「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2014年4月30日

小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 娘が山形市に嫁いで10年が過ぎました。京都に暮らす私たちは、知ることのなかった山形をずいぶん知ることになりました。今、桜が満開であるということ。その後、果樹の花が次々に咲くということ。桃、さくらんぼ、りんご、ラ・フランス。そして、もうすぐ田んぼの代掻きがはじまり、その張られた水に遠くの雪山が映るということ。この10年変わらない風景です。今週も多くの俳句ありがとうございました。約200の俳句からの10句選は激戦でした。

【十句選】

春の霜父の背中は横に拭く   伊藤五六歩
 この句を見て作者はどこにいるのかと、立ち位置を疑問に思う人はいるでしょう。外は春だというのに霜が降りる日。父の背中をすべて露出して縦に拭くのは寒そう。すこしずつずらして横に拭いていこうというやさしさが感じられて採りました。「春の霜」という現実の厳しさも美しさもあり。

春つつく茶飲み話のつまようじ   紅緒
 茶飲み友達っていいですね。茶菓子を取る「つまようじ」に焦点をしぼったことが成功。つつかれたら「春」もきっとふふふと笑うでしょう。

春逝くや肉まん匂ふ停留所   きのこ
 停留所にはいろいろな匂いや香りがします。「肉まん」ですから持っているのは高校生でもいいし、その母でもいいし。はたまた誰かが食べていてもいいし。花いっぱい夢いっぱいの楽しい春が終わろうとしている中で「食」を実感したことにはっとしました。

退屈の膨らみすぎたしゃぼん玉   せいち
 かっこいい句ですね。楽しいものや風景がつまっている句はよく見かけますが「膨らみすぎた退屈」ははじめてです。のんびりとした退屈な時間がどんどん膨れるというのは面白いなあと思いました。
 <しゃぼん玉無数の今が飛んでゆく  宇水純子>

追伸の小さき嘘や山笑ふ   邯鄲
 「追伸」に何を書いたのでしょう。「山笑う」ですからそんなに真剣な嘘ではないはず。「近々もう一度お会いしましょう」のようなこと?ミステリアスな句でした。

ふらここの山跳ね上げて空はねて   えんや
 山は「跳ね上げ」、空は「はねて」。粗削りな魅力で採りました。昔、ふらここ、つまりブランコを一回転するのではないかと思われるくらい漕いでいました。空も山もぶっ飛んでいました。

ソムリエの二言三言宵桜   茂
 ソムリエはそのワインについて確かに「二言三言」話します。ワイングラスを軽く回転させ、「健全な色ですね」とか。宵桜がワインの透明感に合っています。

何事か企ててゐる種選び   たか子
 「種選び」という作業がドラマチックになったことにびっくりです。寺山修司の愛した言葉を思い出しました。「もしも世界の終わりが明日であるにしても、私は林檎の種子を蒔くだろう(ゲオルギー)

踊り場でいつも逢ふひと啄木忌   浮游子
 「ひと」が平仮名になっているのを見て苦心を知りました。「踊り場」は階段の途中のスペース。そこでいつも「逢ふひと」。中途半端な場所で中途半端な逢い方がいかにも啄木。啄木の妻節子似のひとと逢ったのでしょうか。啄木忌は4月13日。

おにぎりの中身はおかか踊子草   スカーレット
 野原でお弁当を広げるとシンプルな「おかか」がより美味しそうです。「お」のリズムが良くそれが「踊り子」にも通じています。溌剌とした句。

【その次の10句】

農道の真上に架かる春の虹   石塚 涼
 畑や田んぼの真ん中にある農道。とても広さが感じられる句。

道連れはスミレと決めて手をのばす   遅足
 「スミレ」を道連れにするとはなんと風流な。

逆上り出来ぬまま老い桜時   隼人
 「老い」がとてもあっけらかんととらえられ季語も良く。

花びらを子が蹴散らしてグーチョキパー   みのる
 足でグーチョキパーをして遊んでいるのでしょうか。子どもがシンプルに描かれています。

風光るツートンカラーの加寿亭羅   草子
 カステラが食べたくなりました。「加寿亭羅」の漢字が句を引き締めました。

晩春の待合室の匂いかな   ∞
 待合室の花瓶に春の花がなくなってきたなあ、という場面を想像しました。

点滴の落ちるともなき春の雨   戯心
 「春の雨」と「点滴」、この二つの潤いが「落ちるともなき」で結ばれています。

野遊びの子らの背中に雨ざんざ   豊田ささお
 にぎやかな、雨が降ってもまたまたにぎやかな光景。数人の小さな背中が走り出す様子が鮮明です。

廃校や名札の残るチューリップ   とほる
 この「名札」は「苗札」のことだと思いますが、「名札」としたことでそこにかつていた子どもが登場します。

好みの書抱へて出れば春の月   利恵
 洋館から好みの本を胸に抱いて小走りに出てきた女性を想像しています。春の月が艶っぽく。

【良いと思った句】

人伝の話しを頼りに桜狩   いつせつ
花水木ジャズの流るる街の角   太郎
里山のどの道ゆくもいぬふぐり   まゆみ
青草の道となりたり名所かな   夢幻
太陽がふたつ三つ四つ春の川   黴太
パンジーが顔を並べてこちら向く   大川一馬
清明の夕日つめこむ地球瓶   孤愁
ゴドー待つ身にも三寒四温かな   清治
海渡る能登島二橋の風光る   今村征一
名を呼べば海市の家に灯の点る   山上 博
川底の石のまろみや猫柳   みさ
螺旋描く壷焼の蓋銀河系   正保
葉桜や閂古き大手門   山歩
チューリップワインが顔に出るタイプ   岡野直樹
俳句とは何かしらねど小米花   京子

【気になる句】

校庭を覆ふ花蕊春惜しむ
 「花蕊」がもし桜であれば季語がふたつになってしまいます。「校庭覆うさくら蘂」として上につける5文字を考えるといい句になりそうです。人がいるのかいないのか。

咲き満ちしものに鶯よく鳴ける
 鶯とはこんな鳥だということをほとんどの人は想像がつきます。もうひとつ別の何かがあれば・・・

折鶴に息を吹きこみぬ五月晴
 これも同じです。よくある光景だと感じ、はっとすることがありません。あとひとつ何かを。

道ならぬ恋知り初めし春の夜
 「道ならぬ恋」という言い方が少し古いと思います。手垢がついたというか。俳句はいつの時代でも当代の言葉、当代の暮らしを詠んできました。恋ももちろん当代の言葉でどうぞ。

青灯が回る春夜は雨意怖れ
 これは材料が多すぎます。盛り込み過ぎました。

桜なら許してくれる喜怒哀楽
 一見上手く作れていそうですが、「喜怒哀楽」が抽象的です。なので「桜」でなくても合ってしまいます。いわゆる「季語が動く」という句です。

ふらここの志村喬の顔になる
 この句、最初は10句にチェックしていました。ただ「志村喬」は誰もがわかる俳優でしょうか。そこが問題です。ふらここのどんな時に志村喬の顔になるのかも。


2014年4月23日

岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年の桜は殊に足が早く、桜蘂の降るときになったしまいました。みなさんは桜を堪能されましたか?桜の名所もいいものですが、ご近所の桜も捨て難いと、特にこの頃思うようになりました。私のご近所桜周遊コースのハイライトにして秘かに市内、いやこの地域で随一ではないかと思っていた枝周り三十メートルはあろうかと思われる大山桜が数年前に衰弱して切られてしまいました。近所の幼稚園の庭にありました。さてと、花の句はあるかな?

