「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2011年2月23日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 地デジ対策の期限をしらせるテロップがひっきりなしにテレビの画面に出る。それと並行して画面の人が喋っている文言も出る。つい、対策の文言も読んでしまい、あっ、なんだ、と思ったりする。ニュース番組の文字はことにその傾向が強い。それに画面も狭くなり、まるで当局(?)の陰謀か嫌がらせのようだ。こうなればとことんまで粘ってやろうか。テレビそのものをあまり見ないし・・・でも、なんの抵抗にもならないんだろうな。ある日、ぷつりと映らなくなるだけで・・・。
 では、10句選であります。

【十句選】

古詩集に遥けき春の匂ひ識る   葦人
 何を持って記憶のとば口を開くかと言えば「匂い」が最たるものと思う。手にした古詩集にある「遥けき春」は詩の作者の遥かな「春」が綴られていたのかも知れない。その作者の遥かな春を今の自分と重さねているのだろうか。古詩集の匂いは古びても古びない「春」の匂いなのだろう。

春浅し彩色前の小芥子かな   葦人
 表情をもつ前のこけしの木目に春浅し頃の気配を感じているのかもしれない。さらりと言い放った感じが「春浅し」と微妙に響き合って、素直に心に残る句だ。

春雨や剥落続く曼荼羅絵   学
 先の句と同じで端的な表現がいい。「春雨」の本意は「静かで優艶な、芽や蕾を膨らませる、希望感のこもる雨」。そんな「春雨」と取り合わされた曼荼羅絵が剥落し続けることで別の秩序が現れるかも知れない。それと、以下は変な言い方だが、工夫の見えない工夫、「春雨」と「剥落」の「は」がリズムを良くしている。そういえば先の句も「春浅し」と「小芥子」の「し」がいいリズムで句を成り立たせている。

立春や野にゐる雉子の尾の長し   学
 突然ですが養殖の魚は自然の海で育った魚に比べてどこかしら不格好である。はたして、野にいる雉は見たことはないが、動物園の雉に比べてその尾の長さが精悍さを際立たせたのだろう。きりりと引き締まった立春の空気感との調和がいい。

海鼠噛む生命線の伸びてゐる   九万田和久平
 海鼠はどれぐらいでどれぐらいの大きさになるのか・・・。ちょっとだけ調べてみました。某情報機関によると孵化してから一年で6p。2年で10p。4年で20pとありました。う〜ん、その成長速度が遅いのか早いのか。比べるといっても何と比べたらいいのか。ただ、先の情報をもとに、海鼠を噛みながら自分の生命線と比べてみるのもオモシロイではありませんか。歯応えのある人生だったのか・・・自問自答しながら。

何をもって憶えられたいオリオン座   岡野直樹
 この句、逆に考えると作者は自分の何かを「オリオン座」に託し、例えば迷いの時の決断や進むべき方向を見出そうとしているのだろう。そして、またそのことは逆に読者への問いかけともなっているのだ。そういえば「星影のワルツ」という名曲があった・・・〈別れることはつらいけど/仕方がないんだ 君のため/別れに星影のワルツをうたおう〜〜〜〉って、ボクは極度の音痴だけれどよく歌った。

春浅し黄色いバスのバックミラー   岡野直樹
 「黄色いバス」はいつも通勤に乗るバスかも。あるいは園児の送迎バスかもしれない。いずれにしても、バックミラーに写っているのは乗客から見れば運転手さん。逆から見ればお客さん。そんな状況でミラーを通してふと目が会ってどちらからともなく二コリと会釈したのかもしれない。春浅しころのチョッとした微笑みである。

薄氷足で割る子と手で持つ子   孝志
 足で割る子は活発な子。手で持つ子は繊細な子・・・性格判断のような句だが、そんなことはどちらでもよく、とにかく子供らの様子が対照的、具体的なので彼らの笑顔が目に浮かぶ句。

梅の花壁の天女の二重あご   紅緒
 梅の花も壁に描かれているのか、そうでないのか。いずれにしても「天女」が「二重あご 」であることで膨よかで妖艶な立ち姿の「天女」を想像してしまう。だとすると、この絵図に、あるいはその周辺に咲く梅は紅梅が似合う。触れてよい絵図なら触れてみたい。もちろん「天女」に。

古書店の鏡に主春燐    吉沢美佐枝
 古書店の主で愛想のいい人はいない、と思う。話しかけようとしても、スキがないというか、仏頂顔というか、まあ、とにかくそんな感じだが、それでなければ勤まらない年月が古書店には積っている。職業にはそれに相応しい顔というものがある。でも、ふと、鏡に写った主の顔にどこかしら親しみを感じたのかもしれない。頃は「春近し」である。

【予選句】

風邪の種撒いて立ち去る主任かな   コッポラ

線引きに引きなおす線紅椿   コッポラ

白子乾しレプトケファルス混じりをり   葦人

春四温まつたりとした味噌プリン   葦人

春迎ふ岬の轍に鴉群れ   たか子

寒晴れや獣の気配あるやうな   たか子

大空よりわだつみの声さくら貝   学

春寒やストラディヴァリウス弦を断つ   涼

春暁や小人踊れり掌に   涼

春立つやけんけんぽんのけんけんぽ   吉井流水

追いかけて半身春の風となる   遅足

どんどの火あつめてきらりプレアデス   すずすみ

着ぶくれてグラリと揺れる禅の寺   すずすみ

決断は少年のやう雪うさぎ   余一

ゆで卵つるりとむけて春の雪   茂

豆まきの本日付の漢かな   豊秋

青白き朝の種火の余寒かな   戯心

「ぐー」の次「ぱー」出し負けて笑ふ山   勇平

氷柱より言の葉落ちて雫かな   遠野あきこ



2011年2月16日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暖かい日が続きましたが、関西は予報通り春の雪にも見舞われました。11日、木々も山々も雪化粧。子どもたちには、きっと大喜びの雪の朝だったと思います。外に出ると、軒下に小さな雪だるまがいくつも作ってありました。ほんとにささやかな大きさの雪だるまで、中にはもう溶けかけている物も・・・。大雪は困りますが、雪だるまを作るために雪玉をころがして大きくしていく楽しさ、もう動かせない〜という雪の重さも味わわせてあげたいなぁと思いました。  さて、今週は152句の中から。

【十句選】

オーロラや白熊沖に出てゆきぬ   学
 北極の氷が解け、氷伝いに狩りに出て行く白熊が遠くまで出られなくなったとのニュースがありました。薄くなった氷は体重を支えきれず、白熊は海に閉じ込められてしまったというのです。 けれども沖に出て狩りをするのは、彼らの本能でしょう。オーロラの下、氷原をどこまでも出て行く白熊は大自然に生きる生命の美しさに満ちていますが、ニュースを知った後は、その姿に命の哀れさも加わったように思います。

