「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2015年10月28日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 お目にかかったことはないのですが、「船団」の寺田良治さんに「こんせんと」という句集を送っていただきました。

 かまきりの空晴れわたる応援歌
 月今宵ちょっといい靴磨きたい
 水仙抱く人を助けているように
 左耳を知らぬ右耳山眠る
 電球の仕組みかんたん冬に入る

 以前の句集では「雪の朝おおスザンナが転んでる」という愉快な句もありました。
 ・現代表記である・今の言葉で書かれている・発想が豊か。作者は80代にさしかかっていて、決して若い方ではありません。でも、ここまでできる〜んだ〜と大いに感銘を受けました。
 今月は、161句からの選です。10句選ぶのが、ちょっと苦しかったかも^_^;

【十句選】

大くしやみ紅葉かつ散り揺れ止まず   伊藤五六歩
 「紅葉かつ散る」という、どっちなんだ〜と思う季語があります。ちょうど紅葉しながら落葉になる頃。大くしゃみしたらどうなるか〜というユーモアあふれた句。「揺れ止まず」がどうか。「紅葉かつ散りぬ」で終わる作り方もあると思いました。

包丁の研ぎ屋来ている放生会   たいぞう
 実は、放生会は行ったことがないので知らないのですが、ウナギや鯉なんかを放つわけですから、きっと供養などと称して食べる事もあるのかと、この句を読んで、なるほど〜と思った次第です。

これよりは明けの明星草の露   山畑洋二
 この句の面白いところは「これからは」と言う事で「宵の明星」を連想させることです。宵の明星から明けの明星までの時間を、この方は何をしていたのだろうか。時間の経過、大きな地球の動きを感じさせる句になっています。

秋の水未来はいつもなつかしい   幸久
 「未来はいつもなつかしい」がとても魅力的な言葉でした。読んだ人がそれぞれに思えばいいと思うのですが、未来に希望を持って前向きに取り組んでいこうという意志を感じました。春〜夏〜そして一度終わるけど、次の春に向かう季節が秋〜冬。「秋の水」も動かないと感じます。

鹿の目の光る闇夜の匂ひかな   きのこ
 考えてみたら、奈良の鹿を見るのは昼間ばかり。夜の鹿は、たしかに目が光っているような気がします。その目と闇夜の匂いを提示した美的な句だと感じました。仏の匂い、鹿の匂い、どんな匂いなのだろう。

ちよっと焦げたのが好き句も焼藷も   せいち
 ちよっと、ヘンな句。「ちょっと」じゃなくて、「ちよっと」だし、句がこげてるというのもヘン。じゃ、焦げた句はどんなのか〜と(わたしは)思いつかないのが、ちよっと弱点かも。

スーパーの無口な方の柿をくふ   さわいかの
 きょうは次郎柿を食べましたが、先日は筆柿を食べました。柿を雄弁か無口かで考えてみるのもあるな〜と思いました。柿のカタチもあるけど、薄い色から鮮やかな柿色まであって、それも該当するんじゃないでしょうか。

登るほど黄泉の国めく紅葉山   瑠璃
 あの世に近づくという発想はちょっと大げさですが、それよりも字面の「黄泉」。黄色がどんどん濃くなるという色彩感がいいと思いました。

べっ甲飴のふつふつ気泡秋灯   紅緒
 べっ甲飴の中の空気のツブに注目したのがいいですね。「気泡のごとき」にしなかったのも成功です。「秋灯」は、「シュウトウ」とも読むので、「秋灯し」と送ってもいいと思います。また「秋ともし」の表記もあるでしょう。

秋ぬくし妻を世話する話など   川崎洋子
 老々介護でも、男が女性を介護する事もあると思います。これを明るく受け止めて「秋ぬくし」なのだと思いますが、ちょっと説明的なのでは。全然離れて「いわし雲」とか「秋桜や」みたいなのはどうですか。後から名前を開けてみて、女性の句と知りました。


2015年10月21日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 中秋の名月の日,宝塚で句会があった。終えてから武庫川の河川敷で月を眺め、皆で少し騒いだ。明日の夜がスーパームーンだとも教えてもらい、楽しさがいっそう膨んだ。ちょうど、皆様のパワーあふれる句々を読む前みたいに。

【十句選】

爪きりの心地良きおと秋の昼   石塚 涼
 秋の強い日影が畳表におちる昼間。めずらしく今日は、父が家にいて爪を切っている。ゆっくりとしたそのリズム、乾いたその音、どれもが爽やかで透明感ある秋の昼。

