「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2012年6月27日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 梅雨の真っただ中ですね。最近のマイブームは、プチ林住期と称して、近くの高台にある公園に一人で行き、野外で手軽な調理をして、ビールを飲んだり、読書したり、昼寝したりしています。このまえは、ゴボウのささがき入り柳川風どんぶりを作りました。明日は何を作りましょうか。野外なので、ウィンナーをコンパクト・ストーブで炙るだけでもおいしいですよ。  それでは、十句です。

【十句選】

沖遙かゆく低音の金亀虫   学
 沖遙か低音でゆく金亀虫、と直しました。失礼。遙か、といっても遠くに岸が見えている海原か河でしょうか。そんなに離れているのに、ふと耳元で金亀虫の太い低い羽音が聞こえた。姿は見えていない。その一瞬のかすかな驚きを、リアルに言いとめました。「低音」がよく効いています。

追伸の吐息のごとくひらく薔薇   遅足
 薔薇の開く瞬間は見たことがありませんが、想像すると、芳香を漏らしながらゆっくりと優美に開くのでしょうね。その開き方を、追伸の吐息、と例えたのは見事というかすごい。手紙の最後を書き終えてつくため息のような薔薇って、けだるく艶やかですね。

十畳の応援団旗夏来る   山内睦雄
 たぶん応援団旗は十畳あるのでしょうけど、それにしても大きい。風にあおられながらそれを必死に支え持つのは、草食系の細面の男子部員。いや、柔道部体型の肉食系女子の方が面白い。その上空には、初夏の雲。ぴったりですね。やはり俳句は、ごちゃごちゃ言わずにこのシンプルさです。

燕の子一羽は仏門に入る   岡野直樹
 燕の子なかの一羽は仏門に、と直しました。失礼。やっと飛べるようになった子燕の一羽が群れから離れてツイッと寺の門をくぐったのですね。それが、覚悟を決めて修行の道に入った、とも読めて面白い。さらに、やんちゃしていたおにいちゃんが改心して仏門に入ったと読むと、もっと面白いかも。

緑子の深き眠りや枇杷熟れる   ∞
 嬰児(三歳までの子供)のことですね。赤子の眠りって、何もかも放遂した底知れない深さを感じますね。その眠りの養分(?)を吸い取って、琵琶の実がすくすくと大きくなって、今まさに熟れようとしている。不思議な雰囲気がよく出ています。

炎天を行くや百歳めざしをり   和久平
 炎天の下百歳をめざし行く、と直しました。失礼。これも不思議な句。この人は八〇,九〇歳ではないですね。行き倒れてしまいますから。だとしたら、五〇,六〇歳くらいでしょうか。そのまだ壮年の人が、炎天の下を歩くとき、百歳をめざすぞと気合を入れているのか、淡々とした心境なのか。なんか、わかるような気がします。

六方を踏んで雷遠ざかる   なあな
 歌舞伎役者が見えを切り、たたらを踏んできめのポーズをとった瞬間、いまさっきまでどろんどろんと鳴っていた雷の音が急に小さくなって、遠くに去っていった。因果関係は俳句には書かれていませんが、役者がたたらを踏んで雷をエイッと放り投げた感じがして、面白い。

雨上がり風鈴売のあらはるる   伍参堂
 風鈴売りは偶然近くまで来ていたのでしょうが、梅雨時の長雨がようやく上がったら、そこに風鈴売りが無から有のようにスーと生じたような感じに読めますね。それも、本当にあるのかわからないような風鈴売りという商売だからなのですね。

ざんざかどろどろ童子の田植えかな   豊田ささお
 上8なので、ざんざかどろどろ童子わらわら田植えかな、としたらいかがでしょう。音でも遊べますし。子供がたくさん田植の手伝いをしていて、そのうち一人が泥を投げたりして遊びが広がっていく感じが楽しく伝わってきます。

あふれて夏ビルの谷間に光る海   紅緒
 海岸近くのビルの間から、遠くに海面が光って見えた、ということかな。でも、海から遠い都会のビルの間の一角が光る海になった、とも読めて詩がありますね。それは、夏あふれ、と定型にしないで、あふれて夏、とした効果もあるのですね。

【予選句】

山家から田植仕舞いの朴葉寿司   古田硯幸
・・朴葉寿司がいいですね。

紫陽花の白より夜の明け初むる   山畑洋二
・・繊細な感じ。

蛍の夜ころんと軽い抱き枕   らっこ
・・取り合わせがいいです。

春愁の十指の爪を切り落とす   遅足
・・不気味な感じもします。

透明な夏至の扉を押して出る   遅足
・・ガラスの扉なんでしょうけど、不思議な感じ。

毎年のこと平凡な父の日は   せいち
・・当たりすぎています。

老鶯のあとをゆるりと峠越ゆ   山渓
・・江戸俳句。

夕焼けを鏡に映し子守唄   戯心
・・ゆったりとした時間を感じます。

青梅は静かに眠り硝子瓶   津久見未完
・・梅酒ができるのが待ち遠しいです。

出刃包丁研いで一太刀初かつを   スカーレット
・・人を成敗するようで面白い。

紫陽花や口に広がる金平糖   スカーレット
・・紫陽花と甘い味は合いますね。

緑蔭や妊婦の横に妊婦来る   B生
・・緑陰に三人の老婆わらへりき(三鬼)を思い出します。

当落のいまだ届かず日日草   茂
・・市議の選挙でしょうか。

雲海の流れる朝の茶漬けかな   茂
・・このような山小屋の朝はいいですね。

茄子漬と白磁の皿と竹の箸   茂
・・シンプルな、上品な句ですね。

てみぢかにおねがひしますなめくじり   伍参堂
・・長い研修でも受けているのでしょうか。

白あぢさゐの中より来たる午後の客   とほる
・・素敵な来客。白は取ってもいいのでは。

亀の子のいじられるまま夕棚田   豊田ささお
・・亀の子のいじらしさが出ています。

鮎食べてすいすいことを進めたし   紅緒
・・鮎とすいすい、が面白い。

夕凪はオレンジみたいにはじけさう   紅緒
・・飛んだ発想ですね。

とりあえずトマトジュースの独居かな   小林 飄
・・お酒でなく、トマトジュースがおかしい。

【ひとこと】

◎こうされては?

蟻地獄導師引導唱へけり
・・「引導、を、ぶつぶつ」とされては。

下駄の鈴鳴らしはしゃぐ子夏祭
・・中七を、どこかで鳴って、とされては。

梅雨の街茫々と地下道出れば
・・地下道を出てもやっぱり梅雨の町、ではいかが。

胎動を手のひらで聞く薄暑かな
・・胎動に手のひらあてる薄暑かな、とされては。

梅雨入りや少し波打つハイウエイ
・・梅雨入りや波打っているハイウエイ、とされては。

しゃくなげの森を抜け出てカナダ村
・・抜ければ、とされては。

黴の香や在りし日しのぶ音盤に
・・下五をLP盤、とされては。

活断層地図に書き足し梅雨に入る
・・古地図の活断層梅雨に入る、とされては。

梅雨曇目だけまんまる老眼鏡
・・中七を、団子のような、とされては。

ヘアダイはライトブラウン夏帽子
・・もっと大胆な色の方が面白い。

夏の雲まだまだ続く鼓笛隊
・・中七を、渋滞中の、とされては。

妻と話すこと思いつくゆすらうめ
・・上五を、妻に言う、とされては。

この狭庭えらびし蟻の塚の嵩
・・シンプルに。

自動ドア開き鷺草翔つかまへ
・・シンプルに。

鉄扉すこしきしめり梅雨の蝶
・・中七を、きしむ音して、とされては。

歩廊までカフェの香よする梅雨の闇
・・中七を、コーヒー香る、とされては。

エンジン付きの車椅子行く片陰り
・・片陰をエンジン付きの車椅子、とされては。

蛞蝓の銀の足跡朝帰り
・・中七を、足跡たどり、とされては。

交差点くらげ寄せ来る汀かな
・・交差点汀となりてくらげ来て、とされては。

時計草三つもいただきオーマイガ
・・「も」をとられたら、面白い。

夏空に鳶張り付いて空動く
・・夏空を動かしている鳶一羽、とされては。

梔子や笑みのほぐれる初対面
・・ほぐれるを、広がるとされては。

ガス燈を灯す昭和や明易し
・・明治では?

