「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2015年2月25日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 二月二十四日は、夭折の俳人芝不器男の忌日です。亡くなって八十五年目の春を迎えます。二十二日には、不器男の故郷愛媛県北宇和郡松野町で「第61回不器男忌俳句大会」が開催されました。昨年から小・中学生の句の選句を担当しています。南予地域から募集する小学生の俳句には鹿や野兎、通草、蜜柑など、土地に息づく季語が生き生きと詠み込まれていて、目を見張ります。
 あいにくの冷たい雨の日でしたが「町空のくらき氷雨や白魚売り 不器男」の風情を味わうことが出来ました。広見川を見下ろす「ぽっぽ温泉」で船団の仲間二人と足湯に浸かりました。

【十句選】

春炬燵五尺五寸の三四郎   伊藤五六歩
 漱石の小説「三四郎」のことだろうか。<湯から上がって、・・・身長(たけ)を測ってみた。広田先生は五尺六寸ある。三四郎は四寸五分しかない。「まだ伸びるかもしれない」と広田先生が三四郎に言った。「もうだめです。三年来このとおりです」と三四郎が答えた>の場面がある。
 春炬燵でもの思いにふける三四郎の身長が五分伸びたのか。いやいや、五尺五寸の男の人が青春の三四郎気分で春炬燵にすっこんでいるのだろう。

用の美は冬も半ばのブーツかな   石塚 涼
 「用の美」といえば、『手仕事の日本』などを書いた柳宗悦を思い出すが、ここでは陶器や布のような生活用品ではなく、意外なブーツ。句では「冬」と季語が二つ入っているものの、冬の半ばのブーツというもの、脚にしなやかに沿ってきたその形が「用の美」という言葉と巧くつりあっている。同じ作者の句「エアギターかき鳴らす少年の冬」も好きだった。

内かわす怒涛岬の水仙花   山畑洋二
 「内かわす」は「打ち交わす」と同じ意味でよいのだろうか、と思いながら選んだ。岬に寄せる波は、まさしく内に交わす怒涛。九州の長崎鼻で見た、黒々とした岩礁を越えて高く打ちあう波を思い出した。その激しい飛沫を眼下にして、岬の白い水仙が清々しい。

しまうまの尻尾を編んで春うらら   紅緒
 「それ、編めますか?」って突っ込みたくなるところですが、春うららと言われると、「ま、いいか」と笑ってしまう。縞馬の尾の先っぽの柔らかそうな毛を、私も触ってみたくなった。おとなしく編ませてもらえるかどうか。

春陽や頭部をしかと手鏡に   南 次郎
 思わず笑ってしまった。ただ「頭部」なのだが、なんとなく頭髪に焦点が当たっているように勝手に思ってしまったのだ。洗面台か何処かの鏡を前に、手鏡を頭の上にかざしてみる。もちろん、顔を堅苦しく「頭部」と表現したことに可笑しみがある。
 春の日ざしの中、「しかと」自分の今を確認し、受け入れているのである。

春はると言い聞かせつつ雪道を   瀬紀
 暦の上では春が来たものの、相も変わらずの積雪の道を「春はる」と言い聞かせて自分の背中を押している。何気ない句のようで、最後に置いた「雪道を」に切実な重みがある。

春の月煮てピクルスにするつもり   さわいかの
 春の月が煮込んだ漬物色になるのはいたたまれない気もする。が、ピクルスが大好きな人らしい気配が漂う。ピクルスというかわいらしい響きと、「するつもり」にルンルンな気分が出ているから。しばらくは、ピクルスを口にする度に、春の月をつまみ食いしている気分になりそう。

野火いつも僕だけ残されてしまう   西
 野火は、良く晴れた風の無い日に枯木や枯草を焼くこと。害虫駆除をし、その灰を肥料として良い土地を作る。山焼・焼野・焼原などともいう。轟々と燃え上がる火が、黒い土地だけを残して少しずつ遠くなっていく。自分だけがそこにそのまま生えているような呟き。青春の、甘くて痛切な孤独感。

ゴカイデスシタヘマイリマス春の雪   ∞
 「ゴカイデスウエヘマイリマス春の月」「ゴカイデスドアガヒラキマス山笑う」「ゴカイデスドアガシマリマス春の闇」と四句出されていた。掲出句以外の句は、「ウエ」と春の月、「ヒラキ」と山笑う、「シマリ」と春の闇のそれぞれの関係が想像しやすい繋がりが惜しい。片仮名が良く効いていて音声のみのアナウンスであることが察せられる。「誤解です」と解しても面白い一句。

