「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2014年12月31日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 テーブルの隅に置いてあった「正岡子規句めくり二〇一四」が、最後の一枚となりました。「行く年の我まだおいず書を読ん」という句です。最後の「読ん」に、背筋が伸びる気がします。子規二十九歳の句。三月に「カリエス」と診断された年でした。実際に若かったわけですけれども、それだからこそ「まだおいず」という言葉にはっとします。時間を惜しむように、私も二〇一五年を生きてみたいと思います。御投稿いただきました皆さまにも良い年でありますように。

【十句選】

遠回りして茶の花にニーハオマ   京子
 沢山の黄色い蕊。それを囲む白い花びらの可憐な茶の花。わざわざ遠回りして会いに行く気もちがわかる。「ニーハオマ」は「元気にしてますか?」と言う中国語と知った。茶の花の祖国に敬意を表した挨拶だ。最後の「マ」の明るい響きに元気が出る。

ラテ欄で包む夕餉の葱二本   伊藤五六歩
 新聞に掲載されている番組表は、「ラジオ・テレビ欄」を書略してラテ欄と呼ばれる。確かにラテ欄で何かを包むのは、他の紙面でよりは気が咎めないだろう。葱二本ならその一枚で十分足りるし。

今年またしたり顔して晦日蕎麦   いつせつ
 なぜしたり顔なのかは、わからない。が、大晦日の蕎麦を食べる頃には、ついさっきまでの慌ただしい時間などなかったように、どことなく得意顔になっている気がする。何がどうであれ、とにかく一年の最後の、目の前の年越し蕎麦までたどり着いたのだ。去年と同じように後ろにはし残したことが山積みなのに。

鰭酒や心の通ふ者同士   今村征一
 日本酒はことに苦手なのだが、「鰭酒」を注文して惜しそうに、幸せそうにちびちびと飲み始める人を見ていると「ふうん、そんなに?」とその顔に見入ってしまう。言葉は少なく心の通う者同士で味わいたい美酒なのかも。

おでん酒もうこの話時効でしょ   せいち
 酒の句もよく出て売るシーズン。ここは鰭酒ではなく「おでん酒」がいい。おでんと、お互いのちょっと苦い過去をつまみにして。同じ作者の「全身が氷柱まみれの水車かな」も凄まじくて、好きだった。

ボーナスや非正規と云ふ枠の外   ポンタロウ
 非正規労働者は、ボーナスが無いのでこの時期はまるで「枠の外」なのだ。冬のボーナスの平均額のニュースなどは身に関係のない話。
 「と云ふ」が惜しいと思う。「枠の外」の気分を、例えば身に着けている物やあたりの様子で表現すれば理屈っぽさが抜けて、さらに共感できる句になるのではないか。それにしても「非正規」って言葉、人間に対して、厳しく冷たい言葉だなと改めて思う。

寒波来るらしきガン黒ゴムタイヤ   酒井とも
 わざと真っ黒に日焼けさせた顔をガング黒と呼ぶが、目の前のゴムタイヤを「ガン黒ゴムタイヤ」と言い放ったところが可笑しい。アクシデントでタイヤ交換でもしているのだろうか。「寒波」と「ガン黒ゴムタイヤ」の言葉のぶつかり合い。

空港の聖樹ぽつねん憲吉忌   孤愁
 空港に飾られた聖樹。目まぐるしく人々が行きかう真ん中で、言われてみればぽつねんと立っている気がしてくる。憲吉は、楠本憲吉さんのことだと思う。(陶芸家の富本憲吉さんの忌日は6月だから)子どもの頃、テレビ番組の審査員か何かをされていて優しそうな印象だった。画面の名前の横に「俳人」という肩書が映るたび不思議な気がしていた。俳句の世界に沢山の仕事を残された人物であることを知ったのはつい最近のことである。

老いし猫わが胸に臥す冬の夜   夢幻
 「冬の夜」がいいと思う。「臥す」という言葉が切なく、猫のために暖かくしている主人の胸のその呼吸が、老いた猫を安心な眠りにつかせているようだ。

冬霧の運河にのそり貨物船   戯心
 冬の濃い霧の中を突然現れた様子を「のそり」と擬人化したのが面白い。貨物船がやさしい生き物のように思えた。「海」ではなくて「運河」によって船が大きく描かれた。


2014年12月24日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 メリー・クリスマス。そして、年の瀬です。今年もたくさんの投句、ありがとうございました。未熟なドクターでしたが、来年もよろしくお願いします。
 さて、今回の投句は180句。時事にまつわる句が多かったのが特徴的でした。時事はもともと俳句よりも川柳のほうが得意な領域です。

 原発を捨てる燃えないゴミの日に  佐藤みさ子
 三歳でも言えるハンニチヒコクミン  丸山進

 新聞や週刊誌の文面を切り貼りするだけでは作品にはならないので、川柳作家たちの句はさらにひねりを加え、鋭さが加わっています。
 一方、俳句では、季語や切れ字で、もっと広がりのある読まれ方が得意。時事に挑んでいく挑戦も大切ですが、得意領域のよさをいかすことも大事です。

