「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2013年8月28日

芳野ヒロユキドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 200句以上の中からたった10句しか選ばれないところに投句する皆さんの姿勢にまずは敬意を表します。この競争を勝ち抜いた句は間違いなく月並みではないはずです。

【十句選】

秋の金魚どこやら魚のかたちして   二百年
 秋になって死んだ金魚のことだろうか。金魚はあまりに身近で泳ぐスピードもゆっくりだから魚という目で見ていない気がする。たとえばその死に方が魚類であることに気づかせてくれたのかも。

てやんでぇべらぼうめぇと夏暮れる   加納りょ
 上5中7は覚えやすくて面白い。「夏暮れる」が、夏の日の夕方なのか、夏の終わりなのか、はっきりしないのでもったいないなぁと思う。「一夜酒」「甘酒屋」なんていう世界が個人的には好きですが。

冷奴どうってこともない話   せいち
 「ひややっこ」と「どうってこ」の各5音の近さがこの句を生かしている気がする。「どうということ」ではでは覚えてもらえないでしょうね。

小さな子小さな海を手に晩夏   阪野基道
 素晴らしい句です。俳句的。

甘納豆隠れて食べる俳句の日   おがわまなぶ
 「俳句の日」をみなさんおおいに作りましょう。『季語きらり』以外の歳時記には載ってないだろうな。

今朝の秋メジャーセブンスコード弾く   秋山三人水
 立秋と音。伝統的な取り合わせだが、「メジャーセブンスコード」が新鮮だ。

雲のある青空が好き捨案山子   飛鳥人
 地域によってはもう捨案山子があるのでしょうか。季節的にまだピンときませんが、捨案山子もたまには日陰が欲しいでしょう。

月の座にスピルバーグの指定席   ヤチヨ
 俳句にスピルバーグを詠んだところが実に面白い。

雲の峰ぎゅぎゅっと時間巻き戻す   草子
 「ぎゅぎゅっと」の力強さがこの句をリアルにしている。時間を巻きもどせるかもと思わせるこの句は素敵。

雲の峰突き抜けフジヤマワンダフル   中 十七波
 「フジヤマワンダフル」がもう、ワンダフルでしょう。


2013年8月21日

岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 言うまいと思えど・・・暑いですね、連日。本稿が載るころもこの暑さは続いていそう。涼しいところは映画館だと昨日はテレンス・マリック『トゥー・ザ・ワンダー』を観てきました。結果は贔屓のテレンス・マリックも、おまえ夏枯れか!?という出来でした。そんなわけで私の俳句も夏枯れです。みなさんはこの暑さの中枯れずにたくさんの投句をいただきました。興味深い句が多く十句に絞るのに苦労しました。さっそく。

【十句選】

大丸に袖ふれあうも西鶴忌   涼
 18世紀創業の老舗呉服店が前身の大丸だけに「袖ふれあう」が縁語として格好良くきまりました。ふれあう(触れあう)は振り合う、擦り合う、とあるようですが、ここはきれいな語感を選んだのでしょう。現代のデパートの喧騒のなか(そんなに混んでないか?)すれ違う人々の前世も『世間胸算用』の登場人物かもしれず、そんな時空のひろがりで、ただの取り合わせに終らない忌日句になっています。

昼顔は九分九厘まで無関係   滝男
 俳句の場所、ここで何が起きたのか、肝心なことは何も語られていません。昼顔は無関係と強調されることによって逆に一厘の関係、有責が想像されてしまいます。そういうものです。謎は読者が埋めろと、(別に埋めなくてもいいのですが)陽光の下の昼顔。私はカミユの『異邦人』を思いました。そう、九分九厘、犯人は太陽です。

片影の傾ぐ現代美術館   がぜう
 このごろは日本中におしゃれな美術館ができているようです。収蔵美術品のあれこれも素晴しいのですが、美術館の建物そのものが一級の現代アートになっている例が多い。この句はそんなモダンデザインの建物の影そのものが時間経過にしたがって傾ぐ(鋭角的になるのか?)それもアートではないかと思わせる。文形は素直に現代美術館の影を述べただけなのですが、「傾ぐ」が絶妙です。季語「片蔭」の新しい句例です。この月末、私も駆け足で小豆島、直島の美術館を回る予定です。

背泳ぎや地球を背負ってみたりして   凡鑽
 アハハ、軽くていいですね。機知の句。泳法のなかで一番楽そうな背泳ぎだけにこの脳天気なおとぼけが似合います。「みたりして」なんてこういうときでなければ使えない。バタフライ地球を叩いてみたりして、これじゃあだめなんですよね。

夏桑や薬莢の錆新しく   青山たかし
 なんか懐かしいなあ、夏桑ですでに懐かしい。薬莢の錆でもう「錆びたナイフ」を思い出す。錆が新しいとあるから最近のことだ、銃撃は。全編に少年の匂いがする、夏桑のせいか。「桑の実と言ふ口の中きらきらす」平井照敏 のせいか。砂山などではなく夏桑にしたところが工夫か。

道をしへサーカス来ると噂さる   レン
 道おしえ(斑猫)の案内であたかも町にサーカスがやって来るかのような雰囲気。一読レイ・ブラッドベリの『何かが道をやって来る』を連想しました。サーカスという素材はこの季語にとってはわりと新鮮。

原発の悔泳ぎても泳ぎても   学
 原発の悔はたしかにそのとおりですが、ストレートすぎて詩の言葉には昇華されていません。ただ時事句にはこのくらい強い言葉も必要かなとも思います。この句のいいのはなんといっても「泳ぎても泳ぎても」のリフレイン。身体の動きを止めるとたちまち溺れてしまいそうな、あるいはこれまでの自転車操業のような経済成長とか、まあ多義的に読めるところです。前半の観念性を後半の具体的切迫感が支えています。社会詠はあまりはやらないようですが、原発は今後50年単位で日本人が引き受ける問題です。俳句が、俳人が影響を受けないはずはありません。よきチャレンジと思います。

一夫一妻脱ぎにくそうな蛇の衣   あざみ
 いまこの国は一夫一婦制(一夫一妻制)の下にありますが、もうそんな制度は脱いでしまえと、そういうことですか?しかしこの制度のくびきは強くたしかに脱ぎにくそう。でもそんな解釈より、一組の夫婦の前に蛇の衣がふらふらとある景もおもしろい。もう脱がれてしまった衣、それを見て脱ぎにくそうとつぶやく図もいい。脱ぐという動詞がいろいろな役を演じて、蛇の像とともに夫婦、一夫一妻制を不安定化させています。

ああさうね花魁草を一寸見に   たか子
 いきなりの「ああさうね」、このなげやりな応答がとてもいい。花魁草はよく知りませんがおそらくその名前と字面で選ばれたと思います。この字面のおかげで話者のなげやりで姉御肌のキャラクターが強調された。こういう句を読むにつけ女性口語の強みを感じます。みんな夢雪割草が咲いたのね 三橋鷹女、じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子。この「ね」とか「の」の効果は絶大です。男性口語にはこれがない、浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」中村草田男のように括弧にまで入れて下手な子役ぶり。五句前の凡鑽さんの「みたりして」は男女兼用か。

夏痩せて二階の猫が落ちてくる   豊田ささお
 なんでもない普通の書き方をしてますが、起きていることはちょっと変です。でもこういうことはあるんです。ウチの猫も箪笥や椅子の上に寝ていて稀にドサッと落ちます。ですから二階から落ちることもあるだろうと。「夏痩せて」が切なくて、愛しくて、そして落ちてくるのは可愛くて、と猫好きをそそります。それもこれもこの平明な書き方によるもの。

【次点句】

鉄棒のひんやり濡れて秋に入る   きのこ
 まさに秋に入る感覚。類想はあるかも。

身が添えば影が添うなり生身魂   遅足
 微妙な景を捉えている。この二人の状況が分かりにくい。え?違う?

