「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2013年10月30日

小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 「雀食堂」の店主が廃業を決めました。店主は80歳。毎日出前のバイクを走らせていました。小さな小さな店の中。ステンレスの壁は鏡のようにピカピカ。まな板やフライパンや包丁は何十年も使い込んだ代物でした。店の横には店主が長年仲良しだった雀が今日も20羽ほど来ています。本サイトのブックレビューで紹介されていた「スズメ」(三上修著)を思わず買ってしまいました。何かによりかかりたい。今年の晩秋はそんな気分です。さて今回も多くの投句、ありがとうございました。

【十句選】

木の実降る夜やラジオからカンツォーネ   きのこ
 「木の実降る夜や」で切れる破調ですが、それが情熱的なカンツォーネを導き出していてステキです。

猪道や誰もが通うカフェがある   山本たくや
 「猪道」。同じ道を行ったり来たり。そこにあるカフェ。「注文の多い料理店」の世界です。「誰も」が人間なのか動物なのか、とまで考えてしまいます。

包丁は月の光の音たてて   遅足
 なんてキザな、そして、なんて綺麗な俳句なのでしょう。ハンサムな板前さんでしょうね、きっと。
 月光の音の句をひとつ。「月光の折れる音蓮の枯れる音」(坪内稔典)

帰る距離遠くなりけり野菊晴   今村征一
 楽しいことがあれば帰り道は近く感じるものです。この句は違います。野菊の咲く道はもっともっと歩いていたい。「距離」は少し説明的で硬い感じはしましたが「野菊晴」で採りました。

月光や湖底に龍の鱗かな   山上 博
 龍の鱗が光っていると言わなくても、読者は光る鱗を想像するでしょう。省略の利いた素敵な句です。湖底まで届くという月光の奥行も好印象です。

冬帽子被ればすぐに冬になる   滝男
 これぞ俳句!一般的には、冬になったので冬帽子を被るのですが、これはその逆。冬帽子を被ったら冬になっちゃった・・・・楽しい句。

秋の海モーゼの杖の流れつく   おがわまなぶ
 あり得る、誰もがそう思うでしょう。あり得ないことをあり得るように思わせる力のある句です。「秋の海」という季語が成功したのでしょう。

島巡り終えて船宿むかご飯   えんや
 端正な句。面白味がないなあと思いましたが再度見直し当選。海辺で「むかご飯」とはなんとも野趣に富んでいます。広い所(島巡り)から順々に小さくなり「むかご」まできました。

飽食の月があたしを見下ろして   あざみ
 不思議な句です。「あたし」という表記は「飽食の月」によく合っています。「あたし」がアンダーグラウンドにいるような。けだるい夜が個性的。

台風やアンパンマンの父死すと   豊田ささお
 「父」はアンパンマンの生みの親、やなせたかしさんのことでしょう。しかしアンパンマンの実際の父と見ても良いのです。台風とアンパンマン。なぜかあのマントがびゅんびゅんなびく様子が伝わります。

【その次の10句】

天高し神主ひとつ咳払い   ∞
 この句は最後まで十句に入れようか迷いました。とても抑制が効いていて「天」を突き抜けるような「神主」の咳払いや澄んだ空気が想像できます。

一枚の棚田の晩稲匂ひけり   山畑洋二
 日本の美しい風景です。晩稲の匂いが共感できる句です。

秋晴や組体操の立ち上がる   学
 この句も佳句です。組体操が立ち上がると最上部が空に届きそうで。

背伸びしてぐいと木通の蔓引きぬ   山渓
 映像を見るようによくわかる句です。「ぐい」に共感。

赤いくつ唱和し雀蛤に   孤愁
 「雀蛤に」は「雀海に入りて蛤となる」を縮めた季語で荒唐無稽なことを言います。歌を歌いながら雀は蛤になったのでしょうか。絶滅しそうな季語を使ってくださいました。

黒潮の果てはありけり秋の虹   戯心
 大きな句。黒潮の果ては「秋の虹」だった。「ありけり」という主観が残念。

露草や理科教室の顕微鏡   すずすみ
 この孤独な取り合わせに哀愁を感じてしまいました。作者の立ち位置が内か外かがわかれば。

さりげなく別れる旅人小六月   たか子
 そんなことあるよねえ、と言いたくなる句です。「小六月」は陰暦十月の異称。

黄落に商ひ広げボヘミアン   中 十七波
 気ままで孤独。がゆえにノスタルジーを感じさせる句。

説得をされてるかたちいぼむしり   羊一
 そう言われればそうかもしれません。「いぼむしり」は「カマキリ」の異称。

【良いと思った句】

球体のオブジェ座りて京の秋   石塚 涼
 ちょっと変わった京の秋。「オブジェの座る」ともうひとつ丸い「の」を加えればいっそう「球体」かも。

硝子戸に空より美しき雲の峰   まゆみ
 俳句では「美しき」と言わない方がいいのかも知れませんが、空より美しい雲っていいなあと。

コスモスの雫もたばね剪りにけり   太郎
 「雫も」が「雫を」なら十句に入ったかも。

鵙鳴くや駅前地図に現在地   伊藤五六歩
 新鮮な句です。あとちょっとスパイスを。

公園の朽ちし木椅子や黄落期   えんや
 とても光景のよくわかる句です。ただ、「朽ちし」と「黄落」が古びるという意味で近すぎたようです。

野毛といふ昭和酒場や秋灯   洋平
 前半は良かったのですが、「昭和酒場」に「秋灯」はちょっとつきすぎ、そして淋しすぎでは?

湿布貼りぽんと打つ妻秋の夜   隼人
 良い光景だと思いましたが、妻が夫に貼っているのか、妻が自分に貼っているのかがわかりませんでした。「ぽんと打つ」というのはとても良く。

秋の蚊に化学装置は残し置く   大川一馬
 面白い句になりそうです。化学装置がもう少し読者に想像できれば。

ぶらぶらと哲学してる烏瓜   紅緒
 烏瓜と哲学はぴったり。ただ、「烏瓜」の実なら「ぶらぶら」は当たり前だと言われそうです。

栗飯に今日の蒼空伝えおり   茂
 栗飯に語りかけるとはなんてユニークな。美味しそうに仕上がっています。

天高くシャープペンシル絶好調   岡野直樹
 シャープペンシルの軽いタッチはよくわかりますが「絶好調」とまで言われると引いてしまいます。「天高く」でじゅうぶん「絶好調」ですから。下五の検討をぜひ。

芋煮会ややはひたすら乳を飲む   邯鄲
 芋煮を食べたママの母乳を飲んでいるのだと思いました。芋煮味の母乳。この句も美味しそう。

後ろ前に帽子被りて栗拾ふ   とほる
 情景がよくわかります。おとなか子どもかが想像できればもっと共感できるかもしれません。

秋霖や空(から)段ボールが過ぎて行く   意思
 「秋霖」と「段ボールが過ぎて行く」でじゅうぶんペーソスは感じられます。「空(から)」であってもなかっても第三者にはわからないので「段ボールひとつ過ぎて行く」ではだめでしょうか。

【気になる句】

そのままでただそれだけの野菊かな
 野菊の自然な様子に好感をもたれているのがよくわかります。ただ、もう少し具体的な情景がほしいです。原石鼎の句に「頂上や殊に野菊の吹かれ居り」があります。

体育の日孫のハーフバースデー
 「ハーフバースデー」。現代の言葉ですね。生後6か月の赤ちゃんのBD。中が6文字なのが惜しいです。「孫」をやめて名前(実名でなくても)などどうでしょう。「体育の日タケルのハーフバースデー」とか。

老い母の秋ふくよかに割烹着
 この句について30分ほど考えています。老いた母のふくよかな割烹着っていいなあ、と。しっくりこないのはきっと「秋」の位置がまずいのでしょう。「老い」を入れなければ「さわやかにふくよかに母の割烹着」とかにできますが、それでは作者の意図が入らないし・・・・・

露しぐれ芭蕉に会ひぬ千鳥塚
 言いたいことはよくわかります。「露しぐれ」も芭蕉とぴったり。ただ三つに切れてしまったのが残念。

言い訳を秋の山よりかえしけり
 気分はよくわかりますが、「秋の山」は、「春の山」でも「冬の山」でもそれなりに句になります。これを「季語が動く」といいます。次は、どこかで切るということを試みてください。

いわし雲のび太を叱る火箱ひろ
 「火箱ひろ」という固有名詞が効いているかどうか。これが名前かどうかでまず人は立ち止まるでしょう。次に男性か女性かでも立ち止まり、どんな人かもわからず、となると理解する人は限られるかも。

エンディングノートをふっと暮れの秋
 秋とはそういうものですね。しかし、「晩年」と「晩秋」では揃いすぎてしまいました。

急がしや満月子規忌十三夜
 ほんとうにそうですね。しかし俳句は瞬間を切り取る文芸です。どれか一つについて述べてください。

ママチャリの後ろの籠に秋意かな
 「秋意」が惜しかったです!「秋の星」とか「秋の風」のようにもう一歩接写を。

毬栗に飛び跳ね戯れて仔猫かな
 愉快な光景ですが説明がていねい過ぎて作者の想像の範囲がなくなってしまいました。思い切って「飛び跳ねて遊ぶ仔猫も毬栗も」のように少しはウソを入れてみては。

