「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2014年8月27日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 みなさん、こんにちは。今回初めての登場です。どうぞよろしくお願いします。
 夜になると虫の声が聞こえるようになりました。
 ♪あれ 松虫が 鳴いている〜♪
 なんてつい口ずさんでしまいます。よく聞いてみると、同じ虫の鳴き声でもバリエーションに富んでいてとても面白いですね。
 今回、198句。季節と俳句との一期一会を意識しながら選ばせて頂きました。

【十句選】

ジンジャー咲くト音記号の固結び   伊藤五六歩
 踊っているような、歌っているような可憐なジンジャーの花。ト音記号との取り合わせが新鮮です。ジンジャーの根の形状や楽譜が映像として浮かんできました。

眠草マリアの瞳あらぬ方   石塚 涼
 マリアは、やはり聖母マリアと考えるのが妥当でしょう。慈愛に溢れたキリストの母という固定観念を揺すぶられた句です。「眠草」と「あらぬ方」に謎が仕掛けられました。

金魚鉢日本の底の歪みをり   正保
 近年自然災害が多発している日本。日本列島は不安定な場所に位置していると改めて思い知りました。金魚鉢の歪み、見方によってはとても不気味です。

曼珠沙華白し浦上天主堂   学
 真っ赤な花のイメージが定着している曼珠沙華ですが、白い花の種類もあります。長崎の浦上天主堂のもつ歴史的重みは計り知れません。曼珠沙華の白さは切々とそれらを物語っています。

汗かいて汗の夢見る助手席に   智弘
 汗の夢とは面白い発想だと思いました。もしかしたらありのままを詠んだのかもしれませんが、なかなかシュールな一面を捉えていると思います。

台風一過十三番のバスに乗る   ∞
 台風一過と十三番のバスは何の因果関係もなさそうですが、うっすらと微妙に繋がっているような気がします。もうこれは感覚の問題かもしれませんが・・・。ネットで調べてみると、西洋では13という数字は忌み数だとか。台風の爪痕がまだ残っている中を、十三番のバスが走る。さて行先は?

茄子の尻眺めて夏の夫婦仲   岡野直樹
 思わず笑ってしまいました。中年の夫婦でしょうか。夏の夫婦ですもの。ケンカのあとの仲直り?それとも冷戦中?それにしてもわざわざ二人して茄子の尻を眺めなくても・・・。季語が二つ入っていますが、それは気になりません。健康的なパワーとユーモア漂う一句。

草取りやわずかにゆれるものありて   豊田ささお
 草が茂りやすい夏は、草取りに精出すことになります。雑草がかすかな風を捉えて揺れている。あるいは、小さな虫が動いて草の葉を揺らしている。しゃがんだ姿勢ならではの発見ではないでしょうか。俳句を習い始めたころ、吟行の時は小さなものを詠むといい、と教わったことを思い出しました。

道草は姉妹一緒に立葵   紅緒
 この頃あまり見かけなくなった立葵は、昭和の匂いを纏った花という印象があります。とてもなつかしい光景です。立葵は丈が高く茎が直立しているため、子供の目にはとても大きく感じられるのです。道草という小さな冒険、姉妹が立ち寄るのはやはり立葵。

バルテュスの夢見る少女カンナ咲く   利恵
 バルテェスの描く少女とカンナの取り合わせ。カンナは瑞々しい大きい葉っぱが特徴。つやつやの葉からぬき出て赤や黄の鮮やかな花が咲く。少女の無邪気な大胆さを言い得て妙。


2014年8月20日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 はじめまして。今回から担当させていただくことになりました。不慣れですが、精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 さて先日、何年ぶりかに花火を見ました。小さな漁港で打ち上げられた花火でしたが、間近に見ることができてとても感動しました。残像がいつまでも胸にとどまったままでした。

 ねむりても旅の花火の胸にひらく  大野林火

【十句選】

夢幾夜きみはきのうの蛍籠   伊藤五六歩
 蛍籠の幻想的な雰囲気と「夢幾夜」が素敵な世界を創り出しています。「きのうの」がまた儚くていいですね。

蓮の実の飛んでひとつの音のして   石塚 涼
 蓮の実の飛ぶ音が聞こえたような気がします。ほんとうに聞こえたかどうかはわからないし、実は何の音かもわからないけれど。「ひとつの音」が効いていますね。

涼新た風きてはらり本めくる   きのこ
 秋の訪れとともに感じられる涼しさとさわやかな風が感じられます。本のめくれ方もバサッという感じではなくて、「はらり」がさりげない秋の訪れを表していていいですね。

踏切の夕焼け小焼け死者生者   学
 普段は意識しないけれど、一時的にこちら側とあちら側が遮断される踏切と、怪異が起こる時間帯とされている夕暮れとがあいまって何ともいえない雰囲気の句ですね。この世とあの世との境がなくなって不思議な空間がそこにはあります。

八月の遠き日海に忘れ物   夢幻
 様々な解釈ができる句だと思います。まるでサザンの曲にあるような(いえ別にサザンじゃなくてもいいんですけれど)恋愛の句ともとれるし、八月ということで、戦争で海に散っていかれた方々を悼む句ともとれると思いました。忘れ物が何なのか、気になります。

今少し蟻一匹といる時間   孤愁
 蟻は大抵列をなして移動している姿を目にします。でも中には一匹だけで行動する蟻もいますね。一匹でいる蟻と、それをじっと見ている人も一人で、束の間の癒しの時間なのではないでしょうか。

驟雨来てドを叩くどしゃぶりのド   さわいかの
 ここ数年、ゲリラ豪雨が頻繁に降るようになりました。「ド」音を重ねることでリズム感が出て、また、叩いているのは何の「ド」なのか想像か広がる句です。座りが悪いのが少し気になりますが、それ以上の魅力がありました。

すれ違い様の微笑み氷菓子   ロミ
 少し胸がすっと冷えるような句です。「微笑み」からイメージされるのは普通はあたたかさが感じられるものだと思いますが、この時すれ違い様にふっと投げかけられた微笑みは冷たく感じられるものだったのでしょうか。氷ではなく、氷菓子というあたり、多少の甘さも含みつつひんやり感が感じられます。

鍵かけて古墳は眠る星月夜   利恵
 絵画や映像を見ているようですね。星の光が月のように明るい夜に古墳が静かに照らされている。鍵をかけ人を寄せ付けずまるで深い眠りについているようなしんとした存在感があります。

八月は羽のかたちよ空の旅   紅緒
 「羽」と「空の旅」で飛行機を利用した旅行が容易に思い浮かびますが、高揚感があり、旅の楽しさが感じられる句です。「八」という感じの印象も「羽」の形を連想させますね。


2014年8月13日

岡野泰輔ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 西は豪雨、東は熱波、うまくいきませんね。先週末、自宅近くでの花火大会も終り、気分も、暦も、もう秋なのですが、この暑さは続くようです。(8月7日時点)さて十句選ですが、いつもこの読み方でいいのか?と自問が付き纏います。一読、明解に意味が通じ、読みが一つ以上にぶれない句は、よい句ですが、月並であることも多い。読みに迷う中で、思わぬところに魅力ある句に出合えたときはうれしい。