春雪がポストを甘そうに見せて居る   意思
 この句、文章のようで実はとても迷ったのだった。「見せて居る」は必要ないだろうと。しかし最終的には、この文字通り甘くなったリズムが、春雪をまとうポストをじっくりと見つめさせる効果を上げているのではないかと納得した。春の雪が、まるでポストが甘くなるように腐心して降りかかっているように思えてきた。


2015年2月18日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 「名のみの春」という言葉がありますが、春になったとは思えぬ寒さ。寒さに負けぬ191句の投句をいただきました。
 春の季語を詠むのは難しい季節ですが、それでも「日脚伸ぶ」「梅開く」などは実感されるところ。言葉に困ると好きな季語にかたよりがちですが、せっかくなのでいろいろな季語に挑戦してみるのも楽しみ。
 しかし、成功するかどうかは別ですね。次の句はどちらも常連の方の句ですが、
  数日はそのままでゐる室の花
  盛り場の細き暗闇猫の恋
 前者は、「室の花」(温室で、春や夏の花を冬に咲かせること)が季節はずれなのに「数日はそのまま」後者は、「猫の恋」(さかりのついた猫)だから、「盛り場」の「細き」路地で鳴き声が聞こえる(うるさいが、やや艶)というように、季語の想定内で句を作ってしまっている。だから、句としてはまとまりがありますが、あまり面白くない、と思うのです。
 作り慣れると「ある程度」はできるのですが、もう一歩の発想の飛躍が必要です。
 ということで、今回は「もう一歩」踏み込んだ句を選んでみました。

【十句選】

ガラス割れ 冬の呪文が解ける朝   くみこ
 冬の朝、ガラスが突然割れたという事件。とても劇的ですが、「冬の呪文」と喩えてしまうと作者の意図が見えすぎます。「窓ガラス突然に割れ冬の朝」とすると不穏な、これから何かが始まりそうな感じが漂います。逆に「窓ガラス突然に割れ春隣」であれば、にわかにやさしく陽光が差し込んでくる感じ。どちらがお好みでしょうか。

節分に オニの親分 ブンととぶ   山頭身
 ブン、ブン、ブン、と音がそろっておもしろいのですが、節分と鬼の組み合わせは常識。また、句ごとに空白を入れる必要もないと思います。「立春に鬼の親分ブンと飛ぶ」としても、じゅうぶんおかしさがあるのではないでしょうか。

琵琶湖より水ひがしより恋の猫   ナナ
 関西の水源から水がくるように、東から恋猫がやって来るという。当然のようなかたちでまったく独自なルールを述べる、そのぬけぬけとした感覚がおもしろい。

犬ふぐり由香ちゃんの靴きゅっきゅっと  きのこ
 「笛付きの靴」と解説がありましたが、むしろ新品で鳴っていると理解して、「犬ふぐり」の春らしいおおらかな感じに子どもの浮かれる様子を重ねた句ととりました。「ふぐり」から、健康的な色っぽさも読み取れるかもしれません。

魚は氷にひとは海橋のぼりけり   紅緒
 瀬戸大橋やしらなみ海橋でしょうか。気候の変化とは関係ありませんが、人工の発展も自然法則の一部としてとらえるおおらかな視点が好ましい。

春はとなりに前方後円墳   さわいかの
 季語と名詞をくっつけただけですが、「に」が抜群にいいですね。春と古墳が、どちらも人間のすぐ隣に座っているような、妙な実体感があります。

作戦はただ待つことに鰤大根   岡野直樹
 作戦会議でぶり大根が出るのでしょうか。あまり有能な作戦本部とも思えませんが、あったまりそうです。

雪嶺へどすんとぶつけ停船す   ∞
 「雪嶺よ女ひらりと船に乗る 石田波郷」という名句がありますが、ふつう雪嶺は遠景の雪山のイメージ。停船という言葉は通常運航のようですが「雪嶺へどすんとぶつけ泊まる船」とすると、「船」に焦点があたりますし、山にぶつけてとまった、というおおざっぱな把握も活きるように思いました。

アルプスの水の試飲や鳥雲に   紫
 なんでもないことですが、「アルプスの水の試飲」といわれると大自然の恵み、という印象がつよく、さわやかです。

薄目あけおそるおそるの寒牡丹   スカーレット
 寒牡丹、音も強く響きますが色も鮮やかな花に対して、「おそるおそる」が納得。「薄目あけ」はやや演技過剰かも。

【選外佳作】

運河べり喫茶店の名「春休み」   伊藤五六歩
 この「春休み」は季語としては成立していませんが、ひねっておもしろい使い方。ただ惜しいかな、「店の名」しかも喫茶店の名前は、俳人がよく注目するところ。「運河べり」という場面設定はおしゃれ。

