「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2017年6月28日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 京都 上賀茂の深泥池(みどろがいけ)を訪ねました。食用に珍重された蓴菜(じゅんさい:夏の季語)は激減したが、氷河時代から残る浮島は、大きな姿を見せていました。外来植物を除去していたボランティア氏から、ガイドさながらの貴重な話を聞かせてもらった。
 近くの ふらんす料理店「ルルソン キボア」で、京の伝統野菜たっぷりのランチを楽しみました。 では、投句された皆さまの初夏の景を賞味させていただきます。

【十句選】

朝曇り油の匂ふ船溜まり   洋平
 朝曇りの散歩で訪れた船溜りでは、連夜の寝苦しさでバテ気味の小舟が舫われている。油膜の浮く水面に顔を出す小魚たちにも、気だるさの支配する朝の一刻。今日も厳しい暑に。

あ、なんかヘーゲルの匂い雷   黴太
 この奇抜さ、このラップの音感に脱帽、そして得心。晴れているのに、突然聞く雷鳴『日雷』を当てて、下五『雷(カミナリ)』の字足らずを補填することなど、無用だろう。

引越しもならず地球に夕端居   けむり
 夕刻、家の中の酷暑を避けて、縁や窓辺、ベランダに涼を求めたくなる気持ち、よく分かる。それが季語『夕端居』。地球はまだまだ、捨てたものじゃない。

ラジオから正午の時報実梅もぐ   たいぞう
 青梅を?いでいるときの芳香、ビロードに触れるみたいな指先の触覚。無心・陶然の境地に浸っていると・・・、異次元から響くかに『 NHK正午のニュースです 』と時報が。

薔薇揺らすラッシュアワーの都電かな   みさ
 永井荷風が生きていた時代、大正ロマンの東京市が、屹度 今日も、どこかの路地に息づいているはず。ノスタルジアを掻立てる東京の景。

夏炉焚き平家を語る漢かな   今村征一
 夏の山小屋ではないだろう。平家谷伝説が今に残る、深い山里に思いを馳せる。夏炉を炊き宴を準備しているのは、漢よりもむしろ、毛編み帽をかぶった若い男子が似合いそう。

牛百頭馬一頭と蛍飼ふ   紫
 里から上げてきた牛を、夏季限定で牧に放つ、南志賀あたりの高原の牛飼。星空を見あげて鉱泉につかると、傍らでホタルブクロの白が光を放つ。嗚呼、ユートピア。

赤子泣く泰山木の花の白   瑠璃
 薫りに誘われ大樹を注意して見上げると、中空に向けて咲く大輪の白花が。垣根を漏れて来る聞き慣れた赤ん坊の泣き声はもう、なんとなく一人前の元気声。

風鈴を吊るし始まる里暮し   中 十七波
 家族の皆が折れて、父の積年の夢をかなえさせ、里暮らしがスタートした。何処に隠していたのだろう、南部鉄器の風鈴を箱から取り出してきて、父は軒下に吊るし始めた。

するすると逃げ切る蜘蛛や水鉄砲   スカーレット
 鉄砲の格好の標的を発見! でも、掠れ気味な水の発射音を聞きつけて女郎蜘蛛のヤツ、自分のかけた糸を伝い、悠然と姿を消して行った。

【注目した五句】

南風吹く波平さんの一本髪   素秋
 サザエさんの父君の頭髪に最後の砦。事もあろうに南風(ミナミ)に嬲られて。

父の日の父に見せたい逆上がり   たいぞう
 ググッと鉄棒を躰に引き付けて、デキタ。遂に掴んだこの感覚、父の日の父に伝えた。

星涼し桧の匂ふ野天風呂   今村征一
 『星涼し』のままか、『夏の星』とするか。句がより大きく見えるのは、どちらの季語?

もんごると腹の出ている麦藁帽子   ∞
 シルエットは確かにメタボだ。でも、野外派の彼の下腹部、『もんごる』な固太り。

どうしても顔が浮かばぬ水中花   遠音
 顔と花とではやや近縁。中七を『名前浮かばぬ』などと、花との距離感を考えたい。


2017年6月21日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 梅雨入りはしたものの、関西は一雨もありません。朝夕涼しく過ごしやすい毎日ですが、やはり梅雨時には田畑を潤す雨がないと心配です。ほどほどの涼しい雨がほしいですね。
 さて、今回は169句の中から。