真っ当に立っているのに毒茸
 毒茸が感謝しているような句。しかし、言いたいことは言わないほうがいいようです。これを情景として(想像でもいいので)表現したほうが説得力がありますよ。ぜひ挑戦を。


2013年10月23日

岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 大型台風が過ぎてムチャクチャになった小さな庭の片付けに半日かかった。ついでに萩を刈った。庭が広くなって台風後の空に茜雲と月が見えていい気持。
 それにしてもサッカー日本代表はまた負けた。攻撃にはっきりと欠陥があるが長くなるのでここでは言わない。それで十句選。

【十句選】

再開の胸痛夜長は美術館   意思
 心臓の持病があるのでしょうか。他にも胸痛の句がありました。「再開の胸痛夜長」までは言葉が畳み込まれて切迫感にリアリティーがあります。再開も夜長もほんとうに辛そうです。ところが結句に美術館とくるので驚きます。胸の痛みからまったく次元の違う場所に連れてこられて呆然とするのみです。夜、美術館へ行ったと読まず(だいたい開いてない)胸痛の秋の夜長の一切を引き受ける詩的喩の宝庫のように読みました。詰め込み過ぎという人もいるでしょう。

颱風の逸れぴたぴたと犬歩く   きのこ
 なんといってもぴたぴたというオノマトペ一発で決まりました。台風一過、濡れた舗装道路を歩く犬の姿勢まで見えるようです。犬を連れた散歩なのでしょうが犬だけに焦点があたり、一読すぐ憶えてしまいそうな句です。

公園の夜やひたすら木の実降る   きのこ
 私は実際に木の実が落ちてくる瞬間を見たことはありません。ああそうか!人知れず深夜、木の実は落ちていたのか。そのことに詩的納得をしました。 ひたすらという措辞が効果的で、植物の生命循環の健気さにまで思いは誘われます。

口笛の吸い込まれゆく秋の空   太郎
 澄みきった秋の空は青く深く高く、この句のように吸い込まれるような気がしてきます。青空に吸い込まれるというレトリックは韻文、散文を問わず、よくあると思いますが、吸い込まれるのが口笛であることがこの句の手柄。この句を読んだ後では、秋天の下実際に口笛を吹いてみたくなります。

台風の遅延の空をゆく鋼   山本たくや
 台風で遅延で空ですからこの鋼は飛行機である、と読みました。換喩(メトミニー)としてはぎりぎりのところ。空をゆく飛行機、要するにそれだけのことなのですが、なんとしても鋼という漢字の句中での突出感が強み。一瞬この鋼そのものが『2001年宇宙の旅』のモノリスのように中空を飛行する幻像を呼び寄せます。そこが私にとっての魅力。

猿山に体重計や豊の秋   隼人
 実際の景なのでしょうか。きっとそうなのですね、発見されたのでしょう、体重計を。すかさず句に取り込む運動神経=俳句神経のよさ。これは俳句になるな!という勘は大事ですね、いつも勘のスイッチをオンにしておかねば。(これができない)体重計は現代性や動物園という人工環境と動物のもろもろが想像されて雄弁です。疑問は季語「豊の秋」、あまりにも体重計の答になっていませんか?

虫の音や小さな嘘をうつくしく   遅足
 虚子の「手毬唄かなしきことをうつくしく」に句の姿がそっくり。選ぶのに迷いましたが、虚子句がいわゆる一物仕立なのに対して遅足句は取り合わせと読める、つまり句の構造が違うのでよしとしました。虚子句は手毬唄の定義ですが、遅足句、虫の音に嘘という観念は歴史的にもありません。ただ、小さな嘘をうつくしくというフレーズに虫の音が何かを働きかけているのは事実。
 うつくしければ小さな嘘も許容したいと私は思います。

まっすぐの茎みな淋し秋の暮   紅緒
 まっすぐの茎とは何だ?ということで具体性のないことを俳句の欠点として言挙げされることも多いかとも思います。ここでは逆にまっすぐの茎でグルーピングしてしまい、それらはみな淋しいのだと定義づけたその大胆さがおもしろい。淋し+秋の暮もあまりやらない、意図的大胆さと読みます。それにしてもまっすぐな茎のグループとは?芒、荻、刈萱、蘆・・・?

座布団を並べて眠る石榴の夜   あざみ
 並べて眠るのだから二人、座布団なので何か事情があるのでしょう、この前後のドラマが想像されます。その想像をさらに増幅させているのが石榴の夜という季語を含むフレーズ。石榴はその実の色、かたちから多義的なイメージに富んでいます。血の色?多産の象徴?ペルセフォネの神話から冥界と此岸の往復?ヘヴィーメタルな俳句です。

この本は秋刀魚の味のしてをりぬ   学
 季語が季語そのものでなく比喩としてつかわれています。それでも軽くあっさりとした詠みぶりで好感。庶民的で、旨くて、ほろ苦い、そんなところでしょうか、秋刀魚の味は。多分意図されていると思うのですが、小津の遺作『秋刀魚の味』をどうしても思ってしまいます。あの映画のあんな雰囲気の本なのでしょうか。

【予選句】

織田作の愛せし坂や秋茜   B生
空高し青空文庫休店中   B生
 あの青空文庫のサイトが休止していたのでしょうか?新聞の訃報で知ったのですが創始者富田倫生氏が八月に亡くなられたのですね。電子書籍のパイオニアの志は秋天の如く高く曇りのないものでした。

秋時雨遠くクレーン首を振る   きのこ
 音引き「ー」も一音と数えれば音数は合っているのですが、どうもリズムが悪い。クレーンの後に助詞一音をいれたらどうでしょうか。

後ろから付いて来る風金木犀   まゆみ
山路来て此処のみ日矢の野菊かな   太郎
ふるさとは祭の頃やいわし雲   洋平
流鏑馬も修し鎌倉秋日濃し   洋平
ヘッドフォンを外しました金木犀   ロミ
 宿聴覚と嗅覚の入れ替わりをとらえて着目はおもしろい。音律が散文的過ぎ。

千枚の棚田の縁や曼珠沙華   山渓
田仕舞の藁焼く煙まつすぐに   山渓
冬瓜の畑にごろり南州忌   隼人
ひらかなの風の生まれるすすきばら   せいち
本棚に少し空きある愁思かな   せいち
 愁思は秋思の誤変換と思うが。秋思のあり場所としてはおもしろい。

ZIPPOを鳴らし三界藪のいり   路
 ZIPPOの句中での働きがわからないが気になる。

卒塔婆の数の多さやいわし雲   茂
列車ごと沈む黄昏芒原   今村征一
愛されずしてペテン師となる月夜かな   秋山三人水
赤のままいい人になる嘘をつく   おがわまなぶ
大いなる白川静星月夜   啓
 厖大な星と漢字の数。本当に白川静、大いなるですね。

それぞれの秋それぞれの棚田かな   とほる
秋祭り布団の中で聞く太鼓   豊田ささお
きりぎりす蒔絵の中に止まりおり   利恵

【ひと言】

堂倒し(どうとおし)議事堂倒る秋日和
 どうとおし=イエシロアリと注がありました。堂倒のリフレインに拘られたのでしょうが、議事堂を倒したことでこの句のイロニーが安っぽくなってしまった。惜しい。

ルンバに似た台風縦断いたします
 アイロボット社の「ルンバ」らしいのですが踊り=音楽のルンバでも意味が通ってしまう。「似た」が決定的にまずい。

狭霧消ゆす〜と銀幕ヒッチコック
 あった。ヒチコック劇場。銀幕は邪魔、この場合要らない。


2013年10月16日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 テレビで夫婦善哉を見たら、どうしても法善寺横町が見たくなって大阪に行ってしまいました。ちょうど夕暮れ。町の風情も、頭から水かけてお不動さまに手を合わせる人も、まるでドラマを見てるよう。そう言えば、いくたまさんにオダサクのブロンズ像ができるんだとか。
 上本町の日本一長いノレンの居酒屋で一杯ひっかけて、外にでたら広告ボードに色っぽい壇蜜のお姿が。確か、梅仁丹の広告でした。
 おまっとうさん、おおきに、まいど。大阪はいいなあ。

【十句選】

奈良漬でぽっとなります虫の夜   石塚 涼
 酒に弱い女性なのかな。「ぽっとなる」が、顔が赤くなるだけでなく、心も温かくなる事を表現した適切なオノマトペ。虫が鳴いている夜という状況設定もいいですね。素直な口語の表現も、内容にふさわしいと思いました。

月光の重さにかしぐキネマ館   伊藤五六歩
 キネマという言葉がすでに大正〜昭和を感じさせます。月光の重さ、かしぐ、どれも選び抜いて入れ替えの効かない言葉から生まれた、古い写真のような句です。わたしはゴッホのオーヴェールの教会を思い浮かべました。

