「e船団」のドクターがあなたの俳句を診断したものです。


2018年6月27日

内野聖子ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先日、俳句甲子園地方大会の審査をしてきました。毎年のことですが、高校生のパワーに圧倒されて、私も頑張らなければという気持ちになりました。そして高校生には、この年代にしか詠めないようなキラキラ輝いた句を詠んでほしいと大いに期待しています。

【十句選】

扁額の文字を斜めに燕来る   まゆみ
 燕が特徴的な飛び方をしている光景を上手く切り取って詠んでいると思います。

療院の裏どこまでも夏木立   銀雨
 「どこまでも」に生命力溢れた夏木立に圧倒されている感じが表れていて、療院との対比が際立っています。

古民家の円座少しく湿りたり   みさ
 古民家の薄暗いひんやりとした雰囲気がありありと伝わってきます。本当は湿っていないけれど、湿ったように感じられるのかもしれませんね。

ふる里の闇に忘れし蛍籠   たいぞう
 蛍籠って今も使われているのでしょうか。忘れ去られていくものへのノスタルジーが感じられます。

蛇の衣四等分の福来たる   谷あやの
 蛇の脱皮した皮は金運アップのお守りになると言われていますね。四等分ということは分けたということでしょうか?分かち合う幸せもありますよね。

浮草や動くものなきガラス鉢   弁天
 金魚(など)のいないガラス鉢に浮草だけが入っているというひっそりとした佇まいが浮かびます。少し寂しい夏の光景ですね。

塵芥車額紫陽花に触れて去る   マチ ワラタ
 紫陽花に触れたのは「車」なのか「車に乗っていた人」なのか想像が広がります。塵芥車と紫陽花という一見無関係なものを取り合わせたのも新鮮でした。

黒南風やますます遅くなるPC   をがはまなぶ
 梅雨空のただでさえうっとおしい雰囲気の中、PC作業も捗らないんでしょうね。PCの問題なのか、それとも気持ちの問題なのでしょうか。

六畳が母の世界や蝸牛   比々き
 年を取って部屋にこもりがちになった母親の姿を見ると切ない気持ちになります。以前は活動的だったりすると尚更ですよね。ゆっくり歩む蝸牛との取り合わせが何ともいえません。

夏草やべりべりと過ぐ一ヶ月   紫
 「べりべりと」過ぎるってどういう感じなんでしょう。でも何となくわかるような…。表現の面白さに惹かれました。


2018年6月20日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 6月は、草木がぐんぐん伸びて、緑濃くなる季節です。雨の日は、窓の先にある木々が全身で喜んでいるように見えます。緑の葉に落ちた雨粒は幸せですね。
 あっ、いい句が、浮かびましたか?
 裏庭では、ひと株からどんどん増えていった十薬(どくだみ)の花が、今、満開です。白い十字の花が好きで、一枝をガラスの小瓶に挿しました。
 今週もたくさんのご投句、ありがとうございました。

【十句選】

路地裏のここにこの花夏来る   たいぞう
 具体的な花の名前が欲しいところ。あまり知られていない花かもしれない。毎年、同じ時期、同じ場所に必ず咲く。長年、同じ道を通っていると、こんな光景に出会う。「路地裏」だからこそ気づいた花。

麦秋や母はわが子の髪を編み   けむり
 初夏、一面黄色となった麦畑は、独特の美しさと郷愁がある。膝に子を座らせ、幼い髪をとかし、三つ編みにする若い母の姿。母の髪、子の髪ともに黒々と豊かである。

捩花正直ものでねじれ居り   谷あやの
 捩れて咲くのは、その花の性質であり、困ったことではないのだけれど・・・。それを正直者で、と断言したところが面白い。

迷ふことなくてをとこの更衣   せいち
 男の更衣、シンプルでいいな、とつい思ってしまう。敬愛する「こんまり先生」のおっしゃるように、ときめくか、ときめかないか、捨てるか捨てないか、いつも思案する身としては羨ましい更衣だ。