水枕青田の風を窓越しに
・・下五を、風が吹きすぎる、とされては。

まいにちはきのうの記憶沙羅の雨
・・中七を、記憶の続きとされては

麦秋の黄の中猫の逆毛かな
・・中七を、を抜け出た猫の、とされては。

小判草揺れているのは心なの
・・下五を、心かもとされては。

◎説明
あぢさゐに家それぞれの色と濃さ

快晴の芝のいきいき水遊

青芝の弾むやうなる心地かな

梅雨しとど間仕切り拭いて通夜支度

青芝にはっとするよなハットトリック

鉄管ビール死語甦る昭和の日

更衣待つ間マヌカンみな裸

雨だれの間遠となれり夕立あと

脱ぎ捨てはずぼらの証蛇の衣

バトンガ―ル歩を確かめん道青葉

まだ父になれぬ男の父の日や

梅雨お覆う旅の予備日が欄を占め

はたた神気配は見せず一喝す

◎報告
父の日や名入れのマグを子が贈る

黴の香に鼻こそばゆし古書の店

軽トラに早苗幾段にも積めり

かしましく烏の啼くや梅雨晴れ間

◎理屈
点眼を止めれば盲ひ梅雨にいる

過保護なる空豆の皮出よと割り

胡瓜苗土に因るのか葉の大き

◎即き過ぎ
夏炉焚き熊肉炙るまたぎ宿

麦秋や風を抱へて鳶の笛

斜交いに被る制帽夏つばめ

青き香をこぼす鬼灯市の風

天婦羅に打粉付けたり天花粉

◎言い過ぎ
ほたる舞う生きるいみなどないように

虫刺され抽象絵画の如き点

◎・・・過ぎ
五月雨に煙る茅葺き厨の灯・・材料が多すぎ。

出水川屋根に石置く峡の家・・材料多すぎ。

婆降ろす爺のTAXi雲の峰・・言葉が俗過ぎ。

あら嬉しおひ様のぞきコウヤつく・・気持ちが出過ぎ。

夏至の花白い葉っぱがお気に入り・・気持ちが出過ぎ。

◎大げさ
生涯を記する標や濃あぢさゐ

後戻り出来ぬこの娑婆蝸牛

鉄橋を捻り切らんと出水川

蕺菜の結界に入り悶絶す

天と地の奥で逢ひたる螢かな

◎主観
水替へて目高の水に馴染まざる

◎類想
父の日や無口のままの人なりき

今日もまた梅雨空眺むスカイツリー

明日香野や植田の数だけ夕落暉

◎常套
桐咲くや入日に染まる浅間山

スカイツリー関東跨ぐ虹の橋

腹掛は金太郎とす更衣

噎せ返る夏草の山北大地

◎平凡
鬼灯市江戸の匂のありにけり

雲海のたなびくあした山泊り

雨に咲くアジサイ花のひとしずく

梅雨寒や厨の窓に花一輪

◎そのまま
杉箸の香りほのかに冷素麺

竹樋をはしるよはしる冷素麺

数知れぬ珊瑚の卵梅雨最中

◎抽象的→具体的に
隣人の奇妙な癖や百日紅

アカンサスゼウスの神の顎の鬚

額の花ひみつの街を眠らせて

神の座に土鳩の上がる青嵐

しがらみをやんま斜めに逃れけり

またの世はこの新緑の産着て

大いなる西日に繋ぐ明日の夢

ほろ苦き話を拾ふ白夜かな

月光や十薬夜の底にあり

◎季語は?
風絶えて坂の途中の万歩計

下闇や太き走り根つづく道

◎ポイントは?
寝かせおく手作り味噌の白き黴

篠の子や子規居士墓所に佇まふ

岩陰に白波消ゆる桜桃忌

手折りたる一人静や峡の道

◎分かりにくい・難しい
まほろばの太き柱や黒揚羽・・まほろばはどこでしょうか。

梅雨入りを内緒にしましょ隠しましょ・・意図は?

投げられしブーケ拾うて田水張る・・状況が?

その頃は籠の渡し場額の花・・状況は?

自転車を押す子の泪梅雨に入る・・状況は?

その頃は通学道路蛇苺・・その頃とは?

洗ひたる夕餉のパジャマこそビール・・下五がわからない。

大谷といふ闇の中蛍飛ぶ・・大谷は地名?

鈴蘭の夢路のうなじ垣間見む・・中七がわからない。

わたくしわホルンのイシキかたつむり
・・意識でしょうか。かたつむりの喩ですね。

ここはどこわたしはだれの泉なの・・だれの泉、が・・・

おのが身を計るものさし糸蜻蛉・・わかりにくい。

◎その他、感想など
とんぼ翔ぶしゃりしゃり翅を鳴らしては・・静かな感じ。

どの道を行けど白山夏霞・・茫漠とした感じですね。

もののけが地上を這ふや夏至の夜・・具体物の方が面白い。

沙羅の花形見にこけしある別れ・・下五が余分。

あやめ咲くやましいことに背を向けて・・当たり前。

低空にツバメ返しは子供かな・・切れ字が効いていない。

高原にパラソルの人風立ちぬ・・きれいな感じですが。

本物と見れば陶犬百合の花・・かすかな驚きは伝わります。

名園の景に加はる夕立かな・・名園、がだめ。

梅雨空に灯火ともす夕厨・・言葉が重複。

せんだってお母さんとつばめの子・・上五がだめ。

育て来し母は袋のトマト捥ぐ・・上五が余分。

夏帽のこころゆさゆさ旅二日・・中七がもう一歩。

ヒメワラビチチリチリチリ夏至となる・・中七が安易。

一軒家植田に囲まれうすみどり・・下五が余分。

五月雨やサランラップの照る坊主・・下五が苦しい。

たてがみに騎手の涙やダービ果つ・・下五が苦しい。

夏帽子三三五五の集会所・・詩がありますか。

梅雨晴間パン屋の後にカラオケへ・・詩がありますか。

紫陽花がまだまだ来るの木曜日・・言葉足らず。

紫陽花と携帯の無い待ち合わせ・・言葉足らず。

炎天の長江渡る一人舟・・水墨画の世界。

蛸ぶつを知らぬ女を誘ひけり・・下世話。

緑陰の奥に私の部屋がある・・少し面白い。

暗がりにくらげ生まれてくらげ死ぬ・・少し面白い。

ミズクラゲ太るわ太る敦賀湾・・少し面白い。

胸反らし歩く少女や更衣・・近い。

トマト取る母や夕暮れアニメ見る・・焦点定まらず。

◎・・この5句、読者はどう思われますか。私はノーコメント。
えっちしようかえっちしようか

いないかをぺしっころしてしまうしり

いかくさいとかうさんくさいとか

ちんちんかはみちんちんかよこちんか

めしにしようかふろにしようか


2012年6月20日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 こんにちは。梅雨の季節、なんだかすっきりしません。こんなとき無性に飲みたくなるのが炭酸飲料。(ビールはあまり得意ではないので)中でもサイダーが一番好きです。この頃はカロリーオフのものを出ておりうれしい限り。
 実際の気候は蒸し暑くうっとおしいのですが、今回いただいた夏の句は爽やかなものが多くて読んでいてとてもすっきりとした気持ちになりました。
 では、しゅわっと今週の十句、よろしくお願いします。

【十句選】

大垣にゐてはつなつの風の吹く   涼
 私は、大垣に行ったことはなく、一度、京都から名古屋まで鈍行で行った時に乗り換えをした駅だなあというくらい。普通電車の終点だったりしますね。知ってるけど言ったことはない、そんな人が結構多い地なのではないでしょうか。そんな場所に吹くはつなつの風ってどんなだろうと思いがふくらみます。これが京都、大阪、などメジャーすぎる地名だとなんでもない句だったはず。地名の選び方がうまいなあと思いました。