長靴を地吹雪の渦巻いてゆく   学
 長靴を地吹雪が渦巻いていく。顔も上げられず足元ばかり見ておられたのでしょう。句またがりの表現に臨場感が感じられました。

一掴みほど置かれおり蕗の薹   天野幸光
 一掴み、という表現に、この蕗の薹の採取のされ方まで伝わってくるようです。きっと春になればそこかしこに当たり前に顔を出す蕗の薹なのでしょう。それを一掴み。そうした置かれ方までが、蕗の薹にふさわしく、よりいっそう春の息吹を感じさせるものとなりました。

弟もまねて跳びけり蝉氷   太郎
 蝉の羽根のように透ける薄氷。水溜まりにできたそんな氷を、跳び越してみせると、弟もまねして跳び越しました。透明な蝉氷の美しさ、兄をしたう弟の負けん気。早春にふさわしい景色だと思います。

地下街に雪のにおいが降りてくる   遅足
 煌々と明かりの点いた店の並ぶ地下街にも雪の匂いは降りてきた。きっと地上にはもうかなりの雪が降り積もっているのでしょう。地下にまで降りてくる雪の匂いによって、雪に埋もれつつある地上の街の様子が感じられる。地下街の賑わいも雪の冷たさと背中合わせと感じられます。

春寒の穴ひとつあり鳥の檻   遅足
 檻、というからには、地面に建てられた禽舎なのでしょう。公園か動物園の例えばクジャクやエミューの檻。春寒の頃のこれらの鳥の檻はいかにも寒々としている。鳥の様子も、穴があったことも。

手袋を脱ぎてこれより通夜の客   えんや
 冬の夜、通夜のために訪れた家で、外套をとり手袋を脱ぐ。手袋を手から剥がすように脱ぐと、冷たい外気が手に触れて、あらたまった気持ちになる。手を合わせ、焼香をする、これからの一連の動作も、まず手袋を脱ぐところから始まります。「これより通夜の客」の惜辞に納得がいく句でした。

ハーレーを舫ひ女の桜餅   俊
 舫う、は船などを水上で繋ぐことをいいますが、大型オートバイのハーレーは、きっと船ほど大きかったのでしょう。乗っていたのが小柄な女性であればなおさらですね。和菓子屋の前に停まったハーレーにはっとさせられ、降り立った女性の買っていったのが桜餅と知れば・・・。ヘルメットをとれば、きっと長い髪、強くやさしく、といった映画のヒロインを想像してしまいました。

水仙に遭えば海岸広ごりぬ   紅緒
 水辺を好む水仙。海岸を行く作者は水仙の群生に出逢われました。一瞬に視界が広がり、見渡す限り水仙の花。偶然に出逢われたとすると感動も一入でしょうね。海岸広ごりぬ、から、その水仙群の迫力を感じました。

飛び石の根雪離れし温さかな   栗原
 木の根開く、という季語があります。根雪が溶ける頃、まだ辺り一面雪景色でも、幹の周りにぽっかり土が覗きます。この句はそれを飛び石で発見されました。今まで雪で一繋がりだった庭の景色が、まず飛び石の周りから雪解けが始まったことによって、飛び石が独立した存在になったのです。飛び石が本来の意味での飛び石状態になったことの発見がおもしろいと思いました。

【佳 作】

夜這いして猫ぼうぼうと冬毛なり   文句

星はみな球体だろう春の夜   涼


2011年2月9日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 みなさん、いかがお過ごしですか。
 今日は節分。神戸のわが家でも巻きずしの丸かぶりをやりました。関西以外の方はされましたか。恵方は南南東。さあっ、とかじっていると息子は巻きずしは嫌いとかで手巻き寿司をぱくついている。立ってかぶっているのも私だけ。ダイニングの中のちょうど南南東にあたる棚の上には、去年の干支の張り子の寅がぽつんと載っていました。
 さて、今週の十句です。いざ。

【十句選】

潮の香の帽子置いて卒業す   津久見未完
 帽子を、とされては。学生帽を置いて卒業するのなら当たり前だが、潮の香のする帽子はおもしろい。高校の卒業だろうか。高校時代よく海に連れて行った帽子。いや、岬か海岸の近くにある高校に、毎日かぶって登校していたのかも。多くのことを言わず、平明で、余韻があり、それでいて読む人ごとの物語が立ち上がる。

お互ひに言はずおくこと日脚伸ぶ   せいち
 夫婦だろうか、友人でもいい。何でも包み隠さず話した方がいいという風潮の中、近い関係だと、つい気になることを口に出してしまう。言わなかった方が、と思っても時すでに遅し。腹につかえても、言わず置く方が、またそのようなことは誰も持っているはず。読めば、「ああ、あの時のこと」と誰しも思い当たりそう。

縄文の骨に飢餓線冬銀河   学
 縄文とか、ジュラ期、恐竜などの俳句はよく見るが、その骨に飢餓線とはうーんと唸りました。でも縄文時代には食料の得られない時期は頻繁にあるので飢餓線はリアル。実際にどんな線かは知りませんが、極度の飢餓によって骨の成長が止まることによってできる線でしょうか。冬銀河と相まって、長い長い飢餓を乗り越えてきた人類のけなげさ、壮大さを感じる。そういえば、人間が甘いものとか、脂肪分の多いものをおいしいと感じるのは、その飢餓の時代にそういう栄養のあるものにありついたらとりあえず大量に食いだめしたからだそう。

兎となりだるまとなり雪降り積もる   らっこ
 最初は面白がって兎の雪人形を作っていたが、だんだん面倒くさくなってただの丸い雪だるまになった。そしてそれもうち捨てられて、ただ後から後から雪が降り積もるだけ。展開のおもしろさ。クスリとさせるが、少しの淋しさも。

春の雪残りページを慈しむ   きしの
 雪国の長い冬の間、外に出ることもできないので大部の大河小説などを読まれてきたのでしょうか。そして春の雪の頃になると、いつ終わるとも知れずと思っていた本の残りページも薄くなってきた。もう少しで読み切る、もう少しで外に出て春の光を浴びられるという喜びと、あれだけ没入できた本と別れること、鬱陶しかったはずの冬が終わることへの軽いメランコリー。

冬林檎軽ろき嘘つき消灯す   勇平
 軽ろきは軽き(かろき)。これも夫婦の感じ。この嘘はもちろん罪のない、いやむしろ微笑ましい、後でばれたら笑い合ってもっと関係が親密になるような嘘の気がする。そこにある、籠に山積みの冬林檎。清潔感、フレッシュ感が出ている。冬林檎、私も大好きで、冬の間はほぼ毎日食べています。

空っ風ナワトビカンケリオニゴッコ   ロミ
 拙句に「塩こしょうみりんサラダ油桜咲く」という句がありますが、言葉遊び風に仲間の言葉達を一つの輪の中に入れてやって、ピタリと決まれば楽しい俳句になりますね。子どもたちの遊ぶ様子が順番によく見えてくる。ただ、空っ風は分かりやすすぎるかな。