誘い合ひスーパームーン橋の上   まゆみ
 願い事を叶える天文現象『スーパームーン』を秋の季語と限定できるかは疑問。上五は、このママでは陳腐。『橋の上にスーパームーン誘い出し』などと、大胆な景を創作したくなる。

豆腐屋の水こぼしゆく秋夕焼   せいち
 決まった曜日に必ず、豆腐屋さんの軽トラが街に来る。そろそろ湯豆腐が恋しい頃かと感じるのは、ラッパの音と西に映えた秋夕焼のせい。車の去った後の道が、少し濡れている。

豊年や少女は耳に穴あけて   たいぞう
 薄れてきたとはいえ、豊作を祝いたい気持は身体の何処かに残る。ピアスに強く興味を見せ始めた少女と、豊年との取り合わせに、なぜか、呪術的な妖しさと魅力を感じる。

木の実降るここは海抜ゼロメーター  草子
 堤防の防潮林にどっさりドングリが実った。先人達の防災の知恵には、ただただ感謝の日々。コロコロ転げてドングリ達は、一体何処に向かおうとうするのか。軽い諧謔を楽しむ句。

どっと来てさっと散る鳥秋うらら   茂
 どんな鳥をイメージしようか。群れて来るスズメ、ムクドリ? 下五『秋うらら』からは、里山の高い茂みに群を作って来る シジュウガラの『チューピー チューピー』と澄んだ声が。

背負い投げされて家路の女郎花   川嶋ぱんだ
 部活の柔道部だろうか、熱の籠ったディベートで最後に喰らった反撃だろうか。傷心を抱いて下校する小径に、それは可憐な女郎花の黄花。癒されたのは高校の二年の男子生徒。

草の実の男と女ドナウ川   さわいかの
 名も知らぬ草花も、晩秋には見事に実を結ぶ。川堤にじっと肩を寄せ合う男と女、美しき青きドナウの流れをただ黙って見詰めて。対岸に聳える白い城にはもう、すっかり黄落の樹々。

ひょんの笛大きな靴は魔女のもの   ∞
 いままで未だ聴いたことが無い『ひょんの笛』だが、いったいどんな音をだすのだろう。きっとそれは、魔女の大きな靴先が、天に向かって反る返る、そんな響きを聴かせるはず。

エジプトのテーブル上に後の月   糸代みつ
 古代エジプトの壁画を連想する卓上に、十三夜の月が登った。とっておきのエジプト綿のテーブルクロスの白が冴える。なんとも不思議、謎解きのようなハイクを読む快感。

【注目した5句】

秋晴れやママの顔した土曜日が   大川一馬
 『ママの顔した土曜日』の新鮮さが魅力。語順と、下五『が』の措辞など、さらに推敲を。

雁来紅離婚の慰謝料どれくらい   あざみ
 熱帯アジアの葉の形と色彩の雁来紅。シンプルな句意に、ラップの曲を聴いている楽しさが。

ゆかを掃く床屋の背中秋時雨   京子
 椅子から見た動きを切り取った。床、背中、時雨と同じ情調が繰り返され、句が単調に。

園児みなキラキラネームおみなえし   秋山三人水
 『キラキラネーム』と『おみなえし』の取合わせ。黄色い声で笑い転げる少女の姿を見た。

ひとり来て民話の里のにごり酒   隼人
 日が落ちて、俺一人のために宿の主人が囲炉裏に火を入れる景。濁り酒の白が冴えて。


2015年10月14日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 爽やかな季節、運動会、文化祭と、楽しい行事が続きますね。
 皆さん、お元気にお過ごしですか。
 私は先週、播州龍野と姫路に行きました。龍野は童謡「赤とんぼ」の作詩で有名な三木露風の故郷です。あいにくの雨でしたが、露風の生家を訪ね、生い立ちを知ることができました。途中で見た、立派な櫓門のある龍野小学校は授業中。不思議なほどに人通りは無く、柿や鶏頭の覗く静かな家々。龍野はどこか懐かしい雰囲気の、また来てみたい町でした。
 さて、今回は168句の中から。

【十句選】

朝あきつ体操の輪のまんなかに   二百年
 ラジオ体操中の出来事でしょうか。輪になって体操をする公園や河川敷での情景をイメージしました。校庭なら、朝練の準備体操かもしれません。トンボは素早く飛びますが、空中でのホバリングも得意です。体操の輪にまぎれ込み、きょとんとしているトンボを思い浮かべると愉快ですね。