【十句選】

駆け出すに理由などなき夏帽子   伊藤五六歩
 夏帽子は元気な子どもと読むのが普通なのかも知れませんが、作者自身のことだとも思います。明るい夏空の下、駆け出したい衝動を抑えきれない日もありますね。自然の生命力と呼応する若々しい句だと思いました。「理由などなし」と切れを入れると、より句が広がるかもしれません。

麦秋や碧眼深き老農夫   大川一馬
 まず「碧眼深き」に惹かれる句ですが、掲句のお手柄は、その麦秋の眩しさを老農夫のくぼんだ眼を通して伝えようとしているところにあると思います。異国のどこまでも広がる黄熟した麦畑と青い空とのコントラストが鮮やかです。

淡き佳し濃きはなほ佳し花菖蒲   泰作
 花菖蒲の淡い色は遠目にも美しく見えますが、近づくにつれてやっぱりあの濃紫が美しく「濃きはなほ佳し」なのですね。花菖蒲のビロードのような神秘的な紫が目に浮かびました。

自転車に揺られらんちゅう通りけり   けむり
 らんちゅうという金魚には背びれがなく、丸い特徴的な体型をしています。いかにも泳ぎが苦手そうならんちゅうが、泳がず「自転車に揺られ」て行くのが面白いと思いました。また、らんちゅうは高価な金魚でもあるので、掲句、殿様のお通りのようでもありますね。

捉へたる風を遊ばせ花菖蒲   今村征一
 花菖蒲のたっぷりとした花びらと剣のような長い葉が、風を捉えて遊ばせているというとらえ方が面白いと思いました。花菖蒲の花や葉の繊細な揺れ方は確かに目を引き、風との交流に風情が感じられますね。

夏つばめ校庭走る消防士    たいぞう
 町の防災訓練でしょうか。学校にやって来た消防士が校庭を走っていきます。消防士の訓練された無駄のない動きに夏燕の一閃がよく合っていると思いました。夏らしい若さと勢いのある句ですね。

天と地と喋喋喃喃日雷   遅足
 喋喋喃喃(ちょうちょうなんなん)は、男女が楽しげに話す様。天と地は隔たっていることの例えにも使われますが、実は男女のように遠くて近い関係なのかも知れません。部厚い雲が明滅したかと思うと天と地がごろごろ低くささやき合う、そんな日雷だったのでしょう。

当たりくじなき駄菓子屋の蝿叩   鷲津誠次
 引いても引いても当たらない当て物の籤の悲しさ。その店の奥にあった蠅叩きも印象鮮明です。昔は子どもに無愛想なお店もたくさんありましたね。昭和の匂いのするこんな駄菓子屋は今も健在なのでしょうか。さしていい思い出がなくてもノスタルジーをかき立てられるのが不思議です。

コシアカツバメ廃校の軒忘れずに   豊田ささお
 毎年やって来て営巣や子育てを子どもたちに見守られてきたコシアカツバメが、今年も学校にやって来ました。けれども、そこにはもう子どもの姿はありません。自然の摂理に従って生きる燕に人間の社会はどのように映っているのでしょう。

緑陰の十年ぶりの待ち合せ   中 十七波
 十年ぶりの待ち合わせは、友人ではなくご夫婦なのかもしれません。一緒に暮らしていると外で待ち合わせることなんて滅多にありませんね。待ち合わせの場所に緑陰を選ばれたのもよかったと思います。人を待つ気持ち、待っている人を見つけた時の気持ちがより新鮮に感じられそうです。「緑陰や」とすると臨場感が高まります。

【その他の佳句】

ビンテージのジーパン自慢芙美子の忌   紫

墨工の足裏つややか四葩咲く   伊奈川富真乃

じゃぶじゃぶと噂を洗う夏大根   ふみか

山嶺のみな真新し夏の月   ふみか

桑苺想ひがつのるまでの色   紅緒

合歓の花夜も明るき街に住み   眞人

開墾の血脈今に薯植うる   みなと

母の忌やさめざめと草餅匂ふ   みなと

晩学のルーペとマウス明易し   椋本望生

次々と越さる短針ダリの夏   椋本望生

緑陰を出できて影をとり戻す   比々き

物差しで起こす昼寝のお父さん   中 十七波



2017年6月14日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 歩いて15分くらいのところに県立図書館があるので、日暮れの散歩がてらによく寄ります。今日は借りたい本があったのですが、検索したら「貸出中」になっていて、意表を衝かれました。古いものだし、あまりそういう状況に遭遇したことがなかったものですから。
 係の人に「いつ返却予定になっていますか」と、調べてもらうと「明後日13日です。ご連絡しましょうか」と、親切に言ってくれたのでお願いしておきました。友だちに勧められた本なのですが、本よりも借りている人に興味が湧いてきたのでした。

