月刊:ことばを探る 最近のバックナンバー

月刊「e船団」 「香りと言葉」2006年7月号

香水(こうすい)

 「古代の公家・僧侶たちの入浴回数」(1)という論文を見つけたときは目を疑った。そんなことを調べてみようと思う、というか、調べたら分かると思うヒトがいるとは!これが見つかったのは「むらさき」という『源氏物語』専門の年刊誌で、著者はこの文を、
 いつものことだが、日本の古典を読むたびに、あの紫式部や清少納言たちの日常生活は一体、どんな毎日を送っていたのだろうかと想像する。
 と、書き起こしておられる。まあ、そこまでは私もちょいちょい想像する。違うのはその後だ。朝起きて口を濯ぎ、顔を洗い清めるところから、日々の食事、排泄の作法(?)まで、常識の広さ、深さがまるで違うのだ。何日ごとに風呂(この頃は蒸し風呂)に入ったかを調べてみよう、という発想もこの蓄積があればこそ、と納得、敬礼した。興味がおありの方はご自分でお読みください。

 で、光源氏や紫の上はどれ位の頻度で入浴遊ばしたのか?
 答えは、およそ7日〜10日に1度、とのこと。手がかりは『具注暦(ぐちゅうれき)』という奈良・平安時代に流行した暦本(れきほん)だそうで、爪を切ってもよい日とか、髪を洗ってもよい日、とか書いてあるそうだ。 
 平安貴族の日常生活はさぞ臭かったのだろうなあ、と改めて同情した。『源氏物語』の登場人物が、ああもやっきになって良い薫香を欲しがったのも、切実な必要に迫られてのことだったのだ、きっと。

 同じころ、ヨーロッパでも、まだ今日のような、アルコール溶液の「香水」は生まれていなかった。そのためにはまず、純度の高いアルコールが作られねばならなかったし、よい香りのする植物から、その香りのエキスである「精油」を採りだす方法(蒸留法)ももっと進歩しなければならなかったのだ。

 ヨーロッパの人々は13世紀までにはアルコールの抽出に成功していたという。
 『フレグランス』(2)にはこう書かれている。
 哲学者で、後に聖者に列せられたアルベルト(1193〜1280年)は、この新しい物質についてこう記している。「ワインがバラ水のように昇華されると、軽くて可熱性(中原注:可燃性か?)の液体が得られる」
 初めてアルコールを目にしたとき、人々はどのように感じただろう!一体、どう呼んだらいいものか。一見すると水にそっくりだ。無色であるし、同程度の重量と粘度をもっているが、それでも異なるものであるから科学技術者たちはいろいろな形容詞を付け加えた。いわく、アルコールは“みごとな”水、“燃える”水、“ワインの”水、“生命の”水などなど。


 一方、蒸留法も急速に進歩していた。14世紀後半か15世紀初期には『賢い蒸留に関する本』が書かれた、というのだから。
 こうしてヒトはアルコールと精油を手に入れた。そして、ついに、1370年ごろまでには最初の香水が誕生したのだ。その名は「ハンガリー香水」。ハンガリーの女王エリザベスにちなむ名前である。こんな話が伝わっているそうだ(2)。
 言い伝えによれば、香水第1号を献上したのは、女王の美貌が死ぬまで衰えることのないよう願った世捨て人だったらしい。これは真実かもしれない。というのも72歳という年齢で、ハンリーの女王エリザベスは、ポーランドの王に求婚されたのだから。

 香水第2号は1379年の「カルメル会修道女の香水」、第3号は「ラベンダー香水」だったそうだが、入浴は精神と肉体にとって危険だと信じられていた当時のヨーロッパで、この便利な香水が必需品となったのは当然のことだろう。

 あれから五百数十年、最初のころの、シンプルな、ほんのいくつかの精油をアルコールに溶かした香水と違って、今私たちが使っている香水は何十種類、時には何百種類もの香料を配合して作られる。その香りも、バラとか、ラベンダーとかのような天然の香りの再現や延長ではなく、多くはイメージやコンセプトの「表現」なのである。
 ちょっと、手もとの「PARFUM」という雑誌(3)の「厳選香水」欄に取り上げられたエルメスのオードトワレ「テール ドゥ エルメス」(「エルメスの大地」の意)の紹介文を見てみよう。
 見出しが4つある。
 時の記憶・大地の恵みと生きる
 大地の光、空のエッセンス
 垂直へと向かうその香り
 大地への刻印


 そして、例えば「垂直へと向かうその香り」の欄には、この香りをクリエイトした調香師ジャン=クロード・エレナ氏の言葉として、「垂直な香りから始めました。1本の杭で地面に打ち込まれた風景があるとします。それはすなわち人の存在を意味しています。このフレグランスは垂直でなければなりませんでした」「香水の中に人間臭さを仕込むのが好きです」などと記されている。

