日刊:この一句 バックナンバー

2007年5月10日

分け入つても分け入つても青い山    (無季)

種田山頭火

 高校の国語教科書『新編国語総合』(三省堂)から。この教科書では「いくたびも―俳句十六句」として子規、虚子、山頭火、久女、草田男、誓子、黒田杏子、そして私の各2句が出ている。
 連休の旅の続きだが、出雲崎を歩いた後、盤越西線で実にゆっくりと喜多方へ行った。そこには妹がいる。妹夫婦に案内されて、郊外というか山中へ蕎麦を食べに行った。打ち立ての蕎麦がうまかったことはもちろんだが、添えられた蒟蒻、こごみ、切り干し大根などがことに美味であった。家庭料理の味の美味だ。ちなみに、ラーメンの町として有名な喜多方では朝もラーメンを食べるとかで、妹のダンナの案内で早朝のラーメン屋に出かけた。これもうまかった。もっともそのうまさは初体験のうまさだったかも。(坪内稔典)


2007年5月9日

薫風や山ふところに産湯桶    (季語/薫風)

若井新一

 句集『冠雪』(角川書店)から引いた。この句集、昨日紹介したように今年度の宗左近俳句大賞を獲得した。作者は1947年生まれ。すでに角川俳句賞などを受賞しているベテランだが、土に根をおろした篤実な作風が評価された。私は、今までの農村俳句とは違う句境を開いて欲しい、と要望した。「さみどりの水したたらす早苗籠」も受賞句集にある瑞々しい句。
 ところで、今年の連休は雪梁舎俳句まつりで新潟に行ったあと、出雲崎に回った。年に何日しかないと地元の人がいう上天気の出雲崎をぶらついた。残念ながら佐渡は見えなかったが、町屋の黒屋根がきらきら光っていた。(坪内稔典)


2007年5月8日

チュ−リップ花屋の外に暮れにけり    (季語/チューリップ)

谷さやん

 4月29日、新潟市で第8回雪梁舎俳句まつりがあり、今年度の宗左近俳句大賞(今年からこの名称になった)に谷さやん句集『逢ひに行く』、若井新一句集『冠雪』の両句集が決まった。昨年度のもっとも優れた句集を顕彰しようという賞である。選考委員は金子兜太、黒田杏子、中原道夫と私。私はさやんの句集、中原幸子の『以上、西陣から』、嵯峨根鈴子の『コンと鳴く』を強く押した。この選考は公開であり、兜太や杏子は寺井谷子の『母の家』、夏井いつきの『梟』などを推したが、結果としてあくまで作品本位に選考するという流れになり、俳壇的な地位や活躍よりも作品が大事というすがすがしい選考になった。ちなみに、言葉少なに「句集を出してよかった」と述べたさやんの挨拶が印象的であった。(坪内稔典)


2007年5月7日

呼べば顔出てくる小窓柿若葉    (季語/柿若葉)

中原幸子

 どのような顔だろうか。隠士という感じの顔を期待したいが、もちろん、少女でもおじさんでもいい。その人の心はきっと隠士風なのだ、柿若葉に染まって。この句、句集『以上、西陣から(ふらんす堂)から引いた。作者は1938年生まれ。今、佛教大学博士課程で「取り合わせ」を研究している。そのうち、世界初の取り合わせの博士が誕生するかも。
 話題は変わるが、短歌雑誌「リトム」(2007年5月)で三枝昂之が飯田龍太の最後の言葉を紹介している。「現在の俳壇は、子規が月並俳句を批判した明治の中頃、つまり江戸時代の後半から明治へかけての俳諧の世界のありように似ています。(略)作品の良し悪しではなく、俳壇の人間関係、俳人何人の団体の代表かどうかということが登用される基準になっている。考えてご覧なさい。今、活躍している俳人に代表作があるかどうか。」これは正論だ。(坪内稔典)


2007年5月6日

魚類図鑑伏せたるままに立夏かな    (季語/立夏)

神野沙希

 今日は立夏。私の机上にあるのは『井伏鱒二全集』第1巻だが、巻頭にあるのは「幽閉」。名作「山椒魚」の原型とされる作品だ。体が大きくなったために岩屋を出られなくなる山椒魚は、たとえば俳人を連想させる。俳句を作り続けていると技術や知識が身につくが、その結果、俳句という狭い岩屋に閉じ込められた状態になる。岩屋の俳句はつまらない。
 今日の句は句集『星の地図』(2003年)から引いた。作者は1983年生まれ。NHKの「俳句王国」で司会のアシスタントをしている新人俳人である。この句は魚類図鑑と立夏の取り合わせが新鮮だ。図鑑の周辺に立夏の気配が満ち、図鑑から魚たちが泳ぎながら出てくる感じ。(坪内稔典)