【十句選】

マネキンに踵なけれど風光る   伊藤五六歩
 そういえば踵のないマネキンってあったような。この句の下五「風光る」への?ぎ方、あるいは切れ方には一種の外連があります。ひとつの型といっていいかもしれません。マネキンに踵はないけれど、その代わり何があるというのか?どうなるのか?そこははぐらかされます。下五の季語の前で句が曲っています。実体のない句にもみえるが明るくて気持がいい。「風光る」とは実に便利な季語、この語だけで都会のショーウインドーにあたる春の外光を感じます。

花冷えのアンモナイトの夜更け方   木下まさこ
 花冷えが既にたっぷりと情緒を含んだ言葉、しかも夜、これだけでもう濃密な詩的舞台ができています。一方でこの道具立ては常套ともいえる。俄然この句の印象を深く複雑にしているのがアンモナイト。アンモナイトの夜更けを詮索しても始まらないので、ここに蓄積された数億の時間と散る寸前の満開の深夜の桜を脳裏に描けばよいのだと思います。

陽炎に躓いてから母のこと   木下まさこ
 視点のおもしろさと省略の加減がぴたりと決まりました。陽炎は風景そのものが揺らめいて見えることですが、それをより身体の側に引き寄せて実際に躓いてみせたのが上手。「母のこと」は多義的ですが、私はふと蘇った母の記憶と読みました。

秋遷や森の蕎麦屋の幟立つ   茂
 まず表記ですが「秋遷」は「鞦韆」ではないのかなあ、字画の多いものものしい漢字を嫌ったのか。一読、高原の別荘地の森にできた小洒落た蕎麦屋を思い浮べます。安曇野にも蓼科にもあったような。けっこう現代的な風景です。幟立つと最後を動詞でとめているので、動きがでて新規開店したかの印象です。ぶらんこも背景の森を想えば明るく気持ちよい景、素直な句。

複製の鍵の複製入学す   遅足
 前句の素直さにくらべて、ずい分ともってまわった言い方。そこを難じる向きもあるかもしれませんが、その言い方、言葉の使い方だけがこの句の取得。合鍵といえばもっと早くすんだかもしれませんが、「複製」が重ねられたことで私の頭はちょっと遠回りしました。その遠回りの過程にこの新入学の季節の鍵を巡るあれこれを想像します。俳句には速攻もあれば遅攻もあると気づく。

肺蒼く春潮と息合はすなり   学
 これはどうしても「しんしんと肺蒼きまで海の旅」篠原鳳作 を想起させます。一般に本歌取りは元歌の世界をずらしたり、転換させたりして、元歌の残響を聴かせながら新しい世界をみせること。一方この句は鳳作句そのまんま、ぴったりと重なります。その上で春潮とか息合はすとかの措辞は適確に鳳作の海の旅を文節化している。本歌取りに非ずユニゾンとして元旋律に重ねる、こういう句作りもあるのかな?

はずれさう信管今にも白木蓮   孤愁
 木蓮のあの重そうな花弁に危ういものを感知するのは分かる気がします。この句に注目したのは、下五白木蓮の手前で渋滞したかのようなぎくしゃくした語順です。それは欠点とも味ともとれます。「今にもはずれそう信管→今にも・・・」と永遠に循環して白木蓮に行き着かないようなもどかしさが味か。

鳥交る黙々とする後片付け   あざみ
 鳥が交尾する、そのために鳴く、歌う、この生命現象の明るい騒がしさと、一転、後半の人間世界の意図した静けさの対比が効果的。後片付けは台所とも居室とも、作業だけに心を傾け、窓外に顔を向けない作中人物の像が印象的。

ゆく春や父の重たき眼鏡拭く   亭々
 この眼鏡の存在感抜群。今どきのプラスチックレンズではないガラスレンズの文字どおりの物としての重さ。鼈甲なんだろうか?使うわけでもない眼鏡を拭くという無用の行為(純粋行為)もいい。春も父も重たきもできるだけ心理的背景に踏み込まない読み方がいいと思う。

ギシギシと鳴る床板や啄木忌   とほる
 物で故人を語るという忌日句の典型。その象徴としての床板、床鳴りの音は啄木の物語によく似合う。贅沢をいえば北海道の流転とか、夭折とか、生き方に器用でなかった啄木像に近すぎることかもしれません。

【春愁問題】

 季語「春愁」は春の物思い、春ならではの気だるい憂え、とか雰囲気に流れやすい言葉。そうかといってドライにすればいいというものでもありません。兼ね合いが難しい。今回いくつか春愁でのよくありそうな失敗例がありました。

胃カメラの管の先端春愁
春愁や魔羅も尿も曲りをり
 胃カメラを飲むことも、排尿困難も憂鬱なことでしょうが、この春愁は憂鬱ですという説明以上の働きがありません。また作者が意図しているかもしれない滑稽味もそれ程感じません。じゃあどんなのが良いかって?

春愁やせんべいを歯にあててゐて 大野林火
春愁の渡れば長き葛西橋 結城昌治
縁側欲し春愁の足垂らすべく 中原道夫

【予選句】

百千鳥木隠れ沢も活き活きと   太郎
 下五が説明。

墨堤の言問い団子荷風の忌   大川一馬
 墨堤、団子、荷風の三物馴れ合い。私は墨堤を削る。

花筏時が流れてゆくように   まゆみ
 昔から河は時間の喩としてつかわれる。「ように」が問題か。

国宝天守花見櫓となりにけり   夢幻
 国宝は不要。

春愁を裏側に記す磁気切符   木下まさこ
 この春愁はちょっとよい。

朧夜の罠かもしれぬ青信号   木下まさこ

朧夜に染み込むクラリネットの音   きのこ
 クラリネットと書くだけでもう音は聞こえる。

始まりも終わりも春の風の中   遅足
 あまりにも中ががらんどうな句。そこがおもしろいが。

春疾風空一枚をめくりゆく   草子

春愁や送信トレーに萎むもの   草子
 萎むものが抽象的だが、春愁の素材としては送信トレーは何かありそう。

きかん気のときもあります風車   紅緒

百八十度河馬あんぐりと春の雲   孤愁
 ウソ!漫画。

初夏や青いインクを買いに行く   洋平

桜散るそしてドーナツ穴だらけ   黴太

春の月とうとうトムがジェリーを捕食   黴太
 この措辞「捕食」がなんともおかしい。

影と影二人静の合はさりぬ   山上 博

落花飛花鎌倉虚子忌日和とも  今村征一
 虚子忌日和とはまた強引な言い方。

雨樋はすべて銅竹の秋   一斗
 自慢されているのか?

白鷺の十歩を駈けて飛び立てり   亭々

隧道の中まで桜吹雪かな   亭々

遠足の園児に孔雀またひらく   えんや
 孔雀のサービス!

桜散る世界の人口七〇億   岡野直樹

近道の草踏みつくる啄木忌   智弘

薄墨の桜新しき人と観る   利恵

星産みはいそぎんちゃくのねつ造だ   ∞
 いそぎんちゃくと星産みはおもしろいが、ねつ造まで言う必要があったか?

散髪の夜は胸痛あたたかし   意思
 意思さんのキーワード「胸痛」の事情はわかりませんが、「胸痛あたたかし」はぐっと感じるものがある。痛みをあたたかいと言われると腑には落ちないが、自分の身体が共振している。散髪の夜というシチュエーションも妙にいい。十句だったかな?

桜蘂覚えていたはずの科白   あざみ

立看板ならぶ大学四月かな   隼人

桜漬け湯に開きゆき夜となる   秋山三人水

春の風愛は男性名詞です   琥珀

野遊びの子の帽子濡らす雨   豊田ささお
 なんでもないがいい世界。音数不足では?


