月刊:ことばを探る 最近のバックナンバー

月刊「e船団」  言葉を探る 2001年3月号

鳥のことば

 前号まででヒトは音を得、声を得た。
 いよいよコトバを得るのだが、春だから、ちょっとよそ見を・・・。
 それは「この一句」にも出てくる「さえずる(歌う)鳥」たちのこと。ヒバリやウグイスはなんのために、また、どのようにしてさえずるのだろうか?
 ヒバリもウグイスも動物の分類学上は「スズメ目」の「スズメ亜目」に属する。さえずるのはこのスズメ亜目の鳥たちである。それで、スズメ亜目の鳥は鳴禽(めいきん)類とも呼ばれている。 地球上にある鳥の種類は約8600種で、そのうちの6割はスズメ目に属し、またその8割はスズメ亜目に属するから、鳥類のおよそ半分はさえずれることになる。
 いきなり「さえずり」と書いてきたが、たいていの鳥は何種類もの音声を出すことができ、日本人は鳥の鳴き声を大きく「さえずり」と「地鳴き」に分類してきた。例えばウグイスは「ホーホケキョ」が「さえずり」、「チャッ、チャッ」が地鳴きである。
 ついでに言えば、こういうふうに鳥の鳴き声をヒトの言葉に置き換えて表すのを「聞きなし」という。聞いて書き留めるのだから人によって違いがでる。ウグイスの地鳴きの聞きなしには「チョッ チョッ」や「チッツ チッツ」もある。
 さて、なぜ鳥はさえずるか。さえずるのは普通繁殖期の雄である。結論を言えば、「さえずり」は、自分がその種(ウグイスならウグイス)であることを示し、その場所が自分の縄張りであることを主張し、自分の存在を雌に知らせ、呼び寄せるための行為である。
 「さえずり」には種間の違いの他に個体間の違いもあるので、雌ウグイスはさえずっているのがウグイスかどうかだけでなく、個々の雄ウグイスのさえずりを聞き分けることもできる。「さえずりが複雑で美しいほど雌が寄って来やすい」かどうかは、まだ証明されていないようだが、さえずれないと恋が始まらないことはたしかである。だから子ウグイスはさえずりを懸命に習わなければならない。
 ウグイスがさえずるのは主に春の繁殖期、せいぜい初夏までのため、ウグイスを渡り鳥だと思っている人も多いようだが、ウグイスは留鳥である。初夏には山に登って巣を作り子育てをする。冬は平地へ下りてきて暮らす。繁殖期以外は「地鳴き」(ウグイスの場合、特に「笹鳴き」と呼ばれる)か「谷渡り」という鳴き方をする。地鳴きは合図、谷渡りは警戒音。谷渡りの聞きなしは「ケケケケケッキョケッキョ」とか「キキキキキッキョキッキョ」が多い。

 ヒバリはどうか。
 ヒバリもさえずるのは雄で、3分以上も飛びながらさえずり続けることができ、「さえずり飛翔」という言葉まである。
 ヒバリの地鳴きは「ビュルッ」とか「ビュルルッ」、さえずりは一応「ピーチクパーチク」か。しかしヒバリのさえずりは非常に複雑で、正確に聞きなしを作るのは難しいようだ。調べてみても「複雑」と書かれていたりする。民話の世界では「日一分日一分利取る利取る(ヒイチブ ヒイチブ リートル リートル)」とさえずり、これはお天道様にお金を貸したヒバリが空高く舞い上がって返金を迫っているのだと言う。
 ヒバリは空でさえずるばかりでなく、地上でもよくさえずる。ただ、空高く舞い上がってさえずれば、地上にいるより広い範囲に縄張りを主張できるし、自分の姿もより広い範囲にPRできるので、あんなに舞い上がっているらしい。だが、自分の姿が雌によく見えるということは、敵にも丸見えだということ。ヒバリはとても賢くてそれをちゃんと知っており、下りるときには一旦巣からうんと離れたところに降りてから巣に戻る。
 ヒバリは歌の文句をたくさん持っていて、縄張りの主張や求愛だけでなく浮かれ歌があり、さらに、上ってゆくときの「上がり」、空に留まっているときの「空鳴き」または「舞鳴き」、降りてくるときの「降り」と歌い分けることができる。