立春に傘もてあましクルクルリ   美朝
 なんでもないことですが季語のやわらかさ、「もてあまし」から擬音の流れはそつなくまとまっています。

心臓の有象無象や蕗の薹   川嶋ぱんだ
 「心臓の有象無象」がわからない、心臓に、有象無象が去来する(ストレス、心配事、など)ならわかるのですが。「苦い」季語と心臓との組み合わせは、もうすこしまとまりそう。

菜の花忌酔うて候余談余話   孤愁
 司馬遼太郎、私もファンでした。作品名がうまく並び、故人への挨拶句としては上々。ただ思い入れのない人にはまったく伝わらないですね。

苛立ちを吸い取り紙でぬぐう春   とれもろ
 なんだか「吸い取り紙」のCMのようです。素材といい言葉遣いのハマった感じといい、悪くないのですが、「苛立ち」がやや理屈っぽいかも。

吾等みな元サユリスト日向ぼこ   ポンタロウ
 ふだんはこういう句はとらないのですが、「吾等みな」のおおざっぱな連帯感と「元」の哀愁は「日向ぼこ」という季語によくあいます。

突然の霰や獣が匂ふなり   豊田ささお
 一番迷った句です。濡れてペットがくさい、というだけならつまらないのですが、「霰」ですし「獣」とあるところが興味深い。ペットが突然野生を取り戻したような不穏さを感じますが、「や」「なり」の二句切れや、全体に説明不足なところなど、やや傷も目立ちました。

様々の人を迎へる藪椿   大川一馬
雪解けて缶ぽっくりの音響く   瑠璃
フウテンの寅さんは香具師(やし)蕗の薹   酒井とも
居酒屋の暖簾分けいる冬帽子   えんや
 以上4句は、傷はないし口ずさみやすい、感じのいい句だけれど、類想類句がありうると思った句です。季語を換えればどんな季節でもある程度はうまくいくような万能フレーズ、あるいは光景だ、ともいえます。

立春に食むチロルチョコの苦きこと   ななかまど
 チロルチョコは食べ物なので「食む」は説明過剰。また「苦い」もやや不明。

吹雪く中真夜を働く反射服   今村征一
 「吹雪」とあれば吹雪くなかの情景を詠んでいるに決まっていますし、反射板が目立つのは夜。無駄は省きましょう。

病室を仕切るカーテンの余寒かな   戯心
 なぜ「カーテンの」で中八したのでしょうか、いっそ字足らずで「病室を仕切るカーテンの余寒」でもいいくらい。

夢や恋捨てる聖地に波の花   草子
 「聖地」がわかりませんでした。喩えやきどった言い回しは避け、できるだけ具体化し、物に即して語るのが俳句の特技です。


2015年2月11日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 整理収納アドバイザーをしている友人の影響で、散らかり放題になっていた本を整理しました。意識していなかったのですが、大切なもの、好きなもの、思い入れ、思い込みなどが、よくわかりました。本箱がすっきりすると、ぐじゃぐじゃだった頭まですっきりするから不思議です。時に頭の中だったり、時に心の内だったりする本や本箱。ところどころに空間を作り、念願のお片づけが終了しました。
 「春は名のみの」という日々が続いています。春を待つ心が、句を作る原動力になればいいなと思います。今週もたくさんのご投句ありがとうございました。

【十句選】

一月の通りひろびろしてをりぬ   二百年
 一月は厳寒期。人は外出を控えがちとなる。そのせいか、どことなく通りが広々としていると感じた作者。「ひろびろ」のプラス思考が新鮮。1年の最初の月である一月の晴れやかさ。「一」という漢字もシンプルで潔い。

日脚伸ぶ公園の子のひざ小僧   きのこ
 一月も半ばを過ぎると、ふと空の明るさに春の気配を感じることがある。「1日に畳の目ひとつ」といわれるように、春の足音を実感する季節。子ども等のひざ小僧に焦点を当てた一句。

遠慮なきくしゃみを二つ冬ごもり   美朝
 暖房設備の整った昨今では、冬ごもりの実感は薄れてきているが、寒さが続くと家に籠りがち。だからその気分はよくわかる。遠慮のないくしゃみには、親しさや温もりがある。「二つ」がいいな、と思う。

気嵐を抜けロシア船入港す   今村征一
 「気嵐」という言葉を初めて知った。さっそく調べてみる。―氷点下20℃以下になる厳冬の朝、凍結しない海面や川面に白く立ち上がる霧のこと―とあった。となれば、ロシア船が効いていると思う。厳しくも美しい映像が浮かび上がる。

