「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2014年6月25日

小西雅子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今回が私の最後のクリニックとなりました。5年間よくぞこの怪しいドクターにお付き合いいただきました。どこのどなたかわからず、句によってその方を想像するのは楽しい作業でした。失礼がありましたらお許しください。
 さて話は変わりますが、サッカーのW杯「ブラジル大会」がはじまりました。世界の選手の素晴しいテクニックや目を見張るスピードに感動し、人間は動物なのだと実感しています。時には自分の動物的感性を信じて俳句を作ると良いかもしれません。多くの投句ありがとうございました。

【十句選】

食パンへ光の蜜や五月来る   遅足
 素敵な5月の朝です。食パンとハチミツというシンプルな朝食。それが世界を輝かせるような希望に満ちた風景になりました。滴る光のストップモーション。

ふこふこと息して蜥蜴夕暮るる   きのこ
 蜥蜴の呼吸を「フコフコ」というオノマトペで表現された句をはじめて見ました。蜥蜴へのやさしさも感じられ。今回イチオシの作品。

(九龍の街角)店先の蛇のとぐろや広東語   大川一馬
 独特な景色。「広東語」という下5をよくぞ導かれたと感心。前書きの「九龍の街角」は説明し過ぎにより不要です。俳句は虚構でもかまわないので。

いつまでも若き遺影や夏座敷   吉井流水
 俳諧味のある句。涼しくてがらんとした夏座敷。そこにある遺影。早逝の方の遺影でしょうか。それとも写真を早くに準備しすぎたとか。いろいろ考えられるのですが、遺影が年をとるはずはないという少し川柳に近い句ではあります。

夏布団五枚重ねに猫眠る   えんや
 なんという猫。牢名主のように鎮座するとは。「夏座布団」という設定に意外性がありました。

紫陽花の深きに人魚匿へり   博子
 紫陽花は海。手柄は「深きに」です。ここで人魚との不思議な取り合わせができました。ただ「匿へり」は不要かと。紫陽花の深い所に人魚がいるよというだけで魅力的です。

蛇口ごとごくり呑み干す炎暑かな   戯心
 わかります、わかります、この気分。「水」がどこにも出て来ないところが素晴らしい!

大好きなあなたにあげる夏の雲   あざみ
 「大好きなあなた」から始まる物語。あげるのが「夏の雲」とは驚きです。真っ白でムクムク膨らむ夏の雲は、「あなた」への愛そのものです。母音「a」のリズムも良く。

砂浜へ続く校庭夏燕   中 十七波
 こんな学校いいなあ。そのように思える光景が12文字でしっかり表現されています。そのあとの「夏燕」の闊達さが目に浮かびます。

車椅子押す六月の坂長し   とほる
 「六月を綺麗な風の吹くことよ  正岡子規」のように6月は雨の合間に時折心地よい風が吹きます。作者の事かどうかはわかりませんが、長い坂道、車椅子を押すのはたいへんです。そのたいへんさを受け入れるかのように淡々と詠まれているのは綺麗な風吹く「六月」にぴったりだと思いました。

【その次の10句】

苺から滴るものを受けようか   石塚 涼
 苺の瑞々しさに思わずかぶりつきたくなるような句です。シンプルさがとても良く。

今日ひと日物言わぬ口胡瓜もみ   まゆみ
 今日は誰ともしゃべっていないなあと思いながらまた黙々と胡瓜を揉む。口と手が胡瓜を生かしています。

石楠花や鳥語人語とあふれをり   太郎
 鳥も人も寄って来る石楠花。声が混じり合って平和な空間が生まれました。

浜昼顔避けて足跡浜辺より   山上 博
浜昼顔は浜辺の人気者です。花を踏まないようなルートを歩いて来た人の気持ちがさりげなく詠まれています。

トマト置き男料理の出来上る   隼人
 男料理の仕上げがトマトとは。オシャレな現代の光景。

時の日や針に鳩おく花時計   山歩
 「は」音の連なりが「時の日」という生真面目な季語を明るくしてくれました。

紫陽花にブラジルの声揺れてます   桃
 球形の紫陽花はまさにサッカーW杯ブラジル大会。「ブラジルの声」は紫陽花の字面ともぴったり。語順を換えて「ブラジルの声揺れてます濃紫陽花」などとすると上から下に一直線になりません。

乳飲めばピタリ泣き止み梅雨晴れ間   スカーレット
 赤ちゃんの素直さが梅雨晴れ間によく合っています。

暗き水あり睡蓮の葉のあいだ   ∞
 人が気づかない「暗い水」を発見されました。簡単な言葉で奥行きのある風景を表現した佳句。

天金の書に薄日さす桜桃忌   紅緒
 太宰治の忌日、6月19日。天金に差す薄日のアンニュイは「斜陽」にも通じて。

【良いと思った句】

待ちに待ちひとり夕餉や冷奴   いつせつ
ヨハネ祭洗者はイエスより美男   伊藤五六歩
白南風や書肆の窓拭く女店員   正保
水色のカクテル夏至の夕窓辺   茂
由布島の水牛の糞夏の海   古田硯幸
バルジャンの肩の荷重し花十薬   孤愁
五分だけ聞いてくれるか蝦蟇   せいち
二人居てゆるりと過ぐる夏時間   夢幻
つんとくる辛子が好きで冷奴   今村征一
アリバイの出口が消えた夏の森   とれもろ
短夜を枕のそばの賢治かな   京子
インターン六腑指折るあめんぼう   智弘
蚕豆や小さき順に食ふ園児   邯鄲
薔薇のなか戻れぬままのリルケの手   秋山三人水
竹煮草手押し車の軽き音   南 次郎
廃坑の錆びた鉄骨雲の峰   すずすみ
透析の血管と万緑の水と   豊田ささお


【気になる句】

つよき花その名も哀れどくだみと
 「つよき」や「哀れ」は作者の感情です。感情を入れてしまうと読者に想像の余地がなくなります。どくだみの登場する作者独自の景色がほしかったですね。

三鬼の忌露人そのあと哭きにけり
 「露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す  西東三鬼」を知っている人には物足りなく、知らない人にはわからないという範囲から出られませんでした。もう一越え。

幸せはこんな姿かサクランボ
 作者が先に納得してしまいました。「こんな」に具体性があれば。

髪洗ふ頭ではなく頭蓋骨
 面白い句です。しかし「頭ではなく」という説明が余分でしたね。「髪洗う頭蓋骨洗う○○○○○」で推敲したら名句になりそう。

ゆすらうめ妹はまだおなかの中
 「おなかの中」が字余りでリズム感に欠けます。「まだ」は要りますか?