八千草にそれぞれ好きな風がある   せいち
 八千草は秋の野山に揺れる種々の草花や雑草のこと。風が吹いても揺れる草、揺れない草があり、その揺れ方にも、震えたりなびいたりいろいろな癖があるのでしょう。それぞれの草が、自分の一番好きな風を選んで揺れている、と想像するのは楽しいですね。「八千草」の語の斡旋が効いていると思いました。

秋水を砥石に滴す朝一番   茂
 砥石で刃物を研ぐためには、水を垂らさなければなりません。それが朝一番の仕事であったことで、水の冷たさに秋を感じられたのでしょう。砥石や刃物という硬質な物の間にあって、朝一番の秋の水が爽やかです。

天の河馬の眼深くなりゆけり   加納綾子
 秋が深まると共に、馬の眼も深く澄んで来たのでしょう。空には天の川が美しく、馬の眼にそれが映っているのかも知れません。馬の眼に映る天の川を覗くと、宇宙の深淵を見る思いがします。馬の眼の内外に深い藍色の宇宙を暗示した巧みな句だと思いました。

四阿に先生と避けゐる夕立   えんや
 広い庭園を散策中に急な夕立。あわてて近くの四阿(あずまや)に駆け込んだところが、そこに駆け込んだのは先生と作者の二人きりだったようです。心理的には長い雨宿りになりそうですね。句またがりでちょっとした心の機微を上手く表現しておられると思いました。

朝霧に天辺消えし棚田かな   瑠璃
 雲や霧に隠れて山の天辺が見えないことはよくありますが、消えたのが人の手になる棚田であることによって、神隠しにあったような玄妙な味わいが出たのだと思います。「天辺消えし」の措辞も端的でいいですね。

石垣の下の石垣蟲の闇   伍霧堂
 急な斜面に作られた棚田か、家々が石垣に囲まれた沖縄の村などを想像しました。「石垣の下の石垣」は、虫の闇に垂直的な深さを作り出します。外灯もない真っ暗な闇に虫の音はまるで地底からのように響いてきたのではないでしょうか。「蟲」の字もいいと思いました。

星とんでうごかぬ夜のひつじ雲   ∞
 星という何億年も変わらぬはずのものが飛び、風に流され変幻自在の雲ががんこな羊のように動かない、そんな秋の夜もあるのですね。

髪切りて白きうなじや秋の風   ほり まき
 長かった髪を、これから寒くなるという季節に切ったことに、何らかの思いきりを感じました。うなじの白さは、真っさらな心のようで、秋風が新鮮に感じられたのではないでしょうか。

柿食へばぽつんぽつんと過去のこと   中 十七波
 「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」はあまりにも有名な子規の句ですが、この句以降、子規は柿を食べる度に、この句の成った夜のことを思い出したのではないかと思います。この句の作者にも、柿に纏わる様々な出来事や懐かしい人があるのでしょう。

【その他の佳句】

始りはよさそなドラマはや十月   きのこ
喃語ってきっと小鳥語小鳥くる   せいち
石ころも佛の一つ草の露   今村征一
約束の一年は過ぎ蛇穴に   たいぞう
秋の風くるくる回る一夜干し   みさ


2015年10月7日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ベランダの向こう側には虫の声が広がっています。九月には子規記念館で、立川志の輔の落語を聞きました。その枕で「一年が2.3か月しかないように思える」という話がありましたが、まさしく。あっという間の十月です。十月といえば、年賀状の予約が始まります。一度、年賀状に今年の一句というものを記してみたいものです。が、いまだ果たせません。すでに締切間近、間に合うかどうか・・・。忙しない話になりました。

【十句選】

秋日影踏めばことりと音のして   石塚 涼
 秋の陽の当たるところを踏んでみたら、何か音がした。かすかな、でも明らかな音。木の実か、小石が動いたのか、虫の亡骸を踏んだ音か。空気が澄んで冷ややかになる季節は、小さな物や音が素直に身体の中に入ってくる。

わらべ唄背の子に聞かせ稲架組めり   鷲津誠次
 「わらべうた」も「背の子」にしても、少し前の時代の言葉のようだ。現代の若いお母さんたちは大抵、抱っこ紐で前に赤ちゃんを抱いていて、負んぶしている姿は見かけることがない。ただ最後に、稲架を組む動きが出て来て、今もどこかでこんな風景があるに違いないという気がした。子どもが背中に耳をあてて聴いている、わらべ歌の題名が知りたい。

喉を掻くときの首骨天高し   川嶋ぱんだ
  無意識の動作を意識したとき、がこういう感じなのか。喉が痒いのか、あるいは掻く癖があるのかも知れない。掻いたときふと、首骨の存在に指が気づいた。そして自然と、上を向いた顔の上には、思いがけなく高く澄んだ秋の空が。