シクラメンに風の来てゐる保健室   雪子
 12月頃になると、花屋の店先には鉢植えのシクラメンが所狭しと並んでいる。すっかり冬の風景に溶け込んでいるシクラメンだが、実は春の花である。ハート形の肉厚な葉、すっと伸びた茎、鮮やかだがうつむきがちに咲く花。それらが風を捉えていることの発見は、保健室ならではのもの。

冬灯おでこのようなものかしら   さわいかの
 不思議な感覚に惹かれた。明るく灯っても寒々とした冬の灯。これを、おでこのようだという発想に面喰いつつ、思わずくすっと笑ってしまった。新感覚の「冬灯」が登場した。

空青し地上に雪のあればこそ   春生
 空の明るさ、雪の明るさが極まった風景。宮沢賢治の『雪渡り』の名場面を連想する。「地上に雪があればこそ」がやや説明的で、そこがちょっとおしいですね。

マスクして山田花子といふ名前   雪久
 山田花子といえば、吉本の山田花子が浮かぶが、名前のサンプルとしてもよく使われる。日本中どこにでもいるような名前だ。マスクの人もまた冬の多数派。代表派、多数派をうまく取り入れた愉快な一句。

小さきもの飛びてややあり雪しづり    瑠璃
 時間差を詠み込んだ句。「小さきもの」が具体的であればもっと景がはっきりすると思う。調べの美しさに惹かれた。

土手滑る児にたっぷりと春の土    瑠璃
 凍てがゆるんだ土手を滑る子供たち。時々歓声が上がる。見ている大人もうきうきとした気分になる。子どものお尻には春の土が付いているが、そんなことは気にしない。草木を育み、子供を育むゆたかな春の土である。


2015年2月4日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 つい先日年が明けたと思ったら、あっという間に二月になってしまいました。年々月日が経つのを早く感じるようになってきたように思います。
 遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。
 さて、今週も多くの投句をありがとうございました。最近暗いニュースが多かったり、インフルエンザ警報が出たりして気持ちが沈みがちなせいか、今回の選句は少しほんわかした雰囲気の句が多くなっているかもしれません。
 まだまだ寒い日が続きますので、みなさまじゅうぶんにご自愛ください。

【十句選】

霜晴れの含嗽らららら♯して   孤愁
 うがいする時の音には音程があるような気がします。この時は♯がかったうがいだったんでしょうね。晴れた日に盛大にうがいをして気分もすっきり、といった感じでしょうか。

生き字引の顔した猿の大寒や   美朝
 年老いて物知り顔の猿と厳しい寒さの取り合わせが面白いと思いました。
 「猿の」とありますが、「の」だとつながりすぎるので、他の助詞(例えば『に』)に変えてみると良いと思います。

春兆すとんとんとんと外階段   紅緒
 寒い中にも春の訪れがもうすぐだと感じられることがあって、そんな時は気持ちがどことなく浮き立ちます。無意識に外階段も軽やかに駆け上がっていたりして。
 はずむ気持ちがリズミカルな足音に表れた句ですね。

湖の日の出やはらぎ春隣   京子
 春が近づいてくると、見慣れた日の出もなんとなくやわらかくなっているように見えるのでしょう。日本ならではの四季の移ろいが感じられます。
 毎日のように湖を見ているから詠める句なのでしょうね。

折り紙の舟ゆらゆらと水温む   草子
 紙の舟がゆらゆら浮かんでいる様子と少し暖かくなってきたゆるみ感がうまく表現されています。
 どんなに便利な世の中になっても、「水温む」という感覚をずっと持ち続けていたいと思います。

風花にすらすら液晶すべる指   草子
 「に」か「や」で悩まれたようですが、「に」でいいと思います。
 「すらすら」と「すべる」はリズム感は良いのですが、同じような意味あいなので、次の段階としてはどちらかを変えてみるといかがでしょうか。

ハーレーのサイドカーには雪達磨   をがはまなぶ
 ハーレーが停車しているのか、動いているのかで読み方はずいぶん変わってくると思うけれど、どちらにしてもほほえましい光景です。ファンタジーが感じられる句ですね。
 余談ですが、いしいしんじの「雪屋のロッスさん」を思い出しました。

目の中の二人の月日花八手   紫
 庭の八手を眺めながら二人のこれまでの月日を思っているのでしょうか。
 あたたかな光景ですが、「目の中の」が少しわかりにくいと感じました。
 助詞を変えてみるか、他の表現にすると良いかもしれません。

熱燗や童話は耳の奥に住む   春生
 ずっと忘れられない童話があって、お酒を飲んでいる時などふとした時に思い出されるのでしょう。ノスタルジックな句だと思います。
 ただ、「熱燗」と「童話」が少し離れすぎかなと感じるので、上五に一工夫ほしいですね。