【十句選】

青葉風、脛感じつつメールする   干寝 区礼男
 ベンチに腰掛けているのだろう。メールをしていると大抵周囲のことが目に入らなくなる。が、やさしい青葉風を脛は感じている。「青葉風」のあとの「、」が必要かどうか悩ましい。「、」は、作者には必要でも読者に対して押しつけがましい一面があると思うから。ともあれ、風感じつつとしないで「脛感じつつ」が、とてもいいと思う。

一握の砂の白さや小鳥来る   家路紋黄
 「小鳥来る」が、秋の季語なので季節感からすると、損をしているかも知れない。ただ「一握の砂の白さ」にとても惹かれる。この句の人物が実際に握っている砂かも知れない。が、やはり、咄嗟に石川啄木の「一握の砂」を思い起こす。そこから「白さ」への展開が意外だった。さびしく辛い「一握の砂」の中の、例えば「砂山の砂に腹這ひ初恋のいたみを遠くおもひ出づる日」などは、白い砂のイメージがする。痛いまでの白さに「小鳥来る」が、やさしさをもたらす。

先生にゆっくり下りてくる毛虫   せいち
 「先生へ」ではなく「先生に」なので、もう顔の近くまで降りてきているか。「毛虫」が最後に置かれて、読者にひやひや感をもたらす。「ゆっくり」からは、しばらく前からその毛虫を見ていたことがわかる。教えてあげないのは、嫌いな先生だからか。あるいは、訓示でも受けていて私語を禁じられているからなのか。緊張する空気の中、毛虫のきらきらした緑が際立つ。

ダリの骨なまやわらかや走り梅雨   卯栞子
 ダリなら、絵に詳しくないも知っている。絵はなんとなくだらりんとしている印象。本人は、髭の手入れが異様なまでに行き届いているなまめかしさ。「なまやららかい」骨がぴったりな感じだ。「走り梅雨」という梅雨の前触れも、ダリに合う気がする。

この風は長等山からだろ昼寝   岡野直樹
 「長等山(ナガラヤマ)」は、滋賀県大津市、三井寺の背後にある山。弘文天皇陵がある古くからの景勝地という。古代から流れてくる風の気配で「昼寝」が、ひときわ気持ちよさそう。「だろう」ではなく「だろ」となっているのは、昼寝の人を見ている誰かの話ことばだろうか。あるいは、つぶやきか。

かき氷ざくざく崩し本題に   中 十七波
 「ざくざく崩し」に、今日の議論への意気込みが出ている。そんな張り切った話題を、持てる仲間がいるのが羨ましくなる光景。

よいしよとは即ちその気溝浚へ   椋本望生
 思わず「よいしょ」が、口をついて出てしまったが「それはやる気の証拠なんだ」と、周りあるいは自分へ言い訳しているところか。ちょっと億劫な「溝浚へ」もしっかり勤めるに違いない。「よいしょ」という言葉と親しくなって、私もかれこれ経つ気がする。マイナスなイメージになりかけていた言葉だったが「即ちその気」と思うと、「よいしょ」の掛け声が変わる気がする。

日焼の手うごけば生まれ塩むすび   比々き
 一句の結び「塩むすび」が美味い、いや巧いなあと思った。最後になって、初めて日焼けの手の動きが見えるところが巧いのだ。そして「動けば生まれ」で、きびきびとした手つきや形の良いおにぎりが見えて、思わず喉がごくんと鳴る。「塩むすび」の「塩」も効果的。

影は足につながっている蛇の衣   紅緒
 確かに、自分の影が足から離れることがない。足元から伸びる影に、まどろこしさを感じることが時々ある、ことを思い出させてくれた句。影が、蛇の衣のように脱皮した自分の衣のように思えてきた。

無辜の蟻躙りし咎を靴に着せ   大川一馬
 「無辜」は「ムコ」、「躙り」は「ニジリ」、「咎」は「トガ」。「咎」は読めたが、辞書を引きつつ、一句の意味がわかると、失礼と思いつつ笑ってしまった。蟻を踏んでしまったことを、ここまで難しい漢字とその咎を「靴に着せ」とまで大仰な詠みぶりに、可笑しくなったのだ。ご本人はいたって真面目に、踏みつぶした蟻に思いを寄せているのだろうとは察しながら。