耳元にいらない噂捨てゆく蚊   まゆみ
 耳もとに蚊がやってくると、独特の不快な音がします。あの音をいらない噂とする発想がおもしろい!それを捨てに来るからあんな不快なんだなあと妙に納得してしまいます。

猫の仔の蚤と一緒にもらわるる   遅足
 最近、猫を飼うといっても、捨て猫とかどこかのおうちで生まれた猫をもらうというよりも、ペットショップで買うというほうが主流のような気がします。(実際にはそうでもないのでしょうけれども)この場合、家で生まれた猫の子、それも雑種なのだろうと想像しました。「蚤と一緒にもらわるる」というのがなんとも生々しい表現で、生活感があっていいなあと思います。

ブラ外す縄文土偶若葉風   邯鄲
 ああわかる!という気がします。あの豊かでおおらかで開放的な縄文土偶になったような気持ち、確かにします。そして若葉風もぴったりの季語。心も体も自由で爽やかな1句です。

トンネルの中覗きこむ夕焼け雲   戯心
 実際はトンネルの中にいて、トンネルの出口をみたら夕焼け雲が出口いっぱいに見えたということなのだろうと思います。夕焼け雲がトンネルを覗いているという擬人化がユーモラス。童話で楽しい句です。トンネルの出口いっぱい、そして空いっぱいのきれいな夕焼け雲が思い浮かびます。

隅っこは密談の場所余り苗   せいち
 田植えが終わった後、田の隅にかためて置かれたままの余り苗は、密集して青々と生命力がみなぎっているだけにその後の運命を思うとなんだか寂しい気持ちになります。(さし苗に使われなければだんだんだめになってしまいますね。)しかし、それを「密談」と捉えるとは。なんとも面白い発想です。明日近所の田のそばを通ったらその密談とやらを聞いてみたくなります。

ホルン吹く少女の翳り夏の海   たか子
 青春だなあと思います。私の思い込みかもしれませんが、ホルンを吹く女の子ってどこか可憐で静かで、それでいて胸の内に熱いものを持っているイメージ。ホルンの音色のイメージなのかもしれません。この句の少女は翳りがあるけれども、「夏の海」とくるといい未来がまっているのではないかと言う気がしてきます。素敵な句です。

大空を掴みしヤゴの抜け殻よ   豊田ささお
 ヤゴは水の中から出て草や木の枝などに登って羽化をします。空を向いて残っている抜け殻を「大空を掴みし」と見たところ、雄大な感じがしていいなあと思いました。仕事柄、ヤゴを飼って羽化させたことがあるのですが、何度見ても感動があります。また、羽化の途中で力尽きてしまう場合もあって、生きるってすごいことなのだなあと改めて感じたりします。そう考えると、無事に羽化し、抜け殻を残して飛んでいくことができた、そのこと自体が大空を掴んだということにもなりますね。

瓶割ってラムネ玉取る少年期   B生
 実は私が子どもの頃はすでにラムネ瓶のビー玉はそんな苦労しなくても取れていたのですが、「ALWAYS三丁目の夕日」的な時代だとこんな感覚だったのかなあと思います。この句、ノスタルジックな世界が魅力というのもあるのですが、私が惹かれた理由はもうひとつあります。それは、この「瓶割ってラムネ玉取る」ということが、ほしいものはなんとしてでも手に入れる、どんなことにも向かっていくという比喩だと読めるから。なんでもがむしゃらに向かっていった少年期、では、大人になった今はどうなのか。そう考えさせられました。

乗り過ごすことも恋です夾竹桃   あざみ
 恋は人を狂わせます(笑)。乗り過ごすことだってなんだってあります。そうだなあと妙に納得してしまいました。「夾竹桃」との取り合わせが、甘すぎなくていいなあと思いました。

【次 点】

一斉に傘の花々驟雨かな   いっせつ
 傘の花々と驟雨という優しい響きがよく合います。情景がよくわかります。ただ、「花々」というのなら「一斉に」はなくてもいいのではないかなと思いました。

桜は実たぬき食堂閉めました   ∞
 映画「かもめ食堂」を連想させる店名なのでやや狙いすぎかもという気もするのですが、「桜は実」「閉めました」がぴったり来るなあと思いました。

自転車の溜まる駄菓子屋街薄暑   きのこ
 学校の近くの駄菓子屋さんなど、自転車がいっぱい止まっていて、子どもたちの溜まり場になっています。街薄暑はつきすぎの季語かもしれませんがどこかノスタルジックな趣があり惹かれました。

青梅の尻はちきれんばかりかな   隼人
 健康的ないやらしさがあって思わずにやりとしてしまいます。青梅だから爽やかでいいのだと思います。

土曜日の方違へして餡蜜屋   伍参堂
 餡蜜屋さんにいくのに「方違へ」などという大げさな言い訳をするところが面白いと感じました。

母の匙苺ゼリーの薬揺る   啓
 この「母」はだいぶお年を召しておられるのかなと想像します。薬がのどを通りやすいように、苺味のゼリーに包んで飲むことにしているのでしょう。「苺」、それから「揺る」がかわいらしくみずみずしく、お母様に対する愛情が伝わってきます。

ふっくらと島のふくらむ若葉雨   せいち
 雨がもたらす恵みを「島のふくらむ」と表現したところに惹かれました。「ふっくらと」「ふくらむ」は意味が重なるので一考の余地があります。

プロペラで雲かきまぜて梅雨に入る   すずすみ
 「梅雨に入る」というのは、時候はもちろんのこと、飛行機などが梅雨の時期の雲の中に突入するイメージもあって、発想が面白いなあと思いました。

薫風やゼブラゾーンを超えて来る   意思
 目に見えない風をこのように捉えられるって素敵だなあと思います。ゼブラゾーンという言い方もお洒落で、道路のしましまが目に浮かんで爽やかです。

若き問どこまでも行く白夜かな   B生
 若者が時を忘れて夜通し議論を戦わせる。どこまでも行くというのは、議論の時間も内容もということなのでしょう。私もこんな頃がありました。懐かしい!


2012年6月13日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 『季語きらり100』(人文書院)が書店に並んでいます。俳句クリニックのドクター陣の句も多く登場しています。夏の季語から。

 夏来る洗濯バサミにある力     早瀬淳一
 麦秋をぐんぐん抱いて含羞んで   南村健治
 虹消えて竹輪の穴のすべすべと   小枝恵美子
 夕立だデートだ祭りだ不本意だ   朝倉晴美
 滝の上に探偵が来て落ちにけり   岡野泰輔
 母の日の母浮遊するヨガマット   星野早苗
 夏の日の文鎮となり象眠る     中谷仁美
 ウクレレのレレにぽろんと夏の月  えなみしんさ

 季節感は人それぞれ。どれも肩の力の抜けた今の生活から出た句です。しかも個性的。
 クリニックも今回は大激戦でした。多くの句、ありがとうございました。

【十句選】

葛切りや講釈多き昼下がり   津久見未完
 おいしい葛切りを食べているのに何だかんだと講釈の多い人いますよね。その講釈を講釈と割り切り、聞いていない人がいるというのが可笑しいです。京都の「鍵善良房」は葛切りで有名。

水門川ゆるやかにあり傘雨の忌   涼
 多くの句の中でこの句が光ったのはどうしてでしょう。水門川という地名でしょうか。傘雨の忌(久保田万太郎の忌日)でしょうか。傘雨の忌が誰の忌日かわからなくても採っていたと思います。なぜかこの句を読むと木々の青いしずくが目に浮かぶのです。

梅雨冷や埴輪の腕に継ぎ目跡   せいち
 季語がとても生かされていてすばらしいです。見たままを詠んでいらっしゃって何の主張もありません。古代の埴輪の継ぎ目からずっとひんやりした風が入っていたのかと、思わず自分の腕をさすりたくなりました。

万緑を傾けて蹴る人力車   孤愁
 坂道の人力車の様子。懸命に登る車夫の鍛えられた筋肉が目に浮かびます。このような視点の句はめずらしいです。「万緑を蹴る」なんてステキ。

