「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2017年12月27日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年最後のクリニックとなりました。本年もたくさんの俳句を送ってくださり、ありがとうございました。ドクターという立場上、そらもう、偉そうなこと言ったり毒を吐いたりと、気分を悪くさせるようなことを言ってしまったかもしれません。本当に気分を害されたなら、申し訳ございません。ただ、俳句が好きな者同士、立場や年齢をこえて、互いに切磋琢磨できたらと、常々感じております。
 どうか来年もよしなに。良いお年を!

【十句選】

冬銀河けもの一匹動きたり   福蛇足
 対比がよく効いた一句。壮大な銀河に対して、けものが一匹だけという孤独感。しかしながら、そこからけものの息づかいや生命力が感じられます。

冬空に爆発す河馬の鼻息   ロミ
 「爆発す」と期待を持たせてからの「河馬の鼻息」という流れが秀逸でした。また、破調が「河馬の鼻息」の不規則で荒々しい感じを出しています。

数へ日や海見るための途中下車   直木葉子
 無意味な途中下車ではなく、明確に「海を見る」ための行為。その行為の背景には何か秘めたる思いがあるからでしょう。「数へ日」との取り合わせも成功しています。

西から雨鯨に戻りいるからだ   沢木 京
 不思議な一句です。「西から雨」が降ることで、何故、「鯨に戻」るのか。しかし、その不思議さが絶妙で、ファンタジーを読んでいるようです。

古書売りて貧しき仲間息白し   五六歩
 昭和の古き良き時代を感じます。「貧しき」とありますが、「仲間」や「息白し」に現状の楽しさや今後への希望を彷彿とさせます。

キャンドルに愛の時間だ火をつけろ   干寝区礼男
 複雑な構成の一句。「キャンドルに」で一度軽い切れがあって、そこから飛んで下五の「火をつけろ」に繋がっている。そうすることで中七の「愛の時間」が浮かび上がって目立つようになっている。句の意味は分かりませんが、複雑な中にも、言葉同士がうまく繋がりをもった不思議な一句です。

終電車の人それぞれに十二月   たいぞう
 季語の「十二月」が効いた一句。本来なら「それぞれに」に具体性を持たせてほしいと言いたいところですが、掲句の場合は「それぞれに」の方が良いでしょう。師走の慌ただしさが表現できています。

京都タワーライトで着替え冬ざるる   岡野直樹
 この場合、助詞は「で」で良いでしょうか?おそらく「の」でなければ、タワーの灯りで自分が着替えさせられてるという、不思議な一句になってしまいます。故意でないのであれば、助詞のご一考を。

窓拭けば時間透けゆく師走かな   瀬紀
 「時間透けゆく」の表現が秀逸。実際に透けているのは窓でしょうが、「時間」とすることで、師走の中にもゆったりとした時間の流れを感じさせます。

塾帰りの猫背撫で肩落ち葉道   鷲津誠次
 受験生にありがちな光景な句。しかし、中七以降の「猫背撫で肩」の言葉のリズムが良く、口しょう性の点で成功している一句です。


2017年12月20日

秋月祐一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年もあと12日。みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
 ぼくにとっては、引越しをしたことと、子猫を飼いはじめたこと、原田知世さんがデビュー35周年を迎えられたことが、今年の3大トピックスでした。来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
 今週は161句の中からの十句選です。

【十句選】

凍蝶や百代のちも白内障   五六歩
 転生ののち「百代のち」まで白内障という想像に、すごみがあります。なにか業のようなものを背負っているのでしょうか。白内障の紗のかかった視界に、なお鮮やかに、凍蝶がはらはらと舞います。

失語症の母のみつめる冬桜   直木葉子
 失語症の母の目に、冬桜はどんな風に映っているのだろうか。「冬桜」という季語の選択が絶妙で、看護をなさっている娘さんの複雑な思いや、お母様に対する温かいまなざしが伝わってきます。

葱首に巻いたこと無し試したし   二百年
 風邪のときには首に葱を巻くという昔ながらの民間療法。「試したし」と言いながら、実際にはやらなさそうな気がするのは、句全体の調子が妙にいいから。そこに作者のねらいがあると思います。

