月刊:ことばを探る 最近のバックナンバー

月刊「e船団」 「ことばを探る」2005年7月号

みる(5)「みる」と「よむ」

 ヘンだなあ、と思っていました。こんなに目を使うのに、「読」はなんでゴンベン? もっとも、人々が黙読するようになったのは、割合に最近のことだとか聞いていましたが。あ、モクドクも「黙読」で、「目読」じゃないのですね。そう言えば、思い出したことがあります。あれは小学校4、5年のころでしたか、国語の授業で「目で読む」ことを教わりました。教室で練習をしたのですが、あたりを見回すと、みんな黙々と口を動かしているのです。声を出していないだけで、実は音読していたのですね。

 で、別にそのためというのではないですが、語源の辞典を2冊買い足しました。『日本語源大辞典』(1)と『語源海』(2)です。オビ文をご紹介しましょう。

 『日本語源大辞典』:
 「語源説」の集大成!日本最大の6000語を収録。語源を考える楽しさが味わえる語源辞典の決定版。6000円(税別)。え、1語1円! 安い!
 『語源海』:
 見やすいヨコ組み。ローマ字による語源の解明。豊富な用例で日本語のルーツが今明らかになる。◆決定版◆詳説語源大辞典。7500円(税別)。ちょっと探したが、収録語数は分からなかった。

 「見る」と「読む」はあるのか?
 「読む」は両方ともあるが、「見る」は『日本語源大辞典』だけで、『語源海』にはナシ。

 まず『日本語源大辞典』から(記号などは原文と違う場合があります)。
 みる【見る】[他動] マ上一 ▽「目(ま)」「目(め)」と同語源。
 目によって物の外見、内容などを知る。※古事記(712)
 [語源説]
 (1)メイル(目入)の義〈言元梯・名言通・日本語源学=林甕臣〉。
 (2)目射ルの義〈大言海〉。
 (3)メ(目)ルの転〈名語記〉。メ(目)の転。メはマ(目)の転〈国語溯原=大矢透〉。

 よむ【読む・詠む】[他動] マ五(四) ▽声に出してことばや数などを一つ一つ順に節をつけるように区切りを入れながら(唱えるように)言う行為を表すのが原義。
 (1)(歌・詩・経典・文章などを)声をたてて、一区切りずつ、一音ずつたどりながらいう。声に出して唱えていく。かぞえる。※万葉(8C後)
 (2)文章など書かれた文字をたどって見ていく。また、文章・書物などを見て、そこに書かれている意味や内容を理解する。※蜻蛉(974頃)
 [語源説]
 (1)ヨフ(呼)の義〈言元梯〉。
 (2)ヨビミル(呼見)の義〈日本語源学=林甕臣〉。
 (3)ヨクミ(見)の転〈和句解〉。
 (4)ヨモミル(四方見)の反〈名語記〉。
 (5)ヨセメ(寄目)の義〈名言通〉。
 (6)ヨフクム(世含)の義〈柴門和語類集〉。
 (7)ヨ(節)を活用させた語〈俚言集覧〉

 (以下略)
 『語源海』の「よむ」は、というと(記号などは原文と違う場合があります)、

 よむ【訓む・読む】yomu(古)1)声を出して唱える。2)文字をたどって意味内容を理解する。3)人の心や相手の計画などを推察する。4)漢字に対応する日本語を示す。5)歌を作る。〈詠む〉をあてる。6)数をかぞえる。(中国語)念、読、看。read。
 [語源]『万葉集』に、〈あらたまの月日余美(ヨミ)つつ〉とあるように、ヨムは一つ一つ数えるのが原義。カゾヘルは〈数〉の動詞化。
 [用例]
(略)

 さまざまな用例が挙げられているが、引用だけで終ってしまいそうなので、あとはご自分でどうぞ。ごめんなさい。

 面白いですねえ。同じく語源の辞典でありながら、「語源」という言葉自体にちょっと違いがあるような・・・。あてられている漢字も、『日本語源大辞典』は【読む・詠む】、『語源海』は【訓む・読む】。もしかして、と思って慌てて調べてみましたが、両方とも「語源」は載っていませんでした。はい、広辞苑にはあります。
 ご・げん【語源・語原】個々の単語の成立・起源。単語の原義。「鍋(なべ)」を「肴(な)瓶(へ)」とする類。「―を探る」