つきまとふ一匹の蚊のうるさかな
 「つきまとう」や「うるさかな」は「蚊」という虫の本意ですので不要です。これ以外の景色を何か。


2014年6月18日

岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 句を選ぶとき自分が解らない句にはどうしても手がのびにくい。なぜならこの場所に解っていないことは書きにくいからです。解らないという事態はこちら側の読解力不足、知識不足と作者側の技術不足両面あるのですが、もうひとつ短いが故の俳句の宿命のようなところもあります。解らないが気になる、魅力がある、そう思わせる句はあるもので、そのような句にどこまで手がのばせるか、いつもそこを問われているような気がします。さてさて・・・

【十句選】

観音は薄目ゆすらの実の熟るる   まゆみ
 観音像の半眼を薄目と表現したのが大胆で魅力的。上五になんともキャッチーな語をもってきたのが成功。薄目としたことで観音が山桜桃の色づくこの時季の自然界を見ているようです。実際にこの句がどんな場でつくられたかは解りませんが、観音の半眼と山桜桃の実は普遍的な詩を獲得しています。ウスメ→ユスラ・・と音韻的効果も。更にウスメ→ユスラウメと強調する手もあったかもしれません。

ぼうふらのよろこびをるを見ていたり   二百年
 ぼうふらをさっきからじっと見ている。ぼうふらのその動きをよろこんでいると思う。暇です、ばかばかしいくらいにぼうふらと同化している。この無為の時間が俳句的といえば俳句的。不思議にぼうふらへの嫌悪感が薄れる。次にぼうふらを見たときはこの句に影響されそう。この仮名遣いでいえば最後は「ゐたり」ですね。

安産と一報のあり枇杷の種   茂
 待ちに待った出産の知らせ、喜びと安堵。さあ下五の季語はなんだ?ここが勝負のしどころ。このような構造の句作りは実に多い。もう季語だけで決まる。
 じつはどんな季語でも一応の形にはなる。この句の成功は季語「枇杷の種」が前半の内容から切れている、その適度な距離感にあります。そしてあの黒くて大きい種の実在感です。

つり銭の魚臭さや迎へ梅雨   孤愁
 読者の記憶に俳句の言葉が一瞬同期する。それがいわゆる共感するということ。句会などで安易に共感を安売りしてしまいますが、多くの共感を呼ぶ句はそれだけ没個性になるというジレンマも抱えています。ということでこの魚臭いつり銭はぎりぎりのところ、あるある!という記憶。なるほど梅雨時はあらゆる臭い、匂いが立ち上がってくるような気がします。視覚に傾きがちな俳句ですが、有名なプルーストのマドレーヌ菓子をもち出すまでもなく、味覚、嗅覚の記憶にはまだまだ鉱脈が眠っているはず。

よく読んで「食後」「食間」薬狩   孤愁
 薬狩とは陰暦5月5日、山野に薬草を採る中国から伝わった風習らしい・・知らなかった。ということでこの句は現代の薬狩。医療機関からその都度処方される大量の薬。食前、食後、食間、就寝前、と正確に服用するだけでも一仕事。薬狩という古い季語にはたきをかけて、見事に批評性をもたせました。

交番の留守の机に浮いて来い   隼人
 交番があまり留守でも困るが、まあ平穏なんだろうなあ、この町は。その平穏さを演出している浮いて来い。このシチュエーションからいくつかのショートストーリーを想像できて楽しい。舞台を無人にしておいて物に語らせています。浮いて来いをお風呂場から出してこんな場所にもってきた、お手柄です。

毛虫降る午後には午後の時間割   秋山三人水
 さあ困った。書いてある言葉の意味は全部解るのに、一句としてはなんだか解らない。この句の前を何度も行きつ戻りつして、えい!とばかりこの句に飛び込みます。解らないなりに妙にひっかかる魅力。毛虫降るは尋常ではない、聞けば生駒もニューイングランドも毛虫の異常発生らしい。この前半の尋常ならざる自然界(そして生命力溢れる生な感じ)と後半の尋常、正常に物事が時間割どおりにきちんと進行する人間界との対比。大雑把にそういうことですか?おそらく午後の時間割がなにも言いとめていないのだと思いますが、この妙に平熱の措辞は毛虫との対比でおもしろく、いろいろ考えさせる。

やさぐれて爪は真っ赤よ蛭に塩   あざみ
 レディース?茶髪で、特攻服で、木刀もって、怖!(ほとんど映画で得た知識ですが)蛭に塩は成句でおそれ忌むものの前でしおれ縮むさまだという。青菜に塩のもっときついやつか?レディースの前で縮んでいるのではなく、レディースが怖い誰か(なにか)の前で縮んでいるんだと。その誰かは謎、ひょっとして純愛だったりして。成句をつかいながらぬらぬらした蛭とか赤いマニュキアとか濡れた質感が句のキャラクターをつくっている。レディースと決めつけてしまったが、きっと蛭のイメージが上五中七の女性像に影響しているからだ。

騒がしき宇宙のへりに昼寝する   戯心
 豪快でなんとも大らかな句にみえるが、反語的に最近の落ち着かない世相を召喚してしまう。それは騒がしきという感想や、へりと限定したあたりの働き。
 作者の本意はいざ知らずそう読めてしまうのです。この縁(へり)は宇宙のなかの地球、地球のなかの日本と、どんどん辺境化していきます。エジプトやウクライナ、そして東、南シナ海、解釈で憲法も意のままに、とか確かに騒がしくて昼寝もままならないはずなのですが。

夏座敷まづは暦を外しけり   おがわまなぶ
 夏座敷への過程を詠んでいる。暦を外し、そして襖、障子と外して風の通る開放感あふれる夏座敷があらわれる。そのことへの期待とこころの弾みが暦を外すという小さな動作で伝えられている。我が家は外した襖、障子を仕舞う場所がありません(汗)

【予選句】

密会に夏手袋を買ひ足して   伊藤五六歩
 色っぽくてレトロで上品。

まっすぐな若葉風駅から城へ   きのこ
 まっすぐがいい。

右巻きの赤子のつむじ濃あじさい   茂
 似たもの

母と子のシャツの水玉天道虫   邯鄲

打水や妻のミシンの音軽し   邯鄲
 これもレトロに受けとめた、足踏みミシンの感じ。昭和30年代は日本中のお母さんがミシンを踏んでいた。

雑草の塀より高し夏の庭   とれもろ

海原のごとき黄昏麦の秋   今村征一
 海原のごときは麦畑ではないでしょうか?

新緑に吸ひこまれゆく宅急便   えんや

生きていることを忘れたり海月を見たり   杉太
 呆然自失さが魅力。韻律が悪い。助詞の「を」を削るのも手なのだが?

紫陽花挿し独りの膳の箸を持つ   たか子
 凛とした姿勢が見え、この紫陽花がなんといっても清々しい。

青葉して真っ只中を息子来る   たか子
 真っ只中に弾む気持があらわれている。待っていたのだ。

芍薬や妻は正しきことばかり   秋山三人水
 同感です。お綺麗な奥様なのですね。

めまとひを払ふ仕草に答礼し   おがわまなぶ

沖縄忌校庭のフレコンバック   豊田ささお
 1945年6月23日沖縄日本軍が壊滅した日だそうです。多くの民間人が犠牲になりました。一方フレコンバッグ(フレキシブルコンテナバッグ)は保管、運搬のための丈夫な化学繊維の袋状包材。これが校庭にある、きっと複数、中身は何か?この物の圧倒的な存在感が不気味です。沖縄忌とのつながりが不明ですが力強い句です。因みに現在、放射能汚染廃棄物一時保管にこの袋が使われています。

三叉路の死角にしんと夏の月   木下昌子
 ということは月は見えていないのか?三叉路と夏の月いいですね。

しかくしかくしまいは斜めヤンマとぶ   ∞
 ヤンマの飛行を正確にトレースしたような几帳面さがおかしい。

死んじゃえば誰にも逢えない山桜桃   あざみ
 当たり前のことをぬけぬけと言っているようにもみえるが、妙に切実な響きもある。私にとって山桜桃の実の赤は子供時代を思い出す色でもある。それだけに子供時代から逢ってきた総ての人たちが、ここに彷彿として現れたようにも。自分にひきつけて読み過ぎか?