外国の銀貨まぎるる冬の暮   まどん
 この句が面白いのは、「外国の銀貨」を主語にして、誰がそれを持っているのを曖昧にしたところ。顔のない誰かの掌によって、冬の暮の街にまぐれてゆく銀貨。その冷たい感触が伝わってきます。

茶の花や反射シールの通夜の靴   酒井とも
 反射シールの靴を履いているのは、子どもかお年寄り。ここでは通夜の主と同年輩のお年寄りと読んでみたいと思います。闇の中にほの白く浮かぶ茶の花と反射シールの靴。通夜の晩に感受した「白」。

頷いてただそれだけで冬すみれ   紅緒
 冬すみれの、丸まった茎の先に咲いた花を、擬人法で詠んだ句と受けとりました。たしかに頷いているように見えます。自己主張せず無言の冬すみれは、内心なにを思っているのでしょうか。

ありがとうございます〜っと白鳥は   ∞
 白鳥がわさわさわさっと羽ばたく様を、白鳥が「ありがとうございます〜っ」とよろこんでいる、と捉えた句。下五の「白鳥は」から上五の「ありがとう」へループする感じが、面白いと思いました。

幸せのせめて半分昼の月   瀬紀
 昼の月はなぜか儚い。それを眺めている人もまた。太陽と地球と月の関係からして、昼の月に満月はなく、つねに欠けた月であることも関係しているのかも。「幸せのせめて半分」ほしいですよね。

枯菊を折る中骨を折るやうに   比々き
 念のため辞書を引きましたが、やっぱり「中骨」は魚の背骨の意。なぜ枯菊を折るときに、魚のイメージが浮かんだのか。作者の心の動きが謎で、そこにこの句の面白さがあるように感じました。

手術日を決めたる帰路の冬銀河   戯心
 「手術日の決まりし」ではなく「手術日を決めたる」であるところに、作者の重い心情がうかがわれます。内臓のうず巻きと「冬銀河」の形象のイメージが遠く重なっている点に、注目しました。


2017年12月13日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 早い雪の便りを聞いた十二月、万葉の里 奈良の明日香村を歩いてきました。落ち葉焚(季語:冬)の跡を見ながら緩い坂道を登り、148メートルの甘樫丘(あまかしのおか)に立つ。万葉びとの往時の暮しが連想できるような眺望で、楽しいひとときでした。

【十句選】

初霜や牛舎の子牛眼を開き   太郎
 風がおさまり底冷えの夜が明け、真っ青に晴れ渡った霜の朝。霜で白い大地を踏み、牛小屋で難産だった仔を見舞う。と、濡れた瞳がもう、甘えるような表情を作っている。

電柱の影太太と冬の月   太郎
 研ぎ澄ました冬の月から刺すような青い光が降り、いつものアスファルトの路面に頼りない自分の影絵ができる。でも、見上た月を背にして、今日もふてぶてしい電柱のシルエットが。

女房へトロ箱ほいと鰤漁師   伊奈川富真乃
 凪いだ朝の入り江に船が帰ってきた。埠頭で待ち構える女房に、糴にはかけない自慢のトロ箱を、ホイと差し出す、鰤の漁師の至福の一刻。今日もきっといい日が。

ポケットに帰りの切符雪女   けむり
 池袋? どか雪に見舞われた都心の盛り場で、ついお目にかかりそうな雪女の様。昨今、ITを駆使したアンドロイドの雪女が出没するとの報とも。ユーモアを楽しませる句。

鉄独楽の軸一本の独り立ち   柳 風流
 下句『軸一本の独り立ち』は説明に過ぎよう。出句「行く年や億光年の星孤独」の『億光年の星孤独』や、谷川俊太郎『億光年の孤独』の詩語を借り「鉄独楽の軸の孤独や億光年」とするのもアイディア。

セーターの乱れ籠に膨れおり   茂
 町おこしで賑わう、とある温泉施設の脱衣場が見えてくる。その描写はリアルだが真っ当過ぎる。語順を変えて「セーターの膨れたままの湯屋の籠」などと、句に動きを。