 『日本語源大辞典』には[参考]として、本居宣長が「古事記伝−三九」に、「凡て余牟(ヨム)と云は、物を数ふる如くにつぶつぶと唱ふることなり〈故物を数ふるをも余牟と云り。又歌を作るを余牟と云も、心に思ふことを数へたてて云出る由なり〉」と記している、と出ている。宣長も「よむ」ってどういうことだろう、と思ったのでしょう。それにしても、「つぶつぶ」というのがおかしい。実によく感じがでている。ここのところを書いている宣長の顔を想像すると、なんだかほのぼのとした笑いが湧いて、宣長が好きになった。

 「よむ」は、他にも、人の顔色をヨムだとか、将棋の先の手をヨムだとか広辞苑に出ていて、どんどん守備範囲を広げてきたことがわかる。でも、「読」という漢字は、『字統』(3)によれば、「書を誦する」、「書を読む」意で、数を数えることではないようだ。このことは『語源海』にも書かれている。声をあげて数を数えるのも、声をあげて書を読むのも、どっちも「ヨム」と言っているうちに、同じ「読」の字を使うようになったのであろうか。

 『日本語源大辞典』、『語源海』、そして広辞苑に共通して出ている、声を出さない「よむ」。それは、広辞苑で言えば「文字・文書を見て、意味をといて行く。蘭学事始「志学垂統と私かに題せる冊子に録せり。後の人々これを―んで知るべし。古典を―む」というところ。これが、今私たちがいちばんよく使う「読む」ではなかろうか。この用例が『蘭学事始』(1815年)なんて、信じられない、ですよね?

 とか何とか言って、「みる」と「よむ」の関係についてはわからないままですが、「目」と「みる」については一つ、あれ?と思うことに出会いました。「見」は目偏じゃなかったのです。「見」はそれ自体象形文字で、れっきと(?)した「見偏」なのですね。ちなみに「見」を横に3つ並べた漢字は「ワウ」と訓み、意味はわからないそうです(『大漢和辞典』(4))。

 「佛大通信」7月号の、坪内稔典・文学部教授による「月々の名言」は、「今こそ日本語に対する勉強、鍛錬が必要です (井上ひさし)」ということば。文月にとてもふさわしいこの言葉をみなさんにお裾分けして、では、また来月。
                                   中原幸子
 〔参考文献〕
 (1)前田富祺監修『日本語源大辞典』(小学館、2005年)
 (2)杉本つとむ著『語源海』(東京書籍、2005年)
 (3)白川静著『字統』(平凡社、1984年)
 (4))諸橋轍次編『大漢和辞典』(大修館書店、1986)


月刊「e船団」 「ことばを探る」2005年8月号

俳人たちの「みる」(1)

 昔、茶筒を見る話を聞かされました。私は思い込みが激しく、職場でもはた迷惑な行動が多々あったからでしょうね。
 真上から見たら円やろ?真横から見たら長方形やろ?斜めに切ったら楕円やろ?ぱっと見ただけで思い込んだらあかんやろ?

 でも、高浜虚子はこう言ったという(赤星水竹居『虚子俳話録』(1))。
 ある日の句会のあとで、誰かが先生に、
 「家で作ってきた兼題の句よりも、その日の属目(しょくもく)の句が概して成績がいいようですが、家で作る句は、とかく考えすぎるからですかね」
 と言うと、
 先生曰く。
 「属目の句は物を見た瞬間の感じを、そのまま描写するからいいです。すべて写生句を作るには、物を見た時の最初の瞬間の感じが最も大切です」(昭11・12・19)


 これはつまり、茶筒が長方形に見えたら、何はともあれ「わ、ながしかくだ」と書きとめないといい句が出来ない、ということではないだろうか。「いやいや、上からも見てみないと・・・」などと反省している間に、その人だけに見える何かが飛んでいってしまうのでは。

