「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2013年2月27日
芳野ヒロユキドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 古典から現代までのたくさんの句を読んで、たくさん俳句を作りましょう。今回は頑張ってみましたが次回はこんなに丁寧にできないと思います。(笑)

【十句選】

カレー匂ふ家がここにもいぬふぐり   きのこ
 いぬふぐりの花が大好きで、うまく句にできないでいるのですが、いぬふぐりの花を知っているだけで幸福ですよね。

雀の子集うスーパーマーケット   古田硯幸
 とてもかわいらしい俳句です。こんなマーケットなら買い物も楽しいですね。

やはらかくなつて出てくる炬燵猫   二百年
 上五がとても上手だと思います。

非常用ドアコックで開ける春立つ日   岡野直樹
 開けた経験がありません。大げさで面白い。

相方が消えて三年春の風   加納りょ
 「相方」が抜群です。面白い。

春寒し空に大きな絆創膏   塚めぐみ
 見立てとしても面白いですが、私はそのままとりました。非常に面白いです。

オオイヌノフグリと叫ぶデスメタル   朱雨
 デスメタルを知りませんが、私はマイケルシェンカーやレインボーが好きです。レインボーは今でも聞いています。こんなデスメタルなら最高ですね。

啓蟄やさしすせソースちゃぶ台に   勇平
 「さしすせソース」が本当にありそうで良かったです。

コンビニのレンジちんちん春隣   鉄男
 今回の特選です。私もレンジとちんが気になっていたのです。拙句「ちゃんちゃんこアルゼンチンチン共和国」と同じちんちん仲間ですね、我々は。コンビニのレンジの忙しさ、冬から春への移ろいの中で商品の温まる時間も早くなってきている様子が非常によく表現されていると思いました。

人工の水晶体に木の芽風   草子
 風をもってきたところが良かったです。

【参考までに】

宅配便二時四時指定土筆野へ   伊藤五六歩
 二時から四時は家にいるのでその間に宅配してもらい、その後土筆野へ出かけるのでは面白くないですよね。土筆野へ宅配してもらうのなら面白い。「土筆野に時間指定の宅配便」とか。

寒風に攫われてゆく古帽子   涼
 古帽子は攫われる対象か?可能性の高いもの、もしくは、意外なもの、滑稽なものを置いてみてたらどうでしょう。

窓枠の影さらさらと日脚伸ぶ   涼
 さらさらをざらざらとすると影が生き生きとしてきます。

思い出すクスクス笑い春の風   いつせつ
 「思い出す」を甘納豆にしてみては。二番煎じと言われては困りますので別のものを置いてみてはいかが。

指先に寄り来る鯉や水温む   まゆみ
 鯉を見ていてできた句だと思いますが、鯉にこだわらずに、例えば「人間の指をパクリと水温む」とするとギョッと(笑)しますね。

まんさくや浅間南面斑なり   太郎
 写真だとうまく表現できますが、俳句は難しいですね。どうしてもマンサクと浅間山を同時に詠みたいなら、南面斑をカットしてはいかがでしょう。

立春や影にも色のありにけり   洋平
 影と色がなかなか結びつかないので、(レッド、ベージュ、ブルー等イメージしにくい)春ですし、影を少し明るくしてあげてはどうでしょう。例えば「立春の影も明るくなりにけり」とか。

まだ固きものに声掛け梅二月   山畑洋二
 梅と二月の両方ではなく、どちらか一方にすると良いのでは。例えば「まだ固きものの芽たちに声かけて」とか。

冴返る道に転がる犬の糞   春生
 漢字で「糞」ではなく、もっと明るく「うんこ」にしましょう。「犬のうんこが転がって」いやなイメージから少し興味を引かれる対象になりますね。(笑)季語は「春の坂」ぐらいでどうでしょうか。

妹の兄に供へる桜餅   えんや
 供へるとあるのでこのままにしたいとは思いますが、「の」を「が」に替えるぐらいでしょうか。私なら「妹と兄に供へる」と変化させていきます。すると桜餅をお供えするのがこの世を生きている自分の大切な役割となり、桜餅が存在感を増す気がします。

人の名が喉の小骨に花薺   孤愁
 さっきから思い出せない人の名前があり、それが喉に刺さった魚の小骨のようだということなのでしょうか。でも17音ではとてもいいきれません。これをベースにして例えば「人間の小骨が喉に花薺」としてみると作者の伝えたいこととは違うかもしれないけど、読者はドキッとしますよね。

指切をするための指春隣   せいち
 明るくていい句ですね。私の好みを言わせていただくと、春隣が明るい季語なので、前半はもう少し影を添えたいんです。「するため」ではなく「するだけ」なら十句選にとりました。ちょっとした強調表現です。「だけ」が。

空を飛ぶ言葉で妻が話しだす   遅足
 この句は面白くなる可能性があります。例えば、季語+妻の言葉が空を飛ぶとかはどうでしょう。

審判の貫く中立野梅の香   智弘
 野梅と審判が同時にイメージしにくいのでは。どちらを言いたいのかによりますが、審判を残したいのなら「梅の香や審判あくまで中立で」ぐらいでしょうか。

どうしても飛行機苦手春の旅   茂
 飛行機と旅が結びつきます。上5中7はつぶやきなので、共感する方もいると思いますが、私なら「飛行機」のところに誰もが大好きなものを逆にいれます。

チョコを買ふバレンタインの翁かな   山上 博
 これは事実かもしれませんが、読むほうとしては面白くありません。もっと嘘をついたり、誇張したいものです。うらやましがられるくらいに。「チョコを買ふ」を「モテモテの」とかどうですか。

缶コーヒーごとりと落ちて雪時雨   すずすみ
 よーくわかります。そう、「ごとり」とか「ごとっ」とか「こ゜」の音ですよね、確かに。

あんぱんの餡まんべんに暖かし   隼人
 食べる側から作ってますが、作る側からと立場を変えてみるのも作句のヒントです。例えば「春暁や餡をびっしりパンにつめ」とか。

春一番淡海の景を裏返す   今村征一
 ピタッと決まっていて上手だと思います。「の景を裏返す」をもっと誇張してインパクトのある言葉にしても面白いと思います。

目借時アコーディオンのあくびして   紅緒
 これ、面白いです。「あくびして」が「大あくび」ぐらいに誇張してあればもっと面白かったです。

はち切れんばかりのジーンズ日脚伸ぶ   戯心
 はちきれたジーンズを詠んであったら面白かったです。嘘でもいいから。

こんばんはきみといちばんさむいとき   汽白
 ラブラブなのか、喧嘩の最中なのか、両方にとれて面白い。「さむいとき」という比喩が良いと思います。

梅の香や撫牛艶を増す夕べ   山渓
 「艶を増す夕べ」はカットして撫牛の細部にこだわってみてはいかがでしょう。または、撫では触覚なのでそこを句にする人も多いでしょうから、あえて、嗅覚や味覚表現にする手もありますね。

ミャンマーの学生の見る春硝子   啓
 ミャンマーの学生シリーズをたくさん作ってみるのが良いと思います。この句は硝子がありきたりなのです。「春の海」でも十分ですし、仏教国だから、寺や仏像を置いてもいいですね。

猫の恋 北風のなか 春近し   ポプリ
 季語が三つもあるのでとりあえず一つにしてみましょうか。例えば「春近し風の中から猫の声」とか。

ノンブルはベニスライトフェイス春兆す   秋山三人水
 面白かったです。マーチンローマンではだめでしょうか。(笑)

春眠や唇残す人は誰   ∞
 「唇残す」というところは惹かれました。怖いですよね。「鼻残す」「耳残す」とか面白くなりそうなフレーズです。

果てしなき妻の愚痴聴く春の宵   大川一馬
 「妻の愚痴」だと角が立ちますから、「我が愚痴を聞く」くらいでもよいかと。(笑)

春暮るる小漁師のまま父逝けり   たか子
 よい句ですね。

梅東風や栄転左遷なき暮し   恥芽
 東風と左遷は近すぎるので、ここは栄転栄転また栄転ぐらい言ってしまっていいかも。

春宵の吉野家にいる神楽坂   おがわまなぶ
 順序を逆にしては。「神楽坂の吉野家にいる春の宵」でも、これではまだそのまま。ただの事実かもしれない。「神楽坂の」を「神取忍が」とか。

春の雪朝風呂浴びて大吟醸   邯鄲
 お酒の句は好きです。うらやましい世界ですが、「風呂浴びて」を削って春の雪と大吟醸で作ってみては。

変われない いくら光の 春だって   長島千鶴子
 「変われない」を具体的にできると良いですね。例えば「伸ばした髪を切れないでいる春だって」

新聞の中より笑顔だす雛   くまさん
 雛人形を包んでいる新聞のほうを詠むと発想も変わっていきますね。

草出づるコンクリ護岸春の水   中島啓之
 コンクリ護岸は良いと思います。せっかく草の芽という小さなものに着目したのに川の方へ視点が移ってしまって新芽がかわいそうです。「下萌えのコンクリ護岸にきませんか」とか。下萌えは下燃えなので魅力的な季語です。

