類の隅々まで洗いあがる気持ちよさ!つまり洗車の気持ちよさの究極に消防車は位置するのではないでしょうか。この句でついそんなことまで考えてしまいます。「洗はるる」と受身形になっているのも的確、洗いあがって水もしたたる美系の消防車の背後に雲の峰、でき過ぎですが映像鮮やか。

ひと時を海月のごとく暮しけり   月穂
 今の、この梅雨時の鬱陶しい気分、身体感覚をよく表現していると読みました。「ひと時」をどうとらえるかですが、下五の「暮しけり」の引力で、この4〜5日間ぐらいの経過時間だろうと想像してみました。たしかに梅雨に籠められた日々は空気が重く、水中のよう。
 以上は梅雨に引付けた読みですが、単純に何事もなし得ないで、漂うように無為に過ごしてしまったある日々と読むこともできます。何れにしても「ひと時」と「暮しけり」がよく照応して魅力的です。

貴方より百足のほうが少し好き   あざみ
 こんなこと言われたこの「貴方」の気持にもなってみてください、と、初めはこの「貴方」がひたすらかわいそう。そうやってこの句の前にしばらく立ち止まっていると、「少し好き」の「少し」が妙に気になりだす。そのうちこの作中話者の「貴方」への愛情めいたものすら立ち上がってきて、句が最初の印象から変貌しはじめる。すべて「少し」の働きのような気がする。虫愛づる姫君か!貴方のことも少しは好きみたい。

鍵穴の奥に拡がる夏野かな   浮遊子
 これぞ真正のシュールレアリスム。ひところ何でもシュール、シュールと符牒のようにして喋る人多く、シュールレアリスムがすっかり安っぽくなってしまいましたが、方法としてもう一度正対してもいい頃だと思います、個人的に。
 鍵穴にしたのが成功で、どうしても視線はその中に誘導される。(鍵穴は昔から覗くものと決まっています)小さな穴からいきなり大きく拡がる夏野への展開が気持いいです。この夏野はどうあっても高屋窓秋の「白い夏野」として読みたい。鍵穴の奥は窓秋の頭の中だったというのもいいなあ。「マルコビッチの穴」ならぬ「窓秋の穴」なんて・・・ひとりで悦に入っています。

【予選句】

暮れ方の雨ふつてをり風鈴草   たか子

立葵かがよふ鉄路まつすぐに   太郎

梔子や忌日の雨の朝となり   茂
欠席を気付かれぬまま夏椿   茂

父の日の鍵穴すこし眠たそう   遅足
月涼し女と向う水の上   遅足
 魅力あるも水の上が抽象的で。

救命胴衣喜び乾く大西日   コッポラ
 喜び乾くに妙なおもしろさが。

虫干しや毛髪のある戦時碌   真亜子

七月の女かすかに会釈して   涼

青蔦や珈琲館の昼下り   山渓
 映像が見えますが常套的。

鰐口の音の吐き出す蚊の一家   戯心
万緑の傾く鳶の大回り      戯心

梅雨晴れ間秋成は京に引っ越して   岡野直樹
 秋成の最晩年なんですね、いろいろ想像させます。

誰もみな昼寝の動物園にゐる   濡衣
 昼寝は客か動物か?「誰」だから客なんだろうなあと思いますが。
幕間や夏帯の海老跳ねてゐし   濡衣

蓴(ぬなわ)採りぐるぐるまわるゴムボート   豊田ささお
 実景なんでしょうが、おかしい。

百合の花開いた朝に嫌われて     草子
青萱のただそよそよとデンデラ野   草子


2010年7月7日
えなみしなさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 図書館で「俳句」6月号を立ち読みしました。興味深かったのが「若手4人の季語意識」の対談でした。季語を中心にすえて句を考える人から、有季だけでは句作の幅が狭くなると考える人までさまざま。中でも面白かったのが、季語は12文字で表現した世界をきわだたせるBGMだ(季語BGM説)と、季語が曲で、俳人はその指揮者や、演奏家である(季語課題曲説、または俳人演奏家説)という考え方でした。
 いずれにしろ、17文字しかないわけですから、季語はとても大事。パッと効果的な季語を選べるヒトは名人。でも、たまたま咲いていた花を入れたらうまく行くこともある。ずーっと課題のひとつ。 (今月は、ビミョーではありますが、いい句の順で選びました、そのつもりでご覧ください)。

【十句選】

睡蓮や見物さるるヒトとなる   浮游子
 睡蓮が人に見物されるように、わたしも見物されるようになってしまった、という句で、病床句のように思いましたが、もしかしたらホームレスなのかも。「見物」という言い方、「ヒト」と開いた書き方に、自嘲的な気持ちが伝わってきました。これも俳句。

クーラーを効かせすぎてるペンギン課   紅緒
 ペンギン飼育部屋なので、冷房を効かせているのでしょう。でも、待ってくださいよ。動物園では「ペンギン課」と言うでしょうか。実は、クーラーが効きすぎたオフィスなので「こりゃ、総務課じゃなくて、ペンギン課だわい」と思ったのかも知れません。愉快の句。