寒椿やっぱり僕はキツネうどん   岡野直樹
 カレーうどんや天ぷらうどんもいいけど、個人的にはシンプルなキツネうどんが一番好きです。作者もあれこれ目移りした後に、やっぱりホームランドのキツネうどんに戻ってきた。さらに、「僕」自体がキツネうどんになってしまった感じもして、おかしい。私の最近の好みは、どん兵衛のうどんかそばに太ネギをザクザク切って入れて、生卵も入れて熱湯を注ぐやり方。一度やってみてください。

散髪をしてより被る春帽子   くまさん
 お洒落なご年輩の男性の感じ。寒い冬もようやく終わった。お気に入りの春帽子を久しぶりに引っ張り出してきた。寒いので散髪も長い間行っていなかった。髪でも切ってさっぱりして帽子をかぶろう。帽子のために、わざわざ散髪をするような感じで、おもしろい。

あっダメダメあたしは海鼠の妻だから   あざみ
 久しぶりに俳句を読んで吹き出しました。あっダメダメ、とふざけた感じながら、お誘いに対する少し色っぽい断り。その理由が人妻ならず、こともあろうに、海鼠の人妻(?)だからなのだという。なんのこっちゃ。海鼠に夫婦なんてあるのだろうか。でも、この手の俳句、好きです。

【予選句】

冬の雲棚に日米会話集   涼
・・「赤尾の豆単」を思い出しました。懐かしい感じ。

夕刊を握りしままの寒さかな   津久見未完
・・寒さのとらえ方がおもしろい。

大寒のぷちぷち潰すエアキャップ   たか子
・・「春深しぷちぷち潰すエアキャップ」ではどうですか。

凍星を一つ見つけて家路かな   有働
・・作者の心情がわかるような。ややある世界。

大欅枯れ枝空を満たしけり   太郎
・・枯れ枝が空を満たす、の表現はみたことがない。

寒梅の香りて風となる気配   太郎
・・風になりそうな「気配」がうまい。

白足袋の踵返して忘れ物   茂
・・忘れ物を思い出した瞬間がよくでている。

探梅やここにも一つかすり傷   遅足
・・探梅のときの発見としてはよろしいのでは。

大寒の土のごときが祖父なりし   遅足
・・ずいぶんと厳しい方か、ぶれない方か。

星々と交信したる海鼠かな   学
・・この海鼠も新しい。したる、が重いかな。

縁側に這出でし子や梅ひとつ   学
・・江戸の古俳諧のような味わい。

春待つや静かに面をうちこみぬ   コッポラ
・・春近い寒さが出ている。面を彫っているのか、剣道の面かどちらでしょうか。

豆腐屋の水音あかるき春隣   美佐枝
・・木綿豆腐を水に入れた音が聞こえるよう。

片屋根のソーラーパネル風光る   美佐枝
・・ソーラーパネルへの着眼がよい。

空ばかり屋根雪ばかり見てをりぬ   えんや
・・空ばかり、尾根雪ばかりのリフレインが良い感じ。

着ぶくれて焼餅膨らみ過ぎて居る   石川順一
・・どちらが餅だか、人間だか。

寒林に吹く風どれも隙間風   伍壱堂
・・林を抜ける風が隙間風、という視点はおもしろい。

眠る山起こしてみたき讃岐富士   勇平
・・季語のおもしろい遊び方。

銭湯のブルースリーの湯ざめかな   山内睦雄
・・銭湯からあがってブルースリーのまねをしているうちに湯冷めしているとぼけ方がおもしろい。「十句」に入れたらよかった。

椋鳥の走りの早き草の霜   戯心
・・伝統俳句のしっかりしたつくり。

冬空に子等勝鬨の声高し   戯心
・・ドッジボール? 騎馬戦? いろいろ想像できます。

真知子巻きてふマフラーを巻いてみる   くまさん
・・てふ、に直接知らない感じが出ている。

春雷や瀬戸大橋の捩子の数   くまさん
・・何個なんでしょう。おもしろいところに目をつけますね。

鉛筆の先は日溜り受験生   衣谷
・・机の上まで日が伸びてきたのですね。

凍星やサイコロ形の鮪食う   あざみ
・・ありますね、このような鮪。日常のおもしろさ。

【ひとこと】

★類想★

・真つ青な空を映せる薄氷
・曳く綱の肩に食い込む橇に孫
・夕間暮れ漬物小屋へ雪を踏む
・パン屑や庭の日向の寒雀
・白息のまあるく弾け一年生
・だんだんと話がはずむ凍豆腐
・校門を振りかえらず卒業す
・・リズムも悪い。

★近い世界★

・酷寒や靴はみ出たる通夜の家
・旧正や遅れて予防注射せり
・横断歩道駆け出す緑春隣
・一輪車のピンクの車輪春隣
・チャルメラの音遠ざかり寒北斗
・・チャルメラと寒北斗が近い。

★わからない★

・敗戦の冬のラッキーストライク
・・ラッキーストライクが。たばこ?
・きさらぎの中華街より光りだす・・光りだす、が。
・子等はみな紐つきミトン頬赤く・・紐つきミトンが。
・誘われて南の島へ春隣り・・状況が。
・この列車始発に帰る寒北斗・・始発に帰る、が。
・寒月や始発電車に曳かれをり・・何が?
・望潮二進も三進もいかぬふり・・意味がつかみにくい。