二月雪ほうじ茶を手に裏木戸へ   豊田ささお
 ここは二月の雪にしぼって二つの句に分解してみては。「裏木戸を抜けて二月の雪へ出る」「ほうじ茶の中へ二月の雪が降る」

スキップして帽子逃げてく春一番   スカーレット
 実際にはすごい勢いで帽子は逃げてゆくわけですが、そのまま詠んでは句になりませんね。ここは「スキップして」という嘘が良い作品にしているのです。いい句ですね。

冴返る土曜の午後の丸の内   小林 飄
 いい句ですね。イメージもはっきりしていて。なにより音がいい。

濁音で終る人をり暮の春   豊秋
 面白い。「濁音で終る」が名前のことなのか、人生の比喩なのか、しゃべるとき文の最後に必ず「んだ」と言うのか。私は、名前の最後が濁音で終わる人ってあまりいないから、これはちょっとした発見だと思うのですが、ここにしぼってもう一回作ってほしいなと思います。季語も別のもので。

ささやきの小径の中の孕鹿   とほる
 良い句だと思います。ただ、これが実際の光景そのままだと多くの人が同じような句を作ることになります。例えば「ささやき」をもっと激しさを表す言葉にしてみるのも手かと。

料峭や天使ガブリエル宙に浮く   あざみ
 これ、「宙に浮く」を削って「料峭や天使ガブガブガブリエル」とかにしてくれませんか。いやかもしれませんが、このほうが面白いと思うのですが。

壇ノ浦潮速ければ菜の花忌   伍参堂
 壇の浦は終わりに置いたほうが句がピシッとするような。「菜の花忌はふたりっきりで壇の浦」とか。

春の風呂妙に手首が捻じれ果て   意思
 これは面白くなりそう。風呂にこだわらなくてもよいのでは。「妙に」をカットして、手首がねじれてしまったことだけを表現してはどうでしょう。


2013年2月20日
中谷仁美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暦の上では春到来、相変わらず寒い日が続きますが、そんな中でも水仙が咲き梅の花の蕾が次々とふくらみ花もちらほら、確実に春はやってきているのだなあと感じます。ああ、あたたかい春が待ち遠しい!今回は229句もの投句をいただきました。春になり、皆様の俳句の花も咲き始めたのかななどと思ってみたり。
 長い間、新米ながらなんとかドクターを務めさせていただいてきましたが、今回を最後に、しばらくお休みをさせていただきます。たくさんの句を読ませていただき、大いに勉強させていただきました。お世話になりありがとうございました。
 来週より、新しく芳野ヒロユキさんがドクターに仲間入りされます。芳野ドクターの選句とコメント、たいへん楽しみにしています。皆様もどうぞお楽しみに!!
 では、10句選にいきたいと思います。今回もよろしくお願いします。

【十句選】

春の雪昭和は長き轍かな   伊藤五六歩
 平成になってもう25年ですが、いつになっても昭和の話題は尽きませんし盛り上がりますね。いつまでも、人の暮らしに心に、生活のあちこちに昭和の影があります。「長き轍」という言い方がぴったりで、なるほどなあ、うまいなあと納得の1句です。

じかに煮る健康法や冬の月   智弘
 いったい何を煮ているのでしょう。そこはよくわからないのですが、なにせ普段はじかに煮ないものをじかに煮るという健康法、冬の月、というのもいいですね。謎めいていてなんだか魔女を連想させる面白い句です。

冬萌えや日経平均上昇す   洋平
 申し訳ないことに株価などの話にとんと疎いのでうまく読み切れていないかもしれませんが、「冬萌え」の、厳しい寒さの中にある緑が持つ希望のイメージと、株価の上昇という出来事のイメージが重なっていてうまいなあと思いました。「日経株価上昇す」というちょっと硬い語も、「冬萌え」が和らげてくれていていい取り合わせですね。

日脚伸ぶ銀座和光の五時の鐘   隼人
 田舎者の私は銀座和光に1度しか行ったことがありません。こういう句を読むと憧れちゃいます。5時の鐘、誰かを待っているのかしら。(5時の鐘が鳴ったから家に帰らないと、というのではちょっと寂しいので)和光前で5時に待ち合わせかしら、そんな時間に待ち合わせということは、ディナーかしら、なんて勝手に想像というか妄想が膨らんでしまいました。日脚伸ぶ、というのが句に健康的でうきうきした感じを持たせていていいと思います。

ランドセル背負ふレッスン春立ちぬ   今村征一
 もうすぐ1年生、ピカピカのランドセルを背負うのも楽しいレッスンですね。そういえば、ご近所さんの子は春から中学生、ピカピカの自転車に乗って友達と通学のレッスンをしておりました。「レッスン」という語が効いていて、ランドセルを背負ってちょっと自慢げに家族の前を歩く子どもさんのいきいきとかわいらしい様子が目に浮かびます。以前「レッスン」という題を貰って悩んだことがありますが、こういうレッスンもあるんだなあと勉強させていただきました。

大試験何度も見やる実習船   津久見未完
 海のそばに立つ学校なのでしょう。もしかしたら水産高校かな。試験の問題が難しくて、なかなか集中できない、窓の外には実習船。ああー、実習は楽しいのに、と心の嘆きが聞こえてくるような気がします。青春の1ページですね。

立春やキリンとキリンお辞儀せり   山上 博
 実際には大きな大きなお辞儀ですが、想像するとほのぼのとしてかわいらしいですね。春とキリンというのはなんとなく合う取り合わせだと思います。私自身も、春のキリンを詠んだことがあります。

左手にフォークの授業春近し   小林 飄
 テーブルマナー講座でしょうか。そういえば、高校だったか中学だったか卒業前にホテルでテーブルマナーを習ったことがありました。なんとなくそんなイメージを持って読んだのですが、大人になってからでも受けたい授業ですよね。春は旅立ちの時期、新生活に向けてというイメージも重なって「春近し」いいなあと思います。

立春大吉ポケットには浅田飴   鉄男
 春とはいえどもまだまだ寒い日が続きます。寺山修司の著書といえば『ポケットに名言を』ですが、そんな日は確かにポケットに浅田飴。「立春大吉」と「浅田飴」の落差が面白いですね。

春立つや昨日の鬼の行きどころ   ∞
 そういえば、各家庭から追い出されてしまった鬼は相当な数にのぼるわけですが、その行先なんてだれも考えたりしないですね。目の付けどころが面白い句です。そして、鬼って誰のことやら、各家庭いろいろありそうで、結構意味深な感じがしてそこもまた面白いところですね。

【次点】

ふらここに一家船出のごときかな   伊藤五六歩
 ふらここと一家船出、いい取り合わせだと思います。ただ、「ごとき」としてしまうと言いすぎかなと思います。ぜひご一考を。

ポケットの穴よりもらふ春の風邪   伊藤五六歩
 発想が面白いなあと思います。ただ、「ポケット」の軽やかさには、「もらう」としたほうが合うのではないかという気がします。

薄氷をつついてさりげなく言ひぬ   せいち
 さりげなく何を言ったのか、気になるところ。薄氷を一緒に見ているということは、連れ立って散歩をしている、もしくは2人で庭にいるなどの状況が考えられます。夫婦かな、恋人かな。「薄氷」というところが思わせぶりで気になりますね。

立春の土蹴りあげて大型犬   きのこ
 元気に散歩する大きな犬の姿が目に浮かびます。ただ、きっと作者の中ではこの大型犬について明確なイメージなりモデルなりがあるはず。ただ大型犬というのではなく種類などもっと具体性を持たせたほうが、場面が鮮明になりいいのではないかと思います。

怪我癒えて素直になりぬ春の猫   智弘
 猫が好きな私としては見逃せない1句です。そう、猫は3歩歩いたら恩を忘れるなんて言いますが、案外しっかり覚えているものですよね。怪我が癒えることと春という季節がやってくる、何とも言えないやわらかい句で惹かれました。

立春大吉大樹の幹に耳当てる   赤芽
 立春大吉の大樹は、何と言っていましたか。散歩をしているときのことでしょうか。季節ごとにいろいろな声が聞こえてきそうです。他の時候の言葉でも当てはまりそうな気もしますが、やはり立春大吉がいちばんしっくりきそう。

ダンディズム服靴帽子春の街   涼
 さてどう読もうかと少し考えてしまいました。春の街にぴったりの素敵な紳士がいた、とも読めますし、自分自身が春の街にふさわしい服装でダンディズムを表現して出かけているともとれます。うーん、ちょっとナルシストっぽいかもしれませんが後者の方が面白いかな。

隣家より猫踏んじゃった春隣   邯鄲
 隣のおうちのお子さんがピアノを弾いている、曲は「猫ふんじゃった」。ややたどたどしくて危なっかしい、思わず微笑んでしまうような「猫ふんじゃった」なのではないでしょうか。「春隣」との取り合わせがいいですね。ただ、春隣とあるので、隣家でないほうがいいかなという気がしました。

