「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2011年8月31日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 みなさま、こんにちには。
 今回も、たくさんの投句をいただき、とてもうれしく思っております。
 夏休み、お盆休みをはさみましたせいか、情感豊かで、イキの良い句が多かったように感じております。
 日常の経験、大きなことでなくとも、何かのきっかけが、わたしたちの心を豊かに、そして、飛ばせる(飛翔させる)ことがあるのでしょう。心の作用ってすごいですよね。

【十句選】

スイカ割る7キロ半を真つ二つ   まゆみ
 「七キロ半」という奇数で、いかにも半端な数字表現が、功を奏しました。大玉ですよね。それに、真っ二つに割るように、周囲からの声があるのか、それともたまたま、きれいに割れたのか。「割る」ですから、海辺のスイカ割りを連想しますね。楽しかろうスイカ割りを、感情を表す形容詞(例:楽しい、おもしろい)などを入れずに、具体的に表現することによって、読者の想像を大きく、自由にかきたてたことが、優れています。なににしろ、楽しさが伝わってきます。
 〈西瓜切るや家に水気と色あふれ  西東三鬼〉

一房の葡萄の粒を数えけり   涼
二の腕をそっと初秋に掴まれて   涼

 どちらも、秋の叙情を、具体的な行為いよって、如実に読者に伝えることに成功しているでしょう。秋といえば、物憂さやあわれ、なのですが、心の微妙な機微は、さまざまなものがあります。そこのところの、揺れ。人それぞれに違う秋の感情を、オリジナルな句として、仕上がっているでしょう。
 葡萄を数えるという、何でもない行為。しかしながら、葡萄でなければ、表現されているニュアンスは出てきません。正に秋らしい豊かさのある果物、葡萄。色といい、水気といい秋の風情がたっぷり。それでいて、どことなく愁いをもある。粒を数えるという点を除いても、梨や柿ではいけませんし、栗では愛嬌がありすぎてだめですね。
 デラウエアでも巨峰でも、白い粉をふいた葡萄が、眼前に浮かびます。
 二の腕、もう私の二の腕は、掴んでもらえないほどたくましくなってしまいましたが、、、。初秋が人の腕を掴むという擬人法が、秋の訪れを独創的に表現しえています。ふいに、訪れた秋に、ハッと気づかされる一瞬。その、タイミングが、掲句の要ではないでしょうか。
 〈秋を掌にのせしと云へる葡萄かな  永井東門居〉

向日葵や勧進帳を暗誦す   三人水
 安宅の関、勧進帳のあのシーン、良いですよね。私は、学生の頃、平家や源氏の栄枯盛衰を、魅力的に語って下さる先生がいて、軍記物を好きになりました。現代の学生はどうなのでしょう。国文学部、日本文学部が次々と閉じられていることに、危機感を覚えますが。
 さて、掲句、「向日葵」との取り合わせが、成功か否か。好みにより分かれるところではありますが、真夏の盛りを背景が、暗誦する努力を、生かせています。「や」切れも、古語文法の終止形「す」も、ぴたりとはまっていることでしょう。
 今、耳元で、勧進帳が朗々と読み上げられています。
 〈向日葵や信長の首斬り落とす  角川春樹〉

ゆつくりとドアーの閉まる晩夏光   せいち
 晩夏の持つ本意が、ぴったりと収まりました。「晩夏光」という季語が、とても生きています。そして、作者の、夏を惜しみながらも、秋を待つ心地。むしろ、夏に思い残しのないすがすがしささえも感じられそうです。季節の移りを、作者、読者、一体となって楽しめます。
 〈晩夏光バットの函に詩を誌す 中村草田男〉

刃をいれて怒りのごとしレモンの香   遅足
 遅足さま、レモンの5句、とても楽しませていただきました。バブル前後は、輸入レモン花盛りでしたが、現在は、もともとの国産生産地である瀬戸内地方が、独自のレモン栽培で復興しております。無農薬、有機栽培、非ポストハーベスト、などなど。私は、必ず、国産を求めます。
 かつては、しゃれた果物、薬味の代表であったレモンを、大胆に詠みかえていらっしゃると拝見いたしました。日常の香りとなったレモン。しかしながら、その強い香りは、やはりレモンならでは。そこのところを、大胆に新しく詠まれた句です。
 〈レモン切るより香ばしりて病よし 柴田色葉女〉
からは、大きくレモンと時代が変化しているのではないでしょうか。

牛乳瓶何も言わない夏の海   茂
 「夏の海」と「牛乳瓶」をシンクロさせて読みました。海底と瓶底に共通の感覚を覚えました。私は、海が大好きで、(祖父母宅が海辺でしたので、早朝の海も真昼の海も夕べの海も知っています。)海に潜ったときも感覚が蘇ってくる一句です。中七の「何も言わない」が、意味深長ですが、牛乳瓶の語りとも、海の語りとも取れ、夏の一日の感慨を感じさせるでしょう。
 〈乳母車夏の怒涛によこむきに 橋本多佳子〉

向日葵のみな西を向く川をむく   えんや
 「西」=「川」でしょうか。向日葵が常に太陽の方を向くという説を面白く思い出しました。(正確には、生育期にある向日葵の特性らしいですね。)
 私は、「西」という方角に魅力を感じました。西方浄土を連想する、ということではなく、夏の向日葵ですと、東や南が似つかわしいですよね。そこにあえて、西。その屈折感が、掲句の魅力と感じました。そこに、川があるという情景も、意味を探りたくなるような、一種独特の世界が見えます。個人的には、涅槃などと深読みはしたくないのですが、何とはなしに感じられる、真夏の虚無、空虚、虚空に魅力を感じました。
 〈向日葵に剣のごときレールかな 松本たかし〉

古民家の百畳からっぽ曼珠沙華   たか子
 古風な情景でありながら、「からっぽ」という口語が、句の世界を読者に近づけています。それに、悲しさ、侘しさを、そう、たくさん感じさせず、カラッとした感情があります。その、カラッとした思いが、魅力ではないでしょうか。
 曼珠沙華が咲く土手が見えているのか、たくさんの曼珠沙華が、古民家に活けてあるのか、はたまた、無造作に土間などに置かれているのか。何にしろ、曼珠沙華は、田畑のある場にふさわしい花。 私の言葉遣いとしては間違っているかもしれませんが、「悲しくはない寂寥感」が掲句の魅力と感じました。
 〈わが生は阿修羅に似たり曼珠沙華 角川春樹〉

車椅子押せば一気に秋高し   紅緒
 車椅子、どなたの介護でしょうか。ご老人、お怪我、なんらかの障がい。さまざまな人物像を想像いたしました。
 掲句の巧みさは、「押せば一気に」です。「〜すれば…」という語法が、秋を感じている作者に、句の人物に、読者にと、強く迫ってきます。
 爽やかで、心待ちにしていた秋。一気に迫る秋の空の風情。しかしながら、高い秋天をみると、なんとはなしに、心をかき乱されるようでもある。そんな、微妙な秋の気分を、お見事に表現されていると感じ入りました。
 〈鼻すこし天向く少女秋高し 細川加賀〉

【予選句】
※今回は、甲乙つけがたく、次点・予選の区別なしです。

蜘蛛に囲の玄関先を通せん坊   山渓

女優の名まだらに忘れ夏過ぐる   滝男

海底よりロープたぐりし夏の朝   津久見未完

八月の金魚魚拓にしてしまへ   学

地球儀の海にこぎだす冷し酒   学

秋茄子をもぎ取りぎゅわと鳴りにけり   みどり

何もかもあなたまかせで夏過ぎる   雪男

柿一つ持ちて重しと思いけり   涼

筒先の伸びきっている残暑かな   吉井流水

海中に天の河あり発光魚   三人水

原色のカンディンスキーの夏館   B生

みちのく熱夏杉良太郎の無償   余一

京焼や欠片になって住む金魚   ジョルジュ

茄子キュッと鳴いて子供喜ばす   板垣孝志

レモンの香一糸まとわず立ちにけり   遅足

午前零時レモンが夢をみる時間    遅足

一代記閉じてレモンの香のなかを   遅足

体温を超える気温やカンナの緋   大川一馬

独り言つ鍋に残りし茹で南瓜   大川一馬

遠蝉や貴賓室への長廊下   茂

茄子紺の巾着の中秋初め   茂

煮魚の×字の切れ目秋時雨   茂

凌霄花の散り広がりて風の中   太郎

水色のワルツを踊る今朝の秋   臥龍ハルヲ

百万石の穂波かな   山畑洋二

いちまいの大地となりぬ秋の蝶   啓

そこにある妻の座といふ夜半の秋   戯心

無花果は遠い日の夢の味かな   豊田ささお

音もなく地球自転す遠花火   邯鄲

鶏頭や 灼熱の赤身にまとひ   とほる

石仏の赤き前掛け秋に入る   さくら

かなかなやタトウーの少女黙祷す   豊秋

片言の日本語交じる流灯会   豊秋

奥行きの持てぬ生活熱帯魚   伍弐拾

ガラス器に揚げたての魚夏惜しむ    草子

一尺の結界白し捕虫網    草子

勝ちゃんは男やもめさ赤のまま   あざみ



2011年8月24日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先日、体重計を新しく買い直した。体脂肪を測定してくれるというので家内とボクの生年月日と身長を記憶させた。家内が乗って出た結果は「やや肥満」。ボクが乗って出たのは「標準」。家内はボクのお腹の出っ張り具合を見て不審がるが、少し前から飲食をセーブしているからかも知れない。減量には運動を薦める人が多いが、それは続かないことを自分が一番よく知っている。でも、不思議と食べ物のセーブは、まあ、それなりにできるのに・・・ただし、お腹の周りの肥満にたいした変化が出ていないのが不満。
 では、気を取り直して今週の十句選です。

