この欄へのお便りをお待ちしています
言葉を探る−バックナンバー
月刊「e船団」 「香りとことば」2017年8月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

はるかな鉄

 「えらいもんが出てるで。ファックスで送るわ」
 と、弟から電話がかかってきたのは、7月28日の朝、10時ごろだったか、のことでした。
 届いたファックスを見ると、朝日新聞の記事で、見出しに、

 やりがんな 国内最古
 鉄製工具 2300年前か 石川で出土

 とあります。
 6月末に出来上がった俳句とエッセー集『ローマの釘』(創風社出版)を弟にも送ったので、薬師寺の東塔のさびない釘どころじゃない、弥生時代に、もうこんなモノがあったらしい、よ、と知らせてくれたのです。
 モトの記事はカラーだ、というので、近所のセブン・イレブンで買ってきて広げてみると、なるほど、きれいな写真が出ています。
 朝日新聞デジタル版にもちゃんと出ています。リンクも「朝日新聞デジタル 弥生中期の木製品削る『やりがんな』出土(2017年7月28日)」というふうに明記さえすれば自由ということなので、皆さん、是非、このページを覗いてきてください。
 ……
 ……
 いかがでしたか?
 やりがんなの作り方なんかも解説されていましたでしょう?
 サイズも詳しく書かれていて、全長は16.3センチですが、それは私が使っているこのカッターナイフとちょうど同じ。

 手先を使ってなにか細工をするのにちょうどいいサイズって、弥生時代から同じ……、あ、ヒトの手の大きさって似たようなものでしょうから、驚くにはあたらない? でも、なんか、ちょっと感動してしまいました。
 このやりがんなが見つかった遺跡では過去に大量の武具や食器などの木製品が見つかっているのだそうで、それらを作る高度な技術を持っていたことが、このやりがんなからも推測できるのだとか。

 ところで、いったいこのやりがんなという聞きなれないモノって、何? と、そこから始めなければならない私の幼稚さ。
 というわけで、ジャパンナレッジ(1)を見てみると、世界大百科事典にはこうありました。
 木材の表面を削り仕上げる工具で,断面が浅い三角状の槍の穂先に似た刃を木柄につけたもの。16世紀末といわれる現在の台鉋(だいがんな)の出現までは,単に加牟奈(かんな),加奈(かな)と呼ばれていたが,それ以後〈やりがんな〉と称するようになった。
 こんな絵が出ています。

 ちょっと文字が読みにくいですが、左の2本が古墳時代のやりがんな、右の2人の男性はそのやりがんなを使って作業しているところで、 両手で持ち、押して、あるいは手前に引いて材木の表面を平に削っている。
 縦挽鋸や台鉋がまだあらわれない時代には、楔や鑿で剥き割った材木をこのようにして仕上げた。
(後略)

 と、あります。ちなみに、漢字表記は辞書によって違っていて、槍鉋、などが当てられています。

 今でも使われてるのかな、と思ってアマゾンで検索してみたら、まあ、あること、あること。小さいのから大きいのまで、ズラリとありました。もちろん、売られているのです。 例えば、ひときわ立派なのがこれ。

 箱は桐製。「若武者」と、ステキな銘がついていて、いざ出陣って感じ。お値段は38832円。これって高いの? 安いの?

 説明がついています。
・越後の名工「清玄松之助」作 若武者
・昔ながらの槍鉋
・材木の表面を削って加工する
・古代より建築部材の表面仕上げ加工に
・すべすべした仕上がりでありながら、わずかな削り跡が残り人の手による美しさと味わいが表現できます。
・サイズ:18mm/約全長440mm 刃渡82mm 柄300mm  サイズ:24mm/約全長460mm 刃渡95mm 柄298mm
・桐箱入り


 これは全長が44センチと、46センチのセット。上の絵の大工さんが使っているのはもう少し大きいかも。

 石川県で出土したのは全長16.3センチと小さいけれど、小さいのは? と探すと、全長20センチのがありました。名前も「豆道楽」とかわいい。
 

 刃と柄の連結部分が糸のようなもので巻かれているところなんか、出土品とよく似てますね。
 それにしても、どうして桐の箱に入っているのかしら、と、最初、すごく不思議でした。でも、それは多分、用途が神社仏閣の建築・修理などに使われるので、丁重に扱われるのでしょうね。
 みなさんも、一度、ネットのショップでご覧になってみてください。ウン10万円もするのもあって、すごいですから。

 ところで、冒頭の新聞記事でもうひとつ、とても気になることがありました。
それは、この出土したやりがんなの刃の部分が、当時、まだ日本では鉄器の生産が始まっていなかったから、海外から持ち込まれた可能性が高い、というのです。朝鮮半島でも鉄器が出始めた時期で、その段階ですでに日本にも入って来て、北陸まで広がってきていたことが明確になった、と。

 鉄という、クラーク数4番目、つまり地球表面下約16キロまでの元素の存在比が酸素、ケイ素、アルミニウムに次いで多い、いわばどこにでもわんさとある元素が、1つの工具として私たちの先祖の手にわたるまでの、このはるかな旅を、もっともっと詳しく知りたくなってきましたね。では、また来月。 (中原幸子)

【参考文献】

(1)ジャパンナレッジ(有料)(http://japanknowledge.com.blib-ezproxy.bukkyo-u.ac.jp/lib/search/basic/)



トップへ戻る