珈琲のかほりの中にある二月   とほる
 うーん、たいへんお洒落な句です。おいしいコーヒーなんだろうなあ。スターバックスなどのチェーン店ではなくて、喫茶店とか珈琲店など、個人でやっておられるちょっと渋めのお店の中を想像しました。

マスクして加害者は誰保護者会   小林 飄
 この時期人が多く集まる場所ではマスクは必需品ですが、そういうトラブル時の保護者会にマスクというのは、表情が全部見えないだけになんとなく不穏な空気を増長させる気がします。ましてや「加害者は誰」。うーん、時事的な要素も加わってなんだか不気味に思えてくる句です。

【気になった句】

配送の人形の箱立春大安   土筆
 今年の立春は大安でしたね。非常にめでたい!おめでたい日に届いた荷物は人形。雛人形かしら、なんて想像しました。いい題材ですね。ただ、結句に「立春大安」を持ってくると1句の響きが大変重くなってしまいます。また、「配送の人形の箱」、というのも説明的すぎてもったいない気がします。私でしたら、「立春大安」を初句に持ってきたり、「人形届く」というふうな言い方にするかなと思います。ぜひご一考ください。

好きな子の名前は内緒卒業す   まゆみ
 もうすぐそんなシーズンですね。内緒のまま卒業かあ・・・最近の子はどうなんでしょう。

家が建つ二月五日の笑顔かな   古田硯幸
 具体的な日付が入っているのが効いているなあと思います。きっととても素敵なご家族の笑顔なのでしょうね。

立春の卵立てれば立ち上がる   山畑洋二
 立春の感じが卵の様子からうまく出ていると思うのですが、「立てれば」というのが説明的かなと少し引っ掛かりました。

夕焼けを使ひ切つたり職を辞す   学
 「夕焼けを使い切る」という言い方が新鮮でした。ただ、なんともうまく読み切れず・・・。すみません、ゆっくり考えてみたい句です。

待つことはしゃぼん玉なり割れ果てり   塚 めぐみ
 「待つことはしゃぼん玉」このフレーズはとてもいいのですが、「割れ果てり」が言い過ぎでもったいない気がします。後半は、前半を離れてたとえばあたりの様子や空の様子を詠んでみるなどまったく違うものを取り合わせてみてください。

たんぽぽを処刑芝生はひといろに   塚 めぐみ
 たんぽぽを処刑、というのは結構ショッキングな切り出し方ですね。ただ、後半そのままではなくひとひねりあったらいいなと思うところ。まったくちがうものとの取り合わせを試みられてはいかがでしょうか。

わかってるくせにノザキのコンビーフ   汽白
 恥ずかしながら、ノザキのコンビーフが有名だとこの句を読んで調べたことで初めて知りました。キャッチコピー的ですが気になります、ノザキのコンビーフ。ただ、無季というのがひっかかるところではあります。

つけまつけぴゃむぴゃむはねて春よ来い   秋山三人水
 「ぴゃむぴゃむ」というオノマトペはきっと作者の造語。こういう挑戦いいですね!ただ、今回のものがしっくりきているかというと・・・うーん、つけまつげの感じはよく出ているのですが、やや読みにくくて難しいなあという印象です。俳句の魅力のひとつは声に出して読む際の読みやすさかと思います。ぜひ新しいオノマトペをどんどん生み出してください。

早春や絵馬に書かれし外国語   紀子
 旅行者が書いた絵馬を見つけたのでしょうか。こんな時、なんだかほほえましいですね。情景はよくわかるのですが、ただ外国語、とするよりも、たとえば「キリル文字」など具体的な言語につながるものを挙げたほうが句の面白みが増すと思います。ご検討ください。

立春の人間ドック受付中   岡野直樹
 冬の間は何事も億劫ですが、春になると、少し活動的な気持ちになります。人間ドッグの案内なども、今まで見過ごしてきたけれどちょっと受けてみようかななんて言う気になったりして。なんとなく面白い取り合わせだなあと気になりました。

アオサ採り海の香りを剥がすべし   紅緒
 知り合いに、毎年この時期にのりを採りに行くのを楽しみにしている方がいます。確かに「海の香りを剥がす」がぴったりですね。ただ、「アオサ採り」ときてこの後半だと、説明になってしまうのが惜しいところ。「海の香を剥がす」と初めに持ってきて、アオサ採りをしている様子の具体的な描写などを合わせた方がいきいきとした句になるかと思います。

早春やシフォンケーキの薄緑   茂
 抹茶シフォンかしら、と想像しました。早春の感じと、柔らかなシフォンケーキはよく合いますね。ただ、薄緑、というのは早春とつきすぎて、ややできすぎの感があります。そこが気になりました。

冴え返ることもあるべしマララさん   大川一馬
 パキスタンのマララ・ユサフザイさんのことかと思います。彼女の快復、本当によかったです。しかし、時事詠は難しい。俳句でどこまで詠めるのかという問題もあります。この句の場合、「冴え返ることもあるべし」は、あまりにわかりやすすぎるため軽さが出て、かえって作者の思いがうまく出ないような気がします。もう少しぼやかした表現との取り合わせの方がいいのではないかと思いました。


2013年2月13日
小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 夜、障子が開き、突然現れました。「オペラ座の怪人」か「犬神家の一族の佐清」。この冬帰省した娘は幼い男の子二人がいます。この時とばかり、娘は顔のケアに時間をかけます。それは娘の顔一面にべたーっとはりつけられたマスクでした。目と鼻の穴と口以外はすべて真っ白。曲線にも切り込みが入り、決してすき間を与えない、美容液がたっぷり浸透したマスク。こんな現代の生活のひとこまを俳句にしたいといつも思っています。今週もたくさんの俳句をお寄せいただきありがとうございました。

【十句選】

春浅し研がねばならぬ鉋の刃   伊藤五六歩
 「ねばならぬ」に惹かれました。春への期待というより、あたたかな春はいつ来るのだろうという不安が意志を後押ししています。

右顔は阿修羅顔なりおでん酒   智弘
 「春の東京、3つの顔に会いに行く」という数年前の国宝阿修羅展のキャッチコピーを思い出しました。ちなみに右顔は思春期の顔だとか。そんな人とおでんを食べ酒を酌み交わすとは。楽しい句。「阿修羅顔」は「阿修羅像」で良いとは思いました。

天照大神に向け布団干す   古田硯幸
 神様を愚弄している、なんて堅い頭の人いませんか。これぞ俳句。太陽に向かってでも伊勢方面に向かってでも捉え方は自由。

如月の真珠のやうな赤子かな   せいち
 玉のようなとはよく言いますが、「真珠のような」とは。ましてや「如月の真珠」というとても神秘的なものに例えられたのは、気持ちが抑制されていて素敵です。

船乗りに止まり木のありシクラメン   学
 なんてリズミカルな句なのでしょう。すっかり覚えてしまいました。情景は演歌に登場しそうですが。

水洟や改札口の待ちぼうけ   邯鄲
 ありふれた駅の光景。「待ちぼうけ」が最後に配置されのが良いと思いました。水洟をたらして待ちぼうけをくっている、その自分をのん気そういに見ている作者がユーモラスで。

寒三日月シャベルぐさっと砂の山   孤愁
 空には寒三日月、地には砂山。シャベルの音が月光をより繊く冷たくしてゆきます。ステキな光景。
 はたまたサスペンス。

立春大吉母のパソコン選びをり   たか子
 まさに立春大吉。読者を幸せにしてくれる句です。母にとって使い勝手の良いパソコンを選ぶ優しい娘の様子が手に取るようです。

作り話のうまい男やクロッカス   あざみ
 クロッカスは地植えでもよいのですが、これは窓辺の水栽培のクロッカスだと思いました。球根から花を咲かす過程が赤裸々に見え、それは「ほんとう」を連呼している男の作り話のよう。

冬の田や目的地周辺ナビ終る   凡鑽
 現代の景。カーナビを使用していれば「目的地周辺です。ナビを終了します。」という声はおなじみ。目的の建物ではなく、とてつもなく広い野原に案内されるということもたまに。「ナビ」という省略語は広辞苑に載っていますが「カーナビ」ということが伝わるかどうか。しかし218分の10句に入れました。

【その次の10句】

聖堂に冬の陽あふれ聖書にも   きのこ
 冬の陽光が窓から聖堂に差し込んでいます。これで終わってしまう光景を作者は聖書にまで導きました。読者を清らかな気持ちにしてくれる句。

鎌倉も雪の石段雪の屋根   大川一馬
 「雪の石段雪の屋根」はとても良いフレーズです。「鎌倉も」の「も」が「の」なら良かったのに。

着ぶくれの飴頬張つて土讃線   鉄男
 内容は頬張って(欲張って)しまいましたが、今回注目した作品です。着ぶくれておまけに飴を頬張って口までふくらませているなんて。想像して何度も笑いました。「着ぶくれて」ではだめですか。

ブロッコリななをよんまいならべたら   汽白
 トランプの7並べですよね。まず7を4枚出して、さあ始まるぞとなったらめくるめく戦略。頭がもこもことブロッコリーのようになりました。

