「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2018年4月25日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 新年度が始まって約一か月が経とうとしていますね。
 新しい生活が始まった方はもちろんですが、そうでない方も何かとお忙しくお疲れなのではないでしょうか。
 私も今年度から仕事内容が大きく変わりました。毎日へとへとですが、何とか乗り切っていきたいと思っています。

【十句選】

寂れゆく里に産声若葉光   ふくいち
 若葉光が明るい未来を示しているようです。過疎の里にもたらされた久しぶりの明るい話題なのでしょうね。

制服の少し大きめ春の風   弁天
 制服に着られているような新入生の初々しい様子が目に浮かびます。

自由さに鳥肌が立つ土筆かな   干寝 区礼男
 何が「自由」なのか、様々な捉え方ができると思います。そして鳥肌が立つような「自由」って素敵です。

菜の花や昔先生だつた母   たいぞう
 ノスタルジックな句。菜の花がとても良い雰囲気を醸し出していると思います。

桜咲く妻のハミングベランダに   けむり
 二重に「桜咲く」だったんでしょうか。いずれにせよ、微笑ましい春の情景ですね。

マヨネーズ温き弁当桃の花   さちよ
 マヨネーズが温かいという手元のリアルさと桃の花のマッチングがいいですね。

春蚊打ち寂しい夜が始まりぬ   瀬紀
 寂しさを句に詠むことは難しいです。弱々しい春の蚊が救いようのない寂しさを演出しています。

甘納豆好むをとことしやぼん玉   中 十七波
 甘納豆としゃぼん玉の不思議な取り合わせ。ここから何となく見えてくる男性像があります。

チュウリップ内緒話にご用心   スカーレット
 何かのアニメーション映画でチューリップがおしゃべりしている場面があったのを思い出しました。内緒話はチューリップに聴かれないようにしましょうね。

人類を覗く丸窓春の月   紅緒
 私たちが月を見ているのと同様に月も私たちを見ているということですが、漠然と見ているのではなくて、窓から覗くという発想が面白いです。


2018年4月18日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 新年度が始まりましたね。今年も忙しい予感。それでも充実した忙がしさなら良いかな。どなたか、お時間あるときに飲みましょう。
 それでは今週の十句です。

【十句選】

遠き日の恋も揺れゐる半仙戯   ふくいち
 甘い切なさも感じる良い句でした。

ジグソーの迷ふ一枚春灯し   ふくいち
 「春灯し」が良いですね。「迷ふ」の感じをより強めている。

かろやかな残像残す桜餅   石塚 涼
 「残像」に対して、「かろやか」の語が違和感でした。

轟轟と湖に飲まるる雪解風   太郎
 漢字で「轟轟」としたところが成功している。

一匹はゐるだろ蟻の山頭火   直木葉子
 確かにといった感じ。ありそうでなかった発想かも。

花吹雪手話の三人よく喋る   せいち
 「手話」だけど「よく喋る」が良いですね。とても平和的な良い句でした。

春昼や亀の右足うんと伸び   茂
 「うんと伸び」がとても可愛らしい。

春雲や三つ並んだ稚児の尻   ロミ
 可愛い感じもしますが、「稚児」ということもあって、ちょっとエロスも感じます。

ふらここに聞けば宇宙は一握り   瀬紀
 「聞けば」より「漕げば」の方が、より「宇宙」を感じられると思います。

王子様飛び出す絵本春の風邪   中 十七波
 季語が効いている。この「王子様」も風邪をひいていそうで面白いです。


2018年4月11日

秋月祐一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 四十にして惑わず、と言いますが、ぼくなんか知命が近づいても、惑いっぱなしです。さすがに、自分に何ができて、これから何をすべきかは見えてきましたが、変わることを恐れずに、人生を楽しんでゆきたいと思います(そして、また引越しの可能性が)
 今週は198句の中からの十句選です。

【十句選】

手投弾なげしことあり桜守   石塚 涼
 「桜守」は桜の木の世話をする番人のこと。戦争体験がおありの方なのだと読みました。穏やかに木を育てる「桜守」と、すべてのものを破壊する「手投弾」。取合せにすごみがあります。

朧夜や金属音のライン鳴る   太郎
 LINEの無料電話は、たしかにコキコキした金属音のような着信音です。大気中に水分を多くふくんだ朧月夜(「朧夜」)のやわらかさと、硬質な「金属音」の取合せに、新鮮さを感じました。