★説明★

・ベランダに黄色い布団日矢の的
・風見鶏凍てつく風に動かざる
・寡黙なる猫背の君や寒雀

★言い過ぎ★

・老農の潤む眼の先冬茜
・・潤む、が。
・ぼたぼたと愚痴をこぼして海鼠かな・・ぼたぼた、が。
・「世界遺産」見ては至極の冬籠・・至極の、が。

★そのまま★

・出湯宿の雨戸くくれば雪景色
・卒業の前夜に歌う校歌かな

★あたりまえ★

・料峭や医師の忠言うべなへる
・鎌倉に海山ありて実朝忌
★いろいろ★

・老いなどは捨ててみやうか久女の忌
・・やや平凡。
・青空に二瘤ラクダ冬木の芽・・青空に、がやや平凡。
・雪山や白き雷鳥モンブラン・・季重なりでは。
・冬未明遠寺の鐘聞く寝床・・遠寺の鐘聞いている冬の朝、では。
・自己主張はじめてをりぬ冬木の芽・・主観。
・皿小鉢海鼠黙すや白暖簾・・材料が多すぎ。
・文机の創のこゑ聴く寒の入・・季語を変えられては。
・枯蘆や暮れかかり来し利根の波・・景がクリアでない。
・反省と背中合わせや日脚のぶ・・教訓。
・明眸の中華語講師水仙花・・中華語、は少し無理では。
・女正月鍋底磨く凡夫かな・・理に落ちる。
・寒月に一礼をして立小便・・俗すぎ。
・ペコちゃんのはみ出る舌や梅開く・・ペコちゃんはよく詠まれる。
・三越のカタログ届く初郵便・・普通。
・歯噛みして大寒たちを呼び寄せる・・抽象的。
・星も月もまばゆいひかり山眠る・・もう一工夫。
・鬼遣らい教室にとぶ鬼の粒・・鬼の粒が?
・日脚伸ぶ顧問のいないグラウンド・・グラウンドをリハーサルとされては。
・冬ざるる列車も背を低くして走る・・中九では。
・寒椿おやつは緑茶であったまろ・・おやつと、では。
・羽子板の絵のない方へ持ちかへる・・小さな発見。
・吹きすさぶ原野の眼なり狼来る・・来る、を来(く)としては。
・肖像画の視線の先の牡丹雪・・おもしろい視点。
・秋水忌墓所は検察庁の裏・・理屈。
・一月二十四日秋水さんは無罪です・・俳句は主張ではない。
・農夫来て氷柱を折りぬ谷戸の畔・・農夫来て氷柱を折りぬ、だけでいいのでは。


2011年2月2日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
    上の雪
    さむかろな。
    つめたい月がさしていて。

    下の雪
    重かろな。
    何百人ものせていて。

    中の雪
    さみしかろな。
    空も地面もみえないで。    (金子みすず「積もった雪」)

 娘が山形県に住んでいます。雪と暮らす日々。雪が解けてまっさらな春が早く来ますように。 今回は激戦でした。採りたい句がたくさんありました。ありがとうございました。

     【十句選】

小寒やモナリザの笑みピンで留め   涼
 小寒の気分が出ていると思いました。モナリザの微笑みのポスターをピンで壁にはりつけているところでしょうか。モナリザの少し冷めたような笑顔がピンの尖りとともに胸に刺さります。「笑み」「ピン」など上手くまとまとまっているなあと感心しました。

ラクビーの肉体白く発光す   学
 「白く発光す」が作者独自の表現で際立っています。ラグビーは冬の代表的なスポーツ。白い息、蒸発してゆく汗、自身の湯気にまみれたラガーは確かに発光しています。

ひと匙の眠りを掬い葛湯かな   ジョルジュ
 とろんとろんと眠ってしまいそうな句。「ひと匙の眠り」がとてもうまいです。句会に出してもきっと点は入るでしょう。あまりにぴったりでこれ以上の感想が言えないのが難点かもしれません。

息白し静かに言葉揺れており   咲
 なんて繊細な句なのでしょう。好感が持てます。漠然とはしていますが、白い息の隙間から出てくる自信なさげな言葉がくちびるの震えまで連想させて微妙な世界を作っています。

羽子板を抱へ茶房の姉妹   山渓
 「 姉妹」はこどもではないと勝手に想像しています。茶房の店主である姉妹がそれぞれの羽子板を抱えて立っている。シュールな物語のようです。

白息で叱られてゐる白い息   くまさん(88)
 先生と生徒でしょうか。父と子でしょうか。寒い日の緊迫した様子が目に浮かびます。叱っているほうの一生懸命さも手に取るようです。二者の関係がとても良好であると信じられますしきりっとした良い句だと思いました。

二泊目の北のホテルの蕗の薹   茂
 「二泊目」が利いています。旅も二泊目ともなると初日とは違い、ペースが落ち着きます。余裕ができていろいろなものに目が届きます。そのひとつが蕗の薹。俳句を作る人ならなおさらですね。北のホテルにも春が来たよといううれしい報告。そして4つの「の」は蕗の薹の丸さを連想させて素敵です。

大雪や背ナ掻くための鯨尺   余一
 最初見たとき、「〜ための」というのは説明的だと思いました。しかし「大雪」「鯨」となるとその豪快さにその思いは吹き飛びました。「背ナ」の「ナ」もいいですね。家に籠る極寒の日のひとこま。鯨尺を孫の手代わりにするというのは我が家でもあります。「大雪」の季語が成功。

一月の砂を貝がら噛んでいる   紅緒
 「砂を噛む」という淋しい言葉。一月という寒い季節。そして、冷たくて風に流されてゆく砂。松本清張の『砂の器』を思い出しました。その中で「貝がら」だけが安定していて適量な叙情を醸し出しました。「か」や「が」の連なりもリズミカルです。

蝋梅やこのごろあたしもえません   あざみ
 作るほうも作るほうなら、採るほうも採るほう、と言われるでしょうか。何と大胆な、楽しい句。強い芳香を内に秘めた蝋梅は、地味でぼんやりした外見。「もえ」が平仮名ですので「燃え」とも「萌え」ともとれてこの曖昧さも蝋梅につながります。好きな句です。ただ「思い」+「季語」は安易に作れるということで、つまらないと思われる危険性と紙一重ですのでご注意を。

【次点】

春近し理髪待つ間のスポーツ紙   葦人
 よくわかるステキな句です。プロ野球などの開幕戦の話題が新聞に掲載されるとまさに春を感じます。

雪掻きやベルトをキュッと締めた父   余一
 「雪掻きや」と切れを作られたのが成功しています。ベルトをしめて「さあいくぞ」という雪に立ち向かう気持ちがよくでています。「締めた」と過去形より「締める」のほうが良いかも。

可笑しくも無いのに笑ふ冬籠   たか子
 冬籠の気分がよくでています。この句を見て、可笑しくないのに笑ってしまいました。

次々に電話の鳴りし四日かな   太郎
 これもとてもよくわかる句です。賛同者は多いと思いますがもうひとつ何かがほしいというところでしょうか。

来日のイーグルス待つ春隣   大川一馬
 「イーグルス」がアメリカのバンドの名前だと知らなくても十分伝わる句です。「イーグルス」といういきいきした名前のおかげで躍動感のある句になりました。

白息の同級生の弔辞かな   コッポラ
 悲しさが淡々と伝わる端正な句です。悲しさが表に出ていない分深さが心を打ちます。10句に入れようか迷いました。

欠席の返事認む雪兎   遅足
 何の返事を認め(したため)られたのでしょう。こじんまりした雪兎と「申し訳ないけど欠席します」という気持ちはとてもよく合っていると思います。10句に採ろうか悩みました。

三婆の話にじっと冬の蠅   草子
 ユニークな句です。採りたい句でしたが「冬の蠅」はじっとしているものなので「じっと」が惜しいと思いました。
  緑陰に三人の老婆わらへりき   西東三鬼

寒晴れの富士に送られ入院す   戯心
 不謹慎かもしれませんが「こんな入院いいなあ」と思いました。このように考えられることこそ正岡子規の感覚です。元気の出る句に出会えました。