黴の花ハサミ使えば指を切る   輝実江
 花でありながら忌み嫌われる黴である、それが「黴の花」。そんな不条理な気持ちが、便利なハサミで指を切ってしまうという行為とうまく響き合っている。この句も、頑張ってもうまくいかない自嘲が。でも、共感できます。

枇杷熟れて来いと言うから行ってみる   あざみ
 まず、語順が自然で、口調がとても良い。じゃ、ただの独り言かと言うと「来いと言うから行ってみる」という辺りに気持ちが入っている。来いという理由が「枇杷熟れて」だから、たいした事じゃない。だけど、何かと理由をつけて会いたいような仲なのかな〜と。そんな日常が好ましい。

水中花水にうく水しずむ水   遅足
 手品のような句だと感じました。「水中花水にうく水」まで読んで、水に水中花が咲いているのをイメージさせ、下5で「しずむ水」とつけ、アレっと思わせる。頭からみると「水中花/水にうく水しずむ水」と読め、水には浮く水と、水に沈む水があるのだとも思う。水中花というはかない花を興味深く表現したが、あまりにも調子が良すぎて、やや演歌がはいったかも。

てっぺんを悪人正機ホトトギス   希妙
 意味がむつかしい句ですね、気になった句なので勉強させてもらいました。ホトトギスは、他の鳥の巣に卵を産み、その卵は他の卵よりも少し早めに孵化する。そして、他の卵を巣から落として割ってしまう。すると餌を独り占めすることができ、無事成鳥する。しかし、これは普通ならトンデモナイ事である。が、ホトトギスは生存本能でやっているのであり、悪事とは言えない。人間も知らず知らずに罪を犯す事がある、そういう人こそ救う必要があるのだと、親鸞が説いた。ホトトギスは「テッペンカケタカ」と鳴くので、鳴き声を聞いて、この悪人正機を思い出したという句(あ〜長い)。悪人正機を知っている人には納得の句だったと思います。

蛇の殻吹かれて軍事境界線   文月
 「蛇の殻」と「軍事境界線」の取り合わせがドキッとする句です。「軍事境界線」と聞くと、やはり朝鮮半島を思い浮かべます。旅行でうまれた写生句のようにも思えます。また、蛇の抜け殻を見て、蛇と抜け殻に分かれたいきさつに思いを馳せたとも読めます。ドキッとするが、イメージをつかむのが難しい句かも。

人は人恋ふ筒鳥は筒鳥を   せいち
 筒鳥はカッコウ目・カッコウ科。繁殖期のオスは「ポポ、ポポ」と筒を叩くような響きで鳴くので、筒鳥。というような事が頭にあると、なおロマンチックな句。繰り返しが効果的です。

父の日や自分でワイン買ひに出る   大川一馬
 父の日を祝ってもらうのは、とても照れくさい。でも、そういう日があるのだから、無視されるのも辛い。いつの世も、男は喜びを表に出すのがニガテ。その辺りを、自分で買うワインで表現して、微笑ましい。ただ、企業のキャンペーンもあるし、そろそろ違う父親像が生まれる頃では。

【次 点】

蝸牛ときどきギックリ腰となる   滝男
 とぼけた味わいのある句でしたが、結果、次点でごめんなさい。

遺伝子を恨み穴掘る蟻地獄   戯心
 面白い句なんですが、理屈でガテンさせているところがチョットでした。

からだより水洩るる音麦の秋   遅足
 いい感じではあるが、季語との響きが分かりにくかったです。

過ぎし日を玉手箱にす桜桃忌   たか子
 意味は伝わるのですが、「玉手箱」がぴったりの表現ではないような気が。

夏の雲穂先に残す槍ヶ岳   山渓
 槍だから、先っぽは「穂先」なんですね。山を知らぬ身としては新鮮でした。

くたびるの潮風舐めて利尻夏   くまさん
 この句も含めて旅行句だったのでしょう。他の句は報告。この句はテーマがしぼり切れてないかも。頑張ってください。

内股の小走り女夏時雨   戯心
 「をんな小走り」かも。粋な句だが、やや類型的な感じがしました。

あの人の子かと酌され麻暖簾   無三
 「麻暖簾」が夏の季語。「麻のれん」の表記も。時代小説の世界と思えば、いい雰囲気でした。

【その他、ひとこと】

忘れゐし日を遠雷の呼び起こす
 漢文の読み下しのようで、散文的です。

アスファルト叩くタイヤの音灼くる
 「叩く」がどうか。

アベ・マリア」声裏返る夏至の夜
 俳句のトリックが強くて、実感がありませんでした。

ラーメンの煮ゆる間の大暑かな
 なるほどですが、そのまんまと感じました。

護摩木には解脱と書きて大暑かな
 個人的な世界で、わたしにはピンとこなかった。

男梅雨ひたすら団子丸めけり
 これも、個人的な報告に感じました。

冷蔵庫に暮らすみみずのりんたろう
 「りんたろう」はかわいいが。気持ち悪く感じました。