しばらくは上がり框に柿十個   草子
 上五の副詞『しばらく』と、副助詞『は』が絶妙に働いた印象にのこる句。単純な句からは、玄関先の仄暗さ、落ち着いた暮し、ご近所との程々のお付き合いまで見えてくる。

え!そうなんですか風呂吹大根   ∞
 会話体で破調の句柄が、風呂吹大根(フロフキダイコ)の澄んだ情緒と取り合わされ、機智を感じさせる句に。人の息で揺れる白い湯気が、発話者の顔の表情を伝える。

朴落葉凝つてゐさうな像の首   比々き
 朴の木が草鞋のような葉を落とす公園に、偉い人の立像が昔から立っている。右手を揚げ、遠望する得意のポーズ。ボクならたちまち、首筋が凝り固まって悲鳴をあげるのだが。

無意識に手を差し伸べる冬たんぽぽ   スカーレット
 冬陽の公園での情景をふわりと言い当てた句。でも、上五『無意識』では説明過多の感。爪キラリ。裳裾折る。ゴルフボールに・・など、具体物を吟味して秀句を目指したい。

【注目した五句】

銀杏をよけて銀杏踏みさうな   たいぞう
 歩道には潰れたギンナンの匂い。下五『踏みそうな』より、『グシャと踏む』と断定を。

出番待つサンタよ白き髭髯鬚   素秋
 言葉遊びならぬ字面遊びの試みでしょう。ちなみに、「須」一字でも『ひげ』と読める。

貨物列車見送る兄弟冬帽子   谷 百合乃
  絵本を聞くようなメルヘンの景。気になる中七の字余りだが、『姉妹』では句意も変わる。

蝶凍つる雪舟水墨山水画   紫
 禅寺の方丈。厳冬の氷のような畳表が足裏に伝わる。襖絵の景へと連想が飛ぶ。

初雪やココアの匂ふ子のため息   鷲津誠次
 初雪に心のおどりを見るか、豪雪への不安か?下五に『子の寝顔』など斡旋する手が。


2017年12月6日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 今年も最後の月になりました。
 風は冷たいですが晴れた日は暖かく、関西ではまだあと少し紅葉が楽しめそうです。けれども暦は侮れず、12月になるやいなや私の住む団地では、メタセコイアの落葉が始まりました。風が吹くと雪が降るようで、庭もベランダも赤茶色の羽のような葉に埋め尽くされてしまいます。殺伐としたメタセコイアの落葉は、やはり秋よりも冬の領分ですね。
 さて、今月は148句の中から。季節感溢れる力作揃いだったと思います。

【十句選】

ひとはみなこゑとなりゆくすすきはら   遅足
 郊外で過ごした秋の一日、出会って別れ、遠ざかる人たちの背中が芒原に消えていく景を思い浮かべました。姿は見えなくなっても、声は聞こえていたのですね。或いは、会えなくなった人たちが声だけになって棲む場所が芒原なのかもしれません。幻想的な魅力のある作品だと思いました。

冬耕といふは寂しき音のして   たいぞう
 冬ざれの中、一人畑を耕す人の耳には、ザクザクという土の音だけが聞こえているのではないでしょうか。「寂しき」は言い過ぎかもしれませんが、辺りの情景も伝わるように思いました。凍てた土のたてる音は冬耕ならではのものだと思います。

冬の虹すこしほつれてゐるソファ   さわいかの
 ソファはインテリアにはとても重要なアイテムですが目立ちすぎてもいけません。少しほつれたソファは部屋になじんで目立たなくなったソファなのだと思います。存在感の淡くなったソファと冬の虹はとても淡い取り合わせ。けれどもその淡さが冬虹によくあっていると思いました。冬虹に腰掛けるような、ちょっと淋しいソファなのかもしれません。

髪置の子の玉砂利に足とらる   眞人
 髪置は七五三に同じ。「玉砂利」に格式ある神社を想像しました。普段は走り回っている子どもが、祝い着と草履で神妙に歩く姿は微笑ましいですね。そんな子どもが玉砂利に足を取られて難儀しているのも、七五三らしいめでたい景色だと思いました。

