日刊:この一句 バックナンバー

2005年9月10日

秋の草濡れて月光待ちてをり    (季語/秋の草)

福田甲子雄

 秋の草に露が降りている。そのようすを「濡れて月光待ちてをり」と表現した。月が間もなく出るのだ。この句、作者の遺句集『師の掌』(角川書店)から引いた。甲子雄は本年4月25日、78歳で死去した。その死のことを思うと、掲出句の「月光」があの世からの光のようにも見える。
 甲子雄は1927年生まれ。蛇笏、龍太に師事し、長く「雲母」の編集に携わった。著書に『龍太俳句三六五日』『蛇笏・龍太の山河』など蛇笏、龍太に関わるものが多い。とても地味な俳人だったが、私はなぜか好きだった。この人の掲出句にうかがえるような抒情が好きだったのだろう。蛇笏にも龍太にもない少し甘い抒情を、この人は農村的素材を通して表現した。(坪内稔典)


2005年9月9日

消えさうな影も活けられ秋の草    (季語/秋の草)

吉村玲子

 繊細な秋草の句だ。ススキにしても吾亦紅にしても秋の草は影がとてもはかない気がする。この句は作者の第一句集『冬の城』(富士見書房)から引いた。作者は1953年生まれ。山田弘子の「円虹」を中心に活躍している。「古草へ踏み出す河馬の雫かな」「「秋草を抱きしままに客迎ふ」「子規の絵の暑中見舞いを誰に出そ」などがこの句集の秀句。初々しく素朴な感じがとてもよい。
 ところで、今月15日、私の『柿喰ふ子規の俳句作法』(岩波書店)が発売になる。清水さんという若い女性編集者が実に手際よく作ってくれた。書名も彼女のアイディアによる。自分の書いたものが意外なかたちで編集し直される快感に私はひたった。(坪内稔典)


2005年9月8日

目を掲げ脚遅れ来るキリンかな    (無季)

出口善子

 おかしい句である。あのスマートなキリンの腰が抜けたような。句集『わしりまい』(角川書店)から引いたが、もうひとつ、無季の秀句を挙げたい。「ネーブルや妹として久しかる」。へその出たあのネーブルは、言われてみれば確かに妹的存在だ。作者の善子は1939年生まれ。長く鈴木六林男に師事した。
 話題が変わるが、鈴木六林男が亡くなってから、六林男門下の人たちの雑誌が2つ出た。恒藤滋生の主宰する「やまぐに」と善子が中心の同人誌「六曜」である。六林男がどのように後代に読まれるのか、注目したいと思うが、私としては俳人の主体という観点から六林男を考えたい。彼は社会派であり、反体制的に見えたが、一方で、自己権力みたいなものを高めた。共産主義者にして独裁者という感じ。俳人としのそのような主体を問題にしたいのだ。(坪内稔典)


2005年9月7日

法師蝉六波羅蜜寺いま昏るる    (季語/法師蝉)

児玉輝代

 六波羅蜜寺はなんとなく好きな寺だ。なんとなく不気味な感じがその寺の名からしてする。ちなみに、私は冬の六波羅蜜寺を「枇杷の咲く路地抜け右へ折れましてまっすぐゆけば六波羅蜜寺」「胸にすぐはりつく雪よ牡丹雪六波羅蜜寺までの七分」「仏吐く空也上人木像の肩もこむらも筋肉光る」などと歌に詠んでいる(『豆ごはんまで』)。今日の句は六波羅蜜寺の法師蝉を詠んでいるが、ツクツクボーシ、ツクツクボーシという声の中で、あの空也上人の筋肉が光っているだろう。
 輝代は1926年生まれ。愛知県で俳句雑誌「家」を出している。掲出句は句集『天穹』(文學の森)から引いた。(坪内稔典)


2005年9月6日

ワンパック五個の無花果貪れり    (季語/無花果)

八木健

 実は今朝、この句の通りであった、わが家は。2人でワンパック6個の無花果を食べた。3個ずつ食べたのである。隣町の川西市が無花果の産地であり、このところ、川西の朝採り無花果を食べ続けている。小ぶりだが実に甘い。
 今日の句は句集『鯉の耳』(本阿弥書店)から引いた。健はNHK「俳句王国」の司会を長くつとめた人。駄洒落を連発する楽しい人だったが、句作りにもその駄洒落的要素が感じられる。「赤い羽募金黄色い声揃へ」などがその一例。赤い羽根から黄色い声に移るその移り方が駄洒落的な機知になっているのだが、このような場合、うん、なるほど、と読者が思えばそれっきりだ。つまり、面白さが単純。もっとも、現今の俳句界には面白い句が乏しいから、健の面白い句はとても貴重だ。(坪内稔典)