借金があると断る十三夜   せいち
 一読、パッと目にとまり気になる句ですよね、きっと誰でも。ただ考えてみても、どういう情景なのか、俄には分からない。それは「断る」が「拒絶する、辞退する」とも「あらかじめ知らせておいて了解を得る」とも採れるからでしょう。でも、読み手が各自ストーリーを考える楽しさを与えてくれ、どれも正解!。十三夜は、いわゆる後の月。これも妙な効果をあげていて動かない。

蝶渡る風乗りかえて乗りかえて   遅足
 なんでも蝶は、とんでもない距離を旅するのだとテレビで知りました。それを可能にさせたのはが「風乗りかえて乗りかえて」なんでしょう。このリフレインが、事実に説得力を持たせているだけでなく、美しい詩を生み出しています。なお「蝶渡る」はとても珍しい季語だと思います。「鳥渡る」の傍題と理解しました。

砂の上砂がふわっと秋の浜   紅緒
 ひとつ上の蝶の句もそうでしたが、この句もリフレインの句。ただし、同じフレーズを2度くり返すのではなく、「砂の上砂がふわっと」となっています。この「ふわっと」のオノマトペが、砂を2度くり返すことでいかにも「ふわっと」した感じを出しています。

ガリ刷りといふは青春小鳥来る   幸代
 これはある世代以上でないと理解できない句ですネ(笑)。まだコピー機がない頃は、鉄のペンでガリガリとカーボン紙に字や絵を書いて原板をつくり、版画のような作業で印刷したものです。わたしも学級新聞などを作った記憶があります。カーボン紙が破けたり、皺になったりと大変で、まさに青春の一コマ。小鳥来るも良いと思います。

歌を生む雲、空、水の京の秋   茂
 俳句と詩の接点を模索して生まれた句。なにげなく出来ていますが、575のリズムをキープしているので、そうとう苦労されたのではないですか。「雲空水」に句点があって「雲、空、水」。オリジナリティは貴重です。

ひがんばな哀しいときは白く咲く   羊一
 ドッキとする句。赤の中にぽつんとある白い彼岸花。その理由説明に納得が行きました。「赤く咲くのは けしの花白く咲くのは 百合の花どう咲きゃいいのさ この私」。藤圭子の歌が聞こえてきそう。

十五夜のつぎはあなたの笑顔です   羊一
 十五夜のまんまる月。月はだんだんやせて行くけど、あなたの笑顔はいつもわたしを明るい気持ちにさせてくれますヨ、という句。この句は文語ではできない。口語の良さを味わいました。

名前こそ最短詩なれ曼珠沙華   小林飄
 最近は、きらきらネームに押されて、一文字の名前が減っています。が、一文字であれ、3文字であれ、名前に込められた思いは共通するものがある。「名前こそ最短詩」の発見がいい。「なり」の終止形ではなく、「なれ」と含みを持たせたのも効果的。

【次点十句】

お誘いにのってみようか櫨紅葉   石塚 涼
 お誘いにのってみようか、がいろいろ想像できて楽しい句。紅葉の赤も加わって明るい句になっています。ただの紅葉ではなく櫨紅葉とされたのも、ちょっとしたアクセントになっていると感じました。

干柿や音符のように吊るされて   いつせつ
 干柿が音符のようだという発見が愉快。何本も吊されていると、柿の高さが不均等なので、そうも見えなくもないでしょう。

宿場町歩めば日矢に曼珠沙華   夢幻
 宿場町に日矢が射していて、そこに曼珠沙華が咲いている。宿場町の舞台、歩む旅人、そして日矢と、お膳立てがよく出来た句です。

天高し笑って終る遺産分け   せいち
 遺産分けに「笑って終わる」という形容詞がつくのが、今時珍しくハッピー。おまけに季語が「天高し」と、普通の逆を行っている。お手本にしたい遺産分けです。

天高し面接終えし幼児かな   吉井流水
 読み下して行って、下5でオヤッと思わす愉快な句。まあ、ご本人や親御さんには愉快どころではないでしょうけど。

落し水村を出るとき寂しかろ   春生
 発想法のひとつに、もし自分がその人や、そのモノだったらどうかという方法があった(ような)記憶があります。落し水の気持ちになって作った句で、オリジナリティがある。

無精ひげのごとき木賊を刈り倒す   春生
 見立ての句。木賊を無精ひげに見立てのが面白い。実際にそう見えるかどうかはわからないが、イメージでは十分に共感できる。

残業という言葉も無くて鰯雲   岡野直樹
 季語ひとつで、いろいろ変わる句。たとえば「天高し」だったら、ハッピーな句。この季語はリタイアしてホッとした感じ。それでいて、残業が遠くなった寂しい気持ちも伝わってきます。言葉という言葉、の選択もヨカッタ。

悲の棘が刺さったままでこの月夜   秋山三人水
 悲の棘、という表現も含め、とても文学的な言い回しだと思いました。レトリックがきつくて、ちょっと上から目線のようなものも感じました。

明け方の夢はおんなじ桃を剥く   秋山三人水
 明け方に桃を剥く夢を見るとは、ブキミな句です。この句の弱点でも、面白みでもあるのが「おんなじ」。何と同じなのかが分からない。いつもと同じ夢なのか、いつもと同じ桃なのかで映像が違う。「おんなじ」の口語にしまりがなく、「おなじ」の方が良さそう。語順を変えてみると、もっと良い句になる、きっと。

【選べなかったが、気になった句】

秋声や鮨は抓んで食べるもの   石塚 涼

秋夕日サル山の猿東向き   隼人

石あれば石になりたや秋の暮   学

ゲリラ豪雨ノアの方舟転覆す   孤愁

ヨーグルト九月の空は続いて行く   鸚儘

投げやりな箒目も浮き秋日差し   滝男

夕焼けに水掛け願う法善寺   あざみ

鳥渡る尻ポケットに競輪紙   おがわまなぶ

虎杖の花や蝦夷(エミシ)の空の晴れ   たか子

看護師のやさし言の葉秋桜   さくら

この電車は鱗雲へは行きません   岡野直樹

内猫に外猫仕掛ける秋の陣   豊田ささお



以上


2013年10月9日

朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 皆様、こんにちは!
 秋満載の句を、たくさんありがとうございました。とっても豊かでおおらかな気持ちにさせてもらう句の数々でした。中には、少ししんみりしてみたりと、楽しい選でした。
 秋晴れには生ビール!いえ秋晴れにも生ビール!素敵な秋を。

【十句選】

夢を見て凭れて居りし熟し柿   夢幻
 「凭れて」いるのは、夢をみている「私」か「柿」か。それとも、「夢」をみているのも「柿」なのか……。どの連想も面白く、大胆で、熟しならではの柿が生きています。熟しでなければ、その面白さはでません。また、角川春樹は、柿を
 <掌にのせて宝珠のごとき富有柿>
 と詠んでいます。こちらは、見栄えの美しさを大胆に詠んだ句。掲句は、熟し柿の熟し切っている柿の内部を詠みきっていると感じました。
 私も、それに触発され、「果物の内部、内面」を詠みたくなりました。<半分のバナナや恋の終着日  晴美>お粗末さまです。

高層に衿のあたりの残暑かな   石塚 涼
 掲句、大気圏の高層、もしくは高層ビル(建築)に、首回りの暑さを感じる、という読みをいたしました。飯田蛇笏は、
 <口紅の玉虫色に残暑かな>
 と、口紅の色に、残暑を感じるといます。蛇笏は、異性の唇に注目し、掲句は、「高層(ビル)」。どちらも残暑の軽いうっとうしさと、調和しているでしょう。それは、ただの口紅の色ではなく、「玉虫色」。そして、「衿もと」の残暑。一工夫も二工夫もある両句です。

高齢者を同僚として天高し   にこにこ
 私は、とても明るく、「いいなあ、こんな風に感じられるって!」と感激しました。優遇されても冷遇されても、ニュースの話題になりがちな高齢者。この、人としてのおおらさも感じさせる掲句。お見事です。上五が字余りですが、許容です。(あえて、「を」を取ってしまわない方が良いでしょう。)また、季語が、これ以上ないくらいのはまり役ならぬ、「はまり季語」です。また、
 <天高く人間といふ落し物  上甲平谷>
 という句。こちらも、秋天の高さと、「人」と詠んでいます。どちらも、秋空にこんな心持ちで生きていきたいと思わせる、力ある句です。

望の月川面に魂置くように   まゆみ
 <厨子の前望のひかりの来てゐたり  水原秋櫻子>
 どちらも、満月の煌々とした月明かりを詠んでいます。そして、どちらも「月光」が主役です。それほどに、月の光には強い力があるのでしょう。月にうさぎが住む、というのはメルヘンですが、月の女神はダイアナですし、仙人が住むとも…。また、月明かりを集めての呪術など、古今東西、月には多くの話があります。
 月は、惑星ではなく、地球の衛星。月そのものでは光ることができません。それゆえの、独特の魅力があるのではないでしょうか。満ち欠けもそうですが、あの月光そのものに説明のできない力があるのです。その、特有の力を、擬人化によって、十二分に表現されています。

学校の太き蛇口や秋の空   紅緒
 掲句は学校の太い蛇口。下記は、大きなガラス窓。こちらも、きっと、学校でしょう。
 <大玻璃戸拭き秋天を拭いてをり  上野泰>
 秋空そのものを詠まず、そこに何を取り合わせるか、それによって、季語が、もともと持っている力以上の季語らしさを出した好例です。それに、なんといっても、気分がよろしい!大変よろしいのです。

