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月刊「e船団」 言葉を探る 2003年7月号

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「香りとイメージ」

 この間、俳句仲間のSさんが言いました。「中原さん、匂いって不思議やね。そこにないのに、思い出すとちゃんと匂うね」。
 はっとしました。ニオイもまた言葉からイメージできる世界だったのです。こういうのもコロンブスの卵ですね。長年香料会社で働いて、そのお蔭で食べてきたともいえる自分の能力を、きちんと意識できていなかったのですから。でも、少なくとも香りの表現がとても難しいことはイヤというほど知っています。極論すれば専用のコトバがないのですから。

 日本香料協会編『香りの百科』(1)には「香気の表現用語」についてこう書かれている。

 香りには世界で共通の表現方法はない。そのため、一般的には匂いのあるものにたとえたり(たとえば、花のような)、より具体的な物の名で示したり(たとえば、バラの花のような)、感覚表現用語を用いたり、情感を表す言葉を用いたりする。普通、香りの表現はこれらの言葉を組み合わせて行う。

 そして、香りの表現用語を次の3つに分けて解説する。

(1)香りの質を表す用語

 (a)物の名前を利用した表現用語:フローラルまたはフラワリー(花のような)、フルーティー(果実様の)、アルデハイディックまたはアルデヒド(脂っぽい、またはアルデヒドのような)、シトラス(柑橘のような)、アースィー(土のような)、タバック(タバコのような)、バニラ(バニラのような)、ミンティ(ハッカのような)、ウッディ(木の香りのような)、メタリック(金属的な)、モッシィ(コケのような)、グリーン(青臭い)、ハーバルまたはハーバシャス(ハーブのような)、スパイシーまたはスパイス(香辛料のような)、バルサミック(植物樹脂のような)、アンバー(竜涎香のような)、レザーまたはレザリー(なめし皮のような)、ムスキーまたはムスク(ジャコウのような)、カンファー(ショウノウのような)。

 ね、「・・・ような」だらけでしょう?

 (b)感覚用語を利用した表現用語:ライト(明るい、軽い)、ダーク(暗い)、スイート(甘い)、ホット(辛い)、ビター(苦い)、ノート(調子)、ハーモニー(調和)、ヘビー(重い)、ソフト(柔らかい)、ウォーム(暖かい)、アロマティック(香ばしい)、パンジェント(ツーンとくる)

 (c)情感を表す言葉を利用した表現用語:エレガント、デリケート、セクシー、スポーティー、フレッシュ、マイルド、パワフル、フェミニン、ヤング、プレザント、パウダリー、リッチ。

(2)香りの強さを表す用語:
ストロング、パワフル、テナシャス、ロングラスティング、ディフュージングなどだが、テナシャスとロングラスティングは持続力を、ディフュージングは香りの拡散力を表わし、ここらは香りというものの特性から必要になった用語である。

(3)全体的な香調を表す用語:
これはいわば業界用語で、(1)と(2)を組み合わせてフローラル・グリーンとか、スイート・シトラスとか言ったり、有名な香水の名を借りてシャネル5番のタイプの香り、と表現したりする。

 さて、これらの用語は、香りの表現にどのように使われているだろうか。
 「e船団」の2003年6・7月のクリニックは「夜間飛行」(ドクター:三宅やよい)という名だった。「夜間飛行」はアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説としてよく知られているが、香水の名前としても有名だ。
 小説は1931年、パリで出版された。ジッドによる序文、フェミナ賞受賞。香水は1933年、香水の名門パリの「ゲラン」から発売された。創始者の孫で、近代香水の父と呼ばれるジャック・ゲランは、サン=テグジュペリの親友でもあったので、賞賛の気持をこめて同じ名前の香水を創作し、世に出したのである。ボトルまでプロペラのデザインで。
 ゲラン社のホームページ(http://www.guerlain.co.jp/)には「夜間飛行」を以下のように紹介している。

 夜間飛行
 1933年発売
 創作者:ジャック ゲラン
 香調:オリエンタル、ウッディー、スパイシー
 トップノート:ベルガモット
 ミドルノート:ガルバヌム
 ラストノート:ウッド、スパイス、水仙、アイリス、バニラ