赤ん坊が薫風の息吸ひはじめる   ぬらりひょん
 薫風の息、という発見が面白いと思った。この世に生まれて初めての息が、すがすがしい初夏の風とは、幸先のいい赤ちゃんだ。字余りも、ゆったりとした、時間が感じられる。

ここいらで閑話休題雲の峰   幸久
 それはさておき、と本題に入る。その一呼吸の先には、入道雲(雲の峰)が、えっへんと夏空を陣取っている。閑話休題という言葉が、話言葉の続きのように俳句に持ち込まれている。

涼しさやチジリ刺繍に赤少し   紫
 暗いトーンの刺繍柄に僅かな赤色が映える。差し色としての赤の効果は抜群だ。涼しさと赤の対比がいいと思った。

鬼芥子を誰彼と無く覗きけり   みなと
 ビビットな色の花びらと、中央部の黒々した部分が人の目を引く。それを、「誰彼と」と詠んだ。鬼芥子には、つい覗き込んでしまうような魔力があるのかも。

六月の縄文杉の正気かな   じゃすみん
 不思議な感覚の句だ。縄文杉は、樹齢3000年以上とも言われているらしい。それだけでも、神々しいというか、畏れ多い、という気がする。だから、普通なら、「狂気」としたかもしれない。それを「正気」とした感性が面白い。

草笛や弟を呼ぶ父の声   彩楓
 作者は、兄弟の兄のほう。兄の目線で詠まれている。父親と兄弟が登場人物だが、色々な場面が想像出来る句。素朴な草笛が生きている。


2018年6月13日

山本たくやドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 早いもので、今年で俳句を始めて10年目。今回が私、二十代最後のドクターです。30歳からもよろしくお願いします。

【十句選】

更衣まだよく動く手足持ち   洋平
 年々、確実に歳を重ねていって、体の自由がきかなくなる様子を、「衣更」の季語でも表している点が良かったです。

打水の乾く速さを生きてゐる   抹茶金魚
 行き急いでいるということでしょうか。旧字体も相まって、どこか哲学的。

夏灯口説きそこねのコークハイ   せいち
 どうしようもない感じが面白いですね。「コークハイ」のチョイスもお子ちゃま感を出していて、さらに面白い。

善人の顔にも疲れ毛虫焼く   たいぞう
 誰にでもある「心の闇」の発散の仕方が、とても乱暴で、しかし、掲句はそこが良い。

戯れの渦中緋鯉の低酸素   藤井美琴
 「低酸素」が不可解でしたが、上五に戻って「戯れ」を見直すと、なるほどと感じる句でした。

ルンバなるもの飼つており夏痩せぬ   酒井とも
 掃除機を「飼つて」いるという面白さ。

右を向く麒麟の首に夏の風   茂
 「夏の風」が「右を向」いたときに吹くという描写です。この一瞬の切り取り方が良いと思いました。

誘われて紫陽花のいる視界かな   干寝 区礼男
 中七までは平凡ですが、下五であえて「視界かな」としたところが面白いと思いました。見ている世界を再認識させられたように思わせる。

虫たちとサイダーと死と木陰かな   干寝 区礼男
 名詞の羅列ながら、ミステリー感のある俳句。動詞や形容詞が無いことで成功している句。

マリンバの激しき打奏実梅落つ   草子
 「マリンバ」のチョイスが良いですね。「実梅」が落ちる様子も陽気な感じがします。


2018年6月6日

秋月祐一ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 先週末は俳句グループ「船団」の初夏の集い(年にいちどの全国大会のようなもの)、今週末は短歌のシンポジウム「ニューウェーブ30年」に参加してきました。こういう俳句や短歌のイベントは、会の内容ももちろんですが、そこで出会うさまざまな人びととの対話から、創作に向きあうパワーをもらえるような気がします。未体験の方は、参加可能なイベントを見つけたら、ぜひ参加してみてくださいね。今週は181句の中からの十句選です。