寒の水三滴ほどなる墨の香   啓
 いい句ですねえ。「三滴」がとても俳句的です。墨の香りがじんわり漂ってきそうです。句をたくさんお作りになると良いと思います。

冬薔薇庭より客の現れて   藤原 有
 この句も好きな句です。「冬薔薇」が「客」のようにも思えますし。ちょっとしたことをちょっとした言葉で表現したところが良いと思います。

暗号を忘れしままや雪女   豊秋
 暗号を忘れたのは誰でしょう。雪女に会うための暗号を忘れてしまった男。あるいは雪女自身がねぐらへ帰るための暗号を忘れてしまった。などなど考えられます。もう少し情報があれば10句に入れていました。

弾初はリクエストなるビートルズ   衣谷
 なんてモダンな生活なのでしょう。ビートルズをリクエストされるくらいですから聞く人も弾く人もビートルズ世代。ギター?ピアノ?楽器が何なのか知りたいなあと思いました。

【気になった句】

タバコ消す橋のたもとの寒さかな
 なつかしくペーソスを感じる光景で好きな句です。この場合、「寒さ」という直接的な言葉より間接的な季語のほうが句が広がります。たとえば「寒月光」とするだけで読者の視点は上にも向きますのでご一考を。

雪の毒含みて死ぬる思いかな
 思い切った句ですね。掲載されるこの句をごらんになっている今、お作りになったころと比べていかがでしょうか。雪や毒や死という言葉はひとつでもインパクトがあり、使うには難しい言葉なので俳句にされた勇気に拍手です。問題は「思いかな」だと思います。抽象的になりました。

眠る山遠くに走る人の居て
 静と動。情景がよくわかる俳句です。遠くに走る人はどのあたりにいるのでしょう。それは疑問ですが、とても趣のある俳句だと思いました。

何なりとせよと仰臥のずわい蟹
 仰向けのずわい蟹はとても面白いです。情景はたいへん楽しいのですが「何なりとせよ」は言いすぎましたね。「仰臥のずわい蟹」を想像しただけで「どうにでもどうぞ」という感じです。

初東風や切岸の上の六角堂
 これはこれで整った句だと思います。しかしもうすでに誰かが作っているかもしれないという可能性のある句です。岡倉天心の六角堂でしょうか。春風に吹かれる崖の上の六角堂。一度見てみたいなあと思いました。

家族愛ちぎっては投げ雪合戦
 面白いですね。「家族愛」の次に「ちぎる」となるとなぜか川柳のような感じがします。川柳ではいい線いくかもしれません。

手袋にくちびる当てて息を吐く
 趣のある句です。色っぽい感じもします。ただ行動の順序が一直線なのでどこかで少しずらしてほしい気がします。


2011年1月26日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 大寒も過ぎましたが、今年は雪景色から始まった地域も多いことと思います。まだ雪が残っているとの便りも届きました。でも、ここ二、三日は日差しがまぶしく感じられますね。我が家の紅梅、白梅も蕾がふくらんで来ました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。今回、意外な取り合わせの句があり、春に向かっていく勢いが感じられました。

【十句選】

寒暁の畑はしわしわ風渡る   太郎
 寒い夜明けの畑を眺めていると、野菜の上をしなったような風が吹いている、という景色が目に浮かびます。白菜や大根の葉を渡る風と想像しますが、それが「しわしわ」というオノマトペだけで表しているところが良かったと思います。

日溜りをまあるく遊ぶ寒雀   くまさん
 寒雀のふっくらとした姿はとてもかわいく思えます。「まあるく」という措辞が、幼児が遊ぶような雰囲気を醸し出しています。日溜りの気持ち良さも伝わってきました。

また来ると雪眼鏡かけ子が発ちぬ   たか子
 「雪眼鏡」は積雪の反射光線による眼の障害を予防するためのものですが、きっと雪国へ帰省したお子さんが、また都会へと帰って行くのでしょう。「また来る」が暖かな言葉として、印象に残りました。

雪合戦一度人間辞めなさい   コッポラ
 子供の頃は雪合戦がとても楽しかったです。雪が積もることが少ない地方だったので、普段の授業をやめて、一時間だけ雪合戦になることもありました。この句の「一度人間辞めなさい」は、面白いです。たしかに雪をぶつけていると原始にもどるというか、「はい、人間辞めます」と答えたくなります。

大寒の折目就職情報誌   遅足
 今年の大寒は本当に寒かったですね。「大寒や」ではなく「の」としたところが良かったと思います。就職情報誌に折目をつけてあるというだけの提示ですが、寒さが就職戦線の寒さと繋がり、社会の厳しさも感じられます。大寒と就職情報誌の取り合わせが新鮮でした。

木枯しへまた顔を出す銀行員   遅足
 銀行員があちこちへと営業に行く様子でしょうか。木枯しの中へ行くときのその「顔」が仕事の厳しさを伝えていると思います。顔だけをクローズアップしたのが良かったです。

やには息白くなる六波羅密寺   学
 六波羅密寺は京都の東山にありますが、寺内に入ったとたんに息が白くなると決めつけたところがユニークです。六波羅密寺がそうさせるかのようですが、空也上人立像や伝平清盛座像があることを想うと、白い息も普段とちがう感じがします。

鏡餅きれいな声が患者呼ぶ   草子
 病院の受付の場所に鏡餅が飾られているのだと思います。看護師のきれいな声が、鏡餅の白とよく響き合うあう句です。意外な取り合わせが新鮮でした。きっと病気もすぐ直るような清々しさが感じられました。

歯磨きやサンショウウオは冬眠す   豊田ささお
 歯磨きをしていることと、サンショウウオが冬眠していることは関係ないのですが、なぜか歯磨きの途中で、サンショウウオのことを想っているのが面白いですね。

木の家は息をしてます日向ぼこ   紅緒
 日向ぼこをしていると、その傍らで、そう言えば木の家も同じように息をしていると感じたのでしょう。その発想が良かったです。同じように息をしているのが気持ち良く伝わってきました。

【予選句】

左義長や子等の口元炭だらけ   葦人
 漫画的な顔が浮かんできて面白かったです。

ガスの火の青の慄へる寒四郎   涼
 ガスの火の澄んだ色が印象的でした。

洗車終えぐいと乗り出す春隣   絵
 中七の「ぐいと乗り出す」が良かったです。

定年へあと幾日か冬苺   学
 待ち遠しい様子が冬苺の赤に象徴されています。

湯たんぽが羽化して朝に逃げてった   岡野直樹
 湯たんぽからの発想がユニークですが、何になったのだろうかとおもいました。

風花の音色をさがす万華鏡   紅緒
 万華鏡から音色をさがすというのは面白いですね。

六角堂の畳台形冬日差す   美佐枝
 台形の冬日がシンプルに見えました。

衿元を割りて冬芽の中さぐる   遠野あきこ
 冬芽は着物の衿元のようですね。面白い句でした。


2011年1月19日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年もよろしくお願いいたします。先日、遅ればせながら評判の映画『ノルウェイの森』を観てきました。数百ページの小説を最後まで読み通させるのは文体の力だと思いますが、映画でその文体にあたるのは映像(光と影と色の運動)です。監督トラン・アン・ユン、撮影リー・ピンビンによる映像(文体)は2時間あまり全く弛みませんでした。で、いろいろな表現行為にこの文体という概念を導入してみると面白いと思ったのです。建築の文体、舞踏の文体・・・ね。ところで、俳句の問題はこの文体がおおかたでき上がってしまっているところか?(音数律、切れ字等)その上でどれだけ自分の文体が実現するか?そこが苦労のしどころ、また楽しみどころでもあるわけですね。では十句選。