奈良町やおひつにたんと豆御飯   谷 百合乃
 「奈良町」は奈良の旧市街。町屋の飲食店で、豆御飯をいただいている光景かと。「おひつにたんと」はかな書きにして、「奈良町」と「豆御飯」を漢字にした、字面のうつくしさも。

砂利を踏む干からびた音すべりひゆ   抹茶金魚
 季語は「すべりひゆ」で三夏。多肉質の多年生植物で、どこにでも生えている雑草です。地を這うように生えた姿が特徴的ですが、この句ではむしろ、表記と音が重要な要素かと。

すきとおるボルシチのあか桜ちる   江美子
 「ボルシチのあか」を「すきとおる」赤だと捉えたところに、発見があります。ボルシチのあかと、ほのかなピンク色のまじる桜の花びらの色の組合せに、作者の美意識を感じました。

うららかや目薬差して口開いて   けむり
 まことにのどかな光景。うららかな日の射す屋外で、目薬を注している。ここまでは、どうということない内容なのですが、「口開いて」がなんともおかしく、俳句だなと感じました。

朧の夜さほりさほりと波の音   ∞
 この句は、何と言っても「さほりさほり」という擬音・擬態語のおもしろさ。女性の人名のようにも感じられます。さほりさほりを「朧の夜」「波の音」がはさんでいる字面もきれい。

春光やドガの来てゐる舞台裏   紫
 ドガの絵画のような、光と影のある舞台裏。すっと景が浮かんできます。季語「春光」も、ドガの柔らかなタッチと調和していますが、いちばんの工夫は「ドガの来てゐる」という表現。

鬼ぜんまいこっそり捨つる疲れかな   みなと
 「鬼ぜんまい」は、ぜんまいに似ているけど、毛むくじゃらで、えぐみが強く、食用には適さないそうです。誰かにもらったのを、こっそり捨てたのか、事情を想像するのもまた一興。

翔びそうな鴬餅の尻つまむ   草子
 「翔びそうな鶯餅」という発想は、ありがちな気がしないでもないですが、「尻つまむ」という実感のある表現によって、鶯餅がほんとうに鳥になったかのような印象が生まれました。


2018年4月4日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 小さな公園を透して見える御宅で、毎年はくもくれん(白木蓮:春の季語)が咲く。初めの頃は、針の先ほどの銀のつぶつぶが朝日に光っていたのが、日一日とかさを増す。ついに今朝、空に向かって手のひらを開くように、白い花弁を楽しませてくれました。

【十句選】

瑠璃色の真珠一粒春の蠅   せいち
 昆虫の春の目覚め。その一瞬の驚きを光学のマジックに見立てた。中七『真珠』を『珠(たま)の』に変えも、句の口誦性や印象が、少し変わってくると思う。

春の猫けふも朝から前のめり   素秋
 上句と下句の間が、旧仮名の表記で軽く『切れ』て、軽快なラップでユーモアが生まれる。『前のめり』が愉快。 公園に集う高齢化ワンチャンにも聞かせてやりたい。

物干しにズボン春風の足踏み   抹茶金魚
 心待ちしていたはずの休日が、無為に過ぎようとしている一人の男が。詩的で、どこかユーモラスな言葉『春風の足踏み』が、そんな男の世界を創りだした。

風船を付けて目を引く献血車   美凡
 真昼の駅前。いつもは、人目を憚るようにして人を待つ献血車。どうしたことか、今日はチューリップ畑のように、とりどりのゴム風船が おいでおいで をしている。

靴箱に靴三月十一日   けむり
 七年前のあの日の 欠落感や無念がひたと伝わる。でも、句としても言葉足らずの印象が拭えない。助詞に注目し < 靴箱の靴の三月十一日 > などと、補筆も あり かな。

チューリップ私の血はね翠色   干寝区礼男
 メルヘン調の対話が進行する、ふしぎの世界に迷い込む。杉田 豊の絵本の一ページ楽しむときのように、俳句としても完成しているのだと思った。

空っぽのコショウ瓶振る初燕   じゃすみん
 奇しくも今日が、初ツバメに日となった。空のコショウ瓶を透して光る空の色。パスタの皿で鳴るフォークの音。視覚も聴覚も、だれもが初飛翔を祝福しているのだ。

括れたる壺の形に寒戻る   瀬紀
 感覚的な着眼点に着目した句。骨董趣味の友人の得意顔が目に浮かびそう。中七『壺の形に』は、『壺の形や』と切ってみる。と、説明が消え、句が大きくなる。

蒲公英を除けて通りぬ車いす   瑠璃
 句の驚くべき寡黙さ。だからこそだと思う。多彩な景を、豊かな人物像を、二人の人間関係・・・などなど、連想させる力が漲る。すごい!