2014年4月16日

朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 こんにちは、皆様。
 このたびもたくさんのご投句、ありがとうございました。
 まさに、春爛漫の中、選句をし、とても気持ちがよかったです。今年の桜は、花吹雪を堪能できました。花吹雪のなか、駅までの道を歩くのは、至福ともいえる時間です。

【十句選】

手のひらに花朧なる未来線   伊藤五六歩
 春の朧との取り合わせ。手相ですね。未来線という言葉も、明るくて良いです。同じように、朧との取り合わせに、<石棺の蓋あいてゐる朧かな 黛執>があります。こちらは、無機質なものであるものの、蓋があいていることによって、過去、長い時間の流れを感じさせます。掲句は、未来ですが、どちらも時間の流れを感じさせるもの。つまり、春の朧の時期の、なにとなく、この世でないような、不思議な感覚。それが共通してあり、春の朧とよく合っています。

パンジーがおしくらまんじゅ鉢の中   大川一馬
 「おしくらまんじゅ」という比喩が成功。こどもを連想させるところが、パンジーのかわいさ(小ささや花の丸さ)を充分に表しています。まるで、花たちが、わあわあ言いながらやっているような。この鉢は、円形のものでしょう。
 <パンジーや踵の高き男靴 山口たけし>
 こちらは、かわいさとは対極になるような、「男の靴」。それも踵が高いもの。ちょっとしたユーモアでしょうか。パンジーのかわいさを合わせることによって、ウイットが出た句です。
 どちらの句も、パンジーをよく見ています。

ノクターン五線の雲に春の月   山上 博
 <窓を楽譜に春雪の夜想曲(ノクターン) 上田日差子>
 春には、ノクターン(夜想曲)が合うのでしょう。ノクターンといえばショパンですが、たぶんピアノ曲。夜空を見上げると、楽譜のように見える雲と月。夜のピアノ曲がよく似合います。

クレソンや瀬音の届く大広間   茂
 クレソン大好きなんです。先日も、おすそ分けに摘みたてをたっぷり頂きました。本当に瑞々しいんですね。掲句は、その清々しさ、清涼さが、瀬音とともに、大広間に広がりきっております。読んでいる私の部屋まで、その清々しさが広がりました。また、クレソンの、ちょっとしさ苦味も、句にアクセントを持たせています。
 <クレソンに水うなづきて流れゆく 山田みづえ>
 こちらは、表現の妙があります。クレソンならではの表現です。

春一番縄の電車が立ち往生   東 えんや
 <島の鳥船に来てをり春一番 中戸川朝人>
 掲句は電車、例句は船。どちらも動きのあるもの。何かをどこかに連れていくもの。しかし、どちらの句も、句の中では、電車も船も停まっていそうです。そこが、力をためて動き出すまえの、春らしい一風景のように思えます。

さくら散る桁下制限二メートル   ∞
 なんといっても「桁下制限二メートル」が愉快です。桁下に制限ある場所は、おうおうにして少し、窪地のようなところであります。その、窪んでいる、下がっている場所に、桜が散っている景は、この世でないような不思議さを感じます。散る桜の幽玄さが、良く出ているように思います。
 例句は、お堀に散る桜です。<落花一片千鳥ヶ淵をうち渡る 山口青邨>

鶯や空海像は動かざる   豊田ささお
 四国出身の私にとって、空海はとても身近です。もちろん、空海像にも馴染んでおります。地元では、「お大師さん」と呼んでいます。掲句の空海は、その空海さんのおおらかさや動じ無さがよく出ています。鶯というかわいらしい春を告げる小動物が鳴いても、動かないという、頑なさも良いです。もちろん、像であるから、動かないのは当たり前ですが、空海の心身ともの大きさが感じられます。
   <雨ふらし空海いつか眠りこけ 前田弘>
 例句は、空海がちょっとコミカルに描かれています。季語が、雨ふらしであるから、軽い気分で読めます。

弁当が花冷えだろうと告げて居る   意思
 お弁当が、冷え切っていたのでしょう。しかし、冷えは冷えでも「花冷え」。そこに、詩情があり俳句となっています。きっと、お花見会のお弁当。幕の内でしょうか、それとも手作り弁当でしょうか。イメージとしては、折詰のちょっと豪華な幕の内。夜桜かもしれません。花冷えだけれども、花を楽しんでいるのでは、と想像されます。
 <花冷えにの箱に音する吉野葛  桂信子>
 例句は、吉野葛が箱にあたって、音がするというもの。こちらも、花冷えらしい寒さは感じますが、やはり、それを楽しむ気持ちの余裕が見えます。冬の寒さではない、春の寒さには、明るさや楽しさがあるのですね。

花曇り鉛筆の芯丸くなり   スカーレット
 <ペン皿のうすき埃や花曇   富安風生>
 どちらの句も、花曇と文房具、それも筆記用具です。ということは、花曇の日は、手紙を書きたくなるのかも、と思いました。手紙でなくとも、何か書きたくなる、つまり、心が誘われるのでしょう。両句とも、動きのない句ですが、心の動きは大きくあります。そこが魅力です。

ぽけっとの夜明けの色のさくら貝   紅緒
 掲句は、夜明け色のさくら貝。
 <さくら貝拾ひあつめて色湧けり 上村占魚>
 例句は、色が湧いてくるさくら貝。
 どちらも、さくら貝の表現はちがっても、さくら貝の魅力は同じように伝わってきます。なんといっても、掲句の「夜明け色」が秀逸です。私も、「夜明け色」で何か作ってみたくなりました。

【予選通過句】

春陰の海渡りきし時鐘かな   石塚 涼

黄水仙風にならひて向きむきに   太郎

春灯ほのと明日発つ君包む   きのこ

山歩き交わすエールも春リズム   いつせつ

春陰に花の輪郭崩れたり   夢幻

鳴り止まぬ春の踏切修司の忌   学

その他の大勢として咲く桜   遅足

棟上げやつばめ礼装して参じ   孤愁

春の雷ことこと煮込むシチュー鍋   山上 博

引っ越しの最後に子犬山笑う   山上 博

咲き満ちて空を流るる桜かな   隼人

朧月重たさうなる耳飾   邯鄲

薄命を知らぬが仏蕨狩り   京子

張替へし障子に猫の頭突きかな   東 えんや

迷いなく図面を引きぬ鳥雲に   智弘

かろうじて三度三度のヒヤシンス   幸久

金堂の闇深々と花の昼   ∞

沈丁花英語塾にはカレーの香   おがわまなぶ

春燈や犬の放屁niのおおらかさ   おがわまなぶ

蜂乙女ショーウィンドーを闊歩する   戯心

春光や男のシャツの赤い縞   あざみ

巣箱作る空碧すぎる五時間目   たか子

さみしくて鱈腹喰ふや蛍烏賊   たか子

迷い出る駅北口の花の冷え   草子

夜桜はもう諦めた養命酒   スカーレット

ヴィヴァルディ流るる午後や鳥雲に   とほる

膝上のスカート揺らす花菜風   とほる

肩で風きって一生つばくらめ   紅緒

おたまじゃくし尻尾でものを考える   紅緒

花三分声失ひし友のメール届く   利恵

【アドバイス句】

漆黒の幹ありて映ゆ桜かな   洋平
 「映ゆ」が、説明しすぎていて、桜の魅力が伝わりません。例えば、比喩を使うなどして、桜を表現してみると良い思います。

羽毛ほど春眠の身の軽きかな   春生
 「羽毛」で、すでに軽さは、十分に分かりますので、下五がもったいないです。

頬張りて一字推敲草の餅   今村征一
 「頬張りて」が余分です。せっかくの、楽しい中七下五ですから。

大宰府の梅に初東風道真忌   雅風
 梅を出さずに、大宰府そのものに、初東風が吹いた、というように大きな景にされると、パワーのある句になるでしょう。

春耕や狼男出番なり   柳川紀真
 「狼男」、きっと、そこにユーモアを入れられたのだと思いますが、一般読者には少し伝わりにくいでしょう。やはり、読者に媚びるわけではなく、読者が理解できる句が良いと思うのです。


2014年4月9日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 東京は、まさに花の真っ盛りです。わが家の横の石神井川でも、酒盛りが始まっています。ところが、目黒川では、一番混む場所が花見禁止になってしまったり、上野公園でも、8時に消灯、解散となってしまったようです。治安の問題、ゴミの問題があるとしても、庶民の楽しみを奪うのは、ヘボだねえ。江戸っ子の風上にもおけねえや。

【十句選】

鳥雲に消えて久しき縁の下   伊藤五六歩
 天にある「鳥雲に」と、地にある「縁の下」との対比。確かに、縁の下のある家は少なくなりましたもんね。上5で切れていると読みましたが、「消えて」では両方にかかってしまうので、「絶えて久しき」とでもされたらいかがでしょう。

恋猫の皿舐めておりボレロ聴く   石塚 涼
 皿を舐めている恋猫と、「ボレロ聴くわたし」の取り合わせでおしゃれな句になりました。まるで、藤田嗣治の絵の猫のようです。

水甕の泥から生まる未草   夢幻
 確かに、大きな水甕に未草が咲いているのを見ることがあります。それを泥の中から生まれたと見たのが面白い。

白モクレン髭剃ってきてピアニスト   桃
 白モクレンの妙につるんとした表皮の連想で、髭を剃ったピアニストを思ったのが面白く、新感覚の句になりました。

雨音の底に横たふ朝寝かな   きのこ
 朝、目が覚めると天井に雨音がする、まるで雨音の底にいるような、と言った感じでしょう。「海の底」のような感覚で「雨音の底」と捉えたのがすばらしいです。