【十句選】

冴ゆる夜やピエロの像と笑ひ合ふ   涼
 このピエロは絵か立体か?(人形?)冷えて空気がピーンと張りつめた夜、ピエロと向き合って笑い合うのは怖い。作中人物とピエロ、ともに孤独が匂う。不思議な状景ですが冴ゆる夜の身体感覚はよく伝わってきました。

読初やサイレン遠く聴きにけり   たか子
 静かで清々しいお正月の空気―淑気のなかで聴く救急車のサイレン、吉凶の対比が鮮やかです。対比があざといともいえるのですが、そう思わせないのは季語「読初」の功徳。年初に初めて開く本を前にした澄んだ気持に、遠くてもサイレンの音ははっきりと届いてしまうのですね。納得します。

縫い目なき青空寒に入りにけり   遅足
「縫い目なき」という措辞一発で、真冬のまったく曇りのないあの青空を見事に表現されました。青空のなかを眼がさ迷っている、どこまでいっても深い青、そんな眼の運動を一瞬想像してしまいます。季語は一年でもっとも寒い時季という以上の何も語っていませんので、ただただこの空の青さに奉仕するシンプルな句姿にも好感。

寒鯉にいのちのにごりありにけり   遅足
 これも、これ以上ないほどシンプルに決まっています。先の青空の句もそうですが、結部の切れ字「けり」がこれぞ俳句という決まり方です。そういう意味ではいかにも俳句という文体にすっぽり納まってしまったとも言える。遅足さんのご投句がたまたま下五の「けり」で鮮やかに切った句が続いたのでちょっと贅沢を言ってみたくなりました。池の底の泥砂のかすかな濁り、つまり鯉のかすかな動き、「いのちのにごり」はお上手ですが、かっこよすぎるかもしれません。

池からの風に寄り合ふ福達磨   大川一馬
 達磨市の景と読みましたが?賑わいと派手な色彩のかたまりの達磨市にしてはこの句のそそとした佇まいが新鮮でした。達磨達の並ぶ姿を寄り合うととらえたのもあまりないように感じます。「池からの風」という実にあっさりした、平淡な措辞も効果をあげている、この小さな句の幸福な世界観に。

ひらがなの海に漕ぎ出す歌かるた   岡野直樹
 小倉百人一首の取り札が目の前に広げられている、この場合競技かるたのように整然とならべられていない状態を想像する。まずひらがなの海と喩えられたのが巧みで、我々素人は読み手が取り札の下句に移ってもまだ眼はひらがなの海をうろうろするばかり。この句の次の手柄は海から必然的に導かれたようにもみえる「漕ぎ出す」という措辞。(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬと人には告げよ海人の釣船  参議 篁)の朗詠が句の裏から聞こえてくるような気がします。

ストーブに背を向けて立つ広辞苑   戯心
 当たり前のことが、擬人化によってちょっとだけ妙になっている面白さ。ひとつ、本はだいたい我々に背表紙を見せている。ふたつ、広辞苑の厚さがあればたしかに自分で立つ。ストーブに近すぎて熱いんじゃないのか?などと余計なことを考えてしまう。

二十秒てふ父親と初電話   くまさん
 初電話の内容ではなくて、通話時間を明示したところが成功。通話時間を表示する電話機もありますしね。それにしてもこの二十秒は短いのではないか? 息子と父親の会話は一般に少ない、まして電話では、まあ話すことなんてないのです。この、多分それでも持て余し気味であろう、二十秒のあれこれに、二人の心理的、物理的距離を想像するのも楽しい。「てふ」が絶妙に働いていると思いました。

柚子たわわ恋愛ボタン押してみる   あざみ
 たわわに実った柚子は実が重そうで、充実感たっぷり。(我が家の柚子が今そうなんです)だからといって、それ以上でも以下でもない。恋愛ボタン以下の急激な転調とは切れているか?いや「たわわ」でうすーく繋がっているか?恋愛ボタンという卓抜な造語の強さ。たしかに恋愛ボタンはささいなきっかけで押されてしまうもの、ONはたやすいがOFFが難しかったりして。

わかるかなこんなに好きな雪のこと   あざみ
 松鶴家千とせ じゃないんで、わかるかなと言われても基本的にわからないわけです。でも「こんなに」となぜかひたむきに言われると、その問題になっている雪のことをあれこれ想像してしまう自分がいるわけです。この句は雪が好きだという言明があるだけで雪すらもありません。雪ではなくて雪のこと、この「こと」が曲者です。句のなかにあけた大きな空白は読者が埋めなければなりません。

【予選句】

冬の雨木の棘にある雫かな   涼
 ちっちゃいとこを見ています。

柔らかな時計が刻む師走かな   涼
 ダリみたいですが、忙しい師走に時間がゆっくり進むようでおもしろい。

雪原に機関車の音赤い月   学
 大陸、満州を感じてしまいました。素材は揃っているのに、説明調が惜しい。

朝風呂を焚きて二度読む賀状かな   風来
 二度読むのもリアリティーがあるし、朝風呂との取り合わせも気持ちよい。

枯蘆のゆるるが中に入日かな   太郎
 入日がちらちら動いて、よくわかる景ですが「ゆるるが中に」が苦しい。

初日の出私も君も宇宙人   せいち
 たしかに。

園児等の父母への手紙福寿草   コッポラ
 ほほえましい、よくわかります。「等・ら」が音も含めてどうにかならないか。

この爺に縁談ありと初みくじ   えんや
 さて、どうしたものか。

冬うらら骨董市に乃木大将   洋平
 固有名「乃木大将」が効いています。モノは何だったのでしょうか、皿?