 先日NHKの「週刊ブックレビュー」(2)で、井上ひさしが言っていた。
 ぼくのモットーはね、難しいことをやさしく、やさしいことを深く、で、深いことは愉快に、愉快なことはまじめに書く、と、これ、50何番まであるんですけどね。

 これって、『虚子俳話録』(1)にぴったり当てはまるなあ、と思った。例えば、こんな話も出ている。

 何を考えられたか、ある日突然口を開いて、
 歴史はみんな後の人がこさえるものです。つまりよいものばかり残ります。芭蕉なども今から見ると、あの時代は芭蕉一人の時代のように見えますが、その実まだ西山宗因などの談林派がまだまだ盛んであって、むしろ芭蕉などは微々たるものであったのです。それが後世になるとだんだん消えてしまって、芭蕉一人の時代のようになったのです。(昭11・8・5)


 実によくわかりますよね、歴史に残るというのがどういうことか。E・H・カーの『歴史とは何か』(3)で似たようなことを読んだとき、最初はもう、なんのことやらちんぷんかんぷんだったので、余計にそう思うのかも知れませんが。いえ、カーの文が分からなかったのは、もっと複雑なことが述べられていたせいでもあり、また私の理解力不足のせいでもあるのはよくわかっています。でも、こっちを先に読んでいれば、もっと楽にわかったのになあ、と思うのです。

 そして、虚子は、水竹居の没後に子息の赤星平馬が上梓した『水竹居句集』の「序にかへて」にこう書いている。

 これ(『虚子俳話録』)は私が俳句や文章などに就て不用意に云つたことを、父上様(水竹居)が記録なされたものであります。これは私が云つたことに相違ないのでありますが、父上様の筆によつて、その云つたことが面白く人に受取られるやうになつてゐます。自分が云つたことが記録されてゐるものを読む場合は、大概いや味を感じ、読むに堪へないものでございますが、この書物は私が読んでも面白いのでございます。それはそれを記録する人の筆の力によるものと思はれます。

 この話から、虚子の話も、難しいことがやさしく語られて水竹居の記憶に染み付いたのであろうし、水竹居もそれを他の人にまっすぐに伝える筆力の持ち主であったことがよく分かるのではないだろうか。

 で、こちらは、難しいことをやさしく書いて下さっているとは決して言えないけれど、夏石番矢編の『俳句百年の問い』(3)に出てくる人たちの「みる」はやっぱりすごい。あまり上手にご紹介できないと思うが、ちょっとこの人たちの「『みる』語録」を。

 1.「美」をめざす子規(正岡子規)、
 2.ほのめかしのスケッチ(チェンバレン)、
 3.「無中心」という新しい時空(河東碧梧桐)
と、どの章も「見る」に無関係ではないが、私が最初に飛びついたのはここ。

 4.目の驚嘆(P=L・クーシュー)
 (略)筆の一刷(は)きで一匹の動物に生命を吹き込むことが、最も異論の余地のない日本人の才能である。日本人を驚くべき動物画家として全世界的に認知すべきだ。日本人には動物を見張る忍耐力、動物を簡略化する瞬時の観察眼、動物を生動させる英知がある。カケモノ(掛けもの)、絹織物、そして家庭用品の表面に、おそらくピサネロただひとりが思い起こさせる、素朴さや真実味が出るように描かれた、鶴、雁、鹿、猿、鯉を見付けて、すべての人々は驚嘆してきた。
 ハイカイ作者は画家たちと競いあっている。彼らの小スケッチを知ったら、ジュール・ルナールは大喜びしただろう。

 (この間大幅に略)

 花の落下のなかの小さな蝶は、

  落ちた一枚の花びらが
  もとの枝へと再上昇する、
  ああ! それは一匹の蝶だ! (伝 守武)

 落花枝にかへると見れば胡蝶哉

 最後に挙げた実例が典型的だ。瞬時の驚き!これはハイカイの定義そのものである。衝撃がハイカイの唯一の表現方法。突然起きるものごと、予期しなかったものごとが、ほとんどつねにハイカイに必要不可欠とされる。三つの小詩句
(俳句のこと)は、思いがけない何かの出現、目の驚嘆をあらわすために作られるように見える。(以下略)

