「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2011年10月26日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 秋の深まりとともに日本酒が美味しくなってきた。そんなに呑み助ではないが、まあ、人並みの酒付き合いは出来る。その呑み友達の間にはどこそこの酒蔵のお酒が旨いで、などという通信網があって「獺祭」という名のお酒を知った。最近はこれを常備しているが、その旨さに釣られて少し呑み過ぎると体がしんどくなって、もったいないことだけれど、週の内の幾日かは呑まない日が出来てきた。酒を飲むにも体力が要る。あたりまえか・・・。では、十句選です。

【十句選】

湖や名犬老いて太る秋   コッポラ
 「湖や」という状況設定がいい。家の前、つまり老犬の視界にはいつも湖が開けているのだ。もちろん老いる前から、この家に住んだときからこの犬は「湖」を眺めながらついに老いてしまったのだ。なんだか他の犬とは違った一生のような気がする。むろん、犬だけではなく。そこに住む人も、家そのものも老いて、そして今年も、湖に季節がめぐって、秋が来た。う〜ん、「太る秋」か、老いてなお太るのか、愉快なオチ・・・、「稔る秋」では凡手かなあ、でもなあ、と思いながら選んでいます。

青空を少し捩ぢつて林檎捥ぐ   今村征一
 爽快な句ですね。そして林檎が美味しそうです。実は林檎があまり好きではないのですが、冷や冷やとした青空の下の林檎園の光景は大好き。句は林檎狩りでしょうか。本来なら鋏を使うのでしょうが、丹精を込めて育てられた林檎を手で捥ぐ、青空を捩じって捥ぐ。すてきな表現です。何だかこの人がこの林檎園の林檎を初めて捥ぐ人のような気がしてきました。

秋涼やアルバムに居る知らぬ人   涼
 果たしてこの人物は誰なのか。偶然に写り込んだ人なのか、幼少のこのろの自分なのか、親族縁者の誰かなのか、かつての同級生・・・?「居る」とあるのでよほど気になる人物。秋冷という季語の働きはこの時期にふと手にしたアルバムの人物を、秋麗らかではないだけにいつまでも気がかりな気にさせています。

夕月や座るとすれば籐の椅子   涼
 何かを前にしてそれを存分に堪能するには、お膳立てというか道具立てが要る。「夕月」には「藤の椅子」。それも使い古した藤椅子。即き過ぎと言うのではなくうまく収まったという感じ。しかしながら「座るとすれば」だからそれが無い。こんな綺麗な夕月なのに・・・、やんぬるかな。

天の河獏のしとねに零したり   ハルヲ
 獏。諸説あるようですが、中国では想像上の動物。形は熊、鼻は像、目は犀、尾は牛、脚は虎、毛は黒白の斑、頭が小さく、人の悪夢を喰うという言い伝えがあるとか。で、この句「しとね」が面白い。夜空には広大な天の河が流れ、「獏のしとね」にその雫が零れる。動物園では話にならない。「しとね」、そう、たぶん作者の想像の内にある「獏のしとね」なのでしょう。原野なのか、森林なのか。ともあれ、眠っていた獏は零れた雫に少し身じろいで、また眠り出す。悪夢を喰うために。

白露かな赤い取っ手の薬缶沸く   茂
 「白」と「赤」。字面と言うか、その対比を意識されたのでしょうが、嫌味にならず上手く行っています。「白露」という日常ではほとんど使わない言葉に生活の中で日常的に使われている「薬缶」が取り合わされ、二十四節季の一日であるこの日が季節の移ろいとともに、生活のなかに上手く溶け込んでいるように思います。

秋蝶のひらひら墓碑はまだ兵士   滝男
 以前住んでいた家の近くに陸軍墓地がありました。位の上の人はそうではありませんが、いわゆる兵隊は膝くらいの高さの四角柱の墓碑に祭られ、整然と隊列を組んで「まだ兵士」として墓地に並んでいます。無残というか、釈然としない光景。その「まだ兵士」の墓碑を慰撫するかのように「秋蝶」が舞う。悔やんでも悔やみきれない時間が流れているのです。

ばれいしょに髭仙人禿仙人   啓
 ころころ、ごろごろとした「ばれいしょ」、ああ、ひらがなではなく「馬鈴薯」の方がそれぞれの「仙人」によく響くのに、と思いながら「髭仙人」「禿仙人」の文字通り無駄に(有益かな)馬齢(馬鈴薯だけに)を重ねた風体を想像しています・・・、おやおや、あそこに臍仙人もいるではないか。

チンチロリン設問1は漢字でね   岡野直樹
 平易な話し言葉がいいですね。試験というより、ちょっとしたクイズと言う感じがします。漢字で表わす文字は何なのでしょう。「チンチロリン」だったりして・・・、う〜ん、マジ悩みます。

小鳥来るたんさんせんべいの軽き   豊田ささお
 典型的な取り合わせの句。その取り合わせは、何もねらってませんよ〜、こんな感じの句になりました、というような俳句。示された読者は一瞬あっけにとられますが、へえ〜、そんな気分なんや、爽やかでいいね、いい日和の秋やね・・・、と軽快な気分になります。

【次点句】

卓袱台に二行のメモと蒸し藷   今村征一

栗の毬空と知りつつ踏んでみる   大川一馬

爽やかに午後の紅茶を買いに行く   山本たくや

颱風と明日のジョーがやってくる   ハルヲ

十三夜俺の眼鏡が居なくなる   せいち

何奴といぶかられても菊なます   茂

われ亡後変わらぬ雰囲気秋の居間   滝男

返球の逸れて逆転天高し   えんや

よく転びなかなか鳴らぬ瓢の笛   えんや

稲高く架けて赤城を隠しけり   太郎

膝に寝る猫ずっしりと菊月夜   川崎洋子

鱗雲地球七巻半かいな   岡野直樹

秋晴れの包む校舎は睡眠中   岡野 直樹

しんしんと雨包みけり草紅葉   きのこ

そこにある干し柿いかがモディリアニ   三人水

ルノワール裸身乱心ラ・フランス   三人水

天の河ついに決壊君が好き   三人水

ジェット機光りコスモスひらりひらり   ∞

コスモスが揺れてライブの始まりぬ   とほる

饒舌な友と無口な柿の木と   KQ

ともだちはみんな年下鳥渡る   あざみ

薄紅葉無口な夫に二重丸   あざみ

秋憂い最上階で買うダイヤ   あざみ



2011年10月19日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ヤマボウシの実が食べられるということを最近知りました。小さくてあまり目立ちませんが、ヤマボウシの木を見上げると、綺麗な茜色の実があります。長い柄の先についた実は、手さえ届けば簡単に採れます。皮は少しごわごわしていますが、さっそく食べてみました。中身はマンゴーそっくりの色と味でいくらでも食べられそうです。が、とにかく手が届きません。おまけにブルーベリーより小さな実の中に種まであります。インターネットで調べるとジャムにもできるようですが、どうしたらそんなに収穫できるのか……などと考えているうちに、ヤマボウシの実は、鵯に見つけられてしまいました。
 さて今週は185句の中から。

【十句選】

月の差す雀の浴びし砂の跡   塚本 惠
 月光に雀の砂浴びをした跡の繊細な砂の起伏が浮かぶ様子は、どこか幻想的です。昼間の雀の姿も眼前します。

相談のながき沈黙吾亦紅   コッポラ
 静かな中にもせき止められた水のような重苦しい圧力のかかっている時間。沈黙とは本来このようなものかも知れません。吾亦紅で、佳句になりました。

よどみなく留守電の母菊膾   芽
 留守番電話にお母さんの声が録音されていたのでしょう。用件を順序よく伝えられるその声に、まじめなお母さんの人柄が感じられます。菊膾はよい取り合わせだと思いました。

筆佳境なれど二人の秋刀魚焼く   幸代
 食事の時間が近づけば、せっかく興に乗ってきた書き物を中断して、秋刀魚を焼く作者。その秋刀魚が「二人の」ためのものであるところに、詩が生まれました。

三人はふたりとひとり神無月   遅足
 三人はふたりとひとり、は或いはよくある言い回しかも知れません。けれども、神無月で、それがいかにも神様のいない間のできごととして認識されるのが面白いと思いました。

クレヨンの青はみだして鳥渡る   遅足
 クレヨンの青がはみ出した、描かれた空。それがいつの間にか、本当の青空となって鳥が渡ってゆく・・・、幻想的な光景が浮かびました。

誕生の日を旅の人秋桜   遅足
 旅先で誕生日を迎える。めったにあることではないかもしれませんが、それを作者は淡々と受けとめています。「旅の人」の素っ気なさがこの句を成立させているのだ、と技法に感服しました。

背番号無き少年に天高し   えんや
 努力して、尚レギュラーに選ばれなかった少年を包みこむ秋の空。背番号のないユニフォームで、懸命に練習しプレイする姿に、作者はそっと注目しています。

本棚の父の缶入りピーナッツ   恥芽
 缶入りピーナッツの具体性でいただきました。ピーナッツは父上の読書の友なのでしょう。高浜虚子の「落花生喰ひつつ読むや罪と罰」が思い出されました。

歩くとは踏みて行くこと巴里時雨   啓
 パリで時雨の中を歩いたとき、作者は、その一歩一歩に、異国の地を踏みしめているのだという感慨を強く持ったのだと思います。普段はある場所への移動として、行く先のほうに意識の向く「歩く」という行為ですが、旅先でしかも雨という状況下、それは地を踏みしめてゆく行為なのだと、再認識されました。

【その他の佳句】

贄になる大きさで無く百舌鳥の月   滝男

ハーブティ朝を鎮めて天高し   ハルヲ

学食の白きテラスや銀杏散る   洋平

小流れの雲を跨ぎて曼珠沙華   幸代

柿熟すもののはづみといふ一夜   余一



2011年10月12日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 秋は自治体協賛のイベントが多く、大阪市のドイツ・オクトーバーフェスト、伊丹市の酒樽夜市、西宮市の酒蔵ルネサンス、神戸市のインディア・メーラなど、お祭り好きの私は週末は右往左往して、勉強はさっぱりでした。
 いつも失礼なコメントをしていますのに、ついにご投句が225句になりました。皆さん、夜、私を眠らせないつもりですか。冗談です。うれしいです!ありがとうございます。それでは、秋の佳句を!