さいかちの実を眺めつつ雲を遣る   大川一馬
 皀角子と書いて「さいかち」。秋になると種が熟れて莢が褐色になるのを見かけることがある。何となくそこに留まりたくなる実である。秋の雲は、行くに任せて。

取り込めるタオルを飛蝗ぴよいと飛ぶ   きのこ
 キチキチと呼んで親しんできた飛蝗。田圃がすぐ近くにある一戸建ての家。タオルは白だろう。竿からするっと降ろそうとしたタオルから、思わね飛蝗が飛んだ。ぴょいと飛んだ。それだけの秋の日の一コマ。同作者には「飛蝗付け帰りし夜のやはらかし」もあった。

とりあへず棒まはす綿菓子の秋   さわいかの
 綿菓子を、客が作る店がなのだろうか。「とりあへず棒まはす」に、狐につままれたように呆然と棒を回す姿を思い浮かべた。「秋」は、形よくふわっと出来上がらない綿菓子の困惑なのだ。

落葉踏むバニラの香とぞ思ひつつ   たか子
 バニラの木も、落葉するのかなあ。落葉にバニラの香を感じたことのない私は、不思議に思いながらも、その取り合わせに惹かれた。学生の頃だったか、ラジオから流れていたアルバートハモンドの「落葉のコンチェルト」の甘い歌声を思い出したりもした。

毬栗の弾けて裸体曝しけり   有明海
 一読、びっくり。栗を裸体と呼ぶ大胆さに驚いたのだ。毬から出きた栗は、確かに赤ちゃんののようにつるっつるに輝いている。ようやくぱかっと毬が弾けて、くらくらと気分良く秋日を浴びているのだ。

鱗雲ガラシア病院坂の上   岡野直樹
 この坂の上には、ガラシア病院が建っている。ちらっと屋根が見えているかもしれない。これから訪ねて行くというふうではない。坂の上に広がる鰯雲と、病院の名の由来である細川ガラシアの人生がそこはかとなく響き合っている。

取っときのバカラグラスに黒ブドウ   スカーレット
 バカラグラスというと私には手の届きそうもないグラスに、黒葡萄を入れてみる贅沢な時間。共感したのは、取って置きではなく「取っとき」という親しい響き。ほんとにうれしそうにグラスを取りだす様子が目に浮かぶ。「バカラグラスに」と説明するより「の」とした方が良くないだろうか。そして、ブドウは「葡萄」にして欲しい。


2015年9月30日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 去る9月19日は子規忌でした、没後103年目にあたるようです。
 よく知られた絶筆「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」は、死に向かう自分を「仏」と突き放しながら、やや遅咲きの糸瓜の花と取り合わせています。糸瓜の実からとる水は結核の薬になったといいますが、花は薬としても使えません。ぽーんと突き放して冷たいようですが、どことなくユーモラスで、糸瓜の花がかわいい。
 さて今回の投句は167句。自分を戯画化したような作品もたくさんありましたが、おどけてみせるだけではまだ不充分、ぽーんと突き抜けなくては。
 とはいえ、自分に対してはどうしても甘くなるので、自分を詠む俳句はそれだけ難しいと思います。

【十句選】

秋高し見たいものしか見たくない   幸久
 まったくそのとおりですが、なかなかそうはいきませんね。秋空がさわやか。

虫の音は藍色だよね君の眼も   加納綾子
 音に色はありません、そんな当たり前を否定して賛意を求めてしまう秋の夜。

名月のころに生まれて無名なり   京子
  発想は類型的ですが、自分の客観視が、名月の大げささとうまく響いている。

秋半ば国勢調査のパスワード   有賀健
 国勢調査のパスワード、実に無造作に投函されていて、あれは個人保護の観点から問題が多いと思いますが、それはさておき何でもかんでもパスワードが必要な時代のまんなかで、かすかな違和感。

未来図をくるくる巻いて朝顔は   紅緒
 この未来図はやや抽象的でしたが、未来図をしまわれたあと、「朝顔は」どうなってしまうのか。

9.11万年筆に足すインク   酒井とも
 ペンは剣より強し、といった警句が浮かびますが、そこまで言い尽くさず、9.11後の人生を生きる描写としての美学を感じます。
 ところで「障害者俳句です」とのコメントがありますが、とくに俳句の内容とは関係がないようですので、わざわざ宣言していただく必要はないと思います。