六月や白いベールの振り返り   茂
 ジューンブライドですね。「振り返り」で選びました。作者が花嫁の美しさにはっとしたのか、またはマリッジブルーを見て取ったのか。何の変哲もない場面に一瞬の心のシャッター音が聞こえました。

子供より遅く目覚めて五月雨   度会とも
 「あるある」共感する人はたくさんいます。こんなこと俳句にした人がいたでしょうか。その着目点に感心しました。「仕事に疲れ、育児に疲れ、親はたいへんなのよ」とまだ床の中で五月の雨音を聞きながらつぶやいている、そんな俳人に一票。

六月やけろりとキスをしてしまふ   たか子
 ご自身のことでしょうか(笑)出席した結婚式の様子でしょうか。楽しい句ですね。「けろりとキスを」は、春や秋なら当たり前。夏も違和感はありません。この句には梅雨の鬱々とした時期にもかかわらずなんてことよ、という付加価値がついています。「しまう」がとてもいいと思いました。

夜の噴水きままな一人タップ   戯心
 お洒落な自由律の句。モノクロの洋画のようです。これでもかというほどキザなのがなぜか可笑しくて哀しいです。

雑木山鉄塔真下夏蕨   豊田ささお
 漢字ばかりの句。情景が目に浮かびます。夏蕨の新鮮でやわらかな様子が、前半の堅さと相まって効果的です。

この影でよければどうぞグラジオラス   紅緒
 不思議な句。グラジオラスは細長い花です。こんな細長い影でよかったらどうぞお入りくださいという親切とも当て付けとも言える句。こんな楽しい句は大好きですが川柳的かもしれません。

【次 点】

酒蔵の屋根は消えたりあめんぼう   ∞
水底の雲を乱して水馬   えんや

 この2句は共通しています。水に映ったものが変化した様子を詠まれています。しかしこのパターンは多いので屋根や雲ではちょっと弱いです。2句とも良い句ではありました。

河骨や魚の眼にある金環食   学
 十句に採ろうか迷いました。今の情景をうまく取り込んでいます。河骨、魚、金環食となると材料が多すぎる感じです。せめて魚を季語の魚にされるとすっきりして名句になりそうです。

日盛りに扉開けけり鳩時計   太郎
 「扉開けけり」がちょっと読みにくく残念です。内容はとても面白く、日盛りと鳩時計の組み合わせははじめて見ました。十句にあとわずかでした。

岩風呂のベンチに座り若葉風   古田硯幸
 とても良い気分の句です。ただ岩風呂と(実際そうであっても)ベンチは違和感があります。惜しい。

熱帯魚歯医者の音の中を揺れ   大川一馬
 十句に採ろうか悩みました。「中を揺れ」に改良の余地がありそうです。というか「中を揺れ」は不要な気がします。「熱帯魚」と「歯医者の音」はとても新しい感覚の句で素晴らしいです。

噴水は光の鳥のあつまる樹   遅足
 綺麗な見立てですね。ファンタジーの世界で魅力的です。

アルプスをくだり五月の水となる   今村征一
 この句も魅力的です。十句とは差がありません。透明な水がさらさら流れる様子が手に取るようにわかります。

マラッカのからゆきの墓陽炎へり   洋平
 「からゆきの墓陽炎へり」は情緒のあるフレーズでじーんときます。ラ行の響きもよく効いていてリズミカルです。

呪文なら「とうとうたらり」杏ジャム   啓
 能「翁」の冒頭に出てくる不思議な呪文ですね。「ジャム」と「たらり」は合いすぎてしまいました。私は杏ジャムを見るたびに「とうとうたらり」を思い出すでしょう。それほどインパクトの強い句でした。続きは「たらりら たらりあかり ららりとう」

海鼠壁の商家の蔵や桐の花   山渓
 なんて綺麗な句なのでしょう。今回は個性的な句が多く十句に採れませんでしたがいつもなら入れていました。

新緑やペルーの人と本を読む   岡野直樹
 「新緑」と「ペルーの人」はとても良い組み合わせです。これはどのような場所でしょう。図書館?公園?自宅?それがわかれば・・・。余談ですが、私は、「ペルー」が「ルーペ」にも見えるので本と合っているなあと思っていました。

古民家の裸電球柿若葉   豊秋
 いい風景ですね。句会に出せば何人かは手を挙げるでしょう。この裸電球は点いているのでしょうか。そこを迷ってしまいました。

【良いと思う句】

清き瀬や岩魚と共に動く影   葦人
 何の影でしょうか。人、他の魚、木の葉いろいろ考えられます。綺麗な句ですが岩魚とくれば「清き瀬」は不要かと。ここに何の影かのヒントを入れると良い句になります。

田植え終え癒し湯治の家族連れ   いっせつ
 今もこのような光景をみることができるのでしょうか。都会では羨ましい家族の形です。

曇天の燕銜へる虫四匹   きのこ
 虫四匹は具体的でいいと思います。「曇天の」が(事実としても)燕の形を消してしまって惜しいです。

還暦を過ぎても一度背比べ   小市
 いいなあこの光景。ただ季語が不明です。「還暦の五月も一度背比べ」ではいかがでしょうか。「も一度」は今の言葉として許容範囲です。好感の持てる句。

仰向けに浮かび目を閉じ我海月   山上 博
 「我」は「われ」か「わが」か。楽しい句ですが全体として海月のイメージと離れられなくて残念です。

虹消えてスカイツリーの空となる   邯鄲
 よくわかりますねえ。スカイツリーの名句はまだありません。どんどん作ってください。

傘と傘触れ合ふやうに薔薇の風   くまさん
 傘は日傘でしょうか雨傘でしょうかそれとも薔薇の比喩でしょうか。「やうに」がわかりにくくしてしまいました。俳句は断言のほうが好まれます。薔薇の風は魅力的。

てんつくてんどこまでのぼるやなめくぢり   とほる
 「てんつくてん」が楽しいです。「のぼるや」に一工夫ほしいところ。

ハイレグのマネキンの森に迷い込む   秋山三人水
 意欲作ですがちょっと中途半端になりました。残念なのは主語が不明なこと。「ハイレグの人」とも「ハイレグのマネキン」とも「ハイレグのマネキンの森」に迷い込んだ人間ともとれます。

雷雲や関東平野で相撲とり   おがわまなぶ
 大きな句柄ですね。雷電為右衛門を思い出しました。好感の持てる句です。

朱鷺色の羽水無月の水こぼし   草子
 抽象的な句なので読者にはおぼろげにしかわからないという弱点はありますが。綺麗な句です。

百歳を目指す生き方薬狩   和久平
 「薬狩(着襲狩)」という季語を教えていただきました。このような知恵を使った生き方が今は重要なのかもしれません。「百歳を目指す生き方」なるほど。

桐の花スローライフは忙しい   あざみ
 今、流行のスローライフ。確かにそれを貫くと忙しいかもしれません。「桐の花」と「スローライフ」はよく合いますが、「忙しい」となると「桐の花」が合わなくなります。難しいですね。

玉ねぎを切り揃えたる母と居る   意思
 このように農作業をしている母はとても魅力的です。「母と居る」がとても温かくて素敵。

【気になった句】

後れ毛もほつれ毛も無し鈴蘭は
 このような場合どこかで切るとうまくいきます。このままだと「鈴蘭」だけの句になり読者の想像の範囲が狭くなります。「鈴蘭や」として「後れ毛もほつれ毛も」を続けて作り直すと鈴蘭のような女性を想像する句ができます。

踏み出せば軽き一歩や更衣
 「衣更」は、俳句では、夏の衣に替えることをいいます。ですから「軽き」は当然のことと思われてしまいます。季語を説明しているだけの俳句はあまり歓迎されませんので例えばもっと思い切って。私なら「スニーカーで踏み出す一歩や衣更」。

板の上のとぐろを巻きし若き蛇
 「とぐろ」というのは巻いた状態ですので「巻きし」は不要です。「若き蛇」の「若き」は必要でしょうか。これは必要です。「板の上」はどうでしょう。読者に何の板か、どこの板か、もう少し情報が必要です。という具合にひとつひとつていねいに確かめていけば必要な言葉が見つかります。「若き蛇」はいいですね。