【十句選】

泰然と積乱雲の横に居る   滝男
 横に居るという表現が大胆。しかも泰然と、とあるので人間が積乱雲=入道のように大きく感じられる。暑いさなか入道が汗を噴き出しながら、泰然と構えているのはなんだか可笑しい。

秋茄子を焼きて饒舌我が家族   一梲
 賑やかな家族・・・二人暮らしに慣れた者にとっては煩わしいかな、と思わなくもないが家族が食卓を囲み、よく喋り、よく食べるのは健康な証拠。その源が旬にして廉価な「秋茄子」。素朴に共感した。

炎天や排水孔のスポーツ紙   B生
 環境が劣悪でなくても、其処此処に見かける光景。ちょろちょろと滴る排水と汚れて濡れたスポーツ新聞。とにかく暑い、じと〜っと暑い。耐えがたい暑さを端的に描いている句。

扇風機印度音楽攪拌す   大川一馬
 弦楽器、打楽器、笛などが奏でる、ちょっと高音で乾いた感じ。独特のリズムをもったインド音楽。そんな環境では、強いて言うならクーラーよりも熱風をかき混ぜるだけの扇風機が相応しい。で、再び、強いて言うなら、その扇風機がカラカラと音を立て、インド音楽を攪拌、というか、仲間入りと読んだ。

八月の蛇口は声を発しけり   遅足
 ボクにとって8月を一言で喩えるなら「歪み」の月。可能だったモノを不可能にし、不可能だったモノを可能する。然るに蛇口も声を上げる。

買い物はレモンひとつの雨宿り   遅足
 テレビのCMのような光景。ときにはこんなお洒落な雨宿りもいい。 そして、ドラマを描くなら、レモンは買い忘れて再び出かけて買った物。サラダかなんかに添えるのだろう。家では旦那様が待っている。若い奥さんは雨空を見上げ気が気ではない・・・と、う〜ん、典型に過ぎた(汗)。

合歓咲くや山風幾度吹き変はり   太郎
 山風幾度吹き変はり・・・そのような環境で暮らしたことが無いので、憧れだけが先走るようだが、一生をその地で暮らしてみたい。咲く花が合歓なら、なお思いが強くなる。先日、2階の屋根を超す高さの合歓を福井県の山沿いの街道で見たからかもしれない。「吹き変はり」に時の移り変わりを思う。

赤青黄ざくざく切りて夏料理   山畑洋二
 夏料理は大胆に涼やかに・・・「赤青黄」「ざくざく」おおざっぱな表現だが、それは男が作った夏料理という感じ。ビールより冷えた吟醸酒が似合う。

野分けより顔を出しけり定食屋   豊秋
 強い野分けが吹き抜けて行った。客足の途絶えた定食屋の主がのそりと暖簾から顔を覗かせる。寂しくも少し滑稽な情景。それは時代から遠ざかりつつある、定食屋という俗のせい。

盆と言ふ日本がこの身に浸透し   意思
 「浸透し」は今年ならばこその感慨。いわば時事。時を経てこの句がどうなるかなんて考える必要はない。後世に残らなくてもその時の人心に沁みればいい。

【次点句】

水面の影より薄き糸蜻蛉   葦人

夫あらば今を語らん長き夜   まゆみ

長き夜の液晶テレビ触れて消す   まゆみ

少年は海女のごとくに泳ぎけり   津久見未完

夏風邪や仰臥の下の茣蓙のしわ   山渓

まっ芯で振りぬく夏のド真ん中   B生

ヘボン邸跡の碑に聞く虫の声   大川一馬

その中に卑猥な言葉踊唄   今村征一

岩清水汲みて漢詩の余白かな   茂

夜の秋水に戻っていく身体   遅足

上州は鶴のかたちや青田風   太郎

香水や第六感のあらざれど   たか子

大方は妻に首振り扇風機   えんや

八月や千本日活曲がり角   三人水

しんにょうはゆるりとめぐり蓮や咲く   啓

たゆたふは夜の白雲いえ海月   啓

青瓢箪捨てどころを考える   らっこ

残照に影の太きよ鳳仙花   ミサエ

桃剥くや四谷シモンの人形愛   伍弐拾

夜這星小さく名乗り通夜の客   伍弐拾

残暑光楳図かずおの赤と白   伍弐拾

男より先に歩ける扇かな   豊秋

含羞草触れば笑うぬいぐるみ   草子

山々のどこが源夕かなかな   紅緒



2011年8月17日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 幾分日が遠くなったような気がしますが、暑さはまだまだ厳しいですね。クマゼミやアブラゼミに混じって、近所ではもうカナカナが鳴き始めました。高いところからカナカナカナカナと響いてくる甲高い声、蜩のあんな小さな体から、どうしてこんな大きな声が出てくるのかと今でも不思議です。ジージーと螻蛄の鳴く声も初夏の畑で聞いたことがあるのですが、螻蛄とカナカナの鳴くところを一度見てみたいと思っています。
 さて、今週は173句の中から。秀句が多く、佳作も採りきれないくらいありました。

【十句選】

手花火や採用不可の通知あり   豊秋

 さして期待していたわけではなくても、採用不可の通知を実際に受け取ってしまったときの「やっぱり・・・」という思い。子どもたちと楽しむ「手花火」だからこそ、伝わるものがありました。佳句だと思います。

みんみんや赤い歯ブラシとりかえる   あざみ
 赤い歯ブラシをまた赤い歯ブラシにとりかえる、と読みました。歯ブラシを新しいものと取り替えることで、夏の暮らしに句点を打とうとされたのでしょう。ミーンミーンと声を重ねて鳴く蝉に、赤い歯ブラシは上手く拮抗しているように思います。涼しげな色でないところがこの句の魅力でしょうか。

淋しさもやっと半分胡瓜もむ   らっこ
 人生に別れは避けがたくあります。作者は、毎日淋しくて仕方がないのです。けれども、この淋しさは、今はまだ半分、これからもっと淋しくなる、と作者は覚悟しておられます。淋しさの中にも、「胡瓜もむ」日常を見失わないところに、作者の強さを感じました。

西方をみうしなふまで大夕焼け   啓
 西方を見失ってしまうくらいに空全体を覆う夏の夕焼け。シンプルな言葉遣いで印象鮮明な句です。西方浄土を見失うまで壮麗な、と読むのは読み過ぎでしょうね。

柿わかば牛飼ふ家の三姉妹   余一
 今年は、福島原発の事故で酪農農家の様子がテレビで紹介されることが多かったせいか、「牛飼ふ家」が気がかりです。この句は、柿若葉と三姉妹の取り合わせですが、「牛飼ふ家」が、三姉妹の育つ環境(豊かな自然や、身近に牛のいる野趣ある生活)を適切に伝えてくれます。柿若葉も牛も三姉妹も、お互いがお互いを引き立て合って、気持ちの良い句ですね。

空蝉や裂傷ありて飛翔あり   B男
 蝉の幼虫は、背中を割って脱皮しますので、空蝉の背の裂け目は、羽化した蝉が飛びたった証です。 裂傷という痛ましさが飛翔という誇らしさに繋がる、昆虫の劇的な生のあり方が伝わりました。

いつ来ても少年になる夏野かな   洋平
 虫捕り、鬼ごっこ、草野球・・・、日が暮れるまで遊んだ少年時代の思い出が甦るのでしょう。けれども、そんな説明など一つもないところに、気持ちを一気に少年に引き戻す夏野の力が感じられる句です。

小流れのいよよ澄けり草の花   えんや
 草履履きの足が濡れて、始めて気付くような流れもあります。草に埋もれて気付かないほどの小さな流れがあったのですね。けれども、よく見ると、その水は澄んでいるのです。爽やかな秋の野の一場面、草の花が効いていると思いました。

式典の椅子の整列蝉時雨   茂
 野外にきちんと並べられた椅子が、式典の始まる前の緊張感を伝えます。蝉時雨はその暑さの最中に集う人たちの心情を伝えます。

夜の秋互い違いに雑魚寝せり   葦人
 雑魚寝の光景が「互い違いに」で、よく見える句です。お互いに私語をしないでしっかり寝よう、という意志が感じられます。雑魚寝の経験豊富な方たちでないとなかなかこうは行きません。「夜の秋」もちょうど良い季節ではなかったでしょうか。

