「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2012年12月26日
早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 11月4日、「船坂ビエンナーレ・短歌・俳句バトル」無事終了しました。当日は穏やかな秋晴れで、旧船坂小学校の中や周辺におかれているアート・オブジェ・インスタレーション(展示空間全体を使った3次元的表現)などを巡って歓声が起こり、そのあと「短歌・俳句バトル」に突入しました。俳句部門だけでなく短歌部門でも船団の方々のパワーが炸裂しました。なかでも私の印象に残った短歌

 障子の穴からスプートニクは見えないがペットボトルが光る夕暮れ     塩見恵介

俳人の方々の感想として、「短歌ってつくれないと思っていたけど、自分の思いや風景をそのまま詠めるので意外とつくりやすいし、面白い。」との声に共感の声が上がっていました。私自身も短歌もつくっていきたいなと思いました。
 それでは、今週の十句です。

【十句選】

日めくりの大晦日だけめくられず   伊藤五六歩
 山田君座布団一枚と言いそうになる句。あれほど分厚かったのに、いつの間にか最後の一枚になった日めくり。その薄っぺらい一枚の紙が大年の慌ただしさを物語っている。そしてその一枚をめくっても切り取っても意味はない。たった一枚の紙だけど、ものすごく存在感を感じます。誰もが見ているのに誰もこう言えなかった一句。

マヨネーズ絞りきったる寒さかな   涼
 マヨネーズを絞りきったところに何が現れるか?いろいろ発想が飛びますが、俳句ですから季節感でいくと、ぶよぶよの夏よりも冬の寒さが意外性もあり面白い。逆に寒さの形態として面白いものは?というところから絞りきったマヨネーズを発想されたのか?発想の経路を考える上で興味深い一句。
 天の川濃しマヨネーズ逆さまに(淳一)

手袋の手のかたちして忘らるる   きのこ
 なぜ十句に入れるの?と言う方がおられるかもしれない一句。薄い革手袋ならくるくる丸めて球体の形の手袋もあるかもしれないが、革でも毛糸でもぽつんと忘れられた手袋は手の形。その当たり前のことをなぜ俳句でわざわざ言うのか。当たり前のようで深読みを誘う俳句のずるさでしょうか。手のかたちのままの手袋が境涯俳句のような印象も残します。落とされた場所も雪道、雑踏、山里などで想像もがらっと違ってきます。

二階級特進の葬ざぼん剥く   とも
 ゆっくりざぼんを剥いているので身内の葬儀ではなく、多分、警察官の方の殉職で二階級昇進した形で葬儀が行われたというニュースを聞いているのでしょうか。死んでからの二階級特進のむなしさと、それでも犯人に勇敢に向かっていった警官への尊敬・同情が入り交じると、ざぼんの味になるのですね

片目閉じ鼻先見やる冬至かな   洋平
 片目を閉じてみました。なるほど、自分の鼻先が岬のように見えますね。冬至を迎えたなあというときに、こんなどうでもいい少しおバカなことをしている日常は、とても俳句的ですね。どなたかに、手の甲で富士山つくる年の暮、といった感じの句がありました。忙しい年の暮に皮をつっぱって遊んでいる人も好きです。

この中に犯人のいるちゃんこ鍋   せいち
 句意明確でいい句だなという句ではない、このように少しわからない句も頂きました。この犯人とは?もうひとつの味のこのちゃんこ鍋の犯人の具材?鍋を囲んでいるメンバーの中に犯人が?犯人がちゃんこ鍋の中に潜伏している?わからないというのも俳句の大事な要素だと思うのです。

深々と冬帽スター気取かな   今村征一
 これはよくわかる句・共感できる句として頂きました。最近特に、おしゃれな帽子の若い男性が増えているような気がします。私も帽子で外出するのを楽しみにしています。そのときのちょっと弾んだ気分は、やや大げさな「スター気分」という言葉がぴったりです。「スタア」としたら昭和初期の活動写真の時代みたいで面白いですね。

ストローのどこか詰まった十二月   遅足
 ストローが詰まるとは、ミキサーでつくった粒の粗い果物ジュースでも飲んでいるのでしょうか。その粒が詰まって、ウウッと吸っても上がってこなくて軽い貧血になりそう、という滑稽感のある状況。表現自体もどこかオカシイですね。でもかすかな寂寞感も感じさせる。十二月の一つの表現かなと思います。

大根の穴を残して転居せり   おがわまなぶ
 引っ越していくひとの中には、持って行けないのでどうぞと言って庭にあった草花とか野菜とかを近所周りに配って行かれる方もあるかもしれません。それがこの人は大根どころか、その引っこ抜いた穴だけを残して飄々と去って行かれた。オカシイというかあきれるというか。

シスターも子役のせりふ冬さうび   津久見未完
 クリスマスの生誕劇でしょうか。いつもは聖書のお話をされるシスターも、今日は小さな子供の役をして照れくさそうに台詞をしゃべっておられる。舞台袖には、ポインセチアとともにやや弱々しい冬の薔薇も。穏やかな平和な一日に癒されました。

【選外佳作】

臘月や出生届印太し   伊藤五六歩
 これも十句に入れたかった句です。太しに実感がこもっています。

極月の空青々と磨く窓   山畑洋二
 窓に十二月の空の青が映っているのですね。気持ちのいい句。

開戦日不意に翁の独り言   古田硯幸
 開戦日の思い出が思わず口をつくのですね。

焚火背に知らぬ男の長談義   古田硯幸
 いかにもありそうでリアルです。焚き火が懐かしい。

今来たという顔鍋をつつきおり   遅足
 今来たという人鍋をつつきおり、でもいいかも。今来たのにもう鍋の一員というのがオカシイ。

初雪のなかを私にかえりゆく   遅足
 仕事の顔から素の自分にたち返るのでしょうか。

ボス猿の何やら円座文化の日   翠柳
 ボス猿の周りの円座文化の日、では。猿も句会などしているのでしょうか。

梅ほつほつからくり童子の足拍子   翠柳
 梅とからくりの足がからから鳴っているのがよく合っていると思います。

小道具はトランクひとつ江戸神楽   隼人
 江戸神楽よく知りませんが、小道具が少ないというのがいいですね。

冬枯やみやげ物屋に隼人瓜   隼人
 隼人瓜って知りませんが、気になります。食べてみたい。

安達太良の月面滑降スキー帽   大川一馬
 安達太良山っていいスキー場なのですね。月面滑降ってスゴイ!

闇を来る片手に大根ぶら下げて   ∞
 大根の白がぼわーっと浮かび上がっています。

冬青空なんにもありゃしませんわ   ∞
 ありゃあ、としたら語数が合います。冬の茫洋感がでています。

問診となりぬ電話や歳暮の礼   おがわまなぶ
 川柳っぽいですが、あーあるあると共感できます。

9色のフェルトマフラー巻きて街   清子
 フェルトマフラー、ネットで見るとオシャレですね。キレイな句。

あの時は木の実と信じて落ちました   遅足
 信じてを、となって、では。変な俳句ですが面白い。

冬ざるる山懐に家溜まる   岡野直樹
 家溜まる、という表現が面白い。

枯れハスの妖怪見たり鯉もいて   菊美
 鯉もいて、で脇役の鯉がかわいらしい効果を出しています。

半袖の若きナースや十二月   えんや
 これも十句に入れようかと迷いました。ナースの若々しさ、たくましさがよく出ています。

樽に身を沈め禅僧大根漬   えんや
 そんな大樽でつくるのですね。豪快です。

湯豆腐や肩は寄せ合ふためのもの   紅緒
 ややつきすぎですが面白い。 街灯は夜霧にぬれるためにある(渡辺白泉)

白き墓十一月を占めて居る   意思
 墓が十一月を占める、というなぞめいた表現に魅力があります。

【ひとこと】

◎こうされては?
連れと吾の息の数なる結露拭く
・・連れ合いと我の息なる結露かな

甲州を峠越えれば年を越す
・・甲州の峠を越えて年を越す

成人の日のガラ版刷の詩集かな
・・成人の日のガリ版の詩集かな

玄関に子どもの手ほどの落ち葉かな
・・玄関に子どもの置きし落ち葉かな

振売の腹に一物背にホッカイロ
・・振売の腹に一物ホッカイロ

冬日射すブリューゲルの運動場
・・秋日濃しブリューゲルから招待状

掛け声もねじあげし大注連縄
・・掛け声もねじあげてゐる大注連縄

見かけより真面目なんですピラカンサ
・・見かけより不真面目なのよピラカンサ

◎類想
雨雪に変はる音聞く夜更かな

大空を揺れ栴檀の実のたわわ

初雪をつれて早朝列車着く

単線の鉄路伸びゆく枯野かな

立ち飲みの屋台に置きし冬帽子

白鳥や湖にひと筋夕日差す

かいつぶり闇に沈んでゆくやうに

賢治ゐて星揺れやまぬ冬の空
・・銀河鉄道の夜の類想

窓際の足踏みミシン紅葉散る

新雪に小さき足跡あまたなり

師走かな斜めに走る小型船

風眠りぼた雪闇を叩く音

鳥獣を懐に抱き山眠る

枯蟷螂通せんぼして威嚇せり

猫の尾の足裏くすぐる炬燵中

行く年や齢八十とんで行け

ひとり居の灯り確かむ冬薔薇

冬野原雲の影去りまた来る

◎説明
海ほたるタンカーの先雪帽子
・・海ほたるは夏の季語?説明的

思考して思考して雪の川渡る

シャッタ−街外灯のみの冬灯

枯蓮の金輪際といふ姿

雨なれど京ははなやぐ事始

◎報告
木枯しやテレビの女優おしとやか

冬晴れや車窓の富士へ歓喜起き

冬の月微かに山道照らしけり

自由にもありし不自由雪を掻く

改札に熱きカップル師走の夜

満を持す一句たずさへ納め句座

冬の地震テレビ売り場の警報音

踏み遊ぶ百合の樹落葉ひとりして

◎理屈
暇あれば暇の度合いで年用意

オリオンや走れば間に合う終電車

◎先例句があります
凍港に韃靼帰りのてふを見し
・・韃靼のわだつみ渡る蝶々かな(安西冬衛)