【十句選】

教誨師詰襟ゆるく小鳥来る   伍弐拾
 教誨師とは死刑囚の心の平安をもたらす説教をする牧師。個人的に死刑に興味がり、死刑囚の生活を描いたアメリカや日本の小説を読み漁ったことがあります。さて、掲句の舞台は死刑囚収監の刑務所。詰襟ゆるく、が何を意味するのでしょう。死刑囚と打ち解けたしるし?刑の終わった後?小鳥来るが効いています。

一ページずつゆっくりと星月夜   ロミ
 最近は小さい字が見えにくく(笑)、小説なども新聞のように読み飛ばしてしまうことが多いです。月のように明るく瞬く星の光の下ゆっくり読み進むのは、とても心に染み入る本なのですね。省略の効いている、平易な表現に惹かれました。

鰯雲ブリタニア軍の旗印   ハルヲ
 西洋版の歴史俳句。ブリタニアはヨーロッパ古代から中世初期までケルト人が勢力を張っていた、アイルランド・イングランド南部・フランス北西部のあたりの王国。その軍の陣地に旗印がはためいている。一大合戦の前だろうか。ケルト人は次第にゲルマン人によってヨーロッパ辺境に追われていくことを思うと、鰯雲が爽快ながらも一抹の哀しさを感じます。

汐木もて君のイニシャル銀河濃し   素秋
 やりがちなのが「流木で」。ロマンチックだけれど甘さに流れてしまう。掲句では、汐木、塩釜で塩を煮るために用いる薪で、T.M.などと描いた。汐木(塩木)は中世から使われていた由緒ある言葉。銀河の夜にそういうもので恋人のイニシャルを描くことによって、思いを言わずに深い思いを表現できたと思います

ただならぬ二人連れにも秋茜   茂
 ただならぬ、とはどんな二人連れなんでしょうか。けんかの後で殺気立っている二人?犯罪を犯した後か駆け落ちのために人目を避けてどこかへ落ち延びていく二人?ただならず、というもの言い、そんな緊張感あふれた二人にのんきについていく赤とんぼに笑いを誘われます。

ゴッドファーザーなき庭に秋蝶来   啓
 ゴットをゴッドに直しました。ブリタニア軍の俳句と同じく、想像上の映画俳句(?)。シチリア島出身のマフィア・ゴッドファーザーは、シカゴなどの大都市で警察の幹部と結び絶大な権力を握りますが、常に暗殺が脳裏をかすめ、身辺には悲哀が漂います。そのゴッドファーザーが亡くなって間もない日、アメリカの幾何学的な端正な庭に、静かに舞う秋の蝶。まさに一篇の映画ですね。

柿食えばナイフを持つた妻がゐる   雪男
 子規の「柿食へば・・・」のパロディ。が、ただのパロディではなく、なかなかうならせる(?)俳句。剥いてくれた柿を食べていると、ふと横に剥いてくれた妻がナイフを持って立っている。当たり前である。しかし掲句を読むとなぜかホラー映画のようにぞくっとするのは俳句形式の力。有名な「柿食へば」に中7のナイフ、下5の妻が続くので、一種のどんでん返しになっている。それにしても、この妻を怖いと感じるのは、私の事情によるのでしょうか。

ごうごうと胸の中まで天の川   川崎洋子
 降るような星の天の川を見て、静かに悠久の時の流れに思いをはせる人もいる。作者のように、恋する人への思いからか、自らの過酷な運命に対してか、胸の中を星が轟々と降り抜けていく人もいる。いっそ「がうがう」と文語にした方がその効果が高まりそうです。主情的な句ですが、ギリギリのところで佳句だと思います。

鋸の目のひとつが欠けて花梨の実   ∞
 「目」は「歯」でしょうか。のこぎりの歯が一つ欠けてそばに花梨の実があった。それがどうなの?俳句以外の人にはなにが面白いのか、さっぱりなのではないでしょうか。でも、歯が欠けるということは錆の付いた古いのこぎり。それを使って休日、鳥の来なさそうな下手な巣箱の板を切っていたら、縁側に花梨の実が転がっている。のどかな秋の午後だなあ。というような想像(妄想?)を楽しむのですね、俳人は。

こともなき秋の日暮れに夫を捨て   あざみ
 変わったこともない秋の夕暮。買い物に夫と一緒に来ていた妻が、うっとうしくなって夫を置き去りにして、一人でさっさと買い物をした、のかもしれません。が、秋の夕暮には、本当に夫を捨ててしまう魔力があるのかもしれません。これも一種のホラー俳句。

【予選句】

停滞の台風動く筑前煮   コッポラ
 筑前煮のちくわが台風を動かしたかのよう

自信作てふ新米の炊き上がる   山畑洋二
 手塩にかけた新米。何とも言えない甘味。

鉦叩汝れも独りを楽しむか   山畑洋二
 類想感はあるが、一人飲む夜の楽しみ。

生かされて喜寿に味ふ新走り   葦人
 自然の恵みと長寿への素直な感謝。

夕餉の香住宅街に秋棲めり   葦人
 住宅街に秋が棲む、という表現がいいですね。

午後五時を告ぐ時計台鰯雲   今村征一
 秋の郷愁が漂う夕刻の雰囲気がよく出ている。

みちのくの標なき波止渡り鳥   伍弐拾
 よくできた演歌の世界。

神妙に牛拝礼し秋祭り   津久見未完
 牛が拝礼したととっても面白い。神妙が効いている。

秋深しメタセコイヤに星灯る   まゆみ
 葉の落ちてすっきりしたメタセコイアの枝に灯る星。

生ビールをんなにもある喉仏   素秋
 おんなの生々しさがよく出ている。

人生に補助線引けず穴まどひ   洋平
 面白いが、穴まどひで意味がうるさくなった。

萩の花午後の深みにこぼれけり   遅足
 秋の午後の静けさ。午後の深み、がいい。

秋刀魚の尾はみ出してゐる器かな   えんや
 なんでもないが、一点に焦点を当て、リアル。

爽やかや靴音とよむ地下歩道   えんや
 とよむ、を響く、としました。秋の地下道で響く靴音、いいですね。

いもをほるようにいもっこほるように   汽白
芋を掘るように・・・する、と想像したくなりますね。

薬園の井戸に水なき昼の月   啓
 薬園のいい風景だが、材料が多すぎ。

こくこくと湧水満ちて星飛んで   たか子
 秋の水が満ちるのと、一見関係ない「星飛ぶ」がなにか関係あるような気がしますね。

秋里のあかりを纏りバスの来る   たか子
 なつかしい秋の風景が目に浮かびます。

星月夜ハッピー・エンドが好きな人   伊賀頭陀袋
 ハッピーエンドに満足できない人もいますね。

アンパンマンそれゆけ夜長のC病棟   草子
 アンパンマンが行くのか、アンパンマングッズを持った人が行くのか?

まんじゅしゃげ咲けば狐にだまさるる   川崎洋子
 まんじゅしゃげは狐の先触れだったのか。

十月や嫁に行きたいさう思ふ   邯鄲
 アラサー?アラフォー?!

うんどうかい一糸乱れる方が好き   大澤裕司
 ほほえましいが、ややわかりやすすぎ?

奉納の手筒花火や村祭   山渓
 手筒花火を奉納するところがあるんですね。勉強になりました。

満月を跨ぎ吊橋渡りけり   戯心
 低い小さな吊り橋ですね。

秋の夜ビデオ見ながら猫まんま   小市
 猫まんまに流行りの「ちょい足し」をしたいですね。

コスモスや童女の墓に風車   小市
 美しいですが、哀しいですね。

軽トラに会釈を返す芋畑   KQ
 秋の畑のホッコリする光景ですね。

イレギュラーバウンド多し刈田かな   岡野
 当たり前だけど、可笑しい。なつかしい風景。

刈田では几帳面に飛ぶフリスビー   岡野
 フリスビーのけなげさ(?)がよく出ています。

まんじゅしゃげ叔父とめをとになるさだめ   余一
 草深い里の濃密な血縁結婚ですか?