2017年6月7日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 4月から、NHKラジオで愛媛大学准教授の青木亮人さんによる講座「俳句の変革者たち〜正岡子規から俳句甲子園まで〜」が始まっています。木曜日の午後8時半から、今週8日にはもう第十回めですが、過去の放送をインターネット上でも聴くことができます。今では「名句」とよばれている俳句が、同時代の俳句とくらべるとどれだけ変わった句、パターンから外れた俳句であったか、ということが、実例にもとづいて要領よく解説されています。
 多くの句のなかから、新しい俳句を見つけ出すのはとても難しい。技術的にうまくてもおもしろみの少ない句、逆に発想はおもしろいけれども全く俳句らしくない句、どちらに軍配をあげるのか。
 私自身は、できるかぎり面白い俳句に出会いたいと思っており、たとえば新聞のニュースを切り貼りしたような時事俳句や、作者の主張をそのまま散文で書いたようなメッセージ俳句は、とりません。メッセージやニュース、或いは事実報告は、読んだときに飛躍がなく、驚きが少ないからです。しかし、別の人はまったく違う評価、わかりやすい俳句を重視するかもしれません。新しい俳句を評価することは、つねにとても難しい。
 さて、それでは今回の私が選んだ十句から。

【十句選】

クレイジーな恋もきょかきょかほととぎす   瀬紀
 「クレイジーな恋」というはじまりに圧倒されながら、ホトトギスの「ホーホケキョ」の聞きなしという古典的なながれに接続した手際、お見事です。

走り梅雨群を追はるる若き猿   伊奈川富真乃
 群れを追われる猿に、なにを重ねるか。大衆演劇か時代劇の主人公のようです。

思い出の凹んだままの夏帽子   せいち
 凹んでいるのは帽子ですが、思い出も、ちょっと凹んだ思い出なのかも。

住職のおっしゃることも葱の花   ∞
 おっしゃることも、わかるのかわからないのか、それが葱の花。住職の話を聞いていない感がおもしろい。

虹二重エコー検査の異常なし   直木葉子
 おめでとうございます。エコーの現代性、異常なしの明るさが、虹によく似合っています。

泣けばいいそつとよそひし豆の飯   たいぞう
 ここはわかりやすく「豆ご飯」でよかったように思います。やや月並ですが、ほっこりするいい句。

恨まれたり恨んだりして海月浮く   紅緒
 恨まれる、という受け身から入っているところがミソ、自覚があるあたりの憂鬱が「海月浮く」に合います。

雷やシュークリームに穴ひとつ   紫
 うーん、クリームを注入した穴なのでしょうが、この書き方ではあまり「美味しそう」ではなく、雷が侵入してくるような「不気味さ」があり、そこがいいような、悪いような。

初夏を吸い込んで海膨らみぬ   ふみか
 夏を迎える海のわくわくした感じがします。

噴水のポーズまがったままの口   さわいかの
 「噴水のポーズ」これがまず不明、ポーズをしている「人」なのか、止まっている噴水なのか。そして「曲がったままの口」は、噴水口のことなのか、噴水の前で顔をしかめている人なのか。なんだか不明な点が多く説明不足ですが、なにか可能性を感じる「俳句的光景」の気がします。

【選外佳作】

金魚鉢割れて手傷の日本海   伊藤五六歩
 「手傷の日本海」がわからない。金魚鉢が割れた、という事件性と、手に傷ができた、傷が日本海のように広がり・・・となると出血多量で死んでしまう。「手に傷日本海」とあれば、傷とはまったく別に日本海が広がっている、と言う情景に見えないこともない。

パソコンの画面フリーズ明易し   けむり
 明易しがベストかどうか。フリーズして、茫然としている感じをだすなら「短き夜」あるいは「夏の夜」いっそ「夜の秋」「虫の声」ではどうでしょう。

青蛙したり貌して勝手口   谷 百合
 「して、勝手口」のつながりが、やや強引か。

空梅雨やカルミア軽き観覧車   西川由野
 カルミアは花でよいでしょうか。季重ねですね。

バス通り歩いて渡る雀の子   泰作
 小林一茶以来の、のどかな風景。

夏草やボールに地球乗ってをり   当卯
 やや強引な見立て、「夏草やボールに乗つてゐる地球」としたほうが、視点が明らかか。

笛吹いて終はる部活や青葉風   中 十七波
 さわやか。(やや月並み)

朴の花坊主になると云ひ出しぬ   比々き
 おどろき。(やや事実報告風)

鬼灯の花一つ咲く良い日かな   スカーレット
 気持ちいい。(かなりただ事)