あいしてるにんじんをひっこぬいた   汽白
 一物仕立てとして読むと散文的すぎるが、なぜだ?という謎が魅力。一方、「あいしてる」で切ると、にんじんをひっこぬく行為がじんときます。表記とともに独自の文体。

年新たもういぬひとのマグカップ   れい
 日常の器だけにその人の存在感がまだ残る。「もういぬ」の感慨も「年新た」なればこそ。

若水が浄水器からお出ましに   岡野直樹
 現代家庭の若水、浄水器が効いているので、「汲みにけり」とか「出にけり」とか古臭くつくる手もありますが。

楠のふところ深く雪降りぬ   遠野あきこ
 樹冠の大きな楠の大木、「ふところ深く」で見えてきます。

筆太に枯野を風の草書体   戯心
 おもしろい見立てですが、なまじ枯野なので草書体が苦しいか。

大取りのくるわ噺も春遠し   勇平
 初春のめでたい席なんで春遠しはないんじゃないですか。

湯を脱げば湯は歳旦の玉となり   草子
 湯を脱ぐもいいし、歳旦の玉も美しい言い方。


2011年1月12日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 明けましておめでとうございます。年末の忙しい時期にもかかわらず139句もの投句をいただきありがとうございました。新年だからというわけでもないのですが、最近、自分の思うこと、見て感じた事、つまり感情を大事にしたいと思うようになってきました。そうなると、自分がどんな気持ちでいるかが大切になるのかも。そして、その事が、どう俳句に反映されるのか。そんな事を考えています。どうか、みなさんと私に、良い句が降ってきますよう。
 今年もよろしくお願いします。

【十句選】

突き出たるフランスパンも初景色   葦人
 まず、初景色とフランスパンの取り合わせが新鮮でした。「突き出たる」が工夫の言い方。たぶん晴着を着て抱えたフランスパンが突き出てる。富士山も突き出てる。その両方をイメージしました。

煮凝はタツパウエアのかたちして   伍壱堂
 そうじゃなくて、タッパに入れたら固まっただけなんですけど。言われてみると、確かにそうなってますね。常識的な発想の虚を突いた所にハッとさせられました。

もう幾つ恥をかいたらお正月   せいち
 もう幾つ寝たら、の本歌取りですが、「恥をかく」という開き直りがさばさばして気持ちいい。確かに生きているという事は、恥をかくことでもありますな〜、ご同輩。

兎撫づ児の手の赤し目の黒し   大川一馬
 ウサギは、目が赤くて手が白い。でも、それを撫づる子は、手が赤くて目は黒い。という句で、黒と赤と白がフラッシュバックする句でした。

シクラメン赤はソプラノ白アルト   万季
 子供用の木琴などに色がついている事があって、だいたいドは赤だったような気がします。だから色を見ると音が聞こえてくる方もいると思います。赤は膨張色だからソプラノ、白はその反対なのでアルトというのも自然な発想で、楽しい俳句です。

熱燗や闘魂消えぬ軍鶏の肉   草子
 軍鶏は文字だけ見ても「軍」とあって勇ましい鶏です。肉になっても尚「闘魂消えぬ」と感じたのがすごい。鶏への供養にもなっていると感じました。季語も自然で動きません。

憂きことも干したく候懸大根   草子
 「憂きこと」は俳句頻出語句ですが、このようなソウロウ文体で言われると、微笑ましく思いました。季語とのマッチングもとてもよろしいかと。

石蕗の葉を食べてキリンの声になり   紅緒
 ほんとかどうか知りません。キリンの声も定かではありません。でも、愉快なので嘘でもだまされてみようかという気になりました。薬用になるそうですから、ボイスチェンジャーみたいな事があるのかも知れませんね〜。

冬の蠅大空澄みてゆくばかり   学
 上5にすえた「冬の蠅」と、背後にある澄んだ大空。その二つの取り合わせと、それを活かす言葉の設計が成功していると感じました。「澄みてゆくばかり」と進行形のような言い方にしたのも良いと思います。

大掃除魔法の杖が欲しいわね   万季
 これが10句目で、迷って選びました。迷ったのは、発想がありがちで、たぶん類句もあるでしょう。でも、口語体の言葉の流れがとても良く、ありがちな発想を払拭していると感じました。明るい句で、「奥さまは魔女」のサマンサを連想しました(誰も知らないか〜)。

【次点・候補句】

母よ母よ冬の生命維持装置断る   余一
 句の内容には身につまされるものがあります。が、句としての言葉の並びがもう一つと感じます。季語の付け方も句風が必要と感じました。

お正月郵便ポストもめでたけり   洋平
 明るい発想でいいと思いました。「めでたけり」ですが、文法の本によくでている問題の「けり」です。いいきりなら「めでたかりけり」、已然形なら「めでたけれ」ではないかと思います。ちょっと気になってしまいました。「郵便ポストのめでたさよ」みたいな言い方もあるかも。

冬の星混みあって地に仔猫   遅足
 大小、遠近の対比の句で、いいと思いました。555なので、中7を目指されたらいかがでしょう。「冬の星こんでポツリと地に仔猫」などと工夫が必要かも。

廃線の錆浮く町の師走かな   涼
 実際にこういう町が増えているように思います。「錆浮く町」が巧みです。

【その他一言】

あるがままゆるりと暮れる寝正月   津久見未完
 「あるがまま」と「ゆるりと暮れる」が同じような意味で広がりがない。

湯たんぽぬくし妻のももぬくし   岡野直樹
 幸せなんだな〜と思うが、個人的すぎて共感までは至らない。

雪はあたたか海ふかく息をせり   学
 言い方が観念的で説明っぽいと感じてしまいました。

人と人あいだに蜜柑三つかな   遅足
 俳句っぽいのですが、事実だけしか伝わってこないのはなぜでしょうか。

雪雪雪ゆき掻きだけの一万歩   栗原
 「雪雪雪」が饒舌すぎて、強調がくどくなっているようです。

御破算に願いましては除夜の鐘   板垣孝志
 素直すぎ。

職退きて俳句にボケて去年今年   えんや
 個人的には共感です。句としては当たり前かも。

冬晴れや灰皿ひとつ無人駅   戯心
 写生句として良くできています。収まりすぎていると感じてしまいました。

裸木の影病棟を移りけり   戯心
 選者が替われば取られる句かも知れません。気取った感じがちょっと鼻に。

元旦の耄碌俳句詩に直せ   和久平
 届いた年賀状の俳句に文句を言ってる句でしょうか。かなり面白い。

負真綿かさねしことも昭和かな   涼
 「おいまわた」とは、真綿を薄くして上着の背なに忍ばせたものとの事。初めて見た季語でした。


2011年1月5日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 みなさま、あけましておめでとうございます。
 おめでたい松の内にお会いでき光栄です。俳句にツイている2011年、そのはじまりかもしれません。
 本年もどうぞよろしくお願いもうしあげます。
 此度は、年末の投句にもかかわらず、大変佳句が多くございました。時間がたっぷりあるからといって良い句ができるとは限らず、締め切りで苦し紛れに出した句が評判をとったりと、やはり、作品、文芸とは摩訶不思議で魅惑的です。よって、十句選と次点のふたつで選ばせていただきました。

