「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2015年12月30日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 明けましておめでとうございます。と言っても、これを書いているのはまだ年末。でも、賀状に「今年もよろしく〜」と書いている内に、ホントに新年のような気がしてきますね〜。去年今年というのは、今年が去年になり来年が今年になる、こういう事かと思います。
 ことしも良い年で、みなさんとわたしに、いい俳句がたくさん舞い降りてきますよ〜。

【十句選】

さまざまな色絡み合ふ落葉かな   いつせつ
 落葉というと赤と黄色。そういう風に決めないで、こう表現することで、マチスの絵のような配色の落葉が見えてきます。素直な一句で、惹かれました。

寒き午後アダモの唄を口ずさむ   石塚 涼
 「雪が降る」ですね、きっと。「アダモの唄」と遠回しにしたのがおしゃれ。もうひとつは、「寒き午後」という具体性が効いていると思いました。

やうやくに冬の貌した水曜日   石塚 涼
 暖冬ですもんね。「冬の貌になる」では8字だし説明だし。「冬の貌した」という表現がうまい。このなくてもいいような水曜日の具体性も効いていると思いました。

歌留多札かるし小町を見失ふ   伊藤五六歩
 実は、意味が分からない。というか、いろいろに読める。でも、K〜K〜Kと韻を踏んでいて、気持ちの良い句。たとえば、歌留多で遊んでいたら、小町の札がどっかに行ってしまった、という事か。わたしの小町が、どっかに行ってしまった、という恋の句のようにも読める。

鬼子母神行きも帰りも着ぶくれて   伊藤五六歩
 着ぶくれているわけだから、なぜ、「行きも帰りも」という必要があるのか、ちょっと変。でも、なんか納得したのは、鬼子母神伝説のストーリーを思うからかも。わかりにくい説明ですけど〜(笑)。

白鳥のために湖開けてをり   太郎
 たぶん、白鳥が毎年飛来する湖を読んだのだと思いますが。白鳥の湖が流れるフィギャースケートのリンクを連想しました。そうなるように作っているとしたら匠。

縄梯子登るサンタもプラスチック   大川一馬
 確かに、こういうクリスマスグッズありますね。珍しい句材を難なく句にして、上手です。

川は川おおきな川のまま凍る   倫敦
 上5がなくても成立している句。でも「川は川」とリフレインすることで、川の存在が一層強くなる、凍ることのドラマが見えてきます。

煤逃の競馬新聞買いに行く   せいち
 最近は、大掃除なんてやらないんだとワイドショーが言ってました。煤逃という季語も、俳句の上でしか成り立っていないように思います。で、逃げるならどこか、というと、競馬新聞辺りがちょうどいいように感じました。有馬記念でもありますし。

散りしきる枯葉を踏んで影ふんで   えんや
 枯葉を踏んで影ふんで、のリフレインが気持ちいい。上5の「降りしきる」もあって、イキイキと現在進行形の句になっています。

【今週の次点十一句】

冬麗やささやかな嘘そっとつく   石塚 涼
 冬麗の「うるわし」と、ささかなな嘘がちょうどいい感じ。

初弥撒やマタイの次にカムイ伝   伊藤五六歩
 初ミサ、が珍しい季語。マタイ伝〜カムイ伝。軽いジョーク。

隙間風ちくわの穴を通り抜け   伊藤五六歩
 ドーナツの穴、ちくわの穴。穴俳句の見本のような句。

煤逃げの出来ぬ性格窓磨く   山畑洋二
 煤逃を詠むのではなく、その逆を詠んだのが面白い。

数え日やルルルルルルル電話鳴る   素秋
 ルの7連発がすごい。尻に火がついた年末な感じ。

お買い得すきま風付き築三年   素秋
 可成り、ジョー句。上5を替える事を考えてみたら。

ひよっとこの首に膏薬里神楽   素秋
 この作り方もケッコウあるな〜と思いましたが、うまいもんです。

無介護の白寿が啜る山の芋   酒井とも
 百ひく一で99才。山芋で精をつける。ぜひ、こうでありたいという句。

ご先祖のお顔をはたく煤おろし   たいぞう
 こんないい廻しも面白い。

小春日を待って出てくる原節子   秋山三人水
 上5が、小津映画のタイトルだともっと良かった。待って出てくる、がなんか中途半端な気がします。

鉄亜鈴五キロと三キロつめたかり   意志
 鉄アレイを漢字にした工夫がいい。実際、とても冷たい事を知っています。


2015年12月23日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年の冬は暖かいと言われていましたが、急に寒くなりましたね。(これが本来の師走の寒さなんでしょうけれど。)皆様、お風邪など召されていらっしゃいませんか?これから寒さも一段と厳しくなると思いますが、じゅうぶんご自愛ください。
 さて、今年最後の担当なので、少し早いですがご挨拶を。
 今年も大変お世話になりました。皆様の句を読ませていただくことで、私自身色々勉強することができました。本当にありがとうございました。
 来年度もどうぞ宜しくお願い致します。それではよいお年をお迎えください♪