 イメージ:贅沢な、稀少な、ユニーク、謎めいた
 香りの変化:多彩な表情を持つ贅沢な香水。 グリーンフラワーやウッディー・スパイシーノートから、 オリエンタル調に広がり,洗練を究めます。

 「夜間飛行」・フレグランスストーリー
 全力を賭してものごとを成し遂げる精神への賛歌

 空を飛ぶことがまだ冒険だった頃、天空を縦横無尽に飛びまわり、冴え冴えとしたまなざしで世界を見つめ、文章を綴ったひとりのフランス人がいました。童話"星の王子様"で有名な作家であり、優れた飛行家でもあったサン=テグジュペリ。1931年彼は、南米で大陸南端へと向かう新航路を開発する 仕事に従事しながら、生命を賭けて飛ぶ夜間の郵便飛行を題材にして、小説"夜間飛行"を発表したのです。
 彼の親友であったジャック ゲランは、称賛を込め、小説と同じ名前の香水「夜間飛行」を世に送り出しました。純真な好奇心や優しさを抱きながら、断固とした意志と大胆な行動力で未知の世界を切り開いていく、勇敢で高邁な精神。自己と自然を克服して、勇気や責任感を体現した人間の美しさを映しとった、知的でユニークな洗練された香りです。
 「夜間飛行」は発売と同時に、そのはかりしれない魅力で人々の心をとらえ、大評判となりました。そして、半世紀近い時を経た今もなお、強い意志を持ち、毎日を冒険するように生きる魅惑的な女性たちに愛され続けているのです。


 同じく香水の歴史に残る名香「ミツコ」(1921年発売)や「シャリマー」(1925年発売)もジャック・ゲランの作である。その香りは、
 「ミツコ」:フローラルとピーチをベースにしたフルーティーノートが、スパイスとウッドのアクセントと共に、魅惑的なシプレーへと溶けていく絶妙のバランス。控えめで、それでいて凛とした、気品に満ちた神秘的な香りです(http://www.koln.jp/list/detail/item/ge_mitsouko.html)。
 「シャリマー」:愛の殿堂(タージマハール宮の庭園名)を意味する、バニラ・パチュリ・ベチパーが溶け合う妖しい魅惑の香り。男性の心を虜にしてしまいそう・・・(http://www5a.biglobe.ne.jp/~flirt/guerlain.htm)。

 という具合。具体的な香りが鼻に浮かぶとはとても言えない解説、と言わざるを得ない・・・。
 もしかして、ニオイというものが豊かなイメージを広げすぎるので、言葉による表現が発達しなかったのだろうか。
 ヨーロッパから入ってきた香りの表現に限らず、日本で発達した香道でも香りの表現には難渋した。困った挙句(と、私は思うのですが)、香木の分類には「六国五味」という方法が使われるようになった。六国は6つの産地(木所)で「伽羅、羅国、真南蛮 、真那賀、佐曽良(羅)、寸門多羅」、五味は5つの匂いで、「酸、苦、甘、鹹、辛」と味の用語そのままである。もっとも六国はその香木が実際にどこで採れたかということではなく、香りのタイプというような分類用語である。

 フローラル=花のような香り、と言っても人によって思い浮かべる花は違うし、甘い匂いと言ってもバラの花を思う人もいれば、さっき食べたバニラ・アイスクリームを思い出す人もいる。香りの表現はあたかも香りそのもののようにふわふわと漂ってしまう。そういえば、ニオイという言葉からして「とらえ難い」ものを表わすのに使われることが多いようだ。
 芭蕉のいう「にほひ」や萩原朔太郎のいう「詩のにほひ」もそうだし・・・。来月はそんなようなことを考えてみたいです。

 ではまた来月。
                           中原幸子
参考文献
(1)日本香料協会編『香りの百科』(朝倉書店、1989)

主な参照ホームページ
(2)「世界大百科事典」(有料:ネットで百科http://ds.hbi.ne.jp/netencyhome/)
(3)ゲラン社(http://www.guerlain.co.jp/)
(4)インターネット香水ショップ「ケルン」
(http://www.koln.jp/list/detail/item/ge_mitsouko.html)


月刊「e船団」 言葉を探る 2003年8月号

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「思い出す」って?