 まあ、正直に言えば、「テール ドゥ エルメス」を嗅いでみても、私はこういう悠久の大地を感じることはできないんですけどね。
 それよりも、この中に、グレープフルーツ、オレンジ、ペッパー、ポアブルローゼ、ゼラニウム、パチョリ、シダー、ベチバー、安息香などが使われている、と読んで、昔、香料会社の研究室で、香水の「香りのプロフィル」(4)というのを勉強したのを思い出しました。同僚のY君が、ロンドンに本部のあった「PERFUMERY EDUCATION CENTER」という機関の通信教育を受けていて、そのやり方を真似て、みんなで香りの分析をやってみたのです。

 ちょっとこちらをご覧ください。

 Y君は90点も取っていたが、やってみると意外と難しかった。新しい香水が届くたびに、みんなで嗅いでは記入し、調香師の模範的プロフィルと比べるのだが、訓練していない鼻というものは悲しいもので、なかなか合格点はとれなかった。
 みなさんもご愛用のフレグランス製品やシャンプーでやってみてはいかがですか?
 あ、フレグランス製品というのは香水、オードパルファン、オードトワレ、オードコロンなど香りの化粧品の総称で、どれも香料をアルコールなどで希釈したもの。香水が一番濃くて15〜30%、オードコロンは薄くて2〜4%ぐらい。でも、別に法律で決っているわけではありません。

 ところで、「香水」は夏の季語。歳時記(5)でも、
 夏季は、発汗のための体臭を気づかい、冬は用いない人も多く使う。ハンカチ・髪・衣類にふりかけて身だしなみとする。ほとんど婦人用である。
などと説明されている。でも、もうずいぶん前から、男性もフレグランスを楽しむ時代になっているのに、「ほとんど婦人用である」はやめてほしいな。それに、創る人たちが上記のようにすごい意気込みで創ってるんですから、この夏は私たちも香水で自分を演出・表現してみたらどうでしょうか?ステキな1句が生まれるかも。
 ちなみに、香水を最初に載せた歳時記は今井柏浦著『纂修歳時記』(大正13年)で、

 香水の漲る匂ひ言葉なし (永尾宋斤)

が載っているという(5)。あんまり香水をステキだと思っていない感じ、ですけどね。

ではまた来月。
                                  中原幸子

〔参考文献〕
(1)伊地知鉄男著「古代の公家・僧侶たちの入浴回数」(「むらさき」第24輯(1987年)所収)
(2)中村祥二監修/エドウィン・T・モリス著/マリ・クリスティーヌ、沼尻由紀子訳『フレグランス』(求龍堂、1992年)
(3)「厳選香水」(「PARFUM」No.137(2006年)所収)
(4)「PERFUMERY EDUCATION CENTER」教材、1983年)
(5)角川書店編『図説 俳句大歳時記』(角川書店、1974年、第3版)


月刊「e船団」 「香りと言葉」2006年8月号

香水(こうずい)

 先月は「香水」と書いてコウイでした。今月はコウイです。
 コウズイは仏教の儀式で使われる水です。そのことを調べていたら、こんな記事が見つかってビックリ(1)。


 先月の、平安時代の人たちの入浴事情、覚えておられます?「え、1週間にいっぺん?」と驚いている場合じゃなかったのですね。年に数回とはまた。しかもこの時代、貴婦人たちは鯨の骨のコルセットだの、木の枝やワイヤーで組み立てたパニエだの、その上に豪華な刺繍の重そうなドレスだのを着ていたのですから。それに、この香水ってワックスを使った練り香水のようですね。今の上等の石けんでも簡単には洗い流せない・・・。

 いきなり話がそれましたが、今月はコウズイでした。
 広辞苑の「コウズイ」はかなり大雑把だ。
 【香水】(こうずい)
 仏前に供える水。閼伽(あか)。
(後略)

 閼伽も似たような感じ。でも閼伽の方はいつものネットで百科(2)にとても解りやすい解説があってよかった。

閼伽 あか
サンスクリット argha の音訳。功徳,功徳水または水と訳す。 〈価値がある〉という意味の argh より転じて,神仏や貴人などに捧げる水を意味する。閼伽はもともと水を意味するが,中国においても日本でも閼伽水と呼ばれる場合が多い。仏会では加持した水や,霊地の水,あるいは香木を水に入れた香水 (こうずい)を用いる場合が多い。閼伽の湧く井戸を閼伽井と呼び,東大寺二月堂下の閼伽井や園城寺金堂わきの井,秋篠寺の閼伽井など著名な井戸が現存する。宮中真言院の後七日護摩の閼伽水は神泉苑の池水を耀み, 香水ともいわれ,大元帥法(だいげんのほう) の閼伽水は秋篠寺の井戸水を用いた。閼伽水を入れる用器は銅製・木製のものがあり,ともに閼伽桶と呼ばれる。 (堀池 春峰)