紫式部はっきりいって欲はある   あざみ
 欲があってこそ人間。紫式部の可憐さにあわせて、堂々たる宣言がいいですね。

枝豆を飛ばす宇宙の基地めざし   ほりまき
 やや見立てが単純すぎるかな、とも思いましたが、ここまで思い切っているならすがすがしい。

柿食ってあした悪魔になーれ   秋山三人水
 偽悪的、これを面白いととるかあざといととるか。柿のひょうきんさは悪くない。「秋之蚊之皿皿血皿四四」は高橋新吉のオマージュかと思いますが、「皿皿皿皿皿血皿皿皿皿 関悦史」の先行句があります。

昔の秋にHeyTaxi乗せてって   酒井おかわり
 語順は、HeyTaxi昔の秋に乗せてって、のほうがわかりやすいですね。単純といえば単純ですが、Heyの明るさがいいので、前面に出しましょう。

【選外佳作】

溢蚊の営業ボイス♯して(溢=あぶれ、♯=シャープ)   弧愁
 ボイス♯、録音機能というような意味でしょうか。秋の蚊との組み合わせ、ちょっと面白い。

秋の頭突きすっきりズッキーニ   さわいかの
 初見、「私の頭突き」と読んでびっくり。では秋の頭突きは、いったいどこへ、どんな効果が? 俳句として完成しているかどうか悩みますが、元気が出るおまじないのようで、可能性を感じます。

曼珠沙華見つめてるのはカラスです   豊田ささお
 曼珠沙華の連作、なんでも入りそうな下五に、ぶっきらぼうに挟まる「カラス」が悪くない。

贈られし句集並びて秋暑かな   石塚涼
 句集並びて、では句集が勝手に並んでいるようで不自然、「句集並べて」とすべき。作者像も見えて、気持ちがいい句になります。

秋の暮祖母の選別独和辞書   津久見未完
 選別→餞別、でしょうか。 秋の暮をつけるとなんでも俳句らしくなる、という一例でもありますが、祖母の思い出を加えれば、佳作といえます。

旧姓がしつくりしつとり濁り酒   中十七波
 結婚して何十年も経ってから夫婦別姓を訴えるという例があるそうで、人にとって「改姓」とはどんな感覚なのか、立ち止まらざるをえない句です。

雨上がり玲瓏として草ひばり   太郎
 うーん、美しい句ですが、それだけと言えばそれまで。美しい景を見いだすのは大事ですが、それを美しい(玲瓏)というできあがった言葉であらわしたとたん、オリジナリティはなくなります。

秋茄子を並べて店の奥暗き   伊藤五六歩
 秋茄子は嫁に食わすなと言いますが、この店はあまり流行ってなさそう。

天高しただ今空の塵フォルダー   草子
 雲ひとつない秋の空を、ゴミフォルダーに入れて掃除したようだ、ということでしょうか。ゴミと読ませたければカタカナがよいと思いますが、フォルダーだけでは「掃除」したわけではないし、「空にゴミフォルダーつくり天高し」という改作はいかがでしょうか。

句の出来ぬそんなときにはねこじやらし   せいち
 類想句が多かったのですが、なかで「ねこじゃらし」の季語が効いていたので、おまけ。苦吟を詠むのは、「俳人あるある」になってしまいがちで、いい句はほとんどできません。例外に「切株やあるくぎんなんぎんのよる 加藤郁乎」があります。


2015年9月23日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 所用で一週間ほど松山を離れ、先日戻って参りました。たった一週間でも、季節はどんどん進みます。曼珠沙華が鮮やかに咲き、鰯雲が広がっていることに新鮮さを感じました。毎日見ていたらそれほど気にならなかったことでしょう。俳句を続けているとどうしてもマンネリ化してしまったり、スランプに陥ったりすることがあると思います。私もしばしばあります。そういうときは、少し俳句から離れてみることにしています。するとまた俳句を作ってみようかなという気持ちがムクムクと湧きおこってくるのです。俳句の不思議さ、楽しさの一面です。

【十句選】

流星や窓辺に置きし母の椅子   太郎
 流星と窓辺の椅子の取り合わせが美しい。はかない一瞬の光に、お母様はどのような願いをかけたのでしょう。椅子の質感に生活の手触りを感じます。

この野郎筋肉質でオレンジで   高木じゅん
 うーん。最後まで迷いました。やや乱暴な言葉遣いながら、日常会話をうまく生かした言葉に力があり鮮度があります。「オレンジ」の押さえがいいと思います。

