この一句・2003
2003年4月13日

わたし素足さくらも素足さようなら  (季語/桜)

小西雅子

 私も桜の木も素足で立っている。そして、互いに「さようなら」と別れる。あるいは、私は素足、桜も素足だ、素足でないあなたとはさようなら、というのか。どのような読み方をするにしろ、「わたし素足さくらも素足」という対句的表現が素敵だ。
 今日の句には京都の句会「micoaisa」で出会った。雅子はその句会の世話係。月1回のその句会では正岡子規の『墨汁一滴』を輪読し、それから句会をする。会場は池坊短期大学の教室。みんが活発に喋るので輪読も句会も楽しい。
 坪内祐三編『文藝春秋八十年傑作選』(文藝春秋)を勧めたい。にやにやしながら楽しめるものが多い。私は今日、寺山修司のエッセー「野球の時代は終わった」を読んだ。寺山は、見る野球でなく、する野球へ転換すべきだと説く。昭和41年のエッセーである。
(坪内稔典)


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