守宮守宮かなしみ滴らせてをり   加納りょ
 守宮に呼びかけるリフレインも効果的で、以後、守宮を見る目が変わりそう。

スカイツリー今日はもやもやしています   おがわまなぶ
スカイツリー少し夏痩せしています   おがわまなぶ
 二句ともスカイツリーと作者が入れ替わります、読む度に。そこがいい。

炎天下ぞろぞろ般若面が行く   ロミ
 お祭の光景とみればそれでいいのでしょうが、それにしても変。いわゆる般若顔の人達が集団で通ると読めばもっと異様。不思議な忘れがたい魅力の一句。

【予選句】

西風の二百十日の単騎待ち   伊藤五六歩
 裏にマージャンをダブらせているのだろう、アイディア。

目に涙湖あれば地にある苔の花   伊藤五六歩
 涙湖という言葉を初めて知った。対句としての苔の花に同調できなかった。

あけぼのの空やダリヤの雨しずく   太郎
 とても清々しい景の中にダリヤの存在感あり。

旱星かちっとはまる空の栓   紅緒
 空の栓が理に落ちているのでは。

蝉時雨レースの傘に降り注ぐ   紅緒
 降り注ぐは冗語ではないか?きれいなんだけど。

芋の露葉に遊ばせてこぼしけり   まゆみ
 作者が葉を揺すっているということか?分かりにくい。使役の語法に問題?

自画像のゴッホのゆがむ大西日   えんや
 そういえばゴッホの絵はいつも大西日が射しているような。

四次元のその片隅の端居かな   せいち
 もともと端居は端っこですから、隅のその端っこですね、そういう面白さ。だから四次元がいいのかどうか。

八月に押してしまった恋ボタン   あざみ
 八月は油断できません、私はうっかりアダルトサイトの再生ボタンをクリックしてしまいました。

性別によろしければの( )夏   あざみ
 性別や年齢や職業を問う慇懃な問い方、その暑さ。( )表記が秀逸。

風死して触れたる足を戻さるる   たか子
 風死してに妙に納得。

モンゴルの塩を削って夏カレー   茂
 モンゴルの塩の具体性一発で、削るのもシズル。平叙文に近いが。

振り向くとみんな見上げている花火   岡野直樹
 ということはこの人は花火を見ていない、それをわざわざ報告するおかしさ。

裏口に刺身届ける夕焼けかな   智広
 勝手口?夕日が当たっている。最近あまり見ないいい風景。

ライオンの欠伸色なき風の中   ヤチヨ
 秋風が色なき風になるだけで全く違う。俳句は言葉でできていると改めて、、

竿灯の照らしきれざる闇の色   戯心
 多くの人は竿灯の光を見ている、闇に目がいく人もいる。

マタニティドレスの女油蝉   邯鄲
 暑いでしょうね、強い子を産んで欲しい。

毎年よ蚯蚓鳴く日は高湿度   勇平
 子規の毎年よ彼岸の入に寒いのは の本歌取り、高湿度が疑問。

とんぼうや会釈しながら遊歩道   勇平
 夕方の散歩、トンボの高さとか見えるような気がする。

鳥交む今日の耳鳴りはせせらぎ   羊一
 せせらぎであることが意表をついている。

墓拝み行って来ますねあの人と   利恵
 ちょっとしたドラマ。拝みは疑問だがさりとて妙案はない。


2013年8月14日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 8月6日、8月9日と忘れてはならない日が過ぎていきました。
 憂慮することばかりなのは、40℃という暑さとも関係があるのかも知れません。
 さて、近頃、句を読むと自分勝手な妄想が広がり、他の人と全く違う鑑賞をしてしまう事が多々あります。参加した句会の特選句などで、その傾向は顕著です。作者にまで「そういうつもりでではない」と言われた事もあります。しかし、発表してしまえば、句は読む人のモノです、めげないぞ(笑)。
 今回の選も、そういう事が多分にあると思いますので、ご勘弁ください。

【十句選】

うすうすとピーラー胡瓜の羽を生む   きのこ
 ピーラーは、皮むき器。胡瓜の皮をむいているのでしょう。その事を「胡瓜の羽を生む」と言った所が面白かった。上5もビーラーにかかるような語順で、ちょっと変な感じでいいと思いました。

朝曇大阪駅のトイレ混む   隼人
 そんだけの事ですが、トイレを詠んだ句は珍しいのではないか。そのトイレが混んでいる。その日は薄曇。大阪駅の人混みと、始動する生活の匂いが伝わってきました。

八方へ水打ちにけり鳥の声   太郎
 八方へ水を打つことで、鳥が鳴き出した。あるいは、鳥が鳴くので、八方へ水を打った。「八方」というのが、四方八方の神へ水を打っているような感じを持たせる。静けさと、水音、鳥の声。なにやら禅問答のような句だと感じました。

盆僧の若き説教腕っ節   滝男
 若い僧の説法を「盆僧の若き説教」と言ったのが、巧みです。「盆僧」という言葉も初めて意識しました。下5の「腕っ節」が、アレッと思う。面白くもあり、難解でもある。鐘でも持ち上げたのか(マサカ)。

洗濯の山を土産に夏球児   大川一馬
 「山のような洗濯物」ではなく、「洗濯の山」の隠喩がいいですね。日焼けした野球青年の姿が活写されています。ちょっと類想ありそうだなぁ、と思いつつ。

ベル押せばをんなあるじの秋の声   大川一馬
 これが「や切れ」だと、フツーの句なのですが、「をんなあるじの」とした事で、意味がふくらんだ感じです。季語の本意は「秋の声=秋めいてきた」なのですが、女主の声が秋めいている、という風に読めます。つまり「秋の声を持った女主」が浮かんできて、不思議な世界に誘われました。季語の力でしょう。

新涼に押されて軽きペダルかな   戯心
 新涼とは、このように詠むものだという、見本のような句です。「押されて」が巧みな言い方。わたしはひねくれているので、このように良くできた句を見ると、つい類句がありそうと思ってしまうのです(ごめんなさい)。

ペンキ剥げ石になりたる雨蛙   飛鳥人
 この句は「青蛙おのれもペンキぬりたてか」の本歌取りでしょう。石のカエルを見て、咄嗟に詠んだような面白さを感じました。

水をやる人に似てくる茄かな   おがわまなぶ
 茄は、一字だけでもナスビなんですね。犬が飼い主に似てくるという話は、たぶん本当ですが。ナスビまで似てくるのかなぁ、そうかも知れないなぁ、と思わすところがいいですね。

スタッフのシャツ着る少年夏木立   羊一
 「少年物」というジャンルの句です。つまり少年だから句が成り立つ。この句では、夏のイベントなどのスタッフになった少年が、ちょっと誇らしそうにSTAFFと書かれたTシャツを着てるんでしょう。胸の高まりを感じる句です。

【次点十句】

炎昼や故郷逃れてまた故郷   伊藤五六歩
 「故郷逃れてまた故郷」が魅力的なフレーズですが、具体的な意味がつかめない。震災の事かも。思い浮かぶのは、藤山一郎が歌う「誰か故郷を思わざる」、あまりに古いか(笑)。