【十句選】

道行や一足ごとに霜柱   伊藤五六歩
 「道行」は単なる旅行なのか、抜きさしならなくなった末の駆け落ちなのか、想像が膨らみます。足を運ぶごとに霜柱を踏んでいく、厳しい寒さの中での道行がどんなものであるのか…。また、和装用外套のことも「道行」と言いますが、それだとまた違った読み方ができるのではないでしょうか。

柚子湯して誰かに聞けばわかること   幸久
 柚子湯で緊張がほっと解けて身体も温まり、さらに柚子の良い香りでリラックスしていくと、ずっと悩み考えていたことがそれほど難解ではないと思えてきたりします。独りで抱え込まず、誰かに聞けばいいんだと思えることって意外と大切だったりもしますよね。

初恋の形状記憶枇杷の花   まみこ
 枇杷の花はとても素朴なつつましやかな花ですが、近づいてみると芳香を漂わせています。花言葉は「内気」「ひそかな告白」「静かな思い」「温和」などだそうですが、なるほどぴったりだと思います。初恋の思い出は年月が経って色褪せたようでも、何かをきっかけに生き生きと輝きを取り戻すことが多いようです。それを「形状記憶」と表現したのが新鮮ですね。

寒茜なかなか開かぬ家の鍵   春生
 冬の夕焼けは日暮れが早いこともあいまって、何となく切なくて気持ちが急く感じもします。寒い中帰宅して、早く家の中に入りたいのに、そんな時に限って鍵がなかなか開かない。夕焼けがさらに焦る気持ちを増長するのでしょうか。情景が目に浮かぶ句です。

整えるピアノの音や冬木立   酒井とも
 ピアノを調律する音がしんとした冬の木立ちの間をすり抜けるように聞こえてくる様子が浮かびます。または木に音が当たってはねかえっているのか。いずれにせよ、寒々とした木立と調律の固い音がモノクロの世界を醸し出しているようです。

末の子のポインセチアのやうな嘘   今村征一
 ポインセチアのような嘘というのが面白いですね。ぱっとばれるような真っ赤な嘘だったんでしょうか。ポインセチアの華やかさは見るだけで気持ちを明るくしてくれるので、それを連想させる嘘はきっと罪のない嘘なんだと思います。

何事もただ通り抜け枯木立   京子
 虚無感の感じられる句です。この場合の枯木立はやはり街路樹のイメージですね。ただ少し曖昧な感じを受けるので、通り抜けていくものが何なのか、そのあたりを少し詠み込むともっといいかもしれません。

自転車に小さいほうの冬帽子   さわいかの
 停められている自転車のカゴか後ろの荷台かに、ちょこんと置かれた小さな冬帽子がかわいらしいですね。子供の帽子を前提として書きましたが、もしかすると持ち主は大人で、幾つかある帽子の中の「小さいほう」なのかも知れませんが。それだとついうっかり脱いだ帽子を持ち帰るのを忘れのたかな?といった感じで、いずれにせよほほえましい句ですね。

鱗雲端っこは既にカマボコ   岡野直樹
 端っこがカマボコ?と不思議な印象を受けました。鱗→魚(鰯)→カマボコの連想なのか、形状がそのようであったのかわかりにくかったですが、何となく気になる句ではあります。

鯛焼きをふたつにわりて別れけり   利恵
 「あなたは鯛焼きを頭から食べる派ですか、それとも尻尾から齧る派ですか」なんてよく耳にしますが、この場合、真ん中からすっぱり割っているんですね。そこに潔さのようなもの、或いは何らかの決意、などといったものを感じました。どういう状況なのか気になります。何か物語がありそうです。

【その他】

記憶よりともあれ記録日記買ふ   素秋
 「記が三つ、どうなんでしょうか」とのお尋ねがありましたが、記録が日記の説明になっているので、《記憶よりとにもかくにも日記買ふ》くらいにすれば、「記」も二つになりますね。

枡量りする手の年季歳の市   草子
 「手の」を「手に」にかえて、更に順序を入れ替えてみたらいかがでしょう。
 《歳の市枡量りする手に年季》というふうに。

角刈りにしてくださいな冬籠   まどん
 「冬籠」で初めて作られたそうですが、五七と冬籠がうまく合っていない感じです。別の季語を取り合わせたほうが句が生きると思います。(もう一句も同様に)冬籠を使ってまた別に作られてはいかがでしょうか。