2005年9月5日

鬼灯の鉢土間に置く京町屋    (季語/鬼灯)

小川晴子

 京都の町屋がちょっとした人気である。飲食店などに改造されて賑わっている。そういえば私たちが会合の後などに行く居酒屋も町屋を改装した「鬼灯」という名の店である。今日の句は作者の第一句集『花信』(角川書店)から引いたが、この句集には町屋を詠んだ句がもうひとつある。「注連飾大振りに懸け京町屋」。京都の町屋は出口が狭いが奥が深い。中に坪庭がある。
 1946年生まれの小川晴子は中村汀女の孫にあたる。「句座にまた友を加へて花芒」という作が句集にあるが、この句の明るい雰囲気で作句をしているようだ。次の句はその明るさが絵のような光景に結晶した例。「水澄むや自転車運ぶ渡し舟」。(坪内稔典)


2005年9月4日

畳から秋の草へとつづく家    (季語/秋草)

鴇田智哉

 ああ、なつかしい、という感じの句。実はわが家も先年までこの句のような感じだった。まわりは一面に更地で、そこに秋草が茂った。年によって育つ草が変わった。私は犬といっしょにその秋草のなかを走った。今頃だと、ズボンのすそや手袋に盗人萩が付着したものだ。ところが急に家が建て込み、秋草の花はまるで幻だったかのように消えた。
 今日の句の作者は1969年生まれ。「魚座」を拠点にしている。出たばかりの第一句集『こゑふたつ』(文學の森)から引いたが、現実がそっと別の世界に重なる「枕辺にうごいてきたる木の葉かな」などがとても魅力。掲出句もそのような句のひとつだ。(坪内稔典)


2005年9月3日

カンナ黒しポルトガル大使館通り    (季語/カンナ)

桑原三郎

 絵のような句だ。黒いカンナとは花がすがれたものだろうか。でもこの場合は黒いカンナの花が実際に咲いていると見たい。なにしろ、ポルトガル大使館の前の通りだ。黒いカンナはとてもふさわしいだろう。もちろん、このふさわしいという判断は直感。根拠があるわけではないが、絵としてそれがふさわしいと思うのだ。
 今日の句は作者の第6句集『不断』(ふらんす堂)から引いた。三郎は1933年生まれ。三橋敏雄に師事し、俳句雑誌「犀」を発行している。この句集には「夏の月名句のほかはみな死んで」という痛烈な句もある。確かに名句のほかはたちまち死んでゆく。おびただしい俳句が日々に死んでいる。(坪内稔典)


2005年9月2日

地球には数多の隙間青蜥蜴    (季語/蜥蜴)

田辺れい子

 青蜥蜴が地球の隙間そのもののように見える。いや、実際に青蜥蜴は地球の隙間なのかもしれない。あるいは地球の隙間に住む動物だ。この句、「へきなん世界俳句大会」の入選句。愛知万博に協賛したこの俳句大会の課題は愛あるいは地球を詠むこと。難しい課題だが1万句を越す応募があった。今日の句は特別賞の句。
 先日、「へきなん世界俳句大会」の表彰式のために愛知万博に出向いた。行列に恐れをなしてパビリオンは避け、森の小道を歩いた。自然との触れ合いを目的にした森だが閑散としていた。なんだかちゃちなのである。各地の植物園の森の方がよっぽどよい。がっかりした。(坪内稔典)


2005年9月1日

肉を焼きませう満月の屋上に    (季語/満月)

松本ヤチヨ

 花より団子、という感じだが、必ずしもそうではなく、満月には屋上の焼肉パーティーがよく似合う、と暗に主張しているのだ。縁側にススキと団子を供えるのが古典的満月だとしたら、この屋上の月見はいかにも現代の風景。これもまたよいではないか。この句、ヤチヨの主宰誌「手」5号から引いた。
 今年の「俳句甲子園」では「土星より薄に届く着信音」(堀部葵)が最優秀賞に輝いた。私が講評の役目だったが、薄という風雅の代表のようなものを、土星や着信音という言葉でとらえた俳句は今までになかった、と述べた。見方や発想の転換が俳句を新しくする。(坪内稔典)