2012年6月6日
小枝恵美子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【初めに】
 六月に入りました。子規の「六月を綺麗な風の吹くことよ」を真っ先に口ずさみたくなる季節です。最近、犬との朝の散歩は海辺を歩いています。波の静かなときは、海月がぷかぷかと浮いているのが見えます。海月って、何を考えて生きているのだろうと思いながら、二、三分眺めていると、頭がぼうっとしてきて「ヤバい!海に落ちそう」、という感じになります。でも海月はとても好きです。なんとか友だちになりたいです。
 今週の投句は写生句が多かったです。俳句はシンプルに、とよく言われますが、写生句などは、特に材料を詰め込み過ぎないように作ってください。

【十句選】

淋しさに続編ありて沙羅の花   涼
 沙羅の花は白くて透き通るように美しいので、俳句にするのは難しいなあと、いつも思っていました。この句は、取り合わせがとても良かったです。「淋しさに続編ありて」は、淋しさが透き通っていく感覚でしょうか。「続編」に詩情があります。

ふさふさの毛をたなびかせ毛虫くる   きのこ
 この毛虫はまるで馬のように毛をたなびかせて来るのだと思うと、カッコイイと思いました。
 ほんとに毛虫はふさふさの毛でうらやましいですネ。「まるまるとゆさゆさとゐて毛虫かな」(ふけとしこ)は、とても有名ですが、この句は、毛虫がこちらに向かってくる様子が生き生きと表現されています。

夕暮れやあのふらここの水たまり   B生
 少し郷愁が漂う句ですが、夕暮れ時に「あのふらここの水たまり」を思いだしているのでしょう。「水たまり」は、人や空、そのときの思いもひっくるめて映し出されているようで、ぶらんこが揺れるたびに、水たまりがたゆたっています。抒情性のある句です。

看護士の小さきあくび聖母月   古田硯幸
 カトリックでは五月を聖母月と呼びます。看護士が仕事の合間にほっとした瞬間を捉えた句です。「小さきあくび」ですが、女性の口を想像しました。爽やかな季節なので、看護士の姿を愛しいと思う作者の気持ちが伝わってきます。

沖はなほ鉄の匂や原爆忌   学
 「鉄の匂や」がとても感覚的で、海底に沈んでいる戦艦や飛行機の残骸をイメージさせます。塚本邦雄の短歌に「海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も」がありますが、沖にはまだ、そういうこともあって、今日は原爆忌であるのだと、解釈しました。

棒振虫押印もれがありますよ   ∞
 「棒振虫」は「孑孑」のことですが、歳時記には、「その一曲一直の貌、たとへば人の棒を振るふに似たり。俗に呼びて棒振虫とす」とあります。甕とか池に棒振虫がいて、その横の家では書類の押印もれがあると言っている人がいる光景。また、棒振虫に押し忘れを指摘されているようで、ユーモアのある句です。

しらさぎ千年フィッとよこ向いて   ∞
 白鷺の立ち姿は、孤高の佇まいを感じます。それに横向いたらそのままじっとしているときもあって、オーバーというか、大胆に「千年」といったのが面白いです。また「フィッと」に千年という時間を閉じ込めたのが巧いですね。

若葉若葉明日の私が見つからない   岡野直樹
 若葉は美しいというよりも、みずみずしく感じられます。まぶしくもあり若葉が揺れていると、どこか不安感や空虚感がよぎったのでしょう。普通は元気になる句が多いですが、作者は繊細な感情を詠んでいます。中七からの表現に青春性を感じる句でした。

揚羽来てけふは元気な母の声   紅緒
 普段の母とは違う元気な姿に、ほっとしている作者の顔が浮かんできます。中七からの表現に、微妙な母の心を読みとっていて、親子関係の良さも感じられ、揚羽蝶の舞う姿が効果的です。毎日家の中にいると、庭に来る揚羽蝶の鮮やかな色が人の心を高揚させてくれますね。

仲間割れしそうなところ蟇が鳴く   意思
 少年たちが数人集まって喧嘩の真っ最中なのだろうか。険悪な雰囲気のところに、間の抜けたように蟇蛙が鳴いたので、その場が一瞬和んだのだ、と解釈しました。仲間割れしそうな、ところで、きっと仲直りしたような気がします。「蟇が鳴く」が効果的です。

【予選句】

緑陰や何処からとなくサキソフォン   今村征一
 緑陰の風に乗ってどこからともなくサキソフォンが聞こえてくる風景が気持ちいいです。フルートだと甘すぎます。

本命の子に外れたる草矢かな   邯鄲
 少年時代の郷愁が感じられる句です。初恋も実らなかったのかも。今の子はこういう遊びはしないでしょうね。

初夏の風の集まる非常口   遅足
  非常口を開けたとたんにさあっと初夏の風が入ってきた、「非常口」が良かったと思います。

大の字で五月の大きな木になれる   てる・るるる
 大の字に、手を広げていたら五月の青葉茂れる大きな木に「なれる」と、断定したのがいいですね。

木の洞を覗いてゐるよ瑠璃揚羽   遊明
 木の洞を覗いているのは作者で、そのそばを揚羽が飛んでいる。または瑠璃揚羽が洞を覗いているともとれますが、洞の暗さと鮮やかな瑠璃揚羽が絵画的です。


2012年5月30日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】  緑が濃くなってきました。我が狭庭でも、ひとつの花の花期が終り、次の花がリレーのように咲き始めています。目まぐるしくも、一年のうちで一番うれしい季節です。今はなんといっても薔薇。ドクターなんとか、グラハムなんとか、マザースなんとか、等々憶えられない薔薇の名前。遊朋さんはリルケと薔薇で投句されました。

 リルケ「薔薇の内部」(部分、藤川英郎訳)

 薔薇にはほとんど自分が
 支えきれないのだ
 その多くの花は
 みちあふれ
 内部の世界から
 外部へとあふれている
 そして外部はますますみちて
 圏を閉じて
 ついに夏ぜんたいが
 一つの部屋に
 夢の中の一つの部屋になるのだ

 いいなあ。

【十句選】

塚山の裾に広ぐる花筵   みさ
 塚山、古墳のあったところで、小規模な丘陵を想像した。この花筵を広げた場所が圧倒的にいいと思いました。裾という措辞も後続の「広ぐる」「花筵」をスムースに呼び出す。句のどこにも尖ったところはありませんが、ひとつひとつの言葉は吟味されていると感じました。

梅は実に向かう四軒みな空き家   今村征一
 今、梅はぐんぐんその実をふとらせています。その旺盛な生命力と空き家の対比が効果的です。梅は実にで切れていますが、実際に空き家の庭にある梅の木を想像したほうが、景としてもおもしろい。四軒という数字も見逃せない。たしかに向かう三軒とする調子よさ=俗っぽさよりずっといい。

白薔薇ぐらりと雨をこぼしけり   啓
 これはまさにこのとおりです。大輪の薔薇は自らの重さと雨水の重さに耐え切れず、ある均衡点を越え頭を垂れる、一瞬を活写されました。私が冒頭で引用したリルケの詩にも通じます。普通は中七音で「ぐらりと雨を」と続けて読みますが、私はどうしても「白薔薇ぐらりと」と続けたい。(字足らずでもシロバラと読みたい)それくらい「薔薇」と「ぐらり」は一体化しています、私の中で。

皿の絵の鮎の抜け出てゆくところ   遅足
 虚の世界ですが、なまじの手垢のついた鮎句より、鮎の生々しい姿態が見えてくるのはどうしてでしょう。絵として固定された鮎が抜け出る直前に身を捩る姿を想像するからか、直後の鮎独特の有機的な流動感が生まれている。

みかん咲く島には細き通学路   せいち
 我々が島に抱く共通のイメージ。そう多くはないが一定の人口があり、漁港があり、みかん山がある。この句はそのようなステレオタイプの島のイメージを一歩も出るものではありませんが、それだけに映像喚起力に富み、共感度も高いと思います。特に「細き通学路」がいいですね、この路は生活路でもあるはずですが、通学路としたことで、句がさらに明るくなったようです。