【佳 作】

出目金の朝昼夕餉ありにけり   えんや

空蝉となり静脈をさらす空   ゆきよ

長き夜や水の地球を語りては   まゆみ

水道の蛇口上向く日の盛り   今村征一



2011年8月10日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暑い日に、ある研修会のフィールドワークで大阪市生野区の旧猪飼野地区を歩きました。在日韓国・朝鮮人の方々の多く住む地域です。コリアタウンとは鶴橋駅周辺と思っていたのですが、本物は駅からさらに東南に10分ほど歩いたところに東西に伸びていました。やや寂れた雰囲気でしたが、かえって好きでした。さて、鶴橋駅周辺のあの強烈な焼き肉の匂い。最後は焼き肉とビールで締めましたが、安くあげるぞと固く誓っていたのに、気がついたら1人7000円でした。

【十句選】

窓と云ふ窓ことごとく秋めきぬ   今村征一
 古ぼけた和風建築の旅館のイメージ。客室の広いモダンな窓、階段の途中ののぞき窓、厨房の窓。それらのどの窓も秋の気配がしているという。窓に秋の気配とは、窓の周りの風が少し涼しいとか、窓のあたりに朝顔が濃くなったとかでしょうか。窓そのものが秋めくという言い方が俳句的で、そこから詩が生まれている。

歩いても歩かなくても日の盛り   今村征一
 炎天を実際に歩くと日の盛りが実感できる。それを想像するだけでうんざりし、歩くのをやめても、そこには日の盛りが広がっている。当たり前のことを人を食ったように言っているところがおもしろい。以前読んだ本に、インドでは日中あまりに暑いのでインド人はものすごくゆっくりしたスピードで炎天を歩く、という場面を思い出しました。

てんと虫工事現場のヘルメット   山内睦雄
 何とも素っ気ない言い方。この時期の工事現場は半端でなく暑い。おまけに、事故防止・体の防護のために働く人は分厚い生地の長袖長ズボンの作業服を着ておられる。そして、休憩時間には日陰の路上で長々とお休みになっていたりする。傍らのヘルメットの上か横にぽつんとてんとむし。まさに、叙述のない、ものだけの世界が雄弁に語っています。

真夜中に猫が猫背の盆踊り   れい
 よく言われる真夜中の野良猫の集会でしょうか。それだけではおもしろくないが、車座になっている数匹の猫が盆踊りをしていると見たのがおもしろい。それも、猫が猫背の、とは。ぷっ。盆、盆踊り、生身霊など秋のこれからの季語ですね。先日少し早いですが、近所の神社での盆踊りを見に行きました。季節の風物詩は好きで、あると必ず見に行ってしまいます。といっても、からあげ・ビール片手に、石段にずーと座っていたのですが。

真っ青な螺旋階段よりレモン   遅足
 レモンは秋の季語。少し早い感じもしますが。真っ青なきれいな色のペンキで塗られたおしゃれな螺旋階段から、転がり落ちてくるレモン。青と黄色の鮮やかなコントラスト。螺旋階段という字の形と音の響き。そのどれもが、心地いい詩になっています。これも、あまり語らないのがいいのですね。

はまなすや伝言板は海の底   ジョルジュ
 時期だけについ三陸海岸沖を想像してしまいますが、離れてもいいと思います。最近は見ないですが、昔よく駅の改札の横にあった黒板の形の伝言板。イニシャルだけの恋人が、恥ずかしそうに暗号めいた言葉を残している。または、いたずら書きが書き殴ってあったりする。それがなぜか今は海の底。その謎がいいなあ。

ミロ展の赤青黄色麦の秋   えんや
 麦の秋、麦秋、夏の季語。ミロ展だとポスターか建物の色かわかなくなるので、ミロの絵の、とされてはいかがでしょう。赤青黄色、がとても具体的で、といって言い過ぎではなくて、目に浮かんできます。ミロはスペイン・カタルーニャ地方の人ですね。南仏からスペイン南部一面に広がる黄金の麦の畑の風景が、絵の背景に流れています。

結界に三匹の犬昼寝かな   啓
 結界は難しい言葉ですが、神社などにある、区切られた聖なる一画ですね。縄などが張られて、宮司以外は入れないが、そこに野良犬か神社の犬がお構いなしに入り込んで、長々と体を伸ばしている。「結界」という緊張感ある言葉と犬昼寝という俗っぽい言葉の取り合わせがおもしろい。昼寝は夏の季語。

ゴム長の女すらりと鰻さく   紅緒
 鰻をさくゴム長の女、と言うだけで小股の切れ上がった涼しい目の、色香香る30代前半のてきぱき働くいい女が目に浮かびます。いつも想像しすぎですみません(笑)。でも、「すらりと」はさくに掛かりますが、この女性の佇まいにも掛かるようで、華奢だけれどきびきび動く魅力的な肢体がわかります。ゴム長、という俗な言葉が生き生きと働き、季節の詩になっています。

八月や父はちょこんと坐りゐる   余一
 戦争や原爆を思わせる8月だけに、ちょこんと坐る父が、様々なことを想像させる。思わせぶりというか、悩ましい句ですが、作者はそこまで考えておられないかもしれない。ちょこんと、が効いていますね。いかにも、油の抜けた、人の好い、年取った父親が、畳にぽかんと座っているような感じ。ひょっとしたら、この世にいない父かも。

【予選句】

石ころの一つに向かう岩清水   茂
 自分流に自然をデフォルメする一つの技法ですね。

野良猫の一日置きに来る暑さ   コッポラ
  一日おき、がおかしい。

宵山は新住民に継がれゆき   葦人
 祇園祭ですが、宵山だけでわかりますか。

地の奥に蟻の帝国少年期   涼
 遠い昔の少年期にふと思ったことでしょうか。

蛍火や石の仏を照らしけり   涼
 朽ちて表面も読めない、路傍の石仏。

炎天や扁平足の重き足   まゆみ
 いかにも足を引きずっている感じ。

自販機の売り切ればかり日の盛り   今村征一
 情けない現実のひょうひょう感。

夏薊今日は二人で帰る道   山内睦雄
 このような散歩をしてみたい!

受売りの養生訓や梅雨の明   美佐枝
 養生訓なんて、みんな受け売りですね。

捨て傘を杖となしたる劫暑かな   なるせ
 捨て傘の杖となりゆく劫暑かな、ではどうでしょう。

花火持つ姉さんの指細かった   小市
 散文になるので、細かりき、ではいかがでしょう。

ナイアガラ秩父の川になだれ落つ   小市
 滝が夏の季語ですがやや苦しい。でも、ナイアガラが突然秩父に現れるのはおもしろい。

音程を少し外して夜の蝉   勇平
 夜の蝉は特にうるさいので、こう聞こえます。

土用波弾くシンバル終楽章   勇平
 土用波の頃聞く終楽章はすてきですね。

落日やまだ青鷺の待つ姿勢   戯心
 待つ姿勢が発見。

日焼けせる皆医者通ひ村営バス   戯心
せる、は、して、でいいのでは。クスリとしますね。

晩夏光車掌の声のまだ青し   ∞
 研修中の車掌さん。いいですね。

残暑とは犬の吐き出す吐息かな   くまさん
 大暑、ではいかが。言い切ったところがいいです。

赤ばかり好む男や油蝉   あざみ
 何か、取り合わせがおかしい。

かなかなや戦友(とも)の住所のある写真   余一
 古い古い写真ですね。「とも」と読ませるのはどうですか。

余花の午後なにごともなく燃ゆる文   余一
 思わせぶりな句ですね。

【ひとこと】

◎こうされては?
◆モモよりもスモモの愛し老年期・・・スモモが好きよ、では。
◆藍色の風の浴衣も又三郎・・・も、は、に、では。
◆木曽川にともりし光り夜涼かな・・・木曽川に点る光や夜の秋、では。
◆キング牧師の演説や谷間の百合・・・リズムを再考。
◆住みなれし家を離るる葛の花・・・離るる、は離れて?
◆撫子やいつ目覚めても風吹きをり・・・撫子やいつ目覚めても風の吹く、では?
◆抽斗に入道雲の潜みをり・・・潜みをり、をかけらかな、では。
◆名優の名の薔薇闌けて園閉まる・・・園閉まるで別のことを言われたら。
◆靴下に馬の蹄の模様夏・・・夏がとってつけたようなので、靴下に羊の模様+夏の季語、とされては。
◆結界へ日傘はずして日は額に・・・はずして、は畳んで、では。

◎説明
◆夏茜飛行機雲は袈裟切りに
◆夏風邪を祓ってくれし阿波おどり
◆可憐とも神秘的とも鳥兜
◆紫陽花の真顔になって揺れている
◆夕立に象のつぶらなまなこかな
◆可憐なり松葉ボタンの花言葉
◆右耳に左の耳に蝉時雨
◆繕ひてBMWのうらへ蜘蛛
◆小道具の扇子手拭変幻に
◆日傘さす前を蛇行す一輪車
◆片頬へ通える風や夜の秋・・・季語の説明
◆払っても払ってもくる飯に蝿・・・季語の説明

◎報告
◆夏料理出てくるごとに「カッワイイ!」
◆芦屋市の六麓荘の蝉しぐれ
◆数珠繋ぎの列のしんがり墓参
◆セミの穴数えて見上げ深呼吸
◆山羊の眼の真一文字やかき氷
◆組み鐘(カリヨン]に息のみ目覚む夏の山
◆仮眠とる人もをりたり蝉時雨
◆夏の夜に父と二人で眠って居る
◆松葉牡丹水やりをして母を看る
◆瑠璃色の光を放つ蝶蜻蛉
◆蝶蜻蛉池の向こうの二人連れ

