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言葉を探る−バックナンバー
月刊「e船団」 「香りとことば」2019年7月号

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菖蒲酢(しょうぶず)

 貞徳の会に参加、と言いたいところだけれど、とても参加と言えるほどの力はなく、見学させてもらっている。そこで、あっと驚く句に出会った。こういう時は出遭ったかも。

  菖蒲酢もまじるや軒の梅雨

という句なんですけどね。「しやうぶずもまじるやのきのむめのあめ」と読むのだとか。
 みんなで読んでいるのは翻刻されたものですが、古典文庫の「犬子集」(1)には、夏の部の「梅雨」のところに、こんな風に出ています。


 「ん? 菖蒲酢? しやうぶず?」 「それって何?」と、ホントに目が点になった。  「7月号に菖蒲なんて、ズレているにもほどがあるよ、ナカハラさん」と、耳元でビンビン聞こえる声を無視して、調べてみた。

 菖蒲(しょうぶ)は、もちろん、皆さんよくご存じですよね。


 この左の植物がショウブ。公益社団法人日本薬学会のホームページ(2)には、Acorus calamus var. asiaticus (サトイモ科)と紹介されている。この3枚の写真もこのサイトからお借りして来たが、左の図のベージュっぽい棒みたいなのが花。で、菖蒲根と呼ばれているのは、正確には中央の根茎の部分で、これをひげ根を除いて、きれいに洗って乾燥させたものが右の図の生薬、菖蒲根、というわけ。

 では、菖蒲酢は?
 こんなときは広辞苑、だけど……、載ってない。載ってないような気がしてましたよね、多分、皆さんも。
 でも、ジャパンナレッジは、さすが。
 3件も出てる。しかも、ちゃんと貞徳の句が載ってる! しやうぶすともしやうぶずとも読むようだ。

1. しやうぶず【菖蒲酢】 角川古語大辞典
〔名詞〕 菖蒲(しやうぶ)を古酒・酢・水で五月五日に仕込み、熟したのち使用する酢。『本朝食鑑・二』に「菖蒲醋と云者有り、五月五日煮菰粽を用て首尾の菰茎を截り去て温に乗じて両箇生菖蒲茎一握長さ一尺好古酒一升好醋一升清水一升倶に甕中に入れ蓋を以て甕口を掩て緊く之を封じて閑暖の地に置く、最も動響不浄を忌む、一月許を経て醋の熟するを候て之を用ゆ、…久して煎茶色の如くなる時は則醋味甚厳にして年を経て弥好し」と見える。季語、夏。
  例 「菖蒲酢もまじるや軒の梅雨(うめのあめ)」 〔犬子集・三〕


2.しょうぶ‐す[シャウブ‥]【菖蒲酢】 日本国語大辞典
〔名〕菖蒲の根をこまかく刻んでひたした酢。昔、五月五日の節供に用いた。《季・夏》
*俳諧・犬子集〔1633〕三・梅雨「菖蒲酢もまじるや軒の梅雨〈貞徳〉」
*俳諧・崑山集〔1651〕六・夏上「菖蒲酢やさながら造る文字の酉〈玄斎〉」
*本朝食鑑〔1697〕二「有菖蒲醋者、五月五日用煮菰粽、截去首尾之菰茎、乗温両箇生菖蒲茎一握長一尺好古酒一升好醋一升清水一升倶入甕中、以盖掩甕口而緊封之、置于閑暖地、最忌動響不浄、経一月許候醋熟而用之」
(筆者注:返り点は略)。

3. 菖蒲醋(しょうぶす) 古事類苑 飮食部 洋巻 第1巻
 古事類苑の記述は、日本国語大辞典には原文のまま、角川古語大辞典では読み下し文として引用されている通りである。

 でも、おかしいですよね?
 菖蒲酢角川古語大辞典では菖蒲の地上部を古酒・酢・水で仕込んで、熟した、つまり発酵したものを指していて、日本国語大辞典では、菖蒲の根を細かく刻んで酢に浸したものを指している。これって、どう考えても同じモノとは言えないと思うんだけど、でも、両方とも同じ『本朝食鑑』を根拠にしているように、私には見える。

 そうだ、歳時記も見なくちゃ、と思って『角川俳句大歳時記』(3)を見てみた。が、残念! 菖蒲酢酢造るの傍題として出てはいるが、
〔菖蒲酢〕『毛吹草』(正保二)『清鉋』(以前)『手挑灯』(延享二)などに五月として所出。
とあるだけだし、『毛吹草』(4)も見てみたが五月のところに「菖蒲酢」と出ているだけだ。

 うーん、菖蒲酢が載っている辞書は見つかったけど、どれがほんとなのか、どんな味や香りなのか、結局なんにもわからないまま。
 前から、分からないことを辞書・辞典類で調べたら、余計分からなくなる、と思っていたけれど、それを確認してしまった感じ。

 せめて、貞徳の句の意味だけは知りたい、と思ったら、幸い、テキストにもらったプリントに注がついていた。
菖蒲のを刻んでひたした酢。端午の節句に用いる。酢→梅 軒に葺いた菖蒲に梅雨の降るさま。
 ここでは菖蒲のになっている。きっと注釈した人は日本国語大辞典だけしか調べなかったんだろう、なんて勘繰りたくなる。
 この注に沿って意味をとると、「梅雨の雨が軒からポタポタ落ちている。この雨にはきっと軒に飾った菖蒲の香りがまじって、菖蒲酢みたいになってるのだろうなあ、酢に梅なんて、ああ、すっぱ」となる?

 うーん、これは、どうしても菖蒲酢を作って、どんな香りと味なのか、どんな料理に合うのか、調べてみなくちゃ。では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】
(1)赤木文庫蔵寛永板複製「犬子集上」(古典文庫、1967年、非売品)
(2)公益社団法人日本薬学会(https://www.pharm.or.jp/flowers/post_7.html)
(3)角川学芸出版編『角川俳句大歳時記』(夏)(角川書店、2006年)
(4)新村出校閲、竹内若校訂『毛吹草』(岩波文庫、2000年第6刷)



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