この欄へのお便りをお待ちしています
言葉を探る−バックナンバー
月刊「e船団」 「香りとことば」2019年11月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

味噌(みそ)

 味噌を買う? まさか! うちで造って、樽に入れて、漬物小屋に置かれてるもんでしょ! という私の常識が崩れたのは、いつごろのことだったか。
 大学生になって、あこがれの「下宿」というモノを始め、でも下宿の食事があまりにも育った味とかけ離れていたので自炊を始め、そこで、幼いころから馴染んできた味と売っている味噌のソレとのあまりの違いに仰天、母にねだって、家の味噌を仕込むときに「幸子の分」も作って貰いました。その味噌搗きの大騒ぎが、たしか冬の寒い頃で、もろぶたにならして入れた味噌のモトが冷えないように炬燵に入れられてましたっけ。第1回目はこんな(↓)壺で送られて来ました。


 なんか、そんな古いモノとは思えないほどピカピカですよね。不思議、というか、だから陶器はすごい、というか。ええ、捨ててない筈だけど、どこへしまったかなあ、と大探ししたら、流しの下の戸棚の奥から出て来ました。高さ(本体)20センチ、重さ2.8キロ、水を入れて計ってみたら 3.3キロ増えましたから、容量3リットル、ということでしょうね。とにかく、見た目に比べて、すごく重いです。こんな重い割れ物、宅急便もない時代に、しかも和歌山の山の中の村から、信楽の隣みたいな京都に住んでいる娘に送る、って、と、今頃感心する始末。
 なんでそうまでして送ってもらうの? とお思いでしょうね。でも、このお味噌、ホント、美味しくて、お味噌汁にするのに出汁がいらないどころか、出汁なんかない方がおいしかったんです。レシピは祖母から母に受け継がれたもので、子どものころから毎年見ていましたが、特に秘密めいたことをしているようには見えませんでした。原料は米(麹)と大豆と塩だけ、まあ、その割合にはものすごく神経質になってる感じでしたが。
 このもらい味噌は、味噌のレシピが祖母から母へと受け継がれ、やがて母から「もう、味噌搗きは無理になった。ごめんよう」という手紙が来るまで続きました。

 思い出にハマってそうこうしていたら、『醤油・味噌・酢はすごい』(1)という本に出会いました。味噌って、なんて面白いんだろう! という本。


 オビのビッグ3って何のビッグ3かというと、発酵調味料のビッグ3とのこと。
 中でも、わたしが「わっ、あっ」と思ったのは「味噌」という言葉の語源です。
 このオビで見ると、ビッグ3は、どれも、それだけでぶ厚い本になりそうな「言葉」としての歴史を持っているようですが、味噌の歴史も半端じゃありません。

 あ、言い忘れるところでしたが、この本、「塩のこと」という章から始まっています。もう、どこかで書いた気がしますが、私は、「ナカハラさん、いちばんウマイもん、なんか知ってるか。それはな、や」と教えてくれたKさんのことを思い出しました。この本の著者、小泉さんは、発酵研究の第一人者として、次のように書いています。

 塩は人間にとって不可欠の生理機能成分であるが、「食べもの」という観点から見ると、塩っぱい味をもたらしてくれるだけでなく、腐敗菌を寄せつけないので、保存料にもなる重宝なものであるからだ。つまり、塩は腐敗菌の侵入を抑えて、発酵菌だけの醸しの場をつくることと、発酵調味料に熟れた塩味を付けることができるわけだから実に頼もしい限りというものである。

 さて、味噌です。
 『醤油・味噌・酢はすごい』には、はっきり「味噌」という字が現れるのは平安時代であるが、その詳しいゆくたてについては今だに正確な答えは得られておらず、おそらく「未醤」が「味醤」になって「味噌」になったのだろうというのがいちばん多く支持されている説であろう、と述べるにとどめておられる。
 ならば、せめて『字統』(2)で「味」と「噌」を見てみましょう。「噌」は「ソ」の部ではなく「ソウ」の部に出ています。で、


 長いことお世話になっているので『字統』も汚れてきてますが、「味」は「滋味なり」「五味をいう」とあり、「噌」は「市井のやかましい声をいう」とあります。これをワタシ流に意訳させていただくと、「味噌」とはつまり「おいしい味のわいわいと集まったモノ」ということになるでしょうか!?

 香りですか? じつは、『醤油・味噌・酢はすごい』には味噌の香りは詳しくは出てこないのですが、あの特徴的な香りが研究されていないわけはなく、たくさんの研究報告があります。特に、1952年に、ガスクロマトグラフィーという、画期的な分析方法が実用に供されてからは、飛躍的に分析が進みました。
 その中で、私が特に惹きつけられたのは「味噌の香気と香気成分について」(3)(4)という綜説です。「香気」と「香気成分」はいっしょくたに論じることのできるものではなく、互いに関連させつつ、別々に明らかにしていくべきものだ、との観点に立ったこのタイトルには、ヘンな言い方ですが、感動しました。
 紙数が尽きましたので、今月はこれで終わりにしますが、来月は是非、味噌の「香気と香気成分」を、そして出来れば味噌の「味と呈味成分」も考えたいと思います。では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】
(1)小泉武夫著『醤油・味噌・酢はすごい』(中公新書、2016年)
(2)白川静著『字統』(平凡社、1984年)
(3)本間伸夫著「味噌の香気と香気成分について」(1)(日本醸造協会誌 第82巻第7号、1987年)
(4)本間伸夫著「味噌の香気と香気成分について」(2)(日本醸造協会誌 第82巻第8号、1987年)


トップへ戻る