2007年5月5日

吹抜は東へなびく幟哉    (季語/幟)

阪本四方太

 「フキヌキハヒガシヘナビクノボリカナ」と読む。この句、子規が仲間の句を記録した「承露盤」から引いた。
 四方太の『夢の如し』を開くと、少年時代の五月の節句のことが次のように書かれている。「節句には幟を立てる。多くの家のは細長い織物の幟だが自分の内のは幅の広い紙幟である。鐘馗が鬼を引掴んで居る図で、城山颪にガウガウと鳴る。他所の幟よりも何となく勇ましい。鯉も二丈に余つて長く垂れると屋根の葡萄棚に引きずつて居る。父が鎧櫃から甲冑を取出して飾る。色は褪めて居ても緋縅である。半頬の白髭は針を植ゑたやうに光つて居る。母は台所で粽を作るに忙がしい。笹ツ葉は自分が裏の山から取つて来るのである。粽の団子は透けて見える程よく蒸せたのが旨い。」(坪内稔典)


2007年5月4日

孑孑は蚊になる紙魚は何になる    (季語/紙魚)

阪本四方太

 紙魚は紙魚で終わるのだろうが、古書のある頁で不意に紙魚に出会ったときなど、思わずこの句をつぶやく。いよいよ今年も孑孑や紙魚の季節になった。ちなみに、四方太は東大助教授兼東大図書館司書であった。紙魚には職業的に縁があった。
 今日の句は子規グループの俳句選集『春夏秋冬』夏の部(1902年)から引いた。四方太は1873年生まれ。虚子、碧梧桐などと同世代の人だが、写生文に特に力を注ぎ、写生文集『夢の如し』(1909年)が代表作。今年は没後90年にあたるとのことで生地の鳥取県では彼を顕彰する行事が予定されている。私も今月26日に四方太にかかわる講演をする。くわしくはこの「e船団」お知らせ欄を見て欲しい。(坪内稔典)


2007年5月3日

蜜豆を食べたからだに触れてみて    (季語/蜜豆)

三宅やよい

 句集『駱駝のあくび』(ふらんす堂)から引いた。だれか、たとえばやよいのような人が、「蜜豆を食べたのよ、からだに触れてみて」と言ったとしたら、喜んで触れるだろうなあ。あっ、こういう言い方はセクハラになるのだろうか。ともあれ、蜜豆を食べた体はぷりぷりして寒天のような……。
 最近に読んだ本で特に面白かった1冊を紹介したい。土井たか子、佐高信の『護憲派の一分』(角川書店)。この本、土井たか子のことがよく分かるが、土井は次のようなエピソードを紹介している。ロベルトというコスタリカの青年が、平和とはどういう状況か、と日本の青年に問われ、「子どもが自由に楽しく遊べる状況だ」と答えた。この答えから推すと、日本は今や平和ではないのかもしれない。(坪内稔典)


2007年5月2日

草餅や焼けばふくるるうすみどり    (季語/草餅)

哀鹿

 「ふくるるうすみどり」がとてもよい。草餅が実にうまそうではないか。この句、『京鹿子第二句集』(1928年)から引いた。類題俳句選集だが、草餅の句には「草餅や膝にひろげし名所図絵」(藤園)、「草餅や間近にひびく三井の鐘」(洛水)などがある。なんだか草餅が食べたくなってきた。
 ところで、現代では類題句集はあまり出されないが、これはいろんな場合に便利である。歳時記の役割も果たすから。船団の会でも類題句集を作ったら面白いかもしれない。会員の秀句を持ち寄って季語別に分ければよいのだから、意外に簡単に出来そうな気がする。(坪内稔典)


2007年5月1日

鯉のぼり猫を赤ん坊抱きにして    (季語/鯉のぼり)

ふけとしこ

 句集『伝言』(2003年)から引いた。この句集、秀句が詰まっている。掲出の句にしても、生き生きと現代の風景を描いている。空の鯉のぼりと地上の赤ん坊抱きの猫が対照的に鮮やか。とりわけ、[赤ん坊抱き」という言い方が魅力的だ。この表現が伝統的な鯉のぼりと取り合わせられたことで、鯉のぼりが急に新しくなった感じがする。としこは1946年生まれ。47年生まれから団塊の世代だが、それに1年先立つ。こういう生まれって、おそらく微妙だろうなあ。私は1944年生まれだが、あと1年遅かったら、戦後生まれになる。だが、1年の違いで戦中世代になってしまった。これも微妙である。(坪内稔典)