日脚伸ぶ電車の中の関西弁   おがわまなぶ
 関西弁というのは明るいイメージ?それともうるさいイメージ?この場合は明るいイメージでしょう。

泥濘をよけてよろけて春隣   スカーレット
 「よけて」「よろけて」がリズミカルで良いと思いました。「よろけて」なので春泥ではなく「春隣」。

大根を煮ながらかける長電話   紅緒
 類想の句はあるかもしれません。この時間の消費の両立は貴重です。徐々に大根が煮あがっていく様子が楽しい長電話と相まっていい句になりました。

駅員さん帽子ぷかぷか春隣   ∞
 理屈ではなく感覚でとらえたい句。電車という旅を管理する駅員さんとその利用客の春を待つ気持ちがよく伝わります。

姐さまと呼ばれ振り向くおぼろかな   豊秋
 四谷怪談のような雰囲気です。今回印象に残った句のひとつ。「呼ばれ振り向く」と説明的になったのが残念。

大寒や祖谷渓のバス尻をふる   豊田ささお
 上手い句です。曲がりくねった道を行くバス。大寒の祖谷渓という厳しい場面の設定を最後に覆しています。

【良いと思った句】

護摩の火の縄文めくや初大師   洋平
 「縄文めく」が大師を大いに飛躍させました。

冬深し唐傘飾る二年坂   涼
 二年坂がうまく収まっています。

我が里へ風花放つ遠嶺かな   太郎
 雄大な景色ですね。気持のいい句。

雪踏みて秩父観音巡りけり   いつせつ
 秩父34観音ですね。さくさくという雪の音が聞こえてきます。

臘梅を飾り一月十七日   春生
 蝋梅という地味ながら芳香の強い花が震災の日をさりげなく飾ります。

赤椿落して赤い椿咲く   くまさん
 「赤い椿白い椿と落ちにけり(河東碧梧桐)」を知っていてもおもしろい句。

目をつぶり猫渡りゆく干蒲団   赤芽
 目をつぶって渡るのが「干蒲団」とは意外でした。

鋭角に曲がるリムジン結氷湖   智弘
 「鋭角」「結氷」がきりっとしていてドラマの一コマのような句。好感が持てました。

摘みだせば雪の匂へる蕗の薹   今村征一
 手に取るようにわかる句。蕗の薹の緑も綺麗。「摘みだせば」は要るでしょうか。

一聯の花柄切手弥生来る   茂
 春の気分。誰に手紙を書こうかというわくわく感があります。

大寒や湯割り焼酎三杯目   すずすみ
 おいしそう。あったかそう。寒と暖の対比がはっきりしすぎましたか。

水仙として教室に立っている   遅足
 私は好きな句です。評価は分かれるかもしれません。新しいスタイルに挑戦された意欲作。

譜めくりの目線の先に枝垂梅   勇平
 よくわかる端正な句。遠景と近景、色の対比などさりげなく、うまくまとまっています。

人影の絶えしふるさと春三度   戯心
 これもよくわかる句ですが、今この時期としてはわかり過ぎるかもしれません。

空き缶に吸い殻ねじ込む寒夜かな   凡鑽
 寒さがよりいっそう増す句。最初は10句に採っていました。今少し個性があれば。

春時雨羅典語朗読星菫派   秋山三人水
 「春時雨」はどうでしょう。リズムも良く大正ロマンあふれる句なのでもったいないです。この場合、漢字に凝るより適切な季語を優先されたほうが良いのでは。

風花は去年散り忘れた恋か   岡野直樹
 がはははと笑ってしまいます。これだけぬけぬけ言われると文句はありません。ただ答えとなる「風花」はあとにきたほうがいいとは思いました。

初午や長き鳥居は赤すぎる   津久見未完
 楽しい句。鳥居をはさんで両側に形容詞があるのでその点は推敲されたほうがいいと思いました。

春隣犬が番するたばこ店   とほる
 よくある光景ではありますが、ほのぼのとした句です。春隣がぴったり。

葬儀屋のとある口ぐせ日脚伸ぶ   伍参堂
 「とある」が惜しいです。口ぐせって何?とひっかかってしまいます。具体的にするなら括弧がいるかも、「〜するくせ」と他のくせもいいかなあ、などなどもう1時間近く考えています。ぜひ推敲を。

水仙が吹きつさらしの祭かな   二百年
 「祭」は夏の季語の「祭」ではなく、何かの祭典・行事ですね。「吹きつさらし」がいいと思います。

【気になる句】

リハビリの小川に沿えば草青む
 「リハビリ」と「草青む」は良いのですが「沿う」があいまいでした。川に沿うのか人に沿うのか。

観月に先ずは白湯からりんご食べ
 「月」と「りんご」、両方が季語で両方が主役になってしまいました。主役はひとつに。

鷽替や防犯カメラ頭上より
 惜しいなあ。鷽替の句としてはとても斬新。三つに切れてしまいました。「頭上より防犯カメラ鷽替える」なら10句に入ったかもしれません。

金の星白銀の星冬銀河
 上5中7が「冬銀河」の説明になってしまいました。冬銀河とはそういうものですから。「白銀の星」の「銀」だけでも他の物に替えるとがらっと変わります。例えば「金の星白犀の星冬銀河」。

撫で肩のロゼの空瓶冬ごもり
 「ロゼの空瓶冬ごもり」は良いフレーズ。「撫で肩の」という擬人化をやめて、例えば「山梨の」とかにすると、ロゼを飲み干した作者と空瓶が冬ごもりをしている光景となりすっきりしそうです。

雛市の綸子羽二重母の声
 郷愁は伝わりますが、「綸子羽二重」が雛市のなかの何なのかがわかりませんでした。

裃の長に唱和や福は内
 句としての体裁、季語の配置は良いのですがどこかに個性が必要です。


2013年2月6日
岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先日句会でサッカーを季語にした句を出したら、ラグビーは冬のスポーツとして定着しているけど、サッカーはどうか、といわれてしまった。そこでサッカー界を代表して、ヨーロッパリーグは秋〜夏前がシーズンであること。春〜秋のJリーグは世界的にみて特殊であることなどを力説してしまった。ついでにフットボールといえばサッカーのこと、そこから派生したのでラグビーフットボール、アメリカンフットボールということも。というわけでみなさんサッカーの句もどうぞ。

【十句選】

冬深し五重の塔の重みかな   涼
 ちょっと意表を突かれた。大寺院の伽藍配置の中で、金堂とか山門はその形からして先ず重量感を感じる。おそらくその大屋根と柱のバランスなど微妙な造形上の比例の美が働いているのだと思う。一方五重の塔の印象はそれに比べて軽い。これも重さを感じさせない造形上の配慮がされているのではないか。この句の命は五重の塔に重さを発見した、それを、いやそれだけを冬の空気感の中でシンプルに言いとめた。そこにあると思う。

立春や退学届A5判   伊藤五六歩
 幸か不幸か退学届というものを出したことがない。それがA5判といわれて、小さいなあ、というのが第一印象。もっともあまり複雑な構成ではなさそうだし、学校によっても書式は違うだろう。この句、立春が沁みる。春は名のみの寒さが、退学に至る事情をあれこれと想像させる。もう一度離れてこの句を眺めれば「立」と「春」のふたつの文字が作中主体の新しい出発を予感しているとも読める。

凩や三つ星振るる音したり   まゆみ
 しんしんと冷える夜の星空はたしかに音が聞こえてくるようだ。冬の星座について音楽のメタファーで語った句もあるように思う。星座に疎い私でもすぐに見つけられるオリオンの三つ星なら特に澄んだ高音が響いてきそう。振るる音としたのが強引ではあるけど、三つならんだ星が一瞬揺れたような気さえして効果的だ。さて、凩がいいようでどうなのか?凩によって星が振れたようにも読めてしまうのはこの句にとってマイナスではないのか?

麦の芽や日のよく当たる幼稚園   太郎
 向日的で気持のよい句。麦の芽と幼稚園は実に真っ当な配合だが、離すだけが能ではないだろう。麦の芽がこの場合実に健康的。日当たりの悪い幼稚園は少ないだろうが、日のよく当たるとの実に平易な言い方がこの句の幸せな世界をつくって効果的。さりげなく言葉が吟味され抑制されている。

牛丼屋に女がひとり久女の忌   古田硯幸
 女のひとり飯というのが話題になっている。飯はおろかひとり飲み、ひとり居酒屋ってのもあるそうだ。まだ目撃したことはないが格好いいのではないか。
 杉田久女はその艶麗な句とともに小説にもなった悲劇的な半生で有名。その久女につけて女ひとりだからどうしても淋しい、悲しいトーンが一句を被うのだが、牛丼屋が一気に挽回している。牛丼をひとりでかっ込むこの女のダイエットなんのそのの戦闘的なカロリー志向が好ましい。久女とこの女のイメージギャップが絶妙なのだが、考えてみれば久女も俳句において戦闘的ではなかったか。 足袋つぐやノラともならず教師妻 いっそノラになってしまえば違う後半生があったかも。

待たされるなら水仙となって待つ   遅足
 句会でも、ここの選でも、選んだ理由を説明することを考えてしまう。つまり説明しやすい句を選べ、と。それではいけない、気になった句は採れと自戒している。この句、水仙をただ野に咲く可憐な花として読めばそれなりの句ですが・・・水仙=ナルキッソス(ナルシス)神話をはずしては読めないと思う。というかその読みのほうが句の世界がぐっと豊かになる。ただそうなると文脈が妙に捩れて一義的な解釈は拒否される。ナルキッソスは愛されはしても自分しか愛さず、そもそも待つことはしないだろう。結句の「待つ」によって一気に複雑になった。それを悪いとは思わない。

寒泳の何か叫んで飛び込みぬ   にこにこ
 「何か叫んで」この句の肝はここ。何を叫んだのが聞き取れなかった、そのことで場の寒さが伝わってくる。寒さで意味のある言葉にならなかったのかもしれない。ただ「叫んで」でなく「何か」と大雑把に把握した。そのことが場のリアリティーをつかまえている。ところで寒中水泳を寒泳というだろうか?