【ひとこと】
 今回は年の瀬ということもあり、様々な行事があったり、風景の中にも目が留まりやすいものが溢れているからかもしれませんが、色んなものを句の中に詰め込みすぎてしまっている傾向が見られました。
 「これを是非詠みたい」という気持ちはとてもよくわかりますが、結局焦点がぼやけてしまってもったいないですね。


2015年12月16日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暮しの実感よりも遥かに早くやって来る十二月。季語でしか馴染みのない『煤払』に、妙に懐かしさ感じる頃でも。この慌ただしさのなか、句会に三度参加してきた。ご投稿される皆さまも、機会があればぜひ句会に参加して、座の文芸と言われる俳句の醍醐味も楽しまれてはいかがだろうか。
 皆様、どうかよいお年をお迎えください

【十句選】

一陽来復無地の徳利で酒を注ぐ   伊藤五六歩
 一陽来復が冬至のことだと教えられ、白粥や南京、蒟蒻を煮ていた往時の暮しぶりをイメージできた。酒を注ぐ『無地の徳利』が、その当時と今の世界とをリアルに結びつけた。

湯豆腐や外は鉄塔鳴りそむる   とよこ
 湯豆腐と冬の鉄塔との取り合わせがいい。暖と寒との巧みなコントラストで句に活力を吹き込んだ。中七の『外は』は冗長。他のコトバの斡旋で、句の印象をさらにクールに。

千年の杉が目印神迎   山畑洋二
 出雲での会議は一ヶ月でおわり、神々はもとの神社にお還りの日。玉砂利の白い参道に沿って、蒼あをと千年スギのご神木がお出迎え。一幅の掛物を鑑賞している景とも。

そんな意地張らんときいな着ぶくれて   せいち
 関西弁、とりわけ大阪弁のもつ 親しみ、温もり、オフテンポな感覚が、着ぶくれをユーモラスに言い当てた。ここまでくれば、上五はやはり『そない意地・・』と決めたい。

出し抜けの面一本や雪催い   茂
 季語『雪催い』から、真剣の勝負よりも、街並でのハプニングの景だと想定したい。ならば、上五には『出合い頭の』など、さらにピンポイントな、適切な用語を検討したい。

飛んでゆくキミの睫毛も黄落も   加納綾子
 昼間の郊外電車。正面席で化粧する女性を見るともなく見ていての、あられもない連想だろうか。ユーモアと少々の揶揄とが、弾む語調に仕立て上げられた。黄落の音が聞こえる。

着膨れの少年エアーボクシング   瑠璃
 語感の冴えからは『エアーボクシング』を採りたい句。でも、ネット検索では採点競技との解説も散見する。既視感はつきまとうが、『ジャドーボクシング』でも十分成り立つ句。

海豹のぬるりと潜る御講凪   ヤチ代
 アザラシと音読すると、春の季語となる。だが、カイヒョウと音読し、聞き慣れない冬の季語(天文)『御講凪(オコウナギ)』に着目したい句。中七『ぬるりと潜る』に当たったのだ。

年惜しむ胸ポケットのハイライト   幸久
 学生の時も、サラリーマン新人の時代からも、いつも手に触れていた。世の冷たい視線に耐えて今も、あのハイライトブルーとラム酒の余香と。俳句の鑑みたような端的さ。

やはらかき布に包まれ猪の牙   中 十七波
  旧仮名とひらかなの表記、ただそれだけが仕掛け。だのに、その場の明るさ・広がり・匂いまで。そのうえ、老いた猟師の口からは、あまたの奇譚が聞こえてくる。おおきな俳句。

【選外佳作】

山道の落葉巻き込むオートバイ   太郎
 ダビッドソンなど、具体名や固有名詞を用いて句の『ライブ感』を高めるのも一考かと。
  ( 例えば ) ハーレーが落葉巻き込む山の道

髻のさまに括れる蕪菁かな   みさ
 『髻(もとどり)、蕪菁(かぶら)』の希有な語彙と旧かな表記。あまりこの手に嵌らぬ用心も。

寒晴れの虚空を独り飛行機雲   戯心
 寒晴れと飛行機雲の取合わせの冴え。『虚空、独り』が、せっかくの爽快感を重たくした。

十二月からつぽだけどわたしかな   さわいかの
 季語の選定に成功。新聞の短歌欄でなじみの感慨も見える。切れ『かな』に一工夫を。

エンディングロールのごとき落葉かな   をがはまなぶ
 洋菓子では無い。映画の終りのクレジット表示。単なる比喩から、『席を立つ』など、動きを取り入れる試みにも挑戦を。


