日刊:この一句 バックナンバー

2004年1月31日

冬晴れや今日はわたしの誕生日  (季語/冬晴れ)

田端佳織

 気持ちのよい句だ。「や」で切れ、体言止めで切れる潔さが、誕生日を喜んでいる素直な気分を示しているだろう。
 今日の句の作者は京都市立紫野高校の生徒。先日、この学校の2年2組の生徒たちと句会をしたのである。ちなみに、ここは芥川賞の綿矢りささんの母校だ。私が行った日には、玄関の上に「祝芥川賞」の垂れ幕がかかっていた。
 「冬晴れや屋根の上には置き時計」(土田沙代子)。これもその日の句。屋根の上に置き時計がある風景は少し現実離れをしているが、そのちょっとしたシュールさが冬晴れに合うのではないだろうか。
 高校生は実に楽しそうに俳句を作る。私は彼らに、色や音のように言葉を使え、と言う。色を重ねたり、音を連ねたりすることは今の高校生は得意である。その得意な感覚で言葉に接してもらいたい、と私は思っている。(坪内稔典)


2004年1月30日

思ふこと多ければ咳しげく出づ  (季語/咳)

日野草城

 そうか、このようなつらい咳もあるのだ、と思った句。これ、草城のもっとも晩年の作である。遺句集『銀(しろがね)』にあり、昭和31年の作、草城は、この年1月29日に死去した。「うしみつにわが咳き入りて妻子覚む」は『銀』の巻末にあるく咳の句だ。
 「わが詩や真夜に得てあはれなりけり」。これは先の「うしみつに」の前にある句。「や」と「けり」が使われているのはまだ十分に推敲していないからだろう。「あはれなりけり」もまだ表現がなま過ぎる。ともあれ、詩を真夜に得ている、というのがこの句のモチーフだ。俳人の孤独が、咳の音と共に伝わって来る気がする。
 ところで、現在、草城の句を気軽に読めるテキストがない。どこかの出版社が文庫本のようなものを出してくださるとありがたいのだが。(坪内稔典)


2004年1月29日

氷海や月のあかりの荷役橇  (季語/氷海)

山口誓子

 1926年(大正15)発表の作。句集『凍港』にあるが、引用は今泉康弘の「山口誓子初期作品集成」(法政大学「大学院紀要」51号)によった。この作品集成は「ホトトギス」「かつらぎ」「京大俳句」に載った句を年代順に集めている。
 先日から若い俳句研究者、今泉康弘の論文を紹介しているが、彼は、誓子や三鬼はその戦火想望俳句や新素材の句において、眼前のものの写生から断絶し、「脳中」のものを表現した、と見る。ここが彼の新しい見方だ。
 今日の句は誓子が少年期を過ごした樺太が素材になっているだろう。もっともその素材は、作句の時点では頭の中にある素材だ。つまり、戦火を想像する戦火想望俳句と同じようなものである。初期において樺太を想望した体験が、誓子の句法の核になっており、三鬼などはその句法に共振したのではないか。(坪内稔典)


2004年1月28日

あを海へ煉瓦の壁が撃ち抜かれ  (無季)

三橋敏雄

 昨日に続いて若い俳句研究家、今泉康弘の論文から句を引いた。今日の句は「三橋敏雄初期作品の研究」(法政大学「大学院紀要」50号)に出ている。
 昨日、戦争をモダニズムとしてとらえた、という今泉の見解に触れたが、今日の敏雄の句もその例になるだろう。撃ち抜かれた煉瓦の壁の向こうに青海が広がっているこの句の光景は、たとえば地中海あたりを連想させる。戦争が映画的(映像的)な美として詠まれている。ちなみに、1938年に発表されたこの句に注目したのは山口誓子だった。「私は主義として無季俳句をつくらないけれど、もしかりに無季作品を作るとすればかういふ方向のものを作るのではないかといふ気がする。(略)この表皮は謂はば誓子的表皮である」。今泉の論文によると、誓子は以上のように述べた。(坪内稔典)


2004年1月27日

機関銃熱キ蛇腹ヲ震ハスル  (無季)

西東三鬼

 自衛隊がイラクに出ている。復興支援という名目は美しいが、軍事力に頼らざるを得ない現実はつらい。人間の愚かさがつらいのである。
 今日の句は、今泉康弘の論文「山口誓子から西東三鬼へ、または『戦火想望俳句』発生篇」から引いた。この論文、法政大学大学院日本文学専攻の出す「日本文学論叢」(2003年)に載っており、誓子の示唆によって三鬼が自分の方法を探す過程を丁寧にたどっている。いわゆる花鳥諷詠の俳句では、「季語を用いて、季節の情緒(季感)を表現する」が、掲出の句の三鬼は、誓子の方法に示唆されて機関銃を用いて「機械の情緒を出そうとした」。つまり、今泉によると、季語の代わりに機械を用い、機械によって戦争を描いたモダニズム俳句、それが「戦火想望俳句」だということになる。そういえば掲出の句から感じるのは、反戦の思想などではなく、機械である機関銃への共感だ。(坪内稔典)


2004年1月26日

山眠る山の寝言を聞かむかな  (季語/山眠る)

多田智満子

 詩人の多田智満子は2003年1月23日に亡くなった。私は晩年に出た『森の世界爺』『川のほとりに』というエッセーや詩集に感動した。現実を軽く越えるときのユーモアに富む感じがとても好きだった。その感じは、今日の句の「山の寝言」にも出ている。「山眠る」は季語中の季語とでもいうべき言葉。それだけに「山眠る」を詠んだ句は多いが、「寝言を聞かむ」と言ったのはこの作者が最初だろう。眠る以上は、たしかに山も寝言を言うだろう。ともあれ、山の寝言を聞こうという気分に共感したとき、眠る山が急に親しくなった。そして、私はひとりでくすっと笑っていた。
 今日の句は詩集『封を切ると』(書肆山田)の付録から引いた。この付録には高橋睦郎による告別式司式次第、遺句集『風のかたみ』、年譜が収められている。(坪内稔典)