【十句選】

返り花甦りたる蓄音機   葦人
 返り花という、時期はずれにけなげに咲く季語と、蓄音機が絶妙な取り合わせです。また、その蓄音機が「蘇りたる」状態、つまり、壊れたままではないということが、句に明るさを与え、読後を寂しくないものにしています。
 多分に、「蘇りたる」が掲句の魅力になっています。取り合わせに、一工夫、一考を加えることにより、句のもつ世界感を深め、ここでは、心に豊かさを与えていることでしょう。
 〈返り咲く花を水音逸れていく 原裕〉もまた、返り花のもの寂しさだけではない、清浄さや静寂感が表現されていて、美しくも情感豊かな世界になっています。

木星のことに磨かれをり霜夜   まゆみ
 〈オリオンが移る樹海の霜夜かな 渡辺水巴〉
 霜夜は、たしかに空が美しいと思われます。透き通った夜気の天上、星々の冷たい輝きはとても魅力的なことでしょう。木星もオリオンも、大いに共感を呼ぶことでしょう。また、「ことに磨かれをり」という中七が、木星を個性的に描写しており、ひきつけられます。 

厚切りのパンのトースト春近し   大川一馬
 ああ、わかる!という気分の句でございます。薄切りではなく、厚切りという豊かさに、春のもつ大らかな情感を感じ、トーストのパンに、真冬や厳冬ではない温もりや余裕を感じます。「ほら、すぐそこよ、春は、」という気持ちが、日常の一場面を通して、素直に描かれていることでしょう。
 昨年、急逝されました神戸の山田弘子(円虹主宰)さんに〈観劇の切符むらさき春隣〉という句があります。こちらも、春の暖かさを、偶然である切符のむらさき色に例えています。
 両句とも、このような気分で、春を迎えたい、と思わせる気分の良い句です。

爪切りの刃先が光るクリスマス   ポリ
 爪切り、クリスマスと、意外な取り合わせ。
 また、こちらも。〈へろへろとワンタンすするクリスマス 秋元不死男〉。ワンタン、それも、へろへろとすするコシのない皮。しかしながら、どちらもその妙な取り合わせが、少し辛口のユーモアとして活きています。時世の批判をそのまま句にしても、それは魅力的ではありません。ユーモア、おかし味を出してこそでしょう。

蜜柑剥くなかに怒れる十二人   遅足
 〈子の嘘のみづみづしさよみかんむく  赤松寰q〉
 みかんとは、何かをしながら食す(もちろん剥きながら)ものなのでしょう、きっと。「こたつにみかん」は、それを端的に表しているに違いありません。
 赤松氏の、幼い子どもへの愛あるまなざしも、まことに共感しますが、ちょっとした数の人たちが怒っている景も圧巻です。このような、パワーがみなぎっている句も、大変良いです。
 それに、逆に、読者の怒りが冷めていきそうです。

柚子風呂の柚子のひとつが背に回る   えんや
 なんでもない、冬至の風呂の景ですが、そこに柚子湯ならではの「ゆとり」が感じられませんか。  例えば、〈臍ひとつしみじみとあり冬至の湯 角川春樹〉も、あらためて臍を眺めるなんて、忙しい日常の風呂ではないことでしょう。
 掲句、「柚子」を二回使用したことも、良い効果が生まれていることと思います。

冬薔薇ゆっくり開きほどけ散る   れい
 冬薔薇だからこその、「ゆっくり開きほどけ散る」という描写です。
 また、開いて散るという時間経過が、冬のしじまに似つかわしいのです。もちろん、「ほどけ」という日本語も、とても美しい。
 冬薔薇のみの句材で、こんなにも豊かな情感をたたえている句に賞賛でございます。
 〈冬薔薇日の金色を分ちくるる 細見綾子〉

地下足袋の伸びして昆布飾りけり   勇平
 〈飾かけ厨黒板ぬぐはれて 五十嵐播水〉
 どちらも年末のうれしい忙しさを表現し、そこに市井の人々への愛情が感じられます。
 その人々を、地下足袋や厨の黒板というように、具体的に描かれたことが、一層読者の共感を呼びます。具体的ではありますが、普遍的。とても、良いです。新年への寿ぎさえも感じさせます。

早送り触れてしまひし去年今年   紅緒
 あわただしさからか、うっかりか、どちらにしろ、一年の一時、特別な時間の流れのなかでの出来事。「ああ、やってしまった。」というような、軽い舌打ちをするのような気分がまた、われわれ日本人には、よくある去年今年でしょう。「早送り」という句材が、句を現代的にしていて良いでしょう。
 〈針に糸通してゐるや去年今年 細見綾子〉

巻尺のぴゅっと戻って大晦日   紅緒
 大晦日の情景として、大変楽しく、身近な例えです。もちろん、実際に巻尺がそうなったのでしょうが、そこに、大晦日の気分が投影されています。大晦日や十二月、極月という季語は、ともすれば、ありきたり、懐古趣味、古臭さが出てしまうものですが、掲句は、今現代の人々の生き生きとした様子が、新鮮に描かれています。楽しいユーモアも勝因でしょう。
 〈大年の色ゆたかなる火を使ふ 林由美子〉という句もまた、大晦日のせわしさの中にある、人々の気持ちを「ゆたかさ」で表現し、読者を魅了しています。
 読者を魅了する俳句、素晴らしいですね。

【次 点】

葉ぼたんの妻ひそやかな齢なり   余一

窓丸く見ゆるものもの冬ぬくし   涼

息白し雨に沈みし猫車   太郎

小さき手かまどかきだしクリスマス   津久見

ガリバーの如き大仏お身拭ひ   綏子

年の瀬や歩巾次第に狭まりて   綏子

遅れ来るバスを待ちをり雪だるま   たか子

遠近にちちははのこゑ冬籠   たか子

曙と冬満月の対峙せる   吉井流水

小春日や犬の名問へばゴッホとぞ   藤原 有

門柱の厚き表札寒昴   茂

切り絵図の逆さ文字読む冬安居   ジョルジュ

電線にト音記号や初鴉   大川一馬

地下鉄のドアを駈け込む破魔矢かな   大川一馬

図書館のカート出払う年の暮   コッポラ

墓守の蜜柑大きくなりにけり   コッポラ

靴下の毛玉気になる去年今年   ポリ

木枯しの町二丁目の哲学者   遅足

一本の電線纏ふ聖樹かな   恥芽

追ひ炊きに柚子湯の柚子が動きだす   えんや

麦畑霜霜霜で支配さる   すずすみ

去年今年山坂花野うそもあり   れい

ロボットに掃除されてる師走かな   岡野直樹

月冴えて湖面の不夜城外輪船   岡野直樹

国疲れパスタを茹でる年の暮れ   L特急

ねだられて猫の肩揉む日向ぼこ   遠野あきこ

風呂吹きやせつかちもゐてのんびりも   くまさん

大文字の凧で視力の検査する   紅緒

障子貼る母のかみそり貝印   あざみ

雪山のどこかで笑う縄文人   豊田ささお