見えて降る雨とはならず糸やなぎ   今村征一
 日本語には雨の表現がたくさんありますが、こんな表現もあるんだなぁと、とても新鮮な感覚で受け止めました。「糸やなぎ」の取り合わせも、デリケートな雨にふさわしい。すばらしいの一語。

春光の眼に突き刺さる宿酔   みのる
 夏の光がまぶしいのは当たり前ですが、長い冬が終わって春を迎える頃の光は、もっとまぶしく感じることがあります。それを「目に突き刺さる」としたのが的確な表現です。「宿酔」が説明っぽく感じました、別のモノ(時間とか場所とか)があるのでは。

魚投げて選る春寒の臼谷波止   たか子
 着岸した漁船、あるいはその前にある魚市場の描写でしょう。とても珍しい風景を句にされたと思います。「臼谷波止」が難問でした。「波止」は波止場のハト。「臼谷」は、そういう地名が留萌にあるようです。つまり、ウスヤハト、らしい。もう少し一般的な地名にした方がいいのでは(笑)。

球春やライト八番孤独です   おがわまなぶ
 草野球では、ヘボはだいたいライトを守ります(球がめったに飛んでこないので孤独)。おまけに、打撃もパッとしない人が多い。そのクセ、お疲れ会では、人一倍ビール飲んで盛り上がるとか。そんなワケで、「ライト8番孤独」は、まさにわたしを詠んだような句。新しい季語、球春の名作句でしょう。

三椏の花は暗めの10W   岡野直樹
 三椏の花は、あまりパッとした花ではありません。たしかに10Wかも知れませんねぇ。余談ですが、江戸の行灯は1Wだった。この光で学問をしたのですから、目がよっぽど疲れたに違いありません。

【選外佳作】

バーバリのチエックの歩む春しぐれ   石塚 涼
 人間を、春帽子とか春日傘に置き換えていう事がありますが、この「バーバリのチエック」は新しい可能性を感じました。

点となる揚雲雀なほ声高し   きのこ
 上手な句ですが、類想句がありそうな気がしました。

デコポンのやうな齢となりにけり   今村征一
 「デコポンのやうな齢」がイメージとして膨らまなかったです。

散り頃といふ見頃あり夕桜   今村征一
 これも発見があって上手な句、やはり類想がありそうな気がしました。

花タネを蒔く子の法螺や虹の色   草子
 ちょっとでもヒントがあれば、どんな法螺なのかが分かったのに。それは季語の問題かも知れません。

青き踏むもうもどれないふたりとも   秋山三人水
 ♪帰れない 何があっても 心に誓うの〜 (はしだのりひことクライマックス「花嫁」みたいな事でしょうか。

ラー油ごときで死ぬせかい春の宵   黴太
 この方の句はどれも面白そうなんですが、イマイチ分かりませんでした。伝えたいことが分かる事も大切なことだと思います。

箸置けば破籠(わりご)が動く春の雨   意思
 「わりご」は、檜曲げ物のお弁当箱のようなもの。面白さがイマイチ分からなかったです。

老いたれば誤嚥性肺炎春彼岸   豊田ささお
 「誤嚥性肺炎」にチャレンジした事に敬意を表します。こういう句は、きっちり575にする事が大事だと思います。ぜひ再考のほど。

林道の巣箱は風の住み処かな   山上 博
 鳥が入っていない、という事なのでしょうか。それとも、風が住んでいるのを肯定的に捕らえているのでしょうか。たぶん、後者かな。

野火いまだ焼き尽くせずやくすぶれり   利恵
 風景は見えてくるのですが、下5がだらだらした感じです。

涅槃西風吹いて無呼吸症候群   伊藤五六歩
 病名俳句、575にはまっているのですが、季語との取り合わせもうまく行ってないように思います。

襟ぐりの広さに惑う春蚊かな   戯心
 新感覚の句だと思いました。なぜ春蚊なのか、ピンとこなかったです。

 以上、見落としはご勘弁、えなみ


2014年4月2日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 桜の季節になりました。
 皆さん、お元気でお過ごしですか。
 この季節の慌ただしさと緊張感は格別ですが、桜は何だか気持ちを明るくしてくれる花でもありますね。
 15年ぶりに、神戸の六甲山牧場に行きました。牛や馬は干し草を、羊は地面の芝生を、真剣に食んでいました。中でも、出てきたばかりの短い青芝を、顔も上げずにもくもくと食べ続ける羊の姿に感心しました。
 そんな緑うすい羊の丘に、丸い緑のクッションが、水玉模様のように残っているのに気がつきました。近寄って見ると、アザミの株です。地面に広がったたくさんの鋸葉の先に、鋭い棘がびっしりと付いていました。短い芝の芽を剥がすように食べながら、さすがの羊も、これには手(口?)が出せないようでした。
 さて、今回は、195句の中から。
 ベテランの皆さんの句を中心に、秀句が多く、採りきれないほどでした。

【十句選】

間紙の白にくるまる雛かな   石塚 涼
 間紙(あいがみ、あいし)は、大切なものを傷つけないように、間に挟む紙のこと。白い薄紙に包んで、大切に、雛人形をしまわれたのでしょう。「包まる」とするところを、「くるまる」と、自動詞にしたことで、雛人形が意志を持ちました。飾られて威儀を正していたお雛様も、ゆっくりと休みたかったのでしょうね。

一船に大桟橋の隠れけり   夢幻
 無季と気づかずに採りました。作者の注を見ますと、「クイーンエリザベスの横浜入港」と書かれています。そんな華やかな景が、「船」と「桟橋」という素っ気ない言葉で詠まれていることに、かえって俳句的な面白さを感じました。「一船に」の「一」、「大桟橋」の「大」が、効いていると思います。

畦川も古屋も花菜明りかな   きのこ
 「花菜明かり」は、「花明かり」同様、暮れてなお明るさを残す菜の花畑の様子でしょう。春の夕暮れ、花菜明かりの中に何を置くか……。はっとする新鮮なもの、現代的な風物を提示するのも一つの方向性だと思いますが、掲句は、「畦川」と「古屋」という錬られた言葉の、斡旋の良さでいただきました。

身を寄せて貝のごとくに眠りけり   遅足
 何か(誰か)に「身を寄せて」いながら、「貝のごとくに」眠る人を想像してみました。起きている間は甘えて身を寄せてくる子どもも、いったん眠りに落ちると、完全に一人の世界に入ってしまいます。子どもに限らず、眠りは、個々人にしっかりと小さな殻を閉じさせるものかも知れません。そのせいか、起きて寝顔を見守る者は、ときに孤独を味わいますね。この句も、無季です。

公園の鳩を集めてあたたかし   隼人
 パンくずなどを撒くと、公園の鳩がたくさん集まってきます。公園に散歩に出かけて鳩にパンくずを撒いてやる、というちょっとした積極性と、鳩が集まったことを素直に喜ぶ心情が、「あたたかし」とよく合っていると思いました。鳩たちの様子も、真冬とは違っていると思います。明るい春の一コマですね。

火のいのち灰になるまで真砂女の忌   伍詞堂
 火のような人生を全うした鈴木真砂女への賛辞としていただきました。母、妻、嫁、といった社会の枠組みから離れ、女性として個に徹して生きるのは、現代でも並大抵のことではありません。婚家を出た潔さ、その後の女一人の人生を築いてこられた努力は、火の命無しにはできないことだったと思います。

窯開けの朝の光にイヌフグリ   豊田ささお
 何日も火を絶やさずにたくさんの器を焼き上げる登り窯。焼成と自然冷却を経て窯を開く瞬間は、陶芸に携わる方にとっては、期待と不安の入り交じる特別な時間ではないでしょうか。その朝の光の中に見つけたイヌフグリ。それは、閉ざされた窯の中の長い夜や灼熱の焔と自然に対比され、青い星のように美しかったのでは、と思いました。