大寒の商店街は猫ばかり   とほる
 あまりに寒いので人通りが少なくなっているのか、それとも元々寂れかけた商店街なのでしょうか。猫も寒さは苦手ですが、日なたをさがして寛いでいるのかもしれませんね。
 「ばかり」を他のことばで表してみると面白さがもっとでてくると思います。


2015年1月28日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 こんにちは、山本たくやです。
 今回は188句の投句をいただきました。ありがとうございます。
 年末から年始にかけて国際的に物騒なことが度々起こっています。今回頂戴した俳句の中にも、そういった時事を詠むものが多かったように思います。
 私個人の意見では、あまり時事ネタは詠むべきではないと考えています。俳句に昇華しきれないんですよね、その時に感じた気持ちみたいなものを。
 そういうわけで、今週の十句選です。

【十句選】

室町の代にふさはしき雪けはひ   石塚 涼
 Γ室町」という時代のイメージと「雪けはひ」の取り合わせによって静寂な景が思い浮かび美しく感じます。しかし、「ふさはしき」が余計です。「室町の代」のどの辺りに「ふさはし」さを感じたのでしょうか。具体的に詠んでみても良いかと思います。

後20年孫の成人式遥か   古田硯幸
 「成人式」の季語があるとは言え、俳句というよりも川柳として仕上がっています。上五の「後20年」を別の言葉に言い換えて下さい。その際、動作を詠んだ方が「遥か」を引き立ててくれると思います。月並みですが、例えば「手を伸ばす」などの動作です。素敵な俳句をお孫さんに残してあげて下さい。

運積みて七人乗せし宝船   大川一馬
 「運」・「七人」・「宝船」、この句においてこれらの言葉は全て意味合いが同じです。結局のところ、七福神を遠回しに言っているだけです。焦点をどれか一つに絞り作句しましょう。「運」とはどんな運でしょうか。「七人」は何をしていますか。「宝船」はどこへ向かっていますか。色々なバリエーションでぜひ詠んでみて下さい。

将軍と呼ばるる冬が襲ひ来る   ポンタロウ
 こちらの俳句も先ほどの俳句と同様に、「冬将軍」を遠回しに言っているのみに留まっています。
「襲ひ来」たΓ冬将軍」がもたらしたものは何でしょうか。例えば、そのもたらした物が「パンツ」である等、俗っぽいものであると、俳句的な面白さが出てきます。

初夢や何かあったの志津子さん   茂
 志津子さん、気になる存在ですね 。こうもはっきりと人名(知ってる知っていないは別として)を出されると、その詠みっぷりの良さを感じます。ただ、掲句の場合、「初夢」と「何かあったの」では志津子さんの素性が掴み切れません。全体的にイメージがボヤっとしています。中七で志津子さんの表情を詠んでみても良いかと思います。

黒豆の少しデブなり熟女なり   あざみ
 「の」の意味によって読みの解釈が変わるので自信をもって言えないのですが……掲句は「黒豆」=「デブな熟女」ということでしょうか。そうだとすれば「デブ」が暴走しすぎです。「黒豆」も「熟女」も素敵になるように、「デブ」を「ふっくら」などの言葉に置き換えて下さい。

マーチンを爪弾く寒夜Fコード   秋山三人水
 私事ですが、学生時代からギターをやっていたので、「Fコード」がどんな音かは分かります。ですので、掲句が作り出す景はよく分かります。しかしこれは分かる人には分かるというレベルです。ぜひ、Fコードを「Fコード」という言葉に頼らずに表現してください。

白菜の裂けばガバリと海産まる   草子
 下五の「海産まる」がよく分かりませんでした。また、「ガバリ」・「海」という言葉から、西東三鬼の「水枕ガバリと寒い海がある」を想起してしまいます。しかしながら、「白菜」が「ガバリ」と裂かれる様子は老若男女問わず惹かれる景です。瑞々しさが伝わります。下五をもう一度推敲してください。

オスプレイに震へる障子みすゞの詩   紫
 訴えかけたいものがあるとは感じるのですが、何を訴えたいのか全く伝わりませんでした 。下五のΓみすゞの詩」が余計にそうさせているのかもしれません。「みすゞの詩」という言葉で気持ちを集約せず、素直に詠んだ方が良いかもしれません。