躍りだす風花巨船見えてより   今村征一
 巨船が近づいてくる時間経過と風花の動きがよくわかる。大きなものと小さなものの対比は常套だが、ここに動きがある。巨船が近づくと書いてしまったが、なぜかそう思う。目前にまで迫った巨船の船腹に舞う風花、最初にそう誤読してしまったのだ。きっと巨船という言葉のせいだ。「躍りだす」の措辞が少し疑問。風花がうれしいみたいだ。

色留めの御所車揺れ初句会   茂
 なんとも華やかな!こんな句会に出てみたい。色留め、御所車、初句会とすべての名詞が響き合って、豪奢にしてめでたい。唯一の動詞「揺れ」もいいんだけど少し雰囲気に流れているかもしれない。

気にそはぬことや寒紅きつくさす   とほる
 寒紅とは寒中に製造した紅花より採れる紅で最高級品であったらしい、と歳時記に。ここでは単純に寒中に紅をさすこと。「気にそはぬ」とか「きつくさす」の措辞が気の強いちょっと癇性の女性を想像させ、橋本多佳子とか三橋鷹女といった女流を思い出す、と思ったら本句は男性だった。

【予選句】

ひととせを柔らかにして大晦日   涼
 柔らかにしてがユニーク。一年間の色々なこわばりをほぐしている。

凍てる夜やインターフォンの息遣い   涼
 ドラマタイズ。

ていねいにみかんを剥きつ嫌味言ふ   洋平
 すでにていねいなところに嫌味がにじみ出している。

ラガー等の影の長きや利根河原   太郎
 ラガーに夕日がよく似合う。

馬の子の朝の光に踏ん張りぬ   学
 生まれたてか?素直な詠みぶりで情景が見える。

大寒に少し遅れてひらくドア   遅足
 妙に気になったが状況が不明。このドアはどっちにどう開くのか?自動ドアか?そうか自動ドアの反応の遅れのことか。面白いところに目をつけている。

剥落の阿吽の像や風の凍て   ゆき
 剥落というのだから狛犬よりも仁王像を思う。力強い句形で破綻ないが、下五はもっと工夫できそう。 風ひかり縢(むかばき)の金剥落す 山口誓子

鮫の目を見たくないのに夢に見る   紅緒
 乱暴な作り方だが気になった。

春の海けふも中折れ烏帽子岩   啓
 中折れは中折れ帽でもあるので烏帽子と喧嘩する。え?そこが狙い?それだったらだめなんだけど。

雪煙舞ふ山頂や眼鏡とぶ   山渓
 実感か、とてもリアル。

猫のごと胴を伸ばして日向ぼこ   塚めぐみ
 猫好きにはわかる、気持ちよい。

どうかなあえびちゃのセーターなんだけど   汽白
 上五の最後の「あ」から「えびちゃ」に続くあたりの平仮名による視覚と音のかわいさ。ハマッて読むとハマル。

そこここに神様吹きだまって冬   Kumi
 吹きだまっている神様は何か想像すると楽しい。

裸木と十四五本の摩天楼   ∞
 子規の鶏頭句の乱暴なパロディ。ニューヨークのセントラルパークだろうか。

冬ざるる野良猫溜まり行き止まり   岡野直樹
 荒涼とした冬ざれより野良猫溜まりには日が当たっていてほしいが。

楪の裏を返して見たりけり   恥芽
 ただこれだけで俳句。

ちゃんちゃんこ字引面した古本屋   邯鄲
 いかにもの風景。字引面が強引か?

冬うらら猫が案内の寺内町   とほる
 寺内町(じないちょう)。調べたら寺院、道場(御坊)を中心とした自治集落とあった。地域猫というか町猫ですね。

【ひとこと】

菜の花忌まほろば憂ふ坂の上
 菜の花忌の句としてはあまりにも想定内。しかも憂う国士然とした輩は司馬遼太郎は忌避していたはず。

背な語る高倉健や冬の薔薇
 健さんなら牡丹でしょう。もっともそれだと歌謡にすぎるが。どっちにしても薔薇は疑問。


2013年1月30日
えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年初めてのお当番です。みなさん、どうぞよろしくお願いします。
 先日、白隠さんというお坊さんの禅画を見てきました。
 調べていたら、ジョン・レノンもこの人の絵を好み、「僕にとって最高の詩は俳句であり、最も優れた絵画は禅画だ」と言う言葉を残していました。
 もちろん、ヨーコさんの影響でしょう。だとしても、わたしたちが作っている俳句とレノンの「イマジン」がどっかでつながっているかも。
 そう考えると、なんだか勇気が沸いてくるのでした。
 さて、今週は203句。みなさんの創作意欲に敬意を表しつつ、わたしも勉強させていただきました。

【十句選】

着痩せより着ぶくれてこそ姐女房   伊藤五六歩
 「着ぶくれ」という季語は、だいたいカッコ悪い事として詠まれる。が、この句はそれを逆手に取って賞賛しているのが痛快。多少の見た目よりも、どーんと頼りになる姐さん女房の面目躍如と言った所か。

初参賀二重橋より人こぼれ   まゆみ
 初参賀にあこがれて毎年応募してるという土佐在中の女性と話した事があります。あれはなかなか当たらないものだそうです。人がこぼれるほどの賑わいは、めでたい限り。この句「初参賀人のこぼれて二重橋」のようにせず、頭に名詞をふたつ並べ連用形で終わらせたのも、動きを感じさせて成功しています。

イヤリング物言へば揺れ日脚伸ぶ   赤芽
 活発でオシャレな女性が活写されているように感じました。まず「イヤリング」と投げ出して「物言へば揺れ」と続ける倒置法が、説明っぽくなるのを巧みにかわしています。おしゃべりの快活さと、日脚伸ぶが響きあっていい感じです。

買初のラナンキュラスや亡き父に   清子
 買初カイゾメに一瞬つまづきました。この古語っぽい季語にラナンキュラスのぶつかり具合が新鮮。実は、ラナンキュラス、西洋種の花だろうとは思ったのですが、頭に浮かびませんでした。その名、その鮮やかな色。薔薇などの一般的な花でない事に、「亡き父に」と呼応して逆にリアリティを感じてしまいました。

平笊に三尾乗りたる寒の鯖   赤芽
 平笊、三尾、寒の鯖などの言葉が、きちんと効果的に使われ、具体的で、印象深い情景を描いています。「秋風や模様のちがふ皿二つ/原 石鼎」も、「模様のちがふ」「皿二つ」の具体性が効果的であるように。わたしは、芸大の先生で鮭の絵で有名な高橋由一、あの鮭を連想しました。

夜風ひうふくろふほうと鳴きにけり   山上 博
 この句、読みにくいのが難点で、つい飛ばしそうになりました。声に出してみると「ひう」「ほう」の擬音語が効果的な事がわかります。上5の後を半角あけるとかしてみるのはどうか「夜風ひう ふくろふほうと鳴きにけり」。些末なことですネ、実に。

はるかより来つるというに浮寝鳥   隼人
 確かに「浮寝鳥」とはうがった名前で、当の鳥は単に与えられた生を全うしているだけです。人間が自然をもてあそぶことへの批判がこめられていて、風流を越えた句になっています。

闇深し甲斐も信濃もどんど焼   邯鄲
 みえみえの飯田龍太の本歌取りで、どうしようかなぁと思ったのですが、面白かったので十句にいただく事にしました。ご存知かと思いますが、その句は「かたつむり甲斐も信濃も雨のなか」です。

青空をつんつん冬芽のジャコメッティー   秋山三人水
 俳句には珍しいアルベルト・ジャコメッティーは針金男を創った現代作家。冬芽からの連想がユニークな句を生みました。「青空をつんつん」の軽さもいいと思います。固有名詞を使った句は、句会のメンバーを考えないと点数が全く入らない事がありますよね。わたし、良く失敗します。それで俳句は「座の文芸」と呼ばれるのかも。