攫われてきたような目の祭の子   遅足
 祭りの子のおびえたような表情に、祭りというハレの舞台に似つかわしくないものを見たのでしょう。中8がもたつく。整理していく内に、核心を突く表現が見つかるであろうことをお祈りします。

孤児今や後期高齢敗戦忌   戯心
K行の言葉が続いて、リズム感がいいですね。内容が事実そのままなので、やや物足りない気がしました。

白雲と駆けるたてがみ夏野かな   山上博
 気持ちいい句ですが、白雲、たてがみ、夏野と、揃いすぎていて、通り過ぎてしまいそうだと感じました。どっかに心の動きが感じられると、もっといいのですが。

ふっとわれ滑り落ちゆく砂時計   阪野基道
 無季句ですが、感じは伝わってきました。蟻地獄では、平凡ですかね(平凡です)。

生家死し夾竹桃が紅く咲く   秋山三人水
 廃屋となった生家、そこに夾竹桃が咲いている。夾竹桃は良く似合います。上5の表現が物足りない。

シャーシャーと蝉は鳴いてろ請求書   秋山三人水
 請求書を突きつけられて、あまりにも高いのでビックリしている。蝉に八つ当たりしたくなる、という所でしょうか。シャーシャーが、蝉がオシッコして飛び立つようで面白い。

影踏みの仲良き姉妹二日月   たか子
 影踏みが季語かと思ったのですが、そうではないんですね。季語は月。古風な世界で、惹かれました。

イッちゃんに戻る母いて捩り花   草子
 アルツハイマーの句だと思います。「イッちゃんに戻る」という表現に、母上へのやさしさを感じます。この句はやや分かりにくいので「捩り花」は、適切だと感じます。

写経の手止めれば筆に蝉しぐれ   とほる
 俳句らしい句材の上手な句、中7の言葉の流れが美しいと感じました。

 以上、元気に夏をお過ごしください。


2013年8月7日

朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暑い暑い日々が続きますが、明日からは、甲子園も始まります。
 このたびもたくさんのご投句、ありがとうございました。
 暑さに負けず、句作に励んで下さることは、とてもうれしいです。
 実は、私、生ビール党。あまりの生ビール好きに、生ビール倶楽部なるものを設立し、出資金を募り『生ビールサーバー』を買う話がまとまったのですが……。問題は、誰の家にサーバーを置くか。「朝倉さんちにおいてもいいけど、毎日開店してね!」といわれ、泣く泣く断念……。もちろん、これは、独身時代のお話。

 では、十句選から。

【十句選】

独り身を着飾るに足る夏帽子   伊藤五六歩
  「着飾るに足る」という表現にノックアウトされました。その、清々しい潔さのようなものを感じ、「独り身」さんに会ってみたいと思いました。そして、私も独り身になったときは、こんな風に言える独り身になりたいものです。
 <浅草や買ひしばかりの夏帽子 川口松太郎>

七月に暗証番号変えにけり   涼
 なぜ、「七月」なのか、「七月」でなければいけないのか、そこが句評では論点となるところ。私は、暑さが本格的になる七月、梅雨が明けるか明けないかのうっとおしい暑さ、そんな気分を払しょくするための業としての「暗証番号変更」と受け取りました。
 そして、下半期への決意のようなものも、チラリと感じたりしながら・・・
 <七月の青嶺まぢかく溶鉱炉 山口誓子>

スプーンの白きひかりを運ぶ秋   学
 少々、抽象的ではありますが、「秋」という季語を「スプーン」というもので似つかわしく表現したことがお手柄だと感じます。もちろん、ここは「スプーンで」ではいけません!
 一方で、葛切とギヤマンを取り合わせた句があります。
 <葛切のギヤマン雷火奔(はし)りけり 水原秋櫻子>

洗いたての犬は校庭の匂い   弥生
 季語はありませんが、夏の季感があると判断しました。動物を飼っておられる方には、ピンとくる句ですね。そして、これは、幸せの匂いなんですね・・・。俳句で誰かが幸せになったら、それはとっても素晴らしいですよね。私の俳句観はそこにあります。
 破調は推敲の余地がありますが、ちょっとした楽しさが出ているとも感じます。
 まったく、違う趣きの句ですが、洗い髪と匂いが主題の句を紹介します。
 <洗ひ上母に女の匂ひして 岡本眸>

風涼しババロアに月掬ひけり   山上 博
 ババロアとともに月明かりを掬う、という景。「涼し」という晩夏にとても似合う景ではないでしょうか。個人的にババロア派だからかもしれませんが。ゼリーやプリンとは違う触感、プルプル感(これは朝倉の造語)、そして、ババロア独特の色合い。だからこその、月光だと感じます。厳しく言えば、「月」は秋の季語ですが、ここでは、その難点は目立たない仕上がりだと思います。
 <どの子にも涼しく風の吹く日かな 飯田龍太>こちらは、私の好きな句です。

かば焼きや幟の「う」の字跳ね上げて   孤愁
 店先の旗やのれん、幟は、良い句材です。よって定番化した常套な表現も多いですが、「跳ね上げて」が、新鮮さと勢いを出して成功しています。もちろん、鰻の新鮮さも。
 上五の「や」が、切れ字か「屋」なのか、一瞬迷うところがもったいない気もします。
 <絵文字なるうなぎのうの字紺のれん 丸山大手門>

遠くまでゆくなおまえは夕螢   秋山三人水
 「ゆくなおまえは」という強い、強い命令形に魅力を感じました。
 <ほうたるほうたるなんでもないよ 種田山頭火>こちらの呼びかけは、優しさの極みのような表現。螢という生物には、人の心をあらわに、正直にさせる力があるのでしょう。螢の前では、皆、本音がでるのかもしれません。源氏物語に「螢の巻」があることも思い出しました。そこでは、螢が効果的に出てきて、人物像を浮かび上がらせているような気がします。やはり、螢はそういう役割を持つのですね。
 <死なうかと囁かれしは螢の夜>こちらは、恋多き鈴木真砂女の句です。

蟻が友というこどもの歩く道   阪野基道
 <学問の迷ひにも似て蟻の道 能村研三>
 蟻には孤独が似合うようです。しかし、その孤独は「寂しい孤独」ではない気がいたします。
 友人のお嬢さんが、幼少期、独りでいることを好んでいて、母親が心配したのですが、担当の先生曰く「彼女は寂しい孤独じゃないから、大丈夫ですよ。」と言われたそうです。掲句のこどもの本音が本当に分かるとは言えませんが、おそらく、その子は、選んだ孤独、寂しくない孤独でしょう。なぜなら、その子は、歩いているのですから。そのには、道が必ずあるのですから。

生みたての卵が二つ広島忌   恥芽
 広島忌、けっして易しい季語ではありませんが、「生」を感じさせる句が私は好きです。
 偶然にも、卵をモチーフにした原爆忌の句がありましたので、紹介します。
 <原爆忌籠の卵の割れてをり 川崎陽子>

罪深き唇の色二重虹   戯心
 二重虹、なんだか、意味深長な季語なんでしょうか。
 <虹二重神も恋愛したまへり 津田清子>があります。
 次は、虹と君を詠んだ句です。
 <虹立ちて忽ち君の在る如し 高浜虚子>
 どうやら、虹の持つ力のようです。