古雛や母と二人でメロンパン   ぐずみ
 古雛、母、二人 と、似た語感が続き陳腐さが気になる。季語『古雛(ふるびな)』を『雛ぼんぼり』などにイメージ チェンジすると、メロンパンは生きてくると思う。

【注目した五句】

行く春の紐の長きや灯を消して   伊奈川富真乃
 下句を大胆に整理し、鮮明な景にしたい。< あかり消す春の名残の紐長く > など。

好文木ギリギリぐぐぐスクワット   ロミ
 好文木(コウブンボク)が梅だと教わる。擬音語が梅の古木のイメージを支援した。

蛇穴を出て口紅をさす女子高生   ∞
 蛇が紅をさすと、句はもっとおもしろく。< 穴を出て紅をさす蛇 女子高生 >も一案。

いいじゃない正直者でちゅーりっぷ   草子
 切れの位置が安定せず、句意が発散する。< ちゅーりっぷ正直者でいいじゃない > では?

切れさうで切れないご縁種物屋   中 十七波
 歴史的な季語『種物屋』を、ユーモラスに今に生かした。『付き過ぎ』の誹りはパス。


2018年3月28日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 小豆島に行って来ました。中一日は荒天だったのですが、雨の中にも雲雀が鳴き、オリーブ畑の白銀色が印象的でした。島のあちこちに醤油蔵のある昔懐かしい風景の中にアートのオブジェが置かれています。寒霞渓では猿の群れにも合いました。小豆島の車は軽自動車ばかりで、山道も対向車が無く、怖い思いをすることがなかったのがよかったです。
 さて、今回は199句の中から。

【十句選】

春泥をまづ六年の跳びにけり   伊奈川富真乃
 通学路でしょうか、道を塞いだぬかるみを、まず六年生が跳び越えて見せました。子どもたちの眼の輝きが見えるようです。六年生の面目訳如の一瞬ですね。

鉛筆で書く問診や花曇   谷 百合乃
 鉛筆で書く問診は消しゴムで消せます。だから、気楽に書くことができるか、というとそうでもないのですね。食欲があるのかないのかさえ時と場合によりますし、逡巡し始めるときりがありません。そんな時間を、花曇りでやさしく包んで見せた句だと思いました。

行商の魚をさばく梅の下   ∞
 もう10年以上前になりますが、家の近所にもワゴンの魚屋が来ていました。ワゴンの後ろ扉を開けると鮮魚が並び、注文に応じて捌いてくれます。珍しい魚の調理法を教わったりもしました。掲句では、梅の木の下で商売が始まったのでしょう。魚を捌くプロの手際が鮮やかです。

三歳と告げる墓前のお中日   輝久
 お中日は春分の日。その前後三日を彼岸とし、お墓参りに行く習慣があります。お墓に眠るご先祖に、元気に自己紹介する子どもがほほえましいです。春のお中日の明るさを感じました。

イーゼルの位置取りをして梅見かな   吉井流水
 自分のイーゼルを良い場所に据えて、それからやっと梅を見て回られたのですね。梅見より写生の方が大切なのでしょう。絵画仲間と来られていたとすると、位置を取るのも競争だったかもしれません。

辛夷咲く昭和の歌の流れけり   スカーレット
 「昭和の歌」とは昭和時代の歌謡曲のことでしょう。平成ももう三十年になりましたが、昭和の歌謡曲には今も特集番組が組まれるなど根強い人気がありますね。♪辛夷咲くあの丘北国の〜、という歌も連想されますが、寒い冬を耐えて咲く辛夷は、昭和歌謡のイメージに良くあっていると思いました。

春光の溢れて広き過疎の村   戯心
 過疎の村は、本当は広くはないのでしょう。人家のまばらになった村、子どもの居ない学校や公園が、春光の中に広々と見渡せたのです。「春光のあふれて」という明るい措辞から、寂しい「過疎の村」へと屈折してゆく中で、「広き」という把握を見出しました。人は消えても、春光の明るさにはどこか救いのあるような気もします。