暮れてより空と交信虫集く   まゆみ
  虫が集まって賑やかに鳴いている景色はなかなかいいものですね。そのうきうきした気分が「空と交信」という発想になりました。背景の闇の深さを隠し味にしています。

青春は丘の辺りの月見草   せいち
 夕暮れて咲く月見草には、ロマンがありますね。やや甘すぎの感はありますが、その甘さも人の感情の欲するところであれば、ありかな、と最近思うようになりました。言い切った表現が甘さの抑制になりました。

蚯蚓鳴く三角関数解きにけり   勇平
 鳴くはずのない蚯蚓を鳴かせるのが俳句ですが、理論的な数学と取り合わせたところが面白いと思います。さて、この問題は解けたか否か。読み手に想像の余地を与えてくれます。

秋桜マーブルチヨコレイトの館   秋山三人水
 最初、唐突な気がしたのですが、なるほどと思わず膝を打ちました。コスモスは群れて咲く花ですが、遠景で見ると、なるほどマーブルチョコの館ですね。情緒的にならない秋桜が新鮮です。

貴族院議員をしてる銀やんま   秋山三人水
 楽しい発想の句。「えっへん」といばっている銀やんま。議員のG音、銀のG音の繰り返しが貴族院的だと思えるのが可笑しいですね。

法螺ひとつ放りあげたり秋の空   瀬紀
 一年中でもっとも美しいとされる秋の空に放り上げた法螺とは?きっと大法螺なんだろうなあ。人の心は秋の空に似て変わりやすいものだから、ひとつといわず大いに放り上げたいですね。

秋空に梯子を掛ける用がある   がく
 秋空という季語の力でしょうか。シュールな光景が浮かびました。屋根の修理とかではなく、天上に行くための梯子と取ればちょっとした怖さがあります。また、「ジャックと豆の木」を連想する童話的な一面も。読みの多様性に惹かれた一句。

旅立ちの貌をしてゐるカンナかな   をがはまなぶ
 カンナは背丈のある花だから、道端などでひょいと出くわすと、人の顔に見えてはっとすることがあります。活発なイメージを持つカンナは、旅立ちが似合います。バイクの旅だとかっこいいですね。

【その他の佳句】

蝶とんぼ影より影の色をして   紅緒
晩夏光魚のまなこ潤みをり   紅緒
石垣にまだぬくみあり虫集く   まゆみ
秋黴雨罫線のなき文流し   茂
爺ちやんとゐる蜩の山なりけり   をがはまなぶ



2015年9月16日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 9月ももう半ばですね。本当にあっという間に季節が移ろっていきます。
 …といつも同じことを言っている気がしますが。
 さて先日、勤務先の高校で文化祭がありました。一応吹奏楽部顧問なので、生徒の中に紛れ込んで演奏させてもらいました。何十年ぶりかの演奏はとても楽しかったです。(部員からすると、とても迷惑だったと思いますが)
 今週もたくさんの投句をいただき、ありがとうございました。

【十句選】

ゆっくりと秋の溜息つきにけり   石塚 涼
 一つ溜息をつくと一つ幸せが逃げていくんだよと言った人がいました。隣の席の同僚は「秋だから溜息が出るんだ」と言って、最近溜息ばかりついています。溜息に季節は関係ないかもしれませんが、秋は何となく「ゆっくりと」した溜息になりそうです。

フラスコにコスモスきみにリトマス紙   伊藤五六歩
 「フラスコ」と「リトマス紙」は理科つながりなので、理系カップルなのでしょうか。対比で考えると「きみ」は花のような存在なんでしょうね。リトマス紙のように目ではっきり相手の気持ちがわかるといいけれど、なかなかそうはいかないですよね。「きみ」にリトマス紙を渡して気持ちを知りたいのかな。例えとしては色々考えられて面白いと思います。
 ただ、「きみにリトマス紙」が少しわかりにくいので、「フラスコにコスモスリトマス紙をきみに」ではいかがでしょう?作者の意図するところとズレるかもしれませんが。

あらぬ方へ転がるレモンそれは恋   せいち
  恋ってなかなか思い通りにはいかないものですよね。自分の意図しない方向に転がって行ってしまいがちです。レモンはよく初恋の象徴のように使われますが、初恋に限らず甘酸っぱい思いはあると思います。コロコロ転がるレモンから恋を連想したところが素敵です。

行くべきか行かざるべきか蝸牛   弧愁
 蝸牛の歩みはゆっくりで、時々立ち止まったりして、何か考えているようにも見えます。進むべき道に悩む蝸牛。孤高な哲学者のようですね。