【十句選】

寒雷や宝物殿の仏達   太郎
 やや月並みではありますが、森閑とした仏像の威厳が漂ってきます。

冬の雨片つ端から聞くバッハ   せいち
 「片っ端から」「バッハ」と撥音が連続する勢いがいいですね。

辻褄を合わせセーター出来上がり   とれもろ
 辻褄合わせ、何事も、終わりよければすべてよし、の年の瀬です。

大根の岡惚れしてる蕪かな   岡野直樹
 カブラの美しさに、田舎者の大根が茫然、といったところでしょうか。古い俳諧のような味わいです。

門灯に雪の吸はるる久女の忌   紫
 雪、久女忌の季重ねですが、冬なのでさほど気になりません。女性の業を生きた久女ならではの「吸はるる」ですね。

かな文字のさらに崩れて鴨の翔つ   草子
 鴨の飛翔が特別との視点、勉強になりました。古い季語ならではの「かな文字」との取り合わせ、さらさらと見事に広がりそうです。

御神渡三角形の恋のみち   糸代みつ
 神の道をあえて「恋のみち」と断定した手柄。

反返る上野の白長須鯨   ヤチ代
 大胆に、地名と動物名を重ねたところがはまりました。

硬直も下降も疲労浮寝鳥   酒井とも
 浮寝鳥にとって下降は命取りになりかねません、お疲れさま。

文明が青ざめているクリスマス   紅緒
 カップルあふれる日本のクリスマス。きらびやかなイルミネーションを「青ざめている」ととった。LEDでしょうか。ノーベル賞で明るい話題と思いがちですが、文明の行く末、不気味さをとりこんだ、あざやかな一句です。お見事。

【選外佳作】

スターバックス頬杖ついて冬に入る   石塚 涼
 現代の「冬の入り」としては、手堅い一句。

煮凝の日本海をば封じたり   京子
 「をば」が説明的。

小春日やもぐらの盛れる土の山   きのこ
 牧歌的でよい風景、ただ「もぐら」はそんなものですよ、という気もします。

枯はちすちょっとあうためだけの下車   ∞
 小さなドラマが始まりそうな感じ。

狐火の夢見るままに逝きたしと   豊田ささお
 「と」がいかにもセリフなので、いっそ「逝きし人」ではどうでしょうか。

裸木に「ゴミを捨てるな・べからず」と   意思
 写生。


2014年12月17日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 各地から初雪の便りが届くようになりました。地域によっては、大雪のニュースも連日のように報道されています。「毎日が雪との戦いです」と話す東北の老夫婦の厳しい表情が印象的でした。私が住んでいる四国松山では、天気予報に雪だるまのマークがついていても、ちらちら雪が舞う程度。何年かに一度、数センチの積雪があるという土地柄です。「雪」という季語ひとつ取ってみても、捉え方は様々だと思います。選の難しさを思いつつ、今回は想像の翼を広げることのできる句、余白のある句を選ばせて頂きました。

【十句選】

夕暮れの風の大地や枇杷の花   太郎
 風の大地から詠み手の立ち位置がわかります。大きな景を捉えた後、小さくて目立たない枇杷の花に焦点が移っています。枇杷の花は甘い香りがしますね。余韻の残る句です。

さだまさし心の色の毛糸編む   山城ひでお
 さだまさしの曲を聴きながら毛糸を編んでいるのか、それともさだまさしが毛糸を編んでいるのか。後者だと面白いですね。心の色の毛糸とは、あの秀逸な歌詞とも取れます。もちろん、私も大のさだまさしファン。

税関を抜けて真冬のサングラス   孤愁
 現代的な光景を俳句に持ち込みました。ドラマのワンシーンのような一句。情景が鮮やかです。

除雪車の近づく音に目覚めけり   たか子
 しんしんと降り続く雪と文明の作り出した除雪車の取り合わせ。自然は厳しくもあり、美しくもあります。その中で生きる人々の哀しみが伝わってきます。

まばたきて消える人類冬の月   さわいかの
 シュールな句。人類の歴史は、宇宙の時間から見れば「まばたき」くらいの一瞬かもしれません。冬の月が効いています。

丹沢のパノラマ在りぬ冬の朝    夢幻
 美しい風景を詠んだ句。月並みに落ちていないのは、「冬の朝」という季語が、白い息や、身の引き締まるような寒さをただちに喚起させるからでしょう。パノラマで視線の移動を誘います。

白バイに続くランナー山眠る   紫
 この句も現代的な風景を詠んでいます。冬枯れた山並みと白バイやランナーたち、遠景と近景の対比が面白いと思います。

狐火や思ひはいつか母のこと   南 次郎
 おそらく亡くなったお母様を思い出したのでしょう。花を見ても星を見ても、大切だった亡き人を思うと聞きますが、狐火という異界の言葉と母の出会いにドキリとしました。

一筆を足しパソコンの年賀状   戯心
 今年こそは、早く書いてしまおうと決心しても、ままならないのが年賀状書き。遅れて出しては自己嫌悪に陥っています。一筆を足す優しさに拍手ですが、俳句としてはやや微温的かも。「たんねんな賀状の責めをいつ果たす」は中村汀女の句。

右から読んでも君からよんでもなまこ   ∞
 新しい試みの句。面白いですね。「君から読んでも」とは、なかなか言えません。言葉の響きやリズムがとてもいいと思います。今週のイチオシです。