2015年12月9日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 十二月、風が冷たくなりました。皆さん、お元気ですか。
 今年の秋は、柿が安くておいしかったですね。大きくてきれいで安い種なし柿の三個パックを何度か買って食べました。けれども、先日、店員さんに訊くと「種なしはもうありませんねぇ。今は種有りばかりです」と言われました。同じ柿でも産地や品種によって出回る時期が違うんですね。いろいろな柿がバトンタッチしながら、柿のシーズンももうあと少しです。
 さて、今回は165句の中から。

【十句選】

枯野道己はみ出すまで歩き   まゆみ
 明るい枯野道をどこまでも歩く、たまにはそんな日があってもいいですね。けれども、作者は、何か考え事があって歩いておられたのかもしれません。「己はみ出すまで」は、思考と歩行距離の両方に懸かると思いました。思いがけない距離を歩いて、思いがけない結論が得られたのでは、と思います。

仕掛かりの腐葉土に降る村時雨   大川一馬
 「仕掛かり」は、事をし始めること、また、事に着手してまだ途中であること。腐葉土にするために、集めた落ち葉が村のどこかに大量に積み上げられてあるのでしょう。濡れて鮮やかになった落ち葉の色と落ち葉を土に返す静かな雨を想像しました。

どの旅も終わりがあって枇杷の花   秋山三人水
 明快な句意が好ましく、枇杷の花に素朴な暖か味を感じました。旅は日常から離れる行為ですから、終わってほっとする気持ちは誰もが素直に共感できます。人生という一つの旅についても思い合わされる句です。

偲ぶ日でありやや寒の丸太町   今村征一
 観光で訪れたのではない初冬の京都には、かつてなじんだ街の日常の営みがあったのではないでしょうか。「やや寒」という季語が、故人を偲ぶために久しぶりに集まった人々の心情にもよく合っていると思いました。

灯の漏るる物流倉庫雪しまく   紫
 大きな物流倉庫がいくつも並ぶ殺風景な夜の景色。けれども、今日は夜も働く人が居て、荷入れのために開け放たれた入口から明るい灯が漏れています。暗闇の中を吹雪く雪が、そこだけ明るい光の帯の中を舞い、凄まじくも美しい幻想的な景色になったのではないでしょうか。

群鳥の翔ちて枯木に戻りけり   草子
 椋鳥の群れでしょうか。塒にするときは勿論、小鳥たちは昼間でも一本の木にびっしりと留まって、賑やかにさえずる時があります。小鳥たちが一斉に飛び去った後、花の咲いたようだった木は、元の枯木に戻ってしまったのです。

受話器取る片手に葱を持つたまま   せいち
 「片手に葱を持ったまま」受話器を取るのはどんな場合なのでしょうか。料理の途中、買い物帰り、出荷作業中……など、いろいろ考えられますが、葱を置くこともせずに慌てて受話器を取ってしまった今日の電話です。

干蒲団太平洋の陽に晒す   洋平
 冬の太平洋岸は晴れの日が多く、穏やかな冬日和が続きます。ベランダいっぱいに布団を干すのは冬の醍醐味かもしれませんね。スケールが大きく、干し布団を太平洋に対峙させる視覚的にも面白い句だと思いました。

今更に翅の重さよ冬の蝶   戯心
 冬になり、命の衰えと共にその翅が重く感じられても、蝶である以上翅を手放すことはできません。昔は考えもしなかったことが切実に感じられる冬の訪れの頃の気分は、人にも当てはまるのではと思いました。

まどろめば母の来るなり冬の蝶   たいぞう
 ガラス越しの日差しの中でついうとうととして、亡くなった母の夢を見たのでしょう。ふと目をやると庭に冬の蝶が来ています。思いがけない時に現れる冬蝶は、母の出てくる夢によく合っていると思いました。

【その他の佳句】

揚舟の声を乗せけり冬紅葉   太郎
千年の杉が目印神迎   山畑洋二
枯菊を焚きたる匂ひ昏れ残る   今村征一
指曲げて寒さのほどを確かむる   石塚 涼
軋む窓初冠雪に開け放つ   茂
いつのまに影がわたしの冬の蝶   紅緒
問題はその後の永さ冬茜   ∞
時雨るるや止まつたままの腕時計   スカーレット
ひと筋の手綱離さず枯野行く   利恵


2015年12月2日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 十一月は、滑床渓谷を山歩きして滑りこけ、「漱石松山赴任120年」と題されたイベントでは松山市の中心街を半日歩き回って足を引き攣らせました。身体を酷使した気がします。
 一方で、俳句も沢山作りました。神野紗希さんたち三人の若い女性俳人の運営する「スピカ」というウェブサイトに、毎日句と短文を掲載する機会を得たのです。暢気な私には毎日が締め切りのようなもので、足が攣るのと同じくらい過酷でした。ただ、気に入った句も少しは出来ました。過酷な締切≠フおかげです。この「e船団」の投句欄も、読者の皆さんにとっての大切な「締め切り」の一つになれたら、と改めて思いました。