【十句選】

葛切りやなにやら語りて時過ぎる   いつせつ
 黒蜜に冷えた半透明の葛切り、おいしいですね。葛切りのあの半透明な質感、が句全体に行き渡って、とても気持のいい時空をつくっています。決して大事な話ではない、でもこうやって過ぎる時間は、実は貴重。「なにやら」がうまい措辞。葛切りの前へ出すぎない存在感とマッチしています。

ゆっくりと晩夏の淵に鯉溜まる   内山よしの
 全ての言葉が濃厚にひとつの季節感、ひとつの情景に向かって無駄がありません。対極にある言葉とか、異質な世界の言葉を斡旋して詩的跳躍を目指すのではなく、感覚的に同質の言葉を重ねていって、最終的にある情趣の深みを達成する、そういう行き方です。ゆっくり、晩夏、淵、溜まる、大きなところから小さなところへ、結果は淵の鯉しかいないのですが、俳句はそこで止めて、この世界に読者が参入してくるのですね。

青水無月飴の匂いの母の指   木下昌子
 基本的に母ものの俳句には警戒心が働いてしまいます。「母」は短詩型ではある種絶対的価値をもってしまう。「母」と発語されたとたん、含意されている周辺の諸々が一気に噴出してくる。ある意味季語より強力な言葉。
 とか、ぐだぐだ言いましたが採ります。青水無月がなんとも美しく以下の文字群に響いているのと、郷愁(と読みました)の母を飴の匂いで現出させたことに感心。

はらからのちりじりにあり生身魂   えんや
 読みが難しい、生身魂をどうとるかだが。おそらく・・全国に散って、それぞれ独立している兄弟姉妹がお盆に帰ってきた、老母、老父の元へ。
 句末に生身魂がここだけ漢字でどんと座っています。そこまでは平仮名で、はらからなんていう古語も効果的です。
 あるいは、はらから(母方の兄弟姉妹)なので、老母の兄弟姉妹は散りじりになっているということだろうか?

私小説を書いてみようか秋の風   石塚 涼
 この秋風は秋の初風、いわゆる風の音にぞ驚かれぬる、のあの秋を知らせる最初の風ですね。どうやら万葉のころからの言葉らしく、ということはその風を詠んだ詩歌のストックが連綿として存在するということです。それは中世以前からこの風に託した感情のストックともいえます。その上で現代の石塚さんがこのような感慨をつぶやかれる。秋の風がとても説得力をもちます。

地球儀の赤い日本敗戦忌   せいち
 よく憶えていないんですが、昔の地球儀は日本が赤く塗られていた?そうだったような気がする。意味を追いつめてもしょうがないですが、事実だったとして赤く塗られた日本がとても句の中で効いている。地球儀で見ると、本当に日本はちっちゃくて、いじらしいほど。赤く塗ってがんばって世界の中心に日本をおく健気さ、その懸命さが赤にありませんか?悲しいかな地球儀はくるくる回るので、あっという間にほら東の端。逆に回せば海の裏側。敗戦忌を期に地球儀をくるくる回してもいいかもしれません。

スカートの短さくらぶ夏は来ぬ   孤愁
 これは男の視線ということである。だから西東三鬼「おそるべき君等の乳房夏来たる」を思い出す。女子中学生か高校生を見ているのも、夏が来たと独りごつのも男である。初夏の陽光の中での笑い声が聞こえそうな景なのだが、やはり男の視線なのだ。それが悪いとはいわない、女性はこうは読まないだろう。
 このへん句中の動作主体と作者?(句中視点人物)の面白い関係がありそう。
「くらぶ」は「比ぶ」ではないだろうか、最初、クラブと読んでしまった。

衰弱の口サリサリと西瓜食む   草子
 病床の、それも衰弱ですから、かなり重篤なその方が西瓜を食べる。甘さ、冷たさ、がおいしいのでしょう。水分が病人の体内を潤していくのがわかる。
 以上のことが、「サリサリ」のオノマトペ一発で描かれました。目の前のことをそのまま詠むのは意外に難しく、やはり的確な言葉(オノマトペも含めて)の選択なのだなと思いました。「衰弱」もつかいにくい言葉ですが、ここでは他にないと思わせる。お元気になられますように。

芥子の花二の腕柔らかく垂れて   あざみ
 芥子の花のあの薄い紙のような質感と、後半の身体感覚なのだけど、(例えば脱力感)倦怠感でもあるような、微妙な言いまわしとの理を超えた響き合いに惹かれます。句は誰しもがもつ女性のあの二の腕の柔らかさの実感に支えられています。

蚊遣りして牡丹灯籠聞く夜かな   邯鄲
 レトロな景。エアコンのない部屋、ラジオの怪談話、落語。テレビが普及する前、ラジオを家族で聴く時代、そういう時代があった。牡丹灯籠を聞く夜という設定で一気にその時代に飛んでいけます。カランコローンというあの件、子供のころ聴いた憶えがあります、あれは円生だったか?

【予選句】

炎昼に人語を遣ふ牡馬牝馬   伊藤五六歩
 幻想譚?炎昼だから。

昼寝猫どこが猫やら地面やら   きのこ

滝音の近づきてより足軽く   山畑洋二

夕焼けや草を刈りたる家の裏   夢幻

 この只事、何もない景はいい。叙述の仕方なのか、どこかの具体性なのか、何かが足りない、多分。

馬鹿貝の口開けて見る天地かな   学
 見るのは私なのか、馬鹿貝なのか?そこで揺れる。馬鹿貝という名前の効果大。

句ごころのにはかに烏瓜の花   今村征一

縺れ合ひ天より枝垂る凌霄花   今村征一

遠雷やパンタグラフに立つ火花   一斗

図書館を避暑地のごとく使ひをり   隼人

 全国的風景。

古墳跡色なき風のよぎりけり   南 次郎
 この季語はここで使えとばかり、その所を得た季語は力を発揮する。

利休下駄白き素足のふくらはぎ   山上 博
 利休下駄がいいけど、「白き素足」は疑問。

遠雷や弾かれることのないピアノ   戯心

鉄橋だけ緊張している夏の川   岡野直樹

 この句を読んだ後、夏に鉄橋を見る目が変わってきそう。そうかもしれない。

きうりには月光の餌よう太る   大久保桂
 上五、中七までの奇想は詩的。下五の口調が疑問。

寅さんもスーさんもゐぬ夏祭り   をがはまなぶ

夏の海富津ふらりつっぷした   さわいかの

 F音と促音の繰り返しが面白い。ただ中七「富津ふらり」に一音足りないのはこの場合致命的。

Googleの地図引き回し夏の果   ∞
 引き回しとの措辞は操作実感に近い。無為な感じもよいが、果までいくか?

