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月刊「e船団」 「香りと言葉」2006年7月号 香水(こうすい)
「古代の公家・僧侶たちの入浴回数」(1)という論文を見つけたときは目を疑った。そんなことを調べてみようと思う、というか、調べたら分かると思うヒトがいるとは!これが見つかったのは「むらさき」という『源氏物語』専門の年刊誌で、著者はこの文を、 月刊「e船団」 「香りと言葉」2006年8月号 香水(こうずい)
先月は「香水」と書いてコウスイでした。今月はコウズイです。 先月の、平安時代の人たちの入浴事情、覚えておられます?「え、1週間にいっぺん?」と驚いている場合じゃなかったのですね。年に数回とはまた。しかもこの時代、貴婦人たちは鯨の骨のコルセットだの、木の枝やワイヤーで組み立てたパニエだの、その上に豪華な刺繍の重そうなドレスだのを着ていたのですから。それに、この香水ってワックスを使った練り香水のようですね。今の上等の石けんでも簡単には洗い流せない・・・。 いきなり話がそれましたが、今月はコウズイでした。 広辞苑の「コウズイ」はかなり大雑把だ。 【香水】(こうずい) 仏前に供える水。閼伽(あか)。(後略) 閼伽も似たような感じ。でも閼伽の方はいつものネットで百科(2)にとても解りやすい解説があってよかった。 閼伽 あか サンスクリット argha の音訳。功徳,功徳水または水と訳す。 〈価値がある〉という意味の argh より転じて,神仏や貴人などに捧げる水を意味する。閼伽はもともと水を意味するが,中国においても日本でも閼伽水と呼ばれる場合が多い。仏会では加持した水や,霊地の水,あるいは香木を水に入れた香水 (こうずい)を用いる場合が多い。閼伽の湧く井戸を閼伽井と呼び,東大寺二月堂下の閼伽井や園城寺金堂わきの井,秋篠寺の閼伽井など著名な井戸が現存する。宮中真言院の後七日護摩の閼伽水は神泉苑の池水を耀み, 香水ともいわれ,大元帥法(だいげんのほう) の閼伽水は秋篠寺の井戸水を用いた。閼伽水を入れる用器は銅製・木製のものがあり,ともに閼伽桶と呼ばれる。 (堀池 春峰) 御身拭 おみぬぐい 仏像や祖師像に付着した塵埃をぬぐい清めること,またその法要をいう。京都市嵯峨の清凉寺 (釈梼堂) のそれが歴史的にも名高い。毎年 4 月 19 日 (もと 3 月) に,香水(こうずい)に浸した白木綿で本尊の釈梼像をぬぐい,これを信者にあたえる。この白木綿を死後の経帷子にすると,往生できるという。その起源は,寺伝によれば,安嘉門院が本尊のお告げで牛に転生した母のことを知り,その牛を飼っていたが,3 月 19 日にその牛が死んだので,赤栴檀 (せんだん) の本尊をぬぐって香りのついた布を牛にかぶせたところ,母は往生できた。これより,本尊のにおいを布にうつして衆生を救う法要が営まれるようになったという。 (以下略)(伊藤 唯真) 御身拭って、ただのお掃除じゃなかったのですね。佛大生なのにはずかしい。 インターネットの検索エンジンで「香水 こうずい」を検索してみると、いちばん沢山ヒットするのが奈良・東大寺・二月堂のお水取り関係の記事。それは当然でしょうね。広辞苑にも、 【御水取り】 東大寺2月堂の行事。3月(もとは陰暦2月)13日未明、堂前の若狭井(わかさい)の水を汲み、加持し、香水とする儀式。(後略) とあるように、この「御水」がコウズイなのですから。 ここでわかったのは、コウズイといっても別に香りがついているとは限らないらしいこと。それに上記の御身拭のところのコウズイは赤栴檀(せんだん)、つまり白檀で香りをつけているけれど、陳瞬臣の『曼荼羅の人』(3)に出てくる「蘭湯(らんとう)」というのは「蘭奢待(らんじゃたい)」で香りをつけたとある。蘭奢待は、これはもう最高級中の最高級の伽羅。 永貞元年(805)12月15日、真言付法第7祖であり、空海の師である恵果大阿闍梨が遷化される場面に、こんなふうに出てくる。 「蘭湯を用意せよ」 恵果のことばに、嗚咽(おえつ)をおさえる声が、座のうしろのほうにきかれた。 蘭奢待(らんじゃたい)と呼ばれる、高価な香木を湯に浸したのが蘭湯である。高僧が遷化するときは、蘭湯でからだをきよめることになっていた。 (大阿闍梨はいよいよ覚悟なされたか。・・・・) 一座の人たちは、けんめいに嗚咽をおさえ、みな肩を上下させていた。 蘭湯がはこばれてきた。 その早さから察すれば、恵果があらかじめ、蘭湯をつくることを命じていたとおもわれる。 目を真っ赤に泣きはらした三人の少年僧が、蘭湯で大阿闍梨のからだを拭(ぬぐ)った。 法華経(法師品)大法会で行われる「十種供養」というのがある。 (1)華、(2)香、(3)瓔珞(ようらく、装身具)、(4)抹香、(5)塗香、(6)焼香、(7)幡蓋(ばんがい、荘厳具)、(8)衣服、(9)伎楽、(10)合掌 実に、その4種までに「香」が関わっており、香りがどんなに大切であったかが察せられる。でも、わたしが、はじめて、仏教の世界ではそんなに「香り」に力があると考えられているのか、と、感動したのは下図・左側の絵だった。 三蔵法師が命を賭けてお経を運ばれる、その道中を護るのがこの、おでこの前に吊るされた香炉。この香炉を見るたびに私はじんと来るのです。三蔵法師の道中を心配している姉さんの気分というか・・・。実に烏滸がましいですが。 右の絵もすごいですね。強そうな虎をお供に連れているというのに、この盛大なお香の煙はどうでしょう。 冷蔵庫に、北海道は奈井江産の大きな特級メロンが食べごろなので、ではまた来月。 中原幸子 〔参考文献〕 (1)週刊・朝日百科「世界の歴史」74号(朝日新聞社、1990年) (2)ネットで百科(有料: http://ds.hbi.ne.jp/netencyhome/) (3)陳瞬臣著『曼荼羅の人』(下)(集英社文庫、1997年) 月刊「e船団」 「香りと言葉」2006年9月号 香木(こうぼく)(1) 白檀
