この一句・2006
2006年3月1日

霾(つちふる)や春帆楼は黄の瓦    (季語/霾)

戸恒東人

 春帆楼は下関の割烹旅館だったが、明治28年に日清講和条約がこの春帆楼で締結された。当時の伊藤博文首相はこの春帆楼をよく利用しており、「伊藤は明治二十年、当時まだ御禁制となっていた河豚料理を春帆楼に公認した」。講和の交渉に当たった清国の李鴻章は、「春帆楼から真西に十分ほどのところにある引接寺(いんしょうじ)を宿舎にしていた」。今日、春帆楼からその寺へ続く道は「李鴻章道」と呼ばれ散歩道になっている。以上は戸恒東人の『詩人(うたびと)たちの漂泊の風姿』(本阿弥書店)に拠って書いた。東人のこの本は、日本の113の場所をとりあげ、その地に関わりのある詩人や作品を紹介した楽しいエッセー集だ。「鶏の鳴くや李鴻章道春浅し」も東人の句。私は今、春帆楼あたりから海峡を眺めたい気分だ。


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