枝豆をはじきはらから皆老ひぬ   まゆみ

ルフランはくりかえすこと蝉時雨   紅緒

ドッカンと尻の底より大花火   とほる

 尻の底とはよく言った。

【ひとこと】

砂漠てふこの茫漠の炎暑かな
大花火吾がたかぶりを妻知らず
現世のカオスを背負う天道虫
鮮やかに咲いても孤独百日紅

 同じ作者ですが、どの句も力強い。しかし、大仰過ぎませんか?「茫漠」「吾がたかぶり」「カオスを背負う」「咲いても孤独」どの言葉も強いが、作者の思いほどには届かず言葉は上滑りする。最初に思いついた言葉から届くように磨いてゆく、要は推敲ということですね。

夏果つや地平を翔けるオートバイ
砂文字の消えゆく渚晩夏光

 こちらは青春性あふれ美しい。でもこのシチュエーシュンでこの素材、みな映画や写真、映像で見た道具立て、それも典型。どこかひとつ典型を外すとか、異質なものを持ち込むとか、俳句にするには工夫が要りそうです。


2014年8月6日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 7月の19日に「船団東京句会」の集まりが東京でありました。場所は、漱石ゆかりの神楽坂。船団編集の「漱石・東京百句」(創風社800円)の出版パーティでした。
 稔典先生や、50人の執筆者(ドクターではワタシと岡野泰輔さん)、関西からの方々、女優で俳人の富士真奈美さんも参加されてにぎやかな会となりました。
 漱石をテーマに、各自一句提出したのですが、その中の、「それからと言ひ白靴の振り返る/土肥あき子」の「言ひ」が上手だなぁと感心しました。

 今月は、218句からの選。
 あまりの暑さに、「昭和の夏休み」的な句をたくさん選んだような気がしています。9句目以降が微妙だったので、素直に11句選にさせていただきました。

【十句選+1句選】

入谷まで水掛論で冷奴   伊藤五六歩
 入谷というのは、朝顔市が行われる所。たぶん上野駅から、そこに行くまで水掛論があったんだろうな〜と思わせるのが地名の効果。その水掛論を受けて「冷奴」なので、まあ、大した水掛論ではなかったんでしょう。「や」で切ると大げさすぎる、そこで「で」切ったのが成功しています。

夏霧の深きへ漁船消えゆけり   山畑洋二
 霧は秋の季語ですが、夏霧は、湖畔や高原を思わせるミステリアスなイメージがあります。そこに漁船が消えたというのは、ただ消えただけでなく、事件に巻き込まれた事を連想させて面白いと感じます。

引き際を考えており水中花   茂
 こういう句は、季語で決まりますね。水中花が引き際を考えている。その姿は自分と重なり会う。季語が正解。

ハム、チーズ、ワイン、しゃんぱん山開き   茂
 俳句になりやすいのは、どちらかというと日本的、都会よりも田舎、現代よりも昭和以前(これは独断的か)のような気がします。つまり、この句に出てくる名詞は、俳句になりそうにないもの。そういう物を選んで句にしたのが面白い。それでいて、実は、身近な食品なんですよね。ついでにシャンパンとカタカナにしてしまえばいいのに。

ハンカチを小鼻に当てて振り返る   にこにこ
 非常にさりげなくて、それでいて鮮明に姿が目に浮かびます。「小鼻」が語調を整えるだけでなく、より具体的にイメージをつかまえるのに効果的。

車窓より消ゆるビル群青田風   スカーレット
 つまり、車窓を見ていたらビルが消えて田園風景が広がってきたという事でしょう。「消ゆるビル」が上手い表現です。

カブトムシ少年の眼に戻りたり   利恵
 少年とカブトムシの組み合わせは、たくさんありそうですが、これは少年ではなく大人。少年に戻ったというのがうなづける表現でした。

グランドにローラーひとつ夏休み   きのこ
 まるで、ジブリの映画ポスターのような句です。人によって映像は違うと思いますが、だれもいない校庭で、モルタルの校舎の上に夏雲が広がっている、というような。

尖閣に配置完了甲虫   邯鄲
 カブトムシとの組み合わせがユニーク。「尖閣」の尖るも効果的。時事句なのですが、たぶん時間がたっても鮮度が落ちないような気がします。

なつぼうしと言って手にとる夏帽子   ∞
 三四郎の美彌子のような女性を思い浮かべ、妙に心に残った句でした。実生活でも、言葉で言っていることと、思っている事が微妙にずれている事があると思います。そんな感覚が句になっているように感じました。うまく表現できないのですが。

五個並ぶ背中のボタン鳳仙花   あざみ
 鳳仙花は実るとはじけて飛びますよね。「五個並ぶ背中のボタン」がはじけそうなワンピースの背中を思い浮かべて面白い。

【次点10句】

あぢさゐや生れ育ちはどぶの板   伊藤五六歩
 上5で切れて「わたしはどぶ板のような生まれ」と組み合わせた句と読みました。切れてるが一章仕立てとも読めて、ちょっと難解。

朝顔のきのうの数を拾いけり   輝美江
 これは、つまり昨日咲いた数だけ朝顔が落ちていたのでしょう。こう表現したところが匠み。上手い表現なので、類句があるかと思って次点に。

八月をしまふ抽斗少し開け   石塚 涼
 八月なので、思い出が鮮烈。海辺で拾った貝殻なんかもその中に入りそう。

あかとんぼ団地の昼を徘徊す   茂
 高齢化した団地だから、徘徊なのでしょう。こう書くと徘徊している人が赤とんぼのようで面白い。

俳人を並べて狭し金屏風   清治
 「五月雨を集めて早し〜」の本歌取りか。思い浮かべる風景がユニーク。次点でした。

この広い野原いっぱい青大将   秋山三人水
 この句も「この広い野原いっぱい咲く花を〜」の本歌取りだと思います。団塊句で、一般性に欠けるのはしかたなし。わたしは団塊なので振り向きます。

炎天や米屋に武田プラッシー   をがはまなぶ
 1960年代、米屋が配達してくれた「武田プラッシー」という飲料があったのです。これも団塊句。

四分音符奏でるみちのくさくらんぼ   邯鄲
 ハモニカ演奏を思いました。妙に後半がひらかな句なので、ついでに「しぶんおんぷ」もひらかなにしてしまえば。

いろはにとひらがなかきてくろあげは   邯鄲
 面白いのですが、もたついたのは「ひらがなかきて」の「かきて」が説明的なのかも知れません。

石筆をさぐる籾がら夏の月   紫
 石筆はセキボク。道に絵を書いて遊ぶチョークみたいなものです。これは、たしかに割れないように籾殻の中に入れて売っていたような記憶があります。これも団塊句でしょうね。

 以上です。健やかな夏をお過ごしください。


2014年7月30日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 夏の河原を歩いていて石を拾うみたいな、楽しい出会いでした。初めての季語や、知らない言葉もいくつかあり、辞書の世話にもなりました。不慣れな担当でご迷惑をかけますが、どうかよろしくお願いします。

【十句選】

スペードのジャックは片目青芒   伊藤五六歩
 黒い心臓型の葉のスペードで、剣を手にしたジャックはどう見ても剣呑なカード。その男が黒い眼帯で、剣の形の葉の青芒の野をかき分けてやって来る。「これでもか」と迫りくる危機の中に、フッと爽快な気分が走った。この不思な感覚は、青芒の季語のチカラ。

