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言葉を探る−バックナンバー
月刊「e船団」 「香りとことば」2019年12月号

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味噌のフレーバー(みそのふれーばー)

 香り 匂いもピンと来ないなあ、味噌って香るのか? 匂うのか? と、考えて、そうか、フレーバーということばがあったな、と思い出しました。
 フレーバーという言葉は、日本香料工業会のウエブサイト(1)に、こんな風に解説されています。
 フレーバー(食品香料)は、口から摂取する食品に付与することを目的とした香料のことです。味は、それ単独ではなく香りと一体となって知覚され、この感覚を食品学では、フレーバー(Flavor:風味、香味)と呼んでいます。一般に、おいしさにはこの味(Taste)と香り(Aroma)が大きく関与しているとされ、よりおいしく食べられるようにするために食品に香りを付けます。 このサイトでは、食品学の定義とは別に、食品に香気を付与増強する食品香料をフレーバーと呼ぶことにします。

 これは、日本香料工業会の立場からの解説なので、フレーバーが商品であることが強調された形になっていますが、要するに、口の中で、味覚と相俟って、口全体で感じられる、香りだけでも、味だけでもない感じ、風味・香味がフレーバーなんですね。

 ここで、目の前の「味噌の香気と香気成分について(その1)」「味噌の香気と香気成分について(その2)」という、本間伸夫氏の論文(2)(3)のタイトルに、もう一度、ん? という感じになりました。
 他に、熊沢賢二氏の「生味噌の香気成分と過熱による香気変化」(4)という論文も見つかりました。こちらも、香気です。 けど、まあ、製造の現場と研究の現場で用語が統一されていないのは、よくあることのようですから、こんなトコを深く追及するのはやめて、中味です。

 この研究では、私が香料会社で働いていたころにはまだ実用化されていなかった、というか、夢だった方法が使われていました。ガスクロマトグラフィーオルファクトメトリー(GC−O)という方法です。

 この名前を分解してみると、

  ガス……気体
  クロマト……色
  グラフィー……図式化を用いる方法
  オルファクト……ニオイ、嗅覚
  メトリー……方法

 ということに、(かなり乱暴な定義ですが)、なるでしょうか。
 ともかく、この装置を使えば、複雑きわまる味噌のフレーバーの成分が、1つずつに分かれて、それを出口で嗅いで、どういうニオイかを記録し、同時に機械の方はその成分が何かを科学的に分析して、アウトプットしてくれる、ということです。

 要するに、ガスクロマトグラフィー、という混合物をその構成成分に分ける方法と、オルファクトメトリーという、分離されて別々に出てくる成分をハナで嗅いで、どんなニオイか、また、なんという物質かを同定していく方法とを一体化した方法です。
 これを販売しているのは アルファ・モス ジャパンという会社(他のメーカーでも製造しているかと思いますが)で、2008年の設立となっています。よっぽど高いんでしょうね、買わずに、使用料を払って、使わせてももらえるようです。あの頃の私なら、きっと飛びついたと思います。
 その装置が、これ。


 そして、使っているところがこれです。


 この画像、女性(?)が一生懸命にフレーバーを嗅いでいるところのようですが、よくは分かりませんよね。でも、お気になさらないでください。そんなスゴイモノがあるのか、と思って下されば十分なんです。(白状すれば、私もよく分ってないのです)。

この方法の元祖というか、いちばんプリミティブな方法は、ペーパークロマトグラフィーといって、つくばサイエンスニュースというサイト(5)にほれぼれするような画像が出ています。


 一滴のインクの中に、どんな色素が入っているか、分離されていく様子がよく分かりますよね。
 この他にもよくわかる画像がいっぱいなので、是非、ご自分で訪ねてみてください。

 さて、「生味噌の香気成分と過熱による香気変化」には、味噌のフレーバーの綿密な分析結果が表にされているのですが、それを睨んでいて、改めて気づいたことがありました。皆さんもそうだと思いますが、初めてお味噌汁の作り方を教えてもらったとき、お味噌は具に火が通ってから、最後に入れて、沸騰しかけたところで火を止めるんよ。ぐつぐつ煮立てたらあかんよ、とくれぐれも言い聞かされますよね。そのわけが、ここにあったのです。
 この「生味噌の香気成分と過熱による香気変化」の第1表のタイトルは、「生味噌(淡色系:White、赤色系:Red)の香気に寄与する成分」で、フレーバーに寄与する成分だけの表ということ。もちろん、フレーバーに寄与するのはニオイのある成分だけとは限らないので、つまり、同じ物質でも、それを水に溶かしたのと、砂糖に混ぜてしみ込ませたのとでは立ちのぼるニオイはかなり違うわけで、これにもややこしい科学的な根拠があるんですが、この表の最初の方に並んでいる成分の沸点を調べてみると下記のようになりました。成分名と香質はこの文献に記載されているままです。

  成分名          香質      沸点(℃)
ethyl isobutyrate      フルーティー    110
ethyl butyrate      フルーティー    120
ethyl 2-methyl butyrate  フルーティー    133
  不明         ヨーグルト様
1-octene 3-one      きのこ様       60

 どれも、沸点が低いですよね。水の沸点が100℃で、しかも水は、蒸発するときいろんな香りを連れて蒸発しますから、お味噌汁を煮立てると、これらの物質が一緒にお台所の空間に逃げてしまって、待っている人のお口には届かないことになってしまう、というわけ。

 おいしいフレーバーを、そのまま食卓に届けるには、煮立てず、出来上がってからほったらかさず、って、誰でも知ってる常識に落ち着いたところで、では、また、来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)日本香料工業会ウエブサイト:http://www.jffma-jp.org/flavor/
(2)本間伸夫著「味噌の香気と香気成分について」(1)(日本醸造協会誌 第82巻第7号、1987年)
(3)本間伸夫著「味噌の香気と香気成分について」(2)(日本醸造協会誌 第82巻第8号、1987年)
(4)  熊沢賢二著「生味噌の香気成分と過熱による香気変化」(醸協、第111巻 第6号、2016年)
(5)つくばサイエンスニュース:http://www.tsukuba-sci.com/


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