季節の窓
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No.8



 2015年3月、船団の会の若い世代が核になったアンソロジー『関西俳句なう』(本阿弥書店)が出版され、話題になりました。
 それをうけて、同書刊行のリーダー役を果たした船団の会副代表・塩見恵介と、同書に参加したメンバーによるフォーラム、

「塩見恵介の風―言葉を開く・俳句を開く―」

が行われました。

日 時 :12月26日(土)14:00〜17:00


場 所 : 園田学園女子大学




基調講演 : 塩見恵介
【プロフィル】
塩見恵介1971年生まれ。句集に『泉こぽ』、著書に『お手本は奥のほそ道 はじめて作る俳句教室』など。第2回船団賞受賞。船団の会副代表。


シンポジウム : 

パネラー
朝倉晴美: 1969年生まれ。「船団の会」会務委員。句集『宇宙の旅』ほか
新家月子: 1971年生まれ。俳句結社「円虹」所属
 
藤田 俊: 1980年生まれ、「船団の会」会員
塩見恵介:(基調講演)

オブザーバー
生井知子: 同志社女子大学教授(日本近代文学専攻)
火箱ひろ: 「船団の会」会員
 
坪内稔典: 「船団の会」代表

司会進行
木村和也: 「船団の会」会務委員

基調講演
塩見恵介 「言葉を開く・俳句を開く塩見恵介の風―」

【これまでやってきたこと】
 句集『泉こぽ』、著書『はじめて作る俳句入門』などに言及しつつ、これまでの活動を紹介。

【自選8句】
 春雷を前髪で受け止めている
 燕来る隣の駅が見える駅
 バナナ売り今日はアンテナ売っている
 炎昼や少しジュラ紀の匂う窓
 爽やかや象にまたがる股関節
 柿を見て柿の話を父と祖父
 ペンギンと空を見ていたクリスマス
 死んだふりして冬空の愛し方

―では、パワーポイントに添ってどうぞ―


句集は必要か―こんな提案―





俳句の指導―教育が伝統を支える―









俳句の審査を通して







シンポジウム
「言葉を開く・俳句を開く」


【パネルディスカッション】


(↑)木村和也(進行)・塩見恵介・朝倉晴美・新家月子・藤田俊の各氏

 このシンポに即した、あるいはこれから目指す1句は、

*藤田 俊さん : こたつにて党首討論はじまって

*新家月子さん : おおいなるマスカットいる置火燵

*朝倉晴美さん : 般若心経坊さんはカレー好き

 句集の意義については、「現在、句集を出すつもりはない。現状の句集の出し方は、言わば自己満足ではないか、基調講演では紙コップに書く案などが出たが、タダでくれる栞、ポケットティッシュなどでも可能」(藤田さん)。「句集には興味がない。他人の句集にも、他人の俳句にも。頂けば読んで、感想を書くが、自分とは違うな、高いお金を出して出版する意味があるだろうか、と思う」(新家さん)。「一概には言えないが、句集は名刺代わり? 句集は出し方、渡し方が問題」(朝倉さん)など、俳句を開くツールとしての句集出版には消極的なコメント。

   句作の信条としては、「途中で切らず、一句一章の中での飛んでいる取り合わせを目指す。初心者にわかる句も必要。普段の言葉、世俗的な言葉で、役に立たない句を目指す」(藤田さん)、「他人のためではなく、自分のために作る、そういう俳句を見直そう、そうすれば俳句が後につながって行くのでは」(新家さん)、「作句は、敢えてこけおどしのような言葉を使うのではなく、いまあることばを大切に」(朝倉さん)などが披露された。

 子どもに俳句を教えることでは、「気持ちを言葉にかえることは大切。子どもに俳句を教えることで、子どもたちが、自分の血の中を流れる五七五のリズムに目覚めれば……。」(新家さん)、や、「現在の風潮ととしては、お金を払ってまで俳句を学ばせようという家庭はない。俳句がサブカルチャーになって行くのでは?」(小学校教員の朝倉さん)との意見が出された。

 これらの基調講演へのコメントを受けて、塩見さんからは、
 「パネラーの意見には、塩見さん自身、悩ましいところであることが多い。句集については、紙媒体の活字と俳句の相性も考えたい。
 「サブカルチャー以下になるか?」については、「俳句は高尚な方へ入りすぎていないか。通俗的な価値観から逃げないで」、と言いたい。

   司会の木村さんから(独断だが、と断った上で)提議が出た。
 「句集を出すことに対して、ネガティブな意見が出たが、そこを突き詰めてみたい。塩見さんの「通俗的な価値観から逃げない」という意見は、木村さんの言い方で言うと「社会性、俳句の社会化につながると思う、通俗を嫌って、高尚ばかりに行くと、俳句は終に社会性を失い、モトもコも無くなる。
 われわれは句集によって俳句を社会へ投げ出す、つまり、社会へ開きたいのだ。そこらを「句集を作らない意味」があるのなら、是非聞いてみたいのだが。