ゆかたんはんとうしゃんぷーしてあげる   汽白
 これまでの句とあまりに違うので、違うレベルでの評言を要求されているような気もします。俳句の振り幅の中にこの句もある、というか半ば自明とされていたような俳句的なるものは、作り手が常に更新していくものではないか。
 と、気張って言いましたが、この句のナンセンスの底に、うっすらとナイーブな感情の流れを感じます。意味を追い求めても味わったことにならないでしょう、8音+9音のゆっくりした、何処へも着地しない音韻のたゆたい。舌頭千転のうちに様々な像が現れては消えます。誰が誰の髪を洗うのか?ゆかたんはんとうとは?一瞬「ゆかたん」なる人物の影も過ぎる。

万緑やたいがいのもんすてました   ∞
 「たいがいのもん」という口語、とくに「もん」の活きのよさが、万緑という季語のエネルギー量によく見合っています。もちろん捨てるという行為のある種清々しさも寄与しています。この音便「もん」が句の中央で本当に力を発揮しています。試しに「たいがいのものすてました」と比べてみてください。

筍を裸にお湯を大鍋に   遊朋
 豪快で気持ちいい句。「裸にする」「大鍋に茹でる」の動詞が省略されて「裸」と「大鍋」の名詞がより立って、この句の好印象をつくっています。助詞「に」のリフレインもうきうきしたスピード感を演出。そうなんだ、筍って裸にするんだなあ、と納得。

リルケ来て薔薇切る音か夜の苑   遊朋
 虚の世界ですが、リルケが来て薔薇を切っていくなんて素敵です。リルケには素晴しい薔薇の詩がありますし。ただ不満もあります。「薔薇を切る音」と断定したほうが、この幻想の輪郭がもっとはっきりします。「夜の苑」と気取らないで個人的には「夜の庭」のほうが、前半が生きると思います。

五月なれ向かい風なれ修司の忌   伍弐拾
 寺山修司の忌日を詠んだ句として文句ないです。きっと「五月」も「向かい風」もどんぴしゃりなのだと思います。「五月」はもちろん「向かい風」と書かれたことに感心しました。「めつむりいても吾を統ぶ五月の鷹」この初々しくもヒロイックな修司に、高く羽ばたく鷹が必要なように、そこに「向かい風」は必要だったでしょう。自己劇化に長けた修司だけに、この「向かい風」は甘く芳しく響きます。


【予選句】

鳥と見るつばな流しのとめどなく   きのこ

鈴蘭や一輪さしたる食堂車   津久見未完

五月晴れカレー煮込んだかいありぬ   度会とも
くちびるのことあるごとに薄暑かな   度会とも

 ことあるごととは何か?分らないのがいいのかも。

短夜のエディンバラ城守衛兵   大川一馬

蟻の列一頭の牛振り向きぬ   学

葉桜の君と別れに手を握る   古田硯幸
 いいなあ、葉桜の君。

県境を一両列車麦の秋   茂
バンダナの漢ピザ焼く新樹光   茂


竹林の小径の風や薄暑光   みさ

のたりとはこのやうな海卯波風   今村征一

百年の過ぎし木椅子の夏時間   啓
 ふたつの時間がちょっと複雑。

新茶汲む水の地球のひとしずく    遅足
 入選候補。本当に新茶のおいしさは、水とともに地球の賜物であると実感。それにつけても、あの不埒なやからによって汚された水の地球の水の日本よ。

初夏の水をたっぷり吸ふ砥石   せいち

スカイツリー見下ろす墨田五月場所   邯鄲
 ご祝儀で。

炎天や望郷といふ遠きもの   和久平
 抽象的すぎるが、山口誓子を思い出す。

浮御堂までの架け橋青葉風   えんや
ひょいと子があらはれ母の日となりぬ   たか子
空足を踏んで仕舞ひし金魚売   たか子


タンポポは一斉にアフロそして坊主   岡野直樹

尻馬に乗って五月の風を受け   ∞
 本当に馬に乗っている景と、お調子者の像が。

七段の跳び箱跳んでサクランボ   秋山三人水

レディー・ガガ天道虫になりにけり   おがわまなぶ
 いかにもありそうなリアリティー。レディー・ガガが凄いということか。

若葉みどり若葉みどりのバックミラー   草子
 やはり若葉とみどりの重なりが気になる。だからリフレインが効かない。

野いばらやひなたの香りのする少女   紅緒

浮雲の何かに似たる青き峰   勇平

青蔦に縄打たれたる摩崖仏   戯心
窓富士の肩に憩へる釣忍   戯心

 遠景と近景。窓が説明的なのだが、ないと困るか?憩へるも疑問。

風薫る山上駅を降りてより   とほる
くじ引きであふひと決める蛍の夜   豊秋


鐘楼を取り囲みたる若楓   ユキ
立読みの頭へずらすサングラス   ユキ



2012年5月23日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 こんにちは、皆様。
 生き生きとした句の数々、ありがとうございました!皆様の句によって、新しい発見や、瑞々しい感性に出会います。なんてうれしいことでしょう!
 今回は、まさに初夏の気分を満喫。それに伴ってか、情景のはっきりした佳句が多くありました。やはり、読者に伝えるには、情景が明確である必要があります。ひとつの情景でなくとも良いのですが、情景が定まらない、あやふやな句は損です。読者の気持ちが乗っていかないからです。 それでは、朝倉のコメントを楽しんでいただけたら幸いです。
 追記:ゴールデンウイークは、四国の丸亀お城祭りへ参上。とにかく、食べて食べてウエイトオーバー!!!ただ今、ランニングでダイエット中!だって、美味しいのですもの。うどんはもちろん、地鶏、焼き立てちくわに焼き牡蠣、梅ジュースに五平餅。ああ、もちろん生ビールも。そりゃ太りますわね。トホホですわ。もちろん、催しも楽しみました。獅子舞やお濠の鯉のぼり、うどん打ち大会にご当地キャラ祭りと、盛りだくさんでした。

【十句選】

育児する男の動き若葉風   古田硯幸
 ベストイク(育)メン賞!ですね。句材もさながら、中七の「動き」が秀逸。
 〈若葉雨なにかやさしくものを言ふ  西島麦南〉
 こちらは「雨」ですが、どうも「若葉」にはやさしくなる作用があるようです。きっと、生まれたてのものが持つ力でしょう。赤ちゃんを見ると、誰もが優しくなるように。

初夏のマーマレードと旅をする   B生
 「マーマレード」にノックアウトされました。あの、独特のマーマレード色としか言えない橙色。そして、酸味に皮の舌触り。その上に、官能的ですらあるトロ味。そんな、マーマレードと私も旅に出たいもの。どの季節よりも、どの二十四節気よりも、初夏が最適。薫風のなか、軽やかに出かけて欲しいものだから。
 こちらは、初夏と「塩」です。
 〈初夏の塩のこぼれし畳かな  長谷川櫂〉

虹色をシュパッと光らせラムネ抜く   きのこ
 中七が字余りですが、拗音(シュ)と促音(パッ)が、それを救っています。虹色を光らせるという行為の原因が、ラムネを抜くことであるなんて、とても気持ち良いです。清涼感溢れます。 こちらも、同じ「抜く音」を句材にした句。
 〈ラムネ抜く音の思ひ出三田訪はな  石川桂郎〉

花栗の匂ふホールにチップイン   大川一馬
 〈栗咲く香血を喀(は)く前もその後も(石田波郷)〉とは、また違うムードの一句ですが、栗の花の香の持つニュアンスを捉えて、巧妙にゴルフという行為と取り合わされました。これから、ゴルフ場を通るたびに、栗の木を探してしまいそうです。(ゴルフ場が近くにあるのです。)

花吹雪地球の自転止めている   岡野直樹
 吹雪という非常に大胆な動きが感じられるものと、自転を止めるという動作。花吹雪が止めたのか、はたまた全く別の何かが止めたのか、どちらにしても、花吹雪が盛大であるからこそ、成り立つ行為、現象でしょう。花吹雪の真只中にいると、時空の感覚がなくなるように感じますもの。
 〈大阪の落下落日モツを焼く  坪内稔典〉