 先月の冒頭に、俳句仲間のSさんの「匂いって不思議やね。そこにないのに、思い出すとちゃんと匂うね」、という言葉をご紹介しました。以来、妙に気になるのが「思い出す」という言葉です。私たちは、毎日、もしかしたら毎分、実によくモノやコトやその他モロモロを思い出します。こうしている今も私の頭の中では忙しく何かを思い出しています。というか、思い出そうとしています。「思い出す」という言葉は「イメージ」を考える上で大切なキーワードなのではないでしょうか?

 私はアガサ・クリスティーのファンで、とくにお気に入りの探偵はパーカー・パイン。もっともパーカー・パイン自身はいつも「私は探偵じゃありませんからね」と言っておりますが。彼は新聞に「あなたは幸せですか? そうでないなら、パーカー・パイン氏にご相談ください」という広告を出している。
 そのパーカー・パインが、初仕事を無事に終えたとき、「女というものは思い出を食べて生きていけるものだ・・・」と言うようなことを言い、私はなるほどなあと感心した。
 そんな大切な「思い出」も取り出せなければ・・・。いったい「思い出す」というのはどういう作業なのであろうか。あったことがその通りに心に甦ってくるだけなら、まあわかる気もするが、とんでもないことを思い出しますよね、私たちは。バリッとせんべいを噛み割った途端に今日が原稿の締め切りだったことを思い出すとか・・・。

 で、毎度ながら「広辞苑」を見ると、
 【思い出す】《他五》忘れていたことを心によみがえらせる。前にあった事を、今また思う。閑吟集「―・すとは、忘るるか、―・さずや、忘れねば」。「用事を―・す」「子供の頃を―・す」
 とある。「閑吟集」は歌謡集で1518年(永正15)にできたもの。割合に用例が新しいのに驚いた。まさか、それ以前は人は何も思い出さなかった、などということはなかろうと、「思ひ出づ」を見ると、源氏物語(「桐壺」)の用例が出ていた。「上の御有様など―・で聞ゆれば」。その前はなんと言っていたのだろう。広辞苑には「思い出す」系の語がたくさん出ている。思い至る、思い起す、思い浮ぶ、思い浮かべる、思い返す、思い返る、思い当たる、思ひ集む,思い描く、思い及ぶ、思い付く、思い付き・・・。

 そうそう、インターネットではどうか。
 今2003年7月28日の午前10時8分。ためしに「google」の検索マドに「思い出す」と入れて検索してみると、約55万4千件ヒットした。みんな思い出してますねえ。その最初の1件が「夏がくれば思い出す・・・」で始まっていて、私もさまざまな私の夏を思い出してしまった。
 では、「思い出せない」はどうかというと、「思い出せない」も14万7千件。「思いだす」だの「想い出す」だのを加えればまだまだ増える・・・。

 さて、「思い出す」の55万余件のほんの一部をのぞいてみると、「思い出す」は難しい医学関係の論文にも盛んに使われている。アルツハイマーとか、ど忘れとか、思い出せない病気の解明がものすごい勢いで進歩しているらしい。そして、探してみるものですね。「『思い出す』とは何か」に関係のありそうな記事が、いくつか見つかりました。

 あ、これこれ、と思ったのは「痴呆症・医療情報公開のホームページ」(http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/index.html)に掲載された「記憶の『検索信号』とらえた」と題する記事だった。
 サブタイトルが、
 記憶を思い出すしくみ・・・脳の前頭葉から側頭葉へと流れる「トップダウン信号」:この信号が、側頭葉に蓄えられていた絵の記憶を検索!
 本文は、
 目でものを見て脳に記憶した絵や文字を思い出すときに、大脳の前頭葉から電気信号が出ていることが、宮下保司・東京大医学部教授らと科学技術振興事業団の動物実験でわかった。記憶を蓄えるしくみは、分子レベルで盛んに研究されているが、記憶を思い出すしくみはあまりわかっていない。今回の発見で、それを解明する道が開けたとしている。十四日発行の英科学誌ネイチャーに掲載される。
 宮下教授らは、サルを使った実験で、脳の前頭葉から側頭葉へと流れる「トップダウン信号」を見つけた。この信号で、側頭葉に蓄えられていた絵の記憶を検索し、それを思い出すことができたという。
 宮下教授は「今後は複雑なネットワークがどのように制御されているかを解明したい」と話している。 (参考文献:平成11年10月14日 朝日新聞・総合)


