この一句・2004
2004年2月16日

春あけぼの瀧の百絃奏でゐし  (季語/春)

篠崎圭介

 2月13日は篠崎圭介の葬儀だった。その前日、愛媛新聞社の渡部さんから死去の知らせを受けた。その時、私の机上には掲出の句を記したノートが開かれていた。正確に言えば、句集『知命』から20数句を抄出したノートである。この句集は平成4年に愛媛新聞社から出た。「すぐそこに来て冬鳥の白き胸」「兎の目いつも動きて落葉どき」「正直や一つ咲いたる山椿」「晩年の夫婦なづなの花白し」「こころもち畝曲がりゐる遠雲雀」「落葉してまつすぐな木となりにけり」「壷を焼く春あけぼのの火勢かな」。これらの句を私は書き出しているが、この人の抒情性にひかれてきた。
 圭介は昭和9年生まれ。私より10歳の年長だった。昭和51年より「糸瓜」を主宰、俳句王国と言われる愛媛の中心にいた俳人だった。謹んで冥福を祈る。
(坪内稔典)


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