繰り返し繰り返し聞く雪のこと
・・いくたびも雪の深さを尋ねけり(正岡子規)
冬菊の纏ふ香りを供へをり
・・冬菊のまとふはおのがひかりのみ(水原秋桜子)

かくれんぼみっちゃん冬へ消えたまま
・・かくれんぼ三つかぞえて冬となる(寺山修司)
◎あたりまえ
北国の雪降る暮らし始まれり

大空の鵯鋭きや日向ぼこ
・・鋭きはあたりまえ

見失ふ行者の跡を吹雪かな

ホスピスへ一瞬ひるむ方時雨
・・ホスピスへひるむのは当たり前

冬鴎嫁の座も良し半世紀

◎想定内
俯いたまま歩み出す冬の蜂

月光の人も枯木も折れてゆく

眉目かたち黄金比とや雪をんな

還暦の赤シャツいまも漱石忌

O・ヘンリーのLAST・LEAFに射す冬日

龍のごと濤遡る寒波きぬ

凍蝶や列島の屋根屹立す

◎平凡
あの頃のときめきはなくおでん酒

忘年会円卓囲み酌みあへり

年の瀬や店内ぐるり監視せり

短日や隣家の影が縁側に

見つめればポインセチアも見つめけり
・・もう一歩

湯船にてただ初雪を聞いてをり
・・同

一日も欠かさぬ晩酌しぐれけり

嫌いとは言えぬ性格実南天

◎言い過ぎ
日輪はのけものにされクリスマス

闇鍋や見合い写真のごときもの

霜柱足裏の音のいとをかし

山茶花や小径を化粧ふ紅ちらし

◎そのまま
戸を鳴らす音あらあらし北颪

慟哭を矯めたる寒の棺かな

北風や阿吽の形相仁王像

◎言葉の重なり
新年号廃刊予告小晦日(こつごもり)
・・小晦日(こつごもり)が重なり

サヌカイト凍てつく音やカンカンと
・・カンカンとは余計

着ぶくれてあんぱんマンを愛す僕
・・僕は余計

したためて綴る手紙や冬紅葉

◎つきすぎ
風尖る信号待ちや冬の月

鈍色の雲や赤城の北颪

建売の家は更地に冬の雨

冬ざれや母の平屋の壊す音

諍いて続く沈黙冬ざるる

百幹の竹のさやぎや神還る

討ち入りや男の義理の縄暖簾

枯銀杏連なる先に救急車

ふかふかの歌を編みこむ毛糸玉

「坊ちゃん」を売りて「猫」買ふ漱石忌

河豚鍋や当たりてみたき宝くじ
・・川柳

貯金箱は布袋様像年の暮

綿虫舞ふつかみどころのない話

踏み込んで話せば退(ひ)いて大綿虫

◎主観・観念
見張られているよな冬の夕焼雲

人参に齧(カブ)りつきたい寂しい日
・・情緒過多

メービウスの帯に迷ひし寒桜

まな板に厚めの大根笑ひをり
・・やや主観 擬人

避雷針自罰のごとく冬天に

◎俳句の意味がわからない
かんかんと山人(やまど)凍える山普請
・・素人にはわかりにくい

北国のすとんと寒し落とし蓋

櫨弾く「拡散」といふリ・ツイート

雪掻きや五十肩てふ若返り
・・てふがわかりにくくした

ダウン着て波濤に止まる冬の蝶

水底に雪降る銀河に出張す

落ち葉飛ぶ先を越される闊歩かな

冬空の水溜りへとアリス落つ

風渡る薄は一斉にF

『鼻』消ゆる伸ぶると忙しマスクする

パリパリの教授が踊る冬の夜

閂をめぐり師走とせめぎあふ

黒猫の嚔のたびの静電気

指の先赤く灯して大根剥く

冬の暮れ黄が金色におちるとき

いつか来るヒーロー待ってる木守柿

臨終に間に合わぬまま木守柿

Aまでよこれから冬眠するからね

裏返し手袋ふたつ兎かな

神殿の餅懐に野盗めく

手荷物の重さ受け止む濡れ落ち葉

ひとりでに巻くキャベツの葉不沙汰なり

寄せ植えのひと花だけに神渡し

◎言葉の意味がわからない
しぐるるや鳩居堂にて逢ふことに

夜這ひ星のっと背伸びす戯画の猫

だいのほうかんぬきのまど赤のまま

荷を解けば郷土紙嬉冬野菜

手水舎に男がひとり吉良忌かな

マンホール野水音響く冬の夜

◎川柳
悪態の聞こえぬやうにマスクして

寒卵立て損ねたかコロンブス

明け渡す炬燵の定席初婿に

スケートの技もをんなも格を上げ

牡蠣くえばぐうの音止まず腹の虫

年利率0.02年の暮

大北風の選挙候補者掲示板

冬眠に向けて体重増やしてる

◎ポイントは?何を強調したいか
二つあるシングルベットに小夜時雨

歳晩のパソコンで書く手紙かな

夜十時宅配届く師走かな

夫より遅く帰った冬三日月

入念に髭剃り撮影したる冬

干乾びて行く大根の葉指で撫で

◎その他
寒雀サラダに振れる黒胡椒
・・季語とのつながりがわかりにくい

葉一枚拾いあげたる枯木かな
・・枯れ木が葉を拾い上げたとしたら面白い

暁や夜を深く出で冬の星
・・景がやや複雑

毎朝カーテンの向こうに光る星
・・リズムを再考

蓮にまだ枯れる勢い弁才天
・・前半は面白いが、弁財天で難しくした

着膨れてテレビ食入る養生訓
・・主語の係りがわかりにくい

両の手でころがし柚子湯匂はする
・・わかりすぎ

すこすこと冬を引き抜きスコッティ
・・スコッティがやや安易

浮寝鳥街道違うテレビ局
・・街道違うとは?

みぞるるや凸鼻眼鏡水浸し
・・シンプルに

荷抱へ駆けてはメモる師走人
・・師走人は無理

信長の胸の枯野に火を放つ
・・作りすぎ

花ひいらぎ嫁と姑取りなして
・・やや漠然

iPS由来の話題日脚伸ぶ
・・時事

忘年会酒一滴も寄せつけず
・・なぜ?

電装の白蛇師走のブルガリ店
・・材料多すぎ

メジャーへの夢を託する冬木の芽
・・今年のドラフト?

木の葉がそっと落ちるがごとき恋をして
・・酔いすぎ

北海道白き大地にホッカイロ
・・ポイ捨てはいけません

落葉や懺悔の数の増えつづけ
・・暗すぎ

たんぽぽのぽぽぽぽぽぽぽ帰り咲く
・・中7が安易

寒見舞アフリカ行きの格安券
・・やや難解

雪の朝卵抱く君抱きしめる
・・卵が潰れるのでは?(そういう問題ではない?)

枯野にも渋谷にもくる銀狐
・・なぜ渋谷?

トロ雲丹の無きおでん屋に入りをり
・・無いのになぜ?

冬深む床屋出る顔ブロマイド
・・ナルシシズム?

フランスのマシュマロふるる冬日向
・・どんなもの?

オリオンの煌めく衣翻る
・・抽象的

闇汁や噛まずに呑み込む浮遊物
・・キレイさがない

光陰の矢となりてをり枯木立
・・見立てで終わっている

インパネス無賃乗車を許されき
・・なぜ?