マネキンの下着替へられ夏に入る   隼人
 「下着」が非凡な句にしています。マネキンは句材としては決して珍しくありませんが、「替えられた下着」に脱帽です。さて、どんな下着だったのか、あまた想像が湧きます。もしかして、メンズ下着?やら、無表情に替えているおばさんなど。それだけではありません。私自身、ステキな下着で夏を迎えたくなりました。
 下記は、ストレートに裸体を感じさせますが、初夏の気分という解放感は、掲句と共通しているでしょう。
 〈おそるべき君らの乳房夏来る  西東三鬼〉

花いばら北に南に海のあり   ∞
 後ろや前に海が見えるのは、あまたある句の景ですが、南北に海とは!東西にはないのか……という疑問はさておき、「花いばら」がとても季語として効いています。効果的なのです。地中海とはいいませんが、なんとも爽やかで良い気候が魅力的です。
 一方で、また違う魅力の花いばらを詠んだ句があります。
 〈茨さくや根岸の里の貸本屋  正岡子規〉

海開くフランス装の書を切って   秋山三人水
 フランス装、一度は使ってみたい言葉でした。「海開く」という明るさが全面に出た季語。そして「切る」という動詞との相性の良さ。その上に、「切って」という下五の「て」止め。最大限に、心象を明るくします。とても魅力的です。
 同じように着眼の素晴らしい句を紹介します。神戸にお住まいの俳人です。
 〈女名のヨットひきだす海開き  品川鈴子〉

プラットホーム海へ傾く立夏かな   遊朋
 海に傾くわけでは、決してないのに。(電車が傾くホームは存在しますが。)そのプラットホールにいると、潮の香りのみならず、海鳴りまでも聞こえてきそうです。そんなホームに佇みたいものです。
 山口誓子は、「汽罐車」と立夏です。
 〈汽罐車の煙鋭き夏は来ぬ  山口誓子〉

にぎやかな秘密の話しゃくなげ咲く   紅緒
 しゃくなげが、とてもとても似つかわしいです。また、秘密の話をにぎやかにすることが、なんともユーモアで楽しい。
 こちらは、「にぎやか」とは逆の「さびしさ」を詠んだ句ですが、石楠花の大いなる花付きが、さびしさを対比として際立てるのでしょう。
 〈空の深ささびし石楠花さきそめぬ  角川源義〉

【次 点】

新緑が沁みる小さな擦り傷に   遊朋
 ※着眼が秀逸

白牡丹ブラに零るる乳房かな   邯鄲
 ※大胆な表現が輝く若さに。

風薫るスピーチ読本閉じけり   津久見未完
 ※字余りでも「閉じにけり」が適当。

【予選句】

知り遇ふて三日目の蠅叩きけり   輝実江

筍を貰う両家の顔合わせ   古田硯幸

夏の路地洗剤匂ふ換気扇   葦人

山路来て雉に見らるる婚約者   B生

生意気な妹の口まね葱坊主   茂
メッシュ靴手前に並べ五月入る   茂

ものの芽や堅き流れの梓川   太郎

飛花残花昭和の団地ひっそりと   孤愁

新宿は夕陽の中に崩れけり   学

婚活に勤しんでいる昼蛙   せいち
烏賊釣りの灯の滲みをり修司の忌   せいち

君が代は息苦しき歌花粉症   遅足

タンポポの一家に一人おじいさん   岡野直樹

げじげじが空足踏まむ夕厨   たか子

ウクレレの卯波を拾ふポロンポロ   勇平

衣脱ぎたけのこのこのこ湯にザンブ   コスモス

新聞を閉じよと若葉光けり   草子
ざぶざぶと目覚めの水や聖五月   草子

ほろびゆく雀王国麦の秋   豊田ささお

睡蓮の眠りをさます鯉の水尾   茜ファン

香水や言葉足らずに添付され   ジョルジュ

バス満員きのう出てきた赤棟蛇   あざみ

猫の目を盗みて春の鰯かな   とほる


【気になる句(添削句)】

桜桃の花に問いけり実となる日
 〈実となる日問はれをり桜桃の花〉

銅鑼の音に目覚む晨や嗚呼四月
 〈ああ卯月銅鑼の音にて起こさるる〉

夏の声塗り替へらるる青鳥居
 〈夏つばめ塗り替へらるる青鳥居〉

初夏の里赤白緑つづれ織り
 〈初夏(はつなつ)の赤白黄のつづれ織り〉

眼の下を東京タワー花は葉に
 〈目の下に東京タワー花は葉に〉

踏み入れて一人静の森鎮め
 〈踏み入って一人静の森鎮む〉

ぶらんこやヘッドライトは熟女の目
 〈白木蓮ヘッドライトは熟女の目〉

春愁を爪に隠して立ち上がる
 〈春愁は爪にありけり退出す〉

母の日のまはらぬ寿司をとることに
 〈母の日やまわらぬ寿司はうどん付き〉

母の日の父を恋ふ日となりにけり
 〈母の日の父を恋ふ日やラジオ聞く〉
 〈母の日や父を恋ふ日となりし今日〉

かごしまに火山灰の雨降る麦の秋
 〈火山灰降る南国に麦の秋〉

囀りや補聴器外し聴きにけり
 〈囀りや補聴器無用と聞こえけり〉

いましがた泣きし赤子の緑雨かな
 〈突然に泣き止む赤子緑雨かな〉

芹を摘む川幅一足跳びをして
 〈芹を摘む小川一足跳びをして〉

訪ねたる実家の卓の粽かな
 〈余りたる実家の卓の粽食う〉

ふつくらと幸せ盛りの豆ご飯
 〈豆ご飯幸せ盛りの三杯目〉

新緑にどつぷり浸る露座大仏
 〈新緑にどつぷり鎮座お大仏〉

草引女醜草の意地測りをり
 〈草引いて醜草と意地張つてをり〉

紅茶減り莢豌豆を収穫す
 〈紅茶点つ莢豌豆を収穫す〉

白き犬増えて葛藤風薫る
 〈風薫る白き子犬のまた増えて〉

金魚すくひ紙一重なる別れ道
 〈金魚掬う紙一重の人生よ〉


2012年5月9日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 昔の仲間とこんにゃくで有名な下仁田温泉に泊まってきました。ことしは桜が遅くて、ちょうど見頃。レンギョウの黄色、花桃の赤、そして桜。重なりあって夢のような美しさでした。ほんとに春は美しい、としみじみ思うのは、歳のせいでしょう。たぶん。締め切り日が黄金週間をひかえていたので、投句数も少なめ。佳句も(やや)少なめだったので、「十句」ならびに、「気になった句」とさせていだたきました。

【今週の十句】

咲く花も地を這う虫も初夏謳歌   いっせつ
 ちょうど今の季節、天気のいい日はこんな感じになります。空にも地にもと大きく捉えて気持ちのいい句になっています。俳句としては、盛りだくさんですが、勢いのある句になりました。

造花より造花振りなりチューリップ   永山太一
 日本人は、自然が作ったものが一番尊いと思っています。それに対する疑問を投げかけた文を読んだことがあります。そんな事を思い出す句です。ホンモノのチューリップを「造花よりもよくできている」と言ってるわけで、変な気がしますが。

シャツ干せば若葉あかりへ翻る   きのこ
 良くある風景だが、気持ちのいい句。「若葉あかり」という言葉の発見が全てだと思います。傍題になくても、このような使い方はよろしいのではないかと思います。

春疾風倒れた馬のやうな椅子   えんや
 「倒れた馬のやうな椅子」というのが、どんな椅子なのかと思わせます。春疾風の中をやってきて倒れた、という取り合わせも面白いと思いました。

立山が桜色てふ能登便り   山畑洋二
 固有名詞が生きていて、ライブ感があります。ただし、「桜色」は季語ではないので、そういう事を気にするグループでは、何か言われそうです。しかし、季語はなくても季節感はあるので、わたしはよろしいのではないかと。

