日刊:この一句 バックナンバー

2009年9月10日

秋の日のベンチあなたのいた窪み    (季語/秋の日)

坪内稔典

 今後の俳句の百年を考えるにあたって、今までの百年を考えたい。僕は、優れた俳 論、俳句が生まれてきた百年だったと楽観的・肯定的にとらえている。多くの技法 的、表現的に優れた論考がある中で、僕は子規の「俳諧大要 第七 修養第三期」を 愛していることは既に述べた。俳句に関わること、俳句に生きるとはどういうこと か、常にその原点を示してくれる、勇気を湛えている文だからだ。
 俳句に関わることは、人に関わること。通信手段が発達し、各個人の世界が拡張す る中で、句座や句会で緊密な人間関係を創出する句会は今後百年で、もっと大衆的価 値を見いだしていくように思われる。そうした句座句会をプロデュースしていく俳人 の人的魅力の価値を見いだしたい。たとえば、戦後百年を超えたお盆の8月15日に は、多くの人が、もの言わぬ文芸である俳句を作り、亡き魂を慰めるような、正月の 歌会始と対をなす俳句大会が現れるのも素敵かもしれない。四日にわたってシンポジ ウムを終えての雑感を述べた。
 今日の句は『水のかたまり』(ふらんす堂 2009年)より。この句も人につながる ということの、かなしいような暖かさを感じる句だ。(塩見恵介)


2009年9月9日

湧く風や山羊のメケメケ蚊のドドンパ    (季語/蚊)

渡辺白泉

 シンポジウム続編。パネラーの三宅やよいは、坪内稔典の『俳句のユーモア』の論 を援用し今までの百年を総括した。口承性と俗語の俳句という観点から商品名、流行 語、そのもっとも「足の早い」言葉をもって時代の息吹を俳句に湛えるという観点か ら、今日紹介した句を、100年後のひとつの理想の句と読み解いた。メケメケ、ドド ンパ、いずれも昭和は遠くなった感があるが、そういう言葉の中におかれた季語の蚊 が、いっそう、昭和という時代の匂いを具現している感じ。インターネット社会が加 速するにつれて、結社の形態もずいぶんと変容するだろう、とも三宅やよいは述べ た。でも、湧く風のような、いかなる時代の言葉や環境に取り囲まれても、俳人はこ の蚊や山羊のように、その中にユーモラスに存在し、その匂いを体臭にしみこませ る、そんなふうに思いながらこの句を眺めている。(塩見恵介)


2009年9月8日

文字ありて我存在す雲の秋    (季語/雲の秋)

藤田湘子

 シンポジウムの話が続く。高柳克弘は「モノローグと季語のしあわせな結婚」を危 ぶむ藤田湘子の「私詩からの脱出」(昭和45年)の論を引きながら、現代俳句の特徴 のひとつとして、若い世代の一人称における問題を「作者と作品内の『わたし』の関 係性の薄さ」と論じた。
 そして、境涯的な俳句の私性をこえて、想像力の回復と、作者と作品内の発話者の 新しい局面を期待することを今後の俳句の視点のひとつとして示唆された。
 今日の句は藤田湘子晩年の句集、『てんてん』からだが、この句の「我」はどうだ ろう。「文字ありて」という上五が、俳人としての矜持ととれば、境涯俳句的に読ま れるだろうが、作者を知らない、若い一般的読者が読めば、ちょっとした宗教的啓示 と読めるかもしれない。高い秋空、湧き起こる雲によってその存在を意識するよう に、文字、言葉によって自己を認識するのは、硬質な思想にとらわれがちな若さの直 情のようにも読める。読者諸兄の読み、如何?(塩見恵介)


2009年9月7日

ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき    (季語/すすき)

安井浩司

 5日に行われた船団秋の集いのシンポジウム「百年後の俳句」。パネラーのひと り、高山れおな氏は、関悦史の「全体と全体以外ーー安井浩司的膠着について」の論 文を取り上げ、安井浩司の作品「万物は去りゆけどまた青物屋」「遠い煙が白瓜抱い て昇るらん」などの句を例に、今後の俳句界が「季語の大系とは異なる自然の様式」 を開拓する可能性を示唆した。「季語の大系とは異なる自然の様式」は素敵なフレー ズ。だが、どういう点で「季語と異なる大系」にあるのか、という具体性はまだ、僕 の中では消化不良になっている。しかし、会場との議論も白熱。とても刺激的な発言 で会場を沸かせていただいた高山氏に感謝である。氏とその後、紫煙をくゆらせなが ら、話す。「現在、難解で分からないと思われる俳句も、100年たてばとても分かり やすいということは、多々ある。」とも。これは大いに納得。勇気をもらう言葉だ。 しかし、僕は、現在の眼前の句会に汲々している自分もちょっと好きで困る。
 今日の句はそういう点では、とても分かりやすい世界だろうか。現在、もっとも人 口に膾炙する、安井浩司の一句である。(塩見恵介)


2009年9月6日

吾亦紅百年だって待つのにな    (季語/吾亦紅)