けつまづき青き舌噛む雪女
・・雪女は作られすぎ

鴉降りて散華となれり草の霜
・・難解

寒雀いつせいに翔ちまた埋もれ
・・舌足らず

北風のぐわんぐわんと三界に
・・やや抽象

雀散り四温日和となりにけり
・・もう一歩

マスク爺杖を小脇にメール読む
・・マスク爺が無理

候補者は皆年下の小春かな
・・やや漠然

殿方と男はおなじ鰤起し
・・わかるようでわからない

初雪やまだ来ぬ犬の散歩道
・・わかる

冬うらら墓前に座る母卒寿
・・わかります

風林火山の靡くが如し枯尾花
・・やや難解

簡単に屁をこいて仕舞ふ極寒裡
・・俗すぎ

セルフォンは白き袋に十二月
・・なぜ白き袋


2012年12月19日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 街はクリスマス一色。皆様お元気でお過ごしでしょうか。我が家も子どもの背丈ほどのクリスマスツリーに飾りつけをしてこの季節の雰囲気を楽しんでおります。サンタさん来たらいいのにな。そういえば何年か前のこの時期、かわいい1年生の子に「先生はどんなプレゼントがほしいの?」と聞かれて思わず正直に「新しい洗濯機!」と答えて「そんなのサンタさんがかわいそうだよー」と叱られてしまったことを思い出します。いつまでも子どもの心を持つこと、これって俳句にも案外大事なことなのかも。
 では今回もよろしくお願いします。

【十句選】

湯豆腐や煮くずれてなほ志   伊藤五六歩
 豆腐のことをいいながらさりげなく湯豆腐を食べている人たちの会話の内容をにおわせる感じがします。何やら熱く盛り上がっていそうな感じです。湯豆腐を食べている、というのが、もうそんなに若くないメンバーを連想させます。いつまでも情熱的に語れる、こういう席いいですね。

孫二人同時に泣いて年の暮   古田硯幸
 年末年始、家族や親戚が寄ってにぎやかな季節ですね。まだ小さいお孫さんで、一人が泣いたからもうひとりもつられて泣いてしまったのか、はたまたけんかやごっつんこをしちゃったのか。いずれにせよ、周りの大人のちょっとおろおろする様子が目に浮かんでなんだかほっこりする句です。

残菊の乾きし音を束ね刈る   山畑洋二
 「乾きし音を束ね刈る」という表現、決して派手ではないのですが、しっとりといいですね。その菊を、事にしていたのだろうなあという感じが伝わります。

中年や乗換駅の雪達磨   学
 だれが作ったのか、乗換駅に雪だるまがある。小さな雪だるまを想像します。仕事や日常、現実に追われる心をほっと癒してくれる、そんな無邪気な存在なのかなと思います。最初読んだときは正直なところそこまで惹かれなかったのですが、読むたびに味が出ていつのまにやら10句に入っていた、そんな一句です。

背伸びして鉄棒つかむ年始め   にこにこ
 気持ちのいい年始めですね。背伸びして、というのがいい。素朴な動作なのですが、さわやかさがあって、いつも寝正月の私ははっとしてしまいます。

花八手我が家の男適齢期   にこにこ
 一体なんの適齢期なのかしら、と気になります。結婚適齢期なんていうのはよく聞きますが、この句の場合はもっと日常的なことについての適齢期なのかなと思います。花八手の愛想なく朴訥とした感じ、大きな葉っぱはそういわれると男性的なのかも。取り合わせが面白く、後半のフレーズが印象的でした。

お邪魔にはならぬ酒です十二月   遅足
 あらら、宴会の多い十二月にそんなお酒あるのかしら、なんて思ったのですが、この軽い言い方がいいですね。そんなお酒ならご一緒したいものです。

献立を諳んじながら冬木立   草子
 登校中の小学生でしょうか。朝、給食の献立表を見たら、好物だった。(カレーライスかな)嬉しくて、給食の献立を何度も言いながらうきうき登校している。寒い冬の朝、ほっぺを赤くしながら。そんな様子が目に浮かんでほっこりします。小学校に勤めていますが、その日の献立が人気メニューだと朝から話題になったりみんなで給食を楽しみに待っていたりします。とってもかわいい句ですね。

年下のおとこともだち冬銀河   あざみ
 「おとこともだち」とひらがな表記なのが意味深だなあという感じです。その年下の男性と一緒に星空の下を歩いているのでしょうか。仕事帰り、はたまた忘年会帰りかなと想像しました。男友達はあくまでおとこともだち。なんだかせつないですねえ。

冬うらら花いちもんめのあの子かな   スカーレット
 街を歩いていたらふと、昔の面影が残る顔とすれ違った。一緒に花はないちもんめをして遊んだあの子かな。この句の場合、「あの子かな」と思っているのは男性で、「あの子」は女性かしら、なんて想像しました。もしかしたらあの子は人気者の女の子で、よく「あの子がほしい」と言われていた子なのかも。そしてもしかしたら淡い初恋の相手だったりして。以上、中谷の勝手な想像ではありますが、なにせノスタルジックで素敵な句です。「花いちもんめ」というのがいい。「冬うらら」にもよく合っています。

【次点】

一番にレンジフードの年用意   まゆみ
 大掃除、さてどこからしようかなという時に、確かにレンジフード!って思いますよね。わかります、この気持ち。ストレートではありますが、ものすごく共感した句でした。

「師走」聞きこころもからだも前のめり   いつせつ
 この気持ち、よくわかります。「こころもからだも」→「こころとからだ」もしくは「こころからだも」の方がすっきりするのではないでしょうか。

孫からの返信来ない夕時雨   えんや
 返信を待つときというのは、最初はわくわくですが、だんだんとまだかなまだかなとなんだかどよんとせつない気持ちになってきますね。「夕時雨」というのがよく合っていていいと思います。早く返信が来ますように。

冬将軍甘納豆の時期ですよ   にこにこ
 冬将軍を甘納豆で誘うなんておちゃめですね。寒い時期に熱いお茶と甘納豆、おいしそうです。冬将軍も思わず寄ってきそう・・・いや、寄って来たら来たで寒くてこまっちゃうんですが。とにかく楽しい句です。

油には正方形の冬がある   加納りょ
 えっ、そうなん?と思わず聞き返したくなります。こうはっきり言い切られると、知らなかった自分はいけてないんじゃないかという気に。いやいや、正方形の冬ってなんやねん。こういう不思議な句、好きです。

環境とか生態とかカモ鍋とか   豊田ささお
 こういう、たたみかけるように並べる句ってなかなか難しいものです。環境、生態、ともすれば難しく教訓的になってしまう内容ですが、最後をカモ鍋で締めるとちょっとおちゃめでいいですね。

冬帽を脱ぐこともなく吾子帰る   おがわまなぶ
 そんなにあわただしい訪問だったのか、はたまた、もしかしたらイマドキのお洒落さんであるがために帽子を脱がないままにひとときを過ごして帰ってしまったのか。私はどちらかというと前者かなと思って読みました。「そんなにあわてなくてもいいのに」という親心が、直接言われていなくてもしっかりつたわりました。

歳晩の窓裏表拭く夫婦   邯鄲
 大掃除の1シーンかと思います。拭いているのは窓の裏表なのですが、なんとなく人間の裏表の顔も想像してしまったりして。何気ない場面なのですが、「裏表」という言い方でそんな読みを引き出すことができるのですね。

そらにあなそらにあなよと小鳥告ぐ   草子
 何の鳥でしょう、「そらにあな」と鳴くのは。鳥の鳴き声って色々な聞こえ方がして面白いですよね。そんな鳴き声に出会ったら思わずぽっかり口をあけて空を眺めてしまいそうです。

三千の観音の指初時雨   遅足
 三千の観音様の指先、壮観だなあと想像します。寒い初時雨の中、人の指先は赤くかじかみますが、さて、観音様の指先はどうだろう、もしかしたら実は人知れず赤くなっていたりしてなどと想像してしまいました。「指」にまで着目したところがいいなあと思いました。

【気になった句】

京ことば聞きたくもあり十二月   涼

地震(なゐ)予報マグニチュード0星冴えて   伊藤五六歩

迷い込む銀杏落葉や本の森   古田硯幸

噴煙の先の細りて山眠る   太郎

北風にかつぶし踊る焼きそば屋   きのこ

散紅葉関東ローム覆ひけり   大川一馬

旅僧のハシビロコウを見て去りぬ   新・若旦那

知らぬ子が二人どこの子宮焚火   今村征一

初雪のひとつひとつに街あかり   山上 博

しゃっくりの止まらぬ朝や冬ざるる   邯鄲

納豆は家族四人に三パック   岡野直樹

吾が丈に幹分かるるや木の葉雨   啓


2012年12月12日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 連れ合いは今「脊柱管狭窄症」という腰痛で困っています。学生時代にレスリングの選手だった彼は競技中からすでに腰の骨の一部を欠損していて、加齢とともに症状がでてきました。腰痛で走れなくなり好きなテニスができなくなった彼は、いつの間にかスポーツジムに行き始めました。女性のインストラクターがやさしいそうです。加齢という現実の中でも楽しいことをさがしてくるのは連れ合いの連れ合いも大いに喜んでいます。今回もほんとうにたくさんの投句ありがとうございました。

【十句選】

駄菓子屋の禿びた箒や空つ風   凡鑽
 昭和のひとこま。昭和生まれの人はみんなどこかで見ている光景でしょう。「禿びた箒」は、箒をよく使い込んでいる駄菓子屋のおばちゃんを、転じて「空つ風」は元気な子どもをイメージできます。溌剌とした句だと思いました。

ラフランス蛇崩川(じゃくずれがわ)を浮き沈み   伊藤五六歩
 歌人「塚本邦雄」を思わせる幻想的な句です。毛嫌いされるか、歓迎されるか、賛否が分かれる句でもあるでしょう。そこがとても魅力。

湯船より受け取る柚子の香の赤子   せいち
 言葉の配置がごたごたしているように思えましたが、こんないい匂いの赤ん坊を登場させた句を採らないわけにはいきません。感情を封印しているので、より愛が感じられます。

