日刊:この一句 バックナンバー

2009年12月31日

去年今年貫く魚肉ソーセージ    (季語/去年今年)

梅村光明

 「船団」81号「会員作品」より。この句、芳野ヒロユキ氏が15句選に推している。
 「去年今年」の句と言えば虚子の「貫く棒のごときもの」というフレーズがお約束だ が、そのパロディとしての、魚肉ソーセージ。その頼りなさ、安っぽさの諧謔を笑え る時代が続きますように。
 今日でこの欄も交替!365日、ほぼ夜中にパソコンに向かい、ウイスキーの消費量 に貢献した。それ以上でもそれ以下でもない。この間、夜中ぎりぎりの更新を黙々と 行って頂いた、HP管理者の飯塚英雄氏・中原幸子氏に深謝。
 個人的には、時に、あちこちできつい批評をして何人か追い込んでしまったりもし たが、お許しを。こういう俳句の世界になったら風通しが良いはず、風通しの悪いと ころは穴を開けておけ、ちょっと背伸びして、その視点を以て一年を貫いた。今、つ ま先がつっている。うまいマッサージ屋はいないか。「はかなくて今宵あけなば行く 年の思ひ出もなき春にやあはなむ(源実朝)」。除夜の鐘が、ゴーン。(塩見恵介)


2009年12月30日

一昨年は誰といたっけセーターの染み    (季語/セーター)

倉橋愛

 このあっけらかんとした人のさばさばした記憶。多情な若い女性の、現実的な生き 方を見せる。誰といたっけ、と言われる過去の恋人はセーターの染みのように気にな らなければ気にならず、気にすると煩わしい存在だ。
 テレビではゴルフ界のスーパースターの醜聞をみんなで袋叩きしている。不正な献 金を受けた政治家が謝罪を繰り返すがなかなか収まらない。今日の俳句のさばけ方 を、謝罪に当てはめると、今の時代に不謹慎なような気がするが、「庶民感情」の代 表のような気分で、みんなが同じ方を向く時代も不健全な気もする。時に不道徳な言 い草、一方で情に流されるアホな判官贔屓、それを受け入れるセーフティネットを、 懐深く持ち得ているのが、良い句会であり、よい俳句集団であると思う。
 「船団」79号、特集「17音の恋文」より。作者は大阪在住、20代の俳人。(塩見恵介)


2009年12月29日

おしくら饅頭とるに足らないことばかり    (季語/おしくら饅頭)

藤田亜未

 「おしくら饅頭押されて泣くな!」よくやったなあ。押されて泣いているよう じゃ、だめだ。とるに足らないことばかり、とはよく言ったもの。30代後半の僕の人 生、あれこれ気になるが、どれもおしくら饅頭に見えて、勇気づけられる句だ。「船 団」81号会員作品より。作者は大阪在住、20代の気鋭。句集に『海鳴り』(創風社) がある。
 今年の「俳句年鑑」や近刊の「新撰21」などの若手には、関西のいい若人たちはほ とんど顔を見せていない。例えば、(以下、中略)などとは、遜色ない良い作家が沢 山いるのになあ。もったいない。(塩見恵介)


2009年12月28日

耳なくば木枯しという風もなし    (季語/木枯し)

二村典子

 耳がなかったら木枯らしの寂しい音も聞かずにすむまい。切られるような寒さを耳 に感じることもあるまい。でも、その音を聞き分け、冬の風の寒さを真っ先に感じる 敏感な耳の存在、ひいては作者の存在を逆にはっきりと見せる句だ。かなり理の句で あるが、その嫌味がない。「船団」79号(2008年12月)「俳句12句」より。
 耳がなかったら、頭がなかったら、気楽で良いな、と思うことはよくある。来年は 寅年、という軽い気持ちで最近子供に読み聞かせた『とらはえらい』(五味太郎 ク レヨンハウス 2006年)という絵本、ユーモラスだが時に大人のほうが感動してい る。「とらはえらい かんさつしてかんがえてもわからないことはそれいじょうかん がえないところが えらい」。(塩見恵介)


2009年12月27日

冬の蠅格差社会を生き延びる    (季語/冬の蠅)

工藤恵

 例えば、「冬の蠅」に小さき者の弱々しい飛翔を見てとり、庶民の心中を語る下の 句を繋いで読めば、いわゆる「言い過ぎ」と読めるかもしれない。でも、僕はいまま でに「格差社会」という現実を俳句で見たことがない。この句はその一点にとても意 味がある。若い世代がとりはやされたりもするが、極言すれば、俳壇は50代以上の 方々のためにあり、いわゆるロストジェネレーション世代以降は、「評価される側」 として陳列棚に載っている。それは昔も今も変わらないだろうが、本が売れない昨今 は、表現において、時代の空気や読者に阿る向きがあり、特にその色が強い。僕を含 めて、この世代はこの世代の現実や実感を、もっと口に出して良い。清新さばかりが 若さではない。
 「船団」80号(2009年3月)会員作品より。作者は1974年生まれ。神戸で中原幸子 氏指導の句会から飛び出した、「船団」新人。
いよいよ、2009年も今週で終わり。というわけで、来年度の僕の大予想第一弾。こ の俳人、来年「船団」でブレークする。外れたら、ごめん。(塩見恵介)


2009年12月26日

寒月や猫の夜会の港町    (季語/寒月)