恋人を借りて走つて秋高し   今村征一
 今回の選は、偶然にも「秋空(秋天、秋高)」を、多く選んでおります。ここのところ、実に気持ちの良い秋の空、ということもあるでしょうが、なんといっても投句の方々の、秋の気分を感じる力に感服しているのです。
 掲句、「恋人を借りる」というユーモア。「借りて走って」というリフレインの効果。どちらも、秋空の高さを、最高の高さまでひきあげています。下記は、
 <鼻すこし天向く少女秋高し  細川加賀>
 少女の気持ちの高ぶりや昂揚感といったものが、秋の一風景として実に身近に肌感覚で伝えています。やはり、秋は素晴らしい!私の誕生日の季節であることは、余談ですね。

ピッコロの吹きかたはこう濁り酒   ロミ
 言うならば、「新酒」の方が季語らしいのではありますが、「濁り酒」も秋の季語として定着しています。それに、ピッコロと合わせるならば、清酒よりも「濁り酒」の方が、パンチがきいているのでは。また、「吹きかたはこう」と、指導、もしくはやってみせているわけですから。「こう」には、少しだけ、強いニュアンスが感じられますし。
 加藤楸邨は、新酒を、少し遠ざけた句に仕上げています。作者から距離をとることによって、対象が生きてくる例だと思います。突き放されたり、内包されたり、季語の使い方は無限です。
 <人が酔ふ新酒に遠くゐたりけり  加藤楸邨>

談笑のフォークをくるり天高し   茂
 「談笑」「フォーク」「くるり」、三段跳びのような楽しさがあります。「天高し」の前、中七で軽く切れているのも成功です。
 また、「談笑」「くるり」、何でもない言葉のようで、吟味されていると感じました。フォークではなく、梯子の句もとても愉快です。
 <高き天植木屋梯子置いて去る  松本旭>

実むらさき遺族となりて十年の   たか子
 紫式部という植物のもつムードが、句意を伝える力になっています。単純な考えかもしれませんが、女性ならではの「実むらさき」と感じます。池田澄子さんに
 <天気地気こぼれそめたる実むらさき>
 とあるように、両句とも良い意味で、女性性を感じます。色や艶ではなく、「女の生」でしょうか。もちろん、私よりずっと若い世代の方たちに、それが伝わるかどうかはわからなにのですが。

多忙につき蜻蛉をやり過ごす   羊一
 とても、面白い発想と愉快な表現で、迷わずいただきました。実際に、ありそうですもの。「あっ萩、咲き初めだ!でも、急いでいるから、今度ゆっくり」という行動は、先日の私。近所のお寺にて。でも、汀女には、そんなあわただしさは無縁だったのかしら。
 <とゞまればあたりにふゆる蜻蛉かな  中村汀女>
 いえいえ、きっと、私の時間の使い方が下手なんですね。それに、心の余裕の持ち方が違うのでしょう…。しかしながら、掲句は、この言い切りの潔さが清々しい!字足らず、破調も、なんだか、愉快さに拍車をかけている気がいたしました。

【次点】

研ぎたての鋏シャキシャキ涼新た   きのこ

星の座と呼応してをり虫時雨   まゆみ

天高しハムのはみ出すハムサンド   せいち

週末の路上の西日テッシュ出され   学

飛行機を待つ間の足湯ちちろ鳴く   隼人

秋袷縞模様です母と猫   紅緒

ライオンの檻の中なるちちろかな   邯鄲

天の川解剖室のスケルトン   邯鄲

少年の蹴飛ばしている秋の暮   ∞

旅人もばった一匹も新幹線   京子

夕月を待ってる母の認知症   秋山三人水

鰯雲世界征服まだ成らず   岡野直樹

少年は次の駅まで鰯雲   あざみ

【予選通過句】

行きゆきて帰りなんいざ曼珠沙華   夢幻

秋澄みてびっしり埋まる予定表   いつせつ

秋風に空耳かしらブラームス   石塚 涼

食卓に紅い茸と母子手帳   伊藤五六歩

デューラーへ秋の電話は話し中   伊藤五六歩

秋天やきりんの首の数へ方   伊藤五六歩

ブログにもポイントが付き秋うらら   洋平

書肆の灯や秋の新刊高々と   太郎

群青のオゾンの香る秋の海   山畑洋二

秋風と巡る小さき回顧展   伍詞堂

秋が来ている一脚の椅子がある   B生

銀色にカノジョは濡れる野分過ぎ   山本たくや

ひとときは芋虫だつたかもしれぬ   二百年

犬の腹ひったりつける地の冷気   啓

鳥帰るまた来年は福島に   まゆみ

若輩にして陽気なり虫の声   智弘

秋潮にブイの漂ふ岩間かな   えんや

むかご飯かわいいだけじゃございません   紅緒

ものまねがうまい子もゐる小鳥来る   紅緒

亡きパパは月光仮面秋彼岸   古田硯幸

新涼や隣のワンちゃん自転車で   ロミ

秋の蝶施設の母のグーチョキパー   凡鑽

紫の座布団深く菊の酒   茂

秋晴れやたまには夫の前あるく   茂

秋暁のトラック便のステッカー   茂

妻と酌む台風過のワインかな   邯鄲

芒の穂受け手乱れて風に舞ふ   勇平

一言に続く一言暮の秋   浮游子

片方の耳に提げたる良夜かな   浮游子

どんぐりや手許不如意と抗弁す   秋山三人水

さて手品さて地面から曼珠沙華   岡野直樹

打ち上げる四三二一曼珠沙華   岡野直樹

鮭上るグーグルマップ番地なく   おがわまなぶ

揚々とジンタの優し獺祭忌   たか子

美しき文字実に秘め銀杏匂ふかな   草子

象に乗り象の耳より秋の風   ヤチヨ

猫じゃらし一年生を手招きし   とほる

彼の人にふうせんかずらの種贈る   スカーレット

家系図を惹起させたる梨を食ぶ   意思


2013年10月2日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 極端気象の台風が過ぎ、見事な仲秋の名月、そして彼岸を過ぎて、秋めいた気配となってきました。秋の夜長はしっとりと情感ゆたかな季語が多く、いい句がたくさんできそうな反面、ややもすると季語の力に引っ張られたような句になってしまいがちです。
 今回は、「あとちょっと直せばおもしろいのに」という句が多かった。
 このあたりのバランスは難しくて、「ドクター」だからといっても絶対の自信があるわけではないのですが、参考にしながら続けていただきたいと思います。

【十句選】

秋めくやlight touchなひとが好き   石塚 涼
 あえてのアルファベット表記、徹底した「軽み」志向がおしゃれです。

箱眼鏡アトランティスの都市国家   孤愁
 発想の飛躍がおもしろいのですが、「都市国家」という言葉がアトランティスに合うかどうか、少し迷います。

蟹の産む月夜になりぬ海の道   学
 蟹の産む月夜! おそらく蟹の出産なのでしょうが、月夜の空間自体を蟹が産みだしているような感じで、とても魅力的なフレーズでした。「海の道」は、どこを指しているのかすこしわかりにくい。

青空の苦瓜だってさみしいの   鸚儘
 これはおもしろい。健康的だけど、秋空が見事すぎて、かえってさみしくなるような。

燕帰る地球儀ぐるり回しみる   邯鄲
 「燕帰る」の六音、「回しみる」のまどろっこしさが難。「地球儀をぐるりと回す秋燕」でいかがでしょうか。

花かんなカスタネットに弱いのよ   紅緒
 カ音の連続と、かんなの強い色彩がよく響いています。フラメンコ好き?

天高くベトナムへ行く観覧車   岡野直樹
 読解が難しいですが、観覧車が輸送されるところ? 観覧車が回りながらそのまま天へ昇るような気配もあります。

きみがいるゆっくり月がしずんでゆく   汽白
 夏目漱石が"I love you."を「月がきれいですね」と訳した、という話を思い出すような、すてきな景。

満月や七のカードを持つ男   おがわまなぶ
 何のゲームでしょうか、怪しげで魅力的な「男」です。

どんぐりの帽子かぶる子かぶらぬ子   スカーレット
 この句、どんぐりの見立てなら安易。「どんぐりや」と切ったほうが、子どもたちの動きが見えておもしろくなると思います。

【選外佳作】

秋蝶の小さく黄色くさ迷えり   まゆみ
 黄色くさ迷うという表現、こなれてはいませんが独特で面白い。

鰯雲誰にも言はぬこと流す   きのこ
 「鰯雲人に告ぐべきことならず 加藤楸邨」という名句がありますね。

秋茄子の紫紺の色の太りけり   吉井流水
存へて秋の金魚となりにけり   えんや
 どちらも「紫紺」「存へて」の表現が効いていますが、季語の説明になってしまっています。