灯の消されてよりの夜長無人駅   きのこ
 小さな無人駅はただでさえ寂しいのに、灯が消されてしまうともっと寂しいですよね。灯が消されてからを長く感じるという感覚がよくわかります。

星月夜お尻がふたつ逃走中   さわいかの
 「お尻がふたつ」が何を指しているのかよくわからないですが、ユーモラスでかわいらしさも感じられて印象に残りました。
 明るい星空の下、スタコラ逃げるお尻がふたつ。なんだかかわいいですね。

満月にプロポーズする高層ビル   紅緒
 輝く満月に向かってそびえたつ高層ビルはまるで月にプロポーズしているように見えますね。ロマンチックで、着眼点がいいなと思いました。

道端に椅子の色々村花火   草子
 大がかりな花火大会ではなくても、村で打ち上げる花火を楽しみにしている人たちの姿が目に浮かびます。おそらく高齢な方が多いのではないのでしょうか。
 道端に各自が椅子を持ち寄って座って花火鑑賞をするのでしょう。ほのぼのとしたあたたかい句だと思います。
 中七を少し工夫されるともっと良いかなと思いました。例えば「さまざまな椅子」など。

それぞれの色持つ窓辺秋灯   瑠璃
 私は灯ともし頃の町の雰囲気が大好きです。それぞれの家に灯がつき始め、人々の暮らしがそこにあるという何でもないような事にとても心惹かれます。
 少し人恋しいような秋の夕暮れには、それぞれの家庭に灯っている「それぞれの色」が際立つように思います。とても情緒豊かな句ですね。

蜩はジミヘンのギターがちょっと好き   琥珀
 蜩の鳴き声とジミヘンのギターは全然似てないけれど、実は蜩はジミヘンにあこがれてるのかな。いや、もしかしたら「蜩」という名の誰かのことかもしれませんね。


2015年9月9日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 日中は暑い日が続きますが、朝晩は比較的涼しく、秋らしくなってきました。皆さんはひと夏の思い出を作る事ができたでしょうか。それでは今週の十句選です。

【十句選】

幼名を藤五と呼びし西鶴忌   石塚 涼
 少し調べてみたのですが、井原西鶴の本名がΓ藤五」だったようですね。それはさておき、これが事実である以上、掲句はただの事実報告であり、面白味がありません。フィクション性を意識してください。

秋夜空夢乗せ発射種子島   いつせつ
 Γ夢乗せ」が余計です。Γ秋夜空」だけでも、夢や希望の要素が含まれていると思います。

休み明けいいそば屋のある勤め先   沖野白帆
  休み明けはいくつになっても憂鬱ですが、素敵なお店を知っているか知らないかだけでも気分は違いますね。しかし、掲句で残念なのは、中七が字余りであることです。読み難さがあり、せっかくの気分の良さが削がれてしまいます。中七の一考をおすすめします。

夏休みキラキラネーム集ひけり   有明海
 Γキラキラネーム」は昨今話題にもなっている問題です。例えば、子供の名前に実際つけられたキラキラネームに次のようなものがありました。
 亜富、大賀寿、光宙、理寿夢
 順番に、あとむ・たいがーす・ぴかちゅう・りずむ、と読むそうです。俳号ならまだしも、本名として一生背負うと思うと嫌ですね。ところで掲句ですが、中七全てをΓキラキラネーム」で終わっているのはもったいなく感じます。実際にあるキラキラネームを詠み込んでみてはどうでしょう?

秋高しジャイアント馬場あくびする   鉄男
 上手い俳句です。ただ、あまり強い印象を持てない俳句でもあります。例えばこの句が、句会などでは高得点句として挙げられるかも知れませんが、連作俳句のなかにある場合だと、看過されやすいかと思います。とは言え、上手いことは事実であるので、この調子で作句していただきたいです。

鰯雲ぽぽーぽぽーと鳩が呼び   きのこ
 Γぽぽーぽぽー」とΓ鳩」は同じですね。 どちらかを省いて、別の要素を入れてみてはどうでしょう。

「花火」かと火を点けたのに「火花」かよ   秋山三人水
 先日芥川賞を授賞した又吉氏の『火花』のことでしょうか。どちらにせよ、下五の意味がよくわかりません。作者なりの言葉遊びがあるかも知れませんが、もう少し分かりやすくお願いします。

パジャマまで君の匂いや秋蛍   川嶋ぱんだ
 ロマンチックな俳句ですね。ただ、Γ君の匂い」というのが言葉として少々甘い気がします。Γ残り香」とすれば、季語のΓ秋蛍」も締まった印象になるかと思います。