【十句選】

キスしてもいいよと迫る夏の蝶   ふくいち
 蝶というのは、ふつうは人が近づけば、ひらひらと逃げてゆくもの。それが「キスしてもいいよ」と迫ってくるのだから、ちょっと怖い。季節的には「夏の蝶」が似合っているような気がします。

話つてそれだけですか川開   幸久
 この「話」はどのようにも想像可能ですが、恋の気分が濃厚なのでは。呼びだされて、いざ来てみたものの……という場面を想像。「川開」との取合せで、シンプルな台詞が引き立っているように思いました。

再診の女医の質問走り梅雨   谷 百合乃
 女医が患者に質問するのは当然ですが、「再診の」と付けたことで、ぐっと興味をかきたてられました。「再診」「女医」「質問」と漢語をならべて、最後に「走り梅雨」で収めているところ、巧みですね。

来し方に不可も可もなく豆の花   たいぞう
 「不可も可もなく」という語順に注目。不可が先にくることで、じつは不可だったんじゃないか、というニュアンスが漂ってきます。そんな人生に寄り添うような豆の花。じつにさりげなく、可憐に。

二十分で終る散髪夏来たる   せいち
 千円か千五百円くらいのスピード床屋でしょうか。それとも、ふつうの床屋で、もともと短髪だから、短時間でカットが終わるのか? 髪を切ってもらってサッパリした気分が「夏来たる」の思いにつながります。

金亀虫絶対領域へと進む   マチ ワラタ
 「絶対領域」とは、ミニスカートとニーハイソックスのあいだの露出された太ももを指す言葉。「金亀虫(こがねむし)」はそこへと進んでゆくのです。絶対領域の持ち主の悲鳴が聞こえてきそうな一句。

裸でも一服をする男かな   をがはまなぶ
 たとえば風呂上がりの、裸のままで一服をする男性は、作者の自画像でしょうか。あるいは、べつの男の裸を眺めているのかもしれませんが。気っ風のよさと同時に、どこか物悲しいその姿が浮かびます。

かざしもにマクドナルドや桐の花   酒井とも
 この景の切りとり方を、とても美しいと感じました。「マクドナルド」と「桐の花」という、和と洋、古典的な美と現代の対比。そして、ひらがな、カタカナ、漢字という表記の使いわけの妙なども。

五月雨やこの世の仕組み見える席   ∞
 なにも特別な場所でなくていい。日常のすきまから「この世の仕組み」が見えてしまう席と出会ったんでしょうね。「五月雨」との取り合わに、この世を眺める視点のやさしさのようなものを感じました。

ハイビスカスあたしは一寸ちがうのよ   スカーレット
 あたしは他の女とはちがうのよ、というアピール。ハイビスカスとの取り合わせから、せいいっぱい背伸びをした、若くてかわいらしい女性をイメージしました。背景に青い海が見えるようです。


2018年5月30日

須山つとむドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 庭のシャクヤク(芍薬:夏の季語)が花を終えた。山登りをかね、京都府の美山町に ベニバナヤマシャクヤク(紅花山芍薬)の群生地を訪ねた。『絶滅寸前種』指定の、白、うす紅色の可憐な花が、杉の林に数千本も咲いていた。 今週も新しい季語との出会いが楽しみです。

【十句選】

ペンの先漢字を忘れる梅雨近し   まゆみ
 着眼点を少しずらして、ユーモアをたたえる楽しい句となった。『ぺん先を逃げ出す漢字』などと、説明調から脱する工夫が加わると、句はさらに活写されるのでは。

榛名嶺の雲やわらかし花蘇芳   太郎
 『はるなみね(れい?)、くもやわらか、はなずおう』と、音の調べがまろやかで、心地よい。未だ見ぬ榛名富士の秀麗な山容と、夏始めの湖面のひかりが目に立ち現れる。