敬老のお互い様や茶をすする   滝男
 お互い様、まではユーモアがあるのですが、「茶をすする」ではあまりに老人くさい。

袈裟懸けに飛行機雲や秋の空   夢幻
 秋空に飛行機雲はつきすぎですが、「袈裟懸け」の一言が効いていますね。

水切りや真似て川原にバッタ跳ぶ   山上 博
 「や」の切れ字が働いていません。散文的ですが「水切りを」のほうが見立てのおもしろさがわかりやすく出ます。

終わりまで無言の姿態夜の桃   秋山三人水
 「姿態」という表現がこなれない。うまく使えない言葉を無理に使う必要は無いのです。

 以下の句、やや説明的ですが句から句の内容、表現から作者が見えてきそうで印象に残った句。

湖風にこぼす音せり木の実かな   太郎

月明かりポンといわせて長麩わる   阪野基道

蟷螂や美濃一国の国主たる   遅足

夜業して母の介護に戻りけり   隼人

情熱の余生となりぬ天高し   和久平

秋の雲キリンの顔が下りて来る   せいち

アイヌ語の橋の白さよ月今宵   たか子

ラムネ呑むラムネのやうな喉をして   羊一




2013年9月25日

南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 久しぶりに斑鳩の里、法隆寺を訪ねてみた。JR法隆寺駅で降り、徒歩で20分。最短時間だけれど国道沿いでは味気ない。横道にそれて稲穂の実る畔道を。足元の草むらからバッタが飛び出て、カエルがぴょんと跳ねて、ピンク色の泡粒状のはタニシの卵。こんもりとした緑が前方に見えて、5世紀前半に造られたという斑鳩大塚古墳で一休み。秋だなあ、とつぶやいて、法隆寺の近く、並松商店街の「田村みたらし」でみたらし団子を買い食いして、隣のお肉屋さんでコロッケも。法隆寺門前のお店でソフトクリーム。そしていよいよ法隆寺へ。ここまで1時間50分を費やして、家内は外反母趾が傷みだし、ボクは腰が痛くなり、早々に門前からバスに乗ってJR法隆寺駅へ帰りついた、、、、、とさ。では、腰をさすりながらの10句選評をどうぞ。

【十句選】

新涼や腕を組んでもいいかしら   石塚 涼
 今どき奥ゆかしいというより、屈託のない健康的な女性を思い浮かべたのは「秋涼」のおかげ。心身で感じ取った秋の涼しさが彼女にこのような台詞を言わせたのだろう。

秋暑し喪中はがきの売り出せり   洋平
 あまり役立てたくない物のひとつが喪中はがき。それが売られているのではなく、売り出されている、つまり目立つ状態であることへの違和感。気持ちに引っ掛かりを残す光景が「秋暑し」と上手く響いている。

秋霖やシュークリームと向き合って   ロミ
 なぜ取ったかと言えば、その発想がどちらから繋がったのか分からないけれど、「秋霖」と「シュークリーム」を配したところ。言葉遊びとまでも言えないけれど、一つの傑作ではある。

大学の百葉箱や小鳥来る   えんや
 小学生のころ百葉箱を開けて何やらメモを取っている同級生がいてその子がやけに賢く見えた。ま、それはそれとして、設置条件はいろいろ決めごとがあるとのことだが、百葉箱っていまでも現役なのかな。まさかほったらかしということはないだろうけれど。この句の百葉箱は白衣を着た研究生か誰かが定期的に覗きに来ているのだろう。小鳥も渡ってきたりして。キャンパスの秋って感じ。

君が出す声が好きだよ木の子のよう   Kumi
 「木の子」って木の妖精のこと?、、、、でもなあ、、、、、ということで、ルール違反を承知で「茸」とした。で、「君」の声が好きで、それは「茸」のような声だと云う。どのような声なのだろう。お伽話のようで、ああ、小さな声だけれど、はきはきとした、そして性別を超えた不思議なトーンなのだろうか。いずれにしても、そんな「君」とその「声」に惹きつけられた。

撮り置きは今でしょ遺影涼新た   孤愁
 出来上がった写真を冗談半分で「遺影にしようか」と言うことはある。しかし、遺影にするために写真を撮る、というのはどうなんだろう。よほど先進的な人なら別だが、普通は縁起でもないということになるだろう。ということで、この句では前者の気配。暑過ぎた夏から秋へ。表情も軽やかになり、その人らしい写真が撮れたのだろう。流行りの「今でしょ」を交えて屈托のない様子がうかがえる。

花王石鹸ひと箱開けて夜の秋   秋山三人水
 香りはその人の記憶と密接に繋がっている、、、、、、ということを聞いたことがある。この句では花王石鹸だが、ボクなら牛乳石鹸の香りは銭湯の思い出であり、家族の思い出でもある。使っているうちに香りも薄らいで、新しいのを「ひと箱」開けた時は幸せの香りがした。夏の終わり、どことなく感じとれる涼しさに家族が一日の汗を流す。いいなあ。

赤とんぼ百匹止まれ丹波竜   岡野直樹
 なぜ丹波竜に赤とんぼ百匹なのか、、、、、、う〜ん、う〜んと考えた。考えると必ず的が外れるか深読みになる。で、以下がそれ。例えば傷ついた万物。亡くなった万物。残った人はそれらを悼むために自身の心のあり様を形にする。この句の場合は滅び去って化石として発見された「丹波竜」を悼むのに百匹の赤とんぼを止まらせたい、という。百匹はあらん限りの赤とんぼということ。郷愁を誘う赤とんぼと取り合わせて、日本で発見された(身近な)丹波竜へのオマージュ。

新涼の明滅長き工事灯   たか子
 夕暮れなのか深夜なのか。数人なのか一人なのか。いずれにしても工事場の明滅灯に気を取られているのはその間まわりの時間とは無関係の状態にあるのだろう。物想い、思案、空白、そんな心理状態にあるのかも。湿度の高い夏場ではなく、いくらか澄んだ秋の夜の明かり。明滅ならことに心に沁み入りやすいだろう。

階段の大きな段差鰯雲   智弘
 階段を登る。なんでもない状況だけれど、そこに大きな段差がある。ああ、と思いながら足を止める。そしてこの時は空の彼方へ流れ込むような鰯雲に見入ったのだ。そして、また階段を登り始める。日常生活からちょっと逸れた時間を上手く表現している。

【予選句】

萩寺の萩に風訪ふ人の訪ふ   山畑洋二

石ころを片手で握り残暑です   ロミ

はたはたの飛んで海まで届かざる   えんや

濁り酒飲んで亡父の顔となる   えんや

敬老の一日の為の歌詞を見る   滝男

黒胡麻をずりずり摺って野分なり   学

夕顔の閉じそうに咲き勝手口   夢幻

暗闇に潜める桃の匂ひかな   夢幻

月影に一つとなりぬ秋薊   夢幻

ロブ揚げて天を一段高くせり   大川一馬

一振りしチノパンを干す野分跡   せいち

涙から生まれし神や吾亦紅   遅足

秋刀魚食ふいきなり高き波の音   春生

秋暑しちょんまげ伸びる鬼瓦   岡野直樹

秋霧や野太き声の支配人   茂

陳さんのコック帽より山椒の実   ヤチヨ

思ひては学ばぬ漢とろろ汁   伍詞堂

秋の日の無色のままの指定席   浮游子

この坂を一緒に下る秋思   浮游子

秋の海コロッケばかり買う男   あざみ




2013年9月18日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暑さもやわらぎ、秋らしくなってきましたね。
 先日、ふと通りかかると、一棟向こうの団地の斜面に、点々と白百合が咲いているのを発見しました。一茎一花なのですが、花期からして、種で殖える高砂百合ではないかと思います。いろいろ検索してみますと、高砂百合の種から花が咲くまでは、2年がかり(21箇月)ということも分かりました。
 私たちの団地では、夏と冬の年二回、草刈りと大掃除があります。住民総出の草刈りにもかかわらず、去年も今年も、百合が刈り取られなかったことは不思議です。こんなにたくさん、偶然でしょうか?
 ともあれ、白百合の咲く木洩れ日の斜面は、目にも涼しく、気に入っています。
 さて、今回は209句の中から。秀句が多く、取りきれないほどでした。ありがとうございました。

【十句選】

秋天下梯子を掛ける用がある   滝男
 秋天下という読み出しの大きさが魅力的な句です。屋根の修理でしょうか、柿の実の収穫でしょうか、梯子をかける用は秋晴れの日にこそやりたい仕事ですね。梯子をかける用のある暮らしそのものを、羨ましく感じました。

色鳥や二人並んで絵本読む   春生
 兄弟か仲良しの友だち同士が、並んで絵本を読んでいます。庭先に小鳥のやってくる、おだやかな秋の日の一コマです。色鳥は、秋の小鳥一般をいいますが、小鳥の動きや囀りが、幼い子どもたちと自然に取り合わされていると思います。また、色鳥の「色」は絵本と響き合って、カラフルな童話の世界を感じました。

補聴器に鐘の音とほく原爆忌   えんや
 補聴器をつけて、平和の鐘の音を聞きとろうとする作者には、戦争の記憶が消えることなくあるのでしょう。けれども、「とほく」の惜辞から、補聴器に聞こえてくる鐘の音が、いかにもかすかであることが分かります。むしろ、戦後何年経っても聞こえてくるのは、作者の心の幻の鐘の音なのではないかと思いました。