【次点】

柿若葉天下分け目の陣地跡   利恵

西日射すガラパゴス亀の甲に射す   涼

犬の仔に田渡る風に夏の月   きのこ

杏の実あっけらかんと落ちにけり   太郎

打ち水や店に取り込む風と客   いつせつ

張り紙に「子燕います」ゴルフ場   古田硯幸

一言が大事に風船かづらかな   今村征一

投票所祭法被の爺の来る   隼人

大鍋の天草を漉す白布巾   茂

梅雨寒や男の耳のピアス穴   邯鄲

多産なる家系にあらず茗荷汁   遅足

片減りの踵の靴で墓参   岡野直樹

足首の覗く小暑の乳母車   えんや

猫の尾の屑篭を打つ夏座敷   えんや

文字化けのファックス届くあめんぼう   羊一

胃カメラの喉元過ぐる水中花   豊田ささお

蟷螂やビオラ奏者の鎖骨みむ   スカーレット

【予選句】

星合やせいろ二枚の待ちぼうけ   伊藤五六歩

河骨や花をかすめて青大将   すずすみ

音全て奪ひ尽くして蝉しぐれ   きのこ

遠花火嫁がぬ綺麗な伯母ちゃんと   きのこ

逆らつてゆくしかないさあめんぼう   きのこ

煌々と八咫鏡や夏の月   夢騅

牛丼屋煙出さずに鰻丼   大川一馬

遠花火消音キーを押せしごと   大川一馬

名誉とか英霊だとか敗戦忌   せいち

片陰の穴の小さき巣箱かな   学

雷さまの風夕顔の実を削ぎぬ   学

ボトル入り富士霊水で墓洗ふ   隼人

ほとばしる汗にもめげず付けまつげ   京子

蓮池や太る蓮根泥の闇   京子

ババロアの月影そつと浴衣かな   山上 博

じいちゃんの方言まねる夏休み   くまさん

夏帽子はじめましてはどちらから   秋山三人水

メールしか送る術なし日々草   とれもろ

反抗期の虹かも知れずうつくしき   遅足

それから・・のあとは聞こえず蝉時雨   紅緒

雲の階段から見てる半夏生   紅緒

月月火水木みんみん蝉の鳴く   おがわまなぶ

冷蔵庫丸く納まる西瓜様   岡野直樹

夏空へ続く片側一車線   中 十七波

謎解きや暑中見舞いは仮名ばかり   檸檬

吹く風も真っ赤となりぬ大夕焼   檸檬

病葉の透いて阿修羅の流れかな   草子

山肌の大きな影や雲の峰   山渓

飲み干せば昭和の音やラムネ玉   戯心

川蜻蛉12時を打つ時計かな   スカーレット

恋をして金魚の大きな泡ひとつ   スカーレット

自動ドアゆっくり閉まる炎暑かな   とほる

ユーミンとビールとチーズ竹婦人   とほる

【残念・・・一言】

独り居の寂しさ募る冷奴
 中七を独り居を満喫しているような表現に。

保育園読経のごとき蝉しぐれ
 読経「と」、が良いと思います。仏教系の幼稚園もありますから。

朝カレー七日続きの熱帯夜
 朝カレーも7日続くと愉快なのでは。

偽妊娠の大熊猫や昼寝覚
 「偽妊娠のパンダのニュース昼寝覚」ではいかがでしょうか。はっきりします。

太陽に手向かう勇気夏帽子
 「手向かう」より「勝負」という言葉が似合う気がします。

「タラチャン」にマイスター居るビール飲む
 「タラチャン」というマイスター、と店名ではなく、マイスターの方が、分かりよく面白いかと


2013年7月31日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今回の投句は165句、連日の炎暑のためか、やや少なめでした。
 今回すこし気になったのは、「無理して文語体を使う必要はない」ということ。
 俳句は切れ字「や」「かな」「けり」が多く使われることもあって文語体のイメージが強いですが、内容によってはむしろ口語体のほうが生き生きします。むしろ江戸時代から俳諧では口語を積極的に取り入れていたのです。次の、

 酔芙蓉開きて閉じてまたあした
 なにもかもなげだしたりし三尺寝

 という句も、「開いて閉じて」「なげだしている」としたほうが、実感に近いのではないでしょうか。
 文語の力強さ、口語の軽さ、それぞれの特徴を考えながら使うのがポイントです。

【十句選】

一寸の闇をほたるに上げましょう   涼
 下五は「あげましょう」ですね。一寸の闇、は変な表現ですが、一寸の虫に与える分量なら妥当かも。闇を自在に操る作者は何者でしょうか。

虹の根のあたり農協販売所   きのこ
 「農協販売所」はこなれない言い方ですが、おそらく農産物直売所でしょうか。いかにもおいしそうです。

ダリの髭十時十分夏ぐにゃり   孤愁
 「夏ぐにゃり」がいいですね。実景はぐにゃりとした髭を見ているのでしょうが、夏自体がぐにゃり、としてしまう感じが、またダリらしい。

マネキンの臍を見てゐる夏休み   隼人
 変なところに注目する作者。臍フェチ? 不審人物としてマークされませんように。

水打つや陶の蛙に狸にも   えんや
 中七「陶器の蛙狸にも」でよいのでは? 蛙や狸の置物に撥ねてきらきら光る水滴が見えるようです。

夏カゼやそれでも地球は回っている   岡野直樹
 自分はこんなにつらいのに、地球は回るし世間は夏休み。つらい。

木下闇迷路の入り口ここですか   たか子
 ここです。

タクトより涼風きたる三楽章   戯心
 音楽には至って無関心なのですが、タクトを揮る様子は格好いいですよね。

三伏や忍者はどこで息を継ぐ   紅緒
 突然あらわれた「忍者」にびっくりですが、アニメ的な忍び装束を着た忍者はいかにも暑そう。

夏終る縄文土器のはげしき影   羊
 「はげしき影」とリズムを崩していることで古代の力強さがつたわりますね。

【選外佳作】

半夏生インコがなにか呟いた   涼
 「なにか」わからないあたり曖昧な感じが半夏生らしい。

窓ごとに紅い月の出端居して   伊藤五六歩
 紅い月はちょっと不気味な印象で、優雅な月見ではなさそう。「月」と「端居」は季が異なります。

まろやかなマシュマロ食むや風かおる   太郎
 「マシュマロ」と「風」のとりあわせには引かれましたが、「まろやかな」が言い過ぎ。

樹に登る舟や泰山木の花   京子
 花のたとえ、ということですが、そこから飛躍して実際の舟まで想像させるおもしろさがある。

朝涼へヨークシャテリヤ連れ出して   大川一馬
 なんてことはないのですが、案外ヨークシャテリヤという名前が「朝涼」によくあいます。

ソーダー水嘘は笑顔でつくもの   せいち
 下四はリズムがわるいので「笑顔で嘘をついている」ではいかがでしょうか。「ソーダー水」の爽やかさと裏腹の皮肉な感じがおもしろい。

夕焼けのしっぽを強く踏んでみる   遅足
 「夕焼けのしっぽ」とはどこか。なんとなく影踏みを想像します。

虹に向けおーいと呼べばこだまかな   山上 博
 虹に向かってよびかける風景はおもしろいのですが、何もないところから「こだま」がかえってくるのは、むしろ当たり前かも。