二つ折りの手紙抱へて昼の蝶   利恵
 ルナールの「二つ折りの恋文が花の番地を探している」の本歌取り。

田水張る満艦飾のパチンコ店   とほる
 この景は見たことがあると思わせる。田水とパチンコ店は力強い組み合わせだが、満艦飾が古いか?具体的に旗とか言えばどうだろうか。


2014年6月11日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 はやばやと夏日の東京で、一日おきに吟行がありました。初めて吟行に参加された方が「同じことを、みんなが色々に詠むのが面白い」と感想を述べられました。つい二次会のビールばかりに目が行ってしまう身としては、吟行の原点を教わった思いがしました。(と書いた後に、アッという間に梅雨入りしてしまいました)。

【十句選】

ふるさとは全山墓標夏木立   伊藤五六歩
 「全山墓標」といい切ったことで、少子化、超高齢社会のふるさとの姿が見えてきます。明るい「夏木立」との対比も成功しています。

風入や六腑まばゆき人体図   伊藤五六歩
 「風入」カゼイレは、珍しい季語。虫干や土用干の傍題として出ていました。取り合わせの句ですが、解体新書のような書物を風入したのでしょう。「六腑まばゆき」も妙に決まってますね。

梨の花下書きのある父の遺書   遅足
 遺書というと過去のものという事になりますが、書いた時は、生身の人間。遺書の下書きが、生々しく思えます。梨の花言葉は「 博愛」「愛情」だそうです。残されるものへの愛でしょうか。シャキシャキとした梨の実の冷たさも死を感じさせます。

蠅取に顔をとられてしまひたる   今村征一
 「蠅取」は、蠅取テープとは、蠅取リボンとか言われている、天井からつるして使うアレでしょうね。ほぼ、絶滅季語だと思ったら、まだネットで売っていました。まさに、こんな事もあったでしょう。想像するだに笑えます。

献血はヒトにするべし蚊を殺す   紅緒
 面白俳句でもあるし、ちょっとした発見俳句でもあります。下5の「殺す」がドキッとさせて効果的。

胃なき身へつるり嚥下の心太   邯鄲
 外国人に梅干を食べさせて、その反応を笑う番組をみたことがありますが、梅干よりも、もっと謎なのが心太。この句、身体のハンデキャップを詠んだ句なのに、妙に洒脱に感じるのは、心太という食品の不思議さによるものでしょう。

渋壁に蕪村の鴉夏の宵   夢幻
 美術館に行って、感慨を一句モノにしようと思うことも多いのではないでしょうか。ここでは絵の名前ではなく、作者の名を取って「蕪村の鴉」としました。句を成り立たせているのは「渋壁」でしょう。柿渋がぬってある壁なのでしょうか。実は、良く理解できないままですが、なんとか成り立っていると感じます。

脚長の海女にまつはる磯着かな   えんや
 季語は海女で、春。2年前の朝ドラ「あまちゃん」を連想しました。磯着というのは白い上着の事でしょうね。「まつわる」というのは、水に濡れてからんでいるという感じでしょうか。「あまちゃん」以降、若い海女さんが誕生したというニュースを思い出しました。

地下道を競歩するごと梅雨の昼   隼人
 地下道は、乗換などで急いでいる事が多いので、つい急ぎ足になります。おまけに、天井が低いので、余計にスピード感があります。「競歩するごと」が発見です。季語はまだ動くかな。

じゃんけんで敵と味方に雲の峰   中 十七波
 じゃんけん、と読んだだけで池田澄子さんの有名な句を思い出してしましますが、この句はじゃんけんで勝った負けたがモンダイではないのです。雲の峰の季語が良く働いて、広い空の下で鬼ごっこや、ボール遊びをしている一団を思い浮かべました。

【選外佳作】

風薫る岬めぐりの路線バス   伊藤五六歩
 団塊の世代のわたしとしては、つい山本コータローの「岬めぐり」を思い出し、懐かしい気持ちになりました。

広場から出て行くものに風と蟻   B生
 「広場から出て行くものに」は、魅力的なフレーズ。これをまず思い浮かべたのでは。下5は工夫の余地ありでしょう。

波音のどどっとどっと浜昼顔   きのこ
 浜昼顔と波音の取り合わせは、たぶん平凡。上五、波音でないものにした方がいいと思います。いいかどうかは別ですが、「あんぱんの」「泣きべその」とか。また、名詞にこだわらないで、「来てみれば」などの動詞、「とめどなく」などの副詞を考えてみるのも手でしょうね。

そよかぜに考えるごと毛虫垂る   隼人
 ぶら下がっている毛虫を詠んだ句。考えごとをしていると言われ、そんな気がしてきました。

家壊す重機の影に三尺寝   隼人
 ガテン系のお兄ちゃんが寝ているのでしょうか。寝てる場所が面白い。

日時計の影の縁なるかたつむり   山上 博
 かたつむりは、しめった所に生息しています。「日時計の影の縁」にリアリティを感じました、次点でした。

身ほとりに青き風吹く五月かな   今村征一
 「身ほとり」がきれいな言葉です。この句のファンもたくさんいると思います。次点の一句でした。

信号の変はれば走り出す五月   一斗
 五月の気分が出てます。仮定形になっていますが、「変はって」とテ形(未然形)にする方がいいかも知れません。

刈り草の干されて匂ふ薄暑かな   洋平
 確かにそうなんですが、クドイ気がしました。たぶん、「薄暑」が説明っぽく働いているからではないでしょうか。

指先は浮気のはじまり海開く   秋山三人水
 思わせぶりなアタマの12文字ですが、季語が近いのでしょうか。俗な世界を思ってしまいました。

もともとは蟻の発明砂時計   紅緒恵
 そうかなぁ、と気になる句。ネットで調べても、そういう事は書いてないですね。むしろアリジゴクの作るすり鉢のような罠が砂時計のような気がします。おとぎ話と思ってポエジーを楽しめばいいのでしょう。次点句のひとつでした。

袋掛女好きなる夫持ち   あざみ
 おやっと思う句ですが、「女好きな夫」と言うのは、まぁ当たり前ですし、個人的すぎる感じです。珍しい夏の季語、袋掛。女を自分のモノにするというイメージで選んだのでしょうか。この季語が効いてないのかも知れません。

裏返る海月見てゐる余生かな   杉太
 庄内にすごい海月の水族館があるそうです。あれ見てると確かにそんな気がします。ただ、句としては「余生かな」で納まりすぎているのではないでしょうか。ほんの例えですが「男かな」とか、「おひとりさま」「夫かな」とか、そんなのはいかがでしょう。

   以上208句より。


2014年6月4日

朝倉晴美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 〈6月を奇麗な風の吹くことよ  子規〉
 みなさま、こんにちは!今日は、6月の奇麗な風が吹きますでしょうか。いえいえ、たとえ吹かなくとも、心の中は、いつも奇麗な風を吹かせておきたいもの。私などは、すぐ「怒り風」を吹かせてしまうのですが、先輩風などよりはいいかな?なんて。
 そんな、6月のはじまりです。

【十句選】

夏至の日や縛りがたきは古雑誌   伊藤五六歩
 「縛りがたき」が秀逸です。夏至のころ特有の蒸し暑さを、言外に感じさす秀句。古新聞でないところも、音数を合わせるため以上に効果があります。下記の句は、「眠たさ」と夏至。やはり、真夏へ向かう前の暑さやだるさがでています。
 〈眠たさのあまりて夏至や夜と昼   正在〉

更衣身体の中に風立ちぬ   洋平
 〈ひとつ脱いで後におひぬ衣がへ  芭蕉〉
 掲句は身に付けた衣が句材で、例句は身から外した衣が句材です。また、掲句はさわやかな風を感じさせるのに対して、例句は人間らしい匂いを感じさせます。掲句は、そのさわやかな風を、身体そのものの中に吹かせたことも素晴らしいです。これからの夏を楽しむ気配すら感じさせます。