思い草近づきゆけばかくれけり   夢幻
 思い草は、ナンバンギセルの古名。リンドウ、ツユクサ、オミナエシなどの古名でもあるようですが、ススキの根元に寄生し、見つけにくい花でもあるので、ナンバンギセルだと思いました。思い草という名を生かし、愛らしい少女を彷彿とさせる美しい作品世界だと思います。

青空の澄み行く力通草割る   学
 日ごとに澄んでいく秋の空に「澄み行く力」を見いだされたのが発見です。そしてその「澄み行く力」は、とうとう今日、アケビを割ってしまいました。さて、次にどんなことをしてくれるのか、力持ちの秋の深まりが楽しみになる句です。

子供らと分かれ高きに登りけり   二百年
 「高きに登る」「登高」は、重陽の日に丘に登る中国の古俗から来ているようですが、作者は、子どもたちとの集まりの後、近くの山に登られたのだと思います。現世の仕事に忙しい子どもたちと別れ、一人山に登るのは、仙人にでもなった気分ではないでしょうか。

無花果や町に一軒鉄工所   茂
 昔はどこの家の庭にもあったイチジクも、最近は見かけなくなりました。果物としての人気も衰えているのか、イチジクを食べたことのない子どもも増えています。そんなイチジクの木の側に、たった一軒、鉄工所が残っていたのでしょう。無花果と鉄工所は、どちらも昭和の雰囲気の、良い取り合わせだと思います。(原句…無果実や町に一軒鉄工所)

夜業して母の介護に戻りけり   隼人
 夜の勤務につき、帰宅してすぐ、母の介護にとりかかった、と言うのです。「夜業」が秋の季語であることと、「戻りけり」でいただきました。母の介護が毎日の作者の生活そのものになって、いつしか秋を迎えられたのでしょう。何の感慨も漏らすことなく、「戻りけり」と詠む胆力に敬服しました。

竃虫恋は戸外で遇うものを   草子
 竃虫は、カマドムシ、カマドウマのことでしょう。イタリア語で「〜と一緒に外出する」uscire con〜 と、いえば、「〜と付き合っている」と、いう意味になります。恋は戸外で、という認識は万国共通なのかもしれません。翅もなく鳴くこともしないカマドウマですが、恋はしているのでしょうか。出会いもデートも、うす暗い台所の土間、という境遇を、哀れに思う心情に共感しました。

寒蝉やふるさとのバス降りてより   とほる
 めっきり秋らしくなってきたのに、帰省してバスを降りるとすぐ、蝉の声が聞こえてきました。寒蝉は秋の蝉。法師蝉や蜩ではないでしょうか。緑豊かな辺りの様子が目に浮かびます。蝉の声に迎えられ、故郷を感じながら、家路を辿ったのですね。

【その他の佳句】

けんけんぱーして登校日いわし雲   きのこ

鰯雲おぼえて帰る島の歌   えんや

秋潮や島まで歩む橋長し   山畑洋二

蟷螂の眼やわれの縮みゆく   遅足

斜交いに包丁を研ぐ黍嵐   せいち

秋の夜の爬虫類みな星座の子   阪野基道

猫じゃらし賢治はふつとゐなくなる   学

蚯蚓鳴く昼はなんにも無いところ   二百年

桃剥くや恋にゆとりの無き人に   たか子

不意に来てまなこ逸らさぬ鴉の子   たか子

風船の一つで楽し地蔵盆   岡野直樹

涼新た行ってきますと隣の子   岡野直樹

未完の句色無き風に置いたまま   草子

野仏の弾痕薄れ敗戦忌   戯心




2013年9月11日

小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 小学生が夏休みの実験をしていました。題は「浮く野菜とくだもの・沈む野菜とくだもの」。何十種類の野菜とくだものを水の中に置きます。なんとほとんどの野菜とくだものは浮くのです。地中に生るものは沈むものが多いとか。その子は余白に書いていました。「スイカは浮くのにスイカの種は沈みました」。今回も多くの俳句ありがとうございました。

【十句選】

ひまはりや中庭のある小学校   羊一
 何てシンプルな句なのでしょう。夏休み、子どもたちのいない学校にひまわりが咲き、ああここは中庭なのだと意識する。いつもは校舎に囲まれた空間でしかない「中庭」が主役になりました。

コスモスやリフト静かに行き違ふ   太郎
 コスモスの咲く上をリフトが行き違う。声もなく音もなく、無人なのか人がいるのか。コスモスのひんやりした感じとリフトの微かな金属音がリフトの交差する一点にしぼられて接写されています。

八月尽外科医のごとく手を洗ふ   洋平
 〜のごとくという句はあまり選ばれませんが、これは成功していると思いました。外科医の繊細かつ大胆な手の洗い方が想像でき、いかにも猛暑をきりっと捨て去るシリアスな感じが共感できます。

地面買ひ秋天も買ふ事になり   滝男
 秋天というどでかい買い物。もしかしたら他に類想はあるかもしれませんが、「事になり」というすっとぼけた言い方に惹かれました。

打ち水す脳細胞の空域へ   孤愁
 シュールな句ですね。いかにも頭が冴えわたるような句。「空域」とはまたオーバーな。人が予想もしない言葉の斡旋が魅力的です。

三猿をまつる湯治場水引草   茂
 一見古風なのですが、三猿が三猿とも、水引草の小さくて紅くてちょっと色っぽい花に気をひかれているような滑稽さがでていると思いました。水引草以外はないという季語の強さで選びました。

旱星暗証番号違ひます   紅緒
 これもシンプルな句。暗証番号やパスワードをよく忘れます。インターネットでも金融機関でも「違います」と言われたらあわてます。外には旱星(夏の星)が出てなぐさめられる思いを共感。

解きたる髪の先まで秋の空   豊秋
 束ねていた長い髪をさっと解く女性。その髪の先には、と読者が興味をもつところに「秋の空」。「まで」は髪が長く長く続くようで絵画的。参りました。黒髪と青空の色の組み合わせも良く。

順不同敬称略や竃馬   あざみ
 そういえば竃馬は順番や敬称にこだわらない感じがしますね。平仮名は「や」ひとつですがやわらかく読める句です。この句を知った人は、竃馬を見たら「順不同敬称略」を思い出すでしょう。

稲妻や本物偽物ダリの髭   中 十七
 あの有名なダリの髭が本物であろうが偽物であろうがいいのです。先っちょがピリピリっと稲妻に感電しますよ、という句。楽しいなあ。「稲妻や」と切って成功。

【その次の10句】

案山子抱く恋の行方を揺すりつつ   加納りょ
 メルヘン×ペーソス÷日数=淡々。そんな感じでしょうか。受動的ではなく能動的なのが魅力。

新涼のポリッと君にチョコレート   せいち
 澄んだチョコレートの音が聞こえてきます。君にあげたのかもらったのかそこだけが惜しい!

シーソーに中年夫婦地蔵盆   隼人
 地蔵盆の句としては見たことのない句。公園が地蔵盆の会場もしくはそのそばでしょうか。今風の光景です。けだるさとさびしさと。10句に採ろうか迷いました。

UFOはくすぐったいぞすすき原   山上 博
 すすきでくすぐったいはわかるのです。UFOが唐突で。それがまた面白い句なのですがもう少し手掛かりがあれば。くすぐったいのが誰なのかということは知りたいです。

噴煙の寝息鎮まる星月夜   戯心
 美しい夜景。よくわかる上手い句です。この場合の「寝息」は常套なので「鎮まる」だけのほうがいいかと。

風立ちぬ浩瀚な書がめくれ秋   秋山三人水
 「浩瀚な」は書籍の多い事、と辞書にありました。風によってすべての本がめくれるそんな秋の様子がよくわかります。今上映中の映画「風立ちぬ」を連想する人もいるでしょう。

秋暑し会えば互いに目をそらす   学
 これは季語が良いと思いました。ちょっと疲れた感じ、あるいは話したくない関係。共感できる句です。

頭にはマブチモーター秋の声   おがわまなぶ
 作者はそういう意図がないかもしれませんが、私はドラえもんのタケコプターを想像しました。世界の「マブチモーター」を頭に乗せて発進。「秋の声」が「秋の空」くらいだったら絶対10句に入りました。

赤まゝや同窓会の案内状   とほる
 よくわかる句です。赤のままが同窓会にぴったりです。何も言ってないのが好印象。

台風に撫でられている岬馬   豊田ささお
 大きな句で素敵ですね。風に撫でられるはよくわかりますが、台風に「撫でられる」が合うかどうか。

【良いと思った句】

鶏頭や恋の勝者のごとく立つ   利恵

鈴虫の泣き声聴きて時計みる   いつせつ

ベランダの手摺にありし残暑かな   涼

行を追ふ君の目が好き秋の夜半   きのこ

 「好き」と言い切った素朴な恋がステキです。

和フレンチ定サラダ付き秋暑し   伊藤五六歩

 今のことばに挑戦してくださいました。拍手です。

かなかなに押されて坂の異人館   まゆみ

畝高く家族ふたりの大根蒔く   春生

百日白悲しきまでに空青し   山畑洋二

白砂の庭に零るる百日紅   山渓

出迎へる肩のインコの秋の声   大川一馬

 「の」が続いてまるでインコの形のように見えました。

秋天を安値販売観覧車   邯鄲

男郎花とは妻の指さす花のこと   遅足

 向田邦子の「花の名前」を思い出しました。

潮騒や雨滴こぼるる黄コスモス   たか子

病窓の秋の前線停滞す   古田硯幸

 決して楽しくはない気持ちがよく表されています。

風の色句帳古びて遺影前   草子

 「風の色」という秋の季語がちょっと淋しすぎたかもしれません。気持はよくわかりますが。

【気になる句】

夏すぎて秋きたるらしラジオ体操
 楽しいですね。「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山 (持統天皇)」の本歌取り?しかし俳句は短いです。ピンポイントで季節の情景を切り取って詠んでほしいです。