大男赤のアロハにチワワ抱く   おがわまなぶ
 こちらはチワワ。大小の組み合わせが鮮明ですが、ややわかりやすいかも。

瑠璃蜥蜴ツタンカーメンのアイライン   ヤチヨ
 アイラインはもともと虫除けだったそうです。それはさておき、発想の飛躍が○。

真っ青な舌見せ合ひし夏祭り   紅緒
 夏祭りの思い出。言わずともかき氷のこととわかるのがいいですね。

三叉路の蝶乱心炎天下   きのと
 「蝶の乱心」としたほうが音が整います。

「7」(なな)四(よっ)つ夏の自販機あと一歩   意思
 一瞬何のことか、と思いましたが、なにかのゲームで「7」四つで自販機近くまで来た、ということでしょうか。おもしろい情景なのですが、かなり説明不足。ちなみに短歌では「おまえだよ オ・ラ・ン・ウ・ー・タ・ン七つぶん階段のぼってうしろを見るな  東直子」という作品があります。

夏果てて肩のくぼみの砂はらふ   羊
 肩のくぼみに砂がつく状況とは? いろいろと想像がふくらみます。


2013年7月24日

南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暑い、暑い。それでも日を選んでカメラ散歩に出かける。自転車で目的地まで。あるいはぶらぶらと行く先を決めずに歩いて。もちろん、熱中症にならぬよう、水分補給を繰り返しながら、噴き出た汗を拭い、また冷たい物を飲む。でも、少し前、予防のための水分補給は常温が体に吸収されやすいということを、知った。しかし、熱中症に陥ってしまったら、体を冷やすために冷たい飲み物が最適とか、、、、。なぁ〜〜んだ、だったら始めから冷たいのでいいじゃないか。2種類も持って歩けないし、とテレビに突っ込みを入れておいて、さて、今週の10句選であります。

【十句選】

夜濯ぎの水音星を瞬かせ   きのこ
 必ずしもイコールと云うことではないが「夜濯ぎ」と云う言葉からは時間的制約などと相まって、苦労してるんや、というイメージを持ってしまう。そいう意味では「輝かせ」は無難な着地だけれど「水音」が「星輝かせ」とあるので、いくらかの余裕というか生活への充足感のようなものが窺がえる。

朝顔やラジオ体操の札胸に   洋平
 いまとなっては郷愁濃い夏休みのラジオ体操。それが選の切っ掛けかもしれないが、「札胸に」が揚々溌剌とした子供らの心持をよく表現している。ちなみにボクは朝寝坊派。カードの判子は毎年まばらだった。

「ふ」とわらひ「ほ」とわらふ父母 夏座敷   遅足
 「ふ」と「ほ」。そして「父母(ふぼ)」。「わらひ」と「わらふ」。柔らかな語感が夏座敷の様子を彷彿とさせてくれる。リタイヤ後のご両親だろうか。一時代前の日本の光景ではある。

楷書風のやつが食べてるところてん   せいち
 人物を評して「楷書風」という言い方がオモシロイ。そして「人」ではなく「やつ」。それは「楷書風」への少しばかりの反感なのか。で、「ところてん」。意外感は薄いが、可笑しみは出ている。

炎天に雷除けの札貰ふ   隼人
 雷除けの札、、、、、、どこで貰うのだろう、、、、、ちょっと調べてみたら「北野天満宮」や「浅草寺」で、というのが検索で出てきた。へぇ〜〜知らんなんだ。で、この句、雷に見舞われそうでない「炎天」に貰うという。そこにちょっとしたギャップというか矛盾を醸していてオモシロイ。そして、炎天を「くわばらくわばら」と雷除けの呪文を唱えながら汗に塗れて歩き帰る図を想像するとそれはそれで、滑稽。

あばずれはナポリタン食べ汗まみれ   あざみ
 女性がセクシーなのは物を食べる時。それもわき目もふらずに食べる、例えばこの句のような光景。トマトの赤。ルージュの赤。輝く汗。「あばずれ」という乱暴な言葉も一層効果的。

家族四人揃わないけど素麺だ   岡野直樹
 素麺は夏の涼やかな食べ物。皆がそろって、となればいいのだけれど、いない人はまあ仕方がない。「揃わないけど」と云うそっけない表現が、ともかくいま素麺を食べるのだと、団欒より食欲を優先させていて、オモシロイ。

胡瓜って首の所がおいしいの   岡野直樹
 胡瓜に首、もちろん自分なりの「首」だけれど、それを発見というか、創りだしたところが俳句的。そして「首の所」が旨いという。ホントかな。意識して食べたことがないけれど。

駈け足だ夏だ海だだだだだだ   ロミ
 とにかく「だ」の繰り返しが「夏」を強調している。「だだだだだだ」は浜辺を駆け回る人たちの擬音であり擬態を端的に表わしている。

七月や貨物列車の通過待つ   とほる
 何ということはない句だけれど、郷愁に誘われて仕方がない。理を尽くして読めば幾通りにも読めるがそれではつまらない。書いてあることをそのままに自分を踏切や線路際に立たせて、過ぎ行く貨物車両の数を数えた日のことを懐かしく思いだした。

【予選句】

引出しの茶色の小瓶夏は来ぬ   涼

横縞のシャツゆるく着て梅雨じめり   涼

今日は梅雨かかと斜めになった靴   涼

はんなりと羅まとひ集金人   きのこ

舞殿に五色の風や夏祓   洋平

灯台のらせん階段雲の峰   古田硯幸

そぼ降りてやさやさしきや花しようぶ   太郎

月光が素足のままに上がりこむ   遅足

霧の川舟を想像していたり   智弘

十八の自分に出合ふ寺山忌   学

ざりざりと頭刈らるる夏休み   学

唇がはねてゐるマチスの金魚   学

赤土のローランギャロスの夏帽子   琥珀

ゴーギャンの女地べたに花かぼちゃ   紅緒

怒ってるのじゃ笑ってよあめんぼう   おがわまなぶ

梅雨明ける目玉はフライパンの中   おがわまなぶ

出目金や地球ぐらりと自転せり   邯鄲

空蝉の其処が宇宙の渚かな   遊鬼

蚊帳吊りてまだ気にかかる低さかな   たか子

廃線の草錆びており夏の果て   戯心

一瞬の心変わりやサングラス   檸檬

永遠か刹那か汗の肌抱く   利恵

水瓶の口あんぐりと梅雨明ける   ロミ

夏場所やお城の見える支度部屋   羊一




2013年7月17日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 梅雨明けと共に猛暑の夏が始まりました。
 日中はとても無理なので、夜、涼しくなってから歩いています。今日は大雨が降ったので、田んぼの蛙が賑やかです。風もひときわ涼しく、川音が驚くほど大きく響いていました。
 誰にも会わないオレンジ灯の夜道を、一人でも安全に歩ける幸せに、いつも感謝しています。
 さて、今回は、196句の中から。たくさんの御投句、ありがとうございました。

【十句選】

生活の柄はいろいろ独活の花   伊藤五六歩
 独活は花が咲くまで育っては、もう硬くて食べられないのだそうです。そのせいで、独活の大木などと悪口を言われますが、レースフラワーによく似た花は涼しげで、丈高く咲いてもあまり目立たず、わずかな風にも繊細に揺れています。山之口貘の詩「生活の柄」に高田渡が曲をつけ、歌っていましたね。柄に合った暮らしは、花にも人にも、清々しいものだと思います。

十薬の匂い三鷹の天文台   二百年
 敷地に十薬のはびこる、古めかしい天文台を思い浮かべました。古びてはいても、ドーム型の建物は、今でも充分人目を引きます。当時はもちろん、時代に先駆けたモダンな建物だったでしょう。十薬の匂いに誘われるように、天文学の開明期だった時代に思いが至ったのではないでしょうか。