2004年1月25日

水鳥の夜を泳がねば凍りつく  (季語/水鳥)

佐々木六戈

 このところ、ひどく寒い。外を歩くと耳や頬が痛いが、それだけに、たとえば夜の水鳥が気になったりする。もっとも、六戈の句のように夜も泳いでいるとすると、こんどは水鳥の睡眠不足が心配だ。
 今日の句は邑書林のセレクション俳人『佐々木六戈集』から引いた。ちなみに、詩も短歌も作る六戈は、句集と同時に詩集、歌集も出し、3冊を『句歌詩帖』と名付けて1つのケースに収めている。六戈は1955年生まれ。句歌詩の雑誌「草蔵」を出している。
 3つの詩型にかかわる六戈に注目しているが、彼の俳句に関して言えば、やや不満である。彼は『佐々木六戈集』にあるエッセー「私を刺激する三句」で「歳過ぎて紅葉の庫発光す」(塚本邦雄)、「いつくしき戈を磨いて冬籠」(岡井隆)などを引いている。私にはこれらはなんということもない平凡な句としか見えない。この程度のものに刺激を受けるという俳人・六戈が物足らないのだ。(坪内稔典)


2004年1月24日

寒風のチャルメラ一番ゴッドファーザー  (季語/寒)

梨本圭

 今日の句は『日本語あそび「俳句の一撃」』(講談社)から引いた。この本は「かいぶつ句会」のメンバーの意見と作品を集めたものだが、掲出した句はチャルメラとゴッドファーザーの取り合わせが意表をつく。もっとも、ゴッドファーザーを奏でるチャルメラが実際にあるのかもしれないが。
 この本にある八木ブセオ忠栄の発言に共感した。「なんで人間はダンスやバレエが好きなのかって言ったら、日常的に絶対にあんな格好しないよ。でも、なんでそんなことをしている人間を見ることがうれしいのでしょうね。私と一緒にぐたっと酒飲んで座っている人間を見ても、少しも面白くないのに、そうやって極限にむかって生きようと表現しようとしている人間を見たら、なぜ心がふるえるのですかってことでしょ。そういうことがクリエーションとして人間が、何かを伝えようという最後の価値だと思うんだよ。やっぱり、遊ぶときは『お遊び』じゃなくて、本気で『遊ぶ』ことが大切ですよね。」(坪内稔典)


2004年1月23日

着ぶれて木の横又は木の間  (季語/着膨れ)

児玉硝子

 なんとなくおかしい句である。葉を落とした冬の木は、すっきりとしている。贅肉がなく着膨れてもいない。それだけに、着膨れた人がそばにいると、その対象がおかしいのだ。この句では、そのおかしさを自覚した人が着膨れているのである。この句、「船団」57号から引いた。同時発表句に「冬の日や天気天から落ちてくる」があるが、これもおもしろい。晴れているにしろ、時雨れたり、雪が舞うにしろ、冬の天気は確かに天そのものを感じさせる。作者は1953年生まれ。現在、ふらんす堂において第1句集の製作が進行中だ。
 『言葉は京でつづられた。』(青幻舎)というきれいな本が発売中だ。ふんだんに写真を使って近代の京都にかかわる文学(言葉)を紹介している。佐々木幹郎、萩原健次郎と私の3人が話した記事もある。(坪内稔典)


2004年1月22日

風花ふと此方へ田中美知太郎  (季語/風花)

星野麥丘人

 田中美知太郎は明治35年生まれのギリシャ哲学者。京大教授だった。この句には「法然院みちにてたまたま」という前書きがついている。田中教授は法然院の近くに住んでいたのだろうか。
 田中美知太郎について多くを知っているわけではないが、教科書に載っていたエッセーなどを読んだ気がする。それはギリシャ古代哲学か、あるいはヒューマニズムにかかわるエッセー…。記憶は不確かなのだが、その不確かさが「風花」に合う感じ。麥丘人もまた私と同じような気分で田中美知太郎に出会ったのではないだろうか。この句、句集『寒食』(1983年)にある。
 『季語別星野麥丘人句集』を開くと、麥丘人には風花の次のような句もある。「風花となりたる塔の二つかな」「風花や去年も周山街道に」。前句には「当麻寺」と前書きがある。後句の周山街道は京都の街道。いずれもきれいな関西の風花だ。(坪内稔典)


2004年1月21日

吉方はまぶしき方や寒雀  (季語/寒雀)

下坂速穂

 形どおりの俳句という感じで面白くもなんともない。この句を目にしたとき、まずそのように思った。吉方が「まぶしき方」であるのは当たり前ではないか。でも、寒そうにふくらんだ寒雀の側に立つと、ほんとうに吉報はまぶしいのだろうなあ、と思い直した。雀が目を細めて「まぶしき方」を見ているようすが目に浮かぶ。
 今日の句は本阿弥書店の第18回「俳壇賞」受賞作の1句。この人の優れた句は「くさはらを歩めば濡れて魂祭」「南風や空にしたがふ海の色」「畳屋を置いて町ある若葉かな」など。つまり、作者が理想の小世界を作ったような句だ。
 速穂は1963年生まれ。「俳壇賞」は夏井いつき、ふけとしこ、鳥居真里子などの俊秀を出した。ここにまた有力な新人が登場した、と言ってよいだろう。(坪内稔典)