月夜道共働きの回覧板   酒井とも
 共働きの家庭では、子どもが居ればなおさら、あれもこれもやらなければならないことばかり。私も、職場より家に帰ってからの方が忙しいくらいでした。そんなわけで、回覧板を回すのも夜更けになってしまうのです。掲句、行き帰りが美しい月の道でよかったと思いました。

白菜の王女の如く売られたり   ∞
 大きく、輝くばかりに真っ白な白菜は、確かに野菜の王女のようです。美しさと威厳を兼ね備えた瑞々しい大白菜。俵万智の短歌に〈白菜が赤帯しめて店先にうっふんうっふん肩を並べる〉がありますが、掲句の白菜はそんなかわいらしい白菜ではなく、抱え上げると重さがずっしりと腕に来る王女様だったのですね。

初霜の消え入りさうで泣きさうで   中 十七波
 屋根や葉の表面に降りた初霜は、陽が差せば今にも消え入りそうに透明になっていきます。やがて所々に水玉を作って、流れ落ちそうな場面なのかもしれません。恥ずかしくて消え入りそうにしている人や涙をこぼしそうな人に例え、初々しい初霜の様子を上手く表現していると思いました。

軒借りて友のごとしや初時雨   比々き
 思わぬところで時雨に遭って軒を借りた者同士、ふとした会話から雨宿りの間にすっかり打ち解けてしまったのでしょう。同郷だったり趣味が合ったり、思いがけない出会いってあるものです。時雨はいつかは止むもの。深刻な避難ではなく、雨宿りの気楽さがよかったと思いました。

立冬の短くなりし竹箒   紅緒
 落ち葉の季節になると、掃いても掃いてもキリがありませんね。掲句は、立冬の竹箒の穂がすり切れて短くなっているところに発見があります。地域によって差があるかもしれませんが、立冬(11月上旬)の竹箒は、さてこれからが本番、というところでしょう。使い古した竹箒を、買い換えようか、ということなのかもしれません。

冬ざれや仏蘭西人形まばたかず   善吉
 窓辺に置かれた、陶製のフランス人形をイメージしました。フランス人形は、貴婦人や少女そのものの姿に作られていますね。冬ざれの景色の中で、人形のバラ色の頬や唇、澄んだ瞳がいかにも生き生きとして、まばたきをしないことの方が不思議に思えたのではないでしょうか。

【その他の佳句】

砂浜にのこる轍や冬ざるる   伊奈川富真乃

声はみな風となりゆくすすきはら   遅足

三色の坊ちやん団子山眠る   けむり

譬へれば先師とはこの大枯木   せいち

曳き売りの豆腐屋のこゑ秋暮色   素秋

雪女郎靴の踵を踏んでをり   幸久

冬北斗帆船ガラス瓶の中   紫

枯木星妻を見送る最寄駅   紫

窓といふ窓一面に霜の声   今村征一

人影の蠢く軒の朝時雨   茂

不揃ひの雨粒ひかる石榴の実   みさ

柿落葉妣の座りし椅子を出す   をがはまなぶ

葱剥かれ光積まるる作業小屋   草子

もういいかい枯蓮の抜く息太し   瀬紀

存在と時間と海鼠溶け易し   伍蜂堂

母を待つでんと白菜転がせて   椋本望生

眼下なるジオラマの街冬深む   直木葉子



2017年11月29日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 急な寒さに、紅葉も極まった感じです。冬のカーペットを引っ張り出し、ストーブ、炬燵、湯たんぽなど煖房の用意をやっと整えました。家ではずっと袢纏(はんてん)を愛用しています。ダウンも暖かいですが、綿は負けてないです。十年以上着ていたものがほころび出したので、去年新調しました。
 「湯たんぽ」「炬燵」「袢纏」など、古い言葉のイメージながら現在も活躍している季語を使って、新しい俳句を詠みたい冬です。

【十句選】

石垣に影を育てて石蕗の花   まゆみ
 「育てて」の表現が常套的な気がするが、石蕗はいいなと思った。影によって石蕗の黄色が際立つ。石蕗の花の色が生き生きと育っていくのだ。