夏霧やロープウェイの迷ひなく   山上 博
 夏霧に巻かれた谷の上空を、ロープウエイは何事もなく進んで行きます。ロープの渡された道を行くのがロープウェイなのですから、それは当たり前の事なのですが、「迷ひなく」でいただきました。山道を行く人の足元のおぼつかなさ、心細さが上手く対比され、ユーモラスな句だと思います。

竹筏ながす漓江に牛冷やす   遊鬼
 竹筏が次々と流れて来る上流には竹林があるのでしょう。その傍らで、田仕事を終えた牛を洗う様子がいかにも涼しそうです。中国漓江(りこう)は山水画にたとえられる観光名所ですが、「竹筏」にも「牛冷やす」にも、人の労働が詠み込まれ、生活の営みの感じられる句だと思いました。

幼子に昼寝の端を捲らるる   遅足
 幼子に昼寝の上掛けを捲られたのでしょう。けれども、「昼寝の端を」と言い留めたところに、昼寝そのものを捲られたような、何が起こったのか!?、という、一瞬の戸惑いが伝わりました。もちろんそんないたずら(?)のできるのも、怖いもの無しの幼子だからこそ。

後ろ帯会せ鏡の四葩かな   邯鄲
 帯を締め終わると、女性は必ず、背中の帯結びを合わせ鏡で確かめます。後ろを向いて手鏡を持ち、姿見に映った自分の後ろ姿を見るのですが、そこに四葩(よひら=紫陽花)が映っていたのでしょう。正面の庭の紫陽花が姿見に映り、それが手鏡にも映っている明るさ、華やかさ。帯の模様も紫陽花だったかもしれませんね。

柿若葉しかられて食ふにぎりめし   羊一
 「しかられて食ふにぎりめし」ですが、柿若葉の下でならおいしそうです。叱られて、という塩味が旨く効いているのかも知れません。今はもう見かけない、ランニングシャツの少年を思い浮かべました。

波打って打って青田の育ち行く   山畑洋二
 青田風の平凡な風景なのですが、青々と育った稲が、自ら波打っているような表現に面白さを感じました。「打って打って」のリフレインに、ぶつかり稽古のような直向きさが伝わり、育ち行く稲に感動させられます。

猩猩の高きを渡る夏日影   たか子
 突然現れた猿の群が、甲高い声で鳴き交わしながら、枝伝いに上空を渡っていきます。驚きと共に手つかずの自然に触れることのできた一瞬だったのではないでしょうか。インドか東南アジアでの情景かとも思いました。いかにも鬱蒼とした森の中での出来事ですね。(原句…猩猩の高所を渡る夏日影)

蒸し暑し虎の尻尾を踏んでても   岡野直樹
 「虎の尾を踏む」とは、危険なことをあえてする喩えですが、涼しさを通り越して、生きた心地もないのではないでしょうか。うっかりと、或いは確信犯的に、虎の尾を踏み、虎に気付かれないことを幸いに踏み続けている人からの貴重なレポートとして、「蒸し暑し」に説得力がありました。

【その他の佳句】

岩魚釣りことに古りたる丸太橋   太郎

蜜豆や男の客はほかになし   大川一馬

膝の子と昔むかしを夕端居   今村征一

車椅子の兄の柏手梅雨晴間   山渓

歳時記は同じページのままで梅雨   秋山三人水

梅雨晴間ホルンの音のはずみたり   とほる




2013年7月10日

早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 皆さん、こんにちは。神戸市JR新長田駅の南に丸五市場という昭和レトロな市場があります。ここで月一回ナイト屋台があるというので、こういうイベントに目がない私は、早速行ってきました。狭い通路の両側にずらりとテーブル、椅子が並んでいて、皆さん、買ってきたカレー・ナン、タンドリーチキン、餃子、たこ焼き、唐揚げなどを缶ビールで食べていました。みんなで片寄せ合って食べおしゃべりするのは楽しいものですね。毎月第3金曜日です。ではでは。

【十句選】

マイルスの蒼き炎や星銀河   とれもろ
 マイルス・デイビスの噴きあがるような鮮烈なトランペットの音が闇夜を駆け抜ける。野外コンサートか、室内のステレオかもしれないが、その音色をたとえた蒼き炎に惹かれます。銀河との対比も鮮やかにきまっています。

道をしへ三叉路に来て止りけり   邯鄲
 驚いてぴょんぴょん跳んでいるだけで道おしへという名前をつけられているのも面白いのに、三叉路で止まっている姿を道に迷っているように描写されました。作者も虫と一緒になって遊んでいるような軽妙な俳句と思います。

青梅を机の上に樺の忌   隼人
 私世代以上だけが知っている、樺美智子さん。60年安保で死亡された東大の活動家。この名前を聞くと、青春時代の甘酸っぱい思い出がよみがえり、胸がきゅんとします。(言い方も時代遅れになってきます(笑))それをなんのと言わずに、机の上にある青梅に、問わず語りに語らせています。

太宰の忌男もすなる日傘買ふ   隼人
 これも忌日俳句を採ってしまいました。最近、日傘・男子をちらほら見るようになりました。私もデビューしました。その、かすかに照れくさい男子と、ダンディだけど哀愁とはにかみの漂う太宰治の対比が、効いていて面白いと思いました。

校庭にデコボコのこし梅雨あがる   すずすみ
 デコボコののこる校庭梅雨の明け、ではいかが。雨の中長靴で遊びまわる小学生の足跡のついた小学校の校庭や、なぜか自転車や自動車のタイヤの跡が深々とついた中学校の校庭などが目に浮かびます。いろんな動きや形を想像させるところがいいと思いました。

夏料理シタールの音吹き抜けり   津久見未完
 私の好きな夏料理は、冷豚シャブと夏カレーです。そのような料理が置かれたお膳のある、畳敷きの座敷。そこへ実演なのかCDなのか、どぅん、どぅんというタブラの音ともに、ややどぎつい感じのシタールが聞こえてくる。ミスマッチのところがいいですね。

十薬や十年経つも売れぬ土地   えんや
 10の効能があるといわれるからこの名前がついたどくだみの生薬。でもにおいで嫌われることが多い。まさかそれが生えているのではないでしょうが、まったく人気の出ない売り土地。そのつながりが可笑しい。十、十で遊んでもいるし。

羅を着て実印を捺しにけり   赤芽
 羅というと軽やかで華やかな服装の印象がある。それを着て、不動産のローンの契約とか、離婚届の提出など、堅苦しく重大な行為をしている、構図のギャップに笑わされました。

激痛にああ生きている五月闇   檸檬
 ああ生きていると思う瞬間は数あれども、五月闇の中でひざかどこかを思い切りぶつけて、激痛を必死で耐えている瞬間に、ああ俺は生きているんだと思う作者に、笑えます。大げさに言えば、新しい人生の捉え方(笑)。

炎天下人力車夫の足長し   きのと
 京都などに、若い男性の人力車夫の方が多い。皆真っ黒に日焼けしていて、引き締まったからだ、なぜかイケメンが多い。炎天下のイケメンの車夫の長い足一点にピントを絞ったことで、印象が鮮明になりました。