自販機の口にごとりと夏来る   たいぞう
 擬音語の『ごとり』から、四角く立ちはだかる自販機の姿と、町かどの情景がリアルに見えてるく。中七『口に』は、『口を』とすることで、視界の広がりが少し変化するかも。

樟脳舟円周率のエンドレス   素秋
 裸電球、金だらい、夜店・・と、昭和を彷彿させる品々。下五『エンドレス』は説明過多で、句の流れにもそぐわない。『円周率を吐き続け』などと、違った光で照らす工夫も。

青葉風あー1号棟の煉瓦壁   ポリ
 気鋭の建築家の作品を目の前にした、ワクワク感が伝わる。コンクリートの白い肌が句を引き締めている。下五の『の』が、唯一の欠陥、削除も一つの決断か。

降りそうでふらぬ一日を栗の花   ∞
 下五がもし『卯の花腐し』なら、どうしょうもない句だろう。 時たま薄日が差し汗が肌にまとい付き、アノ匂いが微風に絡まって来る、栗の花の存在感。下五の『を』は蛇足。

顔に虫ぶつかる薄暑丸の内   をがはまなぶ
 懐かしさを感じなくなるほどに変様してしまった、丸ビル街。でも、一新されたデザインの街若葉が、世界の新都心を演じてくれることだろうと、連想させるのがこの句の魅力。

はや夏に入りたる胸の白さかな   紫
 見るともなしに、つい目にしてしまう妙齢の胸の白さ。この句に惹かれるのはきっと、三鬼の『おそるべき君等の乳房夏来る』の句の偉大さを思うことに通じるのだろう。

山法師の花の上行くモノレール   瑠璃
 四枚の白い苞が清楚に開く山法師の花。落ち着いた住宅街のどの庭にも、不思議と山法師の花がよく似合う。鎌倉の丘の屋敷街を、白花に触れて進行する湘南モノレールを見た。

郭公やひとり墓碑銘彫る石工   ぐずみ
 遠くにカッコーの声、近くで暮石を刻む音。文学作品で出会いそうな濃い情景。ただ、郭公の声には寂寥感が伴い、中七『ひとり』と重なる。『ひがな』など、別の楚辞の工夫を。

【注目した五句】

郭公や茶漬に阿茶羅漬そへて   直木葉子
 取り合わせの大胆さが愉快。鳴き声の調子から、季語は杜鵑(ホトトギス)でもOKか。

本音また云ひてしまいて葱きざむ   日根美恵
 下句を『云ひてしまいぬ夏の葱』と替えると、情の句から夏の景の句へと変転する。

花菖蒲忙しき日も良き姿勢   彩楓
 水辺に剣状に立つのは、凛とした働く女性の姿。中七『日の』として、説明を弱めたい。

雨蛙園児の靴の中にをり   スカーレット
 下句をとことんメルヘンちっくに、『園児の靴のかくれんぼ』などと、遊んでみるのも?

やわらかな唐突夏蝶のデヴュー   紅緒
 意味はともかく、上句の言葉の詩に嵌まった。『デヴュー』は最上の楚辞だろうか?


2018年5月23日

星野早苗ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 暑くなったり寒くなったりで、何を着ていいのか分かりません。
 皆さんいかがお過ごしですか。
 先日、京都・山崎の「聴竹居」に行って来ました。ここは建築家、藤井厚二の自宅でした。藤井は「環境共生住宅」を目指し、地下にパイプを埋めて川風を床下に通したり、網代編みの天井に風を通したりの工夫をしています。ビルや公共の建物より日本の庶民の家を良くしたいと考えた藤井の理想が実感できるモダンな住宅でした。
 さて、今回は183句の中から。

【十句選】

残されて紙風船の四角かな   輝久
 折り紙の紙風船でしょうか。あんなに熱中して子どもが遊んでいた紙風船なのに、今は置き去りにされて四角くそこに残されています。その様子を即物的に詠んで成功した句だと思いました。