湯冷めして三島の自死の日なりけり   隼人
 「憂国忌」とするよりこの方がわかりやすいです。もちろん主役は「湯冷め」。「湯冷めして」、あ、今日は三島由紀夫の自死の日だったなあと思い至るところがとても俳句的。忌日が主役ではないので季語が重なっているとは思えませんでした。

冬銀河エンドロールが終わらない   秋山三人水
 「エンドロール」というのはドラマなどの最後に俳優やスタッフの名前が連なって出てくるあれですね。冬の星をずっとながめていると、そのひとつひとつに名前があり、どんどん星が増えていくような感じがします。まさに「エンドロール」。

耳冷たコンクリ川の変電所   中島啓之
 今回印象に残った句のひとつです。「耳冷た」「コンクリ」という省略されたことばがとても変電所に合っていると感じました。不思議ですね。耳を冷たいと感じる人間が唯一温かい存在。

銀杏落葉百万ボルトの瞳かな   スカーレット
 「君の瞳は10000ボルト」なつかしい歌ですね。CMソングにもなりました。この句は一万ではなく百万。その曲を知っていても知らなくても大丈夫です。銀杏落ち葉の強烈さが伝わります。「瞳」というのは案外使いにくいことばですが、思い切って使われたので1票。
 「ひとみ元消火器なりし冬青空   摂津幸彦」

決戦は明日となりぬ寒昴   豊秋
 三国志の諸葛孔明を思い浮かべています。星を見て「決戦は明日だ」なんて時代劇でも現代劇でも、あるいは彼女を取り合うという日常のシーンでも良いのですが、私はもっと大陸的な感じがしました。

はしくれとはしくれ来たり関東煮   啓
 面白い句。おでんを器に入れてもらったら、たまたま、ちくわのはしくれと大根のはしくれが自分にあたった。または、関東煮の店のテーブル席で、数人のグループの最後の二人がやっとそろった。などなどいろいろに楽しめる句。

冬の月おんな4人の歩幅かな   あざみ
 首をすくめて冬の道を歩く「おんな4人」。もちろん4人の歩幅はそれぞれ異なり、速足になったりちょっと止まったり、気をつかう人使わない人。そんな様子を静かに見ていて、どの人の歩幅にも合わせてくれるのは「冬の月」でした。「歩幅」が上手い!

【その次の10句】

能面に三ケ月の銘冬の雷   涼
 カッコイイなあ。「冬の雷」がとても。冬の雷はめったに鳴りませんが、鳴るとドキッとします。能面、あるいは能の堅さと冬の雷の危うさが上手く合っています。「三ケ月」は「三日月」ではないでしょうか。

合鍵の外に置かれて小夜時雨   洋平
 ということは家の中は無人。意味深な句ですねえ。なさぬ仲というか。「君が先に着いたらこの鍵で中に入ってくれたまえ」というのもあるでしょうか。ドラマを作りたくなる句。

ぶら下がる無数の痛み氷柱落つ   加納りょ
 練り直すといい句になるでしょう。つまり「氷柱」に「ぶら下がる」は不要かと。何か景色が見えそうなのに残念。

きみもまたフレディなんだね紅葉落つ   Kumi
 新鮮な句。これも同じように「紅葉」が問題。「フレディー」ときたら「葉っぱ」。「きみもまた葉っぱのフレディ」とするか、「紅葉落つ」を葉っぱを有した過去をもつ「冬木立」などにするか。ぜひ推敲を。

寒の百舌鳥異論反論TPP   素秋
 時事俳句は難しいですが、これは成功していると思います。「TPP」がいつまで通用することばかということはありますが。「異論反論TPP」のリズムがよく、特に「TPP」は百舌鳥がピーピー鳴いているようでもあります。

枝先に木枯の口見えにけり   山上 博
 10句に採ろうか迷いました。「木枯らしの口」がとてもユニーク。

寅さんを見たり勤労感謝の日   おがわまなぶ
 いいですね、この「勤労感謝の日」。「寅さん」が現代のものですので、私は「見たり」に少し違和感を感じています。私なら「寅さんを見たよ」とします。ただこれは人それぞれです。意見のひとつにすぎません。とにかくこの「勤労感謝の日」がとてもいいということだけは確かです。

待ち合わせ雨ひとつぶの寒さかな   洋一
 「雨ひとつぶの寒さ」が新鮮。待っている側の寒く冷たい時間が手にとるようにわかります。「待ち合わせ」と切ったところにこの句の成功があります。

枯葉ふむ音に音立て音を踏む   くまさん
 何が何やらわからなくなる愉快な句。シンプルな良い句です。「ふむ」「踏む」は作者に意図があるにせよ分ける必要はないかもしれません。

無人なる高架駅なり虎落笛   山渓
 この句も印象に残りました。「さびしい」を映像化するとこんな景色になるのだと納得し、感心しました。

【良いと思った句】

連山の翳りを縫って冬もみぢ   きのこ
 よく光景のわかる整った句だと思います。

窓越しの冬日奇跡の話など   茂
 先の10句とあまりかわりのないステキな句。「奇跡」の中身が少し知りたいと思いました。

冬日和子ら駆け回る地鎮祭   古田硯幸
 日本の幸せな空間ですね。

北風や銀座の路地の行きどまり   まゆみ
 「銀座の路地」がいいですね。石川啄木が出てきそう。

天空の城址へ落葉踏む旅に   山畑洋二
 大きな句です。読んでいると気持ちがいい句。

ご機嫌な二人の秘密セロリスープ   とも
 この句も惜しいです。「秘密」が思わせぶりで想像できないということだけの欠点。たとえば私なら「時計」とか「革靴」とか「ポロシャツ」とか「ケータイ」とか・・・・。

D51の雪原あえぐ上越線   太郎
 D51の黒と雪の白、綺麗な対比です。

山寺に雪虫の来る昼餉かな   学
 自然の材料がいっぱいのおいしそうな「昼餉」。

輪唱の浜辺の歌や小春の日   茂
 「浜辺の歌」も「輪唱」も「小春日」によく合っています。整いすぎました。

女一人胸の枯野を過ぎてゆく   遅足
 きっと小股の切れ上がった女なのでしょうねえ。ドラマのような句。「胸の枯野」は少し作者の意図が出過ぎてしまいましたが、ドクターを楽しませてくれる句でした。

千歳飴振り回し行く羽織かな   邯鄲
 この句も楽しい句です。振り回しているのが「羽織」だなんて目のつけどころが俳人ですね。

一休み「どうぞの椅子」に散る木の葉   大川一馬
 これは今回一番好きな句でした。「どうぞの椅子」というのがあるのですね。あったら素敵です。すわってみたい椅子。

あかちゃんのあかいりんごのかじりかけ   汽白
 あかちゃんといえば生後間もない感じがしますが。そうすると「りんごをかじる」という行為に無理があるのではと思ってしまいます。私の中では、「りんごのかじりかけ」に「白雪姫」も登場し、ちょっと不気味。そこが好き。

銀杏落葉踏みしめている地球人   岡野直樹
 「地球人」は面白いのですが、いまひとつ独自の視線が必要かと。

留守電に姉の声あり雪催ひ   たか子
 好きな句でした。「姉の声」に双方のとてもあたたかな思いが伝わります。

湧き出づる老い数えつつ師走かな   戯心
 面白いですね、「老い」が「湧き出づる」だなんて。そういう作者のどんとした心持ちに感動しました。

しずしずと二間をよぎる鏡餅   津久見未完
 漫画のようです。鏡餅が「しずしず」歩いていくような。楽しい句をありがとうございました。

冬芒陽だまりを得て友と酒   さち
 最初は10句候補でした。コメントを書くにあたってよく読むと材料が多すぎました。しかし風流で至福の時間が目に浮かびます。

落日の冬田の果てにある月日   今村征一
 「月日」が惜しいです。「落日の冬田の果てにある」までが素晴らしいのに。イメージしやすいことばのほうが前半が生きると思いました。

日向ぼこ無口な亀と眼が合ひぬ   遊朋
 作者の思いを極力抑えた佳句。

<猪ラーメン>廃校レストランのメニュー   豊田ささお
 魅力的な句です。宮沢賢治の「注文の多い料理店」みたいです。「メニュー」は必要ですかね。

大通りシャキシャキ歩く12月   さくら
 こうでありたいとつくづく思いました。

錦繍の山ゆらめくや冬の池   とほる
 綺麗な句。このままでもいいのですがちょっと個性を。

ラグビーのごとく新宿走りたし   小林 飄
 わかります、わかります、この気持。「ラグビーのごとく」は「ラガーのごとく」のほうがよいのでは?