サフランの真上の季節替わりどき
 この句もそうです。「季節」などと言わず、もっと瞬間を詠んで、ああ季節が変わってゆくなあと読者にわからせるようになればいいかと。。「サフランの真上の」までは素敵ですので例えば、「サフランの真上のあなた・・・・」などなど推敲を。

夏祭り 終わったあとの 虫の声
 この句も季節の移り変わりの句です。季語がふたつ。終わったとはいえ「夏祭り」と「虫の声」。例えば「夏祭り終わったあとの電信棒」「鬼ごっこ終わったあとの虫の声」など読者の思い描きやすい映像、思い切った転換を試みてください。

電気屋も神主もいて地蔵盆
 「魚屋も老神父もいて地蔵盆」などと交換できてしまいます。電気屋・神父・地蔵盆がきっと並列なのだと思います。

エーゲ海は骸幾万秋の底
 エーゲ海て美しいところなのでしょうね。とはいえr海外詠は共感という点で厳しくなります。秋の底がどこか。作者が日本の秋の底を見ながらエーゲ海を思い出しているのか、ほんとうのエーゲ海を見ているのか。ちょっと思いが強く出過ぎてしまいました。


2013年9月4日

早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 またイベントシリーズ。八月終わりは、近所の小学校での盆踊りを見てきました。折りたたみのレジャーチェアーを持って行き、屋台で買った焼きそばなどをつまんでビールを飲みながら鑑賞します。同じ曲でも人によって踊りに個性があって面白い。あの年配の人は上手いな、とか、あの若いお母さんの踊りは色っぽいな、とか自分がファンになる人ができてきます。でもよく考えると、そういう私は不審者としてマークされていたのかも(笑)。では、行きましょうか!

【十句選】

線香の香りミックス墓参かな   涼
 墓参りというと、「家はみな杖に白髪の墓参り」(芭蕉)のイメージを思い出しますが、この句では、まわりからいろんな香りの線香の匂いがしてきて、それが混ざり合っているのですね。ミックス、という言葉が明るくモダンで、湿っぽくないお墓参りです。きっと、お墓の中の人たちも、参っている一族もからっとした人たちなのかな。

秋光や大きくまがる小海線   太郎
 類句があるかなとも思いますが、一読、明るい秋の光に輝く大きな海の風景が広がります。小海線がどこにあるかは知りませんが、北陸あたりの田舎の海岸線のイメージ。大きく曲がる、だから入り組んだ山沿いですね。大と小という字の対比も面白い。

梟のとまる木斬られ墓参り   桃
 これは墓参そのものではなく、そばの木に注目しています。その木は何年も前に切られていて、墓参りに来るたびに、家族や親戚の間で、「あの木にはふくろうが止まっていたねえ。でももう今はないねえ。」という一話語りを必ずするのが、儀式みたいになっているのですね。ありそうな話。

夏の果ぶら下ってるフライパン   せいち
 私、何も言っていない俳句に弱いです。普通の家でもレストランでもキッチンにぶら下がっているフライパン。あたりまえなのですが。黒々と磨き上げられたフライパン、またはところどころに汚れのこびりついた、疲れたようなフライパンがぶらりとしている晩夏。俳句はそれだけで十分なのでは。

蚯蚓鳴く内職一箱五十円   二百年
 五十円が安いのか高いのかよくわかりませんが、贈答用の箱なんかは、相当入り組んでいて、よくこんな作りを考えたな、という箱があります。そういういわば架空のような箱を一日延々とつくる日の夜、実際は鳴かない蚯蚓がジーと鳴いているのは、一つの面白い場面ではありますね。

洋食屋トリコロールに秋の風   大川一馬
 この場合の三色旗は、フランス国旗ともイタリア国旗ともとれるのでしょうが、好みとしてはイタリア国旗ですね。洋食屋の玄関脇のイタリア国旗に秋の風がはためいている。なんのことはない光景なのですが、「トリコロール」という語感がいいですね。おしゃれで、明るい世界を作っています。

街並みに片陰探す犬の舌   邯鄲
 下五の「犬の舌」でうーんとうなりました。街並みに片陰探す、まではまた普通の句かなと思いました。が、探しているのが、夏の陽に打たれた、よろよろとした老犬の舌であると。犬の疲れた様子、哀しみまでも伝わってきました。

偶数を割り続ければもう晩夏   秋山三人水
 不思議な句です。夏休みの宿題でもないでしょうが、三桁ぐらいの偶数をこれまた偶数で割り続けるという、無意味でシュールな行為を退屈しのぎに一人でしているのでしょうか。でも、その気分は確かに夏の終わりの気分をよく言い表しています。

遥か来てかなかなの降るカフェテラス   まゆみ
 家から遠く来た避暑地にふと寄ったカフェのテラスの上に、かなかなの声が降るように聞こえてきた。ちょっとしたスケッチですが、かなかなのかと、カフェテラスのカがよく響いていて、こんな場所に行ってみたいなと、いてもたってもいられない気分になります。

白木槿実はわたくし王妃です   あざみ
 この意外な展開、遊び心が楽しいですね。白木槿が突然「実はわたくし王妃なの」とつぶやいたのか、白木槿の咲いているところで、横を歩いていたカノジョが「実はワタシ王妃なの、うふふ」と言ったのかは、読み手の好みでしょうが、後者のややはすっぱな、生意気な女の子に惹かれる草食系の方も多いのではないでしょうか(笑)。

【選外佳作】

はつあきや梳るひとほっそりと   涼
 初秋の感じが出ています。

きちこうや一朶の雲の生まれをり   太郎
 きちこう(桔梗)と雲の取り合わせ、いいですね。

万の灯の巨船沖ゆく秋はじめ   きのこ
 無数の窓の煌く豪華客船がよく見えます。

鳴き初めし虫ふゐに止みそれつきり   きのこ
 不思議さがよく出ています。

明月や定家様なる送状   伊藤五六歩
 現代でも「定家」という高貴な名前の方がおられるのですか。

八月尽朝の浜辺に忘れ傘   藤原夢幻
 いかにも見たような光景ですね。

離婚した友から毛虫ポロリ落ち   とれもろ
 踏んだり蹴ったりでしょうか。

綿菓子の売れも売れたり夏祭   吉井流水
 普通は言いすぎですが、この場合、雰囲気が良く出ています。

ばっさりと枯葉に落つる朝の蝉   洋平
 仕事は済ませた、という潔さですね。

ふるさとを大きくしたり雲の峰   学
 ふるさとを大きくするというのが面白い。

水平に空に止まっているトンボ   せいち
 空に止まっている、感じが良く出ています。

終焉はショパンの曲に遠花火   孤愁
 仕事の終わり?人生の終焉?ショパンがピッタリですね。

稲を干すガードレールに老農夫   えんや
 懐かしい光景です。

恐竜と対峙する子や夏休み   えんや
 向き合って、「エイッ」かなんか言っているのですね。

新米を磨ぐや手元のきらきらと   えんや
 季節感のある景です。

草いきれ幼き吾と父遊ぶ   山上 博
 昔昔の回想ですね。

新涼の肌に葉擦れのありにけり   遅足
 葉擦れが夏の名残のようですね。

文系の夫婦でありぬ涼新た   遅足
 二人共コードの接続ができない、などのトホホ感が出ています。

夢をみる夢をみている熱帯夜   すずすみ
 入れ子構造の俳句。珍しいつくりですね。

秋日差ゆれる乳房のサーブかな   邯鄲
 ママさんバレー?高校生リーグ?好みの問題か。

金魚鉢割りてニートの自立かな   邯鄲
 激しい決意ですね!

