「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2016年10月26日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 いつまでも「残暑」かと思っていたら、にわかに「そぞろ寒」くなり、気が付けば「晩秋」。いうまでもなく秋は立秋から立冬まで、別に涼しくなったから秋なのではないですね。
 俳句の基本的なルールとして、季節をできるだけ当季(いまの季節)で句を作る、ということがあります。俳句が「座の文芸」だといわれるひとつですが、「今」共有できることを大切にしているんですね。もちろん実際は朝顔(初秋)が十月に咲いていることもありますし、秋になれば紅葉(晩秋)の句はよく作ってしまいますから、必要以上に厳密になることはないと思います。ただ、せっかく季語を入れているのに冬の季語や、逆に夏の季語を使っていると、やはり違和感があります。短詩のなかでわざわざ季語を使う意味は、ときどき立ち止まって考えなければいけないな、と思っています。
 今週の投稿は154句でした。

 ※ 十句選及び選外佳作欄の一部掲載作品の解釈に基本的な誤解がありましたので記事を修正しました。

【十句選】

柿剥きて器にくるんくるんかな   二百年
 笑ってしまいました。皮を剥いた柿が、くるん、と器に盛られている様子がうまく出ています。

これは山羊いやいや羊秋桜   酒井とも
 ふれあい動物園、といった情景が浮かびます。正直な言葉が、そのまま句になる典型。

小春日のことば遊びの中にをり   まゆみ
 小春日はもうすこしあと、冬の季語ですね。冬に春を感じることも言葉遊び的。

「ありがとう」ばかり言うなよ秋桜   空見屋
 お互い様だ、気にするな、というところでしょうか。秋桜がさわやか。

算数にがんじがらめの子へ林檎   汝火原マリ
 「算数にがんじがらめ」という表現は慣用句がそのまま使われているだけで、実は失敗しやすいパターン。しかし最後の「林檎」が爽やかで、とても具体的に想像できるのがいいですね。

何処までを三枚にして鰯雲   茂
 鰯雲を三枚に、というのは鰯という言葉にひきずられた発想で、失敗しやすいパターン。しかし「どこまでを」という言い方で謎が残り、面白くなりました。「どこまでを三枚にする鰯雲」などの形もありえます。

鱗雲乗り間違えた孫悟空   岡野直樹
 鰯雲だとうまく乗れず落ちてしまうんでしょうね。

遠くへは行かないほうがキリギリス   秋山三人水
 行かないほうがいい、のか、どうなのか。答えは言わず、キリギリスの声のみ響く。

東京のおむつは汚物に西鶴忌   さわいかの
 に、の一字がなぜあるのか、音数も乱れるし、意味もないので疑問です。「東京のおむつは汚物」と断定したほうが印象的ですし、使ったおむつが「汚物」扱いされている、という違和感を読者に問題提起できそうに思います。

【選外佳作】

 今回の選外佳作は、やや類想に流れがちではあるものの、うまく一句の世界をつくりあげた句をとりあげています。

まどろめばちやちやんがちやんと豊の秋   幸久
 「ちゃちゃんがちゃん」という擬音、なんの音かな、と考えたのですが結論が出ず。具体的にパッと思いつけば、もっと好きになったかもしれません。

一昨日の珈琲の味重ね着す  ヤスジロー
 コーヒーの味とともに思い起こされる記憶。誰かとの会話なのか、一人で楽しんだのか。楽しい記憶か、苦々しいものか。いろいろ想像させる、うす寒い季節。

吾輩はロンドンの霧にはならぬ   素秋
 NHKで放映されていた夏目漱石のドラマ、なかなか秀逸でした。この句も、ロンドンになじめなかった漱石のことかと思いますが、やや説明的ともいえます。

瓢箪の中でうたたね昼の風   紅緒
 季語としての瓢箪は、実として成っているもの。入れ物の瓢箪とすれば、仙人画のようですが、まあ類想的。まだ青い瓢箪が風に吹かれて揺れている昼下がり、というのがいいと思います。