2017年5月31日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 何年か前、近所の花屋の店頭に色褪せたクリーム色のミニバラが売れ残っていました。明日あたり、花屋の裏庭にうち捨てられるのかなあ、と思うといたたまれなくなり買って帰りました。玄関脇に地植えしたバラは、数年間はひよひよとした花が数輪咲く程度でしたが、今年になって丈がぐんと伸び、大輪の黄色い花が満開となっています。もうミニバラの面影はどこにもありません。さては「ミニバラの恩返し」か、などと考えているところです。
 身近に起こる小さな不思議をキャッチする力、面白がる力を大切にしたいと思います。

【十句選】

昭和の日チキンライスに旗立てて   嵩美
 さりげない日常を詠んだ句。チキンライスに立てられた旗は郷愁を誘う。昭和とチキンライス、ややつき過ぎの感があるが、一句に情報を詰め込み過ぎないシンプルなところがいいと思った。

麦の秋小さき駅の切符切り   たいぞう
 一枚の絵のように情景が鮮やかな句。一面の麦畑の中にローカル線の線路が一筋見えてくる。大きな景から小さな景への視線の移動が見事。視覚、嗅覚、聴覚が動員されている。

麦秋の西へ傾く飛行船   たいぞう
 もうひとつ、同作者の麦秋の句。この句も絵画的だ。麦秋という季語から「西」という言葉を導きだしたことで、句の奥行きが深まったと思う。

花嫁の行く道ゆれるサクランボ   一馬の娘
 サクランボの句で人口に膾炙されているのは、虚子の「茎右往左往菓子器のさくらんぼ」だろうか。丸くて赤い実はかわいらしく万人に好まれる。花嫁さんの初々しさや愛らしさは、サクランボのよう。「ゆれる」が花嫁の心境と重なる。

西日濃きあたりや中川ライター店   伍七堂
 「中川ライター店は札幌市狸小路の老舗。過年惜しまれつつ閉店。」と注釈があった。この情報を知らずとも、「中川ライター店」という固有名詞が生きている句だと思う。

雷のぶつぶつ言うてひとところ   眞人
 漫画的に雷(雷神)を捉えているのが面白いと思った。雷へのアプローチが独創的で下五の着地が決まっている。

日傘肩にメイク直してメールして   をがはまなぶ
 夏になるとよく見かけますね。日傘を首に挟むように頭を傾け、メイクを直したり、メールしたり。夏のぎらぎらした太陽に必死に抵抗する女性とそれをクールに見ている作者。

初夏や小瓶の中にミントガム   紅緒
 ミントガムの清涼感がいかにも初夏らしい。小瓶の中だからミントの香が一層際立つ。言葉の選び方が巧みだと思う。

紫陽花は泡となりたる人魚の香   紫
 アンデルセンの「人魚姫」から題材を得たのだろう。紫陽花との取り合わせが意表をつく。紫陽花の匂いは淡いが、それこそが泡となった人魚の香だと断定した。断定が効いている。

薫風や絵筆で計る山の丈   雪子
 緑に覆われた山が遠方にある。絵を描くために絵筆で丈を計っている作者。絵筆の傍には、色とりどりの絵の具が散らばっている。やわらかな風が心地よい。美しい一瞬をを切り取っている。


2017年5月24日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 新緑がまぶしい季節になりましたね。先月の満開の桜から始まって、桜が散るのと入れ替わりみたいに藤やつつじなどが咲いて、今はもう紫陽花が咲く準備に入っています。慌ただしい毎日ですが、通勤途中や勤務先で目にする花々に癒されています。四季があるっていいなぁと改めて思いました。
 さて今週もたくさんの投句ありがとうございました。最後までなかなか十句に絞れずに悩みましたが、読ませていただいて私も励みになります。

【十句選】

手でちぎる封書にこもる薄暑かな   伊藤五六歩
 手紙を急いで読みたいという焦る気持ちが「手でちぎる」という行動に表れています。初夏の熱のこもった封筒の中の手紙の内容も少し熱いものなのかもしれませんね。

黄帽子の一列に行く春田かな   太郎
 新1年生の集団登校でしょうか?賑やかでかわいらしい集団が目に浮かびます。田んぼの横を通っていくというのもほのぼのしていますね。

路地裏に猫老いてゆく暮の春   たいぞう
 路地裏で生活している猫なんでしょうか。ひっそりと年取っていく様子がなんだかやるせなくて、晩春の独特の空気感と合っていると思います。そう言えばうちの猫もかわいいかわいいと可愛がっているうちに、いつの間にか立派なおばあちゃん猫になっていました。

初夏やためらい少し試着室   谷 百合
 これは女性ならではの感覚ではないでしょうか。春夏の洋服は薄物になるので、どうしても身体のラインが気になってしまいますよね。(私だけかも知れませんが…)そういう意味でなくても例えば今まで着たことのないようなテイストの洋服を店員さんに勧められたりしても試着するのはためらわれたり。中七が「少しためらい」だったら微妙にニュアンスが変わってくるように思われませんか?