入道雲抱えきれないまま絶句   余一
 弓道雲で切れますね。抱えきれないもの、いろいろありますね。

秋昼のふぐり驚く太鼓かな   豆助
 これから太鼓を聞くと、ふぐりが気になりそう。

からつぽのベビーベッドや秋暑し   豆助
 赤ちゃんは散歩中?安堵感か空虚感。

金木犀あちらこちらでトロンボーン   山内睦雄
 思い思いに練習している秋の校庭が目に浮かびます。

母さんは母さんで父さんは秋の月   あざみ
 母と父の存在感の違いでしょうか、面白い。

生き方に上とか下とか秋の蝉   あざみ
 やや理ですが、すぐにいなくなる秋の蝉とよく合っていて面白い。

月夜茸機嫌とるにはいい夜だ   あざみ
 確かにすぐに機嫌がよくなりそうな夜ですね。

【ひとこと】

◎こうされては?
◆秋雲や金銀銅と夕照に・・・「と」を、「が」にされては?
◆空の青極め林檎の色づけり・・・「め」は「み」では?
◆秋闇夜静けさ連れし足早に・・・「し」は「て」では?
◆月光や屋台は戻る猫町へ・・・猫町へ戻る屋台や月天心、とされては?
◆月の駅腹話術師と人形と・・・「と」は「が」にされては?
◆ゆらゆらと月の光が舐めにくる・・・「に舐められて」とされては?
◆秋の夜の氷嚢冷たし酒含む・・・秋の夜の氷嚢と我酒含む、とされては?
◆稲架の下手伝ひ終へし子らの時・・・「時」を「顔」とされては?
◆鉄塔の下や我が町彼岸花・・・「鉄塔の多きふるさと彼岸花」とされては?
◆雲の峰クレーン三本釣り上げる・・・「クレーン車三機」とされては?
◆さつきから手招きしてをりきつね花・・・「してをり」は「をする」では?
◆特急の回数券買ふ残暑かな・・・「回数券を買ふ残暑」とされては?
◆秋まつり足袋脱がぬまま喰う茶漬け・・・いいですが、「秋まつり足袋のまま喰う鮭茶漬け」
◆唐辛子口は縦あき斜めあき・・・シンプルに。
◆猫じゃらし光る穂先に滑走路・・・「猫じゃらし」を「青薄」にされては?

◎説明
◆翅広げ陽に充電の秋の蝶
◆朝冷えに急かさるるごと種を蒔く
◆虫しげし夜明けの床に覚めてをり
◆東北へ秋刀魚の泳力衰えず
◆満月やシャベルぐさっと砂の山
◆寄り添って寂しがりやの曼珠沙華
◆ペンを置き 紫式部の 切手貼り
◆ほっこりと 猫のほっぺと 栗ご飯
◆オニヤンマ黒き水面を哨戒す
◆焼秋刀魚献立いらぬ暮し向き
◆顔剃りてコスモスの声聴こえけり
◆雨意去りて実の色映ゆる山法師
◆ねそびれて耳鳴りかとも蟲しぐれ
◆帰路急ぐ家で待ってる栗ご飯
◆パソコンの画面を消さず夜学かな
◆古酒と言う死語同然の言葉かな
◆秋の声子供大人と把握する
◆台風や落ちた梨の実枝軽く・・・「や」は「で」では?

◎報告 
◆台風や落ちた梨の実枝軽く
◆新松子卓に二つや朝ごはん
◆顔あらう 猫はおすまし 秋曇
◆句閃く早く早くとペダル漕ぐ
◆村長の寄付を集むや村祭
◆箒目に清める秋や朝の寺
◆白芙蓉阿弥陀の上を蟻が這う
◆秋の昼鳩行儀よく水を飲む
◆蟷螂の枝になるのを見てしまふ

◎理屈 
◆錦秋にわが五感研ぎ澄まさるる
◆曼珠沙華醜美の線を越えにけり

◎全部言った 
◆結跏趺坐新蕎麦清くうづたかく
◆藍染めの暖簾に映えし花すすき
◆白秋や赤飯の艶ほこほこす
◆ふかふかの服まだ早し鶏頭花

◎言い過ぎ 
◆富嶽山白き冠魅惑満つ
◆哭けるまで人は旅人ひつじ雲

◎即き過ぎ 
◆夫婦牛浜風を浴び新松子
◆われも食ぶ子規も食べたる大和柿
◆地獄までおいでおいでと彼岸花
◆うそ寒や茶碗に溜まる薄日かな
◆間引菜が朝餉に上る在所かな
◆茅葺の旅籠の燭や霧時雨
◆赤とんぼ「ごはんだよー」の母の声
◆)江ノ島や夏を見送る波の音
◆穭田をローカル線の一車両・・・上5に意外な言葉を。

◎・・・過ぎ 
◆手入れ済む庭に訪ひ来し秋の蝶・・・叙述が多すぎ。
◆虫を聞き足湯し温泉玉子茹で・・・動詞が多すぎ。
◆魚暗し幾たび星の流れても・・・雰囲気に流れすぎ。
◆空高し漆黒の馬翔け昇る・・・雰囲気に流れすぎ。
◆東北の秋刀魚まるごと喰い尽くす・・・意図が分かりすぎ。
◆湧水のこくこく満つる夕野分・・・作りすぎ。
◆シャガールや塩辛とんぼ連結す・・・飛びすぎ。

◎類想 
◆芋の葉の揺らぎ一山歩み出す
◆掃けばまた嗤ふがごとく枯葉舞ふ
◆十月の光の投網打ちにけり
◆鰯雲 空いっぱいに 模様描き
◆皆われに頭をたれし枯芒
◆明日香路に火灯すごとく曼珠沙華
◆煙立つ棚田に落穂拾ひかな

◎平凡 
◆秋の海ショットグラスを空にして・・・やや
◆人まばら単線の駅鉢の菊

◎難しい 
◆母刀自のうすき玉章こぼれ萩・・・難しい言葉。
◆草の花檜桶の箍の閉まりけり・・・難しい漢字。
◆機織や闇おきそむる腕木門・・・難しい。

◎分かりにくい 
◆阿部槇ノ實足に踏まれて乱歩かな
◆コスモスの風稜線をきはだてり
。 ◆国境悲矢は流れる星になり・・・悲矢が
◆里芋や思案の果てに皮をむく・・・何の思案かわからない。
◆ざくろ食ぶ少年くれし青い頃・・・意味のつながりが?
◆壁空に神の名を呼ぶ曼珠沙華・・・壁空が?
◆青空の穴を探しに秋の蛇・・・意図が?。
◆六千の鈴虫商売繁盛す・・・意図が?。
◆わが陣のこれが頂点金木犀・・・意図が?
◆アラビアの鷹の爪ガム和風味・・・意図は?
◆中空に残る明るさ大納言・・・意味が分からない。
◆咳払い一つ補う秋講習・・・意味がとりにくい。
◆耳鳴りのなかに奏でる鉦叩・・・意味がとりにくい。
◆カーソルを秒針とする虫の秋・・・意味がとりにくい。
◆人の名のほとほと零れそぞろ寒・・・意味がとりにくい。
◆栗飯の栗の湯気より割れにけり・・・湯気より割れる、が像が浮かびにくい。
◆まなざしのおどりはじめる風の盆・・・誰のまなざし?
◆此奴がと友をさす人秋うらら・・・状況が?
◆来年はウチハ太鼓になる予感・・・ウチハ太鼓が?
◆秋の空抑制紐のふわんふわ・・・抑制紐が?
◆柏手を打った手で打つ蚊の名残・・・蚊の名残が?
◆幼子が広さを問ひし鯊日和・・・何の広さ?
◆反射光炎(ほむら)となりし秋の昼・・・なんの反射光?
◆括れたる夜景の腰の良夜かな・・・夜景の腰が?

◎ポイントは? 
◆円形のテーブル囲む夜寒かな
◆倒木の根つこの湿り曼珠沙華
◆投石と紛う音せり秋茜
◆高麗川の水嵩増せり秋茜
◆コスモスや三男二女の母となる
◆この秋は人参シリシリ子に与ふ
◆おとがいをそらした先の栗のイガ
◆味薄いなんていうなよ鰯雲
◆身に入むや日を間違えて記憶する

◎川柳 
◆蕎麦を捏ね気分は名人額汗
◆わしらみな老いてはをらぬ敬老日
◆痩せ秋刀魚猫一瞥し通り過ぐ

◎季は? 
◆ペンを置き 紫式部の 切手貼り
◆老夫婦相撲番付卓袱台に
◆女にも背骨があるを知る十九
◆句閃く早く早くとペダル漕ぐ
◆アラビアの鷹の爪ガム和風味

◎重複 
◆口固く知らぬ存ぜぬ石榴の実
◆山晴や逆白波の秋川・・・気象が
◆故郷は記憶の向ふ秋愁
◆案山子にも熱き友情こんにちは

◎述懐 
◆本当は泣きたかった黄金虫
◆露の世をいつしか卒寿に辿り着く

◎疑問点あり 
◆認知症の母が笑ったすいっちょん・・・認知症という言葉がどうか。
◆秋天やガレキにペット吹く少女・・・ペットはトランペットだと思いますが、少し無理では?
◆うりざねの白磁に讃え秋海裳・・・秋海裳は秋海棠では?
◆ひややかや骨董店主祖父の椅子・・・「主」は「の」では?
◆湖畔の湯友も私もラ・フランス・・・ラ・フランスがどうなのか?