哀れ蚊をゆるく手打にしたりけり   戯心
 時代劇的、あるいは小林一茶的ともいえます。蚊、だけでは夏の季語ととるのが王道。

銀杏散るなかに博士とハチ公と   眞人
 ハチ公の飼い主は、上野英三郎という東京帝国大学教授だったそうですね。

曇天の秋の大山園児服   いつせつ
 うーん、曇り空を園児たちの服が明るくしてくれたという光景ですが、全体的に説明的で「秋の大山」や「園児服」という言葉の使い方が雑すぎます。たとえば秋の曇り空は「秋曇」、園児たちが公園にいるのは「遠足」と、それぞれ季語になっています。改作するとすれば「園児らの服明るくて秋曇」「大山を晴らすや遠足の子ども」などでしょうか。これも類想がありそう。


2016年10月19日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 秋晴れの日が続いています。先日は、家のすぐ近くにある幼稚園の運動会が賑やかに行われていました。私は、ベランダを特等席として洗濯干しの合間の見物です。かけっこでは、スタートラインに立つ園児一人一人の名前が読み上げられます。今風のキラキラネームが秋天に吸い込まれていきます。運動会の弾み心、いくつになっても楽しいものですね。

【十句選】

小鳥来る口語の源氏物語   せいち
 原文の源氏物語に挑戦していると「須磨」あたりで挫折する人が多く、「須磨帰り」と言われているのだとか。口語で読む源氏物語の心安さは小鳥のさえずりの心地よさに通じる。

潮焼けのをんな加はる浦祭   今村征一
 浦祭の活気が伝わってくる。海の仕事を生業とした逞しい女たちが加わってこその「浦祭」である。

ははの描く月のでかさよ明るさよ   たいぞう
 「でかさよ」に惹かれた。「大きさ」では母の素朴さが伝わってこない。月でありながら「明るさよ」と断定したところもいいと思った。

無患子につながつてゐるジャズ喫茶   幸久
 落葉高木の無患子(むくろじ)は、真っ黒な堅い実をつける。この実はお正月の羽子の球に使われる。無患子とジャズ喫茶との出会いにドキッとした。両者は無関係だが感覚の上でうっすらと繋がっている気がする。取り合わせの妙。

コスモスや赤い電車が飛んで来る   古田硯幸
 コスモスが揺れている。あたり一面コスモス畑である。傍を線路が走っていて時折、電車が通過する。作者は座っているのだろう。視線がずいぶん低い。低いから電車が飛んで来るように見える。赤が効いている。

枯蓮を眺めつつ形変わりつつ   二百年
 「形変わりつつ」がいいなと思う。人間が軟体動物になったみたいで面白い。「水や雲の形が変わる」と読むと別の景が立つ。

英字紙に包む焼芋持ちくれし   みさ
 焼き芋が実においしそう。昭和の匂いが濃厚な焼き芋が英字紙に包まれている。持ってきてくれた人の心遣い。おしゃれなスイーツよりもこんな差し入れがうれしい。

都会より二百十日のメール来る   ヤチ代
 二百十日の頃は、気候の変わり目で暴風雨の襲来することが多く、農家では厄日とされている。都会に住む子供からのお見舞いメールだろうか。都会と農村の対比が面白い。

菊日和高値の壺に手を出して   中 十七波
 秋晴れに誘われて出かけた先でつい高値の壺に手を出してしまったトホホ感が面白い。それも笑い飛ばせるほどの素敵な菊日和である。

恐竜の転がる庭や秋の声   スカーレット
 シュールな句。恐竜が転がっているのは、外国の大きな城の庭だろうか。秋の声には古代の気配が漂う。大胆な発想が楽しい。


2016年10月12日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年は十月に入ってからも暑い日が続いたり、台風が連続して発生したりで、本当に今までとは違う天候に体調も狂いがちですよね。でも、やはり秋は訪れてきていて、ちょっとした変化に気づくと何だか嬉しくなります。私の場合、「食欲の秋」だけはしっかりやってきていて、体重増加に悩まされる日々が始まりました。皆さまの秋はどんな秋でしょうか。

【十句選】

満月の四肢にほくろと肉球と   伊藤五六歩
 満月に照らされた四肢にほくろ、だけなら何となく艶めいた情景が浮かびますが、肉球も加わるとなるとほほえましい情景にかわりますね。または満月そのものを擬人化しても考えられます。

野良猫につかず離れず秋の蝶   谷 ゆり
 微妙な距離を保って飛ぶ蝶と、我関せずの野良猫が何とも言えない良い雰囲気を醸し出しています。これが例えば春の蝶ならもっとひらひらと猫にまとわりつく感じになるんでしょうね。