どしやぶりの車の下の恋の猫   中 十七波
 寒がりの猫は、エンジンの温みを慕って自動車の下に入り込むことがあるようです。掲句の猫は、雨宿りをしているのですね。しかも、その雨が土砂降り。人間ならデートに出かけるのもためらわれるような雨なのでしょう。けれども猫は、いつ発車するかもしれない車の下で平気です。家に籠もってなど居られない恋の季節、雨と車で恋猫も一編のドラマになりました。

貝寄風や漁師の町の地蔵堂   天野幸光
 漁師町にも地蔵堂がありました。海に生きる人たちの子どもを思う気持ちが地蔵堂から伝わってきます。実際に子どもの姿はないのですが、小さな貝殻や藻屑を吹き寄せる貝寄風が、よい取り合わせだと思いました。

目借時ぐーんと伸ばすフェルマータ   紅緒
 フェルマータは音符や休止符に付される奏法記号で、任意の長さまで伸ばします。掲句の場合、任意の長さはどれくらいでしょう。「ぐーんと伸ばす」が面白いと思いました。演奏の昂ぶりに眠くて堪らない「目借時」のミスマッチが効いていると思います。

【その他の佳作】

荒波に揉まるを知らず卒業す   今村征一

寝せば目を閉じる人形春の庭   藤井美琴

光るとは濡れていること春の月   遅足

水温む部活やかんにシミ・凹み   酒井とも

ふらここの窪みへ今朝の小糠雨   じゃすみん

マドンナの左利知る春の宵   茂

Gパンを七分に折りて春の川   輝久

春の空雲やわらかに洗濯日   瀬紀

憂鬱は座る鶯餅のまへ   比々き

谷間より出づ山茱萸の花灯り   スカーレット

鳶の笛聴く春苑の車椅子   戯心

ハモニカの小さな窓から早春賦   紅緒



2018年3月21日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 町に出てみると、もう明るいカラーの春コートの人もいれば、まだウールのジャケットをはおって歩く人も。今日、3月17日はきれいに晴れていましたが、空気は冷たかった。どちらの服装でも違和感のない、季節の変わり目を目の当たりにした一日でした。
 私は、まだセータを手放せません。それもタートルネックです。やせ我慢できるほどおしゃれではないというか。無理はできない性格といいましょうか。でも、俳句は季節の先取りを心掛けるようにしたいと思っています。

【十句選】

滑り台のてっぺんに立つ風光る   ロミ
 「立つ」と一度切って「風光る」と続けたリズムがとても効果的。てっぺんの気持ち良さがよく伝わる。私などは、たぶん立つとひるむのですぐに滑りそう。

京都駅徒歩八分の春の月   藤井美琴
 京都駅と徒歩八分の場所は、自宅?それとも待ち合わせ場所か、職場か。春の月を仰ぎながら、春の月とともに八分を歩く幸福感。

住み分けて平和な世界炬燵塞ぐ   抹茶金魚
 「炬燵塞ぐ」は、春がきて炬燵を片付けること。確かに「炬燵」は、人が住み分けている空間のような気がしてくる。「世界」とまで言った気分も共感できた。
 炬燵の無い生活を2、3年続けたことがあったが、やっぱり出して過ごすことにした。パソコンを据えて本を積んだ狭いながらも自分の世界を、塞ぐ季節がきた。

ようするに雨きらいです余寒かな   干寝区礼男
 「ようするに」なので、その前に長々と言い訳めいたことを述べているのだ。「雨きらい」を、けっこうその省略が面白くしているように思った。最後に余寒が出てきて、雨よりも余寒がきらいなのだ、とも思わせる。ただ、「かな」と急に恰好つけなくとも「余寒です」と言えばいいかと思う。

桜餅母は切り出す適齢期   谷 百合乃
 「適齢期」って、今の時代も言われているのだろうか。桜餅が醸し出すほのかなやさしさから「切り出す適齢期」と厳しさへ一気に展開したところが面白い。

猫の墓猫がまたいで春の闇   五六歩
 飼い主が、以前の愛猫のために掘った墓だろう。それとは知らず、墓の向こうの闇に柔らかく踏み込んで行く猫。少しばかりの無常と無情を感じた。

佇めば何するとなく摘む土筆   天野幸光
 土筆を見つけると、なんとなく摘んでしまう。そう「何するとなく」という感じがする。中途半端な数を摘んで、可哀そうなことをしてしまうことが私にもある。「佇めば」が不要なのだと思う。言わなくても佇んでいたのだろうということは想像できるので。