やわらかく回り道して薔薇の家   遅足
 「やわらかく」がいいですね。回り道、俳句にはしばしば使われることばですが、その回り道が「やわらかく」あることが、とても魅力的です。その回り道を楽しむ、喜ぶ気持ちが十二分にでている上に、かなりオリジナリテイある表現ですから。それに、薔薇の家、という表現も豊かな日常を感じさせます。そこに住んでいる人は、さしずめ「薔薇の人」ですね。例句は、薔薇の花が主体の世界です。
 〈夕風や白薔薇の花皆動く  子規〉

水無月の双子の赤子透き通る   せいち
 赤ちゃんって確かにそんな感じがします。むちむちで真っ赤になって泣いたりするのですが、何というのか、不思議な透明感があるように思えます。そんな赤ちゃんが双子。そして水無月。水無月という生菓子がありますね。小倉をのせたういろう仕立てもの。三角形であることが多いですね。それも連想しました。ういろう仕立てだけに、ぼんやり透き通るような様子。季語、水無月のもつ力を十二分に発揮した句でしょう。例句は風との取り合わせ。「の限りを」という表現の妙もあります。
 〈水無月の限りを風の吹く夜かな   闌更〉

手鏡を前にライオン洗ひ髪   山上 博
 ライオンでしょ!ありえないでしょ!という意見もありましょうが、こんなライオンを想像する可笑しみに一票です。とくに、ライオンは鬣(たてがみ)がふさふさですもの。シャンプーの面倒さも笑いを呼びます。長髪ですと、夏は匂うこと、汗をかくこと必至なんですもの。ライオンに同情するような気持ちにまで。ライオンも人間も同等だ、なんて哲学的な読みはいたしませんが、ユーモラスとちょっとした皮肉が句の良さです。
〈喜びにつけ憂きにつけ髪洗ふ  虚子〉
 こちらは、ストレートに人生の日常を詠んでいます。膝をうつような共感は、さすが、虚子であります。

押入れの底を手繰りて薄暑かな   京子
 この一瞬をなんと見事に詠み表したのか、驚嘆いたします。「手繰り」と薄暑。もう何もいうことはありません。特に、女性の気持ちを強く呼びます。この「手繰り」に日々の生活の営みすら感じさせ、読者にも明るさを与えるよう思います。そのような意味でも、例句の薄暑と共通しています。例句も、明るさを全面に出しているといえるでしょう。
 〈をとめらのかんばせしろき薄暑かな  静堂〉

行く春の指輪を外す夜行バス   たか子
 お見事です!指輪も句材としては珍しくないのですが、夜行バスで外すなど、それだけでもう小説の趣きです。ただ単に、むくむから外すだけ、とも考えられるものの、やはり車中で外すことの「わざわざさ」と感じたいです。そして、春は過ぎゆくのです。もちろん、別離などの読みではありません。指輪を外すことの心の機微を感じたいのです。例句は、とても好まれている芭蕉句。
 〈行春を近江の人と惜しみける   芭蕉〉

縁欠けてガラスコップの鬼菖蒲   智弘
 鬼菖蒲という菖蒲の種類ととりました。縁の欠けたガラスコップ、私はとても具体的に「モロゾフ」のプリンカップを思いうかべました。欠けていても危なくないから使ってしまうガラスコップ。そこに活けられている菖蒲。色合いとその涼しげな佇まいに好感がもてます。
 〈足首の埃たたいて花さうぶ  一茶〉

あの帽子ぐりとぐらでしょ万緑裡   ヤチ代
 万緑という季語は、
 〈万緑の中や吾子の歯生え初むる  草田男〉
 から定着したと言われますが、掲句もまたおおきな挑戦の句でしょう。大ベストセラー名作絵本『ぐりとぐら』を句材に、「でしょ」という流行語でもある口語。やはり、俳句は挑戦しなければ、という思いのもといただきました。
 〈万緑の万物の中大仏  虚子〉
 例句も挑戦句のはず。万の連続はもちろん、ばん、ばん、ぶつ、ぶつ、の音の連続も。

小満や地球にベンチいくつある   山越タキ
 〈小満の月へ開けおく納屋の窓  黛執〉
 小満をとても豊かに詠んでくださいました。宇宙の広がり、そしてその青さを感じさせる句。例句は、月と納屋の窓が小道具。小満という季語は、小道具によって大いに生きてくることがわかりました。ベンチ、いいですね。そこに座ってみたい雰囲気もあります。

【次点句】

デニムシャツぱつと膨らみ青嵐   きのこ
 デニムシャツが良い!

小児科の軒に巣を張る親燕   大川一馬
 ちょっと付きすぎかも、ですが、その付きすぎが魅力となる内容。

青枇杷や大器晩成信じけり   学
 青枇杷が効果的。信じけりが余計かも。

新緑や遠く置きたる人の声   遅足
 遠くに置く、が良い。

大関の尻をたたいて花樗   ∞
 句材が良い。

宇宙より任務終了白うつぎ   茂
 季語が似つかわしい。

初夏のハーブの「H]無声音   茂
 着眼が良い。

白シャツのシーツのごとき元力士   をがはまなぶ
 例えのうまさ。

薔薇の窓音の外れる薔薇の歌   草子
 繰り返しの妙。

兜虫押せば地球が押し返す   杉太
 発想の豊かさ。

ふだん着の姫女苑咲く中山道   利恵
 ふだん着が良い。

夏帽子変えて焼肉屋へ急ぐ   意思
 意外性の楽しさ。

ががんぼの静止これから神域へ   意思
 神域が大胆。


2014年5月28日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先週末、京都で開かれた、船団「初夏の集い」に参加しました。
 その2日目は、知恩院月光殿での会員集会と句会ライブでしたが、兼題が「京都」でしたので、葵祭や鴨川、哲学の道、賀茂茄子などを句材に、いろいろな初夏の京都を楽しめました。
 その中で、千年の都京都の時空を越える名句だと思ったのが、

 てっぺんは青田の匂い京都タワー   山本皓平

でした。かつて平安京の洛外に広がっていた広大な青田の匂いが、今も京都の上空に残っているのか、と感動したのです。けれども少し冷静になると、近隣の近江は今も米所であることに気付きます。京都タワーのてっぺんなら、近江の青田風の匂いが感じられるかもしれません。下界の喧噪を離れて視野の広がる、爽やかな句です。青田と京都タワーの意外な取り合わせも魅力的ですね。
 その後、ヘルメットをかぶって、百年に一度の大修理中の御影堂を見学しました。瓦が外された御影堂を上から眺め、木造の力強い骨組みをしっかりと目に入れて、夏に向かう気力も湧いてきたように思います。
 さて、今回は、201句から。いつもにも増して、予選でたくさんの句をいただきました。

【十句選】

帰省してホーム短き水郡線   伊藤五六歩
 水郡線(すいぐんせん)は茨城県水戸市から福島県郡山市を結ぶ鉄道だと知りました。無人駅も多く、二,三両の短い列車しか走らないのでしょう。「帰省して」の惜辞から、都会の長編成の列車や長いホームと対比され、いかにも簡素な駅が彷彿とします。停まる駅がみな、このような駅になって、やっと帰省が適うのですね。

夏草や寝ころんで見る白鳥座   とれもろ
 白鳥座は、天の川の中に見える星座です。「寝ころんで」とあるところから、ほぼ真上に輝いているのでしょう。夏草に寝ころんで星を見るだけでは平凡ですが、白鳥座と限定したことで、水鳥の涼しさが加わりました。天の川の中の白鳥座と、夏草の中の自分が、一対一で向き合う青春性のある句だと思います。