建て付けというほどもなき海の家   藤井美琴
 床に柱と屋根があるだけの海の家。壁も最小限で、立て付け云々以前の建物なのでしょう。しかしそこを片付けきれいにして、今年の営業が始まります。まだお客は誰も来ていない海の家ですが、にぎやかな真夏の様子が予感されます。

スニーカーの色はとりどり鳥巣立つ   けむり
 思い思いのスニーカーの色に、独り立ちしてゆこうとする子どもたちの個性が垣間見えたのではないかと思いました。にぎやかな声と明るさが感じられる句だと思います。

滴を集め水分なすところ   今村征一
 山中の岩や苔から滴った水が、集まって川となり流れます。その水が分かれてそれぞれの田へと引かれていく水分(みくまり)は、豊穣への祈りが捧げられる場所なのではないでしょうか。万緑を水の巡る、大きな風景が想像できました。

一村を水に浮かべて桐の花   ∞
 田に水が張られた直後の風景だと思いました。田んぼの中の集落が、水にすっかり取り囲まれてしまったのでしょう。背の高い桐の花の紫が水に映えて美しく見えます。田植え前の数日の特別な景色です。 

木漏れ日の中に木漏れ日夏は来ぬ   スカーレット
 木漏れ日の道が続いていたのでしょう。そんな道を辿って着いたところも木漏れ日の中、さまざまな場所が想像できます。青葉の季節が満喫できる句です。

 母の日やおまけのついたプレゼント   スカーレット
 お母さんを喜ばせようとおまけを付けたのは、小さい子どもではないでしょうか。その智恵のひらめきが頼もしく、おまけ付きのプレゼントはどんなプレゼントより嬉しかったのでしょう。

余生には敵をつくらず豆の花   たいぞう
 社会に生きることは時に厳しく、争って敵を作ることもあったでしょう。けれども、これからは敵を作らず豆の花のように素朴に生きて行こうと決心しています。実際また、本来の人生に敵など作る必要は無いのです。

前のめる父の形して耕せり   みなと
 春になって田畑を打つ自分の姿が父の姿に似てきた、と気づきました。顔や体型など、年とって親に似てくることは多いですが、作者は前のめりの姿勢が父の形(なり)だと思ったのです。それは仕事に対するアクティヴな姿勢の表現なのでしょう。

新緑や半分開く御堂の扉   まどん
 仏像を安置してある御堂の扉が半分開いています。普段閉じられている扉なので、目を引かれますが、中は暗くて見えません。人を誘うような御堂の扉と周囲に輝く新緑が印象的です。

【その他の佳作】

母の日と知りて飯場のパイプ椅子   輝久

傷だらけ恋猫の何食はぬ顔   素秋

五月雨やコーヒーカップ日替わりに   谷あやの

褒められて言ひ値で買ひぬ夏帽子   ポンタロウ

蟻になるなと唄う矢沢永吉   空見屋

バスでしか行けない町を夏の月   ∞

井守泳ぐ太古をつなぐ貌をして   みなとみらい

山笑う外輪船の水しぶき   岡野直樹

鎌倉も夏きざし喉仏かな   マチ ワラタ

点滴のスタンド曳いて若葉まで   草子



2018年5月16日

谷さやんドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 手紙を書きなれていないので、便箋を前にしばらく呆然と考え込みます。親しい人には、メールとかLINEで絵文字やらスタンプやらを駆使してニュアンスをほぐしながら打って送ればいいのですが。手紙は自ずと普段あまり交流がない方になるので、緊張します。あやしい謙譲語とか尊敬語が文面を占めてしまって、ヘンテコな文章になっているようです。読み返すと書き直すはめになるので、すぐ封をすることにしています。
 そんな今日この頃ですが、このたび私も俳句とエッセーの本を出しました。e船団のホームページのお知らせ欄に載せてもらっています。すでに発行されている楽しい仲間の本とともに、読む選択肢に入れて頂くとうれしいです。