◎その他 
◆同意文書腕組悩む虫の声・・・一見面白いが、もう少しすっきりと。
◆国生みの海凪ぎ小鳥渡る頃・・・あいまい。
◆芋煮らしだうやら義母の来てるらし・・・文語の中に「来てる」は合わない。
◆宵闇に 猫のクシャミよ 神無月・・・すこし作った。
◆青空は神の草原曼珠沙華・・・神が安易。
◆風の町 城跡しずか 彼岸花 ・・・三段切れ。
◆そぞろ寒朝の公園相合傘・・・三段切れ。詰め込みすぎ。
◆疎開路を足棒にして夕ひぐらし・・・足棒が、既成の言葉。
◆コスモスの夢のおもさにゆれている・・・抽象。
◆銀杏を拾う背丸く重荷なく・・・重荷なく、が余計。
◆鈴虫やロビーの籠で愛想鳴き・・・月並み。
◆天高く槌音高き新隣家・・・新隣家、はなじみがない言葉。
◆色変へぬ戦火耐へたる苑の松・・・くどい。
◆生き方を風まかせにしてネコジャラシ・・・字余りが残念。
◆海荒るる岬をつなぎて鱗雲・・・「を」はいらない。景色が見えない。
◆木洩れ日に影曳く雑木曼珠沙華・・・材料が同じ。
◆菩薩とは山口百恵秋補陀落・・・山口百恵は面白いが、菩薩はそのまま。
◆咲く秋や花の名前の君が告げ・・・甘い。
◆秋の風犬の首輪の鈴鳴れり・・・もう一歩。
◆水澄むや色鮮やかな錦鯉・・・当たり前。
◆辻ごとに露座 仏おはす今朝の秋・・・当たり前。
◆不知火に遠き眩暈の記憶揺れ・・・抽象。
◆念ずれば花開くとか深む秋・・・観念的。
◆新松子つけし大樹やかくれんぼ・・・予定調和。
◆電話あり一切れの桃窯変す・・・大げさ。
◆紅葉や窓染め窓をはみ出して・・・やで切ったらおかしい。
◆中京にビル転がりて天高し・・・ビル転がるが?
◆折れ線のグラフ書きたい刈田かな・・・景がみえない。
◆鱗雲丹波黒豆甘納豆・・・安易。
◆偏頭痛こらえて拾うしなび栗・・・もう少しいい風景を。どちらもネガティブ。
◆爽やかや呼ぶ声きりりと朝の市・・・舌足らず。
◆大団円最後に笑うへこき虫・・・最初に答えを言った。


2011年10月5日
中谷仁美クター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 こんにちは。今回もたくさんの句をお送りいただきありがとうございます。 ぐっと涼しくなりましたがいかがお過ごしでしょうか。先日実家で稲刈りがあり、私も自分が食べる米を確保すべく参加してまいりました。頂いた句の中にも稲作についての句がありました。選には入らなかったのですが、「揺れそよぐ朝日の稲のかぎりなし」「早稲の香や風豊かなる佐久平」「今年米出来栄え良しとくれにけり」情景が目に浮かび、またおおいに共感させていただきました。 この季節、気候、食べ物、植物など楽しい季語がたくさんあります。皆様から頂いた句の季語も本当に多彩で楽しく読ませていただきました。あまりの楽しさにいつもよりたくさんの句についてコメントさせていただいてしまいました。今回もよろしくお願いします。

【十句選】

つくつくし起承転結纏め鳴く   葦人
 ツクツクボウシの鳴き声って本当に起承転結があって最後に余韻まで残して、思わず聞き入ってしまいますよね。本当に、上手く纏めるもんだなあと感心します。

十六夜を松の向こうに置きました   芽々女
 松の向こうの月、というのは月並みな情景なのですが、十六夜を松の向こうに自分が置いたのだという発想は、この美しい景色は自分のものだと言わんばかりに大胆で面白いと思います。「置きました」というちょこんとした感じの結句がいいですね。

木の実降る癒えたる夫の肩に降る   幸代
 夫の治癒を喜ぶ妻の優しい視線を感じます。この木の実はきっと小さな小さな軽い木の実なのでしょう。秋のやわらかな日差しの中を2人並んで散歩をしている並木道でのできごとかな、などと想像してみました。日本映画のワンシーンのような情景が目に浮かびます。こんなご夫婦、素敵ですね。

他所の妻借りて走つて天高し   今村征一
 「他所の妻借りて」とズバッと切り出したところが読み手をひきつけます。読み進めてみるとこれはきっと運動会の借り物競争のこと。借りるものが書かれた紙を開いてみると「女の人」と書かれている。近くにいた女性にお願いして、一緒に走ってもらう。あら、なんだかうれしい、いい気分。「天高し」が走っている男性の気分をうまくあらわしていていいですね。さわやかな1句です。

轡虫愚痴聞いてやろ聞いてやろ   せいち
 クツワムシの鳴き声って、独特で、男性的ですね。(実際鳴く虫はほとんどオスですが)確かにこう言われるとクツワムシが愚痴きいてくれるような頼れる感じがしてきます。任せとけ、と言わんばかりの「聞いてやろ聞いてやろ」のリフレインはまるで虫の声のようにも思えます。愚痴聞いてください、とお願いしたくなります。これがほかの虫ではそうは思えなさそう。取り合わせの力ってすごいと思える句です。

死に方をさてコオロギに問われても   板垣孝志
 虫の亡骸がころがっているとなんとももの悲しい気持ちになります。こおろぎの亡骸をみて、さて自分の死に方ってと思ってしまった。そんなこと言われてもなあ・・・この続きは読み手それぞれのものですが、ものの見方、それから「さて」という絶妙の間合いに惹かれました。

野分雲石仏みんな母に似て   たか子
 まあるく柔和なお顔の仏様を想像しました。さらりとした表現の中で、お母様への想いや、お母様のお人柄(きっととても優しくて素敵な方だったのだろうなあ)がじんわりと伝わってきました。お彼岸のことをこのように詠むこともできるのだと教えていただきました。

秋蚊来て話し端折りて帰しけり   啓
 蚊を句の主役にするという発想がとてもおもしろいですし、そうすることで日常のよくある出来事が大きくクローズアップされます。「帰しけり」ということはあまり歓迎しないお客さんだったのでしょうか。または、話が長くなってしまってもううんざりだったのでしょうか。いつも厄介者の蚊をこんな風に詠まれるなんて、とても新鮮でした。

父さんのまつ毛ないやん柿の種   ロミ
 家族で晩酌でしょうか。柿の種をつまみながら、父親の顔をふと見つめると、「あれれ」。きっとこのあと「そんなんことないぞ!」なんてお父さんの反論が続くのでしょう。楽しい団欒が目に浮かびます。「ないやん」という口語がいいですね。

親亀の上に子亀やワレモコウ   豊田ささお
 吾亦紅が咲く中をえっちらおっちら親子の亀さん。あたたかくて微笑ましいなと思います。色彩を想像しても美しいですね。ワレモコウがカタカナというのがまたいいと思います。どことなく、その亀を見ている人が亀の姿に自分の思い出を重ねているようなそんな情感が感じられます。

【予選句】

遠かなかな母よまだ吾を忘るるな   せいち
 「遠かなかな」という、初句の字余りが、自分のことを忘れつつある母に対するもどかしさを感じさせます。また、遠くで聞こえるかなかなはもの悲しく、吾の思いがいっそう引き立ちます。取り合わせの良さがあります。悲しく美しい、そんな気分になります。

背に刃生傷に塩秋刀魚焼く   芽々女
 「おっ」と目を引く上5中7、何のことはない、新鮮な秋刀魚のことではないですか。秋刀魚の姿と調理の手順をユーモラスに詠んでいて思わず笑ってしまいました。こういうユーモアは大事ですね。

革命の遠くなりゆく今朝の秋   ハルヲ
 歴史上の革命は、実際はさまざまな季節に起こっていて、当然秋に起こったものもある訳ですが、秋って革命が似合わない季節だなあと気づかされました。革命後の空虚さとでも言いましょうか・・・。

新涼やお腹一杯ヨーグルト   雪男
 ヨーグルトをお腹一杯食べるって、そうそうないことのような気がします。さわやかな季節に、お腹いっぱい、元気もいっぱいになれそうです。