ほととぎす行くて行くてに蕎麦屋あり   酒井とも
 蕎麦屋が密集している地域なんでしょうか。ほととぎすの鳴き声を聞きながら歩いていると行く先々に蕎麦屋があって嬉しいのか、興ざめなのか…。隠されたユーモアが感じられます。

徘徊の森は深くて青葉木菟   中 十七波
 森の中をあてもなくうろうろと歩き回る不安感や焦燥感などが感じられます。捉えようによっては深い森の中にいてある種の安らぎのようなものを感じているのかも。この場合の「森」は現実にも心象風景にもとれますね。種田山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」を連想しました。

くらげくらげ花の形の臓腑美し   紫
 「くらげ」を繰り返すことでノスタルジックな雰囲気になっています。くらげは一時ブームになりましたが、ゆらゆら泳ぐ姿は確かに幽玄的で魅かれます。透き通って見える臓器を「花の形」と表現しているのが新鮮でした。

山藤の螺旋階段風登る   紅緒
 山藤の花を揺らして風が吹き抜けていく様子が浮かびました。とても素敵な情景ですね。

天空に綻びあらん落雲雀   草子
 空高く舞い上がって囀ったあと一直線に落下する雲雀は、まるで空に穴が開いていてそこから落ちてきたみたいに見えますね。視点が面白いです。

受付に海月ただよう会社かな   をがはまなぶ
 とても不思議な空間ですね。受付に海月の水槽が置いてあるのか、海月が何かの象徴なのか、様々な捉え方ができると思います。ちょっと気になる会社ですね。


2017年5月17日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 投句していただいた方から、「昔は自分の名前が嫌いだったが、今では好き」とのお話しをいただきました。私も同じで、自分の名前が嫌いでした。しかし、俳句を通じて、少し自分の名前に誇りを持つことができました。俳句には、そういう力もあるのかなと、改めて感じました。

【十句選】

夏装ふ銀座の風も新しき   まゆみ
 夏の東京は「暑い」イメージですが、「装ふ」とすることで、爽やかさが出ました。

たどたどし妻のぬり絵に五月の陽   大川一馬
 「五月の陽」によって「たどたどし」がよく効いている。のどかさや可愛さを感じました。

地下鉄に遠足の列ある不安   たいぞう
 何が「不安」なのか。しかし、「地下鉄」と取り合わせることで、不気味さが出て、怪談のような一句になりました。

君の背に草矢を放つ思いっ切り   洋平
 「思いっ切り」に相手への愛の深さを感じました。

血の宮に蔵す怪談青葉闇   今村征一
 「怪談」と付きすぎと思いましたが、やはり「青葉闇」が効果的。

たんぽぽよ正常/狂気よぽぽんた   干寝 区礼男
 俳句というより一行詩のような仕上がり。鏡のように対照的な面白い表記ですが、読み方が難しい。

ありえない美声で歌う仔亀かな   干寝 区礼男
 「ありえない」が大袈裟な表現であり、そこが良かったです。

子雀の兄さんちゅちゅりっ!ちゅちゅりららっ!   干寝 区礼男
(意訳=人間ノロマ!油断ダメ!)
 積極的に攻めた表現の俳句だと思いますが、意訳がないと表現できないのは、俳句としてあり得ない気もします。

行く春に右の乳房をあげました   まどん
 少し官能的。あえて「右」だけなのが面白い。

姦しい立夏のホームベーカリー   中 十七波
 「姦しい」とありますが、「立夏のホームベーカリー」とつくことで、爽やかさがあります。


2017年5月10日

えなみしんさドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 「口語俳句を考える」船団のセミナーが、東京で行われました。詩人、歌人、俳人が、それぞれの立場から発言。なにしろ俳句は、7割が文語、旧カナで作っているという珍しい文芸なので、とても興味深いハナシがたくさん聞けて楽しめました。
 さて、今回で、わたしのドクターは最終回。十年続けてめげた時もありましたが、とても良い体験でした。これからもずーっと俳句とのつきあいが続きますから、またどっかでお会いしましょう。
 わたしの後は、秋月祐一さんが担当されます。秋月さんは歌人でもあり俳人でもあります。どんな選と評をされるか、今からとても楽しみです。では〜!!