大屋達治

 神戸は港町なので、忘年会などで遅く帰ると、こういう光景に出くわす。出くわす と頭の中に、萩原朔太郎的になる。猫は猫で、人は人で、寒月の下の宴である。少し 懐かしいアンソロジー『現代俳句一〇〇人二〇句』(邑書林 2001年)より。作者は 1952年生まれ。
 ところで、「船団」の中で「神戸時代の長谷川素逝」を連載(?)していたが、大 屋達治氏も芦屋生まれで、素逝ゆかりの土地や人々との交わりが多いごようす、先 日、ご丁寧なお便りを頂き、また調査対象が広がった。感謝。ここのところ、船団の 中でも何人かの方からこの評論とも言えぬ雑文について、お励ましを頂く。が、近号 83号の次号予告欄の連載に僕の名前がないところをみると、どうやら連載は僕の気づ かないうちに終わったようです。心ある読者の方には申し訳ございません。後の原 稿、職場の紀要などで書き進めて行きますので、よろしくお願いいたします。(塩見恵介)


2009年12月25日

土だけの鉢が転がり十二月    (季語/十二月)

大山夏子

 クリスマス、子供にとっては、嬉声の上がる朝。大人にとっては、今日の句のよう な感じ。年末の一大イベントが終わった、祭りの後の静けさ。僕はクリスマスに特に 思い入れはないが、どう過ごしても一年は一年、こうして終わっていくんだ、という 実感を、今日の街にしみじみ思おう。大阪の通天閣の下、新世界で、おっちゃん相手 に将棋でも指すか。
 『今日よりは』(角川書店 2009年)より。作者は1932年生まれ、「集」代表。(塩見恵介)


2009年12月24日

みちのくの星入り氷柱われに呉れよ    (季語/氷柱)

鷹羽狩行

 『誕生』(昭森社 1965年)より。
 筑紫磐井氏は篠原鳳作の「しんしんと肺碧きまで海の旅」の句に季語がないことを 挙げながら、この句に触れ、青春の「欠落」が逆に強いメッセージを生み出すことを 評価している。「われに呉れよ」という直截的な憧憬の表現方法は、陰鬱とも言うべ き厳冬の「みちのく」にあって、星をそのなかに映し入れている「星入り氷柱」に、 とても明るい希望の未来を感じさせる。ともかく今日はクリスマスイブ。和語で書か れた今日の句だが、星入り氷柱を欲求する世界は、聖夜にぴったりかも。(塩見恵介)


2009年12月23日

脱いで着て脱いで荷となるコートかな    (季語/コート)

田附光映

 着たり脱いだり、重ね着の冬は忙しい。「脱いで着て脱いで」のリズムのせわしさが面白い。一番はじめの「脱いで」の前には書かれていない「着る」世界がある。
 私はコート派だったが、酒席にスーツもコートも忘れて以来、別場所に掛けるのではなく椅子の後ろに掛けておけるジャケットにしている。しかし、あの寒い中をスーツもコートもなしに、なぜ帰れたんだろう。
 「紅梅」(2009年冬号)より。僕の勤め先のお母様方の句会誌である。長年、ホトトギス主宰の稲畑汀子氏が指導されている。「機嫌よきことも器量や七五三」(稲畑汀子)、「秋晴や木星の観測を待つ」(本郷桂子)、「子離れといふ爽やかな一歩かな」(玉手のり子)、「厳寒の地へ気にもせず旅立ちぬ」(深尾真理子)など、伸びやかなくつろぎがあって、文化的なサロンが形成されている。(塩見恵介)


2009年12月22日

降る雪に冬至の空の暮れきれず    (季語/冬至)

岸さなえ

 一年で一番、昼の短い冬至。今日の句は「暮れきれ」ぬ、明るさ、それだけ雪の白 さが印象的だ。「暮れきれず」は難しいところで「暮れきらず」と比較したいが、 「暮れきれず」という方を選んだ作者の曰く言い難い気分が乗っているかもしれな い。
 『もってのほか』(ふらんす堂 2009年)より。作者は、1949年、静岡生まれ、現 在、山形に住まう「松の花」同人。句集の題名は集中の句、「もってのほか好きにな りたる月日かな」に依るが、この「もってのほか」は山形名産の食用菊。他にも「芋 煮で迎へ芋煮で送る娘かな」など、山形を徐々に発見し愛していく世界が素敵だ。 が、一方で「冬よ吾は寒冷地仕様にはあらず」「当てにならぬは男と娘雪卸す」など の冬の句も。この実感が、より素敵だ。(塩見恵介)


2009年12月21日

日本列島海老寝で耐へる寒波かな    (季語/寒波)

木村公子

 ああ、寒かった週末。一読「海老寝」という言葉がしっくり。聞き慣れない言葉だ が、蒲団の中で横向きに腰をかがめている様子、寒波の中で実に印象的だ。もっとも この句は、「かな」と三句切れのため、一息で下まで読ませる構造だから、弓なり、 海老反りの日本列島が逆に身をかがませて耐えるという大げさで漫画的な世界で読ま せるのだろうが、ただ、げらげら笑わせる句ではない。この寒夜、「長々し夜をひと りかも寝む」といった心象の人物を底辺に読ませて、ちょっとしたアイロニーが漂 う。そこが詩だ。「耐へる」という言葉が言いすぎでなく、よく効いている。
 『花貝母(はなばいも)』(本阿弥書店 2009年)より。作者は1935年生まれ、山 口に住む「沖」同人。(塩見恵介)


戻る