【次点5句】

どっさりと着込んで老いし雪女郎   せいち
歳時記の表紙ぼろぼろ文化の日   えんや
冬ざるる景に色足す青菜畑   今村征一
保安員の達磨のごとき寒さかな   をがはまなぶ
葱刻む一人暮らしの子を訪うて   瑠璃



2014年12月10日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 12月に入り寒さがいちだんと厳しくなってきましたが、みなさまお元気にお過ごしでしょうか?気温の変化に敏感なうちの長女・蘭(もうすぐ8歳・サビ猫)は少しでも暖かい場所を探しては置物のようになっています。
 この季節になるといつもふと頭に浮かんでくるのがこの句です。
 「鳥も稀の冬の泉の青水輪        大野林火」
 さて、今週もたくさんの投句をありがとうございました。私も勉強させていただき、本当に感謝しています。
 それでは年末に向けてなにかと気忙しい日々が続くことと思いますが、どうぞご自愛ください。

【十句選】

ソックスの色濃くなりて冬浅し   石塚 涼
 まだそれほど寒くはないけれど、もう冬だなと思うようなとき、服装はもちろんですが、靴下も気づくと濃い色を選んでいるということはよくあります。
 季節の移ろいはさまざまな視点から感じられますが、「ソックスの色」で感じるというのは新鮮ですね。

マフラーに男の隠れ家的事情   伊藤五六歩
 マフラーを上手く使いこなせる男性はお洒落上級者だと思います。そこに「男の隠れ家」が絡むととても意味深な、なにか物語がありそうで素敵ですね。
 色々想像できる句だと思います。

冬紅葉戸惑ひがちの色になり   をがはまなぶ
 晩秋の燃えるような紅葉の時期を過ぎてからも色づいている冬紅葉は盛りの頃とは少し色合いが違ってみえます。それを樹が戸惑いながら色を留めているように感じられたのだと思います。
 「しずかに」「やさしく」などのとらえ方もあるかもしれませんね。

珈琲の苦さのほどの愁思かな   洋平
 飲んでいるのはきっとブラックコーヒーで、その苦さ程度の苦い思いがあるんでしょうね。「苦さのほどの」が少し気になりましたが、例えば「ブラックの珈琲ほどの」などに変えてみるのはいかがでしょうか?あと、「愁思」は季語として使うなら、「秋思」ですね。
 この句から寺山修司の「ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし」を思い出しました。

テトリスのようにボコボコ霙来る   加納りょうこ
 テトリスとはポピュラーな落ち物パズルゲームのこと。霙が降ってくる様子をテトリスに例えたのが秀逸です。「ボコボコ」来る霙も面白いですね。

枯原の夕日刻々空占める   学
 空がだんだん夕日の色に染まってきて、その下にある枯野がいっそう寂しさを増してくる情景が浮かびます。
 「遠山に日の当たりたる枯野かな  虚子」を連想しました。

極月のバスへわれ先カンダタも   孤愁
 満員のバスに乗り込む人々の様子はよく目にしますが、「われ先」という表現と「カンダタ」を登場させたことで一種異様な雰囲気を醸し出しています。
 「蜘蛛の糸」のカンダタのように他人を蹴落とさなければいいですが…。
 「十二月」でも「師走」でもなく「極月」を使ったのも効いていると思います。

柊の咲いてひそひそ立ち話   せいち
 ひっそりと咲く柊の花と「ひそひそ」する立ち話がうまく合っています。どういった話をしているのかなんだか気になりますね。
 「ひ」音の繰り返しが効果的に使われていると思います。

終活を模索せるらし竃猫   たか子
 猫はもともと寒さに弱く、寒い日には日向ぼっこをしたり、炬燵に潜り込んだりしている光景をよく目にします。「竃猫」は富安風生氏の造語だそうですが、竃をあまり目にしなくなった現代でも、その愛らしさは変わらないと思います。
 「終活」は最近よく話題になる言葉ですが、人(猫?)生をどのように終わらせるか、猫も人間同様に考えているのでしょうか。思慮深げな猫の姿が目に浮かびます。

煮凝や遂にアリバイくづれをり   紫
 煮凝が崩れるのと同時にアリバイも崩れてしまったのでしょうか。ドロドロ感も微かに感じられ、推理ドラマを連想させて面白いと思います。

【ひとこと】

小春日の泥の団子の旨そうな   草子
 「の」をあえて3個入れることを迷っておられたようですが、私は「の」が連続してもいいと思います。団子の丸さと「の」の丸い形が合っていてかわいらしいですね。

枯蟷螂心音ゆるむ小春かな   戯心
 「枯蟷螂」と「小春」、季語が2つ入っています。季重なりは絶対にいけないことだとは思いませんが、焦点がぼやけてしまわないよう要注意ですね。
 この句だと、「心音ゆるむ」が少しわかりにくいかなと思ったので、「枯蟷螂」を変えるか、「心音ゆるむ」を変えて「小春」につなげるかするといかがでしょうか。