目を細め少女トマトの丸かじり   とれもろ
 井戸水で冷していた昔のことか、中南米のとある街角か、トマトがまだおいしい果物だった頃を思う。少女はきっと、トマトに残る大地の匂いを知ったのだ。「トマトの」では、「の」とするか「を」を選ぶかによって、句が少し違って見える。

夏休みイルカの飛沫浴びにゆく   せいち
 日常の延長上で、いつもの夏休みがまた巡って来た。さりげない措辞「飛沫浴びに」を何度か読むうち、スプラッシュジャンプの飛沫が弾けるダイナミックな実景が、音と色彩を伴って見えてくる。

香水のにはかに醸す閉ボタン   一斗
 マニュアルに準じて、照明と空調が切られた会議室。と、あたりを圧する脂粉の香が。一瞬の時空を的確に捉えたこの「冴え」。「にはか」の旧かな表記、醸す、閉ボタン、には作者の強い嗜好が見られるが、軽く表現することも一つの方法ではないだろうか。

夏座敷一刀彫の朱塗り盆   茂
 吹き抜ける風に誘われ夏座敷の客となる。庭のミドリから目を座卓に転じると、前には一刀彫のケヤキの盆が。その朱漆が放つ光沢が涼しさ感じさせる。「朱塗り」の描写には少々くどさを感じた。

通し鴨二重に見えし針の穴   紅緒
 「通し鴨」は初めて鑑賞する季語。窓越しには沼が見え、その山かげにひっそりと子育て中の鴨の親鳥が。雛の数をまた指でかぞえてから、手元の縫針を持ち直し糸を通す、と・・。山里に住まいする恩寵が伝わる。

生業の椅子を動かぬ遠花火   博子
 今宵は年に一度の花火大会。「ドーン」の音に、宵の口から街中の客足は浮かれている。でも、生業一筋のこの主人、店先の椅子に「デーン」とかまえ、お客さまの裁きに余念がない。これぞ老舗のパワー。

アルプスのてっぺんで遭う夏休み   みのる
 手軽な装備で、日帰りで登れる「○○アルプス」と呼ばれる山系は、日本の各地に多い。この句からは、こうした山に登頂した喜びが伝わってくる。早く登って来て、てっぺんの三角点に触れた子が、両親を手招きして呼ぶ声が聞こえる。「遭う」の字をあてた意図がわからない。

遠泳や百まで生きるつもりなり   みのる
 伴漕する舟で打ち鳴らす太鼓にあわせ両手で大きく水を掻く。陸地が意外な早さで遠ざかる。前を泳ぐ手ぬぐい頭のご老人、時折後方を振り返って気遣ってくれる。その泳法の矍鑠(かくしゃく)としたこと。

自転車の白き膝来る青田道   とほる
 真っ直ぐ伸びる青田道。向こうから自転車が来たので左によけると、丁寧にお礼のコトバを残して遠ざかっていく女性。風に煽られるスカート。透き通るように白い膝頭を何度か見てしまった。中七の「来る」は自転車と意味がやや重なる。省略してさらに鮮明な景を試みては。

【気になる六句】

雪渓を渡るや滝のごうごうと   太郎
 夏山の雄大な景や登山の実景がよく見えるが、「雪渓」と轟々たる「滝」とは同質の気分、同じ強さをもった季語。このため焦点が分散し、一句としてのまとまりを欠いた。

飛魚の海を二つにわけて恋   とれもろ
 トビウオの飛翔が海を二分する爽快さは伝わるが、恋との関連が難解。助詞の使い方に注意を払い、例えば < 飛魚や海を二つにわける恋 > ならば少しは句意がわかる。

窓際や机に容赦なき西日   孤愁
 晩夏のうだるような暑さの景がよく見えるが、「容赦なき」は西日、あるいは大西日の季語の本意に既に含まれている。窓際や机も、どちらかといえば類縁の仲。他にもハッとさせる「モノ」はないか?

灸花モップ頭の男の子   京子
 灸花(ヤイトバナ)とモップ頭の取り合わせの妙味で、候補に選んだ句。しかし、二つ共、『秘密の抽き出しに入れて、そのまま』みたいな近しさ感じて選外に。陳謝!

綿菓子にべっ甲の霧ルーマニア   糸代みつ
 五、七、五の整った句形と、上五「綿菓子に」が詩への接点。だが、「ルーマニア」で困惑は臨界点に。シュルレアリスムの『自動記述』への挑戦か? でも、おおいに惹かれる句。

青田風眼前赤屋根保育園   豊田ささお
 このままの字を中国語読みではれば、きっとキレイな詩の響きが聞けそう。「赤屋根」のままでは、字面、字数(ナカ八に)、句意からもノイズが大きすぎ、残念。


2014年7月23日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暑い日が続きますが、いかがお過ごしですか?
 先日、日本橋の黒門市場に寄ると、あちこちに外国語の表示が目につきました。珍しく思って眺めていると、果物屋のご主人が、
「変わりましたやろ。この頃は中国人のお客さんが多なりました」
と言われます。近くに何かできたのですか、と訊くと、
「ツアーの観光スポットになってるんですわ」
 なるほど、4、5人の女性グループが、どの店先でも品定めをしています。外国に旅行すると、その国の野菜や果物、魚や雑貨が面白く、名所旧跡よりも市場の方が心に残ることもよくありますね。黒門市場には、タコヤキや天ぷらのお店もあり、大阪の雰囲気満点の楽しい観光スポットだと思いました。
 さて、今回は201句から。

【十句選】

山開き月は静かに里わたる   いつせつ
 山開きは夏山の登山開始日。富士山は七月一日ですが、その日は山によって違います。山の神に安全を祈願する行事が行われ、山は、その日を待ちかねた登山者で賑わっていたのでしょう。けれども、夜は、静かです。一日の対比が鮮やかで、夜の静けさの中に、月に照らされた里山の存在感が際立ちました。

対面のベランダの女(ひと)夏の暮   夢幻
 生活時間の違いから、都会では顔を合わすことのない隣人も多いのではないでしょうか。けれども、風を入れようと窓を開けた瞬間に、作者はベランダに出ていた隣の女性と顔を合わせてしまったのです。女性は、くつろいだ簡単服、素足に素顔だったかも知れません。夏の夕暮れのもたらした一瞬の邂逅。

青田風海へと急ぐ外房線      洋平
 外房(そとぼう)線は、千葉を出て、房総半島の太平洋側を走っています。掲句は、車窓から見えた内陸部の青田を詠まれたのでしょう。列車は、もうすぐ海岸沿いを走ることになります。「海へと急ぐ」の惜辞が夏らしく、青田風との取り合わせが爽快です。

下草のかすかに揺るる清水かな   山上 博
 どこかで清水が湧いて小さな流れを作っているのでしょう。「下草」とあるところから、全体に木々に覆われた場所が想像されます。風のせいではないかすかな草の揺れに、森の静けさを感じました。湧き続ける清水は、森の命の源でもありますね。