◎理屈
◆夏台風物質文化に容赦せず
◆愛こそ 苦しみの始まり 夏が燃える

◎全部言った
◆城垣の幾何学模様夏スミレ
◆不夜城の博多中洲に蝉時雨
◆夕日染む富士が天空独り占め
◆浴衣好(よ)き笑みの絶えない姉妹かな
◆行く人のみな麗しき夏の果

◎言い過ぎ
◆路地裏や打ち水競ふ小料理屋
◆煌々たるコンビナートや夜の秋
◆一輌車線路ひんまげ来る暑さ

◎即き過ぎ
◆夏の雷授業で使う火縄銃
◆面長な飛鳥の仏蓮の花
◆参道を尼の日傘や法隆寺
◆泣き晴らし走りゆく兒や夕夏野・・・泣き腫らし、ですか。

◎・・・過ぎ
◆狂おしいほど愛しい夏の満月・・・思いが出過ぎ
◆携帯を眺め思わず涙夏・・・思いが出過ぎ
◆どんな夢膨らませよか蠍座よ・・・思いが出過ぎ
◆雲の峰歩け歩けと意気高し・・・気分出過ぎ
◆蝉しぐれきゅきゅっきゅきゅっと米を研ぐ・・・オノマトペに頼りすぎ。
◆津波とも紛ふかなかな時雨かな・・・生々しい
◆西日受く癌の告知のただなかに・・・重すぎる
◆噴水の悪魔の踊り八重奏・・・作りすぎ

◎近い
◆子の靴を洗ひ終へたる水を打つ
◆僧逝きしがらんどうなる夏座敷
◆雲の峰力こぶではまだ負けず
◆灼熱の空つずきます原爆忌
◆一筋の廃校の道花さびた
◆惚けおり花火見る妻あああああ・・・同じことを言っている
◆大暑かな石柱列のエンタシス・・・同じ言葉

◎主観
◆尻尾には尻尾の主張青蜥蜴
◆不安さえたくましく見ゆ雲の峰
◆夏草や巨大な夢を夢想する

◎平凡
◆人生に悔のいくつか遠花火
◆夏ひばり田に朝風のそよぎけり
◆夕焼けや窓にあふるる浅間山
◆せんべいをぱりんとわりし京の夏・・・ありきたり
◆桃熟るる地球を廻る宇宙船・・・当たり前
◆好色は生まれつきなり天竺牡丹・・・当たり前の述懐

◎分かりにくい・難しい
◆充電の三分で喰うかき氷・・・状況が
◆サングラス昨日と違う声音かな・・・状況が
◆目の前を夏服めくり妻過ぎる・・・状況が
◆心太そっと後を振り返る・・・状況が
◆ビロードの川面の縁や大瀑布・・・視点が
◆片方のズックはどこへ籐寝椅子・・・立ち位置が
◆向日葵や国民学校優等生・・・時代設定が
◆川開き水面に揺れる華ひとつ・・・華が?
◆大花火転生しても力士かな・・・誰のことかが
◆どこからか桃の届いて死後の家・・・誰の家かが
◆初めまして妻の昼寝の足の裏・・・初めまして、が
◆凌霄花今年も出ろよあの高校・・・野球?わかりにくい
◆一徹者よ葉隠の青胡桃・・・意味取りにくい
◆鶏のごと雷鳥の砂浴びぬ・・・意味つかみにくい
◆蜘蛛の巣や龍が餌食の甲子園・・・ドラゴンズのことですか?
◆全科目課外授業の青田風・・・夏期補習?全部課外授業とは?
◆雨の日や語らひはずむ登山小屋・・・登山小屋が季語ですか?
◆相席の口からこぼれる赤い夏・・・スイカですか?
◆夕焼けに機影染まらず上昇す・・・イメージ作りにくい
◆洪水の華鬘となれり大鳥居・・・難しい

◎ある世界
◆炎天にペコチャンの出す赤い舌
◆夏布団くるまる妻のトドめけり
◆絵手紙の続けて届く夏休み
◆雲厚しケルン積みたる別れ道
◆風鈴や杉の山から青き風
◆学帽を被りなおして帰省かな・・・言われた世界
◆蟾蜍己の影に身を隠す・・・あったような

◎川柳
◆炎天をすぱっと切り裂く女子サッカー
◆芋嵐それでもわたし民主党
◆万緑やひっかかってる肺機能

◎その他
◆どや顔でちぬ持ち上ぐる太公望・・・どや顔がはやりの言葉
◆舟べりはぎぃぎぃきしみ夜の秋・・・ぎぃぎぃきしみ、が言葉がもったいない
◆地図たどる北緯五十度朱夏の悲話・・・複雑
◆玄関でひと呼吸する帰省かな・・・もう一歩
◆リヤカーの荷台涼しき日暮れかな・・・もう一歩
◆炎天を支えて人の美しき・・・抽象
◆半夏生パン種膨れすぎている・・・不思議な世界
◆風吹いて直立不動水中花・・・固い
◆ドカドカと花火は家にやってくる・・・詩があるか?
◆クーラーを付ける時間を何時も迷ふ・・・説明 詩があるか?
◆瑠璃色の夢の世界へ蝶蜻蛉・・・夢の世界、瑠璃色が既成の言葉
◆瑠璃色の池のほとりを蝶蜻蛉・・・夢の世界、瑠璃色が既成の言葉
◆瑠璃色の空と池とを蝶蜻蛉・・・夢の世界、瑠璃色が既成の言葉
◆八月を殺めた父が呆け逝・・・意味深


2011年8月3日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暦の上では秋が近づいていますが、世はまだまだこれからが夏本番。暑い毎日が続きますがお元気でお過ごしでしょうか。節電の今年、扇風機や団扇、扇子、ステテコといった、ややレトロなものが活躍しています。このような季語で1句いかがでしょう。
 先週の小西ドクターも書かれていましたが、なでしこジャパンの優勝、本当に素晴らしかったですね!今週いただいた句にもなでしこジャパンを詠んだものがありました。ここに紹介させていただきます。「夏未明なでしこジャパン凱歌あげ」「NADESHIKOの足技勝る夏の夜」「天晴れややまとナデシコ夏の陣」。本当に爽やかな優勝でした。
 では今回もよろしくお願いします。

【十句選】

小言屋のまだ座している夏の椅子   滝男
 小言を言う人がいるというのはやっかいな状況なのですが、暑い夏の日にそんなに長いことがんばるとは、あなたもやるわねえとどこか憎めない気がします。「夏の椅子」だから、小言もからりとしていていいのだと思います。

蝉の穴覗けば地軸見えさうな   今村征一
 現実的に考えれば地軸が見えるわけはないのですが、蝉の出てきた後の小さな小さな穴からそんなイメージが膨らむのはとても楽しいことです。蝉の幼虫のがんばりを思えばそれぐらい見えてもおかしくないようなそんな気がしてきます。

トムソーヤ中洲へ急ぐ夏休み   ジョルジュ
 子どもたちにとって楽しい楽しい夏休みがスタートしました。危ないことしちゃダメと言われると余計にしたくなるものですね。中州は子供たちにとって心躍る冒険の地。初句にぽーんと「トムソーヤ」と持ってきたことがこの句では読者のイメージを引き出すためにうまくはたらいているなと思います。

石ころも生きとし生きて原爆忌   せいち
 毎年夏になると、戦争や原爆を詠んだ句に出会います。石ころを主役にした句、一見地味かもしれませんが、説得力があり重く心に響きます。こういう詠み方もあるのだなあと勉強させていただきました。

石鹸に溶ける晩夏の手足かな   遅足
 石鹸でごしごし手足を洗う心地よさを「溶ける」と表現されています。暑い夏、その感覚は読者も大いに共感できるものです。さらりと素直に詠まれたところがいいと思います。

亡き母のスリッパの音梅雨明けて   れい
 亡き母のスリッパの音が聞こえるような気がする、というのはまだまだ故人を忘れられない(当然ですが)気持ちがいっぱいなのですが、問題はそこに何を取り合わせるか。この句では、「梅雨明けて」と明るさの広がりが感じられるものを持ってこられていて、前向きな気持ちが伝わります。いつもそばにいるようなあたたかさ。読後感が爽やかでいい取り合わせだと思います。

風鈴のひと呼吸する入日かな   戯心
 風がはたりとやむ瞬間ってありますよね。「風鈴のひと呼吸」と、風の様子を、風鈴を擬人化して語るところがうまい!情景が思い浮かぶ素敵な一句です。

猛暑かな薩摩のひとを妻にする   余一
 この猛暑は、気候に加えて、ふたりの情熱や妻となる人の気性などいろいろなことの比喩としてはたらいているのだと思います。「薩摩のひと」という言い方に、読み手それぞれの持つイメージがふくらみますね。

節電やゴーヤの坊やのブランコや   豊田ささお
 緑のカーテン、流行していますね。節電のこの夏、いっそう大活躍です。この句、つるのあちこちにぶらさがっているゴーヤの様子を「ゴーヤの坊やのブランコや」とゴーヤを擬人化してユーモラスに言っているところが面白い。ゴーヤは個人的に苦味があまり得意ではないのですが、このゴーヤはとてもかわいくていいですね。節電を楽しくする1句だなあと思いました。