室田洋子

 昨日のシンポジウムでは、多くの方にお集まりいただき感謝。また「100年後の俳 句」というとてつもない無謀なタイトルの中で、パネラーの3氏にはご苦労をかけな がら、示唆に富む発言ありがたく感謝。これについては明日以降ゆっくり振り返りな がら書いていきたい。
 今日の句は、そのとてつもない100年を「待つのにな」とあっさり呟く人物が、ニ ヒルで良い。背景の吾亦紅がとてもその気分を代弁している。吾亦紅とはそういう花 かも、と思わせる句だ。吾亦紅に勇気を得て、100年を楽々と待ちたくなる。『まひ るの食卓』(ふらんす堂)より。この句集、紹介しすぎのような気もするが、仕方が ない。曰く、惚れたが悪いか。(塩見恵介)


2009年9月5日

生きて世に人の年忌や初茄子    (季語/初茄子)

几董

 年忌とは祥月命日のこと。自分は生きていて世の中にいて、亡者の祥月命日を思う のである。なにがしかの感情がないはずはない。そこに突如現れる、茄子。しかも初 茄子。
 「塩見さんの紹介する句は時々陳腐なのがあるね。」とこのあいだ、某句会で、お 叱りを受けた。今日紹介した句はまして江戸俳諧の句。またお叱りを受けるかな。で も今日の句が僕の答えである。この句については「俳諧大要」の子規の解釈をどう ぞ。続きは今日の京都で。(塩見恵介)


2009年9月4日

新涼の黒板に書く名前かな    (季語/新涼)

如月真菜

 二学期が始まって、教育実習生と一緒に授業をしている。この実習生、実は僕を俳 句甲子園優勝監督にしてくれたメンバーのひとり。月日のたつのは早い。初秋、新 涼、その澄み切った空気の中で、後輩たちに初対面で、黒板に書く名前、字面の一画 一画が凛々としている。今日の句を思わず思った。
 『菊子』(ふらんす堂 2009年)より。作者は1975年生まれ。「童子」同人。先日 紹介した辻桃子氏の実娘。
 ところで僕は、あまり板書を好まない。教室に機材を持ち込んでパワーポイントを 黒板にばーんと映し、その上から注釈的にチョークで書きこむことも。最近の機器は 飛躍的に進歩して感動的である。今日のような句、100年後の子どもたちには黒板は 通じるのだろうか。今の生徒が明治時代の石板に郷愁を持つような感じになっている かも。(塩見恵介)


2009年9月3日

日常という中腰なキリギリス    (季語/キリギリス)

室田洋子

 昨日に続いて『まひるの食卓』(ふらんす堂)から。
今日の句は、キリギリスのその姿勢そのものを援用して人間(ジンカン)を詠んだ ものだが、言い得て妙。キリギリスのあの長い後脚。それをもって中腰というとらえ 方が素敵だし、また、日常がそうであるという飛躍が快い。教師稼業なので、日常に 戻りつつある、今日この頃だが、いまごろ、富山の八尾では、素敵な風の盆があるの になあ、と思いながら、中腰の日常を過ごしている。(塩見恵介)


2009年9月2日

いなびかり失恋体操しています    (季語/いなびかり)

室田洋子

 こんなことを言うとのっけから角が立つのだが、僕は嘘がつけないので言う。久々に、心の底から面白い、そしてまねしたいと思う句集に出会った。今日紹介したくもこの句集の中の一句だ。『まひるの食卓』(ふらんす堂 2009年)より。
 実に、口語が生き生きしている。稲光の中の体操。それも失恋体操だ。失恋の憂さを晴らしているのだろうか。何かを振り切る力をスッキリと感じるのは、とても言葉が一般的で真っ直ぐに読者に向かってくるから。読者へ到達する言葉の速度が早く、回転が良いことが口語の魅力のひとつだ。
 作者は1960年生まれ。「海程」同人。僕は正直、めんどくさがり屋で出無精だが、この方には死ぬまでに是非一度おめもじして、ともに句会をしていただきたい。惚れた。(塩見恵介)


2009年9月1日

一徹ないたこのアサや野分後    (季語/野分後)

辻桃子

 いたこというと恐山の霊能者、ということぐらいの知識しかない。今、僕の眼前に 実物が現れたら、そのオーラにたじろぐにちがいない。いたこと野分の取り合わせは おどろおどろしいイメージを増幅させるが、今日の句はいたこと野分「後」の取り合 わせ。
 野分後の雲ひとつない清々しい空の下なら、いたこさんにあってみたくなる。一徹 さは真面目さ。亡き人の言葉でなく、いたこさん自身の世界をゆっくり語ってもらえ そうだ。一徹ないたこのアサさんは、そんなに饒舌ではないが、その居ずまい、ゆっ くりゆっくり噛みしめるような語り口。それもいい。見たこともないいたこさんだ が、実に神秘的に見える、野分後の午前である。アサという固有名詞の力。
 『津軽』(日本伝統俳句協会 2009年)より。作者は「童子」主宰。青森在住。今 日は台風11号通過。大丈夫かな。(塩見恵介)


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