「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2013年12月25日

小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 京都の老舗漆器店といえば「象彦」。先日「蔵出し市」があったので友だちとのぞきに行きました。最近は漆器もとてもおしゃれになり、1階にはカラフルな現代風漆器が並んでいました。2階は350年続く店の蔵の「蔵出し品」の数々。見ただけですが、せめて少しは脳を刺激しますように。
 今年も、そして今回もたくさんの俳句をお送りくださりありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。来年は午年。私、還暦です。

【十句選】

初霜や長き廊下の診療所   太郎
 初霜を見ながら診療所の長い廊下を進む。キラキラ輝く初霜は明日への希望を感じさせてくれます。

大枯野金のなる木の育ちをり   きのこ
 「金のなる木」はあの観葉植物でしょうか。私は架空の木にしたいです。一面の枯野原に金のなる木がひっそり育っていたら楽しそう。

鮟鱇の貌して鮟鱇吊しけり   えんや
 鮟鱇貌、いるいる。その人が鮟鱇を吊るしているとしたら。ブラックユーモアのような句。

ほどのよい歳ある香あるジャケツある   ばんの
 ある×3。とつとつとして、しかし味わいのある句です。一人の人間をこのように表現できたら素敵です。

日時計は午後二時を指す石蕗の花   一茶の弟子
 ある日の午後二時に石蕗の花の黄が最も輝いた。主観を入れず、情景がわかりやすく、そしてドラマが始まりそうで、今回イチオシの作品。

着膨れの赤子張り付く父の胸   京子
 「着膨れの赤子」で親の愛を感じることができ、父を頼りにしている赤子がおり、シンプルでしかも「張り付く」というヤマもあり。

天才の机小さしひょんの笛   ∞
 天才の机が小さいのとひょんの笛はなんの関係もないのですが、その机の上にひょんの笛がちょこんと乗っているように思えます。

老人を囲む老人シクラメン   遅足
 やさしさを感じる俳句です。老人がそれぞれに支えられ、あるいは支え、その傍らに清らかなシクラメン。シクラメンの白が映える句。

往く年の折りたたみ傘折りたたむ   伍詞堂
 わかりやすい言葉でシンプルな光景。これぞ俳句です。往く年月を折りたたんでいるようにも思えます。

冬の雷恐竜の目の光をり   スカーレット
 冬の雷が鳴ったとたん恐竜の目がぴかっと光る。あるいは恐竜の目が光ることによって雷が鳴る。情景を思い浮かべやすく、ラ行のリズムも良く、面白い句です。「光をり」となっていますが、この「光」は動詞ですので「光りをり」と「り」をお入れください。

【その次の10句】

あちこちに一方通行師走入り   吉井流水
 よくわかりますねえ。急いでいるのにどこへ行っても一方通行。一方通行が増えたように思える師走。

年歩む五分遅れて家を出る   伊藤五六歩
 「年歩む」という季語を知りませんでした。調べてみると「年の暮よりも主観的感慨の篭った語」とありました。さて、掲句。五分遅れたことは百も承知。周りがせかせかしているのでかえって諦観。

煤逃げや宅配便をきつかけに   せいち
 煤払いをさぼるという季語「煤逃げ」。現代の言葉「宅配便」と組み合わせて面白い句になりました。

花八手メールはいつも丁寧語   岡野直樹
冬怒涛ラジオで習う外来語   智弘
 この2句は同じ作りです。上五が季語、下五が言語。2句とも良い句だと思いましたが、こうして並べてみると、両句とも今一つパンチに欠ける、と思いませんか。

闇鍋の椎名林檎をさがせない   秋山三人水
 闇鍋と椎名林檎、漢字がごちゃごちゃしていてほんとうに何もさがせない感じです。

焼藷や外れ馬券のつむじ風   邯鄲
 こちらはわかりやすい句。光景が目に浮かびます。焼藷がホカホカおいしそうです。

木枯しが来てもう私帰ります   くまさん
 うーん面白い!ちょっとリズムが悪いのが残念ですが句会に出せば数点入るでしょう。

木枯らしやかすかに響くサヌカイト   豊田ささお
 木枯らしの中にサヌカイトの金属音が聞こえる。それもかすかに。とても整った良い句だと思います。

無頼派の顔していたわ冬の川   あざみ
 冬の川を見ながらの男の回想。無頼派が冬の川と合っているので、渋くてワイルドな男を読者も想像できます。

【良いと思った句】

十二月八日のオリオン粒揃ひ   まゆみ
砂山の頂越しに冬の海   洋平
 端正な佳い句だと思いましたが、「冬の海」と「砂山」の組み合わせに少々違和感がありました。

音もなく降って明け行く雪の町   山畑洋二
水音とマロニエ黄葉散る音と   今村征一
薄紅の山茶花奥のマリア像   大川一馬
 「奥の」が「奥に」だったら良かったかも。薄紅の山茶花とマリアはとても素敵な組み合わせ。

冬晴やトランペットの音高し   勇平
逝きし人いま白鳥の君に逢う   山上 博
 ロマンチックな構成ですが、意図が見え過ぎました。

大寒や黒鍵のみのショパン曲   茂
ひとりでもいつもの量のおでん煮る   二百年
一箸にぐぐつと河豚をつかみけり   山渓
掴めないしっぽを追って十二月   紅緒
 心象+季語の句。「掴めない」と「追って」、どちらかを省いて具象化したらどうでしょう。

しぐるるや絶滅危惧の「純」喫茶   孤愁
 「純」の括弧がなければ堂々10句入りでした。

声明の冴ゆ隠国の懸造   戯心
 隠国(こもりく)の懸造(かけづくり)と読むのでしょうか。寒いのでこんなきりっとした句も良いと思いました。

掛け蕎麦が鴨南蛮に変わる夜   おがわまなぶ
冬将軍疾走太秦映画村   佐々木博子
手鉤もてをんな真鱈を売り捌く   たか子
神官もスニーカーなり年用意   とほる
独り言かさねて重き蒲団かな   小林飄
 ユニークな句ですね。冬の季語「蒲団」でじゅうぶん重さが伝わるので「重き」は不要かも。

【気になる句】

寒の水念ずるように一気飲み
 「寒の水」は清らかで効力があるとされていますので、「念ずるように」は不要です。一気飲みはいいですね。

北風吹くやマイルスの音の懐かしく
 マイルス・デイヴィスでしょうか。字が余り過ぎるのはいいとしても「懐かしく」という主観は余分でした。

小つごもりつもりて満貫行かず後家
 絵画や音楽など趣味の句は多くあるので麻雀の句があってもいいと思います。ただ「行かず後家」はちょっと・・・

The Earth 廃墟の虚し冬なりぬ
 「虚し」が惜しいです。「廃墟」と「冬」でじゅうぶん虚しいので。 どんな廃墟かが知りたいです。

ひじき戻して茶の花の咲く日かな
 面白い組み合わせですが「茶の花」と「干しひじき」、主役が二手に分かれてしまいました。どちらかに焦点を定めたほうが良いと思います。