【十句選】

虹の根を掘りに行ったと伝えてよ   直木葉子
 家人への伝言か、訪ねてくるはずの恋人や友人へ言づてだろうか。それにしても洒落ている。聞いた者は思わずへっ?と思い、しばらくするとシャベルを持って虹へ向かう背中を想像したりして、この伝言がいい気分にさせてくれるだろう。

蜜豆と留守番電話聞いてをり   ヤチ代
 帰宅してみると、留守電のボタンがチカチカ点滅している。でも、まずは冷蔵庫から楽しみな蜜豆を出してくることから。蜜豆とともに聞く留守電は「聞いており」なので、少し長そう。

野ねずみのさつと逃げ込む花いばら   抹茶金魚
 「野ねずみ」と「花いばら」の取り合わせがいい。逃げ込んだ野ねずみが消えたあとの、白い茨の花の揺れがとても印象的。

人の世に散歩のやうな金魚の死   たいぞう
 「散歩のような」は「金魚」なのか「金魚の死」なのか、どちらなのだろう。いずれにしても、この比喩が金魚の存在のはかなさと明るさとを表現できているのではないかと思った。

啄木忌口すこし開け眠る癖   けむり
 忌日の俳句は、作るのも読むのも手ごわいと思う。「いかにも」は避けたいし、でも忌日の人物にどこか通じてもいたい。口を開けていたことに気付いた、少し情けない目覚め。そんな啄木の忌日。疲れた啄木もこんな日があっただろうと思わせる。同じ作者の「鶏卵をこつんと割りぬ啄木忌」も、悪くないのではと思った。「こつん」に啄木の若々しさのようなものを感じた。 

後戻り出来ぬ時間もまひまひも   せいち
 「後戻り出来寝ぬ」という思いは、私たちを時々襲う感慨だが「まいまいも」で可笑しみが出た。目の前のまいまい(水澄まし)は、そんな後ろ向きな思いに浸るべくもなく、せわしなく動いている。

遺失物係は残業梅雨に入る   じゃすみん
 「遺失物係」が具体的でいいと思う。私は落とし物、忘れ物をしょっちゅうしているので、残業にまで及ばせて申し訳ない限り。梅雨入りで、係の人はなお暗澹たる気分かも。

亀鳴くやダークマターも濡れてゐる   ぬらりひょん
 ダークマターは正体不明の暗黒物質だという。目に見えないものが「濡れている」感覚に惹かれた。「亀鳴く」もまた空想的な季語だ。ふと、上五で切らないで「鳴く亀もダークマターも濡れている」としてもいいかなあと思った。

魚島と言えそう傘のしずくたち   マチ ワラタ
 傘の雫に「魚島」という豊漁期の季語を思い起こしたことが意外。「言えそう」という使い方も雫を楽しんでいる様子が出ていて、面白い。

眠そうな猫の額にてんとむし   瑠璃
 天道虫はどこに飛んで居てもかわいいアクセサリーのよう。猫の額のも、払わずにそっとしておきたい気分。

【今週気になった句】

リラ冷えやマギー倒れてツーアウト   幸久

腕まくる珠算塾の子夏はじめ   鷲津誠次

新緑の下ゆく白きチェロケース   嵩美

囀や口の大きなカバン買ふ   紅緒

重力の軛を知らず春の蝶   短夜の月

 この句、重力の軛(くびき)と春の蝶の取り合わせはとてもいいと思いましたが、「を知らず」が惜しいかと。春の蝶が軛に近づくと、軛に繋がれた動物がそれだけでなごむ気がします。


2018年5月9日

久留島元ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ゴールデンウィークはどのように過ごされたでしょうか。私は今年、九州・宮崎まで行って来ました。吟行と決めて行くわけでなくても旅先で目にした光景から俳句を発想するのは、普段と違って楽しいものです。見たもの、感じたものを言葉にするのが俳句、ではありますが、一句になるには思い出から少し時間と距離を置いて、表現を推敲するということも重要。旅吟には、観光名所の類想から抜け出る苦労もあるかと思います。
 そういえば、平成が終わるという年にふさわしく、最後の「昭和の日」に関する句が多数ありました。しかし、「昭和」を固定的、典型的なイメージでとらえてしまうと、「昭和の日」という記念日との関係がわかりやすくなってしまうケースが多かったかと思います。
 今回の投句は158句、そこからの厳選10句です。