 鳥はどのようにして声を出すのか。ヒバリがあの小さい体でさえずり飛翔ができる秘密は何か。
 人間の喉頭にあたる鳥の発声器官は鳴管と呼ばれ、たいていの鳥では気管が気管支に分かれるあたりにある。ヒトの声帯に当たるのは「鼓形膜」と呼ばれる振動膜である。この膜の振動が気管の共鳴で大きな音になり、そのため鳥は体に似合わぬ大声で鳴けるのだ。「鶴の一声」というが、鶴の気管はトランペットのようになっているという。
 さらに、鳥は呼吸器官が発達している。飛ぶには大量の酸素が必要だから。肺のまわりには5対もの、気嚢と呼ばれる空気の貯蔵庫があり、これはポンプのような働きをする。気嚢によって鳥は一呼吸で肺の空気を全部入れ替えることができる。
 そして、ヒバリが飛びながら鳴き続けられるのも気嚢から空気の補給ができるからなのである。

 勿論、鳥たちが美しい声で歌えるのは、そうできるように全ての器官が発達しているからで、空気さえあればいいというのではない。例えば、美しい歌声といえばすぐ思い出すカナリアなどはものすごい早口で歌うことができるが、そのためには呼吸に携わるお腹の筋肉もそれに合わせて1秒間に30回も収縮できるという。

 鳥たちのさえずりはこんなにも複雑な仕組みで行われている。
 さえずりは渾身の力で、命がけで愛を伝えるコトバなのである。

(中原幸子)


参考文献
小西正一「小鳥はなぜ歌うのか」(岩波新書、1994年)
樋口広芳「鳥たちの生態学」(朝日選書、1986年)
浦本昌紀監修「鳥の手帖」(小学館、1990年)
ほかに「ネットで百科」ほかホームページ多数。


月刊「e船団」  言葉を探る 2001年2月号

音から声へ

 前号でヒトが言葉を持てたのは、呼吸をしながら連続して声を出せる体の構造を得たからである、ということをほんの入り口だけだが書いた。だが、鋭い読者は「喉から音が出たらそれが声だといえるのか?」と思われたであろう。そのとおり、ただの音が声になるにはまだまだ複雑な仕組みが必要だった。人類がまず手にした言語である「音声言語」への次のステップは「音から声へ」である。
 「音声言語」というが、いったい音と声とはどういう関係なのだろうか?
 これについて私は、「完璧だ!」と思う説明をみつけた。著者と出版元のお許しを得てここにご紹介する。(阿部聡著「『人間の体』99の謎」、PHP研究所,1999年)。

声はどこから出てくるのか
 声は声帯から発せられる。小学生ならこの答えを正解としてもいいが、大の大人であるあなたがこう答えたとしたら、残念ながら間違いである。声帯から出るのは音であって声ではない。
 厳密にいえば、声の元となる音は声帯と喉頭筋(こうとうきん)とが一緒に働くことで発せられる。気管の入口近くに左右の壁から突き出した筋肉のヒダがあるが、これが声帯である。
 筋肉のヒダとヒダの間を声門といい、この声門は呼吸をしているときには開き、しゃべろうとすると閉じる。声門の開閉を担当しているのが喉頭筋で、喉頭を取り囲むように存在する三つの軟骨の間にある。喉頭筋は、迷走神経の枝であり反回神経と呼ばれる、脳と連絡している神経にコントロールされている。
 あなたに何か話す必要があると、それを感知した大脳皮質は神経に信号を送り、その信号をキャッチした神経が喉頭筋に筋肉を弛緩させる指令を発し、声門が閉じて発声の準備が整うことになる。
 声門が閉じると気管内部の空気は出口を失い、圧力が高くなるために強引に声帯を開いて空気を逃がすのだが、そのときに声帯のヒダが振動し、声の元になる音が発せられることになる。そしてこの音は唇、歯、口、のど、鼻など、吐く息の通り道にあるいろいろな器管の働きによって、つまり反回神経だけでなく、顔面神経、舌咽神経、舌下神経など多くの細胞の共同作業で、ようやく声になるのである。
 たとえばただ口を開けた状態では、「ぱぴぷぺぽ」という声は絶対に出ない。唇と口のなかの動きがあってはじめて、「ぱぴぷぺぽ」と発音できるのである。
 これが発声の仕組みであり、声はこれらの器官の総合的な働きによって発せられるというのが正解である。
 では、低音の声の人や高音の声の人がいるのはなぜなのだろうか。木琴や鉄琴の構造を思い浮かべていただければ分かるように、振動する部分が短くて薄いほど高い音が出る。この原理と同じで声帯のヒダの長さや厚さ、緊張度が関係している。
 このヒダの長さは子どもが5ミリ前後、女性が10〜16ミリ前後、男性が12〜20ミリ前後で、女性より男性のほうが厚い。素晴らしいボーイ・ソプラノも、男性よりも女性の方が高音なのもこの声帯の形と緊張度の違いによるわけである。
 男性が声変わりするのは、男性ホルモンによる筋肉や骨の発達によって声帯が厚くなると同時に声帯の緊張が急激に低下し、さらに喉頭を囲む軟骨の成長によってのど仏が出て喉頭部の形が変化するためである。
 さて、メカニズム的にはこのようにしてつくられる声だが、このことを可能にしたのがヒトの二足歩行ということらしい。二足歩行することにより、咽頭から喉頭のスペースが広がり、発音が可能になったという。
 ヒトにもっとも近いといわれるボノボ(ピグミーチンパンジー)は時として二足歩行を行なう。ジョージア州立大学のスー博士の施設で見た彼らは、明らかに何らかの意味を持った音、すなわち声の原型を持っているように感じられた。声ひとつとっても謎だらけである。(「『人間の体』99の謎」より)