2013年12月18日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 年末の鹿児島を旅行してきました。桜島に渡り、港近くのマグマ温泉に入って、夕陽に輝く錦江湾を眺めてきたので、多少、ハイになったままの選になっているかと思います。
 これが掲載される頃は、今年もあと余す所2週間あまり。今年もつたない選評におつきあい頂きありがとうございました。
 みなさま、カラダに気をつけて良い年をお迎えください。

【十句選】

日を乗せて舟のくだるや小六月   太郎
 光がいっぱい当たっている舟。舟と言ってもイカダのような面が広い舟を思い浮かべました。「日の乗せて」の視点がすばらしい。小六月というのは、小春ですから、季語の柔らかいイメージも、上手く響き合っています。

日記買ふついでに修正液も買ふ   伊藤五六歩
 修正液というのは、広い意味ではインク消しも含むのでしょうか。今は修正テープというのもあって便利になりました。この人は、日記を買うときに、すでに直し直し書くことになるだろうと予想しています。しかも、今まで修正液を持っていなかったわけですから、初めて日記を書くことになるのでしょうか。そんな事を想像させる楽しさがある句です。

捌かれてゆく寒鰤の静かな目   せいち
 この句は、「静かな目」が全体を支配しているように思われます。まな板に置かれ捌かれる寒鰤も、包丁を持って的確に捌いていく料理人も、みなある秩序(あるいは定め)の中で、淡淡とした時を共有している。ある種の荘厳さというか、宗教的なものを感じました。

老後はな、字余りなんだ、な、湯たんぽ   せいち
 受験〜仕事、会社選び〜結婚・・・。青年期というのは、なかなかにきびしいように思いますが、が、実はレールというか、ある種のマニュアルのようなモノがあるとも言えます。それと比較して、老後はそのようなものはない。だから、字余り。な、ご同輩。この散文のように見えて575に収まっている巧み。「はな」「な」のリフレインを句点でつなぎ、「な、湯たんぽ」もとぼけていて、絶妙の出来具合。感心の3乗でした。

マフラーのぶら下がってる帽子掛け   せいち
 帽子掛け、わたしは垂直に立つ棒の周囲にフックのあるものを想像しましたが、カベに取り付けているものもあるでしょう。「帽子掛け」という名前なので、丸いものが掛けてあるはずなのに、ぶらんと長いマフラーが掛かっている光景。どうってことない日常ですが、こう言われてみると、妙にアートした不思議な造形を思い浮かべました。

しんしんと寒しわたくし水瓶座   川崎洋子
 「しんしんと寒し」とわたくしの関係は特にないわけですが、なにか繋がるものを感じるのは、「寒い」と「水」の関係性、「しんしん」の「し」と「わたしく」の「し」の響き。水瓶座のわたしのポエジーであると感じました。

なべぶたの裏にもちゃんと十二月   ∞
 12月が、あらゆる人に来るように、あらゆるモノにも12月はやってくる。12月の東京タワーだし、12月の茶碗だし、12月のウクレレだったりするわけです。だから、なべぶたの裏が12月なのは当たり前です。この「ちゃんと」の措辞には、そんな理屈を言っているような、ないような、妙な説得力がありますねぇ。

宇宙独楽廻して老いて居たりけり   たか子
 たとえば、押し入れを整理していたら、昔、遊んだ宇宙独楽がでてきた感慨というようなものでしょうか。「宇宙独楽」というのは、昔、流行ったことのある独楽の名前です。その後、どうなったのか、全く分かりませんが。
 この独楽は、ある種のコツを覚えるまでは全く回らない。が、コツを覚えると、手の上で呻りながら廻るだけでなく、綱渡りなどもできるというシロモノでした。句を読んで、どんなものでも俳句になるんだなと、勇気づけられました。

冬の日やパセリセイジローズマリー   秋山三人水
 わたし団塊世代なものですから、わたしへの私信と読めて、つい採りました(失礼!)。これはサイモン&ガーファンクルのスカロボーフェアという歌の歌詞です(と言っても、知らない人がほとんどかも)。謎のカタカナは、昔の彼女を思い出す語りの中に挿入される香辛料の名前です。わたしには、70年代の青春が蘇って涙がちろんりんでした。

干蒲団打てば夕日の急ぐなり   とほる
 日がすっかり短くなった頃の布団乾し。布団を叩いている内に、どんどん夕日がおちてきて、まるでわたしが夕日を落としているみたいだ。こんな感じ分かります。そう言えば、ことしの冬至は、12月21日なんだそうですね。

【惜しくも十句選にもれた句と一言】

庭を掃く禰宜の所作さえ師走かな   まゆみ
 正月の忙しさを予感させる、禰宜の所作という句でしょう。「所作」がいい響き。

独り居の気まま不自由さ風邪心地   まゆみ
 「気まま」「不自由さ」が同居しているのが、うれしいような寂しいような。

茜さす雪の浅間や風ゆたか   太郎
 美しい風景、「風ゆたか」が円満すぎる表現かも。

跳箱の五段目越せば冬に入る   伊藤五六歩
 「跳箱の五段目」に注目したのはいいが、その後、ダンドリ説明になってしまった。

原形の崩れてしまふおでん鍋   吉井流水
 なんか面白い句ですが、このままでは煮すぎれば崩れても仕方ないと思ってしまう。

黙認の門限時間冴える月   茂
 「黙認の門限時間」が気にかかる表現。もうちょっとヒントがあると想像力が働く。

手を出せば水の出てくる日短し   隼人
 くるで切れてはいるのですが、水がでてくる日が短い、という文脈にも読めます。季語は別の季節も含め考えてみてはいかがでしょう。

泣いちゃ駄目月はそのうち丸くなる   邯鄲
 慰めの句、暖かい句。慰め文句がやや平凡かも。

やっぱり葉山の男は鯨だった   あざみ
 板橋の男はコウモリだったり、我孫子の男はカサガキだったりするのでしょうか、やっぱり。

外套を脱げば咆哮背なの豹   とほる
 背なにあるのは、刺青なのかな。外套を脱いでハダカの背があるのかと、混乱。

追伸のある置手紙冬の虹   とほる
 置手紙でありながら、追伸があるというのがドラマ。「冬の虹」だから明るい追伸なのでしょう。

初雪を母は手のひら子は舌(へら)に   草子
 母と子、手のひらと舌の対比、良くできた句だと思います。すんなり出来ていて、あまり心に響かなかったというのが、俳句の不思議な所かも(すいません)。へらは、靴べらの「へら」にも生きているのでしょうかね。