海酸漿ははに届かぬ糸電話    孤愁
 海酸漿は大型巻き貝の卵?で多くの種類があります。子どもたちは「ほおずき」として吹き鳴らして遊びます。海酸漿も糸電話もノスタルジックな玩具ですが、誰かに向けた発信は、遠すぎて決して届くことのない儚さを秘めています。

一を知り十のつもりや冷奴    京子
 「一を聞いて十を知る」は聡明なことの譬えですが、普通の人は「一を聞いて一を知る」でしょう。それを、たった一つ知っているだけで、全てわかったつもりになるのは、愚かなことです。が、案外よくあることかもしれません。「冷奴」と離した季語がよく合っていると思いました。

箱庭の厨に母が居るやうな    たか子
 箱庭の中に置かれた家。昔風の小さなその家を見ていると、台所に母がいるかもしれないと思えたのです。箱庭の中に作られた懐かしい景色に、幼い頃の思い出が蘇ります。遠景が小さく見えるように、遠い過去も小さく見えたのだと思います。

青田風真っ赤な屋根の保育園   豊田ささお
 青田の中の真っ赤な屋根の保育園は、実景だと思います。近頃の新しい保育園は、おとぎ話のお城のようです。新しい保育園の夢いっぱいの外観と、そこに通う幼い子供たちの存在が、周囲を明るくしています。

グラジオラス倒れても花手をつなぎ   利恵
 庭に咲かせたグラジオラスが、風で倒れてしまったのでしょう。地面に倒れても、花茎に並んで咲いた花はそのまま手をつないだように隣り合っています。独自の視点で小さな景を的確に切り取った作品です。

玉虫のみどりむらさき曇り空   あざみ
 玉虫の金属のような光沢をもった色を、ひらがな書きでみどり、むらさき、と重ね、曇り空に溶け込ませた句だと思いました。中村汀女の句に、「ゆで玉子むけばかゞやく花曇 」があります。ゆで卵のつやめいた白い輝きは春ですが、夏の曇天には、玉虫色の金属質の輝きが隠されているのかもしれません。

【その他の佳句】

木下闇尻ポケットに八十(やそ)詩集  伊藤五六歩
インベーダーゲームあります川開   幸久
青柿の葉裏に住んで葉裏色   ∞
黴の香も人情もなくワンルーム   とほる
夕日さす雑木林に落し文   学
蜷局蛇みな死ぬために生きている   学
万緑に一呼吸して決断す   まゆみ


2014年7月16日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 投句を拝見していると、知らなかった言葉や興味深い事柄にしばし時間を忘れてすっぽりと入りこむことがあります。今回では、「刺又(さすまた)」や「外房線」、そして「七月四日」。「かげろうや七月四日に生まれたり」という句がありました。季語「かげろう」との取り合わせで、有名人の忌日でもなさそう。そこで「七月四日」をネットで検索してみると「7月4日に生まれて」というオリバー・ストーン監督のベトナム戦争を取り扱った映画に行き当たりました。ごく個人的な句という印象は否めませんが、生まれた日が映画の題名になるなんてうらやましいと思いました。8月になったら、TSUTAYAにこの映画を借りに行くつもりです。
 では今回の、さやん選の10句です。

【十句選】

コーヒーと梅雨の新聞俳句欄   まゆみ
 梅雨の新聞俳句欄、と一気に読む。俳句欄は、新聞の文芸欄の投句欄のことだろう。「梅雨」という季語から、本人の句は掲載されなかった気がする。あるいは、もともと投句はせず興味で楽しんでいるような雰囲気。外は雨。朝のコーヒーを飲みながら、いつもよりゆっくりと新聞を広げて、作品や選者の句評に共感したり首を傾げたり。

蚊を叩き血に驚きし中学生   古田硯幸
 こんな中学生居そうな気がする。蚊が発生しない環境に育っている人も多いだろうから。ちっぽけな蚊の、静けさを破って近づいてくるあの大きな羽音も信じられないが、叩いた両手を開いてぺしゃんこになった蚊の血の量に、私も驚いた記憶がある。

寂しくて踊りだしたくなるカンナ   とれもろ
 寂しくて踊りだしたくなるのは作者か、と思えばカンナだった。燃えるような色彩と確かに今にも踊りだしそうにひらく花びら。それは「寂し」いから、という断定に共感した。寂しさの極みの朱や黄色なのかも知れない。同じ作者の「マンホール降りれば夏の青い空」も好きだった。マンホールを出ての感慨ではなく、降りて見上げて気づいた空の青さ。夏の丸い空。

考へてとどのつまりは髪洗ふ   京子
 とどのつまり、汗の髪を洗えばまるで問題が解決したかのようにスッキリしてしまうのだ。情念とまではいかなくても過分に思いを込めてしまいそうな季語「髪洗ふ」の、この 句のさっぱり感が現代的で好もしい。

迂回路の西日へ西日へと示す   せいち
 運転中、予定していた道が工事中か事故で迂回しなければならない。矢印の通りハンドルを切って行くと、西日が容赦なく射しこんでくる。「西日へ西日へと」に、だるさの中にも狭い車内での切迫感が伝わる。ほんのわずかの目的地までも気が遠くなる思いがする。

稿練りて首筋ことに日焼けしぬ   学
 暑い盛りに何処で稿を練っているのか、と突っ込みたくなる。会社勤めの営業の合間をぬっての詩作か、または小説を練っているのかと思いを巡らせてしまう。照りつけられて黒光りしている首筋が痛々しくも生々しい。

靴べらのそっくり返り夏来る   茂
 靴べらは反っていないと仕事にならないのだが、「そっくりかえり」とまで言ったのが可笑しい。靴を履きながら、去年の卒倒しそうだった暑さを思い出す。そんな夏がまたやってきたかと靴べらをしげしげ見る。靴べらも、すでにおののいてそっくり返っている。

多佳子忌の海の青さの石もらふ   博子
 俳人橋本多佳子は、一九六三年五月二九日に亡くなった。この句からは代表句の「乳母車夏の怒涛によこむきに」を思い出させる。手渡された石の青さの向こうには、多佳子が聞いた怒涛の音も聞こえる気がする。

恥ずかしくなるまで待ってプチトマト   岡野直樹
 プチトマト自身が「待って」と、御願いしているのか。それとも、恥ずかしそうな赤い色になるまて待ってから収穫しようというのだろうか。前者のほうが面白いかなと思うが、いずれにしても、青いプチトマトが厚顔無恥っぽく見えてきて可笑しい。

ガーベラはおしゃべりのあひるにあらず   紅緒
 ガーベラはおしゃべりなアヒルとは違いますよ、というちょっと不思議な句。この句を読んでガーベラがアヒルに見えてきた。あの大きくて黒い花の芯のせいか。長い茎に花が揺れるさまが、アヒルの歩くときの顔の動きのようにも思える。「でもあひるのようにおしゃべりではないわ」と、一本摘んでご満悦な表情がうかがえる。


2014年7月9日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今回の投句は221句。毎回200を超えるかどうか、だったと思うので、かなり多めです。
 私は普段かなり寡作のほうなので、連日投句されている皆さまには頭が下がります。いろいろな句を読ませていただくのも勉強と痛感しますが、あまりおもしろくない方向性の句も。