冬の駅カバのごとくにドア開く   とほる
 冬の電車のドアは、開いて乗り降りが終わったら直ちに閉めて欲しい。それなのに、開きっぱなしではせっかくの暖房もダメになってしまう。そんな情景を開きっぱなしのカバの口にたとえてユーモラスでありながら的確な表現となっています。

【予選句とひとこと】

冬紅葉二階へ越せば目の高さ   伊藤五六歩
 二階はたびたび俳句に登場します。「二階に越す」という表現に気持ちがこもっている。

初場所や化粧廻しの富士光る   山畑洋二
 正月の句は、めでたい事も芸の内。この句なども賀状に書いたら相撲好きが喜びそう。

霜柱踏んで来たんで待たせたな   せいち
 「霜柱踏んで」までは俳句のリズム。そこから急に口語になるところが妙な面白さ。

モヒカンの尖った元気成人式   翠柳
 現代の成人式の句。ただ「尖った元気」の批判的な口調がちょっと気になりました。

花海苔と言へば寒海苔はなやげる   赤芽
 実は、花海苔を調べたのですが良く分かりませんでした。下5がきりっとしている。

中村屋寒九の雨のやがて雪   伍参堂
 勘三郎さんの追悼句。浅草で冬の神輿に揉まれた事などを思い出しながら味わいました。

東風吹いて青鞜一冊くださいな   秋山三人水
 青鞜は、平塚らいてうのアレですね。東風、青鞜、口語が春の息吹を感じさせます。

ならぬことならぬと散りぬ寒椿   鉄男
 「八重の桜」が始まりました。流行言葉を使う句は一時的なものになりやすいので要注意。

かあちゃんはてんやわんやのちゃんちゃんこ   鉄男
 かあちゃんの「ちゃん」と季語の「ちゃん」。仮名表記も、にぎやかで楽しい句です。

在るがまま生きて氷柱の太りけり   たか子
 俳句らしい俳句です。こういう句は、ありがちだなぁとどうしても考えてしまいます。

ひゅるひゅると地獄極楽どんどの火   豊田ささお
 中7以降がトクにゴロのいい句です。印象がイマイチなのは上5が説明っぽいからかも。

積りたる雪にも老いのあるごとし   中島啓之
 積もった雪も、堅くなったり黒くなったりします。発見がある句で俳句らしい句。

ちくちくの恋始まれり雪のこる   あざみ
 「ちくちくの恋」というのが分かるような気がします。季語とのかかわりがどうか。

眼中にわたしのいない冬の鳥   紅緒
 冬の鳥を見ているわたしがいて、主客を逆転させたのでしょう。できている句と感じます。

 以上です。お風邪など召されぬよう。


2013年1月23日
朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 皆様こんにちは。遅ればせながら、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 さて、このたびは、とても新鮮な句が多く、例句を挙げる作業も楽しいものでした。そこで、少し、例句と絡めたた評にさせていただきました。と申しますのも、どの句も、オリジナリテイーがあり、さまざまな角度から評をしたくなったからなのです。実に、楽しい時間でした。ありがとうございました。
 次回も、心待ちにしております。寒中、どうぞご自愛くださいませ。

  【十句選】

冬の雷ジャムはしづかに煮詰めらる   伊藤五六歩
 【寒雷やセメント袋石と化し  西東三鬼】
 どちらの句も、「静」というものに着眼しています。「雷」は音があるのに、いえ、「冬の雷」に独特の音があるからこそでしょう。
 三鬼は、徹底的に「静」、「沈黙」、そして「冷たさ」を表現しているのに対して、投句者は、「煮詰められる『音』と『暖かさ』」をも表現しいるととれます。ジャムはイチゴに限るわけではありませんが、二句を色で置き換えてみると、ジャムの句は「暖色」、セメントの句は「寒色」となりましょう。
 どちらにしても、それぞれの良さが素晴らしく、そして季語を十二分に生かし切った秀句です。

湯豆腐や孤塁を守る鍋の中   いつせつ
 【湯豆腐や雪になりつゝ宵の雨  松根東洋城】
 湯豆腐というものには、ちょっとした寂しさ、憐み、感傷が似つかわしいのでしょう。投句者の句は、鍋の中に視点があり、東洋城の句は、屋外に視点があります。一点に集中する視点と、広域にわたる視点。とても興味深い視点です。言うまでないですが、「孤塁を守る」には、残り一個となった正方形(正四角柱)の豆腐が漂っている様子が、りりしいまでに描かれています。ユーモアというよりは、孤高を保つ豆腐に、自身の気分を投影して読みたいものです。
 ただ一点、難解だ、という読者もあることでしょう。

「アルデバラン」星の名覚え年明ける   まゆみ
 【花屋出で満月に年立ちにけり  渡辺水巴】
 年明くる際には、空を見上げるものですよね。屋内にいても、窓を開けたり、戸を開けたりいたしますよね。私たちは、無意識に宇宙の巡りを感じているのです。
 そこで、句材が「星」。ただの星ではなく、「星の名」で、それを覚えるという展開に魅力があります。「アンデバラン」、この星を知っていても知らなくても良いのです。星の名前を覚える年明けが、どんなに素敵なものか、十分に伝わりますから。
 一方で、水巴の句は、「花屋出で満月」です。こちらも、ただの月でないこともめでたいですし、花屋も心憎い演出です。二句とも共通して言えますのは、この年明けが、とても気分の良いものであるということ。そして、その気持ち良さが、読者にうれしい形で伝わるということ。読者の喜ぶ俳句です。

冬ぬくし宇宙行きの予約席   茂
 【冬ぬくし海をいだいて三百戸 長谷川素逝】
 宇宙も海と考えられますから、どちらも「冬ぬくし」から、広い広い無限の世界を取り合わせています。投句者の句には「予約席」という希望が付随し、素逝の句には「三百戸」という人々の温もりがあります。それでいて、この身を漂わすような、不思議な感覚があります。たぶんに、冷たい冬でないところに、その希望や温もりが活きてきてのことなのでしょう。

地球儀を廻せば寒気まはりくる   えんや
 【水のんで湖国の寒さひろがりぬ  森澄夫】
 投句者の句は、「地球儀を廻せば」、澄夫は「水のんで」です。どちらも因果関係の句ですが、その違いがとてもおもしろいのです。投句者の句は、抽象性が魅力となり、澄夫の句は、具体性が魅力です。似て非なる、佳句です。

水掛け論シクラメンが枯れていく   おがわまなぶ
 【シクラメン花のうれひを葉にわかち  久保田万太郎】
 シクラメンは、春の季語となっていますが、現代日本の世相としましては、ポインセチアと同じで冬のイメージですね。特に、年末年始の贈答には喜ばれているようですし。
 さて、そんなシクラメンですが、やはり、独特なイメージを持つ花、鉢植えなのでしょう。鉢植えならば、蘭、菊、紫陽花なども一般的ですが、シクラメンは、あまたある鉢植えとは、一線を画したムードを感じさせます。花の少ない時期に、深紅やショッキングピンクの花を多数つけるシクラメン。また深緑の葉も目立ちます。そのシクラメンには、なぜか「やるせなさ」や「哀愁」が似合うのでしょう。わたしも、我が家のシクラメンを改めて熟視したいと思います。

人日の医師強く打つEnter key   草子
 【人の日や読みつぐグリム物語  前田普羅】
 全く、情景の違う二句ですが、人日という日を、膝をうつような的確さで表現しているのです。医師の気持ちもわかり、患者の気持ちにも同情し、グリムを読みつぐ気分に共鳴したくなるのです。
 お目汚しに拙句を一句。〈人日や追試者名簿ソース付く  晴美〉

蒸しあがるまでの空想帰り花   進
 【帰り花三年教えし書にはさむ  中村草田男】
 「帰り花」には、やはり「時」の流れを感じさせる、強い力があるのでしょう。この二句を読み、強く実感しました。また、空想や過去、そういったものと良く合うのでしょう。そして、嫌味を感じさせない上品さが、どちらの句にもあります。

初春や前髪下げてみたりして   スカーレット
 【初春や眼鏡のままにうとうとと  日野草城】
 初春はむしろ、前髪を上げるものではないの?という意外性と、眼鏡のまま寝るなんて、どこまでめでたいお人なのかしら、という呆れ。どちらも、読者の読み、予想を裏切る楽しさがあります。その、楽しさが、新年の季語、そして「や」切れと、よい加減でコラボレーションされているのです。また、「みたりして」と「ままにうとうとと」、口語調がなんとも楽しいお正月を連想させます。

机まで日がいつぱいや初句会   山渓
 【屑籠の編目に日透く初句会  沢木欣一】
 初句会には、やはり「お日様」でしょう。投句者の「机まで」は、部屋いっぱいになりそうな日の光を感じますし、欣一の「編目の日」には、輝かしい光を感じます。一方で、
 〈天上に恵那吹雪きをる初句会  太田嗟〉
という吹雪の句もありますが、こちらは「恵那山」らしい景ですから、おめでたい挨拶句です。
 どちらにしましても、初句会をいきいきと楽しく詠むことに意義があると思います。初句会は、当たり前ですが、一年に一回。句座ごとに勘定したとしましても、貴重な句会、季語です。どしどし詠みたいものです。ちなみに、私の今年の初句会の様子は、次の句、そのものでした。
 〈めいめいに色めくお菓子初句会  菅裸馬〉