ずっとずっと泣きたい言葉兎抱く   紅緒
 悲しい思いでや、悲しい気持ちがあふれた句です。「兎抱く」が効果的だと思います。

生と死がカフェオレみたい年の暮れ   紅緒
 ごとし俳句ですが、カフェオレみたいがシャレた表現。確かに、ミルクとコーヒーですもんね。

 以上


2013年12月11日

朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 みなさま、こんにちは。
 このたびも200近い投句をありがとうございました。
 晩秋と初冬にわたる、句の数々。楽しく拝見いたしました。チャンレンジ精神の感じられる句も多く、私も勉強させ てもらいつつ、選をいたしました。
 今回の、選のポイントは、取り合わせと情景の美しさです。「あっ!なるほど」と思ったり、「そうなのよね〜」 としみじみ思ったり、そんな句を気持ちよく感じいただきました。
 そうこう申しているうちに、歳末が足音をたててやって くる気配です。どうぞ、みなさま、お幸せな新年を。来年もお会いでき ますことを楽しみにしております。

【十句選】

夕刊は五分で終る冬すずめ   伊藤五六歩
 「寒雀」「ふくら雀」と、寒い時期の雀は、な んしか愛らしいですね。
 <起き出でて咳をする子や寒雀>は、中村汀女 です。掲句は「夕刊」という句材と、「五分」という頼りなさが、ちょっと滑稽で冬の一日にあっています。
 夕刊の内容が薄いと、ひどく落胆する気がいた します。その、残念具合と冬すずめ。ちょうど良い、距離感の取り合わせではないでしょうか。

冬日射し来て部屋は海底のやう   きのこ
 掲句は、「海」。星野立子は、「山」です。
 <大仏の冬日は山に移りけり>
 冬日は、海や山へと広がっていく独特の明るさ と透明感をもつのでしょう。夏日と比較すると、その違いは瞭然です。きのこさんの句は、「やう」という表現が気にならないほどの、情景の 清浄さがあるように思えます。

銀杏を焼いて男を選びけり   遅足
 拙句「大根を選ぶ男を嫌ふなり  晴美」は、 ある句会でボツでしたが……。何を食べるか、選ぶか。それは、異性の審美眼 につながるのではないでしょうか。
 味覚が似ていると人間関係は長続きしや すいものですが、それ以上に、「あの人が何を嗜好しているのか」という点は、そばにいる人間として絶体重要事項でしょう。そういう意味でも、「銀杏」はくせもの。そこ に、ストレートに「男を選ぶ」というフレーズ。どのような情景、シュチュエーションなのか、わくわくしてきます。
 下記は、神の世界にとばしている崇高な一句です。
 <ぎんなんも落るや神の旅支度  桃隣>

川底を浚ふ師走の重機音   今村征一
 <うすうすと紺のぼりたる師走空  飯田龍太>
 どちらも、師走の景を詠んでいますが、両句と も、なんとなく感じる、師走の寂しさがあります。活気に満ちているはずの12月。特に大きな予定がなくとも、忙しくしている12月。それ なのに、ふとしたことで感じる「さびしさ」とは何でしょうか。日本人特有でしょうか。その「さびしさ」を感じることが、人としての成長か もしれないと、思えるのです。

冬天へ飛ぶ夢見たる畳かな   たか子
 畳が見た夢とは……。なんと斬新や愉快で、初夢までとんでいきそうな勢いと幸せを感じます。とっぴょうしもないのですが、そこに、楽しさ と新年、春への希望が感じられると強く思いました。畳だって、飛んでみたいですよね。つまり、私 だって、あなただって、だれだって飛んでみたいですよね。それは、気持を、心を、彼方に飛ばせることですから。
 <うつくしき冬空なりし鉄格子  角川春樹>

山粧う軽トラックはみんな白   岡野直樹
 軽トラほど、里山の秋に似合うものはありませ ん。(厳密にいえば、軽トラの進入できない里山もありますが。)私のなかでは、軽トラと里山の秋は、切り離せません。(もちろん、軽トラ の荷台に載せてもらったもらったことも多数。自転車と一緒に載せてもらったことも。)
 掲句の良さは、それだけではありません。「山粧う」という、錦秋を感じさせる季語に、下五の「みんな白」というおとしどころ。お見事です。色合いはもちろんのこと、口語調のリズム 感、トラックの数多さからの豊かさと、秋の風情があふれています。
 <山粧ふけものの道もくれなゐに  檜紀代>

厨房の空気震わせセロリ噛む   せいち
 <セロリかむ青い地球の真ん中で  鶴濱節子>
 同じ、「セロリ?む」の句を挙げました。やはり、セロリは、あの独特の歯触りがあってこそなのでしょう。もちろん、香気や独特の青臭い味もですが。セロリの真骨頂は、歯触り、歯ごた えのように思えます。
 かつての文化人(お金持ち?)は「セルリー」と呼び表したそうですが、現代の私にはちょっと洒落すぎているように思えます。おしゃれ過ぎない、でもエキセントリックな魅 力いっぱいのセロリは、空気も振るわせる力を大いに持っているのです。

声だけのフットボールや冬の霧   京子
 松任谷由美のヒット曲「ノーサイド」が頭を巡りました。(余談ですが、『ユーミンの罪』酒井順子 を読了したばかりだったので。)
 掲句のフットボールは、アメフトかラグビー か、という点はどちらでもよくて、そこにいる男諸君の声が重要です。女子フットボールもありますが、日本では眼にすることが少ないので。 冬の霧のせいで、声だけなのか、どちらにしろ姿の見えないところで声だけが聞こえてくるのか。どちらも考えられますが、この点もまた、どちらでも良いのです。想像をかきたてる「フットボーラー」に魅力が あり、冬の霧が、その魅力をバックアップしています。人事と景が一体となった佳句です。
 <橋に聞くながき汽笛や冬の霧  中村汀女>

ビルの名の一字剥落冬夕焼   えんや
 <むつかしき辭表の辭の字冬夕焼  富安風生>
 冬夕焼けには、何か一字に気持ちを寄せさせる 力があるのでしょうか。確かに、夏や秋の夕焼けとは大きく違います。
 掲句は「剥落」という表現、表記が秀逸です。 表現力あってこそ、俳句は生きると、痛感します。

だぶだぶのコートに素足チアガール   中 十七波
 「素足」は夏の季語ですが、ここでは問題ではありません。
 「だぶだぶ」と「チア」という具体的な句材、 表現が、情景を生かしきりました。お見事です。チアガールたちの、非常に健康的な素足が、とても気持ち良く感じられます。また、だぶだぶのコートによって、寒さの中、その寒さを吹き飛ばすかの元気良さも伝わります。句材の選択 眼、表現の的確さに脱帽です。
 <コート脱ぎ現れいづる晴着かな  高浜虚子>

