日刊:この一句 バックナンバー

2004年12月20日

賢治のように下着をたたむ冬銀河    (季語/冬)

須山勉

 宮沢賢治はどのように下着を畳んだのだろうか。彼の下着はふんどしだったのだろうか。猿股だったのだろうか。ともあれ、賢治のたたむ仕草を想像すると楽しい。この句、出たばかりの句集『ダリの椅子』(青磁社)から引いた。この句集は「クレーの絵」「ダリの椅子」「エッシャーの部屋」「マイヨールの乳房」の4章からなる。この構成からして楽しいが、中味も自在で溌剌としている。「極月やパブロフの犬公園に」「十二月カサブランカは昼眠る」「草案に手応え冬の大三角」「木の葉焚く交響楽団副指揮者」。以上のような句がたくさん集められている。ちなみに、著者は1940年京都生まれ。大の山好きで、暇さえあれば登山をしている感じ。もっとも、登山術は奥さんの方が上手で、どうも彼は奥さんの後について登っているらしい。(坪内稔典)


2004年12月19日

ウッキウキあなたもわたしもおさるどし    (季語/申年)

黒田さつき

 この句のような感じで始まった申年だが、台風が次々に襲い、地震も来るし、それにイラクや北朝鮮をめぐるやっかいな国際問題があり、「ウッキウキ」とは言えない2004年であった。私としては還暦という節目の年だったので、これから先に出来ることなどを割りと神妙に考えた。
 さて、掲出の句はさつきの絵本句集『桜餅となりの黄粉がちょっとつき』(文芸社)から引いた。「秋の風目ばちこ魚の目ニャンコの目」「秋の空男はみんな三四郎」「モンシロチョウ古典の教室ぬけ出した」「春の鍋洗えば底に北海道」などという楽しい句が著者の絵とともに収められている。さつきは1968年生まれ。当年36歳の申年生まれだ。そうか、私よりは2回りも下なのだ、この子は。おっと、「この子」なんていえば一種のセクハラかな。(坪内稔典)


2004年12月18日

傍らに夫ゐつつ火の恋しけれ    (季語/焚火)

福井貞子

 句集『一雨』(富士見書房)から引いた。傍に夫がいる、という光景がよい。もちろん、夫には酷だが。ともあれ、女性の俳人がこのようにはっきりと自分の願望というものを出すようになったことは、これはやはり俳句の新しい展開なのだろう。この作者は1934年生まれ。句集には「よく笑ふ蝿虎を見て笑ふ」「凩のまつすぐにきて兎の目」などの秀句がある。
 今日18日は伊丹市柿衛文庫の「也雲軒サロン」。京大農場で柿を研究している北島先生に柿の話を聞き、その後、先生と私でしゃべる。時間は13時30分から。場所は柿衛文庫の横の旧石橋家住宅。柿衛文庫のシンボル台柿の賞味もできる。(坪内稔典)


2004年12月17日

裸木の瘤は傷跡みなまろし    (季語/裸木)

秋山真由美

 句集『邂逅』(文學の森)から引いた。この作者は1938年愛媛県生まれ。長く教職にあった。「冬ざれの天香具山見てをりぬ」「水提げて朝の桜の下通る」など、好きな句がこの句集には多い。対象に向かう感覚がとてもいい。
 ところで、昨日は京都市文化功労者の表彰式に妻と出た。映画の伊藤大輔、歌舞伎の片岡仁左衛門、中村鴈治郎、日本画の池田遙邨、秋野不矩、茶道の千宗室、染色の志村ふくみ、陶芸の清水卯一、版画の吉原英雄、書の日比野光鳳、美術評論の乾由明などが歴代の功労者。なんだかすごい顔ぶれだ。毎年5名が表彰される。今年は京舞の井上かづ子、写真の井上隆雄、日本画家の岩倉寿、洋画家の渡辺恂三。賞にほとんど無縁の私には妙な日だった。1日、小さくなっていた。(坪内稔典)


2004年12月16日

空缶のななめに刺さり冬の浜    (季語/冬)

金子敦

 句集『猫』(ふらんす堂)から引いた。1959年生まれのこの作者は大の猫好き。句集のあとがきも次のように書き起こしている。「猫が好きである。猫は決して人間に媚びないところが小気味好い」。
 さて、掲出の句だが、これは波打ち際の砂に空き缶の刺さっている光景だろう。無人の冬の浜に空き缶だけがあるのである。もしかしたら、猫が忍び寄っているだろうか。
 猫といえば、我が家の犬は猫を追い回す。尻尾を振って追い回す。もちろん、いつも逃げられが。私も犬といっしょに追い回す。今日の句の作者から見れば、私などは天敵であろうか。ちなみに、野良猫に餌をやる人が嫌いである。(坪内稔典)


2004年12月15日

風花や比叡にかへる人とゐる    (季語/風花)