 ひさびさの雨を称えし茄子の花
 素直な句ですが、花が「ひさびさの雨を称える」では、あまりに当然。言葉の順も、内容もそのままで、散文的です。特に「称えし」のようにおおげさな褒め言葉は、俳句ではよっぽどのことがないと成功しない、と思います。

 なけなしの髪を洗ふや夏の風
 理髪店で洗髪してもらったところかと想像しますが、俳句というよりサラリーマン川柳。「なけなしの髪」の諧謔は、残念ながら使いふるされています。

 あとで効く妻の小言と冷し酒
 こちらは、居酒屋チェーンのトイレに貼りだしてあることわざをもじった句。「親」を「妻」に代えたところが工夫でしょうが、俳句としての手柄ではありません。

【十句選】

 と、厳しく始まりましたが、今週の十句はバラエティがあって面白く拝読しました。

蹠を大きく見せて父昼寝   まゆみ
 まだまだ大黒柱で「大きく見せて」いたい昔気質のお父さまと、それを見守る家族の茶化しがあたたかい。

ハーモニカ吹けば父来る麦の秋   せいち
 こちらはハーモニカを吹くと呼び出される、ランプの精のような父。軽快でこれもあたたか。「百五十億年前の熟れトマト」は、さすがに古すぎてちょっと・・・。

紫陽花に憧れているカメレオン   ゆかり
 紫陽花は「七変化」とも言われるのでカメレオンが憧れるのはわかりやすいですが、うまく五七五にまとめて世界を作っています。「夏銀河アザラシになりみつめてる」も同じ作者で、どうも変身願望がある様子。

遺産てふ煉瓦建築青時雨   草子
 煉瓦建築が遺産ってすごい!と思いましたが、富岡製糸場のことでしょうか。青と赤の対比がいい。

でで虫や地球早鐘打つてをり   清一
 「地球の早鐘」がよくわからなかったのですが、火山活動などを地球の心臓音と考えると、「でで虫」の小ささと、スケールの大きな地球との対比が壮快。

傷口にジンを注げば夏が反る  秋山三人水
 ジンってお酒のジンでしょうか、それとも消毒薬のことなのか。前者とすればかなりハードボイルドな風景で、「夏が反る」のダイナミックさも納得。

魚の目ぬるぬる見てる夏がある  加納りょ
 「夏がある」「夏のある」の連作のようにも読みました。たまには「魚の目」を見て終わる、夏の一日もあるかもしれません。じめっとしていますが。

額の花椅子は多目に用意する   岡野直樹
 「多目」は「多め」のほうがいいですね。なんだか虫の複眼を想像してしまいます。額の花の鑑賞会なのか、「椅子」の多さだけで人の集まるにぎやかな感じがつたわります。俳句が、具象、モノにつよいということがよくわかりますね。

遺伝子を知ってどうする六月尽   あざみ
 最近のニュースを見ていると、こんなつぶやきもしたくなります。「六月尽」は夏の始まりなので、むしろ「梅雨明ける」などがいいかも。

宇宙ステーションのごと夕映えの額の花  とほる
 これは雄大で予想外の比喩。

【選外佳作】

蝸牛耳鼻科の午後は神を待つ   伊藤五六歩
 「神を待つ」がよくわからないうえに、思わせぶり。カタツムリと耳鼻科のとりあわせは、内耳からの発想でしょうか。

梅雨に入るカッターナイフ雨を切る   石塚 涼
 語順を入れ替えて「雨を切るカッターナイフ梅雨に入る」ではどうでしょうか、「雨を切る」がカッターナイフへかかる連体形となり、三段切れ(上・中・下がぶつ切りな印象を与えること)が解消されました。

へぼ胡瓜遺影の母の苦笑ひ   古田硯幸
 同じく語順を変え「へぼ胡瓜母の遺影の苦笑ひ」。「遺影の母」より「遺影」そのものが苦笑するとしました。

梅雨晴に棒高跳びのアスリート   山上 博
 さわやかですね。

廃校の錆びた鉄棒きりぎりす   ポンタロウ
 「廃校」「鉄棒」「きりぎりす」、うまい句ですが、やや道具立てがそろいすぎで類想もあると思います。

洗いざらい話してくれよ仏桑花   をがはまなぶ
 話せば許す、たぶん。

ひきがへる人は見掛けによらぬもの   スカーレット
 まったくそのとおり。「ひきがへる」のとりあわせはやや安直。

なめくぢりいそげばまにあうかも知れん   ∞
 「なめくぢり」のとりあわせは、やや安直。

言いかけのずっと気になる半夏生   紅緒
 「気になる」は気になっている、の意味でやや舌足らずが気になりますが、半夏生の季節によく合います。

蜘蛛の囲が自然を出てもついて来る  意思
 蜘蛛の巣がついてくる、というだけですが「自然」との把握が不思議で目立ちます。ただ、同時に「自然」という把握はあまりにおおざっぱすぎ。奇妙さをとるか、悩みます。

忘れたる夜中の一句浮いて来い   えんや
 以前「コボちゃん」で同じ情景が漫画になっていました。俳句愛好家なら誰しも経験のあることで、ことさら句にするほどではないのですが、「浮いて来い」という季語をとりあわせたことでややおかしみが生まれました。「浮いて来い」は浮人形ですが、消えた句への命令口調のようにも見えて、変な感じですね。

 選外ですが、一読で情景が見え、作者の生活感覚などがよくわかる句。

夏座敷遺影の義母はお見通し   とれもろ
脚長の海女にまつはる磯着かな   えんや
復員の祝いの膳や目刺しかな   津久見未完
猫抱いて籐椅子に母沈みをり   たか子
ダブルスを組んで十年立葵   中 十七波


 選外。破調でもあり、意味がよくわからなかったのですが、目についたもの。

紫陽花の眠り薬の一滴   遅足
つかまったら脱出の確率ほぼゼロ  杉太



2014年7月2日

早瀬淳一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 小西さんと同じく、私も今回を最後にこのコーナーからお別れです。毎日更新の時代からですから、一〇年ほど続けたように思います。(今のドクターのなかで一番古いというのがささやかな自慢です。)いま、バックナンバーで2006年5月の自分のコメントを読んでいたら、今と同じようなことを言っていて、おかしいやら進歩がないというか。古くからの方、最近からの方、本当にたくさんの投句ありがとうございました。これからも、個性豊かなドクターの方々のコメントを一緒に楽しんでいきましょう。お元気で。

【十句選】

薔薇一花一宿一飯一渡世   伊藤五六歩
 最初に薔薇という西洋っぽい貴族的な花が一花と出てくる。次に一宿一飯と、寅さんのように続き、最後に博徒の世界のように一渡世と終る。この脈略のない、意外な展開が面白かったです。

刈り落し首刈り落し螺湾蕗   伍合堂
 六月中旬に北海道を旅行したばかりで、ラワン蕗で有名な足寄(あしょろ)にも寄りました。あの蕗の葉っぱは、ちょうど兜をかぶった武者の頭のように見えます。なので、首刈り落しが不気味な効果を出しています。