 私は欧米のHAIKU事情にうといが、このクーシュー(1879〜1959)という人は、フランスのヴィエンヌ生まれで、1904年に旅行者として来日、帰国後フランス・ハイカイの創始者となった、と『俳句百年の問い』に紹介されている。虚子は欧州旅行中、パリのボタン亭でフランスのハイカイ詩人たちと交歓したが、その中にこのクーシュー(当時57歳)がいたのだという。そのとき虚子は彼らのハイカイ詩に失望したが、クーシューの詩にだけわずかに日本を見たと書いているという(『俳句からHAIKUへ』(4))。

 最初にご紹介した「属目の句は物を見た瞬間の感じを・・・」という虚子の話と、クーシューの「(俳句は)目の驚嘆をあらわすために作られる・・・」は似ている、というかそっくりだ。
 やっぱり、俳人は、見たことを、何やかやと考える前に書かなくては。杉山平一氏も「詩は間違っていなければならない」と言ってるし(5)。
 クーシュー1人で終ってしまって「語録」になりませんでした。続きは、また来月。
                                      中原幸子
 〔参考文献〕
 (1)赤星水竹居著『虚子俳話録』(講談社学術文庫、1987年)
 (2)NHK衛星第2「週刊ブックレビュー」(2005年7月24日)
 (3)夏石番矢編『「俳句」百年の問い』(講談社学術文庫、1995年)
 (4)佐藤和夫著『俳句からHAIKUへ』(南雲堂、1987年)
 (5)杉山平一著『現代詩入門』(創元社、1996年初版第三刷)


月刊「e船団」 「ことばを探る」2005年9月号

俳人たちの「みる」(2)

 「フーン曰く、バカかどうかは6つのことでわかる」という古いメモを、ときどき出して見ます。もうバレているかと思いますが、私は格言とか諺のたぐいが大好きです。もちろん、いろはカルタも。  それはともかく、フーンのバカの条件は(きたないメモなので間違ってるかも。それにアラビアの古諺かも)、

 (1)理由もなく怒る
 (2)無駄口をたたく
 (3)進歩もなく変える
 (4)むやみに質問する
 (5)未知の人を信用する
 (6)敵を味方と間違える

 なぜこんなことを思い出したかというと、『俳句百年の問い』(1)を読んでいて、こんなにそうだ、そうだ、と納得していていいのかな、と自問自答してしまったからです。私は6つとも実に見事に当てはまります、特に活字を信じすぎるのが困ったところで、やっぱり、間違ってもいいから「ん? それは違うのでは?」というところを見つけなくては、と。

 とは言うものの、はてな?と思う為にはそれだけの力が必要で、私にはとても無理で、今度は森澄雄の「生命の『お化け』の見える虚」に、そうだそうだ、と深くうなずいている。この評論は昭和42年(1967)4月、「俳句」誌に「花眼遊想―『花』と『あそび』―」と題して掲載された。花眼は酔眼または老眼のことだそうで、この題をつけたのは文字通り「酔眼または老眼のひとりおもい」の意、だという。大正8年生まれの森澄雄はこのとき48歳、まさに老眼の入り口に立っていた。むろん、ここに書かれているようなことを見た目が酔眼・老眼の筈はないが、しかしまた、森澄雄が本気で自分の目を花眼だと思っていなければ見えなかったのではなかろうか、とも思う。

 この評論が『俳句百年の問い』に転載されたのは、ここに書かれた森澄雄の「問い」の重さによるであろう。それはこういう問いである。

 いま、僕の心には(・・・)、芭蕉が「西行の和哥における、宗祇の連哥における、雪舟の絵における、利休の茶における、其貫通する物は一なり」と『笈の小文』に述べた、その貫通するもの、日本人が殊に中世以後、何を見つめて生き、また生きながら何を見つめてきたのだろう、という問いがある。

 この問いはどうして生まれたか。それは冒頭に『徒然草』(155段)の次のくだりがおかれていることからうかがえるであろう。
 四季はなほ定まれるついであり。死期はついでをまたず。死は前よりしも来らず、かねて後(うしろ)に迫れり。人皆死ある事を知りて、まつこと、しかも急ならざるに、覚えずして来る、沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。
 (この「ついで」、というのは順番のことらしい。インターネットでみつけた現代語訳(2)には、「四季の移り変わりにはまだ順序がある。ところが、死は何の順序にも従わずにやってくる。死は前から来るとさえも決まっていない。死は同時に後ろからも近づいているからである(・・・)」とある)。