秋天の命名式や河馬はハナ   輝実江
 秋空の下で命名式、健全で、動物園の雰囲気にぴったりですね。宇都宮動物園の河馬さんだそうです。

裾分けの秋刀魚十匹空の青   山畑洋二
 素直すぎる表現かもしれませんが、結句で視線が空に向けられることでイメージがぱっと広がります。

キャラクター揃って案山子学校田   KQ
 小学校の授業の中で米作りをしている。その田の案山子は子どもたちの手作りで、アニメのキャラクターを模してつくられている。きっと子どもたちは楽しく一生懸命お世話をしているのでしょう。見ている方まで楽しい田んぼですね。

朝晩は曇るでしょうちちろちちろ   KQ
 天気予報に、ちちろちちろ。気象予報士のきちんとした話し方と対照的なかわいい鳴き声、この取り合わせがいいですね。こんな天気予報を聞いてみたいなあと思いました。

老い猫のもう起きてゐる敬老日   えんや
 敬老日だなんて猫は知ったこっちゃないのですが、まあとにかく敬老日に早起きの猫ちゃん。「ああこの猫も敬老しないとね」なんてその老いた猫ちゃんをかわいがっている飼い主さんの優しい姿が感じられます。

たねなしぶどうとたねなしぶどうぽろぽろと   汽白
 ひらがな書きとたねなしぶどうのリフレインのたどたどしさに惹かれました。たねなしぶどうを食べながらだれかと思い出話でもしているのかなあと想像しました。

列島を走る野分に投函す   草子
 先日の台風はすごかったですね。お見舞いの手紙でしょうか。はたまた別の便りでしょうか。「野分に投函す」、取り急ぎ、思い切って投函してみた、という風に受け取りました。スケールの大きさがいいと思います。

万燈の寄り添ふごとく哭くごとく   戯心
 万燈の光を見ながら、人はきっとさまざまなことを思うでしょう。「万燈の」といいながら、自分の思いをすっと投影させていてなんだかぐっときます。

どの馬も負けず嫌ひや秋の波   紅緒
 競馬の光景でしょうか。頭を低くしながら前へ前へと出る馬の頭の動きと秋の波の取り合わせはうまいなあと納得の1句です。

落鮎や来し方おもふことありて   伍弐拾
 「落鮎」のイメージと、「おもふことありて」のすっきりとしない様子が合っているなあと思いました。

【気になった句】

孤高なる老フェミニストおみなえし   三人水
 最初に読んだ時に心にひっかかった句です。ただ「おみなえし」との取り合わせが、つきすぎかなという印象があります。

居待ち月タオルたたんでハーゲンダッツ   岡野直樹
 月と言えば団子、のイメージがありますが、そこにハーゲンダッツをもってくるところが新鮮でいかにも現代的でいいですね。「ハーゲンダッツ」という勢いのある商品名をうまく使っていると思います。をただ、結句に持ってくるとリズムが良くないのがやや気になります。中7に持ってこられてはいかがでしょう。

熱帯魚あぎとふわれも歯科の椅子   大川一馬
 最近、待合室に熱帯魚を飼っている病院って多いですね。熱帯魚のぱくぱくと歯科で口をあけている自分というのは面白い発想です。ただ、後半やや説明的かなと思います。

薔薇を買うセカンドバージン読みし朝   とほる
 月並みではありますが、確かに薔薇、買ってみたくなっちゃいますね、『セカンドバージン』。今だからこその1句ですが、気になってしまいました。

爽やかやSはアップルパイが好き   涼
 アップルパイを好きな「S」に恋をしているのでしょうか。「S」という言い方がやや懐かしい青春という感じがして味があります。りんごも島崎藤村の「初恋」のようなさわやかなイメージを持っていますし、ここは「爽やか」でなくてもいいかもしれませんね。

秋黴雨風の足跡けすように   茂
 きれいにまとまっているなと思います。ただ、風の足跡、がイメージ先行で少しおとなしすぎるかもしれません。

コスモスの白い告白聞いている   遅足
 「白い」とするよりも具体的な内容を持ってきた方がいいのかもしれません。コスモス、白、告白、というのはロマンチックだけど甘すぎるかなと思いました。


2011年9月28日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 今年の十五夜は晴。夜空をひときわ青くする、まさに名月でした。秋の代表的な季語である「月」。月のない夜をまるで月のように照らす「星月夜」。今回はこれらの句がたくさんありました。  さて、話は変わりますが、今年の夏、米科学誌「サイエンス」にオーストラリアの学者が「ダイアモンドの星の存在」を発表しました。地球から4千光年の彼方にダイアモンドでできた小惑星があるとのこと。それは地球の5倍の大きさだそうです。
 俳人も科学者も今宵、深い深い秋の夜空を見ているのですね。多くの句をお寄せいただきありがとうございました。

【十句選】

小泥棒大泥棒になる月見   滝男
 月の夜の楽しいお話。「月夜に釜を抜かれる」のことわざを思い出します。しかし「月見」の間に何かを盗られるという話ではなく、月そのものをを盗るという話でもありません。大物になった泥棒がどうだとばかり月に向かって立つ、ただただその可笑しさに惹かれました。

猫のヒゲちょっとつまんで星月夜   ポプリ
メルヘンの世界です。縁側でそばにいる猫のヒゲをつまみながら星月夜をながめている。猫のヒゲをつまんだ瞬間ぱあっと満天の星が輝く。敏感なヒゲはそんな空想を助けてくれました。

微糖派の珈琲たいむ小鳥来る   茂
 「微糖派」という新しい言葉がいきいきと使われています。「小鳥来る」はコーヒー好きが何人か集まってくるようにも思えます。珈琲が美味しそうです。

星月夜ひとりぽっちのチーズカリー   山本たくや
 夜空の見えるカレー店でしょうか、自分の部屋でしょうか。「星月夜」と「ひとりぽっち」があまりに甘い、と思いましたが最後に出てきた「チーズカリー」でその甘さが吹っ飛びました。カレーだからではありません。「チーズ」のとろとろ感が感情を消してしまいました。「ひとりぽっち」の「ぽ」は前半の孤独を表すにはなくてはならない「ぽ」です。チーズカリーに溶け込んだ孤独。

トルコ菓子十人に足る夜長かな   啓
 トルコのお土産、またはトルコ人の住む家。秋の夜10人の客がいて、その全員にトルコ菓子が行き渡ったというそれだけなのですが。行き渡るかどうかを心配している作者の様子や数を数えている様子が「夜長」に合っていて上手い句です。

月とすっぽんぽんかんづめのみかん   汽白
 なんだかわかりませんが、なんだか哀しい。「月とすっぽん」に「ぽん」を足したとしても駄洒落には見えません。どこまでもひんやりしていて秋の気配がしのびよるという感覚。

どきどきしてる柘榴飛べばいいのに   紅緒
 この句も同じく感覚的な句。むやみやたらと言葉を羅列しているわけではありません。それを共感できるかどうかです。柘榴の果実がはじけて種子が現れると「どきどきしている」と私は感じました。

月明かり親子四人の横並び   岡野直樹
 この句の場面はどこでしょう。森田芳光監督の映画「家族ゲーム」を思い出します。4人家族がずらっと横並びで食事をするということが取り上げられました。縦に並ぶ4人ということでは、先日亡くなられた河野裕子さんの歌に「たったこれだけの家族であるよ子を二人あひだに置きて山道のぼる」があります。月明かりに照らされた横並びの4人家族というのは新鮮かつ不思議な光景です。

「サイナラ」を何度も交はす野分かな   豊秋
 「サイナラ」がいいなあ。髪が風に吹かれ逆立っている二人が「サイナラ」「サイナラ」と何度も手を振りながら去ってゆく。マンガのような句。関西弁が活き活きしています。

曼珠沙華踏んで歩けば曼珠沙華   豊田ささお
 曼珠沙華を踏むということに驚きました。しかし野原の中では無意識に踏んでしまうことがあるにちがいありません。踏まれても曼珠沙華はきっと存在感があるのでしょうね。そして気を取り直して進めばまたどんと曼珠沙華。シュールな句です。

【次点】

青大将いまだ肩書引き摺りて   素秋
 面白いですね。肩書を引き摺っているのが青大将だとしたらいっそう可笑しいです。やや川柳的ですが。

秋灯や地球の裏へEメール   葦人
 これは十句に採りたい句でした。現代の風景。「秋灯」が利いています。

秋の夜や信長ひとり広縁に   涼
 これも十句と差のない句です。信長は広縁で「敦盛」などを口遊んでいるのでしょうか。端正すぎたかもしれません。

下りても下りてもなほ川の月   大澤裕司
 川べりの坂道を下ってゆく作者。その視線がとても端的に表現されていて、川の月が美しいです。川のせせらぎも聞こえます。10句に採ろうか迷いました。

掃除機の遅れて曲がる秋の廊   コッポラ
 変わった視点です。よくわかります。「秋の廊」が説明しすぎてしまいましたので「秋の家」くらいのほうがよかったかもしれません。好きな句です。

駅裏のホテルで君は月になり   B生
 なんてセクシーな句なのでしょう。「駅裏のホテルで」というのが思わせ振りですので、真実としても?「駅裏」でないほうが良いと思います。「君は月になり」はとてもステキ。