垂直に両足そろへ海女潜る   えんや
 類句はあるかもしれませんが、垂直に両足そろへ、が海女の潜る直前の様子を、平易に力強く、過不足なく写生し、言い切っています。気持ちの良い写生句だと思います。

大空はあおき流刑地夏つばめ   遅足
 大空、青空は前向きに明るく詠まれるのが普通です。が、この句の場合、流刑地というのが意表を突いた把握で、新鮮さ、詩の世界をつくっています。つばめが帰っていくのは、その流刑地を巡礼するかのようです。

蚕豆を剥いて光をとりだせり   遅足
 蚕豆はかなり大きい豆ですね。皮もごつごつして厚い。その皮をメシッと割って取り出した薄緑の蚕豆はたしかに光そのもののような気がしてきます。把握が新鮮です。

天道虫背なに星空運びをり   京子
 天道虫の背中の水玉模様は星のようにも見えます。が、それだけではなくて、夜飛んでいる天道虫は、背中に星空全体を載せて飛んでいるというのですね。俳句らしい大胆な描写が魅力です。

渚ナウきょうは海月となりにけり   清一
 きょうは、ですから別の日にはヒトデになったりタコになったりしているのですね、この人は。また上五の渚ナウ、も軽いノリでいいですね。私も、渚に行ったらこのような遊びをやってみたいです。

紫陽花や何時も薄目の寺の犬   たか子
 見ていないとしても、ああこんな犬、寺の境内にいたなあ、と思わせるのが俳句の力。いつも薄目という表現で、いつもだらーっとしている様子がよくわかり、可笑しいですね。

端切れでしょいえ夏着でしょ上司でしょ   をがはまなぶ
 たしかに夏の服(特に女性の)は端切れの一つまみのような服があります。そこから下五への飛び方がすごい。あの軽薄な薄っぺらの上司のようなものだ、というのですね。皮肉が効いています。

山下るハイジと与作夕焼かな   をがはまなぶ
 これも、お上品なメルヘンの世界の住人のハイジと、頬被りして山で木を切っている与作の組み合わせがすごいというか、面白すぎるかもしれません。でも、下五の夕焼けで落ち着かせ、かろうじて踏みとどまっている(何から?笑)のでしょうね。

【選外佳作】

家事手伝ひその他転々柿若葉   伊藤五六歩
 その他転々の大雑把さが可笑しい。

ハンモック ベリーロールで跳び越える   伊藤五六歩
 そんなことやっていそうですね。

たかむらの闇や一声夏きざす   太郎
 ミステリアスな句です。

かんばせの輝くような白日傘   吉井流水
 かんばせ、で優雅な女性の効果が出ました。

眠られぬ夜や花栗の濃く匂ふ   きのこ
 雰囲気が出ています。

蝸牛まどろむ殻のうすあかり   きのこ
 うすあかりで詩になりました。

闘病記夜蝉の声を聞きて読む   大川一馬
 好きな作家の闘病記でしょうか。

こちとらは阪神負けて虎が雨   大川一馬
 こちとらのとらと、虎が雨で掛けていますし、ナンセンスさがいいです。

snake on her shoulders=sarong on her loins=her dimple on one cheek. 大川一馬
 このようなチャレンジもいいと思います。

剥落の蔵を夏草覆うなり   さくら
 よく目に見えます。

寸胴のブイヨン濁る太宰の忌   伍合堂
 微妙なつき加減です。

真ん中に蝦蟇のいやはる丸木橋   せいち
 いやはる、が面白い。

面彫の木屑まみれの藺座布団   えんや
 彫刻家の座敷でしょうか。

夕凪の浦に帯なす日本海   えんや
 帯なす、が新鮮な言い方。

夏服を着こなしている雪女   遅足
 ナンセンス句、好きです。

シスターの急ぐ靴先ライラック   とれもろ
 軽快でおしゃれ。

「真実の口」からアリア夏の蝶   孤愁
 ローマの休日みたいですね。

ポンポンと魔法かけられダリアかな   京子
 ポンポンと魔法をかけるダリアかな、としました。ポンポンダリアと掛けていて、今度ダリアを見ると、魔法をかけられそうです。

夏の宵聞き耳立つる猫のゐて   正保
金魚鉢日本の底の歪みをり   正保
海開きスパイス十五種ジャワカレー   木下昌子
悲しめば草笛吹きに父が来る   木下昌子
炎昼に警官立てり樺の忌   隼人
終点で目覚めて梅雨の顔撫づる   隼人
鯵刺の一直線に銀行へ   ∞

初蝉に朝昼かねた食事かな   ∞

 初蝉や朝昼かねた食事して。

梅雨空に効かぬ薬を一気飲む   清一
 梅雨空や効かぬ薬を飲んでみる。

二等分ならぬ葛餅妻にやり   清一
年取らぬ先師の句碑や蟻遊ぶ   みさ
梅雨寒や葉の揺れ眺めウイスキー   南 次郎
空蝉やミルマスカラスドスカラス   幸久
蝦夷梅雨の真砂に拾ふ網針かな   たか子