【選外佳作】

真昼間の闇に紅薔薇扼殺者   伊藤五六歩
 ミステリー小説風です。

手錠痕聖痕として夏休み   伊藤五六歩
 冒険的な言葉への挑戦、いいですね。

白日傘メソポタミアの河馬の影   涼
 意外な取り合わせです。

わたすげや戦場が原雲も無し   太郎
 兵が夢の跡を思い出します。

青空の足尾銅山茂りかな   太郎
 あの鉱毒事件からはるか時間がたった。何も知らないかのように茂る夏草。

山桃の山へかへらぬ舗道かな   啓
 歩道にはみ出した山桃のつる草。それを、まだ山に帰らないと表現されました。

松落葉ここは海抜2メートル   大川一馬
 かなり低湿な地ですね。それをずばり海抜2メートルといったのが面白い。

紫陽花の白は今朝から甕覗き   大川一馬
 甕を覗いているのがほほえましい。

日曜の巴里祭迎ふ青木坂   大川一馬
 おしゃれそうな、華やかそうな青木坂です。

アンチョビをつまんで済ます夜会服   とれもろ
 謎めいたパーティー。

蝶結びのほどけたように妻昼寝   せいち
 よくもまあたとえましたね。

振り向きし女の口や花柘榴   洋平
 よほど印象に残る口紅の色だったのでしょうか。

駆け上り梅雨の滝音雲を割る   今村征一
 雲を割る、が力強い滝を想像させます。

句碑守りのごとく文字這ふ青とかげ   今村征一
 本当に句碑守りなのでしょう。

夕焼けのうしろに立っている男   遅足
 不思議な雰囲気がします。

黴くさきアルバムに住むおやじいて   すずすみ
 黴臭いけれど、とても大事な愛着のあるアルバムです。

梅雨空を木魚の音の泳ぎけり   山上 博
 木魚という魚が泳いでいくようで、面白い。

三脚の木椅子へどさり夏かばん   茂
 三脚の木椅子というのが、おしゃれで、想像が膨らみます。

つる草に絡みとられし枯れ紫陽花   さち
 つる草も生きるのに必死。よくできた写生句です。

いんせきおちたきみだけをみていたい   汽白
 少し甘いですが、隕石と恋人の取り合わせはいいのでは。

丸の内モンローウォーク日傘かな   おがわまなぶ
 丸の内モンローウォークの日傘いく、ではいかが。遊び心があります。

白シャツをはみだして河馬ランチ行く   おがわまなぶ
 本物の河馬がランチに出かけるような可笑しさがあります。

朝の蟻今日という日の長さかな   岡野直樹
 とくにつらい仕事がある日の朝などまさにこの気持ちですね。

カルデラを経て天辺に積むケルン   たか子
 軽快な感じ。

川せみや千年前の水を飲む   山内睦雄
 氷河の雪解け水を想像しました。

救急車の遠きサイレン夜の秋   戯心
 とても夜の秋の感じが出ています。

紐解きて待たれしことも星の川   戯心
 なにやら色っぽいですね。妄想かな。

行きずりの酒肆の鴨居の扇風機   恥芽
 鴨居に扇風機があるのは少し変わっていますね。

夏帽子私もすこしへこみぎみ   ルカ
 こんなこともよくありますね。

書きかけの手紙そのまま半夏生   紅緒
 半夏生の感じが出ています。

土用鰻エアロビクスは絶好調   紅緒
 鰻がエアロビクスしていたら、面白いでしょうね。

シーサーの天に噛みつく炎暑かな   檸檬
 炎暑、炎天の感じがとてもよく出ています。

生まれしはなぜかなぜかと蝉がなく   秋山三人水
 こんな風につぶやきたいときもあります。

脛の蚊や血を分けた仲そっと打ち   利恵
 川柳に近いですが、この遊びの気分が俳諧ですね。

いかづちやフランスパンは穴だらけ   あざみ
 フランスパンは穴だらけ、はありそうですが、いかづちとの取り合わせが変わっています。

草いきれ社長命令出動す   意思
 社長命令で草も青息吐息のような感じ。

【ひとことクリニック】

◎こうされては?
招かれる娘の新居夏料理
・・招かれし

大根切るヒップホップの片手落ち
・・下5、ように切る

艶笑譚に憂さを晴らすや梅雨の風邪
・・晴らして

家宝とす忍の字のある陶枕を
・・夏の昼忍の字のある陶枕と

いぢると触るるは大違ひなめくぢり
・・なめくぢりいぢると触るるは大違ひ

三番街の供養菩薩や梅雨の蝶
・・上5を別のものに

夕焼を追って行きたいオートバイ
・・中7、どこまでも追う

冷し中華油まみれの週刊誌
・・上5を別のものに

シャガールを好きな店主の冷し中華
・・下5を別のものに

六月はみんなに一人ずつ赤ちゃん
・・六月のみんなに一人ずつ赤ちゃん

赤い薔薇踏切カンカン咲いている
・・下5、いつまでも

春蝉鳴くきびきびタイプ打ちをれば
・・春蝉やきびきびタイプ打つてゐて

母娘孫黙って辣韭漬けており
・・上5、二人にしては

炎昼の埃臭さにジョン・ウェイン
・・炎昼の埃から来るジョン・ウェイン

ただバスに電車に乗りたいさくらんぼ
・・ひたすらにバスに乗りたいさくらんぼ

じゃぶじゃぶの梅雨の縁側猫走る
・・上5、水たまる

吠える犬夏の夜再び再生さる
・・吠えて生き生きとする夏の夜

◎説明
海の日の日の出早しも海の家

緩慢に長針の這う梅雨の夜

下闇のほとり水鳴る大豪雨

太らせて艶増せる待つ初茄子

冷奴あればことたる昼餉かな

夏銀河里の明かりに競り勝ちて

あめんぼの小川はランニングマシン

採り忘れの寸余の太き胡瓜かな

鈴蘭や階段状の道狭し

鏡の目狂乱の目ぞ梅雨の月

外人の合掌姿夏の膳

一輪の梔子の花別れ際

滋賀県の五月雨みんな琵琶湖行き

時刻表めくる時より夏の山

空梅雨を称える己恥ぢにけり

うつつとは夢のあとさき蛍舞ふ

大きな目には大きな涙花ざくろ

水撒きの水をすね毛が検知する

◎報告
夏帽子今日は妻のが上にあり

草原で寝そべって見る夏富嶽

梅雨晴れて世界遺産へ富士の山

笹百合や長き下りに膝笑ふ

木の株にハンカチ敷きて塩むすび

滴りを集め岩打つ黒部川

出目金や何時眺めても目を逸らす

足湯して胸反り仰ぐ五月富士

草むらに独唱ケロロ雨蛙

雷鳴に横顔見据え点滅す

雷鳴に閃光走る畳かな

父の忌や遠き青嶺を見て戻り

グラジオラス視線の先の少女かな

オオムラサキ手に乗り吸うは吾汗よ

一心に手の汗吸うや青き蝶

◎句意がわからない
夏雲や天地逆さのレイアウト

放送は朝だか夜だか明易し

五月雨や水た走れる坂でこぼこ

蟻地獄あさなあさなを蔵裏に

六月はコントロールをハチャメチャに

梅雨はもう明けたかな奥さま辺り

どくだみに打ち倒されている記憶

黴菌にラッピングされ会えぬ夜

経歴のなかに蛍の夜のあり

たましいに恋の手足が生える夏

満月を三つ貰ってから帰る

大株で涼しくもなし忍かな

蚕豆の莢斬新なメガネ入れ

舳先かなポパイオリーブ白南風に