【十句選】

マスクして何かいいことないですか   幸久
 マスクをかけた人には、どうも話しかけにくい。風邪予防や防寒なのだろうが「今は元気がない」「話しかけて欲しくない」とマスクで主張しているようで。それが「何かいいことないですか」と向こうからこられたのだから、答えに戸惑う人の顔が思い浮かんで可笑しい。

淡雪や表札小塚明朝体   伊藤五六歩
 小塚明朝体というフォントがあるらしい。詳しくは「小塚明朝とは、小塚昌彦が制作指揮を行いAdobeが作成した明朝体の和文OpenTypeフォント。AdobeReaderなどのAdobe製品に付属している」と、インターネットにあった。たとえば、洒落た打ちっぱなしの壁の家の表札を思い浮かべた。淡雪は、春の雪。表札に触れてはすぐたちまち消えてゆくはかない雪と、小塚明朝体という現代風の字体の取り合わせに惹かれた。

草の絮つかんで逃がし手の温み   まゆみ
 最後の「手の温み」がいいと思う。逃がした手に残っているのは、自分自身の温もりのみ。風にのって流れていく草の絮には、ずっと掴んだ人の温もりが残っているような気がする。

公団の庭に木の実の粒ぞろい   さち
 公団と木の実の取り合わせが面白い。公団住宅の庭には、椎か橡とかの木があるのだろう。拾うごと、木の実が粒ぞろいなのに満足。この時期はことに、この公団に満足な気分になれるのだ。

凍蝶を枯山水に活けてある   川嶋ぱんだ
 枯山水の庭に、動かない凍蝶。「活けてある」の表現がシュールで、色彩は無いのに、凍蝶が枯山水に華やかさをもたらしたような気がする。同じ作者の<久留島氏今日も六花を愛でている> は、個人的に受けた。博士のような、船団の久留島氏が雪を愛でる横顔を思い浮かべてしまった。

とつくりのセーターのため首がある   せいち
 もう「とっくり」ではなく「タートルネック」かなあ、現代は。とっくりセーターを着た時の首への過剰な意識が、「とっくり」という言葉を使う年代の人にはあるかも知れない。と、若気なことを言っている私も「とっくり」と口に出して、「しまった!」と思うことがしばしばある。

十四歳皇帝ダリアの夢を見る   Kumi
 「十四歳」でないといけないだろうか。「十五歳」「十八歳」では?と悩んだ。結局は十四歳という年齢と、聳え咲く皇帝ダリアの高さと言うか落差に納得した。皇帝ダリアにまだ季節感が持てないこと、人により好き嫌いがはっきりしていることも、返ってつかみにくいこの句の魅力となった。この花の夢を見ている寝顔は、安らかだったろうか。

花梨の実テニスボールになるらしい   岡野直樹
 花梨の実は、確かに色がテニスボール色。それに、ラケットに跳ね返されて楕円となって飛ぶのも花梨の形のようだ。テニスボールには、ならないけれど。

やさしそうに君は時雨を連れてくる   瀬紀
 待ち合わせたいた「君」がやって来たら、急に降り出した雨。まるで、「君」が連れてきたように頼りない雨だ。時雨に合って困ったように肩をすぼめてくる君の姿が、やさしそうに見えたのかも知れない。

数へ日の家を踏台連れ歩く   雪子
 もう直に数え日。持ち歩くではなく、連れ歩くとしたところに「踏台」がすっかりこの人の助っ人になっている日々が伺える。普段は見て見ぬふりをしている場所の整理整頓に、踏台だけは黙って従ってくれる。


2015年11月25日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 寒くなってきました。2015年の「流行語大賞」ノミネートが発表されていますが、そのひとつ、芥川賞を受賞した『火花』の作者、又吉直樹氏は堀本裕樹氏とのタッグで『俳人と芸人』という著作を出しています。バラエティでは、夏井いつきさんが辛口先生としてブレイク。いつになく俳句に関わる話題が、人々の関心を引いた年でもありました。
 そんななかで今回の投句は171句。常連を中心に、目移りする句が並びました。

【十句選】

三島忌や星間を飛ぶ冥王星   伊藤五六歩
 老いを否定し、戦後日本のある部分を否定し、衝撃的な最期を迎えた文士を悼むように、冥王星が移動する。壮大な句です。

諍ひは柿の種から猿酒   素秋
 季語が重なるか、という質問もありましたが、猿酒が優先なので問題なし。「柿の種」をあのお菓子ととらえるならおつまみのやりとりでケンカを始める難儀な酔っ払い(の猿?)という感じで楽しい。実物の柿の種、だとさるかに合戦になりますね。