春愁のくらくら曲がるソノシート   紅緒
 ソノシートは、今はもうめったに見かけませんが、うすくて柔らかなビニール製のレコードです。そのソノシートが、手に取ると曲がって、ステレオで回すと波打つように見えたのかもしれません。ソノシートの頼りなく狂おしい様子が、春愁とうまく合っているように思います。坂口安吾の妻、三千代の「クラクラ日記」も思い出されました。

頭より歩む幼子花薺   とほる
 津田このみさんの句に「さくらさくら子供は頭から歩く」がありますが、これは、桜の花と子供の頭ですから、やや大きな子ども。掲句は、花薺との取り合わせで、幼子です。幼児は頭でっかちで、何をしても、まず頭が目立ちます。そして、その頭は、大人よりずっと地面に、花薺に、近いのですね。転んでも、頭を上げて歩き出す、幼児の姿を詠まれたのではないでしょうか。

げんげ田に潜み晩鐘聞きしこと   戯心
 かくれんぼか探偵ごっこかに興じていたのでしょう。畦に身を隠して、レンゲ畑に腹這いで潜んでいると、お寺の晩鐘(夕方の鐘)が聞こえてきました。この鐘の音を聞くことによって、作者は、春の日暮れをより強く感じたのではないでしょうか。全身をレンゲに埋める官能性と晩鐘の響きは、少年の日の鮮烈な一コマだと思います。

【その他の佳句】

薪はこぶ男の胸はやわらかし   あざみ

空色といふ不確かさ囀れり   学

もつきりの注がれ溢る桜かな   学

石鹸玉消えるをしほに別れけり   大川一馬

春寒や犬ひく人の代替り   大川一馬

流れくる香りに春と名付けけり   石塚 涼

かの山の節分草を見に行かむ   太郎

春耕や一鍬打ちて息を吐く   いつせつ

黒猫を日矢の射したる彼岸かな   夢幻

初蝶や門全開の鑑別所   茂

転勤の友を濡らして春の雪   きのこ

囀りの本音一途のすがしさよ   京子

木の芽雨ひかりふくらむ雫かな   山上 博

菜畑の迷路や母を呼ぶ声の   山歩

朝ぼらけいま馬の子が生まれたる   たか子

春の空いっぱい使い春の雲   遅足



2014年3月26日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 城山公園の桜のほころびを見つけました。これからどんどん開いて行く桜に、心もはやります。立派な木というわけではないのですが、元気でいて欲しい桜がいくつかあるので、今年はそこから訪ねたいと思っています。

【十句選】

山独活や波のびのびと昼の湖   太郎
 気の利いた小料理屋で口に出来るものの一つに、独活(うど)があるように思う。蕨や筍のようには、家ではあまり食べないので「何だろう」と食べながら、品書きを見ると「あ、独活だ」と喜ぶことが多い。海とは違って際限がある湖を、それでも波がのびのびと渡っていく春昼。湖のほとりで生えてきた山独活の緑が目に染みるようである。

余生をば学生気分で青き踏む   洋平
 「余生は」ではなく、「余生をば」と始まると、姿勢を正してこの人の決意を聴かないといけない気分になる。「余生」から「学生気分」そして「青き踏む」へと明るい言葉へ移っていくので、聴き終ったあとは広々とした心地になる。

春光の湾に打楽器漂えり   智弘
 「打楽器」には思いつくものから、カスタネット、タンバリン、木魚、木琴、ドラム、と、いろいろある。私はタンバリンかな、と思った。湾のほとりで、昨日の夕べにライブでも行われたのだろうか。今は春の穏やかな入り江を、「打楽器」が、この人のかつての夢の象徴のように彷徨っている。

春日和大雑把に部屋片づけて   ロミ
 三月後半も過ぎて、ようやく春日和を感じることのできる今日この頃。長く続いた寒さに縮こまっていた身体も自由に動かせるようになり、積み上げていた本や手紙を整理して机の上を広くする。冬服を、クリーニングに出せるよう大きな袋に詰めたりする。でも、あくまで「大雑把に」なのだ。一日片づけで終わるなんでもったいない。春の陽射しを浴びに出かけなくっちゃ。

春寒の三和土にひとつ光る瘤   サト
 「三和土(たたき)」というと、すぐに台所の土間を思い浮かべる。床が土のままの場所で、わたしの周りでは「土間」と呼んでいた。平らではなくて、すこし凸凹があった。今では、あまり見かけない。この方も、実家か古民家を訪ねた時に見た光景だろう。踏み込むと、土間は春寒の外気よりさらに冷たい。薄く射す春の光に、こっぽりと盛り上がった三和土の瘤ひとつが、暖かく感じられる。

ずんぐりな万年筆やあたたかし   草子
 ずんぐりな万年筆は、いかにも暖かい感じがする。春の到来までは、手に持つところの胴軸の照りさえ冷たく感じられたのだが。この万年筆、ペン先も極太のような気がする。万年筆で書かれた手紙や葉書を頂くと、そのたびに自分の愛用の万年筆?が欲しくなる。

遂に手袋片方失ひし   利恵
 手袋で句を作ろうとするときに、片方が無いという発想はまず除ける。一対になっているものの運命といおうか、いつかは忘れたり無くしてしまうものだから。無くすことが常習の私などは、痛恨の極みといったこの句の「遂に」という言葉に驚いてしまった。長く大事に使っていたのだろう。確かに気の毒な出来事だが、この真面目さ、几帳面さに思わず笑ってしまったのである。

ひかり号A3席の春コート   一茶の弟子
 春コートが目につく季節になった。新幹線ひかり号のA席は、春色のコートにふさわしい席だ。薄いコートだし、降車駅も遠くないのでコートを着たまま座っていたのだろう。あっという間に飛んでいく窓の景色ではなく、列車の中に見つけた春の到来。

西風にイヌフグリ投げ兄戦死   豊田ささお
 「イヌフグリ投げ」とは、その花をちぎって投げたということだろうか。やりきれない思いで、弟が思わず足元に咲く花をちぎって投げてしまったのか。あるいは、あの可憐な雑草の中で兄は倒れたのだろうか。西風に揺れる、紫がかった鮮やかなブルーの小花の群れが切ない。

恋猫を驚かしたる軒雫   春生
 子どもの頃寝床で恋猫の声をよく聞いた。その頃は、猫の声とは思わず、家の近くに誰かが人間の赤ちゃんを置いて行ったのに違いないと、思い込んだ。親は隣ですやすや寝ているので、布団を頭からかぶって耳を塞いでいた。そのうち眠ってしまい、バタバタとしたいつもの朝が始まっているのだった。この句、恋にやつれ果てた猫が、軒雫ほどの刺激にびくっとしている姿が、哀れでもあり可笑しくもある。


2014年3月19日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先日、東大寺のお水取りをはじめて見学してきました。
 お水取りが終わると春になるというとおり、ようやく気温も暖かくなってきましたね。
 さて、今回は三年目の三月十一日が近かったこともあり、福島原発や震災を詠み込んだ句がいくつかありました。好みやスタンスにもよりますが、時事ネタ、特に今回のように個々人の主義主張で使い方がはっきり分かれるニュース用語を使うと、かなりの確率で失敗します。用語を説明するのに一生懸命になってしまって、句がおもしろくなくなるのです。それでも挑戦することは大切ですが、めったに佳作は生まれません。
 ということで、今回は193句のなかから厳選です。

  【十句選】

恋猫います通り抜けお断り   せいち
 こんな看板、あるかも知れない。でも恋猫にとっては全て余計なお世話。

春の昼グーチョキパーと足の指   隼人
 グーチョキパーの(形の足指)なのか、グーチョキパーと足指の戦いなのか。何にしてもとてものどかな春の昼。

眠らんとして三月の海のそこ   京子
 海の底、スキューバなど現実を考えず、人魚姫などをイメージしたフィクションととりました。水温む季節ならお昼寝もよいかも。

おいちゃんおばちゃんタコも消え亀の鳴く   孤愁
 「誰もいなくなった」土地で聞こえる「亀の鳴き声」(想像)というのはシュールな構図。

桜貝むかしちいさな傷の跡   くまさん
 本人の意図がらは離れるかも知れないですが、貝じたいが「傷の跡」だと読むと楽しい比喩。

囚人の歩みのろのろ葱坊主   邯鄲
 囚人たちのための菜園でしょうか、贖罪のなかのつかの間の和らぎ。

これはこれは木瓜の花なりうなずきぬ   ロミ
 なぜ「ぼけの花」だとうなづくのか。よくわかりませんが、この無内容も俳句的。

胸に挿すペン一本の大試験   一斗
 入試には筆記用具は多めに持ち歩くのが通常ですが、あえて一本だけ挿す、ペンへの信頼。

チューリップチュっと奪はれプと笑ふ   ヤチヨ
 ういういしい学生同士などの恋愛を想像します。同じ趣向はたくさんありますが、擬音だけで成立させたことは努力賞ですね。