【次点】

沢庵を噛む音せわし世帯主   伊藤五六歩

雪しんしん自動ピアノの鳴り止まず   今村征一

人の日の前立腺癌講演会   洋平

冬日影終着ホームはLED   勇平

初鏡呼んでる声を置いといて   紅緒

お飾りは少し斜めに十日すぎ   くまさん

大寒の鏡の中に鏡鏡   せいち

数の子は団結力だ黄色組   岡野直樹

手鏡を差し出す夫や冬の朝   津久見未完

【予選句】

熱燗や母家の土間に風棲める   太郎

小寒やピザの湯気たつカフェテラス   きのこ

客去りて三日の星座移りをり   まゆみ

駅を散りやがて個となるコートかな   凡鑽

凍て星やモスコーミュールの狼狽ふる   凡鑽

針供養おとぎの国の待ち針も   茂

行き先は右か左か冬帽子   茂

大空にエーテルの充つる初春   学

耳澄ます兎のやうに歌留多取り   紅緒

初婿に炬燵の席の落ちつかぬ   孤愁

水仙や子は拳骨を突き出しぬ   遅足

しやつくりの止まらぬ朝や寒の入   邯鄲

磔刑のキリスト像や猟解禁   邯鄲

一月の句を処分する投句する   にこにこ

鯛焼きにマラの話が盛り上がる   にこにこ

レトルトの七草粥を囃しつつ   山上 博

包み紙に飴張り付いて日向ぼこ   おがわまなぶ

胃袋の暗闇に降る霙酒   葦人

住所地番9-16松過ぎて   ∞

買初はドッグフードの鶏ささみ   藤原 有

寄りつもり寄りくづる正月の塵   啓

廃校のタップダンスや冬日向   鉄男

万巻の書を眠らせて新年会   秋山三人水

よく吠える隣の犬や三ケ日   豊田ささお

かたまつて花明かりある冬の菊   紀子

制服の男と女冬日向   豊秋

妻立たす老写真家や寒牡丹   とほる

枯れ枝をひとりで運ぶアラビア語   あざみ

マナティーの口角の傷冬深む   加納りょ

引き戸受け少し暖冬気味な疾走   意思

とりあへず合否均衡寒裡   意思

【添削句】

もう一人お腹の中に初写真
 〈初写真生まれ来る子もフレームに〉
 表現をひと工夫し、お腹の赤ちゃんを寿ぎました。

果樹園に動く人影寒鴉
 〈果樹園に爺と赤子と寒鴉〉
 人物像を具体的に出し、風景にドラマ性を持たせました。

海鼠腸をすする十三回忌かな
 〈海鼠受く十三回忌の金箔椀〉
 〈海鼠受く十五回忌の朱塗り椀〉
 五七五の音数を大切にするならば、下段の句です。事実と違っても、創作があっても良いと思います。

蜜柑むきすじ取りながら聞く話
 〈すじ取った蜜柑と娘向き合うて〉
 話の内容が見えるように表現をかえてみました。

目も口も慣れてしまへり四角餅
 〈目も口も慣れし角餅九州男児〉
 下五は、薩摩隼人、肥後もっこす、博多っ子 なども考えられます。音数を定型に収めるならば、「博多っ子」です。

裸木の梢に演歌小節聞く
 〈裸木や矢代亜紀の唄流る〉
 森進一でも美空ひばりでも良いでしょうが、私の「裸木」のイメージです。具体性を持たしてイメージを強めました。


2013年1月16日
久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 あけましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。今回の投句は181句でした。
 見ていると、皆さんのお正月風景が見えてきます。年末年始は、みな一斉に年越しを迎え、多くの人がおせちを食べ、親族で集まり、新年を祝い、テレビを見て、三日目くらいは寝正月、と同じようなコースになりがち。そんななかで、「作品」を立ち上げるのは、改めて難しい。

【十句選】

ペットにも雌雄の因果親鸞忌   伊藤五六歩
 生物に雌雄があるのは当然で、それを「因果」ととらえてしまうところに、むしろ人間の浅ましさがありますね。「親鸞忌」はややしつこいか。

狐火の夜空に昇り星となる   山上 博
 「狐火」での挑戦、お疲れさまです。一題で何句も詠むと、だんだん固定概念が崩れてくるところが良いと思います。この一句、ほかの句と違って現実を離れたファンタジックな良さが出ていると思いました。

すべり台シーソー混みて三が日   くまさん
 にぎやかな公園の風景。「〜て」はやや説明的なので、「の混む」としたほうがリズムがよいのでは。

湯豆腐や未だヒューズは切れざりき   涼
 切れていないならよいようなものの、いつ切れるかわからないと見守る小心さ。湯豆腐のレトロ感がはまりますが、LEDならそんな心配も無用です。

鮟鱇鍋囲む夫婦にはあらず   学
 わざわざ言うからには、男女であるには間違いなく、では、一体どんな関係なのか。物語性がありますが、やや昼メロチック。

初笑みんなで空気きれいにす   遅足
 気持ちの良い句。舌足らずな言い回しが、子どもが集まった「初笑い」という感じ。

縄跳はひきずるだけの三人目   岡野直樹
 あらゆる運動が嫌いで、もちろん縄跳びなどひきずるか振り回すか、しかしてこなかった私には、今回一番のツボでした。3番手という悲哀。

電動の獅子の出っ歯や淑気噛む   大川一馬
 デパートの屋上でしょうか、「淑気噛む」の表現が、やや漫画チックではまっています。

缶けりのカーンと鳴って山眠る   ∞
 なにかの合図のように、「山眠る」季に気づいた、というのがよいですね。

饒舌な鈴木健二や風花す   豊秋
 鈴木健二とは何ものか? 調べるとNHKアナウンサーで同名の方がいますが、いっそ誰かわからないままでも面白いかも。

【予選句】

シチューなど煮込んでゐたる四日かな   きのこ

受け取りし冬はらりはらりと消える   加納りょ

君のゐるパワースポット淑気満つ   せいち

コサックの軍靴ざくざく寒波急   素秋

酒八種奥に並べて御節かな   中島啓之

福は皆掃除機の中初掃除   スカーレット

口笛の鳴らぬ唇寒の入り   豊秋

橙のある日ひそかに痩せ始む   紅緒

池を見てイカル啼くなり大旦   豊田ささお

【もう一歩】

ぱちぱちと柏手の音冬空へ   いつせつ
 柏手の音が冬空へ、という着眼はよいのですが、「ぱちぱち」も「音」も「柏手」の説明になっており、余分。

牡丹鍋ご近所さんも呼び入れて   くまさん
 状況の説明、散文で書いた日記になっています。もっと定型を信頼して、省略をしてみてください。

石段を雪しんしんと諏訪大社   山渓
 登山俳句、実体験とお見受けしましたが、「雪」が「しんしん」はあまりに平凡。形容詞、副詞、すべて主観を排除して写生に徹してみてもよいかもしれません。

元日やいつものやうに顔洗ふ   紀子
 実は年が変わっても変わらない、という気分は誰しも持つもの。「去年今年」のほうがよりしっくりするかもしれません。

初夢に部長は何の暗示ぞや   小林飄
 初夢に部長、謎の設定がおもしろいのに、「何の暗示ぞや」と作者が言ってしまっては読者の入る隙がない。「初夢に部長あらわる何か言う」とすると、まったく謎のまま、読者はいろいろと想像の余地が広がります。

寒星の楽屋口チェロ抱き出づ   啓
 なんだか語順がごちゃごちゃしていますね。「チェロを抱き楽屋口出づ冬の星」とすると、冬の星空が広がります。

新春の週刊漫画誌母と居る   意思
 漫画誌をお母さんと一緒に読んでいるんでしょうか? それなら平和なお正月でよいかな、と思いましたが、ちょっと位置関係がわかりにくい。


2013年1月9日
南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 いつぞやも書いたかもしれないが、正月の二日になると〆飾りの稲穂を啄みに雀がやってくる。飾るのは三十一日の夕方。典型的な一夜飾りだが、それはそれとして、一日は来ないし三日は稲穂が食べつくされているので、ピーチクとも云わない。なぜ二日なのか。謎だらけだが、毎年のことなので家内は稲穂のたくさん付いた〆飾りを選ぶ。些細な楽しみ、そして願いをこめて、、、、、良い一年でありますようにと。

【十句選】

藍深め魚太らしめ冬の川   きのこ
 冬に太る魚って、鯉かな鮒かな。それはともかく冬の川の形容に「藍深め」は普通だが「魚太らしめ」で「冬の川」に文字面だけではない実態が現れた。寒々とした光景に生命の存在を確信する。そして少しのユーモア。