帰路の歩に入り日追ふ雲冬はじめ   芙美
 冬の夕焼けのきれいな帰路の風景。見晴らしの良い田園を想像した。「冬はじめ」に少し張り詰めた空気感が出ていると思う。

遠汽笛寝ても覚めても冬の星   阿武 玲
 「寝ても覚めても」の慣用句のあとの「冬の星」が切ない。痛いほどの輝きが胸に残っている。遠い汽笛が、その光を蘇らせるのだろうか。大野林火の「ねむりても旅の花火の胸にひらく」の句がよぎった。

一杯のコーヒー交わそ秋の雲   干寝区礼男
 一人コーヒーを淹れる爽やかな秋の日。雲に向かって呼びかける「交わそ」がその気分を伝える。コーヒーのいい香りがぷうんと匂ってくる。

老犬は老爺をリード冬日和   けむり
 冬日が、散歩する老犬と老爺を包んでいる暖かい光景。わが身もよぼよぼながら老犬は老いた主人の足取りをきにしている。主人は引っぱる愛犬に従う。
 同じ作者の「3分の無為霜月のカップ麺」もいいと思った。殺風景なもの言いながら、霜月のカップ麺がとても美味しそう。

木守柿「考えとく」は否定形   市川七三子
 確かに。松山の方言では「考えとこわい」となる。このセリフは、それっきりのパターンが多い気がする。来年もよく実るようにと残しておく「木守柿」に、良い返事を期待する気持ちを重ねたのか。

鴨の巣を知る熟練の草刈機   酒井とも
 草を刈る作業を見たことはあるが、けっこう操作が難しそう。熟練の人で良かった。鴨の命がつぶされるところだった。「知る」が少し気になった。必要かどうか。
 同じ作者の「小鳥来る体重計のうす凹み」の「うす凹み」ってなんだ?と思いつつちょっと惹かれた。

旅途次の次の旅路を練る小春   今村征一
 この旅の続きの計画を、途次で練っていると読んだ。この度が終わって次の旅路とも読めるのだが。ひとまず、ここまでたどり着いた。地図や携帯、時刻表などを宿で広げてこの先を練っている。リズムも良く「小春」がいい旅を伝えている。

子を抱いて鷹の視野その中にゐる   比々き
 カメラワークが、子を抱く場所から鷹の高さにまで急展開。ドラマチック仕立てだ。視野にはあっても、子を抱く人間が鷹の狙いの中にはない気配がする。ただ「ゐる」と述べているだけ。そこがいいと思った。同じ作者の「キーを打つ大根の透きとほるまで」は、リビングの光景だろうか。「煮えるまで」ではなく「透きとほるまで」の表現に、ひたむきにパソコンのキーを打つ女性の姿が伝わる。

冬麗充電直後のシェーバーよ   大川一馬
 充電直後のシェーバーの、その違いはやはり男性じゃないとわからないだろう。「シェーバーよ」の表現に、髭を剃る満足そうな顔が目に浮かぶ。冬麗の季語にはシャーバーのやさしい音と幸福感が出ている。


2017年11月22日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 うまい俳句ってなんだろう、とたまに考えます。
 「や」「かな」「けり」などの切れ字をうまく使いこなすこと。
 名句を暗唱し、俳句の「型」を身につけていること。
 仮にも俳句の作り方について何か「教える」立場だとどうしても、技術的なことにばかり注意してしまいがちです。
 それに対して、技術がまったく伴っていないけれど印象的な俳句もあります。少なくとも「俳句」として評価することが難しい場合が多いのですが、うまい俳句ばかりが評価されて、型破りな句、作者や読者にとって印象に残る句が、まったく評価されないというのは、やはりおかしいと思います。
 できれば、うまい俳句と同じように、うまくない俳句の良さも見つけられるような、選句眼を養いたいものです。

【十句選】

湖燃えてパラチルパチパラ小鳥来る   ∞
 湖上にかがり火などを焚くお祭りでしょうか。軽やかな擬音や季語の取り合わせに対し、荘厳な光景にも思えます。意外になんでもない情景で深読みであればご容赦。