【十句選】

脱サラも死語となりけり新茶の香   伊藤五六歩
 確かに「脱サラ」という言葉を聞かなくなりました。今はベンチャーというのでしょうか。脱サラには、拘束される事なく好きな事をやって喰ってく〜という夢がありました。PCの普及と共に消えたように思います。「新茶」もあの時代を振り返っているようで、いいですね。

もりもりと椎の花咲く南海道   泰作
 樹木に白系統の花が咲いているが、ハテあれは何かな?えごの花、椎シイの花、ほおの花あたりがわかるようになると、街歩きも楽しい。確かにシイの花はもりもりだな〜。南海道は、紀伊半島や四国などの街道。南国気分が伝わってくる。

藤椅子や父の窪みに抱かれおり   ジョルジュ
 亡くなった父親の愛用していた籐椅子に、横たわっているのでしょう。「窪み」が的確な言葉。抱かれおりが、ややファザコンだが、実感がある。

バクは夢ヒトは人食ふ春憂ひ   素秋
 「バクは夢」「ヒトは人」の対比が面白い。ただ、「ヒトは人喰う」はいい意味じゃないのが残念な気も。パクは夢喰い、人は夢追うなら、演歌っぽいが、もっと好き。

白藤の空を絡めて垂れ下がる   今村征一
 「空を絡めて」がなにげないようだが、巧みな表現。更に「白藤」として、空が青いことも想像させている。

「おかへり」と蚕豆越しに祖母の声   伊奈川富真乃
 「蚕豆越しに」をどう読むか。そら豆の収穫をしている祖母とも読めるが、たぶん、部屋でそら豆を鞘から出しているのだと思います。そう使うと「〜越しに」は使える用途が広い。

永日や透明人間は全裸   西川由野
 「裸」が夏の季語。「透明人間」というとピンクレディを思ってしまうオジサンです、わたし。あれが全裸と言われるとどきどきしてしまいました。

誰にでも読める名を付け鯉幟   風子
 鯉のぼり〜子供の名前、という発想の句。きらきらネームの反省が時代の流れのようで、今はしわしわネームがいいという風潮になってるようです。タイムリーな一句。

原形を残す弁当みどりの日   比々き
 「原形を残す弁当」とは何か?それを考えるのが楽しい一句。漬け物を包んであった銀紙や、卵焼きのかけら、鶏カラの骨が残ってるのかも。お出かけを思う「みどりの日」もいいと思いました。

初夏のくるぶし眩し森抜けて   紅緒
 屈託のない爽やかな句。「くるぶし」がいいんでしょうね。太ももでは、こうはいかないですもんね。「くるぶし眩しく抜ける森」もあるが、音の重なりがうるさいですかね。

【今週の次点句】

葉桜や内弁慶の犬を牽く   大川一馬
 「内弁慶の犬」が面白いが、他の言葉がその面白さを活かしていないように思います。

涅槃西風ペルシャ絨毯飛びたがる   素秋
 名詞ふたつの取り合わせも、「飛びたがる」という屈託のない言い回しも良いと思いました。

この星の消費期限の春惜しむ   けむり
 思わせぶりな表現です。「消費」もいいが「賞味」もありそうです。季語が説明的に響いているので、変えて考えてみたら。

ほの温き検尿コップ暮の春   たいぞう
 下5の季語がぴったりすぎて、流れてしまうように思います。難しいが、もっといい季語がありそう。

朽ち果てた幹を抱いて大桜   ∞
 「幹を抱く」が的確。桜の古木をうまく表現されていると思いました。既読感があるのは、上手すぎるからかも知れません。

マドラーの酒目分量春惜しむ   酒井とも
 マドラーは、カクテル作る銀色の容器ですね。珍しいことを詠まれました。伝わってくるものが、曖昧かも。

コントレールわがものとせり五月空   瀬紀
 コントレールは飛行機雲ですね。「わがものとせり」がいいと思いました。

何もかも新緑まかせでいいのかな   瀬紀
 「何もかも〜まかせでいいのかな」は、いろんな意味が想像できて面白い表現。新緑もいいですが、「蜥蜴」「ねずみ」「カエル」などと意味がいろいろ変化して興味深い。

夏近し君も昔は細かつた   中 十七波
 上5以下の唐突缶が面白い。ワタシの妻も〜。

オルゴールの蓋開くるたび桜貝   紫
 オルゴールを開けると、海の歌が聞こえるということだろうか。もう一工夫か。

春帽子ピサの斜塔を支えけり   瑠璃
 記念撮影風景でしょうか。ちょっと分かりにくかったです。

黄金週間片足しまふフラミンゴ   まどん
 季語にある「黄金」がフラミンゴと響き合って豪華な感じを受けました。

 以上です。ありがとうございました。
 ますますの御健吟を!!