襁褓期を毛糸ころころ時をころころ   草子
 相手が赤ん坊とも老人ともとれる句。「ころころ」の反復はとても良いのですが、全体のリズムが少し悪いので最後を「時ころころ」にされてはいかがでしょう。

【気になる句】

冬の夜やリヤカー進みぬ濡れながら
 趣のある句です。ただこのままだとプツプツ3つに切れてしまいます。「冬の夜をリヤカー進む濡れながら」ではいかがでしょう。内容が良いのにもったいないです。

リズム良く大根炊きの鍋の音
 大根炊きが美味しそうです。「リズム良く」は「鍋の音」で十分わかるので省いたらどうでしょう。

唐辛子真っ赤に怒ること多し
 楽しい句です。「唐辛子」と「真っ赤」はくっつきすぎなので、何か違うものに怒ってもらいたいなあ。たとえば「唐辛子おとこを怒ること多し」。

百円が一枚無くなり冬ざるる
 情景がわかりにくいようです。気持はとてもよくわかりますが。


2012年12月5日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 あたりまえですが、世の中には俳句をつくる人とつくらない人がいます。つくらない人にとって俳句はある種凡庸さの象徴になっているのではないでしょうか。身の回りをなんでも5・7・5にしてしまえば俳句になってしまうと考えられている。『いつか読書する日』(2005緒方明監督、田中裕子、岸部一徳主演)という映画がありました。役所勤めの岸部の人生の凡庸さの象徴として岸部が職場の句会に参加していることが語られます。
 最近では評判の是枝裕和のテレビドラマ『ゴーイングマイホーム』(阿部寛、山口智子ほか)で阿部の母親役の吉行和子がやはり句会が楽しみという設定。
 凡庸な妻かつ母としてのキャラクター造形に俳句が一役買っている気がします。ただドラマ内で紹介される句及びその解釈は、さすが是枝監督、通り一遍のものではありませんでした。入口の凡庸さから詩的高みへ、さてみなさんの十句。

【十句選】

初しぐれ海苔焙られて波のやう   涼
 スローモーションでうねる海面をみているようです。海苔と波が縁語。焙られてゆっくり撓む海苔を波のようとは卓抜な比喩。初しぐれも効果的。上五と下五の「水」が中七の「火」を挟むかたちです。この火は多分炭火ですね。

気象士の棒細くして寒波かな   涼
 これまで気象士の持つ棒に注目したことはありませんでした。あの棒はなんというのか、指示する棒。その棒が太いはずはないんですが、わざわざ細いと言挙げされることで寒波の寒さと響き合っています。細いことと寒波は因果関係がありませんが、「して」が曲者。細く・・・そして、と次の言葉に接続するだけですが、句の効果としては調べを切らずに最後の切れ字「かな」まで一息に読ませます。

客死せず夭折もせず畳替へ   伊藤五六歩
 喋りすぎかなとも思うんですが、この気持ちはよく分かります。自分は天才でもなく、大した冒険もせず、ここまできた、平凡な人生である。でも作者(あるいは作中話者)はそんな自らを恃む気分が少しあります。ここまできた自分への肯定です。畳替へは肯定した上での更新、リセットの気分。我が家も畳替へをしなくては。

かごめかごめうしろはいつも枯野原   遅足
 この歌と遊戯は今でも現役なのでしょうか?私は幼時、遊んだ経験があります。今あらためて読んでみると、このわらべ歌は実に不思議な世界を歌っています。わらべ歌、童話は実は恐い内容であるとの説はたくさんありますが、この句も恐い、そして懐かしい。オニが目を開けると、そこに誰もおらず、渺渺と枯野を吹く風のみ。これも一種の本歌取り、短い俳句はもっと試みていい技法だと思います。

月光の鋏の切ってゆく白紙   遅足
 読みがひとつに収斂しなくて、揺れるんです。それが欠点ではなく、この句の美点でもあると思うんです。句の世界は月光下の白紙、そこは変わりません。鋏は比喩で月光が鋏のように白紙を切ってゆくのか?月光が切り、かつ、鋏が現実に白紙を切ってゆくのか?鋏が実像と比喩の間で消えては浮かぶ。そういう句中の揺れる言葉のありかたが、教科書的にどうかは知りませんが私は好きです。

人声のときおり洩れ来紅葉山   洋平
 人声が洩れてくるということですから、作者は山の外にいるように思ってしまうんです。紅葉山全体が見渡せて、しかも声が聞こえてくる。紅葉山がジオラマ模型のようです。(そうではなくて作者も他の紅葉狩りの人と一緒に山の中という解もあるのですが)いちど、この模型のような魅力的な紅葉山の像が私の頭の中にできてしまうと、それは消し難い。作者と自然の不思議な距離感、そう神の視点に近いかもしれない。

雪うさぎ溶けゐて月の海があり   学
 うさぎと月で揃いすぎともいえますが、うさぎが溶けているのがいいと思いました。ほとんど溶けて、水に目の赤い実と耳の笹が浸っているのもいいし、半分溶けてうさぎの目も耳も歪んだ形になっているのでもいい。素材が甘いので、事実を述べるだけで、詠嘆を排除しているのも成功の要因。

枯草にぬくもりありて空青し   山上 博
 見逃していました。シンプルすぎるつくりで、特に下五の「空青し」なんかはもう少しやりようがあるかもしれません。でも丁寧にあたまから句の言葉に付き合っていくと、句のなかに温かさ、寒さ、風、枯草の色、音、匂い、などが五感の記憶として立ち上がってきます。そうなんです、丈の高い枯草のなかから仰向けに見る冬の空の青さときたら。俳句は短い言葉群のどれかが引き金になって読者の記憶を引き出します。そういう意味で五感の記憶は強いなあ。

受付にずらりとならぶふくろう科   あざみ
 この受付は会社なのか、病院なのか、なんなのか、わかりません。とにかくずらりと梟顔がならんでいると読みました。或は一昔前のシュールレアリスム絵画のように首から上が梟の人間がならんでいる図を想像してもよいかもしれません。知りませんでした、フクロウ目フクロウ科というんですね。この科という文字の斡旋が個々にそれぞれ違いつつ離れれば同族である見え方を示唆して効いています。梟は鳥の中でいちばん人間の顔を連想させ、ミネルヴァの梟のように知的、哲学的連想も誘います。この句の妙なおもしろさと奥行きはそんなところからきているのか。

黒光りする階段を雪女   戯心
 雪女、雪女郎は妖怪―お化けなのに歳時記では何故か天文の項に分類されている。雪の降る夜に人が見る幻覚ということなのだろうか?多くの雪女句は雪女そのものに焦点をあてている。この句もそうともいえるが、前景にせり出してくるのは黒光りする階段です。旧家の階段を想わせる黒光りという措辞がとてもリアル。幻想譚は細部のリアリティーが大事ということに気づかせてくれる一句。この雪女は階段を登ってくるのではなく、何故か降りてくるように思ってしまったのですが、どうでしょうか?

【予選句】

ほろ酔いの波ゆるやかに寒昴   ロミ
 酔いが波のようにやってくるとは素敵な言いかた。

一口に含めば落花生二粒   伊藤五六歩
 この句以降、口の中の豆粒の数が気になってくる。

箒目に紙飛行機の神の留守   茂
 ぱっと見難解。掃き清められた境内に紙飛行機の着陸と読めば静かできれい。

冬晴れや開けっ放しの三面鏡   遅足
 「開けっ放し」にやや違和感が。

日当りや定席変へる秋の猫   孤愁
 秋の猫としなくても、日当りを季語に替えれば。

あやとりの秘密のおしゃべり誰ぞ知る   ひねもす
 糸同士のおしゃべりなら楽しい。下五は余計ではありませんか?

十八番ホール冬日へティーショット   今村征一
 落日間近、どうやら無事回れそうというところか、冬のゴルフ。

にかいてんうつくしすぎるたまごやき   汽白
おうどいろころころでいいひとみしり   汽白
 卵焼きに美しすぎるはもしかしたらありかなと思わせるが、二回転が意味の着地を拒否している。黄土色も人見知りもころころでいいわけはない。でもこうして意味に回収しようと漢字をあてているのが既に間違っているかもしれない、と思わせる仮名表記。全体に薄っすらと悲しみのトーン、詩は生まれています。

松かさも団栗もあるわが書斎   隼人
 ウッディーな書斎、羨ましい。

錆止めのグレーを買ひに星月夜   啓
 最初「グレー」とは商品名かと思ってしまいました、色なんですね、きっと。錆止めと星月夜が不思議な詩を生んでいます。

又すこし空を広げて枯葉まふ   くまさん
 毎日葉が落ちて裸木になってゆく途中はこの通り。空を広げてが実感で、いいと思いました。

北風に踊るポスター「肉祭り」   おがわまなぶ
 何のポスターか分かりませんが「肉祭り」が妙におかしい。

捜し物ひょんなところにかいつぶり   紅緒
 この句も中七が前後にかかる、その割に平板。

轢かれたる蝦夷鹿ずしんと倒れけり  たか子
 直叙ながら、いやだからこそのリアルな迫力があります。オノマトペも効果的。

小雪のみやこ橋にてハグをして   たか子
 みやこ橋という固有名詞が分からないのですが、この名前と小雪の舞台が魅力。


2012年11月28日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ご当地検定のひとつ、京都検定が東京でも受験できると知り、受けてみることにしました。
 京言葉の「はんなり」が「明るくて前向き」だと知り驚きました。
 関東では、やや揶揄しつつ、単に「おっとり」と思ってる人(実はわたし)が多い。
 その他、チョコチョコバル、ムシヤシナイ、デポチン、オヤカマッサンなど面白い言葉がいっぱい。
 はんなりときついことが言えるのも京ことばの奥の深さ。試験は12月2日。ただいま勉強中です。
 さて、今週は215句からの選となりました。たくさんの投句ありがとうございました。
 (なお掲出は投句順です。)