御身拭 おみぬぐい
仏像や祖師像に付着した塵埃をぬぐい清めること,またその法要をいう。京都市嵯峨の清凉寺 (釈梼堂) のそれが歴史的にも名高い。毎年 4 月 19 日 (もと 3 月) に,香水(こうずい)に浸した白木綿で本尊の釈梼像をぬぐい,これを信者にあたえる。この白木綿を死後の経帷子にすると,往生できるという。その起源は,寺伝によれば,安嘉門院が本尊のお告げで牛に転生した母のことを知り,その牛を飼っていたが,3 月 19 日にその牛が死んだので,赤栴檀 (せんだん) の本尊をぬぐって香りのついた布を牛にかぶせたところ,母は往生できた。これより,本尊のにおいを布にうつして衆生を救う法要が営まれるようになったという。 (以下略)(伊藤 唯真)


 御身拭って、ただのお掃除じゃなかったのですね。佛大生なのにはずかしい。
 インターネットの検索エンジンで「香水 こうずい」を検索してみると、いちばん沢山ヒットするのが奈良・東大寺・二月堂のお水取り関係の記事。それは当然でしょうね。広辞苑にも、
 【御水取り】
 東大寺2月堂の行事。3月(もとは陰暦2月)13日未明、堂前の若狭井(わかさい)の水を汲み、加持し、香水とする儀式。
(後略)

 とあるように、この「御水」がコウズイなのですから。
 ここでわかったのは、コウズイといっても別に香りがついているとは限らないらしいこと。それに上記の御身拭のところのコウズイは赤栴檀(せんだん)、つまり白檀で香りをつけているけれど、陳瞬臣の『曼荼羅の人』(3)に出てくる「蘭湯(らんとう)」というのは「蘭奢待(らんじゃたい)」で香りをつけたとある。蘭奢待は、これはもう最高級中の最高級の伽羅。
 永貞元年(805)12月15日、真言付法第7祖であり、空海の師である恵果大阿闍梨が遷化される場面に、こんなふうに出てくる。
 「蘭湯を用意せよ」
 恵果のことばに、嗚咽(おえつ)をおさえる声が、座のうしろのほうにきかれた。
 蘭奢待(らんじゃたい)と呼ばれる、高価な香木を湯に浸したのが蘭湯である。高僧が遷化するときは、蘭湯でからだをきよめることになっていた。
 (大阿闍梨はいよいよ覚悟なされたか。・・・・)
 一座の人たちは、けんめいに嗚咽をおさえ、みな肩を上下させていた。
 蘭湯がはこばれてきた。
 その早さから察すれば、恵果があらかじめ、蘭湯をつくることを命じていたとおもわれる。
 目を真っ赤に泣きはらした三人の少年僧が、蘭湯で大阿闍梨のからだを拭(ぬぐ)った。


 法華経(法師品)大法会で行われる「十種供養」というのがある。
(1)華、(2)香、(3)瓔珞(ようらく、装身具)、(4)抹香、(5)塗香、(6)焼香、(7)幡蓋(ばんがい、荘厳具)、(8)衣服、(9)伎楽、(10)合掌
 実に、その4種までに「香」が関わっており、香りがどんなに大切であったかが察せられる。でも、わたしが、はじめて、仏教の世界ではそんなに「香り」に力があると考えられているのか、と、感動したのは下図・左側の絵だった。


 三蔵法師が命を賭けてお経を運ばれる、その道中を護るのがこの、おでこの前に吊るされた香炉。この香炉を見るたびに私はじんと来るのです。三蔵法師の道中を心配している姉さんの気分というか・・・。実に烏滸がましいですが。
 右の絵もすごいですね。強そうな虎をお供に連れているというのに、この盛大なお香の煙はどうでしょう。

 冷蔵庫に、北海道は奈井江産の大きな特級メロンが食べごろなので、ではまた来月。
                                 中原幸子

〔参考文献〕
(1)週刊・朝日百科「世界の歴史」74号(朝日新聞社、1990年)
(2)ネットで百科(有料: http://ds.hbi.ne.jp/netencyhome/
(3)陳瞬臣著『曼荼羅の人』(下)(集英社文庫、1997年)


月刊「e船団」 「香りと言葉」2006年9月号

香木(こうぼく)(1) 白檀

 香木は「香りの木」と書きますし、広辞苑では最初に「よい香りのある木」と書かれていますが、香りの世界では白檀と沈香のことを指します。白檀は扇子などにして売られていますから、ご存知の方も多いでしょうが、沈香を嗅いだことがある、という方は少ないかもしれませんね。