パネラーから、俳句をやっていない人にも読んで欲しい、内輪でないところで出したい。作る経路、流通などを重視。稔典さんのいう「この句集でどんな新しい読者に出会えるか」というのが基本的な姿勢であるべき(藤田さん)。
木村さんから、「句集を出す、出さないという問題は、1句1句の作り方――俳句が社会性を持つか、という問題とも関わってくる。
塩見さんからも「賞は貰ってからが問題」、「句集も俳句を開く場のひとつ」であり、句集にも意義がある、と。

 司会の呼びかけでフロアからは、
(句集は)自己満足だと思っている。自費出版のプリント版、ネット版、いろいろでいいような気がする。
俳句を開くには句会もあるということは伝わり難いが大事。飲み会も含めたコミュニケーションの場として有効。 句会数を増やして全国に広めたい。
「俳句の広がりを求めて通俗も辞さず」。「仁平勝の言うように、俳句は分かるものだけでいい」。
パネラーから「メンバーの固定した句会ではマズイのでは?」。



【オブザーバーから】


(↑)生井知子・坪内稔典・火箱ひろの各氏


*生井知子さん
 俳句は門外漢で、解らない、じじむさい、という印象だった。4年ほど前、塩見先生に創作の授業に来て頂いたとき、内心、女子大生に俳句は無理、人気が出る筈はない、とかなり強い確信を持っていた。
 が、20人ほども登録。喜んで俳句を作る。単位にならなくても、卒業しても、授業に出て俳句を作る。実に驚きだった。皆が思っている以上に俳句は若い人に人気がある。飲み会に行っても、突如句会が始まる。ネットで句会をする、職場で句会をする。
 思うに、小説は読むのも書くのも長すぎてしんどいが、俳句は、見たらすぐ、これいいな、とわかる。コメントが言える。電車に乗っているときも、何か食べているときも作れる。これが今の時代にすごく向いているのではないか。文学離れを食い止めるのは俳句ではないかと、思っている。

*火箱ひろさん
 句集は出したい人が出せばいい。送られて来ても読みたくなければ読まなくていい。
 坪内さん(当時32歳)が創刊した「現代俳句」を例に俳句の拡げ方、拡がり方を示唆。ここには後の有名人(有名になることが一番ではないが)、俳句を引っぱって行った人たちがいた。10年続いたその終刊号で坪内さんは、「船団」を作る、「軽い俳句」でいくと宣言した。
 自分(火箱さん)は在野で、経済力のある老人を引き連れて俳句を拡げようと思う。どこでも広がれる気がする。解らない俳句もやっていくうちに感受性が開かれて、わかってくる。そういうところから、底辺から拡がっていくだろう。

*坪内稔典さん
 悲観的な話が多かった。句会は閉じてるとか、若い人に作らせたいとか。だが、それでいいので、若い人はそれを乗り越えていけばよい。
 句集は、大体500部ほど作るが、単独で作れば送るところがない。だが、船団なら250ほどの会員(読者)がいる。他に「船団」(誌)の読者も読んでくれる。上野千鶴子さんとかが、丁寧に読んで返事をくれる。単独でやればそういうことはできない。
 これは、俳句という小さな文芸には大事なことで、馬鹿にしてはいけない。俳句は歴史的に一回もベストセラーが出たことがないが、それは生井先生がおっしゃったように、俳句は解らないから。作った我々もよく解ってない。俳句は、1人でも2人でもいい読者が現れるといいな、という、はかない文学だ。大人の文学だ。
 次に、塩見さんへの違和感の表明だが、職業として、教壇に立って教えるのと俳句を作って、句集を作ったりするのとは、次元が違うのです。そこの区別があまりついていなくて。
 子どもたちに俳句の面白さを伝えるのは大事なことかも知れないし、言葉の豊かさを伝えることも、やっぱり大事なことだと思う。言葉の豊かさを伝えないと、国語を教えたことにならない。国語は言葉の豊かさを体験させるためのものだ。それを馬鹿にしてはいけない、と思う。
 だが、そういうことは教育者としてやってほしい。俳人としては、俳句とは何か、とか、重大な問題と取り組んでほしい。  子どもも面白いが老人も面白い。老人も未知ですよ。若い人が老人はどうでもいいというのは分かるが、そういう考えの若い人はつまらない。老人も視野に入れて若い人たちを考える人がいいんですよ。
 川端康成も、三島由紀夫も、太宰治だって老人を扱ってるでしょ? 天才は老人を解るんです。

 途中、日本文学における俳句の位置付けは?という司会からの問に、生井さんが「近代文学は一般的には小説がメイン。短歌や俳句はちょっと脇筋ということになると思う。」と答えるシーンもあり、笑いと拍手に包まれて終了。


会場風景






 司会進行の木村和也さん

 (写真とレポート:中原幸子)



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