香木は「香りの木」と書きますし、広辞苑では最初に「よい香りのある木」と書かれていますが、香りの世界では白檀と沈香のことを指します。白檀は扇子などにして売られていますから、ご存知の方も多いでしょうが、沈香を嗅いだことがある、という方は少ないかもしれませんね。 ビャクダン(白檀)はインド、ジャワ、ティモール島などに生育するビャクダン科の半寄生の常緑小高木。『香りの百科事典』(1)によれば、 白檀 sandalwood 学名:Santalum album 和名:白檀 英名:sandalwood 仏名:sandal、santal 伊名:sandalo 漢名:栴檀(chan-tan) もうお気づきのように、和名と漢名はどちらも漢字なのに字が違いますね。実は、「栴檀は双葉より芳し」という諺の「栴檀」は白檀のことで、日本のセンダン(センダン科)のことではないのですが、その混乱はここらに原因があるのかも知れません。ついでですが、学名のalbumは白いという意味です。日本のセンダンは俳句によく詠まれる楝(おおち)のことで、実は薬用にされますが、香料には使われません。 ビャクダンの植物界での位置づけはこちらの図をどうぞ。 ビャクダンは材や根に香り成分を含み、水蒸気蒸留によって5%前後もの精油(サンダルウッドオイル)が得られる。だが、生長の遅い木で、精油が採れるまでに少なくとも30年、通常は60〜80年もかかること、大量に伐られて木が減り、精油が高価であることなどから、成分の科学的な研究が進み、本物そっくりの香りの安価な合成香料が作られるようになっている。でも、まあ、ここぞ、というときホンモノがモノをいうのはここでも同じです。 ところで、白檀といえば必ず思い出すのが陳舜臣の「波斯(ペルシャ)彫檀師」(2)です。「え?また陳舜臣?」「はい、大好きなのです」。 「波斯彫檀師」の主人公は題名どおりペルシャ人の彫檀師、つまり白檀の彫刻家です。名は韓貞。おもに広州に住み、気がむくと長安にでかける。何しろ彫刻の名人だから材料さえあればどこへ行っても食べるに困らない。その韓貞が、溺愛する妹を理不尽に殺された親友・李有儀のために、得意のからくり彫刻を使って復讐する話である。何度読んでも面白い。 韓貞はもと彫仏師だったが、あるとき仏像を彫るのをやめてしまう。技術にかけては誰にも劣らないのに、なぜ? ――仏像はやはり仏教徒が造るべきだ。(中略) 「におってくるものがない。・・・」 彼は自分の作品をそう批評した。では、なぜにおってこないのか? ――つまり、わしが仏を信じていないからだ。信じないで造ったものが、におうはずがないではないか。・・・ そう悟って、彼は彫仏をやめたのだった。 この直前に、彼が自分の彫刻を「玩具」と位置づけるシーンがまた素敵なのですが、そこは是非ご自分でお読みください。それにしても「におってくるものがない」とは。ビャクダンで彫った仏様なら、豆粒ほどの大きさでも芬々と香るはずなのに、なんと悲しい。「におう」という言葉の意味の深さを感じますね。 さて、先月号に出た「赤栴檀」。 ビャクダン科の植物は30属400種もあり、芳香の少ない種もあるが、古代インドや中国などではその等級を黄檀、白檀、赤檀の3つに分け、区別していたという。黄檀はSantalum albumの材の樹心と根の黄褐色に近い部分で、精油を多く含む。白檀は黄檀のまわりの白い部分。赤檀は紫檀、ビャクダン科の他の植物や類縁植物の材を指すと考えられている(『香りの総合事典』(3))というから、赤栴檀もその類かと思われる。 あ、「香」という文字ですが、『常用字解』(4)にこんなふうに出ています。 香 コウ(カウ)、キョウ(キャウ) かおり、か、かおる、におい、かんばしい 【解説】会意。もとの字は黍(しょ)と曰(えつ)とを組み合わせた形。(中略)香は黍(きび)の芳しい香りをすすめて神に祈る字で、「かおり、か、かおる、におい、よいにおい、かんばしい」の意味となる。香りを嗜(たしな)むことは高雅な嗜みとされたので、高雅なものをたとえて香魂(美人の霊魂)・香夢(美しい花などの夢)のようにいう。 名前を「香」に変えたくなりますね。 ではまた来月。 中原幸子 〔参考文献〕 (1)谷田貝光克監修『香りの百科事典』(丸善、2005年) (2)陳瞬臣著「波斯彫檀師」(『景徳鎮からの贈り物』(新潮社、1980年)所収) (3)日本香料協会編『香りの総合事典』(朝倉書店、1998年) (4)白川静著『常用字解』(平凡社、2003年) 戻る |