踏切の閉じる音する秋の海   たいぞう
 やや常套的な感じもしますが、聴覚から視覚へ、なだらかな連結のできている句です。

カレーパン枯野がすこし湿りたる   さわいかの
 カレーパンと枯野が閉めることには何の関係もない、ところに、おそらく言葉遊びで連絡するところが面白い。「湿りたる」と文語でつかうなら「枯野の少し湿りたる」。

愛の部首知らずに渡る歩道橋   糸代みつ
 「その心は?」「心知らず」というところでしょうか。無季句になると思いますが、すこし面白い。

石畳のどくろの白さ秋の昼   紅緒
 どくろが石畳に描かれている? かなり不気味な「秋の昼」。作者はどこを歩いているのでしょうか。

 ところで、このドクター欄では、いわゆる俳句指導でありがちな「添削」は最小限にとどめたほうがいいと思っております。むしろ技術的にはやや見劣りしても、面白い句、類想を離れて発見のある句を紹介しているつもりです。
 ただ、やはりもう少しテクニックを加えると、ずっとよいのに。と思う句も多くあります。今回はそんな句に「もう一工夫」の提案をさせていただきます。

おむつした猫抱きゆく秋祭り   加納綾子
 この猫、老齢なのか、病気なのか。滑稽かつ、やや哀れな風景ですが、「〜〜した」は説明的。俳句は短いので、余計な説明を嫌い、省略を駆使します。「秋祭おむつの猫を抱いてゆく」としてはいかがでしょうか。

石蕗黄なり寝惚け喉へと薄荷飴   大川一馬
 上五で色彩がぱっと示されるのが、意表を突かれ面白い。「喉へと」の「と」が説明的なので「寝ぼけた喉へ薄荷飴」としてみます。

あの人は菊の化身にあの道で   西村冬月
 菊の精は能や中国怪談にもあらわれますが、「菊の化身に」とは、菊になったのか、菊の化身になったのか、あいまい。「あの人は菊にあの時あの道で」などはいかがでしょうか。

冬の海あっ、切口が見つかった   ∞
 海を見ておもわず。大変よくわかる気持ちいい句なのですが、その切り口を、具体的な俳句にして下さい。

【選外佳作】

どっと沸く笑いの渦に冬の雷   茂
 「どっと沸く」の説明な感じも気になりますが、笑い声と雷では、どちらも大きな音でうるさいので、別の冬の季語にしましょう。

引かれ行く飛行機雲や冬に入る   まゆみ
 飛行機がそのまま冬に入るようで悪くない句と思いますが、この季節にはありがちな光景。

牡蠣鍋のぷるるんぷるん寄っといで   せいち
 牡蠣鍋の魅力。擬音が楽しいのですが、まあ、コラーゲン、というところでしょうか。

積み石の野仏となり秋蛍   たいぞう
 やや古めかしいのが欠点かと思いますが、雰囲気のあるいい句です。

ハムカツを食うて柴又時雨けり   隼人
 良くも悪くも、柴又、下町ってこんな風情なのだろうと納得します。

城下町の厠変わらずにんにくかずら   紅緒
 面白いのですが、臭いの連鎖は、ややしんどい。上六でもたもたするのも、気になります。


2015年11月18日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 姑から「いい葉ボタンがあったから買っておいたよ」という電話があったので、さっそく貰いに行きました。緑や白や紫色の、縮緬を巻きつけたような葉ボタンは、いかにもお正月という感じを醸し出しています。
 先日の雨がすっかり上がって翌日は上天気。葉ボタンの渦のなかにきらりと光るものを見つけました。数ミリ大の雨の雫です。雫のダイヤモンドを壊さないように、そっと鉢を軒下に移動させました。今年もあとひと月とちょっとです。ああ、なんだか焦ってくるなあ。

【十句選】

小春日や自画像にある耳の傷   伊藤五六歩
 まずゴッホの自画像を思い浮かべました。しかし、それにこだわらない読みも可能です。むしろそのほうがいいかもしれません。季語が小春日ですから。昔、ラグビーの試合中に作った傷なんていう読みも面白いですね。

鳥籠の鍵をかけない冬ごもり   紅緒
 不思議な感覚の句です。中の鳥はどんな鳥でしょう?あるいはもう鳥はいないのかもしれません。南国に住む私には本当の「冬ごもり」の大変さがわからないのですが・・・。厳しい冬の間を鳥と心を通わせて過ごしているとも考えられます。いろいろな読みができるという点で頂きました。