2014年12月3日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 初めまして、山本たくやです。これからよろしくお願いします。
 今回は174句の投句をいただきました。ありがとうございます。
 さて、この投句欄には兼題やテーマはありません。よって、選句する基準をどこに設けるべきか、そういう難しさがありました。少し悩みましたが、私は他のドクターの方と違った観点で、十句を選ばせていただきました。
 皆さんのお役に立てるよう、今後も精進します。それでは、今週の十句選です。

【十句選】

アノラック雨夜(うや)のペットの品定め   伊藤五六歩
 アノラック、つまりウィンドブレーカー。恥ずかしい話ですが、初めて知った言葉です。さて、こちらの句ですが中七以降の、「雨夜」・「ペット」・「品定め」とたくさんの要素を盛りすぎています。いずれかの要素を削って、「アノラック」がより景の中心となるよう、推敲することをオススメします。

PCが瞬いている冬の夜   石塚 涼
 「冬の夜」という季語が動きます。要するに、「春の夜」でも「夏の夜」 でも大差がないのでは?となってしまいます。「PC」という人工物を上五に配しているので、下五には植物などもっとわかりやすい自然物を配してみてはどうでしょうか。極端に対極の物を並べることで、より空間的な広がりを持ちます。

短日や列なす下校ランドセル   大川一馬
 「列なす下校」と「ランドセル」が意味合いとして近すぎます。中七で十分、ランドセルを背負う年齢を彷彿できます。「ランドセル」の色や形に焦点をあて、別の言葉に置き換えることをオススメします。そうすることで、「ランドセル」に具体性が生まれ、もっと活き活きとした下校風景になります。

秋深し哲人顔の盲導犬   洋平
 「秋」と「哲人顔」という言葉が近すぎます。しかし、「哲人顔」をしている「盲導犬」というのは面白い景だと思います。「哲人顔」を別の言葉に言い換えてみてください。

蹴り出されゐる湯湯婆の無念かな   孤愁
 これまたお恥ずかしい話ですが、この句を初見したとき「湯湯婆(ゆたんぽ)」を「湯婆婆(ゆばあば、ジブリ作品に登場する頭の大きいお婆さん)」と見間違えてしまいました。見間違えたまま読んだので、「これは面白い!良い!」と思って選句したのですが、改めてみて間違いに気づきました。「湯湯婆」が「蹴り出され」たり、それを「無念」と感じるというのはそのまま過ぎます。どうせなら、もっと乱暴に湯たんぽを蹴り出してください。大げさな動作は、それだけで可笑しみを与えてくれます。

牡蠣フライマヨネーズ派とソース派と   ポンタロウ
 「マヨネーズ」と「ソース」の両派がいる、という読み方で良いのでしょうか。掲句ではそれ以上の読みができません。「マヨネーズ」と「ソース」をもっとケンカさせたり、仲良くさせたりと、動きを与えてみると面白くなるかもしれません。

ベル鳴りて熊穴に入るそれぞれに   糸代みつ
 下五の「それぞれに」によって尻すぼみ感が出てしまい、また景が定まりません。そこで「ベル」にもっとスポットを当てることをオススメします。このベルはどんなベルでしょうか。「終業ベル」でしょうか。「ジングルベル」でしょうか。はたまた、どんな音を奏でるベルでしょうか。そこを掘り下げていくと、季語にもっと広がりが生まれ、面白い俳句になると思います。

ラッキーとハッピーのゐる冬の朝   をがはまなぶ
 「冬の朝」は本当に寒くて布団から出たくないものです。そういう中における「ラッキー」と「ハッピー」とは具体的に何でしょうか。「ゐる」とあるので、人もしくは何かを擬人化しているのかと思いますが、それでもイメージが付きにくいです。何かそれらをイメージできる動作(「魚を焼く」とか「しっぽを振る」とか)の言葉を入れてみてはどうでしょう。

ライオンも象の歩行も小春かな   中 十七波
 助詞に問題があります。掲句のままでは、「ライオンそのもの」と「象の歩行」が並列となり、それが「小春」という読みになります。それを狙ってのことであったとしても、やはり読み手としては、一瞬ひっかかるものがあります。動のライオンと静の象を並列させるのであれば、「ライオンも象も」とすることをオススメします。

冬の朝カチッカチッとガス励まして  紅緒
 寒い冬の朝。なかなか着火してくれないガスコンロを、「ガス励まして」と捉えたところが素晴らしいです。しかし、中七の「カチッカチッ」が読むうえでリズムを崩してきます。「ガス励まして」が活きるよう、中七のリズムを整えることをオススメします。

【秀句十二句】

夜廻りや燐寸の軸で耳を掻く   伊藤五六歩
佐久鯉のはねし彼方の冬紅葉   太郎
太さでは負けて白さで勝つ大根   せいち
二人居て二つの孤独冬菫   せいち
冬晴れや廃棄電車を人が牽く   古田硯幸
葱抱き男の入る軍鶏鍋屋   隼人
風の音切り揃へたる手入れ松   戯心
友だちは例えばこんな冬林檎   さわいかの
ため息はいつのまに来て冬の月   さわいかの
小春日のどこまでもうそ伸ばしけり   さわいかの
病室に光の遊ぶ小春空   とほる
栗強飯母のうま味を超えられず   利恵