野に積まる石のひとつに秋蛍   たいぞう
 無造作に積まれた石に弱々しい光を放つ秋の蛍がとまっている光景です。大きな石と小さな蛍の対比が季節外れの蛍の侘しさを強調していますね。

ドーナツの穴に秋風通る朝   茂
 穴のないドーナツもありますが、やっぱりここはリングドーナツでしょう。秋の訪れを感じさせる風が、ドーナツの穴を吹き抜けていったという着眼点が面白いですね。

野ぶどう摘む母には母のお伽噺   紅緒
 母子でも知らないことっていっぱいありますよね。「母のお伽噺」は知りたいような知りたくないような複雑な気持ちなんじゃないでしょうか。野ぶどうがまたお伽噺とよく合っていると思います。

星月夜宇宙も吾も膨張中   眞人
 一読して谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」が頭に浮かびました。月が明るいとどうしても月に思いがいきがちですが、星の光で明るい夜には宇宙に思いをはせることもあると思います。

濁り酒唇舐めて嘘吐けり   みなと
 濁り酒というアルコール度数が高そうなお酒を飲みつつ嘘を吐くという情況は人生経験を重ねてきたしたたかさが窺えます。また、「唇舐めて」という表現もなんだか凄味が感じられました。

風嚢二重跳びして神の旅   紫
 風神が急いで出雲に向かっているのでしょうか。それともうきうきしながら向かっているのかな。「二重跳び」がなんとも楽しくユーモアが感じられますね。

旅の荷を仕舞ふゆるりと秋の蝉   まどん
 盛夏の頃とは違い、立秋を過ぎてから聞く蝉の声は心なしかしみじみとして聞こえます。楽しかった旅を終え、ゆっくりと荷を解きながら聞こえてくる秋の蝉の声は少し寂しく聞こえてきたのではないでしょうでしょうか。「ゆるりと」が秋の蝉にかかると、少し違和感があるので、「ゆるりと仕舞ふ」にかえてみられてはいかがでしょうか。

爆発の苦瓜下がる軒端かな   瑠璃
 気づかないうちに熟しすぎて収穫時期を過ぎた苦瓜は割れてしまいますよね。本当に「爆発」といった感じです。収穫されず割れてしまった苦瓜を発見した時の気持ちはどんなものだったんでしょうか。


2016年10月5日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 雨の多い日々ですが、秋らしい気候になってきました。曇のち晴れ、天高い空がもうじき見られるでしょう。それでは今週の十句選です。

【十句選】

一切れの西瓜を買へば家遠し   伊藤五六歩
 「西瓜」を早く食べたい気持ちや、一種の切なさが、「一切れ」の言葉でよく表現されている。

電話からしばしだるだる秋の風   さわいかの
 「だるだる」はダルいの意でしょうか?何であれ、「だるだる」の不思議さや可笑しさ、そして口承性のある点が良い。

秋天やドカンと一発ブチかませ   ロミ
 何を「ブチかま」すのですか?よく景が見えません。

白桃や優しくやさしく触るるなら   素秋
 「白桃」と「やさしく」が近しいように感じますが、リフレインを使い、また、表記を変えているので、ギリギリセーフといったところでしょうか。

天高し唯今マイクテスト中   今村征一
 爽やかな一句ですが、全部の言葉が近い。ありきたり。

りんご剥くをみな艶めくうなじかな   今村征一
 官能的な一句ですが、これも前の句同様にありきたり。

目頭の急冷二百十日かな   酒井とも
「二百十日」を取り合わせたことで、「急冷」という言葉がより生かされている。

ほくろから毛が生えてゐる残暑かな   幸久
 不気味さがあるが、そう思わせるだけの力を持っている一句。「残暑」が効果的に作用している。「ゐ」も表記として生きている。

梨二切残して先に家を出る   岡野直樹
 「二切」に、ちょっとした優しさを感じる。一方で、哀愁も感じさせる。その点が絶妙。

人口密度一気に上げし案山子かな   瑠璃
 皮肉さが面白い。また、密集している「案山子」 の様子も面白い。


2016年9月28日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 台風が多いですね〜。8月22日の句会が10号で流れたのをきっかけに、2度も吟行が流れてしまい散々でした。台風と共に夏の記憶が遠くなって、これが掲載の頃は「秋深し」になってしいるのかも。
 さて、今回は137句よりの10句。わかりやすさいよりも、句の内容に重きをおいて選句したように感じます(結果ですが〜)。これも秋のせいか〜。妄言多謝。