もうすこしだましておけば紅椿   あざみ
 だましていればどうなっていたか、その後が気になります。

【選外佳作】

ポタージュの薄みどり色春惜しむ   石塚 涼
 野菜のポタージュ、おいしいですね。ただ春野菜のイメージが漠然としているので、具体的な食材を入れてみたい。

時間帯指定で届く蓬餅   古田硯幸
 現代風俗をさらりと切り取りしていただきました。

指切りは五十年後の春の雨   伊藤五六歩
 春雨に時間の経過を感じるよい句ですが、「少年や六十年後の春の如し 永田耕衣」という名句を思い出してしまいます。

春の服似合はぬ色も試着する   きのこ
 似合うかどうか、念のため。春ですからね。

パンジーやいつも私はほらここに   茂
 花を擬人化して話させたならと面白くない。視線は下でもしっかり主張する野草と見ましょう。

遅刻する分かっちゃいるけどヒヤシンス   おがわまなぶ
 朝寝坊なのかどうか、遅刻と分かっていても身動きがとれず急げない焦燥感が伝わります。ヒヤシンスの爽やかさに助けられました。

母と子の磧にむつむ春の午下   えんや
 自由でありのどかな感じですが、あまりに予定調和。

春の宵脇役やめていいですか   岡野直樹
 主役ならやるのかな。 下積みの長い俳優の悲哀を想像しますね。

春一番ポイントカードは持ってません   秋山三人水
 ポイントカードの話題なら室内のはず。「春一番」という季語にした理由が不明でした。

春の雨艸かんむりに夢と墓   ∞
 なるほど、どちらも「艸」であって、成り立ちを考えると面白いですね。

曾孫の名忘れちゃっても春の星   草子
 うーん、曾孫にとっては悲しいですが、あっけらかんとしたところが長寿の秘訣か。

残る鴨欠席届けだしたもん   紅緒
 引きこもり、あるいはずる休み。「残る鴨」に自己投影しているような作者。

鈴の音は顕在的な春愁ひ   意思
 鈴と春愁の組み合わせは目を引きますが、「潜在的な」は説明的ですし、春愁ひとしてはやや当たり前。


2014年3月12日

早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ある天気のいい休日、六甲山系の摩耶山に登ってみました。快晴といっても二月の山、八合目より上は雪が積もっています。なんとか登れても下りは滑って、相当怖い。下山できずに遭難か、など大げさなことを考えながらも、枯枝を一本とってストックがわりにして降りてみると、とても安心して歩くことができました。雪のなくなった道に出て枯枝に、ありがとう、と話しかけて山肌に転がしました。

【十句選】

あの影はどの雲のもの春の畑   きのこ
 どこかで見た懐かしい光景です。雲の比較的小さい影があり、そこだけが暗くなっている。その地面が春田というのがいいですね。明るい気持ちにしてくれる、柔らかい句です。

ホワイトデー卑弥呼の口角上に向く   孤愁
 口角が上に向くということは、笑ったということですね。しかし卑弥呼となると、ぞーっとするような不気味な笑みが浮かんできます。でもってホワイトデー。助けてくれっ!漫画的ホラー俳句(笑)

介護士の筋肉ブルルン山笑ふ   鴨川美知
 介護士の胸板厚し山笑ふ、としました。介護士は裸ではないので筋肉が見えてはおかしいのかなと。力仕事の介護士、でも華奢な人もいます。でもそんな人でも胸板が厚いと思える。色づいてきた山も笑って応援しています。

春は曙治らないのは口内炎   Kumi
 春はなんといっても素晴らしいのは曙。で、治りにくのはなんといっても口内炎。なんのこっちゃ(笑) 軽いノリできまりました。

ひも理論どう考えようと春の塵   ∞
 ひも理論どうしたものか春の塵、ではいかが。ネットで調べると、「万物の根源である素粒子は極小のひもで出来ていると考えます。開いた1本の線のようなひもだったり、輪ゴムのように閉じたひもだったりして・・」だそうです。この難解な理論と春の塵が絶妙ですね。

男雛浮気しさうな顔をして   邯鄲
 男雛浮気しさうな雛もをり、ではいかが。これは女雛では面白くない。いつの時代でも、どの世界でも男っていう奴は、という非難の声がどこからともなく聞こえてきます。

行平に塩味ひかる野蒜がゆ   彗星
 行平鍋という鍋があるのですね。そこに早春の野趣あふれる、できたばかりの野蒜がゆ。ひかる、がいいですね。塩のひと粒ひと粒がキラキラと光っているようです。

ゴドーなぞ待つでもなしに潮干潟   伍詞堂
 サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」のゴドー。よくは知らないですがミステリアスな文学の登場人物を、待つでもなしに、とひと捻りして春の大潮の時期の大干潟に佇む作者。うーん、かっこいい(笑)

如月の暑き国なり巨船航く   和久平
 如月の暑き国へと巨船航く、と読みました。意表をつく俳句です。確かに二月といっても、南半球は暑い。ブラジルをイメージしましたが、そこへ今から出航する巨大なタンカー。新しい視点の俳句と思います。

春埃付けて顔出す鳩時計   中 十七波
 鳩時計から出した鳩の顔に、ふと春の埃が付いていた。ただそれだけなのですが、その鳩の顔が、哀しいような、可笑しいような気がしました。人生の中のささやかな日常。