 この稿に先立ち、森澄雄は『宗祇発句集』1600余句を筆写した。それは恐ろしく退屈で、その退屈の極から、「中世人が生きながら見ていたものはこの退屈の中の、あるいは無常と言っていい、いのちのお化けではなかったか、という強い感銘と納得」を「一種酔いのように」感得した。そしてそのお化けは現代にも生きている、という。例えば、川端康成の『眠れる美女』や『片腕』には、川端が生の無残と無常の中に見た人間のいのちの艶冶(えんや)なお化けが見えるというのである。そして更に、「乱世の修羅(しゅら)の中に生きた中世人には、いのちの無常も、見えるものとしてはっきり見えた」のであり、「幽玄も艶も、王朝の『あはれ』の伝統の上に、いわば、更にこのはっきり見えたお化けにつけた名であろう。その美の中に、中世人は豊かな『あそび』の世界を現じたと言ってよい」という。

 以上が森澄雄の花眼に見えた問いと答えであろうが、その真髄をみなさんに伝えるのは私の力の及ぶところではなく、読んでおられない方はご自分でお読みください。(ナカハラ、それは違うよ!と言われそうでコワイです)。

 で、私はといえば、ふと、なんで人間はこうも何かを「見たい」のだろう、と思った。美しいものを見て感動したいから、おかしいものを見て笑いたいから、好奇心を満たしたいから・・・だけとはとても思えない。

 ここまで来たところで、NHKテレビの新番組「秘太刀馬の骨」が始まった。原作の藤沢周平も主演の内野聖陽も大ファンなので見逃せない。聖陽の石橋銀二郎も期待通りステキだったが、その伯父の家老を演じる近藤正臣が、いつの間にやら狂言師のような奥深いユーモアを備えた顔になっていて、びっくりした。その家老の言いつけで「馬の骨」と呼ばれる秘太刀の使い手を探るのが銀次郎の仕事である。すっかり馬の骨にとり憑かれた銀次郎は、ものすごい形相で、言う。

 秘太刀馬の骨。見たい。この目で。

   銀次郎は、竹刀で立ち会ったのでは秘太刀を使うところまで相手を追い込めないからと、木刀で立ち会う。使い手の候補は「馬の骨」を伝える不伝流の当代と5人の高弟、合わせて6人である。彼らと木刀で立ち会うなど、命がけだ。

 なぜ、人はこうまでモノを見たいのだろうか。森澄雄は、年齢とともに人は変わる。見たいものも、見たいようも変わるという。澄雄自身が、花眼の年齢になってはじめて、渇望の如く桜を見たくなり、自分でも恠(あや)しいほどしきりと紅葉を見たくなったことなどを例として。

 『人はなぜ感じるのか』(3)の帯文に「リンゴが赤く見えるのも、砂糖の味が甘いのも、異性に恋するのも、みーんな先祖が生き延びるのに有利だったからです」とあるが、「見たい」のも生き延びるのに有利だからであろうか。食べるために生きるのか、生きるために食べるのか、とはよく問われるが、見るために生きるのか、生きるために見るのか、という命題も成り立ちそうだ。

   西鶴は「人はばけもの」と言ったそうですが、よくよく見つめれば人も歴史もみな化けものに見えてくるのでしょうか。生まれることも死ぬことも、泣くことも歌うことも、一瞬の視線の交差も、みんな化けること・・・? あ、「化」は人偏ですね。
 では、また来月。
                                     中原幸子
〔参考文献〕
(1)夏石番矢編『「俳句」百年の問い』(講談社学術文庫、1995年)
(2)新訳(もの狂おしくない)『徒然草』(http://www.geocities.jp/hgonzaemon/turezuregusa.html#155dan
(3)ビクター・S・ジョンストン著、長谷川眞理子訳『人はなぜ感じるのか』(日経BP社、2001年)


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