【十句選】

肌寒や筋肉質のベジタリアン   伊藤五六歩
 筋肉質のベジタリアンがいいですね〜。確かに、そんなイメージですもんね。肌寒がやや説明的に響きましたが、どうでしょう。

前進の別れに訪いし花のみち   茂
 「前進の別れ」の意味が取りにくいのですが、たとえば独立するための退社や、ポジティブな離婚!、腐れ縁のグループから離脱する、ような事かと想像しました。「訪いし」はなくてもいいかも。「花のみち」は、「花野道」なのだと思いますが、掲句の表示は「花野」を連想しにくい。たとえば「前進の別れなるかな花野ゆく」とか、いろいろある所です。

天高し太鼓連打の大反身   太郎
 大反身が言い当てた言葉だと感じます。ふつう「反身」はソリミと読むようですが、ハンシンもあるようなので、ダイハンシンと読むのでしょうか。オオソリミと読むのもカッコイイかも。この夏、弘前ねぶたを見て、まさにこの光景を目の当たりにしました。

秋の灯や一斉に消ゆ外科病棟   太郎
 入院した時のことはもう忘れてしまいましたが、確か9時頃に消灯になったように記憶しています。まさに、景が浮かぶ句。外科病棟がドラマを感じさせジャストヒットです。細かいことですが、「消ゆ」の終止形で一度切れているので、「秋の日の〜」とされた方がいいように思います。

スーインの裾のスリット断腸花   大川一馬
 実は、意味わからなかったのですが、「す」の連続でひっかかる句でした。ググったら、スーインさんは、映画「慕情」の原作者。中国人とベルギー人の間に生まれた。「断腸花」が、思わせぶりな季語。これもググってみたら「秋海棠」のこと。なぜこう呼ぶかは不明らしいが、スーインさんの人生のドラマを感じてカッコイイと思った。

ゴーヤーの背中流せばゴジラの子   紅緒
 なるほど、そうかも知れないと思いました。こういうのは「ごとし俳句」にする事が多いように思います。そうしなかったので、子供のはやし唄みたいになりましたね。

進み癖つきし時計や秋深む   眞人
 「進み癖つきし時計」が新鮮でした。でも、もしかしたらすでにあるのかも知れません(失礼ながら〜)。「秋深む」が動くように思います。考えてみてください。「進み癖つきし時計」よりも「進み癖つきたる時計」とされる方が正確なように思います。すいません、いろいろ言って。

御仏のうてな火事です曼珠沙華   瀬紀
 良くできた句で、良くできた句を読むと、既にあったかな〜と思う悪い性格になってしまって申しわけないです。たぶん曼珠沙華の世界感がそうさせるのだと感じます。「火事です」の口語が、その辺を救っていると思います。

漱石の本の中にをり長き夜   まゆみ
 長い夜のステキな世界だと思います。ただ中八がもたつきが気になります。「漱石の本の中なる長き夜」とかや「長き夜や漱石本の中にをり」のようにされた方がいいのでは。

水澄みて足もピンクやフラミンゴ   ヤチ代
 9句選んで、あと1句にこれをいただきました。フラミンゴの足がピンクというのは当たり前ですが、「水澄みて」で足もとに注目させたのが良いと思います。「足も」で素直なのですが、「足が」もあるか〜。

【惜しくも十句に入らなかった句】

善悪の彼岸に咲いて死人花   伊藤五六歩
 曼珠沙華の世界感を上手に表現していると思いました。

ねじ式の窓濡らしたる月明かり   伊藤五六歩
 つげ義春の世界ですね〜。好きです。

爽やかや受話器が風を伝え来る   茂
 もともとが爽やかな情景なので、爽やかや〜と言われてしまうと、読み手の楽しみがなくなってしまうように感じました。

山宿の廊下のランプ霧時雨   太郎
 ランプの宿の静寂と豊かな静寂。時雨のように深くたちこめた「霧時雨」のチョイスがいいと思いました。

刺されさう寸鉄人にあぶれ蚊に   翠柳
 ちょっとした武器で人を刺す「寸鉄人を刺す」という言葉があるんですね〜。その受け身で「寸鉄人にさされそう」となってるのですが、そこにあぶれ蚊も加わって、アタマにスッと入ってきませんでした。