【十句選】

ライオンの眉間に皺や月朧   ぐずみ
 月夜にライオンの眉間を見にいく機会はなかなかないと思いますが、なにか不穏な気配を察しているような姿が目に浮かびます。

ヘアバンド三回巻いて今朝の夏   としまる
 立夏の傍題ですね。夏へ向かうはちまきのようにも見えます。

赤線と言われた昔春の雷   茂
 昭和を思い起こさせる句ですが、「昭和の日」よりも「春の雷」が選ばれたことで、そこで働いていた人々やお客との関係を想像させるドラマを想像しました。

ジーパンを束子で擦る子の日永   たいぞう
 のどかな風景。母親に洗濯を教えてもらっているのか、親にも触れさせないお気に入りのデニムなのか。

一枚の紙にも重力春愁ひ   短夜の月
 春愁の気分に、一枚の紙への重力の発見、よくできた句ですが、惜しむらくは中八です。句の内容としても「も」を削り、五七五でびしっと決めたいところ。

ゆるりぶらんこお月さんこんばんわ   干寝区礼男
 ぶらんこは春の季語、実に雄大で、のびやかな句。「ゆるりぶらんこ地球からさようなら」と迷いましたとありますが、断然「地球からさようなら」と飛び出していく開放感を推します。

老いといふなぞなぞ遊び山笑ふ   戯心
 やや理屈めきますが、恬淡とした人生観でかっこいい。謎の答えは、何なのでしょうね。山笑うは、「遊び」につきすぎの季語かもしれず、なにか植物などでもいいかも。

吹流し人魚になりたい女の子   中 十七波
 吹き流しを人魚に見立てる詩的な少女、を一歩ひいて見ている作者。いい光景ですね。

うらがへりうらがへり若夏の汀   紅緒
 リフレインといい、季語の選択といい、見事に決まっています。

母の練るバタークリーム昭和の日   比々き
 さて「昭和の日」との取り合わせ。私はバタークリームに母さんの思い出を重ねた掲句は、ほどよい対比だと思いましたが、バタークリームがレトロな昭和のものと認識する人にとっては「つきすぎ」と思うかも。

【選外佳作】

花は葉に旅の三日に持薬   谷 百合乃
 日常と非日常(旅)を等身大にうまくつないだ句ですが、「持薬」、じやく、でよいでしょうか。字足らずが気になります。

囀る樹リモコンどこにあるかしら   紅緒
 おもしろい句ですが、「囀る樹」とリモコン(屋内?)の関係がややわかりにくい。

雲雀野を歩き疲れて空歪む   まゆみ
 歩き疲れただけなのに、「空歪む」とシュールレアリスムの世界へ行く「雲雀野」の異様さを大げさと思うかどうか。

新緑をそらごととして透析す   瀬紀
 「新緑をそらごと(嘘)」と思うことと、透析することとの関係、透析は新緑を透析するのか、自分が治療されるのか。面白い句になりそうですが、いまいち情景がつかめず。

長き夜のぽわんと響くやかんかな   TK
 長い夜(秋)には早いですが、よくわかる句。

つながつてゐないとふあんしばざくら   比々き
 現代をうまくあらわした句。

ゲシュタルト知覚八十八夜かな   幸久
 ゲシュタルト知覚は心理学用語ですが、これが八十八夜とどう響き合うか。

春雨に濡るる農婦や手に青菜   伊奈川富真乃
 春雨と青菜の季重ねが気になります。

そらりそれ気ままなゆらぎ夏木立   ∞
 夏木立の気ままなゆらぎ、その擬音が「そらりそれ」という微妙な独特さで、共感を得られるかどうか。

もやもやのお尻葉桜パックンチョ   高木じゅん
 便秘薬か座薬のCMのようですが、「パックンチョ」への展開がよくわからず。


2018年5月2日

中居由美ドクター : 今週の十句  (到着順)

