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言葉を探る−バックナンバー
月刊「e船団」 「香りとことば」2020年3月号

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ヤゲン??(やげん)

 醤油が、湯浅に? なんで? と思っていたら、近所にその湯浅の醤油を使ったからあげのお店が出来ていました。


 ウチから5分ほど歩いたところにあり、上の写真のようなお店。何度も前を通って郵便局へ行った筈なのに、気が付かなかったのですが、先月、「ショーユ」「しょうゆ」と思いながら歩いていたら、すぐに目に入って。
 ぼけて見にくいですが、お店の名前の上に「湯浅醤油使用唐揚げ専門店」と書かれています。
 「あじむ」という聞き慣れない名前は、左側に拡大してますが、漢字で「味夢」と書くんですね。変わった名前だなあ、それに、からあげの味が醤油でそんなに違うの、などと、料理音痴の私にはビックリで、これは食べてみなくちゃ、ですよね?  で、買いに行きました。

 で、買って来たのがこれ(↑)です。
 注文したら、「揚げたてを持って帰って頂くので、ちょっと待ってください」、と言われ、2番の番号札を渡されて店先の長椅子へ。寒いよー、と思い始めたころに「2番のお客さま」と呼ばれて、渡されたのが上の写真の詰め合わせ。いえ、渡されたのはフツーの紙箱でした。この写真は私がお皿に並べたところです。
 買ったのは「ファミリーボックス小」というセットで、1390円(税込み)。 待ってる間、チラシを見ていたのですが、売られている品目が、むね、もも、砂ずり、やげん(ん?)、手羽先、皮パリ、コロッケ、大海老フライ、そして、タルタルソース。まあ、大体は馴染みの名前ですがわからないのが「やげん」。皆さん、ご存知でしたか? ネットで検索してみると、コリコリとした噛みごごちがよくて、焼き鳥屋さんでは人気の1品だとか。そうか、わたしが下戸で焼き鳥屋さんの人気アイテムを知らないだけで、みんな知ってるのか、と納得。それにしても「ヤゲン」ってどういう意味? と、また「なんで?」が。

 またまたネットで検索してみたら、こんなかわいらしいトリさんが見つかりました。

 グルメノート(1)ってサイトからお借りした図です。
 更に、あちこちネットをサーフィンしてわかったところによると「ヤゲン」という名前は、生薬を磨り潰す道具の「薬研」(↓)だそうで、舟みたいな形が似てるからだとか。日本国語大辞典(ジャパンナレッジ)には「鶏をいう、盗人仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕とも出ています。

 とっくに歴史上の遺物だと思っていた薬研がこんなところに名を残してるとは、と思ったら、なんと、下北半島には薬研温泉という温泉までありました。いかにも病気が治りそうな名前ですよね。


 それにしても、薄暗くて薬臭い部屋で、ひっそりと薬を粉にするだけの道具だと思っていた薬研が、こんなに人々に身近な存在だったなんて。60年以上も前、薬大の学生だった頃、生薬学の実習で触らせてもらった覚えがあるけれど、そんな話、聞かなかったなあ。こういう面白いお話をして下されば、もっと生薬学も楽しく学べたでしょうに。

 また脱線してますね。からあげの味に戻らなくては。
 手渡されたあつあつを持って帰り、大急ぎで写真を撮って、さて、ちょっと冷めたけど十分温かいソレを頂きました。
 なるほど、と、実にナットクの食べ心地でした。ふわっと鼻をくすぐる香りは、明らかに醤油の香りなんですが、ナミの醤油の香りじゃないことは口に入れる前にわかりました。とても複雑で、しかも心地よい香りなんですね。食べればもちろん、程よい醤油感が口に広がります。

 ところで、湯浅が醤油発祥の地、って、なんで? という疑問を未解決のまま先月は終わってしまったのですが、どうも、そのモトは金山寺味噌だったみたいです。
 日本大百科全書(ニッポニカ)にはこんな風に出ています。

径山寺味噌
 加工みその一種で醸造なめみその代表的なもの。金山寺みそともいう。9世紀文徳(もんとく)天皇(在位850〜858)の時代に、中国浙江(せっこう/チョーチヤン)省の径山寺で修行中の僧覚心(かくしん)が特産のみその製法を習得し、帰国後、和歌山(紀伊由良(ゆら))の西方(さいほう)寺(後の興国(こうこく)寺)で伝授したとされている。さらに覚心は径山寺みその底にたまった汁で食品を煮るとすこぶるおいしいことを発見し、これがしょうゆの原型になった。現在の径山寺みそは、加工にくふうを凝らした赤褐色の柔らかいなめみそである。炒った大豆に、大麦の麹、塩を加えた桶に、一夜漬けにした塩漬けのウリ、ナスなどを混ぜ、重石をして数日置き、麻の実、刻みしょうが、シソの葉を加えて密封し、半年以上熟成させてつくる。砂糖や水飴などの甘味を加え、短時間でつくりあげるものもある。[河野友美][山口米子]


 製法は由良に伝えられたのに、なぜ湯浅で……、と言えば、湯浅の水がおいしくて、味噌つくりに適していたからだとか。
 湯浅と醤油の関係については、とても丁寧に、分かりやすく解説してくれているサイトがあります。そこには上記の覚心が宋に渡り、味噌の製法を日本に持って帰ったいきさつが詳細に述べられています。
あっと驚く醤油の生い立ち! 是非、湯浅の醤油の歴史を教えてくれる、サイト「丸新醤油」の「湯浅醤油と金山寺味噌の歴史」というページを訪ねてみてください。
 では、また来月。中原幸子
【参考文献】

(1)「グルメノート」((https://gourmet-note.jp/posts/10067)
(2)「丸新醤油」(https://www.marushinhonke.com/)
(3)「湯浅醤油と金山寺味噌の歴史」(https://www.marushinhonke.com/f/history)



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