2014年11月26日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 なかなか句ができないのに、句会が近くなると急に作れたり、席題がでると10分で作れたりするのが俳句の不思議。そもそも皆さんは、なぜ俳句を作っているのしょう。答えはいろいろだと思いますが、句会があるからというのも、その答えのひとつでいいと思います。この「今週の十句」もその句会のひとつで、選に入ることが俳句作りのはげみになっている方もいると思うと、身がひきしまります。今週は、199句。十句選のつもりが、数えてみたら11句でした。それでも、18句に一句の難関ですねぇ。

【十句+一句選】

三和土にはかたかた土間にちやんちやんこ   伊藤五六歩
 三和土は、タタキ。その後の「かたかた」がクセモノです。どうもお年を召した方などが、散歩や買い物に持参する手押し車のことらしいのです。土間にちゃんちゃんこを着た人物。三和土には「かたかた」。という2つのものの対比を575の文字パズルで成立させています。敢闘賞!!

月光を眠り薬に一滴   遅足
 発想は、月を見てると眠くなるということでしょうか。または眠り薬を飲んで月を見たということでしょうか。イッテキ、が中途半端な気がします。「ひと垂らし」ではどうでしょうか。

なお青き林檎を噛めば風の味   遅足
 「青林檎を噛む=風の味」というのが、ちょっと安易かなぁとは思ったのですが、「なお」の詠みだしが効果的で、口中にすっぱさが広がる句になっています。

座り良き名詞止めかなラ・フランス   茂
 ラ・フランスのお尻の座りの良さを、名詞止にたとえたというのがユニーク。ことしの角川俳句賞の柘植史子さんの句に「蚕豆のころがりそうもなき形」があった事を思い出しました。

コンビニの幟はおでんおでんかな   有明海
 なんだ〜、これ、と思う句。10年前なら成立しなかった句だと思いますが、確かにコンビニはおでん戦争。「おでんおでんかな」とリフレインしたので旗めく様子が目に浮かぶライブ感のある一句になりました。

縄跳びや色透きとおるまで跳びぬ   遅足
 「縄跳び」が冬の季語だということを忘れていました。一時、廃れたように思っていたのですが、エクサイズとしての縄跳びが見直されているようです。これは数人で遊びながら跳んでいるのをイメージしたのですが、一人で跳んでいると思ってもいいですね。「跳ぶ」が2回でてくるのは宿命か。「や切れ」がいいのか。まだ工夫のしようがある句だと感じます。

枯葉降るジョルジュサンクの忍び逢ひ   大川一馬
 フランス版演歌俳句、そうとうキザな句です。が、パリやセーヌは詠み込まれることがありますが、「ジョルジュサンク」を詠み込んだのはお手柄だと思います。ジョルジュサンクは英語だとジョージ5世。凱旋門の近くの地名で、戦争中は地下組織で活動した人が集まった場所、今はパリ最大の観光スポットのひとつ。

吠えさうなセーターのひく屋台かな   紫
 「吠えさうな」は、一体どこにかかっているのでしょう。「吠えそうなセーター」「吠えそうな屋台」。どちらでも成立していて、思い思いにイメージをふくらませればいいのでしょう。「泣きそうな」では、ただ寒いだけしか思いませんが、「吠えそう」がいい。風の強い日が連想できました。

くちびるを冷たく夫の帰り来し   紫
 この夫は、ツマと読みます。この字なので、男性でしょう。「くちびるを冷たく」で一回切れているので、直接「夫」にかからず、「夫の帰り来し」全体にかかっているのが巧みだと思いました。「くちびるの冷たき夫の」と比べてみると明白です。

たのしさうに林檎が流れ行く小川   たか子
 こういう句は「たのしさうに」と生で言うのが良いかどうか、句会で意見百出のところでしょう。「林檎が流れて行く小川」だけでは、林檎全体か、食べ残した芯なのか分からない。上5があることで、赤い林檎がながれていることが分かる。それを見た作者の心の内も分かる。ということで、これで良いというのがわたしの意見です。

手袋をはめて内緒をしまい込む   紅緒
 普通、「〜して〜になった」という句は、ダンドリ俳句と言って良くない句とされることが多いのですが・・。この句、まるで掛詞のように「はめる〜しまう」の対比になっている。だから、一見、カンケイのない手袋、内緒が、なにやら必然のような気になってしまう、のではないかと思いました。