【選外佳作】

春の水かんばせ緩むこともあり   石塚 涼
 春の水を見た気分が出ています。

昼の湯に母を入れやる梅日和   一茶の弟子
 老母を大事にお風呂に入れてあげる雰囲気が出ています。

枝垂れ梅光悦垣の古刹かな   一茶の弟子
 綺麗な景ですが、植物が二つは避けたほうがいいと思います。

春光や鳥と話をする男   古田硯幸
 私も猫と話をしています。

鶯や藪から藪へ陽をこぼし   まゆみ
 藪の木漏れ日が目に浮かんできます。

春光や和紙に包まる有平糖   太郎
 あの硬質のつやつやとした飴ですね。面白いものに目をつけられました。

クルックークルと鳩鳴き水温む   きのこ
 二つめのクルがいいですね。

春めくや中々合はぬアンサンブル   きのこ
 メンバーの苦笑や照れ笑いが見えてきます。

春夕焼四匹目ゐし塀の猫   きのこ
 野良猫って、たいてい群れていますね。

春風が聞きたくてとる受話器かな   らっこ
 春風を、でもいいですね。どんな相手なのでしょう。

投げ放つハンマーの弧や春めきぬ   学
 槍投げて槍に歩み寄る春ひとり 能村登四郎 を思い出しました。

風光る石積高し御船倉   学
 萩市の立派な御船倉ですね。風光る、がいいです。

影踏の影なかりけり鳥雲に   学
 正午頃でしょうか。不思議な感じも少しします。

節分会太鼓のひびjく舟留   えんや
 時代劇の一シーンのようです。

受験子に日差し遍し昼弁当   孤愁
 みんな、ほっと一息ついている雰囲気が伝わってきます。

人住まぬ隣家の庭の余寒かな   洋平
 放置された庭の寒々と感じがよく出ています。

日脚伸ぶバリカンかざし父の呼ぶ   洋平
 家の中の微笑ましい光景です。

啓蟄やサンバツイストフラ連も   鴨川美知
 啓蟄の頃の、何でもアリのうきうき感が出ています。

春耕の運転席に電話来る   一斗
 くる電話、としたどうでしょうか。忙しい時に電話は来るものですね。

白湯ながらあまみのありし雪解水   一斗
 そう言われれば、甘そうに思います。

春あけぼの産み落とされし島の影   紅緒
 古代神話の淡路島を思い浮かべました。

三・一一失ひしもの***なり   夢幻
 あまりに膨大なことを表しているのでしょうか。新しい試み。

春茜S字カーブの先にあり   夢幻
 先端に、ではどうでしょう。面白い構図ですね。

三つ折りの傘に春愁畳おり   茂
 をり、か、けりではどうでしょう。小さな傘に畳めそうな春愁。

ふらここや一発勝負に賭けてみよ   茂
 ブランコから飛び降りる覚悟ですね。

黒板に指数関数梅ひらく   ∞
 指数関数と梅が関係がありそうです。

うんちくの碗皿揃え花菜漬   たか子
 たまにはお気に入りの、よそ行きの器で食べるのもいいものです。

スイッチは黄色い紐です春の宵   岡野直樹
 紐のスイッチというのが、懐かしくていいですね。

東風吹くや開店前の美容院   天野幸光
 なにげない風景。東風がいいです。

楓の芽横浜港のばかやろう   あざみ
 突拍子のなさが面白い。

放課後の石膏デッサン日脚伸ぶ   中 十七波
 三学期の教室の雰囲気が出ています。ちなみに一月の季語です。

囀りやヨガを始めて三ヶ月   中 十七波
 そろそろ慣れてきたヨガのポーズ。鳥も励ましています。

【ひとことクリニック】

◎こうされては?
あけぼのの日の良く伸ぶや黄水仙
・・中七を、日の伸びていて

春昼や缶ドロップの音かろし
・・下五を、音のして

伝言は書きかけのまま春疾風
・・上五を、伝言板

炎の音の中の水音牡丹の芽
・・炎にも水音のあり牡丹の芽

町捨つる人もありけり雪濁り
・・下五を、春の雪

半袖でとおす男の子や水温む
・・中七を、とおす少年

揚雲雀気球の客となりにけり
・・揚雲雀気球かすめて行ったきり

工場の土管うかがう春の猫
・・中七を、土管の中の

かかと踏みポストまで行く春なりぬ
・・後半を、ポストまで行き春の泥

惚れ薬もう使い切り春の暮
・・中七を、発明したり

幸せは断念後の亀の鳴き
・・幸せを断念したら亀の鳴き

フェルメール少女の目線海鼠見る
・・フェルメールの少女みつめる青海鼠

春動くアバンギャルドのボ−ルペン
・・下五を、な色鉛筆

船滑り片す作業の浅き春
・・船道具片付ける人春寒し

開け放つ加工場春の寒さかな
・・開け放つ加工場の窓浅き春

割烹着姿の母や彼岸西風
・・中七を、姿のリケ女

心音に見入るモニター木の芽晴
・・心音を映すモニター

初蝶や鉄路の土手は急傾斜
・・後半を、線路の土手の急な坂

目刺の目たしかに吾を見てをりぬ
・・さっきからこちらを睨む目刺の目

座の後ろ女ばかりで雛(ひひな)かな
・・下五を、雛祭り

物言はぬ兄おとうとぞ雛まつり
・・中七を、兄弟のいて

◎説明
以前以後春の浜には変らねど

春の星三つ見つけて優良可

流行の先端を行く花粉症

灰を入れ寝かすごとくに馬鈴薯植う

沈丁花眉間の皺のやはらぎぬ

一万の花の宴会馬酔木咲く

分水嶺の雪間を結ぶ鳶の舞

足弱の軽自動車に木の芽吹く
・・足弱が説明

満天星のマッチ棒ごと芽の出でて

コンプレクス抱き帰り路梅白し

読んでも書いても無力な我に友の訪ふ

◎報告
グランドの真ん中に立つ雪達磨

春めくや身づくろいする鳥の群れ

雨に濡れ浮かぶ木舟や春の川

茶が咲いてちょろっと本音がでちゃったよ

ランナーの皇居一周つくしんぼ

傾斜地にかたまり出づる蕗の薹

◎理屈
つちふるや黄河の流れ細りたる

三・一一デラシネと知る吾もまた

春泥の轍は砂漠化早めたり

高所恐怖症凧くすの木にしがみつき

◎類想
春の波東京湾を飾りけり

春雨や昔の友と出会う町

草萌にバスは大きくカーブする

蹲の真中の春の月掬う

病変を取り除いてや春の鴨

黒猫の欠伸している春の雪

野蒜摘む消費税など気にせずに

弾ける子閉じ籠る子や桃の花

日だまりに集へる老の梅見かな

◎あたりまえ・そのまま
生簀より泥鰌出たがる節分会

面倒な話は嫌いうぐいすもち

省略は俳句の極意うぐいすもち

細かい男は嫌よ鶯餅

腸わたの苦きに味の目刺かな

寒(さむ)や蝶傷つきやすき翅ならむ
・・凍て蝶の

球春やLA・NY野球帽

淡雪のごとき男の別れかな

一条の光りを浴ぶる福寿草

腰重き古女房や春炬燵

電線に危うさ載せて春の雪

説法に背きしことも班雪
・・誰もがそう

如月のマレーシアにゐて色眼鏡

一仕事終へて囲むや草の餅

雪柳ほつりほつりと咲き始む

捨てられて恋する猫になりました

一年中ジーパン姿雛飾る

弱気のみあふれくる夜草餅買ふ

◎つきすぎ
夢一つ梅の蕾のふくらみと

垣根なす山茶花の色古都の寺

飛行船ぽかんと浮かぶ春の雲

箒目の残る境内地虫出づ

床の間の候文や雛飾る

◎言葉の重複
淡々と素気無きことば言った春

土恋し大地にあぐら深呼吸

土恋し大地に寝ころび手足伸ぶ

春眠や寝言の嘘の嘘半分

枝ぶりはFの英文字梅の花

球春の三角野球空地なし

福耳に届くせせらぎ水温む

恋猫やサザエさんちのタマ駆ける

風光る紫陽花の芽のひとり言
・・季語重複

白樺の林の朝や蕗の薹
・・植物二個

◎言い過ぎ
小雀や都育ちのたくましき
・・夏の季語?

山笑ふ終業ベルの高らかに

◎川柳
大雪にあわてふためくみやこびと

雛祭りイブの主役は三十路越え

◎主観・感想
ところ得て寛いでゐる落椿

剪りとって水仙の香の重たかり

大舞台魔物ひそむか龍の玉

冴え返るそのたびごとに齢(とし)思ふ

雉子鳴くや今朝見し夢の忘れたし

◎句意、情景がわからない
うたかたの水の輪広げて春の鴨
・・景?

春暁や榛名の空の珊瑚色
・・地名?

置き手紙置かず出奔春怒濤

啓蟄や時計を5分進めても

豆を撒く芸妓にたかる節分会

切り口を揃へ水仙商へり
・・揃えが?

さなちゃんのうららかハーフバースデー

幾代を経し不成柿(ならずがき)芽吹初む

遅咲きの色に開きぬ梅の花

児は傘を逆さにしたる春の雪

眼の玉を綿雲に乗せ春山河

今様の伊勢講ならん近鉄線
・・季語は伊勢講ですか?

川向きて食べたと笑ふ桜餅
・・誰が?

啓蟄やアラエイティもラッタッタ

腕組んで歩きしは何時朧月

わが家も小さなおうち猫の恋

封を切る春のコートも脱がないで

亀鳴けり月の港のまだ遠く

寄居虫の好きと言えないわけがある

無添加のりぼんと思ふ春の風

早春の酢文字朱色の皿の上

球春やホームで真似るスローイン

鶴帰るあんばいおたのもうします

自転車の霜髪にのり春の風

鏡凪して春光を返す潟

純白が統ぶる世界や冬茜
・・白い?

生活はやひとりの十年目貼剥ぐ

ステントの刻む心音初蝶来

・・ステントが刻む?

春霙目線外して考える

猟期果て方便ぞもとの犬殺し

福節を終えし海なり巨船航く

牡丹の芽抱えて待ってる血の袋

あたしこそ本物ですわアスパラガス

その度に捨ててきましたつくつくし

啓蟄や聞いた覚えの無きことよ

春泥の砂漠になるまで鳩で居る

春の夜は肉屋の割引券が舞ひ

春の雪瓦一枚くれてやる

蟻腰腰の茶杓泪は静かなり

◎三段切れ
春動き車が動き人動く

春うららキリンの瞳樹木希林

光あれゲーテの命ふきのとう

フェルメール北のモナリザリラの花

◎言葉が無理
窓越しの乾拭き主夫や恋の猫

風花や幼児名残の誤字を書き

幼児絵の桃の節句のねがいごと

老老の行く手地獄のかまのふた

◎その他
ぴったりと塞ぐ睫や春寒し
・・目を閉じる? つけまつげ?