この世さへわからぬ吾に彼岸花   泰作
 この世は無常という事でしょう。年配の和尚さんなどに言われると、な〜る、と思ったかも。

補聴器をクリーニングし秋の声   眞人
 補聴器の俳句は初めて見ました。掲句は季語が近すぎる。でも、補聴器の句を作ってみたくなった。

以上です。
季節の変わり目、みなさまご自愛のほど。


2016年9月21日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 八月の記録的な暑さと迷走する大型台風などで、今年は遠い山を断念。近くの六百メートルクラスの低い山を繰り返して歩く。源流を目指し谷川沿いを登ると、キツネノカミソリの黄赤色の花とであう。そのたたずまいの静けさが印象に残る、秋の季語の好きな花の一つ。

【十句選】

鉄条網越えてカンナに届く風   鸚儘
 独断かもしれないが、カンナには乾いた、熱い風が似合う。内戦の終えない乾いた、熱い国の悲劇を問いかける、報道写真のように重量級の一句。下五には『風届く』の選択肢も。

赤のまま母は叱らぬひとでした   たいぞう
 『赤まんま』の語のから浮かぶ映像には、ままごと、赤飯、メルヘンなど。これらのイメージがそのまま結晶し物語となったような一行詩。サトウ・ハチローを思い出させる。

彼岸花貯金年金後妻業   秋山三人水
 漢字だけの字面と語感、端正な五七五、老後への関心事、話題の映画作品。金が敵の世渡りに、曼珠沙華までが金のなる木に見えてくる。実験への意欲、挑戦状のごとき一句に快哉。

葡萄買う十五で逝きしおとうとへ   谷 ゆり
 往時、葡萄はまだたかねの果物。みずみずしい葡萄をと、あれほど欲しがっていた弟に、ついに望みを叶えてやることができなかった。デパ地下は、そんな弟との出会いの場。

茎吹いて咲かす妖怪桔梗に   紫
 下五を『きちこう』と読んだ。勢いを伴って五裂する桔梗には、此の句のように『花咲か妖怪』が茎に取り付き、生暖かい魔法の息を『プッ』と吹きかける様が、確かに見える。

アクセント可笑しいですか葉鶏頭   紅緒
 青い目の留学生か、地方出の苦学生? まじめ顔が正視して問いかけてくる。その後ろ、丁度目と同じなの高さには、握りしめたハンカチのように鶏頭花。くしゃくしゃ感が可笑しい。

上段の棚田のまぶし秋桜   茂
 緩やかな谷の頂部や窪地を縫うようにして、棚田が広がる。見上げる棚田には、ハーベストゴールドの稲穂とコスモスの彩色が光のパッチワーク。風はいま、バロックの管楽器。

けん玉の宇宙遊泳天高し   をがはまなぶ
 けん玉道競技に『宇宙遊泳』の種目があるらしい。でも此の句、拳と玉とが糸で結ばれて秋空を浮遊する様を、スペースシャトルと宇宙飛行士の中継画像に重ねた。そこにロマンを見た。

きちきちや膝の子パパとよく喋る   瑠璃
 手に掴めばステルス戦闘機のように不気味な形。だが、草はらや庭先を飛ぶ姿は可憐。バッタのそんな一面を、児と父親の会話に定着させた。とりわわけ『膝の子』の措辞が秀逸。

いわし雲子猫に負けぬ子のあくび   鷲津誠次
 『いわし雲、子猫、子の』と、同質の対象を並列させて景がはっきりと見え、音感も心地よい。でも、同質ゆえのまとまり過ぎや、予定調和に留意することも必要かもしれない。

【注目した五句 】

振り向けば振り向いてゐる遠案山子   伊藤五六歩
 懐かしい田園の景。『かがし』がさらにリアルな表情を見せると、句はより深い詩情を。

良宵や湯宿に聴ける紙芝居   みさ
 月光の窓辺に、紙芝居のシルエット。中七『聴ける』を、すっと読者に伝わる工夫を。

トムといふ守宮今宵も風呂の窓   素秋
 連夜の友に名前まで授けた男のユーモア。『今宵も』の句またがりも楽しが、やや冗長。

シベリアへ続く海原鰯雲   今村征一
 『シベリア』からは敗戦の史実など想起。海原と鰯雲は同類の広がりで、句の緊張を削ぐ。

天高しほろとこぼれり手巻寿司   中 十七波
 手巻寿司の親しみと、心もとなさが見事。中七『ほろ』に、多様なオノマトペへの挑戦も。


2016年9月14日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暑さもピークを過ぎ、朝夕涼しくなってきました。皆さんいかがお過ごしですか。
 イチジク、桃、葡萄、梨と、秋は果物のおいしい季節ですね。昔は旅先での水分補給にも果物は重宝されたようで、映画や小説には、旅中、果物を食べるシーンがよくあります。星野立子の〈桃食うて煙草を吸うて一人旅〉もきっと汽車の中でしょう。実りの秋、道中で食べた果物は、その土地の一番の思い出になりそうですね。
 さて、今回は150句の中から。(到着順)