という短い記事。

 そうか、東京大学の宮下保司教授か、と改めて「宮下保司」を、有料の新聞記事検索(2)にかけてみた。検索期間は最長の朝日で 1984年12月17日〜2003年7月28日 。82件ヒットした。当然ながら複数紙に同じ内容の記事が掲載されるケースも多いが、これが、順番にみていくととても面白い。新聞の記事だけに私にもまあまあ分かるように書いてくれているし。

・読売新聞:1992.01.25(東京夕刊)(抜粋)
『見た物記憶する細胞発見 宮下・東大教授らサルの実験で 2ミリの範囲に2種類』

   ◆「貯蔵用」と「再生用」
 子供のころ見た絵や情景をはっきり覚えているように、人間など霊長類は、映像を長期間記憶し、それを再生できる。一体、脳のどこが働いていてこんなことができるのか。東大医学部生理学教室の宮下保司教授は、こうしたテーマをサルの実験で追究、映像の記憶に中心的な役割を果たす二種類の神経細胞を発見した。

 宮下教授はこの2種類の細胞を「記憶貯蔵細胞」、「記憶想起(再生)細胞」と命名した。この記事の中で教授は「複数個の記憶貯蔵細胞がネットワークをつくって、物の形などを認識し長期間記憶するのだと思う」と話している。

・朝日新聞:1999.10.14 (東京朝刊)(抜粋)
記憶の"検索信号"とらえた 宮下保司・東京大医学部教授ら

 目でものを見て脳に記憶した絵や文字を思い出すときに、大脳の前頭葉から電気信号が出ていることが、宮下保司・東京大医学部教授らと科学技術振興事業団の動物実験でわかった。記憶を蓄えるしくみは、分子レベルで盛んに研究されているが、記憶を思い出すしくみはあまりわかっていない。今回の発見で、それを解明する道が開けたとしている。

 宮下教授らは、サルを使った実験で、脳の前頭葉から側頭葉へと流れる「トップダウン信号」を見つけた。この信号で、側頭葉に蓄えられていた絵の記憶を検索し、それを思い出すことができたという。これが先の「痴呆症・医療情報公開のホームページ」の記事のモトです。だんだん思い出せそうになってきましたね! でも文字を思い出すのと言葉を思い出すのとはちょっと違う気がするけれども。

・産経新聞:2001.01.26(東京朝刊)(抜粋)
記憶を思いだす際の大脳 逆向きに情報伝達 物忘れの仕組み解明へ
 記憶した内容を思いだすとき、大脳で通常とは逆向きの情報伝達が行われていることを、宮下保司・東大医学部教授らの研究グループが見つけた。物忘れや痴ほう症の仕組みを解明する手掛かりとなる発見で、二十六日発行の米科学誌「サイエンス」に発表する。(中略)
 その(ニホンザルによる研究の)結果、まず大脳側頭葉の古皮質(辺縁皮質)と呼ばれる場所が活発化し、次に新皮質が活発化することが判明。古皮質は記憶情報の「倉庫」の役割があり、ここから物を見分ける場所の新皮質に信号が伝わり、目的の記憶を引き出していることが分かった。
 宮下教授は「記憶を思いだすときは、記憶するときとはまったく別の複雑な情報処理が行われている。年を取ると物忘れが多くなるのは、逆向きの信号伝達がもっと遅くなるためかもしれない」と話している。


・朝日新聞:2002.09.26(東京朝刊)(抜粋)
記憶の「在庫」、前頭葉で管理 東大チーム、脳の働きを解明
 「知っているのに、思い出せない」。日常生活で経験するこんな脳の働きをつかさどる場所を特定したとする論文を東京大の桔梗英幸研究員、宮下保司教授らが26日発行の米専門誌ニューロンで発表する。
 ヒトは何かを思い出すことができなくても、その答えが自分の記憶の中にあるかどうかは分かる。これは記憶の「在庫状況」を管理しているメタメモリーと呼ばれる脳の働きがあるためだと考えられていた。東大チームはメタメモリーを担う脳の場所が前頭葉下部にあることを見つけた。(後略)