ひんやりと刺身の旨さ夏はじめ   いつせつ
 お刺身は一年中食べられますが、冬よりは夏の食べものですね。その冷たさがおいしく感じられたことで、作者は夏の初めを感じられたのでしょう。お刺身のこれ以上ないシンプルな調理法も、初夏の爽やかさに通じているように思いました。

てふてふや棚田に水のまんまんと   太郎
 田植えの前、畦塗りを済ませ、まんまんと水をたたえているのが、棚田であるところが見所だと思いました。「耕して天に至る」棚田は、水をたたえて光の階段となっているのではないでしょうか。そこに現れた蝶は、ひらひらと棚田伝いに、見る者を天に誘うように思います。

母の日の風は母乗る風かとも   山畑洋二
 吹く風にふと亡くなった母の気配が感じられたのでしょう。それは、母の日だったからかも知れません。母の日の風を、「母乗る風」と言われたところに、詩が生まれました。淋しさは勿論ですが、生前の母のひとがらを感じさせる明るさのある句だと思いました。

山頭火陽炎の中遠ざかる   ポンタロウ
 山頭火自身の「うしろすがたのしぐれてゆくか」を背景に、放浪の寄る辺なさや焦燥感が視覚的にうまく表現できた句だと思いました。掲句は勿論フィクションですが、「静の放哉」に対して「動の山頭火」と言われた山頭火には、陽炎の炎のイメージもよく合うように思います。

鳥影の奔る句帖やつつじ山   えんや
 句帳をかすめた鳥の影を「奔る(はしる)」とされたところが巧みです。白く眩しい句帳の上に奔った素早い鳥の影は、一瞬の緊張を生んだのではないでしょうか。燃えるようなツツジの色も鳥たちの激しい動きも、初夏の生命力に溢れていると思いました。

つなぐ手を握り直して青葉闇   孤愁
 青葉闇を前にして、思わずつないだ手を握り直したところに、鬱蒼とした森の様子が眼前します。自分自身が怖かったのだ、とも読めますが、「握り直して」の惜辞から、小さな子どもの手を握っているのだと思いました。子どもを守ろうとする本能が自然に働くような青葉闇だったのですね。

燕麦の熟れて消えゆく学舎かな   たか子
 過疎で閉校になった校舎の取り壊しが決まったのでしょうか。その校舎を黄熟した燕麦の畑が取り囲んでいます。燕麦は、現在では主に馬の飼料として栽培されるそうで、都会から遠い村なのでしょう。地域から学校の消える寂しさは、明るさだけではない麦秋の季感とあいまって、印象的な句になっていると思いました。

山一つ越ゆる湯治よ朴の花      天野幸光
 「山一つ」は、どれほどの距離なのでしょう。案外近く、車で二,三〇分の距離なのではないかと思いました。けれども、山一つ越えることで、日常生活から解放されることは確かです。目的地は山間の露天風呂でしょうか。白い大きな朴の花が良いアクセントになっています。

【その他の佳句】

湧き上がる海もろともに桜鯛   亭々

町並も次第に細く長閑なり   石塚 涼

初つばめ浅間雪消となりにけり   太郎

焼きあがるパン買う列や夕薄暑   きのこ

夏鶯深き声もて山潤す      きのこ

潟空に飛燕の自由ありにけり   山畑洋二

新緑の露天風呂てふ浄土かな   洋平

土を鋤き土を施す立夏かな   夢幻

これもまた古希の姿かサンドレス   京子

藤の花湧き出て流れ落ちにけり   京子

新しい眼鏡見えすぎ新樹光   のざきまみこ

鶏啼きて穂麦の空にある昏さ   学

のどけしや消防隊員草むしり   隼人

新緑へ村ととのえる大樹かな   遅足

鈴鳴らし谿へ下り行く山女釣   今村征一

背中押すものの一つの若葉風   正保

古書店の江戸川乱歩棕櫚の花   ∞

父好日南部鉄瓶清水満つ   茂

仏壇に風樹の香る新茶かな   戯心

寂として吸ひ込まれさう大青田   たか子

たけのこを嫁には茹でて送りけり   スカーレット


2014年5月21日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年も、「初夏の集い」参加してきました。京都の新緑の中で、楽しく勉強出来ました。
 会のあとは、鱧ちらしやおはぎを食べて祇園をぶらぶらして松山に戻りました。その心地よい疲れを感じながら、選句させて頂きました。

  【十句選】

鯨カツは一人一枚夏の月   伊藤五六歩
 「鯨カツは一人に一枚ありますよ」と、告げられた。ふっくらと揚がった一枚が配膳された充足感が「夏の月」に良く出ている。「月涼し」に近い気分だ。「鯨」に限ったことではないが、何人かで食事をするとき「一人一枚」と決まっていることに、私などはまずは安心してしまう。今では希少な鯨が、子どもの頃には良くテーブルに上がった。カレーにも鯨の肉だった。「本物の肉が食べたい」と、心の中で呟いていた。

浜降(はまおり)に始まる能登の祭かな   今村征一
 「浜降」は「浜下」とも表記するらしく「祭りや物忌みに際して海浜や川岸に出て禊をすること。大勢で神輿を担いで行くものなど種々の形式がある」と、ある。となると「祭」とかなり近い言葉になるのだが、この句は「能登」という地名が効いている。黒々とした日本海の波の打ち寄せる半島にワープして、あらあらしい祭りが目の前に現れる。読み終えて「祭」にふさわしい昂揚した気分が残る。

心無く蟻を躙りし靴を脱ぐ   大川一馬
 今日も蟻を躙ったことだろうなあ、としみじみと靴を脱いでいるところ。「心無く」が説明っぽくて不要な言葉ではと思ったものの、躙(にじ)る靴の冷淡さをパーアップしているように思えてきて、納得した。だいたい踏んだ感触も残らないだろう蟻を、躙ったとまで言わずにおれないこの日の疲労感が伝わってきた。

ストレッチすれば五月の木になれる   せいち
 ストレッチは、ストレッチングのことで、筋肉や関節を伸ばす柔軟体操。職場でもリビングでも、身体を延ばせばそのまま5月の木になって、立っているような。新緑の眩しい葉をまとう木だから、「なれる」ということばも素直に心に響いてくる。

花の笑むアンクルトリスひょっこりと   孤愁
 アンクルトリスはお馴染み、サントリーウイスキーのキャラクター。改めてインターネットで調べてみると『昭和33年(1958)生まれ。座右の銘「フツー」。草野球が好きでポジションはライト・背番号120.小心者だがときどき思い切ったことをする。』と、紹介されている「ひょっこりと」がぴったりな、このキャラいいなあ。そしてなんと、私と同い年だった。俄然親近感が湧いてきた。「花の笑む」は「桜咲く」でいい思う。

ジューンドロップ準硬野球は準決勝  K
 「ジューンドロップ」は、まだ若い果実が自然に落ちる現象で、樹木を弱らせないための生理落下。まだ載ってない歳時記も多いようで、季語としても若いようだ。「準硬野球」「準決勝」と、硬式野球でなく優勝でもない、それに準ずるものの少しの影のようなものが、この季語と響き合っている気がする。一句を貫く「ジ」の音の響きもかすかに耳に残る。