【十句選】

露の世の露と消(け)なまし荒物屋   伊藤五六歩
 下5に目がいくまでは、曽根崎心中のようですが、そこに「荒物屋」とくるのが面白い。そう言えば、「荒物屋」は、いわゆるホームセンターの出現で、影の薄い存在になっています。まさに「荒物屋心中」です。荒物屋に徳兵衛のようなやさ男でもいるのでしょうか。

甲州やあの峰この世百目柿   伊藤五六歩
 上の句と同様にこの句も多分に芝居がかっています。上5、中7、下5が、3段切れのような感じながらビミョウな取り合わせで一句をなしています。「百目柿」の「目」が生き物のおもわせブキミ。「この世」と言って「あの世」を思わせる。甲州に六道の辻のようなものがあって、そこに百目柿が実っている、こんな風景を面白く思いました。

人生は誤植か秋の数ページ   伊藤五六歩
 本を読んでいたら、「人生」という誤植を見つけたヨ、というのが句の意味ですが、そう読む人はダレもいないでしょう。この誤植を「人生のあやまち」という意味に取る人が多いのでは。「人生は誤植か」と言われて、そうだな〜と思ってしまいます。「秋の数ページ」というファールすれすれの言葉の組み合わせもユニーク。創造的かつ自虐的な句と読みました。

うつくしき罅をもちたる寒卵   遅足
 なんだが良くわからぬままに、惹かれる句。だいいち寒卵にヒビなんて入ってないでしょ。ということはゆで卵にしてヒビが入ったのだろうか。寒卵をジッと見つめている視線が、ひとりの人間の年輪をあたたかく見つけているというように感じた句でした。

約束を守りきれない唐辛子   遅足
 唐辛子は、思った以上に辛かったり、期待はずれに辛くなかったりする。約束もそうである、というのが句意でしょう。この作り方、頭の12文字は、日常で使われる会話や文章。そこに季語をぶつけて一句にする。12文字の内容がちょっと辛辣、ちょっとユーモア、おもわせぶりなど。後は季語がはまるかどうかが勝負。この句は、そこら辺がうまく行っています。

ぽつぽちと時雨身のまえ身のうしろ   スカーレット
 前回は、繰り返しの句をたくさん採ったように覚えています。この句も、くりかえしでリズムのいい句。時雨につつまれる感じが良くでていると思います。「ぽつぽち」が工夫ですが、どうでしょう。「ぽつぽつ」でいいのでは。あるいは別のオノマトペを考えられるか。

一人居に同居の話花八手   スカーレット
 言葉の流れからすると、独り暮らしのお年寄りが孫とか、娘夫婦などと暮らすという事でしょうか。そのことが、とてもほほえましく感じられるのは時節柄だからかも。季語の「花やつで」も小さな家庭的な庭を思わせてとても好ましい。

散るべけれ葉はこがらしに身はたびに   伍参堂
 アフォリズムというのか、調べのいい名文句の句で、惹かれました。なぜか「狂句木枯の身は竹斉に似たるかな(芭蕉・冬の日発句)を連想しました。「こがらし」「たび」のヒラカナ表記、迷われたでしょうね。たぶん、これでいいと思います。

爆走のカップル我は冬日(ふゆひ)浴び   意思
 公園かどこかで冬日を浴びながら、ジョギングをしている人を見ているという句でしょう。こういう句はたくさんあると思いますが「爆走のカップル」と写生しているのが面白く、のんびりしている作者との対比が生きてきます。

湯より父母(ふぼ)戻れば直ぐに葱加工   意思
 父母が湯から戻るという事は、家に風呂がなかった頃のハナシ。戻ってすぐに葱加工するというのは、葱の最盛期でもあるし、人手が足りないので時間をきりつめて働かざるを得なかった。日本だけじゃない、中国の人も、貧しかったけど、みんな夢を持って働いたあの頃を懐かしく思っている。そんなリアリティを感じさせる句でした。

【次点ならびに気になった句】

岬三つ視野に収めて秋の航   洋平
 大きな風景が見えます。上5、下5を変えればいろいろできそうで、やや手慣れた句と感じてしまいました。

葉おもても葉うらも冬の紅葉かな   くまさん
 裏まで、真っ赤な紅葉を言い当てています。韻律も良いと思いました。

ここよりは名前の変わる冬の川   くまさん
 確かに、川にはそういう事がありますね。季節がいつでもいいのがキズと言えばキズ。

冬枯れて墓標に似たる道標(みちしるべ)   伊藤五六歩
 古くなって角が折れたり錆びたりしてる道標を思いました。季語も適切です。

柿齧りネンテンさんの「柿日和」   大川一馬
 柿はネンテンさんのトレードマークみたいなものですね。ネンテンさんへの挨拶句と読みました。

言いすぎたあとは野となれラ・フランス   せいち
 ラ・フランスには、この12文字みたいな調子いい響があって、なるほどと感じました。

冬帽子眩しき町を通りけり   遅足
 一人旅の叙情を感じるいい感じの句です。「月天心まずしき町を通りけり」の本歌取りか。

北国の時雨に生きる日々来る   山畑洋二
 「時雨に生きる」が変わった表現です。風情は感じたのですが、ややピンと来ませんでした。

ぐつぐつと音より匂ふ鰤大根   今村征一
 「音より匂う」が、比較の「より」なのか、方向のよりなのかで迷いました。ちなみにですが、大根を冷凍させてから煮ると中まで染みると「ためしてガッテン」でやっていました。うまそうな句。

色足袋を蹴って光子の反転す   茂
 歩いている人の足袋の裏の色を詠んでいるのでしょうか。色足袋という言葉も含めて、景がつかみにくかったです。

北風に色あり男に匂いあり   あざみ
 リフレインの句。ふたつの対比がいい感じですが、続けて読んで、ひとつのイメージにならなかった。近すぎるのか、あるいは「北風に色あり」がややあいまいなのか。

日短し薩摩訛の抜けで古稀   隼人
 上、中、下と、やや三段切れのような感じがしてしまいました。たぶん季語がはまってないからでは。

冬立つや缶けりの靴ポンと脱げ   スカーレット
 缶蹴りをして靴がぬげたという事でしょうか。「ポンと」を生かし再考してみたい句です。

ほろほろと野のもの呆け冬に入る   スカーレット
 「ほうける」はいい言葉。「ほろほろ」との頭韻もいい。「野のもの呆け」が見えないのが難でした。

 以上です。お風邪など召されぬように。


2012年11月21日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 素晴らしい紅葉です!皆さま、こんにちは。
 楓に始まり、桜、柿、蔦に草、水草までも紅に染まっております。
 私は、頬が冷たくなるくらいの冷気の中で紅葉を観るのが好きです。
 【冬紅葉愛すホットチョコ冷めるまで   晴美】
 このたびは、ハッとするような表現、工夫に、票を投じました。
 何でもない、日常の一瞬が輝いて見える、と感じたからです。
 技法ばかりに頼ってもいけませんが、「表現力」は、やはり大きな力です。

【十句選】

太鼓焼き横目で睨み角曲がる   いっせつ
 なぜ、「睨む」か。意味深長な、その行為。単に太鼓焼きが食べたいだけなのか、それとも、焼いている人に思うところがあるのか、はたまた、太鼓焼きを蛇蝎のように嫌っているのか……。想像は果てしなく続きます…。初冬に、心身を暖めて良し、である「太鼓焼き」が、こんなにも意味を持ってしまうとは。曲がりしなに「睨む」人物。読みこむと、むしろユーモアが湧いてくるようでもあるではないですか。
 太鼓焼きを買うとき、買っている人々をよく観察することにいたしましょう。
 それに、「大判焼き」でなく「太鼓焼き」であるのが良かったですね。関西圏の人には、「御座候」(※太鼓焼きのチェーン店名、それがそのまま太鼓焼きそのものの代名詞として浸透)でしょうが。
 【鯛焼きの鰭よく焦げて目出度さよ  水原秋櫻子】

石ころの無き坂道を暮れの秋   涼
 石ころと俳句。躓くという俳句。それはあまたありますが、「石ころのない」俳句、「躓かない(だろう)」俳句は、きっと少ないはず。坂道に石ころがない、何でもない光景ですが、あえて表現したところに、むしろ心象風景が感じられそうです。つまり、何もない気持ちのよさ。坂を下るときの、何かしらさっぱりとした思い。たぶん、何かが終わった後の、ほっとしたすがすがしさが感じられるのではありませんか。
 【船に乗れば陸(くが)情あり暮の秋  高浜虚子】

シャンパンは冷たき沸騰星月夜   凡鑽
 ああ、シャンパンは、冷たい沸騰でしたのね。星月夜には、たいそう似つかわしいことでしょう。私も、シードル(リンゴの発泡酒)の泡を句材で作りたく、トライしたものの、上手くいかなかったことがあります。「泡」を温度として表現する技に感服です。
 月夜の静謐さ、そしてひんやりとした夜気に、「沸騰」という言葉がまた、良いコラボレーションと感じます。
 【子のこのみ今シューベルト星月夜  京極紀陽】