思い出になれないレタスの花が咲く   遅足
 「思い出になれない」と「レタスの花が咲く」は全く別のこととして読みました。前半からは、痛手、痛恨、後悔のような情感が伝わってきます。後半からは、淡い希望のようなものを感じます。後半が前半を解決するという構図でない所がステキです。実は、レタスの花というのは知らないのですが。

どの洞も樹の風めぐる夏はじめ   啓
 これは分かりやすい情景句、気持ちのいい句。樹の風が巡るわけですから、鍾乳洞ではない、もしかしたら人工的な洞なのかも知れません。「ドのドウも」「キのカぜ」と音韻が揃っていることも気持ち良く読める秘密でしょう。

ふらここを蹴って詩嚢はからっぽに   素秋
 「詩嚢」という言葉を初めて知りました。ブランコに乗ったら詩どころではなかったのかも知れませんが、この表現からは詩的なものが伝わってきます。

蝌蚪つるむをんなの子にも変声期   素秋
 この句を読むと「春の灯や女は持たぬのどぼとけ(曰野草城)」を思い出します。「蝌蚪つるむ」や「をんなの子にも」というフレーズから察するに、子供が大人になる辺りの変化を読んでいるのだと想像しました。女の子にも変声期はあります、きっと。

ブラ外す女の五月銀座かな   邯鄲
 「ブラ外す」がどこにかかっているかで、いろいろに読める句。ひとつは、「ブラ外す銀座の女」という読み方。もうひとつは、わたしが「ブラ外す女」で5月の銀座に行ったとも読める。いずれも、さばけた自由な女性と、大人っぽい銀座の雰囲気が、きわどいバランスで成り立っている句でした。

【予選・並びに気になった句】

愛といふ花言葉買ふ緋の薔薇   今村征一
 薔薇と言えば花言葉、定番ですが、上手に詠んでいます。

福音に手を組む園児風光る   津久見未完
 「福音に手を組む」という表現がいいんじゃないでしょうか。

叱られてたんぽぽらしくなってゆく   遅足
 「たんぽぽ」の所を各自思いつく言葉に代えてみたくなる句。

たいくつな風がまわして風車   遅足
 ちょっとありげな言い回しですが、いいのでは。

伊予柑の輪切り仕掛けし山の寺   大川一馬
 これは、全く意味が分かりませんでした。そして気になって。

芽柳や男もすなり耳かざり   山渓
 本家どりの軽い句。季語に工夫の余地があるのでは。

あの世からふと漏れ出でて紋白蝶   岡野直樹
 この句もわりとありがち。でも、そんな気がすることがあります。

ガリバーに馬の国あり夜の梅   ジョルジュ
 馬の国を取り上げたのは面白い。季語が良ければもっと生きる。


2012年5月2日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 遅まきながらというのか、携帯をスマートフォンに変えて四日が経った。だいたいの設定はお店の人にやってもらったが、ときどきメールでも電話でもないのになにかの着信音楽が鳴る。どこをどうすればそれが鳴り止むのか分からない。これを書いているときにも鳴った。あれこれいじっていると鳴り止んだ。しばらくして家内が帰って来て「なぜ返事を返さないのかと問い詰める」。そうか、あれはメールの着信音だったのだ。
 メールの内容は晩ご飯のこと。小学校の校庭で鯉のぼりが揺れている。それを眺めながら独りでスーパーへ行って来よう。豆ご飯が食べたいけれど・・・。

【十句選】

伸び切つて背を反らしける葱坊主   葦人
 種として残された葱の花。それがほったらかしにされているというわけでもないが、伸びきって「ここここ、ここに居てるよ」とばかりに背を反らし、まるで意思表示をしているようで愉快。口語体を使って葱坊主のやんちゃぶりを表現してみるのも一つの方法かも。

揚雲雀あがれば下に淡路島   きのこ
 スケールが大きいのがいい。淡路島全土を俯瞰しているような気配。まさに春の伸びやかさが出ている。

踏青やはみ出す触覚五六本   きのこ
 単なる野遊びではなく、感慨というか少し内面的な趣を含んだ踏青ならばこその「はみだす触覚」ということになるのだろう。そして「五六本」とは人間の五感ではなく、まさに触覚が五六本伸びてきたのであろう、この人間に。発想が大胆というか、人間なのに虫の気分になっているのがいい。

草餅に抹茶の付いて五百円   せいち
 ある状況が言葉に、575になっただけ。でも、それだけでは少なくとも俳句と呼ぶのは苦しい。どこかに俳句的なモノ(難しい言い回しだけれど)が必要になる。この句の俳句的なモノ・・・「付いて五百円」という俗っぽく、そしてやや呆れたニュアンスのある表現がそれ。

春の夜のことばの帯を解いてゆく   遅足
 「言葉の帯」が難解だが、自分の想いを順序だてて、あるいは少し梃摺りながら相手に伝えている、あるいは独白的に言葉にして整理しているのだろう。その内容は「春の夜」「帯」にヒントがある。いくらか妖しく秘密めいた印象を受けた。

雀の子トトトトトトと板庇   素秋
 トビウオが海面すれすれを滑空する場面によく出くわす。多くの場合は敵に襲われて逃げるために飛ぶのだが、飛びたくて飛ぶ、つまり、遊びの感覚で飛ぶこともあると聞いた。この「トトトトトト」は雀の子が傾斜した板庇を滑り台のようにして遊んでいるのかも。「ト」の字は雀の足跡をイメージさせるしね。

タンポポはトランペットに帰属します   てる・るるる
 へえ〜っと思った。発想が面白い。無理やりの喩えと云う程の事はないが「します」という強引な断定が詩を発生させることがある。トランペットによって吹き飛ばされたタンポポの冠毛はやがて緩やかに風に乗りながら想いもよらぬ地に運ばれてゆく。

砂時計ひっくり返して春楽し   おがわまなぶ
 たとえば「春楽し」が「春愁い」だったら見過ごしただろう。取らなかった。 砂時計をひっくり返す、「楽し」だから何度もひっくり返す。でも、それが楽しい行為だとはボクには思えないが、その不思議さ、分からなさに取らされた句。誰かからのプレゼントかな、砂時計は。春の日が差し込む明るい窓際での様子が想像される。

月光海運コンテナ船の荷は初蝶   伍弐拾
 物語のファーストシーンかラストシーンを思わせる。もちろん「荷」が「初蝶」なのではない。たまさかの出来事。それを「荷」としたことでドラマが生まれた。「月光海運」という船会社の名もドラマチックだ。

春の宵私以外は銭湯へ   意思
 ということで家の中はがらんとしている。家風呂だと狭い(少なくとも我が家は)からのんびり手足を伸ばしてとか、知り合いとお喋りしてとか、背中を流しっこしたりとか、、、、、そんな楽しい時間は持てない。だったら、一緒に行けばいいのにと思うが、、、、、そんな通俗さより、春宵一刻値千金を選んだのか、あるいは春愁なのかも。「私以外」と云う表現には、私は特別なのよ、という雰囲気があって意外に面白い。

【予選句】

手拭と交換せしは春キャベツ   洋平

さみしさを巻いて大きな玉レタス   遅足

この襟のこの花びらがその証拠   草子

ひき船の引き残して行く花明り   ∞

ものの芽や雲に従ふ湖の影   太郎

あたたかや金平糖の丸き角   太郎

もの申す口あけてをりチューリップ   おがわまなぶ

白木蓮生まれ変われる予定なし   あざみ

花の雨魔女になるには太りすぎ   あざみ

春の宵爪は伸びるしお腹はすくし   あざみ

陽炎を連れて淪落する女   B生

貨車の列数える春の帰り道   B生

春陰や和解の握手短かり   B生

種を蒔くスタートライン引くやうに   紅緒

青空を掬うてふらここ戻り来る   えんや

天真の裸女の浮き寝や花の雲   戯心

墨の香の少し残りて5月来る   さくら

鉛筆の落ちたる音や目借どき   とほる

白蓮の中や天女のふたりゐて   とほる

萬愚説詩語と鳥語を繰り返す   意思

春来たるいつもの犬に手を振って   睦月