春疾風たたらを踏みし男かな
・・原因結果。

大波や東京湾に春告げる
・・主語なし。

朝寝して潮鳴り夢の中に聞く
・・ごちゃごちゃ。

玄関にのさばる猫や恋終る
・・種明かし。

春炬燵蜻蛉日記は読み飽きた
・・本当?

ユルキャラが大道闊歩寒明くる
・・ゆるキャラを具体名に。

風花やあの日あの微笑み返し
・・漠然。

春光のうるみきらめくあくびかな
・・動詞が多すぎ。

散歩する猫に移り香梅の花
・・大げさ。

啓蟄や微糖をやめてブラックに
・・只事。

白梅やリス仰天の咳ひとつ
・・大げさ。

胃袋にキズもつ男桃の花
・・詩がない。

留学生故郷へ電話水温む
・・甘い。

伊勢参擬宝珠手擦れて輝きぬ
・・季語?

利休木忌に喫茶す夜や雪の舞ふ
・・季語が二つ。


2014年3月5日

小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ソチオリンピックが閉幕しました。人間はつくづくドラマが、それも結末のわからないドラマが好きです。平凡な日常に多くのドラマを得て、人々はまた平凡な日常へと帰っていきます。力が出せなかった選手の気丈なインタビューになぜか「ごめん」と謝りたくなりました。7日からはパラリンピックが始まります。選手と一体化する日々はまだ続きます。オリンピックの期間中にもかかわらず、たくさんの俳句、ありがとうございました。

【十句選】

春雷や返信はがき欠に◯   伊藤五六歩
 「春雷」は夏の雷のような激しさはなく軽く鳴る感じがします。返信はがきの出欠に関しての句はよく見かけますが、春雷とのコンビで「欠席」に深い事情があるとは思えず。「○」がよかったのでマル。

母の忌や輪中をめぐる春の水   大川一馬
 春の少し温んだ水が集落をゆっくりめぐる日。お母さまの忌日がこんなにもさわやかに詠まれた句をはじめて見ました。感情を抑えた表現にお母さまへの愛が感じられます。

風邪ごこち司馬文学の余談余話   孤愁
 風邪気味なので小難しい話は読めません。「余談余話」がぴったり。「司馬文学」が「司馬遼太郎の文学」だということはおそらく伝わると思います。

頭より目刺を食うて総入歯   隼人
 がはははと笑ってしまいました。まるで入れ歯が目刺をまるかぶりしているようです。これは語順が成功しています。「総入歯」が最初にきていたら採りませんでしたから。楽しい句をありがとうございました。

寒椿おとうさん役を降りる   岡野
 いろいろなことが想像できる句です。劇などで「おとうさん役」を降りるのか、父母両方の役割をこなしているシングルマザーなどが「おとうさん役」を降りるのか、実際の父親が「おとうさん役」を降りるのか。いずれにせよ「降りる」と自動詞ですからちょっと切ない決断。寒椿と合っています。

春菊を掲げて買へり道の駅   たか子
 「これください!」と高く掲げた春菊。○○さんの春菊とか農家の人の名が書かれた道の駅の野菜でしょうか。できあがった春菊の料理の香りや味まで共感できる一句でした。

茎立つや厨にケーキ焼く匂ひ   くまさん
 いろんな冬の野菜の茎が伸び、薹がたってきたなあと思うころようやく春の気配がします。作者の立ち位置は戸外であるということがはっきりしていて、厨からこぼれるケーキのにおいがとてもおいしそうです。春の厨の躍動感も感じられます。

鬼さんは手の鳴るほうへ鳥雲に   紅緒
 「ほうへ」の「へ」と「鳥雲に」の「に」、この方角を表す二種類の助詞が少しわずらわしいなあと思いました。しかし、鬼が手の鳴るほうへ導かれ、やがて鳥たちに紛れて雲になって飛んでゆくと想像すると楽しくなって選びました。

宝くじ売り場の列や涅槃西風   とほる
 「涅槃西風(ねはんにし)」は俗に浄土からの迎えの風といわれています。当たりたいと思って宝くじを買う人々にありがたい風が吹くと、もしかしてと思えるから不思議です。列の人々は天に舞い上がる気分になれるでしょうか。

胃袋は無くても平気春の鯉   あざみ
 冬の鯉はえさをあまり食べませんが春になると食欲がでます。鯉のあの食べ方は、口がまるで胃のようです。ご自身の事か近しい人のことかはわかりませんが、「平気」には軽やかな愛情が感じられます。

【その次の10句】

残る鴨岸辺に警視の忠魂碑   まゆみ
 整った佳句です。

登校児逆さの傘に雪ためて   吉井流水
探梅や一つの花に空ひとつ   遅足
底見えぬ井戸に声ある余寒かな   今村征一
リニューアルの回転寿司屋こぶし咲く   茂
 現代の風景で「こぶし」もよく合っています。10句に採ろうか最後まで迷いました。

雪溶けて具合の悪い蝶番   遊飛
 面白い取り合わせだと思いました。10句に採ろうか迷いました。

病むときも健やかなときもゴム風船   おがわまなぶ
 病む時も、また健やかな時も、愛し、敬い・・・結婚式のパロディーでしょうか。

春の闇どこかでページめくる音   ∞
旧姓を呼ばれて「ぽっ」とチューリップ   ロミ
 「ぽっ」のカギ括弧がなければ10句に採っていました。

何年も寝かす木材百千鳥   佐々木博子

【良いと思った句】

仏壇に母の痕跡春動く   古田硯幸
手長猿二の腕辺り春が来て   石塚 涼
 三つに切れてしまいました。「手長猿の二の腕」または「二の腕辺りに春が来て」のどちらかに。

春宵の遺影に灯るえくぼかな   洋平
下萌や牛舎の牛の高き声   太郎
 光景がよくわかり春のうれしさも表現されています。

爪割つて爪切りさがす余寒かな   二百年
早春の干潟に集ふ鳥いろいろ   きのこ
篆刻の研ぎし印刀冴返る   天野幸光
待ちわびて音のこぼるる梅土鈴   夢幻
下萌えに後ずさる犬老いにけり   智弘
集落と言へど五・六戸蕗の薹   せいち
ふくよかな人に大根貰ひけり   えんや
イヤホーンマスクケイタイ春寒し   京子
初蝶の心音嬉し野の地蔵   戯心
午の年黄金比なる顔が行く   柳川紀真
大寒や丑三つ時の梁の音   山歩
万感は一字にありと梅ほつほつ   草子
スカートに隠す少女の春の脚   邯鄲
はるとなりよちよちとどく回覧板   羊一
紅梅の空に残りし飛行雲   豊田ささお

【気になる句】

春一番名乗り上げつつ野を走る
 「春一番」という季語をそのあとの言葉で説明してしまっています。季語はその本意を共通理解していますから説明は不要です。自分でみつけた風景を自分の言葉で表現してください。

バレンタイン見返りのない職場にて
 自分の気持ちを出してしまいました。こうなると読者に想像の余地がなくなってしまいます。例えば、「バレンタインぼくねんじんの職場にて」などと変えてみます。これでもまだ意志がでていますが少しはそこにいる人々を想像できます。というふうに工夫を。

春うららペダルの足も軽やかに
 一見楽しそうな句ではありますが「春うらら」の気分を説明したに過ぎません。なので「軽やかに」は不要です。ちょっとずらして、私なら「春うららペダルの足の筋肉痛」とでもしましょうか。遠出したのだろうなあという想像が少しはできます。

【番外編】

 今回はなぜか「俳句」に関わる句が3句ありました。
落葉の如集まれし句天に舞へ
浮かび消え十七文字や牡丹雪
下萌や野には俳句の無尽蔵
 「そうだそうだ」と膝を打つ句はあるかもしれませんがそれ以上にはっとするということはありません。世に題材はそれこそ「無尽蔵」です。個性的な一句をお待ちしています。