【選外とひとこと】

北塞ぐ父起きがけに加美乃素   伊藤五六歩
 「加美乃素」は、団塊以上でないと分からない(笑)。

二股の見目麗しき大根かな   せいち
 「見目麗しき」の大げさな言い方が良い。

鬼の子の前世は普賢菩薩かも  せいち
 そう言われるとそうも思える。虚空菩薩でも、観音菩薩でもいい所が、弱みか。

小春空網目麒麟の尾の撓み   大川一馬
 撓みは、タワミ。良くできた句だと思います。次点。

あふち討つ武家諸法度の禁止令   孤愁
  仇討禁止令を詠んだのかナ、あうち討つが分からない。

七五三のどを鳴らして鳩の来る   隼人
 ありがちな句だなぁ〜とは思いつつ中7が良かった。

灯台の向かうに灯台鰯雲   えんや
 「灯台〜灯台」という風景がいい。季語の取り合わせも良い。

口紅の痕の艶めくマスクかな   洋平
 わたしは、やや不潔っぽく感じてしまいました。

末枯れや海見て暮らすことをして   たか子
 末枯ウラガレは、晩年を暗示しているのでしょうか。季語は別の方がいいと。

目くるめく利鎌のやうな冬の月  たか子
  利鎌トガマは、良く切れる鎌。上5をオノマトペで探す手も。

質問にお答えします竈猫   幸久
 分かりやすい、たのしい句。次点でした。

金借りた八百屋素通り神の留守   をがはまなぶ
 季語との関係で、ちょっと理屈っぽく感じました。

なめこ汁のらりくらりと逃げまくる   紅緒
 のらりくらりがいいと思いましたが、それ以上イメージが広がらない。

セーターのほつれ引っ張る口喧嘩   紅緒
 ほんとにセーターをひっぱっているのか、例えなのか迷った。

時雨るるや頭も背も森の中   豊田ささお
  「頭も背ナも」が面白かったが、言い足りない感じも残った。

小春日や猫を抱きて魔女となり   利恵
  「小春日、猫、魔女」の組み合わ。「魔女の宅急便」かも。

以上、今週も勉強させてもらいました。お風邪など召さぬように。


2014年11月19日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 夕刊の記事にならい、視野角5.5°の双眼鏡を自宅にセット、皆既月食を待つ。
 7:25 に皆既食が始まる。やがて、赤黒い球体となった月の右隣に、期待通り天王星の蒼白い光点を観測。この惑星との最初で最後の出会、感動。いつの日か俳句となって甦れと願う。
 今回もまた、多彩で挑戦的な句々を読ませていただく。『今週の10句』の恩恵に感謝。

【十句選】

軒先に飾れと菊師鉢を置く   山畑洋二
 先日、浅草寺の境内で見た、菊花展の見事さを思った。粋な花卉職人が、お得意さんをたずね歩いたであろう、明治、大正のよき時代の文化を彷彿とさせる、口語調の句の軽妙さ。

小春日や網目麒麟の尾の動き   大川一馬
 小春日和とキリンの取り合わせがお手柄。キリンのおっとりとした姿が見える。下五の『動き』では、状況の解説ととりやすく、『尾が動く』とはっきり描写した方が景が鮮明に。

まんとうの湯気横浜の夕時雨   草太
 狭い路地に立ちのぼるマントーの蒸篭の湯気。中華街を端的に活写して、音や匂いまでも伝えて見事。夕時雨の『夕』はやや情緒過多。からっとした大陸的な時雨は、無理だろうか。

八羽まず離れて二羽の鴨の陣   隼人
 吟行での観察眼か、空間そのものを構想したのか。鴨が群れて浮ぶ季語『鴨の陣』を、舞台の演出者のように、ダイナミックに構想して、力業の冴えを見せた句。冬の白い湖面が広がる。

黄落やぶあついローマ帝国史   のざきまみこ
 シンプルな表現のため、かえって景が現実味を深くする。図書館の別室か、博物館か。白い手袋を手にはめて、おもむろにページを捲る。窓外の黄落に栄枯盛衰を見る。

美しい乳房だ凍蝶が眠る   秋山三人水
 乳房は大理石のトルソーか、息づく女体か。はたまた夢か幻想か。いずれにしてもゾクッと迫りくるシュールな景に惹かれた。下五『眠る』は、一幅の絵と見るか、饒舌とみるか。

あはははは吉四六さんの里小春   川崎洋子
 『吉四六』はキッチョムと読み、オペラ化されて有名になった大分県民話の主人公だと知る。マスコミで名を馳せた事実を、機知にまぶし見事に短詩の世界に甦えらせた。その息遣い。

灯の点る一病室や冬の月   瑠璃
 月光が冷たく照らす病棟の、外側からの作者の視点。モザイク状に灯る白熱灯の暖かい光はいま、月光との合奏を楽しむようにも。記憶の中の散文詩の景を思い起こさせる。

スカイツリー団子一皿追加せり   をがはまなぶ
 古風な表現『せり』は、完了した結果の継続を表わす助動詞だろう。設えられた椅子から窓越しにスカイツリーを眺める。やがて供される串団子の皿絵の、藍色までも見えてくる。

十三夜胴震ひして寄る犬の   たか子
 十三夜の冴えた月光のもつ、寒くもあり、ものさびしくもある本意をうまく言い当てた。しかも、『胴震い』という、意外な事実に着目して。観察眼の冴えか、あくなき構想力の結実か。

【気になる五句】

一打罰二打罰三打枯木罰   伊藤五六歩
 一読、意味不明。句調で再々読。枯木罰にきて、杖罰(じょうばつ:杖で叩く罰)に思い至る。視覚的にも音感も心地よい漢語表現がこの句の魅力。挑戦的な作句態度がうらやましい。

業務日報律義に記す昼の火事   伍ん醐堂
 冬空に黒煙立ち上る昼の火事と、業務日報との取り合わせは、俳句的発見の妙。大いに評価する。だが、『律儀』な気分は業務日報に折り込み済み。別の言葉で置きかえたい。

転校の半ズボンの子の秋思   一斗
 風の又三郎を連想する『転校の半ズボンの子』のイメージが秀逸。だが、秋思がその背後に持つ『しみじみした気持』と、児童の年齢との齟齬を感じる。あと一歩の挑戦を待つ。

テーブルに書きかけの文冬隣   とほる
 口誦なめらかで景がよく見える。作者お気に入りの句にちがいない。だが、そんなときにこそ、類想句の有無、既視感(何処かで見た)に注意を払ってほしい。艱難を通して星の高きへ。

新松子集団を成す店舗かな   意思
  『新松子』、シンチヂリと読む、今年生れの青い松笠。使い慣れない季語への挑戦意欲を買う。惜しむらくは中七の『集団を成す』。もっと飛躍した斬新な措辞を与えてやりたい。いかが?