外にも出ずフェイスブックの月を見る   をがわまなぶ
 中村汀女のΓ外にも出よ触るるばかりに春の月」のパロディーでしょうか。Γフェイスブック」で 月を見るのは現代的ですが、今のままではパロディー止まりになってしまいます。

目覚ましより早く目覚めて涼新た   岡野直樹
 気持ちの良い俳句だと思います。ただ、上五の字余りが効果的かどうか。ここはしっかり定型を守った方が、全体的に締まった俳句になるかと思うので、ぜひお試しください。

【秀句7句】

この面は説得力よどでかぼちゃ   加納綾子
夕焼けて少年孤独の影伸ばす   加納綾子
残暑かな古き歳時記手に重し   まゆみ
夏の果て眩しい乳首のたたせかた   秋山三人水
寝息とはたとえば秋の蚊のいのち   川嶋ぱんだ

手の回るマネキンを抱く西鶴忌   さわいかの

今回頂戴した169句の中で一番好きな俳句でした。

孫よりのうずまきだけの夏便り   ほり まき

2015年9月2日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 「あり得る」の読みは「ありえる」か「あるうる」か。
 正解は「ありうる」で、正解率は69%。みなさんはピンポーンでしたか。このハナシ、家人にしたところ、「それじゃ、ありえないはどうなるの?」とつっこまれた。なるほど、「そもそもアリエルが誤用だから、アリエナイは、ありえない!」などと言っても不思議な顔をされるだけ。言葉は生き物ですね〜。
 今月は、全168句からの選です。

【十句選】

夕焼に釣具を仕舞う男かな   太郎
 この「に」がトリッキーですね。まるで夕焼の中に釣具をしまおうとしているような読めます。その効果だと思うのですが、夕焼がいっそう鮮やかに感じられました。

地ぼてりを揺する高校ジャズバンド   大川一馬
 活写と呼びたい句。でも「地ぼてり」という言葉があるのかな。「強い日差しに火照った土地」という事だろう。しかもここでは夏の季語のよう。掲句では「揺する」が効果的。「地ぼてり」がいつか季語になる日がくるかも。

陶枕を座敷童に返されし   大川一馬
  なくなった陶枕を座敷童が返してくれたんでしょうかね。ちょっと唐突な感じがしますが、陶枕と座敷童の取り合わせが愉快でした。座敷童子と表記する事が多いようです。

無辜の蟻にじり悔やむ日安倍談話   大川一馬
 「無辜ムコ=何の罪もないこと」が難しい言葉。「にじり悔やむ」の「にじり」が悔しさを強調しています。弱い蟻に悔しがらせたのが素晴らしい。俳句としては、今しか通用しないと思いますけど、わたしも阿部談話の欺瞞を強く感じたので共感しました。

絵日記の右にお日さま夏休み   せいち
 絵日記にお日さまが書いてあるのは当たり前ですが、「右に」と書いたことで景がはっきりしました。どこかにスポットライトを当ててみるのは、有効な方法だと思います。

大阪で暮らす覚悟のアロハシャツ   田居吾十歩
 何からの事情があって、大阪で暮らす決心をしたのでしょう。アロハシャツなら道頓堀でも千日前でも、堂々と歩けそう。

天の川妻似の猫とすれちがう   田居吾十歩
 「妻似の猫」というのが面白い。たぶん、「猫似の妻」なんだと思います。「天の川」だから夜ということなんですけど、昼間にした方がいいのでは。

いつまでも私が嫁で島バナナ   紅緒
 これって、いつまでも「嫁、嫁」と言われて、主婦の座につけないことを嘆いている句なのだろうか。そんなヒガミを感じないのは「島バナナ」の明るさですで、島に嫁いだ私なのでしょう。陽気な性格が表現されていると思いました。

テーブルにワイン庭にカンナの立っている   をがはまなぶ
 立っているという共通点で、ワインと庭のカンナを対比させたのが面白い。バーベキューバーティでもあるんでしょうかね。

秋に入る向かいの家の鼾かな   をがはまなぶ
 秋というと、果実が実ったり、紅葉したり、空が高かったりと、自然からのプレゼントを思いますけど、この句は「向かいの家の鼾」なのが可笑しい。

【選外の句】

足首のソックスの痕残暑かな   石塚 涼
十一日午前必着十日の菊   伊藤五六歩
口下手の父の水風呂原爆忌   田居吾十歩
忽然と消えた消しゴム蚯蚓鳴く   中 十七波
空をさす万本の指唐辛子   スカーレット