【花丸次点句】

マフラーの糸とき山羊の顔なかば   ばんの

だまし舟騙されてみる雨月かな   孤愁

【次点句】

地図帳に見る子の任地十三夜   徳永逸夫

階段の手すり冷たし始発駅   太郎

降りしきる落葉の影や鯉の口   まゆみ

金星や暮れ果てている冬初め   まゆみ

国ことば直さず生きて焼秋刀魚   隼人

筆圧で済ます挨拶冬あざみ   智弘

鯛睦む海は見えねど小六月   学

着ぶくれて大国主神に拝謁す   洋平

短日や予防接種の順遠し   大川一馬

禅寺に掃除機の音冬浅し   大川一馬

山茶花の絨毯横切る黒き猫   くまさん

黄落期cotθ(コタンジェント)が解せない   ∞

頬杖をついて炬燵の足ひしゃぐ   おがわまなぶ

白蛇棲む百葉箱に時雨かな   おがわまなぶ

象の鼻器用に練馬大根引く   ヤチヨ

花八手寂しがりの人たらし   あざみ

【予選句】

家々の目印ごとく干し大根   いつせつ

冬に入る此の惑星は青かった   石塚 涼

冬寺は犬が出迎え魚鼓いらず   古田硯幸

俳壇も世襲なるかや一茶の忌   夢幻

冬の夜やマッサージ機に身を委ね   山渓

木枯らしや完膚なきまで丸裸   山畑洋二

朴落葉首を傾げる棚の猫   智弘

継続はラジオ体操師走の朝   桃

ランドセル放し手袋泥日和   草子

供えられ威厳増したる冬の梨   草子

くるまりし毛布の端は破れしも   山上 博

夜の雨のゆるり乾けり冬日向   輝実江

てのひらに赤子のねむる十二月   ∞

ブリューゲルの冬の広場のこどもたち   ∞

かにかくに祇園は遠く冬仕度   秋山三人水

リヤカ−に母乗せ勤労感謝の日   たか子

冬の虹昔はちょっと美青年   岡野直樹

雀瓜てふこの世にありて秋楽し   彗星

冬の海探査機の名は「江戸つ子」ぞ   佐々木博子

立ち話する頬かぶりより紅の唇   戯心

万札に逢ふとは今朝の落葉掻き   邯鄲

柿落葉勝手に開ける角の部屋   あざみ

声ばかり近づきてくる芒原   とほる

藷もなき畑を猪の耕せり   豊田ささお

侘助や折り合ふことに少し慣れ   紅緒

うっかりと思索に耽る冬の蠅   紅緒

十二月一日0時に配布中   意思

冬の夜のロボット犬に又出会ふ   意思


2013年12月4日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 急に寒さが増してきたと思ったら十二月、もう今年も終わりですね。
 今回の投句は191句。
 いつも以上に遊び心、実験精神ゆたかな作品がたくさんあり、撰者として試されているようなスリリングな選句でした。

【十句選】

椅子あらば腰掛けてみる小春空   幸代
 ボタンがあれば押したくなる、椅子があれば腰掛けたくなる、そんな平和な小春日和。
 なお、同じ作者で<小春日や手押し車に犬の貌 幸代>がありましたが、今回別の作者で<猫車傾ぐ勤労感謝の日   たか子>があり、イヌ車・ネコ車に違和感をおぼえる人は多い様子。

笹鳴や地球の出口どのあたり   ばんの
 今回は同じ視点ですこし変えた連作でした。<笹鳴や地の入口はどのあたり>、<笹鳴や地軸のふるえ聴いてご覧>もよかったのですが、出口から宇宙へ飛び出してしまうスケールの大きさを押して一句。

権禰宜が幸せそうに落葉焚く   せいち
 「幸せそうに」と言ってしまうのはずるいのですが、あえて言ってしまうほどの「幸せ」を、しかも正式な神主さんではなく、ナンバーツーの権禰宜さん、というのがおもしろい。

枕木を七つ越えれば冬の蝶   ∞
 枕木を直接歩くのは危険ですが、7つこえたところで虫になってしまう、と詠める時代の良さ、悪さ。

もう二度と聞こえぬ水や草紅葉   智弘
 「障害者俳句」というタイトルでしたが、そう規定しなくとも一句の緊張感があります。かつては親しんでいた、水音も聞こえない恐怖。三重苦に苦しみ、水に触れて言葉に出逢ったヘレンケラーのエピソードなども思い起こされます。

タンス開け神様出して冬に入る   ロミ
 「神の留守」のあいだ隠していたのか、大掃除で人形を取り出したのか。現実的にとらえると案外つまらないかもしれませんが、「神様」を自由に出し入れできる作者の手腕に感服。

石垣に紛れて縮む冬の猫   岡野直樹
 寒いのであたりまえですが、「石垣」に注目すると隠密のようですね。

松葉杖掲げし少女小春空   とほる
 なにやら元気の出る句。小春空、はややこなれない表現で「冬うらら」、「冬の空」でもよいのでは。

今ならば冬田に足が展示され   意思
 「足」を執拗においかけた連作で、興味深い力作でした。そのなかでこの句は、一番わけがわからなくて不気味、謎めいた存在感があります。ほかに<海にある足を気にする冬ぬくし>,<飛行機に足が必要冬ぬくし>などは、理屈がつくとおもしろくないですが、発想がおもしろい句。

一人寝の秋に追いかけられてます   あざみ
 「一人寝」がさみしいから、と理屈で読むのではなく、実際に「秋」が追いかけてくる様子を想像するほうがおかしい。

【選外佳作】

白鳥のふところ深く身支度す   紅緒
 「ふところ深く身支度」がわかりにくかったのですが、白鳥に見守られ、抱かれるような「身支度」ですね。

卵剥く立冬の日の朝に剥く   石塚 涼
 光景がよく見えておもしろい句だったのですが、季語で「寒卵」というのがあり、そのイメージのままかな、という印象も。

馬手(めて)に賽 弓手(ゆんで)に凩あとは素手   伊藤五六歩
 「さいころ」と「こがらし」を両手にもつ以上「素手」は変。

焼栗のばくと弾けて昼の月   きのこ
 「ばく」とはじける,擬音がおもしろいですね。

鬼瓦そのまま冬となりにけり   滝男
 「そのまま」冬に入る、という言い回しがおもしろい。

携帯や犬に引かれて冬に入る   京子
 携帯に夢中になるうちイヌに連れられて、冬の迷宮にまよいこんでしまったようです。

銀杏の下を嫁入荷物ゆく   遅足
 牧歌的な、ややレトロな印象の風景。

後より影付いて来る冬帽子   学
 作者は、自分の影に追われていることを意識して、あえて反応を確かめるため質疑応答があったのかも。

病名のひとつは消えて冬の虹   茂
 これは病気がひとつ完治した、ということなのか。「冬の虹」ははかなくてさみしい季語ですが、別の季語もおもしろそうです。

熱燗や女将の手首しなやかに   佐々木博子
 熱燗のおいしい季節になりましたね。


2013年11月27日

南村健治ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 このところ迷惑メールが多い。これはサギやで、というのも混じり、開くのに冷や冷やする。アドレスを変えようか。でもなあ、、、気に入ってるアドレスだしなあ。で、サーバーの迷惑メール遮断サービスを使うことにした。かなり減ったが完全にということにはならない。他国語で桃色気配のもあったりして、しばらくは気が置けない状態だが、こちらは健全に10句選評をお送りする。