 記憶の在庫管理、とはまた。そう言えば、出てきて欲しい記憶の前にいろんなことがぞろぞろ出てくる、というのはよくありますね。

そして最新のニュースはこれ。
・共同通信:2003.07.10(抜粋)
記憶の貯蔵と操作は別々  考える脳の働きを解明
 暗算や文章の読解など、物事を考えるときに短時間だけ働く「作業記憶」は、記憶を一時貯蔵する神経細胞と記憶を操る神経細胞の共同作業に支えられている―。東京大の宮下保司教授(脳科学)や大林真知子研究員らが、そんな記憶のメカニズムをサルを使った実験で解明し、十一日付の米科学誌サイエンスに発表した。(中略)
 作業記憶は物事を考える際に不可欠な仕組み。宮下教授は「サルは知覚や運動の順序を決めるのに使っていたが、人間では抽象度が上がり、暗算など、運動とかけ離れたこともできるようになったのではないか」と話している。

 まだ、バリッとせんべいを噛んだら原稿の締切を思い出した、というのが説明できていませんね。でも、宮下教授は「2010年には見たことのないものを思い描く想像力の起源が分かる」と言っておられる、という記事も見ましたから、楽しみに待ちましょう。もちろん他にも世界中で大勢の人たちが研究してくれているわけですし。

 ではまた来月。

                          中原幸子
主な参照ホームページ
(1)「世界大百科事典」(有料:ネットで百科http://ds.hbi.ne.jp/netencyhome/
(2)@nifty(有料)(http://www.nifty.com/


月刊「e船団」 言葉を探る 2003年9月号

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思い出せ!

 先月、バリッとせんべいを噛んだら原稿の締切を思い出した、というのが説明できませんでしたね。
 でも、それはちょっと置いて、すごいものに出会ってしまったのです。

 「イメージを創る力」と題する宮下保司教授の講演(2)。
 教授から転載のお許しを頂きましたので、その講演の最初に出てくる図をご覧下さい。そっくりでしょう? 私たちが頭の中で描く「イメージ」ってものに。

出典:東京大学医学部宮下研究室ホームページ
(http://www.physiol.m.u-tokyo.ac.jp/)
Modified from : Miyashita, Y. , How the brain creates imagery: Projection to primary visual cortex. Science 268, 1719-1720, 1995.


 ジャン・ポール・サルトルが『想像力の問題』という著書の中で出している問い、「パンテオンのイメージを創ってごらん。その柱の数を数えられるかい?」に、現代の科学がどう答えられるか、という講演がここから始まるのです。紅色の矢印は「見る」ときに、緑色の矢印は「イメージする」ときに情報が流れる方向で、同じように像を結ぶ作業に思えるのに、2つの流れは逆向きになっているとのこと。
 この講演は、私たちがものを「見る」とき、「イメージを創る」とき、脳でなにが起こるのかついて語られる興味津々の内容ですが、困ったことに私にはそれを正しく皆さんにお伝えする能力がありません。
 是非是非、上記のホームページを訪ねて、ご自分でお読みください。
 こちらです。

 で、「思い出す」に戻りましょう。インターネットで、「思い出すには『思い出せ』という指令(意識)が大事なのだ」という話を小耳(目?)に挟んだ。それが載っている本は『記憶力を強くする』(1)だという。早速買って読んでみた。「思い出す」ことをこの本では「再生」といっているが、ちょっと引用してみたい。

 記憶は幾多の段階にわかれています。少なくとも「学習すること」「記憶をたくわえること」「思い出すこと」という三つの段階があるとされています。専門的には、これらの段階をそれぞれ「獲得」「固定」「再生」とよんでいます。
 (中略)
 結局、私(著者)はこの本全体にわたって、記憶の「再生」について触れるのを避けてきました。その理由は、現代の脳科学がまだ「再生」という現象をほとんど解明していないからです。海馬はLTPを使って情報の取捨選択(獲得)を行い、完成した記憶を側頭葉に保存(固定)するというように、「獲得」や「固定」については、かなり詳しく説き明かされています。しかし、「再生」の話題になると、脳科学は突然、その雄弁な口を閉ざしてしまうのです。なぜでしょうか。その理由は、「再生」という行為には、「記憶」以外の高次元な機能が深く絡んでいるからなのです。 脳には気が遠くなるほど膨大な量の記憶がたくわえられています。にもかかわらず、皆さんは、思い出したいときに、その必要な部分を必要な量だけ自由に思い出すことができます。「再生」という行為は、普段、なにげなく行っていることですから、難しいことではないと思ってしまいがちです。しかし、脳にとってそれは想像を絶するほど煩雑なしごとなのです。なぜなら、保存されている無数の記憶を「検索」して、その中から目的の記憶を探り出さなければならないからです。つまり、「思い出せ」という指令を数多くの神経回路につぎつぎと送ることで、いま必要とされている情報が書き込まれている神経回路を発見しなければならないのです。


