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2005年12月11日
白馬遅々たり冬の日薄き砂堤 (季語/冬の日)
夏目漱石
明治28年の句。土手を行く白馬が印象的だ。うらうらとまるでこの世とあの世の境界あたりを白馬が歩いている感じ。私の『俳人漱石』(岩波新書)では「冬日薄き」の「薄き」が余分だという議論をしているが、この「薄き」は「白馬遅々たり」の「遅々たり」と対句的に対応している。だからかならずしも余分ではない。意味的には余分だが、表現の形式やリズムにおいては必要だ、と見てよいだろう。
ところで、今、机上には飯島耕一著『漱石の〈明〉、漱石の〈暗〉』(みすず書房)がある。俳句を作った時代は漱石のベル・エポック(よき時代)だったと飯島は述べているが、この意見に賛成だ。ベル・エポックの体験がその後の暗鬱な時代を生きる漱石の底力になった。
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