腕まくるポール・ニューマン焼秋刀魚   伊賀頭陀蕪句郎
 よくわかりますね。ポール・ニューマンのような人に秋刀魚を焼いてもらったらどんなに美味しかろうと思います。楽しい句。「焼秋刀魚」より「秋刀魚焼く」と継続中にして「腕まくる」を「腕まくり」と名詞にして、語順を変えると・・・・などなど考えています。

道場に弓弦の音木の実落つ   戯心
 いい句ですね。音がふたつ。しかしその音がお互いに邪魔をせず、それどころか引き立てあっています。さわやかな秋の句。

傘立に鬼灯活けて陶器市   みさ
 きっとこの傘立も陶器製でしょう。鬼灯の朱色だけが際立っていて素敵な句です。陶器市のごった返した様子も、傘立に鬼灯を活けていることでよくわかります。「何も言わない」けれど自分なりの視線。いいですね。「傘立」と「鬼灯」は真っ直ぐなところが似ていますし。

【良いと思う句】

これからは旅に俳句に水澄めり   今村征一
 「水澄めり」で作者の思いが十分伝わる句。出発の句として部屋に飾られたらいかがでしょう。

いつしかに林尽きをり蝉時雨   まゆみ
 「蝉時雨」だけが残ったという幻想的な句。

どの枝も柿のたはみや古りし里   太郎
 田舎の様子がよくわかり好感が持てます。ただ「里」があれば「古りし」は(真実であるとしても)不要では?

辞世の句妻が添削子規忌かな   津久見未完
 これぞ俳句。「添削」には不謹慎ながら笑ってしまいました。俳句にはこのように困難を笑いに変える力があります。

秋暑し句会の後の自句自賛   洋平
 この句にも笑ってしまいました。「そうそう」と思います。「自句自賛」を少し後ろめたいという思いもあり、他の人のきびしい視線もあり、「秋暑し」という季語はぴったりです。

新涼や筒美京平コレクション   三人水
 これはとてもリズムがよく、気持ちの良い俳句です。「魅せられて」「ブルーライトヨコハマ」などなどその時代のひとたちにとっては「新涼」を分かち合えます。知らない人にとっては「コレクション」が何のコレクションかもわからず手掛かりに欠ける気がしました。

静かなる水に記憶のある月夜   遅足
 カッコよすぎます。ちょっと抽象的でしたね。

園児みなさらの軍手や甘藷掘る   えんや
 こちらはまたわかりすぎました。しかし、軍手の白と土の色とサツマイモの色、この三色がはっきりしていて好感が持てます。

十六夜やこのまま帰るいいですか   邯鄲
 なんて色っぽい俳句なのでしょう。いいですね。「このまま帰る」は「このまま帰って」の間違いではないでしょうか。

平日のテーマパークの秋桜   大川一馬
 「テーマパークの秋桜」は新鮮です。人があまりいないということが「平日の」と説明調になってしまい残念です。「テーマパークの秋桜」からもっと離れた上5文字をぜひ。

秋風の模様の海の魚たち   和久平
 散文のようになってしまったのが残念。「秋風の模様の魚」はとても詩的で驚きました。 秋風という季語をはっきりさせるためには、「秋風に秋風模様の魚たち」くらいでどうでしょう。

蝉時雨おびらしべ湖の青の空   たか子
 「おびらしべ湖」という固有名詞が利いています。湖面の青空のこととはいえ「青の空」が作り過ぎた気がします。行ってみたいなあと思える句。

大雨警報つゆ草瑠璃の壜に挿し   とほる
 「つゆ草瑠璃の壜に挿し」は綺麗なフレーズです。「大雨警報」は真実かもしれませんが「大雨や」だけでよかったと思います。つゆ草のか弱さも出ますし。惜しい。

十六夜や真横に声を確かむる   あざみ
 やさしさがあふれています。おそらくは連れ合いの声でしょう。十六夜ということなら「なさぬ仲」とも思え、いろいろ想像できます。

爽やかや人つ子一人居ぬ広場   山渓
 爽やかな風が通り抜けるようで共感できます。何かが足りないと思うのですが。

鶏頭花採血待ちの足神妙   草子
 鶏頭の色と血液の色が近すぎました。ただ発想は面白く、「採血待ちの足」だけで再度挑戦してみてください。名句になるかも。「採血待ちの足」で神妙さはわかりますので「神妙」は不要です。

【気になった句】

七夕に私は自転車乗って行く
 面白い句ですね。「私は」が不要です。「私は」を削ってもう少し推敲されるときっといい句になりそうです。

今が旬店頭鎮座衣被
 「今が旬」が不要です。俳句はすべて「今が旬」のものを詠んでいます。その5文字を、季語を説明しない何かに変えるときっといい句になります。

左向けひだり秋刀魚のいい姿
 「いい姿」が不要です。旬の秋刀魚はどちらを向いていても「いい姿」をしているという共通の思いがありますのでこの5文字を変えてみてください。惜しいです。

どこへゆくそれも自由さアキアカネ
 「どこへゆくそれも自由さ」は、みなが持つアキアカネのイメージです。固有の視点がほしいと思います。ただ、この軽いタッチは好きですし、歌詞にもなりそうです。

寝返れば背骨軋める夜長かな
 ちょっと淋しすぎました。秋の夜はそれだけで淋しい感じです。いっそのこと「寝返れば」を「抱き合えば」に変えるとか。ちょっと過激すぎますね。再考を。


2011年9月21日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 十五夜も過ぎて、秋が少しずつ深まっていくと思うとしみじみとした気分になります。季節の変わり目ということで、作句意欲が旺盛になられたのでしょうか。普段よりも投句が多くなりました。私は残暑続きの中で俳句も出来ずに落ち込んでいましたが、元気をいただきました。実りの秋にふさわしくバラエティーに富んでいて、とても良かったと思います。

【十句選】

バランスの保てる限り曼珠沙華   まゆみ
 曼珠沙華の不思議な花の形態、茎のみで葉も無くて、ほんとに危ういバランスで立っているように思います。そこを詠んだのがユニークでした。また、作者自身がバランスの保てる限り曼珠沙華でいよう、と読んでも面白いです。妖麗な花ですしね。

甲板にスイングの影星月夜   津久見未完
 星月夜は星空が明るくて、まるで月夜のように思えるのをいいますが、そんな夜に甲板でスイングしている光景がとてもいいと思いました。甲板という設定が効いています。野球のバット、もしくはゴルフのクラブかもしれませんが、影に躍動感があります。

古書市の背表紙ぱらり秋の蝶   学
 古書を選んでいて持ち上げたときに背表紙が、ぱらりと取れたのですね。その時に蝶がふわりと飛んできたのだと思いますが、背表紙から秋の蝶が出てきたような幻想も感じられます。「ぱらり」に秋の蝶のあわれさが表現されていると思いました。

空壜のなかの台風見ておりぬ   遅足
 居酒屋の裏などに乱雑に置かれた空壜に台風の風雨が容赦なく当たっている光景。それを空壜の外でなく、「なかの台風」としたところが詩的でした。とろとろと通過する台風のいいようのない息苦しさなど想像できます。

天高し生き物係に立候補   山本たくや
 澄んだ秋の空の下、何かしたくなる時期でもあります。生き物係に立候補したというのがほほえましい。兎や鶏、金魚などを飼っている小学校の生徒を想像しました。「天高し」という季語と取り合わせることによって、立候補した人がいきいきとしていますね。

案山子にも定年退職あるらしく   綏子
 「定年退職」という意外な言葉を持ってきたのが面白くて、田んぼの中で案山子はせっせと働いて、定年退職が来るのを待っていると思うと、いじらしいです。

太陽という星すずむしという風   ロミ
 確かに太陽は恒星ですね。「太陽という星」の下で、「すずむしという風」が吹いている、宇宙的ひろがりのある句。「すずむし」と、ひらがな表記にして風の涼しさを表現することに成功していて、とても面白かったです。

ミンミンが目玉親父を呼んでいる   汽白
 ミンミンはみんみん蝉のことですが、「みいんみんみん」と澄んだ鳴き声がして、人を呼ぶような気がします。でも人ではなく「目玉親父を呼んでいる」、で日常から非日常へと飛躍しました。目玉親父は鬼太郎のお父さんで、朝食に朝露を飲むそうですが、少しはかなさが感じられ、みんみん蝉と相性が良さそう。

風あっち虫はこっちへ日はそっち   ∞
 リズム感があって面白い文体です。風はあっち、日はそっち、とつれないですが、「虫はこっちへ」と、虫だけが自分のほうに来ているというのが、虫をクローズアップすることに成功しています。いきいきとした動きのある句になりました。

梨の樹下ひとつ木椅子の転がりぬ   山渓
 梨が生っている木は明るくて、シンプルな風景画を見ているようですね。木椅子がひとつ置いてあるのではなく、転がっているところが良かったです。梨の収穫の時期、転がった椅子を直す暇もないのかも、などと想像しました。

【予選句】

引き抜けば何か零るる秋の草   山畑洋二
 秋の草はどこか抒情的で、何か零れるというのが分かるような気がします。ただ「何か」に詩的な言葉が探せばあるのでは、と思いました。