【十句選】

柿渋のあつさりと抜け好々爺   大石良雄
 渋柿の渋が抜けるように頑固爺もその頑固さがあっさり抜けた。う〜ん、両方ともあっさり抜けるとは思えないが、そういえばこのごろ家の爺さん素直になったなあ、というふうに「あっさり」をあっさりと読んでみた。

扁平の石のつぶやき冬に入る   松本クッキー
 最初「石」ではなく「足」だと読み違えた。大きな力強い足ではなく貧弱な偏平足が「嫌だな、冬は、、、」とかつぶやいているのはユーモラス。でも「石」なんですね。それにしても「平らなる」ではなく「扁平」。大きく角ばった石なら冬に対して身構えるだろうけど、「扁平」ではなあ。気の毒な石への同情の一票。

村中で丸裸にしつるし柿   京子
 商業用なのか、いや、それだと面白くない。干柿の季節、村中で柿を剥き、干す。そんな素朴な作業の楽しさが「丸裸」に上手く表現されている。村中が裸の付き合いなのだろう。

やや寒であり偲ぶ日でありにけり   今村征一
 誰を偲ぶのか、それは読者がそれぞれに想い起せばいい。この句の要は「あり」「あり」「けり」の繰り返しが対句にリズムをもたらしていること。もうひとつは「やや寒」という肌身に感じる寒さを通して、「偲ぶ」人をも肌身に感じているという心理状態を伝えていること。

身中に星しんと鳴る懐手   ばんの
 懐手をして瞑想しているのか。長い時間なんだろうな。日が落ちて星が瞬く頃まで。生真面目なんだろうな。苦手だなあ。でも、こんな人が友達に一人くらいはいて欲しいな。

三代の薄毛が囲むおでん鍋   佐々木博子
 おでん鍋を囲む幸せなひと時。でも、三代とも薄毛、、、、それって微妙というか少し複雑な幸福だろうな。三者互いに頭部を眺めあったりして。

飴色に大根を煮る遠嶺(とうね)かな   佐々木博子
 大根炊きの風景かな。家庭の台所から見える遠峯かな。いずれにしても遠近がはっきりしていて、それに従事する者、飴色になるまで煮あげる者の充足感を上手く伝えている。

指ほどのサツマイモありどうしよう   岡野直樹
 貰ったサツマイモ?自分で掘ったサツマイモ?、、、、そのなかに指ほどのが混じっている。で、最後に「どうしよう」って、そのつぶやきがオモシロイ。うちの家内なら植木鉢に埋めるだろうな。

うとうととうつらうつらのつららかな   おがわまなぶ
 「う」と「と」と「つ」と「ら」の繰り返し。やがて来る春の序章ようだ。ボクは音痴なのでどなたかこの句にリズムを付けてくれないかなあ。

北窓塞ぎ枕辺にオルゴール   草子
 北窓を塞ぐという生活感と、枕辺にオルゴールを置くだなんてお伽チックな様子がミスマッチ。この句、そんなリアリティのなさが逆に魅力的かも。

【予選句】

小春日や訂正文の小さきこと   伊藤五六歩

潮騒にオカリナ吹いて神無月   きのこ

炬燵にて広島弁のマンガ読む   大川一馬

本を持ち歩いてみたり文化の日   洋平

青空と風の甘さやつるし柿   京子

冬日向軽くて縮む母を拭く   秋山三人水

山茶花山茶花山茶花三三が九   ヤチヨ

片方の十一月のイヤリング   浮游子

おばあちゃん電気つけんと石蕗の花   紅緒

絵手紙になり損ねたる山の芋   豊田ささお




2013年11月20日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 寒くなってきましたね。
 10月下旬、能勢の山間にあるコスモス園に行きました。あいにく一週間前に閉園されていましたが、せっかく来たのだからと、柵をまたいで入ってみました。コスモスはもう種になっていて、末枯れのわびしい景色。おまけに朝からあやしかった天気が崩れ、小雨も降り出しました。けれども、そこで、「穴まどひ」に出会ったのです。コスモス畑の横の開けた場所に、大きなヘビが、かなりこじれた形で、鎌首を持ち上げていました。こちらも驚きましたが、ヘビもぶるぶるとさかんにシッポを震わせています。ニホンマムシではないでしょうか。「蛇穴に入る」まで見届けたかったのですが、私たちが帰るまで、ヘビはそこを動きませんでした。
 さて、今回は200句の中から。

【十句選】

太極拳見よう見まねで冬に入る   古田硯幸
 太極拳のゆっくりとしたあの動きは、やってみると案外難しいものなのです。公園などに集まって、大勢の人が一斉に動く姿は壮観ですが、……。ゆっくりした動きの方が、ごまかしのきかない面がありますね。太極拳の一団にちょっとぎこちない一人が交じり、ユーモラスな冬初めの一コマになりました。

ままごとのお椀かろしや赤のまま   太郎
 ままごとのお椀は、おもちゃの小さなプラスチックでしょうか。あるいは、木の葉や折り紙、びんのフタかもしれません。そんなお椀に盛られた赤まんまの花が、ふんわりと軽いのです。ほんの少し、ぱらりと入っているだけのような気もします。赤のままをたっぷり使って、ままごとをしてみたくなりました。

大人とは揺れる薄を指すのです   Kumi
 こういわれると、そうかな、と思わせられる句です。穂薄の艶めかしさ、また、風にうねる薄原のドラマチックなこと。「折りとりてはらりと重き」という句もありました。けれども、薄は、いったん庭などに生やしてしまうと簡単には抜けず、とても迷惑な雑草です。よく揺れても、したたかなのは、大人の証なのでしょうね。

銀杏を焼いて人間嫌いかな   遅足
 ギンナンの実には独特の臭気があり、さわるとかぶれることもあります。きっと、ギンナンは人間嫌いなのでしょう。ギンナンが好物の作者は、それで自分も人間嫌いなのだ、と思いました。一心にギンナンを煎っているときに、ふと感じた感慨を、巧く言い留めた句だと思います。

銀杏散りそらに頬杖する少女   ばんの
 「金色の小さき鳥のかたちして」と歌われたイチョウは、大木になりますし、黄葉も落葉もみごとです。銀杏の散ってしまった後の空を、頬杖をついてぼんやりとながめている少女には、失われたものを恋うノスタルジックな心情が、上手く形象化されていると思います。第三者の視点で詠まれ、対象との距離が気になる句ですが、晩秋の季感には却って合っているかも知れません。