くにの名の片仮名並ぶ五月場所   一斗
 よく「近頃の日本の力士が不甲斐ない」という声を聞くが、そんな批判を気にもかけていない気配が好きだった。「五月場所」のせいだろう。相撲は詳しくないが、外国人力士が、インタビューではっきりした日本語を話しているのにはいつも驚かされる。相撲も言葉も努力のたまもの。モンゴル、トンガ、アルゼンチンなど、番付の発表にカタカナの国の名が明るく並んでいる。この句、「国」を「くに」、「カタカナ」を「片仮名」と表記しているところも心憎い。

バルコンに夏目漱石棕櫚の花   ∞
 「バルコン」は、「バルコニー」と同義らしいので、そうすると夏の季語となり「棕櫚の花」とダブる。しかし「バルコン」という堅い言葉と漱石が似合っているし、棕櫚の花の渋い花もまたぴったり。くつろいでいるようないないような、難しそうな顔をして涼んでいる彼の姿が目に浮かぶ。

大仏の耳は空豆鳶舞う   邯鄲
 大仏の耳が、美味しそうに見えてきた。空豆は食べ出したら箸が止まらない。今年は、ことに友だちが沢山おすそ分けしてくれて堪能した。大仏様の耳だと思うと、今度からはもっと有難く噛み締めそう。

あっ、鳩が眠くて消えるよ薔薇の花   黴太
 消えてしまいそうに眠くなっているのは自分だ。でも「鳩が眠くて」と言われると、薔薇のほとりで目を閉じてうずくまる鳩がぽっと消えて、私には白い薔薇の花だけが残る。


2014年5月14日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今回の投句は196句。はじめに、そのなかから具体例をあげて批評します。

 店名を読むはむつかし種物屋

 上から下へ、完全に散文になっていて意外性がありません。せめて、「難しき店の名前や種物屋」と切れをいれて引き締めたいところですが、内容も散文的です。

 山歩き足元まつわる春落ち葉

 これも、文章になってしまっていてリズム感がまったくありません。特に「足元まつわる」のように真ん中に8文字がくると非常にモタモタします。
 太き腿突き出し光らせ夏来る
 同じく中八の悪例。この場合なら「突き出し光る」とすれば五七五になります。

 俳句は韻文、散文ではありません。何度も口のなかでとなえて、なじみやすいリズムになってから「一句」に仕立てあげてほしいと思います。

【十句選】

 厳しいところから入りましたが、今回、かなりおもしろい句がありました。

宵宮の笛に吹かれて一万歩   伊藤五六歩
 笛に誘われて、というところを「吹かれて」でとどめたところ、「一万歩」というわかりやすいオチでとりました。我を忘れて歩いたと思うと意外に少ないかな。

リラ冷えや明るい家族計画に   幸久
 リラ冷えの、ひんやりと爽やかな、それでいて華やかな空気に、「明るい家族計画」という微妙なネーミングセンスのモノを配置したところ、お見事です。

鉛筆を折るしっかりと蝌蚪泳ぐ   黴太
 小学生の観察日記? 鬱屈した「鉛筆を折る」行為と、目の前で「しっかり」泳ぐ姿の対比がいい。

時々は取り出してみる流れ星   遅足
 流れ星を保管している、作者は何者?

椎若葉なんだか詩嚢肥えそうな   せいち
 「詩嚢」なんて普段使わない語彙ですが、椎若葉の生命力に呼応すればそんなものも肥るかも。

銀河系地球にいとこ黒日傘   孤愁
 たいていは、日傘さしたいとこも、ささない兄弟も、地球にいるもんですが、こう言われると壮快です。

大鷭の尻もちあげて竹生島   ∞
 なんでもない風景ですが、愛らしく、のどかな情景。

手品師に棘差上げて紅い薔薇   杉太
 手品を見ていても、「手品師に使われている」だけの薔薇に人格を見る、俳人らしい屈折があります。

お化け屋敷みたいな人と芍薬   あざみ
 「お化けみたい」ならわかりますが(それも失礼)、「お化け屋敷みたい」な人とは何者でしょうか。下五の「シャクヤク」は、やや語呂に難あり。

黄色減り蒲公英地球防衛軍   意思
 これ、黄色い蒲公英が白い綿毛になった、ということですね。しかし彼らこそ実は、地球を守る兵士だった、と効けば、白い姿にも一抹の敬意を抱きます。

【選外佳作】

宮殿の扉開いて萬愚節   幸久
 どこの宮殿? 説明不足ながら、華麗でおもしろい。

春日向時計をいじる休肝日   鉄男
 「休肝日」とするだけでたちまち作者の生活が見えます。ギャグにおちいる、一歩手前でのどかな情景に留まっている点がいいですね。

ミス縄文ゴーグルかけて北の春   京子
 「ミス縄文」、実在のアイドルでしょうか。なんとなく情景が見えますが、見えすぎると逆に当たり前かも。

かたつむり迷いもつ人もたぬ人   遅足
 かたつむりのスピードが、よく合いますね。

鳴き砂の鳴くまで踏もう春の浜   えんや
 「鳴かぬなら鳴かせてみよう時鳥」では狂歌ですが、「春の浜」ののどけさで砂を鳴かせる作者は、愛嬌があって結構です。

笛を吹く少年像へ紋白蝶   隼人
 石膏、または大理石を思い、白と白の接近を思いました。やや既視感のある風情ですが。

春の雲ヘリコプターの音ばかり   一斗
 「音」しかない、つまりヘリコプターが見えないということを視覚から聴覚へ、うまくつないでいると思います。

眼が耳が膝が悪くて五月晴   古田硯幸
 満身創痍でも「五月晴れ」の晴れやかさがいい。

向日葵の花は綺麗ね(酒はまだ)   K
 表面で花を褒めながら、()で心中語を語る技巧派。注文を待っているのでしょうか。しかし、向日葵がきれいなお昼間からお酒を飲むのはいかがでしょうか、もっとふさわしい季語があるかも。

皐月冷え天主の階のかくも急   学
 大浦天主堂でしょうか、静謐な雰囲気。「階」を「きざし」と読むと中八なので「の」が不要。

かうしてはをられぬ筈や賀茂祭   みのる
 思わず笑ってしまいます。

魂が蒲公英の絮になっている   おがわまなぶ
 語呂がわるいのですが、これはこれで狙っているのでしょうか。魂を綿毛と見立てるのは詩的。

薔薇の字に針ある虫のひそみけり   紅緒
 どの部分なのかわかりにくかったのですが、トゲある薔薇に針のある虫が潜むのはありそう。

子房だけ晒す蒲公英耳痛し   意思
 「子房」を晒している、と言われると、内蔵をひっくり返されたみたいで、はっとさせられます。耳痛しはやや唐突ですが、これも印象的。

水たまり初夏が空ごと落ちてきた   スカーレット
 うーん、「空ごと」のおおざっぱな把握がおもしろいですが、類想が多いかな。

惜春やのど飴噛んでしまひけり   とほる
 「しまひけり」などとしみったれていては「惜春」とつきすぎ。「噛み砕いてをり」くらいいきましょう。


2014年5月7日

早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先日、神戸ハーバーランド・モザイクで開催された、関西の学生によるジャズライブを聴きに行きました。陽光の神戸港を背景にした、若さはじける演奏でした。若い、というのはいいですね。五〇を超えた私も、なにか新しい楽器を始めたくなりました。それでは、俳句です。

【十句選】

壜のなか江ノ電走り春の海   夢幻
 一瞬位置関係が分かりませんが、半透明の壜を透かして江ノ電を見ているととりました。そこが電車の中だったら、車内風景が映っているでしょうし、外からだったら、海を背景にして江ノ電が玩具の電車のように映っています。春の海にとてもふさわしい景と思います。