ラジオにも西高東低気圧かな   加納綾子
 無季の句ですが、「西高東低の気圧」には冬の季感があると思います。ラジオにも西高東低の気圧があるという発想に驚きました。ユーモラスですね。

銀杏は京都弁なり婚姻期   酒井とも
 結婚の季節、京都弁の似合うおしとやかな女性があちらにもこちらにも。匂いの強烈な銀杏さえも京都弁。断定の効いた楽しい一句です。

法隆寺からだのなかに柿がある   さわいかの
 法隆寺といえば、正岡子規の「柿喰へば鐘が鳴るなり法隆寺」。さわさんの句は、その後の柿が詠まれています。子規の真似をして柿を食べたあと、そぞろ歩きしている人の姿が浮かんできます。

好きなだけ貰ふ大根引きにけり   たか子
 きっと豊作だったのでしょう。「好きなだけ持って帰って」と言われて、大根引きに精を出しています。この人間関係がいいなあ、と思います。この光景を素直に詠んだ句もまた、いいなあ、と思うのです。

極極秘極極極秘ひょんの笛   秋山三人水
 「いすのき」の葉にできた虫瘤。その中の虫が出た後のカラの虫瘤が、ひょんの実。「ひょんの笛」。今では、ほとんど見ることもないし、子供たちが吹くこともなくなりました。大小様々な笛の形は、「極」という字に似ているかも。あちこちに転がっているひょんの実、また「ひゅーひゅー」と鳴るひょんの笛を漢字の連続で表現しています。

オルガンのまた出だしより小春空   瑠璃
 オルガンを習っていた子供の頃を思い出しました。ピアノではなくオルガン。うまく弾けなくて、出だしから何度も練習している幼い子どもの姿が、生き生きと浮かんできます。「ぱふぱふ」という独特の音が、小春の空に広がります。

冬の朝カモシカみたいなおじいさん   糸代みつ
 おじいさんのイメージを見事に裏切っています。ステレオタイプからの脱出。句作の時にいつも考えておきたい事です。冬の朝に、さっそうと現れたスレンダーなおじいいさん。カッコいいですね。

被災地に通ふダンプや木守柿   紫
 被災地に通うダンプ。大型車の運転は緊張をともないます。行先が被災地となると、責任の重さもまた半端でありません。木守柿を背景に復興のための仕事が黙々とこなされています。木守柿とダンプの取り合わせの妙。

【その他の佳句】

しぐるるやみな前を向く映画館   伊藤五六歩
木犀やチャックベリーの音みつる   太郎
コスモスよチャイムが鳴ったら座りなさい   岡野直樹
ふる里を遠くに妻ととろろ飯   たいぞう
ハモニカの音色遠くにアキアカネ   スカーレット

【ご質問について】

納骨の墓にさらさら秋の風   草子
 ○質問内容
 「秋の風」は「白き風」の方がより気持ち的にはぴったりなのですが、季語として無理があるか?とやめました。この点はどうなのかお聞きしたいのですが・・
 ○ドクター回答
 草子さん、こんにちは。納骨の時のやりきれない気持ち、哀しみ、それらが白い風だという気分、とてもよくわかります。ただ、季語「秋の風」には白い色も含まれていますので、ここは「秋の風」でいいかと思いますが、いかがでしょうか?


2015年11月11日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 11月になり、早いもので今年も残り2か月足らずになりましたね。これから紅葉も見ごろを迎えるので、今年は近くにある功山寺や東行庵の紅葉をゆっくりと観に行きたいと思っています。
 今週もたくさんの投句をありがとうございました。

【十句選】

山茶花や厩舎の馬の微動だに   伊藤五六歩
 何年か前に乗馬を数回体験したことがあります。たったそれだけの経験ですが、ふとした時に厩舎の雰囲気や馬の佇まいなど懐かしく思い出すことがあります。少し空気に寒さが混じってきて、馬もじっと動かずにいるのでしょう。山茶花と厩舎のある風景が目に浮かびます。

十三夜雲に収まり寝ることに   山畑洋二
 十三夜の月が雲に隠れて見えなかったのでしょうか。月が雲の中で寝ているので、見えないかと待っていた作者もあきらめて寝ることにしたんでしょうね。そう言えば、先月末あたりは月がとても綺麗な夜が続いていたので、毎晩空を見上げていた気がします。

白ねずみ黄ねずみ走る星走る   川嶋ぱんだ
  「黄ねずみ」は「ピ○チュウ」のことで合ってますよね?ねずみも星も走る夜空って想像しただけで楽しくなります。流れ星をまた見たくなりました。