梅雨晴れやショージとタカオの十四年   秋山三人水
 今週の十句の選は、無記名で説明などはすべて省いた句を読んで行い、選の後、お名前やコメントを読ませていただいています。
 この句、ショージとタカオという相棒がいて14年間共にがんばってきている、梅雨晴れという季語から考えるとなにかいいことがあったんだろうなあ、そんな風に読ませていただき、「ショージとタカオの十四年」というぶっきらぼうな言い方が男の友情っぽくていいなと思いました。
 後でコメントを読ませていただいて、布川事件の再審無罪を詠んだ時事詠だと知りました。記録映画にもなっているのですね。情報に疎く無知な私はそんな読み方をしていいなと思い、作者の意図とは違った読み方をしていたのですが、説明がなくても表現がよいものはよい、俳句とはそのようなものなのだと思います。

【次点句】

氷水細胞の核動きだす   涼
 暑いとき、冷たい水を飲んで体中にしみわたる感じを、細胞の核にまで結びつけたところがおもしろいと感じました。

炎天に妊婦ゆつくり身を運ぶ   えんや
 大きいおなかを抱えて、妊婦さんは「身を運ぶ」という表現がぴったりですね。身は自分でもおなかの子でもあります。

夕立に象のつぶらなまなこかな   学
 象の目には夕立はどのようにうつるのでしょう。やや哲学的な1句です。

雨蛙生のうねりを手に受けて   ゆきよ
 雨蛙をつかまえたら手の中でごにょごにょ動いた、それを「生のうねり」と表現すると、あのかわいい雨蛙がなんともかっこよく感じられます。そう、確かな命が感じられますね。

聴かせたしゴッホの耳に草の笛   B生
 ゴッホの耳にやさしい草笛の音が届いたら、ゴッホの人生も変わっていたかもしれません。発想の飛躍にやられた!という感じです。

金魚から食事済ませる目玉焼き   コッポラ
 金魚に餌をあげて、さて自分は目玉焼きを焼いて、と、何気ない朝の風景ですが、金魚の餌を「食事」というところがどことなくユーモラスです。村上春樹の短編小説みたいだなあと思いました。

鉄板の焼蕎麦大玉夏休み   茂
 子どものいるおうちの様子でしょうか。はたまたバーベキューでしょうか。豪快でいいですね。ただ、名詞が続いてやや重く、585で字余りとなっていてリズムが悪いのでそこが惜しいです。

桃すこし傷んで此処におりまする   孝志
 傷んでいるのは桃なのかもしれませんが、「此処におりまする」という擬人化した表現、もしかしたら傷んでいるのは桃じゃなくて誰かさんなのかもと思いました。

胡瓜スティックわしゃあそんなに粋じゃねえ   岡野直樹
 野菜スティック、確かに、ただの細長く切った野菜なのになんだかお洒落な食べ物のような気になります。ぶっきらぼうな言い方、大胆な破調がおもしろいと思います。

物干場礼儀正しき浴衣かな   くまさん
 直線で縫われている浴衣は干されてもまっすぐで礼儀正しそうですね。納得の1句です。


2011年7月27日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 サッカー女子W杯で「なでしこジャパン」が初優勝。感極まりグランドに泣き崩れた選手は見あたりません。なんてさわやかな優勝なのでしょう。試合中も度々感動しました。同点ゴールの宮間選手がにこりともせず次の点に向けて走り出したとき、思わず寝ている主人をたたき起こしてしまいました。男子Jリーガーなら大きなパフォーマンスを見せているはずです。
 さて撫子は「撫でし子」。万葉集や源氏物語にも登場します。「カワラナデシコ」をはじめ、種類はとても多く、夏から秋にかけて楽しませてくれます。別名「トコナツ」。子規の句を3句。

 (前書き)陸奥の旅に古風の袴はきたる少女を見て
撫し子やものなつかしき昔ぶり
 (前書き)羽州行脚
喘ぎ喘ぎ撫し子の上に倒れけり
撫子に褌乾く夕日哉

【十句選】

力まずに詩詠む余生茄子の花   今村征一
 意志が出過ぎ、解り過ぎ、説明し過ぎ、これらの懸念を一掃する「茄子の花」でした。ご自身が詩を詠まれても良いのですが、私は、吉野弘の詩などを諳んじておられる作者を想像しました。

白南風や鏡に父と並びをり   学
 シンプルで説明をし過ぎていないことが、鏡の中の外部の光と仲の良い父子をより鮮明にしました。わずか十七文字で読者も「白南風」を体感できます。

金魚田に空の青さは映されず   綏子
 金魚田に何かが映っている風景を句にしたいものですが、この作者は映っていないものを句にされました。若山牧水の「白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」も思い出しました。上品なリリシズム。

早々と暑中見舞いの草書体   秋山三人水
 最初は通り過ぎた句でした。二度目に立ち止まりました。まずサ行がそろいリズムが良いこと。読めば読むほど涼しくなります。「早々」も「草書体」も涼しくて気持ちの良い句です。

ジージーがバーバーといて積乱雲   ロミ
 この句、ジージーとバーバーがいるという並列の話ではありません。ジージーがバーバーといるときにできあがる「積乱雲」の話です。いろいろ想像はできますが。お二人の白髪がモクモクしているのかもしれませんし、喧嘩して爆発寸前かもしれませんし・・・・

手のひらに馴染むぐいのみ冷奴   美佐枝
 なんて美味しそうなお酒なのでしょう。手の平にしっくりくるぐいのみというのはなかなかお目にかかりません。ぐいのみが冷奴を引き立て、冷奴がぐいのみを引き立てています。

わが死後の書棚の埃壁の黴   大川一馬
 壁の黴を見て自分の死後も残るのだろうと思うことは想像できます。私が気に入ったのは「書棚の埃」です。死んだあとの埃を気にするというこの生真面目さが(不謹慎ですが)とても可笑しくて選びました。ユニークな句です。

腕一本藤田帰らず巴里祭   啓
 洋画家「藤田嗣治」ですね。フランスに帰化したので日本に「帰らず」。とても端正な句です。「藤田」を画家だと知らないとしても、たとえば藤田という名前の料理人でも良いのです。さまざまなことが想像でき、ペーソスのある「巴里祭」になりました。

緑陰の暮れてはじまる水の音   ∞
 この水の音は何でしょう。日中の緑陰が徐々に暮れ、やがて闇がやってきそうな時間。この不思議な時間に水の音が聞こえ始めます。このあと何がおこるのだろうという謎めいたドラマ。シュールな句です。

自動ドア開けば祇園祭かな   みのる
 斬新な祇園祭の句。辻を曲がるたびに目の前にわっと現れる鉾や山。極彩色あり、高さあり、物語あり。まさしく自動ドアが開くようなドキドキ感、わくわく感があります。

月光にしがみついてるカブトムシ   豊田ささお
 マンガのような俳句です。情景はごらんのとおり。こんなカブトムシの句ははじめて見ました。カブトムシの強さも表現されています。何より色の対比が素晴らしい!

【次 点】

二、三人暑中見舞いのこの世かな   涼
 面白い句だと思いました。少しリズムが悪いので「この世かな」と「二、三人」を逆にされたらどうでしょう。

夏霧の落ち来る中や牛の声   太郎
 「落ち来る」が惜しいです。夏の高原の様子がよくわかりますし、「牛の声」も見事です。霧に包まれた状態の方が牛の声が引き立ちますので「落ち来る」は不要かと。

なんとなくこそばゆくあり桃の皮   津久見未完
 よくわかる句で共感者は多いはずです。しかし何かが足りません。もう少し句を広げるにはどうしたらよいでしょう。私も考えています。

海に来てメール発信雲の峰   滝男
 とても気持ちの良い句です。近しい人にメールを送信する作者。そのメールははるかかなたの雲の峰を超えてゆきます。海から山へ、その転換もステキです。十句に採ろうか迷いました。

来し方のあの日を想ひ水を打つ   えんや
 こんな「打ち水」もあるのかと感心しました。ただ「来し方」と「あの日」のイメージが似通っていて残念です。

滝しぶき浴びて生き生き山ガール   陽子
 流行りの「山ガール」を取り入れて新鮮な句になりました。この「生き生き」は不要ではないでしょうか。「山ガール」といえば誰しも「生き生き」を想像しますので。

黒百合や潮騒ときおり届きおり   茂
 十句に採ろうか迷った句です。光景もよくわかりリズムも良いのです。黒百合は綺麗な花ですが個性が強すぎて「潮騒」を消してしまうように思いました。これは感覚の問題ですのでこのままでも良いという人もいるでしょう。

ころがって青き胡桃のこころざし   遅足
 「ころ」と「ころ」、リズムが良く、楽しい句です。俳諧味もあります。しかし「どこかでみたなあ」という気がするのは「ころがって」からはじまる句だからでしょうか。
 ころがって仏頭三つ春の昼
 ころがって海辺の老人桜散る
 ころがって二百十日の寅次郎
 句の作者はいずれも坪内稔典。

古希の夏許してもらふこと多し   余一
 なんて謙虚な方なのでしょう。「許してもらう」がとても新鮮でした。これはこれで「古希の夏」の句として記念の句にしてください。

グラジオラスしばらく夫抱いてない   岡野直樹
 グラジオラスは、その名を、葉の形からローマの剣「グラディウス」に由来するとか。「戦いの準備はできている」の意もあるとか。この句、グラジオラスがしゃきっとした女性を想像させますし、何より、妻が夫を抱く時代になったかと感心はしました。が、直接的過ぎました。楽しい句。

冷凍庫三年前のレモンあり   小市
 またまた笑ってしまいました。俳句は楽しいです。季節感の賞味期限が過ぎて残念でしたが、句会に出せば点が期待できます。真面目をつきぬけた滑稽俳句。この調子で!