「しゅわきませり」どんな意味かと雪女   洋平
 雪女の信仰の対象は、果たして、自分自身かもしれない。そうでないとあんな寒い「雪女」なんてやってられないだろうし、でも、ふっと気の緩みがあって、他の信仰に興味を持った。それ以後の「雪女」の生活ぶりにはどんなだろうか。

ずわいがに美味い痒いと手づかみで    古田硯幸
 「美味しい」に対してとそれをちょっとずらした言い方「痒い」がオモシロイ。美味くて当然のずわいがにだけれど先の「冬の川」の句と同じくずらすことで説得力というか、その座のざわめきが読み取れる。

蜜柑食む石工は石に腰下ろす   鉄男
 「石」の反復がこの句にリズムをもたらしている。そのリズムを通して読者は句の世界に入ってゆくことになる。「蜜柑」を喰う石工のゴツゴツとした指。石に腰を下ろすのは見る者にとっていくらか乱暴な行為かもしれないが、腰を下ろすことによってその石の温もりというか存在と通じあっているのだろう。

哲学の道の野良猫大三十日   恥芽
 「哲学」「野良猫」「大三十日」。上手く説明できないが、それぞれの言葉の繋がりがオモシロイ。いや、ひょっとしたらいわゆる即き過ぎなのかもしれないけれど、「野良猫」への親しみ、哀れみ、尊厳のようなものが感じ取れる句。

蕪の葉をバサと切つてはドサと鍋   凡鑽
 「バサ」と「ドサ」。繊細さの微塵もないような表現だが、それが逆に例えば厳寒の環境とかそこに暮らす人々の暖かさ、力強さが伝わってくる。

煤払鶏はひたすら卵産む   邯鄲
 人は一年の締めくくりの「煤払」をひたすらに。鶏は時間の流れに関係なく卵をひたすら産む。その取り合わせの意味はいろいろ取りようがあるが、あまり深く詮索せず少しの微苦笑とともにこの句を味わえばよいのではと思う。

一匙の流動食の初明かり   茂
 なんとかひとつの命が年を越したのだろうか。二つの「の」で結ばれた、というか言葉の流れが「初明かり」へとその決着をもたらす。「初明かり」が回復の兆しであり、ぐんぐん癒えてゆくことだろう。

ソバ−ジュの母の明らむ女正月   たか子
 最初は母のソバージュに抵抗感があったのかもしれない。「女正月」だからといってそこまでしなくてもなどと、、、、、でも、母の普段にない「明らむ」にやがて納得というか、見直したというか、ともかく、母への眼差しが優しくなっていったのだ。

歳晩や一円だらけの小銭入れ   とほる
 かなり侘しい句だが、なにわなくとも「歳晩」に有り金を使いきり新しい年を迎えようという生活者の力強さが感じとれる。ここまで徹底すれば良い意味での開き直りが逞しい。

【予選句】

崩るるも旨さのありし新豆腐   涼

角刈りに垣根ととのふ年用意  まゆみ

冬の月静止画像のシャッター街   洋平

建前のクレーン伸び行く冬の空   山畑洋二

短日や返信速きイーメール    古田硯幸

露天湯の柚子掴んでは独り言    古田硯幸

熱燗や屋台にひびく胴間声   山渓

冬日向大音量の母眠る   鉄男

初雪やほらほら軒の薄明かり   鉄男

さくさくとパソコン動く冬銀河   豊田ささお

年の瀬や見知らぬ猫が鳴いてくる   豊田ささお

ざりざりと凍ててザリガニ目を覚ます   豊田ささお

初夢の蓋を誰かが開けている   遅足

うつくしき言葉が風邪をひいている   遅足

地吹雪は風のかたちを見せてゆく   遅足

息白し原発は黒牛になる   学

懐に万の句蔵し山眠る   今村征一

着ぶくれて食物繊維なほ不足   伍参堂

食後にはアイス天皇誕生日   隼人

凍月をプレパラートにしてみます   岡野直樹

はにかみの少し解れて燗の酒   素秋

二階より追い駆ける音大旦   茂

立ち飲みの背の寒月はそのままに   戯心

まだ吾が身かたどるコート吊るされり   啓

仏鈴の籠もるる部屋の寒さかな   えんや

柚子浮かびやがて湯船の底にをり   スカーレット

耳の奥やっぱりかゆい去年今年   あざみ


2013年1月2日
星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 明けまして おめでとうございます。
 今年はどんな年になるのでしょう。
 急に事態は変わらなくても、希望の見える年にしたいですね。
 皆様のご多幸と御健吟をお祈りしています。

 お正月に食べるお雑煮は、おせち料理より郷土色豊かなものが多いようです。私の実家は京都ですが、お雑煮は、焼いた丸餅に、鶏肉、椎茸、ほうれん草、かまぼこのすまし仕立てでした。どうして、京都なのに白味噌のお雑煮でないのか、というと、一人っ子の長男だった父が、毎年お正月に食べさせられる「親芋のまるごと入った白味噌仕立ての雑煮」が嫌で嫌で仕方なかったからだそうです。父はもう以前に亡くなっているので、それがどんな味のものだったのか確かめる術もありませんが、「芋と餅がずるずるになった」というそれを、ちょっと食べてみたい気もします。
「親芋」というのは、いったいどんなものなのでしょうか。

 さて、今回は185句の中から。

【十句選】

三千の枯葉に太き幹ひとつ   涼
 紅葉の季節が終わり、おびただしい枯葉の季節に、太い幹の存在に注目したのがユニークです。葉の散り尽くした太い幹は、これから冬の眠りに入りますが、この太い幹一つあれば、来年また、たくさんの若葉が芽吹くのです。「太き」の力強さ、三千とひとつの対比も、引き締まった効果を上げています。

いづこへも五六歩遠し寝正月   伊藤五六歩
 どこへ行くのにも、その行き先が五、六歩遠い、というのです。寝正月のふてぶてしさに、これほどぴったりな言い訳はありません。炬燵を出たくない時の気持ちも同じように思いますが、「寝正月」で決まりました。俳味充分の句ですね。

初雪のレースを編みて止みにけり   洋平
 初雪の様子を、「レースを編みて」と美しく表現されました。レース編みは透かし模様が特徴です。本格的に積もるほどもなく、かろやかに編まれた初雪のレースは、自然のつかの間のファンタジーのように感じられます。

鍵穴のなき予備の鍵十二月   遅足
 12月、身の回りのものの整理をしていて予備の鍵の存在に気づきました。けれども、その鍵を用いるべき鍵穴は、今はもう存在していません。鍵という具体物を通して、過去の時間、そこにあったドラマが暗示されています。

雑炊を温めてゐる留守居かな   隼人<br>  鍋の雑炊をゆっくりと温めておられるのでしょう。留守居には、これと言ってやることもありません。雑炊は、出がけに妻が手早く用意してくれたものでしょうか。季感も状況も、雑炊でよく伝わり、温かい湯気と共に、年末の留守居の気分を満喫できる句だと思いました。

返り花珈琲ルンバのソノシート   素秋
 今ではほとんど見かけることのないソノシートですが、珈琲ルンバのそれが、思いがけないところから出てきたのでしょう。珈琲ルンバはリバイバルもされましたが、それももう一昔前の話ですね。珈琲ルンバの曲の魔術的な雰囲気に、返り花はよく合うような気がしました。

鶴来たる足長きまま山越へて   紅緒
 地上の鶴の姿はテレビなどでよく知っていても、飛ぶ鶴の姿はなかなか思い浮かびません。空を飛ぶとき、鶴はその脚を長いまま後ろに伸ばし飛んでいるのですね。「足長きまま」は当たり前のようでいて、飛ぶ鶴の姿の発見です。あの大きな鶴が、毎年山を越えて飛んでくる不思議さを感じました。

築山の天辺ほぐす霜柱   中島啓之
 築山の天辺に霜柱が立っていたのですね。霜柱は、土を持ち上げ、解けるとぬかるみ、確かに地面をほぐしているようにも感じられます。寒さでカチカチになった築山の頭をほぐす霜柱……。そう考えると、築山の天辺がなんだかむずがゆそうに感じられ、愉快な句だと思います。

霜柱地球を少し膨らませ   スカーレット
 これも、霜柱の句。あちこちに霜柱が立った寒い朝、地球が少し膨らんだのでは? と感じられたのでしょう。冬ざれの畑やグランドなど、殺風景な広い面積の地面を、たくさんの霜柱がいっせいに持ち上げたのだと思います。小さい霜柱も、その時ばかりは、地球を少し膨らませたに違いありません。

吐く息の白く漕ぎゆく車椅子   戯心
 車椅子の人の吐く白息の豊かさに、寒さや、大変さ以上に、力強さと生命感が伝わります。車椅子の人を、あえて詠まないことによって、白息と車椅子だけの、印象鮮明な句になりました。疾走感のようなものさえ感じられると思いました。

【その他の佳句】

雪晴や四台連なる園児バス   とほる

あけぼのの雨を弾きし青木の実   太郎

果樹園の網巻き上げて冬ざるる   山畑洋二

ことごとくものに名のある枯野かな   遅足

大道の楽のきれぎれ夕北風   啓

銀輪や星流れゆく年の果   啓