鮟鱇寿司 うまさに驚く 食わず嫌い   長澤久美子
 どういう所が美味しかったのでしょうか 。味・食感・香り、どれかに特化してその旨さを教えてください。

【秀句九句】

あの冬のベレーはやはり赤かった   石塚 涼
また一人孫の誕生冬銀河   古田硯幸
妻の留守掃除洗濯煤払ひ   南 次郎
雪が降るお乳にそっと手をおいて   ロミ
二等辺三角関係冬休み   一斗
くしやみしてみぎもひだりもおなじかほ   幸久
天気図に寒波のラインダンスかな   戯心
特大のハンバーグ焼く二日かな   一茶の弟子
裸木に私は交際申し込む   意思



2015年1月21日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 毎年、高橋出版の月めくりカレンダーを使っているのですが、そこに記入した春の予定は、ほぼ去年と、さらに一昨年とも同じなのに気づきました。このままでは、去年と同じように今年も終わってしまいそうです。何か違うことにトライしたり、知らない国を旅してみたいと思っています。
 今週は、179句。新年の季語が多かったのですが、ちょっと既成観念にとらわれてしまったように思えました(人の事は言えないのですが、ハイ)。

【十句選】

手習の朱で火を移す落葉焚   伊藤五六歩
 「手習の朱」というのは、習字塾なのでしょう。その朱のついた用紙に火を点して焚き火をしたという句。まるで、幸田文さんか誰かの小説を読んでいるようでした。

師追ひ越す老け顔もいて新年会   きのこ
 恩師は若々しいのに、生徒の方がふけ顔になったという、こっけいな句。「師追ひ越す」の上五が説明的かなぁ。たとえば「恩師より」のようにすっきりした方がいいかと思うのですが、どうでしょう。

完璧な初夢なので出られない   遅足
 わたしは時々、夢日記をつけるのですが、夢の中で、これは夢だ、と分かってしまう。この句みたいな感じは分かります。何が「でられない」のか。なぜ「でられない」のか。「完璧な」の上5も夢の不思議を伝えてくれます。

ひらがなで名前呼ばるる初句会   遅足
 わたしも「えなみしんさ」で、本名とほぼ近いのですが、俳号で呼ばれると気持ちがラクです。作者は、難しいお名前なのでしょうか。ルビが振ってあって、それをたどたどしく呼ばれたのかと想像します。句会の楽しさ伝わってきます。

笑ひ顔など無き猿を廻しをり   ヤチ代
 これはシリアスな句。猿回しを見て、みんな笑っている。でも、猿は真剣そのもの。その事に気づいたのは、この作者だけかも知れません。

つくづくと少女になりし初湯の子   草子
 初湯から出てわが子が、すっかり少女にみえたという句。いいなぁ、暖かい句で。「すっかりと少女になった」のではなく「つくづくと」のオノマトペが良いと思いました。

マスクして人に言えないお金です   幸久
 まず、おれおれ詐欺の犯人の句かと思いました(笑)。その他、宝くじで大当たりしたなど、人に言えない金もあるでしょう。マスクは、そういう行為をした人間にも役に立つ。珍しいマスクの句です。

お互いがマフラーですな猫二匹   紅緒
 たぶん、猫二匹がからみあって寝ている。で、こういう事なのでしょう。「ですな」が、いいですねぇ。ただ、ちょっと伝わりにくいかも。

初寄席のすぐに脱ぎたる羽織かな   瑠璃
 例えば、新宿にある末広亭。とりの落語家が座布団にすわりマクラを語り出す。やおら羽織を脱いで、本題を語り出す。その瞬間を捕らえた、ちょっと粋な江戸俳句。

恩師といふふさわしからぬ賀状受く   利恵
 句では「という」は、「てふ」と旧かなで書くことが多い(読みはチョウ)のですが、あまりにも俳句ワードで抵抗があります。「という」でナットクです。「恩師と書いてある」だけでは伝わらないので、「ふさわしからぬ」となるのですが、ゴロの悪さが気になりました。しかたないのでしょうかねぇ。

【気になる五句】

冬の蠅お仏壇には宝くじ   伊藤五六歩
 当たりますようにと仏壇に宝くじを置いておく。冬の蠅の斡旋がいいですね。

大小の氷柱の先は水となり   石塚 涼
 写生句っぽくていいと思いました。水が光ったり、匂ったり、垂れ落ちたりとか表情があるともっとよかったかも。

読み初めは新聞連載タンマ君   ポンタロウ
 東海林さんの新聞連載なら、アサッテ君(終わってしまいました)かな〜と思いましたが、季語に対して力がぬけた漫画が良かったです。