雲梯の子らゆふぐれて土用入り   たか子
 始めは十句に採っていました。土用入りの句としてはとても美しく、情景のはっきりわかる句だと思います。ただ「土用入り」を、「春隣」や「紅葉山」などの季節や季語に替えてもうまくいくというところが難点かなと。

一歩づつ暑さの中へ身をひたす   くまさん
 まるで炎天がお風呂のようです。「ひたす」という気持ちはとてもよくわかります。

飲み頃ですよと供える罐ビール   戯心
 いいなあ。「飲み頃ですよ」というこのやさしさ。自由律の良さがでています。この句をビールと一緒にお供えしてあげてください。

片影や豆の匂ひの蔵通り   山渓
 いい香りのしてそうな、そして影を歩けば涼しそうな場所ですね。歩いてみたいと思える場所です。端正な上手い句です。これはこれでじゅうぶん佳句です。

街は誰のジグソーパズル夕焼ける   紅緒
 面白い句です。「誰の」が「君」とか「僕」とかはっきりした人物であれば十句に採っていました。

夏布団青きを選び眠り足る   遠野あきこ
 洒落た感覚で好感が持てます。惜しいのは文章のように一列に並んでしまったこと。例えば、「眠り足る空の青さの夏蒲団」というように語順を転換すると答えがあとで出てきて良いかもしれません。再考を。

【気になった句】

巴里祭軟派の集ふ神楽坂
 「巴里祭」と「神楽坂」はめずらしい組み合わせです。このふたつで充分軟らかいので、実際に目の前のことであったとしても「軟派」は不要のように思います。

塗椀の鯉のあら煮や盆の月
 美味しそうですね。地方によって違うのかもしれませんが、「盆」は「精進料理」のイメージです。精進明けだとしても違和感はあります。「夏の月」くらいでいかがでしょう。

単足袋摺り足揃ふ朝稽古
 凛とした朝稽古の部屋。整った良い俳句です。しかし小さな範囲でまとまってしまいました。「摺り足揃う」で何かの稽古だということはわかるので「朝稽古」を「朝の風」などにして目を外に向けると句が少し広がります。

クーラーを20時過ぎてから付ける
 何年後かに見ると「どうして?」と思うかもしれませんね。今年はなるほどと思います。「20時過ぎて」というのは良いフレーズですが、もう少し時間をかけてどこかに「詩」を加えたいところです。

ミシュランの新たなガイド星祭
 現代の風景を意欲的に俳句にしてくださいました。ミシュランの星と星祭があまりに近く意外性に欠けたのは残念でした。

トリックや起承転結瓢の駒
 「瓢の駒」がわかりませんでした。「瓢箪から駒」のことでしょうか。それなら季語としては難しいかもしれません。何か視線をそらす言葉が必要です。思い切った句の材料に拍手。

ふりむいてものいひたげなかたつむり
 この句、悪くはないのです。句会でも手は上がるでしょう。ただ「かたつむり」と気分の句はたくさんあり、よほど新鮮な感覚でないと目立ちません。

一筋の鶯素麺子に分けて
 山形で「鶯素麺」というのを見たことがあります。夏は素麺ですね。もう一工夫して、他の人とは違う光景にされたらよいと思います。

神の代に神話はあらじ桃太る
 よく考えてみるとそうですね。しかし、俳句ではこの「よく考えてみると」は支持されないことが多いです。すっと入る句に。「神話」と「桃太る」が良い取り合わせだけに作者の意志が見えたのは残念でした。

農道に蚯蚓の果てる夏の夕
 整った句で好感が持てます。ていねいに説明され過ぎて読者の想像の域がなくなりました。どこかで視線を少しずらしたほうが良いと思います。

ひぐらしや脇参道のゆるやかに
 「ひぐらしや」というBGMで切って、あとは目で見る脇参道の様子。お手本のような俳句です。しかしこのままではこれと同じ句を作る人はたくさんいます。脇参道にどこか人と違う様子があれば。あと5文字の再考を。

【みなさまへ】
 気温が30度になれば俳句は作れないという俳人がいるなか、今回の投句はなんと169句。30度でも40度でも言葉は滴るものですね。今回は接戦の末、「十句選」が「十一句選」になってしまいました。お許しください。そして、ありがとうございました。


2011年7月20日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暑くなりましたね。夏といえば、入道雲が好きです。暑いけど元気をもらえます。朝起きるのが今までだと6時30分から7時の間でしたが、蝉が早くから鳴くので5時30分頃起きます。犬の散歩の時に、向日葵や夾竹桃の匂いを嗅いだりして犬並の散歩を楽しんでいます。夾竹桃はバニラの甘い匂い、向日葵は太陽の匂いかなと思います。今回は、ちょっと直せば良くなると思う「気になる句」についても採りあげました。季語の説明的な作り方を脱出する事や、具体的な描写がほしい点など考慮しました。

【十句選】

風鈴に地球の鼓動伝はりぬ   まゆみ
 風鈴の音が地球に伝わるというのではなくて、地球の鼓動が風鈴に伝わるという逆転の発想が面白いです。地球と風鈴が心を通わせている、と思うと、気分も良く涼しさも増してきます。地球の鼓動にも音色がありそうに思えてきます。

緑陰やベンチに残るクーポン券   B生
 私が時々散歩する大阪市内の公園では、サラリーマンが午後一時を過ぎても緑陰のベンチに一人ずつ座っているのを見かけますが、誰かが忘れて行ったクーポン券がぽつんとベンチに残っている。マクドナルドのクーポン券など想像しますが、そこに現代の私達の生活感が描写されていて良かったです。

杜若舌に言葉を湿らせて   遅足
 杜若は日本的な情緒を感じる花ですが、その花の傍で、「舌に言葉を湿らせて」とは、一緒に歩いている人との親密な会話とか、恋人同士の甘い会話かも、と想像します。「て」止めによって抒情的な句となっています。

梅雨の明け八つ橋ぽきんぽきんかな   茂
 「八つ橋」は京都の有名なお菓子です。梅雨が明けて、八つ橋を「ぽきんぽきん」と乾いた感じの楽しいオノマトペを使って、食べているところを詠んだのがいいですね。そのリズム感に梅雨明けのうれしさが溢れています。

笹竹に金魚のごとき児を放つ   孝志
 小さい竹を総称して、「笹竹」といいますが、笹竹が群れている場所に金魚のような子供を「放つ」という、いかにも元気のよい子供を遊ばせている姿が見えてきます。「金魚のごとき」で、季語としての役割は少し薄いですが、笹の緑と金魚の赤が、色彩的にシンプルで瑞々しいです。

五月雨をふとん斜めに敷いて寝る   ∞
 ながながと降り続く雨の夜、蒲団を斜めに敷いて寝るのはなぜか?気分を変えたいため?雨の横切るような感覚が味わえそうです。蕪村に「筋違(すじかい)にふとん敷たり宵の春」という句がありますが、筋違いに布団を敷いて春の宵を楽しんだという意味合いです。普段と違った気分があるのでしょうね。

V.ユゴー名を冠す街青時雨   大川一馬
 「V.ユゴ−の名を冠する街」といえば、パリ16区にV.ユーゴー通りがありますが、東京の杉並、阿佐ヶ谷にもあるのでしょうか。詩人、小説家としてのユーゴーと青時雨の透き通るような感じが響き合います。どんな通りなのか一度歩いてみたくなりました。

母の声大きくなって夏休み   くまさん
 子供の声が大きくなって、夏休みに入るというのは普通なのですが、母の声が大きくなって、というのがおかしい。元気なお母さんとこれから一緒に過ごせる毎日が楽しそうです。

ヒロシマや乱れし列のラムネ瓶   亮太
 広島というと原爆を想像します。ラムネ瓶が乱雑に並べられたところに日が射して、そして反射して・・・。人ではなく、ラムネ瓶で表現したのが良かったです。括れたガラスの瓶が具体的に目に広がります。

ほこりして父の匂いの白雨かな   ジョルジュ
 激しく降る突然の雨は、男性的で父とは合い過ぎかも、と思いましたが、上五の「ほこりして」がよく効いていると思いました。いきなり降ってくる雨に土埃が立ち上るように匂いますが、そこが具体的で、父の生き生きとした姿と重なります。

【予選句】

関取のパウダー匂ふ浴衣掛け   葦人
 パウダーは、天瓜粉のことかと思いますが、赤ん坊ではなく関取の浴衣掛けから匂うのが面白い。

空低き里に咲きたる四葩かな   太郎
 明日香村に行った時に、「ああ、空が低いなあ」と思ったことがありますが、そんな里に四葩(よひら、紫陽花)が咲いているのは風情があると思いました。