【はじめに】

 ゴールデンウイークをいかがお過ごしでしょうか?
 この季節、一歩外に出ればたくさんの季語に出会います。とびきり明るい季語、美味しそうな季語、楽しそうな季語・・・・が目白押しです。
 先日、俳句仲間と初夏の海を吟行しました。お目当ての桜貝は時期が遅く、見つからなかったのですが、可憐な浜昼顔、紫がきれいな浜豌豆、弘法麦などを浜辺で見ることができました。
 出かけることが難しい場合、家の周辺をひと回りするだけでもいいと思うのです。新しい何かが見つかるような気がします。

【十句選】

ダリア咲き宇宙のことばしゃべり出す   短夜の月
 色とりどりの大きな花は、まるでパラボラアンテナのよう。密かに宇宙と交信しているのかもしれません。宇宙の言葉をしゃべり出したのは、ダリアか、傍に佇んでいる人か、わかりませんが、いずれにしても想像するだけで楽しくなる句です。

うららかや姉に供へるビスケット   たいぞう
 春の明るさ、豊かさと、亡き人を偲ぶ心との対比が、哀しくも美しく詠まれていると思いました。下五、ビスケットがよく効いています。

蛇穴を出づ字余りだ字余りだ   せいち
 今まで穴にいた蛇が陽気に誘われて、「どれどれ」とぞろぞろ出てきたものだから、空間が込んで来たと見立てています。それを字余りだと騒いでいるのがおかしくて、吹き出してしまいました。文語表現の季語と口語をミックスさせて成功しています。

故郷の山皆低くよく笑ふ   けむり
 故郷の春の山の有り様を「低く」と捉えてたところがいいと思いました。さりげない句ですが、故郷がどんな場所なのか、またどんな思い出を持っているのか想像できます。

夏風邪やコピー用紙の目に沁みる   茂
 しばらく臥せって回復し、起き出した時、周りの景色が違って見えることがあります。生気に満ちた世界に、一瞬戸惑い、やがて馴染んでいくのです。コピー用紙の白も普段は気になりませんが、病み上がりの目にはやや眩しかったのでしょう。

具の大きライスカレーや昭和の日   じゃすみん
 昭和のカレー(カレーが普及し始めた頃)は、大雑把だったような気がします。切り方や盛り付けもかなり・・・・。それがまた美味しかったですね。平成ももうすぐ終わり、昭和はますます遠ざかっていきます。

新学期鈴生りの金釦鳴る   マチ ワラタ
 一昔前の男子校の入学式を想像しました。新しい金釦がきらきら光っています。鳴るというのは、やや大げさかもしれませんが、光という視覚が聴覚を補って「鳴る」という表現になったのでしょう。黒と金の対比が鮮やかです。

春愁床屋の合わせ鏡かな   をがはまなぶ
 元の句は 「春愁や」だったのですが、切れ字が重なりますので春愁(はるうれい)にしてはいかがでしょうか。床屋の合わせ鏡には、自分が映っているのですが、普段見慣れた角度でない別の顔が見えています。ちょっとした違和感を見事に捉えています。

欠伸みて欠伸している春の猫   瑠璃
 欠伸はうつる、とよくいわれています。実感としてもよくわかる欠伸の伝染です。この句、最後のどんでん返しが面白いですね。欠伸の伝染の正体は猫だったのです。猫の習性はよく知らないのですが、ありそうですね。

通るたび巣箱の増える一軒家   スカーレット
 どんな人が住んでいるのでしょう?とても気になる一軒家です。そのまんまを詠んでいるようにも思いますが、短編小説のような気配も感じられます。増えていく巣箱から、さまざまな鳥の鳴き声や、姿形や、生態が浮かんできます。