点滴に時間をくれてやる遅日   白石明男
 「点滴」を詠んだ句はよく見かける。でも、点滴に悪態をついている句は読んだことがなかった。「くれてやる」と言い放ったあとの「遅日」に、情けなさと切なさがでている気がする。そして可笑しみも。

自転車でめぐる廃墟や春休   比々き
 「廃墟」は、建物・市街などの荒れ果てた跡。レンタサイクルだろうか。めぐるかろやかさが自転車だけでも出ているが、最後の春休がとどめのようにあっけらかんとしている。「廃墟」に気の毒なくらい。そこが面白かった。

萵苣を剥く手が羽ばたいているような   マチ ワラタ
 萵苣(ちしゃ)は、キク科の野菜で、ヨーロッパ原産のレタスやサラダ菜のこと。葉っぱの方ではなく「手が羽ばたいているよう」な感覚が面白いと思った。同じ作者の「俎板にあるいは胸に置く水菜」も野菜の不思議な句。


2018年3月14日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 この欄で繰り返し書いていることですが、俳句で時事を詠むのは難しい。ニュースに対してすぐに句を作ろうと思うと、どうしても新聞や雑誌の影響が強くなって、ありがちな感想をありがちに述べる、月並みな言葉しか出ないことが多いからです。
 今回、五輪関係の句や、金子兜太さんの逝去に関する句がいくつかありました。もちろんニュース、時事に対しても、個人的な体験や独自の切り口から表現が生まれれば言うことはないのですが、簡単ではないですね。五輪はみんなメダル争いに一喜一憂しますし、選手の言動が流行する。金子兜太は現代の最重要俳句作家で、直接面識はない私も少なからず衝撃を受けました。
 時事に限らず、春は待ち遠しく希望のあるイメージに向かいがち。そこをどう切り替えるか、というところを意識して選んでみました。
 しかし言葉足らず、五七五の定型に無理に押し込めようと無理に言葉を補ったり、造語でわかりにくくなっているものは採りませんでした。

【十句選】

心臓と春雷むすぶ導火線   干寝区礼男
 結べるはずのないふたつを、導火線でつないでしまった。インパクトの大きな単語が並びますが、まとまっており、みずみずしい青春を感じさせる、いい句だと思いました。

梅咲いて親戚のまんぼうが来ている   ∞
 「梅咲いて庭中に青鮫が来ている 兜太」のパロディですね。追悼もこういう変化球は楽しい。親戚のまんぼうとは一体なにものか、ちょっと川柳的なナンセンスも感じます。

すこやかな磯巾着は悲しんだ   幸久
 健康だからこそ素直に悲しんだり、また楽しんだりできるのかも。散文的ですが不思議に哲学的な感傷を誘う句。

愛の句を詠めずにいまだ桜餅   谷 百合乃
 愛の句を詠みたいとのこと、その前向きなチャレンジ精神こそ俳句の原動力ですね。そして愛そのものは詠めないけれど、そんな状態を楽しみながら桜餅を楽しめる、それも俳句だと思います。

啓蟄やそもそもがもぞもぞの星   紅緒
 もぞもぞの星、というのはよくわからないですが、そもそも万物がもぞもぞ動いている星に啓蟄が訪れた、といったところでしょうか。言葉遊び的ながら雄大な句。

境内にふたつ径あり花の兄   ぐずみ
 花の兄は梅のこと。つまり内容は境内に道があるというだけで、そこに梅が開いていると気づくだけで俳句になる。中7は「径ふたつあり」のほうが道に焦点化されるのでよいかも。

海豚寝て北半球は鳥曇り   マチ ワラタ
 目の前で寝ている海豚、上に広がる曇り空、それを地球レベルでとらえた、視点の広がりが雄大で気持ちのよい句。

我に似てふぁんきーに咲く盆梅かな   弁天
 ふぁんきーに咲く盆梅、いいなあ。しかし句の技法として見ると、無理に「かな」を使って字余りになりリズムが悪い。また我に似て、というのはちょっと自意識過剰かも。

春遅々と逆さに立てるマヨネーズ    たいぞう
 なかなか暖かくならない初春の空気のなかで、マヨネーズの存在感がおもしろい。

交番の留守をしてゐる紙雛    今村征一
 これは単純、素直な句ですが景の浮かぶ句。

【選外佳作】

春の月幻想なりき造船の島   kumi
 幻想を幻想といってしまうとネタバレのようですが、雰囲気のある句。字余り、破調ですのでたとえば「幻想の造船の島春の月」とすれば定型におさまります。