冬の薔薇一升瓶を干す気骨   茂
 一升瓶を「飲み干す」のか、日向に「干して」いるのか。飲み干すだと「薔薇」との位置関係がわかりにくいが男前な一句、干すだと、昨夜あけた(あるいは夫があけた)一升瓶を庭で乾かす妻の気骨でしょうか。

秋空に溶ける煙になりてーな   干寝 区礼男
 気持ちのいい秋空に、たちのぼる「煙」(何の煙でしょう?)、「なりてーな」のあまりに正直な感想が、いい味になってます。「涙去れ排気管から星となれ」も同じ作者、排気管から急に星になるのがわかりにくいのですが印象的。

闇汁の言葉裏腹かき混ぜる   紅緒
 ツンデレ? 言葉は、ときに正直になれないけれど、いっしょに鍋を囲む仲ならきっとわかってくれているはず。

猫じゃらし満員電車の向こう側   岡野直樹
 満員電車の走る「向こう側」に、猫じゃらしの広がる原っぱが見える。「向こう側」が雑な言い方ですが、そのぶん、なにか異界的な感じもしますね。

北欧の陶器の厚み冬の朝   大川一馬
 北欧の食器、いいですよね。冬の朝との組み合わせなど、やや既視感もあったのですがおしゃれに決まった一句。

ふかし藷好きでお茶目で御転婆で   今村征一
 ちょっと漫画的な、ステレオタイプな女の子像ですが、語呂がよく、季語も相俟ってややノスタルジックな良さがある。

もう一度尾よ奮い立て神渡   草子
 愛犬の死、とコメント欄にありました。前書がなくても通じる句かと思います。「もう一度」「尾よ」の呼びかけは、やや思い入れ過剰にも思いますが、作者としては譲れないところかもしれません。季語の取り合わせも寂しげでよい。

底辺に高さ乗ぜむホ句の秋   素秋
  算数の問題を解いている、というだけのことを「ホ句の秋」と風流に(通ぶって)あらわした句。俳人好みの季語は、俳人にしか通じない面白さと難しさがあります。

軽トラに兵士積むごと捨案山子   をがはまなぶ
 軽トラに積まれた「捨案山子」を兵士と見立てた句と読みました。存在感のある光景、表現ですが、句中に切れを作り「軽トラに案山子兵士のごと積まれ」としたほうが迫力が出る気がします。

【選外佳作】

長き夜や母の食欲飼ひならす   比々き
 秋の夜長、老いてなお盛んな母の食欲をなだめるために娘が夜食を作っているととりました。愉快な家族像。

龍神の失せてしまひぬ冬銀河   中 十七波
 とても印象的な句でしたが、「龍神」は何かの伝説をふまえているのか、天の象徴なのか。

図書館の隅に冬の日南吉集   大川一馬
 南吉集はややこなれない言い方、「図書館の隅に南吉冬日差す」でどうでしょうか。

腕枕して片耳の鵙日和   五六歩
 「鵙日和」が鵙と好天をあらわす、やや情報過多の季語ですね。鵙の声に集中するなら「片耳で聞く鵙の声腕枕」とでもなるでしょうか。

親指が痛くて餡塗る冬日かな   意思
 餡を塗ったのはトーストだそうです。名古屋の方でしょうか。かなり情報過多の句ですが、このままだとよくわかりません、あえて破調で「トーストに餡塗る指の痛き冬日」とでもすべきか。

告白のやうな切なさ黄落期   ラーラ
 告白と黄落期のとりあわせは魅力的ですが、「せつなさ」が言い過ぎでした。

梟やどろりと朱き硝子種   紫
 ガラス細工の、熱せられたガラスを想起させますが、季語がベストかどうか。


2017年11月15日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 この秋、例年になく柿をたくさん食べました。正岡子規の影響か、ネンテン先生の影響か・・・。いえいえ、そうではありません。
 10月にやってきた台風21号は、松山を直撃しなかったものの、強い雨風をもたらしました。道路には、どこかの波板が飛んできていたり、ゴミ箱の蓋が転がっていたり。そばにある柿畑の葉は吹き飛ばされて、庭や道路にまで飛んできました。
 台風が去った後、近所の人たちと片付けをしたのですが、翌日、柿畑の持ち主から柿が届けられたのです。思いがけない台風の置き土産となりました。