2017年5月3日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 長靴に軍手姿で畑に入り、蕗刈(季語:夏)りに参加してきました。葉柄(ようへい)の根元を鷲掴みし、鎌を入れたときの切れ味、心地よく伝わる音、広がる香りに、懐かしさを感じました。次の日からは、自宅が伽羅蕗を煮込むセピア色の匂いに包まれました。
 今回もまた、皆様からいろいろな春の風景を楽しませていただきました。

【十句選】

五月闇トマトケチャップかけすぎて   伊藤五六歩
 街のレストランなどで、ドバッと トマトケチャップをかけるヒトを見かける。真っ赤な闇で「見えなーい」と、パスタの悲鳴が聞こえてきそうな、夏の初め。

膝ついておたまじゃくしと戯れり   まゆみ
 田植えの前。田水の張られた田圃の底はおたまじゃくしの楽園。畔に片手、両膝をつき、拾った小枝で驚かせたりした日。下五『戯れり』を、もっと具体的に活写したい。

薄暑かなフリーハンドの円グラフ   谷 百合
 プレゼンの会議。演者が白板にさりげなく手書きしたグラフの『円』の綺麗さ、正確さが、プレゼンの成功を暗示している。薄暑の眩い光が会議室に溢れている午後。

花吹雪大きな幹を撫でにけり   酒井とも
 広小路の街路樹か、大川堤の並木を連想。所々で、休止符のように佇む花を持たない大樹に出会うと、花疲れを癒すかのように、ざらざらの幹の表皮を手のひらで撫でたくなる。

編みあげたシロツメクサの遺失物   ときこ
 家族連れで賑わう春の郊。管理事務所をたずね遺失物を覗くと、シロツメクサで編み上げた花輪が一輪。あどけ無さが残る編み目には、四つ葉のクローバが散って。

空色の雪形なぞる指の先   草子
 白馬岳(しろうまだけ)のように、山腹の雪の消え具合で現れる雪形(季語:春)による山の名は多い。晩春の淡い空色を映す雪形を目にして、中空になぞった、きれいな指の先。

黒番の次の手を待つ春障子   戯心
 黒、白の対比などで、見事に整った句。予定調和と評されるかもしれない。中七『・・待つ』の動詞をいろいろに置き替えてみても、句の鑑賞の幅を広げることが期待きる。

花冷えやぶつきらぼうな目玉焼き   幸久
 『ぶつきらぼう』に軽い衝撃。品詞は形容動詞、それとも名詞? 『無愛想』と比べて、名詞には着きにくい用語。きっと、そこを面白がるのが作者の狙い。成功したと、評者。

石段の数忘れけり蝮草   瑠璃
 蝮草(マムシグサ)はサトイモ科の毒草。始めて知った時、不気味さとその命名のみごとさに瞠目した記憶が。苔むす石段を数えながら登っていて、きっと遭遇したのだ。

百歳の爪切る音や木の芽時   スカーレット
 乾燥する大気。老いと切り離された、ヒトの生命力。乾いた生活・・・。家人が爪を切るときの、瞬時の音の冴から、かくも壮大な造花の妙を感じ取った作者。

【注目した五句】

すずかけや画廊のとなりパテシェリア   素秋
 風景は見えるが、季節が見えてこない。『すずかけの花』などと、季語(春)を正しく。

囀りやドロップ缶の白い飴   風子
 俗受を狙わない、取り合わせ。中七『・・の』を、『に』に替えても、表情が変わる。

おだてればタワシにもなるヒヤシンス   岡野直樹
 形の類縁に遊んだ句。上五『おだてれば』には既視感も。機知に富んだ言葉の斡旋を。

断捨離のだんだん大胆春の昼   中 十七波
 濁音の繰返しを楽しんだ句。『だんだん』では意味を持ちすぎたのが、惜しい。

子猫たち自由が好きで箱が好き   紅緒
 下五『箱が好き』の措辞がいい。『も』ではなく『が』として、詩になった。