福引の列に母親見当たらず   たか子
 不思議な否定形。福引に並んでいるはずの母が見当たらないのか。それとも、亡くなった母親の姿を行列に見ているのかな。

手袋は四つください羊です   秋山三人水
 年賀状に、羊の絵と共に添えたら喜ばれるでしょう。


2015年1月14日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 新年 明けましておめでとうございます。
 搗きあがった餅を、まずお鏡に丸め、それから小モチに、餡モチにと丸める。近くの尾根に登り、松の小枝とウラジロを刈る。家で窓ガラスを拭きあげて掃除を終える。毎年繰り返すこのような『年用意』を経て、大好きなお正月を迎えます。
 新年の季語との、新しい出会いを楽しみに、多くの句を読ませていただきました。

【十句選】

エッシャーの騙し絵開く大晦日   石塚 涼
 騙されているのを承知して、どっぷりと騙されている楽しさ。この一年のできごとが、とりわけリアルに思い返される大晦日に、エッシャーの版画の持つ印象は鮮烈に感じられる。

黒き海たまごのやうな冬の月   とれもろ
 冬の凪いだ入り江に今、寒月が昇り始める。歪みを帯びた丸み、赤味を見せる白い月光。素っ気ない措辞『たまごのやうな』が、読み返すごとに表情を変えてくる不思議さに魅了。

早梅や朝練の声頼もしき   大川一馬
 『ソウバイ』の音のひびきから、南に下がる緩い坂道と、そこに梅の花を見つけた喜びが伝わる。折しも、生徒達の朝練のかけ声も交えて。『頼もしき』は説明的で、緊張が削がれた。

遠くから波音たてず年来る   たかし
 海で暮らした経験は皆無だが、宇和海や西表島での短い記憶と結びつく。彼の地では、潮が満ちてくるように、新しい年が「かさ」をましてくるのだと納得させるこのリズム感。

除夜の星鐘の音より遠ざかる   今村征一
 近くの寺で撞き始めた除夜の鐘を聞き、新年を祝った昔を思う。下界の喧噪を離れ、新年の銀河は天頂に冴えて懸かっていた。清澄な着眼は見事だが、景の焦点をクッキリと見せたい。

寒林や月は砕いて光るらし   さわいかの
 夜の寒林を、東から冬月光が降り始めようとしている。月は自らの躯の一部を打ち砕き、その粒子から光を紡ぎ出していたのだ。中七は『砕いて』か『砕けて』か。助詞にも留意を。

数え日に何で六人いるんだよ   岡野直樹
 今年もあと数日を残すのみ。と、選りにもよって、こんな処で六人が顔を揃えた。何処にでも起こりそうな、歳末のユーモラスなワンショットが、サラリと書き留められた。

風花やベース・ウォールの始球式   雪子
 ネット検索で ベース・ウオール は『野球遊び用の壁』だと知る。その壁の寄贈の始球式に風花が舞った。緑色の壁面に風花の白が流れた慶事。着眼点の新しさ、美しさに惹かれた。

大根の前で嘘などつきませぬ   スカーレット
 後ろ手に縛られた半裸の青年が一人、滔々たる陳述が尚も続く。畝にはすっくと、青首大根の列。村で一大事件が勃発したか、野外劇の一幕か。春を呼ぶ風が暖かさを増してきた。

裸木の骨格のまま風に佇つ   利恵
 裸木と、『骨格のまま』とでは、イメージの類縁が気になる。でもこの句、冬木が佇む冬の野の景を、あまりにも堂々と歌い込んでいるではないか。嘗ては見ていた大いなる冬の野の景。

【気になる五句】

冬ばらの開かんとして朝日受く   太郎
 冬の薔薇の色彩と棘の形に見つけた生命観が伝わる。だが、中七『開かんとして』と、『朝日受く』とでは、同じ方向感覚の重なりが気になる。冗長さが句の力強さを損ねてしまう。

シリウスや危きまでに瞬きぬ   まゆみ
 冬の夜空の主星 シリウス を描写し尽くしたような句。しかし、本当に? 凝視する両眼からは、瞬きすらも凍らすのが冬の星。概念に引き摺られずに、新鮮な観察眼を期待したい。

御下がりや急ぎあの世へ逝きし人   古田硯幸
 元旦や正月に降る雪や雨を、縁起よしする季語だと読んだ。それならば、「御降」「おさがり」のいずれかの用語を使うべきだと思う。本意の解釈は大胆に。表記は細心さを心掛けたい。

冬銀河アルファベットが跳ねて来た   さわいかの
 華やかなオリオン座やふたご座へ目が移り、冬の大三角を貫流する冬銀河は目立ちにくい。
 春を前にして、飛び跳ねるアルファベットに見立てたのは、どの星のやどりを指すのだろう?