補佐官のネクタイは紺立冬ぞ   とも
 「ぞ」に好みは分かれるかと思いますが、「補佐官」が魅力的です。紺色のネクタイも、当たり前であるものの、冬立つ日に、補佐官と会う私は、何があったのでしょう。もちろん、テレビのニュースなど、映像上のことかもしれませんが、「補佐官」の登場する状況というものは、日常を少し逸しているはず。その、イレギュラーな状況を、淡々と描いた掲句。不思議な力があるようです。
 【地ごんにやく黒く煮〆めて冬が来る  野澤節子】

ここかしこ松かさころがる留守の宮   勇平
 神社(お宮)に松ぼっくりがたくさんあるなんて、極普通です。しかし、ここは、いつものお宮さんではないのでした。留守なんです。神無月ならこれまた、当たり前のことですが、留守のお宮さんに、いっぱい、いっぱい、ごろごろと松かさが転がっているなんて、何か良い感じがします。寂しくないのです。まるで、松かさたちが、留守居を守っているような、そんな気分もするのです。「K音」の連続も効果がでていますね。
 【神留守のどんぐり山もありぬべし  角川春樹】

冬帽子月の光を買いにゆく   遅足
 「月の光」ってなんでしょうか。具体的に分からなくとも、冬帽子をかぶったお方なら、そんなことが出来そうです。そんな、読みができる大胆な句です。冬帽子の持つ季語としての強さを、生かした句。冬の月夜に、とても映えそうな冬帽子。できればそれは、白かブルー、明るいグレーであって、素材は毛絲か、フェルトであってほしいものです。
 【冬帽を脱ぐや蒼茫たる夜空  加藤楸邨】

窓といふ窓ことごとく冬立ちぬ   今村征一
 窓が冬立つわけではないけれども、立冬の日の窓が、大変魅惑的です。たくさんの窓、うっとしいほどある窓、そのすべてに冬が来ている。つまり、そこに住む人々すべてに冬が到来しているのです。たぶんに、冬の厳しさを感じさせる立冬の今日なのでしょう。これから、静かで深い季節が始まることを、読者に予感させます。
 【塩甕に塩ぎつしりと冬に入る  福永耕二】

新入荷ドングリ山盛り五十円   岡野直樹
 もちろん、買っちゃいますよ!どんぐり一山五十円也!
 「新入荷」も「山盛り」も、本当に楽しい表現です。子どもの情景とも、朝市の情景とも。どちらでも楽しく読めます。クヌギ、コナラ、カシワにスダ椎、マテバ椎、ツブラ椎。どんな団栗も、どれも魅力的。ドングリスト(※筆者命名)としては、帽子付きのどんぐりが混じっていると、なおうれしいです。
 【団栗の寝ん寝んころりころりかな  一茶】

ちゃぶ台のロボット転ぶ冬日向   鉄男
 昭和を感じさせる句。昭和が良い、悪いではなく、冬日向の明るさが、なんとも優しいところが良いのです。ロボットは、その家に子どもがいるのか、忘れ物か、遠い過去の思いでの品か。単に、大人のコレクションのひとつかもしれません。
 何であっても、その句の優しさは変わりません。ロボットを転がせて、動きを出したところに勝因があるようです。
 【冬日しかと匙の光となりて澄む  柴田白葉女】

袖口を濡らしてしまふ案山子かな   豊秋
 案山子の袖口がなぜ、濡れるのか。雨ならば、全身濡れるはず。さまざまに想像が絶えませんが、この案山子は、大切にされている案山子だと思わせるところに、読者の共感を呼びます。どの案山子も、その田んぼ田んぼの姿顔があり、それぞれに可愛がられた態を成してします。
 袂が長すぎたのか、どうか、ますますわかりませんが、気に留めてもらえる案山子よ、君は幸せだね。
 【案山子相知らず新顔ばかりにて 天野莫秋子】

【次点】

ポケットに去年の木の実のわらい出で   まゆみ

白樺をきりきり巻くや蔦紅葉   太郎

消しゴムの滓を叩(はた)いて冬に入る   せいち

しぐるゝや海にバッハの無伴奏   学

ファンキーな靴下はいて文化の日   おがわまなぶ

凍蝶のよくよく聞けば左利き   ∞

深々と香り凍む夜のもろみ蔵   戯心

冬の雨昼を灯せる歯科内科   紀子

帰り花方丈記てふ読みにけり   さくら

【予選】

島二つおかれたるさま秋惜しむ   涼

冬苺産地直送日本地図   涼

ジーコ似と言はれて久し木の葉髪   凡鑽

冬に入る欄干に鳥歩く音   きのこ

ランドセルがたがたと鳴る赤のまま   吉井流水

北国に味の解禁時雨虹   山畑洋二

女郎花パーカー被る相談者   とも

オリオンの三つ星あたりで待ち合わせ   やまわゆき

ランボオの遺言「歯二枚」枯木立   伊藤五六歩

駅弁で秋の色香を魁す   洋平

柿日和箱に硬貨の落ちる音   せいち

着古しのセーターを着て無敵なり   遅足

伊勢菊や女子レスラーに金の珠   大川一馬

コンバイン小屋に納めて体育祭   隼人

真珠光澄みし夜空に寒昴   山上 博

干布団ぽぽんぽんぽんこだま呼ぶ   山上 博

ほほづえにはつと太宰治の忌   羊一

千歳飴を食ぶ育爺の得意顔   古田硯幸

葉隠に散りとどまるる枯葉かな   山渓

八本の一本倒れ大案山子   えんや

忘年会多病息災孫自慢   素秋

黄泉はもうLEDか秋燈   素秋

立冬や励ます父の声がする   たか子

冬の月チェダーチーズのビスケット   汽白

冬苺小惑星が接近す   ∞

実篤の皿でカボチャが喧嘩する   秋山三人水

『悪霊』の最終講義咳しづか   啓

冬立ちて土曜講座の「ユング自伝」   岡野直樹

隣には死神がゐて冬銀河   邯鄲

首傾げ居場所確かむ秋茜   にこにこ

つぶやきを拾ってくれしおでん会   紅緒

狂言の犬の鳴き声秋深し   紅緒

四つ角に花屋開店初時雨   茂

半分は白障子閉め大広間   茂

ベランダの竿先にある小春かな   鉄男

けんけんぱけんけんけんぱ枯葉まふ   くまさん

魔物めくマンション群や霧の朝   さち

立冬の書架に増えたり季寄せかな   中島啓之

小春日やほっとかれたいダンゴ虫   草子

瓜坊や迷って悩んで日が暮れて   豊田ささお

澄む秋やクルスの紋の寄進箱   功

紅葉に濃淡ありぬ三姉妹   伍参堂

図書館のそれぞれの午後冬立つ日   とほる

皮手帳罫線赤く冬にいる   津久見未完

葉脈の透けて迷路の紅葉かな   スカーレット

柿たわわ慢性皮膚病とはいい加減   あざみ


2012年11月14日
久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 本で読んだのか、どなたかにお聞きしたのだったか、同じ人でも、その日の気分や体調で選句の基準も微妙に変わるので、選句は一日でやってしまわないといけないそうです。一日で、できるだけ一気にやってしまうのだ、と。
 というわけで、今日、この場で選んだ句が、必ずいつも選ぶ句ではない。すべての句を選べない以上、選句もコメントも一期一会で、だからこそ楽しくも厳しい。
 閑話休題。今回の投句は186句でした。

【十句選】

秋の昼小さな話ころころと   涼
 話は普通「ころころ」とは表現しませんが、表現したくなるほどの小話、そんな話題が似合うのんきな秋晴れ、昼下がり。

こんなにも鴨増えゐたる朝の川   きのこ
 「こんなにも」と無造作なほど単純な言葉でストレートに伝わる驚きが素直で気持ちがいいですね。鴨が、なにか自然発生的に増殖したようでおもしろい。

シャッター街代替りして神迎ふ   葦人
 後継者に悩んで閉めてしまったようなお店も多いはずなのに、ここでは代替わりして、しかも神迎え行事もきちんと継承されている。ほそぼそでも続いているんだな、という現代の街を見つめる視点があたたかい。

咳ひとつ展示の青磁花瓶かな   大川一馬
 展覧会で、部屋に花瓶がひとつだけ置いてある。お客も少なくて、咳の音が反響する。静けさ、涼やかさが青磁の質感に合いますが、「咳ひとつ」という数え方はやや違和感。

月がでたやきそばにあおのりをふる   汽白
 「やきそば」に「あおのり」はつきすぎですが、「月」とソースの臭いのギャップが愉快。せっかくの名月なのに、風流よりも食い気、焼きそばにあおのりを振るのに忙しい。

ゆらゆらと手延べ硝子に紅葉かな   津久見未完
 「手延べ硝子」、初めて知りました。紅葉が歪んで見える、それが「ゆらゆら」の擬音だけで無駄なくまとまっています。

枯蟷螂ゴドーはきっと来るはずと   草子
 実は不勉強でかの名作は未見です。しかしカマキリ、それも枯蟷螂という小さく細っこいの似一種凄みのある虫と、一世の名作劇の取り合わせは見事です。もっとも、不条理劇をふまえているにしては、後半の口調はやや優しすぎるかも。