金久美智子

 今年は暖かく、まだ雪が降らない。私の勤務する佛教大学は京都市北部の紫野という土地にあり、冬は寒い。教室の窓からは真東に比叡山が見える。
 今日の句の「比叡にかへる人」は、昔だと比叡山の僧だろう。でも、最近は比叡山のかなり高いところに住宅地が出来ている。知り合いにも何人か、比叡平と呼ぶその住宅地の住人がいる。だから、私の感覚では、「比叡にかへる人」が知り合いのだれかれになる。残念ながら比叡山延暦寺の僧には知り合いがない。掲出の句の場合、頭の青い美僧などを想像したい。風花が若い僧を一層美しくする。この句、句集『爽旦』(角川書店)にある。(坪内稔典)


2004年12月14日

とぎ水の師走の垣根行きにけり    (季語/師走)

木山捷平

 このところ、12月に入ると博文館から来年の日記帳が届く。私の句が掲載されているため。その『博文館 当用日記』の来年12月14日の頁に出ているのが掲出の句。「とぎ水」は米のとぎ汁。その汁が垣根に沿って流れるのは、生垣沿いに溝が掘ってあるのだろう。とぎ汁は生垣の木の栄養になる。
 以上のようなことを書いて、この句は、たとえば私の娘などには分からないだろうな、と思う。とぎ汁は知っているが、それを垣根沿いに流すなどということを知らない。私たちの生活の変化が今日の句などをずいぶん遠くに置いてしまった。ちなみに、この句の作者は1904年生まれの小説家。『去年今年』などの小説集がある。(坪内稔典)


2004年12月13日

牡蠣といふなまめくものを啜りけり    (季語/牡蠣)

上田五千石

 昨日に続いて戸邊喜久雄著『いきもの歳時記』から引いた。牡蠣というと広島が有名だが、広島の牡蠣の生産にふれてこの本には次のように書かれている。「カキの生産に影がさしている。以前なら夏に採ったタネが冬には出荷できたのに、大きく育ちきらないという状態が出てきた。このため、翌年まで育てる『二年もの』が多くなってきた。漁場に流れ込む川の水の水質悪化が原因ではなうかといわれる。数年前から、広島のカキ屋は太田川流域の上流で、檜、山桜、欅などの植林を始めた。森を育てることが川の水をよくし、ミネラル分をふやし、カキを大きく育てることになるのが分かってきたのである」。
 わが家には今年も広島のSさんから牡蠣が届いた。焼いて食べるのがわが家の習いだが、牡蠣を焼きながら、今年はその匂いの中に山の気をかすかに感じた。(坪内稔典)


2004年12月12日

学校をからつぽにして兎狩    (季語/兎狩り)

茨木和生

 戸邊喜久雄著『いきもの歳時記』(本阿弥書店)から引いた。この本の「兎」の項を見ると、「食糞」という兎の習性が紹介されている。肛門に口をつけて兎は自分の糞を食べる。その糞は粘液に包まれた排泄物でビタミンなどを豊富に含んでいる。「半ば消化された食物」と言ってよいこの糞とは別に、兎は普通の糞も排泄する。ちなみに、兎に首輪などをつけて粘液に包まれた糞を食べられなくすると、兎は30日くらいで死ぬそうだ。その不思議な糞について著者は次のように説明している。「こなれない草や木の皮を腸の中の微生物のはたらきをうまく利用して消化し吸収するのである」。
 この本では兎が世界の各地でトリックスター(いたずら者、道化)であることに触れている。そういえば、子規の『墨汁一滴』に、兎の手をとって口にあてると死期の近い動物がコロリと死ぬ、という夢が出る。この兎もトリックスターであろうか。(坪内稔典)


2004年12月11日

このごろの午後五時枯木暮るゝ時    (季語/枯木)

山口誓子

 季語の枯木は葉を落とした冬の木である。句集『晩刻』にあるこの句は寂しいが、当時の誓子は療養中であった。午後5時になっても酒が飲めるわけではなかった。
 昨日、連宏子の不眠症の句を引いたが、誓子によると、不眠は「明日の勤め」を持つ人のものらしい。誓子はその主張を随筆『宰相山町』に書いているという。この本は1940年に出たが、誓子は「明日の勤め」を持つ身だった。以上の誓子の話は歌人・大島史洋のエッセー集『言葉の遊歩道』(ながらみ書房)で知った。改めて誓子の言葉を引こう。「『不眠』といふ言葉は『明日の勤め』を持つてゐる人々にのみその使用を許されてゐる。濫りに使つて貰つてはこまる」。ちなみに、明日の勤めを持たない人の場合、夜に寝られなかったとしても、それは「ただ昼夜の配置がすこし狂つて来るだけのこと」だ、と誓子は言う。(坪内稔典)