   左の写真は沈香が土中から掘り出されたところ。ずっと前に、出張でベトナムへ行った上司からお土産に貰った。これについては来月号でどうぞ。右は某古寺のお蔵にしまわれている、いつ頃のものともしれぬ白檀のスライス。よい香りがするようですよ。どちらも私の宝物。

 ビャクダン(白檀)はインド、ジャワ、ティモール島などに生育するビャクダン科の半寄生の常緑小高木。『香りの百科事典』(1)によれば、

白檀
sandalwood

学名:Santalum album
和名:白檀
英名:sandalwood
仏名:sandal、santal
伊名:sandalo
漢名:栴檀(chan-tan)


 もうお気づきのように、和名と漢名はどちらも漢字なのに字が違いますね。実は、「栴檀は双葉より芳し」という諺の「栴檀」は白檀のことで、日本のセンダン(センダン科)のことではないのですが、その混乱はここらに原因があるのかも知れません。ついでですが、学名のalbumは白いという意味です。日本のセンダンは俳句によく詠まれる楝(おおち)のことで、実は薬用にされますが、香料には使われません。

 ビャクダンの植物界での位置づけはこちらのをどうぞ。

 ビャクダンは材や根に香り成分を含み、水蒸気蒸留によって5%前後もの精油(サンダルウッドオイル)が得られる。だが、生長の遅い木で、精油が採れるまでに少なくとも30年、通常は60〜80年もかかること、大量に伐られて木が減り、精油が高価であることなどから、成分の科学的な研究が進み、本物そっくりの香りの安価な合成香料が作られるようになっている。でも、まあ、ここぞ、というときホンモノがモノをいうのはここでも同じです。

 ところで、白檀といえば必ず思い出すのが陳舜臣の「波斯(ペルシャ)彫檀師」(2)です。「え?また陳舜臣?」「はい、大好きなのです」。

 「波斯彫檀師」の主人公は題名どおりペルシャ人の彫檀師、つまり白檀の彫刻家です。名は韓貞。おもに広州に住み、気がむくと長安にでかける。何しろ彫刻の名人だから材料さえあればどこへ行っても食べるに困らない。その韓貞が、溺愛する妹を理不尽に殺された親友・李有儀のために、得意のからくり彫刻を使って復讐する話である。何度読んでも面白い。 韓貞はもと彫仏師だったが、あるとき仏像を彫るのをやめてしまう。技術にかけては誰にも劣らないのに、なぜ?

 ――仏像はやはり仏教徒が造るべきだ。(中略)
 「におってくるものがない。・・・」
 彼は自分の作品をそう批評した。では、なぜにおってこないのか?
 ――つまり、わしが仏を信じていないからだ。信じないで造ったものが、におうはずがないではないか。・・・
 そう悟って、彼は彫仏をやめたのだった。


 この直前に、彼が自分の彫刻を「玩具」と位置づけるシーンがまた素敵なのですが、そこは是非ご自分でお読みください。それにしても「におってくるものがない」とは。ビャクダンで彫った仏様なら、豆粒ほどの大きさでも芬々と香るはずなのに、なんと悲しい。「におう」という言葉の意味の深さを感じますね。

 さて、先月号に出た「赤栴檀」。
 ビャクダン科の植物は30属400種もあり、芳香の少ない種もあるが、古代インドや中国などではその等級を黄檀、白檀、赤檀の3つに分け、区別していたという。黄檀はSantalum albumの材の樹心と根の黄褐色に近い部分で、精油を多く含む。白檀は黄檀のまわりの白い部分。赤檀は紫檀、ビャクダン科の他の植物や類縁植物の材を指すと考えられている(『香りの総合事典』(3))というから、赤栴檀もその類かと思われる。

 あ、「香」という文字ですが、『常用字解』(4)にこんなふうに出ています。

 
 コウ(カウ)、キョウ(キャウ)
 かおり、か、かおる、におい、かんばしい
 【解説】会意。もとの字は黍(しょ)と曰(えつ)とを組み合わせた形。(中略)香は黍(きび)の芳しい香りをすすめて神に祈る字で、「かおり、か、かおる、におい、よいにおい、かんばしい」の意味となる。香りを嗜(たしな)むことは高雅な嗜みとされたので、高雅なものをたとえて香魂(美人の霊魂)・香夢(美しい花などの夢)のようにいう。


 名前を「香」に変えたくなりますね。
 ではまた来月。
                                   中原幸子

〔参考文献〕
(1)谷田貝光克監修『香りの百科事典』(丸善、2005年)
(2)陳瞬臣著「波斯彫檀師」(『景徳鎮からの贈り物』(新潮社、1980年)所収)
(3)日本香料協会編『香りの総合事典』(朝倉書店、1998年)
(4)白川静著『常用字解』(平凡社、2003年)

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