【十句選】

次次にかなかならしく鳴きにけり   太郎
 蜩が鳴き始めました。確かに、蜩は他の蝉のように一斉には鳴かず、一匹ずつリレーするかのような鳴きぶりです。透明感のある高い声は、カナカナカナカナとはっきり聞こえ、かなかなは蜩の別名でもありますね。かなかながかなかならしく鳴くのは当たり前のことなのですが、「次々に」に発見があり、ユーモラスな句だと思いました。

ほどほどの望遠鏡に月ひとつ   二百年
 望遠鏡の倍率は、高ければ高いほどいいのでしょう。遠くの星も大きく見えます。けれども、掲句はほどほどの倍率の望遠鏡。見えるのは月ばかりですが、秋の夜には名月が一つあれば充分なのです。

鳩吹くや曲がり癖ある人の足   阪野基道
 両手を合わせてほうほうと吹き鳴らす「鳩吹」は、子どもの頃の遊びだったのでしょう。「曲がり癖ある人の足」は、「鳩吹」に集中する人の強い個性と存在感を表しているように思いました。或いは、鳩を吹きながらついつい目的地をそれてしまう人の足なのでしょうか。

前略と書くよりうまる秋思かな   今村征一
 「前略」と書き始めた途端、秋思が生まれました。秋思は秋の寂しさに誘われる物思いですから、自ずと手紙の内容にも思いが至ります。目の前にある真っ白い便箋が、作者の秋思の色とも思える一句です。

不知火やわが先輩に原田医師   眞人
 八代海は不知火海とも呼ばれます。この美しい内海におこった水俣病を、医師としていち早く公にし、患者のためにたたかった原田正純氏が自分の先輩だというのです。原田医師を親しく思い起こす方が、地元には沢山おられるのではないかと思いました。

一階と二階にひとりゐる夜長   眞人
 あえて一階の人と二階の人との関係を書かずに、抽象的に述べたところがよいと思いました。秋の夜長、それぞれが「ひとり」になって自分の世界に生きています。そうでありながら、もう一人がどのように過ごしているのか、ふと気になる秋の夜長でもあるのでしょう。

黒揚羽あの教室にいたあなた   岡野直樹
 黒揚羽は艶やかな印象を残す蝶ですが、色彩が無く影のようでもあります。「あなた」もまた影のような存在だったのかもしれません。けれども、今、懐かしく思い出すのは、目立つことのなかったその人のこと。記憶の妖しさを感じさせる句ですね。

八十路来て色に惑はぬ花野かな   戯心
 「私はもう八十年も生きてきたのだから、今更女性の色香に惑わされたりはしませんよ」といいながら、結句「花野かな」でぱっと花が咲きました。視覚的にも鮮やかな句です。美への感受性鋭い翁ならではの句だと思いました。

初紅葉彩色を待つ干支の鳥   中 十七波
 来年の干支はトリですね。紅葉と鳥の取り合わせの句ですが、初紅葉にも、まだ彩色されない白いままの素焼きのトリにも、初々しい未完成の美があると思いました。お正月の準備は、もう着々と進められているのですね。

狩衣のバッタ気になる地鎮祭   スカーレット
 狩衣を着ているのは、地鎮祭に呼ばれた神主さんでしょう。祝詞をあげながら、神主さんが周囲を飛び交うバッタを気にしておられるのか、それとも、神主さんの狩衣に大きなバッタがとまっていて気になるのか、……厳粛な地鎮祭でのユーモラスな一場面です

【その他の佳句】

手のひらに愁思の顎が乗っている   せいち
石の声聞きて離れぬ秋思かな   游鬼
立ち止まる事も知りたり曼珠沙華   谷ゆり
雲の峰人間は皆うそをつき   ロミ
爽やかや英語コミック読む童   をがはまなぶ
蟋蟀の羽立ててをりグランドピアノ   紅緒