水遣りのホースの固し冬隣   茂
 夏がすぎ、秋が来ても、庭の水遣りは欠かせません。けれども、ある日、作者は、水遣りのビニールホースが固くなっていることに気づきました。巻き取ったホースが固くなって、上手くのびなかったのでしょう。そんなちょっとした気づきから、冬が近づいていることを感じ取る、自分なりの「冬隣」の発見の句としていただきました。……原句、水遣りのホースの固し冬隣り

鉄橋の最高音や暮の秋   学
 音には、発生源が近付くと高くなり遠ざかると低くなる「ドップラー効果」という現象があるそうです。この句の場合、最高音とは、列車が最高に近づいたときに聞こえる音、ということになります。ガード下などで出くわす、列車が通過する時の思わず耳を塞ぎたくなるような音、あれは単に大きな音というだけのことではなかったのですね。大気を引き裂くような音を立てて列車は鉄橋を通過していったのでしょう。列車の音にも脅かされる、晩秋の侘びしさがつのる句だと思いました。

兄弟でやもめとなりて柿吊るす   おがわまなぶ
 夫より長生きするはずの妻に先立たれてしまった。それが、兄弟で同じ境遇というのも、柿を吊すというのも、ユニークです。けれども、柿を吊すのは、妻たちが毎年していた年中行事で、妻亡き後、夫たちがそれを引き継いだと考えると納得がいきます。たわわに実った柿を放っておけなくなってのことでしょう。どこかに妻恋いの気分の感じられる、ポジティヴな句だと思いました。

溝蕎麦の小さく咲いて引退す   豊田ささお
 溝蕎麦は、小さなピンク色の花をつける水辺の雑草です。「小さく咲いて引退す」に、日々小さな花を咲かせ続けた誠実な勤め振りを感じました。人に見て貰おうとしない花、人に見て貰うための花ではない花が、秋野にはいっぱい咲いているのだと、あらためて思いました。

サフランの紅だけ摘まれ咲いてをり   スカーレット
 「サフランの紅」はサフランの雌蘂のことでしょう。サフランの蘂は香辛料として有名ですから、収穫された後のサフラン畑だと思いました。花びらは美しくても、赤い蘂のないサフランは、どこか虚ろに見えたのではないでしょうか。突き放した詠みぶりですが、人の残酷さとそれでも咲き続ける花の妖しさがあいまって、複雑な味わいの句だと思いました。

【その他の佳句】

快音を残しいつきに枯葎   山渓

熱燗の冷めるに任せ句集読む   古田硯幸

小春日や海辺のふたり微動だに   いつせつ

身中に星しんと鳴り木の実落ち   ばんの

雁の松島昼の月ともす   学

あたくしをひとりにしている夜長かな   あざみ

妻は母に娘は妻に似る寒さかな   二百年

犬が鼻で空を見ている雁渡し   二百年

若き日の長嶋茂雄万年青の実   とほる




2013年11月13日

早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 皆さんこんにちは。10月中旬に、小倉喜郎さんのお招きで篠山を訪ね、船団の方数名、地元の方数名と句会をもちました。その句会の最中に茹でていただいた丹波の黒豆をつまんだり、事前に作ってくださった鯖寿司をつまんだり、大変美味な句会になり、一同大満足。おまけに句会のあと、地元の農家の方の畑に連れて行ってもらい、黒豆の木を目の前でばっさりと刈ってもらい、安く分けていただきました。贅沢な一日でした。それでは、十句、お楽しみください。

【十句選】

 僭越ですが、何句か少し直してとりました。失礼しました。

枝折戸にかたことかたと秋の去る   涼
 枝折戸というのが何気ない場所でいいですね。風にかたことかたと鳴ったのですが、それを具体的に秋そのものが去っていったよ、と言ったところに小さな詩が生まれましたね。

月見草月の言葉を聞き分ける   遅足
 月見草月の言葉を聞いている、としました。聞き分ける、は理屈っぽくなります。月を見る草という名前ですが、そうか、月の言葉も理解しているんだ、というのは、考えそうでまだ誰も言っていないと思います。おもしろい。

新米をあけてなほ立つ袋かな   えんや
 新米だけではないけれど、あの米を入れる紙の袋は、分厚くてゴワゴワしていますね。その袋が存在感たっぷりに自立している様子が良く見えてきます。開けたあとの新米の匂いもたってくるような。

食べ残す納豆サンドの朝餉かな   京子
 冬の朝納豆サンドもいすわって、としました。納豆サンドって好き嫌いがありそうな食べ物ですね。私は納豆は大好きで、そのままでも食べますが、そういえばサンドにして食べたことはありません。ひとつ残された納豆サンドが寂しげです。

アラジンのランプも一つ秋灯   せいち
 アラジンが出てきそうなり秋灯、としました。最近油を使ったランプは珍しくなりましたね。たまには、蛍光灯を全部消して、ろうそくとかランプだけの夜の部屋を作るのは、とても贅沢。そんなときはアラジンが出てきても全然不思議ではない感じ。

捨てられし鋼に休む秋の蝶   ∞
 捨てられた、ですから、私はなにかの部品に切り取られた部分以外の、鋭く尖った残りの鋼板を想像しました。そこに静かに羽を休める秋の蝶。うららかな風さえ吹いています。なかなかシュール、しかしリアルな景です。

五日後の花の明かりをいふ菊師   幸代
 五日後の天気などなかなかわからないはずですが、五日後のこの菊の花の周りは、明るく映えていますよ、と言う菊師。不思議な句です。

コッカドゥードゥルドゥー干柿真白け   佐々木博子
 アメリカ式に豪快に雄叫びをあげる、能天気な雄鶏。その横の農家の軒先には、これまた豪快に白い粉を吹いた干し柿がズラーっと並んでいる。なかなか楽しめました。

クレーン車で今吊り上げる冬茜   紅緒
 クレーン車で吊り上げられる冬茜、としました。冬の夕焼けも夏に負けないくらい、雄大で荘厳なときがありますね。その雄大なものをクレーン車が吊り上げようとしている。俳句しかできない力技です。

神なびの山ふところの蕎麦の花   とほる
 神様がいらっしゃるようななにかありがたい感じのする山深いところに、一面に咲く蕎麦の花の白い清さに惹かれました。さりげない句だと思います。個人的に、上5を「カーナビの」と勝手に読み替えて面白がっていました。