左利き塗箸で食ふ冷奴   邯鄲
 トリビアな、リアルな俳句ですね。こういうの、好きです。

爽やかに脱毛をする美人かな   おがわまなぶ
 下五で、どーっとずっこけました。

穴惑裏口さがすラブホかな   おがわまなぶ
 ここまで即きすぎを突っ走り、俗な笑いを追求すると、お見事!選者によると特選かも。

雲の峰湖上警察風速計   岡野直樹
 風速計というちょっと変わった題材に目を止められました。

目薬の鼻梁に落ちて秋燕   遊鬼
 少し躊躇されたのかな。微妙な気分が出ています。

連合ひの邪魔せぬほどの秋灯   恥芽
 秋の夜長の読書でしょうか。さりげない気持ちですね。

酒のよく効く日なりけり敗戦忌   隼人
 戦死した戦友を想ってのことでしょうか。意味深ですね。

青大将見し夜の電車乗り過ごす   隼人
 因果関係のないようであるようで、面白い。

東屋に風遊ばせて昼寝する   たか子
 風流ですね。やってみたい。

遠来の友と珈琲小鳥来る   たか子
 類句がありそうで十句に入れませんでしたが、好きな世界です。

空蝉や一人暮らしを始めけり   山内睦雄
 空蝉と一人暮らし、合っています。

語り部の木がはえている終戦忌   豊田ささお
 戦火に燃え残った木でしょうか。重い俳句です。

夏野行くとぼとぼとぼと68年   豊田ささお
 いっそ七十年、とされては。夏野を行く少年だったのですね。

さかしまに印すイニシャル秋の浜   浮游子
 秋の浜の寂しさが出ています。

ことりくる夢のつづきをおみやげに   紅緒
 また、気持ちの良いまどろみに戻ったのですね。

山々の明るくなりぬ夕かなかな   紅緒
 暗かった昼間から明るい夕方への時間経過がよく見えます。

やさしさに濃淡ありし葛の花   紅緒
 伝統俳句の句会では点がたくさん入るのでは?

鷺草の夜はどうしているかしら   紅緒
 何がどうして?かわかりませんが、惹かれる句ですね。

蓮の実や韓国ドラマの大涙   あざみ
 大げさな演技が目に見えてきます。

蜩や風吹きぬける天守閣   とほる
 蜩と天守閣がいいですね。

【一言診断】

◎こうされては?
八幡宮銀杏の陰に伏すは蜥蜴
・・八幡宮銀杏の陰に伏す蜥蜴

童女はや童子を叱る秋そこに
・・下五、秋初め

夜長来て「はだしのゲン」を読み返す
・・上五、初秋や

金髪や踊やぐらに夜は更ける
・・下五、夜は更けて

雨音の懐かしささえして秋にいる
・・雨音の懐かしくなり秋に入る

昨日よりさらに秋山迫りくる
・・さらにをすこし

南風吹く木の葉一枚手水鉢
・・南風吹く葉の一枚が手水鉢

新涼に天井支えてスクワット
・・新涼の天を支えてスクワット

草結び罠仕掛けたる少年期
・・罠を仕掛けた

秋暑し足場を組める槌の音
・・下五、人もなし

新涼や窯変の壺凝らし見る
・・下五、闇の中

少しだけ重き頭ぞ籠枕
・・ぞを、を

水くれて風を受け取る午睡かな
・・水打つて

吾亦紅男たる吾も更年期
・・やって来ました

五箇山の水墨画展涼を得る
・・下五、秋の雨

盆踊り待ってろよ王子様
・・盆踊り待ってろ白馬の王子様

刺され跡幽霊船の如くなり
・・上五、虫刺され

虫の音はまばらな思ひを起こしけり
・・虫の音やまばらな思ひ湧いてきて

ヨーグルト中に白桃切り分けられ
・・下五、潜水中

◎類想 平凡
方言の微かに残り晩夏かな

秋うらら渡りくる風透き通る

武蔵野や丘に溢れし女郎花

道いつぱい自転車群れて秋暑し

長月のわたくし雨に濡れに行く

雲ひとつ峰に置きたる今朝の秋

男とはやっかいなもの半夏生

亡き人のまなざしありし朝露に

影の濃き路地の静けさ夏の果て

昼寝して子どもの頃の縁側に

葛の葉やいろなき風に踊り出す

骰子の角のきっ立つ新豆腐

朝顔や今日は天気になりそうな

人類の生まれし頃の銀河かな

◎説明
一山の鼓動となりて蝉時雨

十九歳留学しゆく竹の春

朝顔や日本の朝綴りをり

夏風邪に起きてはいるが寝てもいる

天の川という巨きく白きもの

大宇宙まつすぐ至る秋の星

盛・掛とは呼ばぬそば屋の走り蕎麦

スカイツリー機嫌よくなる秋の風

残暑てふ記録的なるものに堪ふ

手の甲に日焼けかシミかわれ傘寿

筋肉を鍛へ暑さに弱き人

新涼のすずろ歩きや旅二日

朝顔は藷に代えられ敗戦す

焼野原「電燈覆い外せ」父の声

遠雷の追ひかけてくる処暑の夕

梨はまだありとぞ主張し始めぬ

◎報告
夕凪や雑魚の水輪が航路もつ

盆休のあけて無言の高速バス

雀鳴く黙祷ながき終戦忌

プール開き子供は跳ねてゐるばかり

夕立や列車遅延の駅ホーム

朝顔の観察日記表にして

背を押され淵に飛び込む夏休み

敬老日卒寿の人のおしゃれ髪

隠沼の水面を低く鬼やんま

こんぴら宮へ一歩また一歩秋暑し

クーラーに一回も手を出す事無く終え

◎即きすぎ
妹は早逝にして鶏頭花

とんぼ湧く水溢れくる暗渠より

象さんを孫と合唱秋うらら

貯水池は村に一つや蟇

眼閉じれば血の色のある子規忌かな

雨止んで暫しの別れ蚯蚓鳴く

浩瀚な書をめくる風秋立ちぬ

人間を脱皮したのさ入道雲

グランドの校歌斉唱夏帽子

わさび田を潤す水や夏の山

饂飩屋の列の長きや秋暑し

◎言い過ぎ
遠花火音のみ聞きて酌む自由

秋暑し誰も気付かぬ誕生日

秋暑し一日遅れのバースデー

口すすぐ生ぬるき街法師ぜみ

淡彩の空さわやかに上昇中

子宮蹴る嬰の挨拶髪洗ふ

二百十日色情強き男かな

百日紅別に反抗期じゃないし

廃屋の蔦のからまる裏表

いくさあり校庭一面藷の海

秋の雷芝も私も活気づく

◎抽象 具体的に
鳴き声のトーンの変わり秋が来る

限りなきグレーの中を泳ぐ蟻

残暑てふ坩堝の底に喘ぐ街

冬瓜や深淵といふ水の国

◎意図が見える
子等の来ぬ二人に盆の月覗く

朝顔の蔓先にある明日かな

喪の妻の真向かいに立つ花カンナ

◎川柳
馬肥ゆる一筆啓上金送れ

今朝もまた愚痴で始まる残暑かな

夏痩せの妻の体重聞きにけり

いまごろは奥様孝行法師蝉

◎わかりにくい 難しい
いざよへば十六夜築地本願寺

千社札貼られいつ散る百日紅

白絣を斜に着こなして盆の夜

透明の蟋蟀居りて甕の月

来ぬる秋風の先にと隠れけり

敗戦日申告します擦過音

クロなどはゴーヤ食わされしっぽ振る

虫の音や眠れぬわれと外灯と

大富士の見えねど見ゆる蟻の列

マクベスの科白雀蛤となる

湿舌の正体を追へ火取虫

おおなんて大きな頭やもり食む

大昼寝田の字の部屋を独り占め

木(ぼく)はねえちょっとさびしい法師蝉

マスチフ犬のそりのそりと手に載らぬ

鳩吹や街に屯す児を散らす

何枚田千枚田できて秋

夕立が追いついてくる雨ふらし

風よりも軽き秋津の領巾の舞

深呼吸して夕焼の宙に浮く

雨の玉挿すや街路の蜘蛛の糸

永代橋へ釣瓶落しを急ぎけり

銀漢や由々しき漢ぬきてきる

つくつくし殿と姫てふ瓢塚

ひからかさ回して見せる別れかな
・・日唐傘?

斑猫の星の誘う野道かな

足踏みをしてゐる駅の残暑かな

マニュキュアの先に刺ある盆の月

髪束を解く仕草のレモンかな

氷柱を立てて八月こんぴら宮
・・状況が

身に入むや止まぬ汚染は有平棒

◎材料多すぎ
風吹いて魚跳ねる音夜の秋

斜に銜(く)はふコーンパイプよサングラス

顔パック夏夜めおとで舞踏会

◎つくりすぎ
白木槿地球の如く息をして

秋立ちぬ風天心を千切れ雲

◎理屈
これからの生き方を問う冬支度

深呼吸秋は空からやって来る

表彰台立てり君が代制定日

長寿とか不老不死とか愁思とか

◎そのまま あたりまえ
湯の宿の糊の利きたる藍浴衣

炎天の一町村に音の無く

炎天の赤いバイクのポストマン

峰暮れて夏満月のあかあかと

異次元と現をさ迷ひ昼寝かな

蓑虫の究極のエコファッション

ぐるぐると回遊歩行プールかな

◎その他
星呼ぶや見知らぬ二人星の恋
・・甘い

蝉時雨昭和は遥か忠魂碑
・・三段切れ

船虫の血液型はBならむ
・・本当?

海しづか雌豹の如き山背風
・・矛盾

L盤の「茶色の小ビン」涼新た
・・L盤って言いますか?

モスクワはパルナスの味秋浅し
・・コマーシャル

六道の轍に迷う道おしえ
・・やや複雑

ボイジャーと太陽系と大銀河
・・無季

イヤリング付くるしぐさや今朝の秋
・・ものたりない