 さて、「音」が「声」になるメカニズムは分かったが、ここで理解した「声」はどこか、私が「声」だと思っているものとは違うところがある。ちょっと辞書を引いてみよう。チョウ常識は『広辞苑』だが、こういうとき力になってくれるのはシンカイさんではなかろうか、やっぱり。「シンカイさんって?」という方は参考文献をどうぞ。

 おと【音】(1)物がすれあったり何かをしたりした時に、空中・水中などを通じてわれわれの耳に感じられるもの。〔物理学的には、空中・水中などを伝わる波動の一種〕(2)評判。
 こえ【声】(1)〔人や動物が〕発音器官を使ったりして、それぞれ独特の方法で出す音。有意的・分節的なものと、そうでないものとが有る。(2)第三者の考えや、生活者としての意見。(3)風評。(4)物の音で、人間に何かを感じさせるもの。(5)それが近づいて来たことを知らせる何ものか。

そう、この、【声】の(4)が私が欲しかったもののようだ。
 昔、ずっと昔、『文藝春秋』に、たしか森繁久弥が「言葉は耳から頭に行くが声は耳から胸に来る」と言う.意味のことを書いていて、それこそ胸に響いた記憶がある。このことが、私たちが只の音を声と呼ぶ場合があるのを説明してくれるのではないだろうか。
 たとえば「鐘の声」。鐘に何かを伝えようという気はない筈だ。こちらの心に大きな何かが響いてくるのは、ひとえにこちらの心が何かを受け取りたがっているからに他ならない。きっと心には共鳴装置がついていて、音がもたらすものを受け取りたいものに変換しているのだと思う。
 

(中原幸子)


【参考文献】
世界大百科事典(平凡社)
城生佰太郎「ことばの科学」雑学事典(日本実業出版社)
阿部聡著「『人間の体』99の謎」、PHP研究所、1999年
新明解国語辞典(第五版・三省堂)


月刊「e船団」  2001年1月号

ヒトはなぜコトバを持てたか

私たち人間が言葉をもっていることと、ヒトが、口からも息が吐けることとが密接につながっている、と知ったときは驚いた。「それはどういうこと?」というのが今月のテーマである。

私たちは喉の奥にある声帯を、肺から出てくる空気で振動させ、そこで生じる音を声帯の上部の空間で共鳴させて、聞き取れるほどの大きさの音にしている。チンパンジーにも声帯はあるのだが、共鳴を起こすための空間がなく、折角発生した音声も聞き取れないほどの、小さい只の音のまま外へ出てしまう。また、肺からの空気が殆ど鼻から外へ出てしまい、口からは殆ど出ない。
そんなわけで、ヒトが言語を持つ為には知能の進化と同じく体の構造の進化も必要だったわけである。

面白いことにヒトも生まれて1年ほどは、声帯の上の空間が狭いので明瞭な音声が出せない。立って歩けるようになると、声帯の位置が下がって、共鳴に十分な空間ができるのだ。この赤ん坊の1年間は人間の進化の何百万年分かに当たるそうだ。
ヒトが言葉を話し始めたのは、今から数十万年前の、ネアンデルタール人のころだった、と言われる。勿論、音声言語である。ただ、ネアンデルタール人は1秒間に1語くらいしか言葉を発せなかったといわれ、私たちの直接の祖先であるクロマニョン人はその数倍のスピードが出るという。
こんなことが顎の骨の化石からわかるというから驚く。クロマニヨン人の出現は数万年前である。
しかし、そうすると、「目は口ほどにものを言い」はその頃はまさしく「目は口よりもものを言って」いたのだ。次号をお楽しみに。

(中原幸子)


【参考文献】
世界大百科事典(平凡社)
城生佰太郎「ことばの科学」雑学事典(日本実業出版社)


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