2016年9月7日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 私が住んでいる松山市に「Monk」というライブハウスがあります。ジャズ通の知り合いを持つ友だちが、時々声かけてくれてライブを楽しみます。今回はTReS/トレス+oneのライブを聴くことが出来ました。女性サックス奏者の草分けだという早坂紗知さんと息子Rioさんのバリトンサックスの競演。ベースはご主人の永田利樹さんというご家族のトリオです。それにパーカッションの益子高明さんを加えた南米の音楽に心酔した夜でした。
 初めての私も、打ち上げに加えてもらいましたが、ベテランの益子さんが何げなく言われた言葉が印象に残りました。「聴き手には<インテリ>と<感性>と二通り居る。インテリはすぐに分析する」。そこへ二十三歳のRioさんが、「若い人にインテリが多いんですよねえ。僕はそういう友だちをやっつけます」と、身を乗り出していました。
 今週も、いろんな言葉に触発されながら選句をしました。

【十句選】

けんかしてレモンをひょいと投げれません   高木じゅん
 最後の裏切り感が良かった。投げようとして、相手の表情に喧嘩中だったのを思い出したような。ひょいとは受け取ってくれなさそうな、険しい横顔が目に入ったのか。

おもむろに陛下語りぬ残暑の日   大川一馬
 「おもむろに」がまさに「陛下の語り」。残暑の、今年の忘れ得ぬ日。もちろん、陛下が側近に語られるある残暑の一場面でもいい。

落下蝉辞・辞・辞といいて身仕舞いす   阪野基道
 ことに「身仕舞す」が、いいと思った。蝉が最後に発するジジジは別れの言葉であり、その身仕舞は簡素な気配もする。最初の「落下蝉」が説明してしまって惜しいかなと思う。「辞・辞・辞といいて身仕舞いす」と言えばきっと落下することは想像できるので。

BOYS BE AMBITIOUS胡桃割る   幸久
 誰もが知っているフレーズに「胡桃割る」を付けただけの句。極めて堅い胡桃を割る行為と、大志を抱けという、今では懐かしくも心の傷のように残る言葉の取り合わせが面白い。あの皺しわの胡桃を手のひらに乗せてみたくなった。

油照り太陽の塔もお手上げ   岡野直樹
 「太陽の塔もお手上げ油照り」とすれば、五七五のリズムに収まるのを、あえてこの語順にして、成功している。「お手上げ」と読み終えた途端、太陽の塔の両手が少し上がったような気がして、可笑しい。そういえば私は、小学校六年の時に出来たこの「太陽の塔」を一度も見たことが無い。大阪に行くことがあればきっと会いに行こう、と思いついた。

格下に頭を下げて女郎花   酒井とも
 相手を「格下」と決めつけているところに一瞬引いてしまったが、偉そうな態度の人を格下なのだと自分に言い聞かせて、我慢の頭を下げたのかも知れない。やさしい女郎花が、案外効いているように思った。

言ふことを聞かぬズッキ−二が巨大   みなと
 手元の歳時記にはまだ「ズッキーニ」は載せられていない。夏が旬だが、まだ胡瓜ほど身近な野菜ではないかも知れない。言うことを聞かないこととズッキーニが巨大であることは関係ないが、「巨大」に立腹感ある。

書類書くつむじに月の上がりけり   紫
 書類を無心に書いている感じがするのは「月の上がりけり」の時間の経過からだろう。「つむじ」に上がったのが面白いと思った。ともに残業をしているか、あるいは履歴書を書いている家人を見守っている人が気付いた「月」。

満員の百円バスや稲の花   瑠璃
 百円バスは私も利用したことがある。愛媛県北宇和郡松野町の「森の国バス」で、 運賃は距離に関係なく、大人も子どもも「一回100円」。バス停以外でもフリーで乗り降り出来た。町へ買い物か、あるいは病院へ行くお年寄りを家の前で拾っていった。杉山垣に沿って田んぼが続いていた。この句、利用度の高そうな「満員」がいいと思う。

切株のリスと空缶きのこ狩   中 十七波
 切株に空缶とリスが並んで座っている。最初に空缶が鎮座していたはずだから、そこにリスも乗って来た。空缶を邪魔ともしないで。きのこ狩りでは、こんな素敵な光景にも出会えるらしい。
 リスは栗鼠(リッス)の変化した語だと辞書にあった。リッスの響きも可愛いなあ。