海鳴りの響いて開く豆の花   きのこ
 海鳴りの響く海岸に、豆の花が咲いていて風に揺れています。それが、あたかも海鳴りの響きによって、豆の花がスローモーションで開いていくように書かれています。ある手ではありますが、俳句特有の手法です。

太陽の黒点蛇の交むなり   学
 蛇の交わりという、一種生々しいというか、エロティックというか正視できないような景が一方にあります。また、一方に太陽の黒点の爆発という人間の埒外の現象が起こっています。もちろん二つは関係はありませんが、響いていると思いました。

春風をまるめてひろげ手話続く   せいち
 よくわかる景です。うららかな中で、二人の手話がひとしきり続いています。その手の動きを、春風を丸めたり広げたりと表現しました。うまいだけでなく、あたたかい表現です。

春愁や一つづつ減る未踏の地   智弘
 すこし気分が乗らない日。その原因はもしかして、地球上から未踏の地が一つずつ減っていっているという事実かもしれない。という遊び気分も漂う、おもしろい俳句と思います。

銀河系の亀鳴く国に高齢者   杉太
 銀河系の亀鳴く国というのは、亀鳴くという微妙な季語をつくった日本ですね。その微妙な日本に、前期・後期もふくめて高齢者があふれかえっています。それは目出度いことなのですが、亀鳴く国、というところに皮肉、自嘲のようなものを感じます。

人形の視線まっすぐ花は葉に   遅足
 確かに人形の視線はまっすぐです。上目遣いや伏し目がち、という人形はありません。でも逆に、そのまっすぐ見据えた人形の目は、人間の喜びや悲しみを見通しているような気がします。花が葉になり、季節年月が巡っても。

使徒でなく猫の子狭き門に入る   木下昌子
 イエスの「広い門は滅びに通じ、命に通じる門のなんと狭いことか。」という話。それをもじって、使徒でもない子猫が狭い門に入って行ったという、ユーモラスな俳句になりました。いっそ、「使徒である猫の子狭き門に入る」と子猫を使徒にしたらもっと面白いかも。子猫が春の季語。

枇杷の種飛ばして遠き日を戻す   たか子
 枇杷の種を飛ばしていると、そういえばこんな遊びをしてた遠い日・若き日々が一挙に目の前によみがえった。その感覚を、枇杷の種がその日々を戻してきたと表現しました。俳句的です。

失恋の数ほど桜蕊の降る   岡野
 この大袈裟さがいいです(笑)。どれだけ失恋しとんねん、と突っ込みを入れたくなるところ。でも、毎日、電車の中で「いいな〜」と思ってすれ違っていくのも軽い失恋ととらえると、それぐらいの数になるかも(コラッ)。

