言葉を探る−バックナンバー
月刊「e船団」 「香りと言葉」2010年7月号


俳句のなかの匂い

(木村清三選 「香料」No.94(1970年1月)より)
(芭蕉時代) 
 梅が香にのつと日の出る山路かな 芭蕉
 香を探る梅に蔵見る軒端かな  仝
 山吹や宇治の焙炉の匂ふ時  仝
 何の木の花とは知らず匂かな  仝
 駿河路や花橘も茶の匂ひ  仝
 早稲の香や分入る右は有磯海  仝
 菊の香や奈良には古き仏達  仝
 菊の香にくらがり登る節句かな  仝
 蘭の香やてふのつばさにたき物す  仝
 梅が香や客の鼻には浅黄椀 許六
 市中はものゝ匂ひや夏の月 凡兆
 朝湯より傾城匂ふあやめ哉 言水
 早稲の香や雇ひ出さるる庵の舟 丈草
 木犀の昼はさめたる香炉哉 嵐雪
(支麦時代) 
 松茸の山かきわくる匂ひかな 支考
 手折らるる人に薫るや梅の花 千代尼
(蕪村時代) 
 春の夕たへなむとする香をつぐ 蕪村
 なつかしき夏書の墨の匂ひかな  仝
 椎の花人もすさめぬにほひ哉  仝
 蓮の香や水をはなるゝ茎二寸  仝
 蘭の香や菊より暗きほとりより  仝
 新米にまだ草の実の匂ひ哉  仝
 秋立つや素湯香はしき施薬院  仝
 かけ香やわすれ貌なる袖だたみ  仝
 先匂ふ真菰筵や草の市 白雄
 鶯に藪の懸菜のにほひかな 太祇
 洩るゝ香や蘭も覆の紙一重  仝
(一茶時代) 
 梅が香に障子開けば月夜かな 一茶
(子規時代) 
 病牀の匂袋や浅き春 子規
 丁字草花甘さうに咲きにけり  仝
 薄月夜花くちなしの匂ひけり  仝
 掛香の袂で人をうちにけり 月斗
(虚子以後現代) 
 一本の沈丁の香の館かな 虚子
 家毎に焙炉の匂ふ狭山かな  仝
 虻落ちてもがけば丁字香るなり  仝
 木犀の香にあけたての障子かな  仝
 蘭の香も法隆寺には今めかし  仝
 松茸の香りも人によりてこそ  仝
 煮ゆるとき蕪汁とぞ匂ひける  仝
 寒紅梅馥郁として招魂社  仝
 草の香をしのびし歌人なつかしき 青々
 草いきれ忘れて水の流るるや  仝
 黛を濃うせよ草は芳しき 東洋城
 沈丁花生死の境に薫じけり 水巴
 なま鮭や擦り生姜の匂ひ菊に似たり  仝
 菊人形たましひのなき匂ひかな  仝
 うすめても花の匂ひの葛湯かな  仝
 乳牛のめをほそめては薔薇を嗅ぐ 蛇笏
 おほぎやうに牡丹嗅ぐ娘の軽羅かな 仝
 香水や眼をほそうして古男  仝
 草の香に南蛮熟るゝ厄日明け  仝
 新藁の香のこのもしく猫育つ  仝
 山賤に葱の香強し小料理屋  仝
 わかさぎにほのめく梅の匂かな 万太郎
 炭の香のなみださそふや二の替  仝
 草いきれ鉄材さびて積まれけり 久女
 菱摘むとかがめば沼は沸く匂ひ  仝
 尾長どり巣かけし椎は花匂ふ 秋桜子
 重陽や青柚の香ある雑煮椀  仝
 道かはす人の背籠や茸にほふ  仝
 舞姫はリラの花より濃くにほふ 青邨
 炎天の薬舗薄荷を匂はする  仝
 木犀や月明かに匂ひけり  仝
 この門の木犀の香に往来かな 素十
 家小さく木犀の香の大いなる  仝
 柊の花一本の香かな  仝
 茴香の花の匂ひや梅雨曇 青峰
 薺粥椀のうつり香よかりけり 野風呂
 木犀の香や縫ひつぎて七夜なる 多佳子
 くらがりに傷つき匂ふかりんの実  仝
 汗ばみて来て香水のよく匂ふ 汀女
 夜霧とも木犀の香の行方とも  仝
 リラの香のありと思ひつつつころぶしぬ 草城
 メロンの香くちびるになほありしかな  仝
 妻の来て白粉匂ふ涼みかな  仝
 木犀の香の浅からぬ小雨かな  仝
 筆擱けば真夜の白菊匂ひけり  仝
 更けて焼く餅の匂や松の内  仝
 朝寒や歯磨匂ふ妻の口  仝
 一隅に香水立ちてかをるなり 誓子
 鬢付の香の淫らなり立版古  仝
 池畔ゆき青萍の香にむぜぶ  仝
 杜に入る一歩に椎の花匂ふ  仝
 大学生髪油にほはす夏休み  仝
 金星は低く木犀芬芬と  仝
 木犀も匂はずなりぬ牛繋ぐ  仝
 蜜柑の香染みたる指を洗はずに  仝
 端近き今年の藁の匂かな 青畝
 バラ挿して眠る家族に嗅がせけり 不死男
 病院のユーカリにほふ春の闇 草田男
 香水の香ぞ鉄壁をなせりける  仝
 松手入せし家あらむ闇にほふ  仝
 水呑めば葱のにほひや小料亭 不器男
 茉莉花を拾ひたる手もまた匂ふ 楸邨
 四五歩して紫蘇の香ならずやと思ふ  仝
 白き闇やがて匂へり見つゝあれば  仝
 沈丁の香を吐きつくし在りしかな たかし
 沈丁の香の強ければ雨やらん  仝
 ただよへる梅のにほひの土の上 素逝
 香水の香を焼跡にのこしけり 波郷
 朱欒割くや歓喜の如き色と香と  仝
 行き過ぎて常山の花の匂ひけり 風生
 木犀の香に佇みぬ雨の中 あふひ
 フリージアのあるかなきかの香に病みぬ みどり女
 朝よりは宵の香うすき花蜜柑  仝
 菖蒲湯の衣とくひまも匂ひけり 北渚
 うしろより縋り匂ひぬライラック 盆城
 いささかの香をなつかしみ椿餅 余瓶
 苗木市山の匂ひの樅を買ふ 黒石礁
 部屋空ろ沈丁の香のとほり抜け 友次郎
 沈丁の一夜雪降りかつにほふ 悌二郎
 フリージアの淡き香にある縫ひづかれ もと女
 一鉢のヘリオトロープ愛し嗅ぐ 占魚
 滝しぶき大山れんげ匂ひけり 梓石
 負うて行く草のかやつり匂ひけり 涼暮草
 ぎんなんを焼く香に秋を惜みけり 白朝
 大原女の紺が匂ふよ初時雨 犀川
 梅が香に心ゆく夜や懸想文 北涯
 リラ匂ふながき夕となりにけり 週歩
 木犀の遠ざかりつつ匂ふかな 松葉女
 以上 120句 

〔参考文献〕
木村清三著「俳句のなかの匂い」(「香料」No.94(日本香料協会、1970年1月)所収)

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