2014年11月12日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 朝夕冷え込んできましたね。関西の紅葉はこれからが本番です。
 私は、文化の日に、友人に誘われて四天王寺ワッソに行きました。あいにくのお天気で会場が変更になり、縮小しての開催でしたが、韓国の各時代の華やかな民族衣装と音楽や踊りが楽しめました。主な出演者は、民族学校の小学生、中学生、高校生たちで、演技はもちろん、表情がとてもよかったです。
 飛鳥時代の仏教建築や仏像に百済文化の影響は明らかですが、単に文化の伝播だけでなく、実際にたくさんの人々が、政変によって、日本に移り住んできました。それでこそ、大輪の古代文化の花が開いたのでしょう。大勢の人たちによって演じられた楽隊パレードに、歴史のダイナミズムを感じ、楽しいひとときでした。
 さて、今回は196句の中から。いつもに増して秀句が多く、様々な秋を、楽しませていただきました。

【十句選】

一盞を終えてはじまる夜長かな   今村征一
 一盞(いっさん)は、盃一杯の酒の意。盃の酒を飲み干して、さてこれから秋の夜長をどのように楽しもうか、というところでしょう。趣味の読書や音楽、映画鑑賞などに、まとまった時間がとれるのは嬉しいものですし、気の置けない友人と語り合うのも、家族との団欒も、夜長ならではの過ごし方ですね。

秋高し御所散策のクラス会   古田硯幸
 京都御所の一般公開の日程に重なるように、クラス会を設定されたのでしょう。懐かしい友人と秋の御所を散策するのは遠足のようで、とても気の利いたクラス会だと思いました。御所の空は広く、内容とあいまって、秋高し、に素直に共感できる句です。

秋澄むや馬のまつげを風わたる   きのこ
 睫毛が見えるほど、間近に馬を見られたのですね。睫毛に注目する繊細さと共に、風を追う馬の目の中にも、澄み切った秋の景色が映っている、と感じました。風に吹かれて澄む秋の中に馬といる、作者の幸福感が伝わってくる句です。

紅葉の奇岩の山へ登りけり   太郎
 読者それぞれの思い描く山が日本全国に想像できるところが魅力的な句だと思いました。地底から隆起した奇岩は、無機質の最たるものですが、長い年月の間に風化し、紅葉の山になってきたのでしょう。奇岩の山が紅葉山でもある、日本の風景の面白さを再認識しました。

走り根の上に走り根散紅葉   えんや
 走り根にまた別の木の根が交差して、複雑な様相を呈しています。そんな走り根の上に紅葉が散りかかり、鮮やかな色を添えている風景です。紅葉が散るのは毎年のことですが、走り根がここまでこんがらがるのには、一体どれほどの年月がかかったことでしょう。時間の対比が面白い句だと思いました。

説教に箸休めあり石蕗の花   草子
 お説教というのは一方的なもので、自分が悪いと分かっていても、長々と聞かされるのはかないませんね。でも、そこに「箸休め」があると、少し気持ちがほぐれます。「箸休め」は料理を引き立てるために出されるさっぱりした小品料理ですが、ここでは余談、閑話休題のことでしょう。いずれにしても、箸休めには、相手に対する優しさが込められていると思います。

稲刈の一台一人ひつじ雲   隼人
 稲刈り機が、一人に一台ある風景。青い空、白い雲と対するに、稔り田の黄色と点在する真っ赤なコンバインを想像しました。大勢の人出で、というのではないところが、現代的です。ひつじ雲との取り合わせが、効いていますね。

肩廻す癖や秋灯親しめり   たか子
 首や肩の凝りをほぐすために、肩を廻す仕種が癖になってしまったのでしょうか。句意は、秋灯下、本を読んでいて、肩を廻している自分に気付いたよ、というものです。肩が凝るほど長時間、読書に集中していたのですね。肩を廻している自分に気付いた瞬間、肩凝りにも気がついたのだと思いました。「秋灯親しめり」は「燈火に親しめり」とされても。

冬薔薇ビルはてんでに向きを変え   ∞
 高層ビルの建ち並ぶ街に、冬の薔薇が咲き残っていたのでしょう。きりりとした冬の景なのですが、建てられた雑多なビルに対して、「てんでに向きを変え」の措辞が愉快です。冬薔薇がビルとみごとに拮抗していると思いました。屋上庭園の景かもしれませんね。