【選外佳作】

ソーダ水手配写真の薄笑ひ   伊藤五六歩
・・シュールな感じがします。

花水木夕日に今日の彩放ち   まゆみ
・・うまい言い方です。

蝶とゐて海静かなり浜だいこん   夢幻
・・静かな風景が見えます。

みちのくへホップステップ桜花   夢幻
・・今が東北の満開でしょうか。

かげろへる鉄路を分けて列車ゆく   きのこ
・・鉄路を分ける、というのが面白い表現です。

山吹の色を束ねて活けらるる   山畑洋二
・・色を束ねる、が面白い言い方。

鯉のぼり風無きときは立ち泳ぎ   えんや
・・確かに立ち泳ぎですね。

脚長の海女にまつはる濡れ磯着   えんや
・・健康的なエロティシズム。

船頭も棹もかぎろひ漁舟   えんや
・・水墨画のような景ですね。

六段の調べ流れて行く春を   大川一馬
・・流れて行く、と行く春をうまくかけています。

朝まだき桜蕊降る段葛   大川一馬
・・この段葛に行ってみたいです。

花冷えやバンクーバーのゆるき坂   茂
・・バンクーバーが見えてきます。

早割りの宇宙への旅春の夢   茂
・・近い将来ありそうです。

春うらら最寄の駅は鬼子母神   茂
・・本当にこんな駅があるのですか。面白い。

風光る四コーナーを過ぎてより   せいち
・・追い込みの馬に鞭が入りました。

恐竜の卵の化石修司の忌   杉太
・・絶対にないのですが、あったら面白い。

花に酔ひ余談に酔うて司馬史伝   孤愁
・・司馬遼太郎か、司馬遷か、余談に酔います。

春愁をSuicaに篭めてぶらり旅   孤愁
・・Suicaに篭めてが面白い。

デザートと差し出されたり花水木   桃
・・オシャレです。

春昼の手が生えているおもちゃ箱   遅足
・・手が突っ込んであるのを、面白い言い方をしました。

春の風手の甲に受け「また明日」   山上 博
・・別れの手の甲にあたる春風がいいです。

花冷えや湯気吹き上げる炊飯器   山上 博
・・花冷えと湯気がうまく合っています。

明け易しゲバラ葉巻の香を残す   木下昌子
・・夜通しでゲバラ葉巻を吸い話し込んだのでしょうか。

今年また余命知らねど苗木植う   邯鄲
・・いつまで生きるかわからん、という諦観。

故郷へ二円追加の春便り   邯鄲
・・二円切手って、少し変ですね。

薄氷やブラックホールの地平線   柳川紀真
・・よくわかりませんが、壮大な句です。

結論の出ぬまま独活はてんぷらに   ∞
・・何の結論でしょう。

唐崎のおぼろ小舟の五六葉   ∞
・・五六葉がいいですね。

五月鯉父の好みのベンチかな   たか子
・・各自、好みのベンチがありますね。

白魚呑むするりと怖いこと思う   みのる
・・取り合わせがうまくいっていると思います。

花冷えのピエロの白きのどぼとけ   清治
・・一点に焦点を当てたのが成功しました。

水のなかみずがあふれて春の雨   秋山三人水
・・ここまで重複させると逆にお見事。

六月の硝子を抜け出す魚たち   秋山三人水
・・メルヘンチックなイメージです。

豪農の朝の日はじく柿若葉   山歩
・・豪農がいいです。

無垢の木の机に向かひ藤だより   利恵
・・無垢の木がいいです。

トンネルの先に青春濃紫陽花   利恵
・トンネルの先、がいいです。

ささやきの小道の奥へ春の鹿   とほる
・・いい光景です。

王陵の谷吹く風や鬼薊   とほる
・・王陵と鬼薊がうまく合っています。

遠足の集合写真鳶も入れ   スカーレット
・・鳶を入れようと苦労しています。

俊足の思い出束ね花菜風   紅緒
・・束ね、が面白い。

風薫るバスは坂道止まらずに   紅緒
・・まさかブレーキ故障では。

【ひとことクリニック】

◎こうされては?
でんと置く茹でたて春菊主役かな
・・茹でたての春菊の皿でんと置く

春暁の榛名へ流る星ひとつ
・・春暁の榛名へ星の流れけり

ねぎの花咲くや疾風の在所なり
・・ねぎの花咲くや疾風の過ぎにけり

年金の支給日は晴れ四月かな
・・年金の支給日は晴れ黄水仙

いにしへの春奏づれり林檎の木
・・大木の春を奏でている夕べ

仕掛時計やにわに踊る春の昼
・・仕掛時計やにわに動く春の昼

春愁や思い出せない女優の名
・・春深し思い出せない女優の名

春風の街角若き配達夫
・・春風や若き郵便配達夫

足元に沈んでしまうシャボン玉
・・さっきから足元好きなシャボン玉

燐寸の燃えきるまでの春の闇
・・燐寸つけ燃えきるまでの春の闇

落し文隣家は土塀の門構え
・・落し文隣家の土塀の門構え

春の光見舞いを澄まし新幹線
・・春光や見舞いの後の新幹線

マンションを退かせたる大桜
・・マンションを立ち退かせたる大桜

尊厳死宣言書あるさくらかな
・・尊厳死宣言をしてさくら咲く

万緑裡ハンドルの腕まだ確か
・・万緑や運転の腕まだ確か

蔓薔薇を塀に這はせてセコム付き
・・蔓薔薇を塀に這はせてセコムとす

葉桜やブラスバンドチァガール
・・葉桜やブラスバンドとチアガール

春雨や待ち人を待つスターバックス
・・春雨やスターバックス人を待つ

陽気なビルひた載せ春の水鏡
・・春の水陽気なビルを載せている

◎類想
あえかなるばらの新芽や風の中

初夏や道草食って早や古希に

春の月湖畔に鳥の寝言かな

亡き母の便りのような桜貝

野良猫の会議ながなが朧月

亀鳴くや馬齢重ねて八十四

諦めることあれやこれ目刺食う

ふるさとのすみれ恋しや啄木忌

青々と空を残して辛夷散る

沖合にふくらむ白帆卯月晴

自動車を磨く青年青葉風

新樹光しんかんとして阿弥陀堂

葉桜や文字うすれたる芭蕉句碑

葉桜や家居の窓の白き雲

後になり先になりして蝶の昼

父の日の一人で啜る棒ラーメン

桜蕊ふる参道や老ふたり

春の夜のコトリと動く受信かな

◎説明
春遊び妻よもすがら食づくり

春遊び子らともどもに時わすれ

夏近し一期に二会の気のまづさ

山風のこよなき匂ひ四月かな

山若葉木々の手足は地に天に

咎めざり手折りてもどる初桜

手足出でいよよ高まる蝌蚪密度

突っ伏すや子のうろたえは桜蕊

帰るには遠く来過ぎし花月夜

蝌蚪迷路田水の枯れに出口なし

雨しとど大木絡め藤の花

◎報告
卓上の茹でたて春菊主役かな

かたくりの花俯きて影のあり

見世物のダイオウイカや鳥曇

カメラ百モデル一人や躑躅燃ゆ

乳母車下りてよちよち土筆原

散る花やつま先よりも頭が急ぐ

春雷や点滴いまだ半ばにて

今年竹離れて歩く娘かな

まだ白き常念岳や袋掛

風に乗り糸を紡ぐや蜘蛛二匹

◎言い過ぎ
夏椿女剣士の美爪かな

海苔掻や浦波の照る静けさに

葉の芳香根から死臭花菖蒲

ひこばゆる大地清らな息をして

◎即きすぎ
水色のシャツのマネキン夏めく日

マネキンの夏めく帽子紺のシャツ

指光る野遊び女子の摘むもの

ジョニ黒を封切ることに春の宵

深閑と堂宇の反りや新樹光

えっちしたいほがらかなこえとりさかる

手作りの百葉箱や雨蛙

愛鳥日ヒッチコックの映画観し

啄木鳥や木魚聞こゆる瑞巌寺

花盛「花より男子」再放映

桐の花女御のうなじ透けて見ゆ

鳥雲に退職告げる友の文

たんぽぽの絮ぽんぽんと里の道

◎主観・観念
不条理と云ってもいいの春の冷え

ひともとの花ありて野は静まれり

かたくりや山を囃せる鳥の声

いつのまに牡丹桜の太りたる

今日はよくやつてた方だ葱坊主

忘れたや忘れたくなし春海嘯

祈るさま蜜を吸うさま蝶の羽

虫になり躑躅の蜜にまみれたし

◎理屈
たんぽぽの粘り強さを師匠とす

大幹のうらおもてなし告天子

寄居虫の黙生来の引込み思案

◎そのまま・当たり前
若葉燃ゆ大地の息吹漲らせ

蝶の昼己の頭重きかな

散る花やつま先よりも頭が急ぐ

キャンパスのロックライブやライラック

新しきシューズを履いて青葉かな

春眠や日曜の朝だからこそ

あんぱんの四個百円夏近し

春の蚊の音なく腕に刺すつもり

女子会のかしましきかな生ビール

腹の虫に何か喰はせよ冷蔵庫

山菜のへなへな加減いい加減

朝はこれ!スクランブルエッグ若葉風

遠足や現地集合解散す

◎意味がわからない
聞書きの掠れし由来春の冷え

こどもの日少年少女擬陽性

メサイアの余韻を纏ひ芽吹くかな

亀の鳴く豈内気な連帯ならんや

全裸にて流木を曳く亡洋忌

あめんばう鬱を引きずる同心円

老鶯のわが街版のカデンツァ

聞き做しの「利取る利取る」と揚雲雀

聞書きの掠れし由来春の冷え

壊されて劇場となる花の家

見つかってみんなうさぎのみみなぐさ

薬玉や薬師如来の胎のなか

花冷えの霊安室の微熱かな

春筍のおにぎりラップの上で崩(く)え

白躑躅上にあるので哲学す

巨大な歯うなされ続け春の吉

◎趣旨(表現したいこと)がわからない
限もなく木の芽の数を数えけり

春の蠅本屋の通路ですれ違ふ

亀鳴くやそろそろ腹のくくり時

纏はらず吹き抜けてゆけ春の風邪

行く春や北緯50度事なかれ

首位カープハダシのゲンの春うらら

このかいどう中也・秀雄の仲を知る

第二景大き真昼の枯れ木なる

野火のあと雨のはじまる寒梅忌

とおちゃんの大盤振る舞い初鰹

鐘おぼろ耳の後がこそばいぞ

鳥交る指で奏でる髭の音

原色の通りに迷ふ穀雨かな

春昼やおのずとひらく玉手箱

宙吊りの愛なんて素描の牡丹

九十路の背きおぅつけぇと昭和の日

Sの字は幸せのS花の道

菜の花やひらがなの国に迷い込む

詩神湧くパンとペンあり売文社

げんげんの咲いて始まる錐の舞

げんげんの揺らぎ胸には響く水

緑陰や唇離れ雨の中

マダムNひとりでゐたがるみどりの夜

錆兆す鍵穴隠し余花明り

残る鴨死んで鑑識集まれり

夏隣体重計にのるピエロ

なんだかなあ鶯を見て鬱になり

嘘っぽい腕を枕に春の夢

秘めたるはたけのこのこのやはらかき

躑躅花期重力弱り花首(かしゅ)落とす

歯が踊り続けて朗報春の昼

葱坊主方程式の解けるまで

土佐水木上げよか下げよか車井戸

でで虫や誤解されるほどに理解され

◎材料が多すぎ
ゴーグルのファッション土偶母子草

葉桜の風の番所の吊るし味噌

れんげ咲く眠れぬ男の愛と嘘

不如帰金の茶室に赤毛氈

◎その他
ベランダの逆さに吊るす繋ぎ服
・・季語なし

やぶ入りや湖国の波の紙のよう
・・紙のよう、がどうでしょう。

春の風吸い込みにょーんと鼻が出る
・・にょーん、がどうでしょう。

気付いても気付かぬふりや黄水仙
・・ふりで分かるので、上5はいりません。

鯛飯の鯛こりこりとさくら時
・・こりこりとするかなあ。

陽炎や砂漠のなかを船の行く
・・砂漠に陽炎が立ちますか。

風薫る空も青青ひざ枕
・・三段切れ

梅雨晴間青年海を見てゐたり
・・かっこう良すぎ。