転がせば胡桃のなかも人の声   遅足
 胡桃の中も人の声がするというのがユニークです。「転がせば」に少し作為が感じられました。

貯金箱からっぽして秋の旅   えんや
 旅に出るときの弾む気分が良く出ている句です。中七がちょっと舌足らずの感じが気になりました。「からっぽにして」ではどうでしょうか。

白あさがほ下町気質引継ぎて   素秋
 白い朝顔はきりっとしていて清々しく、下町気質との取り合わせがいいですね。

ラジオより「ダニカリフォルニア」稲木組む   たか子
 レッド・ホット・チリ・ペッパーズのロックを聞きながら、農作業を頑張っている姿が良かったです。

爽やかに寝足りしあとのヨーグルト   大川一馬
 一読して気持ちのいい句。ヨーグルトがおいしそう。爽やかとヨーグルトの白が響き合います。

降るときは金木犀の身体かな   らっこ
 金木犀が降るときの様子を「身体かな」と擬人化したのが良かったのですが、上五は「降るときの」と、するほうがいいですね。

播磨坂なにもけらねど秋の声   啓
 中七の「なにもけらねど」がよく効いて、坂道に秋の声が聞こえてくるようです。

野分来て小枝ポキポキポッキンな   岡野直樹
 野分のあとに、街路樹の小枝があちこちに落ちているのを見かけるときがあります。そんな野分の様子がリズムよく表現されていますね。

吾もまた真逆さまに滝落つる   和久平
 滝の落ちる様子を見ていると、自分自身も滝になった感じがしてしまうことに共感しました。

初秋やカフス釦の忘れ物   豊秋
 初秋のちょっと涼しく感じられる日の忘れ物が、小さな「カフス釦」、というのが良かったです。

【気になる句】

手の甲に乗せたる蝉の鼓動聴く   おおさわほてる
 「蝉の鼓動」がいいなあと思いました。ただ「手の甲」だとすぐに飛んで行ってしまいそうなので「手のひらに乗せたる蝉の鼓動かな」で、どうでしょうか。

福祉展秋色の音ハンドベル   さくら
 ハンドベルがいいので、「福祉展のハンドベルの音秋日和」とすると、音色が爽やかに聞こえてきます。

衣被目玉をつけろと子らの言ひ   奥野とほる
 子供の発想ってユニークですね。いっそのこと「衣被目玉をつける子供たち」に、したほうがいいかと思いました。


2011年9月14日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 この夏に映画『ツリー・オブ・ライフ』を観ました。未観の方もいらっしゃるでしょうから、慎重に書きますが、ハリウッド資本の映画としては破格でした。構成もストーリーも。監督テレンス・マリックの限りなくプライベートフィルムに近い。座っていれば結末まで連れていってくれる普通の映画と違い、観客の極めて高い参加性が要求されます。異質な映像ブロックの隙間は観客が全感覚を動員して埋めなければなりません。で、何が言いたいかというと、そうです、俳句ですね。私にとって魅力的な俳句は、読者である私がすすんでその言葉と言葉の隙間を埋めたくなるような言葉群です。それで、この映画、周りでは寝ている人もいましたが、幸いにも私は2時間18分没入できました。

【十句選】

夏の夜のサーカス跳ねて無人駅   三人水
 無人駅俳句は五万とあります。配するにカンナとか女学生とか、幾度となくお目にかかりましたが、この句は新鮮でした。実景というより、幻想の景として読みました。夏の夜の闇の中に、興行が終った、道化師や、曲芸師や楽隊が踊りつつ行進し、また闇に消えてゆく。そうですフェリーニの世界です。ニーノ・ロータの曲が聴こえてきそうです。

新涼や笊の目ひとつづつ乾く   まゆみ
 こちらは、私の勝手な読みなどまったく入り込む余地などなく、このとおり、新涼の秋の季感がぴったり表現されています。笊を干していると、たしかに目のひとつづつが乾いていくという感じがあります。えーと、もう言うことがありません。

詫び状の縦書き楷書秋の雲   茂
 ああこれは向田邦子の『父の詫び状』ですね。一度そう読んでしまうと、もうその世界と無関係にこの句を読めなくなってしまいます。縦書きとか、楷書という措辞が謹厳な父親像を想像させるからです。「秋の雲」は余計な重い意味がなく句の風通しをよくして、前半を引き立てているのでよいと思います。

採石山鑿あと荒らし法師蝉   すずすみ
 石炭なのか、それとも他の鉱石なのか?採石山ではわからないが、この「採石」がよかったように思う。実際にゴロゴロとした大量の鉱石の存在感があるし、直後の鑿(のみ)あとが際立ってくる。「鑿あと荒らし」も的確だが、ずっと眺めていると、「荒らし」以下が荒法師に見えてきたりして。そうみていくとすべての言葉が隣の言葉と影響し合って、言葉の指示対象以上のボリュームをもってくる。

まだなにもせぬにいのちのあくびかな   遅足
 これは生後すぐの赤ん坊だと思います、そうですよね。たしかに赤ん坊のあくびは、こんな感じ。「いのちのあくび」とは素敵な表現です。本来あくびが背負っている、生きる上での諸事からまったく解放されている、赤ん坊のあくび。それだけに、その純粋性がいのちを思わせるのでしょう。調べも淀みなく、切れ字「かな」もこう使われると文句ありません。あっ、無季の句なんですね。

自転車に藍青深き秋刀魚二尾   啓
 自転車に秋刀魚の青が印象的に見える状況がもうひとつ分からないのですが秋刀魚の青は鮮明です。「藍青」、らんせいと読むのでしょうか?らんじょう?秋刀魚の色の表現としては大げさかも、でもこの言葉で目立ったこともたしか。自転車に秋刀魚という、いかにも秋刀魚らしい気取りのなさと、「藍青深き」という力の入りかたはアンバランスですが。

二百十日巨きな船にPEACEの字   伍弐拾
 厄日です、嵐の予感。二百十日に巨きな船が停泊している(そう思います)。現状ではまだ関係の薄い、この二百十日と巨船の関係が面白い。所謂、つきすぎでもなく、離れすぎてもいない、いい距離です。実景がこうであったかもしれないのですが、「PEACE」がいいのかどうか?ああ、やはりこのくらい鷹揚な言葉がいいのかもしれません。歯切れ悪くてすいません、自信のないところです。

かにかくに一年(ひととせ)巡り今朝の秋   草子
 これは実感です。この句とまったく同じ感慨が私にもあります。それは今年という特別な年がよりそう思わせます。(普通の年なら普通の年なりの今朝の秋の感慨として―それはちょっとした幸福感かもしれない)まだ余震はあるし、問題は何も解決していませんが、とにかく時は巡ってしまうという。無常観というとこの句の場合大げさかもしれませんが、「今朝の秋」の季感―時間の感覚の裏に小さな嘆声を聴いてしまいます。

飲む前に飲む薬とや蚯蚓鳴く   あざみ
 実際はおけらの鳴き声だという。秋の夜のジーッと鳴く声。つまりそんな声も聞こえる秋の夜の静寂すら想像させる季語です。「蚯蚓鳴く六波羅蜜寺しんのやみ」川端茅舎、の世界ですね。「飲む前に飲む」とはCMにもあった宴会の前に飲んでおく胃腸薬(せこい!)、秋の夜の静寂とは合いませんが、「とや」でうまく繋いでいます。薬飲むくらいなら飲むな!言いたいところ、「蚯蚓鳴く」の諧謔が代言してくれています。

思ひ草カヤ刈り進む雨の中   豊田ささお
 最初は通り過ぎてしまったのですが、芒、茅などの根に寄生するという「思ひ草」のリアリティーがあると思い直しました。これは実際に茅を刈っていての実感のように思えます。視線がずーっと下の方にあって、思ひ草に出合ったその時の感覚が俳句に定着されています。特別な言葉が季語の「思ひ草」以外になく、こういうのを季題趣味と言うんでしょうか?