【十句選】

押し車大地踏みしめ冬ぬくし   まゆみ
 押し車は、高齢者を中心に買い物や散歩に大活躍しているようだ。もっとも使っているのは、ほとんどが女性だが・・・。中に荷物は入るし、疲れたら椅子替わりに座ることもできる。押す人も押される車も大地を踏みしめる。その確かさは生きている確かさだろう。

そこだけに銀の風吹くむら芒   たいぞう
 芒原で芒がいっせいに揺れている風景は圧巻だ。「そこだけに」と場所を特定したことで、ちょっとした謎が生まれた。場面が展開する期待感が膨らむ。

晩秋やカーテンたくさん洗はれて   意思
 晩秋の一日、カーテンなどの大物を洗うのは、年末に備えてのことだろう。あちらこちらの家に、様々な色合いのカーテンが干されている。普段は、家の中に吊されているものが、外に吊されるという違和感が面白い。

鴨の群れみんなで揺れているところ   せいち
 一読後、鴨の群れが池に浮かんでいるところを想像した。そしてあれっ?と思った。一言も池とは言っていないのだ。「みんなで揺れている」という表現が、読みの可能性を広げた。

山頭火のぶ厚い眼鏡山眠る   けむり
 山頭火といえば、あの丸眼鏡を思う。ずいぶん分厚い眼鏡だ。冬の静けさの中を、一歩、一歩、土を踏みしめて歩く。聞こえるのは己の足音のみだったかもしれない。分厚い眼鏡が見たものは、なんだったのだろう。

三分ともたぬ面接小鳥来る   幸久
 面接官の句か、あるいは就活の学生の句か。いずれにしても、この面接の結果は想像がつく。残念な面接にもかかわらず、不思議な明るさの漂う句だ。

団栗は転がり鉛筆は止まる   岡野直樹
 団栗のありよう、鉛筆のありようは、こうだよと断定することで説得力を生んでいる。鉛筆は木から出来ているから、団栗に近い気もするが・・・。自然のままの団栗は転がり、人工の鉛筆は止まる。シンプルだがどことなく謎めく。

けふひとつ嘘をつきたり石蕗の花   をがはまなぶ
 石蕗の花は素朴な花である。おそらくこの嘘は、どうでもいいような、小さな嘘だと思う。しかし石蕗の花の前では、その嘘が許せないのかも。

歳時記を置かぬ書店や文化の日   鷲津誠次
  最近の書店は、漫画や雑誌におされ気味。歳時記など置いていない書店も増えてきている。そんな事に気づくのも文化の日だからこそ。俳句を作っても作らなくても、歳時記は読み物として面白いと思うのだが。

朗読の次のページにことりくる   紅緒
 楽しそうな朗読の声が聞こえてきそうだ。本の内容もきっとワクワクするものだろう。小鳥のさえずり、色鳥の愛らしさなど秋ならではの華やぎがある。


2017年11月8日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 11月になって急にぐっと冷え込んできたような気がします。もうすぐ美しい紅葉が見られると思うと楽しみです。数年前に夜桜ならぬ夜紅葉を見に行って、その何とも言えない風情に感動しました。今年もできれば見に行きたいと思っています。

【十句選】

紅葉散りふわりふわりと山を跳ね   いつせつ
 散った落ち葉がじゅうたんのようになっているんですね。秋の山歩きの楽しさが「ふわりふわり」に表れています。

特売品すでに売り切れ菊びより   ポンタロウ
 天気がいいから買い物客の出足も早いんでしょうね。のどかな日常を感じさせる句です。

ポストまで歩いて五分秋深む   けむり
 わずか5分の間に秋の深まりを感じるられるのは幸せだと思います。特に最近急に気温が下がってきたので実感がありますね。

団栗の海蹴散らして砕氷船   二百年
 子供が元気に遊んでいる情景が目に浮かびます。元子供でももちろんOK。

湯豆腐のごとき齢となりにけり   今村征一
 しみじみとした句です。「湯豆腐のごとき齢」とは一体何歳くらいなのか、人それぞれの受け取り方はあるでしょうけれど。

銀杏散る全き色がすべて散る   伍蜂堂
 銀杏の黄金色は本当に鮮やかで、大銀杏が綺麗に色づいている様子は神々しくさえあります。まさに「全き色」ですね。「散る」の繰り返しも効いていると思います。