【選外佳作】

小さき嘘風船葛より漏るる   まゆみ
 自分の小さい嘘が風船葛から漏れたことにしたのですね。

望郷や蜂の子飯のあまからき   太郎
 近いですが、蜂の子飯に惹かれました。

上州の風の無き日の種なすび   太郎
 風の無き日は珍しいのでしょうね。

銀杏の実拾ひて帰る非常勤   伊藤五六歩
 非常勤教師がすこし寂しげなところがいいです。

老眼のつるの伸びきる長き夜   茂
 老眼鏡つるを伸ばして長き夜、としました。退屈さが出ています。

噴水になりたい銀の蛇口です   遅足
 たまにはスターになって注目されたい蛇口。

山眠る栞挟めば星出でぬ   学
 本を閉じてふと山へ目を転じたのですね。

ランボー忌ビニール傘の中の空   学
 無機質なこの空の感じと、ランボー忌とが響いていて、惹かれました。

冬牡丹胸中の火の灯しつつ   学
 冬牡丹も灯しているような。

冬向かふ小鍬一つの小菜園   滝男
 菜園に小鍬がひとつ冬はじめ、としました。実感があります。

蒼天にまぎれ大綿消えゆけり   えんや
 綿虫ってそんな消え方をするように感じます。

補聴器に餅搗きあがる電子音   えんや
 現代的な餅のでき方を軽妙に詠まれました。

大根の深く図太く潜行す   京子
 大根をこんな形容された句はないと思います。

イクメンはきっと遺伝だ秋うらら   せいち
 理屈ですが、笑えますね。

真っ青な空に生まれて子守柿   せいち
 まさに空に生まれた感じがしますね。

団栗のこぼれて池の笑み絶えず   今村征一
 こんなかわいらしい句もよろしいのでは。

流木をバットに見立て秋の浜   洋平
 流線型の流木のバットって詩的ですね。

敗荷の影くっきりと水の底   ∞
 池の底の影をしっかり見た写生だと思います。

羊皮紙の地図にZIPANG龍馬の忌   孤愁
 龍馬のカッコよさが引き立つ地図ですね。

直線のサイクルロード水澄めり   山内睦雄
 爽やかなサイクリングが浮かんできます。

青ミカンチューリップにしてお弁当   岡野直樹
 りんごがうさぎだったらよくありますが。

秋晴れに言葉の洗濯しています   岡野直樹
 気持ちの整理をされているのかな。

目覚ましに一度は起きてまたドングリ   岡野直樹
 二度寝るをドングリと言ったのですね。

鶏の卵を抱くや台風裡   邯鄲
 台風の時には、鶏はこうしているんだろうなと思いました。

月の夜に影盗まれて終ひけり   邯鄲
 ありそうですが、ミステリアスですね。

青蜜柑フイギアスケート四回転   邯鄲
 青蜜柑もスピンしている感じ。

畦に座し見知らぬ人と秋桜   幸代
 このような休日はいいなあ。

月光やタクシー眠る裏通り   B生
 このタクシーが、怪しくミステリアスに見えてきます。

舌を出すアインシュタイン神の留守   ヤチヨ
 途中まではありますが、神の留守が絶妙ですね。

玉屋にも鍵屋にも濃き虫の闇   佐々木博子
 玉屋ってなんだろうと、不思議な感じで惹かれました。

紅葉の下見と言いつ足しげく   スカーレット
 気持ちは良くわかります。

七五三草履の足の泳ぎをり   スカーレット
 両側から持ち上げられているのですね。よく見えます。

溝蕎麦のこぼるる畔や時計台   豊田ささお
 時計台との取り合わせが意外でした。

虫鳴かず雨音ばかり風呂で聞く   豊田ささお
 情けなさが笑えます。

米寿とや神速の技藁を葺く   豊田ささお
 このような名人がおられるんですね。

野仏も我も抱かれ紅葉晴れ   利恵
 幸せな一瞬です。

【ひとことクリニック】

◎こうされては?
秋の雲大きく座る登り窯
・・中七を寝そべっている

零コンマ一の合掌流れ星
・・心中で掌合わす流れ星

柿色の夕日飲み込む日本海
・・熟れきった柿を飲み込む日本海

柿どさり置きて漢の去り行ける
・・柿置いて去りし男の気配なし

オリオンや流氷抱いて今日はおやすみ
・・オリオンや流氷抱いて眠りゐる

もみぢの実五十四年の婚記念
・・もみぢの実五十四年の夫婦かな

両肩に乗せてもみたき金木犀
・・金木犀肩に散らして家路いく

建設に永くも勤め日向ぼこ
・・永年に家々つくり日向ぼこ

それぞれの経歴が有り大根干す
・・それぞれの経歴想い大根干す

粧へる山にゴルフのボール打つ
・・山粧うゴルフボールの忘れられ

秋夕焼スカイツリーは棒立ちに
・・秋夕焼スカイツリーは呆然と

秋晴や天女のやうな雲をひとつ
・・もっと妙な雲を

誘われて木の葉の降るやつらつらと
・・下5を工夫

菊の畑折り曲げられた腰ひとつ
・・腰を屈めた人のいて

馬肥ゆる河馬にウェストあるらしい
・・季語を別に

限界の先に日の差す曼珠沙華
・・もう一歩進める先に曼珠沙華

ライオンに眼つけてゐる秋日傘
・・ライオンに眼をつけてゐる秋日傘

肉攫う子の箸変えて鋤焼す
・・上5を肉を取る

霧雨や草食む岬馬の草まぶれ
・・霧雨や岬に草食む馬のいて

藁屋根を秋空に葺き出す技や米寿なり
・・藁屋根を秋空に出す米寿かな

伊勢路秋新居はいかがと数多訪う
・・秋深し伊勢路の新居数多訪う

父の忌や供へに添へし新走
・・父の忌やお供へものに新走

青空をサックス駈ける文化の日
・・中7をサックス抜ける

◎説明
時間降るかに椎の実の降り止まず

硝子戸に一際くつきり雲の峰

昨晩の雨を鋤き込む秋の畑

鴨増えてザバッと響く着水音

吾の影も薄し綿虫の只中

秋日照り池畔の景色絵の如し

ふと首の藁塚なれど風物詩

あとがきを先に読む癖秋燈下
・・秋燈下が説明

◎報告
鉄塔の陽紅き釣瓶落しかな

ぱんぱんにランチ食べ終え秋の昼

唐松の落葉の映ゆる坂下る

唐松のさらさらさらと千葉降る

にごりざけつまみ選ばず盃すすむ

秋の暮健脚頼り山下る

不忍の池に吐き掛く息白し

館長の喫煙場所や天高し

打ち合わせ前後コーヒー木の葉髪

縄のれん定位置着くや暮れ早

対岸の手を振る人や水澄めり

退散や釣瓶落としの話して

足踏みの稲こぎ機踏む一年生

石蕗の花庭の主役となりにけり

◎理屈・因果関係
松の影川面に崩れ時雨来る