足長くなりし人類鹿の寄る   紅緒
 長い足の新しい人類に鹿が寄ってきた、と読みました。最近の若者のスタイルの良さは、一昔前の日本人とは格段の差があります。若者の長い足を見て、人類の進化を目の当たりにしたように感じられたのでしょう。スマートな鹿との取り合わせが、いいと思いました。

【その他の佳句】

経止めばひそと時雨の息遣ひ   戯心
カーテンはハの字にひらく冬林檎   さわいかの
暮れはやし銀の輪まわす街の子に   草太
軍鶏とすこし風ある冬椿   赤間 学
墓碑名は俗名のまま赤まんま   孤愁
それぞれの息それぞれの冬の朝   とれもろ
産土の光孕みて今年米   京子
さみしさにおもさありけり初時雨   遅足
浅漬けや昨夜のけんかの無きごとく   ほり まき
遥かまで赤信号や銀杏散る   璃瑠
楠大木抱くように彫る仏師かな   あざみ
菩提寺の屋根より高く実南天   とほる
鷺草を飛ばす私の空がある   利恵
式部の実車庫に沢山触れて居る   意思



2014年11月5日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 内子町の小田深山(おだみやま)へ紅葉を見に連れて行ってもらいました。冬にはスキー場が賑わう所です。渓流に沿って続く紅葉の木々が見事でした。山荘では、名物のたらいうどんを食べました。晩秋の空気を満喫して、降りた道の駅では柿、すだち、洋梨を買って帰りました。目に焼き付いた景色がいつか俳句に蘇ったらいいなと思います。

【十句選】

栗鼠走る枝ゆるぎなく木の実降る   きのこ
 「枝ゆるぎなく」が巧いと思う。ゆるぎなくある枝だからこそ木の実は自在に落ちてゆけるのだ。「栗鼠走る枝」がゆるぎないとも読めるし、「栗鼠が走る」で切れて、木の実を落とす枝の下を走り回っているともとれる。ともあれ、栗鼠を走らせ木の実を降らす枝がとても頼もしい。

筆立の中に爪切冷まじき   えんや
 「冷まじき」と置けば、それなりに冷まじく思えてくるのがこの季語の強みでもあるし難しいところなのかも知れない。筆や万年筆やペンやらの中に混じって立っている爪切りは、この人にとっては興ざめに思えたのだろう。私ならお構いなしの「秋うらら」と言ってしまいそう。

がき大将今は柿食ふ律儀者   ほり まき
 律儀な人は柿を食べる、に納得した。種類は多いが「律義者」という言葉に、私はしまった歯ごたえのある甘がきを連想した。かつてのがき大将は、秋になれば柿を食う実直な中年になっている。柿は、秋の豊富な果実の中の微妙な位置にある気がする。林檎と梨と蜜柑に押されているような。だから尚更、柿にまっすぐ手の伸びる人は律儀に思えるのかも知れない。

豊年や本を開けば眠くなり   たか子
 「本を開けば眠くなり」というフレーズは、誰かが思いつきそう。今は読書の秋でもある。だが「豊年」という季語のあとにつづくと、また違った景色になる。無事に実った穀物を刈り採った後の広々とした田園風景の、その懐に包まれているような、安心で心地良い眠りに落ちる一瞬である。

雁渡る過去問の山の積み残し   のざきまみこ
 入試における過去問題を、過去問と略すらしいことを知った。大学過去問、中学受験過去問とか、インターネットで出てきた。「カコモン」と口ににすると気楽な響きがする。この人、傾向と対策を集めるまでは周到だが、山積みのままであるらしい。気楽でもなさそう。古来から蕭条と詠まれてきた「「雁渡る」という季語との取り合わせが意外にも新鮮。
 「秋日濃く総長カレーは部活味」の総長カレーが、京大名物だということも同じ作者の句で知った。「濃く」がいいと思う。

もしかして全国的に鰯雲   岡野直樹
 「ええ?!」と思ってしまう可笑しさ。遠くまで続く鰯雲が、ふと「もしかして」と、見知らぬ地への連帯感のようなものを抱かせたのだろうか。「全国的」という言葉が、季語「鰯雲」にのせがちな湿っぽい心情を振り払ってもいる。

芒原無音に風の応へをり   南 次郎
 風が芒に寄り添うのは、その無音に応えているからという把握に共感した。群れているほど無音なことに、この句で気づかされた。

縦書きと横書きの国鳥渡る   紅緒
 縦と横で、鳥の渡って来る姿と重なる効果がある。改めて、日本は縦書きと横書きを使う数少ない国の一つに違いないのだと思う。俳句を始めた頃、縦書きが苦手なことが分かった。今だに縦書き用の便箋を横に使って書く。

角とれし父の肩幅かりんの実   紅緒
 「かどが取れる」は、人柄が丸くなることに使われる。ここでは、現役時代は怒っていた肩の角が取れると表現して、父の肩幅への一抹の淋しさが漂う。しんみりしている気持ちに、榠?の甘い香り漂う。「かりん」と表記して、やさしさも伝えている。

藤の実を探して家の近くかな   意思
 藤の実を探そうとして家を出たら、ほんの近くにあったという句。それだけの句なのだが、あの長く垂れた藤の実のぼーっとした感じに、すぐに見つけて拍子抜けした気持ちが良く合っている。