黄落やエンドロールのごと降りぬ   をがはまなぶ
 情景が鮮やかに浮かんできます。とてもロマンティックな句ですね。

鳥渡る太古から来る胸騒ぎ   紅緒
 渡り鳥の行動に思いを馳せると、壮大な物語があるのではないかという気持ちになります。理屈では説明できない心の動きがそこにはあるのではないでしょうか。

小鳥来てタイムマシンの作り方   幸久
  一見何の関係もないような小鳥とタイムマシーンだけれど、どちらにも空間をこえて移動するという共通点があります。(そう言えば最近あまりタイムマシーンって聞かないですよね?)

団栗を拾ふはいつか捨てるため   比々き
 一読してなるほどと思ってしまいました。考えてみれば人生も拾って捨てての繰り返しなのかも知れませんね。

【ひとこと】

点描の軽きタッチや落ち葉道   草子
 作者の方は切れ字「や」に頼らない句にしたくて努力されたとのことでした。でも「や」に代わる詠嘆を表す言葉が見つからなかったということですよね?
 私が先輩俳人から教わったのは「ア音」から助詞を探してみる、という事でした。そうすると「か」や「は」ということになりますね。または大胆に「ああ」を入れてみるのも面白いかも知れません。


2017年11月1日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先月、白内障の手術のために、数日ほど入院していました。命にかかわる手術ではなかったにしろ、やはり手術前は恐怖でした。そう思うと、死の淵にあっても、「子規」と俳号を名乗った正岡子規は、改めて凄いと感じました。客観的に自分をみることは、実は一番難しいことなのかもしれませんね。

【十句選】

 今回は、メスを入れたい俳句を選びましたので、あしからず。

紅葉落ち季節の移り目でも知る   いつせつ
 「紅葉落ち」で視覚的な情報をもう説明しているので、「目でも知る」はあえて言う必要がありません。

幾万の心虜に月今宵   山畑洋二
 「月」が「幾万の心虜に」していることは分かりきったことなので、表現が月並み過ぎです。

芋煮会近頃弁当食べる会   大川一馬
 「近頃」と入れたことで、シルバー川柳的なオチの俳句になっています。

茶の花や我が身の石の磨かるる   五六歩
 「我が身の石」が何を指しているのか分かりにくいです。

なんやかやうるさい家電文化の日   せいち
 「なんやかや」と無理に五音におさめたことが惜しいです。字余りも一つのテクニックです。「なんやかんや」とした方が、むしろリズムが出て良いかもしれません。

ハンバーグ大帝国は肥ゆる秋   干寝区礼男
 「ハンバーグ大帝国」を生かす取り合わせで、「肥ゆる秋」は違和感を感じます。もっと、現代的な季語が合うと思います。

にゃーちんのママさんどこよトンボさん   干寝区礼男
 「にゃーちん」が何か分からない。また、トンボに問いかける必然性も分からないです。

・・・雨・・・・・雪・・・雨   干寝 区礼男
 視覚的に見せる試みとしては面白いです。しかし、どのように読んで良いか分からない。

星月夜波も夢見る由比ガ浜   洋平
 全体的にロマンチックな句ですが、何故、「由比ヶ浜」なのでしょう?「由比ヶ浜」だけ急に具体性を出していて、中七までの言葉とリンクしにくい。

秋になるとおいしい鮭が我が家に   すずすみ
 ただのつぶやきです。

【秀句選】

ごんぎつね撃ちし銃口煙青し   大川一馬

唐辛子焼け残りたる魔女の鼻   伍蜂堂

入店のメガネ曇るや西鶴忌   さわいかの

青バケツ砂場に残り冬に入る   眞人

猫じゃらし列車来るたび手を振って   岡野直樹