別れ道薄が招く方へ行く   岡野直樹
 枯れススキは幽霊のようにも見え、人の魂を招く手招きのようにも見え、どうせ行き先は同じなのにふと道を外れていつもは行かないほうの道へ迷い込む。

ボールペン一本挿して花野まで   鉄男
 なぜ花野へボールペンを挿して行くのでしょう。しかもメモ帳は持ってないのか。何気ないようで謎をはらんでいるのが素敵でした。「花野まで」の「まで」が気になる、とのことでした。たしかに、やや説明的な言葉です。「花野原」「花野道」など、具体的な名詞で締めたほうが、すっきりいくかもしれません。

秋の園案内板の鳥暦   くまさん
 「鳥暦」、四季に見られる鳥の写真が貼ってあるとのことで、造語であっても案外イメージしやすいのではないでしょうか。「秋の園」はかなり無造作ですが、「鳥暦」の引き立て役になりました。

【選外佳作】

秋の暮電車止まりぬ誰か死ぬ   B生
 「誰か死ぬ」のぶっきらぼうさを良しとするか悪いととるか。私自身は「秋の昼」の平和な空気を加えると、あまりに他人事で冷たすぎると感じて採れませんでした。

蕉翁の頭陀袋へと木の実降る   まゆみ
 芭蕉の頭陀袋。見たことはないはずなのにイメージが浮かびますね。同じ作者「敗荷や整形外科に通い慣れ」は、季語があまりに無残で痛々しい。

思いつくことばかり増え落ち葉焚く   茂
 「思いつく」のはアイディアが湧く、いいイメージだと思え、これは「思い出す」ではないか、と想像しつつ、それは「秋思」の季節には当たり前すぎる、むしろ、落ち葉焚きをしながらどんどんアイディアが湧いて止まらない、とウキウキするような俳句を読んでみたいです。

開きゐる句帳に火山灰の暮の秋   隼人
 後半のもたつきが気になります。ここで「暮秋」と季節感を入れる必要があるのかどうか、それよりも「火山灰」に焦点を据えて無季句として成立させたほうがよいかもしれません。

霧の野や狐か人か灯をともす   山上 博
 「狐か人か」と疑うような日常的感覚よりも「狐火(冬の季語)」と言い切ったほうがすっきりします。ただそうすると「霧」の秋とバッティングしてしまう。仕方ない、冬に狐火の句で再挑戦してみてください。

亡き兄へ律の供へし伊予蜜柑   大川一馬
 「坂の上の雲」の世界ですが、ドラマ・小説で完成していますので、あえて俳句で対抗しなくてもよいのでは。

くろさいがはしるかのじょにこいをした   汽白
 衝撃的な恋の始まり。

帰りにはカラッと忘れ泡立草   ∞
 気持ちがよい句。道々生えていそうな泡立ち草が効いていますが、一方で花粉をまき散らし後々まで祟りそうな気配も。

十三夜パンパン叩く隣かな   ∞
 この「パンパン」は擬音でしょうか、それとも戦後のパンパン?後者なら西東三鬼のような、戦後の混沌世界が立ち上がってくるのですが。

薬喰して爺様の揚げ煙管   たか子
 野性味あふれるおじいさん。ちょっと、時代を超えた仙人のようでもあります。

ポスターは秘仏の写真文化の日   紀子
 「秘仏」なのに「写真」で観光案内。仏像好きには嬉しいイベントですが、考えてみるとちょっとおかしい。

鉄塔が動く錯覚秋の雲   さち
 「錯覚」が不要。実際に鉄塔が動くことは、まぁありあえませんから「動く」だけで錯覚とわかります。

柿十個いただきましたバレリーナ   ロミ
 バレリーナからもらったのか、バレリーナがもらったのか。わからないので目にとまりましたが、わからないまま。細く白いイメージのバレリーナと、真っ赤に太った柿十個との対比は新鮮でした。

証明の証明必須秋深む   紅緒
 証明の証明。大切ですよね。身分証明書といって出したものが偽物だったらお話になりません。「秋深む」の季語は、たいていの言葉に合う季語ですので、ほかと変更可能(季語が動く)かもしれません。

 今回気になったのが、「〜〜ゆえに○○」、「〜〜した後○○」など、あまりに説明的な表現が多かったこと。散文ではなく韻文、しかも俳句は短いので、ふたつ単語を並べると言わずともふたつの関係性を想像させます。(これが取り合わせ)
 言わなくてもわかる説明的な接続詞や助詞はどんどん削り、省略を意識すると、句のまとまりがよくなると思います。


2012年11月7日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 松山でe船団の表紙写真の写真展を渡部ひとみさんと開く。詳しくはここのお知らせ欄を見ていただくとして、何度か会場のリブ・アートを訪ねたり額装師さんと打ち合わせをした。大阪から高速バスで約6時間。退屈で窮屈な「旅」になるのかと思ったが、バスはゆったりとして、写真展開催への弾む心が長時間の「旅」を快適なものにしてくれた。近郊からも遠方からも来て下さるとより心が弾む。お待ちしております。

【十句選】

人声の伝わりて行く良夜かな   涼
 もちろん、同じ内容の「人声」が伝わっていくのではない。その場、つまり「良夜」という雰囲気をたのしんでいる人たちがささやくようにそれぞれの「良夜」を愛でているのだ。「伝わりて」に良夜の美しさがよく出ている。

一人居や藷がごろんと皿の上   凡鑽
 その藷は喰うのか、あるいはもう干からびてかちかちなのか、まさか出来たての湯気を立てた藷ではあるまい。しかし、藷は厳然と皿の上にある。きっと、明日もある。あさっても、いや数日前からあったのかもしれない。一人居は退屈でもあり、自由でもある。誰にも干渉されないし、それが寂しい場合もある。皿の上の藷もごろんと一人居なのだ。

お休みの声が去り行く十三夜   山畑洋二
 ちょっと色っぽく取った。女性の声が去りゆく余韻にその後の事態を十三夜が暗示していないか。男はしばし月を眺め、やおらその声のあとを追うように歩を進める。若さにまかせた時間が過ぎた男と女の阿吽。

色鳥の来て歓ばす水しぶき   きのこ
 素直さがいい。秋の明るさが「色鳥」と「水しぶき」に端的に出ている。うだうだ講釈を書く前に、その喜びを共有したい。郊外に出かけたくなった。

免許証返上の車庫菊大輪   孤愁
 菊大輪がいい。自己を冷静に判断し、免許証を返上し、その車庫で菊を育てる。余生と言えばそれまでだが、返上することで社会との繋がりを断つのではなく、一層濃くなる気分がするのかもしれない。その結実が、車庫の大輪の菊なのだ。

丸善の帰り八重洲のとろろ汁   隼人
 京都の丸前なら知っている。東京の地理には詳しくないが、そして、八重洲のとろろ汁の旨さも(有名なのかなあ)知らないけれど、誰にでも散歩やお出かけのコースがあるだろう。ボクならラーメンだが、とろろ汁も気取りがなくていい。「丸前」、「とろろ汁」に初老の男女の姿が思われる。

末の子の林檎のやうな笑ひ声   今村征一
 どんな笑い声なのだろう、、、、、と思わせるだけでこの句は成功している。とくに末の子であるところに屈託のない明るい性格がうかがえ、その子が林檎のような笑い声でより周りを明るくさせる。無理のない喩えが秀逸。

声出して論語読む夜や茶立虫   邯鄲
 決定的に住む世界がボクと違う。論語なんて自慢じゃないが読んだこともない。その雰囲気は、とくにこの夜の雰囲気は想像するしかないが、「茶立虫」の奏でる微音が俳句として成功している。桂枝雀の言う「緊張と緩和」の世界だ。

鰯雲あと二駅で故郷に   洋平
 いいなあ、と思う。鰯雲は誰にとっても郷愁を誘う雲。ただ、この句のいいところは「あと二駅」にある。まだ、すこし鰯雲を眺め、列車に揺られている楽しさと哀愁が残されているのだ。

放っておく聞く耳持たぬ烏瓜   紅緒
 こういう烏瓜はそうするに限る。例えば瓢箪や糸瓜なら少しは聞く耳をもっていそうな気がする。それらに向かっていろいろ話しかけるのは烏瓜より楽しそうな気がする。まちがっても大声で話しかけては不審者に間違われるからご注意。

【予選句】

同意語と同義語があり暮れの秋   涼

秋刀魚こそクールな姿態なんちゃって   涼

竜胆や風の渦巻く火口璧   太郎

秋深し見るとはなしに見る時計   古田硯幸

弘法の世より伝わる水澄めり   山畑洋二

日の出より日没迅しかいつぶり   学

天帝の仕上し銀杏黄葉とも   今村征一

糸を引くピザのチーズと秋の空   茂

首傾げ哲学中のいぼむしり   邯鄲

枯菊や落武者のごと括らるる   邯鄲

仁王像紅葉ひとひら手に受けし   山上 博

きつねのかみそりあーあくちとがらしてるの   汽白

短日や三年日記もはしょりがち   ひねもす

南向六帖UB付小鳥来る   ∞

この土地の朝刊広ぐ今朝の秋   豊秋

片方の貝の行方や秋扇   紅緒