梅雨晴れや口をとがらせ焼カレー   津久見未完
 「口をとがらせて」と、食べる様子を具体的にしたのがいいです。生き生きした感じが巧く表現されています。焼カレーがおいしそう。

梅雨晴のウィーン少年合唱団   学
 「ウィーン」という語が梅雨晴に気持ち良く響きます。もちろん合唱も。今年は、日本での公演が中止になって残念でしたね。

空蝉やぬぎっぱなしの宇宙服   啓
 カラカラに乾いた空蝉はほんとに宇宙服のイメージですね。発想が童話的で楽しい。

アンモナイトこりつと緩む青葉の夜   たか子
 「こりっと」というと、ヒビがはいるように思ってしまうので、ちょっと気になりましたが、夜の青葉の色合いに原始的なアンモナイトも緩むような気分になったのだと思います。

天窓の欲しい病室天の川   紅緒
 病室に天窓があったなら、星空や月を寝ながら眺めることが出来ていいですね。

【気になる句】

防蚊策徹底的な父帰る   意思
 どんな防蚊対策をしているのか、父の具体的な様子を詠むといいのではないでしょうか。

水馬昔習ひし物理の語   大川一馬
 水馬と物理の取り合わせがいいですが、中七に物理の語がどんなのかを入れるといいです。

燕来る家肉を売り二世代   洋平
 「燕来る家」と切って読みにくいので「燕来る」と、肉屋の具体的な様子を詠むと良くなります。

遠雷や桃井かおりのキスシーン   あざみ
 「桃井かおり」は俳句にあまり出てこないのでいいですが、キスシーンと遠雷はちょっと付きすぎなので、他の季語で試してみて下さい。

無機質なスリッパの音梅雨明けぬ   れい
 「無機質な」といってしまわないほうが、断然いい句になると思います。


2011年7月13日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 隣家が空き家になって久しく、庭木が伸び放題です。そこに巣をつくったのか鶯が毎日いい声で鳴くんです。漢詩由来の言葉らしく、夏の鶯には老鶯、残鶯、狂鶯、乱鶯など、すごい傍題がならんでいます。声が衰えているかというとそんなことはなく、実にきれいな声です。無用心なのでジャングル状態を解消して欲しいんですが、そうすると鶯がなあ・・と微妙です。では

【十句選】

夕凪や蒟蒻に裏表有り   茂
 字面はきれいですが、夕凪の風がぴたりと止んだ暑苦しい状況にプルとも動かない蒟蒻がユーモラスです。夕凪と蒟蒻の奇跡的邂逅です。裏表有りと主張されていますが、一般には裏表のわからないものの喩えですらありますから、そこを毅然と有りと断定するところにおかしみが生まれています。ふっと、蒟蒻を人間に見立てる読みに誘われますが、止めておきましょう。

夏至の夜や湯は立ち上がる音たてて   遅足
 湯浴みする人がたてる湯音なのですが、それを湯が自らたてる音であるかのような文にしていることが、句全体に妙な屈折感を与えて、とてもおもしろいです。単純なことなのに、文のちょっとした歪みが句の世界を豊かにしています。季の言葉「夏至の夜」が効いているのか、いないのか、私にはわかりません。

亡き人も我を忘るる大花火   遅足
 なんか芭蕉みたいで、深いなあ。褒めすぎでしょうか。去るものは日日に疎しといいますが、この句を前にすると、この成句があくまでも生者側からの発想であったことに気づかされはっとします。鬼籍に入ったあの人も、あのひとも、この私を忘れるというのですから。死者もまた忘却するという思ってもみなかった発想です。花火は間違いなく生者側の現象ですが、夜空の束の間の光に死者の誰それが浮かんだのでしょうか、それとも、この死者の忘却という想念がそれこそ光速で現れたのでしょうか。大花火が効果的です。

炎天の足にからまる足の影   遅足
 えーと、遅足さんの三句目です。できるだけ大勢の方から採ろうと思っているのですが、フラットに句だけをみていくとこうなりました。これはもう誰もが共感、納得ですね。炎天下を歩く疲労感が「からまる」でよく表現されています。夕方になって影は少し長くなったとしても、己が足もとから離れられないわけで、暑さとともに影も粘りつくような感じでしょうか。ただ「足の影」のその足がどのへんを指すのかは微妙です。

又雲が長刀鉾に割かれけり   くまさん
 ああ、ちょうど祇園祭なんですね。おそらく祇園祭のこの長刀鉾の巡行について同じ発想でつくられた句は多いかと思います。でもそんなこといってたら句はつくれません、どんどんつくってしまいましょう。皆が考えそうなところが、当面その句材の一番おいしいところのはずなので。そんな句密度の高いところでも、この句はきりっと決まっています。気に入ったのは「又雲が」の措辞です。ふつう又〜の措辞は説明的であるといって忌避される傾向にありますが、ここでは歴史あるこの祭の時間的厚みにふと思いがいきます。おそらく千回以上も繰り返し、この長刀鉾の長刀は京都の夏雲を割いている、すごいですね。

ずっといてくれるあじさいさいている   汽白
 まるで署名入りのような汽白さんのオールひらがなの句、これは成功しているんではないでしょうか。ひらがなの効果もあって、実にフラットで静かな韻律のうらから、ちょっと淋しい独白のようなものが聞こえてきました。平安、安逸、句の気分です。八音と九音に別れますが、それぞれが三・五と四・五のリズムになり、それぞれ緩・急、緩・急になります。そしてそれぞれの句の終りの、くれる、いる、のU音とか、後半のA音とI音の繰り返しとか、なかなか繊細なつくりになっています。

ひやむぎがひとすじシンクにねころんで   小市
 なんともヘタレな状況を見事に写生されました。ヘタレの解説に、情けない、頼りない、根性なし、意気地なし、等々ありましたが、このひやむぎにぴったりですね。誰もが一度は見ていたけど、俳句にはしなかった、俳句にした人がエライ。

真夏日に三角コーナーかなしい   小市
 同じくキッチンの隅っこを見ています。貧乏臭いです。この句もヘタレ気分横溢です。多分この三角コーナーには何も入っていないんだと思います。真夏に大の大人がそんなところ見ててどうする、と声をかけてやりたくなります。「かなしい」とぬけぬけと言って唐突に切れるところが成功。小市さんの男子厨房俳句、虚子がいたら笑ってくれると思います。

夏痩せて「アンパンマン」をみてゐたる   海音
 おかしくて、そしてちょっと悲しい取り合わせです。滑稽の裏に淋しさが漂います。夏痩せに匂うナルシシズムを思いっきり異化するメロンパンナちゃん、ジャムおじさん、てんどんまん(なんと野放図なネーミング!)等が活躍するアンパンマン世界の強度。ここに子供はいなくて大人一人がみていると読んだ方が味わいが深い。

六月の花嫁もゐる句会かな   余一
 なんとなくこの句会場に気持よい風が流れているような、明るく、浮き浮きした気分が漂っているような。もちろん六月の花嫁の効果です。「六月を綺麗な風の吹くことよ」正岡子規を思い出しました。これから結婚するのか、結婚したばかりか、いずれにしてもその女性の幸福感が座の全員に伝染しています。
 ジューン・ブライド、六月の花嫁は幸せになるという。因みに私の妻もジューン・ブライドでした、それがどうした?(失礼)

【予選句】

夏の雨水主町と云う交差点   涼
 水主町、かこまちと読むんですか。加子衆―水夫が住んだところだとか。この名前だけでただの交差点に奥行きが生まれました。古くからの町名は俳句を膨らませてくれます。雨と水で近いけど、この場合は相乗効果になっています。

昼寝から覚めてもそこにカタツムリ   考志
 「覚めても」の「も」と「そこに」が説明的です。昼寝、カタツムリ、両方季語なのが気にもなります。状況は面白いんですが。

洗ひ晒しのワイシャツや朝の蝉   学
 七・五・五の韻律がちょっと変な感じです。字足らずの感があるのです。これだったら真ん中の「ワイシャツや」を七音に伸ばしたほうが律として落ち着くと思いますがどうでしょうか?描かれている世界はとても気持いいものです。恐らく肌に馴染んでいるであろう洗い晒しのシャツと朝の蝉の相性よし!夏の朝の清涼感が伝わります。疑問ついでにもうひとつ、ワイシャツは白シャツ、本来スーツやジャケットを前提にしたものです。私にはどうしても洗い晒しのくたくたな感じがそぐわないのですが。普通にシャツではいけませんか?