 要するに「思い出す」ということについてはまだわかっていない、のだ。
 ただ「思い出す」こともこれからの課題なのだから、「バリッとせんべいを噛んだら原稿の締切を思い出した」ということがなぜ起こるか、そして、どうすれば「大事なことをふと思い出させてくれるおやつ」を手に入れられるか、という問題を解決してもらうまでには、まだ少し待たなければならないようだ。
 さらに、宮下保司教授の講演(1)で最後に付け加えられていることがある。それは、人間には言葉によってイメージを起動する能力があるが、それについてもすべてはこれからの研究に委ねられている、という。

 そして私は興味深いことをもう1つみつけました。

 前述のように、宮下保司教授の講演(1)はジャン・ポール・サルトルの『想像力の問題』のなかの「パンテオンのイメージを創ってごらん。その柱の数を数えられるかい?」という問いからスタートしており、一方『記憶力を強くする』には、デカルトがその著『情念論』で述べた記憶についての記述が出てくるのだ。ちなみに、デカルトは「物覚え」が悪かったそうだ。ほんとうかどうか私は知らない。念のため。

 心がある事柄を想起しようと欲した場合、(中略)、思い出そうとする対象が残した痕跡の存在する箇所に出会うまで、脳の各所に精気を押し流すのである。けだしこの痕跡とはかつて問題の対象が現れたために精気がそこから流れ出した脳気孔にほかならず、その結果、この痕跡は精気が到達した場合、ふたたび同様にして開くことが、他の気孔とくらべてはるかにたやすくなっているのである。したがってこの気孔に出会った精気は、(中略)、この対象こそ心の思い出そうとしていたものであることを心に教えるのである<『世界文学大系13 情念論』(筑摩書房)より引用)。

 この文は難しくて何のことやらよくわからない。が、『記憶力を強くする』ではこう現代語訳してくれている。

 ある事柄を思い出そうとしたとき、脳にたくわえられた過去の記憶(痕跡)を探すために、脳の各所に活動電位を送り込みます。痕跡とはかつて過去に活動電位が通過したシナプスのことで、その結果として、活動電位が到達したとき、このシナプスが活動することが、はるかにたやすくなっています。したがってこのシナプスにたくわえられた記憶こそが、いままさに思い出そうとしていたものとして想起されるのです。

 広辞苑によれば、「活動電位」は筋肉・神経などの細胞・組織が興奮した時に生じる電位の変化。「シナプス」は神経細胞と神経細胞または他の細胞との接続関係およびその接合部の称。だが、こう書き替えてもらっても私にはたいしてわかったとは言えない。しかし、300年も前の哲学者が、自分のアタマの中で起こっている現象を想像力でもって追跡し、組み立てた「記憶の再生」の理論が、21世紀に科学的に証明されつつある、というそのことこそ、イメージする、という能力の何であるかをなによりも如実に示しているのではなかろうか。

 なんだか生煮えな文で申し訳なく、恥ずかしい気持ですが、『記憶力を強くする』は文章もやさしいし、よくわかる本。今月号でいらいらと欲求不満に陥った方は是非ご自分でお読みください。

 そう言えば、「さまざまの事思ひ出す桜かな」と詠んだ松尾芭蕉はデカルトが亡くなる6年前に生まれていますね。

 ではまた来月。

                            中原幸子
参考文献
(1) 池谷裕二著『記憶力を強くする』(講談社ブルーバックス、2001年)
主な参照ホームページ
(2)東京大学医学部宮下研究室ホームページ(http://www.physiol.m.u-tokyo.ac.jp/)

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