少しずつ崩れゆく冬キスしても   干寝区礼男
 熱情的な句。冒険的な句ですが、ドラマ好きの若者がよく作りそうな句でもある。

春暁やプチンパチンと爪を切る   茂
 オノマトペが楽しい句。春暁、眠りから醒めた早朝という設定がふさわしいかどうか。

春暁や八分音符に鳴る食器   谷 百合乃
 同じく季語が疑問。「食器にも春の音があるような朝のコーヒーカップ!」と自解いただきましたが、むしろこのコメントのほうが俳句的。「食器にも春の音あるティーカップ」とすれば、「春の音」ってどんな音だろうと想像が膨らみます。

春ショール靡かせ湖の展望台   太郎
 類型的ではあるもののカッコいい風景。湖というところがオシャレ。

冬はつとめて徐に太極拳   素秋
 枕草子的な季節感に、ゆったりと大陸的な動きがくわわり味わい深い。

燕来るDNAに半減期   直木葉子
 へぇって思いましたが、まあ豆知識ですね。


2018年3月7日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 3月に入り、松山は急に春らしくなりました。春は空からやって来るように思います。道後公園の梅は、馥郁とした香りを放っています。北国の方は、まだ先になりますね。あと少しの辛抱です。春を待つ気持ちは、いつの世も変わらないものだと思います。歳時記を読んでいるとしみじみとそれを感じます。
 今週は、春を待つ句、春の句が沢山ありました。みなさんから春をプレゼントされたような気がして、幸せな気分になりました。

【十句選】

春隣ピアスの小鳥耳に飼ふ   短夜の月
 お気に入りのピアスは、小鳥をモチーフにしたもの。「耳に飼ふ」ほど毎日つけているらしい。きっと可愛らしい人なんだろうなあ。春隣は冬の季語だが、小鳥のピアスの登場で明るい景が見えてくる。

夜は星に色をあづけて犬ふぐり   今村征一
 「色をあづけて」という措辞がいいと思った。虚子の句に「犬ふぐり星のまたゝく如くなり」がある。虚子は昼、今村さんは夜の犬ふぐりを詠んだ。一日花で夜はしぼんでしまうが、翌日には新たな瑠璃色が地面を覆う。

日溜りをなして堅香子咲くところ   今村征一
 堅香子(かたかご)という音読の響きが美しい。清々しい花が、日溜まりにかたまって咲いているのは、いかにも早春らしい。しばし万葉の世界に遊ぶ。

歯型とるナースの白衣冴返る   けむり
 近頃は、ナースの制服も淡いピンクやブルーなどがあるが、この句では白。きびきびと動くナースが歯型を取っている仕草がユーモラスだ。

恐竜の折り紙細工風光る   彩楓
 感覚的な季語「風光る」に対して、具体的なものとして恐竜の折り紙細工がある。恐竜からは、時間的な広がりが感じられる。それがいかにも春の気分だ。

春一番蔵に立てある猫車   彩楓
 ああ、こんな光景、確かにあったなあ、と懐かしく思った。猫車という言葉自体、久しぶりに目にしたように思う。春一番が吹く頃の、土や砂の感触が伝わってくる。

夕星や砂場に残る春ショール   じゃすみん
 子供たちが去り、誰もいなくなった夕方の公園の砂場に、忘れ物の春ショールがぽつんと残っている。若い母親のものであろうショールは、優しい色と柔らかさを風にゆだねている。そこだけが、まだ昼の名残を留めているのだ。しみじみとした佳句。

春めくや傍に暗記の百人首   みなと
 友人に百人一首の読み手がいて、よくその話を聞かせてもらっている。覚えるのも大変らしいが、覚え方にコツがあるらしい。私もいつか、覚えてみたいと思うが、なかなか実現出来そうもない。百人一首の華やぎには、春がよく似合う。

オリオンのひとつを胸のポケットに   草子
 オリオン座にまつわる物語を思い出した。オリオンの星をひとつ拝借してポケットに入れたら、きっと強くなるんだろうな。自由な発想が魅力的な一句。さそりの針にはご用心を!

福耳の片方潰れ種付師   瑠璃
 種付師の風体が想像できる。きっと体格のよい屈強な人。暴れる動物に片耳をやられたのかもしれない。「福耳」と種付師の取り合わせがいいと思った。句材が面白い。