野分けあと橋に纏わる白布かな

空澄むや木槌の音の伸びやかに

雁の道ゆく雁達を一途とぞ

引力のまだ及ばない熟柿かな

粕汁にまだ生きている酒の精

雨上がる茜の空や鉦叩

◎当たり前・そのまま
秋の虹アスパラガスにマヨネーズ

秋刀魚焼く煙吐き出す換気口

ちらほらと紅葉彩り里の山

着膨れて遠のきにけり足の爪

飯うまし酒も旨くて暮の秋

谷崎くん秋刀魚も交換しませんか

栗ごはん明日は結婚式だから

本当の恋は食わるるいぼむしり

気仙沼大漁旗の秋刀魚かな

◎類想・平凡
目を閉ぢて物想ふ日や木の実落つ

草紅葉志賀高原の空青し

蓋あけて煮える音聞くおでん鍋

かさと音こそと声して落葉掃く

潮騒のとどく林道烏瓜

黄落や終わりよければ全てよし

雨そぼつ勇気りんりん曼珠沙華
・・常套句の言葉

雀らの案山子と遊ぶ日暮かな

海光に笠の後光や秋遍路

果報とは思はぬ頃に小鳥くる
・・常套

晩秋や田にも畑にも人影なし

摩崖仏の頬うすく染め照紅葉

コスモスを掻き分けて来る風の精

初鴨の声透き通る汽水池

同じ事日々繰り返し桐一葉

木犀の香りいざなふ闇の底

◎言いすぎ
舞茸の大きさ旨さ茸狩

忘れたき事の鐘の音秋別れ

一日の色をさしだし芙蓉散る

夕日の矢紅葉羽ばたき空を染む

天青く地は黄金色水澄めり

わいわいとあつちもこつちも野菊かな

虫も蝶も吾も脇役秋桜

◎つきすぎ
蟷螂枯る後期高齢ダンディズム

法然の教え説く僧十夜講

雁渡る亡き父母へ文託す

文化の日菊の御紋の大鳥居

ふるさとで貝殻拾ふ秋思とも

エンディングノートをふっと暮れの秋

マンションの地デジアンテナ百舌鳥高音

小春日や妻籠宿ゆく檜笠

菜園に木の椅子ひとつ鶏頭花

山赤くほつこり焼き芋できさふな

腹割って尽きせぬ話熟れ柘榴

とことんまで自己嫌悪です破蓮

◎主観・観念
白息や永久の尻尾を見つけたり

枯葉散る一葉に宿る生き様よ

返り花咲いていいかと伏し目がち

頭垂れ祖国を憂うのか稲穂

◎ポイントは?
犬の名は忘れておらず秋の暮

短日やタイムカード早押しす

◎句意、言葉などわからない
北風の向ふへ切符は窓口で

どぶろくやまづ月山に抱かれて

遊撃の誇り棄てざる若煙草

袴脱ぎ団栗どもの散り惚く
・・散り惚くが?

汽水池やにほに届かぬわが吐息
・・にほはにほの海?

ジッパーの溝の秋風一掃す

月の夜の影なき人と歩みけり

黄落がしるしの集ひつぎつぎに

牧場は市の中心部秋高し
・・北海道?

黎明に水尾のみを連れはぐれ雁

秋さぶや座布団褪せし絵島の間

前栽の菊ひとつかね賜りぬ

綿虫のまたひとつ来て瓢塚

蓑虫が鳴くしわたくし行きません

ストーブや黄泉は洋間が大人気

やくたいな膝で息する高登り

少女まだペニスを持たぬ猫じゃらし

少年まだヴァギナを持たぬ吾亦紅

トロ箱のさんま投げられ猫になる

お揃いのセーター二百四十人
・・制服?

渋かった昔を思う父と柿

初冬はドラえもんの腕枕
・・枕?

日展の部門にあればホトトギス

冬薔薇白きカーテン沈黙す

逢いに行く大凶とある雨の中

◎その他
ひととせのその日の庭に木の実落つ
・・その日があいまい

新米の贅知り初めし八十路かな
・・80歳で知り初めし?

松手入ちちははおらぬ庭なるも
・・寂しい

燭の火に菊あたらしき菩薩かな
・・複雑

切れ長の仏の半眼身にしむる
・・季語が微妙

紙風船ふうと飛ばせば黄落期
・・つながりが?

牛丼の並を頼んで指さされ
・・季語?


2013年11月6日

芳野ヒロユキドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 プロ野球は東北楽天ゴールデンイーグルスが初の日本一となり、震災の地が少し元気を取り戻したように思われます。けれど依然復興は半ばであるし、福島の原発も問題が起こる一方です。景気もよくならないまま消費税率は上がり、庶民は我慢を強いられるばかり。

【十句選】

短日や競馬なき日は通過駅   伊藤五六歩
 男は大きな目的がないとダメなんでしょうね。女はもっと毎日の生活に気を配ってるから近所のスーパーより安いとなったら間違いなく降りるはず。

鰯雲港をひとつ産み落とす   遅足
 母港という言葉があるが母を作り出すのは天であるというその不思議が秋天の鰯雲によく表れている。

熱あつの藷粥だ一一二二(イイフウフ)の日   せいち
 イイフウフの日の俳句で作ったところが素晴らしいです。熱々とフーフーも素敵。

ねこじゃらしうんうんうんうんうわのそら   ∞
 中七下五の覚えやすさに対して上五は弱いのでもったいない。せっかく「う」でせめているのに。でも面白い。

キスしちゃおっか金木犀の夜だから   冴月
 「しちゃおっか」がよいですね。成功すると思います。キス。

いわし雲案山子の骨は十字架で   学
 天と地の対比は良いと思いますが更に十に対して○を対比してあったらと思いました。例えば円影とか円光とか。

ガントリークレーンの上の後の月   学
 ガントリークレーンがいいですね。しみじみとしています。

碁敵と共に献血天高し   邯鄲
 大げさなところが良いですね。

カステラに指でへこみをつけて秋   岡野直樹
 カステラの黄金色は秋色に通じています。落葉や紅葉に触れるのではなくカステラが俗でよい。和歌には「ながむ」「おもふ」「きく」という動詞が多い。「食ふ」「触る」という内容は俗なのでしょう。視覚や理屈や聴覚ではなく、味覚触覚嗅覚から俳句を作り始めると他人と違うものができます。

コスモスの下にマンモスモスチキン   ヤチヨ
 「に」で視覚になってしまっている。「で」を使ってもっと俗にしてあるともっと好きです。

【惜しい】

 以下の句は面白くなる可能性があるが例えば「宵っ張り」「朝の膳」「客一人」「後ろ手に」「傘寿の」という言葉で頂かなかった。

秋なんだ鱈腹食って宵っ張り   いつせつ
新米うあ歯応えちがう朝の膳   まゆみ
夜食とる地下の食堂客一人   春生
後ろ手に石ころを蹴る秋の暮   茂
秋深し傘寿の夢を齧りけり   邯鄲