ゆきだるまそんなんじゃない雪達磨   糸代みつ
 勝手に丸め込まれ、気ままに首を据えられ、目鼻立ちだってこの通り。静かな昼下がりの公園では、雪達磨の独り言が聞こえてくる。視点を泳がせるようして見つけた、不思議の世界。


2015年1月7日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。
 元旦の大雪には驚かされましたね。幸い降り止んでいましたが、年始に行って帰ろうとすると、車の屋根に10センチほど積もっていてびっくりしました。そして、家に帰り着くと入口の階段の左右に雪だるま。同じ団地の子どもが作ったのだと思いますが、一つの雪だるまには、木の枝の手が付き、もう一つの雪だるまは、西洋式に三段重ねです。どちらにも、にっこりした目鼻口があって、雪だるまも随分個性的になったなぁと感心しました。でも、雪玉の大小を重ねただけの昔ながらの雪だるまにも、残って欲しいと思います。
 さて、今回は、180句の中から。

【十句選】

寒暁の山もろともに吹かれけり   太郎
 冬の早朝、強い風の吹く山中に立つ人。遮るもののない強風が、「山もろともに吹かれけり」という思いをいだかせます。厳しい寒さの中で山と人が一体化する冬山の世界が、簡潔に描きだされていると思いました。

逃げやすき日差し離さず竜の玉   今村征一
 葉の間にひっそりとある竜の玉が、差し込んだ日差しにくっきり映えているのでしょう。冬の日は翳りやすくもあり、一日に何度も照り翳りをくりかえします。その頼りない一瞬の日差しを捉えて、青く輝く命もあるのですね。

返り花幾度聞くも良い話   せいち
 季節外れに思い出したように咲く返り花。同じ話を何度も聞かされるのは困りますが、何度聞いても良い話もあるのですね。それは、返り花に出会う嬉しさと同じです。気づきのある句だと思いました。

冬夕焼け露天に並ぶ光り物   せいち
 露店に並ぶ品物が、まばゆい夕焼けに、一際美しく輝いたのでしょう。ごく短い時間のうちに夜を連れてくる冬夕焼けは、露店に並ぶ品物の儚さにも通じます。だからこそ、露店の光り物は、抗いがたい美しさで道行く人を魅了したのです。

水底に水のはりつく冬の川   吉井流水
 「みなそこにみずのはりつく」という不思議な音の連なりに惹かれました。今にも凍りそうな、水量の減った冬の川なのでしょう。詠まれた材料の少なさが、読者に想像させる力になっている句だと思いました。

炬燵より佃島見え舟が見え   春生
 佃島は、江戸時代、隅田川の河口の砂州を埋め立てて作られた古い歴史の残る地域。炬燵から見えるのは、水路に繋がれた舟の見える下町の風景です。ここが、東京のまん中だということを忘れさせる、炬燵から見るのに相応しい景色だと思いました。

星冴ゆる等間隔のレジスター   さわいかの
 夜遅くのスーパーマーケットでしょうか。客も従業員も少なくなった時間帯、等間隔に置かれたレジスターが昼間とは異質なモノのように感じられたのでしょう。静かな明るい店内の、無機的なレジスターは、冴えた星空とあいまって、現代的な映像を作り出しています。

シーソーの朝のかたむき初雪よ   さわいかの
 まだ誰も乗っていないはずの朝のシーソーが傾いています。その傾きに不思議を感じる作者のヴィジュアル的な感性に惹かれました。シーソーの上にうっすら積もった雪(もしかしたらシーソーを傾けた犯人?)も、目に見えるようですね。

手袋の片手ベンチに無人駅   瑠璃
 手袋の片方がベンチに置き忘れられてある、とも、作者が手袋を嵌めた片手をベンチに置いている、とも読める句です。どちらにしても、「手袋の片手」によって、無人駅に人の気配が漂うところに面白みを感じました。そのベンチから、冬ざれの景色が広がります。

霜晴れやたましひの訪ふ家ありて   豊田ささお
 夜間に冷え込み、霜柱の立った翌朝は、大抵、空に雲一つ無く晴れています。冬日のまばゆいそんな朝、ひとつの魂がある家を訪ねます。霜晴れの朝の清浄な空気のせいで、そのような魂のはたらきが感じられたのだと思いました。

【その他の佳句】

元朝やどう生きようとわが背丈   伊藤五六歩
冬山の鋼の襞の迫りけり   太郎
雪解けて文字現はるる高速路   石塚 涼
粒ひとつひとつの朝日実南天   戯心
起き抜けの水美味かりし寒の入   たか子
由紀さおりラ行で歌う枯葉かな  をがはまなぶ
華やかに命終わりて波の花   糸代みつ
背から背へねんねこのまま移されて   瑠璃
初電話やはりあの人から掛かる   利恵