決断はいつも例外流れ星   秋山三人水
 流れ星に願い事をする、というのは定番ですが、「決断」もアリですね。何かを決めなければならない場合、大抵幾つか選択肢があってそれからの決断になることが多いのでしょうが、そうではなくて選択肢にないケースを選んでしまうこともあると思います。私にはよくあることなので、とても共感しました。

秋夕焼あそこへ俺を置きに行く   せいち
 燃えるような秋の夕焼けは格別で、見ていて胸がいっぱいになります。夕焼けの中に自分を置きに行くという発想が新鮮ですね。

片頭痛ごろりと柿の冷たさや   加納綾子
 片頭痛はつらいですよね。吐き気を伴ったりして、経験した人ならよくわかると思います。そのつらさを柿の冷たさがやわらげてくれるといいんですが。「ごろり」が柿の形状と相まって、自分のままならぬ身体であるともとれます。

捨て南瓜ふるさとに父母寄り添いて   酒井とも
 田舎でひっそりと暮らす年老いた両親と、収穫されずに捨てられてしまうカボチャが目に浮かびます。ノスタルジックな句ですね。

ネクタイの偉大な太さ文化の日   さわいかの
 太いネクタイを誇らしげにしめている男性が文化の日に何か表彰でもされるのでしょうか。「偉大な太さ」が効いていていいですね。ネクタイの幅に流行があると聞いたことがありますが、今のトレンドはどうなんでしょうか?

地図に無き道を口笛冬菫   瑠璃
 地図にも載っていないような道を行くのは少し勇気が要るし、怖いと思いますが、それを楽しんでしまえる余裕があるととてもいいですね。冬菫も応援してくれているようで素敵です。

秋の蚊の通行人になりきって   紅緒
 秋の蚊は少し弱っているようだけれど、刺されると夏より痒いと言われますよね。人通りの多い場所に紛れ込んだ蚊が、すまし顔で人の間を行き来している様子が浮かびます。蚊を擬人化している発想が面白いですね。


2015年11月4日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 朝晩がすっかり寒くなりました。皆さんは体調を崩していないでしょうか。せっかくの秋です。美味しいものをたくさん食べて、風邪などひかないようにしてください。それでは今週の十句選です。

【十句選】

干柿は白く粉ふき不思議なり   石塚 涼
 下五の一考が必要です。「不思議なり」では、ただの感想で留まっています。

季語として影薄れ来し神嘗祭   大川一馬
 こちらの句も感想を17文字にまとめただけであり、川柳的です。上五の「季語として」を一考してください。

木守柿平和賞には第九条   素秋
 基本的な取り合わせの俳句です。ただ、中七以降の言葉が強すぎて、「木守柿」がはたして季語として効いているのか。関連性の無い言葉同士をくっつけるのが取り合わせの技法ですが、言葉の持つ意味の強さのバランスを考えることも大切です。

秋の空どこまで伸びるろくろ首   茂
 「天高し」を思わせる気持ちよさのある句です。しかし、下五の「ろくろ首」で台無しになっています。ここであえて妖怪を出さなくてもいいでしょう。

秋刀魚買うツタンカーメンだったのよ   さわいかの
 何が「ツタンカーメン」なのでしょうか。秋刀魚なのか購入者なのか。また、そのどちらかが分かったとしても、「ツタンカーメン」だから何なのか、その関連性がよく分かりません。

マンホールにふいと消えたし秋深し   加納綾子
 「消えたし」・「秋深し」と韻を踏んでいてリズムが良いです。しかし、意味として「消えたし」と一度切ったあと、また「深し」と切れてあるので、二段切れの印象を持ちます。

逆さまのセエタア着てし暮の秋   糸代みつ
 近年、ら抜き言葉が世間一般に浸透し、市民権を得ていることから、文法的なことはあまりとやかく言わないようにしています。しかし、掲句の「着てし」は引っ掛かるものがありました。恥ずかしい話、文法を熟知しているわけでがないので私が間違っているかもしれませんが、「着てし」を正しく直した方が良いでしょう。

唇のゆうやけこやけ朝帰り   糸代みつ
 「ゆうやけ」とあったあとに「朝帰り」とある所が不可解です。景がバラけているので、主に置きたい景をはっきりさせましょう。

秋の蚊の撲滅出来ず首痛し   意志
 「秋の蚊」を倒しきれないことと「首が痛」いことの取り合わせですが、あまりピンときません。取り合わせ方に一考が必要でしょう。

ミルクティー秋の鴉は電線に   意志
 せっかくオシャレな雰囲気のあるミルクティーなのに、その景が「電線」だったり「鴉」がいたりするのは、やはり不気味さがあります。もう少し清々しい景にしてください。