【予選句】

六義民巨石曳きけり秋の海   津久見未完

地平線さらに先まで爽やかに   一梲

百歩ほど母を歩かす鰯雲   せちい
 惜しい、十句に入ります。足の不自由(多分)な母親を歩かせているのは作者なのか?それともきれいな鰯雲がそうさせているのか?私は後者が素敵だと思いますが。

槌音の止んで芙蓉の色の濃く   くまさん

白壁の我が影連れて今日の月   太郎

紙魚の跡残る詫び状金釘流   邯鄲

田回りを済ませ行水星仰ぐ   邯鄲
 田回りをして、行水をつかい、そして星を仰ぐ、と行為の段取りになっています。三つの行為のうちどれかは要らないのでは。とても気持ちはいいのですが。

新涼と書き始めたるハガキかな   恥芽
 手紙か葉書であることはほぼ分かるので、下五は別の言葉を持ち込んで句の世界を拡げたい。

水底に青磁沈めて秋を俟つ   臥龍亭主人ハルヲ
 これは何をやっているのか、正直分かりません、すいません。でもきれいなので。

てっぺんが咲ゐて日照雨の葵かな   たか子

秋色やアテナ・インクの文の束   涼

野分来て雲の船団移動する   岡野直樹
 雲の船団の移動はダイナミックでとてもいいのに、「野分来て」がその理由になってしまった。

描き終えし洋梨ふたつ夜の卓   藤原 有
 銅版画家、浜口陽三か長谷川潔に洋梨を描いた(彫った?)有名な作品がありまして、そのことを思う。それを踏まえているのかどうか、長谷川 櫂の句に 洋梨が版画のやうに置いてある というのもあります。いずれにしても洋梨は静物画のモチーフになりやすいことはたしかなようです。でもこの句いいと思いますが。

秋草や人より犬へ声やさし   藤原 有
 この句も惜しい。秋の野で人が犬に声をかける、そのことだけでよく、「やさし」とまで言う必要はないと思いました。

ゆさゆさゆさゆさゆさゆさとさるすべり   奥野とほる
 たしかに百日紅は風に揺れて、こういう感じですね。

葉月尽飛行機雲の西へ伸び   奥野とほる
 飛行機雲の前だったら「八月尽」のほうがよくはないですか?

竹しずか颱風去りし夜明けかな   奥野とほる

弾丸の雨潜り抜けて来て生御魂   戯心
 潜り、抜け、来て、と、この三つの動詞は整理できませんか?

秋茄子や水性インク滲んでる   紅緒

日時計の正午の合図鰯雲   豊秋

足裏に米粒ひとつ穴惑い  あざみ

小鳥来る子供部屋など不用です   あざみ

台風や風呂を早めに入りけり   意志
 この気分はよくわかります。「早めの風呂に入りけり」ではどうでしょうか。

野菊かな護摩場も池も雨の中   豊田ささお

【残念な句】

レイバック・イナバウアーの脱皮蝉
 全部説明になっています。また、脱皮蝉という言い方も無理がある。脱皮する蝉とか、蝉脱皮とか。

サングラス勝手にしゃがれベルモンド
 ここで要らないのはベルモンド。

夏休みデジャビュの街に迷ひけり
 句としてよく分かりますが、デジャビュの句はほとんどデジャビュです。

西郷もどぜうに化ける秋暑し
 川柳にしても揶揄が効いていない。「秋暑し」が作者の気持ちを出しすぎなんだろうと思う。「西郷も」も疑問、妙に褒めているようなニュアンスが出てしまっていませんか?「熟考の結果どぜうに化ける秋」「考へてどぜうを売ると決めた秋」ってのはどうでしょうか?


2011年9月7日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】
 「暑くていやだ〜」と言いながら、その暑さを楽しむのが夏でしょう。去年は、この暑さが9月いっぱい続いて、さすがうんざりしたのを覚えていますか。それと比べると、ことしは8月末から秋風も吹いて、まだ過ごしやすい夏でした。ただし、あの被災さえなければという但し書きがつくのがなんとも悲しい限りですが。今週は157句をいただきました。十句に入るのは、15分の1という事になります。入らないでもめげずに、又の投句をお待ちしています。

【十句選】

祭には祭の顔で金魚玉   らっこ
 「祭には祭の顔で」という表現が、祭の浮き立つ気持ちをあらわしていてユニークです。「金魚玉」は近すぎる季語選びなのですが、金魚玉を通して大きくなった顔をイメージして面白いと思いました。

切り身にも骨のありけり秋団扇   輝実江
 「切り身にも骨のありけり」という表現が、自虐的な比喩のように感じられ面白い。「秋扇」は近い(つまり説明的)と感じる人もいるでしょうね。でも、これ以上離れると、意味が伝わりにくくなるので、ちょうどいい所ではないでしょうか。

おしゃべりな夜のレモンはしぼるべし   遅足
 まず語感がとてもいい。絵本の文章のような楽しさがあって、それもいい。おしゃべりなのはレモンではなく、夜。夜がおしゃべりではなく、その夜のわたしたち。たとえばレモンハイを飲みながら、盛り上がっている。主語述語のように固く考えると、こういう句は生まれてこないでしょ。俳句と思わずに757の詩だと思って作るといいのかも知れません。作者に秘訣を聞いてみたい気もします。

水替へて金魚大きくなりにけり   えんや
 水をかえて金魚鉢がきれいになったので、金魚が良くみえるようになり、大きくなったような気がしたのをこう表現したのでしょう。この句のいい所は「大きくなるごとし」のようにしないで「なりにけり」と言い切ったこと。上手に嘘をついたことになりました。「梅咲いて庭中に青鮫が来ている/兜太」なんかと同じです。

ひぐらしや立ちてひぐるる木々のかげ   啓
 語感がとてもいいですね〜。とても気持ちのいい口の運動にもなります。「立ちて」が少しむつかしかったです。文脈からだと「木々のかげ」が立っているという事でしょうか。どういう意味か、ちょっと躓きます。「ひぐらしの立ちてひぐるる」とすると、ひぐらしが立っていることになりますし。「ひぐらしの鳴きてひぐるる」は平凡。考えどころかも知れません。

笑みおえて面小さくなる秋ともし   啓
 秋の夜の微妙な心細さが伝わってきて、せつなくなりました。面は何と読むのかで鑑賞が分かれます。わたしは「ツラ」と読んだのですが、文字通り「メン」と読めば、秋の能鑑賞という風にも読めます。「笑みおえて」が、ややこなれの悪い日本語のような気がしました。「笑み終えて」としたらどうでしょう。

新涼やバンドエイドは皮膚の色   ジョルジュ
 「バンドエイドは皮膚の色」とは、なんと思いがけない事をおっしゃる。新涼になってバンドエイドをはがしたら白い肌がでてきた、というような風にわたしは読みました。あるいは、バンドエイドを貼ろうとしたら、ちょうど日に焼けた肌の色だったという風にも。そういう風に思ったのは「新涼」が効いているからでしょう。また別の季語なら別の意味が生まれるかも知れませんが、新涼の今は、他の季語は思いつかない。

山深く特許のやうに葛の花   紅緒
 とにかく「特許のやうに」がすごい言葉の発見。葛の花も「葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり」ですから、ひっそりと咲いているのを作者が見つけた、という気分が表現されています。俳句の「特許のやうに」の言葉、特許取りたいくらいなのでは。

夏の月銀座方面から男   あざみ
 不思議な月の世の風景。「銀座方面」とわざとゆるくして、最後に「男」とバサッと投げ出して締める。一章作りのですが、言葉の組み立てにクリエーティブなものを感じました。銀座も効いてますね。麻のスーツを着て、帽子をかぶっているのかな、おとなのファンタジーです。

奥さんの話に飽きてアキアカネ   あざみ
 「飽きる」という動詞は自動詞で、文法的にも満点の使い方なのですが、この「奥さんの話に飽きて飽きて」という文章が妙です。たぶん「奥さん」という二人称(あるいは3人称)の盲点をついているからだと思われます。飽き、アキ、単なるダジャレじゃないかと言われそうですが、その域を超えて、しゃれた言葉遊びになっています。久々にナゴミました。

【候補句十句】

とんとんとつつくばかりのソーダ水   津久見未完
 写実的な句です。「とんとんとつつく」が上手。

初秋のするりとシャツを抜ける首   せいち
 「初秋の空気がさらっとした感じが出ています。

みちのくのいのちを踊りあかすかな   遅足
 絶唱というような句です。「いのちを踊りあかす」がやや常套句のように感じてあえて十句にいれませんでした。

妻眠るふかく泉の湧くごとく   遅足
 これも上手な句です。「ふかく」の位置がやや微妙かも。

もも色に猫の舌あり秋の風   遅足
 猫句ですが、「もも色」にオリジナリティを感じます。

撫子の風に傾ぎぬ山路かな   山渓
 この句の前後に同じ作者と思われる句が続いています。オリジナリティはありませんが、誠実でいい句だと思います。

さんま喰ぶ几帳面さは父ゆづり   恥芽
 サンマの骨の残し方に思いが行って、いい句だと思います。キチョウメンがもごもごします。ユヅリも。

じっとおし尺取虫が測るから   岡野直樹
 尺取虫をながめているのでしょう、口語が効いています。

洗濯はなかなか効かぬ泡立草   紅緒
 ダジャレと紙一重の不思議な句です。「なかなか効かぬ」の意味がむつかしかった。

岐阜訛ごつごつとして鮎の宿   雪男
 わたしの妻が岐阜出身ですが、「ごつごつとして」が違うと言っています。わたしも、そう思います。

【その他、気になった句】

★箱庭の富士の隣にチョモランマ
・・・おもしろいが、ただそれだけの事。

★バス降りるときに日傘の半開き
・・・意味伝わるが、半開きが物足りず。

★墓ぬらすまづ安政に慶応に
・・・無季、あたらしい視点。

★ジャスミンの雨降りしきる緑の書
・・・説明がないとジャスミンの意味にとまどう。

★蝉時雨血管浮き立つ手を持ちぬ
・・・言葉が多すぎて、難解。

★新涼やあがりがまちでこけにけり
・・・こける場所が腑に落ちず。