白南風や海援隊の航海図   学
 材料が揃いすぎの感もありますが、文句なしに気持ちいいです。

葛きりやあっさり縁の絶えにけり   茂
 縁が絶えるのかなあ?切れるほうがよくはないか?でも葛きりの場面としてはわかるような気がします。味があります。

七月や表紙を替えて句誌届く   えんや
 6月1日発行の船団89号はきれいな青の紫陽花でした。

スッポンの唐揚喰って梅雨明ける   せいち
 元気です、乱暴ですが元気です。今年は梅雨明けが早いとか。

鉾回り首をぐるりと回しけり   くまさん
 臨場感があります。鉾回りがいいのか、鉾回るがいいのか、首をがいいのか、首はがいいのか、他にも考えどころはいっぱいあります。

氷水食べて旧知の仲となる   雪男
 氷水がなんともいいです。大げさで強引な断定によく似合っています。

籐椅子や昼のニュースを消してより   ジョルジュ
 感触や見た目も涼しいというのが、籐椅子の通り相場ですが、ここでは昼のニュースの後ですから暑い盛り。それでこの季語と時間帯に微妙な齟齬を感じてしまう。それだけに当たり前の籐椅子の句にはなっていない。夏の倦怠感が漂っています。

すみぞめの二駅まへか虹の橋   啓
 とてもきれいな叙景句です。すみぞめは墨染めととりました。ゆふべ、たそがれの枕詞ですね。中七に改良の余地があると思いました。特に疑問の助詞「か」は疑問、断定してしまってもいい。

野間追がお国自慢の友も逝き   大川一馬
 今年は中心となる神事は中止らしいですね。勇壮なお祭だけに悲しみが際立ちます。馬上のお友達を想像してしまいました。

無碍自在厨に厠なめくじり   草子
 無碍自在は大げさに言ってみたと思うんですけど、その面白さと、弱点が相半ばしています。

緑陰や不都合という嘘をつく   豊秋
 句意は解るし、状況も素敵です。ただ「不都合という嘘」という表現がもう少しこなれないでしょうか。

指揮棒の汗ベルリンを拓きけり   戯心
 佐渡 裕のベルリンフィルデビューの熱演ですね。「指揮棒の汗」がやっぱり気になります。

ガラス戸の蜂は空しか見ていない   岡野直樹
 なんとなく魅かれる世界です。蜂を見ている作者が投影されているような。口語の弛緩したリズムが気怠い雰囲気をつくっています。

夏うぐいす手桶の森を深くせり   紅緒
 魅力的なんですが、手桶の森が解らなかった。固有名詞?霊園ではないですよね?

摂氏華氏遠来なれば冷酒酌まん   伍貮拾
 摂氏も華氏も人の名前なんだと分かって、なるほど。

午後から雨ですパンが届きました   あざみ
終戦記念日ただいまと言って家に帰る   あざみ

 2句とも散文、平叙文で、まったくのただ事。作者から俳句として提出されているので、俳句として読もうとする。この二句の内在律と俳句固有の韻律が私の中で齟齬をきたし、句自体が軋んでみえてくる。俳句史に疎いですが、新興俳句、前衛俳句がやろうとしたことと同じ試みのような気がします。違いは内容が圧倒的にフラット、無意味に近いところか。それでも少し意味が燻ぶる終戦記念日のほうに魅かれるのは私が古いからか。成功しているとは思いませんがこうやって俳句形式を揺するのはありですね。岡野泰輔


2011年7月6日
えなみしなさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 最近わたしの参加している句会で、「予定調和」とか「ステレオタイプ」という言葉がささやかれます。つまり「誰もが持っているイメージを、上手に575にした俳句」の事です。うまく行けば共感の句になりますが、往々にして陳腐な句になりやすい。一方、全く新しいイメージを求めて作る方法があります。うまく行けば新鮮な感覚の句になりますが、へたすると、意味がわからない句にもなる。さて、どっちがどっちか。そんな事を考えながら、153句を読ませていただきました。

【十句選】

三宅坂風化を惜しむ美智子の忌   葦人
 「美智子忌」なんてものがあるのだろうか。たまたま今見ている歳時記には、出てませんが、おそらく樺美智子さん、1960年6月15日に亡くなられています。句としては、冒頭に書いたステレオタイプの部と思いますが、良くできていると思います。同年代を生きたものとして、取らずにはいられませんでした。

白服や兄といふもの大きかり   学
 兄さんの白服を眺めている、あるいは着ている。そこに兄の存在を感じることに実感がありました。白服とは何だろう。わたしは、軍隊の夏服のようなものを感じましたが、他の方にも聞いてみたい。「大きかり」が正しい日本語なのかナ〜。「大きかりけり」だと思うので、いつも悩みます。

臀やたらでかい女の白日傘   えんや
 先入観かも知れませんが、白日傘って言うと、着物の楚々とした女性ばかり詠まれているような気がします。でも、実際はそんな事なくて、この句のような女性も白日傘を差しているな〜と面白く思いました。「やたらでかい」のくだけた言葉選びが成功しています。

六月を両手に持っていて疲れる   遅足
 冒頭にも書きましたが、これはステレオタイプじゃない方の句です。「六月」とか「両手」とか具体的な単語が並んでも、意味はちっとも具体的にならない。持つ物は、荷物でもアリだし、約束事、仕事のようなものでもアリで、そこは読む人のお楽しみ。わたしは、魅力のあるコンテキストだと感じました。

駄菓子屋のおもちゃの指輪瓜の花   ∞
 「駄菓子屋のおもちゃの指輪」なんて、面白いものを見つけましたね〜。特に女性にとっては、いろんな思い出があるのでしょう。「瓜」は「爪」を思わせるという遊びを感じて面白く思いました。

かたつむり甘いものとか好きですか   ∞
 なんか面白い句だな〜と思うのは、「とか言葉」の効果だと思います。トウトツな話しかけのようですが、なめくじは塩が嫌い、じゃ、かたつむりは砂糖が好きか〜というような連想も感じて、不自然な気はしませんでした。

かけあがる巴里の屋根裏ねじればな   啓
 ♪ 鐘はなる〜鐘はなる〜マロニエ の並木道〜。シャンソンが聞こえてきそうな句。季語がむつかしいですね。螺旋階段のようなものを思って、選ばれたのだと思いますが、まだありそうな気がします。

吊革に直角の肘夏に入る   戯心
 うん、正しい通勤とは、吊革を直角の肘でつかまるのだな〜。この発見、もしかしたら既出かもと思いますが、面白い句。季語もよろしいんじゃないでしょうか。

老杉や些事は語らぬ滝行者   勇平
 ロウサン、サジ、タキギョウシャ、固い言葉がぎっちりと詰まって、いかにもそうであろうと思わせる句でした。冒頭の分け方だと、予定調和で良くできた句になるのでしょう。

耕せる吾をだあれも見ておらぬ   伊藤笛吹
 やったことないから分かりませんが、畑などで働いている時は、誰かに見てて欲しい気がするもんなんでしょう。なんか、分かるな〜という事で10句に頂きました。ただし、この句、無季です。無季の俳句としてはやや弱いので、季語の力を借りた方がいいのでは。例えば、「春耕の」などはいかがでしょう。春ですけど。

【次 点】

橡咲くや浅間の空はいぶし銀   太郎
 とても良くできているのですが、計算されすぎている。冒頭のハナシでは、予定調和しすぎているように感じました。この方の文体は「さくら咲きあふれて海へ雄物川(森澄雄)」などに通じるものがあります。次点は、好みの問題かも知れません。「花合歓や夕日浅間に近寄らず」も同じ作者。こっちは、ちょっと理屈かな。

父の日や形見の眼鏡度の強し   葦人
 句材が新鮮で、実感があります。ただ、言葉がごちゃごちゃで調べが悪い。そこら辺を工夫されたらいかがかと。

【予選句、ひとこと添えたい句】

あぢさゐの巨乳めきたる西洋種   葦人
 「あぢさゐの巨乳めきたる」だけで内容は充分でしょう。こういう時は、特に意味を感じない語調を整えるだけの言葉を選ばれたらいかがでしょう。

魂の開いたやうな水中花   涼
 水中花は咲くと開いているので、意外性が弱いように感じました。

荒梅雨に歓声たかく敵陣地   津久見未完
 面白かったのですが、「敵陣地」が何の事か分かりませんでした。

よく生きてよく生きぬいてかたつむり   学
 東北の震災の事を詠んだのだろうか、それともかたつむりの一句一章。そこがあいまいなまま。二物一章なら季語を離した方がいいと思う。

青胡桃ドガの描きしバレリーナ   大川一馬
 「ドガの描きしバレリーナ」につける季語として「青胡桃」はステキだが近い。と言う事もできますが、この素材はこれが限界なのかも。

飛んでくる蛍や家に二人いて   ロミ
 なんか感じのいい句でしたが、景がぼんやりして定まりませんでした。

シタールでマントラヨガを夏の宵   葦人
ミュゼットの鬱なる音色藍四葩   葦人
 この2句は、知らぬ単語でかく乱させられたような気がしました。

ビル2階灯り煌々夏期講座   一梲
 写生というより、報告の句。たぶん、なにもかも盛り込みすぎて、余韻がほとんどないから。 まだ硬き乳房に触れる五月闇   秋山三人水
 「やわらかき母にぶつかる蚊帳の中/今井聖」と言う句がありますが、掲句の「硬き乳房」は思わせぶりなだけで、何も伝わってこないのでは。

がんばっちゃいけない君の熱帯魚   あざみ
 「しゃべり言葉+季語」の作り方。いまいちマッチングがうまく行ってないみたいです。

 以上です。ひと言が書けなかった方ご免なさい。次回も投句をお待ちしています。