夏帽子色白のフルーツサンド

籠枕こを捕ろ子とろを遠くして

石化して消火器夏の闇の中

どくだみの輝く初心ふりかえる

緑雨してポケットの穴からさかな

コンサート蛍となりぬ信者かな

空梅雨の生け贄なんて無理なんです

港では腰ふるものよアガパンサス

蜘蛛の巣が傷跡かかる朝けかな

水番を車からする様なもの

◎あたりまえ・そのまま
うちあけて後の気楽さ白蓮

青空へとけて声のみ夏ひばり

踏ん張つて這ひつくばつて雨蛙

アメンボウそろりそろりと水に立つ

紫陽花や水遊びする雀かな

夏の山まるく広がる日本海

捲きあげる釣瓶に冷やし西瓜かな

水影を太くあめんぼ滑りゆく

ついついと池の中にもトンボかな

つむじ風に踊つてゐたる夏落葉

◎類想
梅雨入りや白いスカート揺れてゐる

石竹や髪をなびかす女学生

じやが芋の花や赤城は靄の中

手花火を する横顔の 君を見る

静かなる雨に散り敷く沙羅の花

嘘泣きの上手な娘青林檎

燻し銀の光放てり梅雨の海

夏の山でいだらぼっちの置き土産

掃除機のコードの走る夏の朝

蛍の夜小さき橋を渡りけり

空蝉に残つてゐたる風の音

桔梗や家並低き旧街道

もくもくと走る少女や梅雨の蝶

◎言いすぎ
明易し棺の友のうつくしき

風鈴のゆらぎの音もよかりけり

油照り営業笑ひの回遊魚

梅雨空や仏頂面の犬に会う

捩子花の周りの草の青さかな

干からびて忽草の香は高き

ガラス玉鳴らし下品にラムネ飲む

真逆と言うことば嫌いなり青蛙

綱を曳き闊歩する犬大西日

◎即きすぎ・近い
サイダーや海の泡より日々の泡

老鯉のぷくりと泡や梅雨の朝

夏帽子みな白き歯と捕虫網

検診の結果オーライ梅雨晴れ間

凌ぜん花机の上の筆硯

五月雨や相合い傘のできるまで

濡れ縁のきしむ禅寺花菖蒲

八橋の古ぶ寺苑や花菖蒲

白壁の剥がれし旧家枇杷熟るる

蚊遣火の消えてしまひぬ詰将棋

◎何が?何を?何の?
ターニング・ポイントだった年の夏

やってるとだんだん瓜になってきた

そげなこつチョ〜恥づかしか麦熟るる

◎理屈
ポンポンの名前違はずダリア咲く

パソコンも吾も感染梅雨寒し

雨乞の効きしか雨の降り続く

空低し接骨木の花背伸びする

脱衣婆も衣服捨てたき暑さかな

謳歌せよやがて死ぬる身蝉しぐれ

◎気持ち
是非登る夏空浮ぶ富士の山

夏負けは歳のせいだよああ厭だ

梅雨晴間アベノハルカスでも行くか

あじさいときみのからだでいやされたい

蛍狩り一縷の望み掬ひけり

◎俗すぎ・川柳
ブラジャーをはみ出す乳房サングラス

前髪をかきあげ冷酒くいっくいっ

◎変化なし
早乙女や白き手に苗水鏡

万緑や大きく息を吸い込んで

つやつやと光る鍬先草を打つ

◎抽象
籐椅子に愛のかけらの夢に覚む

◎複雑・材料多すぎ
加賀越前近江の青田繋ぐ旅

掲示板暗色褪せり夏暖簾

◎甘い
ふと触れし指先悲し蛍の夜

いつか会ふ固き指切梅雨夕焼

◎主観
夕さりて糠蚊小川をほしいまま

はまなすの恋心誘ふ紅の色

恋人が欲しいと金魚の泡ひとつ

雨蛙 どこから来たの 美しや

本心はその藍にあり濃紫陽花

◎その他
夏猫が脇をのっそり朝帰り
・・夏猫っていいますか?

ピーマンの穴より漏れる洗い水
・・穴が少しわかりにくい

父の日や井戸の底なる空のあを
・・底に空は映る?

でで虫の殻に目玉を描きけり
・・絵の具ですか?

片頬のふくらむ午睡夏座敷
・・季重なり

草原にたんぽぽもどきだけがをり
・・だけがをりが?

別れ来て紫陽花白く変はりをり
・・ポイントは?


2013年7月3日

芳野ヒロユキドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 清岡卓行の文章にミロのヴィーナスについて書いたものがあります。〈『手の変幻』(講談社文芸文庫)〉両腕の欠落によりかえってミロのヴィーナスの美が普遍的なものになったというものです。ヴィーナスを見る者が思い思いの両腕を心の中に作り上げることができる点に芸術作品の美を見出しているのです。これは、俳句の発想と似ています。清岡さんは詩人ですから当然といえば当然かもしれませんが、自分の思いを表すことにこだわるあまり、鑑賞してくれる人がいることをついつい忘れがちです。清岡さんのいうところのミロのヴィーナスのような俳句を目指したいものです。

【十句選】

一礼し一歩踏み出す富士登山   いつせつ
 今から二十五年前、ふいに思い立ち新五合目から4時間ほどで一気に山頂まで登りました。山小屋に一泊したものの、狭さと頭痛の為、まったく眠れませんでした。が、今でもその時の経験を思い出すことができます。もし、「や」「かな」等を使って句作りをされているなら「一礼や」としたほうが富士登山への感慨をより表現できるかもしれません。

青梅雨や裸婦像のあるレストラン   涼
 裸婦像を表現したいならレストランを削る。、レストランを表現したいなら裸婦像を削る。青梅雨と裸婦像の取り合わせはよいと思います。もっと絞って絞って裸婦像のどこかにピントを。

浮いて来い浮いて来いとて夜の更くる   春生
 京極杞陽の句を勉強されたのでしょう。「夜の更くる」だと杞陽の句のイメージと近いので、別の言葉を試してみてはいかがでしょう。

プチ・トマト愛の暮しもプチ・プチ…ン?   伊藤五六歩
 「プチ」という言葉が好きで、いっとき「プチ」をいろいろな言葉にくっつけて俳句を作りました。「プチ」いいですよね。

久方の雨万緑を丸洗ひ   山畑洋二
 「万緑を丸洗ひ」は大胆で面白いです。ただ、大きすぎるので何か小さいものを取り合わせると俳句的になると思います。

待っている青鷺さんのとこにいこ   ロミ
 青鷺のところに行くのはなんだろうか。私は魚が自ら青鷺に食べられに行くとこをイメージしてしまい、不思議な滑稽感を味わいました。

ソフトクリーム君はぱみゅ俺はちょみゅ   せいち
 「君はばみゅソフトクリーム俺はちょみゅ」でも面白いですね。声に出すだけで楽しい句。

はだかエプロンきとうからねもとまで   汽白
 「きとう」を使った俳句は、句会では出しにくいですよね。披講があるから、読み手が女性の場合、絶対に嫌われます。ですから、こういう場は貴重なのかもしれません。

安曇野は乳首の匂いして雪渓   山本拓也
 いいですね。乳首俳句。人間ならば男にも女にもある。乳首を持つ動物もたくさんいる。乳首=女=エロという手垢のついた発想を打破したいですよね。

アジサイがブラジャーに見えて困る   岡野直樹
 「ような」「ごとし」を使っていないところが素晴らしい。本当に困っているのか、本当は困っていないのか、この滑稽感はアジサイとブラジャーの取り合わせが新鮮だからだ。