ソーダ水の中から青江三奈   秋山三人水

 ・・ソーダ水ふいに出てくる青江三奈

銀狼の老いさればえて茅花風   秋山三人水
 茅花風に吹かれる銀狼がかっこいい。

七夕や天空橋の駅降りる   紅緒
 天空橋駅ってあるんですね。ロマンチック。

立葵AKBの総選挙   をがはまなぶ
 立葵とよく合っています。

大百科辞典にとまる蛍かな   杉太
 農家の軒先でありそう。

倒立と正立私と海月   杉太
 私はワタクシ。不思議な句です。

蜘蛛の囲の真中城主の面構え   草子
 たしかに城主のよう。

相続の話のあとの心太   一茶の弟子
 話がうまくまとまりました。

簪にしたいと君が七変化   とほる
 紫陽花を簪とは豪華。

女寄り噂話の蟻の道   とほる
 噂話がありの道のように長々と続きます。

夏山に土偶のごとき雲の影   とほる
 夏山が古代のよう。

少年に拾ってもらう夏のあたし   あざみ
 少年に慰められるやや蓮っ葉な女。

【ひとことクリニック】

◎こうされては?
軽鴨の水脈を残せし行方かな
・・軽鴨の水脈残す行方かな

雲間より六月の月金曜日
・・六月の月ついてくる金曜日

五月雨や密教寺院古りし鐘
・・五月雨や密教寺院の古き鐘

桷の花散りて魚のライズかな
・・桷の花散りて魚は浮き上がる

給食の匂ひと放送梅雨に乗る
・・給食の匂ひざわめき梅雨に乗る

健やかな猫の鼾や明易し
・・かすかなる猫の鼾や明易し

梅雨深む人を静かに歩ませて
・・梅雨深む人は静かに歩むなり

来る来ない人待ち顔のさくらんぼ
・・さっきから人待ち顔のさくらんぼ

あめんぼう雲をかきわけ君の元
・・あめんぼう雲をかきわけ走り去り

青蜥蜴微動だにせぬ資料館
・・青蜥蜴じつとしてゐる資料館

風灼くる耳をダンボに水琴窟
・・風灼くる耳傾ける水琴窟

原発と微笑仏の町や夏
・・原発と微笑仏や夏の海

河鹿鳴く渓に谺のベールかな
・・河鹿鳴く渓にかすかに谺して

夏蜜柑と格闘したり勝ちにけり
・・格闘し勝たせてくれた夏蜜柑

末っ子泣き虫六月の花嫁に
・・末っ子で泣き虫ジューンブライドに

白靴を履くことのなく古稀過ぎぬ
・・白靴を履くことのなく古稀となり

猫登るスカイツリーや真夏の夜
・・猫登るスカイツリーに夏の月

蠅叩き右手に持ちたる朝市女
・・蠅叩き右手に持ちし朝市女

漁労小屋のささくれる蠅叩かな
・・漁小屋のささくれている蠅叩

幟旗に案内さるるや河鹿宿
・・幟旗に案内されて河鹿宿

時計草こんなところに竹コプター
・・時計草竹コプターで飛んでいく

昨夜みた夢物語や冷し酒
・・昨夜みし夢物語冷し酒

パーティの誘ひ舞ひ込む黒揚羽
・・パーティの誘ひとともに黒揚羽

◎類想
夏座敷遺言状を公開す
藤棚の緑の風や白き朝
赤城より朝の薫風鳥の声
百日紅伊勢にも古き仏寺かな
・・菊の香や奈良には古き仏達 芭蕉
打水や甘味処の小座布団
妻と来て見つけし歌碑や額の花
梅漬ける家人の背中丸くなり
蠅たたき二刀流にて迎え撃つ

◎あたりまえ・そのまま
はんなりと蕩けるものか葛ざくら
燕の子身をおどらせて川面飛ぶ
口ずさむ「夏の思い出」水芭蕉
夕ほたる詩嚢に詩神忍び入る
夕焼や宵の明星光り初む
夕焼に海原紅く凪ぎにけり
河鹿鳴く民宿包むセレナーデ
梅雨晴れ間噂話のうそまこと
向日葵や耳を殺がれし琵琶法師
ほうたるのか細き光途絶えけり
落蝉の腹白々と暮れ深む
手土産を一つ買います星月夜

◎説明
目移りをしながら選ぶ京扇子
雨じゆうぶん足りて長々なめくじら
大西日三か目のカレーいよよ旨し
露坐仏の肩なだらかに万緑裡
下り坂同じ速度のかたつむり
夏草の盛り十七文字を超え
田草とり泥はねちらし猫の來る
苔の花歳月壁を土にする
接近は不規則回路の夏の蝶
夏至の朝耐震工事に揺れる窓

◎報告
川床の風に抱かれて蓴汁
奥入瀬の新緑に水絶え間なき
今日もまた朝から快晴クールビズ
梅雨晴れを待ってましたとうごく妻
草引けばまる虫あわてふためいて
村人と共に汲みたる谷清水
梅雨晴れ間鳶急降下おにぎり消ゆ
夏至空や斎竹そよぐ地鎮祭
落し物見つかりません天の川
全身でしやつくりの乳児ホトトギス
初物のきうり二本の狭庭かな
紳士らもビニール傘やあぢさゐ園

◎言い過ぎ
追ってくる蝉にぎにぎし森覆うふ
梅雨晴れを洗濯すべく心待ち
森覆う蝉喧しや追って来る
その色の男勝りの茄子の花
群がりて何の遊戯ぞ火取虫
暮れてゆく渓に河鹿の鄙の歌
恙なく田植する子の笑顔かな

◎抽象
新緑の泥濘踏んで天の涯
夏至の夜の赤い時間のハーブティ
黒南風が遠いあの日を掘り起こす
まくなぎを先に送れば我も消え
空蝉や有為の奥山抜けてをり
浄土へと丹塗の小橋風五月
主体か客体か、不確かな状況
天国の階段上る捩じればな
青鷺の動きも音もなき時空
夏の雨二日続けて神を見る
直線を引くか引かぬか花柘榴

◎主観・観念・気持ちが入りすぎ
年金の身には染みます若葉光
癒えたれば寂しき髪を洗うなり
ジェラシーを隠しているね白日傘
耄碌をする年でなし合歓の花
雷に入る一機戦ふ気合満つ
灼熱の道身を裁くごと歩む
田に出よと促すごとき青葉かな
気怠さに尾を振つてゐる熱帯魚
梅雨晴れ間腹心の友というべきか

◎即き過ぎ
D五一の蒸気たくまし夏木立
無医村へ通ふ瀬音も鮎の川
絶海に落ちゆく岬沖縄忌
卯の花腐し古書の匂ひの深まれり
羅や白きうなじのネックレス
虎が雨弔辞の秘話がまだ続く
老いらくの恋のはじめの落し文
ハンモックミルマスカラスドスカラス
明け易し夢の女に脅されて

◎理屈
放蕩もほどほどにせり桜桃忌
断崖も空もあらわや沖縄忌
今までの自分って何蛇の皮
主体か客体か、不確かな状況

◎俳句の意味が分からない(私の理解力不足、知識不足の場合あり)
たたなはる山や新樹の匂ひをり
蹴散らして剥がす汝が影あめんぼう
発表は七月二日わが誕辰
空蝉か胡蝶の夢か箸渡し
結葉の日を消し止めて静まれり
フェデリコは青縞シャツにサングラス
海老マ−チ太く滑らせ川開
夏帽子待ちぼうけして空に席
夏の朝小さな神を扼殺す
六月の押入れのなか戒厳令
砂日傘より伸びやかに脚四本

◎俳句の意図が分からない(私の理解力不足、知識不足の場合あり)
夏の昼弔い予算たてなくちゃ
花うつぎ目印としてスワン家へ
ががんぼやかまぼこ板に残る紅
時の日のメガネを外し見ゆるもの
子規の忌の流産とある詞書
漱石忌このうらなりの下りやう
飛石の気伝へ合ふ犀星忌
野火のあと雨のはじまる寒梅忌
やうやうに髻結へて花豌豆
頭から先に乾いて夏の月
青葉木菟そんなところに恋はない
ノックしてみたけど君は夏休
思ひ切り嘘つく夜や河鹿鳴く
泥道の模様となりし栗の花
傷口にジンを注げば夏が反る
草いきれ上書きをされ消去され
沖縄忌誰にも告げず病院へ

◎三段切れ(三段切れに近い)
機内食無印良品さくらんぼ
みどりさす赤子のあくび宮参り
のど仏ごくり海鳴りラムネ玉

◎言葉の重複
うしろより追いかけて来る恋蛍
花菖蒲ぽんと咲きそな膨らみに
草刈りや刈のこしの先に白き花

◎その他
蛇肩にサロンを腰に片えくぼ
・・サロンが夏ですか。季語が少し弱い。

あ蛇の衣あとは野となれ山となれ
・・既成の言葉。

植田畔亀仰向けに万年目
・・万年は月並み。

土化(つちか)する壁に青苔光濃く
・・土化は無理では。

半分は土浴び蜥蜴の卵かな
・・すみません。蜘蛛の卵見たことないのでわかりません。